SOUL REGALIA   作:秋水

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※20/05/4現在、仮公開中。
大幅な変更、改訂を行う可能性があります。


第三節 …――深淵もまた、汝を見つめる

 

 

 執務室に、蝋燭の溶けるほの甘い匂いが漂う。

 この『時代』には魔石灯という便利な代物があることは承知している。

 無論、この大聖堂の――執務室を含む――至る所に設置されているが……結局、手間をかけて、『蝋燭』を再現してしまった。

 瞑想や祈祷の際には必要だ――と。尤もらしい理由を口にしたような気もするが、さて。

 存外にこれもまた『火に焦がれている』という事なのかもしれない。

(経過はまずまずといったところか)

 ともあれ、その揺らぐ小さな火を横目に見ながら胸中で呟く。

 一四階層に発生させた『深淵』により、ダンジョンは一時的に閉鎖。

 無事に件の部隊……いや、派閥を足止めしたという。

(それにしても、流石は悪名名高き【墓王の眷属】といったところか)

 メレンの街における殺戮劇に関しては、すでに報告が上がってきている。

 概ね想定通りと言ったところだろう。

 オラリオ、メレン間の離間工作はまずまずの成果を上げている。

 無論、これだけでオラリオの力を削ぐことなど出来まいが……しかし、憲兵隊――確か【ガネーシャ・ファミリア】と言ったか――の戦力はいくらかメレンに割かれた。

 先だっての……何と言ったか。イシュタルとやらの取り巻きの『後始末』もまだ続いている。

 そこに加えて、今回の『深淵』でも調査を押し付けられたそうだ。

 相応の人的損耗を被っているのは疑いない。

 憲兵がその勢力を落とせば、こちらとしても色々と動きやすくなるというものだ。

(奴らとて文句は言えまい)

 メレンが【ガネーシャ・ファミリア】の監視下に入ったとなれば、あの『死の神』も――あるいは、『エニュオ』とやらも、資金源のいくらかを損なったといえよう。

 オラリオとあの『死の神』どもの戦況が膠着し、互いが泥沼の抗争に陥れば占めたものだ。

 しかも、今あの【墓王の眷属】は『死の神』に預けてある。

 この一件で、奴らが我らの何を咎められようか。

(まったく、ここまで策が的中しては、むしろ張り合いがないというものだ)

 長らく我が宿敵であったあの【暗月の神】であれば、こう容易くことを進めることはできなかったであろう。

 ……もっとも、火が陰り、大王を失い、その権勢を大きく削がれたとはいえあの地は神の都(アノール・ロンド)

 神々の名が忘れられた後も、歴史の陰から我らを謀り、『火継ぎ』を繰り返させてきたあの蛇と、すべてを忘れ呆けた今の神どもを比較しては酷というものか。

(いや、それとも罠か?)

 あの『死の神』はともかく、『エニュオ』なる存在は()()()()()()()

 上手くいった。出し抜けた。

 そう思い込まされているだけと警戒しておいて損はない。

「五九階層の尖兵が撃破されたことについて、何か言っていたか?」

 おそらくは『エニュオ』も神の末裔。

 火も王も失った亡者どもとはいえ、決して油断などできる相手ではない。

「いいえ、これと言って何も」

 部下の言葉に、再び唸っていた。

(つまり、あれの撃破は『エニュオ』にとって予定通りという事か……)

 それはそれでありそうな話だった。

(連中が求める『餌』……『アリア』と言ったか。それを捕獲するための駒というだけではなさそうだ)

 件の……そう。確か【ロキ・ファミリア】と言ったか。

 その首脳陣の人相書きを横目に見やりながら、胸中で呟く。

(享楽的で、自己顕示が強い。狡猾だが自信家。そして、傲慢だ)

 もっとも、最後のそれは別にそれは『エニュオ』に限った話ではないが。

 自戒しながら、顔の見えない()()()の素顔を思い描こうとする。

(奴は決して()()()なことはしない)

 あの駒には、必ず何か別の意味がある。

 多少は趣味的かもしれないが、確実に実利のある意味が。

 と、いうより。一つの駒に複数の意味を持たせているといったところか。

 そこまでは推測が及ぶ。だが、その先に踏み込む手掛かりがまだない。

(奴にとって、全ては捨て駒か)

 向こうとて、決して手札が豊富だという訳ではないはずだが。

 そして、それなりに上質な――少なくともそのように自負している――手札である私達にすら、満足に情報を寄越さない。

 とはいえ、別に何を驚くことがあろうか。

 奴も、そしてあの死神も――否。

 

 否。

 

 あらゆる神がそのように思っている。

 だからこそ――…

(まぁ、良い)

 思考を、あの『駒』が持たされた意味の探究へと戻す。

 それは『アリア』とやらの確保と『宣戦布告』だけではあるまい。

(案外と我らが女王陛下と同じことを考えているのではないか?)

 女王陛下は【王狩り】をオラリオに釘付けにするため、デーモンの存在を見せつけたのだと言った。

 そうであるなら、私にも前もって説明して欲しかったところだが……まぁ、今の私などどの陣営から見てもただの使い走りに過ぎない。

 全くもって面倒だが、この待遇も致し方ないことだった。

 それに、私としてもまだ準備は整っていない。

 今しばらくは忍従の時――と。そんなことはとうの昔に心得ている。

(『エニュオ』もまた、あの駒を見せつけた事で【ロキ・ファミリア】を自分に注目させた、といったところか)

 故に、今は準備が整った時に向けて、淡々と備えておけばよい。

 今となっては、時は私の敵ではないのだから。

 ……もっとも、だからといって無尽蔵に費やせるわけでもないが。

(不死が現れ、王たちが目覚め、あの【王狩り】までが呼び覚まされた)

 我らが揃って呼び出されたとあれば、この『世界』もまた滅びに曝されているということであろう。

 ――だが。

(だが、かつてと違い、まだ終わってはいない)

 これほどの幸運などあるものか。

 神どもが再び『呪い』を呼び覚ます前に、今度こそ『時代』を人の手に。

 そして、願わくはその礎が我が野心であればよい。

(撃破したとはいえ、連中にとっては容易い相手ではなかったであろう)

 小さく苦笑してから、今度こそ思考を切り替える。

 連中はもう『エニュオ』どもを無視はできない。

 あの派閥にとってはなおさらに。

 地上に送った『草』が寄越した人相書きの一枚を取り上げる。

 それは【ロキ・ファミリア】の首魁――と言っていいものか―――である小人のものだ。

 どうやら、大層な野心家であるらしい。

(なるほど。悪い手ではないな)

 どこまでも名声を渇望し、そのためだけに全てを捧げている。

 満たされることのない、身の丈を超えた渇望こそが全ての原動力。

 この男は、まさに『小人』そのものだった。

 であればこそ。

(これほど美味しい状況は無視できまい)

 オラリオを滅ぼさんとする巨悪の企てを暴き、打ち滅ぼす。

 いっそ滑稽なほどに分かりやすい武勇譚。いや、今の時代に合わせるなら『英雄譚』と言うべきか。

 自らの力を誇示するためと考えれば、いっそ舌なめずりしたくなるほどであろう。

 例え相手の思惑に気づいたとして。それでも踊らされずにはいられまい。

 

(いや、違うな。そうではない)

 

 踊らされているという真実。それすら飲み込み、糧として、さらなる渇望を募らせる。

 この男はそういうものだ。

 であれば――…

(先達として、少し手を貸してやるとしようか)

 消えぬ野心の炎に身を焦がしているのはお互い様だ。

(この穴倉の中でいくら殺しあったところで、大衆の耳にはその半分と届くまい)

 ならば。

 誰もが身を焦がすほどの距離で。

 目を晦ませるほどの鮮烈と共に。

 その『偉業』とやらを見せつけてやればいい。

 今の『時代』――あの『吹き溜まり』ならばそれが可能だった。

 どうせ、ただそれだけが今の『時代』の全てなのだから。

 真実などどうでもいい。

 神どもをより愉しませた者たちが『勝者』だ。

 実に忌々しく、憐れなほどに滑稽ではあるが……しかし、他ならぬ我らがそれを笑う事などできはしない。

(そして、貴公もまたそれを良しとしたのであろう?)

 であれば、もはや互いに言葉は不要であろう。

 仮にそれが無知によるものであったとしてもだ。

(フィン・ディムナ、か)

 この『時代』に名を馳せ、この『時代』の象徴足らんとして――『時代』に順応したが故に、資格を失った。

 そんな憐れな小人の名を口ずさみ、記憶の片隅に留め置く。

(あの【王狩り】について嗅ぎまわっているのだったな)

 ふふん――と。小さな笑みがこぼれた。

 ああ、まったく。これ笑わずにいられるか。

(実に健気でいじらしいものだな)

 名声のためなら部下の命どころか、自らの命すらも投げ打つ。自分が何をしているかも知らず、また知ろうともしないまま。

 そうまでして名声を渇望する理由が、自分のためではなく落ちぶれた小人たちのためだとは。

「リヴィラの『草』に、急ぎこの指示を届けよ」

「承知いたしました」

 幸いにして、私と彼の野心は今しばらくの間は合致している。

 計画に変更はない。

 彼にはこのまま人々を誑かし、裏切り、滅びへと誘う『邪悪』の正体と手札を暴いてもらう。

 そして、その対価として。

 我らが歴史を動かすその瞬間。

 その舞台の中央に『英雄』として招待するとしよう。

「私が英雄にしてやろう。この『時代』を彩る『英雄』に、な」

 部下が出ていき、再び一人きりになった執務室で小さく囁く。

 もはや『王』たる資格を持たぬ者とはいえ、このまま時代の波に飲まれて消えるのは本望ではあるまい。

 精々、彼らにとって相応しい敵を用意してやるとしよう。

 

  …――

 

 欲しいものは何ですか?――と。

 その問いかけに対すこまる答えはいくらでもある。

 あるが、今現在何よりも必要なものは解毒薬だった。それも、妖毒蛆(ポイズン・ウェルネス)の解毒薬だ。

 もちろん、『深淵』とかいう呪詛(カーズ)に関する情報やら何やらも色々と欲しいが……それらは全て、フィン達が無事に戻ってこないことには意味がない。

「ちッ、やっぱり集まり切らねえか」

 傍らのベートが舌打ちした。

「そらまぁ、妖毒蛆(ポイズン・ウェルネス)の解毒薬やしなぁ……」

 元々妖毒蛆(ポイズン・ウェルネス)は下層域の中でも産出数が少ない『稀レアモンスター少種』寄りの種族だ。

 同モンスターの体ドロップアイテム液から作られる解毒薬の製造数は限りがある。

 つまり、数を揃えるだけで一苦労というのは、分かりきった話だった。

(この大発生(イレギュラー)も、『深淵』いうやつの影響なんかなー?)

 清々しいほどの青空を見上げながら、胸中でぼやく。

 可能性はある。

 影響している可能性も。無関係である可能性も。

 今さら追及しようがないし、仮に答えが分かったところでどうにもならないが。

「そもそも、今は製薬作業が止まっとるやろからなぁ」

 それに加えて、解毒薬やら解呪薬の類はギルドが徴収しているときた。

 そもそも在庫がないなら、いくら地上に残っている団員を総動員したところでどうなるものでもない。

「あんなもん、解毒薬じゃどうにもならねぇぞ」

「分かっとるけど、ここでうちに言われてもなー…」

 その『深淵』の中にまで飛び込んできたベートの言葉に肩をすくめる。

 実際、あんなものはうちらが『神の力(アルカナム)』を使っても果たしてどうにかできるかどうか。

(ディアンケヒトの奴なら分かるんやろけどな)

 黒く変質したベートの銀靴(フロスヴィルト)を思い浮かべて身震いする。

 ……まぁ、ベートの言う通り、どうせ効果がないだろうし、大半は返却ないしギルド名義で販売されることになるとは思う。

 治療薬には高価なものも多い。仮にギルドが買いあげたとして、出費を補完する必要がある。

 どういう形かはともかく、市場に戻ってくるのは間違いない。

 ただ、その返却作業が始まるまで、もう少し時間がかかることもまた想像に難くなかった。

「こうなると、解毒薬の予備を確保してそうな【ファミリア】に交渉するしかねえか……」

「そーやけど……。正直に頼んでも、ここぞとばかりに足元見られてふんだくられるか、嫌がらせでわざと出し渋られるかのどっちかやな」

 こういう時、都市最大派閥という肩書は面倒だ。

 嬉々として足を引っ張りに来る派閥には事欠かない。

 それに、商人たちもそろそろ嗅ぎつけてくる頃だ。

 ギルドの対応も影響するだろうが、今の状況ではまず間違いなく特効薬の高騰が起きる。

 こんな状況だ。金に糸目をつけないが……このままでは、特効薬確保は泥沼の様相を呈することになる。

 そうなれば、さらに多くの時間を無駄に浪費する羽目になる。

「何かこう、他派閥や商人に顔が広くて、後は穏便に譲るよう交渉できる相手がおればええんやけど」

 そんな都合のいい相手が都合よくいるなら、誰も苦労しないわけで――…

「……ロキ、お前は戻って団員(ロックス)達と合流しろ。適当にまとめとけ」

 ピクッ――と、頭上の耳を動かしてから、ベートが言った。

「おっ、何か思いついたん?」

 もしかして、いい伝手でもあるのだろうか。

 そんな人脈を築くなんて、知らないうちに立派になったなあ――と。

「いいから行け」

 割と真剣に感動するうちを他所に、ベートはどこかに向かって走っていった。

 

 んで、それから。

 

「まぁ、そんなことやろーとは思っとったけど」

 何とか必要なだけの解毒薬が集まり、ダンジョンの方の『後始末』も一山超えたらしいという連絡が届いた頃。

 それなら、そろそろベートを見送ろうかと思っていた矢先のことだった。

「いやー…。はっはっ。いや、俺の眷属(こども)達を助けてくれた事には、本当に感謝してるんだぜ?」

 ……げっそりとした眷属(アスフィ)を引き連れた優男(ヘルメス)がやってきたのは。

 他派閥や商人に顔が広くて、後は穏便に譲るよう交渉できる相手。

 まぁ、確かに大体は当てはまるか。……このツンデレ狼に『穏便な交渉』ができるかはさておき。

「先に言っとくけど、うちも切羽詰まっとるんや。この解毒薬は渡さんで?」

 透き通るほど青い大空を見上げ、そこはかとなく下界の無常さを噛み締めてから呻く。

「いや、それは本当にいいんだ。さっきも言っただろう? 感謝してるんだ」

 ……実際のところ、ヘルメスにうちらを咎める気はなさそうだった。

 と、言っても。この食わせ物がそう簡単に腹の内を探らせるはずもない。

 警戒指数を大幅に上方修正しておく。

「なら、何の用や?」

 そもそも、この優男はメレンの調査に向かったはずだ。

 一日か二日で調べ上げられるような事態だとは思えないが……。

「まずは依頼の結果……いや、結論から言おう。今のメレンには手出しできない」

「はぁ?」

「まず燻っていたギルド……いや、オラリオに対する不満が、最悪の形で噴き出している。ギルド寄りの商会や商船はかなり肩身の狭い思いをしていてね。少なくとも、事態の中枢からはほぼ完全に締め出されている」

「……まぁ、そらしゃーないやろ」

 メレンは名目上は自治権を持った都市だ。

 ――が、その一方でオラリオの海の玄関として、巨額の投資を受けている。

 この辺は色々な連中の思惑が絡み合っていてややこしいのだが……それをオラリオの侵略と取ったのが当主のマードック家だ。

 実際にどれほどの敵意を抱いているかまでは分からないが、ごく大雑把に言えばそういう事になる。

 んで。ニョルズの奴はマードック家側についたわけだ。

 それはつまり、元々港を管理していた漁師たちがマードック家についたという事に他ならない。

 とはいえ、巨額の投資をしたギルドも簡単に引き下がれるものではない。

 色々と言葉を飾ってはいるものの……まぁ、報復として海産物にクソ高い関税をかけたわけだ。

 それで関係が好転する訳もなく、当然のように貿易摩擦が続いていたところに今回の事件だ。

「ま、関税の大幅減額は避けられんやろな」

「ああ。そして、しばらくの間、メレン支部の職員たちは針の筵って奴だろうね」

 肩をすくめると、ヘルメスも苦笑する。

「さらに言えば、さっき言った商会や商船もだ。そして、俺の顔が利くのも、当然ながらギルド寄りのところが多い。流石の俺も、密偵するには時期が悪いと言わざるを得ないな」

「そらそうやろな」

 もはや肩をすくめる気にもならない。

 マードック家に親しいという事は、ニョルズにも近しいという事だ。

 先と同じく大雑把に言うなら、マードック家と懇意にしている商会や商船はニョルズ派という事になる。

 もちろん、実際にはその『ニョルズ派』の中にも色々な思惑が渦巻いているだろうが……。

 いずれにせよ、ヘルメス……オラリオに所属する派閥では、そう簡単にすり寄ることはできない。

 敵の敵は味方――と、暗躍したんだか、本末を転倒させたんだか分らん類のアホが出てくるにしても、それはもう少し先の話だろう。

「しっかし、メレンはそんなにヤバいん?」

 オラリオはオラリオで大騒ぎだったせいで、今もまだ充分な情報が入ってきていない。

 ……いや、入ってきてはいるのだろうが、『深淵』騒ぎに紛れてしまっている。

「被害は極めて深刻です。未だに行方不明者が複数いますから」

 呻いたのはアスフィたんだった。

「あの新種……食人花(ヴィオラス)が暴れた事もありますから、おそらくもう遺体は見つからないでしょう」

 それなりに長い時間を下界で過ごしているが、こういう時どう反応していいのかは未だに迷う。

 もちろん、メレンの子供達と面識などほとんどないのだが……。

「そか……」

 少なからず気分が滅入り、短いため息だけを返す。

「その片棒を担いだとまでは言いませんが……。神ニョルズの保護下から外れるようなことになれば、元支部長の命はないでしょう」

 下手をすれば、近いうちに不慮の事故が起こるかもしれません――と。

 アスフィたんもまた小さくため息を吐いた。

「ま、今回の一件でギルドはメレンでの影響力を大きく失ったってわけさ」

 ただ――と、ヘルメスはいつもの調子で肩をすくめてから続けた。

「ニョルズ達だって、何もオラリオと戦争したいわけじゃない」

「そらまぁ、そうやろな」

 ヘルメスの言葉に頷き――そして、もう一度頷いた。

「なるほど、それでガネーシャの奴とがっちり手を組みよったか」

 そうしておけば、オラリオとメレン間の関係は今も健在だと内外にアピールできる。

 それは、メレンだけではなく、オラリオにとっても有益だった。

 何しろ、あの港町はオラリオの海の玄関。万が一にでも閉鎖されたなら、都市運営にも影響が出る。

 ロイマンでなくとも、頭と胃を抱えているのは想像に難くない。

「そういうことさ。分かりやすく友好の証を示しておく必要がある。形だけでもね」

 ヘルメスは大げさに肩をすくめて見せた。

「これはあくまで俺の所感だが、この一件はニョルズにも泣き所がある」

「まぁ、どうせ密輸にでも手を出しとったんやろな。……案外、支部長もグルやったんかもしれん」

 この辺で一番高値で取引できるものは、やはり魔石か迷宮資源が用いられた物品だ。

 ギルドの協力があれば横流しできるだろうし……だからこそ、支部長を今も庇護下に置いていると見ていい。

 口封じと……何より、ニョルズの罪滅ぼしと言ったところか。

「俺もそう思う。それなら、あの新種がいた理由も自ずと説明がつくからね」

「どっかで『闇派閥(イヴィルス)』に目ぇつけられたわけや。やっぱ悪い事はできんもんやな」

 もっとも、あのニョルズはまず間違いなく善神の類だ。今さらになって邪神に堕ちるとは思えない。

 ギルドに締め上げられ、貧窮しているところを付け込まれた――と。

 おそらくはそんなところだろう。

「いずれにせよ、これで歓楽街に続き、メレンもガネーシャに押さえられたってわけさ」

「ガネーシャいうより、ウラノスのジジィにやろ」

 これが単純に闇派閥(イヴィルス)絡みだったなら、そのうち嫌でも話が回ってくるはずだ。

 だが、もし違うなら――…

「んで、やっぱメレンもアレ絡みか?」

 それくらいは分かったやろ?――と、その問いかけにヘルメスも頷いた。

「ああ。それに関しては、ほぼ間違いない。黒衣に大剣。竜の紋章が施された盾を携えた『冒険者』の姿が多く目撃されているからね」

 驚くほどの事でもないし、驚く必要もない。

 気になることはたった一つだ。

「『メレンの悪夢』を起こしたんはアレか?」

「そうだ……と、俺としてはここで頷きたいところだけど」

 ヘルメスは、大きく肩を落としてから言った。

「どうやら違うようだ。……俺達が集められた情報と真摯に向き合えば、そういう事になる」

「情報?」

「『死の瞳』という魔道具(マジックアイテム)が用いられたようです」

 答えたのは、アスフィたんだった。

「私も寡聞にして知らないのですが、それがメレンを蹂躙した『赤黒い人影』を呼び寄せたのだとか」

「呼び寄せた?」

「詳しくは、分かりません。ただ、【正体不明(イレギュラー)】はそれを『闇霊』と呼んだそうです」

「う~ん……。『霊』言われてもなぁ……」

 死んだ子供達の魂は天界に戻り、浄化され、新たな命として下界に戻ってくる。

 ……まぁ、簡単に言えば、魂とは巡るものだというのが世界の理だ。

 そして、寄る辺を持たぬ魂は、世界に干渉することはできない。

 ……まぁ。逆に言うなら、何かしらの寄る辺があれば話は変わっているわけで。

 彷徨う魂の欠片と言うか……いわゆる『無念』だとか『未練』だとかを精霊……自我が薄く、定まった形を持たない下級精霊が取り込んでしまう事がある。

 つまり、その下級精霊が寄る辺となるわけだ。

 そして、取り込んだモノに影響され何かしらの『騒ぎ』を起こすようになった下級精霊が時に『騒霊』とか『悪霊』とか呼ばれる。

 だが、それは別に死んだ人間が蘇ってきているわけではない。

 あくまで遺っていた『何か』の欠片を精霊が取り込んだだけだ。

 だから、寄る辺となった精霊が持つ力以上のことはできないし、その『何か』を本当の意味で完全に果せるわけでもない。

 気まぐれな精霊の性質(さが)通り、所詮は曖昧なものでしかないのだ。

「流石の俺も、あれを『精霊の悪戯』で済ませる気にはならないな」

 ……まぁ、そこは気まぐれな精霊のこと。

 そう言う騒ぎを絶対に起こさないと断言もできないのだが。

「まぁ、普通に別モンやろ」

 しかし、メレンを襲ったその『闇霊』とやらは、うちらの知る(ルール)からは外れた何かと言う可能性の方がはるかに高い。

 そして、そんな異常事態(イレギュラー)であれば、まず間違いなくアレとは繋がりがあるはずだ。

 はずだが、しかし。

(敵対しとるゆうんはどういうこっちゃ?)

 今一つ、アレにとっての敵味方が分からない。

(アレがその闇霊いうんを呼び寄せたんなら、話は早いっちゃ早いんやけどなぁ……)

 手を組んでいるというなら、話はごく単純だ。

 しかし、アレを嫌っているヘルメスですら――少なくとも今回は――違うと結論付けるしかなかった。

 それに、仮にヘルメスが騙されただけだと仮定したところで、問題は解決しない。

 今度は、何故そんなものをウラノスが庇うのか。その理由が分からなくなる。

 神罰同盟の一件と言い、アレは明らかに都市機能に悪影響を及ぼす存在のはずだ。

(いや、それがそもそもの勘違いなんかな?)

 ただ、フィリア祭のデーモンや、メレンの闇霊。

 何より、今回の『深淵』に関して、アレは一貫してオラリオの味方だった。

 特に『深淵』絡みは、アレがいないとどうにもならないような予感がする。

(イシュタルも神罰同盟も……それに、うちやフレイヤも()()()()っちゃその通りやしな)

 若干ならず結果論だが、アレと敵対した理由はうちらの方から喧嘩を売ったせいだ。

 アレは苛烈な神嫌いだが、だからと言ってそれだけでオラリオを滅ぼすほどには狂っていない。……と、思う。

 少なくとも、今のところは。

 実際に、どうやらニョルズの『悪行』については目を瞑ったっぽいし。

(ゆーことは、やっぱウラノスの深淵対策なんかな?)

 それはそれで、いまひとつしっくりこない。

 

『少なくとも、お前はこれが何だか()()()()()()()()はずだな?』

 

 ――と。アレの言葉を素直に理解するなら、『深淵』の発生は想定外だったはずだ。

 とはいえ。ウラノスが、アレなら『深淵』とやらに対応できると知っていた事もまた真実だろう。

 でなければ、あの状況下で自ら呼び戻すはずがない。

(やっぱあれやな。ピースが足りへんのや)

 重々分かっていたことだが、アレの正体を見定めるうえで重要な情報が足りていない。

 それが嵌まれば、あとは連鎖的に情報が繋がり、状況が見えてくる――と、そんな直感がある。

(問題は、それをどーやって手に入れるかやなぁ)

 あの様子なら、ファイたんも詳しい事情は知らないと考えてよさそうだ。

 知っているとすれば、やはりウラノスかガネーシャだが――…

(どっちが相手でも、力尽くいうのは悪手やな)

 片やギルドの主神。片や憲兵の主神。

 いくらうちが都市最大派閥の主神だといっても、気軽に喧嘩を売っていい相手ではなかった。

 派閥抗争になっても勝てる――とか、そう言う問題ではない。

 勝ったところで、都市機能に極めて深刻な悪影響を及ぼす。

 しかも、結果が白だったなら――あるいは、これといった確証が得られなかったなら最悪だ。

 大義もクソもなくなるどころか、闇派閥(イヴィルス)の仲間と誹られたところで文句も言えやしない。

 仕掛けるなら、何か確固たる証拠を得たうえで、ある程度の根回しを済ませておく必要がある。

 天界で『やんちゃ』してた頃ならともかく、今はそれくらいの分別は身に着けているのだ。

 ……まぁ、そのせいで現状では完全に手詰まり、と。そんな事態に陥っているわけだが。

(あとは、リヴェリアが送った手紙の返事次第かなぁ……?)

 そっちも、正直どこまで当てになるものやら。

 確かにエルフは長命だし、歴史関係の四方山(よもやま)話はしこたま貯め込んでいるとは思うが……。

(歴史、か……)

 リヴェリアが頼ろうとしている相手を――そのエルフが秘匿としている『歴史』を思い出す。

(『魂喰らい(ソウルイーター)』なぁ……)

 下界で初めて『魂喰らい(ソウルイーター)』が確認されたのは、今からおよそ千年前のことだ。

(何て名前やったっけ?)

 旧オラリオを開闢したあの『狂犬』とそのシンパ。

 初めて下界に降り立った神々(うちら)をずいぶんと()()()()()()()()()()連中だ。

魂喰らい(ソウルイーター)なんておとぎ話の中の存在か……)

 神会(デナトゥス)にいた、腑抜けたどこぞの神の言葉を思い出す。

 あの神が腑抜けているのではなく、その話を信じている神――知っている神は少ない。

 それに関してはうちも同じだ。

 当時は色々とあってあんまり下界に注目していなかったせいで、詳しい話までは知らない。

 知らないのだが……。

(あくまで仮説やけど、あの連中もまた『完全なる神殺し』をやってのけたんやないか?)

 勢力争いに敗れ、気づけばオラリオからいなくなっている神は決して珍しくもない。

 ただ、それを考慮しても。

(古参の連中はあんま残っとらん)

 古参――最初期に下界に降りていった最古参の連中で、今オラリオに残っているのはそれこそウラノスくらいのように思える。

 それどころか――…

(ウラノスやゼウスは『魂喰らい(ソウルイーター)』が現れたから、慌てて下界に飛び降りていったんやないか?)

 旧バベルを粉砕し、旧オラリオの痕跡を……いや、あの『狂犬』の痕跡を徹底して抹殺した理由。

 もし連中が『魂喰らい(ソウルイーター)』であり……『完全なる神殺し』であったからではないか。

 それなら、ここまで念入りに情報を抹消した理由も分かるというものだ。

(……どうにも全部の秘密をあのクソジジィどもが握っとる気がするな)

 何かの『秘密』を中心とする繋がり。

 それは、今のアレとウラノスの関係にも似ている。

(こら、ホンマにリヴェリアの返事待ちかもしれんなぁ)

 その辺の情報が他に残っている可能性は他にない。

(まぁ、あの『狂犬』の最後のシンパの『片割れ』いうんがちと不安やけど)

 成長すると同時、いきなり『神殺し』をやらかしたウルベイン・ハースト――いや、カインハーストか。

 その結果、【大罪人(ディス・カイン)】などと呼ばれるようになり、どこかへと姿を消した兄と違い、弟の方はこの千年の間、真面目にこの『神時代』へと溶け込んでいる。

 ……ひとまず、【大賢人(ディア・アベル)】と呼び称される程度には。

「これはもう、アレを『正体不明』なんて呼んでいる場合じゃなさそうだ」

「そうやな」

 あの『狂犬』との繋がりはともかく、アレ以外にも『魂喰らい(ソウルイーター)』が何人かオラリオに存在している。

 放っておけば、何が起こるか分かったものではない。

「アレと同類と言えば……メレンには前の『人斬り』はいなかったんかな?」

「おそらくは。あの『人斬り』なら、まず自分が先頭に立って襲ってくるでしょう」

 だが、メレンでそれらしい目撃例はなかったらしい。

 もちろん、遭遇した全員が殺されている可能性もあるだろうが……。

「もう一人、俺達が今まで全く知らなかった存在がいる」

「何やて?」

「メレンではなくダンジョンでの話ですが。何でも第一次調査隊の生還者は、全員が『イーリアス』とかいう店の薬を服用していたそうです」

「あ~…。そういや、ベートもその薬飲んだんやっけ?」

「ああ。灰野郎は『黒虫の丸薬』とか呼んでいたな」

 足止めをされているせいか、苛立ちの混じった声でベートが頷いた。

「つまり、その薬師(ハーバリスト)もまた『深淵』を知っていて、対処法も理解しているわけだ」

「……だが、あの薬は精々が気休め程度だぞ」

 少なくとも『深淵』絡みについて、現時点ではベートの情報は他の誰より信憑性が高い。

 何しろ、アレと一緒に最深部まで踏み込んでいるのだ。

 とはいえ、気休め程度の薬でも作れるという事も無視はできない。

「今んとこ、狙い目はその薬師(ハーバリスト)やろなぁ」

 他にアレについて何か知っていそうなのは、まずアン・ディールとかいう魔導士。

 けど、こいつはそもそもどこにいるかも定かではない。それに、どうやら一番危険な相手らしい。

 件の『人斬り』と、今回メレンで暴れた馬鹿も同じこと。

 残る二人、カルラとかいう魔導士とソラールとかいう戦士はアレの関係者だ。

 情報収集どころか接触することすら慎重さを求められる。

(いや、そっちはもうフィン達が接触しとるかな)

 今は全員がダンジョンにいて……多分、アレは一八階層の安否確認も請け負っているはずだ。

 一方で、今のところフィン達の『恩恵(ファルナ)』は失われていない。

 なら、少なくとも死んではいない。あとは、できればうまく情報を引き出してくれていたらラッキーといったところか。

「俺も同意見なんだが……」

「流石に、今すぐは無理でしょう」

「あ~…。そらそうやなぁ」

 ヘルメスとアスフィたんの言葉に、うちもため息を吐いた。

 丸薬の製作者とあれば、確実にギルドに呼び出されている。

 ひと段落着いたら、そのまま丸薬の増産体制に移行するのは明白だ。

 その薬師がどういう人物かは分からないが……何のコネもないうちら相手に、そう簡単に時間を割いてくれるかどうか。

(下手すりゃあのジジィに邪魔されるやろしな)

 それに、うちらとしても現状では唯一最後の手がかりだ。

 無理矢理に接触して心証を悪くするのは避けたい。

 情報が手に入らないだけならまだしも、万が一その丸薬まで手に入らなくなったら目も当てられないことになる。

(いや、それ以前の問題やな)

 その丸薬は、これからは需要が一気に高まる。

 それに応じるため、今頃は死に物狂いで増産している事だろう。

 そんな中に、ウラノスの時と同じような気分で乗り込めば、薬師(ハーバリスト)どころかオラリオ中の冒険者から顰蹙を買う羽目にもなりかねない。

(やっぱ真っ当な手順を踏むしかないかなぁ)

 それなりの理由をでっちあげて書簡でも送り、薬師(ハーバリスト)の予定を聞き、都合のよい時間に――と。

 手間はかかるが仕方がない。

(こら、いっそメレンに乗り込んだ方が早いかもしれんなぁ)

 ニョルズなら天界の領土も近いし、昔から少しくらいは付き合いもある。

 まずオラリオからの外出許可だが……これは、交渉相手がロイマンかウラノスだ。

 アレが関与してくる可能性は低い。

 天界からの付き合いがあるニョルズの見舞いを名目にすれば――…

(別にそこまでの付き合いでもないし、流石に少し弱いなぁ)

 それくらいの自覚はあるが……毎回高い税金を払っとるし、多少の強権を振るっても文句は言うまい。

 繰り返すが、神同士のやり取りならアレが介入してくる危険性は低い。

 そして、オラリオから出れたなら、後は何とでもなる。

(ガネーシャにバレんように……少なくともニョルズと一対一(サシ)で向き合えればなぁ)

 それなりの交渉を持ち掛けることも不可能ではない。

(まぁ、()()を読むことに関しては、向こうも得意やろけど)

 だが、腹の探り合いならばうちの方が有利だ。

 ……問題は、ニョルズもそれは理解していることだが。

 しかし、分かっていれば対処できるという訳でもない。疑っている相手を騙せずして、何がトリックスターか。

(騙される方も悪い、なんてしたり顔で言ってるアホどもに限って、ええカモやからなぁ)

 騙される奴が間抜けだ。自分は騙されない。きっちり見抜ける。

 そう声高に叫んでいる奴こそが一番の間抜けだ。

 何しろ、過信と慢心が大盛になっていると、自分から教えてくれているのだから。

(それとも、もいっぺんあのジジイを揺さぶってみるべきか)

 何だかんだ言ったところで、あのジジイの口を割らすのが一番手っ取り早いことに変わりはない。

 というより、あのジジィが情報の隠匿を止めれば話は大分すっきりするはずだが。

(ゆーても、前回から手札はさっぱり増えとらんからなぁ……)

 例の『深淵』とやらは新たな要素だが、交渉を有利に進める材料たりえなかった。

 五九階層にいた『穢れた精霊』については……存在自体はアレから聞いていても驚かない。

(アレに討伐させんかった理由はよく分らんけどな)

 分からないといえば、怪人(クリーチャー)がわざわざ誘い込んだ理由も同じことだが。

(結局のところ、立ち位置がはっきりせんのや)

 敵だとするなら、ウラノスどころかガネーシャまでが肩入れしすぎだ。

 それに、アレはアレでデーモンだの深淵だのに対しては、オラリオの味方のように振舞っている。

 しかし、味方だとするなら、うちらに対していくら何でも敵意をむき出しにしすぎだ。

(もう充分に分かっとったけど、ホンマに『正体不明』なんやなぁ)

 分かっているのは『魂喰らい(ソウルイーター)』だという事だけ。

 どこから来た何者なのか。

 誰の敵で、誰の味方か。

 そんなところから曖昧だった。

(……いや、どこから来たかは分かるかもしれんな)

 あの『狂犬』とそのシンパの生き残り。

魂喰らい(ソウルイーター)』という性質に着目するなら、その可能性が高い。

 だが、それなら何故ウラノスに従っているのか。

 少なくとも、あの『狂犬』達にとっては、まさに怨敵そのもののはずだが……。

「んで。結局、自分はそれを言いに来たんか?」

 どうやっても【正体不明(イレギュラー)】という名の闇の中から抜け出せない。

 嘆息してから、まず目の前の面倒事(ヘルメス)をどうにかすることに決めた。

「もちろん、それもあるが」

 大きく頷いてから、当然のようにヘルメスは面倒なことを言いだす。

「実は、一つお願いがあってね」

 ……内容はまだ分からないが、何であれ面倒なことには変わりあるまい。

 警戒指数をさらに急上昇させてから、呻くように尋ねた。

「言ってみい」

「だからそんなに警戒しないでくれ。ただ、俺を一八階層まで連れて行って欲しいんだ」

「はぁ?」

 いや、まぁ、確かにこれからベートが向かうわけだし。

 ベートとアスフィたんとで二人一組(ツーマンセル)のパーティを組めば、この優男一柱(ひとり)くらいは守り切れるだろうけども。

「……念のため確認するけど、うちらがダンジョンに入るとどうなるか知っとるやろな?」

「もちろん。だから、バレないようにするさ」

 やるなと言われるとやりたくなる性格――と。そう評価したのはディオニュソスだったか。

(いや、あん時から同感やったけど)

 それでも、少しくらいは頭痛を覚えるというものだ。

「よーするに、護衛と口止め料が解毒薬の代金いうことか?」

「そう思ってくれて構わないよ」

 さて、割に合うかどうか。

 その計算を始めてしまった時点で、うちの負けだった。

「いや、報酬なら別に用意しよう」

「何やて?」

「『神殺し』の集団。ロキ、君ならこの言葉に引っかかるものがあるはずだ」

 ベートに聞こえないように、小声でヘルメスが耳打ちした。

「……」

 思考を見透かされたようで、気分が悪い。

(けど、この優男は元々あのゼウスに仕えていた訳やしな)

 千年前の一件について、何かしら知っている可能性もある。

(と、思い込むんは危険か?)

 同盟などと耳触りのいい言葉で言い寄ってくるが……信用できる神などでは決してない。

 もちろん、あの『人斬り』のせいで何人もの眷属(こども)を失ったのは確かだ。

 それについて、まったく何にも思っていないとまでは言わない。

 だが、純粋に『仇討』なんて理由だけで動き回るほどお優しい神だとはとても思えない。

(割を食っているのかもしれない、か……)

 ディオニュソスの言葉を思い出す。

 ヘルメスはオラリオにいる神の中で、アレの排除に最も積極的な神の一柱(ひとり)だ。

 とはいえ、神罰同盟のアホどもと違って、自分の派閥だけではとても手に負えないことも冷静に理解している。

(だから、うちらを当てにする言うんも現実的な話やな)

 だからこそ、だ。

 アレが闇派閥(イヴィルス)残党や『エニュオ』と繋がっているかどうか。

 どうしても敵対しなければならない相手か否かは冷静に考え、判断しなくてはならない。

 もしヘルメスに思考を誘導され、少しでも見誤ったなら。

 たとえそれでも、アレは容赦なく迎撃してくる。

 となれば、うちらも少なくない犠牲を払う羽目になる。

 さらに言うなら――…

(こいつ、あの腐れおっぱいと同じくらいには嫌われとるやろからな)

 このヘルメスは、ファイたん基準に照らせば確実にアウトだ。

 ……この二柱(ふたり)とうちが同列なんは少し面白くないけど、こればかりは流石に自業自得だと認めるしかない。

 いや、それはともかくとして。

(さぁて、どうしたもんかな)

 優先順位として、現時点で最優先は治療薬の確保だ。

 感謝しているなどと殊勝なことを言っているが、それを素直に信じていい相手ではない。

 ここで突っ撥ねたところで、薬を返せとは言わないだろう。

 だが、あとで必ず対価を回収しにくる。それも、何倍にも利子をつけて。

 それを思えば、ここで頷いておいた方が安く上がる。

(けど、ダンジョンなぁ……)

 神々がダンジョンに入ると……正確には、それがバレるとロクでもないことが起こる。

 つまり、例えダンジョンにバレずとも、ギルドにバレれはただでは済まない。

 加えて言えば、アレは今、一八階層までのどこかにいる。

(連帯責任を負わされなけりゃええか)

 あくまでヘルメスの独断。

 その体裁を整えておく必要があるだろう。

 一番の問題は、アレとの遭遇だが――…

(それは今さらっちゃ今さらやしな)

 アレと遭遇した時点で自分の命に関わるなど、ヘルメスとて理解しているはずだ。

 そこまでうちらに責任を押し付けられても困る。

(んで。こいつはひょっとしたら、千年前の一件について何や知っとるかもしれん)

 もちろん、どこまで当てにできるかは分からない。

 どちらかと言えば、そのうちリヴェリアに届く――はずの――情報と照らし合わせるための叩き台程度に考えておいた方が良い。

 ただ、それでも。今の状況なら、ないよりはマシだ。

 そして、何より――…

「あんな、ヘルメス。うちもこれで大派閥の主神やねん」

 提供された情報次第で、ヘルメスがどの程度信用できるかも測れる。

 何しろ、食わせ物揃いの神の中でも、こいつは飛び切りの部類だ。

 どういう場所にどの程度のブラフをぶち込んでくるか。

 早いうちにそれを把握しておきたい。 

「だから、自分が規則を破ってダンジョンに行く言うなら止めるしかない」

 その辺りで、アスフィたんがため息を吐いた。

 ……流石のうちも、少しばかり罪悪感が疼くけど、ここはぐっと飲み込んでおくとして。

「でもまぁ、もし自分が規則を破ってダンジョンに入ったとして、それでも流石に見殺しにもできへん。そうやろ、ベート?」

 つまり、勝手についてくなら止めはしない。

「分かったよ、ロキ。君の言葉に従おう」

 羽根つき帽子を押し下げ表情(わらいがお)を隠したまま、ヘルメスがため息を吐き――…

「クソッたれどもが」

「同感です」

 忌々しそうに舌打ちするベートに、アスフィたんもまた深々と頷くのだった。

 

 

 

「さぁて! 何か色々あったせいで遅くなったけど、ボク達も大切な話をしようじゃないか!」

 借りている天幕に戻ると、神様が胸を張って言った。

「……他に何かありましたっけ?」

 その色々があったせいで、かなり混乱しています――と。

 ぐったりした様子でリリが呻く。

「できれば、早めに休みたいのですが……」

 ちなみに。人数が予定の倍以上になってしまったので、全員が天幕の中で寝るのは難しくなった。

 神様もいるので、男性陣は外で見張りも兼ねて寝ることで話はまとまっている。

 桜花さんたちは、そのための準備をするために――それと、多分気を使ってくれて――今は天幕にいない。

「そんなの決まってるだろう! まずは!」

 アンジェさんを指さして、神様が言った。

「アレを出してくれたまえ!」

「こちらに」

 跪き、両手を掲げる。

 その掌に、細長い何かを包んだ白い布が現れる。

 多分、武器……大きさからして、剣かな。

 それを、神様が意外と慣れた様子で持ち上げる。

 ちょっと驚いてから思い出した。

 そう言えば、今は何故かヘファイストス様のお店でもアルバイトしているんだった。

 理由は今も頑なに話してくれないけど。

「ヘスティア様、それは……」

 首を傾げていると、ヴェルフが目を剥いた。

「うん、ヘファイストスから預かってきたんだよ。君に渡してくれってね」

「俺に、ですか……」

「あと、伝言もある。ええと……『意地と仲間を天秤にかけるのは止めなさい』だったかな」

 その白い布を、ヴェルフは何か苦悩するかのように険しい顔で握りしめる。

「ヴェルフ?」

「……いや、何でもない。気にしないでくれ」

 とてもそうは見えないけど……。

「そしてもちろん! ボクの【ファミリア】待望の新・(だん)(いん)! 二人目? 三人目? とにかくそんな感じのアンジェ君だ!」

 いやっほー!――と。何だか凄く興奮した様子で神様が歓声を上げる。

 アンジェさんは強いし、これで少しは神様にも楽をさせてあげられるかも。

「……えっと、もっと楽にしてくれていいんだぜ?」

「我が神の御前なれば」

 一方、アンジェさんは跪き首を垂れたまま微動だにしない。

「あ~…、うん! まだ、入ったばかりだからね! これから歓迎会とか懇親会とかしてゆっくり打ち解けていけばいいさ!」

「そうですね!」

 僕だって、神様と出会ったばかりの頃は緊張しっぱなしだったし。

「…………」

 ……アンジェさんの場合は、緊張とはちょっと違う気がしてならないけど。

 本物の騎士像のような不動さに、変な汗が背筋を伝った。

「ええと……。アンジェ君、何かこう、話とか……」

 流石の神様も多少、怯んだらしい。

 少しだけ笑顔を引きつらせながら声をかけると――

「では、僭越ながら」

 あくまで姿勢は崩さないまま、アンジェさんが言った。

「まだ確証を得たとは言えません。ですが、あの男。クオンという巡礼者が何者なのか。それについて、一つ思い至ったことがございます」

 何だかとんでもない爆弾の予感……!

 その予感に震えながら、僕達はお互いの顔を見合わせる。

「え、ええと……。うん、それなら気楽に話してみてくれたまえ!」

 空元気を絞り出して、神様が言う。

 どうか。どうかアンジェさんと出会った時のようなとんでもない話が出てきませんように……!

「あの男は、『深淵の主』を殺したことで深淵を歩けるようになったと言っておりました」

「うん、そうだね」

 それは、フィンさん達が言っていたように、多分冒険者(ぼくたち)にとっての『耐異常(発展アビリティ)』みたいなものなんだろう。

 もちろん、クオンさんの力の源について、詳しいことは僕もよく知らないけど……でも、そんなにおかしな話ではないように思う。

「その前に、公王とも」

「ええ、言ってましたね。階層主を『迷宮の孤王(モンスターレックス)』と呼ぶようなものでしょうか……」

 コクンと、神様に続いてリリも頷いた。

「いえ、おそらくあれは言葉の通り、小ロンドの公王のことかと」

「小ロンドの公王?」

 というか、小ロンドって確か……。

「確かその国は『深淵』によって滅んだって言ったな」

「はい。その小ロンドで深淵を統べていたのが、公王たちなのです」

「ってことは、その公王ってのはリリスケの言うようにモンスターの別名じゃなくて、元々は人間だったのか?」

「それについては、意見が分かれるかと」

 ヴェルフの言葉に、アンジェさんはわずかに首を横に振った。

「人間であったか。あるいは、その祖たる小人であったか」

「小人が人間の祖先……?」

 小人族(パルゥム)のリリが、不思議そうな顔で首を傾げる。

「いずれかは分かりかねます。ですが、その者たちが『太陽の光の王』より己の力の一部、つまり『王のソウル』の一部を下賜された存在であったことに変わりありません」

 その小さな声は聞こえなかったのか。

 だからこそ、彼らは公王と名乗ることを許されたのです――と、アンジェさんは続けた。

「あの、『王のソウル』って確か……」

 その言葉にも、聞き覚えがあった。

「『火継ぎの王』の……『最初の火継ぎ』の『英雄』が集めたものですよね?」

「その通りです、我が主」

 そ、その呼び方はちょっと慣れないというか落ち着かないというか……。

「そして、もう一つ。あの男の傍にソラールという戦士がいたのを覚えておられますか?」

「クオンさんの友達ですよね」

「あのソラール君がどうかしたのかい?」

 神様と顔を見合わせてから、問いかける。

「はい。あの男のサーコートに描かれていた聖印(ホーリーシンボル)。あれは、かつて存在した、とある騎士の象徴として知られているものです」

「騎士の象徴ですか?」

 リリが首を傾げてから、

「はい。【太陽の騎士】。そう呼ばれた一人の【太陽の戦士】です」

「はぁ……」

「これはあくまで風説ですが、その騎士こそが『太陽の光の長子』本人。世を忍ぶ仮の姿だったという者もいます」

「いや、悪い。話がいまいち見えてこないんだが……」

 ヴェルフの言葉に、みんなが頷く。

「申し訳ございません。ですが、何故そのような風説が語られるようになったのか。最後にその説明をさせてください」

 それを聞けば、分かるという事なのだろうか。

「その騎士は我が主のおっしゃった『英雄』と共にあったから。正確にはその『英雄』と共に『玉座』に至ったと伝わるからです」

「え……?」

 確かに、話が一気に繋がった感触があった。

 改めて、みんなと顔を突き合わせる。

「ええと……。『火継ぎの王』は、『王のソウル』を集めていたんですよね」

「うん。そして、『深淵』って奴のせいで滅んだ小ロンドって国にもそれはあった」

 リリの言葉に、神様が頷く。

「それで、ソラールさんはクオンさんの友達……」

 クオンさんと一緒に旅をした。ソラールさんは確かにそう言っていた。

「小ロンドの公王ってのが本当に『深淵の主』だったなら、そいつを殺した奴こそがあの【正体不明(イレギュラー)】ってわけだ」

 今までの話が全部繋がってるとするならな――と、ヴェルフが呟く。

「はい。あの男の深淵狩りが『王のソウル』収集の一環だったとするならば。そして、あのソラールという戦士が、伝説に語られる【太陽の騎士】だとするなら」

 最後に、アンジェさんは結論した。

「クオンという男こそが、不死人最初の【薪の王】。かつて世界から『不死の呪い』を一掃した英雄の一人ということになるかと」

「な、ん……?!」

 クオンさんが、『火継ぎの王』本人……!?

 そう言えば、その王の名前はクロウ。似ていると言えば、似ているような気もするけど……。

「ですが、仮にそうだとするなら、いくつか疑問が残ります」

「そうなのかい?」

「はい。もしあの男が真実【薪の王】だとするなら、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()のです」

「え? どうしてだい?」

 いや、何か多分凄く大昔の話みたいだから、生きているのは不思議と言えば不思議なんだけど……。

「『火継ぎの儀』とは、消えかけた『最初の火』の薪となること。再び『最初の火』を燃え上がらせることだけが、『不死の呪い』を退ける唯一の方法なのですから」

 その『王』が燃え尽きるまでの間のみ、人は安寧を得ることができる。

 アンジェさんはあっさりとそう言った。

「それは、つまり……」

「人身御供。完全に生贄って奴だな」

 リリとヴェルフが顔をしかめる。

 それは、英雄譚と呼ぶにはあまりに救いがない。その道のりが過酷であればあるほどに。

 いや、確かに英雄の死をもって終わる英雄譚が他にないわけじゃないけど……。

「ですから、あの男が【薪の王】だとするなら、ただそれだけで矛盾が起こります。彼が火継ぎを行ったのは、私が生まれる遥か前。そして、その間にも何度か他の【薪の王】が火を継いだと言われています」

 つまり、あの男が最初の【薪の王】だとするなら、とうの昔に燃え尽きているはず。

 万が一に燃え残っていたとして、生者の姿そのままで平然と存在しているはずがない。

 アンジェさんはそう言った。

「……もちろん、『火継ぎの儀』に関して私の知らない何かがあるのかもしれませんが」

 なら、きっと、これはアンジェさんの思い違いというか……。

「そうか……。もしかして、だから、あんなに……」

 顔を蒼白にして、神様が何かを呟いた。

「神様?」

「ほぁ!? な、何だいベル君?」

「か、顔色が悪いですよ?」

「そ、そんなことないさ! ボクは元気一杯だよ!!」

 それは、鈍い僕から見ても空元気だと分かる。

 アンジェさんの話を聞いた時よりも、ずっと動揺しているように感じられた。

「さぁ、今日はもう寝ようぜ、ベル君! 明日は噂の街に行くんだろう?」

「神様……」

「心配なら、一緒に寝てくれてもいいんだぜ?」

「ええと……」

 どこまでが本気なのか掴み切れず、曖昧に呻く。

「あ、そうそう。改めて言うけど、アンジェ君達に関係することは全部他言無用だぜ?」

 そんな僕を他所に、神様は一転して真剣な様子で念を押した。

「それは、まぁ……」

「言われるまでもないんですが……」

 神様の言葉に、リリとヴェルフが呻きながらもしっかりと頷く。

 もちろん、僕も頷いていた。

「そもそも、何を話せばいいんだって気もするしな」

「ええ。ですが、あの様子なら、そのまま一泊していくつもりだと思いますし、何でしたら明日にでも直接クオン様に聞くこともできるのでは?」

「それは、そうだろうけど……」

 クオンさんは、話してくれるだろうか。

 それに……その話は、果たして聞いていいものなんだろうか。

(何だか、とんでもないことを知っちゃいそうだ……)

 思わず息をのむほど綺麗な一八階層の『星空』も、胸を焦がす小さな不安を消し去ってはくれなかった。

 

 ……のだけど。

 

 一八階層の一夜が明けてからしばらく。

「この先が『リヴェラの街』だよ、アルゴノゥト君!」

 約束通り、僕達は一八階層にある『街』へ案内してもらっていた。

「ずいぶんと打ち解けられたようですね、ベル様」

 半眼で睨んでくるリリ。

「ボク達を放って、昨日の夜から一体何してたんだい?」

 野営地からここまで、結構な距離を歩き、最後に待ち構えていたのは急な坂道。

 お陰ですっかり息も絶え絶えになっていたはずの神様まで、謎の威圧感を放ちながら僕を睨んでいる。

「え、英雄譚の話をしてただけですって!」

 本当にやましいことは何もない。まして、アンジェさん達の事なんて少しだって話していない。

 ただ、朝食を済ませてから野営地を出るまでの間、ティオナさんと、アイズさんの三人で色々な『英雄譚』について色々と話しこんでいたのは神様の言う通りだった。

 アイズさんはもちろん、ティオナさんは凄く詳しくて、気づけばすっかり盛り上がっていて……おかげで、うん。ちょっと己惚れるなら、打ち解けられたと思う。

 お陰で、昨日よりは緊張しない。……素肌が触れない限りは。

 それに、アンジェさんの話を聞いてからのもやもやも忘れられられている。

(アルバートとアリアの子どもか……)

 改めて、昨日投げかけられた奇妙な質問を思い返す。

 迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)に名高い大英雄アルバートに子どもがいたらしいという話は聞いたことがあるし、その母親がアリアだとしても不思議ではない。

 

 ――アリアが精霊でなければ、だけど。

 

 彼の生涯に寄り添った()()()。それこそがアリアと呼ばれる女性だ。

 残念ながら、神と人の間に子どもはできない。神の力の一部である精霊ともまた同じことだ。

 ただ、つい最近例外があるという事を知った。

 遠い昔、精霊を助け、その血を分け与えられたクロッゾの末裔。

 今もその血を受け継ぐヴェルフがいる。

(英雄譚の中に記述はないはずだけど……)

 一晩考えても、やっぱり結論は変わらない。

 少なくとも、僕はそういう記述を読んだことがなかった。

 ただ、アルバートの子どもにアリアが血を分け与えていたとしても、不思議ではないとも思う。

 ……まぁ、あくまで僕の想像でしかないわけだけど。

(でも、何で急にそんなことを訊かれたんだろう?)

 先にヴェルフが連れていかれた事といい、ティオナさんたちは精霊の『子ども』が存在するかどうかを探っていたんだと思う。

 休息(レスト)中の余暇を潰すため……にしては、ずいぶんと真剣だったような気がするけど……。

「到着! ほらほら、アルゴノゥト君も早く早く!」

 と、そこで。坂の上から、ティオナさんが呼ぶ。

 見上げれば、急な坂道も本当にもう少しだった。

(まぁ、あんまり探るのは良くないよね)

 お互いに他派閥同士なのだ。

 事情を詮索するのはご法度だって、エイナさんからも教わっている。

 それに、例えばアンジェさんについて探られたら僕達も凄く困るわけだし。

「さ、さぁ、行きましょう神様!」

 他派閥同士と言えば、アイズさん達と話し込んでいる間、神様たちをほったらかしにしていた。

 ひょっとしたら、それで神様は怒っているのかも。

「わぁ……!」

「おぉ……!」

 ともあれ、神様の背中を押して坂道を登りきり――思わず、息をのんでいた。

 出迎えてくれたのは木製のゲート門。

 そこには共通語(コイネー)で『ようこそ同業者、リヴィラの街へ!』と書かれている。

(大きな天幕が立ち並ぶ野営地なのかなって思ってたけど……)

 漠然と思い描いていた想像よりずっと凄い――本当に『街』がそこにあった。

「見惚れるのはいいけど、気をつけなさいよ。ここは冒険者の街なんだから」

 見惚れていると、ティオネさんが忠告を口にした。

 確かに門の向こう側にいる誰もが完全武装で出歩いている。

 当然と言えばそれまでだけど……オラリオの『冒険者通り』よりももっと物々しい。

 ただ、ティオネさんが言いたいのはそう言う事ではなさそうだった。

「そう言えば、ずいぶんとぼったくられると聞いたが……」

「ええ。だから、私達もわざわざキャンプしてるわけ」

「あたし達が全員で泊まろうと思ったら、値段が凄いことになるよね、絶対」

 桜花さんの言葉に、ティオネさんが肩をすくめ、ティオナさんまでが苦笑した。

「確かに、これはヤバいな……」

 門をくぐってすぐ。口元をひきつらせたヴェルフが近くのお店を指さす。

 どうやら、薬舗らしいけど……。

「うぇあ?!」

 提示された値段を見て、変な声が零れた。

 最安値のポーションが一本三〇〇〇ヴァリス。『青の薬舗』で一番安いポーションと比較して六倍のお値段だった。

「い、いや、でも。ほら、上級冒険者向けの良い物だろうし……」

「ごく普通に地上で売ってる安物のポーションよ」

 希望的観測は、ティオネさんの一言であっさりと粉々になって儚く散る。

「だから油断するなって言ってるでしょ?」

「なるほど……。『砂漠の水』とはこういうことか」

 ティオネさんの呆れ声と桜花さんの呻き声に、僕達は揃って唾を飲み込むのだった。

「で、でも、クオン君達はここに泊まってるんだろ?」

「あ~…。まぁ、あいつらはそうは言っても一〇人もいないですから、まだ何とか……。よっぽどの命知らずでもいない限りは」

 流石に問いかけたのが神様だったからか、ティオネさんが応じてくれた。

 ……まぁ、それでも少し嫌そうな顔をしていたけど。

(クオンさんか……)

 忘れたふりをしていた、アンジェさんの話を思い出す。

 もはや忘れられた英雄譚『火継ぎの王』。

 クオンさんはその主人公かもしれない。そして、アンジェさんと同じ『呪い』を宿しているかも。

(会ったら、どうすればいいんだろう?)

 凄く気になる。凄く気になるけど……果たして、それは聞いていい事なのか。

「じゃあな、ボールス」

「おう、今度はしっかり金を落としてけよ」

「シャクティがいなければな」

 そんなことを考えていると、少し前の店から見慣れた姿が出てきた。

 不意打ちだったとはとても言えないけど……心構えができていたかと言われれば、できていなかった。

 だからこそ。

 色んな疑問とか、もやもやしたものが一斉に燃え上がり、葛藤をあっさり焼き尽くした。

「クオンさああぁああああぁぁあああああぁああああぁああんっっ!!」

「ベル?」

「クオンさんが『火継ぎの王』の英雄って本当――…」

 ほとんど飛びつくようにして、そう叫び――…

「せい!」

「ばうっっ?!」

 …――かけた瞬間、鼻先に手刀が炸裂した。

「いたたたたたたたたたたっ?!」

 そして、いつも神様がされているような感じで関節が決められる。

 っていうか、これ結構本気で痛いんですけど!?

「はははっ。往来で叫ぶのは愛の告白だけにした方が良いぞ、ベル」

 そして、一体どこで聞いたんですかその話!

「愛の告白だってぇ?!」

「ベル様、その話詳しくお聞かせください!!」

「ぎゃー!? 神様、リリ、引っ張らないでえええええっっ!?」

 千切れる! 腕とか肩とか千切れるから!?

 痛みに錯乱する視界では誰の腕だか分からないけど、とにかく神様を真似てそれを叩き続けるのだった。

 

 それからしばらくして。

 

「で、朝っぱらから何でおかしなことを言いだしてるんだ?」

 ようやく解放され、地面に崩れ落ちる僕にクオンさんが改めて問いかけてきた。

「まさか、何か適当に拾って食ったんじゃないだろうな。ここだって食べれる植物ばかりじゃないぞ」

「そ、そういうわけじゃ……」

「特にキノコはここでも変わらず上級者向けだぞ。食べられないどころか、食べられかねない奴もいるし」

「どんなキノコですか?!」

 クオンさんの言葉に、がばっと地面から体を引きはがす。

「え、いるよ?」

「うん、いる」

 と、当然のようにティオナさんとアイズさんまでが頷いた。

「ええ?!」

「『ダーク・ファンガス』ってモンスターね。見た目は歩く毒キノコなのよ」

「あ、モンスターなんですね」

 変な話だけど、ティオネさんの言葉にちょっと安心していた。

 モンスターなら、僕の方が食べられかけるのも分かる……いや、分かりたくないけど。

「ああ。あのキノコを見た時は流石に焦った。また拳でぶち抜かれるかと……」

 そして、何故だか深刻に陰鬱な顔をして呻くクオンさん。

「キノコにどういうトラウマを持っているんだ、お前は?」

 その隣で呆れたようにため息を吐いているのは、藍色の髪をした綺麗な女の人。

 大派閥【ガネーシャ・ファミリア】の団長を務めるシャクティさんだ。

「ところで、何であんたたち二人だけなの?」

「他の者達は各々好きに街を見回っている。私達は仕事中だ」

「何で俺を巻き込むかな……」

 気怠そうに首を傾げながら、クオンさんがぼやいた。

「お前が免罪されたのだと証明するには、これが一番手っ取り早い」

「……ま、あんたが傍にいりゃ納得もするでしょうけど」

 ティオネさんが、そこで少し首を傾げた。

「でも、ついに篭絡されたって話になるだけじゃないの?」

「それに関しては、何度でも全力で否定させてもらう」

 どこまでも真剣に、シャクティさんが言いきった。

「お前達、俺を一体何だと……」

 そのうめき声を、ティオネさんはあっさりと無視した。

「それは頑張ってとしか言いようがないけど……。ずいぶんとのんびりしてるわね?」

地上(うえ)から連絡があってな。掃討戦は概ね終わったらしい」

 ティオネさんの問いかけに、舌打ちしていたクオンさんが応じる。

「これから、最後の仕上げとして、一八階層への追い込みを始めるらしい」

 続けて、シャクティさんも頷いた。

「そうなの? じゃあ、あんた達は――」

「ああ。最後の壁役だな。お前たちが構築した監視所を使わせてもらう。フィンにも許可を取ったからな」

 手勢を借りるのは少々難しそうだが……と、呟いてからシャクティさんが苦笑する。

「それ以前に、追い込みを行うのが【フレイヤ・ファミリア】だ。私達に出番があるかがまず怪しいな」

「何か、それはそれでちょっと面白くないわね……」

 今の状態で巻き込まれても面倒だけど――と、ティオネさんが眉をひそめて複雑そうな表情を浮かべた。

 やっぱり、競合相手(ライバル)同士なんだなぁと、感慨にも似た思いを抱いていると――…

「なに、次は期待しているとも」

「……まぁ、昨日の話だと本当にありそうね。次が」

 軽い口調で続けられたそのやり取りに、口端が引きつる。

 アルミラージ『変異種』――いや、『深淵種』か。

 魔石を砕いても復活してくるようなとんでもない相手と、また遭遇するかもしれないのだ。

「もっとも、まだ第一次調査隊が全員『帰還』したかははっきりしないが……」

「あれじゃ身元を確かめるのも難しいでしょうね」

 フィンさん達の話からして、その冒険者たちは僕達が出会ったアルミラージと大体同じ姿に変容している。

 あれではもう顔だって分からない。

「ひょっとして、次ってそういうこと?」

 必要なのは分かるけど、さすがに気分が悪いわね――と、ティオネさんが呻く。

「いや、ひとまずは『深淵』跡地の経過観察だ。お前達が一枚噛まされるのは、まず間違いない」

「どうして?」

 首を傾げるティオナさんにクオンさんが肩をすくめて見せた。

「お前達のところの狼男が一人、第二次調査隊に加わっていたらしいからな」

「あ、そっか。ベート!」

「名前は知らないが……何であれ、事情を知ってる奴がいた方が話が早いし、少しは安全だ。彼は最深部にまで踏み込んでいるし……それに、狼なら鼻も効くだろうからな」

「確かにねー!」

 冗談交じりの言葉に、ティオナさんが笑った。

「っていうか、あいつがちっとも戻ってこないのはそのせいかしら?」

「いや……。おそらく、特効薬が集まらないのだろう」

 先に薬だけでも届けに来いっての――と、小さく毒づくティオネさんにシャクティさんが言った。

「【ディアンケヒト・ファミリア】をはじめ、複数の治療院や薬舗で件の異形……運び込まれた冒険者達が暴れている」

「ミアハのところでも暴れたんだよね」

 と、続けて神様までが呻く。

「ええ?! ミアハ様たちは大丈夫なんですか!?」

 人が変化した方が、より強力になる。

 リヴェリアさんの言葉を思い出し、思わず叫んでいた。

「うん、ふたりともちょっとだけ怪我してたけどね。通りかかった誰かがやっつけてくれたんだって」

「良かったぁ……」

 いや、決して良くはないんだけど。

 名前も知らない冒険者が一人、そこで命を落としているんだから。

「それに加え、ギルドが街中の治療師(ヒーラー)をかき集めたからな。調薬作業が滞っている可能性は高い」

「あー…。じゃあ、アミッドも?」

「当然だ。今のオラリオに彼女以上の治療師(ヒーラー)はいない」

「こりゃ、本当にそのせいかもね」

「ああ。念のため、フィンとリヴェリアには昨夜のうちに伝えておいた。『壁』についての話と合わせてな」

「なるほど、どうりでリヴェリアが頭を抱えてたわけね」

 もうしばらく、魔導師や治療師(ヒーラー)は休めそうにないわねー…と、ティオネさんが肩をすくめる。

「そういうことだ。だが、運が良ければ【フレイヤ・ファミリア】に貸しが作れるかもしれんぞ」

「どう考えても望み薄でしょ。向こうだって、私達に借りを作るのは嫌だろうし」

 肩をすくめるティオネさんに、シャクティさんが小さく笑って頷いた。

「っていうか、こっちは消耗しているし、私達の方が貸しを押し付けられかねないわよ。帰り道の掃除をしてやったって」

「かもしれんな」

 つかの間、微笑を苦笑に変えてから、シャクティさんが表情を改める。 

「だが、何であれ油断はするなよ。『中層』とはいえ、ダンジョンは広いからな。いくら【フレイヤ・ファミリア】とて本当に討ち漏らしが出ないとは限らん」

「それこそ、言われるまでもないわ」

「うんうん。遠征は本拠地(ホーム)に帰るまでってロキも言ってたしね!」

 ティオネさんとティオナさんの言葉に、思わず頷いていた。

 これから地上に戻る僕達も、決して他人事ではないのだ。

 いくらアイズさん達について行くとはいえ、完全におんぶにだっことはいかない。

 ……それに、個人的にもそんな真似はしたくなかった。

(やっぱり武器がいる。それにアイテムも)

 手持ちの武器は≪神様のナイフ≫と、クオンさんから借りている普通のショートソードだけ。

 僕がナイフを使い、ヴェルフにショートソードを使ってもらえば最低限の体裁を整えられはする。

 でも、それで『中層』突破はかなり無謀だ。何より、それではリリが丸腰になってしまう。

 防具は兎鎧の右肩の装甲が欠損しているくらいか。

 サラマンダー・ウールは何とか無事だ。

 とはいえ、所々が裂けてしまっているので、その分だけ不安もある。

 アイテムに至っては一つも残っていない。

 でも、果たして買えるんだろうか。

 極限の決死行を切り抜けてきた僕達は、魔石すらもほとんど未回収なままなのに……。

「ところでアルゴノゥト君。さっき言いかけてたのって何の話なの?」

「え? ええと……」

 ティオナさんなら、多分『火継ぎの王』の物語も知っていると思う。

 だから、説明するだけならそこまで難しくはないけど……。

(これは、多分、ティオナさんにも教えられない話だ)

 少なくとも、アンジェさんに関しては神様に口止めされている。

 それに、多分クオンさん自身が知られたくないんだと思う。

 何故ティオナさんたち……【ロキ・ファミリア】に知られたくないのかまでは分からないけど。

「いつまでも店の前で話し込んでんじゃねぇ。商売の邪魔だ」

「あ、す、すみません!」

 店の中から顔をのぞかせた強面の男の人に、思わず頭を下げる。

「しかも、また【ロキ・ファミリア】かよ。ったく、いつも余計な騒ぎ起こしやがって」

「はぁ? この前の事なら助けてあげたんじゃない」

 ティオネさんに睨まれ、それでもその人は豪胆にも舌打ちした。

 やっぱり、この人も上級冒険者なんだろうか。

 ……いや、『中層』にいるんだからもちろんそうだろうけど。

「つうか、てめぇら。見ねえ顔だな?」

「ああ、この少年が噂の【リトル・ルーキー】だ」

 隻眼でじろりと睨まれ、思わず委縮していると、代わりにクオンさんが言った。

世界最速兎(レコードホルダー)のか?」

「そういや霞がそんなようなこと言ってたな……。まぁ、折角だ。サインでも貰っておいたらどうだ?」

「今さらLv.2のサイン貰ってどうしろってんだ?!」

「案外売れるかもしれないぞ。時の人って奴だし」

「……」

「おい、考え込むな」

 顎に手を当て思案顔をするその冒険者に、頭痛でも堪えるような顔でシャクティさんが呻いた。

「ええと、師匠。その人は?」

「俺か? 俺様はボールス。泣く子も黙るリヴィラの――」

「この街の町長さんだ」

「おいぃいいぃっっ!?」

 きっぱりと言い切ったクオンさんに、ボールスさんが絶叫してから、

「何だよ?」

「何で何だよとか言えるんだ、てめぇは?!」

 不思議そうな顔をするクオンさんに、そのまま食って掛かる。

「人の事を『あっとほーむ』な感じに紹介するんじゃねぇ!!」

「いいじゃないか。親しみを感じて」

ならず者街(ローグタウン)の大頭が親しみ感じさせてどうするってんだ?!」

「そう、それだよ」

 ぴっ、とクオンさんが人差し指を立てた。

「この前、あの美人絡みの事件で聞いた時から考えてたんだが、ここって本当にならず者街なのか?」

「ああん?」

「見ろ」

 ボールスさんのみならず、ティオナさん達までが怪訝そうな顔をする。

 そんな中でクオンさんは立てた指で、近くの細い路地を示した。

「綺麗なものだろう?」

「そ、そうですか……?」

 お酒らしき空き瓶とか、何かの食べ残しとか、紙くずとか、何か色々ゴミが落ちてるんですが……。

「本当のならず者街ってのは、ああいう路地には身ぐるみはがされた死体の一つや二つ転がってるもんだぞ」

「ええっ?!」

「ついでに言うと、身ぐるみはがした奴が、別の路地でやっぱり身ぐるみはがされた死体になってたり……何だったらそいつを殺した奴とばったり出くわして襲われたりもする」

「いや、待て……!」

「さらに言うなら宿。宿代は確かに高いが、寝てる間に荷物を抜き取られたり、命ごと奪われたりすることもない。もちろん、寝込みを襲われたこともな」

 この辺は俺が男だってこともあるだろうが。

 そんなことを言うクオンさんに、ティオネさん達が頷いた。

「あ~…。言われてみれば確かに。その辺は案外しっかりしてるわね」

「うん。オラリオに来る前に寄った街とか、その辺はもっと酷いところがあったもんねー…」

「ティオナさん達もオラリオの外から来られた方なんですね」

「そうだよー」

「ただ、その辺はあんまりいい思い出じゃないから詳しく聞かないでね。とりあえず全員物理的に返り討ちにしといたけど」

「あ、すみません」

 それはそうか。

 いくら強いって言っても女の人だし、思い出したくないのは当然だった。

「今さらてめぇら襲う命知らずがいるわけが……いや、そうじゃねえ! おいこら【怒蛇(ヨルムガンド)】に【大切断(アマゾン)】! てめぇらまで納得するんじゃねえ?!」

「まして、口が悪けりゃ人相も悪いし、柄も悪いけりゃとことんまで意地汚い荒くれどもが――」

「ひ、否定はできねえが、てめぇもちったあ容赦ってもんをだな――!?」

「――荒くれどもがこれだけ集まってるってのに、()()()()()滅多に死人は出ないらしい」

 ボールスさんの叫びを綺麗さっぱり聞き流して――あと、何だか微妙に不安を煽ることを言ってから、

「そんな街を『ならず者街』と呼んでいいものかと。暇を見つけては考えているんだが……」

 どう思う?――と、そう訊かれて……主にシャクティさんが頭を抱えた。

 ええと、僕も黙秘させてもらいます。

「まぁ、とにかく。その辺はみんな、この町長さんの努力の成果なんじゃないかと――」

「だから町長さんと呼ぶんじゃねえええぇええええっっ!!」

 どこか悲壮さすら宿すボールスさんの叫びに紛れて、ヴェルフ達が囁き合う。

「何というか……惨いな」

「むしろ、流石だと思います」

「今日も絶好調みたいだねー…」

「なるほど、本領発揮というやつか」

「【正体不明(イレギュラー)】おそるべし……!」

「そうなのかなぁ……?」

 何だか、桜花さんたちとも打ち解けてきたみたいだ。

 理由はともかくとして……うん、良い事には違いない。きっと、多分。

「ちょっと……。ひょっとして、あいつっていつもは本気であんな感じなわけ? 動く奴はとりあえず撫で斬りにする系じゃなくて」

「軽口を叩くのはいつもの事だろう? 【猛者(おうじゃ)】を相手にしている時でも変わらん」

「ええと……。あの、はい。割とあんな感じです」

 ため息交じりのシャクティさん。僕も苦笑を浮かべるしかない。

「ええー…?」

 一方でティオナさんは心から疑わしそうな顔をしている。

 そんな顔をされても、僕も困るんですが……。

 ……まぁ、今日は特に饒舌な気もするけど。

「ええと……。つまり、ボールスさんって凄い人なんですね?」

 いや、それは当たり前か。

 ここにいる以上は、リヴィラの街にいる人達のほとんどがLv.2以上。

 その街を束ねているなら、この人は第三等級冒険者なのかもしれない。

「まぁ、この街の荒くれどもをまとめ上げ、それなりの秩序を保ち続けているんだから、凄い奴なのは確かだろうよ」

 あっさりと頷くクオンさんに、ボールスさんが大きく目を見開いた。

「て、てめぇ、今度は何企んでやがる……?」

「褒めてるだけだろ。遠慮せず、素直に受け取れ」

 一方で、クオンさんが半眼になったのは……まぁ、無理もない事か。

「それで、ベル。お前達はどうしたんだ?」

「ええと……」

「多分、そこの金髪小娘どもから聞いてると思うが、ここでの買い物は初心者にはお勧めできないぞ」

「あー…。はい、それは、もう、何となく……」

 ポーションの値段が六倍。その衝撃はまだ体の中を反響していた。

「武器とアイテムなら、多少融通できるが……」

「おいこら【正体不明(イレギュラー)】。俺達の客を取るんじゃねぇ! ただでさえろくに金を落として行かねえ癖に!」

「そうは言っても、もうここで魔石やら迷宮資源を売る必要があまりなくてな」

 持ち運べなくなることはあまりない――と。

 クオンさんは肩をすくめる。

「大体、シャクティと一緒だってのに、この街で『買い物』なんてできるかよ。されたら、お前だって困るだろう?」

「……そりゃあそうだな」

 どこまでも力強く頷くボールスさんに、シャクティさんがため息を吐いた。

「ああ、そうだ。こいつの分厚い面の皮を少しでも凹ませられるくらいの腕っぷしがあれば、大体の物は定価で買えるぞ」

 親指でボールスさんを示し、何だかさらに物騒なことを言いだした。

「あ、なるほど。そういや、その手があったわね」

「ああ。腕っぷしで他の店を黙らせられる奴が、一番高く売れる。それがこの街の(ルール)らしいからな」

 ポンと手を打つティオネさんに、クオンさんがあっさりと頷いて見せた。

「てめぇ、ふざけんな! 余計なことを吹き込むんじゃねぇよ!? 主にそいつらにっ!!」

「気安く指ささないでよね」

 かなり必死な形相でクオンさんに詰め寄るボールスさん。

 一方で、指さされたティオネさんは心底嫌そうな顔で毒づいていた。

 な、何となくだけどこの街の規則(ルール)的なものが分かってきたような……。

「つまり、商談まで腕っぷしが全てってわけか……」

「多分、ここが本当の意味で『冒険者の街』なのでしょうね……」

 目頭を揉みながらヴェルフが呻き、リリは遠い目をしている。

「あの、ところでボールスさん」

 引きつった笑いを浮かべてから……ふと気になったことを質問してみることにした。

「この街って、どうしてモンスターに襲われないんですか?」

 いくら安全階層(セーフティポイント)とはいえ、ダンジョンの中。

 それに、あれだけ周りにモンスターがいるのにどうやって街を守っているんだろう。

「あぁん? 何言ってやがる。襲われねぇわけねぇだろ」

「うん、襲われるよ」

「一ヶ月くらい前には食人花(ヴィオラス)……怪物祭で暴れた新種とその進化系。さらにはデーモンまで襲ってきたからな」

「あれ危なかったよね~! あたし達もたまたまその時ここにいたんだけどさ!」

 ボールスさんはもちろん、アイズさんとティオナさんが……それどころかクオンさんまでがあっさりと言いきった。

「ここの者たちは逃げ足が速いからな。壊されては作り、作っては壊され……。彼らはそれをずっと繰り返している」

 口端を引きつらせていると、シャクティさんが続けた。

 いくら第三等級冒険者たちが常に留まっているとはいえ、一度異常事態(イレギュラー)が起これば、守り切れるものではない。

 その度に街は破壊され……そして、戻ってきた冒険者たちによって復活してきたのだという。

「看板に三三何代目って看板に書いてあったの、気づかなかった?」

「そ、そんなに何度も……」

 ティオネさんの言葉に、慌ててゲート門の方を振り返る。

 もちろん、ここからだとその看板は見えないけど……。

 でも、そのしぶとさこそが何よりも冒険者の街らしいと言えるのかもしれない。

「そうだ。話は変わるが、収入が必要なら、その辺の水晶をいくらか持って帰ると良い」

「水晶をですか?」

 視線を戻してから、改めて周りを見回す。

 それなら、いろんな場所にたくさん生えているけど……。

「ああ。この街では売れないが、地上なら全て換金できる」

 リヴィラで唯一売れない迷宮資源なんだよな、この水晶――と。

 近くに生えていた小さな青水晶をつま先で軽く小突くクオンさんに、ボールスさんも肩をすくめた。

「むしろ、ここで生活してっと邪魔なくらいだぜ。時々、妙なところから生えてきやがる」

 何でも、たまに床板を破って生えてくることもあるんだとか。

 ダンジョンの修理にもばらつきがある……というより、多分、迷宮資源扱いなんだろう。

 昨日から食べているこの階層の『果物』と同じだ。

 同じ場所に行っても、豊作の時もあれば、逆にほとんど見かけないこともあるらしい。

 鉱脈も似たような感じで、毎回必ず同じ場所にあるのではなく、少しずれるんだとか。

 まぁ、それでも大体は同じ場所にあるらしいけど……。

「――ベル様! あとで山ほど採取しておきましょう! クオン様にも手伝ってもらって!」

 と、言いつつリリはアンジェさんにも視線を向けた。

 クオンさんとアンジェさんがいるなら、かなりの量が持ち運べそうだけど……。

「……一応言っておくが、俺達が運べる量にも限度があるからな?」

 加減するように――と。釘を刺すように、クオンさんが言った。

「つーか、てめぇが妙なこと言いだすから俺まで参加しちまってるが……」

 がりがりと頭を掻いてから、改めてボールスさんが言った。

「そろそろマジでどっか行け。さもなきゃ何か買え。商売の邪魔だ」

 

 

 

 

 と、そんなわけで。

 今度こそボールスさんのお店から少し離れてから。

 

「まぁ、何事も経験だ。ひとまず、店を見て回ってくると良い」

 割とあっさりとクオンさんが言った。

「ただ、そっちの三人か、最低でもリリルカとははぐれるなよ」

 特にお前は――と、念を押される。

(でも、クオンさんの言う通り、はぐれたら大変なことになりそうな……)

 街のあちこちから聞こえる罵声……いや、『値切り交渉』に思わず怯んでしまった。

 ランクアップしたとはいえ、やっぱりまだ冒険者になって一ヶ月半の未熟者(ノービス)なんだなぁー…と、改めて思い知る気分だ。

「俺達もまだ適当にぶらついている。それか、最悪はシャクティにでも泣きつけ。大体の問題は解決してくれる」

「あまり過信されても困るんだが……」

「す、すみません。もしもの時はお願いします」

 シャクティさんはため息を吐いているけど……ここは素直に頼っておこうと思う。

 やっぱり専門家だし、心強いというか何というか……。

(そういえば、あの人は元気かな?)

 オラリオに来た時、初めて出会った冒険者を思い出す。

 確かハシャーナさんだったか。

 身に着けていたのは象を模ったエンブレムで、ギルド職員と一緒に門衛をしていた。

 なら、所属は【ガネーシャ・ファミリア】以外には考えづらい。

「あの、ところでシャクティさん」

「どうした?」

「ハシャーナさんって冒険者は、【ガネーシャ・ファミリア】の方ですよね?」

「そうだが……その名前をどこで?」

 急に名前を上げたせいか、警戒されてしまったらしい。

 その目に、少しだけ鋭い輝きが宿ったような気がした。

「あ、いえ。初めてオラリオに来た時に、市壁の門衛をされていたので……」

 その時に、オラリオについていくつか教えてくれたのだ。

 そして、何よりも冒険者にとって必要なことも。

「教えていただいた通り、いい神様に出会えました。そう伝えてくれますか?」

「……ああ。伝えておこう」

 シャクティさんは小さく微笑んで頷いた。

 

 …――

 

「世間は狭いな」

 ベル達の背中を見送ってから、小さく肩をすくめる。

「ああ。まさかあいつが【リトル・ルーキー】と知り合っていたとは……」

 ハシャーナと言う名前には、俺も覚えがあった。

 一ヶ月ほど前、この街で出会った――と、言うには少し語弊があるか。

 件の美人に殺された冒険者で……遺体を背負い、地上に連れて戻ったのが俺だ。

 加えて言うなら――…

「連れ帰る途中、ベル達とすれ違っている」

「それは……奇妙な縁だな」

「そうかもな」

 偶然以外の何物でもないが……まぁ、どこかの狂人ならそれも因果だというかもしれない。

 何が因でどんな果を生むかは知らないが。

「いい神様か。確かに眷属思いなのは間違いない」

 困ったものだと、シャクティが肩をすくめた。

「そういや、聞き忘れていたが、結局何で神はダンジョンに潜れないんだ?」

「私も詳しくは知らない。個人的には、単に危険だからと言うだけではないと思うがな」

 同感だった。

 自分たちが何に焦がれているかも忘れ果てたあの亡者どもが、ただその程度の理由で自粛するはずがない。

「それにしても、いい神ねえ……」

 いや、ヘスティアが善良な存在だというのは事実だろう。

 今までの言動を見る限り、流石の俺とてそれは否定しがたい。

 ただ、改めてそう言われると、何となく据わりが悪いのも事実だった。

「だが、実際に大切なことだ。アイシャを見れば分かるだろう」

「アマゾネスだけの神だったなら、そこまで悪くなかったとも言っていたがな」

 取り合わせ……相性というのは、どこにでもあるということだろう。

 それは人同士でも同じことだ。

「ところで、彼らを行かせて本当に良かったのか?」

「ああ。俺が肩入れしてると思われるのはベル達のためにもならない」

 ランクアップにもイカサマをしたという噂があると、霞の言葉を思い出す。

 別に俺との接点が知られたから、そう言われているわけではないだろう。

 しかし、アイシャ絡みの一件で俺の悪名はオラリオ中に響いているのは間違いない。

 その辺が絡み合って、余計な面倒ごとを引き起こさないとは言い難かった。

「もし余裕があるなら、俺の代わりに手を貸してやってくれ」

「それは難しいな。私達は職務上、ギルドと同じように公平性が求められる」

 シャクティは首を横に振った。

「そりゃそうか」

 彼女達はオラリオの憲兵だ。

 公平でなければ、その職務は全うできまい。

 ……もっとも、過去から今に至るまで、本当に公平無私で清廉潔白な憲兵が存在したとは思わないが。

(そう言う意味じゃ、カリムの連中は真面目だったよな)

 ロードランやドラングレイグで出会った胡散臭い宣教師を思い出す。

 言動こそ怪しかったが、結局はそれだけだ。

 ある意味、巡礼地で出会った中で最も真っ当な聖職者たちだと言える。

(許されぬ罪はない、か)

 当時は胡散臭く感じたものだが……案外と本物の至言だったのかもしれない。

 

 ――ならば、■もいつかは赦されるのだろうか

 

 滅んだ世界。

 砂に埋もれた都。

 朽ちた寝所。

 そこで眠る――

 

「どうした?」

「いや、何でもない」

 頭痛に似た眩暈。それを首を振って追い払う。

 そうか、とシャクティは生真面目に頷いてから、

「……だが、彼には少し負い目もある。表立って手を貸すのは難しいが、気にかけるくらいはしておこう」

 やはり大真面目にそんなことを言った。

「しかし、本当に大丈夫か? あの様子では、狼の群れに迷い込んだ兎のようなものだと思うが……」

「まぁ、リリルカに期待かな。ランクとやらはともかく、経験やら知識面ではあの子の方が圧倒的に上だ」

 実際のところ、冒険者とはならず者とほぼ同義だ。

 迂闊に背中を向けたなら、そのまま蹴落とされても文句は言えない。

「はぁ!? ンなに高ぇわけねぇだろうが!?」

「んじゃあ、別の店で買やいいんじゃねぇか?」

 ……それを肯定するように、リヴィラ流の交渉が始まる。

 最後に物を言うのは腕っぷし。

 それは、リヴィラに限らず多くの冒険者が共有する価値観であり、暗黙の了解だ。

 それでも、地上で暴れれば面倒なことになるだろうが……ダンジョン内ならそんな制限もない。

 他の派閥の冒険者のせいで命を落とした者は決して少なくないと聞く。

 あれこそが英雄だと。そう言っては誉めそやされる冒険者の暗部。

 それこそをリリルカは熟知している。

 その闇に潜み、その淀みを吸って生きざるを得なかったのがあの少女だ。

 だから、その味を知っている彼女が本当にベルの味方になってくれるなら、これほど心強いことはない。

 実際、ベルが上手いこと口説き落としているのを見た時は安堵したものだ――…

(忘れてた――!)

 そこで、さっきから妙に引っかかっている『何か』の正体に思い至った。

 酔っ払いどもから取り戻したリリルカのバックパックをまだ預かったままだ。

 あれから色々あったせいで、綺麗さっぱり忘れていた。

「悪い、シャクティ! ちょっと急用を思い出した。すぐ戻る!」

 短く言い残すと、急いできた道を戻る。

 手助け云々は関係ない。

 預かっている物を返す。これは、ただそれだけの話だった。

(リリルカならまずバックパックを買いに行く)

 上層ならまだしも、中層で彼女が前衛に立つのは流石に危険だ。

 それは誰よりも彼女自身が分かっている。

 間違いなくサポーターに徹する。

 そして、サポーターにとっての商売道具こそがバックパックだ。

 例えあの不死人がいるとしても、自身の分を買い求めないはずがない。

 なら、そう言った類を取り扱っていて、かつボールスの店に近い店。

 そこに向かえば合流できるはずだ。

 ただ、時間的な余裕はあまりない。

 リリルカが買ってしまう前に追いつかなくては意味がないのだから。

 

 …――

 

「本っ当にあり得ません!」

 いえ、物価が異常なのは分かっていましたけど!

 それにしたって、バックパック一つであの値段はありえない。

「バックパックが一〇万ヴァリスとか! 高額をポンと払えるサポーターがどこにいるというのですか?!」

 ああ、でも。ここまで到達できる、あるいは『中層』以降にもついて行けるサポーターなら、それくらいは……?

(いえ、駄目ですね……)

 柄にもない楽観的な思考を嘲笑う。

 この先に進むサポーターとは、単なる荷物運びではない。

 今世話になっている【ロキ・ファミリア】を見れば嫌でも理解する。

 彼らは単なる荷物持ちなどではない。予備選力ないし、次期戦力と目される人材だと。

 おそらく、彼らは()()()()()().()()

 その辺の派閥に改宗(コンバージョン)すれば、第一線で活躍できる。つまりは、オラリオにおいても一握りの精鋭たちだ。

 才能のない小人族(パルゥム)のLv.1とは訳が違う。

 ああ、でも……。

(ベル様と、一緒なら……)

 もしかしたら、リリも――。

 あの日。五階層で助けてもらったあの時から胸の中で微かに抱いた希望が、僅かに火の粉を舞い上げる。

「あ、リリ。安めのバックパックがあったよ!」

 そんなリリを、近くの露店を覗いていたベル様が嬉しそうな声と共に手招く。

「え? 本当ですか?!」

 その先にあるのは、地面に敷き布を引いただけの簡素な露天。

 これなら、案外本当に安かったり――…

「うん! ……まぁ、それでも二万ヴァリスもするけど」

 …――するわけもないのですが。

 一瞬だけ呻いたものの――それでも、まだ何とか手が届く範囲だ。

 クオン様が言った通り、水晶は――少なくとも、今のリリ達にとっては――結構な値段で売れるらしい。

 充分に回収していきさえすれば、赤字だって免れることができるかも……。

「って、ああ?!」

 その露天商の顔を見た瞬間、思わず叫んでいた。

「ああん?」

 黒革の鎧。鷲鼻。何より特徴的なその禿頭。

「パッチ様?!」

 およそ二年に渡る盗賊稼業の中で、たった一度だけ。

 完全に出し抜かれた挙句、情けまでかけられた相手だった。

「うん……? ああ、あん時の小栗鼠か。こんな掃き溜めにまで落ちてくるとは、相変わらず運のねえ奴だ」

「余計なお世話です!」

 というか。何でこの小悪党が、こんな深い階層にいるんですか?!

「あれ、リリの知り合いなの?」

「違います! そんな高尚なものでは断じてありません!」

「へぇ……。もしかして、そいつはひょっとして噂の兎野郎か」

 にやりと、その口元が歪む。

「パッとしねえガキだな。大したお宝は持ってそうにねぇ。勘でも鈍ったか?」

「違います! それに、リリはもう盗賊稼業からは足を洗ったんです!!」

「おっと、心配するなって、駆け出しの獲物を横取りするほど落ちぶれちゃいねえよ」

 まったく信じていない。

 自業自得とはいえ、焦燥だけが募っていく。

「そうそう。あっちの森の方にすっげえお宝があるんだ。興味があるなら行ってみろって」

 そんな中で、その禿げ頭は一八階層の南東部を指さして言った。

「そ、その手には乗りません! 行きますよ、ベル様!」

 ベル様の手を引きその場から立ち去る。

「おいおい、疑うなよハニー。俺とお前の仲じゃないか」

 そんなリリ達を回り込むようにして、その小悪党が囁いてくる。

「誰と誰の仲ですか?!」

 慌てて距離を取りながら、全力で怒鳴り返す。

 ……とはいえ。真面目な話、少しでも稼いでおきたいのは事実だった。

 何だったらクオン様を誘って――…

「なぁに、心配するなって。この辺にいる限り、モンスターどもも少しは腑抜けてるからな。お前なら出し抜ける。それでも心配なら、そっちの腕の立ちそうな嬢ちゃんたちを連れてきゃいい」

「へ? あたしたち?」

 コテン、と首を傾げたのはティオナ様だった。

「お宝かー。ちょっと興味あるかも!」

「そんな胡散臭い話信じてどうするのよ」

 肩をすくめたのは、ティオネ様だった。

 ど、どちらかと言えば、ティオネ様に同意したいところですが……。

(でも、この人、基本的に嘘はつかないような……)

 と、いうか。何故だか嘘は下手だ。バレバレの嘘しかつけない。

 となると、実際にあの森には何かがあるという事に……。

 まだ見ぬお宝に心が揺らぐ。

「必殺☆アンドレイキック」

 とても投げやりで、凄く面倒くさそうな声がしたのは、ちょうどそんな時だった。

「どぅわぁ!?」

 鈍くて重い激突音。

 ポーンと景気よく吹っ飛んでいく小悪党。

 その通りの突き当りにあったのは、女性冒険者向けの防具屋で――

「きゃああああああっ! のぞきぃいっぃぃいぃっ!!」

「ごふっ!?」

 と、すかさず店から蹴り出される禿頭の異物(おとこ)

「てめえ、なに恐ろしいことしやがる!?」

 ゴロゴロゴロ、と地面を転がって帰ってきた覗き魔が叫ぶ。

 ……その間に、スタッと身軽な様子で着地していたクオン様に向かって。

「周りは女ばかりだっただろう。むしろ男の本望じゃないか」

「ドワーフ女の裸なんぞ見て何が楽し――おぶあぁ?!」

 失礼極まりない発言をする不埒者に分厚い大盾が飛んできて、見事直撃した。

 天誅です。

「ついてねぇ、ついてねぇよ……」

「いや、少なくとも最後のは完全に自業自得だろう」

 大盾に圧し潰されたまま呻く変態に、きっちり射線から逃れていたクオン様が呆れたように肩をすくめる。

「……というか。お前、まさか本当にパッチなのか」

「あの、クオンさんも知り合いなんですか?」

「あー…。知り合っちまったことに関しては、別に俺の責任ではないと思うんだが……」

 ベル様の問いかけに、指先で眉間を掻いてから、

「何だかんだ、通算で四回は殺されかけてる」

「ええ?!」

 いえ、ベル様。全然驚くことじゃないと思います。

「生きてるんだからノーカウントだろうが!?」

 基本的に、こういう奴なんですから。

 やっぱり、南東の森には近づかないことにしましょう。

「い、いや違った。間違えた。待ちな。確か俺とあんたは初対面のはずだぜ」

 大盾の下から這い出し叫んだパッチ様が、今さらながらに白々しく言った。

 悪事がバレた時の誤魔化し方はさっぱり参考にならないのは相変わらずだ。

「ほー…。そうだったか」

 まったく本気にしていない様子でクオン様が頷く。

 次の瞬間、纏っている鎧が変わった。

「嬉しいよ、こんな吹き溜まりでも、どうして出会いはあるものだ」

 見るからに重そうで、まったく素肌の露出がない堅牢な鎧へと。

「さぁ、友よ。祝杯を上げようじゃないか」

 それを着込みクオン様は両手を広げて笑う。

「うおおぁああああぁあっっ!? 消えろ俺の黒歴史ぃぃいぃいぃ!?」

 そして、それを見て何故か頭を抱えてのたうち回るハ……もとい、パッチ様。

「やっぱりパッチじゃないか。しかも最終形態の」

 悶えるその姿を冷静に観察してから、クオン様はきっぱりと頷いた。

「誰が最終形態だコラァ!?」

 いやもう、本当に何が何だか。

 すっかり置き去りにされている気がする。

 いえ、それならそれでまっったく問題ないですが。

 生じているかもしれない誤解さえ解いていってくれるなら。

「そんなことより、お前までこんなところで何してんだよ?」

「ああん? 肥溜めの糞どもがうろついてる地上より、この掃き溜めの方がいくらかマシだろうが」

「そういうことじゃなくてだな」

 てめぇだってそう思うだろ?――と、その問いかけにはきっちり頷いてから、クオン様は妙なことを訊いた。

「お前は、別に火防女達に召喚されたわけじゃないだろう?」

「生身だってのが、見て分かんねぇか……。いや、さてはお前、陰気野郎と出くわしてるな?」

「ああ。昨日の夜な。本当に決着をつけたいらしい」

「そりゃご苦労さん」

 飽きもせず物好きなこったと、パッチ様が鼻を鳴らす。

「他にも何人かいるようだが、何か知らないか?」

「【太陽の戦士】が一人いるって噂なら聞いたぜ。しかも、お前もよぉく知ってる――」

「ソラールか?」

「何だ、そっちとももう出会ってやがったのか。つうか、マジで本人かよ」

 あの変人、まだ変人やってたのか――なんて。

 こっちはこっちで顎を撫でながら妙なことを呟く。

(いえ、違います。これは――)

 つい先日、やはり奇妙な女冒険者……女騎士から聞いた言葉を思い出す。

(不死の呪い)

 この場合の不死は、死なないことではない。

 

 ()()()()()()()

 死してなお死にきれず。いずれ再び動き出すが故に。

 

 アンジェ様がその身に宿す『不死(のろい)』とは、そういったものだという。

 そして、その代償として人間性――記憶や人間らしさを……もっと簡潔に言えば、()()()()()()()()のだという。

 ただ誰かの魂を求める『亡者』となり……あるいは動くことすら忘れ果てるまで。

(変人のまま……。逆に言えば、まだ変人程度でしかない)

 まぁ、あのソラール様と言う戦士の人柄はまだ把握できていないのだけれど。

 でも、今までの立ち振る舞いからして、正気と呼べる範疇に留まっているのはまず間違いない。

 ……その『正気』という基準が、果たしてリリ達と同じなのかは、今は考えないでおく。

(と、いうことは)

 ソラール様もまた、『不死の呪い』を宿す存在――不死人だと考えていい。

 それはこの際どうでもいいのだ。

 問題は――…

(ソラール様が『太陽の戦士』なる存在で、クオン様と一緒に旅をしていたというなら……)

 クオン様が、『火継ぎの王』本人というのは……まぁ、驚きはするものの、納得できないわけではない。

 一七階層連結路前――そして、監視所で目撃したあの苛烈な戦いからすれば。

(……まぁ、リリにはほとんど見えなかったのですが)

 とはいえ、あの【猛者(おうじゃ)】とも一騎討ちした間柄だ。

 リリから見れば、英雄と名乗る権利はただそれだけで充分に持っていると思う。

 そして……それはこの際、割とどうでも良かった。

(ええー…。パッチ様も向こう側なんですかぁ……?)

 ベル様が教えてくれた華々しい英雄譚は言うに及ばず。

 アンジェ様が話してくれた『火継ぎ』と『呪い』をめぐる陰鬱で悲壮な物語まで、一気に俗っぽくなってしまったような……。

(あー…。でも、実際こんなものかも知れませんね)

 英雄譚の元になっている出来事を紡いだのはやはりリリ達と同じ人間だ。

 それなら、物語に描かれる華々しい場面の裏側で、馬鹿なことを言って、馬鹿なことをやっていたとしても何もおかしくはない。

 おかしくはないけど……。

(そうなると、アンジェ様の話はまた一段と信憑性を増したことになってしまいます)

 ごくり、と。今更になって唾を飲み込む。

 目の前にいるのは暢気な旅人ではなく、忘れられたとはいえ、かつて世界を救った本物の『英雄』という事に……。

「あの、クオン様――」

 いや、違う。この人は、暢気なようでいて慎重だ。

 人目の多い場所で話を聞こうとしても、さっきのようにはぐらかされる。

 まずは人目のない場所に移動しなくては。

 そう。おそらくは他の誰よりもまず【ロキ・ファミリア】の目のないところへ。

「つーか、兄弟。お前、ンなちんちくりんにも興味あんのか?」

 ……余計なお世話です。

 半眼で毒づいていると、クオン様が鼻で笑った。

 ……何だかとっても嫌な予感――!!

「お前な、この方をどなたと心得る? 今代の『フルハベル』様だぞ」

「何でここでその話題を引っ張り出すんですかぁ?!」

 本っ当に不安(きたい)を裏切らない人ですね!?

「……おい、嘘だろう?」

「そんな不謹慎な嘘をつくものか。彼女が本気になったらあの『仮面巨人』どころの騒ぎじゃない」

「なんだと……」

 張り詰めた空気の中で、無駄に戦慄する馬鹿二人。

「お待ちください! 何で二人ともそんな本気なのですかぁ?!」

 リリどころか周りの野次馬すら置き去りにして、唐突に『しりあすぱーと』が始まっていた。

「なぁ、ベル。『フルハベル』ってのは何なんだ?」

「ええと……」

 やっぱり置き去りにされているヴェルフ様に問われ、ベル様は口端を引きつらせて――

「おそらく『岩のようなハベル』と呼ばれた神。あるいは、その神に仕えた『ハベルの戦士』達のことではないかと」

 ――そして、アンジェ様が容赦なくぶちまけた。

 やっぱり知っていたのですね!!

「極めて堅牢な鎧と大盾。そして、大槌を携えた重戦士たち。その全てが非常に重く、常人では手甲すら持ち上げられないのだとか」

「ちなみに現物はこれだ」

 ドン!――と、地面を揺るがして、あの忌々しい岩のような装備一式をクオン様が取り出した。

 こうしてリリの前に姿を現すのは、クオン様にリリの『スキル』がバレた時以来ですね!

「うわぁ……」

 普段から重量武器を愛用しているはずのティオナ様までがドン引きした様子で呻く。

 鎧の造りとしては、無骨ながらもどこか騎士然としたものなので……もちろん、見た目通りに硬い。

 そして、何よりドン引きするほど重い。

「おい、この盾。下手な鎧一式よりずっと重いぞ。使えるのか、こんなの……」

 どうにかその大盾を持ち上げたヴェルフ様に、ベル様は曖昧に頷いてから、

「あと、この鎧に噛みついたキラーアントがいたんだけど……」

「折れましたね、牙が。その後で、衝撃で転げ落ちた兜が頭を直撃して……」

 灰になられました――と、沈痛な面持ちで伝える。

 色々と因縁のあるモンスターが相手とはいえ、今思い出しても何だか居た堪れない。

「だが、彼女が本気になれば得物はダガーのみなんてケチなことは言わない」

 などと、暢気に感傷に浸る余裕などあるわけもないのだった。

「きゃああああああああっっ!!」

 全力で叫ぶ――けど、そんなことを気にするような人ではない。

 分かってましたけどね!!

「うお……?!」

 ズン!――と、地面を揺らしながら突き立つのは一振りの剣。

 いいえ、それは剣と呼ぶにはあまりに大きすぎた。

 大きく、分厚く、そして大雑把すぎ……まぁ、だいたいそんな感じの代物だった。

「け、≪煙の特大剣≫……! おい、まさか……!」

「そうだ。彼女はフルハベル着込んだ上で、軽快に走り回った挙句、こいつを片手でぶん回しかねない逸材だぞ」

「そんなことはできませんから!?」

「もちろん、隙を見せれば背後からダガーで一突きだ。それどころか、結晶ハルバも余裕で行ける」

「そんなこともしません!」

「ちなみに、これは余談だが。今の俺だとその剣は両手でやっと振り回せるくらいだな。鎧まで着た日にはそもそもろくに動けない」

「リリだって同じですぅ!!」

 徐々に大きくなる野次馬(ひまじん)のざわめきをかき消すように叫ぶ。

 っていうか、何でこんなに集まってくるんですか?!

 ――と、そこで。

「うわ、重た……?!」

「あ、危ないですよ!」

 その剣っぽい何かを引き抜き、振り回そうとしたティオナ様がふらつき、とっさに助けに入ったベル様を巻き込んで転びそうになった。

 なので、つい――。

「いけません!」

 ひょい、と。

 ……【縁下力持(アーテル・アシスト)】は、こんな時にもきっちりと仕事をした。

「あ……」

 このスキルがある限り、この剣に見えなくもない物とはいえ()()()()()()()ならそこまで問題にならない。

 そう。それが例えオラリオ有数のLv.5がふらつき、【正体不明(イレギュラー)】をして片手じゃ無理とか言いだすようなおバカな代物でも。

 それでも、充分に重いんですけどね!

「お? おお……っ?!?!」

「あの【大切断(アマゾン)】がふらついたような剣を軽々と!?」

「やべぇ、あの幼女やべぇよ……」

「こ、これが『ハベルの戦士』ってやつなのか……!」

 スキルのせいで持ち上げてしまったリリに、周りの野次馬の視線が集まり――

「すごーい! ねぇ、見てみて! この子すっごいよ!!」

 とどめでも刺すかのように、ティオナ様が目を輝かせる。

 というか、わざわざ呼び寄せないでください!?

「ち、違うんですうううううううううぅぅぅぅぅっっ!!」

 そのスキルの効果は『一定以上の装備過重時における補正』。

 簡単に言えば、『重い物を持ち運べる()()』のへっぽこスキルだ。

 とはいえ、スキルはスキル。

 そして、スキルは冒険者の命綱。いくら専属サポーターだってそこは同じだ。

 まさかこんなところで打ち明けられるはずもない。

「見ての通りだ、お前達。無礼を働くと挽肉より酷いことになるぞ」

「無責任に煽らないでください!?」

 厳かな口調で無責任に煽り立てるクオン様。

 いっそこの剣とは違う何かを投げつけてやろうかと……。

 できないんですけどね! 持ち上げるところまでしか! 本っっ当に!!

 なので、代わりに地面に叩きつけて――!

「者ども頭が高けぇ。小栗鼠様がお怒りだぞ」

 ドスン!――と、地面が微かに揺れる中、ハゲ……もとい、パッチ様まで煽り始めた。

 確かにお怒りですけど、それはあなた達に対してです!!

 あと、この何か妙な塊を打ち上げたどっかの変態鍛冶師(スミス)にも!!

「だから何で――」

「ははーっ!」

「――何で全員揃って悪ノリするんですかぁ?!」

 伊達にオラリオで名を挙げ、神の悪ノリと無茶振りに鍛えられてはいないという事なのか。

 こんな時に限って無駄に素直に、バタバタと平伏していく上級冒険者たち。

 ……まぁ、この光景を今まで一度も夢に見た事がないとは言いませんが。

(でも、こういうのはちょっと違いますぅ!!)

 何かもう、普通に泣きそうだった。

 心なし、何か本気で信じてそうなのが混じってる気がするせいで。

 そして、何故ベル様たちまで参加しているのですか?!

「リリルカちゃん。どうしたの?」

「……こりゃ、何かの儀式かい?」

 霞様たちが姿を見せたのは、ちょうどそんな時だった。

 もちろん、いかにも魔女らしい恰好をした『三人目』も一緒だ。

 三人揃ってサンドイッチらしきものを食べ歩きしていたらしい。

 あと、これは儀式なんかじゃなくて単に馬鹿達が悪ノリしているだけです。

「リリルカ、と言うのは貴公で良かったかな?」

「え? はい、そうですが……」

 その魔女様の問いかけに頷くと、彼女もまたそうか、と頷いてから――

「私の弟子からの伝言がある。『バックパックを買うのは少し待っていろ』だそうだ」

「へ?」

 何でバックパック……いえ、そんなことより!

「い、いない?!」

 気づけばクオン様が――あと、ついでにハゲ様も――いない。

 とりあえず、あの忌々しい鎧だけはなくなっていたけど。

「な……」

 ワナワナと震えながら、今日最大の叫び声を放つ。

「投げっぱなしのまま、勝手にいなくならないでくださいッッ!?」

 しかも、この剣とは認められない何かまで置きっぱなしにして!

「おいおい、さっきから何の騒ぎだぁ?」

 強面で大柄の冒険者が近づいてきたのは、ちょうどそんな時だった。

 あれ、どこかで見たことがあるような……?

「てめぇ、まさか……!」

「間違いねぇ! モルド、こいつ、あの時のガキだ!?」

 その名前――と、いうよりも『あの時の』という言葉が記憶を刺激した。

 ベル様がいかにも柄の悪そうな冒険者と関わった時と言えば……。

(あ、思い出しました)

 ついこの前、ベル様の昇格(ランクアップ)祝いの席で絡んできて、リュー様に返り討ちにあった冒険者たちだった。

「何でてめぇがここに……っ!」

 あの時のことをまだ根に持っているのか、いっそ殺気すら滲ませてベル様に掴みかかる――

「何かあったのか?」

「てめぇは【象神の杖(アンクーシャ)】……!」

 その手がベル様に届く直前、向こうから藍色の髪の麗人がやってきた。

「クオン達が何やら走っていったが……」

 何だか変なものを見たような顔で、【象神の杖(アンクーシャ)】様がリリ達に尋ねてくる。

「あ~…。多分、そっちは気にしないでいいわよ。血の雨とかはまだ降らないと思うし」

「……そうか」

 何だか物騒な霞様の言葉に、諦めたように肩をすくめてから、

「それで、そちらはどうした?」

 咎めるでもなく、手を伸ばしかけた姿勢のまま固まっている冒険者に視線を向けた。

「お、おい。モルド……」

 そこで、顔に戦化粧を施した大男が呻いた。

「げっ、【剣姫】……」

 遅まきながらに、自分たちが【ロキ・ファミリア】の精鋭に囲まれていることに気づいたらしい。

「何でもねぇよ」

 忌々しそうに舌打ちし、【象神の杖(アンクーシャ)】様に吐き捨てると、足取りも荒く立ち去って行った。

 

 

 

「いったい何をしているのだ?」

「……いや、すまん。聞かないでくれ」

 間髪入れずに訪れた二度目の危機。

 それを、貴い犠牲を払いつつも何とか誤魔化して、

「ふむ……。ところで、もしや貴公はパッチか?」

「げっ、本気のマジで変人ソラールかよ」

 呆れた様子のソラールと合流してからのことだ。

 そのまま逃げ込んだ酒場で通された個室。

 底に用意された小さな丸テーブルに両肘をつき、項垂れる。

 視界に映る天板は表面にニスか何かを塗って古めかしさを演出しているが、実際には案外と新しい物のようだった。

 荒くれが集まる酒場であり、ましてダンジョンの中にある。何だかんだと入れ替わりが激しいということだ。

 微かに立ち込める紫煙らしき匂いも、案外と雰囲気づくりのためにわざと焚いているのかもしれない。

 ……だがまぁ、実際に店内は()()()()()なっている。

 ならば、わざわざ暴くのは野暮というものだろう。

「すまない、リリルカ。許してくれ……」

 そんなことを思いながら、ひとまずリリルカに懺悔する。――と。

「面倒くせぇ奴だな。ヘコむくらいならやらなきゃ良かっただろうが」

 隣に座るパッチが、パラパラと品書きを流し読みしながら鼻を鳴らした。

「……だが、まぁ、バレると面倒なことになるもの確かだからな。誤魔化す方法はともかくとして」

 俺を挟んで反対側に座るソラールもまた、困ったような声で呻く。

 ベル達だけならまだしも、あの金髪小娘どもがいた。

 あんな状況で素性がバレようものなら……どう考えてもろくなことにならない。

 今さら素直に『不死院』送りにされる気などないし、どうせ『不死院』などありはしない。

 まして今さら素直に『埋葬』されるつもりなど、あるはずもなかった。

 ないのだが……それでも素性が流出した場合、最悪はあの小娘どもないしオラリオの冒険者全てを殺し尽くすしかなくなる。

 その結末は避けたい。……少なくとも今の時点では。

(ウラノスと敵対する訳にはいかないからな)

 その一点に関して言えば、話はごく単純なのだ。

 今の時点で地上から神々を一掃したなら、後に残るのは枷を失ったダンジョンだけ。

 無限にモンスターどもを産み落とすような代物を置いて逝かれても困る。

 なら、最低でもウラノスだけは残しておかなくてはならない。

 ……いや、ウラノスがいればいいという訳ではない。彼が祈祷とやらを続けてくれなくては意味がなかった。

 へそを曲げられないよう、適度に拝み、顔を立てておく必要があるというわけだ。

 少なくとも、このダンジョンをどうにかする方法が見つかるまでは。

(……まぁ、そもそもそんな都合のいい方法があるかどうかも分からないんだが)

 それはともかくとして。

 何であれ、今は余計な殺し合いが始まらないように努力するしかない。

 不死人らしからぬ……と思わないでもないが、しかし。

 

(おそらく、亡者化とは肉体の変容ではなく精神の変質の果てに起こるものだ)

 

 随分と長く不死人をやっているせいか、そんなことを思う。

 繰り返される死の中で肉体が朽ち果て、干乾び、亡者と変わらぬ(なり)となっても……人間性さえ残っているなら、戻ってこれる。

 呪いから解放されることはなくとも、生者(にんげん)のふりくらいはしていられる。

 だが、先に人間性を失ったなら。その時は、例え肉体が無事であろうと――…

「ところで、パッチ。お前、本当に俺より先に召喚されてたのか?」

 無理は承知の上だが……できることなら、俺もまだもうしばらくは生者(にんげん)のふりをしていたい。

 そんなことを思いつつ、改めて問いかけた。

「そもそも召喚なのかねぇ。あのクソッたれな『輪の都』を抜け出して、気づいたらここにいたんだが……」

 糞溜めから別の糞溜めに迷い込むとはついてねぇ。

 そう吐き捨てるパッチは、大体五年ほど前に迷い込んでいたという。

 つまり、俺が召喚された時にはすでにオラリオかリヴィラにいたということか。

 まったく気づかなかったが……さて、それは良かったのか悪かったのか。

「ふぅむ……。さては『時代』の壁を越えた際にズレたか」

 それは、多分間違いないとは思う。

 だが、何故パッチ達が『時代』のズレを超えてここに流れ着いたのだろうか。

「この『時代』に篝火を灯したせい……ではないと思うが」

 灯したのは、オラリオに戻ってきてから。

 まだ一ヶ月半程度しか経っていないのだが……。

「いや、俺達はその篝火が灯るのを待っていた。ロスリックの火防女殿は、それを縁として俺達を呼び集めている」

 つまり、あの瞬間を目指して、ソラールはやってきたわけだ。

 だが、実際には二年前にオラリオに到着している。

 時間などあってないような巡礼地なら、それでもさしたる問題にはならないが……

「二年先に飛ばされなくて良かった。間に合わなくては本末転倒だからな」

 ソラールの言葉に、小さく頷いてから、

「……やはり、お前達を呼んだのは彼女か」

 いや、それは当たり前だ。

 忘れている(■■した)記憶が微かな頭痛を呼び起こした。

 

 ――偽りの安寧が、いつまでも続くものか

 

(……おそらく、盤面は整いつつある)

 俺達が呼び起こされた時点で詰んでいないだけまだマシというものだ。

 それとも、やはりいつものように詰んでいるのだろうか。

 ウラノスはそれを知って嘲笑しているのか。

 それとも、かつてのグヴィンのように悪あがきをしているのか。

 いや、そもそも……

 

『貴公ら人が、すべて忘れ、呆け、闇の王が生まれぬように――』

 

(自分たちが忘れ呆けてりゃ世話ないな)

 世界蛇(カアス)の言葉を思い出し、小さく嘆息した。

 おそらく、本当に今の神々は『火の時代』そのものを忘れ去っているのだろう。

 もっとも、『すべて』かどうかは分からないが。

 ……だが、忘れようが、呆けようが、『天界』とやらに引きこもり、そこで大人しくしていたなら、概ね済んだ話だ。

 もしかすれば、ダンジョンすら生まれていなかったかもしれない。

「それなら、やっぱ俺は関係ねぇな。あの火防女にはあれっきり会ってもいねぇ」

「それにあの……アンジェといったか。あの娘は、貴公も知らなかったのだろう?」

「ああ。ついでに言うなら、生身のアーロンとも会ったことがない」

 そして、ホークウッドは決闘の末にこの手で殺したはずだ。

 ……もちろん、お互いに不死なのだから、生きていたとしても不思議ということはないが。

「【薪の王】たりえる存在が集まっているのか?」

 ソラールは――元々別口だが――かつて、『火の炉』にまで辿り着いている。

 パッチだってその気になればほぼ単独で『輪の都』を踏破し、デーモンの王子と殴り合えるくらいの実力者だ。

 ホークウッドは言うまでもなく。

 アーロンだって、その気になれば『玉座』に至れただろう。

 だが――…

「だが、アンジェと言ったか。あの娘は……」

 言葉を濁すソラールに、小さく頷く。

 (すじ)は俺などよりもよほどいいだろうが。

 しかし、今の彼女では『玉座』など遥かに遠く、見えもしない。

 それどころか、オッタルと比較してもまだ一歩及ばない程度だ。

「確かに、彼女では()()()()()()な」

 同胞のよしみで過大評価したとして……それでも【薪の王】候補とはとても言えない。

(いやまぁ、それを言うなら……)

 ソラールに頷いてから、重要なことを一つ告げた。

「もう一人、【墓王の眷属】がいる」

「やはりか……!」

 同じくメレンの夜を駆け抜けていたソラールが呻いた。

「マジかよ。また古くせぇもん引っ張り出してきやがって……」

 それどころか、パッチまでが嫌そうな顔をする。

 パッチにとって【墓王の眷属】が聖職者に分類されているかは知らないが……いずれにせよ、奴らがまき散らす『呪い』は厄介極まりない。

 あれを相手にするくらいなら、パッチに崖下に蹴落とされていた方がまだマシというものだ。

「放っておくと面倒だが……奴も『玉座』には程遠いな」

 それこそ、アンジェと大差ない。それに、彼女よりも人間性の限界が近いと見える。

 ここが巡礼地なら今頃は亡者になり果てているはずだが……。

「それにしても、パッチ。お前は何でこんなダンジョンの中にいるんだ?」

「はぁ? ンなもん決まってんだろ。()()()()()()()()()()()だからだよ。さっきも言ったじゃねぇか」

「そりゃそうだな」

 この聖職者嫌いが地上になどいたら、また亡者化しかねない。

 ……俺も、人の事は言えないが。

「どいつもこいつも名誉だ金だとご苦労なこった。無欲な俺にはとんと分らんね」

「まったくだな」

 いつの頃からか大地に穿たれた呪いの大穴。

 その周りを彩るのは、神々とその眷属が描く『栄光』という名の火の輝き。

 その輝きに目を晦ませた者達が我先にと踏み入り――そして、その多くが死んでいく。

 そして、その死が……新たな『薪』が焚べれれば焚べられるほど神々はその威光を取り戻すわけだ。

 神々の力なくば世界は成り立たないと。

 ……少なくとも、そう錯覚させるには充分だった。

 

 ――なるほど。ここは真に正しく巡礼地と言えよう

 

 だが……炎が燃えるほどに闇もまた深くなる。

 この大穴に蓄えられた『呪い』は、いずれ深みを増し、悍ましい何かの寝床となるだろう。

 何より、古い因果が再び目覚めるなら――

(燃え尽きた薪に火を灯そうとしたところで)

 思い出すのはロスリックで見た最初の火の炉。

 ロードラン時代の威光は見る影もなく、もはや小さな燻りでしかなかったあの火。

 あんなものをもう一度燃え上がらせたところで、蘇るのは悲劇しかない。

 だというのに――…

「俺達と違い、限りある命だというのにな」

「まったくだ」

 ぽつりと呟かれたソラールの言葉に、小さく唸る。

(確かにダンジョンは放っておけないだろうがな)

 そもそも、その発生には神々が関与しているはずだ。

 ならば、今も繰り返されているこれは新たな『巡礼』と見ていい。

 つまるところ『火継ぎ』は形を変え、この『火のない時代』でも繰り返され続けているわけだ。

 まったくクソッたれな話だった。

 だが――…

「俺達の他にも。何かの弾みで流れ着いてくる者たちがいるかも知れないのか……」

 何であれ、『火が陰る』というのなら、俺達不死人がやってくることもまた必然と言えよう。

 ならば、あまり気にしても仕方がないか。

「ああ。さっきは言いそびれたが、他にもロンドールのクソ尼がいるっぽいぜ。俺は直接見かけちゃいないがな」

 ソラールの呻き声に、パッチが鼻を鳴らした。

「やはり、ユリアもか」

 今さら驚きもしないが……しかし、面倒ごとが増えそうな気配にげんなりとする。

 少なくとも、『暗い穴』の『出所』の一つは彼女だとみて間違いない。

 もう一つの『出所』との関係性は分からないが……場合によっては限りなく厄介なことになる。

「他には?」

「あとはあの陰気野郎くらいしか俺は知らねぇよ。奴ぁこの街によく来るんでね」

 ふむ――と。小さく唸る。

「あの『深淵』を発生させそうな奴に心当たりはないか?」

「それこそ知るかよ。あと、一応言っとくが、俺じゃねえぞ」

「そりゃそうだろうな」

 この男は悪党だが、邪悪とは言い難い。

 それに『呪い』――ダークソウルに対して、あるいは誰よりも真摯に向き合ってきた男だ。

 今さら暴走などさせはすまい。

「では、小ロンドの生き残りがいると?」

「まぁ、【墓王の眷属】がいるなら、小ロンドの関係者がいたって驚きはしねぇが……」

 ソラールの言葉に、パッチが禿頭を掻いた。

「小ロンドの系譜だってんなら、それこそロンドールの連中だろ」

「まぁ、建国にカアスが一枚噛んでいるのは間違いないだろうがな」

 亡者こそが人の本当の姿だ――と。

 あの思想はカアスの言葉に通ずるものだし、自ら『呪い』を深めていくのは『深淵』に手を出した公王どもと大差ないように思う。

 とはいえ、あのカアスに亡者や老人の寄る辺を築き上げるほどの健気さがあるかどうか。

(そもそも、アイツらがどこに消えたのかもよく分からないけどな)

 ドラングレイグ時代には見る影もなく。

 ロスリックにおいては、奴ららしき痕跡こそ、至る所――それこそユリア達を含めて――で見かけたものの、再会することはなかった。

「だが、『深淵』なら、むしろ『深みの大聖堂』だろう?」

「そいつも間違いないな。ったく、これだからクソ坊主どもはよ」

 迷惑なことこの上ねぇ――と。

 パッチが吐き捨てる。

「その『深みの大聖堂』というのは、白教のなれの果てだったか?」

「ああ。……そいつから聞いたのか?」

「そうだ。俄かには信じられんが……」

「ハッ、何言ってやがる。クソ坊主どもには似合いの末路だろうが」

 むぅ……と、ソラールが唸るのを聞きながら、胸中で繰り返した。

(深みの大聖堂。深みの大聖堂か……)

『深淵』を封ずることを使命としながら、最後は『深み』を崇めるようになった者達。

『深淵』と『深み』は似て異なるものだが……しかし、大本は同じだ。

 封じる術を知る者達なら、逆に呼び起こす術を知っていたとしてもさほどの不思議でもあるまい。

 

 

 ――最後に蘇った王たちの一人

 

 ――悍ましい人喰らい。だが……

 

 ――ああ。彼は……あるいは、彼だけが

 

(蘇った【薪の王】達の中で、唯一未来を見据えていた存在か)

 少なくとも、『深海の時代』なる明確な指針を打ち立てていた唯一の存在だ。

 あるいは、火防女の言葉だけを寄る辺に火を消した俺よりも遥かに。

(奴らがいるのか? 俺はてっきり……)

 いや、だが。確かに言われてみれば奴の気配だけは感じられない――…

「ああ、そうだ。話は変わるんだが」

 ――と。パッチが続けた。

「お前を目の敵にしてる金髪のチビがホークウッドの野郎を勧誘してたぜ」

「なに?」

 俺を目の敵にしている金髪のチビとなると……多分、すぐそこで野営しているあの小人の事だろう。

 だとするなら……まぁ、結果は聞くまでもないが。

「決裂したんだろう?」

「そりゃな。神どもに仕え、媚び売って英雄になりませんかって、今さら何の冗談だよ。なぁ?」

 まったくその通りだった。

 まして、ホークウッドは【薪の王】たる【深淵の監視者】の最後の生き残り。

 神どもの甘言を信じ、その果てに『英雄』となっていたかもしれない男だ。

 そして、灰となって蘇り、その先に名誉など何もなかったことすらも知っている。

「しかも、よりによってあの陰気野郎に持ち掛けるなんざ、流石の俺も笑い死ぬかと思ったぜ」

 あぶねぇあぶねぇ――と、割と本気でパッチが肩をすくめる。

 だが、今は……今もまたそういう『時代』なのだ。

 あの小人は、その先に栄光があると本当に信じているのだろう。

 だとしても、それは仕方がないことだ。

 そして、俺達が――他ならぬ俺がいったいどの面下げてそれを嘲笑えるというのか。

 神どもの謀りに乗って、真っ先に火に飛び込んだ大間抜けが。

「懲りない男だ」

 俺達にも、ああいう時期があった。それは認めざるを得ない。

 そして、認めたならば咎められるはずもない。

 嘲笑うなどできるものか。

 しかし、それでも。あるいは、だからこそ――…

(大昔の、愚かだった自分を見せつけられているようなものだからな)

 できることなら、自分諸共に焼き滅ぼしたくなる。

(四年前に言われていたなら、そこまでだったろうな)

 あの頃にそんなことを言われたなら、衝動的に鏖殺しているところだ。

 我ながら、かなり真剣にそう思う。

 今なら……まぁ、この前小娘に言われた時のように苛立つくらいで済むはずだが。

(……どうやら、俺の人間性はまだもう少しは持ちそうだな)

 少々怪しい気もするが……とりあえずは今はまだ良しとしておこう。

「あとは、お前についてあれこれ探っているらしいぜ」

「……そうらしいな」

「ったく、迷惑な奴らだ」

 肩をすくめると、パッチが吐き捨てた。

 まったくだった。

 何度でも言うが、俺達にとって素性を暴かれるのは厄介ごと以外の何物でもない。

 一人二人なら『口封じ』すれば何とかなるだろうが、奴らほどの集団となるとそれすらままならない。

 加えて、奴らの性格からして、バレたなら最後の最後までとことん殺しあう羽目になるのは想像に難くなかった。

 かなりの手間だが……まぁ、精々が『手間』止まりだ。

 問題は、その後。

 殺戮の後始末は大いに厄介なことになる。

 イシュタルはともかく、その手下のゴロツキどもを始末しただけであの騒ぎだった。

 都市が誇る大派閥を潰した日には、一体どんな騒ぎになることやら。

 そこに加えて、ベルの想い人までいる。

(……今の時点でベルと敵対するというのは、あまりに好ましくないからな)

 せめてもう少し力をつけてからなら……オッタルくらいなら軽くひねれるようになっているというなら、それもまた選択肢の一つだろうが。

(やはり、四年前に始末しておくべきだったか)

 そうすれば、面倒ごとが一つ減った。

 ……あの小娘とベルが出会わなかったなら、その分だけは減るはずだが。

(いや、全体を見れば結局変わらないか)

 残念なことに、あの小人ども……あの小僧とフレイヤこそが現体制の主柱だ。

 後先考えずにへし折ったなら、一体何が起こることやら。

 あの『輪の都』で、フィリアノールの眠りを醒ました時とは訳が違う。

 かつて散々に彷徨った『死んだ世界』ならともかく、ここは『生きた世界』なのだから。

 ……おそらく、そのはずだ。

(もし躊躇わずにできるようになったなら、俺も立派な亡者だな)

 自分の目的のために他の一切を利用し、蹂躙し、その程度の犠牲など安いものだと嘲笑する。

 今まで散々に忌避してきた神の姿を、わざわざ自分で真似ることはない。

 無論、神に限らず誰もが……例えそれが生者(にんげん)であろうと、一皮剥けば変わりはしない。

 それどころか、むしろ人間こそがその最たる存在とすら言えよう。

 それは分かっている。

 だが、せめてそれくらいの筋を通さなければ、グヴィンに憤ることもできやしない。

(もっとも、俺と奴らと殺しあうのは初めから――…)

 

 ――そう。結局のところ

 

 ――然り。■が本当に忘れていることはたった一つ

 

 ――それを思い出した時、この偽りの安寧は終わる

 

 ――あの都のように

 

「どうかしたか?」

「……いや、今頃グヴィンの奴がほくそ笑んでいるだろうなと思っただけだ」

 いや。それはそれで、まったく笑えない話なのだが。

「まぁ、何でもいいけどよ。お前ももう少し考えて動けっての。もう『不死院』行きで済む時代じゃねえんだぞ」

「あ~…。いや、本当に悪かった」

 ドラングレイクの『不死刑場』やロスリックの『不死街』にあった()()や『籠蜘蛛』を考えれば、ロードランの『不死院』など天国のようなものだ。

(ここだって扱いは変わらないだろうな)

 少なくともオッタルやあの小人、金髪小娘とその仲間たち辺りはここぞとばかりに嬉々として殺しに来る。

 その観点から見ても、ウラノスに喧嘩を売るのはなるべく避けた方が良さそうだ。

 他にも同胞(ふしびと)がいるならなおさら。

「言い訳だが、まさか俺以外にいるとは思わなかったんだ」

 実際、火防女に呼ばれたソラール達はともかく、まったく無関係な奴らがいるとは思わなかった。

 これからは、別の意味で慎重に行動した方が良いのかもしれない。

(他の連中が何を思って行動しているかは分からないがな)

 何であれ、せっかく『火のない時代』に迷い込んだのだ。

 別に全員仲良く苦難の道を進むことはないだろう。

 ……何かの弾みで『堕ちた』時のために、所在くらいは把握しておいた方が良いだろうが。

 そして、アンジェと言ったか。念のため、彼女にも口止めをしておかなくてはなるまい。

 

(……何より、ベルとそろそろ真面目に向き合う必要がある)

 

 内心で呻く。

 正直なところ気は進まないが……あいつは本当に資格を示してしまった。

 そこに加えて、向こうもすでに不死人と言う存在を知ってしまっている。

 ヘスティアが自分の眷属として迎え入れたなら、もはや隠す必要もないだろう。

 皮肉なことに、現時点で最も『王』に近いのはあの少年なのだから。

「ケッ、相変わらず詰めの甘い奴だぜ」

「否定できないが……。それはそれとして、お前に言われるのは何か微妙に心外だな」

 もっとも、こいつの詰めが甘くなかったら、多分ロスリックで再会する……少なくとも『輪の都』で出会うことはなかったかもしれないが。

 ともあれ、その頃には注文した酒が届いたらしい。

 天然洞窟にきっちりと隙間なくはめ込まれた枠に据え付けられた分厚い扉が乱雑に叩かれる。

 まぁ、この辺はならず者街ということなのか。

 然るべき報酬を払えば、こうして()()()()()()の会場を用意してくれる酒場もあるのだ。

「そら、注文の酒だ。それと肴もな」

 扉をあけると、不愛想な店員がぶっきらぼうに盆を突き出してきた。

 上に載っているのは少しばかり高額な安酒(エール)……というと、何だか矛盾した気がするが。

 実際のところ、リヴィラ特産の酒は、地上だとそれなりの値段がする。

 酔い方など忘れた不死人にとっては、贅沢品にもほどがある。

 だが、『ジークの酒』などもはや手に入らないのだから仕方がない。

 作り方を聞いておけば良かったとは思うが……あの味は、彼でなければ作れないだろうとも思う。

 俺が作ったところで、ただの安酒が精々だ。

「さて、それじゃ何に乾杯する?」

 戸締りをし、席に戻ってから問いかけた。

「無論、時を超えた再会だろう」

「どうせなら、素晴らしくもクソッたれなこの世界でもいいかもな」

「違いない」

 ソラールとパッチの言葉に頷いてから、杯を掲げる。

「再会と」

「相変わらずクソッたれな世界に」

 続けて、ソラールとパッチも杯を掲げ――

「炎の導きがあらんことを!」

「太陽万歳!」

「暗い魂あれ!」

 見事に全員がばらばらだった。

 思わず、三人揃って噴き出す。

 ああ、まったく……。

「どうやら、俺達の人間性はまだもう少し持ちそうだな」

「そのようだ」

「違いねぇ」

 これでこそ、我の強さだけが頼りの不死人というものだ。

 

 

 




―お知らせ―
 お気に入り登録していただいた方、感想を書き込んでいただいた方、ありがとうごいます。
 次回更新は5月中を予定しています。
 20/05/18:誤字修正

―あとがき―

 最大装備重量大幅上昇とかチートすぎる By不死人一同
 
 今回の見どころは、久方ぶりの灰の人とリリルカの心温まる交流シーンです。
 …実際にリリのスキルはダークソウル的にはかなり凶悪だと思います。
 ほぼ間違いなく1.19倍以上でしょうし。

 と、そんなわけで大変に遅くなりましたが第三節更新となります。
 すみません。ちょっと、色々と事情がありまして…。
 拙作に最も関係するのはプロットとかタイムテーブルとかをまとめて管理していたエクセルデータが突然消えた事しょうか。
 …いえ、かなり古いデータとはいえ、別のファイルが残っていたのでまだ何とかなっていますが。
 元々、タイムテーブルについては書き直そうと思っていたこともありますしね。
 むしろ、登場キャラクターの名簿が消えた方が問題だったり…。
 
 と、それはさておき。
 今回は戦闘シーンなし。動いているのは各勢力の思惑だけという…。
 正直、ちょっと舞台を温めるのに時間をかけすぎた気がしてなりません。
 温めすぎて腐る前にいい加減、物語を動かさなくては…!
 
 ともあれ、灰の人はホークウッドさんに続いてパッチとも再会となりました。
 作中でも触れていますが、拙作のパッチは『輪の都』イベント(ダークソウル3DLCコンテンツ)を経験した後のパッチです。
 いわば(ほんのちょっとだけ)綺麗なパッチですね!
 ちなみにこのパッチですが、実は今回が初登場ではありません。
 実はもう少し前にこそっと登場していたのです。
 
 と、そんなわけで今回はここまで。
 
 どうか次回もよろしくお願いいたします。
 また、返信が遅くて恐縮ですが、感想などいただけましたら幸いです。
 

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