君は小宇宙を感じたことがあるか?俺はない。   作:高任斎

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コミックスが、家のどこかにあるはずなんだ。
あるはず、なんだ……。(探すとは言ってない)


1:優しくない世界。

『化物は村から出ていけ!』

 

 

 2時間。

 いや、3時間は過ぎたか。

 気のせいだとはわかっていても、まだ耳の奥で鳴り響いている気がする。

 村を出てから、ずっと駆け足状態。

 もう、村は見えない。

 遠い彼方だ。

 

 ため息をつき、空を見上げる。

 

 真夏の太陽が、ギンギラギンに輝いている。

 

 いい天気ですね、チクショウ。

 

 お日様には悪いが、このぐらいの悪態は許して欲しい。

 村の人間が俺を追い出そうとした気持ちはわかる。

 ただ、追い出された本人としては、ちょっとばかり鬱屈した感情が芽生えるわけで。

 

 男一匹旅の空。

 人間、所詮死ぬときは独り……と強がってみてもなあ。

 

 どーすんだよ、これから。

 村から追い出されたところで、ほかにツテがあるわけでもなし。

 人生ノープラン。

 

 人生、のー、ぷらんぷらん……って分割したら、ものすごい不吉な感じ。

 ぷらんぷらんは拒否したい。

 わりと真摯な気持ちで。

 

 いやまあ、生きていくだけならどうにかなるかなとは思う。

 だって俺、転生チートだもん。

 というか、目覚めたばっかりだけどな。

 ついでに言うと、前世の記憶も取り戻したばかり。

 

 たぶん、チートと前世の記憶がセットだったんだろう。

 あの瞬間まで、俺はふつーに、村の子供をやってたからなあ。

 少なくとも、村の人間に『化物』と言われるような、驚異的な身体能力を発揮したことはなかった。 

 

 

 ……村に、盗賊がログイン。

 戦争があったって大人たちが噂してたから、元は逃亡兵だったのかもしれない。

 全部で20人ぐらいだったかな。

 

 村の大人が何人か殺されて、俺も殺されそうになって……。

 

 うん、もうちょっと早く目覚めてたらなあ……。

 ルチアーノのおっちゃんも、助けられたのに。

 おっちゃん、俺に『逃げろ』って……逃げきれなかったけど、あの時俺はまだふつーの村の子供だった。

 

 村の人間が何人か殺されたから、『めでたしめでたし』というわけにはいかなかったけど、チートのおかげで俺は村を救えた。

 そして。

 そのせいで、俺は村を追い出された。

 

 まあ、武装した盗賊を殴り殺していく5歳児は、化物だよな。

 腹パン1発で、盗賊の腹部が弾けたときは、俺もどうしようって思ったもん。

 でも、ぼんやりしてたら村の人間が危なかったわけで。

 当然、最初は手加減なんかできなかったわけで。

 そりゃ、村の人間からすれば、怖いって。

 

 化物ですが、なにか?

 

 なんて、開き直っても意味ないしなあ。

 集団というか、組織は延命のために異物を排除する。

 

 俺が出て行かなきゃ、家族がやばかった。

『俺がいたから村が襲われた』程度の認識に落ち着くのは目に見えてたし。

 理不尽とは思うが、人間はそうやって心の平穏を得る生き物だ。

 

 この世界でも、人って存在はそうは変わらない。

 

 俺が村を出たからといって、俺の家族が無事じゃないこともわかってる。

 事あるごとに『あの家は……』などと難癖つけられるだろうしな。

 村での立場は、はっきりと落ちるだろう。

 

 ただまあ、家族全員で村を飛び出すよりかは……俺ひとりを放り出したほうが、生存確率は高いと思う。

 

 だからまあ、仕方ない。

 うん。

 仕方ない。

 

 どうせなら、よかった探しをしよう。

 

 村を救えた。

 盗賊を全滅させて、新たな被害者が出るのを防いだ。

 家族の安全を、とりあえずは確保した。

 

 そして俺は、独りでも……なんとかなるさ。

 

 ため息をのみこみ、もう一度空を見上げた。

 

 あいかわらず、ギンギラギンですね。

 でもさあ。

 もっと、燃えてくれねえかな。

 

 地面の。

 涙のあとを……消してくれたら嬉しい。

 

 俺は。

 村を救った俺は。

 家族に捨てられた。

 

 うん、わかってるんだ。

 安全を確保するためには、家族が率先して俺にきつく当たらなきゃいけないってのは。

 俺とは無関係ですよって、アピールしなきゃいけなかった。

 それを見て、村人たちも安心する。

 

『家族が率先して追い出したんだから、俺たちのせいじゃないよね』って。

 

 まあ、儀式みたいなもの。

 生きるためだ。

 生きていくためだ。

 

 怒るようなことじゃない。

 ただ、悲しいだけだ。

 

 人が生きるということは、夜空のようなもの、だったか。

 星のきらめきに目を奪われるが、夜空を埋めているのは闇。

 わずかなきらめきに、人は喜び、癒され、幸福を覚えながら生きていく。

 

 今はちょっとだけ。

 星が見えないってだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……よし。

 

 悲劇の主人公ムーブは、このぐらいで勘弁しといたろ。

 

 頬を叩いて、気合を入れた。

 

 まあ、こういうこともあるさ。

 貯金はともかく、感情の貯金というか、貯蓄はよくない。

 悲しいときは、さっさと泣く。

 楽しい時は笑う。

 お金は腐らないが、人の気持ちってやつは腐るからな。

 そりゃそうさ。

 人は生きているからナマモノで、感情だってナマモノだ。

 水だって、淀めば腐る。

 特に負の感情は、溜めこむとろくなことがない。

 TPOはわきまえるべきだけど、自分の感情は適度に放出しておくべきだと思う。

 自分の中で消化できる分だけ、残しておけばいい。

 

 それに、チート付きで前世の記憶を取り戻した今となっては、村を追い出されたのは悪いことばかりじゃない。

 正直、あの村にいると、この世界のことがさっぱりわからない。

 たぶん、村の外に出る機会はほとんどないし、村の外の人間と触れ合う機会もほとんどない。

 

 異世界なんだろうと思う。

 明らかに、文明的に退化しているというか……金属類をあまり見かけない。

 包丁が、村で共用されてたもんなあ。

 石の包丁とかも、普通に使ってたし。

 

 なので、盗賊の死体からちょろまかしてきた2本のナイフ。

 質が良さそうで、わりと貴重品だと思う。

 あと、革袋とか、服とか、調理器具とか。

 

 前世の知識がそのままこの世界に流用できるかどうかはともかく、やっぱり知識ってのは役に立つと思う。

 知識の量と、思考訓練の賜物。

 合理的思考は、間違いなくスキルだ。

 村の人間の事を思うと、算数や数学は、物事を順序だてて考える訓練なんだとはっきりわかる。

 それをうまく使うためには、知識というか教育が必要になる、と。

 

 実際、村から追い出されるかもな……と思ったら、すぐに旅に必要なものはなんだろうって思考にたどりつけた。

 盗賊連中の死体をあさるのも、すぐに思いつけた。

 ナイフはともかく、武器はどうしようかなって思ったけど、やめた。

 

 なんせ、俺は子供だ。

 子供が立派な武器をぶら下げて旅に出るとか、どう考えても厄ネタだろう。

 正直、弓矢は欲しかったけど、身体のサイズがね。

 でもまあ、盗賊連中の武器は、村の人間が有効活用してくれるだろう。

 20人からの金属製の武器は、貴重だろうから。

 たぶん、農具や調理道具に生まれ変わって、村に恩恵をもたらすだろう。

 

 村に、鍛冶屋があった記憶がないけどな。(震え声)

 

 そこは、村の人間の知恵と勇気でなんとかしてもらいたい。

 

 

 うん、目から汗もかいたし、水分補給しよう。 

 革袋から水分補給……って、酒!? ワイン!?

 

 しばらくむせた。

 

 そういや、村の人間も水がわりに飲んでたわ。

 ワインは、身体にワイーンだから……なんてダジャレではなく、水が悪いというか、飲料となる水が乏しいことを意味するのかもしれないな。 

 

 前世日本人の感覚でいると危ないな。

 あの世界の、あの時代でさえ、日本人の常識は世界の非常識って部分は少なくなかった。

 異世界なんて言葉で一括りにしちゃいけない。

 俺が追い出されたあの村だって、ひとつの世界だ。

 

 世界は、小さな世界の集合体。

 郷に入っては郷に従え……だな。

 

 ……うん。

 もう一度だけ。

 村があるはずの方向を振り返る。

 

 俺が生まれ育った小さな世界に。(育ったとは言ってない)

 頭を下げ、心の中で、別れを告げた。

 

 

 でも、まずは野宿の準備か……。

 陽が沈む前に、最低でも、場所と、水場を確保しなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村から追い出されて1日。

 わりと爽やかな気分で朝を迎えられた。

 時期が良かったのもあるだろう。

 これが冬だったらどうなっていたことか。

 

 村の大人たちの話を思い出す。

 遥か北の方角には、一年中、雪と氷に閉ざされている国があるとかないとか。

 まあ、村の人間の大半は『雪』を知らなかったけど。

 

 つまりこのあたりは……気候が温暖な地域なんだろう。

 そして、北のほうが寒いってことは、この世界もまた丸い天体なのかと思う。

 いや、常識にとらわれてはいけない。

 世界はひらべったくて、海の彼方には、奈落が待ち構えている世界かもしれない。

 北には氷の精霊が、南には炎の精霊がいるかもしれないし。

 とりあえず、この世界で魔法を見たことはない。

 

 地球というか、大地が球状か……。

 天体観測とか、井戸への太陽光の進入角度とか計算すれば、証明できるんだっけ?

 古代ギリシャ人はそれを知ってたんだっけ。

 ははは。

 どうやったら証明できるのかわからないけどな。

 中国が漢だった頃、日食の時期を予言した学者もいたっけ。

 

 笑うしかないな。

 前世日本人の頭の程度なんて、所詮はこんなものよ。

 教育の偉大さがよくわかる。

 

 ああ、でも……何にもない水平線を眺めると、微妙に曲線に見えるんだったか。

 証明にはならんだろうけど。

 地平線でもいいのか。

 前世日本人だと、地平線ってイメージがわかないからな。

 北海道じゃないと、無理。

 

 

 さて、と。

 小石をいくつか拾って、手の中でゴリゴリします。

 小さく砕けた、でも砂粒までいかない小石。

 

 距離を詰めて。

 息を潜めて。

 ショットガン!

 

 まさに、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる方式。

 うん、投げた石ってまっすぐ飛ばないの。

 俺の身体能力もあって、空気抵抗が弾道を変化させてる感じ。

 同じ大きさで同じ形をした石をくり返し投げるなら話は別かもしれないけど。

 大物ならともかく、小物は狙いが定まらない。

 

 とりあえず、鳥(お肉)さん、ゲット。

 

 

 いやあ、前世で泣きながら鶏を絞めたことを思い出すなぁ。

 可愛がってた鶏を、『卵を産まなくなった』って理由で、目の前で鶏の首をこきゃっと父親にひねられた衝撃ときたらもう、なんて言えばいのか。

 

 そういや、あれも今と同じぐらい……小学校に上がる前だったなぁ。

 刃物を渡されて、血抜きして、羽をむしって……。

 

 命とか、食材に感謝とかなかったからね。

 当たり前のことを、当たり前にするっていう感じ。

 うん、だから俺も、それが当たり前なんだと思ってて。

 

 中学と高校で、クラスメイトにドン引きされたわ。(震え声)

 

 伯父(父の兄)さんは、うさぎのさばき方を教えてくれたなあ。

 うさぎは、肉も大事だが毛皮が一番大事で……毛皮といっても、利用できる部分は限られていて、部位によって利用方法も違うから、切ってはいけない場所があるんだと。

 同じ動物の毛皮でも、腹と背中では伸縮度合いが違う。

 お腹に刃を入れるのは最後で、背中を傷つけるのは言語道断、かあ。

 ありがとう、伯父さん。(某大手電機メーカー勤務)

 前世では意味がなかったけど、この世界では役に立つかもしれません。

 

 今思うと、幸運のアイテムと言われる『うさぎの足』って、そういうことだったんだなぁ。

 うん、前世の俺の故郷もまた、小さな世界だった。

 間違いない。(確信)

 

 

 肉、か。

 肉かぁ……。

 

 火をつけるのが、また大変でね。(震え声)

 

 盗賊の持ってた火打石は砕け散りました。

 こういう時こそ知識チートだと、棒に革紐を絡めて、回転摩擦熱……革紐を一本ダメにして、棒とか板が壊れちゃった。

 次に思い出したのが、前世の知人が持ってたファイアピストン。

 

 注射器みたいなものを連想すればいい。

 空気を圧縮すると熱が発生する。

 原理としては、木屑を入れて、ピストンすることで熱を発生させ、火種を作る。

 

 俺のチートって、目覚めたばっかりだから。

 細かい手作業って……力加減とか、ナイフを壊したくなかったから、諦めた。

 また今度チャレンジしようと思う。

 

 遠い目をしながら、昨日の奮闘を思い出す。

 

 脳筋ってさ、ある意味最強だったんだ。

 木の棒を2本用意して、折らないようにひたすらこすり合わせたら、火種ができました。

 

 自分が人間から猿へと後戻りした気分。

 なんだかすっごい敗北感。

 

 ウキー!(棒をこすり合わせる音)

 

 

 

 調理に取り掛かる前に、昨夜沸騰させた湯冷ましを革袋の中へ投入。

 煮沸消毒すれば万全なんてことはないけど、危険は減る。

 こっちがワインの袋で、こっちが水、と。

 水の方が早くダメになるから、間違えないようにしないとな。

 

 

 ……うん、やっぱり独りで全部やるって無理がある。

 できるだけ早く、何らかの集団に属しよう。

 俺というか、人に必要なのは、根拠地だ。

 

 最悪は、軍の兵士か。

 ああ、でも常備軍の兵士なんてのは、無理か。

 

 というか、早く村の人間以外の誰かに会いたい。

 そうしないと、この世界のことが本当にわからないというか……そもそも『国』という概念が存在するのかとか、統治システムとか、そのあたりを理解しないと、対策のたてようがない。

 

 道が欲しい。

 哲学的な意味じゃなく。

 物理的な道。

 

 人が恋しい。

 文明が恋しい。

 というか、情報が欲しい。

 

 大丈夫か俺。

 村を追い出されてたった一日だぞ。

 

 自分を励ましながら、煮えた肉をかじり、煮汁も飲む。

 すごく……肉々しいです。

 でも、記憶の中の村のご飯より美味しい気がする。

 暑い盛りだしなあ。

 半日保つのかなあ、この肉。

 

 

 なんとなく。

 母に会うために地球の裏側まで旅をした少年が主人公のオープニングソングを口ずさむ。

 

 うん。

 陽は昇ってしまったが、身体能力でカバーだ。

 道連れは、俺自身の影。

 

 逃げるように駆けてきた、道なき道。

 とりあえずは、このまま村から遠ざかる方向へ。

 駆けるのではなく、歩き出す。

 

 一歩。

 また一歩。

 

 別の小さな世界に出会うのか。

 それとも、大きな世界が待っているのか。

 

 これが若さか。

 ほんの少しだけ、ワクワクしてる俺がいた。

 




原作は、どこへ行ったのか……。(震え声)
なので、30分後に2話の投下を予約しておきます。

しかしこの1話、いろんな話のオープニングに使えそう。(ゲス顔)

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