SOUL REGALIA 作:秋水
大幅な変更、改訂を行う可能性があります。
プロローグ 今はまだ、微睡の途中
1
「一ヵ月半で、Lv.2~~~~~~~っ!?」
ギルドに、とあるハーフエルフの絶叫が響き渡る少し前。
オラリオが朝日に満たされた頃。
「――――」
すっと、意識が浮かび上がる。
目を開くとそろそろ見慣れてきた天井が見えた。
これまでの半生で見つめてきたものと比べればずっと質素なものだけれど……それでも、確かに安堵を感じさせる。
「…………」
寝具を整えてから、寝間着を着替える。
ちょうど着物の帯を締めたところで扉がノックされた。
「おはよう、春姫さん」
入ってきたのは、白い女性だった。
華奢な体も煌めく髪も白く……瞳ですらも白灰色だった。
その白さは今は遠い故郷の冬――処女雪に覆われた世界を思い起こさせる。
雪の妖精……触れれば儚く溶けて消えてしまいそうな、そんな方だった。
「起こしてしまったかしら?」
その足元から、ぴょこんと――犬ほどの大きさがある――白兎が顔を出す。
「いいえ、今起きたところでございます」
よかった、と顔を綻ばせる。
それだけで雪の妖精は春の妖精へと変わったような気がする。
「さぁ、座って?」
質素な化粧台の前に案内される。
少し躊躇いながらも私が座ると、白兎が膝の上に飛び乗ってきた。
その柔らかな背を撫でていると、その方が櫛を片手に私の後ろに立つ。
「~~♪」
オラリオではない、どこか遠い異国の旋律とともに櫛が動く。
今日も、本当に楽しそうにその方は私の髪を梳いている。
「あら、ごめんなさいね。少し嬉しくて……」
鏡越しに見つめていると、その方は少し照れたように微笑む。
「ずっと、世話を焼かれる側だったから。妹ができたみたいで……」
慈しむように丁寧にその方は髪を梳いていく。
少し、気まずい。
あの満月の夜、凄惨な光景に耐え切れず気を失ってから。
目を覚ました時には、すでに色々な事が変わっていた。
「すまなかったな。私たちの力が及ばないばかりに……」
目覚めた時に傍にいた藍色の髪をした麗人に案内され、この方たちの元に預けられ。
そのまま半月程を過ごしている。
「あの、あの方は……。その、本当に大丈夫なのでございますか?」
「義兄さんのこと? もちろんよ」
黒衣の冒険者様――アイシャさんのお知り合いの方の義妹に。
「あの人は、とっても強いんだから」
「ですが……」
覚えている限り、あの夜の最後の記憶。
その中で、あの方はアイシャさんに――
「大丈夫よ。心配しないで」
ふわりと、その方に後ろから抱きしめられた。
少しだけ、罪悪感がある。
見習いとは言え、元娼婦の私が振れては、白いこの方を穢してしまいそうだった。
でも――
「義兄さんは、神様にだってできなかったことをやり遂げたんだもの。あなた達を助けるくらい、なんてことないわ」
その方はその穢れすら赦すように私の体を包み込むのだった。
2
「やれやれ、ようやく『向こう側』にも篝火が灯ったらしい」
ずいぶんと時間がかかったものだ――と、小さくため息をつく。
もっとも、向こうでどれだけの時間が過ぎているのかは定かではない。
何しろ――
「これでは、まだダメか」
因果の渦――『時代』の壁を越えているのだから。
だからこそ、篝火一つでは転送できない。
元より次元が歪んだこの巡礼地でも、その壁を超えるのはやはり容易な事ではないのだ。
揺らめく篝火を見つめながら、小さく嘆息する。
「あの馬鹿弟子め、何をやっている……」
まだ合流できないなど、あの子たちに何かあったらどうするつもりだ――と、小さく呟く。
「ふふっ。感動の再会には、もう少しかかりそうだな?」
「姉さん……」
いつの間にか傍にいた姉が微笑んだ。
「まぁ、そう焦るな。あ奴もついて行っていることだ。多少の事は危険にもならぬ」
「それは、そうですが……」
何しろあの義弟は、馬鹿弟子と一緒に最初の火の炉まで到達している。
凡百の亡者や異形どもでは相手にもなるまい。
ただ――
「あの子の体は、決して丈夫ではありません……」
馬鹿弟子の献身のおかげで『病』が癒えたとはいえ、末の妹の体は決して丈夫ではない。
心配を通り越して呆れるほど死んでなお、しぶとく蘇ってくるあの馬鹿弟子とは違うのだ。
それに――
(あの馬鹿弟子。駆け出しに戻っているそうじゃないか……)
因果を歪めてでも手勢を揃えねばならない――あの火防女がそう判断するほどの脅威が迫っているというのに。
いくら『不死』とは言え、限度というものがあるだろう。
今のままでは、いかにあいつと言えど、あっけなく飲み込まれかねない……。
「あの方たちなら、きっと大丈夫です」
「ええ」
さらに二人。これから巡礼の旅を共にする同行者が集まる。
「二人とも、本当にかまわないのか?」
おそらく、この旅路は片道だ。行けば最後、戻ってはこられまい。
「自らの信仰を確かめる旅に出る。それも白教徒の使命です」
「優しい世界から連れ出した責任を取ってもらわねばなりません」
聖女と白い竜の娘が何の躊躇いもなく微笑む。
(あの馬鹿弟子め……)
よくもまぁ、誑し込んだものだ。
静かに燃える篝火を見やり、胸中で毒づく。
(まぁ、人の事は言えないがな……)
我ながら性質の悪い火に魅入られたものだ――と何度目かの
3
「時が満ちようとしています」
「そうか……」
新たな巡礼への誘い。
それが私たちの元に届いたのは、火継ぎの是非を巡り、世界蛇との抗争に敗れてから。無念の内に朽ちていくのかと思っていた矢先のことだった。
「まずは文句の一つも言ってやらねばならないな」
このような重責を残し、ひとり斃れたあの薄情者に。
そして、謝罪しなければならない。私たちの無力の後始末を押し付けてしまったことに。
「ええ。そうしましょう」
辛うじて見つけた篝火。私達の最後の寄る辺を見つめ、長らくともにある竜の娘が微笑んだ。
出会った頃より、ずいぶんと表情が豊かになったと思う。
(それなら……)
最低限の役目は果たしただろうか。
この娘を、火の因果から解放する事はついに叶わなかったとしても。
ああ、それにしても……。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや。……私は、元々生きるために騎士を目指していた」
主への忠節と剣の技。それがかつての私の全てだった。
元より恵まれた身分の生まれではない。
もし技を修められず、道半ばで屈していたなら――
「どこぞの金持ちの情婦にでもなっていただろう」
あるいは、騎士団の影として女であることすら武器にしていただろう。
それを思えば、まだ幸福かもしれないが――
「その因果からも、ついに抜け出せなかったかな」
気の多さなら、あの男も大概だ。
まったく、我ながらろくでもない相手に引っかかってしまった。
「後悔していますか?」
「さてな。……ただ、今にして思えば、呪われ人になった時点でまっとうな生など諦めていた気がするよ」
誰もがそうであるように。
しかし、それを受け入れらずに、ドラングレイグを彷徨っていたのも同じことだ。
「それを思えば、これは望外の幸運だ」
こうして親愛なる友と、ともに歩きたいと思う相手を見つけたのだから。
例え、今も呪いがこの体を蝕んでいようとも。
「オラリオ、か……。どのような場所なのか。楽しみにしておくとしよう」
篝火が静かに燃えていく。
「ええ、楽しみです。火でも闇でもない、その時代をこの目で見れるのですから」
微笑んだ彼女の背後に、巨大な影が舞い降りた。
―おしらせー
18/11/20:誤字修正