栄光の代償・元艦娘たちが語る対深海棲艦戦争(GHK出版新書)   作:蚕豆かいこ

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二十六 許されなかったいのち

 土曜日の札がかけられた冷たいコンクリ床の部屋で、哺乳類とも爬虫類ともつかない四足歩行の動物たちがもの悲しい声を響かせ、濡れた瞳でガラス越しに訴えかける。大きさは犬や猫ほど。いずれもペット用の深海棲艦だ。なかには人影に恐怖して隅で震える深海棲艦もいる。

 アンモニアと獣の臭いが壁にも床にも天井にもしみついている施設内で、職員は黙々とボタンを操作する。部屋の壁が左へ動いていく。動物愛護センターの六つに仕切られた部屋にはそれぞれ月曜から土曜の札がある。センターには毎日のようにペット用深海棲艦が持ち込まれ、あるいは回収されてくる。収容された深海棲艦はまず月曜の部屋に入り、一日経つごとに火曜、水曜と部屋を移される。深海棲艦たちに与えられた猶予は一週間。そのあいだに新たな飼い主が現れることを職員たちは心から願っている。だが、里親がみつかるケースは一割にも満たない。

 事実上あと一週間の命となった深海棲艦たち。せめて最後の一週間は清潔な環境で過ごせるようにと、職員たちは糞尿の絶えない収容部屋の掃除にかかる。

 きょうも愛護センターの大型トラックが市内を巡回する。コンテナには「飼えなくなった愛玩棲艦の引き取り車」とある。飼い主に不要とされた深海棲艦を回収して、動物愛護センターへ運ぶ。以前は有料で回収していたが、山や河原に捨てられる深海棲艦が激増したため、無料にせざるをえなくなった。財源はもちろん税金だ。

「気まぐれに餌をやったらさ、うちに居着いちゃって。それが赤ちゃん産んじゃって、もうどんどん殖えてくんだもん。餌代だってすごいし、臭いもあるしさ」利用者の中年女性はいう。

「病気になっちゃって」またある飼い主はいう。「歳とったせいか病気がちなのよね最近。そのたんびに病院に診せて。この子、純血で血統書もあるんだけど、もう買ったときの金額より病院代のほうが高くついちゃってね。病気のを飼ってても、おもしろくないじゃない。だからもう引き取ってもらおうって」不要ペット回収車に回収された深海棲艦がどうなるか、その飼い主は知らない。「また新しい飼い主さんみつけてくれるんじゃないの? 知らないけど」

「好きで飼ってるわけじゃないんだよ、もともと動物があんまり好きじゃないのよ、ぼくは。犬でも猫でも深海棲艦でも。一回、餌をやったらそれからずっと毎日うちに餌ねだりにくるわけ。困るよ、正直」また別の飼い主は、子猫ほどの深海棲艦を何匹も詰め込んだレジ袋を職員に押しつけ、鬱陶しそうに説明する。

 

 つぎの回収ポイントでは中型犬ほどの深海棲艦を連れた男性がトラックを待っていた。

「この子のお名前は」職員が訊ねる。

「ソラっていうの」

 六年間も生活をともにしたと飼い主の若い男性は話す。家庭の事情から飼育がむずかしくなったという。

「吠えたり咬んだりしますか」

「しないしない。おとなしいもんだよ。餌食べてるときにうちの彼女がイタズラで餌皿取りあげてもじーっとみてるだけだもん」

 飼い主が抱きかかえてトラックの檻に押し込む。「今度、結婚することになって。で、彼女が元艦娘でね、ペット用でも深海棲艦は嫌だって。もうじき子供も産まれるし、まあお役ごめんだよね」飼い主は肩の荷が下りたように晴れ晴れとした顔をみせる。トラックの後方ドアが閉じるまで、ソラはずっと飼い主をみつめつづける。

「信じてるんですよ、飼い主を」職員は運転席に乗り込みながらいう。「しばらくおうちを離れるだけ。またすぐに帰れる、飼い主に迎えにきてもらえるって信じてる。どの子もそうです」

 職員は吐息する。

「どうして最後まで飼ってあげられないのか。終生飼養できないなら、最初から飼うべきじゃない」

 

 ソラは血統書つきの純血種だった。男性が独身時代にペットショップで購入し、以来ずっと寝食をともにしてきた。男性が仕事から帰るとかならず玄関まで出迎えた。頭を優しくなでられるよろこび、一緒に散歩する楽しさ、だれかとおなじ部屋で暮らすことのうれしさ、食事のおいしさ、それらを教えてくれたのは飼い主の男性だったからだ。生まれたときから仲間と引き離されてペットショップのショーケースで販売されていたソラにとって、生まれてきてよかったと思えたことは、すべて男性から与えられたものだった。男性と過ごした時間はソラの宝物だった。男性のそばで丸くなっているだけでも幸せだった。

 しかしいつしか男性には恋人ができた。仕事と恋愛を両立させるうえで、どうしてもソラとの時間がとれなくなくなっていった。だがソラは、男性の邪魔をしたくないために寂しい気持ちをこらえて、ひたすら待っていた。「吠えたり咬んだりしますか」「しないしない。おとなしいもんだよ。餌食べてるときにうちの彼女がイタズラで餌皿取りあげてもじーっとみてるだけだもん」。そういうことだ。我慢強い性格だった。

 きょう、リードをつながれて家の外に連れ出されたとき、ソラはうれしかった。男性との散歩だ。むしろソラがリードを引っ張って外へ出た。だが、いつもの道を回るでもなく、よく遊んだ土手の公園に行くでもなく、ソラはトラックの真っ暗なコンテナに積み込まれた。お留守番だろうか。ソラはまだ男性を信じている。

 動物愛護センターの「月曜日」の部屋に入ったソラは、みたこともない数の深海棲艦とまとめて管理されることになる。どの深海棲艦も悲鳴のような鳴き声をあげて飼い主の姿をさがすなか、ソラは吠えずにおとなしくしている。トイレがないため床に直接排泄する。いきおい糞尿と生活することになる。清掃の頻度にも限りがあるからだ。夜になると人の気配がなくなる。深海棲艦はたくさんいるのにひとりぼっちのような気持ちで夜明けを待った。心細いが我慢した。すぐに男性が迎えにきてくれるはずだ。だから耐えられる。ソラはまだ男性を信じている。

 翌朝の午前八時半、重々しい轟音とともに壁が動く。ソラたちは追いたてられて「火曜日」の部屋へ移る。

 ソラは入り口に座って待つことにした。「飼い主がきたらすぐみつけてもらえるようにしているんでしょうね。そういう子は多いですよ」職員はそう語る。前を通りすぎる人影をみるたび、一瞬、ソラは飼い主の男性かと思ってドアにすがろうとしてしまう。ソラはまだ男性を信じている。

 翌日の朝にも壁が動いた。「水曜日」、「木曜日」と日ごと部屋を移動していく。散歩こそさせてもらえないが、職員は世話のさいにソラやほかの深海棲艦の頭をなでていく。うれしかった。だがやはり飼い主の男性の手のほうがいい。ソラはまだ男性を信じている。

 また朝がくる。ソラたちがいる部屋は「土曜日」。時計の針が午前八時半を回る。職員がスイッチを押す。壁が重い金属音を轟かせて強制的に深海棲艦を追い込む。いつものことだとソラは思っていた。だが愛護センターには「日曜日」の部屋はない。壁に追いやられたさきの部屋はいままでとは比べ物にならないほど狭く、窮屈だった。愛護センターの最後の部屋。六面ステンレスケージに囲まれたその密室はドリームボックスと呼ばれている。職員が「注入」の赤いスイッチを操作すると、ドリームボックス内に炭酸ガスが満たされていく。深海棲艦たちが異変を察知して暴れはじめる。顔を上に向け、口を大きく開き、胸のあたりを波立たせてあえぐ。

 ソラも窒息の苦痛と戦った。逃げ場のないガス室で薄れゆく意識のなか、ソラは男性が助けにきてくれるのを待っている。

 やがてソラは小刻みに痙攣し、倒れたまま手足をばたつかせ、失禁し、脱糞し、口から泡を吐き散らしながら、苦しみ抜いたすえに絶命する。半開きの目は殺されてもなお飼い主を待っているかのようだ。ソラは最後の最後まで男性を信じていた。

 三十分後、職員が折り重なるように横たわる深海棲艦を一匹一匹調べ、死亡を確認する。深海棲艦たちの尿で水溜まりができている。ドリームボックスが傾いて、ソラをはじめとした深海棲艦の死体が、糞と一緒に焼却炉へ機械的に落とされる。肉と骨のぶつかる鈍い音が反響する。流れ落ちる尿は滝のようだった。

 窯のような炉内に真紅の火炎が猛烈に吹き荒れる。ソラたちは生ゴミのように焼かれていく。六〇〇度の容赦ない業火が死骸の肉を炭化させる。残るものは原型をとどめた骨だけだ。あとは遺骨を粉砕してひとまとめに産業廃棄物として処理される。

 環境省の発表では、年間四十万頭のペット用深海棲艦が殺処分されている。一日に一〇〇〇頭を超える計算だ。

 毎日、一〇〇〇頭以上の“ソラ”が愛護センターでドリームボックスに入っている。

「絶望してるひまなんかないですよ」職員は疲労の色濃い顔でいう。「だって、あの子たちには毎日、“日曜日”がくるんですからね」

 

 こうした殺処分を請け負う動物愛護センターは全国の自治体に五六九ヶ所ある。

 しかし、山口県ではこの五年間、愛護センターのドリームボックスは使用されていない。愛玩用の深海棲艦をふくめたペットの殺処分数ゼロを実現している。かつて海軍でシリアルナンバー404-021222の初春型駆逐艦娘子日(ねのひ)だった女性が代表を務める、NPO法人の尽力によって。

「よしよし、きれいなウンチしてるね」

 元子日たちはこれまで五〇〇〇頭以上のペットの命を救ってきた。元子日は動物愛護センターに持ち込まれた、あるいは回収された動物をわけへだてなく全頭引き取っている。三十九年前の総武本線空襲事件でただひとり生き残り、艦娘として2水戦で戦歴を残しながらも生きて終戦を迎え、除隊後は元艦娘の地位向上運動に貢献し、いままた山口県のペット殺処分ゼロの偉業を成し遂げた彼女を、人は奇跡の女性と呼ぶ。

 

 保護施設には動物園顔負けの数と種類の動物たちが暮らす。総数は一二〇〇頭を超える。犬、猫、インコ、ミニブタ、フェレット。なかには三メートルの大蛇もいる。

「このヘビはボア・コンストリクターっていう種類なんです。おととい脱皮したばかりだから、ほら、光が当たったところが青とか緑に反射して、とてもきれいでしょう?」元子日はケージから太ももほどの胴回りもある大蛇を持ち上げて首にマフラーのように巻きつける。ヘビは舌を出し入れしながら元子日にしたがう。「見た目と違っておとなしいんです。ハリウッドの映画に出てくる大きなヘビはまず間違いなくこのボアコンですね。ブレードランナーとか、ハリー・ポッターとか。映画の撮影でつかわれるっていうことは、それだけ出演者やスタッフに危害を加える心配がないってことです。でも日本で飼育するには許可が必要です。この子は法律で義務付けられてるマイクロチップの挿入もなかった。密輸でしょうね。で、結局大きくなったとかで飼えなくなって、そこらへんに捨てたと」

 そのヘビが県内の山中で保護されたのは三年前の秋口だった。南米原産のボア・コンストリクターは日本での越冬を知らない。発見が遅れていれば凍えて死んでいた可能性もある。

「人間の都合でふるさとから連れてこられて、飽きたら捨てられるんです」

 

 元子日は深海棲艦であっても差別なく保護する。毎日の散歩だけでも四時間かかる。深海棲艦たちは元子日の足音を耳にしただけでも尻尾をちぎれんばかりに振って、親愛の情を表現する。

 

「愛情だけじゃ動物は飼えません。でもまずは愛情がないと。それは深海棲艦もおなじです。飼うっていうのは、生かしておくということだけではないんです」

 

 この日は多頭飼育崩壊したある家の深海棲艦を全頭捕獲するよう長門市から依頼されている。寄生生物に寄生されずに第四形態に移行した深海棲艦は、去勢・不妊手術をしないまま複数で飼育していれば際限なく殖える。やがて家が深海棲艦の大群に占拠され、餌代も捻出できなくなり、排泄物の処理がおろそかになって、極めて不衛生な環境で暮らすことになる。飼い主の管理能力がパンクして人畜双方の生活が破綻した状態を多頭飼育崩壊と呼ぶのだという。

 依頼された家も典型的な多頭飼育崩壊だった。車で家に近づいただけでも、魚が腐敗したようなすさまじい異臭が鼻をつく。元子日たちは鼻の下にメンソールを塗って、マスク、手術用手袋、足カバー、ビニールキャップに身を固める。

「うわあ、これはすごい」

 玄関を開けたスタッフのひとりが思わず嘆息する。元子日たちを迎える深海棲艦の群れ、群れ、群れ。上がり框から廊下まで埋めつくす無数のペット用深海棲艦たちが、真っ黒な目を大きく見開いて、職員たちをじっと凝視してくる。吠える。あるいは尻尾を振る。興奮して走り回る個体もある。このごく平凡な二階建ての一軒家には百頭以上の深海棲艦がいるというが、正確な数は飼い主にさえわからない。

「じゃあ、ケージをまずここにひとつ置いて。なかにご飯撒いて。だれかひとりみてて、五、六匹入ったら閉めて。そのケージはここへ」元子日がてきぱきと指示を出していく。

 ドライフードに釣られた深海棲艦たちがケージにつぎつぎ流れ込んでいく。見知らぬ人間が大勢いて警戒はしているが背に腹は代えられないという様子だ。いずれも飢えている。

 リビングにも深海棲艦が溢れ、台所の収納も引き出しも彼らの住みかを兼ねた遊び場になっていた。爪研ぎで傷だらけの壁紙、調度。錆びだらけのストーブ。汚れた食器の積まれた流し台。

 ペットボトルやコンビニ弁当の容器が詰まったゴミ袋がうずたかく重ねられている一角もあった。家はいわゆるゴミ屋敷でもあった。

「二階にもいるよね、これ」

 元子日がケージ片手に階段をあがる。踏みしめるたびに階段が軋む。尿で腐敗しているからだ。

 二階の一室を開ける。床に泥土が流入して乾いたあとのようにみえるが、すべて深海棲艦の排泄物だ。糞が乾きかけた上に糞をして堆積していくことで汚物が粘土のようになっている。おそらく深海棲艦の腐乱死体も混じっているだろう。そんな部屋でも子猫のように小さな深海棲艦が闖入者におびえて逃げまどう。捕虫網にもちかえた元子日はためらいなく踏みいる。

 

「どこの現場も似たようなものですよ。ここが特別ってわけじゃありません。この家は類型にして典型です」

 

 この家ではもともと四人の家族が暮らしていた。しかしふたりの子供が独立し、夫婦水入らずの老後を楽しもうとしていた矢先、妻が十五年前にがんで他界した。残された男性は寂しさを埋めるように愛玩用の深海棲艦をつがいで購入した。深海棲艦はあっというまに殖えていったが手放すことができず、およそ十年のあいだにいまの状況になったという。餌代だけでも月十万円以上はかかる。

 若い女性職員の叫び声。握りこぶしほどもない頭部が転がっていた。まだ子供の深海棲艦だ。白骨化が進んでいる。極度の空腹が蔓延したことから共食いが起きていたのだ。

「こういうことになるから、やっぱり不妊なり去勢なりの手術はしとかないと」

 元子日が苦言を呈した。飼い主の老人男性の「だよねえ」という返事は、どこか他人事だ。

「わかっちゃいるんだけどさ、不妊手術ってけっこうお金かかるじゃない。人間さまの病院と違って医療保険きかねえからさ」老人男性は家からとめどなく運び出されてくる深海棲艦でいっぱいのケージを眺めながら愛想笑いする。「それに子供産めなくする手術ったってかわいそうだしさ。ほんで生まれた子供なんかも家族だから、もう情が移っちまってるから、どっかに引き取ってもらうってのもなかなかできなかったんだよね」

「でも、殖えれば飼いきれなくなって、結局こんな劣悪な飼育環境になるわけですから」

「ほんとだよねえ、(手術は)しないとダメだねえ」飼い主からは後悔や反省の色はうかがえない。

 

「悪気があってやってるわけではないと思います」作業にもどった元子日には、汗とともにやりきれない表情がにじむ。「だって、彼はここで十年もこの子たちと一緒に暮らしてたんですから。本人は残酷なことをしているつもりなんてない。ながいあいだに慣れちゃってるんです。要は、いまのままでなにも問題ないと思ってるんですよね」

 

 この日、回収した深海棲艦は一三五頭。近隣住民からのべ数十件の苦情を寄せられた市は、二年前から飼い主に改善の警告を行なってきて、ようやく行政代執行のかたちで元子日のNPOに要請を出した。もし元子日らが多頭飼育崩壊の現場を把握していても、飼い主か行政の依頼がなければ家に一歩たりとも踏み込むことはできない。もっと早く保護に乗り出せていたら、飼い主が乱繁殖を放置していても、まだ個体数がいまより少ないまま対処できていたはずだ。共食いも起きていなかったかもしれない。しかし、元子日が保護活動をしていなければすべてドリームボックスに入っていただろう。

 

「少しでも多くの命が救えた。そう思って前に進むしかありません」

 

  ◇

 

 翌日。元長波が杖をつきながら山口市郊外にある元子日の動物保護施設を訪ねた。都会の喧騒を疎むように山と川と休耕田に囲まれた静かな土地だった。

「遠目には旅館みたいだな」

 元長波の目線が建物から門で待ちわびている女性に定まる。

 元子日は元長波の姿を認めると弾かれるように駆け出した。「おひさしぶりです」元子日は積年の思いをぶつけるように元長波に抱擁を浴びせる。元長波も杖で支えながら片腕で元子日を抱き寄せる。本当なら両手で力いっぱい抱きしめたい。それすらできなくなった自分の体が恨めしい。

 

「いくつになった?」元長波が目尻を湿らせながら訊く。

「去年、四十歳の大台に乗りました」

「おまえが四十路か。どうりで歳をとるはずだ。白兎赤烏(はくとせきう)は飛ぶのが早い」

 

 いまここにいる実感をお互いにたっぷり確かめあったあと、元子日は保護施設を案内した。三〇〇坪ほどの敷地には、おおまかに犬、猫、爬虫類、小動物、深海棲艦と分けた収容施設が屋根を連ねる。いずれも飼い主から虐待されたり捨てられたものだ。

 深海棲艦の区画に通される。「おお」元長波は驚きを隠せない。ここでは五〇〇頭の深海棲艦が生活している。猫くらいのものから、立ち上がると人間ほどもある品種まで種類はさまざまだ。姿かたちはイ級にどことなく似ているが愛玩用だけあってよほど愛らしい。どれもじゅうぶんなスペースでのびのびと過ごしている。

「みんな譲渡待ちです。新しく家族になってくれるという飼い主を待っています」

「希望者が現れなかったら?」

「もちろん、ここで一生飼います」

 元子日が柵のひとつを指し示す。小型の深海棲艦がトロ舟から上半身だけを覗かせて鳴いている。

「この子は下半身不随で歩けないんです」元子日が頭をなでてやる。

 深海棲艦は元子日の手に頭突きをして甘える。よくみると背中がくの字に屈曲している。飼い主が背骨を折って山に捨てたのだという。

「なぜ背骨を?」

「普通に捨てたんでは追いかけてくるからでしょうね。かといってひとおもいに楽にしてやる勇気もなかった。結果的に最も残酷な仕打ちをすることになった」

 地元の獣医師の助言を得て元子日らが製作したリヤカーのような車椅子が代わりの後ろ肢だ。装着してやると前肢で器用に走り回る。元子日の後ろをずっとついてくる。

「こういう言い方はわたしは大嫌いなんですが、ペット用の深海棲艦を愛玩棲艦、愛艦というんですね。愛艦っていうのは人間のぬくもりがなによりも大事なんです。愛艦は自分よりも人間ファースト、飼い主ファーストです。その飼い主に、もう要らないって背骨を叩き折られて、ポイされたんです」

「わたしがこいつだったら、目に入った人間だれかれ構わず噛み殺してるだろうな」

「まったくです」

 

 歩けない愛玩棲艦はまだいる。

 

「こっちの子は」別の柵でトロ舟にいる深海棲艦は全身が雪のように白い。目は瞳孔までが朝露に濡れたラズベリーの赤さだった。「悪質なブリーダーのもとで繁殖ばかりさせられていました。身動きできない小さなケージに閉じ込められて、ただ子供を産む機械みたいに扱われていたのです」

「みたことない色だ」

「おなじアルビノでも、体色が白で目が赤くないものはルチノー、この子みたいに目が赤いものはリアルレッドアイ・アルビノと呼ばれて、特に高値で取引されていました。産ませれば産ませるだけお金になる、だから母体の健康状態なんかお構いなしに年に何度でも繁殖させるんですね。リアルレッドアイ・アルビノの子供ならノーマルの二十倍の値がついたこともありましたし、ノーマル体色だったとしても、母親が赤目のアルビノですから、その遺伝子を持ってるってことで、五倍くらいで売られていた時期も。卵を予約する飼い主だっていました。この親が包卵したら全部くれと。業者にはそれこそ金の卵にみえたでしょうね」

 立つこともできない劣悪な飼育環境と、度を越した繁殖によって、元子日らが引き取ったときにはもう体の自由がきかなくなっていた。

「歩けなくなってからもまだ繁殖につかわれていました。歩けなくても産めますからね。そのブリーダーからすれば、交尾と産卵、これさえできればいいという認識なんです」

 リアルレッドアイ・アルビノの愛玩棲艦に人気が集中し、供給が激増した結果、値崩れが起きた。商品価値が落ちたことから遺棄したらしい。いまの愛玩棲艦のトレンドはアルビノから、全身がパステルカラーの紫に染まるフジムラサキと呼ばれる品種や、琉金のように寸詰まりのショートボディに移っている。それらもいずれつぎの流行に追われるだろう。

「おそらくこの身体障害の子たちを譲渡してほしいという人はいないでしょう。だからわたしたちがいっぱい甘やかして、一生面倒をみます。どんな命だって、幸せになる権利があるからです」

 元子日に抱かれている新雪のような愛玩棲艦の横顔は、安心しているような印象を受ける。

 

 深海棲艦は本来、海中のみで一生を終える。ところが、深海棲艦の生態研究を目的とした累代繁殖の過程で、陸上で孵化から繁殖まで行なう陸棲タイプが誕生した。ある意味で進化であり、品種改良である。さらには体格の小さな個体群をえりわけて交配させることで成体でも小型のまま成長がとまる血統の固定に成功した。寄生体がいないので生殖能力も失わず、原油や鉱物ではなく動物性タンパク質を主食とするため餌は既存のペットフード製造ノウハウが流用できた。一年に五回繁殖し、一度のハッチ(孵化)で平均して五匹が産まれる。年に二十五匹殖えることになる。産まれた子供も半年で性成熟する。短期間で量産が可能なのだ。深海棲艦がペット商品となった瞬間だった。

 戦後、晴れ着族という流行語がうまれたころ、ファッションリーダーと持て囃されていた女性芸能人のブランドバッグから愛玩棲艦が顔を出している写真が雑誌に掲載された。それがペット用深海棲艦のブームに火をつけたといわれている。真似する女性が続出した。愛玩棲艦は犬のダックスフントや猫のマンチカンのように手足が短く、ちまちまと不器用に歩くそのさまが人気に拍車をかけた。愛玩棲艦の動画は安定して再生数が伸びた。

 現在もSNS上に写真を投稿する目的で愛玩棲艦を購入する人間は多い。「いいね!」の数が自分の存在価値だと盲信している人々は、おしゃれなランチの写真を撮り、友人役を派遣する企業に依頼してでも大勢でパーティーを開いて写真を撮り、流行の愛玩棲艦を買って着せ替え人形のように着飾らせて写真を撮る。もし愛玩棲艦の写真で思ったほど「いいね!」が稼げなかったら、飼育にかかる費用も手間も負債でしかない。捨てるか愛護センターへ持ち込むことになる。

 

「よく、愛艦を山に捨てる人たちが“自然に帰す”といいます。動物は自然から借りたもの。だから自然にお返しする。捨てた飼い主たちはたぶん、愛艦も大自然のほうが幸せに暮らしていけるとでも思ってるんでしょう。大間違いです」元子日は首を横に振る。「愛艦にかぎらず、動物にとって自然界は絶えることのない闘争と逃走の戦場です。隙をみせればたちまち食いものにされてしまう。人間にいっときでも飼われた動物にとって自然界はお家ではありません。ペットの家は、飼い主の家以外にありえないんです。まして愛艦は、人間がつくったようなものでしょう、陸上動物としての歴史がないから自力で餌も探せません。自然に帰す、だなんて、子供だましもいいところです」

 不随の白い愛玩棲艦を抱いたまま元子日が説く。

「愛艦を捨てる、彼らがいうところの“自然に帰す”っていうのは、人間でいえば身ぐるみを剥いで、ジャングルの奥地にひとりっきりで置き去りにするようなものです」

「そう考えるとむごいな」

「ええ、とても」元子日は赤目の愛玩棲艦の顔を覗きこむ。「もうこの子たちは飼育下という環境でしか生きられない。それを人間の都合で、みたこともない自然だなんていう異世界に放り出される。残酷な話です」

 

 戦争だ、艦娘が必要だと、まだ人格の基礎も固まっていない時期に軍へ入り、海へ出た。細胞のひとつひとつまでもが軍隊に順応した。戦争が終わったからと、その軍から放逐され、一度も入ったことのない社会へ“復帰”させられた。

 ここで保護されている愛玩棲艦たちは、わたしだ、と元長波は思っている。愛玩棲艦の境遇に自らが重なる。

「わたしたちみたいって思ってますか?」

 元子日の言葉に元長波は顔を上げる。元子日の目には真摯な色があった。

「わたしが捨てられた愛艦たちを引き取ってるのは、それもあるんです。まるで自分をみているようだったから」

 

 施設の二階も愛玩棲艦の王国になっている。動物のいない空間はない。どこにいてもにおいがないのは管理がいき届いている証拠だ。寝室にも、年老いて一日を寝て過ごす愛玩棲艦のケージが並ぶ。

「ここで暮らしてるのか」

「わたしを含めて常時五十人が」元子日は笑いをみせる。「タカは一日八時間以上構ってあげないと飼い主に馴れないといいますが、やっぱり、動物に信頼してもらうには、通勤してそのあいだだけ世話するっていうのじゃ限界があるんですよね。いつ病気になるかもわかりませんし。一緒に寝起きしないと」元子日はケージをひとつずつ確認して、排泄物があれば清掃する。「本当はこの倍のスタッフが必要なんですけど、なかなかむずかしいです」

 

 ここへ愛玩棲艦がくる理由は多岐にわたる。

 飼いきれなくなった飼い主が愛護センターに持ち込んだ。

 経営が行き詰って愛玩棲艦たちを置いたまま行方をくらませた悪徳ブリーダーから保護した。

 そのつぎに多いのが、野山に捨てられた野良の愛玩棲艦、いわゆる捨て艦を餌付けして、殖やしてしまったというものだ。

 

「ゴミを漁ったりして生きていくしかありませんよね。かわいそうだといって、餌をやる。懐くから愛着がわいてまた餌を。本当は死ぬはずだった愛玩棲艦が生き延びて、繁殖してしまう。餌を恵んであげているつもりなんでしょうけど、それは」

 あまりに無責任だ、と元子日は語調を強める。

「愛玩棲艦を飼うっていうことは、餌をあげて可愛がるだけじゃありません。口がありますからウンチもしますしオシッコもします。出したものの始末をしてはじめて“飼う”ということなんです。生きるということはウンチをするということだからです。でも、捨て艦に餌をやる人たちというのは、ウンチやオシッコの世話はしないでしょう。家にすら上げないわけですから」

「つまり、可愛いっていう上澄みというかいいとこ取りで、汚いシモの始末は人任せにしていると」

「そうです。捨て艦もどこかでウンチなりオシッコなりをしている。それはだれかの家の前だとか、ビルとビルのあいだとか、路地裏とか。臭いますからそこで暮らす人が掃除しますよね。捨て艦に餌をあげるだけの人は、そういうなんの関係もない人たちに、排泄物の世話を押しつけているともいえるのです」

 ましてや不妊去勢手術などしない。増え放題になってしまう。

「うちでは引き取った愛艦は全頭、不妊去勢をしています。不幸な命が産まれないために」

「いくらくらいかかるもんなの?」

「一頭三万円ですね。本来はこれも飼育の経費です。ところが、捨て艦の産んだ子供たちはされてなくて当然ですけれど、あきらかに人間が飼ってて捨てた個体も、かなりの割合で手術を受けてないんです。事情はいろいろあるでしょうが、愛玩棲艦は原則として不妊去勢手術をする、それを徹底してほしいですね」

「里親をみつけやすくするために、ここで手術させておくと」

 元子日は明瞭に頷いた。

「ペットの深海棲艦がこんなことになってるなんて、想像したこともなかったな」

 人間に飼われ、信頼していた飼い主に裏切られた愛玩棲艦たちを元長波は見渡す。

「日本では年間に四十万頭の愛艦が愛護センターで殺処分されています。たった十年で、戦時中の三十九年間に日本が撃沈した深海棲艦の総数を上回る計算です。それが、ペットの殺処分ゼロをめざした改正動物愛護法の施行で、愛護センターが引き取りを拒否できるようになったんです」

 殺処分ゼロの公約を実現すること自体は簡単なのだと元子日は語る。

「殺さなければいいんですから。だけど、じゃあ、いままで殺処分していた年間四十万頭の愛艦は、これからどうなるんですかっていう話ですよね」

「余剰の深海棲艦がいなくなるわけじゃないからな。言い方は悪いが、年に四十万匹の余剰が生産されてるってことだろ? その出口だけを閉じちまったわけだ」

「当然、行き場を失う愛艦たちが溢れることになりました。どうなったかというと、余った愛艦を引き取る、引き取り屋と呼ばれる業者の横行を招いたのです」

「引き取り屋?」

「ええ。殺処分するしかない愛艦を引き取る業者です」

「そこだけ聞くと有徳な仕事に思えるけど」

「でしょう? でも実際は」元子日が顔の前で手を振る。「きょうはこれから美祢市の引き取り屋のもとへ、ペットを保護しに向かう予定です。長波さんも同行してくれますか?」

「子日がいいなら」

 

 元子日やスタッフ、ボランティアも支度を整えて、専用のバスとトラックに分乗する。獣医師も同行している。元長波は元子日とともにバスに乗る。杖をつく元長波に元子日が手を貸す。

「その引き取り屋ってのはどういう連中なんだ?」

 走り出したバスの車内で元長波が訊ねる。

「最悪の人間たちです」

 元子日が険しい顔になる。

「これから向かうのは、何十という愛艦を劣悪な環境で飼育している業者です。わたしたちは一年以上前から何度も業者のもとに足を運んで確認し、保護活動をつづけながら、県の保健所に指導を出すようしつこく要請してきましたが、いっこうに改善がみられません。哺乳類、鳥類、爬虫類、深海棲艦で商売をするには、保健所に届け出て第一種動物取扱業の登録を受け、保健所の改善命令があればこれにしたがわなければなりません(動物の愛護及び管理に関する法律第十条から二十四条)。その業者は愛玩棲艦を有料で引き取ったり、あるいは買い取ったりして、繁殖につかえそうな子はブリーダーに転売していました。しかし、大半は飼い殺しにしています」

「買い取りはわかるが、なんで引き取って金までもらえるんだ?」

「まず、日本における愛艦の流通過程についてお話しいたします」

 

 ブリーダーのもとで繁殖された愛玩棲艦は、ペットオークションにかけられ、ペットショップに並び、エンドユーザである飼い主が買い求める。

 

「ブリーダー、ペットオークション、ペットショップ、飼い主。ペットの流通はおおまかに四つのシークエンスを踏みます。このすべての過程で余剰が生まれています」

「どういうことだ?」

「まず、ブリーダーですね。純血種の場合、商品になる愛艦は産まれてきた子の半分しかいないといわれています」

 

 たとえば愛玩棲艦のアルビノは潜性遺伝(劣性遺伝)する。アルビノにかぎらず品種の特徴は潜性遺伝である場合が多い。品種改良とは奇形に稀少価値や美を見出だすものだからだ。潜性遺伝なので発現しないほうが普通である。

 愛玩棲艦の品種改良ではメンデルの法則がそのまま当てはまる。アルビノとは黒色色素を生産する遺伝子の欠如がもたらすイレギュラーである。黒色色素をつくれない遺伝子を仮にaとする。

 しかし有性生殖では父と母から遺伝子をペアで受け継ぐ。黒色色素の生産にかかわる遺伝子も例外ではない。母からa、すなわち黒色色素を生産できない遺伝子が組み込まれていても、父から正常に黒色色素を生産できるAの遺伝子をもらっていれば、Aaとなる。Aのほうが顕性遺伝(優性遺伝)なら、たとえaをもっていても、Aの発現が優先されるので、その子供はなんの問題もなく黒色色素をつくることができる。

 どちらかの親が遺伝的欠陥をもっていてももう片方の親の遺伝子でカバーできる。かつて深雪がいまわの際に語ったように、生物の本質は助け合うことにある。

 しかし、両方の親からもらい受ける遺伝子がaであれば、組み合わせはaaとなり、子供には黒色色素をつくるためのAの遺伝子がないことになる。これがアルビノである。

 

 商品としてみた場合、アルビノが高値で売れるなら、なるべくアルビノの仔を一度に大量に得たい。

 まずアルビノ、すなわちaaのメスを入手して、通常体色AAのオスとかけあわせて卵をとる。産まれる子供たちは外見こそすべて通常体色である。しかし、遺伝的には母親から受け継いだaの因子がある。つまりAaである。このように見かけは通常体色だがアルビノの遺伝子をもっているものをヘテロアルビノという。

 このヘテロアルビノの子供のうち、オスを母親と交配させるのだ。aaの母親とAaの息子とのあいだに産まれた愛玩棲艦の遺伝子の組み合わせは、AA、Aa、aA、aaだから、四分の一の確率でaa、つまりアルビノになる。

 そうして得られたアルビノの孫のオスを、さらに初代アルビノである祖母とかけあわせる。この繰り返しでアルビノの産まれる確率は上がっていく。

 

 そこまで聞いた元長波も合点がいった。

 

「過度な近親交配で血が濃くなるせいで、先天的な疾患をもって産まれてくる子供が多いってことか?」

「そのとおりです。虚弱体質、奇形、無脳症、ダウン症。けれど、流行はいつ移り変わるかわかりません。流行品種を短期のうちに大量生産するには近親交配がいちばん手っ取り早いですからね」

「じゃあ、あの歩けなくなってた白いやつも?」

「ええ」元子日は苦い顔をした。「ひ孫、玄孫と交尾させられるなんて当たり前という状況でした。ブリーダーにとっては単なる赤目アルビノの生産マシーンだったんです」

 アルビノはほんの一例だ。あらゆる品種で近親交配は行なわれている。

「良識あるブリーダーももちろんいます。そういったブリーダーは血が濃くならないよう、代を重ねていく途中で適度に血縁のない相手との交配を挟んだりします。もちろん目的の形質を備えていない子供が産まれることになりますが」

「いつだって悪どいやつのほうが利益を上げられるんだな」

 

 極度の近親交配によって先天的な欠陥がある、もしくは、疾患はないが望んだ表現形ではない、出来がよくないなど、流通の最上流であるブリーダーの段階で早くも「不要」とされて弾かれる愛玩棲艦が出る。

 

「ブリーダーに殖やされた愛艦のうち、とくに優良とされたものは仲介業者がいち早く高価格で買い付けます。そうではない、かといって不要というほどでもない、いわば並の愛艦は、つぎにペットオークションへ送り込まれます。ここではおもにペットショップや問屋を相手にして、競りにかけられます」

 

 オークションのイベント会場では統一規格の小さな段ボール箱がところ狭しと並べられ、三段四段と積み上げられていることもある。なかに入っているのはバッグでも靴でも化粧品でもない。愛玩棲艦だ。もし崩れ落ちたらなかの愛玩棲艦はどうすることもできない。

 

 オークション業者のセリ(びと)がまだ産まれて間もない二十センチそこそこの体をわしづかみにしてバイヤーたちにみせびらかしながら、ちょうど築地のように暗号のような掛け声で値段をアナウンスし、ベルトコンベアー式に売りさばいていく。基本的には上げ競り、つまり価格を上げていく方式で、一〇〇〇円刻みでセリ人が売値を高くしていき、落札を希望するバイヤーはそのたびに手元の応札ボタンを押す。応札するバイヤーがひとりに絞られたら落札だ。競りは一頭につき一分もかからない。またつぎの愛玩棲艦が競りにかけられる。

 

 こうしたペットオークションは全国に二十ヶ所以上存在し、週に一回のペースで競りが開かれているところもある。年間の売り上げは一ヶ所につき数億から数十億円ともいわれている。

 

「日本全体で生産されてる血統書つきの愛艦は、年におよそ六十万頭。そのうち半数以上の三十五万頭がペットオークションを経由しているっていわれてますから、さもありなんです。お金になるからやるんですよね。法律に触れているというわけでもありませんし」

 

 売れ残った愛玩棲艦は下げ競り、すなわち値段を下げていく方式の競りにかかる。それでも買い手がつかなかった愛玩棲艦は「不要」となる。

 

 ペットオークションで落札された愛玩棲艦は箱詰めのままバイヤーに引き取られ、持ち帰られる。東京から名古屋のオークションに参加するバイヤーもいる。人間でも自動車で三〇〇キロも揺られるとなると疲労がたまる。箱のなかで踏ん張るしかない愛玩棲艦には拷問に近い。

 

 しかも日本ではペットは小さいほうが可愛いと思われがちなことから、幼い個体ほど高値がつく。そのためオークションに出品される愛玩棲艦は半数が生後三十五日前後の幼体だ。

 

「深海棲艦は社会性のある動物です。母親やきょうだいとの遊びを通じて社会性を身につけていきます。この生後八週くらいまでの社会化期は愛艦の性格を形成する最も重要な時期です。社会化が不十分なまま親から引き離されたら、ほかの愛玩棲艦や人間との上手な付き合いかたがわからずに育ってしまい、無駄吠え、咬みつきといった問題行動を起こして、結果的に飼い主から捨てられやすくなります」

「散歩させてる愛玩棲艦どうしが出くわすとやたら喧嘩したがるのはそのせいなんだな」

 

 産まれてすぐ母親から引き離され、社会性も体力もじゅうぶんにつかないまま、箱に詰められ、オークション会場に移動し、眩しい照明と大勢の人間の目に晒され、また箱に戻され、長い移動が終われば、ペットショップの透明なショーケースで不特定多数の客の視線が待っている。

 

「日本のペットショップにおける生体販売は、あまり愛艦のことが考えられているとはいえません。視線からの逃げ場がないからです。しかもかろうじて体を伸ばせる程度のスペースしかない。お子さんがショーウインドウを叩くこともあるでしょう」

 

 ペットショップでは入荷して最初の一ヶ月が勝負だ。幼体の成長は早い。あっという間に成体の姿になっていく。店には幼く愛らしい状態で陳列されていなければならない。だからブリーダーは生後三十五日ほどでオークションにかける。すべては店頭で客に「可愛い!」と叫ばせて衝動買いを煽るための戦略だ。生後七十日を過ぎると売れる可能性ががた落ちになるという統計もある。

 ここで旬を逃したものはそのまま展示していても売れる見込みが少ないため、「不要」になる。

 

 愛護センターにペットを持ち込むのは飼いきれなくなった飼い主ばかりではない。むしろ実際にはブリーダー、ペットオークション、ペットショップの各過程で「不要」の烙印を捺された愛玩棲艦のほうが多く持ち込まれている。生産された愛玩棲艦のうち飼い主に届くのは三割程度だという。行政は多額の税金で業者の在庫処分を引き受けていたことになる。

 しかし、法改正で愛護センターが引き取りを拒否するようになると、ブリーダーやオークションやペットショップは「不要」な愛玩棲艦を抱えて途方に暮れる。

 

 元長波にも話がみえてくる。

 

「愛玩棲艦ったって生きもんだから、売れないあいだもずっと餌代はかかるし、場所もとる。かといっていままでゴミ箱みたいに使えた愛護センターには頼れない。そんなら多少の金を払ってでもさっさと引き取ってもらえりゃ願ったり叶ったりだと」

「そうなんです。日本のペット産業が大量生産・大量消費型であることも関係しているでしょう。いつお客さんがくるかわからないから一年中商品を置いておかなければならない、でも愛艦は動物ですから成長します。その愛艦の商品価値は生後数ヵ月までしかない。なら、つねに産ませて、新しいのを仕入れて、幼体の愛艦をいつでも置いて、次から次へ入れ換えて、売れ残りは捨てるということになります」

 

 商品の種類と客足は比例関係にある。品揃えの豊富な店を消費者は選ぶのだ。

 また消費者には、目当ての商品が置いていない、もしくは売り切れということが三度つづけば、もうその店には行かなくなるという心理もある。だからコンビニエンスストアは毎日大量の廃棄を出してでもつねに陳列棚をいっぱいにしているのだが、

「そのビジネスモデルを、命にそのまま当てはめていいのかどうか」

 元子日は疑問だという。

「食べるためでもなく、薬品の安全を確かめるための実験につかうでもなく、ただ在庫として殺すためだけに産ませるのは、わたしは納得いかないんです。たとえ傲慢といわれても」

 

 元子日が車窓から景色をみやる。何度も引き取り屋のもとを訪れている彼女には見慣れた光景だ。これからもこの風景を元子日はまだ何度でもみるだろう。

「もうすぐ着きます。いまさらですが、あまり気持ちのいいものじゃないですよ」

「いいんだ。いまおまえがなにをしているのか知りたいから」

 合流したほかの愛護団体や獣医らとともにスタッフたちが引き取り業者を訪ねる。いまにも崩れ落ちそうな廃屋だ。目に沁みるほどの悪臭が外にまで漂っている。元長波は眉をひそめる。

「ジャム島のにおいがする」

 元子日が先頭に立つ。引き取り業者に友好的にあいさつしてから入る。

「ああ、来たの」業者の中年男性は物憂げに応じる。

 元子日が元長波を振り返る。

「これが、華やかな愛玩棲艦ブームの裏側です」

 元子日の背につづく。

 待っていたのは、異臭、悲鳴、混沌、腐敗、暗黒、汚濁、糞尿。

 斜めに傾いた粗末な小屋は、屋根に大きな穴がある。壁板から吹き込むすきま風が冷たい。冬なのにハエが読経のような羽音で飛び交う。そんななかに、痩せ衰え、怯えた愛玩棲艦の押し込まれた小さな金網ケージが、天井近くまで何段にも積まれて、壁を埋めつくしている。足を進めるたびに靴裏が粘つく。地面をゴキブリが運動会のように走り回る。

 錆びた金網ケージには愛玩棲艦とともに例外なく大便が居座り、ながく放置されていたことを示すように白く変色している。愛玩棲艦の体はいずれも糞で汚れ、なかには皮膚病を発症して赤い筋肉組織が露出しているものもいた。ケージは床面も金網なので愛玩棲艦の足に食い込む。傷口に排泄物がしみこんで感染症をさそう。手足が壊死している個体はめずらしくない。汚物が上段から下段のケージに流れ落ちるので、多くの愛玩棲艦が糞尿を日常的に浴びてしまっている。

 ストレスからよくケージの金網に頭を押しつけていたらしい愛玩棲艦は、顔面の肉が削げて、左の眼球のほぼ全体がみえてしまっている。傷から流れる膿が涙のようだった。

 

「引き取り屋が愛艦を引き取るときの相場は、数千円から高くても二万円くらいです。とうてい終生飼養をまかなえる金額ではありません」元子日がスタッフたちと手分けして愛玩棲艦の健康状態を確認しながら明かす。「即決の現金収入がほしいからです。現金収入さえあれば、あとはほったらかしです」

「これは虐待ですよ」

 今回が初参加だというボランティアの女性が業者の男性に涙ながらに訴える。男性はあっけらかんとしている。

「殴ったり蹴ったりしてるわけじゃないだろ?」

「ネグレクトも立派な虐待です。動物愛護管理法第四十四条には、世話をしないことも虐待にふくまれると明記されてます」

「ああそう。でも、おれも世話してるつもりなんだよね。世話の程度ってのはさ、個人差があるから。おたくらは下にも置かない飼いかたしてるのかもしれないけどさ、これがおれの飼いかたなの。おれにだって生活はあるわけだから。商売なんだし、コスト度外視ってわけにはいかないよね」

「じゅうぶんな環境を整えてやれる範囲で引き取ることが重要だとは思いませんか」

「そうすると引き取り手がいなくて、捨てられるか殺処分になるよね。おれがこの仕事やる前は、この界隈のペットショップはさ、売れ残ったとか、病気になった愛艦を、生きたまんま冷蔵庫に入れてたんだよ。つぎの日の朝には死んでるから。死んだ動物は生ゴミと一緒に出しても違法じゃないから。うちがいなかったらここにいる動物はみーんなもうこの世にいないよ。ほっといたら殺される動物を、かわいそうだなって引き取ってあげてるわけ。大して儲けも出ないからやめちまってもいいんだけど、ペットショップもブリーダーも、やめないでくれっていうんだもん。在庫かかえることになるから。おれらみたいな引き取り屋がいなかったら、ペット業界は回らないと思うよ」男性は悪びれることなくつづける。「こんなんでも世話してることはしてるんだよ。餌とかで月十万はかかってる」

 

「この数をおまえんとこで飼ったとしたら、月にいくらくらいかかる?」ケージ越しのやりとりに耳をそばだてていた元長波は作業を進める元子日に訊いてみる。元子日はケージの山脈に目をやって、

「だいたい一五〇頭くらいいますから、一二〇から一三〇万円というところですね」

 こともなげにいう。どのケージも皿には餌も水もない。

「この目が白濁してしまっている愛艦はティーカップと呼ばれる超小型の人気品種です。成体になるまではティーカップに入るくらい小さいことがその名前の由来です。おそらくブリーダーが繁殖につかっていたのが、加齢で産めなくなって不要になってここへ来た」

 元子日がケージを開けて白内障のティーカップ種を抱く。糞が体にこびりついたティーカップは震えるばかりで抵抗しない。繁殖艦がケージの外に出られるのは交尾させられるときだけだ。暴れたら虐待されると学習しているから、抵抗せずされるがままになるのだという。保護されるティーカップの白く濁った目は人間への不信と恐怖に染まっている。つぎに何が起きるのだろう、と。

「この子を連れて帰ってもいいですか」

 元子日に業者は面倒な様子で応じる。「どうぞどうぞ、持ってって」

 

 不衛生と飢えと渇きで瀕死の愛玩棲艦を元子日らがペット用キャリーバッグに移していく。「どうせすぐ死ぬよ」と笑っていた業者が、あるメスの愛玩棲艦のときに待ったをかける。

「それはまだ使えるんだよね」

 大便のすぐ横で倒れているその愛玩棲艦は、口からチーズ状の膿が糸をひきながらこぼれ、右前肢の腐った肉に蛆虫が群がっている。使えるとは繁殖のことだ。交配で重宝されるハイポメラニスティックという品種なのでブリーダーに転売できる。業者はにやにやとしている。保護したければ金を払って買えということだ。元子日は価格交渉をする。二万五〇〇〇円で手を打つ。「毎度あり」業者は舌なめずりして紙幣をポケットにつっこむ。保護という大義名分があっても勝手に持ち去ることはできない。あくまでもここにいる愛玩棲艦は業者の所有物だからだ。金銭を要求されたらしたがうほかはない。命がかかっている。

「引き取り屋にとっては、わたしたち愛護団体っていうのはケージを空けてくれる体のいい処分先なんでしょう。わたしたちが持って帰ってスペースができればまた新たに引き取れる。場合によってはいまみたいにお金にもなる」確認作業に戻った元子日がいう。

「癪だな?」

「でも、やめるわけにはいきません。やめればこの子たちはここで飼い殺しにされます。根比べです。あきらめたら負けなんです」

 保護は病気の個体を優先する。いちどにすべて連れて帰れば元子日らの施設が多頭飼育崩壊を招いてしまう。

「こんだけひどくて、どうして保健所は動かないんだ。動物取扱業と保健所の関係は、いわば風俗店と生活安全課だろ。元締めの保健所が登録抹消でもちらつかせて、ちゃんとやれって指導すりゃすむ話なんじゃないのか」

 元長波には疑問でならない。

「なら、引き取り屋は保健所にこういうでしょう。“じゃあ今いるこの動物たちをいますぐ全部引き取ってくれるのか?”」

 元子日の返事は淡々としている。

「動物愛護の機運が高まり、愛護法改正をきっかけとして、愛玩棲艦をふくめたペットの殺処分ゼロという数値目標が環境省の音頭で掲げられました。都道府県が殺処分数でランクづけされはじめたことで過剰な重圧に晒されるようになった各自治体は、なにがなんでも殺処分をゼロにしようと狂奔します。逆にいえば、殺処分数がゼロでありさえすればいい。だから引き取り屋の実態を把握していても見逃すことがあるんです。引き取り屋がいるおかげで、販売業者の不良在庫は愛護センターに流れてこなくなりましたし、遺棄も減りましたからね。そこで飼い殺しになっていようが知ったことではない。引き取り屋のもとで死んでもそれは事故死や病死であって、県の殺処分数にはカウントされません。実情を知っている自治体のなかには、引き取り屋のもとで生き地獄を味わうよりはと、涙を呑んで殺処分しているところもあります。そうして殺処分数を減らせない自治体を、世間は人でなしだと非難する」

 

 殺処分ゼロを達成すると、たいていの知事はわざわざ記者会見を開いて快挙を誇示する。しかし、愛玩棲艦の所在が愛護センターから元子日らのような民間の登録ボランティアに移っただけであることは決していわない。まして悪質な引き取り屋が不要ペットを引き取っているおかげでもあるなどとは。

 

「殺処分ゼロを上から厳命されている愛護センターの担当者は、動物愛護団体に対して容赦しません。“あなたが引き取ってくれないとこの子たちは殺処分されるんですよ”。そういわれたら愛護団体は収容定数をすでにオーバーしていても受け入れざるをえません。動物を救いたい一心で真剣に活動している人ほど断れない。そこにつけこむんです。そうして愛艦を押しつけて、やれやれ殺処分のカウントが増えずにすんだと、あとは知らんぷりです」

「お役所のやりそうなことではあるな」

「使命感に駆られるあまり、管理能力を超えて引き取ってしまって、運営が苦しくなり、多頭飼育崩壊してしまった愛護団体をいくつもみてきました」

 そうならないためにも元子日たちはいますぐ全頭を保護したいところを堪えて愛玩棲艦を選んでいく。「ごめんね」牢獄に閉じ込められたままの愛玩棲艦たちに元子日が詫びる。「つぎに来るときまで、どうか生きていて」

 

 そのとき、スタッフのひとりが切迫した声で元子日を呼んだ。駆けつける。ケージの隅で一頭の愛玩棲艦が目を開けたままぐったりとしていてぴくりとも動かない。人気のフジムラサキだ。

「まだ生きてます」

 ペンライト片手の獣医師にいわれて元子日の顔色が変わる。獣医は続ける。「瞳孔反射はありますが呼吸が停止してる。いますぐ病院に連れていかないと死んでしまいます」

 元子日はすぐさま業者から譲り受け、バスに乗せたほかの重篤な愛玩棲艦とともに病院へ急行した。元長波もさすってみたが氷のように冷たい。夕闇の忍び寄りはじめた道中、元子日は車内で愛玩棲艦に絶えず声をかける。「がんばって。きっと助かるからね」元艦娘が深海棲艦を励ます構図を、元長波はじっとみつめる。

 

 保護動物専門として開設された病院では何人もの看護師らが急患の受け入れ体制を整えて待機していた。呼吸停止の愛玩棲艦に酸素マスクを着けさせ、重度の低血糖と脱水のために点滴を行ない、毛布とドライヤーで懸命に温める。その場にいる全員が愛玩棲艦の命を救うために奮戦をつづける。元子日と元長波はガラス窓を隔てて見守ることしかできない。

 苦闘一時間、愛玩棲艦の尻尾がわずかに動いた。意識を取り戻す。弱々しいながらも首を起こしてあたりを見回す。元子日も胸をなでおろした。

 しかし、息を吹き返した愛玩棲艦は、ふたたび眠るようにゆっくり倒れ込んだ。まもなく心肺停止。その後も蘇生措置を試みたが実を結ばない。獣医師が元子日にかぶりを振ってみせる。元子日の顔が苦悶にゆがんだ。

 

 診察の結果、そのフジムラサキは、栄養失調や低体温だけでなく、体内で卵が潰れ、破片が卵巣や卵管に突き刺さって化膿していたことが判明した。ろくな給餌もなく無理な繁殖をさせられていたため、卵殻を形成するためのカルシウム分が不足し、卵が柔らかくなっていたことが原因だった。重度の骨粗鬆症も併発していた。助かったとしても起き上がるだけで手足が体重で骨折していただろう。

 

「あの子は、狭いカゴのなかでただ卵だけ産まされ、おいしいものも、仲間とじゃれあう楽しさも知らないまま、死んでいったんです」

 元子日は声を詰まらせながら元長波に説明した。

「でも最期におまえに助けられた。あいつは、世の中はひどいことするクズばかりじゃなく、自分を救おうとする人間もたくさんいたってことを知ったはずさ」

 元長波に元子日は診療台に横たわる愛玩棲艦から目を離さず何度も頷く。「そうですね」

 

「それにしても」元長波はいう。「艦娘として深海棲艦を何隻も撃沈してきたおまえが、いまはペット用とはいえ深海棲艦の死に涙を流してるってのが、わたしには正直いって不思議だ。いや、気を悪くしたならすまない」

「いいえ。よく抗議や批判はされるんです。たかが深海棲艦じゃないか、そんなものを助ける必要があるのかって。偽善者と何度いわれたかわかりません。元艦娘の人からもお叱りを受けることが。とりわけおなじ子日シリーズだった人は厳しいですね。“子日として恥ずかしくないのか”と」

 診療台ではつぎつぎに愛玩棲艦たちが手厚い治療を施されていく。

「気持ちはわかります。深海棲艦に人生を狂わされた人は数えきれないほどいますから。けれども、あの子たちは戦争となんの関係もないんです。もし、親がだれかを殺していたとして、そのときは生まれてもいなかった子供までが遺族に一生いじめられるということが、果たして許されるでしょうか。わたしも軍にいたときは深海棲艦を殺しました。でもそれは両親の仇を討つためじゃない。わたしとおなじ戦災孤児を増やさないためです。そのためには深海棲艦をできるだけ倒すしかありませんでした。人間に害をなさないのなら戦う理由がありません。まして人間によってペット用に改造されたあの子たちに、いったいなんの罪があるでしょう」

 

 待合室の壁に貼付(ちょうふ)された、定期的な予防接種や終生飼養を訴えかけるくさぐさのポスター群のなかに、幼体の愛玩棲艦が無垢な瞳で見上げているデザインの一枚があった。その不妊手術の実施を呼びかけるポスターにはこうある。「僕 どこへ行くの? 保健所って何するところなの? 僕は 深海棲艦っていうだけで 殺されなきゃならないの?」。

 それに、と元子日は語を継ぐ。

「世界中の人間がみんな愛玩棲艦を憎んでいるわけではありません。わたしたちの団体は企業や個人の寄付で成り立っています。運営ははっきりいって綱渡りです。施設の医療費は月に二百万円にのぼることも。資金は絶えず尽きかけていて、さすがにもう閉じようかと思いはじめると、午前中の郵便で百万円単位の小切手が送られてくる。融資でもなければなんの投資にもなりません。百%善意の支援でわたしたちは保護活動ができているんです。いみじくもさっき長波さんがいったとおり、失われていく命を救おうとする人間も世の中にはいます。わたしはそういった人たちの恩に報いることだけを考えるようにしています」

 元子日の高潔さに元長波は圧倒される。

「強いな」元長波は心から賛辞を贈る。

「強くなんてありません。みんなわたしのことを奇跡の女性だといいますが、わたしが総武本線空襲事件で助かったのは身を挺して守ってくれた両親のおかげですし、山口の殺処分ゼロを実現できたのは支援者やボランティアの尽力あってこそです。わたしがしたことなんて、たかが知れてます」元子日は断言する。「人は助け合えば何倍もの力を出せる。それが翔鶴さんからわたしが教わったことです」

 

 元長波と元子日のあいだに天使が通りすぎるような間があった。

 

「子日自身は、翔鶴さんのことはどう思ってる?」

 訊きながら、元長波は元子日の表情のいかなる変化をも見逃すまいと注視している。

「ひとことでいえば、しかたがなかった。いまならそう思えます」

 元子日の横顔がまとう超然さにはかすかな揺らぎもなかった。

 

 ネビルシュート作戦にともなう異動で、東京十区を数時間で壊滅させる航空戦力を有する敵との決戦に臨むことになり、老練をもって鳴るさすがのシリアルナンバー420-010016の翔鶴も、今度ばかりは生きて帰れない公算が大きいと覚悟を決めたらしい。転属前夜に元子日をひとり呼び出した。余人を排した個室で、翔鶴は、元子日の人生の転機となった総武本線空襲事件は、深海棲艦の仕業であると軍は発表したが、事実はそうではないと告げた。翔鶴はいった。「あのとき、あなたと、あなたのご両親が乗り合わせていた列車を空爆したのは、わたしなの」。

 

 ワシントン・ロンドン宣言遵守をもとめ、子供を戦争へ送るべきではないと、野党は未成年の艦娘採用停止で結託し、連立を組んで与党に猛攻をかけた。参院選の敗北もあって支持率低迷にあえいでいた与党は、やむなく十八歳未満の志願募集を無期限に停止することを決定。年齢制限がかけられたことで志願者数は四分の一以下にまで落ち込んだ。日本はほとんど艦娘を新造できなくなった。セルフ・ネイヴァル・ホリデイのはじまりである。

 艦娘の供給が激減したことで戦線の拡大はおろかシーレーンの維持にさえ支障をきたしはじめた。それまでは未成年者の艦娘を低脅威地域に配属し、脅威レベルの高い方面へ成年艦娘を割り振るなどしてようやく喪失と補充の均衡がとれていた。しかし森でいうところの灌木(かんぼく)である未成年者の志願が断たれた。未成年者の艦娘が兵士として有用な点は損失の補填に時間がかからないことにある。当然のことながら人間が十二歳になるには十二年で足りるが、成人年齢に達するまでには二十年もかかる。再生の早い未成年者という灌木の使用を禁じられたなら、育つまでにながい時を要する陰樹林に手をつけなければならない。いずれは森を使い果たしてしまう。あとには植生の回復もできなくなった荒れ地だけが残るのみとなるだろう。

 供給が減っても損耗の速度は変わらないので艦娘の総数は月日を追うごとに目減りしていく。目減りした戦力で敵に立ち向かうとなれば損耗は増える。悪循環だった。海上護衛に艦娘は必須という時勢になっていたにもかかわらず、一隻のタンカーを本来は軽巡一、駆逐艦娘五隻で守るべきところを、駆逐艦娘一、二隻しかつけられない事態が頻発した。

 

 はなはだしきは、五〇〇〇トン級のタンカー五隻に満載喫水線いっぱいまで沈めて石油を超満載させていた船団が、今か今かと油を待ちかねる日本への途上で全滅の憂き目に遭ったことだった。日本は平時でも石油一億トン、液化天然ガス二億トンを年に消費し、戦時ではこれに倍するエネルギー資源を要するが、海上交通路は茨の道となり、ことに潜水艦型の深海棲艦が船という船をかたっぱしから平らげるので、船腹事情はつねに窮迫していた。石油の輸入量が一〇〇〇万トンを切った年さえあった。国民の生活を切り詰めた上で戦争遂行に必要な海上輸送力は石油でやはり一億トンと計画されていた。つまり日本の戦争遂行力が必要最小限の十分の一以下に減退したことを意味するものだった。油が一滴でも欲しかった。

 

 そこへきて五〇〇〇トン級のタンカーなら八〇〇〇トンの石油が積める。それが五隻である。これほどまでに国運のかかっているこの宝船の一団に、護衛は海防艦娘占守一隻だった。案の定というべきか、南シナ海のまんなかにさしかかったさい、潜水新棲姫と四隻の潜水ソ級のパックにみつかった。潜水新棲姫は潜水艦型深海棲艦としては当時まだ新参だったが、なかなかどうして占守の鋭鋒を巧みにかわし、狼たちはまる一日かけてタンカーを一隻、また一隻と沈め、ついには五隻全部を手柄に変えた。

 ワ・ロ宣言の厳守が日本にどのような船腹事情をもたらしたか。日本船主協会の海運統計要覧から、一〇〇総トン以上の商船にかぎった日本船籍船腹保有総数の推移をみてみる。

 

 深海棲艦出現前年  四〇二九隻 一七四二万八〇〇〇トン

 開戦初年度     二八二六隻 一一二二万二四〇〇トン

 〃 二年度     一二一五隻  五一三万四〇〇〇トン

 〃 三年度      三七一隻  一六〇万四五〇〇トン 

 〃 四年度      二二〇隻   八五万一〇〇〇トン

 〃 五年度      四一五隻  一五九万四八〇〇トン

 〃 六年度     一〇八八隻  四三八万二六〇〇トン

 〃 七年度     一八一〇隻  七二二万八二〇〇トン

 〃 八年度     二五六八隻  九六二万五〇〇〇トン

 〃 九年度     三一五五隻 一〇六四万五三〇〇トン

 〃 十年度     三七〇五隻 一三〇二万四一〇〇トン

 〃十一年度     三七二〇隻 一三〇八万九〇〇〇トン

 〃十二年度     三六九〇隻 一二九五万九〇〇〇トン

 〃十三年度     二八五六隻 一〇三五万二二〇〇トン

 〃十四年度     一八三三隻  七四二万七〇〇〇トン

 

 これに対し、同年代の造船状況は、次のような竣工成績であった。

 

 深海棲艦出現前年   五四〇隻 一四五八万八〇〇〇トン

 開戦初年度      五二二隻 一三四二万一〇〇〇トン

 〃 二年度      五三八隻 一四五三万三九〇〇トン

 〃 三年度      四八一隻 一二九九万四一〇〇トン

 〃 四年度      五一〇隻  九一八万八三〇〇トン

 〃 五年度      五三七隻  八三九万二〇〇〇トン

 〃 六年度      六九二隻  三四六万七二〇〇トン

 〃 七年度      七二五隻  三二一万二六〇〇トン 

 〃 八年度      七六〇隻  三二〇万七七〇〇トン

 〃 九年度      七八五隻  三三九万二〇〇〇トン

 〃 十年度      八〇一隻  三四六万八〇〇〇トン

 〃十一年度      八四〇隻  三六三万六三〇〇トン

 〃十二年度      七二〇隻  三一一万六〇〇〇トン

 〃十三年度      七五七隻  三二七万九一〇〇トン

 〃十四年度      七一五隻  三〇九万三四〇〇トン

 

 この表からは、艦娘が実用化されて初期作戦能力を獲得した四年度には撃沈数が抑えられたことで、保有数の減少に歯止めがかかり、翌五年度からは商船建造数が喪失数を上回って増加に転じていることがみてとれる。艦娘の戦力充実、対深海棲艦戦術のノウハウの蓄積、装備の進歩もあって、七年度、八年度はおよそ七〇〇隻強の増と、当時の日本の造船数がそのまま反映されており、老朽船の解徹による消失も考慮すれば、深海棲艦による商船の撃沈をほぼ完全に防ぐことができていることがわかる。

 これが未成年者志願を停止した八年度は、まだその影響が表面化していないものの、それまで大小あわせて年七〇〇から八〇〇隻で増加の一途をたどるかにみえた船腹保有総数は、竣工数に大きな変化がないにもかかわらず、九年度ではわずか五八七隻の増勢にとどまり、十年度から十一年度にかけては一年でたった十五隻のプラスにしかなっておらず、翌十二年度にはついに減少し、十三年度は八三四隻もの純減となっている。十三年度の商船竣工数は七五七隻だからざっと見積もっても一六〇〇隻近くがほんの一年で海の藻屑にされた計算だ。単純に護衛をするべき駆逐艦娘を筆頭とした艦娘保有数が下り坂を転がり落ちていたこともあるが、戦争のあいだに深海棲艦の側も開戦当初の比にならないほど船団狩りの技術が洗練されており、そこへほとんど裸の商船隊を放り込むことになったのだから、まさに弱り目に祟り目だったのである。

 石油、肥料、塩、その他の重要物資はのきなみ欠乏し、国民生活は一様にしめつけられた。平均的な成年男子の一日あたりの推定エネルギー必要量は二六七七キロカロリーだが(厚生労働省、二重標識水法による算出で、三十から四十九歳の男性、身体活動レベルⅡと仮定)、十一年度の全国食糧消費から計算すると、国民一人一日あたりのカロリー摂取量は一八〇〇平均にまで落ちていたから、食糧事情は悪化も悪化、相当に深刻な状況にあった。国民には飢餓線が出るものさえあった。

 一説によれば、ワ・ロ宣言を端緒とした海上輸送力の低下は、国内に二〇〇万人の余計な餓死者を生んだといわれている。これはシャングリラ事件の死者数よりも多い。未成年の艦娘を政争の具にしたことで、当時の政治家たちは自国に大量破壊兵器を投下したのとおなじ犠牲者を出したことになる。

 いかなる手段を用いてでも可及的すみやかに現状を打破しなければならない。政府か軍か、そのように水面下で策動する一派があったらしい。彼らは、親の庇護のもとで愛情をたっぷり注がれて何不自由なく扶養されなければならない、年端もいかない子供たちを、いかにして戦争に送り込めるようにするか、大真面目に考えていた。セルフ・ネイヴァル・ホリデイに終止符を打つ。それには世論の天秤を未成年者の志願解禁もやむなしとするほうへ傾けることだ。

 そんなある夜、420-010016の翔鶴は赤坂の料亭に()ばれた。セルフ・ネイヴァル・ホリデイ以前に建造された未成年者、いわゆる“プレ・ホリデイ”世代であり、実戦配備されるや飛ぶ鳥を落とす勢いで頭角を現し、当時すでに次代の担い手として将来を嘱望されていた翔鶴は、その席で、さる将官から極秘の任務をおおせつかったという。とはいえ具体的に命令されたのではなかった。いまだ日本本土は本格的な深海棲艦の猛威に晒されたことがない。そのため危機感に欠ける。もし本土が空襲を受けるようなことがあれば、そしてそれがセルフ・ネイヴァル・ホリデイによってじゅうぶんな数の艦娘が配備されていないことで招来された悲劇なら、国民は政府に志願の年齢下限を引き下げてでも増産せよと大合唱するだろう、前線を預かるものとして貴官はどう思うか……そこまでしか将官は口にしなかった。

 すなわち、今夜の話を受けた翔鶴がなにをしようとも、軍も、また政府も、いっさい関知しない。もし真実が明るみに出るようなことがあっても、我々はあくまで、世情に痛憤するあまり暴走した一介の艦娘が独断で行なったことだという姿勢を貫く。そのつもりでことに当たってもらいたい。そういいたかったのだ。

 会食の主旨を万事承知した翔鶴は、ただ「わたくしも若輩ながら現状を憂えておりました。いまのお話でその気持ちに火がつけられたかのようです」と望まれたとおりの返答で三つ指をつき、席を立った。

 総武本線を走っていた列車が松尾-横芝間で突如として爆撃されたのは、その三週間後のことだ。政府は待っていたかのように緊急の記者会見を開いた。「深海棲艦による航空攻撃と思われる。当該攻撃を加えた主体を全軍挙げて捜索中なるも、いまだ発見には至らず」。防衛省幹部は懇意の記者を通じ、艦娘の不足こそが乗員乗客一〇六人の尊い命を、そしてたったひとりの生存者である二歳の少女が両親を失う今回の痛ましい惨劇につながったのだとするコメントを流した。

 新聞各紙はこぞって海軍増強論を訴えるキャンペーンを展開し、志願可能な年齢をいくつにするべきかで競いあった。未成年の募集を再開するのは当たり前、十六歳から志願できるようにせよ。いや十五歳からだ。年代別の人口から考えれば十二歳からが妥当とする新聞もあれば、ワ・ロ宣言以前のように六歳からという論調さえあった。主張する年齢が下である新聞ほど発行部数を伸ばした。

 一方で慎重論の新聞は棒にも箸にもかからない売れ行きになったことにも証明されるとおり、国民感情はたやすく誘導され、艦娘戦力の充実と、それを可能とする志願年齢の引き下げを政府に強硬に求めた。事件から半年後には満十二歳からの志願を認める特措法が可決。十三年つづいたセルフ・ネイヴァル・ホリデイはついに終焉を迎えた。

 永かった“休日”の反動で、日本は艦娘無制限時代に突入したと評されるほどの建造ラッシュに沸いた。隻数では艦娘保有国のなかでイタリア、フランスに次いで下から三番目だった日本は、わずか二年で二位にまでのぼりつめる。

 ただし、あまりに建造しすぎたため今度は維持費が膨らみ、戦時中には一日平均二隻の艦娘を解体処分するなど無駄も目立った。とにかく未成年者の志願解禁直後は、艦娘が足りないくらいなら費用が余計にかかっても余るほうがよいとする時代だった。艦娘の保有数はそのまま国民の安心につながった。艦娘の建造数が増加するにつれ国内の犯罪率も低下した。

 鉄道を空爆した翔鶴は、ただちにリンガ泊地へ転任となったが、よもや事件と結びつけて怪しむものとていなかった。筋道を立てて考えればむしろ翔鶴には比較的安全な内地で要職を与え、労に報いると同時に地位を口止め料とするはずだ。しかし翔鶴は終戦までの十七年間、一時帰国することすらなく、外地を転々としている。

 

「思うに」元子日はいう。「翔鶴さんのほうから栄転は辞退したのではないでしょうか。役目だったとはいえ多くの同胞を虐殺してしまった自分には祖国の土を踏む資格がない、流刑にひとしい外地から外地への転補を繰り返し、内地へ帰還せず前線で戦いつづけ、轟沈することが罰だと……。あるいは中央での陋劣(ろうれつ)な処世に疲れはてたのかもしれませんが」

 

 だが運命のいたずらか、翔鶴は戦争では死ななかった。そもそもが鉄道空爆の実行役として白羽の矢を立てられたのが、単独で本土防衛網をかいくぐって攻撃を成功させ、深海棲艦の仕業を装うためのかすかな干渉波の痕跡以外は証拠も残さず撤退するという至難のわざをやり遂げる艦娘は、彼女を置いてほかになかったからだった。膏火自煎(こうかじせん)といえばそうなる。そういう彼女だから艦隊を組んでおもむく通常の任務ではどうにも沈みようがなかった。相互に支援しあう艦隊行動では轟沈にみせかけた自害は航空戦力の損減、ひいては味方の生命にかかわる。そうこうしているうちに戦争が終わった。

 終戦から十一年後、原発不明がんで翔鶴がこの世を去った直後、防衛官僚の内部告発を発端として、総武本線空襲事件の全容が白日のもとに晒されることとなった。軍は一貫して関与を否定。翔鶴の独断だったとの立場を崩さなかった。非難の矛先を少しでも逸らすためか、すでに故人となっているにもかかわらず、翔鶴を不名誉除隊扱いに変更する異例の対応をみせている。

 

「いまでも口をきわめてあの翔鶴さんを痛罵し、辱しめる人は後を絶ちません。あの人はそれだけのことを覚悟していたでしょう」

 しかし、と元子日はつづける。

「翔鶴さんが引き受けたことでセルフ・ネイヴァル・ホリデイができるだけ早期に終息した、それもまた事実です。あの事件がなければ、艦娘の志願は十八歳からというワ・ロ宣言の束縛から、日本は脱することはできなかったでしょう」

 

 元長波も元子日も、艦娘無制限時代がはじまった後に未成年者として志願した“ポスト・ホリデイ”世代だ。セルフ・ネイヴァル・ホリデイがつづいていれば十八歳になるまで志願はできなかった。艦娘は払底し、戦争の行方も大きく変わっていたかもしれない。日本から人間が消えていたかもしれない。

「あの翔鶴さんはいったいどれだけの苦悩を背負っていたのか」元子日は述懐する。「もう一度逢えるなら、翔鶴さんに謝りたい」

 元長波はまばたきをする。

「おまえが翔鶴さんにか」

「そうです。打ち明けられる前からうわさは耳にしていました。ですが、実際にご本人の口から聞かされると、やっぱり心の整理がその場ではつきかねて……。ひどいことをいってしまいました」

 

 “できれば話さないままでいてほしかった”

 

「あのときわたしは、あんなつまらない言葉を口にするべきじゃなかった。あなたをとっくに許している、あなたを敬愛する気持ちに変わりはないと、はっきり伝えるべきだったんです。死地へおもむくあの人が後顧の憂いなく戦えるように。それだけがわたしの心残りです」

 話し終えた元子日が、翔鶴に関連づけられてよみがえった記憶に笑みをこぼす。

 

「パラオでのお茶会、おぼえてます?」

 

 涙を指でぬぐう元子日に、元長波は、

「ああ、翔鶴さんが茶道やってるってだれかから聞いたわたしたちが、茶を飲むのに作法なんかあるもんなんですかっていったら、では一服お点てしましょうって誘われてな。わたしたち、まだ十四、五のガキだったからなあ」話を合わせた。元子日がつらく苦しい記憶だけでなく、楽しく美しい思い出をあの翔鶴に手向けようとしていると感じたからだ。「みんなの都合の合う日にお呼ばれして、基地の裏庭に、天国みたいな絶景の珊瑚礁を一望できる場所があるから、そこで野点(のたて)をしようってことに」

「ちゃんと毛氈を敷いて、茶釜も杓子もありましたね」

「そんで翔鶴さんが袱紗に包まれた桐箱をひらいて、カンナ屑の詰まったなかからえらく厳重な布の包みをとりだした。それはそれは丁寧に包みを取り去ると、一客の湯呑みが姿を現した……」

 骨董について、素粒子ほどの興味もいだいていなかった当時の元長波たちは、湯呑みの正体がわからず、そろって首を傾げた。翔鶴は恭しく捧げもって、幼い駆逐艦娘たちに微笑みかけた。「これは過日、わたしが宮中にお招きいただいて、皇太后に拝謁したおり、もったいなくも頂戴つかまつった、先帝ご愛用として伝わる志野の茶碗です」。元長波たちは仰天した。皇太后じきじきに拝領される翔鶴はいったい何者なのかということもそうだが、この一見、どこにでも、それこそパラオの首都マルキョクの雑貨屋にでもおみやげ物として並んでいそうな平々凡々な茶碗が、先の時代を歩んだ主上ゆかりの品とは、にわかには信じられなかった。しかし子供らしく無遠慮に眺めているうちに、前天皇のご愛用だったという意識のためか、だんだんと飾らない質素と味気なさに、謹み深さと奥ゆかしさを感じるような気がして、焼き物の奥義とは底がみえないものだと、一同思い知らされる気分だった。

 

「翔鶴さんに、手にとってみてっていわれてさ、おっかなびっくりおしいただいて。いやしくも天皇がお持ちになられてたもんを、いままさにわたしが手にしてる。まるで後ろから先帝に手を添えてもらってる気がしてさあ、そんときはマジで感動したんだよ」元長波は喉に泡のように沸き上がってくる笑いをこらえていう。

 

 畏れ多くもその拝領の茶碗で茶を喫することになった。コバルト色に透き通る海を背景に、亭主をつとめる翔鶴が茶釜で湯を沸かし、歌でもみているように茶を点てる。

 軽口で名を馳せる駆逐艦娘たちは無駄口も叩かず、神妙に支度が整うのをただ待った。ひとりひとり、ありがたく抹茶を味わった。茶の心得のあるものはいない。それでも茶碗をおしいただき、てのひらの上で回す姿がさまになっていた。前天皇の茶碗だからだ。万世一系の天皇の慈愛に触れ、心からなる純粋な忠誠心が茶のかたちをつくっているのだ。

 全員に回ったあと、茶碗が翔鶴に戻された。翔鶴は慈母のように駆逐艦娘たちを見渡した。さて茶碗をやけに軽々しく持ち上げた。「これね」と翔鶴はいった。「きのう、マルキョクの雑貨屋さんでおみやげ物として売られていたのを買ってきたものなの」。元長波たちは前のめりに倒れて転んだ。

「かんべんしてくださいよ翔鶴さん」。駆逐艦娘たちが爆笑しながら可愛らしい文句を集中させた。翔鶴は笑みのまま受け止めた。

「でもいま、あなたたちはいっさいの私心を捨てていたでしょう? 茶の心とは無私です。あなたたちが茶を喫する姿からは、(わたくし)を捨て、無我の境地に入る、日本人としての魂がうかがわれました。お茶を飲んでいたときの自分を思い出してください。雑念もなにもなかったのではないですか?」。いわれて元長波たちはようやく理解しはじめた。「煩悩の横溢するこの現世にいながらにして、精神的にもうひとつ上の次元の世界へ昇ることができる、それが茶道の極意です。作法や道具は問題ではないのです」。駆逐艦娘らは納得して、感謝をこめて額を毛氈にこすりつけた。それから元長波たちはひまをみて翔鶴に茶を習った。板についてきたある日、翔鶴が本物の先帝の湯呑みを開陳して、すでにある程度の目利きもできるようになっていた元長波たちは、たちどころにそれが真物ということがわかったので、またまた仰天したのだった。

 

「盆栽をひと鉢、育ててましたね」

 元子日がまたひとつ思い出話の風呂敷を解く。

「それまでは年寄りの趣味だろと思ってたけど、ながいあいだ日本を離れてると、ふと翔鶴さんの盆栽をみかけたときに、自然と涙が溢れた。そこに日本が再現されてるみたいでさ」元長波の記憶も埃が払われる。

 翔鶴は個室で、本土からの転任のさいに持ち込んだという糸魚川真柏(いといがわしんぱく)の盆栽を愛培していた。(じん)舎利(しゃり)の調和がみごとな銘樹だった。高さ一尺にも満たないが、樹齢は百年を数え、こけ順のよい直幹で、均整のとれた枝振りと力強い根張りが、威風堂々、迫力ある三角形の樹形を構成していた。

「みているだけで、清流のせせらぎや、虫の音まで聞こえてきそうでした」元子日に元長波も頷く。

「剪定したりして世話してるときの翔鶴さんは、幸せそうだった。いまでもあの鋏の音をおぼえてる」ソファに腰かけている元長波は杖を抱く。

 

「あるとき、わたしがなにかの用事でお訪ねして、部屋を辞去するとき、閉める扉のすきまから、窓際に置かれた盆栽を、椅子に座った翔鶴さんが、煙管をつかいながら、なんともいえない表情でじっと眺めていたのが垣間見えました。その光景はたった一度だけなのになぜか眼底に強く焼きついていて、翔鶴さんのことを思い出そうとすると、なによりもまず、盆栽をみつめているあの姿がありありと浮かんでくるんです。いま思えば、あのとき翔鶴さんは、ただ盆栽を鑑賞していたのではなかった。おそらく、盆栽を通して、窓の外、海と空の向こうにある祖国に思いを馳せていたのだと思います」

 

  ◇

 

 保護した愛玩棲艦の診察がすべて終わる。入院が必要なものは残し、あとは施設へ連れて帰る。

 

「どんどん譲渡を進めなければいけませんが、安易な譲渡はできません」元子日が愛護団体代表の顔にもどる。「気軽に飼育をはじめた人は、気軽に手放してしまうことが多いからです。里親を希望するかたには、一頭一頭とじかに触れ合って性格や相性をたしかめ、年間にかかる飼育費用を確認し、講習も受けてもらっています」

「ハードル高いな」

「本当はそれを購入時にも義務化しなければならないのですが、実際にはバッグのようにお金を払うだけで持ち帰ることができてしまうのが現状です」

 

 愛玩棲艦を簡単に買える日本の仕組みは大量生産を支え、引き取り業者の暗躍を招いている。

 純血種を重んじる日本の気風、中古よりも新品、成体よりも幼体という飼い主の嗜好も大きく関係していると元子日は語る。

 

「それらを入手できるのはペットショップですからね。現在、愛艦を飼育している飼い主の七十%はペットショップで購入したといわれています。日本ではペットはペットショップで買うものという認識が根付いています」

「そうじゃないの?」

「一部の国では、愛艦をペットショップで販売することを法律で禁じています。それらの国ではペットショップとはフードやペット用品を置いている場所であり、愛艦は国の許可を得たブリーダーから直接買わなくてはなりません」

「日本はブリーダーと小売店のあいだにオークションがある、だから小売店も自分の売ってる愛玩棲艦がどこのブリーダーで殖やされたもんなのか、どんな性格なのかわからないし、客にも説明できない。ブリーダーから買うなら透明性が確保できるわけか」

 それは素人繁殖家の横行を防ぐ効果も期待できる。

「なんで日本も真似しないんだろうな」

「愛艦の市場はいまでは一兆五〇〇〇億円ともいわれてますからね。経済は内需が第一ですから、冷や水を浴びせることはしたくないのかもしれません。経済動物より人間の都合を優先するのは、当たり前といえば当たり前です」

 

 日本の法律では、一頭の愛玩棲艦につき繁殖させてもよい回数や、何歳から繁殖させてよいかといった制限は規定されていない。ペットショップは在庫を切らさないためにどんどん仕入れ、ブリーダーは売れる品種にどんどん産ませ、成長して売り時の過ぎた在庫はどんどん廃棄する。

 元子日は、殺処分ゼロを国の目標とするなら、そもそも大量生産・大量消費を生む愛玩棲艦の流通の仕組みにも改革のメスを入れるべきだった、と悲しく笑う。「開けっぱなしの蛇口から水が垂れ流されているようなものです。いくらすくってもきりがない。蛇口そのものを閉めないと」

 商品であるかぎり、在庫と廃棄はまぬかれえない。商品が生き物ならどう始末をつけるべきなのだろう。どの国も万人が納得できる答えを出せていない。

「聖ベルナールの名句を思い出すな」元長波はいう。

 

 生まれるのは、苦痛

 生きるのは、困難

 死ぬのは、厄介

 

 暗唱した元子日が、業者から助け出した愛玩棲艦の一頭に温かい笑顔を向ける。「生きづらくなんか、ないよね? ね?」元長波は元子日の愛玩棲艦に対する深い愛情を感じている。

「わたしがこの活動をはじめたころは、山口県では年一万頭の殺処分があって、山口市だけでも一五〇〇頭前後が処分されていました。わたしは山口市の一五〇〇だけでもゼロにしたいなと思って走りつづけてきました。気がつけば、山口市がゼロになり、宇部市がゼロになり、長門市もゼロになり、いつのまにか県の殺処分数がゼロになっていました。人間にできないことなんてないんです」

 元子日は、祖国に両親を奪われたことに端を発する戦争という過去をも自己の一部とし、未来を見据えている。

 

 翌日、九州へ向け出発した元長波の携帯端末に元子日からメールが届いた。保護に入った例の引き取り屋は元子日の告発状を受理した山口県警察により書類送検されたとあった。刑はごく軽いが公権力が動いたことは大きな一歩だ。

 一方、監督責任のある山口県の保健所はその三日前に業者のもとへ視察に訪れていた。飼育とはいえない惨状を目の当たりにしたはずだ。じゅうぶんな指導がなされていたとは思えない。見落としはなかったのか。元子日は質問状を送付したという。仮にも公務員だった元長波と元子日には保健所の回答は見ずともわかりきっている。

 

「どうせ、“個別の案件に関しては答えられないが、法律に基づいた立ち入り調査を実施している。当該業者の案件でもそうしていたものと思っている”とかいってお茶を濁すだろうね。でも役所だから、質問状っていう正式な書面を正規の手続きで提出すること自体に意味があるんだ。おまえたちの仕事をみてるぞっていうメッセージとしてね」

 

 保健所はなおも業者の男性から動物取扱業を剥奪していない。これからも業者は愛玩棲艦の引き取りをやめないだろう。殺処分ゼロ。その理想と現実をめぐる元子日たちの戦いは、これからもつづく。

 

「深海棲艦と家族みたいに暮らすようになった。艦娘だったやつが捨てられた深海棲艦に救いの手を差し伸べている。たしかに、時代は変わったんだろうな」山陽新幹線で関門海峡を渡る元長波には感慨深いものがある。


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