山田先生と高校の先輩の四方山話。   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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この作品は夏フェスの最後辺りでみんなが拳を上げて涙しながら歌う曲のようなエモさを目指しています。


てか、ぐだぐだ帝都聖杯奇譚ってマジ?陣地制圧ミッション……?アヴィケブロン先生……、バルバドス……、うっ頭が……。



夢見が悪い?あなたは病気です。切除します!!(バーサーカー思考)

 夏が過ぎて秋が来た。

 夏休みの間のぼくといえば課外と家を行き来するだけの一つ覚えみたいな生活を送っていた。帰ればキーボードを叩いて、必要最低限の動きしかしないというふうにそのサイクルを己に徹底させた。意識したわけではないけれど、余計なものを削ぎ落として鋭く尖らせるようにぼくは孤独を育んだ。その孤独は時折狂ったようにぼくを痛めつけた。何かが違うとでも言いたげな寂寞は自身で形成した切っ先を内に向けた。それは雷鳴が運んだ恐怖の数倍は痛みを上乗せされた自傷行為に繋がって、つまるところ、ぼくは訳のわからない鬼から逃げていたのだ。影も形も分からない鬼に触れられないように、ぼくは劣りとして身体から自分の血をどんどん流させた。それはある種の浄化でもあり、試みでもあったけれども、やはり一七歳のぼくには追い掛けてくる不安しか目に写ることはなかった。見えないものが見えたような視界の異常にはもう慣れていた。

 真耶とは距離をとっていた。ぼくはプールサイドで話した日から彼女に声をかけることもしなかったし、彼女を避けるように立ち回った。使う昇降口が同じだから顔を合わせることがあっても視線を合わせることすらせずに立ち去った。真耶はぼくを呼んで近付いて来たが、その足音は徐々に小さく窄んでいった。大きく育った孤独はぼくをすっぽりと母の腕のように──ぼくには母の腕に抱かれている記憶なんて何処にもなかったけれど、そのように感じられた。しかし、それは奇妙なことで、ぼくは十五の時に死んだ実母に関する思い出というものが極端に少なかった。鮮明なのは病床に伏せる姿のみ──覆いつくして、他者という存在を排他していた。雷鳴は未だに身体の中で響き続けていて、雷雲は上手くぼくの柔い部分を隠している。そのお陰でぼくは自分のあるべき姿を思い出すことが出来て、自分を再構成することに成功した代わりに追い立てられている。しかし、そんな内面の激動に反して書く物語は変わらなかった。一つになった脳と指は結託して愛の物語を綴ることにしたようだった。それはやはりぼくの意思に基づいたものには思えなかった。

 ぼくといない時の真耶は大抵、いつも一緒にいる茶髪の女の子と学校内での行動を共にしていたのだが、ぼくが距離を取り始めたことを境に男が寄り付くようになったらしい。ぼくの隣のクラスのバスケットボール部の副キャプテンや彼女と同じクラスのサッカー部員だったり、前髪を切った彼女に群がる男たちはまるで砂糖に集る蟻のようで、見ていて気の好くようなものではなかった。そして、そういう連中はきまって財布がヴィトンやプラダだった。真耶は彼らを相手にしなかった。柔和な笑みを浮かべてそれとなく誘いを断って、どの口が人見知りだなんて言っていたのか分からない応対を見せていた。

 残暑の中でぼんやりとしているうちに開催された体育祭も、風の噂で真耶がなにかで人気者になったと聴いた文化祭もぼくは休んだ。ぼくはひたすら孤独を純化させる作業に没頭していた。自室の窓から見える銀杏が黄色く色付いたことを遅まきに知ろうが、気管を悪くして寝込もうが、スマートフォンに手首にぼく以上の傷を付けた女から寝たいとメッセージが来ても、ぼくは何処までも孤独で完結されかかっていた。()()()()()()()()というのは、ぼくは一連の作業から完全に孤独を実現するのは不可能だという結論に辿り着いていたからだった。確かに孤独は成立したが、どうしても底に残った痕跡は消えることはなく、その繋がりは生きていた。それが死なない限り、ぼくは孤独にはなれない。

 そもそも、どうしてこんなにも孤独に拘るのか、自分でも正確に理解出来ていなくて、ぼくは自分の抱える理解出来ていない事柄の多さに呆れ返ってしまった。これでもう何個目か数えるのもとうの昔にやめていた。意識したわけではないと言いつつ、ぼくは率先して孤独を掴みに行っていた。そんな中でぼくは、それは数多の出来事や事情が絡まり固まった糸屑のようにして、複雑化した結果なのではないかと推測した。ここ最近、ぼくの周りでは静かにおかしなこと(自分の変調)ばかり起きていたからだ。それに加えて、ぼくは昔からこの手の問題を棚上げにしてきた。それも相まって、ぼくはとうとう深い迷宮に身を落としてしまったようだった。その迷宮に垂らされた一筋の光はまるで蜘蛛の糸のようで、その先にいるであろう真耶のことを考えるとより一層深く沈んでしまいたくなった。

 そんな惨めなぼくを真耶は心配して、手紙をくれた。ぼくと話すことが出来ないと理解した彼女はぼくの下駄箱の中に可愛らしい便箋を忍ばせるようになった。どうして避けるんですか、とか、わたしがなにかしてしまったのなら謝りますから、とか。顔色がよくないようですがちゃんと寝れていますか。最近は人をあしらうのにも慣れてきました。またお話したいです。と真耶は何通も古風なやり方を試していた。

 ぼくは真耶を思い出してみた。思い出さずにはいられなかった。孤独ではいられなかった。その手紙からはじんわりと彼女の体温のような温もりが感じられて、それはどうやっても糸をぴん、と張らすから。

 あのうっとおしく眼鏡を隠していた髪は今は短いけれど、きっと触れればするりと落ちていくように柔らかいのだろう。自分では気づいていない、指先を絡ませる癖だったり、ぎこちなさそうに、ちらちらとぼくの目を見て話そうとする姿が浮かんだ。チーズバーガーを食べている時の緩みきった顔やプールサイドで見せた弱った姿もありありと脳裏に映し出される。誰かが映写機を回しているようだった。そして、彼女の瞳はいつ如何なる時も変わらず白かった。無垢なる犯されざるその純潔性がそのまま現れていた。憂いを帯びていても、幸福な瞬間も。その瞳がぼくを糾弾していた。

 自分でも意外に思えたが、ぼくは真耶のことを存外しっかりと見ていたらしい。ぼんやりと全体として捉えるのではなくて、そういった細部に無意識の内に目が行っていた。

 それらが結束し合って出来た真耶の虚像はぼくの手を取って知らない場所へと導いていった。そこはぼくがよく知っているようで、全く知らない場所だった。ハンバーガー屋のようにも、煙草くさいダーツバーのようにも、はたまた学校の屋上のようにも見える。全て景観に関連性のない場所が明確な繋がりを帯びて同時にそこに存在していた。三つの場所が一つの空間に溶け合い、されど融和しない矛盾に富んだ不思議な現在地だった。真耶はそこでは思い思いに過ごしていた。下手くそなダーツの投げ方を見せたり、チーズバーガーを頬張ったり、転落防止のフェンスを乗り越えたり。ぼくは()()()()真耶に触れることが出来た。屋上の淵で目を閉じている真耶の背に手を添えることが出来た。真耶は確かに生きていて、掌には規則正しい拍動が伝ってきた。しかし、決定的な差異を孕んでそこに存在していた。ぼくがその差異を認識すると屋上の真耶は独りでに落ちていった。哀しげに微笑んで、ぼくを最後まで視界に入れながら落ちていくのだ。その時に、彼女の顔で、意地の悪いあの女のような憂いを帯びて、ごめんなさい、とぼくにだけ伝わるように言う。

 そういうイメージ──真耶が失われるという現象はあまりに浮世離れしていて、そのイメージはぼくをどんどんうつし世から遠ざけていった。有り体に言ってしまえばそれは悪夢で、自分の意思ではどうこう出来る領分になかった。自らの意思で目を閉じたのにぼくはそこに囚われてしまった。穢れなき彼女の姿でこんなものを見せる自分の性に憎しみさえ覚えながら、ぼくは落ちていく真耶を横目に真耶とハンバーガーを食べた。そこでは彼女はただただ幸せそうにぼくと対極の位置にいた。どうかしましたか、浮かない顔をしているように見えますが、と言う彼女にぼくはきみのせいだ、と返した。真耶は笑んだまま凍り付いたみたいに動くことはなかった。だから、ぼくは告白をしてみた。懺悔や告解といった類いの吐露だった。ぼくは不出来な人間です。恐らくは正道を踏み外しているが、そもそも正道というものが分かりません。得体の知れないものに怯え、にも関わらずそれに流されて生きている人間なのです。ぼくが言っても真耶は凍り付いたままで、それは何らおかしくない当たり前のことだったにも関わらず、ぼくは的違いな八つ当たりを──それは今でもどうしてそんなことをしたのか、自分でも恐ろしくなるような行為だった。それが現実でないから震われた暴挙なのか、それともその瞬間の情動に基づいたものだったのか分かるよしもない。だが、それはぼくがはじめて何者にも縛られずに顕にした野蛮だった──した。

 そんなぼくを真耶はせせら笑っていた。怯えるぼくは床に這いつくばっていて、ダーツを指先で弄ぶ真耶は哀れみを混ぜた冷笑を携えてぼくを見下ろしていた。三者が三点で同時にぼくを惨めに爛れさせる。

 そして、目を開けられるようになるとその幻肢痛は自制を奪い、ぼくを半狂乱にして、ぼくの穢れをより一層頑固なものにしようとした。目に写るあらゆるものがぼくから生きるという活動に必要な気力を奪った。元よりそれらを強く意識したこともなかったけれど、ぼくはほんとうに布団の上から一歩も動くことが出来なくなってしまうほどに活力を抜かれてしまった。キーボードは遠く、枕元には剃刀。腕は包帯で白くラベリングされていて、閉めきられた部屋の中でぼんやりとそこだけが光っているように見えた。そうしている内に死人が墓から這い上がるような緩慢な動作でキーボードまで辿り着き、文字を綴る。

 秋の風を聴き、夜長を堪え忍び、朝陽が昇る度にぼくは腫れ上がった気管支から溢れ出る咳と熱の狭間で指を動かした。動かし続け、思案し続け、万華鏡のような世界にぼくは身を投げた。限界が訪れた。救急車で運び込まれて、気管支肺炎だと言われた。しかし、ぼくはあの物語を書き上げることが出来た。ぼくはそれさえ完遂出来たのだから、それ以外のことをどうでもいいと思えた。肺炎になって入院しようが、手首の傷を見られてカウンセリングの手配についての相談をお手伝いさんと医者が話していようが、ぼくの胸にあるのはやはり変わらぬ穢れと一摘まみほどの達成感とあり得ないはずの希望だった。誰かがこれを読んで、暖かい気持ちになってくれるかもしれない。そうすればぼくも新しい扉を一枚開けることが出来る。オフホワイトのぼくを閉じ込める広い個室(牢屋)で、散ってしまった銀杏を眺めながら、枕元の誰かが置いていった花に触れた。

 






 エモいじゃろ……?

 魔法少女サイトをすこれ。




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