世界樹の迷宮 零階層「反響音の書架」   作:ゆん汰。

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とある酒場にて.1

 とある異形の名を冠する酒屋。古くから、ならずものや荒くれが集まる宴会場として、または様々な情報が集まる社交場として、その全ての役割を無理矢理に満たしている此処は、今日も非常に五月蝿(やかまし)かった。

 

 何がそんなに楽しいのか、豪快な笑い声をあげながら酒を煽る男。世界樹原産の珍しい品々を広げ、何故か泣いている青年。真新しい鎧に身を包み、新品の諸刃を磨きながら、酔っ払い相手に武勇伝を語る若造。料理を奢ってもらう代わりに冒険者へ情報を流す者や、もっと直接的に金を請求する輩らもいる。

 

 店を持つにはあまりに若すぎる亭主が、今日もそこかしこで巻き起こる喧嘩やトラブルに、顔を真っ青にさせてあたふたと動き回っている。厨房では、褐色の肌が健康的な老婆が、鋭い眼光で目の前の食材と向き合っていた。

 

 魔物よりよほど怖いと恐れられる老婆は、慣れた手つきで世界樹から卸された食材を捌いてゆく。冒険者の剣を弾き折ってきた魔物の殻は最初からくっついてなど無かったかのように剥がされ、あらわになった赤肉は、薄く油の張ったフライパンの中で子気味の良い音をたてる。骨の浮いた手でひとつまみの岩塩と、いくつかの果実を加えて、皿に盛り付けると、ウエイトレスの少女が手際よく運んでいき、「サァ食えボウケンシャー」と乱暴に机に置く。今日も酒場は通常運行だった。

 

 

「だーかーらー、この依頼がいいの!」

「ダメ。こっちの依頼が正しいの」

 

 酒場の奥に設置された依頼板(クエストボード)の前で、二人の少女が揉めていた。彼女らはボードに貼られた2つの依頼書を指さしながら、ずっとこの調子で言い合っている。

 

「狂乱の角鹿変異種の討伐依頼! ぜったいこれ! 角鹿だよ? しかも変異種なんだよ? これ以外を選ぶなんて有り得ないよ! これにしようもう決めたからね」

 

 赤い袴をたなびかせ、少女は手元の刀をカチャカチャと忙しなく揺らしながら、相棒につばを飛ばしている。長い黒髪を袴と同じ色の縄で後ろに結わえ、ルビー色の瞳はランランと輝いている。しかし、彼女の上半身は小さな膨らみを隠すためのサラシが巻かれているばかりで、あらわになった細腕やへそ周りは樹海の魔物どころか酒場を飛び回る羽虫からも守れないであろう出で立ちだ。変わった者がおおいこの酒場にあって、彼女は十分に浮いた存在だった。

 

 逆に、相方の少女は重厚な鎧に身を包み、身の丈程もある大盾を軽々と片手で持ち上げている。軽く身体を揺らすと、ガシャ、という硬質な音が響く。無造作に流れる金髪を鬱陶しそうにかきあげて、カシャカシャとうるさい相方の方を見やる。

 

「絶対にダメ。魔物討伐なんて今どき流行らない。こういうのは腕自慢の調子乗りか新手の自殺志願者に任せておけばいいの。それよりこっち、樹海ベリーの採取依頼。これなら安全なルートを通って、安全なルートで帰って来られる。報奨金も悪くないし、この依頼主は辺境とはいえ力のある貴族よ。コネを作っとくチャンスなの」

 

「なにそれ面白くない! 一昨日は樹海小麦、昨日は樹海魚、今日は樹海ベリー。採取ばっかり! 刀が腐っちゃう!!」

 

「無垢(むく)……あなた、その帰りに辞めろといったのに角鹿に斬りかかって混乱した挙句、私に斬りかかってきて湖に二人で落ちたの、もう忘れたの?」

 

「あはは、あれは傑作だったね。路々(ろろ)ったら鎧が重すぎて湖の底まで沈んでいくんだもん」

 

「死にかけたんだからね!? おかげで鎧も所々錆びちゃうし、かといって買い直すお金もない。だから、先人達が切り開いた、ありがたい道を通って安全に稼げる採取依頼を受けるべきなの、わかる?」

 

「うぅ、でも刀が血を求めて……」

 

「物騒なことを言わんでいい!」

 

 ガツン、と大きな音がなり、無垢が頭を押さえてうずくまる。「小手をつけた手で殴らないでっていつも言ってるのに……」と涙目で漏らす無垢。それを見計らったかのように、横から伸びてきた2つの手が依頼板に貼られた二枚の紙を持っていった。

 

 路々がしまった! という顔で後ろを振り返るが、憎らしい顔の冒険者達が、笑みを浮かべて依頼書を亭主のところへと持って行ってしまった。言うまでもなく、二人がどちらにすると揉めていた依頼だ。

 

「あぁ、今日のご飯が……」

「刀の錆が……」

 

 亭主からの説明もほどほどに、酒場から出ていく二組の冒険者達を、呆けた顔で見送った無垢と路々だったが、そんな二人を見て何かを思い出したように亭主の青年が近づいてくる。

 

「やぁ、道標の二人。どうしたんだいそんなに落ち込んで」

 

 亭主は先程までの慌てふためいた様相とはうってかわって、少し余裕のある口調で二人に話しかける。お互いに幼い頃から面識のある分、ほかの冒険者達より話しやすいのだろう。

 

「路々が臆病なせいで、楽しい依頼が逃げた」

「無垢が言うこと聞かないから、美味しい依頼を取られたの」

 

 睨み合う二人を眺めて、亭主は苦笑いをしながら「つまり、いつものやつね」と漏らす。彼は依頼板の前で崩れ落ちている二人に、ミルクを注いで差し出すと、懐から一枚の紙包を取り出す。

 

「そんな、道標の二人にグッドニュース。君たち宛の依頼が来てるんだよ。しかもとびっきりの良いやつが」

 

「凶悪な魔物の討伐依頼!?」

「馬鹿な金持ちからの簡単な依頼ッ!」

 

 ぱぁ、と表情を明るくした二人は、奪い取るように亭主の手から依頼書を受け取る。食い入るように依頼書を睨みつける二人に、やれやれと言った表情でため息をこぼすと

 

「いつものことだけど、詳しい内容はそこに座ってる依頼主から聞いてくれ。それじゃあ、頑張ってくれよな冒険者さま」

 

 いたずらっぽく笑う亭主の指先を追うように、視線を移した無垢と路々の表情が、次第に曇っていく。何度も間違いかと指先を辿ったが、その先に座っていたのは、この酒場では場違いな程に幼い、変わった服装の少年がホットミルクをちびちびと飲んでいたのだった。




名前_無垢(むく)
職業_ブシドー

「道」と呼ばれる、異国の剣術を修めた剣士。
攻撃は強烈無比だが、死を美徳とする精神性を持つため防御力に欠ける。

原作では、初代とその次作にて登場する。構えと呼ばれる独自のシステムを操り、状況に応じて構えを変えることで臨機応変に立ち回ることが出来る。即死攻撃や高い攻撃力を持つ反面、説明にもある通り防御力に欠けるため(しかも攻撃が飛んできやすい前衛での働きを余儀なくされるため)、非常に扱いが難しい初代ロマン職。


名前_路々(ろろ)
職業_パラディン

自らの身体を呈して仲間の盾となる聖騎士。
樹海での戦いに打ち勝つには、パラディンの守りは欠かすことが出来ない。

ブシドーと同じく初代とその次作にて登場する。いわゆる盾職であり、物理攻撃だけでなく、属性攻撃からも味方を護れる頼りがいの塊。ちなみに範囲回復技も使える。パラディンが落ちた瞬間、冒険者の顔は絶望に満ちていく。堅実な冒険者達のズッ友的存在。


君たちはこの物語の舞台をエトリアだと考えてもいいし、ハイ・ラガードだと思ってもかまわない。あるいは全く別の世界樹でも良い。作者はそこに細かいこだわりはないのだ。
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