SOUL REGALIA 作:秋水
大幅な変更、改訂を行う可能性があります。
1
(やれやれ……。ひとまず、おかしな細工はされていないようだが)
日課――いや、生活の一幕となりつつある体の
(ずいぶんと縮んだものだ。……いや、元はこの程度だったな)
あれほどの巨躯となったのは、いつの頃だったか。
その変容を促したソウルの力は、まだ体に残っている。
で、あれば、体の大きさなどさしたる問題でもない。
むしろ、この『時代』においては、人並み程度の大きさの方が色々と都合が良かろう。
(もっとも、今のところ
そして、悲願さえ叶えば
もっとも、何が起こるか分からないのが人生というものだ。
この姿に利点があるなら、大切にしておくべきだろう。
(オラリオ、か)
新たな神の都の名を呟く。
朽ちかけたアノール・ロンドとどれほどの差があるものか。
(少しは愉しませて欲しいものだ)
あの灰の手によって燃え尽きたはずの野心は、こうして再び燃え上がっていた。
新たな一歩は、その神の都を陥落させることである。
――と、言葉にすれば簡単だが。
(あの灰に
恐ろしい事だ――と、小さく笑う。
流石は我らが秘儀。その具現と言ったところだろう。
なれば、私たちがその域にたどり着けないはずがない。
問題は、それにどれだけの時を必要とするかだ。
(今しばらくは素直に従うとしようか)
なかなかどうして、先は長い。
何しろ、私の『切り札』はまだ本来の力を取り戻しきれていない。
それどころか、手駒まであった騎士団すら、一から再編している始末だ。
この様では、例え反旗を翻したところで容易く潰されるのは明らかである。
今は忍従の時――と。猛々しく燃え上がる野心の炎を手懐けるのもまた一興だった。
「失礼いたします、法王様」
古くからの忠臣――と、いっても私の配下ではないが――である、騎士団長が姿を見せた。
無論、あらかじめ予定されていた事だ。
「かまわん、楽にせよ」
執務机の前で跪くその騎士に告げると、もう一度礼をしてから彼は立ち上がった。
「件の件、いかがであった?」
「はっ。エニュオの者共が接触したのは間違いありません。ですが、あちらにいる同胞によれば、御身を仇なすほどの力はないはずとの事でした」
「ふむ……」
となれば、四年ほど前に我らが領土に侵入を企んだ不死人は、やはりあの男か。
「人違いということはあるまいよ。あれは、戦士としてみればせいぜい一流に届くかどうか。かつて私と対峙した時ですら、な」
事実、あれは凡庸な灰であった。
蹴散らすのは容易い。そう思っていた。
だが――
「しかし、あの男は幾たび殺そうと決して折れぬ。だからこそ、恐ろしい」
実際に勝ち抜けていったのは、あの男だ。
我が野心の炎すら、あの灰を飲み込むには届かなかった。
「実は貴公とは別に、オラリオに探りを入れさせた」
「何と」
「許せ。別段、貴公の力を疑ったわけではない。ただ、いくらか思いついた趣向があってな。それを、手の空いている者にやらせたにすぎん」
何しろ貴公には、前線指揮という大役があるのだから――と、労う。
無論、単なる詭弁ではない。まともな戦力――充分な力を持つ不死人はごく限られている。
目の前の騎士は、その限られた不死人の一人だ。
「趣向、ですか?」
「うむ。ひとまずは、野心を抱きながらも燻っている者たちに少しばかり『助言』を与えてみた」
思いの外、その炎は燃え上がったらしい。
そして、あの灰に飲まれて消えたとも。
「いるぞ、あの男は。我らが宿敵である【王狩り】はな」
まったく、死してなお我らの前に立ちはだかるとは。
愉しくもあり、忌々しくもある。
「では、やはり件の男が?」
「間違いあるまい。力を失っている理由は……さて、召喚者が未熟であったのだろう」
そのような半端者の言葉に応じ、力すら投げ打って応じるとは相変わらずお優しい事だ。
そして、その甘さこそが唯一の隙となろう。
「ならば、今のうちに……」
「うむ。とはいえ、万が一にもここで貴公を失う訳にもいかぬ。【ドラン騎士団】との戦いも続く故な」
アン・ディール。
噂に聞く稀代の魔術士――【原罪の探究者】とこのような形で見えるとは、まったく面白い。
「あの者共も、なかなかによく粘る。流石はドラングレイグの王兄といったところか」
「古き巡礼の地。巨人の王国と相打った貴壁の大国、ですか……」
「うむ。もっとも、
我らが騎士団も、中身は全く別物だ。それに連なる者は、この騎士を含めていくらもいない。
(そして、そのどれもが役に立たん)
この騎士ではまずもってあの男には勝てまい。
一度や二度は殺せるかもしれんが、それだけだ。
あの男を殺し切ることなどできようはずもない。
まだ精強を誇っていた頃の古い神どもにすらできなかったのだから。
「では、どのように?」
今しばらくは時が必要だ。
「ここはひとつ、我らが
ここは無限に湧いて出る使い捨ての兵力。
そして、あの男の甘さを精々活用させてもらうとしよう。
2
「ああ、やはり間違いないようだな」
神罰同盟とやらは、一週間と持たず潰えた。
当然か。凡夫どもがどれほど束になろうと、あの者に敵うはずもない。
とはいえ、
「あの様子では、一度や二度は殺されるかとも思ったが……」
流石にそれは侮りすぎだったか。
しかし、そんな心配を抱くほど、我らが王もまた著しく力を封じられている。
あれでは、ようやっと墓から這い出してきたばかりの灰のようだ。
(どうにも解せないな)
神の血に酔った呪われ人ならまだしも、私達が力を失うなどあり得るだろうか。
――とは思うが、あの男に関していえばそこまでおかしな事でもないのかもしれない。
ロスリックで目覚めた時ですら、彼は力を失っていたはずだ。
今回の理由は定かではないが、そういう事もありえるのだろう。
(少々投げやりかもしれんな)
胸中で結んだ結論に、小さく苦笑する。
(だが、そうなると――)
ここしばらく暗躍している者共も、私たちと同じ時代を生きた者たちなのか。
「ユリア様」
「どうかしたか?」
と、そこで。腹心の部下――古参の同志が部屋へと入ってきた。
「神罰同盟の裏側にいた勢力が、多少は見えてまいりました」
「ほう?」
それはまた好都合だった。
「聞かせてくれ」
「はい。表向きは
「違うと?」
「ええ。どうやら
「何者だ?」
「そこまではまだ。ですが、先日のフィリア祭で姿を見せた『新種』は、どうやらこの勢力が従えているとのことです」
「……その情報はどこから?」
「先だって同志に加わりましたシャラン修道女から。……こちらへ」
呼びかけると、新たに一人誰かが入ってきた。
「お初にお目にかかります」
一礼したその女の瞳には黒い炎がちらついていた。
珍しくもない。我らが
この『神時代』とやらにおいて、神やその下僕どもに恨みを抱く者たち……火の陰に追いやられた者達が身を寄せているのが、今この場所なのだから。
「私は、六年前より【タナトス・ファミリア】に所属しておりました。もっとも、死兵の一人にすぎなかったため、詳しい内情までは知りませんが、そこで見聞きしたことをお伝えいたします――」
滔々と語られるのはかつての蛮行と、それすら利用する神の欺瞞。
そして――
「エニュオ、か……」
デーモンの前に暴れたという花とも蛇ともつかない『新種』――『
「どうやら、妙な事になっているな……」
シャランが退室してから、呻く。
「【エニュオ・ファミリア】といったところでしょうか?」
「さて。まだ分からないな」
気になるのは、レヴィスという名の
人と
(それ自体は、驚くほどでもない)
元より、私たち人間はそういう可能性を秘めている。
求めるのなら、古竜にすらも至る。本来、
問題は――
(神どもが、自らの手で枷を外すか?)
それだ。どうにも解せない。
我らを恐れるがあまり『ソウルの業』すら徹底して消し去ったあの連中が、今さら枷を外すか?
いや、そちらも気になるが――
(どうにも匂うな)
この一件、どうにも匂う。
(一人か二人はいるな)
今日まで集まった情報を精査する限り、そう結論付けるしかない。
(私以外にも、我らが王を知る者が……)
そう。その価値を知る者が。
(これは、地上ばかりに注意を向け過ぎたか)
おそらくは、ダンジョンの中に。
(巡礼を始める時が来たか……)
だが、その前に――
「テレジア」
呻くように、傍らにいる同志の名を呼んだ。
「はい、何でしょうか」
「そろそろ時期だったな?」
「
「準備をしておいてくれ」
あの忌々しい会合に顔を出しておくべきだろう。
情報を集める役にはそれなりに立つのだから。
3
ダンジョン一四階層。
正規ルートG-13。一五階層への連結路に向かうには大回りとなるが、程々の広さの
そこからさらに外れ、誰からも忘れられた
ほんの一滴。人であっても目を凝らさねば気づかないほど小さな染み。
広大なダンジョンから見れば、飛沫より小さなそれ。
だが――
『ギィイイイイィィィイ?!』
迂闊に触れた白兎が、たちまちのうちに飲み込まれていく。
自分の体より遥かに小さなその闇溜りの中へと。
『―――ィィイィイイ……』
哀れな生贄の白兎を飲み込んだその闇溜りは黙して語らず。
ただ、静かにその染みを広げていくのだった。
――見る者が見れば、恐れ戦いただろう。
それは、かつて黄金の魔術の国を飲み込んだ厄災そのものだと。
静かに、染み込むようにゆっくりと。その闇溜りは広がっていく。
迫りくるその脅威を、まだ誰も知らない。
―お知らせ―
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次回更新は18/11中旬を予定しています。
18/11/20:誤字修正
―あとがき―
次回から、第二部始まります。
変わらぬお付き合いのほどよろしくお願いいたします。