SOUL REGALIA   作:秋水

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18/5/28 仮公開中。
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第一部:巡礼あるいは英雄譚の始まり
プロローグ 消された/知られざる英雄譚


 

 

 

「遠い昔。まだ神々すら存在しなかった古い時代……」

 南東の果て。古き時代の遺跡が多く眠る森林の片隅。使い込まれた幕舎の中。家畜の乾燥糞を燃料とする篝火が照らす中に老婆の声が響く。

「世界はまだ分かたれず、霧に覆われていたという。あるのは、灰色の岩と大樹ばかり。そして、世界の王は朽ちぬ古竜だった……」

 古びたローブに包まれた小柄な老婆は、よく知った物語を紡いでいく。

「だが、ある時その世界に聖火が熾った。熱と冷たさ。光と闇。生と死。そう言った差異はその火によってもたらされたのだ……」

 聖火。いや、最初の火。とある時代の根幹をなす炎。

 その火がもたらした差異の一つが人と神でもある。

 そして――

「元より神は闇に生まれ、その火に惹かれた者達の一人でしかない」

 老婆の向かいに胡坐をかきながら、呟く。

「いかにも。その聖火の中から『神の力』を見出だした幾匹かが後に神と呼ばれるようになったにすぎないのさ」

 と、そう言って老婆は小さく喉を鳴らした。

「ならば、その後の時代も知っていよう?」

「ああ。神どもは『王のソウル』――『神の力(アルカナム)』を用いて、古竜達を滅ぼし、自分たちの時代を始めたんだ」

 それこそが『火の時代』。最初の火に支えられた神々の時代。

 すでに終わった……いや、この手で終わらせたはずの時代。

「だが、火はいずれ陰るものだ。いかな聖火とて例外ではない」

 青白い炎を宿す篝火に目を細めながら、老婆は囁いた。

 その通りだ。

 いや……。おそらく、だが。

 最初の火はあの時既に役割を終えていたのではないか。

 世界を分かち、差異をもたらして、そしてごく当たり前に消えようとしただけなのでなかったのか。

 だが――

「それを良しとしなかったのがグウィン。神々の王だった男だ」

 神々は恐れた。自分たちの時代が終わる事を。

「ほほう。その名を知るか、お若いの」

 この老婆の歳など知らないが……おそらくこの老婆は俺よりも年下だろう。

 ……もっとも、『生きていた』時間で見ればまた別の話かもしれないが。

「そう。神グウィン。この古き神達の王は、時代の流れに抗おうとしたのさ。消えかけた聖火に薪を焚べてね……」

 火継ぎの儀。数多の巡礼者を飲み込んだ神々の策略。

「火継ぎの王。その偉業を成し遂げた英雄達はそう呼ばれたともいう」

 あるいは薪の王。その名の通り、自らを最初の火に焚べた者たち。

 英雄などではない。体のいいただの生贄だ。

「だが、いかな英雄と言えど時の砂までは止められない。消える事も出来ず、燃え上がる事も出来ず。いつしか聖火は世界を焦がしていった」

 生も死も、光も闇も曖昧となった世界。それこそ見慣れた巡礼地の光景だった。

「『火は陰り、王達に玉座なし』。お若いの、この予言の意味を知っているかの?」

 濁り酒を啜りながら、老婆が問いかけて来る。

「ああ。王達は玉座を捨てるのさ。最初の火……聖火が消えかけ、新たに火継ぎを求められたとしてもな」

 それを真似て、濁り酒を喉に流し込む。

 いまさら酒になど酔えもしないが……それでも、腹に広がる熱はどこか心地よい。

「貴公らは、『火の時代』を知っているのか?」

 すでに忘れられた――いや、禁じられた時代の事を。

「だからこそ、訪ねてこられたのではないかの?」

 それはそうだが。

「お若いの、これを見るといい。もし、本当にお前さんが『王』ならばそれの意味も知っていよう」

 渡されたのは古びた布切れ。いや、軍旗の類だろうか。

 刺繍されたその紋章は――

「これは……」

 それをよく知っていた。

「生きていたのか……」

 遠い昔。まさに神々と古竜が争っていたその時代に存在した英雄の紋章。

 まさかここで目にすることになるとは。

「やはり、貴公らは……」

「そうさね。私たちの祖先は西の果てから流れ着いたのさ……」

 再び濁り酒を啜りながら、老婆が言った。

「人としての矜持を胸に、英雄と共にあの地を去ってからね。私達の部族は英雄達と別れて久しいが、今も僅かばかりその力を残している」

 傍らの杖を構え、よく知った詠唱を老婆は囁いた。

 同時、青白い光の玉が幕舎を照らしだす。

「お若いの。いや、始まりと終わりの王よ」

 居住まいを正し、老婆はそう言った。

「もし、本物であるなら、どうかここにその証を示していただきたい」

「どうすればいい?」

 頷くと、老婆は背後から長い木箱を取り出し、差し出してくる。

 受け取ってから、念のため許可を取って蓋を開ける。

「これは……」

 布に包まれ納められていたのは、捻じれた刀身を持つ赤褐色の剣。

 これこそよく知ったものだ。

 柄を握り、持ち上げる。と、刀身に炎熱が宿った。

「おお……! まさしくそれこそ火継ぎの王の証。ついに目覚められたか……」

 それほど大げさなものでもない。

 この程度の事は、巡礼者なら誰でもできるはずだ。

 いや、この螺旋の剣が抜かれていること自体が極めて稀だが。

「これをどこで?」

「大いなる誓約が眠る巡礼地。その入り口がある大地。我らが祖先が神々によって滅ぼされた祭祀場より持ち出されたもの」

 それは、つまり――

「かつて我らが祖先達が至り、その多くを飲み込んだ墓所。今や世界の中心などと誉めそやされる因果の吹き溜まり」

 やはり、全ての因果はあの地に収束するか。

「そこはオラリオ。大樹の洞に生じた聖火は、今や大地の洞の奥底にあるのです……」

 

 

 

「二年位前の事ですけど」

 ある日の夕食の時のこと。

「英雄に会ったことがあるんです」

 と、ボクのたった一人の眷属は言った。

「英雄だって?」

「はい。まぁ、僕がそう呼んでるだけなんですけど」

 ボクが聞き返すとはにかんだように、その子は付け加えた。

「ふんふん。詳しく話してくれるかい」

「二年前、僕の村にモンスターの大群が迫ってきまして……」

 モンスターがうろついているのはダンジョンだけではない。

 古代にダンジョンから抜け出し、各地に散っていったモンスターはすっかり野生化して地上に住み着いている。

 まぁ、ダンジョンの中のモンスターよりはずっと弱いらしい。でも、『恩恵』を持たない普通の子供たちにとっては充分に危険な存在だった。

「まぁ、コボルトの群れだったので、冒険者が一人か二人いてくれれば何とでもなったでしょうけど、田舎ですから。神様も住んでませんし、『神の恩恵(ファルナ)』なんて誰も受けていませんでしたから」

 それは絶望的な状況に違いない。

「僕はもっと昔にゴブリンに襲われた事もあったので、なおさら怖かったですよ」

 思い出しただけでもゾッとしたのか、少しだけ肩がこわばった。

 今のこの子なら、ゴブリンくらいなら何とでもなるだろうけど、それはそれ。

「それで? 君が今ここにいるんだから、乗り切ったんだろう?」

「乗り切ったといいますか、今まさにコボルトたちが村の柵を乗り越えて来るって時に通りかかったんです」

 決死の覚悟で鍬だの鋤だの斧だのを構えた村中の男達と、一体今までどこに潜んでいたのか一〇〇匹を超すコボルトの群れが激突する直前。

 その『英雄』はふらりとやってきたらしい。

「大剣……クレイモアってやつですね。それを片手に、コボルトの群れに飛び込んでいって――」

 右手に大剣を。左手に竜の紋章が刻まれた盾を携え、黒衣を翻して群れに突貫したその『英雄』はさらに雷と炎まで操り、瞬く間に……そして、たった一人でその全てを討伐したらしい。

「それって、冒険者だったんじゃないかい?」

 というか、他に考えられないんだけど。一匹二匹くらいなら、『神の恩恵(ファルナ)』を得ていない子供達でもなんとかなるけど、群れを一掃するのはかなり難しい。

 それに、どうやらその『英雄』はヒューマンらしい。そうでありながら雷と炎――つまりは魔法を扱っている以上は、まず間違いなく冒険者のはずなんだけど……。

「いえ、それが違うみたいなんです。だって、その人、すごく神様嫌いなんですよ」

 神の使いっ走りなんてごめんだ――って、口癖みたいに言ってましたよ。

「ううむ……。それはまた複雑な」

 そんな言葉を聞いて、思わず唸っていた。

「まぁ、いいや。それで、その人に憧れてるのかい?」

「少しだけ。まぁ、その人からは俺になんて憧れるなって言われてますけどね。俺なんかよりももっと凄い奴になってくれって」

「ふ~ん。意外と謙虚なんだねぇ。それで、なんて子なんだい?」

「クオンさんって言うんです」

「クオンか。うん、もしオラリオに来たらボクのファミリアにスカウトしてみようかな」

 もちろん、本当に『神の恩恵(ファルナ)』を受けていないなら、だけど。

 その神嫌いと言うのが気になるところだけど……この子がいるなら、話を聞いてくれる可能性も少しくらいはあるはずだ。

「いいですね! 神様は良い方ですし、クオンさんが入ってくれれば百人力ですよ!」

「うんうん。ベル君が言うなら間違いないだろうね!」

 でも、そうなるベル君と二人っきりの生活も終わりか。

 それはそれでちょっとなぁ、なんて。そんな事を思ったりもしたけど。

 




18/05/28:一部改訂
18/06/02:一部改訂
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