司法に関する描写が出てきますが、法律については詳しくないのでおかしい点などあるかもしれません。
あの後。僕は駆けつけた警察に同行を求められ、かっちゃんは救急隊に搬送されていった。
僕は、死柄木弔、および「脳無」への傷害致死と無免許での個性行使の罪で起訴された。デクがやったこととはいえ、計画性が非常に高く、事も重大であるため有罪は免れないと考えていたが、事態は思わぬ方向に進んだ。既に精神科で解離性同一性障害の診断を受けていたため、僕は事件当時心神喪失状態にあったと判断されたのだ。とはいえ被害件数の多さとその計画性、個性犯罪としての規模の大きさから、情状酌量の余地は十分にあってもおとがめ無しというわけにはいかず、余罪を考慮した結果僕は保護観察処分となった。
それでも軽すぎる処分であるように僕は考えていたが、ともあれ、司法が僕に下した処分はそれだけだった。なお、被害者であり、モール崩壊と大量殺人の実行犯でもある死柄木弔の死体は回収され、その身元についての捜査は現在も続いているという。だが捜査は難航中であり、親族すらろくに掴めていない状況はしばらく続きそうだった。脳無についても同様で、数体の身元はわれたものの、体色の黒い特殊な個体については今も詳しいことは分かっていないという。
かっちゃんは──これを口にするのは、非常に心苦しい。
あの時、僕から受けたダメージが大きすぎたのだろう。右手は壊死し、切り離されることになったほか、左目も損傷が激しく、摘出することとなったらしい。しかし搬送当時の肉体の状況を思えば奇蹟的な回復であるようで、今後の努力次第ではあるがヒーロー活動は可能だという。
僕からかっちゃんへの暴行は、示談という形で処理された。提示された金額は驚くほど少なく、ほぼ無料に近いものだった。──僕の罪は、そうした形で決着した。
木椰区の事件は、大きく報道された。当然だ。ショッピングモールの崩壊はあまりにも鮮烈であり、再び脳無が現れたとあれば、衆目を集めないわけがなかった。
だが雄英生が関わっていたという話は巧妙に隠され、精々無数に転がる陰謀論の一つ程度の重要度に収まってしまった。大手メディアは連日、破壊行為自体の犯人である
人智を超えたもの。それについては僕も納得だ。
デクは──そして彼の対峙した死柄木は、明らかに個性ある人間の範疇を超えていた。
あれはただの個性犯罪と、その鎮圧の域を超えていた。何かが違っていれば、あれは社会そのものを崩壊させかねないほど巨大で凶悪なものだったはずだ。
だからあれは災害なのだ。責任がどこにもない、という意味ではなく、制御不可能・理解不能、という意味で。
そして時は経ち──9月。僕は雄英高校を訪れていた。だがそれは、復学のためではない。──その逆だった。
*
「ホントに──やめちゃうんだな、緑谷少年」
「ええ。もう決めたことですから」
雄英高校、放課後、談話室。僕はオールマイトと向かい合っていた。
「あんなことを起こした後で、ヒーローを目指すことはできません。これは僕なりの責任の取り方です」
「…………っ!」
何かを言いかけて──オールマイトはそれを止めた。そして口に手を当て、顔を伏せる。その肩は震えていた。
「自分を責めないで、オールマイト。これは僕が招いたことです」
と、ふと、談話室に、扉がノックされる音が響いた。来客だ。
「どうぞ」
オールマイトの声を聞くや、扉の向こうの人物は部屋の中に入ってきた。
特徴的な金髪に円らな瞳を携えたその人を、僕は知っていた。いつか、雄英体育祭で見たことのあった顔だ。
通形ミリオ。彼はそう名乗った。
「緑谷出久君。君のことは聞いてる。大変だったな」
いえ、と、僕はそう返して、立ち上がった。
「あなたが──ワン・フォー・オールの継承者なんですね」
「ああ、そうさ。10代目になるそうだね」
言い、彼は右手を差し出してきた。迷わず、僕はそれを取った。
二秒ほど握手を交わすと、僕はそのままで口を開く。
「後を頼みます。ヒーロー……」
「ルミリオン。100万を救う者ってね」
僕は微笑した。それでふと、思い出す。
「……あ、そうだ」
「……ん?」
「髪の毛でいいですか?」
一同に笑いが起こった。
どんな人でも笑顔で助けるヒーロー。それが理想だったのだと、僕は今更ながらに思い出す。思えば、デクとの──自分との戦いで僕は、一度も笑わなかった。それどころか、最後に笑ったのがいつなのかさえ、よく思い出せなかった。
これからなのだろう。僕はこれから、失ったものの大きさ、その重さを感じ続けなければならないのだろう。
*
譲渡式が終わると、僕は学校を後にした。
校門をくぐる直前、僕は校舎を振り返った。憧れの校舎。それはひどく遠く感じた。その後ろには、青すぎる空が広がっている。
僕は見送りにきたオールマイトに口を開いた。
「今まで、本当にありがとうございました、オールマイト」
「君がいなくなると──寂しくなるな」
「あなたが僕をヒーローにしてくれた。短い間でしたけど、あなたのお陰で僕はヒーローでいられた。だから、だから──」
僕は顔を伏せた。
そんな僕を、オールマイトは抱き寄せた。
「君はこれからだ。月並みな言い方だが、君の人生は続く。これからの未来は、君が選択するんだ、緑谷少年」
しばし抱擁を交わした後、僕はオールマイトに、雄英高校に、ヒーローになるという未来に背を向けて、歩き出した。
空は青く晴れ渡っている。その無神経なまでの青さは、むしろ、今の自分の心のありようそのものであるように、僕には思えた。
青空のような空虚。青空のような茫洋。青空のような不安。絶望、あるいは、希望。
僕は歩く。傷を、罪を抱えながら。
僕は家に帰りつき、泥のように眠った──のだろう。気付いた時、僕はベッドの上にいて、時刻は既に深夜を回っていた。
僕はベッドから這い出、おもむろに、デスクトップでネットサーフィンを始めた。それはほとんど日課のような行動だったので、ニュースサイトのトップページに飛ぶまで、そこに自分や、自分の行為に対する非難の言葉が並んでいる可能性については全く思い当たらなかった。
「……あ」
間の抜けた声を出し、僕は急いでページを閉じようとする。だが、その必要はなかった。既に世間の興味は別のところに移っており、僕のことも、そして木椰区の事件のことも、そのページのどこにも認めることはできなかったからだ。
こうして、すべては過去のこととなっていく。
トップページから「ヒーロー」のニュースをまとめたタブに飛ぶと、僕はぼんやりと、見出しだけを眺めていた。
ワン・フォー・オールを譲渡したことで、オールマイトは次第にその活動の幅を狭めていっているようだった。それにより、逆に彼のニュースは増えていた。限られた「活躍」の素材を最大限に活かし、イメージダウンを食い止めようということだろう。だがそのニュースはどれも鮮烈さに欠けていた。ヒーロータブは今や、他の話題で持ちきりだったのだ。
フレイムヒーロー:エンデヴァーの負傷。オールマイトの地方での活躍の下に、それはあった。だがそれは瑣事にすぎなかった。それはあくまでも、他の話題のためのリードだ。
雄英体育祭以後、エンデヴァーは目に見えて憔悴していた。手にかけて育てた息子が長い間昏睡状態にあるとあっては、まともでいることの方が難しいだろう。だがそのまともさは、彼にとっては不幸だった。
彼の辣腕ぶりが薄れたことで、メディアはこれまで暗黙のうちに差し控えていた彼の家庭環境にフォーカスをし始めたのだ。それはどこか、何者かの作為を感じさせるような唐突さをはらむものではあったけれど、エンデヴァー自身が清廉潔白というわけではなかったこともあり、彼を非難する向きは日に日に高まっていた。
ヒーロー不信。その傾向は今後も高まっていくのだろう。だがそれは、今や僕からは遠く隔たった世界の物事でしかないのだ。
そこまで考えて、僕は一つ、やり残したことがあったのを思い出した。
まだ僕は、
*
朝。
僕は引き出しから「将来のためのヒーロー分析」をすべて取り出した。そしてまず、電子化されていたそれのデータをすべて削除する。
その瞬間は実にあっけないものだった。だが、ノートの方はそうはいかない。僕は外に出た。その手には無数のノートと、ライターを握っている。
そうして、僕は火を起こし、それらを一冊ずつ燃やしていった。
ぱちぱち、と、さながら拍手のように、終幕を記念する印のように、火は燃えさかっている。
僕はすべてのノートを火に投げ入れると、しばらくそれが焼けていくのを眺めていた。
これまでの思い出が──16年の経験が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。僕にとってヒーローとは青春で、すべてだった。過去がどれだけ歪んでいたとしても、それだけは事実だ。それだけは忘れられないし、忘れてはいけない。
「デク」がしたことを、僕は朧げにではあるが、思い出しつつあった。当然といえば当然だ。彼もまた僕なのだから。人を殴る感触。武器で無力化した相手を叩きのめす感覚が、実感として蘇ってくる。
でもそれは、PTSDとか、自罰ではない。それは多分、ようやく僕自身が、過去に折り合いをつけられるようになったことのサインなのだろう。今、僕はそう思っている。
かっちゃんを殴ったこと。無数の犯罪者を叩きのめしたこと。轟君の心に土足で踏み込み、汚し、それを抉ってしまったこと。ヒーロー殺しに重傷を負わせたこと。そして──
それでも僕を信じてくれたオールマイトに、グラントリノ。そして贖罪のために、僕のために、血を流してくれたかっちゃん。
さよなら、と僕は思った。口にも出したかもしれない。世界の片隅で、僕はそれらに──かつての理想に、これまでのすべてに、別れを告げる。
さよなら、僕のヒーローアカデミア。
さよなら、僕のヒーロー。
さよなら、僕。
さよなら。
──ありがとう。
原作に対するノーマルエンド。それこそが、この『緑谷出久はサイコな二重人格のようです』の目指すところでした。
──「人は生まれながらに平等じゃない。これが齢四歳にして知った社会の現実。そして僕の、最初で最後の挫折だ」
少年漫画としての『僕のヒーローアカデミア』はこのモノローグから始まった作品でした。この鮮烈なモノローグは世界観の説明をおいても作者堀越耕平先生が描きたかったものであり、そして主人公としての緑谷出久を象徴する一言でもありますが、ここで注目すべきは、彼のオリジンが「挫折」から始まるという点です。
挫折。個性がないという挫折。そのハンディキャップは何よりも重く、そのことが原因で(それだけではないかもしれませんが)虐められていたという事実もまた、そうした挫折を強化する要素であったのでしょう。
もちろん、僕達はその後、緑谷出久がその挫折をはね除けてヒーローになることを知っています。しかしその事実は、ある種の危うさの上に成立しているものでもありました。
危うさ。それは彼の精神性です。彼はその挫折をはね除けられる精神性を持っていたわけですが、その性質は完全に生来のものであり、何かが違えば、物語はもっと別の方向に──彼の理想とする「最高のヒーロー」とは全く別の方向に転がっていってしまうような危うさをはらんでいるように、僕はずっと感じていました。
この作品は、件の「挫折」により歪んでしまった一個人としての出久を、主人公として描いてきました。無個性という現実。それによって虐げられ続けるという現実。それが彼の人格を分裂させ、あらゆる犠牲を厭わない、純粋でありながら決定的に残虐な「デク」を生んだのです。
挫折をその、時に狂気のようにさえ見えるヒーローの精神性(原作の出久の正確です)によって乗り越えられない限り、彼の運命は原作のようには転がっていきません。では、そうした「歪み」を描ききることで何が見えてくるのか──正直、五年前の僕はその明確なビジョンも見えないままにこの二次創作を書いていたように思います。
もちろん、大まかなところは決めていました。デクvs出久や、出久を現実に帰還させるうえでのファクターに爆豪がなるという展開。そして、最終的に出久がワン・フォー・オールを別の誰かに継承するという流れは当初から存在していたものです。しかし細部については、今思い返してみればほとんど決めておらず、死柄木と戦うのか、オール・フォー・ワンと戦うのか、いや、そもそもそこが神野なのか別のどこかなのかすら、不明瞭なままに二次創作をしていました。
しかし同時に、彼の物語が長く続かないものである、という予感はありました。元々原作沿いで、原作が続く限り続けようという無軌道無計画な構想でやってはいたのですが、それでもある程度のところで終わるかも知れない、という予感は常に付きまとっていました。そしてその決着として、この最終回は存在しています。
この最終回を書くことができたのは、長い時間をかけて原作と向き合うことができたからであり、そして何より、読んでくれた皆様がいたからだと思います。本当にありがとうございました。
追記:ミリオの寿命について追記します。本編で語られていた「個性持ちにOFAを譲渡すると個性因子の干渉とかストックの絶対量の超過とか諸々の要因で大幅に寿命が縮む」という設定についての応答ですね。
本作では一応、「デク」が先代の意思を軒並み殺害(≒意思に紐付けられた固有の個性因子の抹殺)を行なっており、OFAのメモリー消費量が低減しているので大丈夫……というような理屈づけを頭の中で考えてはいましたが、先代の意思うんぬんをこの段階のキャラたちは知らないため解説をすると不自然になるうえ、わりとガッツリ独自解釈なので曖昧なままにしていました。