君は小宇宙を感じたことがあるか?俺はない。   作:高任斎

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途中、それっぽいこと書いてますけど、突っ込まないでください。


3:こ、これが、小宇宙……。(違うよ)

 ギリシャの空の蒼さが目にしみる。

 ギリシャの海の碧さには目を奪われる。

 

 俺は、今日もギリシャの空を飛んでいる。

 

 

 

 

 

「科学的、かつ合理的な特訓を要求する!」

 

 俺の心からの叫びに、テリオスのおっちゃんは首をかしげた。

 

 この半年で、俺は体が少し大きくなり……何よりも打たれ強くなった。

 その証拠に、俺をぶっ飛ばす聖闘士たちの表情が、マジだ。

 最初の頃の、『手加減って、こんな感じか?』という、手探り感が見えない。

『はあああ……』とか言いながら……たぶん、小宇宙を燃やしてるんだと思うけど、真顔で俺をぶっ飛ばすし、時には二人がかりでぶっ飛ばすこともある。

 

 うん、チートってすごいね。

 人間ってさ、どんな環境にもなれる生き物なんだよ……って、前世の上司が言ってたなあ。

 

 しかし、今のやり方を続けていても、俺が小宇宙(コスモ)に目覚めるとは思えない。

 

 うまくいかないなら、うまくいくまで続けるじゃなくて、別のやり方を探そうじゃないか。

 俺はそう提案したんだが。

 

「……いや、俺もちょっとなとは思ってるんだが、ほかのやり方とか知らないし」

 

 うわあ。

 身体を鍛えて、死ぬような目にあわせ続けるだけですか。

 小宇宙じゃなくて、別のものに目覚めませんか、それ。

 

 ドン引きしている俺には気づかず、テリオスが言葉を続ける。

 

「といっても、やりすぎると死んじまうからな……俺の師匠は『ギリギリの手加減がコツだ』と言ってたが、難しいぜ」

「ち、ちなみに……小宇宙に目覚めたあとは、どういう訓練を?」

「そうだな……まずは、瞑想で自分を見つめることによって、己の小宇宙と向かい合う」

 

 おう、まともだ。

 

「そして、小宇宙を高めるために、死ぬような目にあわせる」

 

 行くも地獄、戻るも地獄、か。(震え声)

 聖闘士って、過酷だなあ。

 

 俺は、後に生まれるであろう星矢たちに、そしてすべての時代の聖闘士候補たちのために涙を流した。

 

「というか、アル。そういうことを言い出すってことは、なんか考えでもあるのか?」

「あるといえばあるんだけど……まあ、ただ吹っ飛ばされるよりはマシかなって」

「はは、アルだけに、考えがあるってか?」

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 ちなみに、テリオスは『髪の毛座』の聖闘士だ。

 ははっ。

 

 ……吹っ飛ばされた。

 

 人の外見的特徴を、ネタにするのはよくない。

 名前だってそうだ。

 

 

 

 

 

 さて、一応は師匠ってことになってるテリオスから独自に特訓する許可を得たわけだが。

 ただ単に、ぶっ飛ばされるだけの毎日からの解放を願ってでまかせを言ったわけじゃない。

 

 世界が違えば、同じものでも名前が違うってことがあるだろう。

 生きとし生けるもの全てに存在するという小宇宙。

 そしてここは、ギリシャ。

 

 対して俺は、どうもイタリアの方の出身らしい。

 ただ、俺の知ってるイタリアとこの世界というか、この時代のイタリアは違うような気がする。

 俺の乏しい世界史の知識だと、イタリアが統一されたのが19世紀だった気が……それ以前に、イタリアって国があったってことか?

 

 まあ、細かいことはいい。

 身体はイタリア人かもしれないが、前世の記憶を持った俺の魂は日本人だ。

 

 それで、ピンときたわけだよ。

 生きとし生けるもの全てに存在する……ってところに。

 

 そう、『気』だ。

 

 俺としては、こっちのほうがまだイメージしやすい。

 イメージトレーニングは大事だからな。

 イメージのしやすさってのは、重要な要素だろう。

 

 

 自分を見つめる。

 自然と一体化する。

 命を思う。

 

 世界という大きな命の中の、個という小さな命。

 その中にまた、世界がある。

 フラクタル理論っぽいな。

 

 それに、小宇宙は、小さな宇宙と書くじゃないか。

 とりあえず、俺はこの路線で『小宇宙』を感じてみようと思う。

 

 野に、山に。

 川に、海に。

 

 俺は一旦ギリシャを離れ、風に吹かれるように、どこにでも現れ、どこにもいない存在を目指した。

 そこにいながらいない。

 そこにいないのにいる。

 哲学だ。

 

 自分を見つめるということは、同じ方向を向くことになるのかもしれない。

 

 

 

 

 1週間。

 

 森の中で座禅を組む俺の周囲に、命を感じた。

 

 樹は生きている。

 地面から吸い上げる水の音。

 空気の流れ。

 

 

 1ヶ月。

 

 地を這う虫。

 梢からそれを狙う鳥。

 その鳥を狙う獣。

 

 それを確認しようと目を開ける。

 その瞬間、すべてが儚く壊れる。

 

 未熟を知る。

 

 

 

 1年。

 

 小さな命と小さな命の境目が溶けて流れていく。

 つながる命。

 

 小宇宙は宇宙であり、小宇宙に還る。

 

 目を開けた。

 宇宙が、小宇宙に還る。

 世界が俺へと還る。

 

 個を感じながら、世界とつながる自分を感じる。

 

 その境界を強く思った瞬間、周囲から鳥が、動物が離れていった。

 俺が、世界とのつながりを絶ったからだ。

 

 

 微かに笑う。

 若造が、と言われるかもしれないが。

 俺の目が、心の目が開いたと思える。

 

 そうか、これが聖闘士たちが見ている景色、か。

 そりゃ、俺なんて、力は強くてもただの子供でしかないよな。

 もちろん、まだ俺の目は開いたばかりだ。

 まだ、山登りの2合目、3合目ってところだろう。

 道は険しい。

 

 立ち上がる。

 自分の中の命を感じる。

 自分の中の命を練り、全身へと巡らす。

 

 世界とつながり、世界を絶つ。

 

 今はまだ不思議な気分だが、そのうちに当たり前になっていくのだろう。

 身体が軽い。

 力がどんどん湧いてくる感覚。

 

 ああ、俺はまだ未熟だ。

 

 必要な時に、必要な分だけ。

 ところかまわず振るわれる力は、世界を無駄に傷つける。

 

 歩き出す……と、前方に微かなよどみを感じた。

 

 

 

 大樹。

 

 その幹は、何人もの大人が手を回してようやくという太さ。

 何百年、何千年の時を越え、育まれた命。

 その過程で、別の多くの命を育んでいたであろう、この森の中の、大きな命。

 その命に、よどみが感じられた。

 

 周囲は暗い。

 繁りすぎた枝が、葉が、日光を閉ざす。

 大樹の周囲から、命が離れていく。

 そしてもう、大樹自身の命も……。

 

 幹に、手を触れた。

 

 静かに、撫でるように……俺は、目の前の大樹……その役割を終えかけていた命を絶った。

 

 まだ、目には見えない。

 しかし、遅れて……幹が、滑るようにずれていく。

 ズシン、と地響きを残して、大樹は世界へと還っていった。

 

 暖かな光が、周囲を照らし始める。

 よどんだ気配も消え、ここはじきに小さな命に溢れるだろう。

 

 

 

 ぽっかりと開けた空を見上げながら、俺は思った。

 

 帰ろう、ギリシャへ。

 テリオス師匠が、待っている。

 

 不肖の弟子の成長を喜んでくれるだろうか。

 

 

 ……忘れられていたりしないよね。(震え声)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギリシャの海。

 ギリシャの空。

 

 周囲に満ちる命を感じながら、俺はテリオス師匠を探した。

 

 俺は、間違っていなかった。

 テリオス師匠の命、それを感じる自分がいる。

 

「アル……お前、目が?」

 

 やはり、見える者には見えるということだ。

 俺は、『閉じていた』目を開き、笑った。

 

「ええ、1年もかかってしまいましたが、ようやく見えるようになりました」

「え、あ、う、うん?」

 

 どこか戸惑ったように、テリオス師匠がうなずく。

 

 師匠としては、おおっぴらに喜ぶわけにもいかないってことか。

 そして、慢心するな、と。

 

 油断と慢心で命を落としかけたのは……もう、1年以上も前になるのか。

 村を追い出されてからは、約2年。

 

「テリオス師匠、俺の気を……いや、俺の『小宇宙』を見てください」

 

 そう言って、あるかなきかの構えを取る。

 

 

 

 

 

 師匠の、拳をさばく。

 かわす、避ける。

 

 見える。

 身体が動く。

 

 ……師匠の動きは、こんなに遅かっただろうか。

 師匠の拳は、こんなものだっただろうか。

 

 俺は、強くなった自分を喜び、少し寂しく思った。

 

 

 師匠が俺から距離をとった。

 構えを取る。

 流れるように。

 踊るように。

 師匠の身体が動いていく。

 

 髪の毛座の聖闘士。

 師匠の拳の本質は、剛ではなく柔にある。

 一撃必殺ではなく連撃で翻弄し、ここぞという時に本命が急所を穿つ。

 

 珍しい名前の星座だと思って、前世で調べたことがある。

 

 獅子座、乙女座、牛飼い座に囲まれた、4等星以下の恒星で構成された星座。

 いわゆる、春の大三角形の内側に位置する、正直、目立たない星座と言えるだろう。

 

 しかし、黄道12星座が黄金聖闘士であるこの世界。

 髪の毛座を囲む、獅子座と乙女座は、もちろん黄金聖闘士であり、牛飼い座も、全天で21しか存在しない1等星を持つ星座の聖闘士だ。

 

 それに囲まれた星座の聖闘士……といえば、見方も変わると思う。

 

 髪の毛座の聖闘士であるテリオス師匠は、黄金聖闘士の近くに控えた……それを許される、聖闘士だ。 

 

 

 

「いくぞ……」

「いつでも」

 

 

『ファンタズム・ディアデム!!』

 

 俺の身体を包むように。

 逃げ道を塞ぐように。

 師匠の拳が、襲いかかる。

 

 避けるのではなく、迎え撃つ。

 弱ければ押し切られる。

 強ければ幻惑される。

 

 師匠の拳と同じ力で。

 俺の拳をぶつけていく。

 

 ぶつかり合う拳を通して、俺は師匠を知る。

 そしておそらくは、師匠もまた俺を知る。

 

 目に見える、師匠の拳が加速した。

 だが、本命はそこにはない。

 

 拳の幻影に紛れるようにして、俺のこめかみを穿とうとした師匠の指。

 それを受け止めながら、俺は思い出していた。

 

 そういえば、『ディアデム』は、『王冠』って言葉だったな、と。

 

 

 俺は師匠の指を離し、距離をとり、一礼した。

 微笑みを浮かべ。

 帰還を報告する。

 

「不肖の弟子のアル、ただ今戻りました」

「あ、ああ……よく、戻った」

 

 俺は子供のように、師匠に聞いた。

 

「それで、どうですか、俺の気……じゃなくて、小宇宙は?」

「あ、いや……以前と同じで、全然感じないぞ」

 

 あるぇぇぇぇ!?

 

「ただ、見違えるように、強くなったのは確かだ……というか、俺より……いや、これどうなってんだ?」

 

 い、いかん、冷静に、冷静に。

 そうだ、俺はこの1年間で、自分を見つめ、世界を知った。

 この程度のことで動揺してどうする。

 

 うん、こうやってる今も、師匠の命を感じる。

 師匠以外の命を感じる。

 世界は、命に満ちている。

 

 これは、小宇宙じゃ、ないの?

 

 あ、そういえば。

 さっきの手合わせの間、師匠の命は大きくも小さくもならなかったような。

 小宇宙って、燃やしたり、高まったりするんだったよな?

 

 

 

 師匠に、小宇宙を燃やしてもらった。

 うん、燃やしてもらってる。

 ぎゅいんぎゅいん、高まってるらしい。

 

 でも、俺が感じる師匠の命は、変化がなく……尊い暖かさを俺に感じさせるだけだ。

 

 そっか。

 違ったのか。

 

 うん。

 でも……この1年が、無駄だったとは思わない。

 

 なぜかというと。

 

 

 

 

 

 以前は俺をぶっ飛ばしまくってた聖闘士たちに、ぶっ飛ばされなくなったから。

 

 うん、強くはなったんだ。

 強くは。

 

 

 

 そんなある日。

 俺は師匠に連れられて、聖域へと赴いた。

 

 アテナの結界に囲まれ、一般人がその姿を目にすることはない。

 それが、聖域……サンクチュアリだ。

 

 さすがに、胸が躍るのを感じる。

 でも、ただの聖闘士候補の俺を連れてきてどうするんだろう?

 まあ、嬉しいといえば嬉しいけど。

 

「ところで師匠、今日は聖域に何の用があるんですか?」

「ん、ああ……お前が強くなったせいで、俺や仲間たちじゃ、お前に命の危機を与えられなくなったからな」

 

 ……はい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギリシャの空の蒼さが目にしみる。

 ギリシャの海の碧さには目を奪われる。

 

 俺は、今日もギリシャの空を飛んでいる。

 黄金聖闘士の手によって。

 

 

「考えるな、感じろ!」

 

 光。

 無数の光じゃなく。

 ただ、眩しい光が俺をぶっ飛ばす。

 

 上手に手加減しながら俺を吹っ飛ばしてくれるのは、獅子座の黄金聖闘士。

 原作だと、アイオリアだったっけ?

 とにかく、超イケメンキャラだった記憶がある。

 

 イケメンというか、ナイスミドルだけど、今の獅子座の黄金聖闘士の名前はシュルツ。

 そして。

 

「まだまだぁ! ファイアブロウ!!」

 

 

 俺は、全身を燃やされながら空を飛ぶ。

 

 うん、考えてる場合じゃない。

 ただひたすら熱くて、痛い。

 

 たぶん、海に落としてくれるのは優しさなんだろう。

 

 聖闘士の技ってさ。

 代々受け継がれていくものかなって思ってたんだ。

 でも、違うんだな。

 あれは、個人の鍛錬によって編み出した技だったんだ、きっと。

 

 

 海からあがって、一息つきたい。

 なので、話しかけた。

 

「お、黄金聖闘士は、12宮を守るのが役目だと聞いたのですが……いいんですか?」

「聖戦が終わって30年ほど、次の聖戦は遠い未来ではあるが、次代の聖闘士育成は重要だからな」

 

 なるほど……。

 ん?

 聖戦が終わって30年ほど?

 

「せ、聖戦って……数百年に1度ぐらいで起こるんでしたっけ?」

「む、よく知っているな。200年から300年に1度と言われているが……特に決まってはいないらしい。ただ、聖戦が近づくと、自然に聖衣に認められる聖闘士の数が増えていくと言われている」

「ちなみに、今は聖闘士って、何人ぐらいいます?」

「前の聖戦で、多くの聖闘士たちが、戦いの中で小宇宙を燃やし尽くして消えていったのだ……少しずつ増えてはいるが、確か20人を超え……それでも30人はいなかったと思う」

 

 うわあ、空席だらけ……って、俺をぶっ飛ばしてた聖闘士が師匠を含めて5人ほどいるぞ。

 暇なのか?

 

「我々黄金聖闘士にしても、今は4人……そのうち2人は、新しく黄金聖闘士に選ばれた者だ」

 

 そう言って、シュルツが遠い目をした。

 

 そうか……生き残ってしまった立場か。

 聖戦前に、何人の黄金聖闘士がいたかは知らないが、生き延びたのは2人だけなのか。

 過酷な戦いだったんだろうな。

 

 あれ、30年前の聖戦を生き延びたシュルツって何歳なの?

 若く見えるんだけど。

 

 その疑問を口にしようと顔を上げたら、シュルツが優しい目で俺を見ていた。

 

「アル、もしかするとお前が生きている間に聖戦は起こらないかもしれない。だが、恐ろしいのはその気のゆるみだ。明日にも、聖戦が起こるかもと思って、日々鍛錬を積んでいけ……いいな」

 

 その言葉に、確かな重みを感じて、俺は頷いた。

 

 シュルツが微笑む。

 

「我々黄金聖闘士が聖地を離れることは滅多にないが、聖戦はなくとも、時折現れる邪悪と戦うために聖闘士は己を律して日々を過ごすべきだ」

 

 邪悪というと……あの、元神獣みたいな存在か。

 そうか、神話で語られる神々の戦いの勝者が、アテナとすると……うん。

 聖闘士候補としてはどうかと思うが、一括りに『邪悪』とは決めつけたくないな。

 

「ははは、悩むのもいい。だが今は鍛錬だ……いくぞ、自分と向き合い、小宇宙を感じ取れ!」

 

 え、まだ心の準備が……。

 

「ファイアブロウ!!」

 

 熱ぅい!

 痛ぁい!

 空が綺麗で、海も綺麗。

 母なる海が、俺のやけどを優しく癒してくれる。

 

 

 君は、小宇宙を感じたことがあるか?

 俺も、早く感じたい。

 




さあ、暴走の始まりだ。

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