「──何だ、この状況は」
通報を受け、夜の廃工場に駆けつけたプロヒーロー、「プレイサー」はその光景を見て唖然とした。
そこでは、数人の人間が不自然にばたばたと倒れており、数人に目立った外傷はないものの、他数人には本当に残酷な傷が残っているのだった。急所だけを的確に破壊されている。プロの犯行だろう、と彼はあたりをつけた。これは武術か、あるいは殺しのプロの犯行だ……。
彼は急いでそこに駆け寄り、傷口に、無遠慮に手を触れた。そうしなければ、彼の「個性」は発動しない。
手が傷口に触れた瞬間。少年の体は光に包まれた。そして、僅かではあるが、傷が再生を始める。
これは傾向を誘発する個性。あまりにも不確定なその才能は、本人すらも筆舌できない。
その個性は、「生命へと向かう人の意思を増長させ、生存の確率を上昇させる」というものだった。個性因子解析にかけて初めて、その全容がわれた特殊なものだ。
そう、特殊。たぐいまれな個性は、実のところあまり応用が効かない。精々、出来ることと言えば矮小な再生程度なのだから。
それでも、自分はプロヒーローとしての生活を全うできている。その点で、彼に才能が介在しているのは明白であるし、本人も薄々気付いているが、それを誇示したりはしない。それがプレイサーの思い描くヒーロー像だった。
そんな彼も、流石に、眼前の光景には、状況には息を呑んだ。
この状況。誰が作り出したのか知らないが、尋常ではない。通報のタイミングにしたってそうだ。あまりにも出来すぎている。後少し──5分でも通報が遅れていれば、個性による救援など見込めず、事切れてしまっていただろう。
被害者の外傷が、一人を除いて綺麗過ぎるのも妙だ。彼らの傷は、体術、否、活殺術のプロかのような手際で付けられていた。
計算し尽くされている──。プレイサーは、そう思わずにはいられなかった。
*
──時は進み。その週の金曜日。僕、緑谷出久は、海浜公園という、近所の公園に呼び出されていた。
10分前にその場所に到着した僕は、ふと、その公園の景観を目に入れ、溜め息をついた。
そこは地獄の底のような場所であった。一面に広がるのは地面ではなく、最早誰からも見向きすらされなくなった、言わば「ゴミ」の群。
それは空き缶や古新聞などと言った定番なもののみならず、冷蔵庫や自転車、電子レンジや、挙げ句の果てには乗用車までもが投棄されていた。
不法投棄の横行する公園。漂着するゴミも合間って、凄惨な光景がそこには広がっていた。
誰か片付けないのか、と思うと同時に、あれを片付けるのは苦労するだろうなぁ、とも思う。迂闊に手を出せば、労力と時間を根こそぎ持っていかれかねない。
そんな思考を瞬かせる僕に、背後から声をかける人が一人。それは、オールマイトその人に他ならなかった。
「やぁ、少年。待ったかい?」
「い、いえ、全然」
この会話、どこか恋人同士のそれみたいだな、と、僕は刹那に少々場違いな思考をしてしまい、胸中で苦笑した。
内心では舞い上がっているのだ、僕は。だから、そんな他愛のない思考が生まれる。
「怪我は大丈夫なのか?」
「折れてはいなかったようなので、まあなんとか。でも、ヒビが入ってて──完全に回復するまでには、まだ時間がかかるそうです」
動けるには動けるが、それでも負傷はあるし、時々痛んだりもする。
「そうか──。私の「個性」がすまなかった。改めてお詫びさせてくれ」
「い、いや、あれはあのヘドロ敵の所為で──仕方ないですよ」
ヘドロ敵は既に亡くなっているが、その際、彼は肉体的に無茶をしていたようだった。所謂、火事場の馬鹿力──。それが発動していたようだった。ニュースのコメンテーターがしたり顔で「追い込まれた敵はジャッカルより狂暴なのかもしれませんねぇ」などと言っていたので知っている。
「それで、オールマイト。どうして、僕はここに呼び出されたんですか?」
「個性を渡すためでもあるし.....うん、一言で説明するのが難しいな。それじゃあ、追って説明しよう。先ず、ちょっと脱いでくれるかい」
「───へ?」
思わず間抜けな声がもれた。
「ぬ、脱ぐって?」
「ああ、勘違いしないでくれ。別にいかがわしい意味じゃない。君が「器」かどうか.....体を見て確かめたいのでね」
言ってることの意味は良く分からなかったが、取り敢えず、いかがわしい意味ではないことは分かった。なので、僕は僅か躊躇いつつも、着ていたジャージを脱ぎ、地面に置いてから、下に着ていたTシャツも脱ぐ。
そこには何年にもわたって鍛えられてきた筋肉があった。DNA的な問題なのか、はたまた、定番の鍛え方をなぞっただけのいつものトレーニングの問題なのか、ハリウッドスターのように洗練されてはいないが、しかし、それでも十分な筋肉がある──と自負している。
「うーん。器としては大丈夫かな.....」
「ええと、オールマイト。さっきから、器、とは、何の話ですか?」
そう問いかけると、オールマイトは
「私の個性、『ワン・フォー・オール』の承け手のことさ! それが半端であれば、個性に殺されてしまうことになる」
「個性に.....」
「ああ、不安がることはない! 君は大丈夫だから」
大丈夫。その言葉に、とてつもない安堵感を覚える。
「さ、それじゃあ授与式だ」
言いつつ、オールマイトは髪の毛を抜いた。
「これは受け売りだが──最初から持っているものと、認められ、受け継がれたものは、力の本質が違う! 芯のある力、つまり本物の力ということだ! ──肝に命じておくんだ。これは、自分が勝ち取った力なのだ、と」
言い終わると、オールマイトは手を差し出した。そこには、髪の毛が握られている。
嫌な予感がする。僕は咄嗟に身構えた。
「食え」
「────え?」
また間抜けな声がもれた。