講堂のような場所で仔細な説明を受けた後、デクは実技試験の会場へと向かった。
聞いたところによると、この試験では、一台で数百万という金の動くロボットを薙ぎ倒させられるらしい。相手が人間ならば楽に終わらせられるのに、と彼は内心歯噛みしていた。
デクの実力の真髄は、対人戦闘で発揮される。それは相手が多人数であろうと単独であろうと関係ない。10数年にわたって築き上げられてきた「力」は、敵を倒すためのものだ。他人を救助するためのものでも、ロボットを破壊するためのものでもない。
しかし、それでも、彼は負ける気がしなかった。
今の自分には何よりも優れた
「はい、スタート」
ふと。高台から、試験官のそんな声が聞こえてきた。
簡潔なその言葉は、間違いなくスタートの合図だった。
その言葉をどう取っていいか逡巡する他の受験生の間をすり抜け、デクは仮想の町を疾駆する。
実践ではカウントなどない、ということだろう。刹那に、彼はうっすらと考えた。しかし、その考えは直ぐ打ち消される。
眼前に、単純な機構の1Pヴィランが現れたからだ。そいつは唸り、頭部付属のレンズでデクを照準した。
そこで、彼の覚悟は決まる。次の瞬間にはもう、何の躊躇もなく、そいつに飛び蹴りを食らわせるところだった。
この時のデクは、ワン・フォー・オールの力を20%ほど引き出し、それを全身に纏っていた。当然、飛び蹴りに使った脚にも、だ。
それにより、装甲から足に向かって発生する筈の垂直抗力は緩衝され、本来傷一つ付かない筈のその装甲は大きく削れ、デクではなく、ロボットの方が背後へとフッ飛ばされた。
緑谷出久のワン・フォー・オール肉体許容上限は20%であった。100%のうちの、たった20%。そのうえ、その20%も、肉体に負担を強いるため、
そういう意味では、肉体許容上限は8%と言えるかもしれない。それであればいつまででもフルカウルがキープできるのだ。尤も、フルカウルの8%は、基本的に身体の主である出久にしか出せないのだが。
しかし。「力」のコントロールで出久に負けていても、「デク」にはまだ奥の手が残っていた。
デクは蹴り抜いたロボットを見据えつつ、素早く、真横にあった道路標識へと手をかけた。そして、流れるような動きでそれを地面から抜き放つ。その腕は、赤色のオーラで包まれていた。
身体許容上限を遥かにオーバーした、100%出力を用いての行動だった。本来であれば、それを使った攻撃に移ろうものなら、骨がバキバキに折れ、再生までにとんでもない時間を使うのだが。しかし、彼の骨は無事であった。
これは活殺術と
デクは100%を解除し、再び20%を発動。骨が軋む音も無視して、そのままヴィランへと向かっていく。
道路標識を中段に構え、それを一番装甲の薄い頭部へと横薙ぎの軌道で叩きつける。
攻撃は効いたようで、ヴィランは派手な音を立てて倒れた。
──当初、デクも出久も、100%で物や虚空を殴り抜いた時には、等しく骨が折れていた。
それは何故か。デクは力のコントロールに励む出久を尻目に、ずっと考えていた。そして、結論へと至ったのだ。
殴打というのは、思っているよりも運動量が大きいのである。
ワン・フォー・オールの力は、物質を殴った時の垂直抗力を緩衝し、肩甲骨、肩の回転量をハネ上げ、腕の筋力と膂力を引き上げる。加えて、手首のスナップと肘の駆動も補整するのだ。──肉体に真摯過ぎるのである。これでは、骨がばきばきに折れてしまうわけだ。
では、それ以外ならどうか? そう思い、彼は試してみた。必要最小限の動きで、ハンドグリップを握ってみたのだ。
──結論から言えば、彼の骨は砕けず、逆にグリップは粉々に砕けた。デクの握力は56。グリップはどれだけ力があろうと、本来純粋な人間の力で砕くことはできない。
しかし、この個性は、破壊を可能にした。それも、腕も指も犠牲にすることなく、まるで蚊を潰すようにあっさりと、だ。
その破壊は、肉体を使って戦うオールマイトへの異常な執着から、覚えた戦闘用の技術を最大限に活かせるデクだからこそできる芸当である。結果的に彼は、直接的な攻撃でなければ、連続使用可能時間3秒という制限付きで100%を扱えるようになった。
デクはそれにより手に入れた道路標識で、眼前に現れるヴィランを薙ぎ倒してゆく。ビルの側壁を蹴り、一条の流星となって一ヶ所に固まった1P敵を3体撃破する。
それを無感動に見据えると、そこから少し離れた地点に鎮座していた2Pへと向かう。2Pヴィランは、尾部に9ミリの拳銃弾を射出する機構を搭載している──と明記されていた。使用されている銃弾は、さっきから足元に散らばっている木片からして
そいつは、フルオートでその弾を撒き散らしてきた。無感情な機械らしい行動だと思う。
デクはそれを前進することで回避すると、ヴィランの懐に入り込み、下段から上段へと道路標識を振り上げることでそいつをフッ飛ばした。そいつは宙を舞い、あらぬ方向へ弾を撒き散らしながら地面へと落下する。
2Pヴィランが地面に落ちたとき、デクは既に駆け出していた。そのまま、そいつの頭部へと標識を突き刺してトドメを刺す。
そこから、遠くに見えた1Pへと駆け寄って、躊躇のない刺突で倒した後に、倒れつつあるその敵を踏み台にして大きく跳躍すると、左手を真上に突きだし、指を弾いた。
「デラウエア・スマッシュ」
簡潔で、どこか芯のある声で彼は叫んだ。それと同時、弾いた指から衝撃が迸り、ビルの屋上で偵察をしていた3Pヴィラン2体を屋上から落とし、破壊する。
どうやら、それに巻き込まれた1Pヴィランも少なからず居たようだし、瓦礫に巻き込まれた受験生も一人居たようだが、デクはそれを気にせず、ビルの側面を蹴って左斜め上に跳ぶ。
──とてもヒーローの行いとは思えない。出久ならそう言うのだろう。
彼は今、左指から発生する疼痛に耐えている。苦になっていないかのような表情をしているが、「無意識」は大丈夫ではない。一度でも止まってしまえば、それで精神がやられてしまうかのような痛み。
それがワン・フォー・オール100%という、不遜な力の代償だ。彼の指の骨はバキバキに折れていた。
デクは目星をつけていたあるマンションの屋上へと飛び乗ると、そこから、自分を捕捉し、攻撃を仕掛けようとビルに飛び乗ってきた1Pヴィランを各個撃破すると、地上からその場に降り注いできた2Pの対空放火から逃げるように眼前の民家の屋上へと飛び乗る。
「死神か、あいつ」
ふと。誰かがそう口走った。
デクが戦闘の最中にありながら、その言葉を聞き取れたのは、きっと束の間の余裕に気を抜いたからなのだろう。
死神。ヒーローのイメージとは途方もなくかけ離れた、悪辣な殺人者──。
その言葉を聞き取った彼の、はりつめられた表情が崩れていく。破顔、という形容では足りないくらいの、凄絶な笑みがその顔の皮を彩っていく。
──と次の瞬間。3Pヴィランの武装である杭打ち機の攻撃が、彼の乗っている民家を直撃した。尋常ならざる威力の攻撃は、民家を砕き散らし、デクへとその衝撃を打ち込む。
だが。彼はその杭を弾いていた。だから、体には僅かな衝撃が与えられただけで、目立った外傷などは見受けられない。そんなデクは壊れた民家の残骸を、道路標識で軽く薙いだ。
そして、歌うように、揶揄するように、道路標識を投擲姿勢で構えながら、小さく呟く。
「ヒーローは所詮、殺人者だ──」
刹那。恐るべき速さで投擲された道路標識は、正確に3Pヴィランの心臓部を貫き、そして、機能を停止させるに至った。
この話で潰された受験生は切島君です。硬化し、4体の1Pヴィランと戦っていたところに瓦礫が降ってきたので怪我はありません。彼は無事です。