山田先生と高校の先輩の四方山話。   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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 甘酸っぱいラブコメだぞ。

 俺も書けるんだぞ。

 砂糖を吐くがいい。

 エア味噌汁。(関係ない)




ドキドキ♡屋上ピクニック……ッ!!

 

 

 

 

 小、中学校の頃、ぼくは体育祭や運動会というものは何処も六月にやるものだと思っていた。しかし、それが違うと知ったのはここ数年のことだった。運動の秋や芸術の秋ということで、夏休み明けの残暑が照りつける、夏を抜け出さない時分に体育祭をやる学校にぼくは入学した。その後、慌ただしく学園祭もやる。だから、二学期が慌ただしくなる分、ぼくは暇な六月を手に入れた。

 梅雨前線が列島を覆い、人によっては気分を滅入らせる雨が小五月蝿い説法のように続く毎日。ぼくは雨が嫌いではなかった。じめじめした天気は好ましくはないけれど、地や植物に潤いを与える恵みの涙は、ぼくの心にしっとりと保湿クリームのようになにかから守るベールを被せてくれた。ついでに、自分が晴れが似合わない男であると自覚していたというのもある。

 その日は雨続きの中でようやく訪れた晴れ間で、満員電車みたいにところ狭しと干された洗濯物が、心なしかうんざりとしたように揺れている様をぼんやり眺めながら学校に行った。時刻は昼を回って、四限がもうすぐ終わりそうな頃合いで、本当なら家で本を読むか続きを書きたかったのだけれど、学校からしつこくかかってくる電話の煩わしさに集中力が切れてしまったから、渋々ワイシャツに袖を通した。電話の向こうの生徒指導の教師は、十分もわざとらしい怒声で学校に来い、と催促していた。結局、ぼくが焦れてきた頃にコーヒーを淹れにきた父が受話器を引ったくって、一言二言言うと、電話は切れた。たぶん、このまま学校に行かずともなにも言われないだろうが、着てしまったシャツとスラックスを脱ぐ気にもなれなかった。

 学校に行くと、教室にも職員室にも寄らずに購買でBLTサンドイッチとコンビニにあるようなコーヒーメーカーでブラックを一杯買って、屋上に行った。前日までの雨で出来た水溜まりがぽつりぽつりと点在していたが、幸い、乾いている場所も多く、そこに腰を下ろして昼食をとった。三つのうち、二つのサンドイッチを食べ終えると、屋上の扉が開いて、真耶がやってきた。変わらず野暮ったく、厚いカーテンみたいな前髪は汗で少しばかり乱れていた。右手に子猫のランチバッグ。となり、いいですか?と真耶は言って、ぼくはお好きに、と返した。

 

 「お久しぶりです、先輩。一か月ぶりですね」

 「そうだったかな?もう、そんなに経ってたんだね」

 「もう六月ですよ。それに、あと二週間で七月です。あれから全然先輩のこと見かけなかったんですが、ずっとサボってたんですか……?」

 「まさか」ぼくはコーヒーを一口飲んで、「流石にそれは単位が危ない。ほんとうにたまたま、きみと擦れ違うことがなかったんだよ。でも、六月に入ってからはそれなりにばっくれることは多くなったよ。これは仕方ないことなんだ」

 「仕方ない、ですか?」

 「うん、仕方ないんだ。ほら、五月病とか六月病ってあるだろう?あれみたいなもので……。ぼくはね、暇な六月に慣れることが出来ないんだ。ずっと、六月にはイベントごとがあって、その慌ただしさや賑やかさが普通のことだったから、今の環境は気持ち悪いんだよ。きみは、小学生、中学生の時、文化祭とか体育祭はいつやってた?」

 「ずっと秋に」

 「ぼくはそうではなかったからね。夏休み明けは異様に疲れてしまうし、この時期は落ち着かなくて、妙に虚しい気持ちになる。そんな日は家で寝てるか、やりたいことをやってボロボロになってしまう方が精神的に健康だ」

 

 学園祭も体育祭も真剣に取り組んでいるわけではなかった。しかし、その変化、これまでのスタンダードが砕かれて、よく分からないままに組み替えられるということに、ぼくは着いていけなかったし、あるいは憎悪さえ孕んだ反抗を企んでいたのかもしれないが、その当時──これまでの六月を奪われた高校入学時──のことをよく覚えていないことを考えると、そう大した事項ではないようにも思える。

 そんな十六歳以後のぼくの、六月に於ける過ごし方はシンプルなもので、本を書くか、読むか、寝るかだった。二、三日ほど部屋に籠り、食事はピザのデリバリーと出前アプリで外れの無さそうなところのお薦めで済ませる。父ともお手伝いさんとも顔を合わせないし、スマートフォンの電源だって切ったままにしておく。大抵、その後電源を着ければへんな女が気狂いみたいに連絡を寄越した不在通知の山が重くのし掛かっているのが常だった。

 

 じめじめした部屋で一人、暗い部屋でデスクトップモニターだけが光源である部屋の様子は今とそう変わらず、強いて言うならば今の部屋と比べて物が多かったことぐらいが差異だ。今の部屋にはほんとうに物がない。デスクとPCと馬鹿でかい本棚に詰め込んだ本とソファ。4LDKを持て余していて、ベッドすらない。高層マンションの最上階に住んでいようが、何処だろうが、一定のスペースがあれば何処も同じ。どうしてぼくがそんな部屋を契約したかは、自分でもよく分からない。世界には自分自身でも理解し難いことが溢れかえっていて、ただ一つ言えることは、父の葬儀の後、ぼくは夢遊病のようにして実家から今の部屋に引っ越したということだけだ。実感が沸かず、記憶はあるけれど、気が付けば部屋で執筆に取り掛かっていた。

 

 真耶は保冷剤が入ったランチバッグから小ぶりの弁当箱を取りだした。見映えがいい弁当だった。可愛らしく蛸を模して切られたウインナー、ごま塩が振られて、海苔で目鼻が付けられた米やだし巻き玉子にプチトマト。手の込みように声が出そうになる。料理とは縁も所縁もないぼくは、こんなに可愛らしい弁当など初めて見た。

 

 「それ、きみが作ったのか?」

 「はい。学食とか購買に行くより、自分で作った方が安上がりだし、健康にもいいですかですから」

 「でも、大変じゃないのかい?毎朝弁当を作るんだろう?それに、結構どころじゃなく凝ってるじゃないか……」

 そう言うと真耶は弁当箱をちょっと持ち上げて、「そうでもないんですよ?今日のだって昨夜の残り物だったり、予め下準備していたものを詰めただけですし、こういうお顔を付けるのも簡単に出来るんですよ」と笑った。

 「すごいな」

 「ほんとうに大したことじゃないんですよ。このぐらい、凝ったうちに入りませんよ。先輩のお昼は何なんですか?」

 「購買で買ったサンドイッチとコーヒー」

 「それだけでお腹空かないんですか?男の人ってもっと食べるものだと……」

 「ぼくは食が細いんだよ。あまり、食に拘りもないしね」

 

 ぼくは残りのサンドイッチをコーヒーで流して言った。真耶はぼくの言葉に、少しばかり空を見上げてからだし巻き玉子を箸に掴み、ぼくに向けてきた。

 

 「お一つどうぞ」

 「いや、結構だよ。それはきみの昼ごはんだろう?ぼくにあげる理由はないじゃないか」

 「わたし、先輩と話すのは二度目ですが、先輩はもっと食べた方がいいと思います。腕だってそんなに細いじゃないですか。顔色もよくありません。ちゃんと食べてますか?」

 「食べてるよ、三食。だからそれはきみが食べなよ。その厚意は嬉しいけれど、お腹いっぱいだからさ」ぼくは軽く腹を擦った。「まるで母親みたいだ」

 真耶は目を丸くして、「それは……、すみません、出過ぎたことを言いました」と勢いよく頭を下げた。その動きで腕が大きく動いて、箸に挟んでいただし巻き玉子が中に放り出されたけれど、運良く咄嗟に出した掌の上に落ちた。

 「これ、貰ってもいいかな?手で触ってるし、今さらきみに返すわけにもいかないだろうし」

 

 頷いた真耶に礼を言って、口に放り込む。優しく、味蕾が甘味を感じとる。

 

 「甘くておいしいよ。店で食べてるみたいだ」

 「ありがとうございます。でも、それは大袈裟では……?」

 「本心だよ。あまり、この手の料理を食べる機会がないというのもあるけれど」

 「お家では和食を食べないんですか?」

 「いや、ぼくの家は男所帯でね。食事はお手伝いさんが作ってくれてたんだけど、ぼくも父も食事の時間が違って面倒だろうから食事の準備はやめてもらったんだよ」

 「そうだったんですか……」

 

 真耶は視線を下げて、言葉尻をすぼめていった。男所帯というところで、なにか推測が立ってしまったのだろう。

 

 「ところで、なんで屋上に?友達とは食べないのかい?」

 

 些かデリカシーに欠ける話題だったけれど、ぼくは話題を変えることにした。

 

 「いつもは教室で友達と食べるんですけど、風邪を引いちゃったみたいで休んでるんです。だから、仕方なく……。なんか教室に居づらくて。でも、先輩がいてくれてよかったです。一人で食べるのって寂しくて、苦手なんです」

 「それはツイてなかったね。さしづめ、針の筵とまではいかなくても、クラスの輪に入り損ねたといったところか」

 「そんな感じです……。先輩はいつも屋上でご飯を?」

 「そうだね。保健室を追い出された時もここに来るよ」

 「つまり、サボり場?」

 「ありていに言えば」

 

 真耶はぼくがどうサボっているのか、サボってなにをしているのか聴きたがった。そういう類いの話は保健室で話したのだが、彼女は詳しく聴きたいというふうにねだった。コーヒーを飲んでいるだけで普段なら横になって、適当な時間まで寝てしまうぼくは暇潰しがてら自慢出来る筈もない──そのサボりという点に於いて、ぼくは自慢も卑下もしなかった。それらはきわめてナチュラルにぼくの中で善悪とは別の分野にあって、優先順位は欲求とは雲泥の差があった──話をつらつらと口にした。話の大筋はあまり変わらなかったのだけれど、真耶は楽しそうに聴いていた。学校を昼前に抜け出してダーツをやりに行った時にクリスマスみたいな色合いのジャージを着た体育教師が店に入ってきて、店主に裏口から逃がして貰ったはいいものの、結局ルパン三世じみた追いかけっこをするはめになった話は僅かに覗いた目元に涙を浮かべながら笑ってくれた。

 真耶はとても楽しそうで、しかしぼくは表情に動きはなく、彼女が喜ぶ小噺を淡々と経験として紡いでいた。そこに感慨はなかったが、自分が発した言葉で誰かが心の底から笑ってくれるのは悪くないと思えた。

 

 「それで、その後はどうなったんですか?」

 「その翌日、学校では青い顔をして逃げる痩せっぽっちとクリスマス色のゴリラが鬼ごっこをしてたらしい。痩せっぽっちは二時間ほど生物準備室の人体模型の裏でうつらうつらしていたら、家に逃げたと勘違いされたらしいよ」

 「大変でしたね。お疲れさまです、先輩」

 「ぼくじゃないよ。何処かの痩せっぽっちだよ。でも、まったく疲れるよ。二度と御免だね」と言って肩を竦めてみせた。

 「ちゃんと授業出ましょうよ。留年しちゃいますよ?」

 「そうなればきみと同級生だ。その時は頼むよ。たぶん、同じクラスだろうから」

 「もう」と真耶は苦笑いして、「いやですよ、そんなの。なんか、おかしな感じですから」

 「冗談だよ。その時はやめてやるよ、こんな偏屈な学校。それで家に引きこもるんだ。引きこもるのに飽きたらふらふら旅行でもしてやろう。自分探しって言って世界中をあっちこっち放浪する。まぁ、そんなバイタリティはないけどね……」

 

 だから、とりあえず次の現代文の授業には出ることにした。真耶は頑張ってくださいと両手を突き出した。そのポーズの意味も分からなかったけれど、作家の息子に現代文を頑張れというのは、何処をどう頑張ればいいか分からなかった。ぼくの中では現代文という科目は最も真剣さから遠い授業で、大して勉強をせずとも点数を取れるから、頑張れと言われても、うまく真耶が言うところの頑張りを想定出来なかった。だから、曖昧に笑みを返して誤魔化した。

 

 「まぁ、やってみるよ」

 「応援してます」

 

 現代文の授業は眠らずに窓の外を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 髪型と眼鏡→マシュ

 声→桜

 ドストライクですわ。はー、これは最強の後輩ですわ。
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