SOUL REGALIA   作:秋水

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※18/10/21現在、仮公開中。
大幅な変更、改訂を行う可能性があります。


第四節 覚醒前夜

 

 

「平和ですねぇ」

「うむ。のどかな景色であるな」

 馬車の車輪が小さく軋む音と共に回る。

 空は澄み渡り、爽やかな風も心地よい。幌も天蓋もない粗末な馬車だけど、こんな心地よい天気なら気にならなかった。

 ああ、何て平和な光景。

 冒険者になってから、こういう光景とは少し距離ができてしまっていたように思う。

 こんないい日なら、干し草を寝台(ベッド)代わりに昼寝をしたら心地よさそうだ――

 と、まぁ。実際のところ、そんな暢気な事を考えてもいられないんだけど。

 

「――はいっ! リリを連れて行ってください!」

 色々あったけど改めてリリとパーティを組むようになってから今日で六日。

「それじゃあ……私が教えてあげようか?」

 こっちも色々あってヴァレンシュタインさん――アイズさんに戦い方を教わるようになって今日で四日目になる。

 そして、クオンさんが【イシュタル・ファミリア】を壊滅させたのが三日前。それを恨んだ神罰同盟が、ギルドを襲ったのが昨日の事だった。

 正直、クオンさんの事が気になる。めちゃくちゃ気になる。気にならない訳がない。

 我が君の周りには近いうちに『嵐』が訪れます――と、いつかダンジョンで出会ったあの女の人が言っていたのは、きっとこの事なんだろうと思う。

 今すぐにでも駆け付けたい衝動に駆られるけど……

「いいかい、ベル君。厳しい事を言うようだけど、今の僕らじゃできる事なんて何もないよ。下手に関わって僕らが人質にでもされたら、その方がよっぽどクオン君にとっては困ったことになるぜ?」

「ええ、ヘスティア様の言う通りです。この神罰同盟に参加している一〇派閥はどれも中堅派閥。しかも、うち七派閥は武闘派で、何より闇派閥(イヴィルス)に片足突っ込んだ……ええと、【ソーマ・ファミリア(リリ達)】がまともに見えるくらいのロクデナシ集団ですから。どんな形であれ下手に関わりを持つと、最悪骨の髄まで食い散らかされますよ?」

 と、神様とリリに真剣に諭されてしまった。

 いや、それどころか――

「ヴィルマ氏……ええと、【ガネーシャ・ファミリア】の人達の話だと、どうも【イシュタル・ファミリア】の方に問題があったみたいなんだ。オラリオそのものを大きく混乱させるような事を企んでいたとかなんとか……。それに、神罰同盟に加盟している派閥はどれもアーデ氏も言うようにあんまりいい噂のある派閥じゃないし。私達(ギルド)にとっては【イシュタル・ファミリア】ってちょっと因縁がある相手だし、この際その時の疑惑も改めて調査しようっていう動きがあるんだ」

 本当はまだ秘密なんだけど、ベル君には教えておいた方がいいかなって――と、その神罰同盟に襲われ、怪我をしたばかりのエイナさんにまで逆に心配されてしまった。

 そして、ギルドから『青の薬舗』に向かう途中――

「ううん……。それはもちろん私だって心配してない訳じゃないけど。……でも、この面子でアイツをどうにかできるとは思えないんだけど。ギルドにはいきなり喧嘩売っちゃうし、そのせいで【ロキ・ファミリア】とか【フレイヤ・ファミリア】も引き込めなかったみたいだし。これからどうする気なのかしら?」

 久しぶりに会った霞さんに至っては、むしろ相手の方を心配している節すらあった。

 もちろん、それですっきり納得できた訳ではないけど……弱小派閥にも弱小派閥なりに差し迫った問題があった。

 まぁ、当然と言うか何と言うか。それは決して、オラリオの命運を左右するような大げさなものではないんだけど。

 

 事の始まりは昨日の朝早く。

冒険者依頼(クエスト)。ちょっと頼まれてくれないかな……」

 ミアハ様の眷属であるナァーザさんからそんなお願いをされたのは、アイズさんとの訓練を終え、ダンジョンへ向かっている途中だった。

 冒険者依頼(クエスト)

 その言葉は、エイナさんから……それと、フィリア祭の時にクオンさんからも少しだけ聞いている。

 まぁ、あのお使いをそう呼ぶのか?――と、言われると首を傾げるしかないし、結局うやむやなまま終わってしまったけど。

冒険者依頼(クエスト)?」

 ともあれ。いつもの噴水前で待ち合わせていたリリに相談すると、彼女はきょとんとした。

 うん、と頷いてから事情を説明すると、リリは口をへの字にした。

 まぁ、この時の僕はその理由なんてさっぱり見当もつかなかったし、その辺りはリリも承知の上だったらしい。

「まずギルドに向かいましょう。後学のためにも、少し冒険者依頼(クエスト)のことを勉強した方がいいと思います」

 サポーター改めアドバイザーリリの指導の下、冒険者依頼(クエスト)の基礎知識について学んでから、これまた経験豊富なリリの手助けを受けて無事に依頼の品――『ブルー・パピリオの翅』を手に入れたところまでは良かったんだけど……。

「――ふふっ、このポーションが五〇〇ヴァリスですか? ぼろい商売ですねぇ、いやはや羨ましい限りです」

 報酬を受け取るところから、様子がちょっとおかしくなってきて――

「ベルには、悪いことしたけど……それでも、このままじゃあ、借金は返せないで膨らんでいく一方……!」

 急転直下。意外な真実なんかが転がり出てきたりして、

「ふはははははははっ、邪魔するぞおおおおおぉー!」

 その矢先に、何かとっても分かりやすい性格の神様も現れたりして、

「明日までに今月分の支払いを行わなければ、今度は貴様等を追い出し、このオンボロなホームを売り払ってやるからなぁ! 覚悟しておけよ!?」

 と、まぁそんな感じで。

 この上なく分かりやすい形で、【ミアハ・ファミリア】存亡の危機が告げられたのだった。

「あ、あぁー……り、リリ。さっきの話だけどさぁー」

 ミアハ様からもらったポーションには何度も助けられた。

 リリを助けられたのはナァーザさんが作って譲ってくれたマジック・ポーションがあったおかげだ。

 だから――

「もっと冒険者依頼(クエスト)受けたいと思わない? あれだけじゃ物足りないし……あ、あと後学のためにも」

 と、我ながら驚くべき大根役者ぶりを発揮して、僕は――

「そうですねぇ、元気を持て余しているリリ達に冒険者依頼(クエスト)を恵んでくださる方々はどこかにいらっしゃらないでしょうか」

「というわけで、ミアハ。何か仕事はないかい?」

 いや、僕らは目の前の危機に挑む事を決めたのだった。

 

 そして、今日。

 アイズさんとの訓練を少し早めに切り上げさせてもらって、僕らはオラリオから外へと出発したのだった。

「ナァーザのその恰好、久しぶりに見たわね」

「うん。私も久しぶりに着たよ……」

 ナァーザさんはいつものゆったりとした服装ではなく、動きやすそうな旅装――濃いベージュ色の長衣(コート)に、紺色のズボン。首筋には茶褐色のマフラーを纏っている。

 おそらく、これがナァーザさんの冒険者としての恰好なんだろう。

「しかし、霞よ。ずいぶんといい馬を借りてきてくれたようだが……予算は平気なのか?」

 手綱を握ったままミアハ様が言った。

 穏やかな性格に加えて賢いらしく、素人の僕らでも安心して手綱を握る事が出来る。

 なので、行き道は【ミアハ・ファミリア】と霞さん、帰り道は――入団予定のリリも含めた――【ヘスティア・ファミリア】が交代で御者を担当する事になっている。

 それに――比較する対象が少ない僕にはよく分からないけど――体力があって脚も速いらしい。

「ええ、ちゃんと予算以内に収めていますよ。そういう交渉にはそれなりに自信がありますから」

 最初の御者役を務めながら、そう言って笑う霞さんも普段とは違う格好だった。

 上着こそいつもの雰囲気に近いけど、ナァーザさんと同じくズボンを、靴もハイヒールではなく、頑丈そうなブーツを履いている。

 ちなみに、トレードマークのソフト帽は今日も健在だった。

「まぁ、欲を言えば御者も借りたかったんですけどね。もしくは幌付きの馬車を」

 昨日のうちに、霞さんはどこかの商人からこの馬車一式を借り受けてきてくれた。

 それだけじゃなく、僕らが都市を出るための煩雑な手続きもほとんど済ませてくれている。

 おかげでナァーザさんやミアハ様は、借金返済のための『秘策』の準備に集中できたらしい。

「いいんじゃないかな。今日は天気もいいし、まだ暑すぎるような季節でもないしさ!」

 もちろん、神様も動きやすい恰好をしている。

 紫を基調とした乗馬服――何でも、個別に馬に乗って行くと勘違いしていたらしい――で、いつもと違ってちょっと凛々しい雰囲気がある。

 衣装替えをした三人を見て、何故だかリリがちょっと悔しそうな顔をしていた。

(まぁ、僕らはいつも通りの恰好で充分だしね)

 元々冒険者だし。ダンジョンで動ける格好なら、大体の場所で問題なく動けるはずだ。

 まぁ、軽鎧とはいえ鎧を着こんでいるのでぬかるんだ場所とか水の中だと辛いだろうけど。

 ……ちなみに、エイナさんから少し聞いた話だと、水中戦に適応する発展アビリティや護布があるらしい。

 もっとも、水中戦への備えが必要になるのは、『下層』になってかららしいのでまだ先は遠い。

 と、それはともかく。

「うむ。ヘスティアの言う通りだ。あの予算でここまで用意してもらったというのに、さらに文句を言っては罰が当たるというもの」

 確かに幌はない――というか、そもそも荷馬車なんだろうけど、僕ら四人と二柱が乗っても少しはくつろぐ余裕がある。貸してくれた商人が気を利かせてくれたのか、それともこれも霞さんの交渉手腕なのか、簡素な敷布も用意されていた。

「もう、誰が神様に罰を当てるんですか?」

 ミアハ様の言葉に、霞さんが苦笑した。

 

 それからしばらくして。

「せっかくの場だ。到着するまで、交流を深めるがよい」

 と、新しく御者役となったミアハ様の言葉に従って、僕らは話に花を咲かせ――

「ん、私はLv.2だよ……」

 何時しか話題はナァーザさんが右腕を失った――借金の理由でもある、『銀の腕(アガードラム)』が必要となった――経緯へと変わっていた。

 中層。今の僕にとっては遥か遠い未知の領域。

「そこでモンスターに丸焼きにされて……両手と両足をぐちゃぐちゃに食い荒らされちゃったんだ」

 両足と左腕は何とかなったけど、骨まで食べられた右腕はダメだった――と、ナァーザさん。

 その凄惨な経験に、僕は思わず背筋を凍らせていた。

「それにしても、まさかそんな事になってたなんてね……」

 ナァーザさんの右腕を見ながら、霞さんが小さく呻く。

「まぁ、いきなり引っ越したからおかしいなとは思ってたけど……」

「あの、昨日から気になってたんですが、霞さんはナァーザさんとお知り合いだったんですか?」

 いや、ミアハ様たちの店は薬舗だから、冒険者でなくても例えば風邪をひいた時とかにはお世話になる訳だけど。

「知り合いっていうか、命の恩人ね」

「あの時は本当に危なかった……」

 霞さんの言葉に、深々とナァーザさんがため息を吐いた。

「な、何があったんですか?」

 というか、霞さん。確かクオンさんもそう呼んでたような。

「四年前に、ちょっとね」

「それってクオン君と出会う前かい?」

 霞さんの言葉に、神様が首を傾げ――

「いや、あとだ」

 ミアハ様がそれに応じた。

「え? クオン君がいて死にかけるって一体何があったのさ?」

「いえ、ちょっとドジを踏んで大怪我してしまいまして……」

「もしや、【ブレス・ファミリア】との抗争の話ではありませんか?」

 唇に指先を当て、少し記憶を探るようにしてリリが言った。

「まぁね」

「抗争、ですか?」

「ええ。四年前のちょうど今頃、クオン様達は【ブレス・ファミリア】という派閥と抗争状態にあったと聞いています。……いえ、ちょうど今と同じ状況と言うべきでしょうか」

「今と同じ?」

「はい。【ブレス・ファミリア】を壊滅させた後、その後釜を狙う派閥とも抗争状態に陥ったんです。いえ、正確にはそれだけではないですけど。その流れの中で【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】とも揉めていますから」

「そうねー。あの時は、日替わりで違う派閥に追い回されてたわよ」

 霞さんはあっさりと言うけど、それって物凄く大事(おおごと)なんじゃないだろうか。

「その【ブレス・ファミリア】っていうのはどういう派閥なの?」

「表向きは探索系派閥の一つでしたが……その後の調査で闇派閥(イヴィルス)残党だったことが明らかになっています。まぁ、元々各派閥で持て余した無法者達が最後に行きつく派閥として知られてましたから誰も驚きはしなかったと思いますが」

 そんなのばっかりだから冒険者はならず者揃いだって言われるんですよねーと、リリは朗らかに笑った。

「ええと……。昨日から何回か出てきたけど、その闇派閥(イヴィルス)って?」

 どれだけ冒険者に対してぐれていたんだろう……と、改めて胸中に浮かんだ疑問はこの際黙殺する事にして、別の疑問を口にした。

「かつてオラリオに存在した過激派ファミリアの総称だ。主神達は邪神を名乗っていてな、オラリオを混乱の渦中へと追いやったのだ」

 そう教えてくださったのは、ミアハ様だった。

「邪神、ですか?」

「うむ。厳密な定義があるとも言い難いが……秩序を嫌い、混沌を良しとするあまり、最後の一線すら越えた極めて悪質な派閥と思っておけばまず間違いなかろう」

 ガタン、と大きめの石を乗り越えて馬車が揺れた。

 その短い揺れが収まってから、ミアハ様が続ける。

「今からおよそ一五年前に台頭し始め、ギルドと各ファミリアの連携によってようやく壊滅したのが五年前の事だ。その間は『暗黒期』と呼ばれている」

「まぁ、リリルカちゃんじゃないけど、今の冒険者だってならず者が多いんだけど……そういうのとは一線を画した連中よ。強請りに集りくらいならまだ可愛いもんで、強盗に殺人、麻薬や人身売買。他にも思いつく限りの犯罪行為に関わってたわね。それに街中で派閥抗争を起こして、関係ない人たちを平然と巻き込んだり……まぁ、とにかく酷い時代だったわ」

 生まれも育ちもオラリオ――と、前にそう言っていた霞さんがため息を吐いた。

「そ、そんな事があったんですね……」

 世界の中心と謳われるオラリオでつい最近までそんな事が起こっていたなんて。

「別に派閥抗争を起こしたのは闇派閥(イヴィルス)だけじゃないけどね。群雄割拠っていうのかしら。あの混乱に乗じて勢力を拡大しようと企んだ()()()()()同士もよく抗争を起こしてたし。路地裏に死体が転がっているなんてしょっちゅうだったわよ」

「うむ。……まさに狂乱の時代であったな」

 げんなりとした様子で呻く霞さんに、ミアハ様が頷いた。

「昨日、霞様を手伝う合間に少し情報を集めてみたのですが……どうやら【イシュタル・ファミリア】はその闇派閥(イヴィルス)残党との関与が疑われているみたいですね」

 しばらくの沈黙の後で、改めてリリが言った。

「そうなの?! っていうか、残党がいるの?!」

「残念ながらな。噂はそれこそ五年前からずっとあるが……それが、本当に『暗黒期』を生き延びた()()なのか、新たに生まれた派閥なのかは分からぬ」

「まぁ、悪い事を考える連中はいつの時代にもいるしね。『世に悪が栄えた試しなし』なんて言うそうだけど、途絶えた試しもないのよ」

「と、いうか。むしろ栄えてたからね、五年前まで」

 しみじみとした様子で、霞さんとナァーザさんが頷く。

「えっと……」

 返事に困り、曖昧な笑みを顔に張り付けてから、

「そ、それじゃ霞さんもその闇派閥(イヴィルス)の抗争に巻き込まれたんですか?」

「巻き込まれたっていうか……。まぁ、姉さんの仇だったのよ【ブレス・ファミリア】の連中は。いえ、そいつらはまだ下っ端でもう少し厄介な相手が控えていたんだけど」

「仇、ですか?」

「『月夜叉(ヤクシニー)』……澄香・アンジェリック様ですね。霞様がクオン様より前にマネージャーを務めていた剣闘士です。一六歳で上級剣闘士に名を連ねたと聞いていますが……」

「まぁね。強かったわよー、姉さんは」

 誇るように、霞さんは笑った。

「でも、ちょっと勝ち過ぎたのかしらね。ある闘技場の元締めに目をつけられて……」

 そして、少し口ごもってから、

「ま、まぁ、その辺の事はいいでしょ。それで、敵討の途中でドジ踏んで【ブレス・ファミリア】に捕まってね。ちょっと酷い目にあわされたってわけ。アイツが助けに来てくれるのがもう少し遅かったらナァーザ達に会う前に死んでたわね、きっと」

 努めて明るく、そう言った。

 ――のだけど。

「いや、ちょっとっていうか……」

 眉をしかめたのはナァーザさんだった。

「例えて言うなら、果汁(ジュース)に加工された後の果物みたいな感じだったけど……」

 その言葉に、ミアハ様までが重々しい様子でうむ、と頷いた。

「う、うわぁ……」

「な、何てストレートな例え……」

 リリや神様が顔をひきつらせる。

 多分、僕も同じような表情をしているに違いない。

「ま、まぁ……。実際、アイツの情報を吐かせるために生け捕りにされた訳だし……。そうじゃなきゃ、あっさりと殺されてたわよ」

 何だか、霞さんにも思った以上に過酷な過去があったらしい。

 方向性が違うだけでナァーザさんにも負けないというか何というか……。

 ……いや、そもそも勝ち負けを競うような事じゃないけど。

「い、命の恩人って、フィリア祭の時の話だと、もっと軽い雰囲気じゃなかったかい?」

 ゴロツキから助けてもらった――と、そういう話だったような。

「あ、あれですか。あれも嘘じゃないですよ。姉さんが亡くなった後、新しい剣闘士を探している時に闘技場の主の策に嵌まって半ば強引に借金させられて……それで取り立てにきたゴロツキに絡まれている時にアイツと出会ったので」

 まぁ、あのままだったら散々慰み者にされた挙句、良くてその辺の怪しげな娼婦宿、悪ければロログ湖かダンジョンの中にでも捨てられてたでしょうけど――と、霞さん。

「充分に大ごとじゃないかぁああああぁあああっ!?」

 それもまた少しも軽くない。命の恩人と呼ぶに値する深刻な事態だった。

「いいんですよ。アイツのおかげで一括返済できましたから」

 悲鳴を上げた神様に、霞さんはあっけらかんと笑って見せた。

 なるほど、そういう調子だから神様も嘘とは思わなかったのか。

「あ! それってデビュー戦の事ですね!」

 と、今度はパンと手を合わせて、リリが目を輝かせる。

「知ってるの?」

「はい! 闘技場『ライン・ハマト』の経営者(オーナー)直属の剣闘士、『ワンダフルボディ』ことジャウザーとの一戦! 推定Lv.3と言われていたその剣闘士相手に圧倒的な強さを見せつけた事で、無名の新人だったクオン様は一夜にして名を馳せる事になるんです!」

「そうそう。これが大穴もいいところでね、借金一括返済どころか一〇万ヴァリスの儲けよ」

「そんなにですか?! リリもサポーターではなく、剣闘士のマネージャーになるべきでした……!」

 目を大きく見開き、リリが戦慄く。

「いい剣闘士が見つかれば、なんだけどね。下手なの掴まされるとアイツに会う前の私みたいに借金ばっかり増えるわよ」

「うっ?! やはり、そう美味しい話はないという事ですね……」

「っていうか、そんなに大金が動くのかい? 賭博剣闘って確か違法行為だろう?」

 一転して項垂れてしまったリリをよそに、今度は神様が訊ねた。

「まぁ、だからこそっていう面もありますよ。それに、その闘技場は貴族の直営ですから、元々配当金が良かったんです。……その分、色々と危険ですけどね。掛け金は五〇〇〇ヴァリスからしたし、それなりの貯えがないと、負けた途端に身ぐるみ剥がされる事になります。私は元々後がなかったので、気にしませんでしたけど」

「やはり堅気の世界ではないという事ですね」

 本当にあれは一世一代の賭けでした――と、苦笑する霞さんに、リリがしみじみと呟き、

「さ、サバイバル過ぎる……ッ!」

 神様もまた、慄然とした様子で結んだ黒髪を震わしている。

「今回もアイツがいてくれれば、一発ドカンと稼がせるんだけどねー」

「流石にそういう訳にもいくまい。これは我々の借金なのだから」

「それに。今まで焦げ付かせてた分は、あいつからもらった『カドモスの泉水』で支払ったし」

 あの時の水か――と、思わず戦慄する。

 エイナさん曰く、一瓶一千万ヴァリスはするらしい。

 ……あの、師匠。ちょっと期待値高すぎませんか?

「むしろ。何か当てがあると踏んだから、あの糞ジジイも出しゃばってきたのかも」

「……まぁ、あり得る話ではあるな」

 唸るナァーザさんとミアハ様の横で、僕はひとりガクガクと震えていた。

「そ、それはそうと。結局何で、クオン君がいながらミアハの世話になったんだい?」

 先程とはまた違った陰鬱な空気に、神様が強引に話題を変えた。

「あの子だったら、よっぽど重傷でもすっきり治せちゃいそうだけど……」

 確かに気になる。だって、クオンさんだったら僕らの傷どころか傷んだ武器まで直せるわけだし。

「……いえ、その時はまだ使()()()()()()のではないですか?」

 霞さんが何か言うより先に、リリが呟いた。

「えっ? リリ、それってどういう意味なの?」

「ええとですね。クオン様が本格的に魔法を使い始めたのは、【猛者(おうじゃ)】との決闘……いえ、その途中で乱入してきた【古王(スルト)】との一騎打ちからなんです。リリは直接見ていませんが、その一戦で()()()()と言われるくらい戦い方が洗練されていったと聞きます」

「ええ。リリルカちゃんの言う通りよ。アイツ、あの頃は精々火の玉を放ったり、掌で爆発させるくらいの事しかできなかったのよ。ほら、この前記憶を失っていたって言ったでしょ? どうもその影響だったみたいね」

 あの時、斬り合いながら()()()()()んだって――と、霞さん。

 それはそれでとんでもない話なんじゃないだろうか。

「まぁ、もっと前から、それなりに記憶は取り戻してたんだけどね。そのせいで、まー荒れたこと荒れたこと。あの時ほど『剣の切っ先より死に近い』っていう謳い文句がしっくりきた時期はないわね」

 一体どんなことを思い出したんだろう。

 僕の記憶にあるクオンさんは、もちろん村を救ってくれた英雄でもあるけど……それでも、基本的には暢気で気ままな旅人でしかない。

 この前の闇霊との一戦で、それだけではない苛烈さもあるって分かったけど。

「確かに荒れていたな」

 ぽつりと、ミアハ様は呟いた。

「そうなのかい?」

「うむ。まさに手負いの獣と言った有様であった」

「……ちょっと想像つかないなぁ」

 やっぱり、神様もそうらしい。

「私だけだったなら、霞は救えなかったであろうな」

「? どういう意味さ?」

「おそらく、近づけさせなかったであろう。実際、霞にハイ・ポーションを浴びせたのはナァーザだ」

「あの時。あいつ、ミアハ様に剣を突き付けましたからね」

「えっ? いきなり?」

「いきなりだ。……あの日は酷い土砂降りでな。そんな中、クオンは傷だらけで、同じく血塗れの霞を抱きかかえて路地に蹲っていた」

 冷たい雨から庇うように。零れ逝く命を繋ぎとめるように。

 ミアハ様は遠い過去を見るように、そう呟いた。

「あいつの事だ。このままでは霞が死ぬと分かっていたであろう。だが……」

「助けを求めなかった。オラリオの治療院は、まず間違いなく神がいるから」

 ミアハ様の言葉を、ナァーザさんが引き継ぐ。

「『神が人を救うだと? 笑わせるな』――って、あの時あいつはミアハ様にそう言ったよ」

「……そんなにかい?」

 神嫌い――と、言うのは知っていたつもりだったけど。

「うむ。何とか説得を試みたが、取りつく島もなかったな。それで――」

「まぁ、放っといたら死んじゃうし。私が強引にハイ・ポーションを何本かぶっかけた」

 それで、強引に治療院――当時の『青の薬舗』まで引きずっていったらしい。

 あと、付きっきりで看病したのもナァーザさんだという。

「ギリギリ、だったね。もう少し遅かったら、きっと死んでた」

「まぁね。正直、死ぬと思ったし。っていうか、意識が戻った時、ちょっと気恥ずかしかったくらいよ」

「何でだい?」

「ま、まぁ。遺言と言いますか……そんな感じで色々と」

 神様が訊くと、霞さんは指先で頬を掻きながら小さな声で言った。

「まぁ、敵討ちも果たしたし。惚れた男の腕の中っていうなら、死に場所としては悪くないし。やっぱり……こう、色々と。ね、リリルカちゃん。分かるでしょ?」

「ま、まぁ。気持ちは、分からないでもない、ですけど……」

 助けを求められたリリが、困ったように呻く。

「これこれ、二人とも滅多なことは言うものではない。霞の言う事が間違っているとは言わぬが、それはもっと歳をとり、天寿を全うする時で良いであろう」

 医神として、流石に見過ごせなかったらしい。

 ミアハ様が二人を窘める。

「それに、あの時もしお前が死んでいたら、オラリオには血の雨が降ったであろうな」

「うん。【ロキ・ファミリア】とかは絶対なくなってたよ」

 ミアハ様の言葉に、ナァーザさんが深々とため息を吐いた。

 いや、確かに【ロキ・ファミリア】と揉めたっていう話は何度も聞いているわけだけど……それって僕が思っているよりずっと深刻な出来事だったんじゃないだろうか。

「あー…、なるほど。最初にちょっかい出したのが主神だったって聞きますし……」

 アイズさんに訊いてみた方がいいのかな?――と、悩んでいると、リリが更なる爆弾を投入した。

「下手をするとイシュタル様より先に――と、いう事になっていたかもしれませんねぇ」

 ……否定できない。

 いや、そのロキ様について何か詳しく知っている訳じゃないんだけど、ミアハ様でもダメだったなら、他のどんな神様でもダメだろうって予想くらいはできる。

「うむ。リリルカの言う通りだ。ロキも決して悪い神ではないのだが、あの頃のクオンとは相性が悪すぎたと言うよりないな」

「そういうこと。霞がいなかったら、かなり危なかった。オラリオが、全体的に」

「そうかしら。その辺はむしろアイシャのおかげだと思うけど」

 しみじみと呟くミアハ様とナァーザさんに、霞さんはそうぼやいた。

「お前が生きていたから、クオンも彼女を受け入れる余裕があったのだと思うが」

「それは、否定できませんけど。アイシャもいきなり斬りかかってきた口ですし」

「あの、アイシャさんてどなたなんですか?」

 新しく出てきた誰かの名前に、首を傾げる。

 名前からして女の人みたいだけど。

「あー…。ひょっとして、噂のバーベラではないでしょうか」

「噂の?」

「ええ。クオン様は歓楽街で豪遊していた――と、いう類の噂が良く付きまといますが、それはおかしいんです」

「そうなのかい?」

「はい。賭博剣闘が盛んなのは歓楽街ではなく繁華街です。普通に考えると、歓楽街だと誤解される理由がありません。その後【九魔姫(ナイン・ヘル)】様や【象神の杖(アンクーシャ)】様と交流を持つようになったから、と考えても不自然です」

「そうねー。リヴェリア様はもちろん、シャクティも身持ちが堅いし」

 と、霞さんが苦笑した。

「ですが、噂になるのが霞様だけなら、やはり歓楽街と結びつける理由がありません。ですが、バーベラが関わっているなら、それだけで充分です。実際、もう一人黒髪の女性が一緒だったという噂はよく聞きましたし」

 あまり詳しくないけど、確か【九魔姫(ナイン・ヘル)】――ハイエルフのリヴェリア・リヨス・アールヴは緑色の髪をしていると聞いている。

「【象神の杖(アンクーシャ)】君ってガネーシャのところの団長だろ? 藍色の髪の麗人って聞くし、その辺を見間違えたんじゃないのかい?」

「いえ、それもないでしょう。正しく言えば、黒髪で褐色肌の女性ですから」

「あー…。そうなるとヒューマンじゃないね。いや、日焼けしてる可能性もあるけど」

 どちらかと言えば、アマゾネスの特徴だった。

「もちろん、可能性はありますが【象神の杖(アンクーシャ)】様に限って言えば、そういう噂はありません。少なくともリリは聞いた事がないです」

「そうね。シャクティはどっちかと言えば色白美人よ」

 リリの言葉に、霞さんも頷いた。

「はい。ですが、バーベラを侍らせていた、とするなら歓楽街と結びつけるのは簡単です。複数人いたとも聞きますが……」

「ああ、それはアイシャが変装してたからね。ちょくちょく違う格好してたわよ」

「なるほど。それでですか」

 というか――

「昨日からずっと思ってたけど。サポーター君、ずいぶんと詳しいね?」

 うん。僕もそう思う。

「ひょっとして、剣闘士好きなの?」

 それとも、賭博剣闘が好きなんだろうか。

「ほあ!? い、いえ。そんな事はないですよー」

「うぅん……。怪しいな。まるっきり嘘じゃないけど、本当でもないね」

 僕ら(人間)の嘘を見通す神様の目が光る。

「本当です! 別に賭博剣闘に興味は……まぁ、まるでないわけでもないですが」

 先程の話ではないですが、当たれば儲かりますし!――と、小声かつ早口で言い添えてから、

「別に剣闘士が好きな訳ではありません! どうせ中身は冒険者ですから!!」

 と、きっぱりと言い切る。

「まぁ、嘘じゃないみたいだけど」

 神様が頷くと、ただ、とリリは小さく付け足した。

「クオン様はギルドも認めるLv.0。()()()()()()()()()()から」

 リリが言いたい事は、分かった。

「普段から威張り散らしている冒険者が……それも、上級冒険者はおろか第一級冒険者までがLv.0に頭が上がらない。それどころか、大派閥までが揃って恐れていたんです。リリから見れば、こんなに痛快な光景はありません。なので――」

 と、リリはうつむき、

「そういう意味で、ずっと応援者(ファン)なんです」

 思わず調べてしまうほど――と、蚊が泣くような細い声で言った。

 そして――

「どうせ歪んでます! ひねくれてます! 分かってますから!」

 ぷい、とそっぽを向き、リリがむくれる。

 そんなリリの頭を、霞さんが撫でた。

「わぷ?! か、霞様!?」

「嬉しいこと言ってくれるわねー」

 そう言って笑う霞さんは、本当に嬉しそうだった。

「そ、そんな事は……」

「あら、嘘じゃないわよ? だってほら、私達って所詮は日の当たらないところに生きる身だし。賞賛とか憧れとか、そういうのとは無縁なのよ。応援者(ファン)がいない訳じゃないけど、大体は稼がせてくれるからって理由だし。()()()()()()を見せてくれるから、なんて言うのもいるし」

 だからね、と霞さんは笑う。

「少しでも誰かの支えになってたなら嬉しいわ。アイツが照れる顔が目に浮かぶわね」

「照れるってクオン君がかい?」

「ええ。どう反応していいのか分かりません、って顔をしますよ、きっと」

 ああ、その様子を想像するのはとても簡単だった。

 村を救ってくれた時も、そんな感じだったから。

「ええと、それでバーベラって?」

 しばらく、その穏やかな空気が続いてから。

 ガタン――と、再び大きめの石を車輪が踏み越えたところで、僕は改めて問いかけた。

「えっ?! ええと、それはですね――」

 リリがまた慌て始める。

「へ、ヘスティア様!」

「ぼ、ボクに説明しろっていうのかい?!」

「ええ、ここは主神(保護者)の出番です!」

 何かいま、おかしな響きがあったような気が……。

「そ、そういう事は君に任せるよ、サポーター君!」

「ヘスティア様も派閥運営を投げ出す(育児を丸投げする)ダメ主神(親父)なんですかぁ!?」

 いや、うん、やっぱり何かおかしな響きがあるような。

「ふあ!? そ、そんな訳ないだろ! ないけど……でも、ボクは処女神なんだぞぉ……」

「それ以前に竈の神、ひいては家庭の守護神なのではないのですか?!」

 そして、よく分からないけど、神様がめちゃくちゃ圧されている。

「ええと、神様? リリ?」

 何か悪いこと聞いちゃったのかな……。

「ええとね。バーベラっていうのは、『戦闘娼婦』って書くの」

 何故だか顔を赤くしながら言い合う神様たちに助け舟を出したのは、霞さんだった。

「戦闘娼婦……?」

「冒険者を兼業する娼婦と言うか、娼婦を兼業する冒険者と言うか……。まぁ、そんな感じね」

「つまり、『神の恩恵(ファルナ)』を受けた娼婦ってことですか?」

「うむ。だが、元々はダンジョンへの遠征に同行したアマゾネス達の事をそう呼んだとされているな」

 無論、私もさして詳しいわけではないが――と、前置きをしてからミアハ様が言った。

「その当時にどう呼ばれていたかは私も寡聞にして知らないが、その原型となった存在は『古代』からいたと聞く。他に剛胆かつ色欲に忠実なアマゾネスらの様子を『戦場に立つ娼婦』と書き現し、それがのちに誤訳されたことで生まれた言葉だという説もある」

 まるで歴史の講義を聞いているような気分だった。

「その後、オラリオの一画を占める『歓楽街』が生まれてからは、自分達の縄張りを守る衛兵と言う側面が強くなり、さらに歓楽街の高級志向が高まるほど、高級娼婦と同一視されていった――と、いうのが今のところ定説となっている」

 いや、実際にオラリオの歴史の一部なんだろう。

 気づけば、エイナさんの講義を聞く時のように姿勢を正していた。

「そして、その傾向は【イシュタル・ファミリア】の台頭と共にさらに顕著化した」

 そう言えば、そのエイナさんから【イシュタル・ファミリア】は当時敵対した派閥の主神をすべて天界に送還したって教わったっけ。

 その結果として歓楽街は【イシュタル・ファミリア】のものとなったんだろう。

 このオラリオの一画を支配した――改めてそう考えると、どれだけ強大な派閥だったかよく分かる。……いや、むしろ途方もなさ過ぎて逆にピンとこないくらいだけど。

「っていうか、ミアハ。何でそんなに詳しいのさ?」

「先にも言ったであろう。詳しいわけではない。……だが、何分そういう界隈は昔から我ら医療者も無関係ではいられん。お世辞にも好ましい関係ではないが、な。特に暗黒期の頃は様々な事情で私娼が氾濫したゆえ、そういう悲劇も多かった」

 ミアハ様が言わんとしている事は……まぁ、鈍い僕にも何となく分かった。

「何度でも言うけど、あの頃は本当にいろんな事が酷かった。基本的には真っ当な治療院じゃなくて、モグリの治療師が対応してたけど……そいつらが杜撰なことしたせいで余計に体を壊した人がたくさんいる。それでも足りなかったのか、ダンジョンの中に捨て子が横行したって話も聞いてるよ」

 と、ナァーザさんまでが顔を曇らせる。

「ダンジョンの中にって……」

「まぁ、そうすれば骨も残りませんからね。一応、都市伝説という事にはなっていますが……」

 いっそ怒りすら宿した神様に、霞さんが呟いた。

 それはそうだろう。屈強なドワーフの戦士ですら、ダンジョンに斃れれば遺体が見つからない事も珍しくはないと聞いている。いや、実際にダンジョンに潜れば嫌でも実感できる。

 子ども――特に赤ちゃんなんて、骨どころか血の一滴すら残らないはずだ。

 その時を誰かが目撃していないなら、そんな噂すら立ちようがない。

「うむ。本当に酷い時代であった。悲劇ばかりが折り重なり、救いの光が見えぬほどに。何をどうするべきだったのか。どうすればみなを救えたのか。仮に『神の力(アルカナム)』を使えたとして、そんな事が可能だったのか。今でも分からぬ」

 当時の苦悶や苦悩、あるいは無力感を思い出したのか、ミアハ様が噛み締めた声で呻いた。

 それが、暗黒期。闇派閥(イヴィルス)がもたらした狂乱の時代なんだろう。

「まぁ、これらはその時の名残というやつだ。苦い思い出だが、知識に罪はなかろう」

 しばらくして。努めていつも通りの様子で、ミアハ様が言った。

「さて。余計な事を長々と話したが、戦闘娼婦(バーベラ)とは【イシュタル・ファミリア】所属のアマゾネス、というのが今のオラリオで一般的な認識であろう」

「まぁ、実際は他の種族もいるみたいだけどねー」

 霞さんが言うには、何とエルフもいるのだとか。

 清廉潔白なエルフが娼婦というのは何だか凄く不思議な感じだ。

「ええと、それじゃそのアイシャさんっていうのは……」

「【麗傑(アンティアネイラ)】様――アイシャ・ベルカ様の事だと思います」

「知ってるの?」

「はい。【イシュタル・ファミリア】幹部のLv.3。Lv.4へのランクアップ間近なのではないかと噂されるほど凄腕の冒険者でもあります。もちろん、種族はアマゾネスです」

「ええ、そうよ」

「っていうか、サポーター君……」

 リリに頷く霞さんと、半眼で見やる神様。

「違います! これは当然の嗜みです!」

 憤然とした様子でリリが言い返した。

「まぁ、普通に考えればこんな大派閥とリリが関わる事なんてありえませんが……。ですが、【イシュタル・ファミリア】は色々と厄介な事で有名ですからね。何かのはずみで難癖を付けられたら、そのまま無理やり仲間(娼婦)にされかねませんし、冒険者相手に盗賊業をやっていたリリが警戒するのは当然なんです!!」

「アイシャはいい奴なんだけど……派閥としては、色々黒い噂が絶えないわね」

 力強く断言したリリに、霞さんが苦笑した。

「それで、そのアイシャさんて……」

「ええ。リリルカちゃんの言う通り、馴染みの戦闘娼婦(バーベラ)よ」

「ええっ!? だ、だって霞さん……」

 その、恋人なのでは……。

「まぁ、色々とあってね。っていうか、アイツ昔から寝言で別の女の名前を呼ぶような奴だし」

「……それは控えめに言って最低なのではないですか?」

 リリが半眼で呻いた。

「そうは言っても、元々記憶を失っているのは織り込み済みだったしね。そういう関係の相手がいたとしても文句は言えないでしょ」

「そ、それはそうなのでしょうが……」

「まぁ、毎回違う女の名前だったりするんだけどねー」

「やはり最低ではないですかぁ!?」

「ロードランとかドラングレイクとかロスリックとか……まぁ、アイツが時々口にするその街だか国だかに現地妻がいるのは間違いないわね」

 お、大らかすぎる……!

 私達はオラリオ担当ね――と、あっけらかんと笑う霞さんに、思わず戦慄を覚えていた。

「め、女神ですか?! 霞様は女神なんですか!?」

「お、落ち着くんだサポーター君! むしろ女神って嫉妬深くて執念深いのが多いんだぞぉ!?」

「ええ、ヘスティア様のおかげでよぉく分かってますよーだ!」

「なにぃ!? それはどー言う意味だいっ!?」

「か、神様ぁ!? リリぃ?!」

 唐突に取っ組み合いを始めてしまった神様とリリにおろおろしていると、ナァーザさんがしみじみとした様子で唸った。

「不思議な関係。霞なら、相手には困らないのに」

「ナァーザまでシャクティ達と同じこと言わないでよ」

「いや、多分みんな言うんじゃないかな」

「リリもそう思います」

 取っ組み合った姿勢のまま、神様とリリまでが冷静に言う。

「いいの。そりゃ、この浮気者と思う事はあるけど……アイツがいなかったら、敵討ちなんて夢また夢の話だったし。それどころか、今頃良くて娼館行きだった訳だしね。それにまぁ……多分、みんな私達と同じく訳アリだろうし」

「訳アリ、ですか?」

「例えば私は敵討ちに付き合ってもらった訳だし。そういう何か表沙汰にできない事情を抱えていたり、何かの理由で日の当たらない場所に追いやられた誰かを口説き落とすのがうまいのよ、アイツ」

 と、いうよりあれね。むしろ私達の方が焼かれると分かっていても誘われずにはいられない蛾みたいなものなのかも――と、霞さんは笑う。

「で、ではそのアイシャ様も?」

「ええ。……ええと、これ言ってもいいのかしら」

 リリの問いかけに困った様子で、霞さんは口ごもってから――

「アイツが言うにはイシュタル様は人間を生贄にして何かしようとしてたらしくて――」

「えっ?!」

「で、アイシャは二年位前にそれを止めようとして、ひとまず成功したはいいんだけどそのせいで拷問とかかされたみたいで――」

「ええっ!?」

「しかも、イシュタル様って『美の神』でしょ? その時に骨の髄まで『魅了』されて、逆らえなくさせられてたみたいでね。それに、アイシャって面倒見がいいから、他の戦闘娼婦(バーベラ)にも慕われてたんだけど、その子達も人質みたいにされちゃってて。で、近いうちにまたその生贄の儀式をしようとしてる、って状況だったみたいね」

「うえええええっ!?」

 生贄。拷問。人質。何だかまたしても壮絶な単語が続き、僕らは揃って悲鳴を上げていた。

「まぁ、ちょうどそれくらいの頃からアイシャはうちの店に顔出さなくなったし、多分本当なんでしょうね。アイツがそんな嘘を吐く理由もないし。身請けで済めばそれでもいいとは言ってたけど……」

「そう上手くはいかなかった、ということか」

「ええ、そうみたいですね。まぁ、アイツだって別に本気で期待してた訳じゃないでしょうけど」

 ミアハ様の言葉に、霞さんが肩をすくめる。

「なるほど。この騒動には、そんな事情があったんだね……」

「イシュタルよ。何故そのような愚かなことを……」

 二柱(ふたり)の神様が、深々とため息をついた。

「ま、まぁ。それはそうと」

 どうにも重苦しい雰囲気が続くこの状況をどうにかしようと、霞さんが大きく話題を変えた。

「リリルカちゃんはどうなの? やっぱり気になる人とかいる?」

 それも、もの凄く強引に。

「ほぁ!? ええとですね――!」

「ほほう。それはボクも気になるな」

 キラン!――と、何故だか瞳を鋭く輝かせながら神様が迫る。

 それからしばらくして――

「ミアハ様は私の気持ちに全く気付いてくれない――」

「あーわかるわかる。うちのベル君も察しが悪くてね――」

「……リリも(こぶん)扱いされている節があります」

「まったく、男どもはこれだから――」

 ――と、そんな感じで。

 いつの間にか完全に打ち解けあい、何かを共有し合う女性陣(神様たち)と、訳も分からないまま肩身の狭い思いをする男性陣(僕とミアハ様)の姿がそこにあるのだった。

 

 

 

 それからしばらくして。

 太陽が上空に上り出す頃には、僕らも目的地へと到着していた。

「こ、ここが……」

「へぇ~、密林と言うだけの事はあるなぁ」

 天界生まれの神様はもちろん、田舎育ちの僕ですら圧倒されるほどの光景がそこにあった。

 僕らの目的地。その名前を『セオロの密林』と言った。

 オラリオの東に連なるアルブ山脈の麓に大森林である。

 いわゆる原生林というもので、聳え立つ樹木は総じて樹高が高く幹も太い。

 地面にも野草や野花、苔に羊歯など様々な植物が所狭しとばかりに隆盛を極めている。

(緑の王国……)

 村の近くの森よりもさらに深いその密林を前に、思わずそんな言葉が浮かんだ。

「それでは、まず目的地の確認をしましょう」

 ダンジョンにいる時と同じく真剣な表情を浮かべ、リリが地図を広げた。

 鬱蒼としたこの密林は見晴らしが悪く、獣や野生のモンスターの他に、野盗や他国の密偵、あるいは話題の闇派閥(イヴィルス)残党なんかが潜伏する格好の場所でもあったらしい。

 だから、定期的に『山狩り』が行われていた名残……それと、周辺の猟師たちが狩りに入る事もあるので、簡単な地図なら存在するらしい。

 と、言っても沼地とか崖とか危険な場所を中心に大雑把な地形が書かれただけのものだけど。

「うん。現在地はここ。それで、私が目をつけているのはここ」

 手袋に覆われた右手の指先が、地図の一点を示した。

「大きな窪地がある。きっと、そこに巣もあるはず」

 巣といっても、野生動物のものではない。

 野生のモンスターの物だ。

「モンスターの『卵』か……」

 ドロップアイテムではない、モンスターの『卵』。

 それが、僕らが求めるものだ。

「ダンジョンの壁とか床から生まれてくるのを見慣れているリリ達にとっては、何だか凄く違和感ありますねぇ」

 何となく抱いていた違和感を、リリが見事に代弁してくれた。

 遥か昔、まだ神蓋(バベル)の封印がなされていなかった頃。ダンジョンから外へと進出したモンスター達は世界各地に広がっていった。

 僕らの村を襲ったコボルト……それに、小さい頃にボコボコにされたゴブリンなんかは、みんなその()()だ。

 母なるダンジョンから離れたモンスターの多くは、普通の動物と同じようにそれぞれ生殖行動をとっては、今も地上に繁栄している――と、いうのはもちろん僕だって知っていた。

 そうやって繁殖しているなら、『卵』があるのも不思議じゃないんだけど……。

「そう? むしろ壁から生き物が出てくる方が不気味じゃない?」

 まぁ、普通に考えればそうなのかも。

 実際、ボクも冒険者になったばっかりの時は壁から生まれてくるその光景に驚いたはずなんだけど……慣れとは怖いもので、今や僕もリリと全く同じ気分だった。

「まぁ、それはともかく」

 と、リリが仕切りなおす。

「『卵』があるということは、モンスターそのものも棲息しているという事です。この先はあっても精々が獣道ですし、慎重に進まなくてはなりません」

「うん。分かってる」

 すっかり手に馴染んだ≪神様のナイフ≫と、ミノタウロスに襲われた日に無くしたはずの――アイズさんが拾ってくれていたショートソードを改めて確認する。

 もちろん、鎧の具合も問題ない。今日もしっくりと僕の体に噛み合ってくれる。

「何より、ヘスティア様とミアハ様、霞様を守りながら進む必要があります。ですが、このパーティはちょっと後衛に偏り過ぎと言いますか……」

「ごめん。近づくと、動けなくなっちゃうから……」

 耳と尻尾を落ち込ませながら、ナァーザさんが言った。

 生きながらモンスターに四肢を食い散らかされる。その凄惨な経験は、ナァーザさんの心に深い傷跡(トラウマ)を残していた。

 それこそが、冒険者から薬師に転職した大きな理由でもある。

「距離があれば、まだどうにかなると思うけど……」

 自分の背丈ほどもある長弓(ロングボウ)を握りながら、呻くナァーザさん。

 元々それが得物で、射撃の腕には何の不安もない――と、ミアハ様が捕捉した。

「そればかりは仕方ありません。なので、今回はリリが中衛を受け持ちます」

 と、リリは僕が新しく借りていた方のショートソードを抜いて見せる。

 まぁ、小柄なリリが持つと普通のロングソードのように見えるけど。

「大丈夫なのかい?」

「まったく大丈夫ではありません」

 神様の問いかけに、リリは剣を鞘に戻しながらあっさりと言い切った。

 まぁ、確かにリリがクロスボウ以外の武器を使っているところを見た事がない――いや、前に魔剣も使ってたけど。

「リリの剣なんて、ゴブリンやコボルトに何とか通じるかどうかのヘッポコぶりです。いくら外のモンスターでも過信されては困ります。あくまで念のため。最後の手段とお考え下さい」

 繁殖のためには『魔石』の力を削る必要があるという。

 その結果、外のモンスターはダンジョン内の同種より大きく弱体化しているのが常だ。

 ……それこそ、子どもだった僕がボコボコにされてもこうして生きているくらいには。

 とはいえ、危険だという事は何も変わらない。

「なので、ベル様は前衛を。いえ、先行しての遊撃を受け持ってもらう事になります」

 つまり、神様たちにモンスターを――あと、野生の猛獣も――近づかせないよう立ち回る必要があるという事だ。

 もちろん、今までもリリにモンスターが行かないように気を付けていたけど……リリの場合は、一匹や二匹くらいだったら自分で対応してくれる。

 でも、神様たちはそうはいかない。

 改めてそれを自覚した途端、いつもと違う緊張感が体を満たしていく。

(魔法も覚えたし、多少の距離があっても問題なく対応できるはずだけど……)

 ダンジョンと同じく、モンスターが僕らの進行方向から現れてくれるとは限らない。

 場合によっては、()()()()()()()()()()から攻撃を仕掛ける必要もあるだろう。

 遊撃とリリが言い表したのはそういう事だ。

「今までになく負担が大きくなってしまいますが……」

「大丈夫。任せて」

 少し見栄を張って、トンと鎧の胸元を叩いて見せる。

 責任は重大だけど、僕だって少しは成長しているはず。

「じゃあ。行くよ」

 ナァーザさんの号令の下、僕らはその密林へと踏み込んでいった。

 

 …――

 

(凄いな……)

 田舎育ちだし、森の中にはそれなりに慣れているつもりだったけど。

神の恩恵(ファルナ)』によって強化された『器』。それに流れ込んでくる情報量に圧倒されていた。

 ひしひしと感じるモンスターの……あるいは、獣の息吹。

 木の葉を揺らす鳥の羽ばたき。

 踏みしめる腐葉土の匂い。

 強化された五感は、それらを丁寧に拾い上げていく。まるで獣人にでも生まれ変わった気分だ。

 ダンジョンで馴染みのある土石系――迷宮構造の階層ではこうはいかない。霧に包まれた草原とが広がる八階層から一〇階層でも、だ。

 未だ見ぬ『中層』。その中で最も深い一九階層からの二四階層にかけて広がる『大樹の迷宮』というのもこういう感じなんだろうか。

「あ、ヘスティア様。そこに苔の生えた岩がありますから、気を付けてくださいね」

 少し後ろからリリの声が聞こえてくる。

 申し訳ばかりの『道』――文字通りの獣道から外れて久しい。

 ショートソードを鉈代わりに下草を払いながら進むその道のりは、僕やリリ(冒険者)にも多少の困難さを感じさせるほどだ。

「いやぁ……。これは思った以上にキツいねー…」

「うむ。日頃の運動不足がたたるな」

 なるべく道を踏み固めながら進んでいるけど……それでも、下界では常人と変わらない神様たちは僕らよりずっと険しく感じるだろう。

「それにしても……。これは、ちゃんとした靴を履いてきて良かったわ」

「そうだね。これでもし、いつものサンダルなんかできてたら、今頃悲惨な事になってたよ」

 それぞれしっかりした作りのブーツを用意していた霞さんと神様が苦笑しあう。

「というか。フィリア祭の時も思ったけど、霞君って結構体力あるね」

 確かに。霞さんはまだ少し余裕がありそうな雰囲気だった。

「まぁ、荒くれ揃いの剣闘士のマネージャーでしたし。それに、今は踊子(ダンサー)の真似事なんかもしてますから。これ、結構全身運動なんですよ」

「なるほどねー」

 水筒から水を飲みながら、神様が頷く。

 と、その時――

「リリ! 止まって!」

 意識が認識する前に、体が叫んでいた。

 モンスター。いわゆる『ダンジョンリザード』か。千年の間に、ダンジョンではなく密林に適応したその怪物が藪の中から飛び出してきた。

 それを皮切りに、次々と野生のモンスターが襲い掛かってくる。

「フ――ッ!」

 はっきり言って動きが遅い。

 ここ数日、アイズさんの速さに必死に食いついてきた僕には止まって見える程だ。

 ひとまずダンジョンリザードをショートソードで両断。フロッグ・シューターを蹴り飛ばし、中空に浮かぶバットパットに飛び掛かり、≪神様のナイフ≫で一閃する。

(階層がデタラメだ……)

 着地と同時にしゃがみ込み、次のフロッグ・シューターの舌をやり過ごしながら声にせず呻く。

 引き戻される舌を切断。奇怪な悲鳴を上げる大蛙の脳天にナイフを突き立てる。

(いや、当然か)

 ダンジョンとは違う。ここには階層なんて存在しない。

 どのモンスターも等しくこの密林で生きている。それなら、ダンジョンと同じのはずがない。

「ベル! 上!」

 ナァーザさんの鋭い叫びに、頭上を見上げる。

 大きな蜻蛉の姿がそこにあった。

(これは……!)

 見覚えのないモンスター。となると、『中層』以下に棲息する可能性も――

「『ガン・リベルラ』だよ! でも、外のモンスターだから!」

 対応できる。それは分かっていた。

 相手の動きは充分に見えているのだから。

(それなら!)

 攻撃が来る前に仕留める――と、一気に踏み込もうとして。

「しま――ッ!」

 地面に埋まった――そして、苔が生した岩に足を滑らせる。

 下草に完全に隠れていて今まで全く気づかなかった。

「うわっ!」

 さらに、近くの茂みから一角兎(アルミラージ)が突撃してくる。

 エイナさんからもらった≪グリーン・サポーター≫でやり過ごしたが、体勢は致命的に崩された。

『ギィイイイイイ!』

 ガン・リベルラの牙が目前にまで迫っている。

 蜻蛉の牙というのは意外と鋭い。それがモンスターの物となればなおさらだろう。

「【ファイアボルト】!」

 青臭い匂いに満ちた地面に転がる直前、右腕を突き付けて号砲する。

 放たれた炎雷はあっけなくそれに直撃した――

「なっ!?」

 ――はずだった。

 だが、それより早く、ガン・リベルラもまた何かを放った。

「そいつは体内に取り込んだものを弾丸にする!」

 なるほど。狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)の名に偽りなしという事らしい。

 だが、炎雷を完全に相殺するには威力が弱い。

 これが、もしダンジョンに生まれたものだったなら、結果は変わっていただろうけど――

「このっ!」

 炎雷に焼かれながらも強引に突破してきたその蜻蛉を、こちらも強引に蹴り飛ばす。

 そのせいで受け身を取り損ねた。肩の装甲が岩と激突して小さく火花を立てた。

 貫通してきた衝撃に舌打ちする暇もない。

 炎に焼かれ、火の粉を散らす翅。いくらも動いているように見えないのに、その蜻蛉は空中を泳ぐように旋回して――

「当たれッ!」

 鋭い叫びと共にリリが放ったボルトに翅を射抜かれ、そのまま墜落した。

 一気に間合いを詰めて、その体にナイフを振り下ろす。

 うまい具合に魔石に当たったのか、その大蜻蛉はあっさりと灰になって消えた。

「大丈夫ですか、ベル様!」

 安全を確認しながら、リリ達が駆け寄ってくる。

「うん。リリのおかげだよ」

 念のため体の具合を確かめながら、リリにお礼を言う。

 身体も――うん、これと言ったダメージはなさそうだ。

 しかし、それにしても――

 

『いいか、ベル。戦う時は周囲の様子にもしっかり気を配るんだぞ』

 さもなくば、地形が殺しに来る――と、クオンさんの教えを今さらながらに思い出す。

 

「地形が殺しに来るってこういう事か……」

 その時は、あまり意味が分からなかったけど……いつもよりずっと弱いモンスター相手に、思わぬ苦戦を強いられた今ならよく分かる。

(今まで、足場とかは特に問題なかったからなぁ)

 今の僕の到達階層だとその大半が土石系のしっかりした足場。あっても丈の短い下草のみだ。

 いや、この前その一〇階層で落ちていた何かに足をとられて回避が遅れた事があったけど。

(あの時、アイズさんが通りかかってくれなかったら危なかったな)

 霧で見えなかったけど、あの時通りかかった冒険者はアイズさんだったらしい。

 リリを助けに行けたばかりか、無くしたと思っていた≪グリーン・サポーター≫も、こうして拾っていてくれていた。

 本当にアイズさんにはいくら感謝してもし切れない。

(いつか、追いつけるんだろうか……)

 こんなところで苦戦しているようじゃ、先は長いな――と、つい自嘲してしまう。

「どうしたんだい、ベル君。どこか怪我でもしてるんじゃ……」

「あ、いえ。大丈夫ですよ、神様。ちょっと反省してただけですから」

 心に留めておかなくてはいけないのは自嘲ではない。油断大敵という言葉だ。

 今だってリリがいなかったら大怪我をしてたかもしれない。

「ところで、ナァーザさん。さっきの蜻蛉って……」

「うん。『中層』……『大樹の迷宮』って呼ばれている一九階層から出てくるモンスターだよ」

「そんなモンスターまでいるんですね……。ちょっと甘く見ていました」

 ナァーザさんの言葉に、リリがげんなりとした様子で呻いた。

「まぁ、『中層』生まれと言っても外のモンスターだから。上層の半ばぐらいまでいける冒険者なら、問題なく戦える」

「そうですね。足元にさえしっかり注意すれば、問題なく対応できそうです」

 今の手ごたえだと、いつも通りに戦いさえすれば充分に対応できる。

「『中層』の予行訓練にいいかも知れませんね」

「どうかな。『中層』のモンスターをこの程度だと思っちゃう方が危ないよ」

 う、さすがに上級冒険者の生の声は響く。

「ダンジョンって、つくづく怖いところなのねー…」

 霞さんが、深々としたため息を吐いた。

 

…――

 

 それから何度か、緑の王国の洗礼を受けたところで。

「ナァーザさん……」

「うん。ここだ」

 僕らは巣があると当たりをつけていた窪地にたどり着いた。

 こんなに深い森の中にあるとは思えないくらいに開けて平らな場所だ。

 ただ、何か()()()()()のようなものがそこら中に転がっているのが妙に気になるけど……。

「それじゃ、さっそく準備するよ」

 窪地から少し戻った場所で、ナァーザさんが言った。

「ミアハ様とヘスティア様、それと霞はここで待っててください。リリルカ、みんなをお願い」

 神様たちが頷くと、ナァーザさんはちょいちょいと、僕を手招きした。

 そちらに向かうと、まずバックパックを渡される。

「あと、これ」

 それを背負うと、次に渡されたのは古臭い大剣だった。

「な、何に使うんですか?」

 いや、武器を渡されておいて何に使うも何もないんだろうけど。

「これくらいの武器(えもの)じゃないと、あいつらはきついと思うから……」

 嫌な予感が天井知らずに高まっていく。

 そんな中で、ナァーザさんはクンクンと鼻を鳴らし、犬耳を起こしては研ぎ澄ませて――。

 そして、その時はきた。

「うっ!?」

 声もなく、ナァーザさんが背後に回り――妙に綿密に密閉されていた――バックパックを一気に開け放つ。

 同時、独特の刺激臭が鼻腔を刺激した。

 生臭さと鉄錆のような匂いが入り混じったようなこの匂いには覚えがある。

 血肉(トラップアイテム)

 つい先日、リリが一〇階層で使ったあれだ。

「じゃあ、がんばって、ベル。ごめん」

 しゅたっと手を上げると、それだけ言い残してナァーザさんは素早くその場から離脱していく。

「えっ?」

 流石はLv.2。捕まえるどころか、ろくに反応すらできないでいるうちに、見事に気配を消し、音もたてずに木々の隙間を縫って消えていく。

「ええっ?!」

 取り残された僕が今さらながらに驚いていると、

「……へっ?」

 べちょり、と。

 粘つく――あと、やっぱりちょっと生臭い――何かが頭にかかった。

「―――――」

 クオンさんやアイズさんに鍛えられた危機察知本能が、今さら投げやりに警鐘を鳴らした。

 長年修業し、俗世を超克した信徒のように静かな面持ちで後ろを振り返る。

『ゥゥウ……』

 そこにいたのは、身の丈五Mはありそうな紅色の肉食恐竜(モンスター)

 それは、立ち尽くす間抜けな獲物を前によだれを滴らせていた。

 ああ、分かった。窪地に転がっていた白い枝っぽい何かは、このモンスターに餌にされた何かの骨だ。熊とか猪みたいな大型の猛獣か、もしくは同じ大型級のモンスターの物かもしれない。

(よし――)

 互いに見つめ合っていたのは――個人的にはずいぶん長い時間だった気もするけど――多分ほんの刹那の事だろう。

 でも、そのおかげで心の準備はできた。

『オオオオオオオオオオオオオオオッっ!!』

「ほぁあああああああああああああっっ!?」

 万感の思いと共に――そして、その恐竜の咆哮に負けない勢いで――僕は腹の底から悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

「お、大型級のモンスターじゃないですかぁあああぁぁあああっ!?」

 密林に哀れな白兎の悲鳴が響き渡る。

「ちょ!? べ、ベルくーん!?」

 全力で逃げ回る白兎(ベル君)を追い回すのは赤い恐竜。

 よっぽどお腹が空いているのか、大きな口からは滝のようによだれが垂れていた。

「あ、あれ知ってるわ。『ブラッドサウルス』よね?」

「うん。よく知ってるね」

「ああいう迫力のあるモンスターは人気なのよ。配当金もいいし」

 それを見やってナァーザ君と霞君がそんな事を言い合った。

「って、お待ちください! 『ブラッドサウルス』って確か三〇階層から出現する凶暴なモンスターなのでは!?」

 三〇階層。いわゆる『下層』と言われる領域だったはずだ。

 ボクだって、それくらいの事は知っている。

「って、三〇階層だってぇ?!」

 ベル君の到達階層はちょうど一〇階層。

 その三倍。っていうか、『下層』に行けるのって、例えばガネーシャのところみたいに大派閥の、その中でも特に強い冒険者君達だけのはず!

「勝てる剣闘士、いるの?」

「ええ。まぁ、外のだからね。そこそこ腕のある剣闘士にとっては見世物(ショー)そのものよ」

「……いいけど。あんなの、どうやってオラリオに運び込んでるの?」

「さぁ、流石にそこまでは……。どっかの派閥が受け持ってるって話は聞いたことあるけど、どこまで本当なんだか」

「聞いておくれよぉおおおおおっっ?!」

 あくまで平然としている二人に、神の威厳とか乙女の慎ましさとかそういうのをかなぐり捨てて絶叫する。

「ベル君って確かシルバーバックを倒してるんですよね? となると、到達階層は一〇階層辺りじゃないですか?」

「え、うん。ついこの前一〇階層まで行ったって言ってたよ」

「なら、多分大丈夫かと。外のブラッドサウルスって、ダンジョンの中の基準だと精々『オーク』と同じかちょっと強いくらいですから」

「そ、そう言えばこの前もそんな事を言ってたけど……」

 フィリア祭の時にもそう言っていたはずだ。

「それ、本当に本当なんだろうね?」

 いや、ボクだって神だし、霞君が嘘をついていない事なんて一目瞭然なんだけど。

「神様に嘘をつけるようなレアスキルは持っていませんよ」

 霞君に苦笑されたところで、ミアハが言った。

「とはいえ、ベル一人では余裕もあるまい。急ぎ『卵』を集めるとしよう」

 そりゃそうだ。だってベル君はまだ一〇階層に進出したばっかりだし。

 オークより強いなら、結構ギリギリのはずだ。

「うん。急いで窪地に。モンスター達の注意がベルに向いている今が好機(チャンス)

 流石はLv.2。素早い動きで窪地へと近づいていく。

「もっと他の方法はなかったのですか!?」

「ない。群れを全部倒すにはこっちの戦力が足りない」

「それはそうですが!?」

「広域攻撃型の魔導士か、腕の立つ前衛がもう一人か二人いてくれるなら。あとは上質な魔剣とかあるなら、まだやりようもあるけど。今のままじゃ、群れを倒すどころかミアハ様たちを守りきれない」

「くっ! それは分かりますが……ッ!」

 器用に小声で言い合いながら、サポーター君が後に続く。

 すぐそこでモンスターが暴れているような場所に置いて行かれては困る。

「ごめんよぉー! ベルくーん!」

「すまん、ベルよ……」

 ボクらも急いでナァーザ君達の後を追うのだった。

「やった。大当たり」

 窪地の一画には、数十からなる『卵』の一群があった。

 ここがあの恐竜の巣なのは、もう明らかだ。

「いや、喜んでる場合じゃない! 急いで集めるんだ! じゃないとベル君が食べられる!」

「そうね。急ぎましょう」

 それぞれが背負ってきたバックパックを下ろし、ふたを開ける。

 サポーター君とナァーザ君の物以外はほとんど空っぽだ。水と塩の塊、緊急時の携行食。

 それと、『卵』を包む緩衝材くらいか。

「私と霞とリリルカで『卵』を集める。ミアハ様たちは包んで入れていって」

「任せよ」

「よし来た! 梱包なら任せてくれよ! 屋台やヘファイストスのところで慣れてるからさ!」

「ヘスティア様、いくらモンスターの『卵』といえど鎧や兜よりは脆いと思いますよ?」

「分かってるって!」

 半眼で見てくるサポーター君に言い返してから、ボクらはそれぞれ仕事にかかる。

「っていうか、これ結構固いね?」

 少し小さめのカボチャくらいの大きさと重さがある『卵』を軽く叩きながら呟く。

「うむ。モンスターの『卵』と言うだけの事はあるな」

 もちろん、サポーター君の言うように兜とかに比べれば脆いんだろうけど、そこらの花瓶とかよりはずっと固そうな手ごたえだ。

「うわぁああぁああああああああっ!?」

 と、そこでベル君の新たな悲鳴が響き渡る。

「って! 何か増えてますよ!?」

「ううむ。やはり巣を荒らせばこうなるか……」

 ベル君に群がる恐竜の数は明らかに増えていた。

 いや、『卵』の数からそうだろうとは思ってたけど、ここはあの()()()()()の巣らしい。

「マズいわねー。戦いの流れについていけてないわ」

 ソフト帽を押さえながら、霞君が呻いた。

「動き自体は悪くないんだけど……。大型級だからって、ちょっと気迫負けしてるわ。このまま圧倒されっぱなしだと、ちょっとマズいかも」

 う、さすがは剣闘士のマネージャー。ごく短い分析なのに、何だか凄く説得力があった。

「さ、サポーター君!」

「リリがオーク並みの相手に接近戦で戦えると思いますか?!」

 そんな事できるなら、まだ普通に冒険者やってますよーだ!――と、サポーター君。

 いや、そりゃそうなんだろうけど。

「それにオークを基準に考えると、手持ちのボウガンでは一撃で仕留めきれません。群れがこちらを狙い始めたらそれこそおしまいです!」

「仕方ないわねー」

 サポーター君の叫び声に、霞君が呻いた。

「一撃で仕留めればいいのよね?」

「え? 霞様?」

「まぁ、見てなさいって。私だって伊達にアイツの相棒はやってないわよ?」

 不敵に笑うと、霞君は右手をモンスターの方へと突き付けた。

「【始まりに炎を――】」

 雰囲気が変わる。

「え、詠唱……!?」

「【我が身に宿るは魂の真理。白き竜の叡智。黄金の国の遺産。狼王(おおかみ)より受け継し閃穿(つらぬき)の剣――】」

「そ、そう言えば魔法を使えるって言ってたっけ」

 しかも、長文詠唱だったとは。

 いや、別に短文詠唱の方が楽という訳でもないはずだけど……。

「【――甦れ、昔日の痛撃。世界の果てへの道を拓け】!」

 そうこうしているうちに、青白い輝きがその掌の前に膨れ上がり――

「【ソウル・レイ】!!」

 青く輝く矢――いや、槍となってモンスターを撃ち抜いた。

「い、一撃!?」

 その輝きに横腹――いや、横胸を貫かれた恐竜はそのまま絶命する。

「どう? 少しはエルフらしいところもあるでしょ?」

 ぱちりと、霞君がサポーター君にウインクして見せた。

「ええ、リリもエルフに生まれたかったです……」

 これが生来の魔法種族(マジック・ユーザー)というものですか――と、サポーター君が呻いた。

 まぁ、多分『恩恵(ファルナ)』を持たない子が一〇階層辺りのモンスターを一撃というのは、相当に驚くべき事なんだろうなぁ――とは思うけど。

「リリルカ急いで。ヘスティア様も」

 険しい声で、ナァーザ君が言った。

 その頃には、霞君は次の詠唱に移っていたけど――

「ちょっと数多すぎない!?」

 程なくして……確か五発くらい撃ったところでいよいよ悲鳴を上げた。

「ま、まだですかナァーザ様!?」

「ごめん。もうちょっと……!」

「大丈夫よ、リリルカちゃん。そろそろ本気出すから」

「すでにめちゃくちゃ息が切れているではないですかぁ!?」

 ぜー、ぜー、と肩で息をする霞君に向かって、サポーター君が叫ぶ。

「まぁ、そりゃそうだよね……」

 エルフなら『恩恵(ファルナ)』なしでも魔法が使える。

 うん、これは何の不思議もない。

 遥か昔――神々降臨以前の『古代』から続く正統な魔法使いたち。エルフとはそういう種族だ。

 でも、だからと言って――

「『恩恵(ファルナ)』なしじゃ、そんなに続けて魔法が使えるわけないよね……」

 冒険者のように『器』が強化されている訳じゃない。

 精神力(マインド)の絶対量は、冒険者のそれに――それこそ今のサポーター君にだって遠く及ばないだろう。

 それに、フィリア祭の時に確か()()()()()()と、あえて言っていたはずだ。

 全力で立て続けに五回も長文詠唱を行えば、それこそ冒険者でも息が上がりかねない。

「ああ、もう……」

 ナァーザ君が駆け寄る。

「これ。飲んで」

 差し出されたのは、柑橘色の液体が入った試験管。

 マジック・ポーションだ。この前、ベル君が決死の覚悟で買ってきたから知ってる。

 確か一本八七〇〇ヴァリスもする高級品だ。

「え? いいの?」

「必要経費、だから」

 ケチなのか気前がいいのか。

(やっぱり何だかんだ言って、ミアハの眷属(こども)なんだよなぁ)

 眷属(こども)主神(おや)に似る、とよく言われるけど……あながち噂ではなさそうだ。

「それに。ここで倒れられたら困る」

 確かに精神疲弊(マインドダウン)されたら、誰かが担いでいかなくちゃいけない。

 ボクらにその余裕がないのは割と明白だった。

「あとは、私が代わるから」

「……いいの?」

「まだ、何も返しちゃいないしね」

「うん。じゃあ、任せるわね」

 そのやり取りを最後に、ナァーザ君と霞君の役割が入れ替わった。

「―――――」

 長弓(ロングボウ)が引き絞られ、弓弦が震える。

 放たれた矢は、狙い違わずベル君に迫る恐竜を射抜いて見せた。

「……嬉しいな、そういうの」

 それが反撃の合図となった。

「あれならもう問題ないわね」

 ベル君の動きが変わる。

 冷静さを取り戻したっていうのもあるけど、それ以上に背中を預けたんだっていうのが分かる。

 ……ううむ、ちょっとジェラシー。下界にいる限り、ボクにはとても真似できない。いや、もともとそういうの(戦い)にはまるっきり向いてないんだけど。

 と、それはさておき。

「さぁ、神様。リリルカちゃん、急ぎましょう!」

 それを見届けて、霞君が笑った。

「よし、やるぞ! っていうか、急がないと本当にベル君が食べられるっ!」

 ……何て言うか。

 いくら援護射撃があったとしても、別に数が劇的に減った訳じゃないし。

 残念なことに、これでたちまち一網打尽――なんて都合よく事は進まないのだ。

 本っ当に残念なことに。

 

 …――

 

 クオンさんの魔法に似た蒼い閃光が、ブラッドサウルスを撃ち抜いた。

 その光に、ちょっと冷静になる。

(大丈夫、落ち着け……)

 フィリア祭の時に、霞さんが言っていたことを思い出せ。

 これは迷宮外(そと)のブラッドサウルスだ。それなら――

(オークと同じか少し強いくらい)

 もちろん、直撃を許せば危ないけど……それだけだ。

 動きは遅く、的は大きい。

 何よりあの人達(アイズさんとクオンさん)に比べれば、圧倒的に弱い。

「―――――」

 呼吸を整え、大剣の柄を握りなおす。

 固く握るな。余計な力はいらない。

 この武器(大剣)の使い方は、誰よりも傍で見てきてはずだ。

 村の英雄の姿を思い起こす。

(確か、こう……!)

 アイズさんの動きを必死に真似てきたこの数日間。その経験をもとに、思い描く英雄(師匠)の動きを自分の体に染み込ませる。

 その間に、四条の閃光が続き――

「はぁああああっ!」

 それが矢へと変わる頃には、ひとまず様になった。……ような気がする。

 いや、もちろん上を見だせば限りはないけど、ひとまず剣の重さに振り回されるような事態は脱したはず。

(よし! いい感じだ!)

 盾はないので両手で構え、一気に振り下ろす。

 今までとは段違いの手ごたえだ。

 いや、当然か。ナイフと同じ気分で振り回していれば使える武器も使えない。

(背中は気にしないでいい!)

 何しろ、今はナァーザさん(上級冒険者)の援護がある。

 ここは窪地だし、足場は森の中よりずっといい。

 それなら、見た目だけの大型級など何の問題にならないはずだ。

「おぉおおおおおっ!」

 流れが変わった。いや、流れを変えた。

 追い回されるのではなく追い回す。一体ずつ群れから押し出し、各個撃破する。

 集団戦の基本。そのうちの一つだ。

「ふっ!」

 突出し、群れからはぐれた一体を両断する。

 その肌は硬いが、それでもキラーアントよりいくらかマシなくらいだ。

「次っ!」

 見た目こそ古ぼけているものの、丁寧に手入れされていたらしいこの大剣なら充分に通じる。

『オオオオオオオオオッ!』

 大口を開けて、次のブラッドサウルスが迫る。

 焦る事はない。右手を突き付けて号砲した。

「【ファイアボルト】!!」

 何よりも早い炎雷は、そのまま口蓋の中で炸裂する。

 が、そこは弱体化したとはいえ大型級。苦悶の声を上げるが、致命傷には届かない。

 やはり、この魔法は一撃の重さに欠ける。

 ……その分、圧倒的に使い勝手はいいんだけど。

「うわぁ!?」

 三体目。その右目を、矢が射抜く。

 いくら大型級とはいえ、動いている相手の目を狙うなんて驚くほどの射撃精度だ。

(これが上級冒険者!)

 やはり、憧れの人への道は長く険しいということだ。

 それに奮起したという訳でもないけど――

(ちょ、ちょっとやってみようかな……?)

 戦闘中にそんな事をするなんて、リリやエイナさんにバレたら怒られそうだけど。

 左肩を軽く落とし、右肩に大剣を担ぐ。

 あの時――闇霊と戦った時に、クオンさんがやっていた構えだ。

 人の姿をした狼の狩り。嵐の如く苛烈で鮮烈なあの剣技を模倣しようとして――

「ぶべ!?」

 まんまと剣の重さに振り回された。流石にそう簡単にはいかないらしい。

「ふぉあ!?」

 ガチン!――と、一瞬前まで転がっていたあたりを恐竜の牙が齧り取っていく。

(冒険者は冒険しない!)

 信頼するアドバイザーの金言を、改めて胸へと刻み込む。

 いくら何でもぶっつけ本番は無理がありすぎた。

「うわああああああっ!」

 絶妙な機微(タイミング)で放たれた矢に感謝しながら、基本に忠実に剣を振るう。

 それでも充分に戦える。とはいえ、余裕がある訳じゃないんだから無茶は禁止。

「これで終わり!」

 一気に間合いを詰め、最後の一体の首筋を大剣で斬り裂く。

「ぶあぁ?!」

 ちょっと勢いが良すぎた。着地に失敗する。

 いつもよりずっと重い武器に、結局最後まで振り回されてしまった。

「お疲れ、ベル」

 打ち付けた鼻をさすっていると、苦笑しながらナァーザさんが近づいてくる。

 その背中には膨れ上がったバックパック。

 少し後ろにいる神様達やリリ、霞さんもそれぞれ同じだった。

「もう大丈夫ですか?」

 一方で僕の背中のバックパックはずいぶんと軽くなっていた。

 まぁ、蓋を開けたまま散々飛び回ったんだから当然か。

「帰ろう。ベル」

 僕の問いかけに頷くと、ナァーザさんが右手を貸してくれる。

 手袋越しだったし、やっぱり金属の堅い感触だったけど――それでも、ほのかな温かさが伝わってきたような気がした。

 

 

 

 ――夢を見ている。

 夢の中で、そう自覚するというのはなかなか奇妙な気分だった。

 

(ああ、これは夢だ)

 目の前にいる男を見据えながら、まさに夢幻の淵で呟く。

 背丈は一八〇Cの半ばを超えるかどうか。

 身にまとうのは黒金(くろがね)の大鎧――そう、例えて言えば極東の鍛冶師(スミス)が作った大陸風の鎧。あるいはその逆かもしれないが……そう言った風体の甲冑だ。

 無論、それはその鎧が珍妙だという意味ではない。纏ったその男が発する武威も相まって、まさに威風堂々とした風情である。

 腰に差されているのも極東の武具である刀だ。

 こちらもまた少々奇妙であり、異様なまでに柄が長い。

 いや、同じく極東には長巻と呼ばれる武具もあると聞くが――それともまた違う拵えだ。

 

 確か、『強化種』を狩りに行ったのだったな

 

 ――と、夢の中で独り言ちる。

 時は五年前。末期とは言え、まだ暗黒期の最中の出来事だ。

 場所はダンジョン二七階層。

 前年に起こった闇派閥(イヴィルス)の惨殺事件――俗にいう『二七階層の悪夢』が起こり、それを逆手に取った【勇者(ブレイバー)】が邪神どもの多くを天界に送還してから、【疾風】が【ルドラ・ファミリア】を壊滅させるまでの間だったと記憶している。

 その『二七階層の悪夢』――大規模な『怪物進呈(パス・パレード)』の最中に発生した強化種。

 年をまたいでようやくその情報を把握したギルドが、早急に対処せよと寄こした『強制任務(ミッション)』。それを終えて、帰還する途中だったはずだ。

 

「もし。貴公が、オッタルとやらか?」

 それは、今にして思えばおかしな問いかけだった。

 決して増長するつもりはないが……現実として、オラリオにおいて俺を知らぬ者などいない。

 冒険者もそうでないものも――果ては神までが俺を知っている。

「『ぼあず』か。確かにその耳は猪のようだな。まったく、面妖な世界に迷い込んだものだ」

 そもそも、この男は()()()()()()を珍しがっていた節がある。

 確かに俺達獣人は他の種族と違い多種多様。獣人内に別種が存在すると言っても過言でない。

 そして、その中には狐人(ルナール)のような少数種族もいる。

 だが、猪人(ボアズ)はそこまで珍しい種ではない。

 田舎の村――あるいは『古代』ならまだしも、多種共存が定着したこのオラリオではなおさらだ。

 さりとて、こちらを嘲笑うためにあえて言っているようには感じられなかった。

「何用だ?」

 夢の中で、かつての俺が問いかける。

「何、貴公がオラリオ一の武芸者と聞いたのでな。一手ご教授願いたい」

 ずいぶんと古臭い言い回しだった。

 昔から用いられる立ち合いを求める――あるいは、派閥破りを宣言する――ための文言である。

 暗黒期となり、派閥抗争が横行する昨今、こんな馬鹿正直な申し入れは珍しい。

 まして、それをこの俺にするなど。

 

 ――いや。傲慢だったのは俺の方だな

 

 夢の中で自嘲した。

 今にして思えば、この頃の俺は知らぬ間に追われる――仰ぎ見られることに慣れていたらしい。

 過去に置き去りにしてきた、いくつもの壁を未だに超えられていないというのに。

 この時の俺が一体どんな表情を浮かべていたのかは分からない。

 鏡を覗いた訳ではなく。知り得なかった過去を夢の中で確かめられる道理もない。

「名を、聞いておこうか」

 だが、この武人に興味を覚えていたのは確かだ。

 そして、俺は確かに聞いた。

「――――と申す」

 今に至るまで並び立つ者のいない強敵。

 久しく忘れていた痛烈にして完膚なきまでの敗北。それを容赦なく刻み付けたその武人の名を。

 

 …――

 

『ォオオオオオオッ!』

 薄暗いダンジョンの中に、鈍い輝きが奔る。

 僅かな微睡は終わりだ。

 迫りくる刃を親指と人差し指の横腹で摘んで止める。

『オオオオオオオオ……!』

「フン……」

 唸りを上げるを上げる猛牛を前に、小さく鼻を鳴らす。

(あの時、俺とあの男の間にはこれだけの力量さがあったという事か)

 ごく短い時間で終わったあの立ち合い。

 その始まりに、これとまったく同じ事をあの男はやってのけた。

(忌々しい話だ)

 あの領域――今も仰ぎ見るばかりのあの高み。

 遥か遠い武の頂を知らぬまま、最強などと驕っていたかつての自分を嗤う。

 まったく忌々しい。そして、それ以上に滑稽な話だった。

 この程度の力を、自分の限界だと思っていたのだから。

『ガアアアア!?』

 何であれ、休憩は終わりだ。

 立ち上がるついでに猛牛を蹴り飛ばし、間合いを開いた。

「さぁ、続きだ」

 猛牛が地面を転がっている隙に、近くに突き立てておいた大剣を引き抜く。

 フレイヤ様の命によりこの猛牛――あの白髪の冒険者のトラウマであるミノタウロスを育て始めてそろそろ三日ほどが過ぎた。

 ついに体力を使い切った猛牛が地に伏せている間、俺も微睡んでいたわけだ。

 一〇分か、長くてニ〇分程の事だろう。

 ひとたびダンジョンに潜れば朝も夜もなくなる冒険者にとっては、それなりの休息となる。

(ようやくまともに剣を握れるようになったか……)

 初日に持たせた剣を杖代わりに立ち上がるミノタウロスを見やり、嘆息する。

 もっとも、別に驚く事はない。ミノタウロスは元より天然武器(ネイチャーウェポン)を使う種だ。

 道具を使う最低限の知恵は持ち合わせている。

『オオオオオオッ!』

 だが、それだけだ。

 これなら、まだ鈍器を持たせておいた方がマシだろう。

(粗いな)

 まったく刃を活かせていない。力任せの粗雑な動きだ。

 これではまだ『斬る』にも届きはしない。

(流石に高望みが過ぎるか)

 昔日の夢。あの武人がやってのけた一太刀。

 その一撃を思い浮かべている事に、小さく苦笑した。

 スッと刃が通り抜けた――あの一撃を例えるなら、そんなところか。

 凡庸な者では斬られた事すら気づかぬうちに絶命してただろう。

(さて。今の俺に真似できるか……)

 あの鋭さ。斬る事を徹底して追及したあの一撃を再現できるか。

(未だ、至らんな)

 つい先日も憤怒に踊らされ、後れを取ったばかりだ。

 あの時、あの一撃も至高のものと思ったが……頭を冷やせば、何のことはない。

 あれでは、所詮『斬る』止まりだ。

 心技体。その全てをただ斬る事に費やせないのなら、かの武人のように刃を『通す』ような真似はできまい。

 大振りに振りすぎて体勢を崩した猛牛の腕を剣の峰で打ちすえ、さらに蹴り飛ばす。

「立て。今しばらく付き合ってもらうぞ」

 相手の動きの未熟を指摘しながら、己の動きを一つ一つ念入りに確認する。

 この猛牛と過ごした数日は、思いの外充実したものとなった。

『ォオオォォオオオオォォオッ!!』

 一つの到達点として思い描いているのは、あの男――因縁ある『灰色の悪夢(アッシュ・オブ・シンダー)』だった。

 あの男の半分――いや、二割ほどまで育てられれば試練としては先ず先ずと言えよう。

 それは、俺の二割とほぼ同じなのだから。

(体はその基準に達しているがな)

 屈強なミノタウロスの中でも、特に強い個体を厳選している。

 この猛牛に足りないのは技だ。剣を使う術。あるいはその力を無駄にしない方法。

 そのどちらかを仕込むのが当面の課題だが――

「フン……」

 いや、最低でもその両方を仕込む。

 これはフレイヤ様の命だ。生半な事はできない。

(幸い、邪魔も入らんからな)

 懸念されていた他派閥の横やりは、今のところほとんどない。

 クオンの介入を避けるため、人目につき辛い場所を選んでいるというのもあるが……

(少々静かすぎるな)

 いっそ懸念すら抱くほどに。

 とはいえ、全く人目についていないという訳でもない。

 実際、それなりに【ステイタス】が高まり、気が大きくなった駆け出し冒険者が何人か挑んできた。

 無論、その程度であればさしたる手間ではない。大半が一睨みで済む。

(それでも挑んできた者は、少しは見込みがあるか)

 仮にも師の真似事をしているせいか、柄にもなくそんな事を思った。

 ともあれ、連中は単に血気盛んなだけで、派閥として何か企んでいるわけではない。

 通例であれば、ああいう連中以外にも【イシュタル・ファミリア】辺りが嗅ぎつけ、派閥を上げて絡んでくるはずだが……。

(地上で何か起こったか?)

 最大の懸念はクオンだが……この命を拝するにあたり、フレイヤ様にはくれぐれも()()()()()()をしないよう、念入りにお願い申し上げてもいる。

 それに、この身から『恩恵(ファルナ)』が消えていない以上、あの方に何かあったという事は万に一つもあり得ない。

 と、なると――

(あの寸劇に獲物が食いついたと言ったところか)

 クオンとどこぞの派閥が争っている――と、いう可能性は充分にあり得る。

 今頃、一つ二つ派閥が消えているかもしれない。

 そう思えば、気にならない事はないが……。

(いや、構わん)

 クオンは苛烈だが、それでも無意味に――理由もきっかけもなく、衝動的に殺して回るほどの狂人ではなかった。

 もし、そういった手合いなら、俺達はとっくに決着をつけている。

 フレイヤ様がこの騒動を静観する限り、あの男もまたあの方を襲いはしない。

 考慮すべきはギルドに泣きつかれる可能性だが……、

(神ウラノスがあの男と敵対するとは思えんな)

 創設神の神意は分からないが……それでも、派閥が一つ二つ潰えた程度で敵対するとは思えない。その派閥が例え【ロキ・ファミリア】であったとして、果たしてそれが変わるかどうか。

(是非もない)

 胸の内に浮かんだ雑念を追い払う。

 いよいよとなれば誰かが呼びに来るだろう。それまでは、今の務めに専念するのみだ。

「さぁ、こい。先は長いぞ」

 三割。四割。いや、それ以上でも構わない。

(この獣をどこまでの戦士に育てられるか)

 ……ひとつだけ自白しよう。正直、少しばかり楽しくなってきてもいる。

「精々、追いついてきてもらおうか」

 薄暗いダンジョンの中に、再び剣戟が鳴り響いた。

 

 

 

 セオロの密林での大冒険を経て【ミアハ・ファミリア】逆転の秘策――モンスターの『卵』を使った新薬『二属性回復薬(デュアル・ポーション)』が誕生してから。

「何か困ったことがあったら、言って。今日まで迷惑かけた分まで、ベルのこと、助けに行くから……」

 ナァーザさん達と挑んだ長い冒険者依頼(クエスト)が終わってから二日が過ぎた。

 アイズさんと一日特訓したり、神様に特訓の事がバレたり、その日の夜にはどこかの派閥の闇討に巻き込まれたり――いや、これってみんなその翌日の事だったんだけど――と、色々あって……

 

「おら、さっさと働くニャ、白髪頭」

「少年はシルに売られたニャ。観念するニャ」

 

 今は『豊穣の女主人』の厨房で皿洗いをしていた。

「うぅ……」

 アーニャさんとクロエさんにこき使われ、釈然としない思いで呻く。

 傍らにはまさに山とかした皿。それを一枚、また一枚と洗っていく。

 終わりの見えない戦いがそこにあった。

(ああ、何でこんなことに……?)

 苦悩する英雄を真似るような気分で自問する。

 いや、正答なき答えを求める英雄と違って、僕の場合はこの上なく明白なんだけど。

 

 さて。

 時はほんの数時間ほど前まで遡って。

 

「終わったみたいですねぇ」

「うん」

 一日の探索を終えた僕は、夕暮れのオラリオをリリと歩きながら頷きあっていた。

 僕らがダンジョンに潜っている間に、クオンさんと『神罰同盟』の抗争は終了したらしい。

 神罰同盟はギルドへ保護を申し入れ、ギルドもそれを受諾した――と、そういう形で。

「まさか勝つとは……。いえ、負けるとは思ってませんでしたけど」

 何をどう驚いていいのか分かりません――と、リリが眉をひそめる。

「ひとまず終わったんだからそれでいいんじゃないかな」

 苦笑と共に言った。

 街の人達もホッとしたのか、いつもより活気があるような気がする。

「それはそうなのですが……。これから先、ギルドがどういう動きをするかが気になります」

 もし改めて捕縛しようとするなら、もう一波乱起こりますしね――と、リリが小さく呟いた。

「まぁ、そうは言っても、ギルドの()()()がクオン様と繋がりを持っている、というのは公然の秘密ですし、滅多なことはないと思いますが……。それに【ガネーシャ・ファミリア】も動いているようですし」

「シャクティさん、だったっけ? クオンさんの知り合いの」

 会ったことはないけど、綺麗な女の人らしい。

「ええ。【ガネーシャ・ファミリア】団長でLv.5。二つ名は【象神の杖(アンクーシャ)】。四年前からクオン様と()()()()関係を持つ数少ない冒険者ですね」

 それに、()()()という噂もあります―――と、リリは意地の悪い笑みを浮かべる。

「それ、霞さんが否定してたよ」

「時間の問題かもしれませんよ?」

 ……いや、それは確かにありそうだけど。

 それにしても、まさか師匠が男の浪漫(ハーレム)達成(結成)していたとは。

「冗談はともかく。霞様が言っていた事もどうやら事実のようですし、このまま何事もなく幕引きになるのではないでしょうか」

 つまり、闇派閥(イヴィルス)の残党と手を組んでいたことだ。

 生贄云々というのはどうやら秘密らしく、僕らも絶対に誰にも言わないようにと頼まれている。

「まぁ、リリとしてはそちら側が本当の理由のような気がしますけど」

「……まぁね」

 ミアハ様たちの様子からしても、神嫌いというのは思っている以上に深い理由があるらしい。

(そう言えば、クオンさんの事ってあんまり知らないなぁ)

 昔の事はあんまり話したがらない人だし。

 いや、ロードランとかドラングレイクとかロスリックっていう場所でした冒険については、結構聞いているけど。

(あれ、本当なのかな……)

 子供相手に少し大げさに話しているんだと思ってたけど、これまで見たり聞いたりした事からすると案外本当だったんじゃないだろうか。

 ……そうなると、竜退治とか巨人退治とか、英雄譚でお馴染みの事は一通りやっている事になる訳だけど。

「すみません、ベル様。ちょっとお使いを頼まれているので、リリはここで」

「あ、うん」

「いいですか、ベル様。また女の方にホイホイとついて行ってはいけませんよ? 例えそれが顔見知りの方でも、です」

「大丈夫だって。明日もよろしくね」

「はい、ベル様!」

 いつもよりちょっと早くリリと別れる。

 換金はたまたまバベルの換金所が空いていたので、すでに終わっていた。

 それでも習慣で、ギルドに向かう。

 掲示板の前には人だかりが。ちょっと嫌な予感――クオンさんに関して何かあったんじゃないかって気がして、慌ててそちらに駆け寄る。

 結果から言えば、クオンさんは無関係だったんだけど……。

 

「Lv.6……」

 周囲の喧騒から取り残され、呆然と呟く。

 張り出されていたのは、ランクアップした冒険者の名前。

 その中に、アイズさんの名前も記されていた。

「本当に少し前だったかな。ヴァレンシュタイン氏のランクアップが公式発表されたのは。最近色々あったからちょっと公布が遅れて……。それに、今は明るい話題が欲しいしね」

 慌てて駆け寄った――いや、ギルドが嘘の発表をするはずがないんだけど――エイナさんの言葉も耳を素通りするばかりだ。

「階層主……『深層』の階層主をひとりで倒しちゃったらしいんだ」

 一体どうやって?――と、その疑問を読み解いたかのように、エイナさんが言った。

 階層主。またの名を『迷宮の孤王(モンスター・レックス)』。

 その名が示す通り、怪物(モンスター)の王。

 一番浅い出現階層は一七階層だが、その階層主でさえ戦闘能力は凡百のモンスターの比ではないと教わっている。

 討伐には数十人――もちろん、上級冒険者だ――規模のパーティが編成されるとも。

 一七階層……『中層』でそれなら、『深層』領域に出没する階層主の力など想像することすらままならない。

(そんな相手を、一人で……?)

 目指すべき場所のあまりの遠さに愕然とする。

「あの、ベル君? 無理かもしれないけど、あんまり気にしない方がいいと思う。階層主を一人で倒すなんて、他にオッタル氏かクオン氏くらい……ぁっ!」

 エイナさんがしまったと言わんばかりに小さな悲鳴を上げた。

 オラリオ唯一のLv.7。今代最強の冒険者【猛者(おうじゃ)】オッタル。

 四年前、それと互角に渡り合った【正体不明(イレギュラー)】クオン。

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインはおおよそ最強と言えるその二人と、ついに並び立ったのだ。

 眩暈がするほどだった。

 見上げるばかりの高みではなく、いっそ底の見えない断絶が横たわっているような気さえする。

 明日からまた頑張っていきます――と、エイナさんに形ばかりのお辞儀をして、ギルドを離れ――

 

「ベルさん、会いたかった……!」

 まっすぐ帰らず、街中を彷徨っていると、シルさんに出会って。

 前触れなく手を握られて、ついドギマギしていると――

 

「ごめんなさーい! 私のお仕事手をわざわざ伝ってもらって!」

「わざわざ連れてこられてたんですよ!?」

 と、まぁ。そんな訳で――

(ああ、リリの言う通りホイホイとついてくるんじゃなかった……)

 簡単に言うと、頼れる相棒(リリ)の助言を聞き入れなかったばかりに起こった悲劇である。

 ……と、いうか。リリの助言が適切過ぎる。

 ひょっとして予言者の素質があるんじゃないだろうか。

 

『いや、それは違うぞ、ベル。女の勘ってのは元々そういうものなんだ』

『うむ。千里眼とかそんな生ちょろいもんじゃ、断じてない。もっとえげつない何かじゃ』

 嘆いていると、想像の中でお祖父ちゃんと師匠に両肩を叩かれた。

 心が折れそうだ。

 

(ま、まぁ色々とお世話になってるわけだし……)

 今だってランチを作ってもらってるんだし、甘んじて受けよう。

 何でか分からないけど、こう……焚火か、それとも海の見える街にある記念碑的な何かの傍で黄昏れたくなった自分を奮い立たせて、黙々と皿を洗う。

 ……それに、正直に言えば、今はちょうどよくもあった。

 こうして、皿洗いに集中していれば余計な事は考えないで済む。

「大丈夫ですか、クラネルさん」

「へ……?」

 リューさんが僕の隣に並び、手伝ってくれるまで、僕はひとり黙々と皿を洗い続けるのだった。

 

「おかえり、ベル君! 今日は遅かったねぇ」

 終わりの見えない戦いは、実際のところ数時間ほどで終わりを迎えた。

 いや、リューさんの援軍がなかったら閉店まで続いていた可能性もあり得るけど。

 ふやけてシワシワなった指先は、なんと今もまだ治っていない。

 ……これを毎日こなしているシルさん達って、実は物凄く凄いんじゃないだろうか。

「はい、更新終わったよ! 今日もまたずいぶんと伸びたねー」

 アイズさんとの特訓の効果は、確かに出ていた。

(資格は、得てるはず……)

 それからしばらくして。

 明かりの落とされた室内で、寝台(ベッド)代わりのソファに寝転がりながら、胸に抱いたままの羊皮紙――いや、それに記された【ステイタス】に意識を向けた。

 今日も上昇値は総合で三桁に達している。アビリティ評価は()()()()C。

 アビリティ判定が六段階……Dに達して初めて【ランクアップ】する資格を得れる――と、リューさんから教わった事を思い浮かべる。

(神様も、まだ【ランクアップ】っていう話はしないし)

 やはり足りないのは『偉業』だ。

(過去の英雄達が成し遂げてきた《偉業》の再現……)

 例えば竜殺し。例えば巨人殺し。例えば万の大軍にも勝る武勇。

 幼い頃から読んできた絵本、お祖父ちゃんから聞いてきた物語に登場する数多の英雄英傑が遺したその伝説の数々が次々に浮かんでは消える。

『人の数だけ、冒険には意味があります』

 リューさんの言葉を改めて胸中で呟く。

(冒険の意味。僕の冒険……)

 それは、きっと。

 きっと―――

 

 …――

 

 遠征は予定通りに決行される事になった。

 元々、約束の期日は今日までだ。時間からしてこれが最後の手合わせになるだろう。

「はぁあッ!」

 曙光に照らされ、漆黒のナイフが踊る。

 その鋭さは、一週間前よりも明らかに増していた。

(結局、成長の秘訣は分からなかったな……)

 残念ではある。けれど、思ったほどには落ち込んでいない。

 それは、この少年が確かな成長を見せてくれたおかげだろう。

「―――ッ!」

 防御も、形になってきた。

 私が一〇階層で拾った軽量プロテクターか、同じく軽鎧の手甲。もしくはナイフ。

 この少年が防御に使えるのはそれだけだ。

 盾として用いるには少し心許ない。

 だからこそ、正面から受けるのではなく、側面にぶつけて逸らす技術を教えた。

 素直に盾で受けるよりは高等な技術だが……果たして、この少年はすでに会得しつつある。

 もちろん、上を見ればまだ限りはないけど。

「うわッ!?」

 回避の方は相変わらず。

 敏感なまでの危機察知能力はさらに磨きがかかる一方で、余計な動きは減っている。

「くぅ……!」

 そして、耐久アビリティの向上も。

 自覚があるのか、時にはあえて防御を優先する度胸もついてきていた。

 それに、何発か鞘に打たれているけど、初日のように簡単には昏倒しない。

 回避、防御、耐久。その三つは重なり合い、この白兎の生存能力をさらに一段押し上げている。

 なら――

(その先――!)

 猛牛に一矢報い、白猿に打ち勝ったその牙を――!

「―――ッッ!」

 愚直な気迫。それを迎え撃つはずの鞘が空を切った。

「……ッ!?」

 いない。予測したその場所に。

(でも、まだ――!)

 ほんの一歩ずれただけ。

 私も、もう少しだけ力を引き上げる。それで対応できる――

「はぁあッ!」

 その一瞬前に存在した空白。

 回避を得意とするこの子だからこそ見抜ける安全地帯に飛び込まれた。

 決着が、さらに一瞬だけ先送りされる。

 いや、これは――!

(しまった!)

 鞘を振るう瞬間、小さく呻いていた。

 この時間。この瞬間。

(市壁の向こう側には太陽がある――!)

 白兎の背から差し込む白い輝きが一瞬だけその姿を霞ませる。

 それが、この子の狙い。

(たった一日で、地形を味方につける戦い方を覚えてきていたなんて――!)

 三日前。派閥の用事でセオロの密林に行くと言っていた。

 具体的にどこで何をしていたかは分からないけど……いずれにしても、あそこはダンジョンの『上層』とは比較にならない程の悪路だ。

 地形を敵に回せば、思わぬ窮地に陥りかねない。

 でも、味方につけられるなら――

(何て『成長力』……!)

 最後まで、驚かされる。

 陽光の向こう側にいる白兎に、つい笑みがこぼれた。

 そして、互いの武器が交差する。

 拙いながらに、攻撃を受け流された。

 白兎の動きはまだ止まらない。互いの瞳に姿が映りこむほどの接近。

 それが、最後の激突となった。

「――――ッ!」

 今までで、一番の力を込めた一撃が白兎の牙を打ち負かす。

「これで、終わりだね……」

 ついに反撃してきた少年に、万感の思いと共に伝えた。

 太陽が昇ったなら、訓練は終わりだ。

 はい……と、頷く少年を前に、少し名残惜しく思っている事を自覚した。

「今日まで、ありがとうございました」

 少しだけ間合いを開き、少年が頭を下げる。

 一週間。思えば、短いものだった。

「私も、ありがとう。……楽し、かったよ」

 ダンジョンにいる時には常に付きまとう、焦燥感すら忘れていた程に。

 と、何故か少年の顔が朱に染まったような気がした。

「……それじゃあ、頑張ってね」

 感傷に浸ってばかりもいられない。

 明日からは遠征。まだ見ぬ五九階層。待ち受けているのは怪人(クリーチャー)か、あの剣士か。

 それとも、まだ知らない何かなのか……。

(私は、負けない)

 少年に背を向けて、歩き出す。

 消えたはずの黒い炎が、再び小さく火の粉を噴き上げた。

 

 …――

 

『オオオオオオオッ』

 猛牛の雄たけびが、薄暗いダンジョンを揺らす。

 咆哮(ハウル)だけはまともになってきた――と、身体を叩くその気勢に、ひとまず満足した。

(問題は、それ以外だが……)

 吼えるだけの獣を育てても意味がない。

 必要なのは生贄の獣ではない。

 超えるべき壁。死力を尽くすに値する戦士だ。

『オオオオオオオオオォ!!』

 何度目かの激突。その時、茶褐色の毛皮から火の粉が舞った。

 いや、違う。変色したのだ。血を吸ったような赤へと。

 無論、剣の間合い――鍔迫り合いするほどの近くで目を凝らさねば分からない程度の変化だ。

 しかし――

『フゥウウウオオオオオオオッ!』

 一回りとは言わないまでも力が増している。

 それに、こちらの動きへ反応しつつあった。今までとは感触が違う。

(ほう……)

 魔石を喰らってもいないのに、『強化種』となるとは。

 思いもしなかった現象を前にしては、流石に驚きを禁じ得なかった。

「少々惜しいな」

 壁を越えた――とは、まだ言えないが、確実にそこに迫っている。

(モンスターも、成長するか)

 無論、そうするために時間をかけてきたわけだが、まさか本当に()()()とは。

『ヴォオオオオオオオッ!!』

 斬ッ!――と、近くの石柱が()()される。

 今までならただ砕けるだけだ。

「ようやくまともに使えるようになったか」

 獣からの成長。目に見えて動きが変わった。

 壁は超えていないにしても、殻を一枚破ったのは間違いない。

 調教(テイム)もどきから、ようやく脱してきた。

「腕の力だけで振るな」

 これでようやく、訓練が始められるというものだ。

「もっと足と腰を使え」

 言葉を解しているとは思っていない。

 だが、殻を破った今のこいつには伝わっているはずだ。

「腕、体、足。全てを使え。でなくては斬れん」

 その証拠に、這うような遅さだが確実に戦士の動きへと変わっていく。

 一撃ごとに鈍器の扱い方から()()へと昇華されていく。

「そうだ。それでいい」

 再び石柱が切断される。

 もっとも、切断面はまだ粗い。ようやく斬れるようになった程度だ。

 だが――

「ほう?」

 その猛牛は、見よう見真似ながらも構えをとって見せた。

「構えとは斬る準備だ。型だけ真似ればいい訳ではない」

 やって見せる。

「斬りやすい場所に剣を置け。それが型となる」

 見て取る。ぎこちないながらも構えが少し様になり、切れ味が増す。

 まだ、ここからだ。

 あの男――【正体不明(イレギュラー)】にどこまで迫れるか。

(面白い)

 不謹慎なのは承知の上だが……このモンスターがどこまで化けるか見届けてみたい気分になりつつあった。

(Lv.3。Lv.4。……いいや、まだ先までいけるか?)

 Lv.5。Lv.6。それとも、俺に追いついてくるか。あの男に追いつくか。

 この猛牛はそれほどの『器』を持っているのか。

(……そろそろ仕上げに入るか)

 モンスターに情を移したところで、得るものなど何もない。

 馬鹿な妄想は払いのけ、剣戟の威力を少しだけ上げる。

『グ、オオオオオオッ!』

 だが、ついてきた。初日のように、打ち負けるような無様は晒さない。

 技術はまだ拙いが、力の方は見れるようになった。

(Lv.1には過ぎた相手か?)

 いや、あの方の寵愛を受けるならこの程度の洗礼は乗り越えてもらわねばならない。

 束の間の疑念を、剣戟の音に溶かして消す。

「まだそこでは終わらないだろう?」

 もう少しだけ、力を込めてやる。

 多少後退したが……即座に踏みとどまり、押し返してきた。

「そうだ。それでいい」

 こうでなくては、今日まで時間をかけた甲斐がない。

 ギチギチと刃がこすれ合う。焼けた鉄の匂いが鼻先をくすぐった。

 完成の時は近い。その手ごたえがあった。

 

 …――

 

 気が付いたら、そこにいた。

 

「あれ?」

 ぱちくりと目を瞬かせる。

 見覚えのない場所だった。

 住み慣れたボロい隠し部屋と同じくらいボロいけど、ずっと広い。

 そして、何だか陰気で寂しい場所だった。

「って、なんだこりゃああああああっ?!」

 身体がなかった。いわゆる『霊体』の状態だ。

 そりゃ、ボクだって神だし、天界でならこれくらいの事はできる。

 ただ、下界だと無理だ。

 そもそも、『神の力(アルカナム)』を使わない限り、こんな真似はできない。

「寝ぼけた?! 寝ぼけてやっちゃった?!」

 マズいマズいマズい! このままだと天界に送還されてしまう!

 そんな事になったらベル君は――!?

「あら? 貴女は……」

 薄闇の向こう側から、静々と誰かが歩み出てくる。

「き、君は……?」

 銀色の頭冠。緩やかに編まれた白金色の髪。

 そして、まるで喪服を思わせる黒い衣装(ドレス)

 頭冠のせいで目元は見えないけど、凄く上品で綺麗な子だった。

「ええと! これはだね……っ!」

 いや、この際この子が誰とかはどうでもいい。

 どうでもいいけど、このことを言いふらされたら困る。すごく困る。

「ご心配には及びません、竈の方」

「ほあ!?」

 そこまでお見通しなのかい!?

「これは事故のようなものです。貴女方の規則には抵触しないかと」

「そ、そうなのかい?」

「はい。貴女はご自分の力を使ったわけではありません。私達が起こした『揺らぎ』に呼応しただけかと。おそらく、他の方に気づかれる事もないでしょう」

 良かったー!――と、胸を撫でおろしてから、ふと首を傾げていた。

「『揺らぎ』? ボク()の霊体を引き寄せる程の?」

 そんな事があり得るのか。

(いや、確かに揺らいでいる……)

 今のボクでも分かる。()()()()()()が、ここはとても不安定だ。

 過去と未来とが混在し、神の魂ですら()()()()()()迷い込んでしまうほど。

「ええ。灰の方と強い縁を持つ者達を、この地に集めねばなりません。……この地に蔓延り絡み合う全ての因果が、この巡礼地に吹き溜まる前に」

 その揺らぎすら、この子は見通しているのかもしれない。

 それなら、この子は――

(人間、なのか……?)

 分からない。見通せない。霊体だからだろうか。

 いや――

「さもなくば、全てが飲み込まれるでしょう。一切の容赦なく」

 この子は、この揺らいだ世界の先に一体何を見ている? 何を見通している? それは、ボクら(神々)にすら見通せないものなのか?

「灰の方が……あの方が下さったこの瞳が、この闇の向こう側にあるものを」

「何があるんだい?」

「闇よりもなお暗いもの。あるいは、深く澱んだ水底が。……それとも、まだ小さく燻るばかりの『残り火』が燃え上がるのでしょうか。あの方たちが遺したものが」

「一体、何を言って……?」

「いずれ、誰もがそれを知るでしょう。残された時は、決して多くありません」

 この子は、人と呼ぶにはあまりに浮世離れしすぎている。まるで超越存在(かみ)のようだ。

「いいえ、そのようなものではありません。私は、ただの背約者です」

「いや、そんなお見通しみたいに言われると説得力がないんだけど……」

 呻くが、その子は微かな微笑みを浮かべるばかりだ。

「そ、それでどうしてボクはここに?」

 何か本当にただ迷い込んだだけなのか不安なんだけど……。

「おそらく、これもまた因果の一つなのでしょう」

「もうちょっと分かりやすくお願いできるかな……」

 あえてはぐらかしているのかもしれない。

 それか、闖入者のボクには、それに触れる権利がないという事なのかも。

「貴女が炉の女神だからこそです。この場所とは相性が良いのでしょう」

「炉の女神だから?」

 でも、ここが炉のようには見えないけど……。

(いや、違う)

 ここは炉だ。その一歩手前だ。

 でも、僕が司る竈ではない。もっと哀しい場所だった。

「君は、どうしてこんな場所に?」

 ここは世界の果てだ。過去からも未来からも隔離された、誰も辿り着けない場所だ。

 まるで誰からも忘れ去られた霊廟のように。

「あの方の寄る辺となるために。私はあの方の―――」

 その言葉を最後まで聞き届ける前に、帰還が始まった。

 霊体が霧散する。いや、形を失って体に戻っていく。

 明らかに不自然な形での召喚だ。体に戻った時に、一体どれだけの事を覚えているだろうか。

 泡沫の夢よりもきっと曖昧だ。

「いずれ、またお会いしましょう。竈の方」

「会えるのかい?」

 世界の終わり。この最果ての地で。

「貴女と、貴女と共にある小さな白い炎が潰えてしまわない限りは」

 白い炎。それは――

 

 …――

 

「はれ?」

 見慣れたボロい天井が目に飛び込んできた。

 どうやら、帰ってきたらしい。

(帰ってきた?)

 胸中で呟いてから、はて――と、首を傾げた。

 帰ってきたも何も、まだ出かけた覚えがない。

「んん……?」

 何だか、大切なことを忘れてしまったような焦りが胸を焦がした。

 しばらく天井と睨めっこするものの全く思い出せない。

 それは、何かの前兆だったようにも思えるんだけど――

「う~ん……。寝ちゃってたかな?」

 寝っ転がっていたソファから体を起こす。

 と、ヒラリと羊皮紙が舞い落ちた。

「あ~…。写したはいいけど、これどうしよう」

 もちろん、そこに書かれているのはベル君の【ステイタス】だった。

 不吉な予感に駆られ、朝一番で更新したはいいものの、ベル君はそれを聞く前に飛び出して行ってしまった。

 改めてそれを見やり、やっぱり口元が引きつるのが分かった。

 何しろ、そこに記されているのは前代未聞のものだ。

「何だよ、SSって……」

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力 :SS1011

 耐久:S900

 器用:SS1018

 敏捷:SS1080

 魔力:B751

 

 何か書き損じたんじゃないだろうか――と、あるはずもない事を思いながら、ボクはもう一度頭を抱えるのだった。

 

 




―お知らせ―
 お気に入り登録していただいた方、感想を送ってくださった方、ありがとうございます。
 次回更新は18/10下旬を予定しています。
 18/10/26:誤字脱字等修正
 19/12/22:一部改訂

―あとがき―

 まずは謝罪から。
 すみません、一週間計算を間違えました。
 あと、ちょっと難産だったので…。
 主人公がいないと、どうしても原作沿いになりすぎるというか…

 ええと、そんな訳で。
 例によって諸々設定を盛り込んでみた第四節となります。
 原作だと主に外伝でちらほら触れられている『暗黒期』ですが、本作だとひょっとしたらさらに性質が悪くなっているかもしれませんね。

 それと、主人公絡みの四年前のあれこれについても少し触れてみました。
 実は【ロキ・ファミリア】とは結構本気で危険な状態まで陥っていたりいなかったり。詳しくはもう少し先に作中で触れる予定ですが、この章の第二節で触れている通り、ファーストコンタクトが最悪の部類だったりしたので……。
 また、オリジナル派閥の主神ブレスは例によってケルト神話から参照しています。この辺の出来事はまた追々ふれていく……予定ですが、さてどうなることか。

 原作最強のオッタルさんは、すでに結構強化が進んでいたり。
 まぁ、どうにも原作では魔法やスキルはおろか、まだステイタスの内訳も出ていないので、書きづらい部分が多いのですが…。
 ひとまず、原作よりいくらか武人寄りのイメージで書いています。ダンジョンにも割と頻回に潜ってますしね。
 一方で、ベル君も例によってちょっと強化済み。原作の時点でほぼSSに手が届いていたので、ちょっとでも強化すると、みんなSSになってしまうという……。
 ただ、耐久と魔力は原作通りです。耐久はもともと低かったところが、アイズさんのスパルタで滑り込み。魔力はどっちもノータッチなので変わらず、といった感じですね。
 で、未来の真ヒロインミノタウロスですが、こちらもまた主人公がイシュタル・ファミリアを壊滅させてた挙句、地上を騒がせていたので邪魔が入らないという結果に……。

 さて、あとがきが長いのはそろそろ修正したい癖なので今回はこの辺で。
 次回は、強化大成功ベル君VS強化極大成功ミノタウロスの一本勝負となります。
 た、多分来週には更新できるかと……!

 それでは、どうか次回もよろしくお願いいたします。
 また、返信が遅くて恐縮ですが、感想など頂けましたら幸いです。

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