我が名は物部布都である。   作:べあべあ

11 / 33
第11話 とある日常

 数日後のこと。

 布都が目を覚ましたのは昼だった。

 布都としては日暮れまで寝ていたかったが、そうはいかないらしく、飯の用意がどうたらと理由をつけて起こされた。せっかく起きたのだからと、昼食は無視して元村人の部下たちの様子でも見に行くことにすることに決めた。

 何が入っているか分からない飯など取る趣味はない。例え人が用意出来る程度の毒だったとしても、まんまと摂取してやるのは面白くない。

 

「確か、贄個だったか。あいつを呼べ」

 

 言付けられた家臣は一瞬だけ困惑を浮かべたが、すぐに表情をしまい込んで頭を下げた。よく言いつけられているようだった。

 

 贄個はすぐに来た。

 

「――姉上、何のご用でしょうか」

 

 生真面目な顔を布都に、向けてそう言った。

 

「少し付き合え」

「承知しました」

 

 贄個は従順だった。

 

 向かったのは、布都が連れてきた人間たちの住む集落だった。布都らが住む屋敷からは十分程度歩く必要がある。

 辺りにはこういう集落がいくつもあった。力を持っている何らかの長たちの集落である。各豪族はこうやって中央集権的に部族を配置して、自分たちの領土を主張している。物部の本邸に近い程、その集落に住む人間の重要度が上がる傾向があった。

 布都と贄個が目的の集落に着くと、既に入り口で出迎えている男がいた。

 

「調子は悪くなさそうだな」

 

 布都がそうやって声をかけると、顔を上げて口を開いた。

 

「良い所を貰えましたので」

「そうなのか?」

 

 生まれつき姫様な布都には集落の良し悪しは分からない。辺りを見渡すと、破壊されたやぐらと、人より高い木の塀があることが分かった。

 

「期待されているような立地ですよ。それに戦闘を意識してるとしか思えない作りです」

「しかし、ところどころ壊れているように見えるが」

「丁度良く無人になるような出来事があったのでしょうね」

 

 話しながら中に入っていくと、見かける人間それぞれが何かしらの作業に励んでいた。 

 

「ずいぶんと忙しそうだな」

「後片付け、掃除に追われてます」

 

 布都は皮肉気に笑って見せた。

 

「増えたんじゃないか?」

「はい。作業が終わりません。穴を掘るのも楽じゃありませんし」

 

 男も布都と同じように笑って見せた。

 

「だが油断はしないことだ。こいつの様なのが来たら、素直に逃げることだ」

 

 男は意識を贄個に向けた。

 

「――そちらの方は?」

 

 許可を得た男は、ようやく布都の後ろを歩く贄個について聞いた。

 

「弟、だそうだ」

「これは気づかないとはいえ失礼致しました」

 

 男は頭を深々と下げるも、目線は上に向けていた。

 贄個は恐縮したように言った。

 

「どうか頭を上げてください。自分はただ姉上に付いてきただけですので……」

 

 男は顔を上げると、贄個に視線を合わせた。その後、視線を外し、布都に合わせた。

 

「では、これからのことはこの方ではないと?」

「恐らくな」

「……片付けがいつ終わるのか気になるところですが」

「それは我にも分からない。ただ父上にやれと言われた以上は、少々時が早まっても問題は無いだろう」

 

 贄個は困惑を表に出して布都を見た。

 

「その、話が見えないのですが」

 

 布都は説明不要と笑った。

 

「知人がいないことを祈っておけ」

 

 年少とはいえ、聡い贄個はそこで気づいた。

 

「これ以上待つのも焦れったいな。何かないか」

「向こうも焦れているとすれば、機を待っていることでしょう。頃合い的に飯でも装いましょうか」

「我がやろう」

「お願いします」

 

 布都はその辺にあった廃材に火を付けた。

 煙が天に向かって上がっていく。辺りで作業していた人間が集まり、少し声を大きくして雑談を始めた。

 これまで贄個は良くも悪くも守られていた。行動の自由は少なかったし、何をするにしてもぞろぞろと護衛が付いた。だからこそ、護衛無しで出歩けると布都の誘いに乗ったわけだが、まさかこのような事態になるとは思ってもなかった。聞かされてはいるも、それは聞かされる内容でしかなかった。

 

「その、本当にそのようなことが起きるのでしょうか?」

 

 贄個は願望も込めながら布都に聞く。

 

「気になるなら直接聞いてきてもいいぞ。もしかしたらお前の味方かもしれん」

 

 布都はけしかける。

 

「そうであれば話合いでどうにかなるかもしれん。やってみるか?」

 

 贄個は迷う素振りをするも、諦めて息を吐いた。

 

「……皆のためにと修練に励んだつもりだったのですが」

「己のためだろう。お前の言う皆とはお前の思う皆でしかない。お前がこれからしなければいけないことは、お前の思う皆の範囲の設定だ。喜べ、お前からは資質を感じる」

 

 贄個は息を呑んだ。

 これまでの人生で褒められ続けられてきたが、まるで初めて褒められたみたいに嬉しく感じた。

 贄個は心を決めた。

 

「出来れば兄上でないと良いのですが……」

 

 布都は甘いなとは思いつつも、口には出さなかった。瞳に覚悟が現れていたのが見えていた。

 

「知っている人がいなくなるのは悲しいことです」

 

 贄個は記憶を思い返した。己の栄達の為とはいえ、自分を庇護してくれた兄には情がある。しかし、やられたらやり返さなければならない。でなけれ物になり土になるだけである。この状況自体が間違っていると思うも、それを口にしたところで何も変わらない。何をどうすればいいかも分からないが、力がいることだけは分かった。

 考える暇はこの場ではなかった。

 動きがあった。

 

「――来ます」

 

 儀礼的な言葉だった。言葉がなくても、殺意を持って迫り来る人間が見えている。周囲では既に金属音が鳴っていた。中央にいる布都達には門からやってきた敵が迫っている。

 

「姉上っ」

 

 どう動くつもりなのかと布都を見た贄個の目には、特に関心が無い様子の布都が写った。

 号令がかかった。

 

「今だ、――投げろっ」

 

 門からやってきた敵に四方八方から石が襲った。投石は非常に有効的な飛び道具だった。弓矢のような準備がなくとも可能で、威力も高い。

 実際、足止め以上の効果を出した。投石のみで敵はすべて地に伏した。

 

「……まさか、このような」

 

 と、倒れた敵の一人が、たどり着くことさえも出来ず、また周囲の壁の穴から侵入した仲間も引きずられて運ばれていく様を見て、絞り出すように言った。

 

「一応、情報を聞き出します」

「まあ、大したことは喋れないだろうがな」

 

 何事もなかったように事後処理を行っている様を見て、贄個は驚くしかなかった。

 話を振られた。

 

「出番がなくて不満ですか?」

「っえ? あ、いえ、そんなことは――」

 

 何と返していいか分からなかった。

 そんな贄個に布都が助け舟を出した。

 

「知っているのと体感するのとでは違うということだろう。うすうすとはいえ、お前は知っていたはずだ。ただそれを実際に見たことがないために、どうなのかを分からないでいただけなのだ」

 

 言葉に困った。しかし、何か言わなければならないと、今の思いをそのまま口に出した。

 

「その、……これから先もまた同じことが起きていくのでしょうか?」

 

 これを何度も見ていくのはとても辛いことだと思った。例え見なくても起きていくだけでも同じように辛いことだと思った。

 

「数回、いや、もしかしたら一度で済むかもしれない。後者だと我も助かるのだが」

「……姉上も嫌なのですね」

「愉快ではない。面倒事というのは楽しめないと不愉快にしかならない。まぁ、成るように成る、そう思っているよ」

「そのように考えるのですね。てっきり――」

 

 贄個は口をつぐんだ。布都の表情がどこか投げやりだったからだ。まるで諦めたようで、でも諦めきってはないような複雑な表情だった。

 

「何の為に生きて、何のために死んでいくか。それが分かればどれだけいいことか」

 

 布都は自嘲した。

 それを考えたことがない人間がいるだろうか。何をするにしても意味を見出だそうとするのが人間である。納得がいく答えが出ない布都は問い続けている。

 

「まあ暇人の戯言だろうな」

 

 余裕がないとそんなことを考えたりはしない。恐らくその余裕がない状況こそが愉快な時ではないだろうか。布都は過去を振り返るとそう思った。命のやり取りの間だけはそのようなこと考えることはなく、いかに敵を殺すかだけが全てだった。

 

「他に、――まだあるだろうか」

 

 あるのであれば是非堪能したい。少なくとも退屈はしないだろう。そう思って。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。