「えーっと…何かすることはありますか?」
ナース服を着たジャンヌが、恥ずかしそうに問いかけた。
「何かすること…か…」
現在は午後一時。
昼食を終え、片付けは全てVoidollがやってくれた。
タイミングが早すぎる気もするが、ついでに着替えも置いていってくれた。
「…何もないな」
「ええっ⁉︎」
ここに来てVoidollの優秀さに泣かされることになるとは。
ジャンヌを見ると、わかりやすいくらい残念そうにしていた。
「…じゃあ、しばらくここにいてくれないか」
「えっ?」
「椅子があるだろう。座れ」
「あっ、はい」
ジャンヌは椅子に腰掛ける。
だが、お互いに話題が見つからず、しばらく静寂が続いた。
なんというか、もどかしい。
しばらくして、ジャンヌが口を開いた。
「グスタフさん、この世界の生活はどうですか?」
ジャンヌの質問に、グスタフは少し考えた後、こう答えた。
「別に何も思わないな」
我ながらつまらない答えだ。
そうグスタフは思う。
「そうですか?」
「お前はどうなんだ?」
「私ですか?私は楽しいですよ」
「そうなのか」
「はい。リリカさんやヴィオレッタさんとはよくお菓子を作ったりしてます。まといさんやマリアさんにはよくからかわれたりもしますが…」
なんやかんやで充実しているらしい。
「あっ、よかったら今度お菓子を持ってきましょうか?美味しいですよ」
「…そうか。機会があれば頂くとしよう」
他愛もない会話が続く。
意外と話は続くもので、気づけば一時間以上話していた。
話題が尽きたグスタフは困惑する。
「グスタフさんはどんな本を読むんですか?」
だが、そんな時にはジャンヌが新たな話題を提供してくれる。
自分は本を読まないので、何も答えられない。
グスタフがそう言うと、
「じゃあ、私のお気に入りの本を持ってきますね」
「おい、俺はお前の本は別に…」
答えを聞かずに、ジャンヌは出て行ってしまった。
×××
十分が経った。
二十分が経った。
ジャンヌは戻ってこない。
(何かあったのか?)
ベッドの上から動けないグスタフに、それを確かめる手段はない。
多量の毒を浴びたせいで、身体が衰弱しているのだ。
「…一人か」
別に、一人でベッドに寝転がるのは珍しいことではなかった。
この世界に来てからも、毎日自室のベッドで寝ている。
だが、今は妙に寂しい気がする。
隣にジャンヌがいたからか。
そんなことを考えたが、答えは出なかった。
「……」
×××
「……?」
白い天井が目に映る。
なんだか懐かしい気がする。
「……⁉︎」
だが、その感情は驚愕によって、すぐにかき消される。
グスタフの身体は簡素なベッドに寝かされ、その口には呼吸器がはめられている。
呼吸器についたチューブは、ベッドの横に置かれた謎の機械に繋がれている。
そして、クリップボードに挟まれた紙を眺める、白衣を着た男。
グスタフが子供だった頃。
毒兵器の実験台にされていた頃の風景が、何故かそこにはあった。
「電源をを入れろ」
彼の部下が指示を受け、機械のスイッチを入れる。
瞬間、声に出すのもおぞましい苦痛が、グスタフ少年を襲った。
「——————ッ!!」
声が出せない。
身体を動かすこともできない。
呼吸器を外すことも叶わない。
苦しみに悶え、グスタフ少年はもがき続けた。
助けて!
コレを外して!
だが、誰も助けてはくれない。
皆、グスタフの苦しむ姿を眺めているだけだった。
助けて!
助けて!
助けて助けて助けて助けてたすけてたすけてたすけてたすケてたスけてタスケてたすケテタスケテタスケテタスケテタスケテ—————
絶望。
そこにあるのは、確かに絶望だった。
「……さん!グスタフさん!」
「……⁉︎」
「グスタフさん⁉︎大丈夫ですか⁉︎」
×××
「……落ち着きましたか?」
「…あぁ、すまない」
ジャンヌを待っていた間、眠ってしまっていたらしい。
しかし、その際に見た夢は、彼の中でも特にトラウマとなっている出来事だった。
悪夢にうなされているところにやってきたジャンヌは、彼の姿を見てひどく焦ったという。
「なかなか本が見つからなくて、時間がかかったんです。そしたら部屋でグスタフさんがうなされてて…本当によかったです。何も問題無くて…」
ジャンヌは胸をなでおろした。
「グスタフさん?どうしました?」
反応が無いグスタフに、ジャンヌが声をかけた。
「ジャンヌ」
「はい」
「助かった、礼を言う」
「えっ?」
「お前が、俺を絶望から救ってくれた」
「は、はぁ…」
ジャンヌは困惑する。
当然である。
特に説明もなしに夢の話をしているのだから。
だが、グスタフは確かに救われたのだ。
×××
「グスタフさん、寝汗がすごいですよ?」
「む…」
グスタフの病人服はべったりと肌にくっついていた。
「お風呂に入った方がいいと思いますよ」
「まだ早い気もするが…そうするか」
自力で浴場まで行こうとするグスタフ。
しかし、彼は身体をまともに動かすこともままならない身だ。
ジャンヌに止められ、渋々車椅子に座らされて移動することになった。
だが、一つ問題が発生した。
現在のグスタフは、介護老人の如く自力で身体を洗うこともままならない。
つまり、他の者に手伝ってもらう必要があった。
彼の身体を洗う者…
「えっ?」
ジャンヌしかいなかった。
×××
「…どうしてこうなった?」
それ以外に言葉が見つからなかった。
グスタフは腰にタオルを巻き、浴場でジャンヌを待っていた。
どうやら準備があるらしい。
しばらくして、ジャンヌが入ってきた。
「っ⁉︎お前…なんだ、その格好は」
「いっ、いや…その…服を濡らしたら困るので…」
何故かジャンヌは水着を着ていた。
ボディーソープとシャンプー、スポンジとタオルの入った洗面器を抱えたその姿は、
顔を真っ赤にさせるジャンヌを見ていると、グスタフも恥ずかしくなってきた。
「…早く終わらせてくれ」
「は、はい…お背中お流ししますね…」
お互いに緊張しているのを感じる。
水着姿の少女と、腰にタオルを巻いているだけの男。
そんな状況で背中を流しているというのだから、緊張しない方が無理という話だ。
「グスタフさんの背中…たくましいですね…」
小さくこぼしながら、ジャンヌはスポンジでグスタフの背中を優しく擦っていく。
ジャンヌの細い指が擦れる度に、グスタフは理性を必死で押さえ込んだ。
そうしている間に、ジャンヌは前半身を洗い始めた。
胸板にジャンヌは目を奪われそうになったが、こちらも堪えた。
「だいたい終わりました。あとは…その…」
恥ずかしそうに、ジャンヌは目線を下に向ける。
その先には…グスタフの腰に巻かれたタオル。
その中身を洗うかどうか、迷っているのだろう。
「お前はやらなくていい。俺がやる」
「あっ…はい」
ジャンヌは、恥ずかしそうにそそくさと退散した。
結局、そこはグスタフが自分で洗うことになったのだった。
×××
風呂から戻ると、Voidollが用意したらしいあろう夕食が置いてあった。
混ぜご飯や野菜の入った汁物など、質素なもので、病人食となんら変わりはない。
出来立てなのか、湯気が立っており、食欲を増進させた。
「いただこう」
この世界で生活するにつれて、グスタフは箸の使い方を覚えた。
普段なら、問題なく食べられるはずだ。
だが、手に痺れを感じ、箸を床に落としてしまった。
「む…」
「グスタフさん、まだ身体が…」
「…そのようだな」
すると、ジャンヌは新しい箸を貰って戻ってきた。
そして、ご飯を一口分つまみ、
「グスタフさん、あーん、してください」
「は?」
「ほら、あーん…」
ジャンヌが口を開けるようせがむ。
言われるままに口を開くと、ご飯を口の中に運んだ。
「美味しいですか?」
「…あぁ」
その日のグスタフの夕食は、ほとんどジャンヌにサポートしてもらった。
×××
夜も更けた頃。
「俺はもう寝る。身体がだるくてたまらん」
「そうですか」
グスタフは寝る意思を伝えた。
だが、ジャンヌは医務室出て行かなかった。
「どうした?戻って良いんだぞ?」
「いえ…不安なんです」
「何がだ?」
「グスタフさんがまたうなされると思うと…怖くて…」
昼間のことを気にかけてくれているジャンヌ。
「だから、今夜は私がついてあげます。安心してください」
ジャンヌは優しい笑みを浮かべた。
グスタフはベットに寝そべり、顔を背けて言った。
「…好きにしろ」
「はい、そうさせてもらいます」
しかし、この日の晩は冷えた。
ジャンヌは自室から掛け布団を持ってきて羽織っているが、椅子に座りながらだとあまり温まる事ができない。
「寒いか?」
「…大丈夫です」
「ベッドで寝ればいいだろう」
「…いいんですか?では」
ジャンヌが立ち上がった後、何故かグスタフの後ろで布の擦れる音がした。
なんと、ジャンヌがグスタフのベッドに入ってきていたのだ。
「⁉︎おい、隣のベッドは使わないのか⁉︎」
「こっちがいいんです」
ジャンヌははっきりと告げた。
「…なんて女だ」
グスタフは困ったように言ったが、追い出しはしなかった。
こうして、ジャンヌによるグスタフの介護生活は、初日から波乱の展開で幕を閉じたのだった。
次回あたりからえっちになります。