一応、需要があれば書きますし、回想として何度か登場させつつもりではあります。修行が生かされない、などということはありませんので、ご安心下さいませ。
皆は、本気でゴミ掃除をやったことがあるだろうか。
部屋に置かれてる机にはゴミやら教科書やらが散乱する。大抵はそれを放置していてもちゃんと机が機能するので問題はないのだが、時たま、どうしようもなくそれが煩わしくなること、ないだろうか。だから仕方なく片付ける、ということは?
僕はある。そういう点で、大体の人は学生の頃に掃除をするのではないか。
けれど。それでは、「本気」とは言えないと僕は思う。
僕が歩んできたこの1年。そこには青春も友情も勝利もなく、ただ漠漠たる「努力」だけがあった。
そう、それがゴミ掃除だ。この一年間、僕は海浜公園のゴミ掃除をしていた。
それの発案者はオールマイト。何でも、ゴミ掃除というのは体の至るところを鍛えることができて、人助けが根幹に存在しているから、ヒーローを育成するには最適──なのだそうだ。
筋肉トレーニングなんてジムで十分だろ、と侮るなかれ。このゴミ掃除、相当なトレーニングになる。疑い深い人は、一度、近所の不法投棄スポットで掃除をするといいと思う。体感できるから。
とにかく、僕は授かったワン・フォー・オールの身体強化を使い、ゴミを必死で処理した。古新聞をトラックに乗せ、冷蔵庫を潰し、廃車を端へ寄せ──。
そうそう、それと同時に、力を使いこなすトレーニングもしていたけど、それは別の話だ。
そんなこんなで約一年経ち、遂に、雄英高校入学試験の日がやってきた。
「それじゃあ、オールマイト。一年間、ありがとうございました」
最後の日。朝、唯一残っていた廃車を処理したうえで、感嘆しきったような表情を浮かべるオールマイトに、僕は感謝の気持ちを伝えた。
ここまでこれたのはひとえに彼のお陰だ。オールマイトが居なければ、僕はどうなっていたか分からない。
「頑張ったな、緑谷少年。──本当に、良く.....」
そこで、オールマイトはどこか郷愁の滲む表情を浮かべた。
──出久は気付かない。彼が、かつての自分を出久の姿と重ねていることを。
「まだ終わりじゃないですよ、オールマイト。僕も、あなたも、これからです」
これから始まるんだ。そう言い残して、僕はその場を去った。
家に着くと、急いで支度し、電車を乗り継ぎ、入試会場へ向かう。
*
入試会場はやはりと言うべきか、大量の受験生でごった返していた。当然だ。ここは国内最高峰の高校。敷地の広さも教育のレベルも群を抜いて高いーーらしいのだから。
そのネームバリューから、僕は少し怖じ気づいてしまう。当然か。この一年で確かに自信はついたし、オールマイトの力を持っている、という時点で他の受験生とは一線をかくしているのだが、根はそこまで強くない。
その所為か。僕は靴紐を盛大に踏みつけて、前のめりに倒れ込んでしまう──。
とその瞬間。「デク」が顕れた。倒れ込むエネルギーすらも利用して、低姿勢となってから、背後へと、振り向きざまに足払いをかけようとする。
彼は背後に、1つの呼吸を感知していた。性別までは分からなかったが、それが味方でないことは分かっていたので──当然敵だとも決めつけられない──本能的に攻撃を繰り出してしまったのだった。
その足払いは正確に背後の人間へ命中した。しかし、そこで、こんな場所に自分を襲う人間など存在する筈がないことに気付く。
そうだ。ここは天下の雄英高校。基本的に平和な学校なのだ。そこに、背後を取って殺しに来る輩など居る筈がない。
デクはたった今足払いをかけてしまった相手──茶髪の活発そうな女子──の右肩を手で支えて体勢を立て直してやると、「悪かった。つい、クセで」と簡潔に謝罪してから、別段気にしていないような様子で会場へと入って行く。
普通、手違いで攻撃を加えてしまった相手に対しては誠意を以て謝罪するべきだ。しかし、彼の中にはこれっぽちも誠意がなかった。
その、世界に対する投げやりな視点こそが彼の異常さである。
そして、その異常さを世界で誰よりも知っている幼馴染みの少年、爆豪 勝己はその様子を唖然と眺めていた。
(あの「性格」.....! まだ抜けきってねぇのか.....!?)
彼は幼少期、「デク」に完膚なきまでに打ちのめされている。
爆豪の気性からして、それで劣等感を抱くようなことはない筈だし、逆に、やり返しそうなものだが、しかし、彼はその選択を選ばなかった。選べなかった。
爆豪は恐れていたのだ。デクのことをこの世で誰よりも恐れていたのだ。
それは本能的な恐怖だった。嫌悪感とも憤激とも違う、純然たる負の感情。
彼はふと、自分の体が震えていることに気付いた。自分らしくない、とばつが悪そうに舌打ちするが、震えは一向に止まらない。
そうこうしているうちに、「デク」が彼の元に向かってきた。
「あ、かっちゃん」
「で、デク.....か」
その声を聞いて、彼は少し安心したようになった。荒々しい、二重人格かのようなあの性格が表面に出ているとき、出久の声は低くなり、どこかドスが利いたようになるのだ。
「今日は頑張ろうね」
出久はそう、平然と言った。
バカ言え、と刹那に爆豪は思う。頑張れるような力がテメェにあんのかよ。
「誰も誰も誰も誰も──」
ビクゥッ、と、爆豪の肩が跳ねた。心臓が早鐘のように鳴りつけ、冷や汗が背中から吹き出る。
「────? どうしたのさかっちゃん?」
「お、オイ、そのフレーズは何だ」
そう訊くと、デクはどこか嘲笑うような、それでいて、哀れむような声で言った。
「昔のバンドの曲だよ。精神統一のために口ずさんでたんだ。タイトルは──」
「もういい、じゃあなデク」
早々に話を切り上げてしまって、彼は足早に去った。
デクは分かっていた。幼馴染みの爆豪が、ずっとあの日のことをトラウマとして引きずっていることを。
だからこそ、わざとこの曲を口ずさんだ。いや、そもそも、声をかけたのすら、彼の謀略のうちだ。最初の声。爆豪は「出久」の声だと断じていたが、実際あれは、裏声を出した「デク」だったのだ。
しかし──。そんなことをして、彼が何をしたかったのかというと。実のところ、何がしたいわけでもなかった。ただ爆豪をからかってやろうと発案し、それを実行に移しただけだった。
やはり異常だ。尤も、そのことを摘発する者は誰も居ないが。