人と獣の戦闘シーンは難しい。
村から追い出されて落ち込んだりもしたけど、俺は元気です。
うん、元気だったよ。
夏が終わり、秋が来て。
ああ、もうすぐ冬が来るんだなあ……なんて、空を見上げてたのが、ほんの30分ほど前のこと。
今、わりと死にそう。(白目)
致命傷を負ったわけじゃない。
でも、このままなら、時間の問題かなって。
息を、深く吸う。
そして、ゆっくりと時間をかけてはく。
もう一度。
繰り返す。
「おい、ちょっとは油断とか、慢心とかしろよ」
俺のボヤキに対して、特に反応は見せてくれない。
ただ、その瞳がじっと俺を見つめている。
こちらを観察するような、嫌な目つきだ。
俺も、あらためて、そいつを見つめた。
体長は、3.5~4メートルってとこか。
あくまでも目測だ。
大きさのイメージとしては、軽トラ以上、トラック未満だな。
そして、姿は……まあ、犬っていうか、狼っていうか。
むろん、姿がそれっぽいってだけで、こんな大きいのはちょっと違うだろって思う。
銀色の毛並みは、惚れ惚れするほど綺麗で、一種の神々しささえ感じるんだがな。
俺を見つめている真っ赤な瞳は、どこか禍々しい。
「というか、お前。俺の言葉を理解してるよな?俺、お前に襲われるような事したの?」
……。
……。
やめて。
ノーリアクションは、心に効くの。
いや、相変わらず俺はチートだよ。
身体は子供だけどね。
あれから数ヶ月経って、自分の能力とかもある程度把握したし、使いこなせている……はず。
山で遭遇した熊だって腹パン一発でおねんねだし、狼の群れを全滅させたこともあるし、虎も殺した。
ただ単純に、コイツの方が俺より強いってだけのお話。
しかも、俺が奇襲されてダメージもらったんだから、洒落になってない。
チクショウ。
やっぱ、異世界じゃねえかよ、ここ。
村を追い出されてから、初めて人と出会ったのが数日後。
残念ながら当然というか、俺は不審な目で見られたけど、とりあえず会話は成立した。
そしてそれからも、サバイバルしながら色々と情報を集めて回ってたわけだよ。
そうしたらさ。
なんか、聞き覚えのある国の名前や地名が出てくるのよ。
世界史を専攻してたわけじゃないからアレなんだけどさ。
この世界、どうも前世の世界と似てるというか、時間軸が違うだけなのかなって。
異世界というより、過去へタイムスリップなのかと考えていたところにこれだよ。
俺の前世の世界には、こんな生き物はいません。(震え声)
いや、歴史の闇の中に消えたとか言われると、否定はできないけど。
はい、回想というか、後悔タイムはおしまい。
切り替えなきゃね。
しかし、こうやって対峙しているだけで、俺は消耗していく。
やつのほうが、動きが速い。
なので、やつのちょっとした動きにも反応というか、対応しなきゃならない。
精神が削られる。
体力が削られる。
絵に描いたようなジリ貧だ。
幸い、パワーはほぼ互角かな。
ただ、体格の差のせいか、まともにぶつかると吹っ飛ばされる。
というか、最初にいきなり吹っ飛ばされた。
久しぶりの痛みと、怪我に、無様なぐらい動揺したところを、もう一撃、だ。
まあ、足首の捻挫ですませたところは褒めてくれ。
そのせいで俺の足というか、機動力が半分ほど殺されたけどな。
さっき口にした、『油断と慢心』ってのは、まさしく俺のことを指す言葉だよ。
奇襲ってのは、弱い方がするもんだぜ。
さて、どうしよう。
俺の攻撃は……少なくとも、こっちから仕掛ける攻撃では当たらないだろう。
あの巨体で俺を押さえ込み、噛み付く。
その瞬間に反撃……ぐらいしか、思いつかない。
絞め技はサイズ的に無理だな。
右前足、あるいは左前足を破壊する……首に噛み付かれたら終了か。
やっぱり、死ぬか俺。
当たり前のことをやってたら死ぬ。
だからといって、バカをやれば死ぬ。
当たり前じゃなくて、バカじゃないこと。
低く、構えた。
身体の小ささの利点。
左拳を握りこむ。
強く、強く。
やつに、見られている。
いいぜ、見てろよ。
「ああああっ!!」
叫びながら。
左拳を、地面に向かって突き込んだ。
轟音とともに、やつに向かって飛んでいく、土くれ、石、岩。
もちろん、こんなものが、あいつにダメージを与えられるなんて思っちゃいない。
視界を一瞬だけ奪う。
もしくは、そう思わせて、俺はやつに背中を向けた。
そのまま一回転。
ビンゴだ、おらぁっ!
俺の背中めがけて跳びかかってきていたあいつの鼻先に、右拳を叩き込む。
『ギュァッ!』
一瞬の怯み。
顔を庇う前足とは別の前足。
狙いは、関節!
こんな体格の動物の骨なんかに、まともにダメージが通るかよ!
手根骨を押さえて、真横から前腕骨に全力の蹴り。
手応えアリ。
そして、残った前足で吹っ飛ばされる俺。
吹っ飛ばされただけだ、問題ない。
いや、今ので足首が悪化したけどな。
どうよ?
ははは……あのやろう、左の前足をぷらんぷらんさせてやがる。
折れたよな?
折れたってことにするぞ。
賭けに勝って、これでようやく五分……いや、俺が四分か?
「へい、そろそろ友情を確かめ合うタイミングじゃないか?」
『グルアァァァァァッ!!』
断固拒否ですね、わかります。(白目)
呼吸を整え、もう一度低く構える。
うん、警戒してくれよ。
ほうら、俺は足首を引きずっちゃってるよ……。
ちゃんと見ろよ。
野生(?)の動物相手に身体能力勝負とか、ありえん。
人として、駆け引きの勝負に持ち込まねば。
先と同じように、拳を地面に突き込む……と同時に、無事な方の脚を使って前に飛ぶ。
そして、土煙の向こうに……。
あかん。(白目)
読まれたのか、それとも動けなかったのか。
待ち構えてやがったよ、こいつ。
これが、おもてなしの心か、チクショウ。
でもな。
俺が攻撃するのは、『折れた』前足だぞ。
『グゥルアアアアッ!!』
勢いを回転に変えて起き上がる。
くっそ、ぽんぽん吹っ飛ばしやがって。
……うわぁ。
ある人が言いました。
『血を流すなら殺せる』と。
うん。
前足の先がちぎれたのに、血が流れませんね。
つまりこいつ、殺せないんじゃないでしょうか?(震え声)
俺は、今の攻防で、左腕が折れました。
あと、血も流してます。
ははは、戦況は俺がニで、あいつが八だな、これ。
そばじゃあるまいし。
「へい、マジでそろそろ友情を確かめ合わないか?」(懇願)
『ゴォアッ!!』
チクショウ。
愛は死んだ。
そしてやつが跳んだ。
ふ ざ け ん な !
『ガルァァァァ!!』
……吹き飛んだ。
いや、俺じゃなく、あいつが。
何が、起こった?
「すまんな、坊主!お前さんがあんまり頑張るもんだから、つい、見守っちまったよ」
声とともに、背中が現れた。
でかい。
いや、俺が子供だからじゃなくて……でかい背中。
……っと、やべ!
戦いの途中で、俺は何を……。
ああ、これが、寝取られか……。
あのやろう。
さっきまで死闘(主観)を演じてた俺をほったらかして、新しい男に夢中かよ。
ははっ、どうぞどう……ぞ?
「……って、アンタ見守ってたのかよ!?」
「坊主のくせにやるじゃないか、ははは」
子供と軽トラのぶつかり合いを見守るって、おい。
なんなの、この優しくない世界。
いやまあ、助けに入ってくれただけで、有情なんだろうけど。
はあ。
見守ってたなら、俺からのアドバイスは必要ないよね。(にこり)
……まあ、本気で必要無さそうだけどな。
今にも跳びかかろうとする獣に向かって、男がゆっくりと歩いていく。
頼もしい、絶対強者ムーブだ。
俺も、そんな風にしたかった。
距離が近づくにつれて、獣が追い込まれていくのが分かる。
あとは、弾けるだけだ。
『ガアァァァッ!!』
一声叫び、獣が跳んだ。
それを迎え撃ったのは、男の、無造作とも思える右腕の一閃。
綺麗な放物線を描いて、頭から落下する獣。
うわあ……実際にできるんだな、あれ。
懐かしいなあ、『リングに〇けろ』や『風魔の〇次郎』。
まさしく車〇落ち。
前世の子供時代に、跳躍マット敷いた床に向けて、体育館の観覧席から『ぐああああっ!』とか叫びながら飛んだことを思い出す。
時代劇ごっこも同じシチュエーションだったけどな。
「おう、大丈夫だったか、坊主」
ようやく、男の顔が見れた。
意外と若い。
20以上というか、30手前って感じか。
「助かりました、ありがとうございます……でも、なぜ見守った?」
「いや、なに……」
手のひらで顎を撫でながら、男が笑う。
「どっちが倒すべき邪悪なのか、見極めようと思ってな」
まさかの邪悪扱い。
俺の純真な子供心が傷ついたよ、チクショウ。
いや、しかし……。
「……あの獣って、邪悪、なんですか?」
俺の問い掛けに、男がちょっとだけ視線を泳がせた。
「邪悪に転じたもの、だな……元々は、神獣だったんだろう。封印されてる間に、使役する神がいなくなっちまったのかもな」
……神とか、神獣とかいう単語が普通に出てきたよ。
なんだろう、神話が身近な世界なんだろうか。
チートがあるとは言え、神の争いに巻き込まれるとか、ぞっとしないんだが。
今回もそうだが、強い相手には負けるしな。
「……っと、おっちゃん」
「ああ、わかってる」
起き上がった獣……元神獣(?)を振り返り。
男が、右手を天に向けてかざした。
なんっ……だ?
男に向かって、集まってくる何か。
『宇〇刑事』『魔〇少女』『戦〇ヒーロー』『仮面〇イダー』……俺の頭の中で、前世の記憶が無秩序に交錯する。
いや待て。
これは。
あれは……聖衣、か?
「聖闘……士?」
「……またひとつ坊主に聞きたいことが増えたぞ」
俺に背中を向けたまま、男が……いや、聖闘士が、拳を放つ。
『グルアァァァァァ!!』
高く。
高く舞い上がる獣。
それが、落下していくのを見ながら俺は思った。
聖闘士星矢の世界……?
時代が、合わない……よな?
少なくとも、『現代』じゃないぞ。
原作以前?
原作のコミックスは読んだけど、アニメはろくに見てない。
でも、主題歌は大好きで、CDも買ったぜ。
そういや、聖闘士星矢って、いろいろ派生作品があったな。
オメガがどうとか冥王がどうとか……『サ〇レントナイト翔』は違うんだよな?
あれ?
俺のチートって、殺されそうになって……。
もしかして、
ひょっとして俺。
明日の勇者になっちゃったか?
「さて、坊主」
ひょいっと。
猫の子供のように、首筋をつかまれた。
「お話、しようか?」
え、何その雰囲気。
お話って、お話(物理)なの?
僕、悪い子供じゃないよ。(目逸らし)
「とりあえず、坊主。名前は?」
「……村では、アルって呼ばれてたよ。おっちゃんは?」
「俺か?俺は、テリオスだ」
「そっか。テリオス、助けてくれてありがとう……一応な」
さて、なんで聖闘士の存在を知ってるとか、聞かれるんだろうな。
村を追い出された経緯を、そのまま話すのは良いとして。
まあ、なんとかごまかそう。(震え声)
さすがチートだ、怪我が治るのも早い。
足首の捻挫と左腕の骨折は、1ヶ月もかからずに完治した。
ギリシャの海ってきれいだなぁ。
というか、『昔』の海だから綺麗なのか。
基本的に、聖闘士星矢の世界って、前世の世界の歴史に準じてたはずだよな。
ただ、聖闘士の存在とかが、一般には秘匿されてただけで。
誰か、俺に世界史の知識をくれないかなあ……。
ローマ帝国っぽいのにマケドニアって、いつの時代なんだろう。
しかも、色々と呼び名が違うし、わけわからん。
ああ、そうそう。
俺のチートは、
というか、人間の枠を超えた強さがあるのに、俺から小宇宙が感じられないのがおかしいんだと。
この世界に生きとし生けるものすべてに、小宇宙は存在する……だったか。
なるほどなあ。
だから、俺のことを『邪悪』かもしれないって勘違いしたのね。
『化物は、村から出て行け』
あの言葉を思い出しても、心に痛みはない。
だってさ。
俺って、『この世界の生きとし生けるもの』じゃないってことじゃねえの?
前世の記憶があるから、納得しちゃいそうになるのよ。
俺は、あの村だけじゃなく、この世界での『よそ者』なのかなって。
もう一度いう。
あの時の怪我は完治した。
完治したんだけどさあ。
『小宇宙とは、生命の危機に反応して……まあ、とにかくなんだ。小宇宙を感じろ!』
毎日毎日、聖闘士に吹っ飛ばされるだけの人生です。(白目)
いや、下手にチートがあるからさあ、聖闘士候補の訓練なんかじゃ、生命の危機とか感じないのよ。
なので、こうなった。
もうすぐ6歳になるいたいけな子供を、聖闘士がひたすらぶっ飛ばす。
これ、どっちが邪悪なんですかねえ……。(震え声)
吹っ飛ばされて、海で魚を捕ったり、また吹っ飛ばされて、野山で獣を狩ったり……またまた吹っ飛ばされて、物々交換で麦を手に入れて……いや、雨風を凌ぐ家を与えてくれた。
感謝しなきゃ、感謝すべきだよ。
一般人のふりをして、集団に属することが目標だったじゃないか。
目標は達成したぞ。
喜べよ、俺。
笑えよ、俺。
それに、原作でも、星矢たち100人の孤児というか、ほかの聖闘士候補も含めて、これと似たような扱いを受けてたじゃないか。
別に、俺が特別扱いってわけじゃない。
よし、落ち着いた。
しかし、時代が違うせいか、聖闘士候補の訓練も、あの原作ほど大規模じゃない感じ。
一応、俺も聖闘士候補ってことになってるけど、大人数を競わせて、ひとつの聖衣を目指すってことでもないらしい。
話を聞く感じでは、鍛えて鍛えて、小宇宙に目覚めた上でさらに鍛えて、ある水準を超えたと認められた者を集めて、聖衣にその中の誰かを選ばせる、みたいなイメージだ。
うん、つまり俺は。
いくら強くなっても、小宇宙が感じられない以上、聖衣には選ばれない。
……そして嫌なことに。
俺をぶっ飛ばす聖闘士たちからも、小宇宙とやらを感じ取ることができないんだ。
ほら、原作とかで『この小宇宙は!?』とか『やつの小宇宙が増大していく』とかあったじゃん。
小宇宙に目覚め、せっせと燃やしているはずの聖闘士から、それを感じ取れないって、根本的にアウトじゃないのかと思わなくもない。
小宇宙に目覚めない限り、他人の小宇宙も感じ取れないってことならいいんだが……。
さて、飯も食ったし……行きますか。
そしてまた。
俺は空を飛ぶ。
君は、
俺は、まだない。(白目)
ははは、新しいソラだ。(愉悦)