SOUL REGALIA   作:秋水

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※18/06/03現在、仮公開中。
大幅な変更、改訂を行う可能性があります。



第二節 夜明けはもうすぐ

 

 地上に――いや、住み慣れた本拠地(ホーム)に戻ってからしばらくして。

 一息つき、旅の埃を払ってから団長室でロキに報告を済ます。

「ホンマか?」

 いつも笑っているように見える細い目を見開き、ロキが険しい声を出した。

 遠征失敗――五九階層に到達できず――の報告が原因……ではない。

「ホンマにあの【正体不明(イレギュラー)】が戻ってきた言うんやな?」

 ある意味において、それ以上に深刻な問題によるものだった。

「ああ、本当さ。相変わらずでたらめなものだったよ」

 武器や防具を一瞬で切り替える『スキル』

 いや、切り替えているだけではない。長大な斧槍や巨大な大盾、果てはアイテムの類までをどこかに『格納』しているはずだ。

 リヴェリアの魔法に匹敵する威力を有した超短文詠唱『魔法』

 こちらは下手をすれば無詠唱なのかもしれない。何しろ、彼が詠唱に用いる言葉は共通語(コイネー)ではない。相変わらず全く聞き取れなかった。

 ギルド公認のLv.0でありながら……神々の『恩恵』を授からずとも一人『深層』を進むだけの圧倒的な力。それこそが【正体不明(イレギュラー)】という二つ名の最大の理由でもある。

「マジかー。また面倒な事になるなぁ」

 心底嫌そうにロキが呻いた。

「下手に刺激しなければ少しは安全なんじゃないかな?」

「甘い。甘いでフィン! アレは剣の切っ先よりも死に近い奴や。油断しとったらそのまま一突きにされるで?!」

「彼がその気になったら、油断しなくてもそうなりそうだけどね」

 それは別に皮肉を言い返したわけではない。無論、自虐でもなかった。

 僕自身、心から不本意だ。が、知りうる限りの情報をもとに、彼我を比較すればそういう結論にならざるを得ない。

正体不明(イレギュラー)】クオン。

 ギルド公認のLv.0。しかし、少なくとも四年前のオラリオにおいて最強だった存在。

 そもそも二つ名はLv.2以上の冒険者が神会(デナトゥス)で神々より賜う称号だ。

 多くの冒険者はLv.2へのランクアップ――すなわち、神々すら認める偉業を成し遂げて初めて他派閥の神々にもその名を知られる事になる。二つ名とはその証とも言えよう。

 その称号をLv.0のクオンが有している時点で異例(イレギュラー)だと言わざるを得ない。

「前から言うとるけど、そらしゃあないやろ。四年前、アレが初めて神会(デナトゥス)で話題になった時にはまだ名前の方はあんまり知られとらんかったからな。皆して正体不明正体不明言っとったらそのまま定着してもうた。正真正銘の二つ名(あだな)ってやつや」

 と、ロキは笑い飛ばす。

 しかし、そもそもLv.0が神会(デナトゥス)で話題になるという時点で極めて稀な事だった。

(でもまぁ、その程度だったら確かに笑い飛ばせる範囲だけどね)

 大仰な二つ名を持っていても、実力が伴わないなんて場合はいくらでもある。

 だが、彼は実力を示したのだ。

「今だって【古王(スルト)】を相手にできる自信はないよ」

「あんなん反則(チート)反則(チート)

 五年前――クオンが姿を現すほんの少し前。未だ暗黒期の狂乱が消え去らぬ間に姿を現したもう一人の『正体不明』。

 確かに言えるのは、五年前に突如として姿を現し、ダンジョンの中から街中まで神出鬼没に現れてはオラリオ中の名だたる冒険者達に戦いを挑み、その全てを打ち倒し――四年前にクオンと剣を交えたのを最後に目撃されなくなったという事だけだ。

 打ち倒された冒険者の中には、もちろん……そして遺憾ながら僕自身や、【ロキ・ファミリア】の主力陣も含まれている。

 それと剣を交え、退けた唯一の存在。それこそがクオンだった。

 いや、そうでなくとも――

「オッタルと互角に渡り合った。それだけ見ても分が悪い相手さ」

猛者(おうじゃ)】オッタル。

 オラリオ唯一のLv.7。オラリオ最強の冒険者として名高い武人。

 それと真っ向から互角に切り結べる時点で、クオンもまた尋常ならざる実力の持ち主だと言わざるを得ない。

「あ~…。あれはなぁ……」

 円形闘技場(アンフィテアトルム)を貸し切っての立ち合い。

 これもまた異例の事ではあった。

 何しろクオンはその名こそオラリオに知れ渡っていたとはいえ、実際にはギルドが禁止している賭博剣闘の剣闘士でしかなかったのだから。

 それがギルド公認の元でオッタルと立ち会う。それは異例と言わざるを得ない。

 もっとも――

「まぁ、悪趣味だとは思ったけどね」

 その意図は分かっていた。

 要は見せしめだ。

 彼に手酷く叩きのめされたいくつかの【ファミリア】がギルドに圧力をかけたのだ。

 冒険者の地位失墜は、ひいては統括者であるギルドの権威失墜である――と、大体そんなところだろう。

 ギルドの事実上のトップであるロイマンを唆すならそんな論法で攻めるのが一番楽だ。彼の拝金主義、権威主義はあまりに有名だった。

 いくら粋がったところで冒険者には勝てない――と、立ち合い前に、関係した【ファミリア】の主神達や眷属達は声高に言いまわっていた。

 まぁ、その思惑を読み取れた者達の中では、あのオッタルがそんな茶番への参加を承諾した事を驚く声もあったが……これは驚くところではない。

 何しろクオンは生粋の神嫌いだ。僕らが危うく全面戦争になりかけた原因はロキが不用意にちょっかいを出したせいだった。いや、流石にロキだけのせいだとは言わないが、大きな理由の一つなのは本神だって否定しないだろう。

 他にも蛇蝎の如く嫌われている神は何柱(なんにん)かいるが……その中の一柱(ひとり)が神フレイヤだ。

 あの売女が――なんて、クオンが吐き捨てているのを僕も聞いた事がある。僕よりずっと付き合いが深いラウルなんてその度に生きた気がしないらしい。流石にリヴェリア(同じ女性)の前ではそういう言葉は使わないようだが。

 ともあれ。それがオッタルの耳に入れば、それはもう全面戦争待ったなしだろう。

 実際、【フレイヤ・ファミリア】全体に全面戦争を仕掛ける機運が高まっていたとも聞く。

 それを考えればあれは『一騎打ち』形式の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』だったと言っていいのかもしれない。

 オラリオ最強の冒険者を引っ張り出した時点で、各【ファミリア】は全てが自分達の思惑通りに進む事を疑わなかった。

 これで生意気なLv.0を公開処刑できる、と。

 だが――

「結果は最悪やったな。思惑は丸潰れくらいやったらまだ笑い話で済むやろけど、こらもう完っ璧に逆効果や。さすがのうちも顔中引きつりまくって愛想笑いすらできへん」

「まったくだね」

 クオンはオッタルと真っ向から斬り合い、互角に渡り合って見せた。その時点で、思惑はほぼ完全に破綻したと言える。

 だが、それだけではなかった。

 突如として乱入してきた【古王(スルト)】を退けて見せたのだ。

 これはオラリオで彼だけが成し遂げた偉業だ。つまり、彼はある意味においてオッタルを上回ったとも言える。

 その時から、クオンはオラリオ中の冒険者にとって共通の『悪夢』となった。

 冒険者にとっては己の矜持を踏み躙る厄災であり、神にとってはその『恩恵』を嘲笑う背信者である。

 この『神時代』そのものを否定し、嘲笑する『灰色の悪夢(アッシュ・オブ・シンダー)』。それこそがクオンを示すもう一つの二つ名だった。

「まさに『悪夢』再び、いうところやな」

「いや、『悪夢』は終わってないよ」

 ロキの言葉を否定する。

(『後継者』を探しに行った、か……)

 彼がオラリオを去った理由とされているもの。

 ダンジョンの中ではついに聞けなかったが――まったく、これほど馬鹿げた話はない。

 彼はオッタルと立ち会ったのだ。そのうえで、その【猛者(おうじゃ)】ですら自身の『後継者』たり得ないと判断した。

 オラリオの冒険者に見込みはない。それはもはやそう告げられたに等しい。

(まったく、酷い悪夢だ。性質が悪すぎる)

 その『噂』を耳にした時から、その『悪夢』は今も続いている。まるで呪いのようだ。

 その『噂』を否定できない。

 否定するには――この『悪夢』から抜け出すには、【古王(スルト)】を討伐するか。もしくは、彼が持つ非公式記録(アナザーレコード)である『七〇階層突破』を上回るか。あるいは【猛者(おうじゃ)】オッタルを圧倒するか。

 彼は判断を誤った――そう証明するには……この『悪夢』から抜け出すには、せめてそのどれか一つを達成するしかない。

「遠いな、まだ」

『悪夢』の出口まで最も近くてあと一二階層以上。夜明けはまだ遥か遠かった。

 

 

 

(ま、今の状態ならこんなものだろうがな)

 拠点の地下室で――正しくはそこに設置した篝火の前で、声にせず呻いた。

 篝火の熱が身体中に広がり、傷と消耗を癒し――さらにはエスト瓶と灰瓶を満たす。その感覚に身を委ねながら、毒づいた。

「さて、偶然か。それとも必然なのか……」

 何であれ、最下層への道は、思った以上に険しくなっている。少なくとも、六〇階層辺りからこうして篝火に()()()()()()()羽目になる程度には。

 嘆息と共に右手にある『螺旋剣の破片』をソウルに取り込み、立ち上がる。

(気は進まないが、あの爺さんのところに顔を出すか)

 そろそろ腹を括って――せめてその準備くらいは始めてもらった方が良さそうだ。

 呻く頃には、あらゆる傷と消耗が完全に癒えていた。

 それを確かめてから、篝火を後にする。

(自分の家に篝火か。俺も偉くなったものだ)

 唯一の篝火がある場所。そこは、他ならぬ拠点の地下室だった。

 篝火の確保は、三年間の放浪における成果の一つだ。とにかくエスト瓶と灰瓶の補給ができるようになったのがありがたい。

 それに、こうして寄る辺があるだけで安心できるというものだ。

 拠点――館を出ると、辺りはすっかり日が沈んでいた。

 魔石灯が広く普及したオラリオにおいて、ある意味一番賑やかになる時間帯だと言えよう。

 今日の稼ぎを終えた冒険者達が至る所で命の対価を酒に――あるいは女に変えている。景気のいい笑い声と、客引きを行う看板娘たちの声。酔っ払い同士の罵声。時に殴り合う音。そういった類のものが雑多に入り混じっている。

(まずはギルドに行くか……)

 一杯ひっかけたらそのまま帰って寝たくなる。気は進まないが、まずは挨拶しに行くのが優先だ。ため息をつき、気だるい気分で街を歩く。

 挨拶はともかく、魔石やら何やらを換金しなければならない。市場価値での買取になるが、バベルかギルド本部にある公式換金所を利用するのが一番楽であり、安全だった。

(何故か俺は方々の【ファミリア】から目の敵にされてるからな)

 確かにいくつかの派閥と揉め事を起こしたのは事実だが。

 しかし、基本的に身に振る火の粉を払っただけで、恨まれる筋合いはない。そもそも、そこまで数が多い訳でもなかった。当事者どもならまだしも、無関係の連中にまで睨まれるのはどうにも納得しがたい。

 と、それはともかく。

 オラリオは中央に立つ白亜の巨塔――ダンジョンの入り口たる『バベル』を中心に、円形に広がっている。そして、それを等分するように八本の大通り――メインストリートが通っていた。簡単に言えば八等分されたパンケーキのような街だ。

 そして、そのメインストリートを中心に、北を起点としてそれぞれ第一地区から第八地区と呼ばれている。

 俺が拠点を構えるのは第四地区――つまり、南東のメインストリート周辺。爺さん達がいるのは第八地区。北西のメインストリート周辺だ。

 まぁ、()()と言うにはいくらか範囲が広すぎる気がしてならないが、住んでいる当事者たちが納得している以上、俺がとやかく言うのは筋違いというものだろう。

 ともあれ。

 第八地区に行くなら一度中央広場に出るか、第五、第六、第七地区を経由していくかの二者択一だ。距離を考えれば前者の方が圧倒的に近いが……

(まぁ、それなりに良好な関係のところもあるからな。それで良しとしておくか)

 ため息をついてから、それなりに友好的な関係を保っていたはずの【ファミリア】の本拠地(ホーム)に足を運ぶことにした。……のだが。

「あれ?」

 オラリオ第七地区の一角。

 その【ファミリア】の本拠地(ホーム)があった場所には別の建物が建っていた。

「記憶違いか? それとも引っ越したか?」

 オラリオで目覚めてからまだ一度しか『死んで』いない。ならば、この街での記憶を失う理由はなかった。

 つまり、記憶違いはほぼあり得ない。……いや、必ずしも古い記憶から失われるとは限らないのも事実だが。

 だが、記憶を失ったわけではないのはほぼ間違いない。何度か足を運んでいるため、この辺りの街並みには覚えがある。となると、やはり後者か。

 俺がオラリオを出る前から中堅の【ファミリア】として結構順風満帆だったと記憶している。

 荒事上等の探索系派閥ではなく、冒険者に限らず全ての住人の命綱である医療系派閥だから血腥い派閥間抗争とは基本的に縁がない。加えて極めて珍しい事に主神が人格者のため、逆恨み以外の恨みを買う事はほぼあり得ない。三年の間に規模が拡大し、人手が増えたか何かしてもっと広い場所に引っ越しでもした――と、そんなところか。

「まぁ、いいか」

 どうせこれからギルドに顔を出すのだ。そこで転居先を聞けばいい。

(いや、この時間では換金所くらいしか開いていないか?)

 なら、換金ごと明日に回してしまおうか。今ある手持ちだけでも歓楽街に顔を出せる程度はある。今夜一晩を乗り切る分には何の問題もない。

 だが、ここはすでに第七地区。ここから手ぶらで引き返すのも間の抜けた話だ。

(どうするかな……)

 何となく決めかね、意味もなく辺りをぶらついていると――

「師匠!?」

 何やら耳に馴染んだ声がした。

 反射的に振り向くと、これまた見慣れた白髪頭と深紅の眼。これで耳でも生えていれば立派な兎人(ヒュームバニー)だった。

「ベル?」

 ベル・クラネル。去年の今頃からおよそ三ヶ月ほど滞在した北の山奥にある小さな村で出会い、申し訳程度とは言え剣の扱い方を教えた少年だった。

 もっと言うなら。彼がオラリオに向かったと聞いたからこそ、俺もまたこうしてオラリオに戻ってきたのだ。

「師匠はやめろって。そんな大した事はしていないんだ」

 確かに剣の握り方と振り方くらいは教えたが、それだって精々がチャンバラごっこに毛が生えた程度のものでしかない。

 それで師匠と呼ばれてるなんて事を俺の師匠に聞かれたら、盛大に呆れられるに決まっている。

 まぁ、その三ヶ月の間に急成長して一介の農民の少年から一端の巡礼者――せめて、ロードランの祭祀場で心折れていたあの戦士くらいまで急成長させられたならまだそう名乗ってもいいだろうが、実際は凡庸な放浪者程度――不死人になる前の俺自身程度にも育ててやる事はできなかった。

「まぁ、いいか。久しぶりだな、ベル」

「はい! 師匠……クオンさん!」

 俺が彼の故郷を離れてからおおよそ一年ほど。どことなく精悍さが増したようにも見える。

 いや、むしろ――

「その様子だとどうやら冒険者になったようだな?」

 伝わってくるソウルの強さが違う。それに、少しばかり()()()()()が混ざっていた。

 この感覚は間違いなく冒険者のものだ。

「はい! 分かりますか?」

「流石にな」

 ソウルの気配云々を差し引いても身体つきや動きがこちら寄りになっている。

「それで、どこの【ファミリア】に入団したんだ?」

 どうか【フレイヤ・ファミリア】やら【イケロス・ファミリア】やら【ソーマ・ファミリア】なんて名前が出てきませんように。

 そこさえ――いや、他にも性質の悪い派閥はいくらでもあるが――避けてくれているなら、この際【ロキ・ファミリア】でもいい。

 他だと、【ミアハ・ファミリア】や【ヘファイストス・ファミリア】辺りは安心だが……この二つは探索系ではなく医療系と鍛冶系の派閥だ。従って、主に求められるのは戦闘技術ではなく、それぞれの領域の専門知識とそれに伴う技術となる。

(探索系なら【ガネーシャ・ファミリア】か……。ああいや、あそこも普通の探索系とは言い難いか)

 何かと縁がある【ガネーシャ・ファミリア】は探索系派閥で、所属する上級冒険者の人数だけで論ずればオラリオ最大の派閥と言える。『遠征』の成功率も悪くなく、糸目の小僧(ロキ)あの女(フレイヤ)に次ぐ階層まで進出している。が、それ以上にオラリオの治安維持に貢献する【ファミリア】として名高い。

 冒険もできて、人に感謝もされる。この少年の『夢』を考慮すればこの【ファミリア】に所属するのが最も無難なはずだ。

「【ヘスティア・ファミリア】です」

 しかし、ベルが口にしたのは全く違う派閥名だった。

「【ヘスティア・ファミリア】……?」

 よく知っている――つまり、性質の悪い派閥ではない……と思いたい。何しろ全く聞き覚えの無い名前だった。

(主神の名前はヘスティアか……)

 そちらも聞き覚えの無い名前だった。

 となると、俺が街を離れていた間に新しく姿を現した神か。

「今のところ僕しかいないんで、名前を知らないのも無理ないと思います。でも、とっても良い神様ですよ。クオンさんもどうです?」

「あ~…。いや、俺は遠慮しておこう」

 どのみち『神の恩恵(ファルナ)』など、もはや何の効果もない。

 所属する利点は何もなく……連中だってわざわざ俺を抱き込もうとは思わないだろう。

「だが、いずれ機を見て挨拶くらいはさせてもらうさ」

 まずは身元を調べなくては。のこのこと顔を出して、万が一ベルまで追い出されるような事になれば目も当てられない。

「これからホームに戻るのか?」

「いえ、これから夕ご飯です。ちょっと誘われてるところがありまして……」

「ほう? 無事に夢に向かって進んでいるのか?」

「ぅえ?! ええと、それは――」

「『師匠! 僕、強くなって美女を右に左に侍らせたいです!』とか、キラッキラした純粋無垢な目で言われた俺が一体どれだけ返事に困ったことか……」

 そして我が身を顧みれば、窘める言葉すらどこを捻っても出てきやしない。

 もしや、この世とは悲劇なのか?

「そ、そこまで直接的な言い方はしてないですよっ!?」

 そうだったか? 八割方原文通りだったはずだが。

「で、記念すべき第一号は誰なんだ?」

「い、いえ! だから違いますって! ただお店の売り込みで……」

「歓楽街へ? あそこはある意味ダンジョンより物騒だぞ」

 あそこは正に狩猟場とでも言うべき場所だ。普通の人間の場合、油断すれば色々と干乾びるまで搾り取られかねない。

「か、歓楽街?! やっぱりオラリオみたいな大きな街にはそういうのも本当にあるんですね……じゃなくて!?」

 慄いたように呻いてから、ベルは叫んだ。

「ごく普通のお店です! いえ、行った事はまだないですけど! 『豊穣の女主人』ってお店で……」

「ああ、あそこか」

 有名な店だった。そして、それなりに縁もあって顔見知りもいる……が、正直なところ自分から好き好んで近づきたい場所ではない。

「知ってるんですか?」

 その内心を悟られないよう、ベルの言葉に頷いて見せる。

「それは有名だからな。飯も酒も美味いし、店員も美女揃いだ」

 そして、怖い怖い女主人がいる事でも。

 まぁ、それはともかく。

 実際にいい店だ。朽ちた不死人の舌でも分かるくらい質のいいものを出してよこすのは間違いない。そういう店はオラリオ広しといえど、他にそういくつも知らない。

 あえて欠点を言えば、あの女の影がちらつく事だ。……いや、それこそが最大の欠点なのだが。

「そ、そうなんですか。あ、そうだ。クオンさんも一緒にどうですか?」

「馬に蹴られるのはなぁ」

 ドラングレイグで散々蹴られている。普通の人間なら一生分は蹴られたはずだ。

「だから違いますって!?」

 顔を真っ赤にしてベルが叫ぶ。相変わらず素直な奴だ。

「まぁ、そうだな。今回はご一緒させてもらおうか。あの店、味はいいが値段もいいからな。駆け出し冒険者にとっては特に。ツケも利かないしな」

「ぅ……。それ、本当ですか?」

「ハハハッ。心配するな、今回は俺が財布を持ってやろう」

 高めの料金設定だが、ぼったくりではない。品書き通りの値段を払えば問題ない。

 三〇〇〇ヴァリス……ああいや、二人なら六〇〇〇ヴァリスもあれば腹を満たすには充分だ。それくらいの手持ちはまだ残っている。

「それで、突然ミノタウロスが現れて――」

 店に向いながら、ベルから近況を聞く。

 何でも、今日は災難に見舞われたらしい。五階層でミノタウロスに襲われるとは、不運にも程がある。

 あの爺さんが祈祷を捧げている今、モンスターが階層間を移動するのは稀だ。いや、正しく言えば、数階層ほど移動するのは別段珍しくない。

 だが、ミノタウロスが出現するのは一五階層――ギルドや冒険者が『中層』と呼ぶ領域だ。一方の五階層は『上層』。『中層』のモンスターが『上層』にまで登ってくるというのは現代において基本的にあり得ない。まぁ、ダンジョンの中で異常事態が起こるのは日常茶飯事だが……。

(どこの馬鹿の仕業だ?)

 その異常事態が、本当に偶発的な物とは限らない。

 一五階層のモンスターが五階層にいたとすれば、むしろ人為的なものを疑った方がいい。

 例えば『怪物進呈(パス・パレード)』。

 危機回避の最終手段として黙認される一方で、悪意を持って行う輩にも事欠かない。

 まぁ、駆け出し冒険者を狙ってわざわざ一五階層から連れていくような奴がいたら、そいつの人間性は限界を通り越し、もはや形容しがたい何かに変化しているに違いないが。

 あとは――

(まぁ、どっかの馬鹿が取り逃がしたってところか)

 獲物の横取りは禁止が原則である。それとて状況次第だが……明らかに『戦闘中』だと分かる状況で、他所の派閥の団員が下手に手出しすれば確実に面倒な事になる。

 その『戦闘中』と言うのが厄介で、交戦だけではなく追撃も含まれる。モンスターの中には石守のように危険を察知して逃げる種類も稀にいる。そういうモンスターに限って希少なアイテムを落とすのも石守と同じだ。従って、明らかに『追われている』モンスターにも手出しは無用だった。

(それはまた間の抜けた話だな)

 猛牛系などと呼ばれるミノタウロスが遁走するか?――と、いう疑問はさておき。

 一五階層から五階層まで仕留められなかった冒険者なんてのがいるなら、そいつは相当な間抜けだ。ミノタウロスは決して素早いモンスターではない。まぁ、それでも仕留めきれずに取り逃がすだけなら別段珍しくもないだろう。何しろ割としぶとい相手だ。

 だが、一〇階層もの間つかず離れずの距離を保って追いかけっこしたとなると……わざとやっているのでないなら、相当間抜けな光景だったに違いない。目撃した他の冒険者達もさぞかし反応に困っただろう。

 もっとも、巻き込まれた人間には悪夢でしかなかっただろうが。

「そ、それでですね……」

「うん?」

「その、もらった剣をどこかに落としちゃって……」

「ああ、あれか」

 村から離れる際に、ショートソードを一本渡してあったのを思い出す。

 素振りの練習には充分だし、それなりに手を加えてあるので切れ味も悪くない。

 ……が、ただそれだけだ。別にそこまで大した代物ではなかった。

「なら、代わりのをやろう」

 と、言っても。流石に塊や原盤で強化された武器は希少だ。それらを用いて強化したショートソードは流石に持ち合わせがない……はずだった。

 所持している武器や防具の目録を作ろうと思い始めて幾星霜。未だに進捗は芳しくない……というか、そもそも作業を開始してすらいなかった。

「性能は下がるが、そこは大目に見てくれ」

「い、いえ! いただけません! あの剣だって凄かったのに……!」

「そうは言っても丸腰で潜る訳にはいかないだろう?」

「そ、それはそうですけど……」

「まぁ、何なら『貸して』やる。あとで好きなのを選ぶといい」

 ここで武器を広げては露天商かと思われる。

 露天商にまで睨まれるのは流石に避けたいところだ。物資補給ができなくなるのは流石に厄介すぎる。

「それより、あの店のいったい誰に誘われたんだ?」

 アーニャ辺りが強引に押し切った――と、言ったところか。何かしらきっかけがあればそれくらいやりかねない。

「ええと、シルさんです。シル・フローヴァさん」

 それはまた反応に困る名前が出てきたものだ。

 いや、あの店で反応に困らないで済むのは実際一人しかいないが、彼女に賭けるにはあまりに『大穴』過ぎた。実際、こうして外れた訳だが。

「ああ、あの子か」

 一方であのちゃっかり娘(シル)は確かに『本命』というべき存在だ。

 常連客を適当に捕まえて、看板娘を一人選べと言えば、結構な確率であの子が選ばれるのではないだろうか。それくらい()()()()()善良で人当たりのいい店員でもある。

 と、ここまでなら別に何ら問題はないのだが。

(あの子はなぁ……)

 どうにも裏がありそうというか……少なくとも、その周辺にあの女(フレイヤ)の影がちらついている。

 いや、あの店自体、元――とも言い難い――眷属が切り盛りしているのだから、やむを得ないと言えばその通りだが……それとは別口だ。

 下手に探りを入れると面倒な事になりそうなので放置していたが、そろそろ本腰を入れるべき時期が来たのだろうか。

(ま、隠し子だって言われたところで驚きもしないがな)

 むしろ他に何人いるかの方が気になる。

「念のため言っておくが、あの子はその実かなり手強いぞ?」

 でなければ、あの店の店員なんて務まりはしない。

「だから違いますって!?」

 ベルの言い訳を笑って聞き流していると――

「……?」

 ふいに視線を感じた。

 反射的にそれを辿ると、その先には女が立っていた。

 紫黒のローブを着こみ、口元にはフェイスベール。異国の占い師か呪い師を思わせる意匠を纏った美女。

 雑踏の片隅。薄暗い路地への入り口に立つには相応しくない。

 見覚えのない女だった。

 いや――

「――――!?」

 薄暗い闇。仄かに光る水晶と、見慣れた篝火。

 その前に座し、来るべき時を待つのは『■■■■■■』として顕在したもう一人の■。その傍らに侍るのが―――

「クオンさん?」

 ベルの声で、束の間の白昼夢が終わる。もっとも、今はすっかり夜だが。

 くだらない冗談を思っていると、その女は路地へと消えていった。

「悪い、ベル。少し用事ができた。先に行っていてくれ。すぐに追いつくから先に食べ始めてていいぞ」

「え? あ、ちょっと師匠!?」

 ベルの声を背中に聞きながら、その路地へと走る。

 探す必要はなかった。すぐ先の横道から女がこちらを窺っている。

(誘われてるだと?)

 俺が追っているのを確かめるとすぐに、彼女はその横道に消えていく。

 それを追って横道を進むと、さらに別の路地に女の姿が――と、そんなやり取りを何度か続けてから。

「フフッ。よく追ってきてくださいましたわ」

 深まった路地のさらに奥底。街の中にある死角。そこに彼女はいた。

「お前みたいな美人に誘われればな」

「その割には物騒ですわね?」

 女が妖しく笑う。

 背負ったクレイモアの柄に右手をかけている。左手にはもう盾を装備していた。

 記憶にない。『俺』は彼女を知らない。だが、その瞳を知っている。

 蛇を思わせるその緑の瞳を。そして――

「どうか武器を下ろしてくださいな、我が君。この時代を築いた偉大なる【闇の王】」

 彼女は俺を知っている。

「心配は無用ですわ。どのみち、あなたに抗えるほどの力は私にはありませんもの」

 妖艶に微笑みながら、彼女が言う。

「それとも、すっかり取り払って身の潔白を証明した方がいいかしら?」

 ローブの胸元を撫でながら、彼女は艶然と笑う。

 どうにも怪しいが、他に何者か潜んでいる気配もない。

(敵対の意思はないという事か)

 認め、剣から手を離す。まぁ、警戒まで解く真似はしないが。

「何の用だ? 逢引ならもう少し色気のある場所がいいだろう?」

「あなたが望むならいかようにでも。ですが、今日は先約もあったようなので、ご挨拶だけで失礼いたしますわね」

「それはご親切に」

 言葉に多少の険しさがあったのは否定できない。

「あらあら。やっと戻っていらしたので急ぎご挨拶にと思ったのですけど……逆効果でしたかしら?」

 別にそういう訳でもないが。ただ、ダンジョンの中で色々とあったせいで、少しばかり気が立っているのは事実だ。

「戻ってきた、か。耳の早い事だな」

 知っているとすれば霞達か【ロキ・ファミリア】の連中だけ。だが、どちらとも繋がりがあるようには思えない。いや、後者ならまだ皆無とまでは言わないが。

「一日千秋の想いで待っていたのですから、当然ですわ」

 笑いながら、彼女は見事な拵えの杖を『取り出した』。

(『ソウルの業』だと?)

 それはもはや失われた業だ。しかも――

(この詠唱は……)

 古い竜の言葉を用いて紡がれる詠唱。

 詠唱が完成すると同時、陽炎のように彼女の姿が消えていく。

 その魔術の名を【見えない体】。効果はその名の通りだ。

「今日のところはこれで失礼したしますわね。また近いうちに改めてご挨拶に伺いますわ、我が君」

 ただそれだけを告げると、姿どころか気配すら消えた。これは―――

(転送? 一体どこに?)

 どこにという事はない。他に篝火があるとすればそこは――

「せめて何しに来たかくらい言って行けよな」

 どこかへと消えた彼女に向けてぼやく。

 まさか本当に挨拶だけという事もないだろうに。

 しかし、今さらどうなるものでもない。嘆息してから、俺もその路地を後にした。

 

 …――

 

 酒場『豊穣の女主人』。

 酒場や食堂が多く軒を連ねる第七地区でも、ひときわ大きな造りの酒場である。

 ベルに言った通り、酒も食事も店員も――特に店員は色々な意味で――高水準で、その分値段も高い。どちらかと言えば冒険者向けの酒場と言える。

 荒くれぞろいの冒険者相手に女ばかりの店がやっていけている時点で、どんな人材が揃っているかが察せられる訳だが……まぁ、押しなべて評判のいい名店だ。

 連日連夜大入御礼。店の雰囲気は明るい。

 店員は美人揃いだが――別に、歓楽街や繁華街にある()()()()店ではなく、ごく真っ当に酒と食事を楽しむための酒場だ。

 まぁ、そうは言っても男の客の方が多いが、いくつかの理由から安心して飲めると女の客にも評判だった。

 ……と、言うのは無論四年前の評判だが。

 この様子では変わっていないらしい。むしろより盛況になっているようだ。

「いらっしゃいませ――ぅえ?!」

 出迎えてくれたのは黒髪の女店員。名前は確かルノアだったか。

 他にも見知った顔ばかりだ。が、肝心のベルの姿がない。

(おかしいな?)

 もうとっくについていなければおかしいのだが。

「クオンさん、戻っていたんですね」

 視線だけで周囲を探っていると、リューが声をかけて来る。

 お堅いエルフの美女に名前を覚えてもらっているとは嬉しい話だ。

「ああ。半月前にな。まぁ、それからすぐにダンジョンにこもっていたが」

「なるほど。道理で噂を聞かないはずだ」

「酷いな。それじゃまるで俺が騒ぎの元凶のようじゃないか」

「中心にいる事は多いでしょう。彼女に目をつけられる程には」

 ほんの僅かに口元をほころばせる。

「何故だかやたらと絡まれるのさ。ただのLv.0に絡んで何が楽しいか知らないがな」

 リューの言葉に肩をすくめながら、ひとまずカウンター席に向う。

「よう、ミア。相変わらずいい体してるな」

 ドワーフの鏡のように逞しく、屈強な――という意味でだが。

「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。相変わらずスカした野郎だね」

 それは向こうも織り込み済み。品書きを投げつけて来る。

 だが、食い物を注文するのはベルと合流してからでいい。

「ウイスキーをストレートで」

「あいよ」

 言うが早いか、肉厚十角の見事なグラスが置かれた。それと、山盛りのナッツも。

 口をつけると胃の腑に熱が広がり、香草の香りが立ち込める。

「急にいなくなったと思ったら、急に戻ってくるとは相変わらず気まぐれな奴だねぇ」

「旅の便りでも出した方が良かったか?」

 ナッツを口に放り込みながら笑う。

 いや、霞辺りに言えば出せと返されそうだが。

「それで、三年もどこに行ってたんだい?」

「どこと言うか……。まぁ、人探しだな。他に調べ物もあったが」

「人探し? 誰を探してたんだい?」

「さて。ここは格好をつけて『後継者』とでも言っておくかな」

「後継者? あんたのかい?」

「まぁ、そんなところだ」

 正しくは俺達の、だ。

 かつて火防女が予見した、『闇の時代』に灯るという『王たちの残り火』。それを『継ぐ者』を探していた。

「そういう噂なら聞いていたけど……オッタルじゃ不満だったってかい?」

「オッタル? あいつは論外だ。女の趣味が悪すぎる」

 あの男が『玉座』に至ったら元の木阿弥――いや、それよりも性質の悪い事態になる。

 もしたどり着くなら、それより先に殺す。確実に。俺が持つ総てを費やしてでも、だ。

 ……まぁ、そうでないなら別にどうする気もないが。

「そりゃ奇遇だ。向こうもあんたの事をそう言ってるだろうよ。ふしだらすぎるってね」

「あんなむさい男と両思いでも嬉しくないな」

 心から吐き捨てグラスの残りを呷ると、ミアがボトルを差し出してくる。

「だからって外に探しに行ったのかい?」

「仕方ないだろう。この街にはいないんだ。なら、外に探しに行くしかない」

 新しく注がれた酒をグラスの中で回しながら、

「あてでもあったのかい?」

「噂に聞く【ゼウス・ファミリア】か【ヘラ・ファミリア】の生き残りならあるいは、とは思っていたけどな」

 連中がこの街を去ったのは一五年前だと聞く。当時新人だった『冒険者』やその子どもたちならあるいは……と、その程度のものだが。

「見つかったのかい?」

「それがさっぱり。一体どこに雲隠れしたんだか」

 見つかったのは片方の主神とその『孫』のみ。

 ……いや、ある意味狙い通りだったと言えるか。

「それで、改めてここで『後継者』探しってことかい?」

「いいや。それは違うぞ、ミア」

 グラスに口をつけてから、告げる。

「『後継者』なら見つけた。一足先にオラリオに来ている。だから俺も戻ってきたんだ」

 珍しい。ミアが目を見開いて絶句している。

「……その割には一人じゃないか?」

「後継者と言っても、俺と同じ選択をするんじゃ意味がない」

 それなら、俺自身が今一度『玉座』を目指せばそれで済む話だ。

「可能な限り手助けはするつもりだが、基本的には自力で追い付いてきてもらうさ」

 もっとも、それも時間が許す限りだが。

 どうやら事態は俺やあの爺さんが思っているよりも深刻で、差し迫りつつある。

「どんな化物なんだい? それらしい奴の噂は聞かないけどね」

「それは仕方ない。流石にまだ駆け出しだろうからな」

 グラスに口をつけながら、笑って見せる。

 実際、あの『火』はまだ吹けば消える程に弱々しい。ここからどれほど燃え上がるのかは分からない。燃え上がったとして、俺達のように自分自身がその炎に焼かれて消えるに留まるかも知れない。だが――

(それを継いで、『新たな時代』を拓く可能性もあるだろう)

 未だ因果が蠢き『時代』が定まりきらぬこの『世界』なら。

 火でも闇でもない『新たな時代』が訪れる可能性だってどこかにあるだろう。

「それに、必要なのは必ずしも力じゃない。いやまぁ、辿り着いて欲しい場所が場所だからそれなりに強くなってもらわないと困るのは確かだが」

 ダンジョン最下層。

 そこに至る道が四年前よりも遥かに過酷になっているのはもはや明らかだった。

「大体、最強だ何だなんて肩書は【ファミリア】の広告に書き込むくらいの役にしか立たないだろう? そんなものはギルドの査定表にでも書いておけば充分だ」

 ダンジョンを進み、この街の基幹産業に用いられる大量の魔石や、ダンジョン由来の各種資源を持ち帰り、この街を潤す。

 それに関して言えば――つまり、人の営みの中にあるなら――あの男(オッタル)は申し分ない。

 この平和な時代に、死ねば終わりのただの人がよくぞあの域に達したと賞賛もしよう。

 だが――

「ただの冒険者に用はないのさ」

 求めているのは冒険者でない。それでは足りない。

『ええ。そうですとも、我が君』

 この『時代』の『最強』程度では到底抗い切れない――かつて神々ですら抗えなかった『■■』が、すでにこの地の底には蠢いている。

 入り混じる『時代』の因果。

 その隙間から抜け出し、己の性である■■に命じられるがままに。

 まだ抗えよう。まだあの■■は消えはしない。だが、このまま奴が力を増すなら、残された時は決して長くはない。

「――――」

 その刹那。『(ひと)の時代』を終わらせようとする脅威を退ける『■■■■■■』の姿を幻視した。

「それはそうと、ミア――」

 柄にもなく酔いでも回ったか。束の間、鈍い頭痛に似た眩暈を覚えた。

 与太話は打ち切って、本題に入る――

「黙って聞いてりゃ言ってくれるじゃねぇか……」

 前に、酔っ払いが絡んできた。

「実は人と待ち合わせをしてるんだが……」

 まぁ、酔っ払いは放っておくに限る。

 しばらく放っておけば、またふらふらとどこかへ行くだろう。酔っ払いとはそういうものだ。

「はぁ? あんたの女なら来てないよ」

 それはいったい誰を指しているのか――いや、やめておこう。

 藪蛇すぎる。突いてもないのにあの息の臭い蛇どもが出てきかねない。

「いや、そうじゃなくてだな――」

「無視してんじゃねぇぞクオン!!」

 酔っ払いが拳を放つ――前に、その拳を押さえつける。

 充分に威力が乗る前なら座ったままでも造作もない。それより――

「俺の名前ってのはこんな駆け出しにも知れ渡ってるのか?」

 犬人(シアンスロープ)――いや、狼人(ウェアウルフ)の方か?――の若造の面を一瞥してから、ミアに問いかける。

 心当たりがなかった。……いや、ないはずだが。なかったような気がする。

 ……しかし、何気に近くのテーブルにリヴェリアがいるので若干不安だ。ひょっとしたら彼女の関係者なのかもしれない。

 いや、彼女なら自分のところの酔っ払いが無関係の客に絡むのは良しとしないはずだ。

 問題児(勝手に爆発する火炎壺)揃いで大変かもしれないが、信じているぞ母親(ママ)

「あんたの名前は、むしろ忘れたい部類だろうさ。冒険者連中にとっちゃ特にね」

「ほう? 別に冒険者に知り合いなんてほとんどいないんだがな……」

 ああいや、むしろ知り合いの何割かは冒険者が占めているのか?

 そういう繋がりで知り合ったわけではないのでどうにも忘れがちだが。

「俺は駆け出しじゃねえ!」

 嘆息していると、その新米は抑えたままの拳を強引に突き出そうとしてくる。

 座ったまま抗うのは面倒だ。その力を適当に流して軽くいなす。『受け流し(パリィ)』の技術の応用だ。

駆け出し(新米)はみんなそう言うんだ」

 自分の力に振り回され、たたらを踏んだ新米に忠告してやる。

「大体、よりによってこの酒場で酔って暴れる時点で素人丸出しだぞ坊主。【ファミリア】の先輩は教えてくれなかったのか?」

 いや、これも新人に対する試練なのか。新人いびりという奴なのか。酔って気が大きくなっているところで嗾けられたのか。だとしたら、流石に少しばかり同情する。

「だから、いつまでも見下してんじゃねェぞこの灰野郎がァ!?」

 なかなか堂に入った蹴りだった。どうやら筋は悪くないらしい。

 椅子から飛びのき、立ち上がる。――待て、ミア。俺まで睨むな。

「くたばりやがれええええええッ!」

 すぐ終わらせるから。

 降ってきた踵を頭一つ分だけ横に退いて躱し、続く左の上段蹴りを左腕で迎え撃ち――そのまま『受け流し(パリィ)』てやる。

 盾はないが……酔いのまわった鈍重な蹴りなら、手甲だけで充分すぎる。

「がぁ―――ッ!?」

 前のめりに崩れてきたその胴体――鳩尾に拳を埋める。

 致命の一撃……と、呼ぶほどの力は込めていない。ちゃんと手加減はしてある。

 まぁ、同情すると言った手前だ。

 それに、ここで色々と吐き出されでもしたらリュー達も迷惑だろう。

「まったく……。早く酒の飲み方を覚えろよ坊主」

 うまい具合に空いていた――いや、そこにいた客が慌てて逃げただけなのだが――椅子に向って、その新米の身体を軽く押してやる。

 背もたれにぶつかり上手いこと座り込むのを見届けてから、席に戻り改めて問いかける。

「女じゃなくて少年なんだ。知り合いの孫でね。ついさっきそこで再会したんだ。何でも冒険者になったって言うんで乾杯でもしようかと思ったんだが……」

「……特徴は?」

「白髪で目の赤い兎みたいな少年だよ。まぁ、冒険者には見えないかもな。それと、確かシルに誘われたとか言っていたが……」

 そういえば、そのシルの姿も見えないが。

「……そうかい」

 そして、この微妙な反応は一体何なのか。

「その坊主なら確かに来たよ。出てっちまったけどね」

「はぁ?」

 まさかシルと二人で宿屋にでもしけこんだと言うのか。

「酔っ払いにミノタウロスから逃げたのを笑われてね。馬鹿なもんさ。冒険者なんざ最後まで二本の足で立ってた奴が一番なのにね」

 ミノタウロス。その名前に、何かが繋がる感触がした。

「まったくだな。それで。参考までに、その酔っ払いはどんな奴だったんだ?」

 別にどうしようとは思わないが。……うん、多分何もしないはず。おそらく。きっと。

「そこで項垂れてるよ」

 ため息を吐くミアの視線の先にいたのはさっきの新米だった。

 どうやらベルにも絡んでいたらしい。

「駆け出し同士で何やってんだか……」

 今の様なら、どうせ似たり寄ったりだろうに。

(いや、だがこの様子だと……)

 一〇階層もの間、ミノタウロスを取り逃がした大間抜けというのはつまり――

「まぁいいさ。あんたがあの坊主の知り合いなら好都合だ」

 と、言ってミアは何かを突きつけて来る。

「うん?」

 伝票だった。

 パスタと醸造酒(エール)で、お値段三〇〇ヴァリスと少し。

 高いと見るか安いと見るかは人それぞれだろう。

「ツケは利かないよ」

「いや、それは良いんだが」

 幸い今の俺にとってこれくらい痛くもないが――しかし、そういう事なら素直に払うのも何となく癪だ。さて……。

「相変わらずやりたい放題やってくれるやないか」

 と、そこで。神の亡者の気配がした。

 王を失い、火が潰え、ただ傲慢さだけが残った醜悪な獣の匂い。

 人の死すらも娯楽と嗤う忌まわしき亡者ども。

『火の時代』の燃え滓。

「よう、小僧。まだ生きていたのか?」

 赤い髪をした糸目の小僧。【ロキ・ファミリア】の首魁。

「うちは小僧やない。女神や」

「ああ、男神として生まれて女神として育てられたんだったか?」

 あのグウィンドリンと同じだったか。

「生まれも育ちも女や」

「冗談は顔だけにしろよ。女ってのは程度の差はあれ、胸が膨らむもんだぜ?」

 まぁ、もはや成長しない(すでに未来を失った)神々には無縁の話だが。

「本気で潰したろか?」

 その言葉に思わず笑い声を上げていた。

「四年前、這いつくばって命乞いした連中が言うにしては面白い冗談だな」

「デタラメ言うなや!?」

 まぁ、確かにそれは嘘だが。

 実際のところ、あの一件を仲裁したのはこの小僧ではなくリヴェリアだ。

 無論、這いつくばって命乞いしたわけではない。文字通りに仲裁しただけだ。

(ああ、思い出した)

 そこでようやく思い出した。さっきの新米――いや、

「いつまでも見下してんじゃねえつってんだろうがあああああァ!」

 今飛びかかってきている小僧は、あの時も真っ先に絡んできた奴だ。

 ……まぁ、その結果真っ先に倒れた奴でもあるが。

「――――」

 やれやれ。相変わらず躾のなってない犬だ。いや、飼い主に似ただけか。

 ソウルから取り出した『それ』でまずはその鼻面を一撃。

 動きを止めたところで、さらに数回ほど振るう。

「て、めぇ……?!」

「少しは男前になったな、小僧」

 まだ倒れなかった。少し加減が過ぎたか。

「ふざけ――」

 最後まで聞くつもりもない。大声を上げさせたところで他の客の迷惑だ。

 鳩尾に突きを入れて強引に黙らせてから、そのまま上に振り上げる。顎を直撃した衝撃が脳まで揺さぶったのか、悲鳴もなく昏倒し倒れ込んできたその駄犬をひとまず受け止めてやる。まぁ、少しばかり用事があるのだから。

「なんや、それ……?」

 そこでようやく糸目の小僧が呻いた。

「見て分からないか?」

 ドラングレイグで手に入れた≪家政婦のおたま≫だ。

「酒場で剣を振り回すほど野蛮じゃないんだ。お前やこの飼い犬と違ってな」

 まぁ、原盤強化まで済ませ、その気になれば巨人だろうがドラゴンだろうが――いや、神すらも撲殺できるであろう自慢の一本。鍛冶師として以外はほぼ完全な亡者になり果てていたあのレニガッツすら呆れかえった大業物のおたまではあるのだが。

 これに倒されたなら、この狂犬だっていくらでも言い訳がきくだろう。

「そう睨むなよ。今日のところは素直に退くつもりなんだ。どうやら新人の歓迎会を邪魔しちまったらしいからな」

「新人やて?」

「こいつさ。違うのか? 軽く『おたま』で叩かれただけで気を失っちまったんだが」

 まぁ、その『おたま』は史上最強の『おたま』だが。しかし、手加減したのは事実だ。

「まぁ、新人いびりも程々にしておけよ。でないと、没落して今度はお前達が寝首を掻かれるぞ。いや、そうなったところで文句も言えないか? 昨日の我が身だからな」

「言ってくれるやないか……」

「だから睨むなって。俺はか弱いLv.0だぜ。天下の【ロキ・ファミリア】の主神に睨まれたら怖くて震えちまう」

 というか、そんなものよりもミアが怖い。ここでこれ以上揉めるのは愚行にすぎる。

 否。俺とてつるはし使いの端くれ。スコップマスターの彼女とはいずれ雌雄を決せねばならない――が、今はまだその時ではなかった。

 ともあれ。軽く笑い飛ばしてから、その駄犬の身体を放ってやった。

「じゃあな。小僧」

 支えきれず崩れ落ちた小僧に告げてから、

「ああ、そうだ」

 ふと思い出して、小人に告げた。

「ダンジョンでの言葉だが、訂正しておこう。ひとまずはミノタウロスを満足に倒せるようになるべきだ。……悪かったな、無理を言って」

 それ以上言うべき事はない。背を向けて店の外に向かう。

「クロエ、会計だ」

 途中で駄犬から頂いた迷惑料(財布)をそのまま放ってやった。

 だいぶため込んでいるようだが、どうせ犬に小判だ。これも利益還元とやらである。

「釣りはいらんぞ。お前達へのチップだ。もめずにみんなで仲良く分けろよ」

「毎度ありニャー! またのご来店をお待ちしてますニャー!!」

 割と重かった財布を抱きしめ、猫なのに全力で尻尾を振って見せるクロエに見送られて、俺は酒場を後にした。

(さて―――)

 充分に酒場から離れたところで。

(ヤバいヤバいだろヤバいって!?)

 もはや気取ってる場合ではない。一も二もなく『バベル』に向かって走り出す。

 何か気づけば外は土砂降りの大雨だが、今さらそんな事は気にもならない。

 あの少年はああ見えて負けず嫌いで頑固者だ。何かもう、今頃は絶対にダンジョンに突撃かましているに決まっている。こんなところで死なれては目も当てられないし、寝覚めも悪すぎる。加えて言えば、勢い余ってうっかりあの糸目の小僧どもを殺しかねない。

 一階層。いない。

 二階層。いない。

 三階層。いない。

 四階層。いない。

 五階層。……いない。

(クソッ、見落としたか?!)

 上に戻るべきか。それとも――焦りを押さえ、とある物語を口ずさむ。

 その名を【導きの言葉】。迷える者達の微かな望みとなり続けた奇跡。

「――――」

 その物語に呼応して、いくつかの『言葉』と『幻影』が浮かび上がる。

 その中に、探し人らしき幻影を見つけた。

「……本気か?」

 その幻影は六階層へ通じる階段を駆け下りていった。

 そこで幻影は途絶える。ただ単に想起される時間が過ぎただけのはずだが……。

「上等。生きていれば文句は言わないさ」

 まぁ、俺だって駆け出しの頃に飛竜(ヘルカイト)に喧嘩売って、散々に焼き尽くされた身だ。それに比べれば、この程度の無茶は可愛いものか。

 笑い飛ばして、俺も六階層へと駆け下りて行った。

 

 

 

 何とも座りの悪い空気のまま『黄昏の館』に戻ってから。

「うっがああああああ! む・か・つ・く・わあああああっ!」

 何となく会議室――いや、多目的室と言うべきか――に集まると、ロキが吼えた。

「なぁにがか弱いLv.0や! ホンマにか弱いならきっちりすっきりベートに蹴り殺されとけや!?」

「そうは言っても、あれで実際ギルド公認のLv.0だからねぇ……」

 嘆息していると、背後からおずおずと声が上がった。

「あ、あの、団長。それって本当に本当なんですか? だって、あのヒューマンは『深層』に……」

 三年前に入団したレフィーヤなら、噂話すらロクに知らなくても無理はない。

 ミアではないが、冒険者にとって彼の名はどちらかと言えば忘れてしまいたい部類だ。

「ああ、それは本当だ。ギルドに問い合わせてもいい」

 何しろギルドが総力を挙げて調査し――最終的に本人を招聘、神ガネーシャ立ち合いの元でご禁制の『開錠薬(ステイタス・シーフ)』まで用いた結果だ。もはや疑う余地はどこにも残されていない。

「彼はギルドも認めた正真正銘のLv.0だよ」

「で、でもそんな事って……!」

「あり得ない。誰もがそう思ったとも。でも、現実にはあの通りだ」

 ギルドが本来極秘事項である【ステイタス】をあそこまで徹底的に調査したこと自体が異例と言える。それほどまでに彼は規格外だった。

「ベートさんは酔ってましたよ!」

 その言葉に肩をすくめる。

 ベートは今も気絶中。ラウルもダウンして(酔い潰れて)いる。いや、ラウルはただ単にロキのやけ酒に巻き込まれただけなんだけど。

「ベートの件はそれでもいいけど。でも、彼がたった一人で五一階層にたどり着き、新種……最後に現れた『人型』すら単独で撃破した事実は揺るがない」

 あの『人型』の撃破は言うに及ばず、五一階層到達ですら偶然や幸運だけで成り立つ事ではない。

(だから厄介なんだ)

 出来れば関わりたくはないが、放っておくには危険すぎる。

 彼はそういう相手だ。

「で、でも……」

「レフィーヤ。君が認められないのは分かるよ。僕らもそうだった。いや、オラリオ中の冒険者が認められなかった。だから彼は『灰色の悪夢(アッシュ・オブ・シンダー)』とも呼ばれている」

 彼の前では冒険者が持つ名声も栄誉も矜持も全ては灰色に色褪せる――と、まさにそれを実演されたわけだ。

うちら()がつけたわけやないのに、そっちもすっかり定着してもうたなぁ」

 まぁ、『灰』言うのはお似合いやけど――と、ロキは嗤う。

 そう。それは神々が与えた――いや、神会(デナトゥス)に由来する二つ名ではない。アイズの『戦姫』のように非公式の二つ名だ。

 もっとも、知名度で言えばほぼ同じだろう。

 何しろ、それこそが冒険者の偽らざる本音なのだから。

「しかし、『後継者』とはのう。あの時の噂は本当じゃったか」

 苦々しくもどこか興味深げにガレスが呟いた。

「でも、そんな噂聞かないよね? ロキは何か知ってる?」

「少なくとも前の神会(デナトゥス)ではそんな噂なかったなぁ。まぁ、あの頃はアレがオラリオに戻ってんかったんやし当然やけど」

 まだ飲み足りないのか、厨房から新しく持ってきた酒を呷りながらロキが言った。

「オラリオの外、か。可能性がありそうなのは魔法大国アルテナか……」

「まぁ、ラキア王国なら可能性くらいはあるかの」

 リヴェリアとガレスが無難な候補を口にして、

「もしくはテルスキュラ……」

 呪いの言葉でも呟くように、ティオネが言った。

「まぁ、そこはないなぁ」

 ぷはー、とわざとらしく息をついてから、ロキが言った。

「テルスキュラが滅んだ言う話はまだ聞かん。なら、アレはまだあの【ファミリア】と関わっとらん」

「滅んだ、ですか? と、いうかテルスキュラって……」

 レフィーヤが首を傾げる。その問いかけに頷いてから、ロキは言った。

「ラキアと同じ王国系の派閥や。で、あの【ファミリア】は間違いなくアレと相性最悪や。出くわせば確実に殺し合いになる。それは間違いない」

「まぁ、そうだろうね。何しろ彼は神嫌いだ。いや、憎んでいると言ってもいい」

 特に人を狂わせる、唆す、危害を加える類の神は。

 話に聞くテルスキュラの『国策』は確実に彼の逆鱗に触れるだろう。

 いかに女戦士(アマゾネス)の聖地、血と闘争の国と言われようと、死と殺戮の化身のようなあの男には勝てはしない。

「ならば、ラキアもないか。滅んだという話は聞かん」

「ンー…。どうだろうね」

 リヴェリアの言葉に唸る。確かにエルフにとっては怨敵だろうけど……。

「あそこは内政の悪評はあまり聞かないからね」

 侵略戦争を繰り返す軍事国家であり、周辺諸国からは恐れられ、あるいは疎まれている。オラリオも過去に五回ほど侵攻を受けていた。が、一方で国内の不満は聞かない。

 元々緑豊かで肥沃な大地を有し、最盛期からは大きく衰退したとはいえ未だに――オラリオを除けば――世界有数の軍事力を誇るため、諸外国に脅かされる事もない。

 戦争以外の国交も比較的盛んかつ開放的で、国民が現国王を愚王と笑っても問題ない程度には寛大な統治が敷かれていると聞く。いや、むしろ王国軍内部ですら軽んじられている節があるとも聞いている。

 話半分に聞くとして、それでもテルスキュラよりは大らかな治世に違いない。

「国内やと何でか人気らしいしなぁ、あの脳筋」

 あれか。見栄えがええからか?――と、ロキがぼやく。

「アルテナも、のう。話を聞く限り別の意味で合わなそうな気がするんじゃが……」

「魔導士も嫌っている……というか、何か奇妙な偏見を持っている節があるからね」

 魔導士なら極悪非道な人体実験くらいしていて当然――と、そんな事を思っている節がある。

 エルフ――生来の魔法種族(マジックユーザー)――に対する偏見にしても、度が過ぎていた。それこそ、ドワーフだってあれほどの偏見は持っていないはずだ。

 いや、彼がそこまでエルフを嫌っているとは思えない。実際、僕らの中でラウルと並んで真っ当な関係が続いているのがリヴェリアなのだから。

「それより、団長。これからどうしますか?」

「月並みだけど、手出し無用だね。確かにベートの財布は盗られたけど、それだけで全面戦争っていうのは流石に割に合わない。それに、先に手を出したのはこっちだしね」

 下手に手を出せば今度こそそうなる。

 それに酔って喧嘩して負けた方が財布を奪われる――なんて事は、冒険者にとって割と日常茶飯事だ。明らかに悪質だと判断できる場合なら、多少の望みはあるが……。

「ギルドに訴えるのも冴えない話やしなぁ」

「まぁね」

 今回に関して言えば、Lv.5がLv.0に酔って喧嘩を売った挙句、返り討ちにあって財布を奪われました――と、そうギルドに訴える事になるわけだ。いくらあのクオンが相手でも、流石にそれは躊躇われる。

 いや、それ以前の話だ。

「今さらつまらない意地だとは思うけど」

 手に負えないから庇護してくれ――と、ギルドにそう訴えるのはもはや冒険者として敗北を認めるに等しい。まして僕らがそれをするのは全ての冒険者に対する背信となる。

 例え、四年前に事実として手に負えなかったとしても、だ。

「大派閥いうのも面倒なもんやなぁ」

 ロキのぼやきに、小さく苦笑を返す。

「それにもう一つ。ダンジョンの中で『泉水』の埋め合わせはひとまずしたけど、お世辞にも充分じゃない。そこに加えて助力の方の『お礼』はしてないからね。その状態で喧嘩を売ったって言うのはどうにも座りが悪い」

 う……、とティオネが呻いた。

 しかし、彼女の選択のおかげで団員を不要な危険に晒さずに済んだのは事実だ。

 いくら何でも団員の命と派閥の面子を天秤にかける真似はしない。

 従って、その判断を咎めるつもりは一切なかった。

 ……まぁ、この状況では頭痛の種なのも確かだが。

「助けてくれた『お礼』として、今回の一件は水に流す。そんなところかな」

 言ってから、心からのため息をつく。

「まぁ、負け惜しみでしかないのは認めるけどね」

 何しろ、この一件、どう言い繕っても酔っぱらった団員が――顔見知りだとは言え――無関係の客に喧嘩を売った以上の事にはならない。

 いや、どうももう少し面倒な事態になっていそうだが……それでも、クオンとの直接的な関係は変わらない。

 その直前に大きな借りを作っているという事実も含めて、だ。

 この流れで全面戦争は絶対にありえない。そして、言うまでもなく普通だったら歯止めがきく。

 だが、今回の相手は()()クオンだ。ただそれだけで団員が暴走する可能性は皆無ではない。

 そして、そうなってしまえば確実に甚大が被害が出る。

 それを避けるには、道化でも小物でも演じるのが団長の役目だ。

(ああ、それにしても……)

 せめて()()言葉さえなければここまでしなくて済んだのだが。

「あのアホ、余計なデタラメ言いよって……」

 這いつくばって命乞いした。そんな事実はない。それは女神フィアナに誓って言える。

 だが、あの場にいた他の冒険者は一体どちらを信じただろうか。

「明日には噂になっとるやろなぁ」

 その答えが、だ。

正体不明(イレギュラー)】クオンが帰還したという噂と共にオラリオを駆け巡っているのは想像に難くない。

 そして、それを耳にした団員が殺気立つのも避けられない。

 せめてここにいる団員達だけでも意思を統一しておかなければ。

「まぁ、噂は噂さ。気にする事はない」

 心底嫌そうなロキの姿に、こぼれかけた嘆息を飲み込んで告げる。

「僕らがやるべき事は何も変わらない。さっそく次の遠征準備に移ろう」

 放っておくのは危険だが……実際のところ、関わらないのが一番安全でもある。

 こちらが何かしない限り、向こうから関わってくる事はほとんどない。

 監視と言うか警戒と言うか……その辺りは、リヴェリアかラウルに任せておくのが無難だ。

「そうだのう。今回は不完全燃焼もいいところじゃ」

「ああ。当面の課題はあの新種か。対処法も分かってはいるが……」

「『不壊属性(デュランダル)』、か。せめて僕ら主力陣の分だけでも確保したいところだ。となると、当面は金策かな」

「お金は大切やけど、何かパッとせんなあ。もっとこうパーッと派手なのがええのに」

 ロキのぼやきに、小さく笑いがこぼれた。

「さぁ、今日はこれで解散だ。明日からまたよろしく頼むよ」

 覇気の戻った返事が返ってくる。それに頷いて――そこで、解散となった。

 

 …――

 

「そんで? 何を気にしとるん?」

 廊下を歩いていると、ふらふらとロキがついてくる。

 まさに千鳥足と言うべき有様だが、頭の冴えだけはまだ健在らしい。

「『新種』の話はしただろう?」

「武器を溶かす芋虫……いや、『人型』の方やな?」

「ああ。あれを相手に『非情な選択』が必要になるようなら、これ以上進むべきじゃない。彼にはそう言われたよ。……ダンジョンの中では、ね」

 今やそれすら訂正された始末だが……まぁ、それはそれとして。

(あの程度であれば、余力を持って討伐できなければならない。そうでないなら先はない。そういう事なんだろうけど……)

 改めて、あの時の状況を思い描く。

 ミノタウロスの時は、確かに慢心があった。

 ダンジョンとは異常事態(イレギュラー)()()()()()なのだ。ならば、『怪物の宴(モンスター・パーティ)』が起こった挙句、一斉に逃げだしたせい――などという言い訳(原因)も意味をなさない。

 強烈な苦言は謹んで拝聴しておこう。

 しかし、あの新種や『人型』の時は違う。全員に慢心はなかったはずだ。

(さて、あの状況で他にどんな手段があった?)

 手持ちの武器やアイテムは乏しく、団員の多くが傷を負い疲弊しきっていた。

 その状況で武器破壊と広域への攻撃を主体とし、倒したら倒したで自爆する相手を前に、それと単独で迎え撃てるアイズを単独であてがう以外に無事に切り抜けるような選択はあったか?

(いや、違うか)

 そもそもそういう状況に追いやられた事自体が失策なのだ。

 必要なのは平準的な能力の強化。個々人の【ステイタス】に限らず、連携や命令系統と言ったもの全てを底上げしなければ、余力を持ってあの状況を切り抜ける事はできない。

 無論、リヴェリアが言うように装備の充実というのもその一つだ。

(あるいは――)

 非情な選択としてではなく、ごく平凡な選択として単独撃破を想定できるだけの力を得ろ。そういう事かもしれないが。

「どちらにしても先は長いと思ってね」

 オラリオでは『後継者』を見つけられなかった――その言葉が重い。

 猛者も勇者も彼の前では足りないのだ。

(いや、どうなんだろうね?)

 最強とかそういう肩書には興味もなさそうだった。

 まぁ、だからこそベートが反応した――いや、アイズが普段通りだったなら、彼女も危なかっただろうけど――訳だが。

(そもそも、彼自身が自分の強さをあまり認めてないからね)

 ままならない凡人――というのは、謙遜ではない。

 おそらく実感。だが、それなら――

「彼がオラリオに来る前の経歴が知りたいところだね」

「急にどうしたん?」

「いや、ふと気になったんだ。あの力をどうやって得たのか」

 そして、それでもなお凡庸だと認識するに至ったのか。

「そーやなぁ。確かに気にはなる。……けど、自分が気になっとるんはそれだけやないやろ?」

 やはり酔っていたところで神の眼は欺けないか。

「ああ」

 四年前――いや、正しくは五年前か。彼は突如としてオラリオに現れた。

 だが、それ以前の経歴は一切不明だ。そもそもオラリオへ『訪れた』記録すらない。

 まさに忽然と現れ、そして去り、また戻ってきた。

「そもそも、彼は何を求めてオラリオに来たんだろうね?」

 望めば地位も名声も思うまま手に入るはず。

 世界の中心と謳われるこのオラリオの頂点に君臨するすら可能だろう。

(彼ほどの力があれば、()の願いはすでに叶っているかもしれない)

 苛立ちを通り越し、切望にも似た感情が胸を焦がす。

 ベートではないが、()()()()()振舞ってくれれば、このまま素直に嫉妬するなり敬意や畏怖を抱くなりできるだろう。

 だというのに、彼の立ち振る舞いはそれすら許さない。

 彼に凡庸と名乗られては立つ瀬がない。それ(凡庸)に憧れるなど、自らの矜持(勇者たる名声)の否定でしかない。

(理不尽な話だ)

 名声を渇望する僕と違い、クオンはそんなもの(名声)にはほとんど興味を示していない。

 色々と思う事はあるが――最後に残るのは、結局その疑問だ。

 一体何を求める? 何を欲している? 何を願う?

(ギルドとの密約か……)

 そういう噂はある。だが、一体それは何なのか。

 あのクオンを従わせるほどの対価をギルドは用意できるのか?

(分からないな)

 まるで勝手が違う。オラリオの常識が通じない。

 だから持て余している。駆け引きすら成立しない。

(まったく、正体不明(イレギュラー)とはよく言ったものだね)

 今分かっているのは、おそらくはこの先も頭痛の種になり続けるだろうという事だけだった。

 

 

 

 それはきっと、英雄譚の一節にすらならない出来事だったんだと思う。

「ひょっとして助けが必要か?」

 あまりに頼りない木の柵越しに、武器ともいえない農具を握り締めてコボルトの大群と睨み合う僕らに、ふらりと現れたその人はそう問いかけてきたのだ。

 今にして思えばあんまりな質問だった。『神の恩恵(ファルナ)』を持たない僕らにとってはまさに決死の状況だったのだから。

「そうか。それもそうだな」

 見て分からないのか?!――半ば怒鳴り返す様に頷く村の皆に、その人は小さく肩をすくめて見せた。

 それで、僕らの村は救われた。英雄譚の舞台にある生贄を求められる村のように。

 いや、それよりもあっさりと。

 何しろ、相手は伝説の怪物なんかではなかったのだから。

「数だけだったな」

 雷を放ち、炎を操り、その剣ですべてを斬り倒してから。

 いや、その数が一番怖いが――と、その人は小さなため息をこぼした。

 あっけないものだった。英雄譚の一節にもなりはしない。

 ああ。でも、いつか。いつか、僕もあんな英雄に――

「よせよせ。俺は英雄なんて御大層なものじゃない」

 蜂蜜を求めて入った森の中で一緒に熊に追い回されたり(いや、かなり洒落になってないけど)沢で釣りしてたら水棲モンスターが釣れて酷い目にあったり(これだって立派な命の危機だった)しながら一緒に過ごしたせいで、最初に抱いていた憧れはどこかに溶けて消えてしまったけど……。

 ああ、最初からあの人はそう言って笑っていたっけ。

「――――」

 うっすらと目を開く。

 見覚えのない天井だった。村の家でもないし、神様の教会でもない。

 そして、ダンジョンでも。

(あれ? 僕は……)

 ダンジョンにいたはずだ。

 ウォーシャドウの群れと対峙して、それで――

(ここは?)

 広く上等な寝台。傍らの床頭台には光を押さえられた魔石灯が一つ。

 いや、それは常夜灯の類なのか。

 天井にも大型の魔石灯が設置されている。

 薄闇に慣れた目には他にもいくつかの家具の影が見えた。

 神様の教会よりもずいぶん立派な部屋だった。どう見てもダンジョンには見えない。

「起きたか」

 そこで耳に馴染んだ声がした。

 視線を動かすと、近くの椅子に人影が座っていた。

「師匠!?」

 武装を解き、楽な格好をしているけど間違いない。

 反射的に跳ね起きて――その直後、体中が不満の声を上げた。

 倒れ込みそうになるのを必死に自制しながら、慌てて傷の具合を確かめて――

「あれ?」

 ない。傷は一つもなかった。いや、そもそも服が変わっている。

 質素なシャツは僕の身体には少し大きい。師匠――クオンさんのものだろう。

「傷なら治してある。まぁ、奇跡による回復に慣れてないと痛みだけが残る事があるらしいが……。なに、すぐに消えるさ」

 治っている。その自覚が行き渡ると同時、痛みは急激に薄らいでいった。

「だが、疲労までは癒せない。もう少し寝ていろ」

 痛みが消えれば、鉛のような疲労だけが残った。

 落下するように寝台に倒れ込む。

「あの、僕は一体……? それにここは?」

「ここは俺の家だ。六階層で行き倒れているところを拾ってきた」

「そう、ですか……」

 自棄になってダンジョンに向って、結局この有様らしい。

 情けない。

「ま、生きてるだけで上等だ。ダンジョンで死ぬのは誰でもできるからな。何があっても生還できるってのはそれだけで得難い力だぞ?」

 それを見透かしたように、師匠は言った。

「でも、僕は……」

 もっと。もっと強くなりたい。あの人の隣にいられるように。

「まぁ、夜明けまではまだもう少しある。今はゆっくり寝ていろ」

 夜明け。カーテンの隙間から見える外はまだ黎明前だった。

 あんなに大雨だったのにもう止んでしまったのか。静かな夜だった。

「あ……!」

 体を起こす。痛みは……最初ほどじゃない。疲労は変わらず。だけど――

「帰らないと! 神様が……」

 心配してる――と、言うより先に身体が崩れた。

「それなら無茶は程々にな」

 床に転げ落ちる前に、師匠が受け止めてくれた。

「まぁ、俺が言えた義理じゃないがな。俺も駆け出しの頃はしなくていい無茶して散々死ん……いや、返り討ちにあって師匠達に呆れられたもんだ」

「師匠の師匠?」

 そう言えば時々口にしていた。

「そういえば、どんな人なんですか?」

「いい女さ」

 あっさりとした返事だった。

 ああ、そういえば……。お祖父ちゃんと男の浪漫について盛り上がっていたっけ。

 そういう意味でも『英雄』らしい人だった。

「それで、お前のホームはどこなんだ?」

「え?」

「どうせ宥めても帰るだろう? この頑固者め」

 すっかり見透かされてる。

「第七地区の――」

 観念してから簡単に説明すると、師匠はあっさりと頷いた。

「大体分かった。連れてってやるからしばらく寝てろ」

 いつもの『スキル』で一瞬にして見慣れた黒衣に着替えると、そのまま器用に僕を背負う。

 久しぶりだった。

 村の外で冒険の訓練と称しては森に踏み込み、師匠と一緒にあれこれと馬鹿をして、疲れ果てていた時以来か。

 慣れ親しんだ――旅装束だと言うのに恐ろしく上質だと分かる――布地の感触に、再び気が緩んだらしい。

 夜明け前の澄んだ空気の中で、再び僕は眠りに落ちていた。

 

 …――

 

(いくらなんでも遅すぎる……!)

 色々とあってへそを曲げ、ベル君を残してバイトの飲み会に行ってからもうすぐ一夜が明ける。

 飲み会から帰ってきても出迎えがなかったことにふてくされてベッドに飛び込んでから今に至るまでベルは帰ってこない。

 深夜を超えた頃にはいら立ちはすっかり不安へと変わり、慌てて探しに飛び出したものの、成果はゼロ。

 目印の白髪は街のどこにも見当たらなかった。

 一縷の希望に賭けて、こうして隠し部屋に戻ってきたものの――やはり、戻ってはいなかった。

(まさかダンジョンに……?)

 いや、それはあり得ないはず。

 だって、部屋の隅には胸元が少し凹んだプレートが丁寧に置かれたままなのだから。

(なら、何か事件に……)

 再び身を焦がすような焦燥に駆られる。

 それに突き動かされて、再び教会を飛び出そうとして――

「ベル君?!」

 教会の扉があいた。

 思わず歓声を上げるものの……入ってきたのは別の誰かだった。

 黒の長衣を着こみ、フードを目深く被っている。

 その姿はどこか物語に出て来る死の運び手を思わせ、嫌でも不吉な予感を煽る。

「お前がヘスティアか?」

「ふぇ?!」

 ここオラリオでは神も人に交じって生活している。なので、割とフランクな関係なのも珍しくはなかった。

 実際、ボクもバイト先じゃマスコット代わりにされている節がある。

 ただ、ここまで愛想の欠片もない声で敬称もなく呼びかけられるとなると流石に珍しかった。

 というか、初めての経験かもしれない。

「そ、そうだよ。そういう君はどこの誰だい?」

「クオンだ。生憎と所属している派閥はない」

「クオン……?」

 聞き覚えがある名前だった。

 ええと――と、しばらく記憶を漁ってから。

「ひょっとしてベル君の師匠君の?!」

「師匠君って……。いや、そもそも師匠ってわけじゃないんだが……」

 肩をこけさせながら、その師匠君は言った。

「まぁ、いいか。行き倒れを一人届けに来たんだが」

 そこで彼が誰かを背負っているのに気づいた。

 黒衣の肩口にあるせいで余計に目立つその白髪頭は――

「ベル君!?」

 間違いなくベル君だった。大声を上げても反応がない。

 ゾッとしていると――

「ああいや、生きてるぞ。ついでに言えば傷の手当ても済んでいる」

 近くの長椅子にベルを横たえながら彼は言った。

「傷の手当だって?!」

「ああ。行き倒れていたって言っただろう? ほとんど丸腰でダンジョンの六階層まで突っ込めばそりゃそうなるさ」

「ダンジョン六階層?!」

 Lv.1――それもまだ半月の冒険者では、充分な準備をしても危険極まりない。

「証拠になるかは知らないが……」

 どこからか何かを取り出して放ってくる。

 反射的に受け取ると――

「これは、ベル君の……」

 ベル君が着ていた服だった。至る所が引き裂かれ襤褸切れ同然。それにまだ完全に乾ききっていない血が染みついている。

 いや、それでも――半月の新米冒険者にしては消耗が少なすぎるのではないだろうか。

「詳しく話を聞かせてくれるかい?」

「そうしたいのは山々なんだが、実は俺も詳しくは知らないんだ」

 この頑固者の口を割らせるのは骨だからな――と、肩をすくめた。

 それはまぁ、その通りだけど。

「いや、実際は見当くらいならついてるけどな」

「オイ?!」

 なんかさっきから違和感を感じる。いつもと何か勝手が違うような――

「まぁ、年頃の男に野暮な事は聞くな。どうしても知りたいなら、本人に直接聞け」

「ぐ……。何と言う正論」

 年頃の男――と言うのは無視できない言葉だった。

 何しろ、ベル君はお祖父さんから『男のロマン』という名の英才教育(せんのう)を受けている。

 あ、ボクにもちょっとだけ事情が見えてきたぞ。

「さてはヴァレン何某のせいだなっ?!」

 あの小娘と何かあったに違いない。

「ヴァレン何某?」

「あ、いや。こっちの話だよ」

 危ない危ない。ボクも下手は事は言えない。

 いや、彼が話に聞く師匠君ならベル君に悪い事はしないだろうけど、念には念を入れておいて損はない。

 それにヴァレン何某への想いなんて説明したくない!

「しかし、本当にベルしかいないんだな?」

「う……」

 教会を見渡し、彼は言った。

 確かに新人一人というのはあまり褒められたものじゃない。誰かが戦い方を教えてくれる訳でもないし、一緒にダンジョンに潜ってくれるわけでもないのだから。

「これは好都合だ」

 咎められるかと思ったけど、むしろ逆だった。

「どうだろう。しばらく俺をここに置かないか?」

「ここにって、君もボクの【ファミリア】に入ってくれるのかい?」

「あ~…。いや、それでもいいが、その場合多分面倒事が天井知らずに増えるぞ?」

「どういう意味だい?」

 不吉な言い回しに、思わず半眼になる。

 それって、ひょっとして今のベル君の有様にも関係してるんじゃないかい?

「何でか知らないが、割と方々の【ファミリア】連中に目をつけられてるからな。下手に所属すると、とばっちりが行くはずだ」

「……何したんだい?」

「いや、別に何も後ろめたい事は。ほら、【ガネーシャ・ファミリア】にも知り合いはいるし」

「……それ、君を捕まえたって縁で始まった関係なんだろ?」

「……お前、見た目に寄らず賢いな」

「そうだろうそうだろう。……ってどういう意味だ~い!?」

 うん。ちょっとこの子とは念入りに話し合わないといけないらしい。

 神の力を思い知らせてやろーじゃないか!

「ってなわけで、しばらく世話になるぞ」

「ふみゅう……」

 さっくり返り討ちにあいました。

 必殺のドロップキックを躱され、逆に何かやたら複雑な関節技を仕掛けられた。

「君、ちょっと神に対する畏敬とか何とか足りないんじゃないかいっ?!」

 タップして、伸びていたところから復活し、叫び返す。

「ンなもん初めからあるか。糞団子ぶつけるぞ」

「なんかもう色々酷いっ!?」

 この子、ベル君とは正反対だ!?

「フンだ。そんなこと言うなら、『神の恩恵(ファルナ)』も刻んであげないぞ!」

「構わないぞ。どうせ必要ない。というか、おそらく刻めない」

「? 他の誰かに恩恵を受けているのかい?」

 そういえば魔法を使えるとか何とかベル君は言ってたっけ。

「いいや。ただ単にそういう余計なものを詰める隙間はもうないはずだ」

「? よく分からないんだけど……」

「それならそれで構わないさ。なに、今のままでもサポーターの真似事くらいはできる」

「まぁ、そりゃそうかも知れないけど……」

 しばらくベル君のサポーターを担当してくれる。それがクオン君の申し出だった。

 まぁ、外のモンスターとは言えコボルトの大群を相手に一人で戦えるくらいの力はあるみたいだし、今のベル君が行ける範囲でサポーターをする分には問題ないとは思うけど。

「本当に大丈夫なんだろうね?」

「心配するなって。巨人殺しも竜殺しも神ご――いや、まぁ、何だ。色々経験済みだ」

「最後言いかけたやつが不吉すぎる!? 一体何をしたんだ~い!?」

 この子、本当に大丈夫なのかな……。神の勘的に非常に危ない気がするんだけど。

(う~ん……)

 でも。その一方で竈の神としての本能が、そこにとても『暖かな火』の気配を――そして、『どこまでも深い闇』にも負けずに燃え上がる『力強い炎』の気配を伝えて来る。

 そう。それはまるで()()()()()()聖火のように――

「う……」

 そこで、長椅子に横たわるベル君が小さく唸った。

「ベル君!? 大丈夫かい?」

「神、様……?」

「そうだよベル君! どこか痛むところはないかい?!」

「大丈夫ですよ、神様……」

「何が大丈夫なもんか! まったく!」

 視界の片隅には、ボロボロで血に染まった服が置いてある。

 下手をすれば――いや、下手をしなくたって死んでいて不思議ではない。

「ああもう! 何かしてほしい事はあるかい?! 食べたいものとか!」

 この際、多少の無理は押し通そう。最悪ヘファイストスに頼み込んで――

「神様……」

「うん。何だい、ベル君」

「……僕、強くなりたいです」

 それだけ言い残して、ベル君は再び眠りに落ちた。

 さっきより心なし穏やかな寝息が聞こえて来る。

「うん、わかったよ。ベル君」

 なら、そのためにできることを。

 まずは――

「クオン君、だったね」

 迷わない。今、ベル君に必要なのは経験であり導き手だ。

 ダンジョンの闇の中でも迷わず導いてくれる、そんな存在だった。

「ああ」

「ベル君をお願いするよ」

「ああ。任せておけ。強くなれるかは知らないが、生き残れるようにはしてやれるさ」

 多分、この世の誰よりも死に方を知っているからな――と、彼は小さく笑った。

 

 

 

 ベルが目を覚ましたのは、昼下がりを過ぎ、そろそろ夕時に近くなってからだった。

 まぁ、生者が死にかけたにしては随分と早い回復だと言える。

 どうやら神の血とやらもあれでなかなか侮れない代物らしい。

「さて、と……」

 とはいえ。流石にまだ本調子には程遠いので、ひとまず反省会という事になった。

 三人揃って礼拝堂で適当に座って話し合う。

「当面の問題は武器だな。真っ当な代物が欲しい」

 武器も防具もギルドからの支給品。最低限のものしか持っていない。

 ひとまず魔術で『修復』しておいたが、元々の鋳鉄が甘いらしく傷みも酷い。

「まぁ、俺だって駆け出しの時は折れた直剣とか普通に使ってたけどな」

 何なら直剣の柄で殴りもした。

 だが、楔石の欠片すらないこの時代ではそうも言っていられない。

「で、でも。もらった剣は落としちゃいましたし……」

「あの剣の代わり、か……」

 気まずそうなベルと、何事か考え込み続けているヘスティアに肩をすくめる。

「武器なんて消耗品だしな。それに、あれは言う程大した代物じゃないんだ」

 炎派生こそしているが、楔石の大欠片をいくらか刻み込んだだけの代物だ。

 悪くはないが、巡礼地を進むにはいくらか心もとない。

「まぁ、ひとまずこれを貸しておく」

 ソウルから同じようなショートソードを取り出して放ってやる。

 派生など一切していないごく平凡な代物だ。精々楔石の欠片がいくらか刻み込んであるだけでしかない。

「いいんですか?」

「それこそ安物だからな。だが、この短刀よりはいくらかマシだ」

 もっとも、この短刀ももうしばらくは予備として活躍してもらう事になるだろうが。

「まぁ、換金ついでにバベルに行ってしっかりと買い込むのも悪くはないが……」

 確かバベルの五階から八階にはあの女鍛冶師の店があったはずだ。

「い、いえ!? 流石にそこまでしてもらう訳には……!」

「遠慮するな。というか、武器も防具もなしによくもまぁ……」

「う……。でも、やっと今使ってる武器とか防具の借金を返したところですし……」

「相変わらずギルドの連中は足元見やがるな」

 金蔓ならせめてもう少し大切にしろ。ああいや、下手に崇めると糸目の小僧やあの女の手下どもみたいになるのか。それはそれで問題だった。

 いや、だがせめてもう少しまともな物を支給しろ。いきなり死装束を売りつけるな。

「まぁ、まずは本当の意味で初心者用の装備を整えよう。防具だけなら一万ヴァリスもあれば何とでもなるだろう」

「防具だけで一万ヴァリスですか……」

「まぁ、この際値段は気にするな。まだ換金してないが、しばらくダンジョンに籠っていたから懐はそれなりに温かいんだ」

「でも、君って恩恵無しなんだろ? それならベル君と大差ないんじゃ……」

「さて。それはどうかな?」

 ベルが五一階層で稼げると言うなら、俺が教えるような事はもう何もないはずだが。

 だが、まぁそれは黙っておく。別に言い触らすような事でもないのだから。

「明日ダンジョンに行く前に適当に覗いてみるか。その辺の武器屋ならそう高いものでも……ああいや――」

 ベルの特性は把握しているつもりだ。

 それを殺さないためには、防具の選択には慎重であるべきだった。

「軽くて丈夫な鎧か……」

 その身軽さを生かすには重甲冑は明らかに不向きだ。が、軽くて丈夫なんてのは鎧の理想形の一つである。

 そんなもの俺だって欲しい。

(いや、この黒衣はそうなんだが……)

 恩師達が仕立ててくれたこの巡礼衣はその理想を体現している。

 黒騎士の鎧の残骸を集めて鋳潰し、黒鉄と混ぜて作った特殊合金を用いアンドレイが打ち上げた軽鎧と、恩師達が纏う黒金糸のローブと同じ製法で作られた長衣からなるこの巡礼衣は、軽さと防御力を両立させている。それに、炎や魔力に対する耐性も。

 その後の巡礼でもこれに勝る防具は見つからなかった。

 ……いや、単純に防御力というなら、≪ハベルの鎧≫をはじめ、いくらかある。

 それでも、これを変える気にはなれなかった。

 武器なんて消耗品――と、そう言った矢先になんだが。

(感傷というやつか)

 まぁ、そういう事もある。

 ともあれ。そんなものがその辺で売っていたら誰も苦労はしない。

(相談してみるかな……)

 餅は餅屋。武器は武器屋だ。

 幸い手土産もいくらかある事だし、顔を出してみるのもいいだろう。

「まぁ、いきなり高望みしても始まらないしな。まずは【ステイタス】と相談するか」

 動きを妨げない範囲に収まればひとまずは問題ない。いや、装備の選択はいつだってそういうものだが。

「そうだね。せっかくだから更新もしちゃおうか?」

「あ、お願いします」

 ヘスティアの言葉に、ベルが頷き上着を脱いだ。

 そのまま背中をこちらに向ける。

(……そういう方針なのか?)

 何故だかベルの背中の【ステイタス】はむき出しのままだった。

 首を傾げていると、ヘスティアが一滴その背中に血を垂らす。

「お……?」

 これでもそれなりに奇跡も学んでいる身だ。

 オラリオで――いや、この時代に用いられている簡易体の神聖文字(ヒエログリフ)くらいなら苦も無く読める。

 流石に古代神聖文字――グウィンやその一族に仕えた直属の聖女達が使っていたような『本物』になると手に負えないが。

 何しろ、あれはただ『読む』のにすら『資格』が必要になるような代物だ。

 ともあれ。

 ベルの背中の【ステイタス】を読み取る程度なら何の問題もない。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力 :H120→G221

 耐久:I42 →H101

 器用:H139→G232

 敏捷:G225→F313

 魔力:I0

≪魔法≫

【 】

≪スキル≫

 …――

 

「凄いな、これは」

 他にも見るべきところはあるが、まず何より驚くのは熟練度だ。何しろ総合で三四〇以上の上昇が見られる。

 あまり詳しくはないが……昔、あの小娘から遠征で連日連夜死ぬほど戦っても総合で二〇も上がらなかった、なんて話を聞いた事がある。

 ランクの違いを考慮したとして、それでも規格外れな上昇率。いや、規格外れどころの騒ぎではない。飛躍と言う言葉でもあるいは足りない。

 話を聞く限り『神の恩恵(ファルナ)』とやらも死にかければ爆発的に強くなる――なんて便利な代物ではないはずだ。

 万が一そうだったら、あの小娘は連日連夜飽きもせず懲りもせず死にかけている。

(あ~…。その場合は先にリヴェリアが心労で死ぬな、きっと)

 日々血まみれになって帰ってくる小娘と、その姿を見て日々憔悴していくリヴェリア。

 あまりに明確に想像できるその地獄絵図を追い払ってからため息を吐いた。

「後ろから刺されても文句は言えないぞ、お前」

 それこそあの小娘あたりに。

「ええっ?!」

 自覚がなかったのかベルが悲鳴を上げた。

「っていうか、クオン君。まさか君、神聖文字(ヒエログリフ)が読めるのかいっ?!」

 続けてヘスティアも。

「簡易体なら普通にな。流石に『本物』は辛いが」

 慌てた様子でベルの背中を隠すヘスティアに肩をすくめて見せる。

 どうせ読めないと高をくくって目の前で更新していたのだろう。

「これを簡易体って……。ならその本物ってのに翻訳してみてくれよ」

 羊皮紙とペンを突き出しながら、ヘスティアが言った。

「だから苦手だって言ってるだろう?」

 そして融通が利くほど理解している訳ではない。

 まぁ、力や魔力や敏捷(速さ)という単語なら何とかなるが。

 分かる範囲で翻訳しなおすと、ヘスティアが呻いた。

「うわ、これ古字だ?! 今時『天界』でだって滅多に見かけない代物じゃないか!?」

「古字? 何か違うんですか?」

 背中を向けたまま肩越しに振り返ったベルが言った。

「うん。『天界』のすっごく年代物の古書やお堅い……それこそ、場合によっては『読む』ために『資格』が必要になる程お堅い歴史書やら何やらに使われてる代物だよ。結構読書好きなボクだって読み解くのに苦労する時があるのに……こんなの、一体どこで学んだんだい?」

「いや、どこと言うか……」

 頬を掻いてから呻く。

「昔知り合った聖女様にちょっとな」

 何しろ寝物語に『奇跡』の物語を物語るような生粋の聖女様だった。

「い、今時こんな古字を知ってる信徒なんてそれこそ絶滅種なんじゃ……。特に勤勉なエルフ君達ですら普通の神聖文字を読み解くのがやっとだって言うのに」

 それは良い事だ。どこぞの禿丸ではないが、絶滅してしまえ、そんなのは。

「でも! それなら、君自身はどうして欠片も信仰心がないんだいっ!?」

「そりゃお前らの事をよく知ってるからに決まってるだろう?」

「くぅ?! 何ていう圧倒的な説得力……っ!!」

 どうやら彼女には自覚があるらしい。

 うねうねと触手――もとい、黒髪をうねらせ慄くヘスティアを半眼で見やる。

 ……まぁ、この少女自身はかなり善良な存在のようだが。

「あ、あのー。神様、師匠?」

「あ、ああ。ええと、うん」

 咳払いをしてから、ヘスティアは真剣な顔で言った。

「今日は口頭で【ステイタス】の内容を伝えてもいいかい?」

「え、はい。僕は構いませんけど……」

 もっとも、もったいぶって告げるほど長い内容でもない。

「と、まぁ簡単に言えば凄い勢いで熟練度が伸びてるってわけさ」

 他の連中が聞いたら発狂しかねない事を、実にあっさりとヘスティアは告げた。

「は、はぁ……」

 対するベルの反応もいま一つパッとしない。まぁ、他に比較すべき相手も知らないだろうから仕方がないと言えば仕方がないのだろうが。

「理由ははっきりしないけど、今の君は成長する速度が恐ろしく早い。言っちゃえば成長期ってやつだ」

 なるほど。()()()()()()()()()()()のか。

 気づかれないよう――いや、気づかないはずもないが――ちらりと視線を送ってくるヘスティアに、そこまでは読み取れなかった振りをして見せる。

「これはボクの個神的な見解だけど、きっと君には冒険者としての素質がある。それに、下地もあったんじゃないかな」

 ベルの視線に肩をすくめて見せる。

 まぁ、覚えの良さ、呑み込みの早さは俺よりよほどいいだろう。

「君はきっと強くなる。そして、君自身もそれを望んでいる」

「……はい」

 頷くベルに頷き返し、ヘスティアは続けた。

「ボクはその意思を尊重する。応援も、手伝いも、力だって貸そう」

 だから、と彼女は言った。

「約束して欲しい。今日みたいな無茶はもうしないって。そう誓って欲しい」

 それは神命ではなく、むしろ見た目通りの少女が発する懇願そのものだった。

「……お願いだから、ボクを一人にしないでおくれ」

『馬鹿弟子が。亡者になんてなるんじゃないぞ』

 遠い昔、幾度となく耳にした恩師の声がそれに重なった。

(なるほど、まともなのもいるじゃないか)

 いや……師匠達だって神の一員と言えるか。何しろ、魔女イザリスの娘達なのだから。

 そういう真っ当な神は、このオラリオにもごく僅かに存在する。

 行方知れずの――いや、転居先を教わったが――ミアハだったり、暑苦しい仮面の男だったり、美人の鍛冶師だったり……まぁ、どいつも大体一癖あるが、それでもかなりまともな存在だ。そして、どうやらこの少女もその一員のようだった。

(ま、滅びを知らないからだと言われればそれまでだがな)

 もしこの時代が終わるとして――それでもあの連中が変わらないかどうかは知れたものではない。だが、

(当たりを引いたな。珍しく幸運が続くじゃないか)

 ひとまずベルを任せるに値する女神ではありそうだ。これならあの爺さんにも言い訳ができる。

 旅の果てに、もしもベルが俺と同じ選択をしたとしても、だ。

「……はいっ」

 ベルが頷いた。

 お世辞にも精悍とは言い難いが……嘘偽りのないその笑顔は、ヘスティアに対する信頼を千の言葉よりも雄弁に物語っている。

「無茶はもうしません。頑張って、必死に強くなっていきますけど、絶対に神様を一人にしません。約束します」

(それは俺にはできなかったな)

 ベルの宣誓に、小さく肩をすくめた。

 恩師達はあれからどうしただろうか?

 いや、どうやって生きたのだろう。その最期に何を思ったのだろう。

 もはや時は過ぎ去り、神ならぬ俺に知る術はない。

 恩師達は死に、あの時薪として燃え尽きたはずの俺は今もこうして彷徨っている。

 鈍い痛みが消える頃には主従のやり取りも終わったらしい。

「さて、それじゃ少し身体でも動かしてみるか?」

「そうですね。これからダンジョンに行くのはちょっとあれですし」

 無茶はしないって約束したばかりですから――と、ベルははにかんだ。

 よしよし。身体の具合を把握できているのは良い事だ。

「まぁ、ボクとしては君のお手並み拝見ってところだけどね」

 上着を着直したベルと共に廃教会の外に向うと、テテテと軽快な足音と共にヘスティアがついて来た。

「あくまで慣らし運動だぞ?」

 それと、今のベルの状態を把握しておきたい。

 防具を選ぶうえで参考になる。いや、この成長速度だとすぐにズレてしまいそうだが。

「よし、今日はこれくらいにしておこう」

 それから時間にして一刻ほど。軽い運動を終えてから告げた。

「は、はい。ありがとうございました!」

 本当に軽い代物だ。今のベルなら軽く汗ばむ程度で済んでいる。

「本ッ当に君は恩恵を刻んでないのかい?」

 のだが。入り口に座り込んだままのヘスティアが半眼で呻いた。

「当たり前だ。ギルド公認のLv.0だぞ」

「むしろギルドがLv.0だって公認しなきゃいけない時点でなんかおかしいだろ……」

 そんな事を俺に言われても困る。連中が勝手に盛り上がっていただけだ。むしろ、最終的に見世物にされた俺は被害者だと言えよう。

「まぁ、いいさ。大体具合も分かった」

 と言うより、村にいた頃と基本的に変動はない。

 素早さと連撃を軸とした技術型。ならばやはり防具は軽鎧を選択すべきか。

(いっそ精霊の護符をベースにしてもいいか?)

 とも思ったが、そもそもその恩恵を得られるのが中層以降だった。

 上層なら丈夫な革鎧の方が遥かに有益だ。

「あとはしっかり飯食って寝ちまえ。そうすれば明日には回復してるだろうさ」

「はいっ!」

 頷くベルに頷き返してから、

「なら、飯でも買ってくるか。お前は――」

「ついていきます!?」

 即答だった。

「いや、寝てていいぞ?」

「いえ、行きます!」

 今度は即答どころか被せ気味だった。

「ベル君? せっかくだし、クオン君の好意に甘えたって……」

「ダメです神様っ! 師匠は偏食家なんです! 任せたら激甘とか激辛とかそういう極端な物ばっかりになっちゃいますよ!?」

「よし行こうベル君! ボクもついて行くとも!」

「偏食じゃなくて味覚がほとんど残ってないだけだって言ってるだろうが……」

 呻くが、二人とも聞いちゃいない。

 ちなみにだが。味覚については怪我の後遺症によるもの――と、ベルには……いや、この時代ではそういう言い訳をしている。

 例外は事情を知る霞達くらいなものだ。

「いざ今日のご飯を求めて!」

 ビシッと何故だか夕陽を指さしてヘスティアが号令をかける。

 お前はもしや太陽に由来のある神なのか。

 太陽の戦士達は俺達不死人にとって心強い味方だが、太陽に関係する神はどちらも洒落にならなかったのだが。

 呻く俺など見向きもせず、その主従は街に繰り出していく。

(まぁ、馴染みの店に案内するのが一番楽か)

 特に何も言わずとも霞の時と同じく、俺の分だけ味を濃くしてくれるはずだ。

 

 …―――

 

 それからしばらくして。

 食事を終えてベルが早々に眠りについてから。

「さて、ヘスティア。少し俺と話をしようじゃないか」

 俺はヘスティアを連れて礼拝堂にいた。

「それは良いけど! その手に持ってるものは何なんだ~い?!」

「見ての通り≪焼き鏝≫だが?」

 何気にしっかり原盤強化済みだ。これなら神にだって通じるはずだった。

「何でさも当然のように?!」

「ここは礼拝堂だ。礼拝堂と言えば聖職者。聖職者と言えば凄惨な拷問。拷問と言えば≪焼き鏝≫は入門編だろう? 何かおかしな事があるか?」

「いやいやいや!? 聖職者イコール拷問ってどうなんだい!?」

「否定できるなら聞くが?」

 するのもされるのも専門だろう。

 何なら、自分で自分を鞭打ったりする奴もいるくらいだ。

「……あ、あれ? ヤだな。なんかこう、不思議と否定できない気がしてきたぞ……?」

 分かればよろしい。

「ま、訊きたい事を素直に答えてくれればそれでいい」

「な、何が訊きたいんだい?」

「【情景一途(リアリス・フレーゼ)】。あれ、お前の仕業か?」

 ベルの【ステイタス】で最も気になったのはそのスキルだった。

 ビクゥ――と、ヘスティアは肩をすくませる。

「にゃにゃにゃにゃんのことかな?」

 全力で視線をそらし、へたくそな口笛を吹き始めたヘスティアを前に、ただ黙って≪焼き鏝≫にソウルを注ぎ込む。

 赤熱したそれを見てヘスティアの顔が引きつった。それを見届けてから続ける。

「ベルの成長速度は明らかにあのスキルの効果によるものだ。まぁ、それだけならいいんだが、『想いが続く限り効果持続』、さらに『その丈で効果上昇』というのが解せない」

 どう考えても、それには相手が必要だ。文言からして、おそらく相手は女。

「まさか『魅了』でもしたか?」

 どこぞのアバズレの十八番だ。

「違うって! むしろそうだったらどれだけ良かったか!」

 うっがー!――とでも言いだしそうな勢いでヘスティアが吼えた。

「おのれヴァレン何某!? ボクの、ボクのベル君に色仕掛けなんて……!」

「ヴァレン何某?」

「何でもミノタウロスに襲われた時に助けてくれたんだって。一目惚れってやつさ。ボクというものがありながら!」

 この二人の関係はともかく――いや、そもそも我が身を振り返れば口出しなんてできるはずもない――として、

「そのヴァレン何某ってのはなんだ?」

 嫌な予感――という程でもないが。ともあれ、確認することにした。

「【剣姫】って言われてる化物みたいな冒険者さ」

 ……まぁ、ミノタウロス云々の辺りでほぼ確信していたが。

 このだだっ広い街で、よりによってそこを狙い撃ちにする事もないだろうに。

「そうか……。ああいうのが趣味だったか……」

 ベルよ。お前の趣味(このみ)は年上のエルフじゃなかったのか。

 いや、確かにリヴェリア(年上のエルフ)に負けない程に綺麗な顔立ちをしているのは認めるが。

「知ってるのかい?」

「知ってると言うか、昔ちょっと殺し合いになりかけた。……いや、あの小娘とじゃなくて保護者連中と」

 いや、あの小娘――当時はチビ助だったが――とも散々に斬り合ってはいるが。

 しかし、あれはあくまでも『訓練』という事になっている。……最初の一回目は辻斬り以外の何物でもなかったとしても、だ。

 無論、言うまでもなく仕掛けられたのは俺の方だ。そのまま返り討ちにはしたが。

 それからしばらくして、あの糸目の小僧がちょっかい出してきたせいで――それと、何だか()()()()誤解が積み重なった結果――殺し合い寸前……いや、あの小人とその直属の手下どもとは実際に斬り合っている。

 殺し合いにならなかったのは、その直前に小娘から事情を聞き、その他諸々の事情を精査したリヴェリアが仲裁に入ったからにすぎない。

「君って本当に一体何者なんだい?」

「ただの放浪者だよ。今も昔もな」

 旅から旅への根無し草だ。

 呪いの刻印(ダークリング)が浮かぶ前からそうだった。……もうその頃の記憶などほとんど残ってもいないが。

「まぁ、俺の事はともかく」

 今はベルの事だ。

 できればベルの初恋の邪魔などしたくないが……そうなると、下手に関われないというか何というか。リューかせめてシル辺りだったならこんなに悩まなくても済んだのだが。

 いや、この際アーニャかルノア……いっそ、クロエでも良かった。

(まぁ、あいつらも懐は深いよな)

 それにクロエの特殊性癖も、あるいはベルと噛み合うだろうし。

 あとは……ギルドにいるはずのエイナ辺りも年上のエルフのはずだが。

 いや、それはさておくとして。

「あのスキルを秘密にしている理由はそれか?」

 要するに嫉妬によるものか?――という意味だが。

「む。まぁ、それは否定しないけど。確かにボクの口からヴァレン何某への想いがどうこうなんて説明したくもない!」

 むくれてからヘスティアは言った。

「でも、それ以前の問題さ。あのスキルは明らかにレアスキル。神なんてそういう特別な単語にアホみたいに弱いんだ。ばれたら絶対ちょっかい出されるに決まってる!」

 地団太でも踏むようにしてヘスティアは言った。

「ベル君は嘘なんてつけないし、そもそもボクらに嘘は通じない。だから、いくらベル君が強くなりたいって言ってもこれだけは教えられない。アホ共の玩具にされちゃたまらないからね!」

 まぁ、嫉妬もだいぶ混ざってはいるようだが……それはヘスティアの本心らしい。

「なるほど」

 純粋にベルのために彼女は沈黙を守っているのだ。

 小さく笑う。

 ああ、まったく。何故『火の時代』にはこういう神が台頭してこなかったのか。

「ま、黙っておくってのは賛成だな」

 肩をすくめて頷いてやる。懸念は消化できた事だし、そういう理由なら所属している訳でもない俺が主神の方針に逆らう道理もない。

「想いの強さだ想いの丈だってのは何とも抽象的だが……。まぁ、自覚しちまえばそこまでのような気がするし」

「あ~…。それも確かに」

「特にあいつ、基本的にはクソ真面目だからな。ハーレム作りたいとか大真面目に言い出す癖に」

「……それ、本当に本気だったのかい?」

「ああ。純粋無垢に目をキラッキラ輝かせながら『師匠! 僕、強くなって可愛い女の子達とたくさん知り合いになりたいです!』って言われた時の俺の心境が分かるか?」

 我が身を振り返れば居た堪れないにも程がある。

「う……。それはご愁傷さまとしか……」

 明かりの落ちた礼拝堂に、俺とヘスティアのため息が零れ落ちた。

 

 

 

 明けて翌日。

「そら。注文通りに仕上げたぞ。……っと、ベル坊はまだ戻らんか」

 まずは手頃な店で簡素なレザーアーマーを購入。加えてグローブとブーツも。

 その足で初心者御用達の整備屋である『雛鳥の鉄床』に。整備代に多少色をつけて渡し、予めベルが持っていたプレートを組み合わせてもらった。

 その調整を行ってもらっている間、ベルは会計もせずに飛び出した事を『豊穣の女主人』に謝罪に行っている。

 いや、実際のところ支払いは俺が代わりに済ませてあるのでそこまで小言は言われないとは思うのだが。

「師匠!」

 店の片隅で待たせてもらっていると、ベルが戻ってきた。

「よう。良く生きて戻ったな」

「あはは……」

 冗談を言うと、ベルは苦笑にも似た笑顔を浮かべる。

 この様子なら――

「問題なかったらしいな」

「ええ。皆さんに応援してもらいました」

 そういうベルの手にはまた弁当箱が。まさか本気でシルが熱を上げているのだろうか。

 いや、あの子自身は別に――多分――いい子だとは思うのだが……。

 ともあれ、

「ベル坊、具合はどうだ?」

 早速調整を終えた革鎧を身に着ける。

「いい感じです。思ったより軽いですね」

「まぁ、ただの革だからな」

 ダンジョンの何階層に出て来るこれこれこういったモンスターの皮をなめして――なんてものではなく、ごく平凡に牛皮をなめし重ね合わせた代物だ。楔石の欠片もないこの時代では正に平凡なものだが……まぁ、それでも長年用いられるだけあって軽さと防御力を兼ね備えた代物ではある。

 ひとまず、値段相応には。

「まぁ、本格的な物はまた今度だな」

 店を後にしてから肩をすくめた。

 いや、別にあの店が悪いという訳ではない。

 ただ単に、こちらの手持ち(予算)心許なかった(足りなかった)だけだ。

 ……主に昨夜、景気づけだと言って強行されたヘスティア主催の宴の影響で。

(つい餌付けしてしまった……)

 ベルと一緒になって喜びまくってくれるせいでつい色々と買い込んでしまった。

 何であれ、今日こそは換金を済ませなければならないだろう。これだから神は恐ろしい。

「いえ、これでも充分ですよ。今までよりだいぶ頼もしいですし」

「それは単に今までが貧弱すぎただけだ。あれで五階層に行くなんてな……」

「い、いやまぁ、あれはちょっと魔がさしたというか何というか……」

 もっとも、防具もつけずに六階層に突貫した事を思えば、あの安物だけでも身に着けていただけまだマシか。

 それでもおそらく周りの冒険者は奇異の眼を向けていただろうが。

 そんなやり取りをしていると、バベルの前に辿りついた。

「ところでクオンさん。何でいつもの黒衣じゃないんですか?」

 そのままダンジョンを進んでいると、ベルが言った。

「目立つからな」

 今の格好は革製のコートやらグローブやら……まぁ、ただの放浪者の頃から愛用していた≪放浪のマント≫一式だった。

 一見して年季の入った装備だがその分だけ愛着もあり、実は原盤強化まで済んでいる。上層のモンスターの攻撃など通じはしない。

 武器もそれに合わせてシミターとカイトシールド。

 無論、どれも原盤強化が施されているが……見た目は上層に留まる駆け出し冒険者と大差ない。少なくとも、ベルと一緒にいたとしてもそこまで目立ちはしないはずだ。

 まぁ、今回は援護に徹するつもりなのでその場についたら武器はクロスボウ――愛用の≪アヴェリン≫に切り替えるつもりでいる。ボルト代はベル次第だ。

「悪目立ちしても良い事はない。地味にやるさ。()()()()()だしな」

 俺の立場だが、名目上は専属のサポーターとなる。

 先ほどギルドに寄った際にはエイナ――案の定と言うか、ベルは彼女を専属アドバイザーに選んだらしい――が口元を引きつらせていた。

 四年前の新人はすっかり垢抜けて大人の女性に変わりつつある。そして鬼教官になり果てたようだがそれはともかく。

 ベルよ。何故エイナ(年上のエルフ)では……いや、こういうのは本人の気持ちが最優先か。これ以上野暮なことは言うまい。もはや、なるべく邪魔をしないように立ち回るくらいしか俺にできる事はないのだ。

(まぁ、そうは言ってもあのリヴェリアの友人の娘だしなぁ)

 エイナでも多少ならず面倒なことになるかも知れない。

(いや、それにしても……)

 友人の娘という話だが……見た目的にはリヴェリアも大差ない。姉妹でも余裕で通じる。

 エルフ恐るべし。不死人(俺達)並みに外見から年齢が判断できない。

(待てよ? 確かリヴェリアってあの小人やドワーフのおっさんと同期だよな?)

 風の噂だが、あの小人は四十路を超えていると聞いた事がある。

 つまり同期のリヴェリアも――

「――――!?」

 背筋を圧倒的な悪寒が駆け上った。反射的に武器と盾を構え、辺りを見回す。

「どうしたんですか?」

「い、いや……」

 今いるのは六階層の正規ルートから少し外れた場所だ。第一級の冒険者――オラリオ最強と名高い魔導士の彼女がいるような場所ではない。

 正規ルートからも外れている以上、通りかかる事すらないはずだった。

(ま、まぁ、何だ。女に歳の話なんて振るもんじゃないな)

 それはもう、火薬樽が方々に転がる中で炎派生した武器を振り回すに等しい愚行だ。爆死したくなければ、これ以上深く考えるべきではない。

 そうでなくともどこにどんな罠があるか分からないのが巡礼地なのだ。わざわざ自分から即死トラップ(リヴェリアの逆鱗)に突っ込む事はない。

「まぁ、それはともかくだな」

 咳払いしてから仕切り直す。そうこうしているうちにすでに目的地――六階層に到達している。

 そして、

「最初の獲物だ。まずはお手並み拝見だな」

 都合よくウォーシャドウの群れを見つけた。数は三体。肩慣らしにはちょうどいい。

「危なくなったら援護する。いつも通りやってみろ」

「はい!」

 新しく貸したショートソードと短刀を構え、ベルが突貫する。

 その立ち回りは教えた通りだった。

 と、言っても、実際のところ大した事は教えていない。

 俺達にとっては最も基本となる立ち回り――つまりは、集団の解体だ。

 単独行動が基本となる俺達にとって、一対多数はただそれだけで致命的な状況となる。故に集団を分断し、各個撃破できるか否か、その立ち回りを体得しているか否かは、不死人(俺達)がその先生き残れる(人間性を保てる)かどうかを大きく左右する。

 それでも俺達(不死人)なら少なくとも数十回は学ぶ『機会』もある。が、ベル(ただの生者)はそうはいかない。許される機会(いのち)一度(一つ)きりだ。

 さて、そのベルだが。

 立ち回りこそまだ危なっかしいが、それでも速さで引っ掻き回しては一対一を繰り返している。程なく最初の一体が剣で斜めに斬り裂かれ、続けて二体目の身体に短刀が突き刺さった。

「やあああああっ!」

 深々と刺さった短刀を迷いなく手放し、両手で構えたショートソードを横薙ぎに一閃。

 それで最後の一体も灰となる。即座に魔石ではなく短刀を回収するのも好評価だ。

「ふぅ……。何とかなった」

 周囲から敵の気配が消えたのを確かめてから、ベルが魔石を拾う。

 まぁ、ウォーシャドウは影と言うだけあってか基本的に死体が残らない。倒せさえすれば魔石の回収は楽なモンスターだった。

 捌く手間がない分、余計な隙を生まないのも有難い。ドロップアイテムもこの階層で見ればそこそこの値段になる。何なら先日のベルがやったように即席の武器としてもいい。

 稼ぐついでに訓練するにはちょうどいい相手と言えよう。

「よしよし。死にかけた甲斐はありそうだな」

 三ヶ月で唯一仕込んだと言えるのは『生き残り方』だった。

 危険を嗅ぎ分け、それが迫れば咄嗟に身体が動く。まぁ、完全に物にならないうちは暴発して自分から崖下に――なんて事もざらにあるが、そこはそれ。流石にモンスターでこそないが、一緒に森の中で熊や猪に散々追い回された甲斐があるというものだ。

(あいつら下手なモンスターより危ないからな)

 いくら『外』の生まれとは言え、ゴブリンが野生の熊の張り手をくらって一撃で死んだのには流石に驚いた。

 いや、両者の体格差を加味すれば当然と言えるだろうが。

 ちなみに猪も鎧なんて着こんでいない真っ当な野生の猪である。それでも場合によっては『外』のゴブリンを轢き殺す事がある以上、普通の少年には充分な脅威となる。

 さらに閑話だが。

 その熊やら猪はその後で、俺達の……というか、村の糧になってもらった。人を襲う事を覚えた獣を野放しにしておくほど悪趣味ではない。

 まぁ、狩りのついでに訓練した、と言った方がより現実に近いだろう。

 ……ある意味では今も同じようなものだが。

「教えがちゃんと物になってるようで嬉しいよ」

「あはは……。エイナさんに村での訓練の話をしたら驚かれましたけどね」

 それはまぁ、あのお嬢ちゃんならそうだろうが。

「安全第一って方針は俺も賛成だ。無茶して死ぬのは誰にでもできるが、そこから生き返れる奴となると、な」

 いや、『生き返ってしまう』からこその悲劇だったとも言えるか。

「死人になんてなるんじゃないぞ。かけた時間が無駄になる」

 と、言ってから。肩をすくめて見せる。

「それが俺の師匠の口癖でね。事あるごとに言われたものさ」

 正しくは『亡者になんて――』だが。幸い、ベルにはなれと言う方が無理な話だ。

「はい、師匠!」

 ベルが頷く頃には新手が現れた。

「さて。安全かつ速やかに堅実に行こうか」

「はい!」

 真剣な顔で頷くと同時、ベルが突貫する。

 俺も改めて≪アヴェリン≫を構えるが――まぁ、この様子ならまだ出番はないか。

(呆けてると自分のために使う羽目になりかねないな)

 死角から忍び寄ってきていたウォーシャドウを盾で殴り飛ばし、短剣に切り替え一突きにしながら肩をすくめる。

 まぁ、ダンジョンは元よりこういう場所だ。

 あまり呆けていると、俺自身が足元をすくわれかねない。

「っと、次が来たな」

「うおおおおおおっ!」

 俺が言うより早く、ベルは咆哮を上げて斬りかかる。

 激突。そう呼ぶには少しばかり一方に偏った戦いがそこにあった。

 

 




―お知らせ―
 評価・お気に入り登録していただいた方、ありがとうございます。
 次回更新は18/06/10の0時を予定しています。
 18/06/03:一部改訂
 18/06/09:誤字修正・一部改訂
 18/07/07:誤字修正
 18/11/20:誤字修正
 19/05/08:誤字修正
 19/10/02:誤字修正
 19/12/22:誤字修正

―あとがき―

 できれば関わりたくないけど無視もできない。
 当面の間、主人公とロキ・ファミリアの関係はお互いにこんな感じです。つかず離れず。ある意味両想いですね。
 これから作中で触れていきますが、お互いの認識・常識・価値観が噛み合っていないので、そういう事になっています。
 なら、すり合わせればいいのかというと……。
 それと、今回のベートについて補足すると、先走ったのは単純に酔っていたせいです。アルコールのせいで溜まった鬱憤が破裂したという感じですね。当面は前話(ダンジョン内)の様子が基本となります。この辺の関係性はもう少し……いえ、結構先になりますが、触れる予定です。





―以下、本編で触れづらい設定の捕捉―

 今さらですが、ゲーム的なシステムの縛りはだいぶ無視しています。
 具体的にはモーション全般ですね。
 身のこなしは基本的にダンまち仕様。素手(セスタス系装備)の時は多分、格闘ゲーム並みに動きます。
 それと、戦技は無印時代からあったことになってます。
 こちらも基本的に武器には依存してません。
 なので、
 大剣装備でウォークライしてからクイックステップで移動して――
 と、いった形で使用する事はそのうちあると思います。
 ただ、槍なのに居合とかどう考えても無理がある組み合わせはしませんのでその辺はご安心ください。
 月光の奔流のような明らかに武器に依存したものは武器の特殊能力扱いです(このあたりは無印や2でいう特殊攻撃そのままです)。
 なるべく不自然にならないようやっていきたいと思っています。

 主人公の防具ですが、イメージ的にはダークソウル2の『黒衣シリーズ』をベースにしつつ、それに少し鎧を加えて戦士風に強化してみてください(絵が描けないのでこんな感じの説明しかできません)。
 デザイン的に好きなんですけど、無印にも3にもないので、それっぽく設定してみました。システム上仕方ないとはいえ主人公専用の装備ってないですからね。

 触媒のイメージはダークソウル2の『呪術の火』です。魔術と奇跡を併用できる触媒はあっても、呪術と何かを併用できる触媒はないんですよね。なので、思い切ってでっち上げました。というか、シーンでいちいち切り替えるのがめんど(以下検閲削除)。
 真面目な話、基本的に上質戦士+呪術師と言うイメージなんです。
 
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