「君らが、道標の二人組か……ずいぶんと頼りがいがありそうだ」
少年は、淡々とした口調でそう呟く。小さな円卓で向き合うように座りあった三人は、それぞれ注文した料理を口に運びながら、会話を進めている。頼りがいがあるという言葉に、無垢は脂で汚した口をにへら、と緩めたが、路々は無表情で依頼主である少年を睨みつける。
少年は自らをエコーと名乗り、料理は好きなだけ食べると良いと、二人に促す。無垢の元へ次々に運び込まれてくる肉料理を涼しい顔で眺めながら、依頼の話を進めてゆく彼の雰囲気は、よくて六歳程度であろうその風貌とは、あまりにミスマッチなものだった。遠い異国には、ブラニー族と言う幼い出で立ちの種族も居るというが、エコーはそうではない。幼い少年に老熟した魂が宿っているかのような、不思議な雰囲気を纏っている。
「つまり、私たちに護衛をして欲しいと」
路々は、樹海魚のムニエルを切り分けながら、依頼書とエコーの顔を交互に見やる。フォークに刺した切り身を隣の彼女に差し出すと、待ってましたとばかりに無垢がかぶりつく。その様子を顔色ひとつ変えずに眺めていたエコーは、「少し違うな」と、間を置いて話し出す。
「君らには、ある迷宮に挑戦して欲しい。まだ誰も踏み入ったことの無い前人未到の迷宮。世界樹に残された、最後の白紙……」
「そんなものは、もう無い。少なくとも、この世界樹に誰も踏み入れていない場所なんて」
「あるからこうして依頼を出している」
路々の言葉を遮るように、エコーは次の言葉を紡ぐ。その様子を、無垢は肉を運ぶ手を休め、彼の顔を眺めている。
「あるんだよ。いまだ誰も踏み入れていない、そして君らでないと入ることすら出来ない、そんな迷宮が。世界樹の迷宮、零階層がね」
「無いわ」
「地図を出してくれるかい。あぁ、そうそうこの辺だ」
路々が渋々と取り出した地図を広げ、握りこぶしで掴んだ鉛筆でグルグルとある一箇所を塗り潰す。路々が声にならない悲鳴をあげる。世界樹の地図は、簡単に買い直せるほど安いものでは無い。
「その迷宮は、まだ誰も入ったことがないのか!?」
「そうだとも。地図も、君たちの手で書いてもらうこととなる」
「凶暴な魔物も沢山か!?」
「さぁ、なにせ誰も入ったことがない。だがその覚悟はしておくべきだろう」
「そうか、危険な魔物たくさんか……路々、この依頼が気に入ったぞ!」
目を爛々に輝かせる相棒にため息をこぼして、路々は冷たい表情でとても偉そうな少年に、依頼書を突き返す。エコーは、動じずにホットミルクを口に運ぶと、彼女の言葉を促すようにじっと顔を見つめる。
「馬鹿らしい。子供の妄想に付き合ってあげるほど、私たちは暇じゃないの」
「さっき食い扶持をとられて呆けていたように見えたが、あれは演技かい? だとしたら大したものだパラディンより役者の方が売れる」
「……帰るよ無垢!!」
「待ちたまえよ」
蹴るように席を立ち、無垢の手を引いて去ろうとする路々を、エコーの凛とした声が制止する。まるで、この空間で存在するのは三人だけだというように、外の喧騒と薄膜で切り離されたような錯覚に陥るような静寂が満ちた時、エコーが再び口を開いた。
「ボクの依頼は、君ら二人にこの零階層を踏破してもらうというものだ。相方は乗り気のようだが、君はそんなものは存在しないという」
「その場所は知ってる。依頼で何度も通ったけれど、そんなものは無かった」
「じゃあこうしよう。もしも零階層の入口がそこに無かったのなら、それでボクからの依頼は終了だ。もちろん報酬は同じだけ出す。これは、君の言う簡単で美味しい仕事なのでは?」
無表情に、淡々と告げるエコーの言葉に、路々は思わず言葉を詰まらせる。代わりに無垢が目を輝かせて依頼書をぶんどると、
「ギルド、蒼天ノ道標はこの依頼を正式に受理します!」
そう声高らかと言い放った。
苦虫を噛み潰したような表情で固まる相方の少女と、無表情のままホットミルクを啜る少年。そして今にも弾けそうな笑顔で刀をカチャカチャと鳴らす少女。少し離れたところで、大丈夫かと苦笑する亭主と、いつの間にか帰ってきた喧騒が路々の小さな愚痴を飲み込んでいった。