人々はかつて、世界樹へ想いを馳せた。
圧倒的存在感と、その全容を決して見せようとしない幻想(ミステリアス)は、世界中から冒険者や、それを目当てとした商人共を引き寄せ、麓(ふもと)に大きな都市を築いた。それはまるで、世界樹が己の養分を集めているように見えたものもいただろう。
曰く、世界樹の頂上には空を漂う城がある。
曰く、世界樹の底には深海都市が眠っている。
曰く、世界樹には世界を滅ぼす巨人が封印されている。
曰く、曰く、曰く……
様々な伝説に彩られた世界樹は、果実に群がる蟻のように集まってくる冒険者を、すべからく受け入れた。名のある冒険者や腕に自信のある修験者、国の精鋭を集めた軍隊が、我こそは世界樹を解き明かす者と意気込み勇み、世界樹はその全てを飲み込んだ。世界樹に広がる迷宮は、夢や浪漫と同じだけの無慈悲な現実に満ちていたのだ。
ある腕自慢は、為す術なく巣食う魔物の糧となった。ある学者は、不用意に口へ運んだ果実によって帰らぬ人となった。ある国の一団は、注意深く進まなかったばかりに迷宮そのものに滅ぼされた。
それでも人々は、諦めなかった。地位ある者は、遠方から名のある冒険者を集めた。金のある者は、世界樹に眠る珍品と引き換えに冒険者の支援を行った。土地を持つ者は、世界樹から満身創痍で帰ってくる冒険者に心身を癒す場を提供した。また、冒険者も互いに力を合わせ、情報を交換し合った。自らの足で歩いた迷宮の形を地図に起こし、恥じらう乙女の布を1枚ずつ剥いでいくように、少しずつだが確実に、その姿を暴いていった。
やがて、とある冒険者達の手によって、世界樹はその全貌を晒すこととなる。ある日突然に現れたその一団は、先人達が幾年もかけて暴いていった迷宮の下層をあっという間に駆け抜けていった。人々の期待に答えるように、次々と世界樹の恥部を暴いてゆき、やがて頂上へとたどり着くのにそう時間はかからなかった。
彼らは英雄となり、酒場で語られるその殆どが彼らの冒険譚となった。吟遊詩人はそれを歌にし、それを聞いた子供たちはやがて大人となり世界樹を整備する衛兵となる。彼らの存在が伝説となり、書き下ろされた書物が書架の奥へと仕舞われ、埃が厚く積もった頃……
世界樹は、かつての輝きを失ってしまっていた。身体の隅々まで暴かれた美女に、布の奥に馳せる魅力はもうなかったのだ。
英雄が歩いた道は整備され、全てが記された地図は何万部も刷り直され、もはや世界樹は危険な場所ではなくなった。無慈悲と同じだけ満ち足りていた夢や浪漫といったものは、手を繋いで去っていってしまったのだ。
かつて冒険者達の活気で満ちていた酒場では今日も、薄汚れた冒険者が、日銭を稼ぐためにクエストボードを眺めている。先人が書いた地図を広げ、安全なルートを確認している。冒険者とは、もはや危険を犯す者達を指す言葉ではないのだ。
君たちは、この先を読んでもよいし、読まなくてもかまわない。これは、終わりと始まり、その間を埋める物語。かつての響いた音色。その反響音を拾い集める後日談(プロローグ)。