深海棲艦との戦争が終わって早数年。

 元『電』は今は閉鎖された鎮守府へと足を踏み入れた。

 三年前に書いた作品です。初めて書いた艦これ短編なのです。

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貴女の傍で 貴女と共に

 ある日の夕暮れ時、一人の女性が煉瓦造りの門の前に立っている。

 

 その女性は、意志を感じさせない虚ろな金色の目をして髪をアップヘアーにして束ねている。

 

 女性は門に書いてある張り紙を見つめる。

 

 張り紙に書かれた文字は立ち入り禁止。

 

 門の奥には門と同じ様な煉瓦造りの大きな建物がある。

 

 女性は門の奥にあるその建物を見つめる。

 

 すると、女性の胸から締め付けられる様な痛みを感じた。

 

「司令官さん…」

 

 その言葉を女性は寂しげに呟くと胸の痛みが更に強くなる。

 

 女性は胸に手を置き、瞳を静かに閉じる。

 

 優しかった過去の記憶を思い出すかの様に―――

 

 

 

 

 それは桜が舞う春の季節の事だった。

 

「ここが、僕達の鎮守府…」

 

 隣にいる第二種軍装に身を包んだ白髪の男がつぶやく。

 

 男はまだ18歳の少年だった。

 

 彼は士官学校にて優秀な成績を収め、最年少で艦娘達を率いる存在『提督』となったとされる人物だ。

 

「はい。ここが電達の鎮守府なのです」

 

 少年の隣にいる幼い容姿の少女が少年にどこか不安げに言う。

 

 少年は相変わらず門にたって鎮守府を見つめている。

 

 見つめたまま、何もしない少年に少女は怖ず怖ずと声をかける。

 

「あの…何かありましたか?」

 

 その言葉に飛びかけていた意識が戻ったのか、少年はハッ!!とした様な表情になった。

 

 そして、少しだけ顔を赤くして、口許を制帽で恥ずかしそうに隠す。

 

 その行為が少女にはとても可愛らしく感じられた。

 

「ここから、新たな人生が始まると思うと、不安ですけど嬉しく感じてしまいまして」

「新たな人生…ですか?」

 

 少女は少年の『新たな人生』と言う言葉が引っかかった。

 

 少年からすれば『新たな人生』と言う言葉は思わず出てしまった物なので、どう弁明しようか考えたが、大人しく理由を言おうと思った。

 

 これからは彼女や多くの仲間と共に過ごすのだ。

 

 だから、いつか話してしまう内容なら今話して荷を軽くしようと思ったのだ。

 

「僕は孤児院から来た人間です。孤児院内で職員から暴力を受けましたし、年上の子からも奴隷の様に扱われていた事もありました。僕は弱者のグループのリーダーでした。そして、皆で決意しました。こんな所から早く出てやると。そして、僕は提督になったんです。暴力と圧政の蔓延るあの場所からやっと抜け出して、僅かな自由を得ることが出来たのです。だから、ここからは『新たな人生』と言うわけです」

 

 少年は朗らかな笑みを少女に向ける。

 

 少女は聞くべきでないことを聞いてしまったと後悔し俯いてしまった。

 

 少年は苦笑いを浮かべて少女の頭に手を乗せると優しく頭を撫であげた。

 

「落ち込まないでくださいよ…。僕が勝手に言ったことなんですから」

「でも…でも…余計な事を聞いてしまったのです」

 

 優しく撫でていた少年の手が突如乱暴な撫で方に変わった。

 

 少女はその事に小さく飛び跳ねて驚く。

 

 その少女の反応に、少年は嬉しそうに笑みをこぼす。

 

「や、止めてください。髪が乱れてしまうのです」

「髪なら後で僕が整えてあげますよ。だから、そう落ち込まないでください」

 

 少年は屈んで、少女と目線の高さと同じにして見つめ合う。

 

 少年の瞳に映るのは少女の可愛らしい顔のみ。

 少女の瞳に映るのは少年の端正な顔立ちのみだ。

 

 少年は、一呼吸をしてから少女に言う。

 これから言うことをはっきりと聞いて欲しいから。

 

「今から、僕の『新たな人生』が始まります。僕はまだ右も左もわからないひよっこです。貴女の助けが無ければしっかり前を歩ける気がしません。だから、電、貴女がよければ僕の傍で支えてくれませんか?」

 

 少女、いや電は少年の真っ直ぐな言葉に返事を詰まらせた。

 自分なんかでいいのかと。

 自分なんかがこの人を支えられるのかと。

 電は顔を伏せて、少年から視線を外してしまった。

 

 少年の顔が不安げに歪む。

 気軽に自分の事など話すべきでなかったと。

 

 だが、後悔してももう遅い。

 過去は変えられないのだから。

 

「すみません。やっぱりこの事は忘れてくだ―――」

 

 少年は謝罪の言葉をかけ、この事を忘れる様に言おうとしたが、電は顔を上げた。

 

 その瞳には、力強い決心が秘められていて、少年はその瞳から視線を離すことが出来なくなった。

 

「や、やらせてください!電に司令官さんの新しい始まりを、『新しい人生』を幸せに過ごすためのお手伝いをさせてください!!」

 

 力強い電の言葉に、少年は驚かされた。

 

 この鎮守府につく前に彼と電と少しだけ会話をしたが、その時に抱いた電のイメージは『おどおどした年相応の女の子』だったからだ。

 

 だから、さっきの言葉の返事は出ないと思っていた。

 

 だから、電が放った言葉は、少年の中にある電のイメージを崩すのには十分であった。

 

 少年は、嬉しそうに、どこか幸せそうに電に微笑みかける。

 

「ありがとうございます。では、これからよろしくお願いしますね電」

「はいなのです!一緒にがんばりましょう!」

 

 二人は手を繋ぎ、門を開けて、桜が舞う鎮守府へと入っていった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性は―――否、かつて艦娘『電』であった人物はここまで思い出して瞳をあける。

 

 目の前にあるのは苔と垂だらけの古くさい鉄の門。

 

 電は、その門に右手を触れる。

 

 電の手に残る感触は鉄の冷たくひんやりとした感覚では無く、苔の湿った感覚。

 

 そのまま門を押してみるがびくともしない。

 

 電はポケットから鍵を取り出し、門の錠前に鍵を差し込み、捻る。

 

 錠前はガチャリと音をたて、その役目を放棄した。

 

 電は一呼吸ついてから、かつて自分が所属していた鎮守府へと入っていった。

 

 鎮守府は大分廃れてしまっていた。

 

 様々な花が咲き乱れていた正門前の噴水広場は枯れ草とひび割ればかりで水を放出するのをやめた噴水があるだけ。

 

 遊ぶ艦娘達の足跡が残っていた芝生も今は乾燥してひび割れた地面があるだけだ。

 

 電は昔を思い出せる物を探す。

 

 だが、電の瞳に映るのは変わり果て、すっかり廃墟のように廃れきった鎮守府の外見だった。

 

 それもその筈、この鎮守府は長年放棄されていた。

 

 誰にも手入れをされることも無くずっとこのままで放棄されていたのだ。

 

 この世界の戦争は終結した。

 

 人類と艦娘達の勝利で幕を閉じた。

 

 そして、いくつかの増設された鎮守府は解体され公営・民間施設となった所も存在するが、この鎮守府のように放置された所も数多く存在する。

 

 せめて、ここが残っていることを喜ぶべきだろうか?

 

 電はぼんやりとした思考の中そう思ったが、自分で納得が出来ずその思いを否定した。

 

「何で…どうしてですか…」

 

 迷子の様に寂しげに電は一人いう。

 

 ここには自分達が確かにいたのだ。

 

 なのに今の鎮守府には自分達のいた形跡など殆ど無くなってしまっていた。

 

 そこにかつての様な活気を思い出させるような物はなかった。

 

 

 力無い歩みで電は鎮守府正面玄関の扉に手をかける。

 

 鍵はかかってないのか、ギギギと軋んだ音を立てて扉が開く。

 

 扉を開けるた先にあった光景に電は驚きの表情を浮かべる。

 

 その中は電が想像していたようなぼろぼろで埃まみれな光景で無かった。

 

 お世辞にも綺麗とは言えないが、汚いとも言い切れない。

 

 誰かが前に手入れをしたような、そう思わせる景色だった。

 

「誰か…いるのですか?」

 

 僅かばかりの期待を込めて、声を発する。

 

 だが、帰ってきたのは木霊する自分の声だけだった。

 

 もしかしたら―――

 

 そこまで、考えて電は頭を振って考えを振り払う。

 

 そんな筈はない。

 

 そんなはずなど…無いはずなのだから―――

 

 

 

 鎮守府内の散策をしているととある部屋の前で足を止めた。

 

 その部屋の扉をみると、電の胸が僅かに高鳴った。

 

 当時のことは身体が覚えているうだ。

 

 電の胸の高鳴りは止まることは無くどんどん鼓動が強くなっていった。

 

 ドクン、ドクンと強く脈打つ。

 

 その鼓動を意識して、電の顔は赤く紅く染まっていく。

 

 僅かに震え始めた手を何とか動かし、ドアノブを握り捻る。

 

「し、失礼します…」

 

 緊張で震える声で部屋の中に入っていく。

 

『おはようございます。今日も秘書艦の務め、お願いしますね』

 

 机の方から、電が大好きな、優しい声が聞こえた気がした。

 

「はい!今日も一緒に頑張るのです!」

 

 元気一杯の笑顔を机の方に向けて電は言うが、机には誰にも座っていない。

 

「あっ…」

 

 電はその事に気がつくと、その顔に浮かべた笑みが失われ、寂寥感が電を襲う。

 

「司令官さん…」

 

 またぼんやりとその言葉を電は呟いた。

 

 電が入っていった部屋、それは電と彼女の司令官が長い時を過ごした場所である執務室だった。

 

 弱々しい歩みで電は机に向かう。

 

 毎日のようにあった山積みの書類は今はなく、あるのは机の上に覆い被さった埃だけであった。

 

 電は机の上の埃など気にも留めず、机に優しく触れる。

 

 そこにあった温もりを思い出すかのように。

 

 そこにあった思い出を感じ取るために。

 

 だが、そこにあるのは冷たい机の感覚のみであった。

 

 この机には、なにもない。

 

 そう悟った電は机から離れて、窓へと向かった。

 

 窓からは砂浜と海が見える。

 

 かつて沢山の仲間と共に戦ったあの海が、沢山の友と共に遊んだあの砂浜が執務室の窓から見えた。

 

 電は静かに目を瞑り過去の記憶の中へと潜っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、海の冷たさが優しく身を包む夏の季節の事だった。

 

 

「司令官見て!花火よ!」

「ハラショー。こいつは綺麗だ」

「全く皆子供ね。花火なんかではしゃいじゃって」

 

 興奮して窓から身を乗り出す雷と響を子供だと言った暁も別の窓から身を乗り出しその純真な瞳を輝かせて花火を眺めている。

 

 その光景を嬉しそうに微笑みながら少年は眺めている。

 

 電は少年の横で、興奮しながら花火を眺めている。

 

 この鎮守府からは近くで行われている花火大会の花火が見れた。

 

 ある者は始めてみる花火にはしゃぎ回り、ある者は花火を照明弾だといって夜戦夜戦と騒ぎまくって怒られたり、あるものは花火を肴に紅茶や酒を飲んでいる。

 

 現在執務室にいる暁達姉妹と少年は初めて花火をみる者達だった。

 

「綺麗なのです!」

 

 電は初めての花火に興奮のあまり大声で感想を述べる。

 

「本当に…綺麗な物ですね」

 

 少年は暁達と違って静かに感想を述べる。

 

 冷静な言葉に聞こえるが、少年と共に長くを過ごしていた電は、少年の興奮を感じ取っていた。

 

「司令官さんも花火が見れて、とてもうれしそうなのです」

「あれま。興奮しすぎてはいけないと思っていたのですが、ばれてしまいましたか」

 

 少年は片目を閉じて、悪戯っぽく舌を出す。

 

 電は少年と共に過ごして、少年が以外とお茶目な人であることを知っていた。

 

 時折、どこか大人びたこの少年が見せる少年らしい表情が、電は大好きだった。

 

「花火が見れるなんて思ってもいませんでした」

「ふっふん。それは暁達のおかげよ!!」

 

 暁が平べったい胸を反らして自慢する。

 

「ええ。皆のおかげです」

 

 暁の力強い言葉に少年は暁に笑みを向ける。

 

 暁は少年が向けた屈託のない笑みに耐えきれずそっぽを向いて、小さく「当然よ…」と呟いた。

 

「確かに私達の活躍もあるけど」

「何より司令官のおかげよ!」

 

 響と雷はこの花火は自分のおかげだという。

 

「僕のですか?」

 

 少年は二人の言葉を首を傾げて受け止める。

 

 少年は自分のおかげだという意識など微塵も無かった。

 

 自分はただ与えられた仕事をこなし、彼女たちの快適な生活を保障する位しか出来てないと思っていた。

 

 なので、この花火は艦娘達の活躍の成果の証であると思っていた。

 した。

 

 だから、予想外だった。

 

 彼女たちが自分を褒めたことに。

 

「そうなのです。司令官さんがしっかりとした作戦を考えて、制海権を維持出来ているおかげでこの花火が見れるのです」

 

 電は少年がいつも皆に向けるような屈託のない笑みを浮かべる。

 

 少年は彼女の言葉に口元が緩みそうになるが、納得仕切れてないため制帽で口元を隠し、僅かばかり目を逸らした。

 

「そんな…。僕は貴女達のように戦地に直接赴いた事なんてありません。だから、僕の立案する作戦なんて机上の空論のような物ですよ…」

「そんなこと無いわよ。暁達は司令官のおかげでこうして今ここにいるんだもの」

「だから、司令官はもっと自信を持つべきさ」

「司令官は私達の自慢の司令官よ!演習先の子にも羨ましがられるくらいよ!」

「司令官さんはいつも頑張っています。だから、この花火は司令官さんのおかげなのです!」

 

 少年は知らなかった。

 

 彼女たちがここまで自分を高く評価してくれてたなんて。

 

 皆がこんなに自分の事を認めてくれていたなんて。

 

 少年はこんなにも多くの人に認められたら事は無かった。

 

「皆…」

 

 だから、感極まって少年は涙を流しそうになるが、制帽で目許を覆う事でごまかした。

 

 だが、涙で上擦った声だけは制帽を抜けて四人の耳朶に響きわたった。

 

 四人は何も言わず、ただ誰にも悟られないように涙を流して、自分達の言葉を受け止めてくれた心優しい少年を笑顔で見守った。

 

 花火はまだ打ち上がっているが、四人は花火の音などもはや聞こえなかった。

 

 少年が静かに零すありがとうと言う声が何より彼女たちの耳に響いていたからだ。

 

 少年が泣き止むと、制帽を被り直し赤くなった目を四人に向ける。

 

「ありがとうございます。来年も、いや、この先も皆で花火が見れるように頑張りましょう!」

「「「「はい(なのです)!!!!」」」」

 

 四人は少年の声に大きな声で賛成の意を示した。

 

「ありがとうございます」

 

 少年は皆の言葉に輝かしい笑顔を四人に向けた。

 

 少年が言葉を述べた所で、窓から聞こえる爆発音が大きくなった。

 

 どうやら、花火も最終局面を迎えたらしい。

 

 バン、バンバンと次々に打ちあがっている。

 

「どうやら最終局面のようですね」

「司令官もそこで見ていないで一緒に見ましょ?」

「そう。私達の努力の結晶を共に見よう」

「ほら、早くしないと終わっちゃうわ!」

「皆でみるのです」

「はい!一緒に見ましょう!」

 

 四人は少年の手を引き開け放たれた一つの窓から一緒に花火を最後まで観覧した。

 

 

 

 

 

 瞼を上げた電に映るものは、皆で見たあの花火などでは無く、埃を被った執務室の窓。

 

 その事を意識した電は、それでも窓を見つめ続ける。

 

 だが、いつまでも見つめても窓の景色は変わらない。

 埃のせいで掠れた外の景色が映るだけ。

 

 それ以外にも変わってしまった物があることを電はわかってしまった。

 

 それは、窓に映る幼かった自分の容姿が大人となってしまったこと。

 その分、時間が過ぎ去ってしまった事。

 

 電は窓に映る自分の瞳が悲しみで歪んでしまいそうな事を察知して、逃げるように執務室であった埃だらけの部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 執務室から飛び出した電が、虚ろ虚ろ向かっていたのはまた別の部屋。

 

 その部屋は愛しかった人物が住居としていた部屋。

 

 執務室に入ったときの様に電の胸が高鳴る。

 

 だが、その高鳴りは執務室に入る前より幾分か弱かった。

 電は高鳴りが弱くなった理由がわからない振りをしたが、本当はわかっていた。

 

 その考えを電は自分で否定し、部屋のドアノブを回す。

 

 だが、この部屋には鍵が掛かっているらしく鍵が開かない。

 

 電はこの部屋の鍵を持っていない。

 電にこのドアを開ける手段は無いと思われるが、本当は無いわけではない。

 

 艦娘は終戦を迎え次第、解体という艤装を展開できなくする為のプロセスを迎え、人と同じになる。

 

 だが、解体されてもその人間を凌駕する身体能力まで失われるわけではない。

 普段は人間と同じ身体能力に抑えられているが、必要なときにまたその高い身体能力を発揮することが可能なのだ。

 

「邪魔…しないでください!」

 

 僅かばかり怒りを秘めた声を電は発する。

 

 ドアノブが解体艦娘の身体能力により、メキメキと音を立ててひしゃげる。

 そしてそのまま強く扉を引く。

 扉はバギンと音を立てて開いてしまった。

 

 電は心ここにあらずと言った様子で部屋の中に入っていく。

 

 この部屋は電の司令官の私室であった。

 

 電は力無く部屋の中を見回す。

 

 部屋の中は今まで見た中で一番埃だらけであった。

 

「どこにいるんですか…?」

 

 弱々しい声で電は呟き、少年が寝室として使っていた和室の中に入る。

 

 その部屋の中も埃だらけでボロボロの有様で、かつて人が住んでいたなんて信じられない有様であった。

 

 その部屋で、電は座り込み静かに瞳を閉じて過去の時間へと旅立っていくーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは楓が紅く染まる秋の季節の事であった。

 

 少年の身体は弱かった。

 

 冬場は病気になりやすく、季節の変わり目となると必ず体調を崩す。

 

 それは少年と一年以上共に過ごしてわかったことだ。

 

 暫くの執務を艦娘達に任せ、少年は一人寝込んでいた。

 

 苦しそうに咳をし、辛そうにしながら何か栄養をとらなければと思い立ち上がろうとするが上手く立ち上がれず、結局布団に背筋をつけてしまう羽目となる。

 

 先ほどから何度も立ち上がろうとするが、力が入らず立ち上がれない。

 

「は…や…く…」

 

 早くこいつをどうにかしなければ。

 

 そう思っても身体が言うことを聞かない。

 

 このままだといつまでたっても変わらない。

 

 そう思った少年は、床を這って台所に向かう。

 

 少しずつ少しずつ、確かに前に進む。

 

 だが、冷蔵庫につく寸前に強い頭痛が少年を蝕む。

 

 あまりの頭痛に景色が霞み全身の力が抜け落ちてしまった。

 

 このままじゃ駄目なのに! 

 

 自分を鼓舞して無理矢理冷蔵庫に手を伸ばすが段々と力が抜けまた床についてしまいそうになる。

 

 もう…無理かもしれない…

 

 少年がそう感じて瞳を閉じかけたその瞬間、救いの存在が現れた。

 

「司令官さん、大丈夫ーーーはわわわ!どうしました!?」

 

 看病に来た電が、冷蔵庫に手を伸ばして倒れている少年を見つけたのだ。

 

 少年は、電の姿を認めると安らかな笑みを浮かべ、深い闇の世界に堕ちていったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 電は突然倒れた少年を急いで布団に乗せて、お粥を作った。

 

 電は少年が倒れるといつも看病をしている。

 

 少年は卵粥が好きなのだ。

 

 卵は少年が目覚めてから入れることにし粥が入った鍋の火を止め、少年が眠る布団の傍に座る。

 

 少年の容態はいつもの時よりも悪かった。

 

 いつもなら自分の食事を作る位の体力は残っていて、電が看病にくると自分の食事を作っており、電が寝るように少年に説くのがいつものお決まりのようなパターンであった。

 

 だが、今回は違った。

 

 今回は、立ち上がる力もなく何とか這って冷蔵庫まで向かっていた。

 

 それに、眠る少年の顔色もいつもより悪い。

 

 それにうなされているのか苦しそうに息をして、大量の汗を流している。

 

 少年の寝間着は汗塗れとなっていた。

 

 このままでは、寝苦しいだろうと思った電は少年の身体を拭き、着替えさせて上げようと思った。

 

 いつもは少年が恥ずかしがって自分で着替えてしまうが、今回ばかりは許して貰おう。

 

 そう思って、ぬるま湯に浸したタオルを用意して、少年の服を脱がせにかかった。

 

「えっ…」

 

 だが、服の下に隠された少年の身体に電は驚かされる羽目となる。

 

 少年の寝間着に隠されたその身体は、様々な古傷だらけであった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん…」

 

 少年は目を覚ました。

 

 幾分か容態も落ち着き、ある程度は普段通りの事が出来るようになったと感じた。

 

 傍らには看病に来た電がいた。

 

 だが、電は少年が目覚めたことを確認すると突然震え始め顔を青くした。

 

「あの…ごめんなさい」

 

 少年が起きあがると、電は突然少年に頭を下げた。

 

 少年はその事を疑問に思ったが、服が肌に張り付く気持ち悪い感触が無いことに気がついた。

 

 そこで少年は理解した。

 

 ああ、みられてしまった

 

 と。

 

 

「見てしまったのですね?」

「ご、ごめんなさい」

 

 少年の声色からは怒りを感じなかった。

 

 だが電は少年が肌を見せたがらなかった理由がわかってしまった負い目からか、条件反射的に謝ってしまった。

 

「謝らないでください。僕に気を使ってくれたのでしょう?」

「でも…」

 

 少年の許しの言葉に電は戸惑ってしまう。

 

 悪意が無かったとは言え、自分は少年の入ってはいけない心の領域を垣間見てしまったのだ。

 

 自分では気づかないうちに少年の身体を見てみたいと言う想いもあったのかもしれなない。

 

 電は少年と共に過ごしていくうちに少年に恋い焦がれていた。

 

 少年の屈託のない笑みにーーーー

 少年の凛々しさにーーーー

 少年の優しき想いにーーーー

 

 少年の全てに恋い焦がれていた。

 

 だから、自分でも無意識なうちに少年の事を知りたいと思い、少年の服を脱がせる事に対する罪の意識を感じなくさせたのかも知れない。

 

 その事に電は嫌悪を感じていた。

 

「ごめんなさい…」

 

 少年は困ったような笑みを浮かべた後、キッと強く電を睨みつける。

 

 電は突然少年に睨みつけられ、少年から飛び退こうとする。

 

 だが、電の体は思うように動かず少年の傍から離れられない。

 

 少年は電を睨みつけたまま右腕を振り上げる。

 

「はわわわ…」

 

 思わず声が漏れる。

 

 逃げなきゃ。

 このままだといけない。

 

 電の本能がそうささやく。

 

 だが、その声とは別の声が電に囁く

 

 逃げるな。

 これはお前に対する罰だ。

 

 もう一つの声はこの状況を向き合えと囁くのだ。

 

 電の中で二つの思いがせめぎ合う中少年の腕が電に振り下ろされる。

 

 電はこれから来るであろう衝撃に耐えるため、堅く堅く目を閉じた。

 

 ――――が、

 

 電が受けた衝撃は、

 

 ぽんっ

 

 と優しく頭に手を置く感覚だけであった。

 

「ありがとうございます」

 

 電か少しずつ瞼を上げると、少年はいつもの様な屈託の無い笑みを笑みを電に向けていた。

 

 ぶたれると思っていた電の瞳は涙で潤んでいた。

 そして、涙が出そうになって少年に飛びついた。

 

 少年は、電を優しく受け止めて頭を撫でながら背中を優しくさすった。

 

「折角ですし、昔話でも聞いてみませんか?」

 

 少年は僅かに震える声で電に聞く。

 

 電も体を震わせながら静かに頷く。

 

「誰にも言わないでくださいね?」

 

 そう断ってから、少年は寂しそうな笑みを浮かべながら話し始めた。

 

 少年の体の傷、それは様々な要因でつけられた物だった。

 

 一つは少年が孤児院に入る前に、母親によって傷つけられた物らしい。

 

 母親は、少年の父親が亡くなってから気性が荒くなってしまったらしい。

 母親は父親の面影が残る少年の事を受け入れられなくなり、毎日のように少年を傷つけたらしい。

 それでも長年たったある日、少年の母親は急死し、少年は天涯孤独となり孤児院にいれられた。

 

 そこでも暴力を受けたが、母親の暴力の方がよっぽど痛かったらしい。

 

 少年は孤児院を飛び出し、士官学校に入学し、破竹の勢いで立派な成績を修めた。

 

 その事が、軍の研究機関の目に留まったらしい。

 少年は強靱な肉体と精神を認められ、ある研究の被験者になって欲しいと言われ、少年は二つ返事で了承した。

 

 その研究とは、艦娘の様に男性も深海棲艦と戦えるようにするための研究で、被験者は少年を含めたったの十人しかいなかったらしい。

 少年達は研究員に大した説明を受けずに謎の薬品を無理矢理投薬された。

 

 そこから、少年は許容量を越えた激痛に何日間も苛まれたらしい。

 

 少年は、激痛に喘ぎ、苦しみ、あまりの痛みに体を掻き毟って血を流し続けた。

 

 自分の目の前では他の被験者が狂気に満ちた咆哮を上げた。

 

 ある物は目の前で殺され、ある物は耐えきれず自害した。

 

 残ったのは少年だけだった。

 

 そんな中でも少年は耐え続けた。

 

 耐えて耐えて耐えて―――

 ただ、ただ、耐え続けた。

 

 自らの未来をつかみ取るために。

 

 耐えて耐えて耐えた結果、

 少年の痛みが収まった。

 

 痛みから解放されると少年は気を失った。

 

 少年が命をかけて遂行された研究の結果は『失敗』とされた。

 

 とある適性の高い者でも耐えられたのは少年だけだった。

 

 それに見過ごせない副作用が出た。

 

 免疫機能・抗体能力が下がり、身体能力にも影響が出た為、深海棲艦を倒すことなど夢のまた夢だった。

 

 少年の白髪もその研究の結果、そうなってしまったと語る。

 

 少年は丈夫で病気などにかからないくらいに強靱な体だった。

 

 だが、少年は『無意味な犠牲者』の一人とされ、弱い体となってしまった。

 

 その実験は、非公式の物であり、認可されたものでなかった。

 その事を被験者は説明されてなかった。

 

 軍の上層部は生き残った少年と交渉した。

 

 何でも叶える。

 だから、この事だけは公表しないでくれ。

 

 そう言って、土下座までされたらしい。

 

 少年が出した答えは、

 

「自分は艦娘達を指揮し、平和へと導く手伝いをするために、士官学校に来ました。だから、僕を今すぐ彼女達の指揮官にさせてください」

 

 上層部は少年の答えを受け止め、可能な限り優遇する形で少年を提督にした。

 

 

 

 

 

 

「これが、僕の傷の理由…ですかね」

 

 少年は相変わらず寂しそうに語った。

 

 電は罪悪感に襲われ、話す前より震えが大きくなっている。

 

 どうして…。

 どうして、司令官さんはここまで悲しい道を歩んでるの?

 

 電は、少年に代わって世界の理不尽さを怨んでいた。

 

 だけど、それ以上にーーー

 

 彼女は自分が許せなかった。

 

 この話しをさせる要因を作ってしまったことに。

 この話しを話させてしまった自分に。

 

 謝っても許されないだろう。

 

 だが、それでも彼女の口はこの言葉を紡ぐ。

 

「あ、あの…ごめ――」

 

 そこまで言い掛けたところで電の唇に少年の人差し指が触れた。

 

「その言葉を紡ぐ必要はありません。

 これは私が勝手に言ったこと。貴女が気に病む必要などありません」

「ですけど…」

「それでも罰が欲しいなら、明日、お望み通り罰を与えます。だから、明日またこの部屋に来てください」

 

 少年の言葉に電は静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「電、貴女に罰を言い渡します」

 

 次の日、電は少年の言いつけ通り少年の部屋に来た。

 

 どんな罰でも受けるつもりだった。

 

 だから、少年の瞳をジッと見つめて少年の判決を待った。

 

「電、貴女は―――」

 

 電は生唾を飲み込む。

 

 そして、自らの裁定を待った。

 

「電、貴女はこれから先、何が何でも僕と一緒に居て貰います。貴女は僕の隣で、僕と共に歩んで貰います」

「…えっ?」

 

 どういう意味だろう?

 電には少年が言う言葉の意味が全くわからなかった。

 

 だって、少年が言った言葉は―――

 

「聞こえませんでしたか?貴女はこれから先、いえ、これからずっと僕と一緒にこの人生を歩むんです」

 

 少年は気恥ずかしそうに言うと、ポケットから小さな箱を取り出し、電に差し出すように中身を見せる。

 

「はわわわ!それってもしかしてーーー」

 

 少年が電に見せたのは指輪だ。

 

 その指輪はこの鎮守府の誰もが憧れるケッコンカッコカリの指輪。

 最高練度に達し、司令官と深く心を通わせた艦娘だけがつける事を許される、二人の絆の結晶。

 

 自らも憧れていたその指輪が目の前にあるのだ。

 

 電は、色々な感情が高まり顔を真っ赤に染め上げた。

 

 慌てて少年の顔をみると、少年の顔も電に負けないくらい真っ赤になっていた。

 そんな真っ赤な顔で少年は電に微笑みかける。

 

「電、僕は貴女が好きです。貴女の頑張る姿、貴女の可愛らしさ、貴女の笑顔、貴女の―――いや、言葉で表せられないくらいに貴女が大好きです。電、貴女を愛しています」

 

 少年の愛の告白に電の顔は湯気が出そうな位真っ赤になる。

 

 電は目の前の現実についていけず、オロオロと少年を見つめている。

 

「こんな形で貴女に想いを押しつけるのは良くないことくらいわかってます。ですが、これは弱虫な僕に与えられたチャンス。引き金がどうであれ貴女にこの想いを伝えたかった」

 

 貴女の返事を聞かせてください。

 

 少年は優しく電に促す。

 

 電は感情の処理が追いつかず涙を流していた。

 

「じれいがんざん!ごんなのずるいのでず!」

「ごめんなさい。迷惑でしたか…それならばこの話はーーー」

「まっで!!」

 

 少年がこの話を流そうとしてきたので慌てて引き留める。

 

 少年は困ったような笑みを浮かべて電を見つめている。

 

 電は何とか涙を袖で拭い、涙を無理矢理止める。

 自分の想いを伝えるために。

 

「私も司令官さんの事が大好きなのです。司令官さんのその優しさが、柔らかい笑顔がーーーそれこそ言葉で表すことなんか出来ないくらいに司令官さんの事が大好きで、愛してます」

 

 少年は真剣な顔つきで、電を見つめる。

 

 電も少年から目を逸らさずに見つめ続ける。

 

「電、愛しい貴女にこの指輪を受け取って欲しい。だから、受け取ってくれませんか」

 

 どこか不安げに言葉を紡ぐ少年に、電は輝かしい笑顔を少年に向ける。

 

「はい、なのです!電を司令官さんのお嫁さんにしてください!!」

 

 少年は屈託の無い笑みを浮かべて電の左手を優しく掬い上げ、左手薬指に指輪を嵌め、電の可憐な唇に自らの唇を重ねた。

 

 ゆっくりと、二人が離れていくと、二人はどこからともなく笑顔を浮かべ合った。

 

「これからもよろしくお願いします電」

「はい。これから先もずっと、なのです!」

「本当の結婚指輪は、電が二十歳になったら何が何でもお渡しします」

「はい!楽しみにしています!」

 

 二人は幸福な笑みを浮かべ合い、どちらともなくまた唇を重ねた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電はまた目の前の現実に戻る

 

 目の前にあるのは、病気で寝込む少年の姿では無く、傷んだ畳と黒く染まった襖だけ。

 

「どうして…」

 

 少年と共に過ごした面影が無くなったその部屋を電は涙をこらえながら退室していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 零れそうになる涙を押さえつけながら電が向かった場所は埠頭であった。

 

 少年はここで出撃する電達を見送ったり、出撃から帰って来た電を迎えに来たりした。

 その事も重要だが、それ以上に少年はここから見える夕日が好きだった。

 

 水平線に沈んで行く夕日をここから眺めるのが大好きだった。

 

 電はその少年の隣に座り、少年に体を預けて共に夕日を見守るのが好きだった。

 

 その時を思い出す様にかつて自分が、自分と愛しい人が座っていた場所に電は座る。

 

 そして、昔の様に隣に体を預けようとするが、何の感触も無い。

 その事に電は堪えていた涙をこぼしてしまった。

 

「どうして―――」

 

 この鎮守府を散々周った。

 だけど、そこにあったのは全て過去の残滓だけだった。

 

「どうして貴方は―――」

 

 電は今日である約束の日となった。

 

 だから、今日ここにくれば何かがあると思った。

 

 だから、こっそりと隠し持っていた鎮守府の鍵を使いここに侵入した。

 

「どうして貴方は先に逝ってしまったのですか―――」

 

 それ以上の言葉は涙となって塗装された埠頭に滴ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 それは冷たい雪が降り積もる冬の季節の事

 

 その季節に電達は深海棲艦との最終決戦を迎え、多くの犠牲を払いながらも勝利した。

 電達の艦隊は、優秀な司令官である少年のおかげで大破を出したものの轟沈を迎える者はいなかった。

 

 電達は何日間も続けて戦い、少年もずっと電達に指示を飛ばしていた。

 

 そして、大規模な戦いが終わり電達は電達の帰る場所へと向かっていた。

 

 長い長い航行を続け、自分たちの鎮守府が見えてきた。

 埠頭まで見える距離になると少年が、いやもはやこの表現は正しくない。

 彼は、提督として生活している内に青年と呼ばれる歳となった。

 青年が埠頭で手を振っているのが電にはわかった。

 

「司令官さーーーん!!!」

 

 長い戦闘と航行で傷と疲れがありながらも電は元気良く手を振って司令官に自分は無事であると精一杯示す。

 

 周りの艦娘達も電の行動を微笑ましそうに見つめる。

 その視線を受けて電は恥ずかしそうに縮こまった。

 

「早く行ってあげなさい電」

「電、君が一番頑張ったんだからね」

「ほら、早く司令官の元に行ってあげなさい」

「はいなのです!」

 

 三人の姉たちの言葉を受けて、電は速度を上げる。

 

 自分は無事である事を示す為に。

 誰よりも早く少年にお帰りと言葉をかけて貰うために。

 

 青年の喜ぶ顔を思うと痛みを忘れられた。

 青年がこれからも共に過ごしてくれると思うと疲れなんて感じなかった。

 

 だから、電はどんどん加速して青年の元に向かう。

 愛しい存在に誰よりも早く迎えて貰うために。

 

 だが、だんだんと近づくにつれて電は気が付いてしまった。

 

 青年の顔色が尋常でないほどに悪い事に。

 

「司令官さん!?」

 

 先ほどの喜色に満ちた声とは違い青年に驚愕の声をかける。

 

「電…ごめんなさい…」

 

 青年は未だ埠頭につかない電に対して静かに謝罪の言葉を述べると、突然膝をついて口許を手で押さえ激しく咳をし始めた。

 

 電は更に速度を上げ埠頭にたどり着いた。

 

 そして急いで艤装を解き青年の元に向かう。

 

 青年の激しい咳は止まっていなかった。

 否、更に激しさを増していた。

 

「司令官さん!だいじょう―――」

 

 そこまで言葉を発した所で電は気づいてしまった。

 

 青年の手の中にある今にも零れそうになっている赤黒い液体を。

 

「司令官さん!!」

「電…ご…めん…な…さい」

 

 電に対しての謝罪の言葉を述べると、青年はそのまま倒れ動かなくなった。

 青年の口許は赤黒く染まっていて、口からは今もその液体を垂れ流していた。

 

「司令官さん!!司令官さん!!」

 

 電は青年に必死に言葉をかけるが少年は無反応であった。

 異常を察知した他の艦娘達も少年に近づくと驚愕の声を上げた。

 

「な!!」

「提督!!」

「は、早く!!病院に!!」

 

 青年は病院に運ばれた―――

 

 

 

 青年の容体の急変は解析不能と診断された。

 

 だが、電にはわかっていた。異変の原因は少年の過去の投薬実験のせいであると。

 

 青年もそう感じていたらしいが、電以外の艦娘には何も言わなかった。

 青年のいない鎮守府は、現在空母と戦艦が指揮をとり運営を維持している。

 

 大本営から新しい提督候補を着任させようとされたらしいが、艦娘達が青年以外の存在を主とは認めずその提案に強い拒否をしめした。

 鎮守府の活動の殆どは深海棲艦達の残党の掃討だった。

 それだけなら、綿密な作戦を立てる必要も無いと大本営が判断したうえ、艦娘達の言葉を受けて青年は自ら受けたあの実験の事交渉材料として使い大本営を黙らせた。

 勿論、艦娘達には丁寧な交渉をしたことにしたが。

 

 青年の容体はどんどん悪化していき、衰弱した青年は病院のベッドから抜け出す事も不可能となったしまった。

 

 電はどんなに青年が弱ってしまっても毎日青年の元に行った。

 毎日鎮守府の状況を報告し、下らない会話をして共に笑いあい、深海棲艦が後どれくらいいるのであろうかと言う予想を言ったりもした。

 

 一番多かった話題は本当に平和になった世界での二人の生活だ。

 

 どんな世界になっているか、自分たちはどんな生活を送っているか、どんな子供が欲しいか。

 

 そんな明るく、幸せになれる話題だ。

 

 青年の夢は鎮守府を新たな児童養護施設とする事だった。

 

 電はそんの青年の夢に共感して、共に手伝う事を宣誓し、青年と誓いの口づけを交わした。

 

 

 だが、そんな幸せな会話もある日出来なくなったしまった。

 

 それは全ての深海棲艦がこの世界から消え、本当の平和が訪れる事となった日の事。

 

 その日は電は、青年にこの事を報告しようとした。

 本当の平和が訪れたと、自分たちの戦いは完全に終わったと。

 嬉々として少年にこの事を伝える筈だった。

 

 だが、青年の部屋の様子がおかしい。

 

 沢山の医者がずっと出入りを繰り返していた。

 

 不安を覚えた電は急いで部屋に向かう。

 

 だが、部屋に入ろうとした所で看護師に入室を止められてしまった。

 

 電は愛しい青年の名前を叫び続け、無理にでも部屋に入ろうとするが押し返されてしまう。

 

「お…願い…します。その子に…さい…ごの…」

 

 青年の弱弱しい言葉が電の耳朶に響く。

 

 医者たち青年の意志を汲み、電の入室を許可した。

 

 看護婦と医者にぶつかりながらも青年のいるベッドに駆けつける。

 

 ベッドにいた青年は真っ白な顔で苦しそうに荒く息を吐いていた。

 もはや首を動かす力も無いのか、ベッドの傍にいる電に顔を合わせることができなかった。

 

 電は青年の顔を覗き込むように身を乗り出す。

 

 青年は電の姿を確認すると、弱弱しいながらもいつも電達にみせる屈託のない笑みを向けた。

 

「司令官さん!深海棲艦さん達はいなくなったそうなのです!だからこれからは本当に平和になるのです!」

「そう…です…か。これ…で…本…当…に…平和に…」

 

 青年は喋る事すら辛そうにする。

 

 それでも青年は何とか電に優しく話かける。

 

「これで…皆で平和に暮らすことができるのです!!」

「そう…です…ね。僕が…逝ってしま…う…前に…平和に…なって…よか…た」

「そんな事言わないでください!!!」

 

 青年から死を思わせる言葉が出た事に、電は密かに抑えていた涙をこぼしてしまった。

 

「そんな事言わないでほしいのです!これからずっと一緒になのです!」

「ごめん…な…さい。僕は…ここ…まで」

「嫌なのです!ずっと一緒なのです!!」

 

 自分が逝ってしまう事を電は認めたくないと言う。

 青年は困って様な弱弱しい笑みを浮かべ、最後の力を振り絞るかのように腕を振るえる手を電の頬に当てる。

 

 電は青年の温もりを確かめる様にその手にやさしく自分の手を当てる。

 電の大好きな温かい青年の手は今はすっかりと冷え切っていて、まるで死者の手の様だった。

 

「電…貴女を…愛し…て…います」

「私も司令官さんの事を愛しているのです…」

「だから…貴女…は…次の…人生を…へい…わ…な…世界で…過ごして…くださ…い」

「司令官さんも一緒なのです!!」

「僕は…こ…こまで…です。これ…以上の…時…間は許され…てませ…ん」

「司令官さん…逝かないで!!」

 

 青年の手から力が抜け、電の頬から落ちてしまいそうになる。

 

 だが、電はその手をもう一度とって今度は自分の胸元に持っていく。

 

 電の顔は泣き腫らしていて真っ赤だがそれでも青年から視線を離すことはしなかった。

 

「大丈夫…です。僕は…何が…あろうと…貴女の…傍に…貴女が…わから…なくて…も…ずっと…傍に」

「電はずっと司令官さんの傍にいるのです!」

「だから…大丈…夫。貴女…は…一人…じゃない。だか…ら…『新しい…人…生』を…ここから…」

 

 青年の声はどんどん弱弱しく小さくなっていく。

 

 電は青年の言葉を一言一句聞き逃さないように泣きながらも耳を傾ける。

 

 青年は、強い意志を秘めた電の瞳に満足そうに笑みを浮かべた。

 

「電…これから…は、貴…女の…道…を…歩んで…く…だ…さい。僕…は…いつでも…貴女を…見守…て…いま…す」

「――さん…」

 

 電はいつもの司令官さんと言う呼び方でなく、愛しい人の名前を呼ぶ。

 

 その言葉が青年の耳に届いたのか青年の笑みは今まで見たことが無い位に、輝かしくて綺麗な物となった。

 

「貴女を…ずっと…ず…と…愛…して…いま…す…電」

 

 この言葉が最後の言葉だったらしい。

 

 青年はその言葉を紡ぐと目を閉じてしまった。

 

「――さん?」

 

 電は青年の名を呼ぶが、青年から反応が無くなった。

 

 異常を察知した医者と看護婦が電を青年の部屋から追い払う。

 

「――さん!!!!」

 

 医者たちに押され電は無理やり病室の外に出されてしまった―――

 

 

 

 

 

 青年はその後、死亡が確認された。

 

 青年の葬儀には、青年の鎮守府にいた150を超す艦娘達と、青年が言っていた孤児院の弱者のグループのメンバーと、士官学校で仲良くしていた青年の数少ない友が参列した。

 

 電は―――

 

 その葬儀には参加したが途中で抜け出してしまった。

 

 電は青年の死を認めたくなかったのだ。

 

 遺骨となって箱に収まった物を青年だと認めることができなかった。

 

 電は青年が死んだとわかっていながらもそれを認めきる事が出来なかったのだ。

 

 艦娘とはいえ彼女はまだ幼い少女なのだ。

 

 愛していた者の死がそう簡単に認められるはずがない。

 

 戦艦娘と空母艦娘は電の行動を咎めたが、電は弱弱しい声で彼女達に謝る事しか出来なかった。

 電の痛みは計り知れないものだと判断した艦娘達はそれ以上何も言えなかった。

 

 電はその日から青年がいた私室に籠る様になってしまった。

 

 自分と青年がいた時の事を思い出すかのように、ずっとずっとその部屋にいた。

 

 だけど、もうそこに青年が帰ってくることは無い。

 その事を実感した時、電は永遠と泣き続けた。

 

 だが、電も鎮守府を離れる事となってしまう。

 

 深海棲艦の殲滅が終了し、艦娘達は強制的に解体され、ただの女性となり鎮守府から離れた。

 

 電も強制的に解体され、強制的に鎮守府を離れる事となった。

 

 解体された後も電は鎮守府に赴こうとした。

 

 だが、電は鎮守府に向かう事が出来なくなってしまった。

 

 電の中で鎮守府にいた記憶は楽しいながらも辛い記憶となりかけていたのだ。

 

 また幸せだった記憶を思い出すのが怖くて電はそれ以降鎮守府に行けなくなった。

 

 人間となった電が幸せだったかと言うとそうとは言い切れない。

 

 何をするにも青年との楽しかった思い出がちらつき、電の歩みを止めさせしまった。

 青年との深い絆の象徴であった指輪は、軍に強制的に返還させる羽目となり、今はもうない。

 

 電は青年とのつながりが失せたような気がしてしまい、青年の言う『新しい人生』を歩めなかった。

 

 電にとっての『新しい人生』は青年との人生であった。

 青年のいなくなった人生など、電にとっては耐えられないものだった。

 

 だから電は歩を進める事を否定した。

 

 歩まなければ青年との思い出を否定するたびに辛い思いをしなくて済むから。

 

 長年立ったある日、電は今日この場所に来た。

 

 嫌でも現実を思い知らされるこの場所に。

 電は本日で青年と交わしたある約束が果たされるはずだった。

 だから、ここに来れば青年とまた会えるそんな気がしてまた来たのだ。

 

 だが、現実とは儚く厳しい。

 

 そこにあったのは廃れた鎮守府と過去の思い出のほんの僅かな残滓だけ。

 

 過去に潜るのを止めた電はその事に気がついてしまい更に激しく涙を流し崩れ落ちた。

 

「何処に行っても…貴方はいないのです…。司令官さん私は約束を果たしに来ました。だから、司令官さんも約束を果たしてください…」

 

 涙で震え上擦った声は全て海と風の一部となって消えていく。

 

 電の言葉に返事は無い。

 誰も応えることは出来などしない。

 

 電の言葉に応えられる人物はこの世にはもう―――存在しない。

 

「――さん!!」

 

 電は海に沈んで行く夕日に向かって愛しい人の名前を叫ぶ。

 

「私はまだ貴方の事が大好きです!!愛しています!!だから、まだ貴方も愛しているなら姿を見せて欲しいのです…」

 

 最後の言葉はしりすぼみとなってしまった。

 

 電はわかりつつあるのだ。

 

 もう――どこにも青年はいない事に。

 

「うっ…ひっぐ…うわああああ!!!!!」

 

 電は再び崩れ落ち涙を流す。

 

 残酷な現実を受け止めたがらないように。

 

 青年とのつながりが無くなってしまった事を認めないように。

 

 大声を上げて泣き続けた。

 

 青年が無くなった時もここまで泣かなかった。

 

 だが、青年と共に過ごした後が、少年との多くのつながりが消えつつあることに電は涙を流し続けた。

 

 電があふれ出る涙の海でおぼれそうになったとき、背後からとある声が聞こえてきた。

 

「探したわよ電」

「電、君に渡したいものがあるっていった筈だよ?」

「それに一人でここに来るなんてひどいわよ。行くなら皆で、でしょ?」

 

 懐かしい声が電の耳に響く。

 

「お姉ちゃん…」

 

 電が涙を流しながら振り向くと、そこにいたのは電の姉達であった。

 

 今は艦娘ではないので正式には姉妹では無いのだが、それでも彼女達は姉妹のような仲を保ち続けていた。

 かつての名前で呼ぶのもその仲の良さの表れである。

 

「どうしてここに?」

「どうしたも何も今日は電の誕生日でしょ?」

「それなのに何処にもいないから本当にあちこち探しててたんだよ?」

「それでね。電が二十歳になったら司令官と――って嬉しそうに話してたこと思い出してここに来たのよ」

 

 誕生日。

 それは電が艦として進水した時とは別の物で、今は電が人間となった日の事を言う。

 

 この日が電の誕生日であり、彼女は今日で二十歳となった。

 

 姉や元同僚たちと誕生会を開く予定だったのだが、主役からいつまでたっても連絡がこず、こうして姉たちが探しに来たのだ。

 何処をさがしても見つからなかったが、昔電が嬉しそうに話していたことがあった。

 

 姉たちはその事を思い出し、電が今まで近づこうとしなかった鎮守府に行ったのかもしれない、そう思ってこの鎮守府後に電を探しに来たのである。

 

「ほら、響!渡しちゃいなさい!」

「ダー」

「ほら、大切な物なんだから」

 

 響は手に小包を持っていた。

 

 その小包を電に渡すと、姉たちは電に開けるように促す。

 

「それは司令官の旧友が私達に送って来たのよ」

「つい最近の話だよ。必要な物が揃ったって言ってた」

「その小包を司令官が大切にしていた子に送ってくれって言ってたの。大切な物だから絶対に今日渡してくれって」

 

 姉たちは突如電に送られた小包についての解説を始めた。

 

 姉達に中身を見たのかと聞くと皆が同時に首を振った。

 

 電は涙を堪えて小包の封を解き、中身を確認する。

 

 その中に入っていたのは一つの封筒と、いつか見たような四角い箱であった。

 

 電は震える手で小包の中の封筒を手にする。

 

 封筒には、青年の名前であて先は

 

『僕の大切な電へ』

 

 と書かれていた。

 

 これだけでも電からは涙が零れ落ちそうになるが、電は何とか堪えて、封筒から手紙を取り出して広げた。

 

『僕の大切な電へ

 

 お誕生日おめでとうございます。

 

 この手紙が貴方に届いている時には、僕はもう貴方の傍に居ないでしょう。

 自分から傍にいてくれと言っておきながら、貴女を置いて逝ってしまって申し訳ありません。

 僕の受けた実験は深海棲艦達と深く密接な関係があるものでした。

 だから、深海棲艦がいなくなったら僕も逝ってしまうであろうと何となくですがわかっていました。

 僕が提督になりたかった理由は、僕は誰かに認められたかった。誰かに必要とされたかった。そんな小さい理由でした。

 僕の命が失せてしまっても、誰かの記憶に残る人間になりたかったのです。

 

 ですが大切な事に気付くのが遅すぎてしまいました。

 僕は沢山の人に認められていました。僕の事を必要としてれました。

 

 その沢山の人のうちその事を気が付かせてくれたのが、電、貴女です。

 貴女と二人三脚で歩んだこの道でm僕はその事にやっと気が付けました。

 そして、その事を意識したら僕は貴方の事を愛しく思ってしまうようになりました。

 だから、あの日僕は貴女に想いを伝えました。

 貴女と結ばれて僕は永遠の幸せ者です。

 

 ですが貴女と共に過ごしていくうちに深海棲艦がいなくなることを恐れてしまいました。

 深海棲艦が存在しなくなれば、僕の儚い命も共に消えていくからです。

 

 ですが、貴女が幸せな未来を歩むと思うと、その恐怖を抑えることができました。

 貴女が幸せになれる未来を掴むため、僕は共に戦い続ける事を決心しました。

 

 貴女の幸せは僕と共に歩むことだと言っていましたよね?

 僕の幸せもその通りでした。

 

 だから、僕がいなくなったら貴方がしっかりと歩めるか、僕は心配でした。

 

 貴女は今、『新たな人生』をしっかりと生きていますか?

 僕が逝ってしまう前にその事を僕は伝えきる事が出来ましたか?

 

 伝える事が出来たのなら幸福であると同時に心残りです。

 

 自惚れかも知れませんが、貴女は僕がいなくなってしっかりと歩めるとは思いません。

 僕たちは深く結ばれた人間です。その人間を失う事は自らの半身を失うのと同義である事、僕はわかっています。

 

 だから、ここでもう一度、貴女に聞きます。

 

 貴女は今、『新たな人生』をしっかりと生きていますか?

 

 出来ているのなら、そこから貴女の人生を迷わずに進んでください。

 僕は貴女の幸福をいつも願っています。

 

 出来て無いのなら、ここでもう一度僕と歩んでくれませんか?

 

 この手紙は僕の旧友たちにある指定をして、貴女に届くようにお願いしています。

 

 それは、貴女が二十歳となる誕生日を迎えた時です。

 

 もし、貴女がまだ、こんな僕を想ってくれているのなら、約束通り結婚指輪をお渡しします。

 

 電、僕と結婚してください。

 こんな不甲斐ない僕の残った思いは、全て逝く寸前に伝えられたことを祈ってます。

 

 もし貴女の想いを全て私にくれるのならば、ここから『僕達』でまた歩みましょう。

 

 大丈夫、僕は貴女をいつも見守っています。

 だから、もう泣かないでください。

 僕は貴女とあの時からこれからも共にいる事を誓います。

 

 本当は生きて貴女と共にいたかった。

 貴女と共に色んな場所に行きたかった。

 貴女と共に色んな事を感じ、見て見たかった。

 

 ですが、それはもう許されていないでしょう。

 こんな僕でごめんなさい。

 

 最後にこれだけは言っておきます。

 

 貴女を愛しています。

 貴女が進む道が幸福であることを僕は祈っています。

 

 

 ――――より』

 

 手紙には、電と共にいた青年のどこか丸っこい字で書かれていた。

 手紙には筈かに血がついていて赤黒くなった部分もあった。

 

 それでも電には伝わった。

 

 青年が必死にこの手紙を書いてくれたことが。

 ずっと今の自分を心配してくれたことが。

 ずっと自分を愛してくれていたことが。

 

 堪えていた涙をせき止めていた堤防が再び決壊するのに時間はかからなかった。

 

「――さん!!」

 

 電は手紙を胸に抱き留めた。

 

 抱き留めて青年の優しさ、青年に対する愛しさに涙を流した。

 泣いてはいけないのに

 そう思っても電の涙は止まる事は無い。

 

 姉たちは涙を流す電に近づこうとした。

 

 だが彼女達に強い風が吹き渡る。

 

 それは嵐を思わせるような風の強さで思わず目を閉じてしまった。

 

 それは、暁達だけでなく電にも同じことだった。

 

 電はあまりの強い風に電も瞳を閉じて風が過ぎ去るのを待つ

 

 電の耳に風の音が響く。

 風は強く強く電達を打ち付けるが、やがて風も弱くなり電達の体を包み込むような優しい流れとなる。

 

 風が収まった事を感じ取り、電はゆっくりと瞼を持ち上げる。

 

 瞼を空ける途中で、青年が夕日を眺めている時、好きな瞬間があった事を思い出した。

 

 その瞬間は、

 

「やっと―――会えましたね」

 

 夕凪だった。

 

 電は突如聞こえた声に驚き、僅かに開いていた瞼を全て持ち上げる。

 目の前にいる筈の姉たちの姿が無くなっていた。

 そして、背後から聞こえた声の方に振り向く。

 

 そこにいたのは、電の愛しい青年だった。

 

「お久しぶりです。大人になってとっても綺麗になりましたね」

 

 何で、どうして――

 

 そう思うより先に電の体が動いた。

 

「――さん!!」

 

 電は青年に飛びつこうとするが、青年は電の行動を手で制した。

 

「僕はこの世には居ません。今貴女が見ているのは貴女が見ている幻かもしれませんし。僕の幽霊かもしれまんせん」

「それでも…――さんに会えてうれしいのです」

「僕も同じ気持ちです電」

 

 青年はいつも電に浮かべていた屈託のない笑みを電に向けた。

 

 電はその笑みを見て、青年が本当に電の青年であることを実感した。

 

「私は最後に言った通り貴女の傍でずっと見守っていました。貴女は『新しい人生』を歩むことができてましたか?」

「それは…」

 

 電は言い淀んでしまう。

 それもその筈、電は青年の死を受け入れきれずにずっとあの時から足踏みをし、今日やっと進んだのだ。

 

 青年は電の反応に苦笑を浮かべる。

 

「知ってます。貴女を見守ってましたので。だから、あの手紙に書きました。ここから『僕達』でまた歩みましょう、と」

 

 青年は電に近づくと小包から四角い箱を取り出し、箱を開ける。

 

 そこにあったのは夕日を反射する銀の指輪が二つあった。

 

 青年から電に送る本物の結婚指輪だ。

 永遠に共に歩む者の証だ。

 

「電、貴女に聞きます。僕と結婚してください。法的には無理ですが、貴女に僕の想いを全て差し上げます。だから、貴女の想いを全て僕にください」

 

 真面目な顔で少年は電から目を離さずに言う。

 

 電はいつかの様に涙を流し青年と視線を合わせる。

 

「司令官さんはずるいのです。死んでも私の心を奪おうとするなんて」

「ええ、知ってます。だからこそいいます。僕がひとつ望めるのならば、これからも貴女と共に歩むことです。だから、貴女のお返事を聞かせてくれませんか?こんな僕ですけど、今度は貴女を支えて見せます」

「本当に…本当にずるいのです…」

 

 電はまた涙を流す。

 

 本当に今日は泣きっぱなしだ。

 さっきまでは深い悲しみで零れ落ちた涙だった。

 

 だが、今は違うこれは喜びであふれ出た涙だ。

 

 涙を流し、不格好ながらも笑顔を作り青年に返事を返す。

 

「私の望むことも――さんと共に歩むことなのです。だから、――さん、私と共に歩んでください!今度は私を支えてください!!私の想いの全てを受け止めて、貴方の想いの全てをください!!!」

「はい!共にここから『新しい人生』を歩みましょう!!」

 

 青年は満足そうに頷き、箱から指輪を取り出すと電の左手を優しく掬い上げ、左手薬指に指輪を嵌める。

 電は青年の手を取る。

 そこで電は感激した。

 青年は今この時、ここに存在してくれているのだと。

 

 そして、青年の手を掬い上げ箱から指輪を取り出し同じように左手薬指に指輪を嵌めた。

 

 そして、二人の顔が近づきお互いの唇が重なる。

 永遠の愛を誓い合うキスを夕日を背に交わしたのだ。

 

 二人は名残惜しそうに唇を離す。

 

 電は青年の姿が薄くなっている事に気が付いた。

 

「――さん」

「ここで本当の時間切れです。お話したい事、本当は沢山ありました。ですけど、忘れないでください。僕はずっと貴女と共にいます。例え貴女にはわからなくても――」

「はい!――さんの温かさと想い確かに感じ取る事が出来たのです!!」

「なら良かった…。電、貴女を愛しています。これからもずっと、永遠に」

「私も――さんの事ずっと愛しているのです」

 

 電が青年に涙を見せないように精一杯の笑顔を作る。

 

 青年は電の笑顔にいつもの屈託のない笑顔を返した。

 

「ありがとう。愛しい僕のお嫁さん」

 

 青年が笑顔で電にその言葉を残すと、また風が強く吹いた。

 

 電は優しく、まるでその風に抱きしめられるように、安らかに瞳を閉じる。

 

 この風は青年が起こしたものだ。

 青年が自分の前から消える瞬間をみせないようにする為の風なのだ。

 

 電にはそう感じ取れた。

 

 電が再び瞳を開けるとそこには誰にもいなかった。

 

 背後にいる姉たちの方に向き直ると、姉たちは狐に摘まれたような疑問気な表情をしていた。

 

 どうやら、姉達にも同じような現象が起きたらしい。

 

 だが、電は今起きた事が現実である事が分かっている。

 

 何故なら、彼女の左手薬指には青年とペアの指輪があり、その指輪と唇には青年の温もりが残っていたからだ。

 

「お姉ちゃん達早く行きましょう!!パーティー終わっちゃうかも知れないのです!!」

 

 その言葉を言う電の瞳は、鎮守府に来た時のような虚ろな物ではなく力強い意志が秘められたものに変わっていた。

 

(――さん。素敵な、本当に素敵なプレゼント、ありがとうなのです。それと、ここから頑張りましょう!!)

 

 強い意志を胸に電は夕日に背を向け、姉達の元へと歩いて行った。

 

(ええ、頑張りましょう。僕は貴女と共にいます)

 

 電の耳には青年の優しい声が届いた気がした―――

 

 

 

 

 

 

 数年後――

 

 ある場所には鎮守府と呼ばれる施設があった。

 

 だがそれはあくまで過去の話、今は元の施設と敷地を利用した大きな児童養護施設、『夕凪園』と改築された。

 

 色とりどりの花が咲く噴水のある広場は幼い子供たちが走り回り、芝生はその足跡だらけ。

 

「今日こそ勝たせて貰うぞいっちー!!」

 

 幼い勝気な少年が、面倒くさそうにする幼い少年に指を指す。

 

「マサ、またやんの?」

「いいじゃんイチ、やってやれよ」

「ミキ姉までそう言うの?はぁ…面倒」

 

 イチと呼ばれた少年は、彼の姉に促され、乗り気じゃ無いながらもイチと呼ばれた少年は構えを取る。

 

 マサと呼ばれた少年もそれに呼応するように構えを取る。

 

 周りには、いつもの喧嘩か?と幼い子供のギャラリーが集まる。

 

 その事に気をよくしたマサは、嬉しそうに笑みを浮かべて宣言する。

 

「今日はとっておきのひさくがあるんだ!!今日こそ勝つぞ!!」

「秘策の意味わかってる?」

「あっ…えっと…その」

 

 イチに突っ込まれマサはおどおどと動揺している。

 

 マサの態度にギャラリーたちは笑い声を上げる。

 

「う、うるさい!!今日こそコイツに勝つ!!みてろ!!!」

「はいはい。とっととやるぞ」

 

 お互いが互いをじっと見据えて構えを取り、激突するその寸での所で、

 

「コラー!!!何やってんのよ!!!」

 

 何者かが子供たちの輪に駆け寄って来た。

 

「ゲッ!!雷が落ちるぞ!!」

「逃げろ逃げろ!!」

 

 周りにいた幼いギャラリーは蜘蛛の子を散らす様に逃避する。

 

 ギャラリーの代わりにイチ達の前に現れたのは、茶髪にボブヘアーの薄茶色の瞳を持つ女性だった。

 

 彼女は児童養護施設の職員であり、かつて彼女は艦娘『雷』であった女性である。

 

 今は怒ると怖い事から『雷』の異名を持つ女性だ。

 

「うるさい!!おれ様はイチに勝つんだ―――って、イチが居ない!!」

「せんせーい。マサ君がイジメてきまーす」

 

 若干棒読み気味なイチの言葉に雷は反応し、マサを睨みつける。

 

 その眼光の鋭さに怖気づき、先ほどまでの勝気な態度は何処へやら、マサはヒィ!!と情けない声を上げてしまった。

 

「ま、まってくれ先生!おれ様はイチとのけっちゃくをつけようと――」

「うぇーん。マサに殴られた頭が痛いよー」

「まーさーくーんー?」

 

 雷の視線が段々と迫力を増していく。

 

 イチは縋りつくように雷の胸に顔を埋め、雷からは見えないように悪戯が成功したかのように小さく舌を出す。

 

 雷は嘘泣きを続けるイチを励ます為に殴られたとされる個所をよしよしと撫で続ける。

 

「マサ君?後でお話しましょう?」

「まってくれって先生!何かかんちがいをしているって!」

「今からお話したいの?仕方ないなぁマサ君は」

 

 雷はマサの首根っこを掴んでずるずると木陰に向かって引きずる。

 

「これが秘策ってやつだよ。勉強になったか、マサ?」

「イチてめぇ!!はめやがったなぁ!!」

 

 マサはずるずると引きずられ、生希は姉に甘えるようにすり寄り、ミキがよくやったと言わんばかりにイチの頭を荒々しく撫でる楽しい光景がそこには広がる。

 

 マサの叫びが施設中に木霊するまでそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この施設は元は鎮守府だった。

 

 だが、かつてこの鎮守府に所属していた艦娘達が互いに資金を出し合ってこの施設を買い取り、自分たちで施設を改修し認可を得てこの施設を児童養護施設に改築した。

 ここにいる職員も元はこの鎮守府に所属していた艦娘達で構成されている。

 かつての全員がここにいるわけではないが、相変わらず昔のように賑やかに過ごしている。

 

 そして、この施設の院長を務めるのが、

 

「ほぇー、これが院長先生がかんむすだった時の写真なんだー」

「そうなのです。この施設はそのときからの施設なのですよ」

 

 電である。

 

 彼女は青年との夢であったこの施設を児童養護施設とする事を、沢山の仲間と共に叶えたのだ。

 

 電はかつて執務室として使っていた部屋で、艦娘であった時の写真を納めたアルバムをこの施設に来たばかり女の子に見せていた。

 

「この男の人はだぁれ?」

 

 少女は写真に写る男性を指差す。

 

 電は嬉しそうな笑みを少女に向ける

 

「この人は、私の旦那様なのです!」

「へぇ…院長先生のだんなさま…。あたし見てみたいなぁ」

「それは無理なのです。旦那様は遠くに行ってしまったのです」

 

 少しだけ、この言葉を言う電の表情に陰が差すが、すぐさま電は笑顔に戻った。

 

「とおくぅ?それってどこなの?」

「本当に遠い所なのです。ですけど、私の傍にいつでもいてくれる素敵な旦那様なのです」

「今も院長先生の傍にいるのー?」

「はい!ずっと傍にいてくれるのです。本当に姿を見せてはくれないですけど、私の傍でいつでも励まして応援してくれるのです」

「院長先生のいう事ってよくわからない時があるよねー」

「そうかも知れないのです。ですが、マナちゃんにもいつか分かる時が来ると思うのです」

「ふーん」

 

 マナと呼ばれた少女は興味なさげに返事をすると視線を電からアルバムに戻した。

 

 そっけないマナの反応に電は苦笑を浮かべるが、マナちゃんにもいつか分かると時が来ると思うのです、とアルバムから目を離さないマナに言葉をかけた。

 

(ずっと、見てくれているのです)

 

 あの時の様に電は青年の姿を現実で見る事は無かった。

 

 でも電が落ち込みそうになったとき、くじけそうになったときは、何処からか青年の声が聞こえ、夢の中では青年との夢を見る事が出来た気がした。

 

 確かに青年はこの世界にはもういない。

 だけど、確かに電の傍で、電を支えてくれている。

 

(――さん。私達の『新しい人生』はこれからなのです。だから、これからも一緒に頑張りましょう)

 

 心の声に誰も返事をしない。

 

 だが、それでいい。

 

 青年は確かに電の傍にいるのだから。

 

 電は、指輪に手を重ねて青年の残した温かさを確かに感じ取った。

 

 そして、青年との思い出が沢山あるこの施設と、仲間と、子供たちと、青年と出会う要因を作ってくれた母なる海に少年がかつて浮かべたような屈託のない感謝の笑みを浮かべた。

 

 

 




後書きから一部抜粋

正直な話書いてて泣きそうになりました。

私の執筆速度がどんどん遅くなるような物語だったぜ。

この物語は、某所の東方SSであるお方が物語内で言っていた認められたいと言う思いで書いてみた作品の筈でした。

だから出来上がるのは自分にとって駄作になる筈でしたが、書きたい事がどんどんと溢れ、割かし自分の中でもいい出来だと思えるものとなってしまいました。

ですが後悔はしてません。
この物語は自分のやりたい事をやれたと思っています。

一応、少年(または青年)の名前は私的には、示崎一希(しざきいつき)となってます。
どんなに逆境に陥っても、一つの希望があれば人はまた立ち上がれる。
そんな思いを込めて作った名前ですが、わざと穴あき方式にして好きな名前を入れて貰うようにしました。

まぁ、死ぬ人物の名前の中に自分の名を入れるのは嫌だとおもいますけどね!!
皆様にもこの物語の人物となって、一希の想いを知って貰いたかったと言う意図があります。

それと、一希君の受けた実験の成功した効果は、驚異的な肉体の回復速度と怪力です。

ですが、戦わせても戦闘時間は僅かしか許されていなく、限界を越した運動に体がついていけなくなり、回復速度が追いつく前に彼の体は悲鳴をあげて、血液ブシャーとなります。
戦わなければ回復速度が異常なので、骨折までなら3分で回復しますし、腕がちぎれても再生する設定です。
ですが、基本は戦えません。
すぐにガタがくる上、リスクにリターンがみあいません。

まぁ、そこだけみると成功ですが、病弱になってしまいます。
それも重度の。

深海棲艦を撃滅していくたび、彼も死に迫っていくような設定ですが、これは彼の受けた薬と言うのは深海棲艦の力を得るための物だからです。

深海棲艦が多いほど、彼は普通なのですが、少なくなると急激に弱くなり、いなくなると死に至ります。

これは、彼が無意識のうちに深海棲艦の力を頼って生きていたからです。

深海棲艦の中にある人類に対する憎しみのようなものを、無意識に深海棲艦への憎しみに変換した結果です。

あの実験で発狂した者は、深海棲艦達の囁く人類の罪に耐え切れなかったものです。

一希は、その苦しみと似たような苦しみ(自らを否定される苦しみ)を味わっていたので、耐え切ることができ深海棲艦の異常な力を少しだけものにし何とか生き残る事が出来ました。
本来なら、一希もここで憎しみに飲まれ死亡する筈でしたが、死にかけの体を深海棲艦の力を無意識に使う事で延命してきました。

深海棲艦の原動力は憎しみです。
一希君は深海棲艦へ憎しみなど全く感じてませんでしたが、自分も気づかないような奥底にあるその憎しみによって生きてきました。
一希君が、深海棲艦がいなくなって後を追うように言ったのは、憎むべき対象がいなくなり、少年を無理矢理生かしていた原動力が失せたからです

本来ならボロボロの体をなんとかうごかして、一希は生きてきました。
最後まで、心の奥底にある憎しみに気付かず逝けたのは幸福だったのかもしれませんね。


今回の一希君のイメージは、純粋で真っ白な存在です。呆れる位にね。

それでは、『貴女の傍で貴女と共に』を読んで頂き、ありがとうございました。

これからの私もよろしくお願いします。

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