もし、立花響にも妹がいたら? そんな平行世界のお話   作:ミカンコーヒー

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2.イタミ

あのライブ会場の惨劇から1ヶ月が経過した。

 

私とお姉ちゃんはあのライブ会場から生還することが出来た。

 

 

勿論、無事にでは無く、2人とも重傷で直ぐに病院に担ぎ込まれて緊急手術。

特にお姉ちゃんが酷くて、正に虫の息で正直助かるか分からなかったらしい。

なんとか手術は成功。だけど術後も気は抜けません、と医者から言われ家族は絶望の淵に立たされたそうな。

 

だが予想に反して術後の経過は驚くほど順調で、医者からは奇跡だ、とか言われていた。

私も酷かったと聞いているがお姉ちゃん程では無いだろうと思っている。

 

だけど2人ともあの時の破片はそのまま体内に残っている。

お姉ちゃんは心臓付近に複雑に食い込んで摘出不可だそうで、

私はなんでも破片の数が多い上に広範囲に刺さってて、尚且つ体の奥の方までいちゃったらしく。

緊急手術の時には時間がとてもでは無いが足りず放置。経過を看て以上が無ければそのままでOKらしい。

 

なんやかんや手術は成功。リハビリも順調、無事に退院でちゃんちゃん。

 

とはならず、私たちは再び地獄に突き落とされた。

 

悲劇は連鎖する。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

 

退院して、先生やクラスメイト、友達から心配され、長い間休んだときの特有のアウェイ感は無く学校生活に戻れたと思った。

 

だが何時だろう。ある記事が週刊誌に掲載されるとあからさまに周りの態度が変わった。

そしてとあるクラスメイトの男子が私に、なんで兄は死んだのにお前は生き残っているんだ、この人殺し! と責め立ててきた。

 

必死に誤解とだと説明し、私は何もしていないと言っても相手は何も聞こうともせず、騒ぎ立てる。

この騒ぎは学校中に広がり、親しかった友人からは何かを恐れる様に次第に疎遠になっていき、周りは私に関わる事を拒む様に離れた。

気がつくとクラスから孤立し、私の味方など誰一人いなかった。

 

そしていじめが始まった。

 

机には誹謗中傷の落書き、陰口、私が歩いていると肩をぶつけ、階段を降りていると後ろから押されたこともある。靴など頻繁に隠され大変だった。

 

いじめは時が経つにつれ、より過激にエスカレートしていった。

落書き、陰口、物を隠されるのは当たり前。そしてとうとう一部は暴力まで振るい始めた。

学校は嫌で嫌でしょうが無かったが、家族にはこれ以上心配を掛けたくないので休むわけにもいかない。

 

 

放課後に呼び出されたと思えば、男子生徒が複数人集まり、私刑だとか面白がって叩く、蹴る、殴る等暴力を振るってくる。

やめてと言っても誰もやめず、助けを求めても周りの人は遠回しにこちらを見るだけで何もしない。

 

時には中学生らしき人がいるときがあって怖くて仕方が無かったから放課後はとにかく必死に逃げた。

小学生はなまじ時間があるのか逃げても逃げてもしつこく追いかけて来た。そのまま家に帰ると何をされるか分かったものでは無いから、日が暮れるまで逃げ続けた。

 

 

手を伸ばしても誰も助けてくれない。

伸ばしてくる手はいつも堅く握り込まれ、私に危害を加えてくる。

 

 

 

 

痛い。痛いよ.....

身体が、心が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 光はいつもの『追いかけっこ』をなんとか逃げ切り、茜色に染まる街を背に一人歩く。

俯き、肩を縮こませトボトボと歩いている。

 唇は固く結ばれ、表情は暗く辛そうで、今にも泣き崩れそうだった。

 

 家の前までたどり着くと、そこには『人殺し』『金どろぼう』『お前だけ助かった』『死ね』などの誹謗中傷の書かれた張り紙が所狭しと貼られている。

 張り紙を見た光は気を抜いてしまえば涙が溢れてきそうで。

 辛そうに顔を歪めるも、張り紙を全て引き剥がす。これを繰り返すのも何度目だろうか。

 

「...ただいま」

 

 光がそう言っても何も返ってこない。しかし耳を澄ませてみると誰かの泣き声が聞こえてくる。

 急いで声の元に向かうと、そこには泣いている響の姿とそれを宥めている母と祖母がいた。

 どうした物かと辺りを見渡せば窓ガラスが割れ、床を見れば散らばるガラス片の中に石が混じっている事が分かる。

 これらのことで大体の事を察した光は

 

「...箒、取ってくるね」

「...おかえり、光。ついでに、ちりとりと新聞紙も持ってきておいて頂戴」

「うん、分かった。おばあちゃんもガラス踏まないように気をつけてねっ」

 

 こちらに笑顔でそう言ってくる祖母。しかし、力の無い笑みを見れば言わずとも無理をしていると分かった。

 光はこれ以上家族に心配を掛けないために気丈に振る舞う。しかし、顔を見られたくないのか、直ぐに後ろを向き、言われた物を取りに部屋を後にする。

 

 

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

 

 誰もいない物置部屋の中、光は声を押し殺し泣いている。

 

「ぐすっ...えぐっ...ぅぅぅぅぅ....」

 

あの時、ライブなんかに行こうなんて言わなければ

 

「私が...全部悪いんだ......私が...」

 

 

お姉ちゃんも、お母さんも、おばあちゃんも、お父さんも。私があんな事しなければ、皆がこんな酷い事に、辛い気持ちにならずに済んだのに。

 

「私なんかが生き残ったからみんなが......」

 

全部悪いのは私なのに。皆が辛い目に遭っている。

あぁ、やっぱり私なんかが生きてちゃダメなんだ......

 

私が日常を、家族を、幸せを――

 

 

―――全部壊してしまったんだ

 

 

 

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

 

地獄のような日々が続く。

 

世間の当たりは日に日に強くなってくる。

それに比例するように立花家の皆はどんどん憔悴していく。

 

近所の人は昔はあんなに優しかったのに、今では目すら合わせてくれない。

世間を賑わす一連の事件の騒動に巻き込まれたくないらしく、立花家はその地域の中で村八分の状態だった。

 

日本人の得意な周りに合わせるという行動が最悪な形で実行されてしまっている。

この事件をたいして知りもしないのに『みんながやっているから』という謎の主張がまかり通っている。

憂さ晴らしの様な軽い感覚で囃し立て、責め立て、私達のような生存者達を苦しめる。

お父さんもそんな世間や会社でのストレスからかお酒に浸るようになってきた。そして最近は私達に大きな声で怒鳴ったり、手をあげてくるようになった。

 

そしてある日、ここ最近でやつれ、疲れ切った顔で会社に行くお父さん。

いつものように帰ってくるだろうと思っていた。

夕食の時間。いつもはこの時間にはお父さんは帰って来るが、今日はその姿が無い。

確かに居ないときも有ったが、そんな日は必ずお父さんから一報入ってくる。

しかしそれすらも無く、いくら待とうとも唯々時間だけが過ぎていく。

 

日が暮れ夜になっても、夜中になっても帰ってこない。

日が変わって、待ても待てども帰ってこず。

 

玄関で一人帰りを待ち続けても、父がその扉を開ける事は無かった。

 

静かな玄関に響き渡る時計の音が待ち続ける光に、非情にも現実を突きつけて来る。

 

お父さんが二度と帰ってくることは無かった。

 

 

 

 

 

※※※※※※

 

 

暗い。ヒカリの無い世界。

見えている訳では無い。だけど認識は出来ている。

 

目の前に顔の無い人達がいる。

彼等は口々に心ない中傷を投げつけてくる。

 

『死ね』『人殺し』

 

 

痛い。

 

家族もいる。

お姉ちゃんは、なんで私までこんな目に遭わなくちゃいけないの、光がライブに行こうなんて言うから、と泣きながら私に訴えかけてくる。

お母さん、おばあちゃんは、どうしてこうなった、と私を見ながら嘆いている。

お父さんは、俺は悪くない、なんで俺ばっかり、光が.....ッ! と私に向かって怒鳴ってくる。

 

イタイ

胸の奥がズキズキ痛む。

 

分かっている、これは夢。

家族はこんなことは言ってこなかった。

 

 

『本当に?』

 

 

目の前に”私”が居た。気が付くと周りに居た人は皆居なくなって、私と”私”だけが存在している。

 

『本当はあなたが生きて帰ってきたからこんなことに、と迷惑がっているんじゃないの?』

 

無表情に淡々と。頭の何処か想像して、考えたくも無いのに考えていた事をしゃべり出す。

 

『本当は生きていて欲しく無かったんじゃ無いの?』

 

”私”が言うことは私が一度は考えてしまった事。頭の隅で考えては否定してきた物だった。

 

「ちがっ......!」

 

違う! と言い切ることが私には出来ず、下を向く。

 

『本当はあなたも思っているんじゃない? 家族から疎まれているのではないか? ってね』

 

顔を上げると”私”は消えていて、代わりにお父さんがそこに居た。

お父さんは疲れ切ったその顔で私を見ると、ゆっくり背を向け私が居る反対の方向に歩き始めた。

 

「あっ..... 待ってお父さん.....!」

 

先に”私”に言われたことを思い出す。

咄嗟に手を伸ばしたけれど虚しく空を切る。

 

「待って! 行かないで.....!」

 

追いかけても追いかけても距離は離れていくばかりで。

私から遠ざかっていく背中しか見ることが出来なくて。

夢中になって手を伸ばす。遠くに行かないで、居なくならないで、と。

そんな私の願いも届かず、遂にお父さんは消えて無くなってしまった。

伸ばしていた手は何も掴むことは無かった。力なく空を握ると、手を静かに下ろす。

 

胸の奥が痛い。

 

涙が頬を伝う。止めどなく溢れてくる。

私はその場に力なく座り込み、胸を両手で強く押さえ俯く。

 

「ぅっぅぅっ.....」

 

 

痛い。痛いんだ、胸の奥が。涙が出るほどに――

 

 

胸の痛みは際限なくて、何をしても消えない。

日を追うごとに痛みは増すばかり。

 

 

胸が苦しい..... 締め付けられるように辛い――

 

これ以上大切な物が壊れていくところなんて見たくない。見たくないんだ―――

 

 

でも現実は私に願いとは反対に、大切な何かは音を立てて崩れていく。

それを見せつけられるたびイタミが私を襲う。でも悪いのは私なんだと自分に言い聞かせ我慢する。

その度に、やり場の無いイタミはどんどん私の中に溜まっていく。

しかしお父さんの失踪をきっかけに今まで溜まっていた物が、堪えてきていた物が堰を切ったように溢れてきた。

 

「....もう嫌だぁ....」

 

痛いのも、怖いのも、苦しいのも、辛いのも。このイタミが消えてくれと思いながら胸を手で押さえる。

でもいつまで経ってもイタミは消えてくれない。

 

 

「でも....私が悪いんだ.....」

 

 

胸の奥に形無い痛みが満ちていく。

私が悪い、私の責任なんだと思い、痛みを感じ。

このイタミが消えてくれと願うたび、周りの闇が私に溶け込むように、私の中のナニカが蠢く様な、浸食してくる様な感覚を感じながらも。

 

 

無力な私は暗い世界の中、一人で泣き続けることしか出来なかった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

お父さんが居なくなったことで立花家のルーチンに少なくない変化が起きた。

端的に言うと収入が無くなってしまったので、お母さんがパートとして働きに出るようになった。

お母さんが働きに行ったことにより、今までお母さんに任せていた家事を私達で分担して行うことになる。

 

始めはおばあちゃんが全部やると言っていたが、私とお姉ちゃんはそれを良しとはしなかった。おばあちゃんだって辛いのは同じ。それに加え高齢なのに全部任せるわけにはいかない。

皆が皆自分の意見を曲げる気が無くて一日中話し騒いだ。

毎日が地獄の中、その時間だけは胸の痛みが引いた気がした。

 

紆余曲折有ったが、私は料理担当になり、お姉ちゃんは掃除・洗濯担当になっておばあちゃんは全体的な私達のサポートという感じに納まった。

小学生の光にはまだ早いよとお姉ちゃんには言われたが、あの危なっかしい包丁さばきを見ているととてもでは無いが任せられない。

その代わりどんな汚部屋でも臆せず片付けられるようにおばあちゃんにみっちり叩き込んでもらおうと画策する。

 

 

 

トントントン、とキッチンに軽快な音が鳴り響く。私の担当であり仕事である料理。いつも夕飯の時に手伝っていたのでそれなりのことはできると自負している。

キッチンに響く軽快な音とは裏腹に光の表情は優れなく、どこか上の空だった。

 

そんな状態で包丁を使えば手元が狂うのは必然だった。

 

 

「痛っ....」

 

銀に輝く刃は光の柔らかな皮膚を貫き、肉を切り裂く。

半ば反射的にビクッとなり、思わず声がでて、手を素早く引く。

傷は深いのか鮮血が切った指より溢れ出る。流れ出る血は指を伝い、まな板の上にある具材を色鮮やかな赤で彩っていく。

 

しかし当の本人はそんなことなど気にならない程の衝撃がその身を襲っていた。

確かに包丁は己の指を切り裂いた。確かに見た。その証拠に今だって私の鼓動と合わせように血液が溢れてくるのが分かる。なのに―――

 

 

 

 

「.......痛く........ない....?」

 

 

 




響の髪型は祖母譲り
光の髪型は母譲り
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