山田先生と高校の先輩の四方山話。 作:逆立ちバナナテキーラ添え
BANANAFISHはいいぞ
どちらかと言えば、ぼくは他人の家で眠る方が寝心地がいいと思っている。根本的な問題が解決されないにしろ、気休め程度の安息は自分の部屋より多く得られる。生来の眠りの浅さは変えられなくとも、寝起きの気持ち悪さだったりたまに来る吐き気なんかは格段に少なかった。たぶん、ぼくがふらふらとあっちに行ったりこっちに行ったりしているのは無意識にそういう部分で自分を守ろうとしていたのかもしれない。自己嫌悪と希死念慮、そしてその寝起きの感覚を天秤に掛けると不思議と後者の方が重いのだ。ぼくは胃の中が空っぽになって喉が焼けた中でぼくを照らし貫く朝の陽を見ると自分の浅ましさやどんな暗愁をも通り越して、ぼくを生の道から強力に突き落とそうとする。ぼくは何よりもそれが嫌で仕方がない。その寝起きの悪さはここ数年で──厳密に言えば父が死んでから──酷さを増して、それから逃れるために柄でもなく安眠や眠りの質を上げると謳うものに手を出してみたが結局辿り着いたのは睡眠導入剤で、それすらも大して効いた気もしない。一度たくさん飲んで病院に担ぎ込まれてからは口にしていない。おかげで余計に不眠が悪化した。
だから、目を覚ましてそこが自分の部屋ではないことを知ると安心して涙が出そうになってしまう。その時だけは、ぼくはほんの少しだけ幸せなのだ。逃げるように、楽でいるために、生きるために筆を走らせるでもなく、四六時中首を柔く絞められるでもない。ただ息をしている、何事もないように起きてそれが自分の日常であるかのように錯覚してしまうその瞬間がぼくの僅かな安息なのだ。しかし、それだって毎度訪れるわけではなくて、寧ろ苦しい時の方が断然多い。それを考えると悲しくなって、涙の意味はいつもと同じものに戻ってしまう。
誰かがぼくの髪を触っていて、その手つきはいやに慈愛が籠っていた。閉じた目蓋をゆっくりと剥がすと、朱香さんが目と鼻の先にいた。そして、やはりその眼にぼくはいない。ぼくに似た、しかし全くの別人を透かして見ている。それはぼくの寝起きを害するものではなかったけれど、その瞳に写るぼくを見た時、そのぼくには顔がなかった。それは不思議な、現実感のない目覚めで、ぼくにとっては経験したことのないものだった。
「朝ごはん出来てるわよ」
「いらない」ぼくは言った。シーツを顔に大きく被せた。
「食べないと身体に悪いわ。身体が資本なんだから……」
「いらないってば……」健康とは程遠いぼくにその言葉は今さらというにも遅すぎた。作家として活動するようになってから、元より細かった食は今ではもうないようなものになった。それこそ気が付いた時に食べるようなもので、執筆中はほとんど咀嚼をしない。煙草と酒があれば腹は膨れてしまう。身体に毒が廻る感覚は満腹中枢を馬鹿にして、頭から文面上の理性というものをどろどろに溶かしてしまう。
「そんなこと言わないの。もう三十路でしょう?」
「好きで歳をとってるわけじゃないよ。お願いだからさ……、ぼくの分まで食べていいから……」
「知ってるのよ。あなた最近は朝ごはん煙草で済ましているんですってね……。だから、そんなに痩せてるのね。あと、お酒も飲み過ぎよ……」朱香さんはそう言ってぼくの肩に手を這わせた。ぼくの体重は適正体重を大幅に下回っている。生きる気力が乏しいと堀崎に揶揄されるだけあって、ぼくは年々具合を悪くしているような気がする。去年も肺炎で入院した。「お願いよ。食べましょう、ね?」
朱香さんがどんな表情を浮かべているかということにはとんと興味がなかった。ぼくは天井を見て、昨晩の記憶を掘り起こそうと必死になっていた。昨晩の経緯は案の定、予想通りでぼくはまた彼女に迷惑を掛けてしまったらしい。ぼくは飲み過ぎて潰れて、店のグラスを幾つか割って手を切った。その証拠にぼくの左手には包帯が巻かれていて、それを見てぼくは何処となく懐かしい気分になった。以前にも何度か店で潰れた時に二階の朱香さんの部屋で寝させて貰うことはあったが、今回は些か度が大きくなってしまったようだった。
「食べたくないんだ。喉を通らないんだよ……。たぶん、食べても吐くだけだし、辛いだけだ……。ぼくのことは気にしないで食べてよ」
朱香さんはそう、と言って部屋を出ていった。ぼくとしてもそれは心苦しくて、本当ならその朝食を食べてみたいけれど、胃が受け付けない状態で無理矢理に腹に押し込んで散々な目にあった経験からぼくは朝食の必要性を日々の中から自発的に廃した。
ぼくは寝転んだままくわえた煙草に火を付けた。朝陽に淡く照らされて煙が天に昇るのを見て、今日が父の命日だったことに気が付いた。日付がすっぽりと抜け落ちている寝惚けた頭の片隅に、煙でなにかしら掠めたものがあった。それはなんだか分からないけれど、ぼくは父の死に対してマールボロの紫煙というイメージを持っていた。父は生前マールボロをよく吸っていて、ぼくも意識したことはないがマールボロを吸っている。それが一番馴染むから。
父の死は世では大きく騒がれたが──それこそニューヨークタイムズだのワシントンポストといった海の向こう側のメディアでさえ小うるさく報じた──、世俗と反比例するように当人の周りはいたって静かなもので、ぼく以外に血縁者もいないから見舞いに来る者もいなかった。奇しくも母と同じように癌で倒れた父は既に手遅れで、肺から全身に転移していて延命という先延ばしすら自ら断って黄泉路を一人歩んでいた。生気や血の燈が抜けた肌にふとした拍子に砕けてしまいそうな腕と脚。そこに世界中で評価された偉大な作家の影はなかったが、しかしその姿こそが父が至るべき究極型であり、何よりも全てを書くことに捧げた男が求めたものであった。そう思えた。伏せる父の貌にはあるはずの痛みや苦しみによる歪みはなく、不気味なほどに凪いでいた。ただ己の結実を受け止め、なにかを期待するような僅かに上がった口角──見ようによれば、それは遠足が楽しみで仕方がない少年のようにも、あるいは初めて好きになった女の子に会いに行く中学生のようにも見えた──が貌に貼り付いていた。
ぼくと父の間に会話はなく、いやな無音と消毒と病を誘う臭いの中でぼくは鼻にチューブを突っ込まれた父の貌を見ていた。あぁ、とうとうこの男は死ぬんだな、という薄っぺらい感想を抱いて、どうして見舞いに来ているのだろうと疑問に思い、その疑問が父が担ぎ込まれた時からあるものであることを思い出して磁石でもあるまいにと鼻で笑ってみせた。その抜けた音がやけに響いて、病の気に融けて消えた。時々、もしかしたら既に死んでしまっているのではないかと思ったが心電図は波打っていて、その電子音も幽かに鳴いていた。耳を澄ませれば吐息もちゃんと聴こえた。
こればかりはどうしようもないが、ぼくの家系は癌で死ぬことが多いらしい。大昔に母が溢していたのを覚えている。父もその例に漏れずに見事肺に悪性腫瘍を拵えた。母方の祖母と父方の祖父も癌で死んだ。この次はたぶんぼくだろうと考えると少しだけ切ないような寂しいような心持ちになったけれど、その時はすっぱり死んでやろうと思った。病に静かに犯され死ぬくらいなら、偉大なるメランコリックの先人たちよろしく漠然とした不安から自ら解き放たれる道を選びたい、しみったれた最期は御免だ、と若気の至りも甚だしい尖った人生設計を考えていた。どう考えても父の癌は不摂生が祟ったもので、特に煙草は吸いすぎという表現が生易しい愛煙家ぶりだった。それを鑑みれば、ぼくの生活なんてまだ可愛いものだけれど、健康とは口が裂けても言えないのはぼくも同じだった。つまるところ、ぼくが父と同じ末路を辿る確率は非常に高いということで、でも、ぼくが眼前の父の立場になるというのは想像出来なかった。
父の最期はおかしなものだった。峠を過ぎ、その命が清算される寸前に父は突然ぼくの腕を掴んだ。それまでぴくりとも動かずに、マネキンのような不動を貫いていた死にかけの身体が鋭く挙動したのだ。それは下手なホラー映画よりも、余程恐ろしい事態でぼくの隣にいた若い看護師は悲鳴をあげて腰を抜かしてしまっていた。ぼくもそれには驚かされて、平静ではいられなかった。なによりも、父がぼくの腕を握る力は強く、凡そ半死人が出せる握力ではなかったし、その熱量は冷たくなった手に宿るには焔の勢いが強すぎた。目を一杯に開き、ぼくを親の仇のようにねめつけて、身体を起こしながら。まるで、この瞬間のためだけに体力を蓄えていたようだった。
「書け。書き続けろ。死んでも、おまえは、おれよりも」と父は言った。そして、言い終えると糸が切れたようにベッドに倒れて息を引き取った。死に顔は数瞬前までの鬼のような形相とは正反対の、酷く穏やかな面持ちだった。まるで一瞬にして悪夢が駆け抜けていったかのような気持ち悪さと、額を伝う冷たく、張り付くような汗がぼくに不可思議な余韻を与えていた。──余韻と言うには趣とはかけ離れた位置に在るものだったけれど──
それからは夢の中で早送りの人生を歩んでいるような感覚だった。その浮世離れから開放されたのは、引っ越し終わった今のぼくの部屋でキーボードを叩く音がゆっくりと自意識を杯の底から引き揚げた時だった。たくさんの人から香典と御悔やみの言葉を貰ったような気もするが、ぼくにはその実感はなかった。テレビやニュースサイトでは大々的に父の死が取り上げられ、スクランブル交差点で大泣きしながらインタビューに答える大学生と会社員が父の代表作を心底大事そうに抱き締めていた。その作品はぼくの中ではさほど面白くもないと分類された若年期の作品で、その視界と思考のように何処か現実感が欠如した、というよりは書き手からそれらが抜き取られてしまったような所感を抱いた。
火葬場から立つ煙はまるでマールボロの紫煙みたいで、ぼくはくわえたマールボロの先から立つ紫煙と父の断片が重なるのをぼんやりと見上げていた。父に最期掴まれた腕にはあの日から熱が籠っていた。一向に引くことのない熱はどんどん熱くなっているように感じる。今も尚、内からぼくを焼く新たな焔は元は父の物だったのだろう。それがどういうわけか、ぼくに継がれて、昔からそこにあったようにある種の馴染みさえ感じさせている。その手形は枷であり、印であり、触媒であり、呪いだった。ぼくの内で燃える焔には死んだはずの父がいる。ぼくにはそう思えてならなくて、時折聴こえる嘲笑じみた声の主はきまってぼくの内側にいた。そうやって必ず何処かに、父の影がちらつくのだ。手形然り、マールボロ然り。
ぼくの人生はそう思い返すとほんとうにろくなものではない。幾つ、瑕を負って、苛まれて、誰かの呪いに晒さなければならないのだろう。実の両親からも漏れ無く刻み込まれたそれらは生涯消えることはなく、ぼくが死ぬまで苦しめ続ける。日頃の行いか、あるいは前世というものがあるのならば相当に重い罪を犯した極悪人だったのかもしれない。
独りになったぼくの世界はそれで何かが変わるということもなく、順調に消費されている。こんなにも脆く、ぼろぼろのぼく自身には見合わない強度の日々の暮らしはぼくだけのものではない。孤独を求めることは許されず、社会は繋がりを強要する。求めるものと求められるものの相違なんてことは論ずる余地などないほどにありふれた話だ。朱香さん、堀崎、何人かの担当編集、連絡先を知っている女。時折、あの頃のように突き詰めてみようとしてもそれらが邪魔をしてしまう。世の中は三十手前の男のエゴが罷り通るほどシンプルかつ寛容には出来ていない。ぼくだけのものではないということは、誰かの領域がそこにあるということでもあり、ぼくにとってはそれは生き辛さを感じさせる因の一つでもあった。
煙草の灰がシーツに落ちそうになって、掌で受けていると朱香さんが戻ってきた。ぼくはそれに煩わしさを感じてしまう。そんなことを考えられる手前ではないのに。
「ねぇ、せめて林檎だけでも食べられないかしら……」
朱香さんは掌二つ分ほどの皿を持っていた。皿に盛られた林檎は卯を模されていた。ぼくは少しだけ向けた視線を大きく皿にやった。一つ口に入れると、ヤニと煙の味に押し込められている中でほんのりと瑞々しい甘さが味蕾に蜜を垂らした。歯応えは冬よりは軟らかく、正直微妙だったけれど味は悪くはなかった。
気が付けば、もう林檎の美味い季節は過ぎていた。つい先日までコートを着て、出版社に顔を出していたような気がしていたのに。そして、改めてあの日から十年が経過したことを知る。
ぼくはいつも通りに涙を流した。安心したのだ。胃の中を空にすることもなかった。
感想欄で、作者名で何かを察するケースが多々見られるのですがぁ……。(ねっとり)
勘のいい読者は(中略)