SOUL REGALIA   作:秋水

7 / 36
※18/07/01現在、仮公開中。
大幅な変更、改訂を行う可能性があります。


第二章 火無き時代の人と神
第一節 美女■野獣


 

 ダンジョン。

 迷宮都市オラリオの地下に広がる地下迷宮。

 未だその全容は誰も知らないとされる。

 古代においては総てのモンスターの母胎として、恐れられたその大地の洞は、魔石の有用性と数多の資源が眠る事を知られるやいなや、オラリオに莫大な富をもたらした。

 ……数多の死と絶望を対価として。

 だからこそ、そこに挑む冒険者達には富の他に、名声と栄誉。成功と賞賛が与えられるようになる。

 その輝きに魅入られた冒険者達は、千年にも渡り自らその魔窟に踏み込み、そして消えていった。

 無数の生と死。限りない希望と絶望。与えられる名声と破滅。それらが幾重にも交差するその迷宮では、いくつもの伝説が生まれては消えていく。

 迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)――と。神々すら巻き込んで大仰に纏められるものばかりがダンジョンの伝説ではない。

 他愛のない噂話程度のものなら、日々生まれ、忘れ去られていく。

 都市伝説、とでも言えばいいだろうか。

 例えば『迷宮に響く歌声』。

 二七階層を進む冒険者は、稀に絶世の歌声を聞く事があるという。

 モンスターの鳴き声と聞き前違える事などに美しく、耳にした者の多くがそこが迷宮であることも忘れ、しばし聞き惚れるという。

 ぜひ歌い手を知りたい――と、冒険者依頼(クエスト)が発行されるも、今に至るまでその歌い手の正体を突き止めた者はいない。

 それが一層浪漫を掻き立てるのか、今もそれに挑む冒険者は決して少なくないという。

 神々すら魅了する『未知』が眠るダンジョンらしい伝説(うわさ)と言えよう。

 ダンジョンの恐ろしさを示すもので言えば『彷徨える死体』。

 ダンジョンを進んでいると、向こう側から同業者が一人近づいてくる。その時、少しでも様子がおかしいと思ったなら要注意だ。それは、ダンジョンに斃れた冒険者のなれの果てかもしれない。死してなおダンジョンを彷徨い、新たな『仲間』を求めているのだ。

 と、おおむねそんな噂である。

 その噂が囁かれるようになったのは、六年前からだと言われている。ちょうどその頃、オラリオ史にも記されるとある『惨劇』が起こった事も、その噂に信憑性をもたらしている。いや、それがあったからこそ、そんな説が生まれたのかもしれない。

 モンスターの巣で怪談話もないだろう。そう笑う冒険者は多いが――しかし、怪談めいたその噂は今も密かに囁かれ続けている。

 そして、もう一つ。近年になって囁かれる噂があった。

 それが『黄金のサインと太陽の戦士』である。

 ダンジョンで窮地に陥っても諦めてはいけない。よく周りを見るといい。運が良ければ黄金のサインが見つかるかもしれない。

 

 そう。そして――…

 

「ハッ! ハッ! ハッ! ――ッ!」

 もつれかかった足を必死に動かしながら、ダンジョンの中を走る。

 些細なミスに不運が追い打ちをかけてきた。いや、ダンジョンの悪意だったのか。

 初めての階層で、ルートを一本間違えた。そこで、怪物の宴(モンスター・パーティ)が発生した。ただそれだけだ。

 ただそれだけで、窮地に立たされた。

 そして、仲間とはぐれ……いや、仲間を見捨てて逃げ出して、今ここにいる。

「クソッ、クソッ!」

 どのみち、一緒にいたところで全滅するだけじゃないか。

 どこかで他のパーティに助けを求めなくては。

 言い訳が次々と浮かんでは消えて――

「うわっ!?」

 ついに足がもつれ、地面に叩きつけられる。

「何だ……?」

 その先に、奇妙なものがあった。

 黄金の光を放つ、神聖文字(ヒエログリフ)のようなもの。

『グオオオオオオオッ!!』

 そんなものに気を逸らしていたのが、致命的な隙となった。

 起き上がるより早く、モンスターの咆哮が近づいてくる。

 お前はこれで終わりだ。死神の囁き声を確かに聞いた。

「クッソオオオオオッ!!」

 地面に――黄金のサインごと――地面に爪を立てて、絶叫する。

 と、その時。

「なっ?!」

 黄金のサインがその輝きを増し、魔法円のようなものが浮かびあ上がった。

 そして、その中央には奇妙なポーズをとる一人の人影が。

『ガアァアアアアアアッ!』

 そこで、ついにモンスターどもに追いつかれた。

 牙をむき飛びかかってくるそいつらを、その人影――太陽の如き黄金の輝きに包まれたその戦士は容易く両断して見せた。

「え……?」

 間の抜けた声がこぼれた。

 その身体を包む輝きを別とすれば、その戦士はあまりに凡庸な姿をしていたからだ。

 バケツめいた兜――確か大兜(グレートヘルム)という種類だったはず――に、チェインメイル。さらに腕にはシンプルな腕輪。脚もやはりシンプルな足甲。

 他の特徴と言えば、上からは羽織るサーコートに太陽を模した妙なエンブレムが描かれている事くらいだろうか。

 手にした武器もどこにでもありそうなロングソードと、ラウンドシールドだった。

 オラリオではまず見かけない型の古い装備。

 よほど貧窮した【ファミリア】の冒険者なのか――と、絶望混じりにそう思った。

「貴公、大丈夫か?」

 しかし。その戦士は迫るモンスターをたちまちのうちに一掃してから、平然とこちらに話しかけて来る。

「あ、ああ。あんたは……?」

 助かった。そんな言葉が、どこか遠くから聞こえて来る。

「俺か。俺の名は――」

 いや、違う! まだ終わっちゃいない!

「そ、それよりも助けてくれ! まだ仲間が……っ!」

 見捨ててきた仲間を助けてくれ――そんな、情けない願いにその戦士は。

「任せておけ」

 こちらを嗤うこともなく、ただ真摯に頷いてくれた。

「では、行こう。貴公の仲間を救うために」

 差し出されたその手を、ほんの少しだけ迷ってから握り返す。

 そして、立ち上がり。その戦士と共に走り出した。

「お前ら、生きてるかあああああっ!」

 来た道を駆け戻り、迷い込んだ広場へと飛び込み叫んだ。

「助け! 助けを連れてきたぞおおおおおっ!!!」

 その叫びに、返事は――

「おせぇよ馬鹿!」

「ったく、トロいわねっ!」

 返事は、あった。

 全員満身創痍だが、まだ生きている……!

「さぁ、行くぞ!!」

「ああっ!」

 黄金の戦士と共に、仲間のいる戦場に飛び込む。

 そして――

「よっしゃああああっ!」

「生き残ったわね!!」

 今まで経験した中でも最も激しい戦闘を追え、自分達は生き残った。

 まぁ、それもひとえにその戦士が一番苦しい戦場を受け持ってくれたおかげだが。 

「ウワッハッハッ! 見事な戦いだった!」

「い、いや。それは、あんたがいてくれたから……」

「何の。貴公が危険を承知で一人助けを求めにきたからこそ、俺もこうして間に合ったのだ。そして、貴公を信じて仲間達が踏みとどまったからこその勝利だろう?」

 兜の向こうで、その戦士が笑ったのが分かった。

 しかし――

「そ、それは……!」

「おうよ! ま、あの状況じゃ他に出せる指示もなかったがな!」

「うぉいっ?! それでも団長かあんたは!?」

「うるせえ! まー、もうちょっと早く来てくれると、俺らもここまでボロボロにならないで済んだんだがな!」

「そうそう!」

「つーか、そもそもお前が道間違えたのがいけねぇんだろうが!」

「うっさいわね! なら、ちゃんとした地図が買えるくらい稼ぎなさいよ!」

 言葉に詰まる自分を、仲間たちがもみくちゃにする。

「なあ、あんた。名前は――」

 自分たちが問いかけるより少し早く、黄金の戦士の身体が薄れ始めた。

「うむ。残念だが、そろそろ時間らしい」

 慌てる俺達をよそに、その戦士は相変わらず平然として言った。

「なに、生きていればいずれまた会えるだろう」

 おそらく何かのスキルか、魔法……によるものなのだろう。

「では、しばしの別れだ。勇敢な戦士達よ!」

 ウワッハッハッ!――と、最後まで快活な笑い声を残し、その戦士はどこかへと戻っていった。

 

 …――そして、それに助けを求めれば、黄金の戦士が助けに来てくれる。

 

 そんな噂が語られていた。

 ちゃちな気休めだと笑う冒険者もいる。軟弱だと嘲笑う冒険者もいる。

 しかし、その証拠として奇妙なメダル――誰からともなく『太陽のメダル』と呼ぶようになったそれを持つ者は、確かに存在する。

 

 

 

 あの年は市民参加型だった――などと後に揶揄される事になる怪物祭から一夜明けて。

「あ、クオンさん! お帰りなさい!」

 馴染みの宿でアイシャと別れてすぐに廃教会に戻ると、まだベルがいた。

 普段ならもうダンジョンに向かっている時間だが、今日は例外らしい。

「よう、ベル。昨日は随分と活躍したそうじゃないか。霞から聞いたぞ」

「い、いえ。むしろ霞さんと神様のおかげと言うか……」

 照れたように頭を掻くベルの後ろからヘスティアが顔を出す。

「そういう君こそ、ずいぶん派手に暴れたようじゃないか。闘技場周辺は復興作業が必要みたいだぜ?」

 その苦情は俺ではなく、糸目の小僧の手下どもに言ってくれ。

 というか。多分、リヴェリアが魔法を放ったのが主な原因だ。

 ……俺が呪術を放った時よりもさらに焼け焦げていたし。

(まぁ、デーモン相手に加減はできないだろうな)

 ヘスティアの言葉を適当に受け流し、肩をすくめて見せる。

「逃げたモンスターだけならまだしも、新種まで現れたんだ。あれで済んだだけ安いものだろうさ」

 もっとも、俺にとってはどちらも見知った相手だったが。

「その話も本当なのかい?」

「ああ。始末したのは俺だからな」

 厳密に言えば山羊頭の一匹を仕留めたのはアイシャとシャクティで、牛頭のデーモンの片割れを始末したのは金髪小娘達だが……まぁ、半数以上は相手にしたのだ。始末したと言っても、文句はあるまい。

「相変わらずのLv.詐欺だねー」

「何を言っている。正直にLv.0だと答えているだろうが」

 だから詐欺なんだけどなー…、なとどぼやくヘスティアはひとまず放っておいて、ベルに問いかけた。

「今日はダンジョンに行くのか?」

「はい。そのつもりです」

「昨日の今日なんだし、休めばいいって言ってるんだけどねー」

 頷くベルと、むくれるヘスティアに苦笑する。

 なるほど。ヘスティアを説得するのに時間がかかったから、この時間という事か。

 しかし、そうなると……

「ふむ……」

「何か問題でもあるのかい?」

「いや、問題と言うか……」

 しばし言葉に迷ってから、そもそも迷う事もないかと思い直す。

「実は昨日の騒ぎの後始末を依頼されててな。しばらくしたら、そちらに行かないといけないんだ」

 つまり、ダンジョンにはついていけない。ただそれだけの事である。

「後始末?」

「逃げたモンスターは全部倒されたって聞きましたけど……」

 首を傾げる二人に肩をすくめて見せる。

「脱走したモンスターじゃない。新種の方さ。何しろ、連中は石畳をぶち抜いて姿を現したからな。地下水路に穴が開いてないか確かめつつ、残党狩りが必要なんだ」

「ああ、なるほど。そういうことか」

「クオンさん一人で、ですか?」

「まさか。地下水路はこの街の全域に蜘蛛の巣のように張り巡らされているんだ。一人でやったらいつ終わるか分かったものじゃない」

 さらに言えば、ダイダロス通りに次いで複雑に入り組んでいるのだ。

 どうあっても人手が必要となる。

「【ガネーシャ・ファミリア】と合同……というか、そこの調査隊に組み込まれるだけだ。まったく、人使いの荒い連中だよ」

 昨日あれだけこき使っておきながら、まだ足りないと見える。

 ……もっとも、今回は【ガネーシャ・ファミリア】ではなくギルドからの肝煎りだが。

「むぅ。という事は、今日はベル君一人になっちゃうのか。やっぱりやめておいたら?」

「大丈夫ですって、神様」

 おそらく、こんなやり取りを今まで続けていたのだろう。

 ふむ。と、呟いてから口を開いた。

「なら、いつも通り軽く手合わせしてみるか? それで様子を計ってから決めればいい」

 見たところ、ヘスティアはともかくベルは特に疲労を残しているようには見えない。

 死闘だった事は疑いない。が、それでも死力の限りを尽くさねばならない程ではなかったのだろう。ベル自身にすらその自覚がないとしても。

(ま、Lv.1でも倒せる範囲ではあるらしいしな)

 もっとも、そろそろランクアップが見えて来る程度の力量は必要らしいが。

 後でヘスティアにでも【ステイタス】を訊いてみるとしよう。

「むうぅ……」

 さて。そのヘスティアはと言えば。

 腕を組み、しばらく唸ってから、

「判定は厳しめに頼むよ?」

 結局、そう言って頷いたのだった。

「はぁああああっ!」

 ベルの剣を捌きながら、内心で舌を巻く。

(まさかこれほどとはな)

 シルバーバックを単独撃破した以上、能力が大幅に強化されたのは間違いないとは思っていたが、まさかこれほどとは。

(なるほど。これはヘスティアが妬くわけだ)

 惚れた女のためだけに、ここまで能力を向上させられるとは。

 俺ですら驚くのだから、憎からず思っているヘスティアの心中は察するに余りある。

(いや、しかし。これは期待以上だな)

 この調子で伸びていくなら、あるいは本当に()()()()かもしれない。

 微かな手ごたえと共にベルの木剣を弾き飛ばし、ひとまずの結論を口にした。

「まぁ、普通の探索なら問題ないだろう。到達階層を増やすのは勧めないが」

 要望通り判定を厳しくしても、大体そんなところだった。

「むむっ!」

 不満そうに唸るヘスティアに、もう少しだけ妥協する。

「なら、五階層までにしておけ」

 もっとも、ベルにとってはそここそが因縁の階層だろうが。

「むー」

 ヘスティアはまだ唸っているが……まぁ、これ以上は言いようがない。

「ベルだってその新しいナイフを早く試してみたいんだろう?」

 腰に見慣れないナイフを装備しているのは分かっていた。

 おそらく、ただのナイフでもない事も。

「それは、まぁ、そうですが……」

 どことなくソワソワしているのは、おそらくそれが原因だろう。

「分かったよ。まぁ、これまでだって一人だったんだし、今さらそこまで心配するのも変な話か」

 観念したように、ヘスティアが項垂れる。

 そもそもここまで急激な成長が始まる前に、単独で五階層まで到達しているのだ。

 今のベルならよほど油断しない限り問題はない。

 その辺りはヘスティアだって分かっているはずだ。

「でも、ベル君。無理は禁物だよ?」

「はい、神様。無理はしません」

 頷くと、装備品の再確認をしてからベルはダンジョンに向かって行った。

「さて、と。それじゃ、俺も行くとするか」

「地下水路かい? 具体的にどこにいくのさ?」

「俺は闘技場周辺だな。ダンジョンに繋がっているなら、そこが一番可能性が高い」

 要は一番危険地帯という事だ。

「……まぁ、余計な心配なのかもしれないけど、君も無理するんじゃないぞ?」

「分かってる」

 と、言うより。俺個人としては、もうそこには何もないと考えている。

 少なくとも、あの蛇もどきの生き残りがいるとは思えない。

 もし他にも潜んでいるとするなら、それはむしろ別の区画にいるはずだ。

(ま、その辺りはシャクティだって分かってはいるだろうがな)

 かといって、どこにいるか分からない相手に俺をあてがう事はできない。

 団長としては一番危険がありそうな場所に置くしかないのだろう。

 そこには、少なくともダンジョンへ直通の穴が開いている可能性はあるのだから。

 

 …――

 

「それで、あの女の沙汰はどうなった?」

 場所は変わって、第三区画地下水路。

 行灯型(カンテラ)の魔石灯を掲げて歩きながら、隣のシャクティに問いかける。

「概ねお前が予想する通りだろう」

「となると、精々が罰金か……」

「ああ。新種やデーモンは神フレイアに味方したらしい。まだ踏ん張ってはいるが、結果が大きく変わる事はないだろうな」

 どうやら本当に昨夜思い描いた通りに事態は推移しているらしい。

「お前らが止めるから……」

「馬鹿を言え。いきなり双璧の片方が崩れた日には『暗黒期』に逆戻りしかねない」

「お前達じゃまだ足りないか?」

「さすがに試してみる程の自信はまだないな」

 それは残念だ。いや、あの連中にもこれくらいの謙虚さがあれば『暗黒期』とやらに陥らなくて済んだのかもしれない。

(いや、そうでもないか?)

 そもそも、二大派閥の交代劇からしてどうにもきな臭い。

 糸目の小僧とあの女の手下どもは良いように踊らされているだけのような……。

(あの爺さんもなかなか食わせ物だからな)

 ギルドの真の主を思い浮かべ、小さくため息を吐いた。

(どうにも、俺が話していない事まで知っている気配があるくらいだしな)

 昨夜のやり取りを思い出し、俺は小さくため息を吐いた。

 

 …――

 

「戻ったか、クオン」

 ギルド本部の奥の間。あるいは心臓部。

 祈祷の間と呼ばれるそこには、一人の巨大な老爺と、見慣れた同胞のなれの果て――と、おおむね同じような姿をした存在がいた。

「ああ。久しいな、ウラノス、フェルズ」

 およそ三mほどの背丈を持つ老人。それこそがギルドの主神ウラノスだった。

 そして、黒い襤褸にも見える黒衣を纏った白骨が、彼の神の片腕。名前を【賢者】フェルズ。俺達とはまた違う形で『不死』となったこの時代の人間である。

「戻ったという事は、『後継者』を見つけたか?」

 生者のそれとは微妙に異なった響きの声――俺にとっては懐かしいものだったが――で、フェルズが問いかけてくる。

「ああ。お前達の希望通りの相手を見つけてきたつもりだ。もっとも、成長するにはまだ時間が必要だろうがな」

「それは仕方あるまい」

「たった三年でお前のようになられては、それこそ私達の立つ瀬がない」

 告げると、ウラノスとフェルズが口々にそう言った。

(『ソウルの業』さえあれば、今の俺くらいにはすぐに――)

 いや、そうとも言い難いか。

 ベルの到達階層辺りのモンスターなら、そのソウルも微々たるものだ。

 ただの生者よりはマシだが、巡礼地の入り口辺りで斃れた亡者たちにも及ばない。

(ま、そもそもどちらが優れているか簡単に比較できるものでもないか)

『ソウルの業』と『神の恩恵(ファルナ)』。どちらも最終的に行きつく場所はおそらく同じだ。

 個人的には『器』の拡張にいちいち『偉業』とやらが必要な『神の恩恵(ファルナ)』の方が面倒だとは思うが……しかし、『火の時代』ならむしろ楽だったか。

(ここだと迷宮の弧王(モンスター・レックス)とか呼ばれそうな連中が、その辺りを平然と闊歩しているからな)

 何しろその辺にいる名もない平凡な騎士ですら、ここならLv.2に相当するはずだ。

 ドラングレイグで会った武人、ウーゴのバンホルトなど、『ソウルの業』が忘れられつつあったあの時代において、独力で、しかも呪いを持たぬ生者の身でそれを修め、さらには玉座にまでたどり着いて見せた。

(彼なら、そのうち自力で≪月光の奔流≫くらいは放ちかねないな)

 白竜シースが遺した≪月光の大剣≫――の、贋作である≪蒼の大剣≫を真打だと信じていた彼を思い出し、小さく苦笑する。

 ついにそれが贋作だとは伝えられなかったが、しかしドラングレイグ最後の戦いにおいて、その剣の冴えは真打を上回ったかもしれない。武器を生かすも殺すも使い手次第という事なのだろう。少なくともあの武人は、今も俺が知りうる限り最強の『生者』である。

 もっとも、『ソウルの業』は危険だ。

 少々特異な時代だったとはいえ、マフミュランは大量のソウルを取り込み、その果てにソウルに『酔って』は我を忘れていった。

 いや、あれが素の性格だったのかもしれないが……いずれにせよ、他者のソウルを取り込む事にはそれなりの危険が伴う。

 それに、

(死んで覚えろって訳にもいかないからな)

 戦い方は死んで覚えろ――とは、不死人の中でよく言われる冗句だが……その実、真理でもあった。

 尋常ならざる敵の倒し方。罠に満ちた巡礼地の進み方。亡者や異形どもが吹き溜まる難所の切り抜け方。それらは死を経験すると共に学んでいった事だ。

 もちろん、その中にはソウルの育て方も含まれる。

 しかし、呪い無きこの時代はそうはいかない。死ねばそこまでだ。

 それに、『ダークリング』を持たない生者は、元より『ソウルの器』である不死人よりもソウルを回収しづらい傾向にある。

 一方で『神の恩恵(ファルナ)』は成長速度こそ遅いが、総じて安定しており、目立った危険も概ねなさそうだ。

 それらを考えれば、やはりどちらが優れているかは簡単に判じづらい。

(ま、誓約を交わす神を殺せばそれまでってのは致命的な欠陥だがな)

『ソウルの業』は完全に個人に帰属するが、『神の恩恵(ファルナ)」は所詮借り物だ。

 どちらかを選べというなら、少なくとも俺は『ソウルの業』を選ぶ。

 が、それはあくまでも個人の好みの域を出まい。

 そして、それを踏まえて言うなら、こうして『神の恩恵(ファルナ)』が主流となったのは、多くの者がそちらを選択した結果であると言うよりない。

(扱いやすさと広告の差、か)

 まぁ、そんなところだろう。

 しかし、それはそうとして――

「だが、あまり時間もないようだぞ」

「何かあったのか?」

「ああ。例の連中が、五九階層で新しい『尖兵』を育てている。まだ、そこまで育ってはいないがな」

「ならば、何故討たなかった?」

「邪魔が入った」

 ウラノスの言葉に、肩をすくめて見せる。

 むしろ、問題となるのはその『邪魔』の方だ。

「何者だ?」

「何者かは知らない。だが、それ自体は良く知っている」

「どういう意味だ?」

「闇霊。四年前にも話しただろう? 『火の時代』に、巡礼地にあった脅威の一つだ」

「魂を求めて彷徨う悪霊だったな」

 ウラノスの言葉に頷いてから、続ける。

「ついでに言えば、四年前に俺を()()()奴だな。装備や太刀筋が同じだった」

「待て。それはつまり――」

「同じ闇霊と二度出くわす事も別に珍しいとは言わないが……まぁ、おそらく()()がこの世界にいるんだろう」

 肩をすくめてやる。

「何であれ、今の俺よりは確実に手練れだ。おかげで『尖兵』には逃げられた」

 いや、四年前のように俺自身が殺されなかっただけまだマシか。

 もっとも、そいつに六〇階層にまで追いやられたが。

「そんな者が奴らに与しただと?」

「別に意外じゃないだろう? そもそも霊体を飛ばしてまで人を殺そうとする奴らがまともなはずもない」

 もっとも、向こうにだってそれなりの言い分はあるのだろう。

 人間性を失えば亡者となり果てる。それを補うには、結局は他者から奪うのが一番早くて確実なのだ。人間性の限界を前にしては、誰だって手段は選べない。

(といっても、あいつは愉快犯だろうがな)

 あの闇霊に関して言えば、そこまで差し迫っているようには感じられなかった。

 あくまで殺しを――死合を愉しむ手合いと見るべきだ。

「では、五九階層にいる『尖兵』は――」

「俺以外の誰も行っていないなら、今も健在だろうな」

 ウラノスが深々と嘆息した。

「六〇階層より先は?」

「闇霊との戦闘でだいぶ消耗したからな。そこまで広く捜索できなかった。だが、見た範囲では尖兵の姿はなかったな。もっとも、もはやダンジョンの何階層にいるかなど問題ではないだろう?」

「確かに。すでに奴らは地上に潜んでいる」

 それがあの『新種』――地下から現れた蛇もどきどもだ。

「そちらはどうなっている?」

「今のところ神フレイアが関与した証拠はない。いや、実際に彼女は無関係だろう」

「デーモンの方は?」

「それはお前の方が詳しいのではないか?」

 それはまぁ、色々と縁のある相手なのは認めるが。

 しかし、

(混沌の炎だと?)

 奴らがいるなら、どこかに必ずそれが存在するはずだ。

 ロードランで俺がその『苗床』を討ち、ドラングレイグ時代には沈黙の巫女によって封じられ、ロスリックではほぼ消滅していたはずだというのに。

 気になると言えば、そもそも奴らが現れたあの瞬間の光景だ。

(深みの魔術。深淵の力か)

 サリヴァーンの配下が現れる前兆。あるいは、遠い昔、ロードランで滅びゆくウーラシールへと俺を連れ込んだマヌスと同じだ。

 いずれにせよ、深淵に連なる力が関与している。

(混沌の炎と、深淵か……)

 まるで接点がないとは言わない。

 沈黙の巫女――マヌスより生じた闇の子の一人、アルシュナは凍てついたエス・ロイエルの主聖堂で、一人混沌の炎を封じ続けていた。

 おそらく、彼女の献身があったからこそ、ロスリックにおいてデーモンはほぼ滅んでいたのだろう。

(その炎が一体何故?)

 彼女の身に何かあったのか。それとも、何かがきっかけで心変わりしてしまったのか。

(……あるいは、彼女の封印を破った何者かに簒奪されたか)

 もしくは、新たに熾されたか。いずれにしても、厄介な事になりそうだった。

 そして――

(デーモンという存在を、ごく当たり前に把握しているな)

 デーモンについて、俺は四年前に一切話していない。

 そもそも、奴らがまだ存在しているなど、つい先ほどまで完全に埒外だった。

 だというのに、二人はごく当たり前のように把握している。

(さて、どこから仕入れたんだか……)

 この爺さん達も独自に『火の時代』を調査している節がある。

 俺以外に別の情報源を持っていても驚きはしない。『火の時代』を知るからこそ、この爺さんにとって俺は厄災の化身そのものだろう。

「それで、そちらはどうなんだ? 具体的には、あの女の処遇だ」

「神フレイアか……」

「今のところ、彼女があのモンスターを地上に連れ出したとは考えづらい。無論、デーモンなど手に負えまい」

「それで? 俺が言うのもなんだが、あれだけやって沙汰なしか?」

「そこまでは言わない。いずれにせよ、何らかの罰則(ペナルティ)は与えられるはずだ」

「……もっとも、流石に都市外への追放とまではいかないだろうがね」

 ウラノスの言葉に、フェルズが肩をすくめた。

「奴らが動き出したのだ。今、オラリオを弱体化させるわけにはいかない」

 なるほど。確かに、あの蛇もどきの飼い主どもを相手にするには、あの女の手下の力も欠かせないか。

「それはそうと。もう一つ気になる情報がある」

「何だ?」

 ウラノスの言葉に、多少うんざりしながら問いかける。

「『アンデッド』だ」

「なに?」

「『アンデッド』と呼ばれる存在が、ダンジョン内で目撃されている」

「……あそこなら、それくらいいても驚かないがな」

 スケルトン系のモンスターなら見かけた事がある。もっとも、一度斃せばそのまま素直に灰になってくれる親切な連中だったが。

「モンスターではない。かと言って、私やお前とも違うようだ」

「ほう?」

「明らかに冒険者の格好をしていた。……詳細はまだ不明だが、確かに知人だったと証言する者もいるとも聞く」

「ダンジョンのどのあたりだ?」

「そちらもはっきりしない。大枠で言えば『下層』辺りが多いが、『上層』で目撃したという報告もある。いや、正しく言えば大枠と言えるほど目撃件数も多くはないが」

「なるほど、な。一つ訊くが、俺と同じ『呪い』の噂はあるか?」

「そちらは真っ先に確認した。今のところ、発生は確認されていない。かといって、私と同じだとも思えない」

「それはそうだろうな」

 しかし、そうなると――

「いや、まさかな……」

「心当たりでも?」

「まるでないわけでもないが……」

 人為的に『ダークリング』とほぼ同じ力をもたらす邪法には心当たりがあった。

(『暗い穴』。ロンドールの黒教会か)

 こうして俺達が入り込んでいる以上、可能性は皆無とは言えない。

 しかし、あの連中が入り込んでいるとなると、いよいよオラリオの危機は高まったと言えよう。ある意味において、あの連中はデーモンよりも厄介だ。

 そう思う程度には、あの『穴』の力は魅力的だった。

(今度リヴェリアと会ったら念のため教えてやるべきか……?)

 身近なところでは、あの小娘あたりが食いつきかねない。

 ……もっとも、ただの生者に穿てるものなのかどうかは知らないが。

(それを試した結果、という可能性もあるか?)

 何であれ、もし予想通りならこの『時代』の人間にとってこの上ない脅威となる。

 不死人を真に『殺す』にはそのソウルを根こそぎ奪うしかない。そのためには最低でも『ソウルの業』を修めていなければならない。

 ……それですら、本来は気が遠くなるほど殺し続けなければならないのだが。

「分かった。そちらは見かけたら始末しておく」

 それを一度で――あるいは、ほんの数回で――成し遂げられる者を、かつては『不死の英雄』と呼んでいたのだ。

 無論、俺とてこれでも【薪の王】の末席に名を連ねる身。それくらいの事はできる。

「しかし、デーモンに闇霊に亡者。それに今話題の『新種』か。まさに群雄割拠と言ったところだな?」

「ダンジョンの中にこもってくれているうちはまだマシだがね」

「いや……。そうとも言い難い」

 嘆息するフェルズを、重々しい口調でウラノスが窘めた。

「地上を目指されるのも厄介だが、『下』を目指されるのも問題だ」

「なるほど。ダンジョン最下層か」

 再びフェルズが嘆息した。

 やはり、そここそが新たな『玉座』なのだろう。

「『新たな時代』をもたらす大いなる誓約、か」

 あるいは、本当の脅威は誰も彼もがそこを目指しているのだろうか。

「そちらは、今しばらく待とう。時間に余裕があるとも言い難いが、『時代の担い手』も揃いつつある」

 なるほど。ベルの他にもいるのか。

 いや、それとも最下層に近いところにいる冒険者連中を指しているだけだろうか。

「それより、クオン。一つ頼まれてほしい」

「今度はなんだ?」

 ウラノスの言葉に、多少警戒しながら応じる。

 この爺さんからの頼み事は基本的に面倒な物ばかりなのだから。

「そう警戒する事はない。ただ、【ガネーシャ・ファミリア】が行う地下水路の調査に同行して欲しい」

「今から?」

「いや、明日の朝からだ。【ガネーシャ・ファミリア】も当事者だからな。さすがに今夜は街を哨戒するのが限界だ」

 それもそうか。シャクティ辺りにとっては、今夜は長い夜になるだろう。

「できれば奴らの魔石を外に流出させたくない。ところで、今回のものは?」

「二つは回収してある。もう一つは、間に合わなかった。それより先にデーモンが出たからな」

 あの蛇もどきの魔石を二つ、フェルズに放って渡す。

「なるほど。少々面倒だな。現場から回収されたという報告はない」

「なら、デーモンどもが砕いた事を期待しておけ」

「『悪魔(デーモン)』に期待するなど、いい結果にはなりそうにないな」

 やれやれと言わんばかりに、フェルズが肩を落とした。

「いつまでも隠し通せるものでもない。それに、奴らが本格的に動き出したなら、他の冒険者たちの助力も必要になってこよう。だから、そう気に病むな」

 一方のウラノスは、多少の労りを混ぜて苦笑して見せた。

「今日のところはここまでにしておこう。明日は任せた」

「ああ。……まぁ、地下水路にはいい思い出がないがな」

 ネズミを追い回し、バシリスクに呪われ、闇霊に絡まれ、何か奇妙な『なりそこない』や死体蛆どもに追い回され――と、まぁ他にもまだあるが。

「私はむしろ、お前がいい思い出のある場所を知りたいよ」

「それくらい俺にだってあるに決まっているだろう?」

「ほう? 参考までに教えてくれないか?」

「そりゃ――」

 真っ先に思い付いたのは、師匠達と過ごした我らが蜘蛛姫(誓約主)様の隠れ家だったりするわけだが。

 蜘蛛の巣と虫の卵という刺激的な調度品に囲まれたあの空間も、まぁ慣れてしまえばどうという事もない。

 しかし、そんな事を言えば控えめに言っても大笑いされるだろう。

「まぁ、海の見える街、とでも言っておこうか」

 もっとも、俺がたどり着いた時点ですでに滅んでいたが。

 それでも、今にして思えばあそこが一番文明的な拠点だったように思える。

 廃屋とはいえ、初めて帰るべき家を持った場所でもあった。

「……意外と洒落た事を言うな」

 呆気にとられたように、フェルズが呟いた。

 もっとも、その実情を伝えればやはり呆れるか何かするだろうが。

「ふむ。その街に興味は尽きないが、それはまたの機会にしよう。明日は任せた」

「何か成果があるとも思えないがな」

 

 …――

 

 と、別れ際に言ったのは確かに俺自身だったが。

「これは空振りだな」

 あの蛇もどきがぶち抜いた石畳を下から見上げ、肩をすくめる。

 地下水路を移動したのは間違いなさそうだが、それ以外の収穫は今のところない。

「近くに巣でもあれば話が盛り上がるんだがな」

「そう言えるのはお前くらいなものだ」

 傍らのシャクティが小さくため息を吐いた。

 珍しくしっかりと化粧をしているのは、クマを誤魔化すためだろうか。

 いつもの拳装と愛用の槍を携え、腰には上等な直剣まで帯びている。

「それに、空振りではない。ダンジョンから直接現れた訳ではないと分かっただけでも充分な収穫だ」

 確かに、今のところ水路の床に大穴が開いている様子はない。

 それを踏まえて考えれば、あの蛇もどきはダンジョンから直接出てきたのではなく、どこか別の場所から外に出て、水路を伝って移動してきた――と、判断すべきだろう。

「しかし、そうなると。連中を連れ出した奴がいるという事だな」

「おそらくな。しかし、一体どうやって……」

 シャクティ達のように、バベルを経由して連れ出すのは不可能だ。

 いや、連れ出すだけなら可能だろうが、誰にも知られずに、とはいかない。

 と、なると。

「どこかにあるんだろう」

「何がだ?」

「ダンジョンへの出入り口がだ」

 そうでなければ、話が合わない。

 実際、どこぞの湖の底にももう一つ出入り口があるらしい。

 ならば、もう一つ二つ、知られていない出入り口があったとしても驚くほどの事ではないだろう。

「……正気か?」

「ああ。まだ亡者にはなり切っていないつもりだ」

「そういう意味では……。いや、それより。ロログ湖の出入り口はもう封印されているんだぞ?」

「湖の底か? まぁ、あの蛇もどきだけならそれでも出てこれそうだがな」

 少なくとも、その湖の出入り口は除外できる。

 あの蛇もどきが自分からその出入り口を使って外に出て、人知れずオラリオの地下水路に潜伏し、機を見計らって姿を見せた――と、考えるのはいくらなんでも無理がある。

「人でも使えるような場所が、おそらくどこかにあるはずだ」

 人か神か、それとも他の何かか。

 いずれにせよ、何者かの差し金。そう考えるべきだろう。

 たった三体だけで暴れさせた意図が今ひとつ掴めないが……宣戦布告か、それとも単なる実験か。おそらく、そんなところだ。

 あるいは、ただ単にヘマをして逃がしてしまっただけかもしれないが。

「モンスターを連れ出せるような出入口。それが、この千年間誰にも知られずに存在していたと?」

「さて。だが、バベルを経由しながらも、人知れずモンスターを地上に運び出す手法を考えるよりはいくらか現実的だと思わないか?」

「それは、確かにその通りだが……」

 その難易度の高さは、むしろ俺などより彼女達の方が良く分かっているはずだ。

「どこにあるかは知らないが、人目の付かない水路も有力候補の一つになるだろうな」

 実際、水路にもモンスターが住み着いて問題になっていると聞く。

 そいつらの大本も実はダンジョンから――と、言えるかどうかはさておき、可能性としてはそれなりにあるのではないだろうか。

「それには同意しよう。……やれやれ、単なる残党狩りでは済まないか」

「残党も何も、さっきから襲ってくるのは住み着いたモンスターばかりだしな」

 肩をすくめると同時、水中から飛び出してきたそれをろくに見ないまま両断する。

 どうせここまで飛び上がってこれるなら、普通の魚ではないだろう。

「新米冒険者の実地研修はここでやればいいんじゃないか?」

 ちょうど迷宮めいた造りでもある。

 問題点と言えば、魔石が小さすぎて実入りがないことか。

「『掃除(スイーパー)』も兼ねてか? なるほど、検討してみよう」

 どこまで本気かは知らないが、シャクティはそう言って笑った。

 

 

 

 さて。

 一日を費やした地下水路の大冒険はまるで空振りに終わった――と、言うわけではない。

 あれから何だかかんだと七体ほどあの蛇もどきを見つけ、始末している。

 構成員の数で言えばオラリオ最大の【ガネーシャ・ファミリア】だからこそできる人海戦術のおかげ――と、言ってやりたいのは山々だが、実際のところ今回の功労者はフェルズだった。

 別動隊として動き回り、『眼晶(オクルス)』をはじめとする魔道具や使い魔を駆使して、密かに捜索、誘導してくれなければ、こうまで効率的に始末できなかっただろう。

 とはいえ、もちろん【ガネーシャ・ファミリア】も手を抜いていたわけではない。

 むしろ、状況を考えれば獅子奮迅の大活躍だったと言えよう。

 今現在、闘技場周りの復興支援や、関係者各位へのお詫び行脚。被害者への見舞いに、あの女との法廷闘争など、彼女達がやらねばならない事は多岐に渡る。加えて、日常業務であるオラリオの警備や巡回も欠かせない。

 この状況でよくシャクティ(団長)が水路調査に参加できるものだと、俺も他人事ながらに思った程だった。

(もっとも、本当に水路に穴が開いていれば大ごとだがな)

 言うまでもなく、生者にとって水は必要不可欠だ。ならば、地下水路はこの都市の生命線と言ってもいい。そこがダンジョンと繋がり、モンスターどもが跋扈するようになるなど悪夢でしかないだろう。

 それを思えば、むしろ団長がそこに配置されたのは当然なのかもしれない。

 今回の調査で言えば異常なしと結論付けられるものの、シャクティは念を入れてしばらくの間は団員を巡回させるつもりらしい。

「あ、クオンさん。おかえりなさい」

「ああ。ただいま」

 ともあれ、地上に戻る頃にはすっかり日は沈み。

 シャクティと別れ、廃教会に戻るとすでにベルもダンジョンから帰ってきていた。

「おかえり、クオン君。大丈夫だったかい?」

 続けて、ヘスティアが問いかけてくる。

「ああ。地下水路に穴はなさそうだ。もっとも、俺達が見て回れた範囲の話だがな」

「じゃあ、モンスターの生き残りも?」

「そちらは何体かいたが、見かけたのはすべて始末した。まぁ、普段から住み着いている連中以外は、だが」

「あー…。水棲モンスターが住み着いてるんだよね、確か」

「そうなんですか?」

 ヘスティアの呻き声に、ぎょっとした様子でベルがこちらを見てくる。

「ああ。まぁ、そうは言っても外のモンスターに毛が生えた程度だがな」

 シャクティ曰く、外にいる同種のモンスターより少し手ごわいくらいらしい。

「小遣いに困ったら行ってみるのもいいかもな」

 小さいが魔石だって手に入る。加えて言えば、おそらくダンジョンより安全のはずだ。

「いや、それは割に合わないんじゃないかなー」

 まぁ、それは確かに。

 シャクティと二人で一日彷徨って普通の魔石は三〇〇〇ヴァリス分にも届かなかった。

 確かLv.1の冒険者が五人集まって、一日ダンジョンを彷徨うと二五〇〇〇ヴァリスほど稼げると聞く。要するに地下水路で稼げるのは一人分にも満たない額でしかない。

(絶対数が少ないからな)

 何しろ、ダンジョンのように次々に涌いてくるわけではない。

 今日は至る所で大人数がうろついていたせいで向こうも気が立っていたのか、かなり頻回に襲われたが、普段はあれほどではない。

 となると、普段の実入りはもっと悪いという事になる。

 それなら、素直にダンジョンに行って一階層辺りで無難にゴブリンでも追い回していた方が安全確実に小遣い稼ぎができるだろう。

 例え一階層でも、一攫千金が狙える可能性は絶無ではないのだから。……無論、よほどの幸運が味方すればの話だが。

「そっちはどうだった?」

 何しろ、ベルにとっては久しぶりの単独行動だ。いつもの調子で突っ込んで、多少は痛い目を見たかもしれない。

「やっぱり、クオンさんのスキルは便利だなぁって」

 しかし、ベルの返答は少し予想外だった。

「バックパックが重くなると動きも鈍るし、そもそも一度に持てる量も限られてくるから、一杯になったら一度地上に戻らないといけなくて。いや、今までずっとそうだったんですけど……」

「ああ、なるほどな」

 これが『ソウルの業』が失伝した弊害だった。

 確かにいちいち武器や防具、アイテム類を担いでいかなければならないのは面倒だ。

(巡礼地でそんな事をやっていたら確実に袋叩きだな)

 何か必要なものがあれば、殺してでも奪い取るのがあの場所の流儀だ。

 そうでなくても、そこそこ腕の立つ不死人でも持ち上げられないような超重量の武器や防具が道中に遺されている事もある。放置していくには惜しいが、かといってソウルに取り込めないなら、移動そのものに支障をきたし、やはり袋叩きにされるだろう。

(そういう意味じゃ、よくやるよな。この時代の連中は……)

 いや、そもそも一度死んだらそこまでの生者が自分からダンジョンに行く時点でよくやるものだと思うが。

「ふむ……」

 ベルに『ソウルの業』を伝えること自体は、おそらく不可能ではないが……

(しかし、そうすると確実に面倒な事になるだろうな)

 神どもが騒ぐのもそうだが……それ以前に、ベルがソウルに『酔わない』という保証がない。下手に仕込んで、狂気に呑まれでもしたらそれこそ目も当てられなかった。

「まぁ、それこそサポーターでも雇うのがいいだろう。それか、真面目に団員を勧誘するかだ。なぁ、ヘスティア?」

 サポーターでなくとも人出が増えれば一度に持ち運べる量は自ずと増える。

「う……。それは耳が痛いなぁ」

 その辺りはベルよりもむしろヘスティアの腕の見せ所なのだが。

(もっとも、俺がいるせいで人が寄り付かないって可能性もあるがな)

 その辺りの事もいずれは考えなくてはならない。

「ま、まぁ。それはおいおい考えるとして、今はご飯にしようぜ!」

 と、ヘスティアが露骨に話を変えてくる。

 まぁ、この調子なら当面は問題ないか。それこそ、ベルが名を上げるまでは。

 安堵すればいいのか、嘆息すればいいのかよく分からないまま、簡易厨房に並び仲良く料理をする主従の背中を眺めていた。

 そして、翌日。

「よし。それでは、今日はここまでにしよう」

「はい、師匠! ありがとうございます!」

 日課となった早朝訓練を終える。

 シルバーバックとの一戦で一皮むけたようだが、それでもまだ未熟。

 訓練の指針を変えるつもりはまだなかった。

(ま、ただの生者だからな)

 何よりも死なない事を最優先。

 ベル最大の持ち味であり、攻撃にも撤退にも活かせる素早さを伸ばし、次いでそれを可能な限り長く維持できるよう持久力を強化していく。できれば、目下一番の泣き所である耐久性の低さをどうにかしてやりたいが……、

(逃げ足の速さは大したものなんだよな、実際)

 攻撃を喰らわないというのは、それはそれで生存率を大きく引き上げる。

 どれほど堅牢な防御でも破れる。どれほど屈強な肉体でも、いずれ打ち倒せる。

 そうやって今まで生き残ってきた。

 しかし、それは攻撃を中てられるという前提の話だ。

 本当に攻撃をすべて躱せるなら、それはどれほど強固な鎧にも勝る。

 とはいえ、

(ま、保険をかけておくに越した事はないがな)

 ただ一度避け損ねただけで致命傷を負うようではやはり危険すぎる。

 耐久性を上げておかなくてはならない事に変わりはなかった。

(攻撃の方は、まぁ今のままでも当面問題ないか)

 対人戦を考慮するなら、不安は尽きないが――『上層』のモンスター程度なら、充分に通じる。もしくは速さで充分に補える範囲だ。

(やはり、まずは下地作りだな)

 どのみちそれほど多彩な武器を持ち歩けるわけでもなし、当面は短剣を最大限に活用できる――そして、何より生還できるよう育ててやるのがいいだろう。

「それじゃ、二人とも。ボクは先に出かけるよ」

 と、そこで。ヘスティアが外に出てきた。

「あれ? 神様、今日は早いですね?」

 汗をぬぐい、水を飲んでいたベルが首を傾げる。

 確かにいつもよりもずいぶんと早い。

「うん、ちょっとね」

 はて、あの屋台の営業時間が変わったのだろうか。

 どことなく歯切れの悪いヘスティアの様子に、俺も首を傾げていた。

「君達が気にすることはないよ! それじゃ、行ってきまーす!」

 俺達の視線に耐えかねたのか、露骨に笑って誤魔化してから、ヘスティアは走り去る。

「どうしたんでしょうね?」

「さぁな」

 また過労で倒れるような事がなければいいが。

 その背を見送りながら、内心で小さくため息をついていた。

「ベル、今日はダンジョンじゃないのか?」

 それからしばらくして。

 汗を流したベルは、そのまま私服に着替えていた。

「実は、ちょっとエイナさんと約束があって……」

「ほう?」

 ついに野望の第一歩を踏み出したのか。

 最初の一人がヘスティアではなかったのが少し意外だが……ああいや、むしろ過ごした時間を考慮すれば彼女の方が長いとも言えるのか。

 しかし、数多の冒険者を返り討ちにしてきたと噂の――いや、俺もこの前霞から聞いたばかりだだが――あの才女をこの短時間で落とすとは、なかなか末恐ろしい奴だった。

「あ、違いますよ?! 別に変な意味じゃなくて!」

 わたわたとベルが言い訳を始める。

「分かってる分かってる。楽しんでくるといい」

 今さら俺が男女の関係でとやかく言えることなど何もない。

「絶対分かってないですよね、師匠!?」

 ただ、先達として――

「これは餞別だ。受け取っておけ」

 備え付けの羊皮紙を一枚失敬して、とある住所を書き込む。さらに、それで料金に多少色を付けた金額を包み手渡してやった。

「何ですか、これ?」

「良い連れ込み宿の場所と料金だ。そういう雰囲気も大切なんだぞ?」

 その点、アイシャ(玄人)おススメの宿なら何の問題ない。

 流石に目が肥えているのか内装も文句なく上品だし、部屋の造りもしっかりしていて()()()の心配もない。さらに店員の口も固い。

「だからいりませんてばぁああああああああっ!?」

 顔どこか首筋まで真っ赤に染めたベルは、そのまま街へと疾走していった。

 ……ちゃっかり、『お小遣い』は握りしめたまま。

 帰ってきた時にそれが無傷かどうかは……まぁ、九割方無傷だろうが。

「さて、と……」

 ともあれ、微笑ましい気分でその背を見送ってから、独り言ちる。

(初々しいものだな)

 まぁ、連れ込み宿云々はないにしても、だ。

 あれで一応、新調したばかりの服――ダンジョンに特攻して派手に傷んだ服を買い替えた時に一緒に買ったちょっといいもの――を着込んでいる辺り、それなりに意識しているのだろう。

 ……何となく、こう、ただ偶然それを手に取っただけという気もしているが。

「今日はどうするかな」

 ベルがいないなら、ダンジョンに行く必要は特にない。

 地下水路の調査は……行けば何かしらこき使われるだろうが、今日はシャクティが別件で手が離せないそうなので向こうからは依頼されていない。

(アルドラの店もまだやってないな)

 むしろまだ閉まったばかりだろう。従って、霞やアイシャもまだ寝ているはずだ。

(ヘファイストスのところに矢やボルトを発注しに行くか?)

 主にベルの援護のためにボルトを消費している。

 雷のボルトや魔力のボルトのような特殊なボルトは無理かもしれないが、ヘビーボルトかスナイパーボルト辺りなら作ってくれるだろう。

 もちろん、ここは冒険者の街。ウッドボルトやノーマルボルトくらいなら普通に売っている。品質はピンキリだが、それこそ、あの女鍛冶師の店で買えば何の問題もない。

(いや、むしろ店では見かけない大矢の類を先に手配すべきか?)

 しかしそうなると、現物を渡し、打ち合わせをする必要があるかも知れない。

 少々面倒だが……まぁ、その分だけ時間は潰せるだろう。

『クオン、聞こえるか?』

 と、そこで。コートのポケットから人の声が聞こえた。

 廃教会の中に戻り、戸を閉めてからそれを取り出す。

「どうかしたか?」

 シンプルな水晶が飾られた首飾りを取り出し、応じる。

 これこそが『眼晶(オクルス)』。フェルズ謹製の魔道具だった。

 その効果は片方の水晶が捉えた光景を音声と一緒に、もう片方の水晶に映し出すいうもの。なかなか破格の代物だと言えよう。

『少々面倒な事になったかもしれない。手が空いているなら協力して欲しい』

「分かった」

 どうやら、これで今日の予定は埋まったらしい。

 

 …――

 

「それで誰を探せって?」

 一〇階層を進みながら『眼晶(オクルス)』に問いかける。

『一人はハシャーナ・ドルリア。ヒューマンの男で【ガネーシャ・ファミリア】に所属するLv.4。二つ名は【剛拳闘士】。こちらは知っているのではないか?』

「まぁ、多分な」

 直接的な交流がある団員は限られているが――Lv.4なら、どこかの()()を鎮圧した時に行動を共にした可能性は高い。顔を見れば分かるだろう。

『もう一人はルルネ・ルーイ。犬人(シアンスロープ)の女で【ヘルメス・ファミリア】に所属するLv.2。二つ名は【泥犬(マドル)】。ハシャーナには三〇階層である品物を回収してもらい、ルルネにはそれを地上まで運んでもらうつもりだったのだが……』

「二人揃って帰還しない、と?」

『ああ。その通りだ』

「で、探している物は?」

『『宝玉』だ。三〇階層にある事が確認できたので、回収に向かってもらっていた』

「できたのか?」

 あの『宝玉』があるなら、その近くには『番人』がいると聞いているが。

(下手をするとあの闇霊も、その『番人』なのかもな)

 胸中で呟きながら、フェルズに問いかける。

『おそらく。秘密裏にリド達に協力を仰いでいたからな。そうあって欲しいものだ』

「要はそれも確認しろって事か……」

 嘆息してから、改めて訊ねた。

「それで、どちらを優先しろと?」

『まずはハシャーナの行方を確認してほしい。何しろ神ガネーシャは貴重な協力者だ。もし可能なら何とか無事に保護したい』

「それは構わないがな。だが、この穴倉の中から帰還しないなら、誰かに殺されたか、『お宝』に目が眩んで持ち逃げしたかのどちらかだろう?」

『……まぁ、荒くれ揃いの冒険者の一人だ。流石に聖人君子だとまでは言わない。だが、仮にも【ガネーシャ・ファミリア】の一員だ。依頼品を持ち逃げするとは思えない。そもそも、あれに価値を見出だせるか、と言われると疑問がある。依頼する際にも、そこまで詳しくは話していないからな』

「そりゃそうか」

 仮にもあのガネーシャの眷属――つまりはシャクティの同僚だ。フェルズの言葉には相応の説得力がある。

『ルルネの方は……確かに主神が疑わしいのは認めよう。それに団長であれば、あれの価値に気づく可能性もある』

「ヘルメス、か。分かっているなら、依頼するなよ」

 四年前に絡んできた神の一人だ。都市の外に逃がしたのは、今でも悔やまれる。

 あれはある意味、あの女よりも早く始末しておかなければならない厄災だ。

『返す言葉もないな。だが、人手を選んでいる余裕がなかったのも事実だ。それに、彼女達は利用しやすい』

 団員のLv.の虚偽報告にランクアップの未申請。それに伴う脱税。叩けばいくらでも埃が出るのがあの連中だった。

 主神が小銭を惜しんだばかりに命を使い潰される手下どもも哀れな事だ。

 ……まぁ、仕える相手を誤ったとしか言いようがないのも事実だが。

「しかし、仮にルルネが持ち逃げをしたとして、ハナーシャが帰還しない理由がない。所属する【ファミリア】が異なり、今まで接点もない以上、共謀するというのも考えづらいからな。さらに言えば、ルルネにハシャーナを殺せるとも思えん。【ヘルメス・ファミリア】が組織的に仕掛けたというなら話はまた変わるが……』

 露見すれば間違いなく派閥抗争だ――と、フェルズ。

 まぁ、あり得ない話だ。あのクソ野郎(ヘルメス)がそんな露骨に目立つような真似をするはずがない。

「なら、『宝玉』をルルネとやらに渡す前に殺されたか、ルルネとやらが地上に戻る途中で殺されたか。あるいは、二人揃って殺されたか。いずれにしても、問題は誰が殺したかだな」

 モンスターなら、物は残っている可能性が高い。いや、最悪そのモンスターの腹の中という事態も考えられるが。

(そうなると、噂の『番人』も一八階層付近をうろついている事になりそうだな……)

 まだ一〇階層ほど差はあるが……何かの弾みでベルにまで被害が及んでもつまらない。

 早めに始末しておくべきだろう。

『ああ。しかし、ハシャーナはLv.4だ。三〇階層ならまだしも、中層以上のモンスターに後れを取るとは思えん。ルルネも……まぁ、一八階層より上で後れを取りはしない。どちらかと言うと――』

「何者かに強奪されたと考えるべき、か」

『もっとも、それも現実的とは言い難いがな。それがやれるとすれば、Lv.4以上の冒険者だ。流石に限られてくる』

「Lv.4以上の冒険者がいる派閥となれば、糸目の小僧かあの女のところか……」

 あの女は、つい先日ガネーシャにしてやられている。いや、正しくは勝手に自爆しただけだが、逆恨みと言うのはどこにでもあるものだ。

『神フレイアか。いや、それはないだろう。彼女自身はもちろん、首脳陣も謹慎中だ』

「守っているのか?」

『確認できる範囲で言えば、素直にな。少なくとも、引き際は心得ているらしい』

 なら、あの日俺と最初に出会った時点で大人しく巣穴に帰ってしまえ。

 内心で毒づいてから、続けた。

「なら、糸目の小僧の方か?」

『神ロキか。そちらも、今のところ目立った動きはないが……』

「どうだか。連中は五〇階層で芋虫どもに襲われている。そこに加えて、蛇もどきの襲撃だ。そろそろ頼みもしないのに首を突っ込んでくる頃だろう?」

 そして、なまじ切れ者が多い分だけ手出しされると極めて面倒な事になる。

『それは否定しないな。しかし、いきなり『宝玉』に辿り着けるとも思えない』

「そいつもどうかな……」

 何しろ、奴らのところにはあの金髪小娘がいる。

 ウラノスやフェルズの予想より一手二手先を行っている可能性もあり得るだろう。

『いずれにせよ、まずはハシャーナの生死と『宝玉』の所在を確認してくれ』

「なら、まずは一八階層だな」

 ダンジョン一八階層。いわゆる安全階層(セーフティポイント)の一つである。

 そこには、他の場所にはない大きな特徴があった。

「しかし、リヴィラの街か。また面倒な話になりそうだ」

 冒険者の街――いや、ならず者の街とでも言うべきか。

 元々はギルドが計画したものらしいが……結局は頓挫。計画が破棄されてから、リヴィラという名前の冒険者が仲間を集って個人的に完成させたらしい。

 地上では生きづらい、脛に傷のある連中が屯している、地下の楽園だ。

『なに、ボールスならお前には逆らわんさ』

 フェルズがその街の顔役の名を口にした。

「どうだか。そうやって高を括っていると、背中から刺されるぞ?」

 ひとまず経験者として語っておく。

 しかし、ダンジョン内で人探しなど、当てもなくやってはいられない。

 ここはひとつリヴィラの顔役に助力を願うべきだろう。

「さて。できれば夕飯までには地上に戻りたい。一気に駆け抜ける」

 むしろ、俺の気が変わらないうちに済ませてしまわねば。

『そうしてくれ。早く済むならこちらも助かる』

 それを最後に、『眼晶(オクルス)』から魔力の輝きが消える。

 襟の内側に水晶をねじ込んでから、宣言通りに駆け抜ける事にした。

 鬱蒼とした穴倉。広大な結晶洞窟を抜けた先には、地上と見紛うばかりの森林地帯が広がっている。天井は光を放つ水晶に埋め尽くされ、太陽の如く輝いている。

 おそらく、今が『火の時代』だったら、楽園扱いされるのは間違いない。

 一八階層とはそういう場所だった。

「うん?」

 申し訳程度に敷かれた道を進み、リヴィラに辿りついてすぐ。

 明らかな違和感を感じた。

「おい」

 嘆息してから、『眼晶(オクルス)』に小さく声をかける。

『どうした?』

「何かあったようだぞ。街の連中が妙に大人しい」

 どことなく活気がない。普段はもっと活気があるはずだが……。

『そうか……。やはり、ボールスを頼るしかないだろう』

「だろうな」

 もっとも、これがハシャーナの生死と関係があるかどうかは分からないが。

 いや、その辺りの事も、ボールスに聞くのが一番手っ取り早いか。

『それと、言うまでもないだろうが『眼晶(オクルス)』は隠しておいてくれ。妙なところで勘のいい男だ。これ以上おかしな輩に嗅ぎつけられては面倒だからな』

「あいよ」

 告げると、『眼晶(オクルス)』をソウルに取り込む。

 これでよほど『ソウルの業』に精通した者でない限りは嗅ぎつける事はできない。

「クオン?!」

 と、そこで。背後から女の声がした。

「リヴェリア?」

 振り返ると、翡翠色の髪をした絶世の美女がいた。

 ついでに、金髪小娘――ベルの想い人と、褐色小娘が二人。蜂蜜色の髪をした少女。

 ……あと、胡散臭い金髪の小人まで。

(これはまた、何というか……)

 これで本当に動きはないとでも言うのか?――と、内心でフェルズに毒づいていた。

 

 

 

「たまには気ままに、じっくりと探索をしておきたいし」

 と、アイズ達の誘いに乗ってホームを出立してからしばらくして。

「なるほど、そういうわけだったか」

 ダンジョンの片隅で、僕は小さく苦笑していた。

 金策という名の――気ままというには割と現実的で切実な――理由があったのは分かっていたけど……。

「ンー…。原因があの騒ぎだし、ギルドや【ガネーシャ・ファミリア】からもいくらか謝礼金が届いているから少しくらいは補助してあげたいところだけど――」

 牛頭のデーモンとの一戦は、どうやら僕の想像以上の激闘だったようだ。

 いや、アイズが剣を折るのは別に珍しくもないが……まぁ、そこはそれ。

 リヴェリアに深手を負わせたというのは伊達ではないという事だ。

「えー。アイズだけずるいよー」

「アンタは自業自得でしょ? 団長が止めるのも聞かずに斬りかかったんだから」

 むくれるティオナを、ティオネが適当に押しやる。

 遠征中に愛用の大双刃(ウルガ)を溶かされたティオナはともかく、アイズが代用の剣を破損したのは、フィリア祭の事件が理由だった。

 個人で所有する武器の手入れは自己負担が原則とは言え、本来なら補助申請を受け入れる状況ではあるのだが――

「前回の遠征は特に消耗が酷かったからね。そうも言っていられないんだ」

 あの『新種』の腐食液のおかげで、武器や防具はおろか種々の備品にまで大打撃を被ってしまった。さらに、その『新種』対策のために少なくとも僕らの分だけの『不壊属性(デュランダル)』兵装と、大量の魔剣の購入を予定している以上、当面は質素倹約が常となる。

 大派閥である【ガネーシャ・ファミリア】からの謝礼金は、中堅派閥にとっては――いや、普段の僕らにとってもちょっとした収入になるほどだったが、今は状況が悪すぎた。

 四千万ヴァリスを立て替えるとなると少々辛い。

 もちろん、二代目大双刃(ウルガ)の代金一億二千万ヴァリスを立て替える余裕などどこにもない。

「うん、大丈夫」

 と、言いつつも少し消沈した様子のアイズに苦笑する。

「まぁ、代わりという訳じゃないけど、今回の探索の報酬分配には少しだけ色を付けるよ。ティオネ達もそれでいいかい?」

 やはり普通の冒険者依頼(クエスト)をいくつか受理してきて正解だったようだ。

「団長がそうおっしゃるなら、私は構いません」

「ああ。私もだ」

「私もです! 元々アイズさんの助けになれればと思ってついてきてますからっ!」

 ティオネに問いかけると、続けてリヴェリアとレフィーヤが頷いた。

「ねぇ、フィン。私はー?」

「ンー…。まぁ、昨日は頑張ってくれたみたいだし、特別に少しおまけしようかな」

 いや、それを言い出すと、それこそリヴェリア達にも多めに配当しないと不公平になってしまうのだが……そうすると、今度はそもそも多めに配当する意味がなくなってくる。

 視線を向けると、やれやれと言わんばかりにリヴェリアが肩をすくめた。

 よし。信頼できる副団長の許可が出たので、ここは押し通すことにしよう。

「やったー! フィン、ありがとー!」

 その代わり少しだけだよ?――と、歓声を上げるティオナに念を押してから、

「しかし、そうなるとやっぱりもう少し深く潜らないとならないかな」

「そうですね。まぁ、この辺りのモンスターじゃ手ごたえもありませんし」

「じゃあ、一気に『下層』まで行っちゃう?」

「どちらも悪くないけど、この際、少し寄り道して宝石樹を探してみようか。いかにも冒険者って気分になる」

 門番であるドラゴンを討伐して、財宝を手に入れる。それは、誰もが思い描く『冒険』そのものでもあった。それに、見つかりさえすれば現実的な見返りとしても悪くない。

 また、道中で手に入るであろう迷宮資源も『水の楽園』より種類が豊富――と言うより、消耗品の材料となるものが多い。それらを【ディアンケヒト・ファミリア】に卸し、その分だけアイテムを安く買い取らせてもらうという事も可能だ。

 そう言えば、ティオネはその【ディアンケヒト・ファミリア】から白樹の葉(ホワイト・リーフ)の調達を依頼されてきたと言っていたか。

 それなら、いずれにしても当面は二四階層が目的地となる。

 それに、二四階層――『中層』の最下層領域なら、『下層』の上層領域と比較しても手に入る魔石一つ当たりの単価もそこまで極端な差が生じるわけではない。

 今回の探索は一週間の予定だし、本腰を言えて宝石樹を探すのも悪くない。

「まぁ、まずは一八階層で少し身軽になろうか?」

 ここまでで手に入れた魔石やドロップアイテムの類をリヴィラの街で売り払い、荷物に余裕を持たせつつ一息つこう。

 と、そういう事になった訳だけど……

「妙だな」

 リヴィラの街に着くなり、違和感を覚えた。

「そうだね。何だか妙に活気がない」

 そのくせ、全体的にざわめいている。

 珍しいを通り越して異常事態だった。

 何しろここは――いくら安全階層とはいえ――ダンジョンの中に住み着くような荒くれ達が集まる街なのだ。

 モンスターの襲撃を受けて街が壊滅するなど日常茶飯事。時に犠牲者を出しつつも、しぶとく生き残っては街を建て直してきたここの住人がこんな反応を示すとは一体……。

「クオン?!」

 と、そこで。

 リヴェリアが悲鳴めいた大声を上げた。

 彼女の視線の先には、上等そうな黒衣を羽織り、クレイモアを背負った一人の冒険者――ではないが。ともかく、嫌でも見慣れてきた男の姿があった。

「リヴェリア?」

正体不明(イレギュラー)】あるいは『灰色の悪夢(アッシュ・オブ・シンダー)』クオン。彼はこちらを見るなり、ため息をついて見せてから、

「その様子なら、どうやらすっかり回復したようだな?」

 ひとまずリヴェリアにそう声をかけた。

「ああ、おかげさまでな」

 先日の一件で深手を負ったリヴェリアだったが、神フレイアの身柄を押さえて――いや、本人は殺す気だったようだが――から戻ってきたクオンの手で治療され、事なきを得ていた。

 まぁ、そうでもなければダンジョンに連れてくる訳もないが。

「ところで、どうしてここに?」

「それは俺のセリフだ。小娘共には無理をするなという割に、自分は元気だな?」

「私は別に無理も無茶もしていない。それで、一体どうした?」

「別にどうもしない。ただ少し野暮用があるだけだ」

 そう言ってクオンは肩をすくめて見せた。

「それで、そっちは?」

「肩慣らしと資金稼ぎかな」

 繰り返されたその問いかけに、僕もまた肩をすくめて見せる。

 別に嘘は言っていない。今回の探索の主な目的は間違いなくそれだった。

「団長と副団長が自ら? 大手のくせに、そんなに貧窮しているのか?」

「その前に僕らも冒険者だ。ダンジョンを探索するのは当然だよ」

 と、肩をすくめてから、

「それに、知っての通りこの前の遠征では派手に物資を破壊されたからね。あれからずっと節約生活が続いているんだ。むしろ率先して稼ぎに行かないとね」

 それもまた本当の話だ。回復薬や兵糧などの消耗品はともかく、予備の武器や防具は過去に例を見ない程に消耗し、幕舎や携行用の調理道具、魔石灯の類までもが手広く損壊している。

 いずれ改めて、派閥として大々的に資金稼ぎ(小遠征)に乗り出さなければならない。

「それはご愁傷様」

 と、クオンはあっさり肩をすくめてから、

「ふむ。なら、この街の様子はお前たちを畏れているか、なのか……」

 いや、そんなに肝の細い住人はいないと思うけど。

「それは誤解だよ。僕らは単に宿を取りに来ただけだ」

 大体、恐れられているというなら、それは僕らではなく君の方だろう。

「むしろ、あんたが何かしたんじゃないの?」

「馬鹿言うな。生憎と俺にはむやみに暴れる趣味はない」

 ティオネの言葉に、クオンは実にあっさりと応じて見せた。

(……まぁ、それは確かに否定しないけど)

 と、内心で呻く。

 実際にその通りだから――少なくとも派閥全体としては――お世辞にも友好的な関係を築いているとは言い難い僕らも、こうして暢気に話をしていられる。

 それに、しっかり精査すると、噂になっている『武勇伝(悪夢の数々)』の多くが、そもそもの事の発端は相手側にある事が分かる。先日の酒場の件は言うに及ばず、だ。

 もっとも、動き出せば叩き出される戦果は――あるいは戦禍は――他の追従を許さない。それはつまり、冒険者にとって『悪夢』である事には何ら変わりないという事だ。

(何しろ、ついにあのオッタルに深手を負わせたらしいからね)

 先日の報告を思い出し、嘆息する。

 その事実は、近いうちに更なる悪夢として語られるようになるだろう。

「まぁ、いい。それならさっさと行ってしまえ。個人的には酒樽担いでカドモスの泉に行くのがおすすめだぞ。一晩粘れば流石に一杯になる」

 ああ、この様子だとティオネが邪魔したのは二樽目だったのか。

 それなら、それほどの額ではなかった――と、思いたい。

(でも、一樽でも約三〇億ヴァリスか……)

 アイズとティオナに補助金を渡しても、派閥の財政を好転させられる。具体的には『不壊属性(デュランダル)』武装がおおよそ三〇振りは買える。魔剣もだ。

 金額だけ見ればこの上なく魅力的だが――

「ンー…。もう少し手頃なプランを教えてほしいな」

 それは要するに酒樽を守りながら、一晩中カドモスと連戦しろということだ。

 いや、カドモスの魔石とドロップアイテムも手に入って一石三鳥と言えなくもないけど……残念ながら、強竜(カドモス)は本来、それほど気楽に倒せる相手ではない。

(階層主級のモンスターと連戦は流石にね)

 階層主に匹敵する戦闘能力を持ったモンスターと一晩中連戦するとなると、本気の布陣を敷く必要がある。

 いや、そもそも五〇階層に行くだけで文字通りの『遠征』となる訳だけど。

「楽がしたいなら、一階層で『ジャック・バード』でも探したらいいんじゃないか。お前達なら人海戦術も可能だろう?」

 それは駆け出しでも一攫千金が狙えるという、まさにダンジョンの浪漫そのもののようなモンスターだった。

 しかし、

「それはそれで手頃じゃないなぁ……」

 何しろ、相手はダンジョン屈指の希少種(レアモンスター)だ。倒せれば最低でも一〇〇万ヴァリスは固いが、一日かけても見つかるかどうか。

 それに、一応オラリオを二分する大派閥と周知されている僕らが一階層で探索しているなど明らかに目立つし、狙いも露骨すぎる。有体に言って体裁が悪すぎた。

「……なら、素直に宝石樹でも探せ。あの辺りならお前らにとっては手頃だろう?」

「ンー…。やっぱりそこに落ち着くか」

 一攫千金を求めてやってくる冒険者は数多いる。

 しかし、本当にダンジョンの中で一攫千金を狙おうと思うと、意外と選択肢がなく、どの選択肢を選んでも難度が高いというのが現実の悲しいところだった。

 もっとも、あくまで冒険者の基準に照らし合わせての話だ。一般市民の感覚に合わせれば、平凡なLv.1でもまずまずの高給取りとなる。

(その分、装備や消耗品にお金がかかってるんだけどね)

 武器や防具も厳密には消耗品の一部だが、消耗しすぎると赤字の原因になる。今回の僕らはまさにそうだった。

 難易度に関しては……まぁ、今さらか。冒険者とはそういう仕事だ。

「それで、結局君は何をしてるんだい?」

「久しぶりに戻ってきたんだ。街の顔役に挨拶に行くところだよ」

 そんな殊勝な性格ではないだろうに――と、内心でため息を吐く。

(この街の状態について訊きに行く、と言ったところか)

 無視して探索を続けるべきか。それとも、彼と共にボールスのところに向かうべきか。

(心情的には無視して先に進みたいところだけど……)

 休暇中――とは言わないが、遠征を終えたばかりだ。

 厄介事(クオン)に関わるのは気が乗らない。が、一方で目の前の存在の情報は何か一つでも多く知っておきたい。いや、団長として把握しておかなければならない。

「なら、ご一緒させてもらおうかな」

「お前らを連れて行くなんて、嫌がらせにしかならないんだがな」

 それは君一人で行っても変わらないよ――とは、あえて言わなかった。

「げっ、【ロキ・ファミリア】」

 ともあれ、それがボールズの第一声だった。

 そら見ろ――と、言わんばかりにため息を吐いたクオンを見て、彼は続けた。

「しかも、【正体不明(イレギュラー)】もだと……っ!?」

 僕らの時と同じような反応である。

 しかし、彼はそんな事を気にするような人間ではない。

「そう嫌そうな顔するな。ほら。ダンジョン特産、紫紺色の菓子だぞ」

「へっへっへっ。分かってるじゃねーか」

 そう言って、魔石が入っているらしい布袋を手渡すクオンに、ボールスはあっさりと手の平を返して見せた。

「って、そーじゃねぇ!」

 そして、それをしっかり懐にしまい込んでから、改めて怒鳴る。

「何だってこんな時に揃ってきやがるんだ、テメェらは……」

「そう、それだ。何かあったのか?」

 心底嫌そうに呻くその様子など歯牙にもかけず、クオンは話を続けた。

「殺しだよ。『ヴァリーの宿』でな」

「殺しだって?」

 と、僕とクオンの声が重なる。

 しかし、心情までは重ならなかったらしい。

「それって、この街でも騒ぎになるのか……?」

 怪訝そうに、クオンが呟いた。

「なるに決まってんだろっ!? 闇派閥(イヴィルス)どもと一緒にすんじゃねぇ!!」

 いくらならず者の街とは言え、そこは譲れない一線らしい。

 一部――と、言えるほど少人数でもないが――の素行の悪い同業者のせいで、冒険者=ならず者と思われているのは確かだが、実際のところ地上でそこまで羽目を外しすぎる冒険者は決して多くはない。

 いや、酔っぱらっては罵りあう、あるいは殴り合う、辺りまでなら日常茶飯事と言っていい。

 しかし、それが発展して武器に手をかける者はそう多くないし、手をかけた時点で――当事者達がよほど高Lv.でもない限り――周りにいる仲間や他の冒険者達が止めに入るのが常だった。

 それをすり抜けて刃傷沙汰になるのは稀であり、その果てに死人が出るのは、それこそ年に数件あるかどうかでしかない。

 ……もっとも、オラリオ内に限っての話でしかないが。

(ダンジョンの中での闇討ちなら、別に珍しくもないからね)

 まぁ、いざとなれば公然と犯罪行為ができる場所があるからこそ、地上で暴れる冒険者(ならず者)は少ないと言えるのかもしれない。

 と、それはともかくとして。

「その様子だと、よくある『不幸な事故』ってわけでもなさそうだね?」

 今だ怪訝そうなクオンはひとまず隅に押しやってから問いかける。

 この場合の『不幸な事故』とは、つまり刃傷沙汰の果て――という意味だ。

 いや、武器に手をかけた時点で殺す気だったと言われれば確かにそれまでだが。

「ああ。そういうんじゃねえ。そういうのは、しばらく前に酔っぱらった馬鹿二人が喧嘩してくたばって以来だ」

「……やっぱり珍しくないんじゃないか?」

「うるせぇ! しばらく前だっつってんだろうが!」

 半眼で見やるクオンに、再び怒鳴り返してからボールスは僕らにも声を荒げる。

「つーか、オメェは何しに来たんだ?」

「僕らはただ換金と、宿を取りに来ただけだったんだけど……」

 やれやれ、と肩をすくめて見せる。

「どうやら、そうも言ってられなくなったみたいだね?」

「あぁ?」

「殺しとなると、流石に無視できないだろう? 僕らとしても、早急に解決しておきたい。今後のためにも、ね」

 言葉こそボールスに向けたものだったが、視線はクオンに向けていた。

 彼がわざわざボールスを訪ねた理由こそがこの殺人事件にある――と、そんな予感がしていた。

「遺体はまだ残っているのか? それなら、少し興味があるな」

 果たして、クオンはそう言って肩をすくめた。

「いや、変な意味ではなく。実は今、人を探しているところなんだ。念のため確認させてもらえると助かる」

 ボールズ達のぎょっとした視線に気づいたのか、少し慌てた様子でそう付け足す。

 どうやら、予想は当たったらしい。

「ダンジョンの中で人探しだぁ? テメェも物好きだな」

 喜ぶべきか嘆くべきか。そんな悩みを抱えた僕を他所に、ボールスは呆れたような声を上げる。

 まぁ、確かにダンジョンの中で人探しなると行方不明者捜索――概ね遺体の捜索という事になる。生きたまま発見できるのが理想だが、その多くは徒労に終わるのが現実だ。

 いや、徒労に終わればまだいい方で――もちろん、依頼主にとっては最悪の結果なのは承知の上だが―――無事に遺体を見つけたなら、同時に凄惨な光景を目撃する事になる。

 さらに、場合によっては思いもよらない異常事態(イレギュラー)……つまりは、その冒険者を死に至らしめた原因が待ち構えている可能性もある。

 総じて報酬は高額だが、敬遠されやすい冒険者依頼(クエスト)と言えるだろう。

 ……もっとも、成り行きで達成してしまう事も多い訳だけど。

「俺もそう思う」

 どこまで本気なのか、クオンは深々とため息をついて見せた。

 ともあれ、そんなやり取りで毒気が抜かれたのか、ボールスは案外素直に僕らの同行を許可してくれた。

「これはまた……」

 そして、案内された先の宿。床に横たわっていたのは、腰回りと頭辺りを白い布で覆われた裸の男だった。

 誰が見ても死んでいるのは明らかだ。何しろどう見ても布の下には頭がない。

「犯人に目星はついているのかい?」

「おそらく、昨日こいつが連れ込んだ女だ」

 その辺りはすでに聴取していたのか、ベッドに座りうなだれる獣人の青年――おそらく宿の主――を横目に見ながら言った。

「それはそれは。さぞかし過激な一夜だったんだろうな」

「ケッ、やりすぎだってんだ」

 常と変わらないクオンの軽口に、ボールスが毒づく。

「それで、一体どんな女だったんだ?」

「それがさっぱり分からねえんだ」

 続けてクオンが問いかけると、宿の店主は消沈した声でうめいた。

「女の方はフードで顔を隠してたし、こっちの男は鎧を着こんでいた。おかげでどこの【ファミリア】なのかも分からねえんだ」

「しかし、頭をここまで綺麗に叩き潰したんだ。それなりに騒ぎになっただろう?」

 遺体の頭部辺りには、派手に血飛沫が飛び散っている。

 それと、骨や脳漿と思しきものも。

 この様子では、布の下はさぞかし悲惨な事になっているに違いない。

「いや、それが……。こいつ、宿を貸し切りにしやがったし。それに女を連れ込んだんだぜ? いつまでも残ってられるかよ。こう言っちゃなんだがうちは安普請だしよ」

「……ああ。まぁ、それもそうか」

 安普請というより、天然洞をそのまま利用している。勝手に修復されるというダンジョンの性質もあって、ドアの代わりに布が下げられているだけだ。

 そこに男女が同室で――となれば、僕だってそうする。

「それで、そんなにいい女だったのか?」

「さっきも言った通り、顔は分からねえ。けど……まぁ、いい身体はしてたな」

 クオンの問いかけに、ぼそりと獣人の青年が応じる。

 途端に、同行している女性陣が一斉に冷たい視線を向けるのが背中越しにも分かった。

「彼の身元の方は分からないのかい?」

 下手をすると思わぬところから飛び火してきかねない。

 疼く親指に素直に従って、話を変える。

「首がねえんじゃ人相も改められねえだろうが。おかげで別の方法を頼るしかねえ。その手配に行ってたのさ」

「なるほど……」

 ボールスが何をしようとしているのか見当がついた。

 あまり褒められたものではないが、この状況ではやむなしか。

「ところで、鎧を着こんでいたそうだが、見当たらないな?」

 部屋を見まわしていたクオンが誰にともなく問いかけた。

「そういや、確かにな。……おい?」

「いや、俺はなんもいじってねえって! しいて言えば……その、遺体に布をかけてやったくらいだよ」

 慌てたように獣人の青年が手と首を同時に振る。

「となると、犯人が持ち出したか……」

「値打物だったってか?」

「確かにいい鎧だったけど、殺してまで奪い取る程だったとも思えねえんだけどな」

 クオンの呟きに、ボールズと青年がそれぞれ首を傾げる。

「物取りか……。確かに荷物も荒らされているな」

 リヴェリアが残された鞄――強引に引き裂かれたそれを探りながら言った。

「だが解せないな。なぜ鞄をここまで裂く必要があった? それに金品も残っている」

「金よりも欲しい物があったんだろう」

 クオンが、転がっていた羊皮紙を取り上げる。

「それ冒険者依頼(クエスト)の依頼書だよね!」

 それを後ろから覗き込んだティオナが言った。

「なんて書いてあるんだい?」

「三〇階層で何かを回収してこい。読める範囲を要約するとそんなところだな」

 呻いてから、もう一度丸めてそれをこちらに放ってくる。

「ああ、確かに」

 たっぷりと血を吸い、インクは滲んでしまっているが、判読できる範囲にはおおむねそのような事が書かれていた。

「ちなみに。だが――」

 そこで、クオンがボールズに肩をすくめて見せた。

「こいつの名前が分かった」

「何だって?」

「どこの誰なんでぇ!?」

「ハシャーナ・ドルリア。【ガネーシャ・ファミリア】所属のLv.4。二つ名は【剛拳闘士】とか言っていたか」

 つまり、クオンは彼を探していたという事か。

 まぁ、【ガネーシャ・ファミリア】と彼が繋がりを持っているのは有名な話だ。

 フィリア祭の事後処理に奔走する彼女達から、予定を過ぎても帰還しない団員の捜索依頼を受けたとしても特別おかしくはないが……。

「何だと!? じゃあテメェはLv.4の冒険者が何の抵抗もできずに殺されたって言いてえのか?!」

「そうなるな。まぁ、冒険者と言えど人の子だ。方法ならあるだろう? 何しろ、目下一番怪しいのは……」

「女、か。そりゃまぁ、可能性はあるかも知れねえが……」

 それにしては殺し方が少し過激すぎる。

 毒殺や単純な刺殺だったなら、まだ可能性はあるだろうけど……。

「ところでクオン。君は何でそう断言できるんだい?」

「……俺はそいつを探してたんだよ。予定を過ぎても帰還しないからってな。まったく、これで依頼は失敗だ」

 と、なると。やはり概ね予想通りということか。

 いや、まだ何か裏がありそうだが。

「ボールス……」

 そこで、別の男が入ってきた。

 その傍らにはフードとマントで全身を隠した獣人と思しき小男がいる。

「あ、ああ。来たか」

 ボールスの言葉に、小男は無言で頷くと赤黒い液体が入った小瓶を取り出した。

「『解除薬(ステイタス・シーフ)』だったか……」

 ぽつりとクオンが呟いた。

 こちらも、やはりと言ったところか。

 神血(イコル)を素材として作られ、冒険者にとって生命線ともいえる【ステイタス】を強引に暴く禁断の品。言うまでもなく非合法の品だが……流石はリヴィラという事か。

「隠された【ステイタス】を無理やり暴くつもりか?」

 と、リヴェリアが視線を険しくした。

【ステイタス】を盗み見するのは、冒険者として礼儀に反する。例え、それが死者だったとしても――いや、死者だからこそなおさら、か。

「死者を冒涜するような真似は……」

「待て。あれってそんなに大事だったのか?」

 咎めるようなリヴェリアの言葉に、クオンが問いかけた。

 クオンに対してギルドがそれを用いたのはあまりにも有名な話だが、一体どうやって説得したのかは誰も知らなかった。所説紛糾として、数多の説が乱れ飛んだが……、

(まさかこんな真相だったとはね)

 ただ単に、本人がその行為の重要性を把握していなかっただけだとは。

 いや、そもそも【ステイタス】がないのだから、気にする必要もなかったのか。

 道理と言えば道理だが、それにしても……。

「お前……」

 やけに念入りに同意を求められた訳だ――と、暢気に笑うクオンに、リヴェリアが頭痛でもこらえるように額に手を当てた。

「ンなこと言ってる場合かよ。ほれ、頼むぞ。そいつの言ってる事が正しいかもこれで分かるだろうが」

「まぁ、外れてくれるなら俺も助かるがな」

 クオンが肩をすくめるのとほぼ同時、遺体の背中に文様が浮かび上がる。

 仕事を終えたフードの小男がやはり無言で傍を離れ、眼帯の男から報酬を受け取るとそのまま出て行った。

「リヴェリア……」

「……仕方あるまい。この男の無念を晴らすためだと思っておこう」

 促すと、リヴェリアはため息をついてから遺体の背中をのぞき込む。

「で、どうなんでぇ?」

「ハシャーナ・ドルリア。【ガネーシャ・ファミリア】所属のLv.4。……クオンの言う通りだ」

「面倒な事になったね」

 その宣言に、思わず呻いていた。

「つーことは、何か? つまりこいつは三〇階層で何かを回収して、フードの女はそれを奪うために殺したってのか?」

「可能性は高いね。そして、それなら――」

「犯人はまだリヴィラにいる、か」

 クオンが肩をすくめた。

「馬鹿言うな! こんだけ騒ぎになってんだぞ!? とっくにずらかってるだろ!」

「そいつはどうかな。殺してでも奪い取りたい『何か』が狙いなんだ。そして、この様子なら犯人はそれを手に入れられてはいない」

「なるほど。探したが見つからず、その八つ当たりに鞄を引き裂いた、か……」

 そう言って鞄を示すクオンに、リヴェリアが納得したように頷いた。

「そこまで執着するなら、見つからなかったから諦めて逃げ出すとも言い難い。いや、むしろ、殺しまでやったのだ。後には引けまい」

 今度こそ反論が思いつかなかったのだろう。ボールズもまた、ゴクリと喉を鳴らす。

「今すぐにでも街の出入り口を封鎖すべきだね」

 重苦しい沈黙が辺りを支配するより先に告げた。

 僕らの予想が正しいなら、事態は一刻を争う。

「ああ。怪しいのは女。あるいは鎧を着こんだ何者か、と言ったところか」

「なるほど。持ち出された鎧か。それなら、顔も体も隠せる。変装としては上出来だね」

 そして、オラリオならまだしもリヴィラの中なら鎧姿でもまず目立たない。

 誰も彼もが武装しているのだから、むしろ溶け込めると言っていい。

「仕方ねえ。おい、さっさと門閉めて、街中の冒険者を広場に集めやがれ! 逆らう奴は二度とこの街を入れねえってな!」

「へ、へい!」

 フードの小男を連れてきた男が慌てた様子で飛び出していく。

「おい、ヴァリー! テメェ鎧の方は見てんだろ? なら、広場行って検めてこい!」

「あ、ああ!」

 続けて獣人の青年が飛び出していく――

「あ、待った!」

 より前に、彼らを呼び止める。

「それについては秘密裏に進めよう。彼女には僕らが『女を探している』と思わせておきたい。ほら、その方が隙を見せてくれるかもしれないだろう?」

 明らかに出遅れている以上、少しでもこちらの動きを悟られないようにすべきだった。

「チッ、相変わらず腹黒いなテメェも。おい、ヴァリー。こっそり人相書きンとこ行ってこい。誰にもばれんじゃねえぞ」

「分かった!」

「くれぐれも気を付けて。目撃者を消す、というのはお約束だからね」

「脅すなっつーの! おら行け!」

 それは、脅しではなくしっかり警戒するようにという、善意からの言葉だったのだが――ボールスに尻を蹴られ、哀れな青年は部屋から飛び出していった。

「さて。いずれにしても、集まった冒険者達の身元を改めるには時間がかかる。その間に、何かもう少し手掛かりが見つかればいいんだけど……」

 それを見送ってから、小さく呟く。

 しかし、目ぼしいものはもう何も残っていそうにない。

 治安維持を担う【ガネーシャ・ファミリア】の生きた団員か、万事において目敏いロキ辺りがいてくれたらまた違うのかもしれないが――

「仕方がない。……上手く行くかは分からないが、試してみるか」

 と、そこで。クオンが遺体の傍らに膝をつき、何かを取り出した。

「それは?」

「『灰の霧の核』。滅びたものの記憶を垣間見れるアイテムだ」

「本当に?」

「ああ。……もっとも、ただの人間に通じるかは分からないがな」

 それなら一体、誰に試したのか――そんな疑問を言葉にする前に、その『霧』が渦を巻き始める。

 効果を発揮した、という事なのだろう。

「一人だけなら連れていけるが、ついてくるか? いや、俺以外の証人がいてくれないと話がこじれる。出来ればついてきて欲しいんだが」

 それを見届けて、クオンはそう言った。

「もちろん」

 予想とは違うが、これもまた千載一遇の好機と言えるだろう。

 頷くが早いか、彼の向かいに片膝をつく。同時、灰色の霧が僕らを包み――

「団長!? 身体が透けて――」

 ティオネの叫びが終わる前に、僕らは『記憶の世界』とやらに滑り込んでいた。

「ここが……?」

 灰色がかった世界で目が覚める。

「ああ。記憶の世界だ。もっとも、やはり無理があったようだがな」

「やっぱりかい?」

 あまりにも見晴らしが悪かった。

 ぼんやり浮かび上がる影から、ここがリヴィラの街だという事は辛うじて分かるが、それだけだ。

 ほとんど霧に覆われていて三M先も見通せない。

「急ぐぞ。どのみち、ここに留まれる時間は長くない」

 さらに言えば、この様子では二度目もなさそうだった。

「そうだね」

 気になる事はいくらでもあるけど、今は時間が惜しい。

 灰色に霞む不鮮明な世界を駆け抜け、『ヴァリーの宿』に近づく。

 とはいえ、流石に飛び込む訳にはいかない。無言で頷きあい、気配を殺すと布の隙間から室内を覗き込む。

「当たりだね」

「ああ。なるほど、確かにいい女だ」

 互いにギリギリ聞こえる程度の小声でやり取りを交わす。

 その向こうで、ハシャーナらしき男の首を持ち上げているのは全裸の赤髪の女だった。

 何しろ世界が不鮮明なせいで顔立ちすらはっきりしないが……まぁ、何だ。証言通りの体つきだと言っていいだろう。

「ンー…。これも色仕掛けって言うのかな?」

「どうかな。不意を突いたのかも知れないが、あれじゃほとんど実力で殺したようなものだ」

 見るべきものは見た。ひとまず隣の部屋に滑り込み、小声で言い合う。

 まぁ、人目のない状況を生み出すところまでは色仕掛けだったと言えるだろうが。

 程なくして、隣から首の骨が砕かれる鈍い音とくぐもった断末魔の声が響き、思わず二人して顔をしかめた。

「これは……。殺してから、わざわざ頭を潰した?」

 女が室内を物色する音が響き始めてから。

 再び近づいて室内をのぞき込み、呟く。

 女の足元に転がる死体の首は、奇妙に捻じ曲がってこそいるがまだ繋がっていた。

「そのようだな」

 女は鞄を漁り――僕らの予想通り、お目当てのものがなかったらしく、苛立ったようにそれを引き裂いた。

 そして、こちら……いや、首のへし折れたハシャーナに再び近づいてきて――

「っと……!」

 そこで『過去の世界』から追い出されたらしい。

「だ、団長! 大丈夫ですか?!」

「ああ。なかなか面白い経験だった、のかな?」

 白昼夢とも違う不可思議な経験だった。詳細は分からないが、下手をすると神すら知らない未知だったのかもしれない。

(これで見にいったものが殺人現場でなければ、素直に楽しめただろうけど)

 念のため体の具合を確かめながら、内心でため息を吐く。

「ああ。思ったよりも面白いものが見れたな」

 一方で、クオンは小さく笑ってから遺体の首を探り始めた。

「なるほど、確かに骨が砕かれている」

 その呟きに、念のため僕自身もそこに触れてみる。

 なるほど、『過去の世界』で見た通り、首の骨が砕かれていた。これが実際の致命傷か。

「どう思う?」

「殺した後で頭を潰した理由かい? まぁ、あの様子からすれば苛立ち紛れだったとしか言いようがないと思うけど……」

「どういう意味でぇ? テメェら一体何してやがった?」

「彼が殺された現場をちょっと、ね。なかなか刺激的な光景だったよ」

 と、肩をすくめてから、改めて告げた。

「犯人は赤い髪の女。素手でハシャーナの首をへし折れるだけの実力者だよ」

「素手で首をだぁ!? ふざけんな、色仕掛けじゃねえのかよ?!」

「それは連れ込んで武装を解除させるところまでだったようだな。……ああ。だが、確かにいい身体をしていたよなぁ? 艶めかしいというか、とにかく色気があった」

「さて。それについての発言は避けさせてもらうよ。さすがに首を折られるのはごめんだからね」

 だからティオネ、そう殺気立つのはやめてもらいたいな。

「クソッたれ! おい、フィン! テメェらも手伝え! Lv.4の首をへし折れる奴を相手にするなんざ冗談じゃねえぞ!」

「仕方ないね。ティオネ達もそれでいいかい?」

 実際のところ、Lv.4の冒険者をあんな殺し方ができる相手なら、ボールス達だけでは手に余る。クオンとは無関係に、放ってはおけない。

「当然ですよ団長!」

 行くわよ、あんたたち――と、言うが早いか、ティオネが外に向かって走っていく。

「ティ、ティオネさん! 待ってくださーい!」

「あ! ちょっとティオネー!」

 慌てた様子でレフィーヤとティオナが。そして、ため息一つついてから、リヴェリアがアイズを連れて外に向かっていった。

「それで、君はどう思うんだい?」

 女性陣が出て行ってから、最後に残ったクオンに問いかける。

「首の事か?」

 首のない遺体。死因は首の骨を粉砕されたこと。頭が潰されたのはそのあと。Lv.4の冒険者に対してそれを成し遂げた女の尋常ならざる力。

 あの『記憶の世界』で垣間見たいくつかの情報を思い浮かべつつ、彼の言葉を待った。

「苛立っていたのは事実だろう。だが、それだけが理由でもなさそうだ」

「他に理由があったと?」

「理由というか……。いや、お前はどうなんだ? 何か気になる事でもあるか?」

「気になる事、とは少し違うけど。何でわざわざリヴィラの街中で犯行に及んだのかは分かったような気がするね」

「ほう?」

 血染めの依頼書を改めて広げ、報酬欄を指さす。

「すっかり滲んで読めないけど、見たところ九桁前後の報酬が約束されていたらしい。彼がこのリヴィラの街で豪勢にも宿を貸し切った事も考えれば、まず間違いない」

「ふむ。つまり、色仕掛けをする事で、羽振りの良い冒険者を探したと?」

「ンー…。それだとまだ不確定要素が多すぎるな。狙えるのは一人きりだったろうし」

 ダンジョン内の中継点であるリヴィラの街を訪れる冒険者は多い。その中からたった一人を狙い撃つ手段としては、あまりに大雑把すぎる。

「むしろ、ここまでの道中であらかじめ見当をつけていて、それを確認した、と言ったところじゃないかな」

 あの『色仕掛け』は最後の確認程度……それと、精々がより殺しやすい状況を整えるためのものだったのではないだろうか。

「なるほど。そちらの方がそれらしいか。だが、予定外の事が起こった」

「ああ。ハシャーナは肝心の物を持っていなかった。それで、あの有様さ」

 引き裂かれた鞄を、愛用の槍で指し示す。

「となると、その『何か』は今もこの街のどこかに隠されている。それとも別の運び屋がいるという事になるだろうけど……」

 クオン自身がその運び屋なのかもしれない。

「もしくは彼女以外にもそれを狙っていた輩がいたか、と言ったところかな」

 いや、そのまだ見ぬ『強奪者』の方だろうか。

(まぁ、被害者が【ガネーシャ・ファミリア】の団員だっていうのが気になるけどね)

 何かしら考え込むクオンを見やり、気づかれないように息を吐く。

「首に関してだが。一つ思いついた事がある」

 不意に、クオンが口を開いた。

 そのまま彼は、遺体の『頭』を覆う白布を取り払った。

 予想通りの凄惨な光景に思わず呻くが、彼は気にもせずその『遺体』を腑分けする。

「やはりな」

「どうかしたかい?」

()()()()

「……何がだい?」

 脳漿も頭蓋もぐちゃまぜになったそれを見やる彼の真意を掴みかねた。

「時にLv.4の冒険者と言えばそれなりに名が通っているだろう?」

 しかし、それには応じず彼は再び布を被せる。

 そして、僅かな時間祈るような仕草をしてからそんな事を問いかけてきた。

「ああ。【ガネーシャ・ファミリア】の【剛拳闘士】ハシャーナ・ドルリア。実力派の冒険者だっていう噂くらいは知っているよ」

 これでも僕はロキと共に【ロキ・ファミリア】を預かる身だ。大派閥に所属する有力な冒険者くらいは把握しておかねばならない。

 もちろん、治安維持を受け持つ【ガネーシャ・ファミリア】と派閥抗争に陥るなど、よほどのことがない限りあり得ないだろうが……何が起こるか分からないのがダンジョンであり、派閥間の付き合いでもある。

「なら、ハシャーナの人相を知っているか?」

「人相? まさか、君は……!」

 足りない。その言葉の真意をその瞬間に悟った。

 脳裏に焼き付いた『惨状』を改めて思い浮かべれば、確かに()()()()

 以前、ゴライアスの拳の直撃を受け、体中を潰されて死んだ冒険者を見た事がある。その時の遺体は、粉々になった骨とぐちゃぐちゃになった臓腑が詰まった『革袋』となっていた。だが、

「死体の皮を被る。そういう魔術があっても俺は驚かないが、お前はどう思う?」

 あの白布の下にある『惨状』の中にその『皮膚』はなかった。

 あるいは、癇癪を起して頭を叩き潰したのではなく――

(皮膚を奪った事を隠ぺいするために、あえて潰した?)

 そう言えば、『記憶の世界』から追い出される直前に聞こえたのは、頭蓋を叩き潰す音ではなかったはず――

「……一体、どこからそういう発想が出てくるんだい?」

 首を振り、それを追い払ってから嘆息交じりに問いかけた。

 状況からして、あの女が持ち去ったとしか考えられない。あえて持ち去ったなら、何か使い道があったのだろう。

 それなら、クオンの発想も決して突飛だとは言い難い……とは思うが、果たして僕だけだったならその発想に至れただろうか。

 今一つ確信はなく、そんな自分を恥じればいいのか誇ればいいのかも判断しかねた。

「別に驚く事か? 魔術の開祖は人体実験大好きなあの禿竜だぞ?」

「……残念だけど、その言葉の意味からして僕にはよく分からないよ」

 ただ、分かった事もある。

 魔法の開祖はドラゴンなのかい?――なんて聞いたら、リヴェリア(エルフ)達に締め上げられるに違いない。

 

 

 

 リヴィラの街の広場には、思った以上に多くの冒険者が集まっていた。

 当面は女。特に赤髪の女。とはいえ、髪の色は誤魔化す手段もある。全員を身体検査しなければならないのは避けて通れない――と、まぁボールスは主張した訳だが。

「随分とモテるんだな。さすがは高位の冒険者様だ」

 その結果、つい先ほどまで身体検査を()()()()女冒険者達にもみくちゃにされていた金髪の小人に笑いかけてやる。

「助けてくれても良かったんだけどね……」

 げんなりとした様子で、その小人は呻いた。

 どうやら胸のでかい方の褐色小娘は、この男に本気でホの字らしく、群がる女冒険者達を一通り蹴散らした後で、リヴェリアと一緒に身体検査に勤しんでいる。

 もちろん、その様子が見える訳もない。広間に建てられた急ごしらえの幕舎に出入りするのが見えるだけだけだ。

「まぁ、それはともかく。これで餌を撒いた訳だけど……」

「ああ。何が釣れるかな」

 女冒険者を集めた裏では、『黒い鉄兜を被った』何者かを探している。

 ……俺達が、ではなく胸の無い方の褐色小娘が。あの眼帯の男の腹心と宿の主の青年をつれて駆け回っている。

 一応隠密で、とは言ってあるそうだが……まぁ、無理な注文だったのだろう。

 だが、

「適材適所、だな」

「まぁね」

 彼女こそが第二の餌だ。これであの女は兜を被ってはいられなくなる。

 第一の餌はもちろん広場の騒ぎだ。

 何しろ、質素な造りの幕舎の向こう側で女性陣が身体検査を受けているのだ。眼帯の男が睨みを利かせずとも、男どもも簡単には離れまい。見えるわけもないが……まぁ、馬鹿な男の哀しい性だ。

 そして、俺達は街を一望できるちょっとした高台に陣取っている。流石に全域をくまなくとはいかないが、広場と街の出口――さらに、地上に繋がる道は確認できる。

「やれやれ。これは夕飯時までには帰れそうにないな」

 しかし、肝心の獲物はなかなか罠にかからない。

「おや? 食料の手持ちがないのかい?」

「いや、そうじゃない。ただ、世話になっている連中が腹を空かせてる可能性があるだけだ。何しろお前達と違って稼ぎが少なくてね」

「君が少ないなら、僕らはみんな大赤字だよ」

 いや、ベルはまだLv.1で、他の団員はいないんだが――とは、あえて言わなかったが。

 何かの弾みで逆恨みされても面倒だ。

 とはいえ、確かにもうベルが一日休んだくらいで貧窮するような状態ではないはずだ。

 ただ、エイナと何をしに行ったかによっては多少変動する可能性はあった。

(無難なところだと、防具でも買いに行ったか)

 ベルは七階層進出を望んでいる。それを踏まえて、あの才女ならその辺りを気にするだろうという漠然とした予想でしかないが。

「まぁ、いくらか残してきているからしばらく問題はないだろうがな」

 そうこうしているうちに、いよいよ天井の水晶の輝きが弱くなり始め――

「まずは一匹かかったようだよ」

 ようやく獲物がかかったらしい。貸していた遠眼鏡を小人が渡してくる。

「なるほど……。どうやらあれが『運び屋』らしいな」

「そうだろうね。あの赤髪の女よりはずいぶん小柄だ」

 小柄な人影――隣の小男と同じ種族か。それとも獣人なのか。いずれにしてもあの赤毛の女よりずいぶんと小柄だ。ついでに、体つきも華奢である。

 おそらく、あれがルルネとやらだろう。そう言えば種族は犬人(シアンスロープ)と言っていたか。

「アイズとレフィーヤだけで問題なさそうだね」

 それに気づき、小人の手下も動き始める。

 追ったのは、金髪小娘と山吹小娘か。まぁ、あの金髪小娘がいれば大体の人間は脅威にならないだろう。

「ああ。別に本命でもないしな」

 と、もう一度遠眼鏡を小人に放って渡す。

 あの『運び屋』には悪いが、もう少し囮になってもらうとしよう。

「ンー…。それで本命は、っと」

 呟きながら、小人が遠眼鏡を操作する。

 それからしばらくして。

「動いた。向こうも『運び屋』の存在に気づいたらしい」

 その声は少し硬い。

「参ったな。本当に男の顔をしているよ。……包帯で固定しているだけみたいだけどね」

「魔術じゃない、ということか。それはある意味想像以上だな」

 皮を剥がしてそのまま被るとは、なかなか猟奇的な趣味だ。

「さて、それじゃ行こうか。デートのお誘いをしに、ね」

「二人かかりでか? 良い趣味だな」

「それほどでも」

 軽口を言い合ってから、その丘を滑り降りた。

「――――」

 手に火を宿し、【敵意の察知】を口ずさむ。

 赤く淡い燐光がふわりと漂い始めた。どうやら戦闘が始まったらしい。

「それは?」

「敵意を持つ相手を探ってくれる奇跡だ。ま、一番近くにいる相手にしか反応しないから、使いどころを見極める必要もあるがな」

「それでも便利そうだね。ところで、一体いくつ魔法を使えるだい?」

 それを追って走っていると、小男が言った。

「呪術、魔術、奇跡。一通りは使える。生憎と手段を選んでいる余裕はなくてね」

 それに闇術も、だが。

「……何だって?」

 その問いかけに答えている暇はない。すでに戦闘音が聞こえてきている。

「派手にやっているようだ」

「ああ」

 身体に添ったスーツを纏い、大剣を振るう赤毛の女。

 対峙するのはベルの想い人。その背後には蜂蜜色の髪をした少女と、『運び屋』らしき少女。おそらく、ルルネ・ルーイ本人だ。

「どっちの相手をしたい?」

「僕はうちのお姫様たちを助けに行くよ」

「なら、俺はあの赤髪の女だ」

 最後のやり取りを交わして、戦場に突貫した。

「チィ!」

 予定通り、赤髪の女に斬りかかる。

 思ったより反応がいい。こちらの攻撃が凌がれるどころか、斬り返される始末だ。

 盾で受けながら、強引に押し返す。ひとまず、背後の連中から引き離さなければ。

「よう、綺麗なお嬢さん。いい夜だな」

 強引に押し返してから、声をかける。

 あながち冗談でもないつもりだ。

 天井を埋め尽くすクリスタルは光を失っている。だが、地上の明かりを反射しているのか、満天の星空のように微かな煌きを宿してもいた。

 相変わらず、見事な光景だと言っていいだろう。

「何者だ?」

 目前にいる女も実に魅力的だった。

 鬣のような紅の髪。獣のような緑の瞳。ゾッとするほど整った顔立ちに、女らしい曲線を描く艶めかしい身体は指先までほっそりとしているが……その裏に強靭さを秘めているのは明らかである。美女で野獣とは、実に刺激的だと言えよう。

 これでは、ハシャーナが美人局に引っかかったのも致し方ない。

「さて、何者かな。興味があるならどうだろう。一晩付き合わないか?」

 おそらく、彼女がフェルズやリド達が口にする『番人』なのだろう。

「生憎と興味はない」

 どんな怪物かと思っていたが、いやはやこんな美人だったとは。

 どうせなら四年前にも会っておきたかった。

「それは残念だ」

 女が動く。鋭いが――それでも、まだオッタルほどではない。

 しかし、

「何……?」

 片腕を切断するつもりの一撃は―――しかし、思ったように刃が通らなかった。

「死ね」

 痛みすら感じない様子で、女が脳天に大剣を振り下ろしてくる。

 盾で受けつつ、いったん間合いを開いた。

「丈夫なんだな」

 加減したのは確かだが……まるでゴーレムにでも斬りつけたような気分だ。

 いや、流石にあれよりは柔らかいだろうが――何しろ、見た目との差が激しい。

「フン。……貴様には少し興味が湧いたぞ」

 血の滴る傷を舌で舐め上げながら、女が言った。

「それは嬉しいね」

 もっとも、油断すればハシャーナの二の舞だろう。

 流石に死にはしないだろうが……どのみち、小人どもに見られては面倒な事になる。

「……まずは邪魔者を始末するか」

 女が指笛を鳴らす――と、地面が揺れた。

食人花(ヴィオラス)ども。蹂躙しろ」

 あの蛇もどきども生えてくる。いや、それはいいのだが――

「何て数だ……」

 背後で小人が呻いた。二〇……いや、それ以上か。

「マズいな。このままだとリヴィラが陥落する」

 それは間違いなさそうだ。連中にとっては、不意を突かれたにも程がある。

「余所見をしている場合か?」

 女の大剣が迫る。盾で受け、切っ先を突き出す。

 その反応速度は正に獣じみている。しかも、防御力まで高い。

(見た目は柔らかそうなんだがな)

 などと、余計な事を考えている暇はなさそうだ。

 足元を突き破って、新しい雑草どもが生えてくる。のたうつそいつらを掻い潜って、女に接近した。まずは飼い主から仕留める。

 この女を仕留めてから、雑草を駆除しなければならない。

「くぅ―――!?」

 両手でクレイモアを握り、身体ごと捻る横薙ぎの一閃。

 剣に拒まれ直撃はしなかった……が、関係ない。このまま力尽くで圧し潰す。

「貴様……。Lv.6の冒険者か?」

 ギリギリで飛び退いて見せてから、その女が毒づいた。

「いいや、ただのLv.0だ」

「ぬかせ!」

 動きが読めてきた。小技は用いず、ただ一撃必殺を求める剛剣といったところか。

 だが、その割にはまだ筋力が足りない。アルトリウス……いや、いつか見たドラングレイグの守護者ドラモンドの剛剣にも――

「残念だ」

 いや、オッタルにもまだ届きはしない。

 力任せに振り下ろされた大剣を掻い潜り、クレイモアの切っ先を突き上げる。

「がは……ッ!?」

 女の腹筋に阻まれ、貫通まではしない。

 まったく、驚くべき丈夫さだ。それだけならあの男以上か。

 左手に鎚――禍々しい≪トゲ棍棒≫を。こめかみを狙って振り下ろす。

「馬鹿にするなああああ!」

 元気な事だ。並みの亡者だったら頭が無くなっているはずだというのに。

 武器を大槌――≪大竜牙≫に切り替える。

 両手で構えたそれをそのまま地面に叩きつけた。無論、途中に立つ女ごと。

「ぐ……ぁ」

 軽く地面にめり込みながら、それでもその女は生きていた。

 まったく、鎧一つ纏っていないというのに驚くほどの頑丈さだ。

(人食いミルドレッドだってここまででたらめじゃないぞ……)

 転がっていた女の大剣を適当に蹴り飛ばしてから、ため息をつく。

 あの人肉料理人も半裸のくせして大概丈夫だったが……あれは上手く防いでいるだけで、クレイモアの切っ先を突き刺しても貫通しないなんてでたらめな身体ではなかった。

「お、のれ……っ!」

 まだ意識があるらしい。いやはや、本当に驚くばかりだ。

「さて、と。それじゃお嬢さん。少し話をしようか?」

「殺し、て…やる。殺してやるぞ……ッ!」

 身動きも取れないくせに、その眼には未だ苛烈なまでの殺意が宿っている。

 驚くべき丈夫さだ。

「ならベッドにでも行こうか? 腹上死なら大歓迎だからな」

 今まで散々死んできた俺だが、それは未だに経験のない『死に方』だった。

 せっかくの不死人だ。一度くらい経験してみるのも悪くないだろう。

 と、冗談はともかく。

(仕方ない。あの女の真似でもしてみるか)

 どのみち、この類の相手の口を力尽くで割らせるのは不可能だ。

 ならば、搦め手を用いるしかないだろう。

「相変わらずとんでもないね、君は。仮にもアイズをあそこまで追い詰めた相手だっていうのに……」

 赤髪の女の殺気が一段と濃くなる中、金髪の小人が近づいてきた。

 傍らには山吹色の髪の少女に肩を借りた金髪小娘。そして、その隣には獣人の少女。

「そいつはどうも。……ところで、かわいい耳のお嬢さん。君はハシャーナ・ドルリアから何か預かっていないか? あとで『蜂蜜入りのワイン』を一杯奢るからさ」

 フェルズから教わった符号。それが『蜂蜜入りのワイン』だった。

 ……ひょっとして、フェルズの好物だったりするのだろうか。なら、今度差し入れてやろう。いや、そもそもあいつはあんな身体で味が分かったりするのだろうか?

「うぇ?! ええと……!」

 ともあれ、この様子ならこの娘が『運び屋』と見て間違いなさそうだ。

「あ、あの! 持ち逃げしようとした訳じゃなくて……!」

「ああ。この女から逃げ回っていたんだろう?」

「う、うん」

 俺としては物さえ回収できればそれでいい。

 彼女の言葉が事実かどうかはこの際置いておくとしよう。

「チッ……!」

 瀕死だったはずの女が今さら毒づいた。

「そこにあったか……!」

「マズ――!」

 山吹色の髪をした少女が下げた鞄から魔力がにじみ出る。

 いや、鞄の蓋をこじ開けて何かが飛び出してくる。

(確かにあの『宝玉』だな……)

 一抱え程の水晶球の中に異形の胎児が宿った水晶球。

 四年前に見かけていている。そして、一度見ればそう忘れる物でもない。

 いや、もう胎児とは言えないか。

 目覚めた『それ』は、見る間に膨れ上がり、内側から水晶を砕き――

「何だって……?」

 飛び出しては、近くの雑草に飛びつき、それを変容させた。

『オオオオオオオオ!』

 雑草のなれの果て。顔のない女のような化物が薄気味悪い咆哮を上げる。

(なるほど、あの『尖兵』が出現する絡繰りはこういうものか)

 既存のモンスターを変容させているとは。

(となると、地上にあの雑草どもを連れ出しているのは――)

 これをさせるためだろうか? だとするなら――

「これはまた面倒な――」

 事になりそうだ――と、呻く途中で、血の塊が喉を塞いだ。

 短剣が腹を貫いている。どうやら、獣人の少女の装備を奪ったらしい。

「つくづく丈夫な奴だ……!」

 血の塊を吐き捨て、毒づいた。

 油断した。まさかこの短時間で動けるようになるとは。

(やはり、ただの人間ではないか……!)

 その体は微かに霧にも似た燐光を纏っている。

 それによって、身体の傷が癒えていくのが見て取れた。

 だが、

(真っ当ではないのはお互い様だ)

 こちらもまだ戦える。この程度なら不死人の『致命傷』にはまだ遠い。

「死ねッ!」

 ダメージは無視して、両手に構えたクレイモアを振るう。

 それでも女は受け止めたが――ナイフの方が耐えきれなかった。鍔止めが吹き飛ぶ。

「チィ!」

 武器を失った女は、少なからずふらつきながら――しかし、それでも死にかけていたとは思えないほどの素早さで間合いを開く。

 その隙にエスト瓶を取り出して中身を一口呷る。それで、傷はおおよそ完治した。

 まだ多少ソウルが滲んでいるが、戦闘には支障ない。

「なるほど。貴様が『亡者の王』か……」

「何だと……?」

 こうして『番人』と顔を合わせるのは初めてのはずだが。

 それとも、デーモンの()()()と繋がりがあるのか。

(しかし、『亡者の王』だと……?)

 流石に『火の簒奪者』を意味する称号(なまえ)で呼ばれるのは心外だった。

 いや、そもそもそれを一体どこで――

「ならば、流石に分が悪いか」

 聞くべき事は増えたが……その間にも、雑草どもを盾にして女は後退していく。

「【Anima mea.Sive Quantum RMN】」

 もはや、加減はしていられない。

 左手に火を宿し、古き黄金の国の言葉で詠唱を紡ぐ。

 その名を【ソウルの大きな共鳴】。膨大な量のソウルを取り込み膨れ上がった闇は、立ちふさがる雑草どもをまとめて飲み込み消滅させる――

「逃がしたか……」

 が、しかし。

 女の物と思しきソウルは体内に宿らない。仕留め損ねたらしい。

(……最初から殺さず捕らえようなどと思うべきではなかったか)

 やはり慣れない事はすべきではないという事か。

 いや、そもそもここで目覚めてから標的を仕留め損ねてばかりだ。

 妙な癖がついていなければいいが。

「ハシャーナは死に『宝玉』もあの様じゃ、本気で依頼は失敗だな……」

「彼女はひとまず置いておこう。まず、あれをどうにかしないと……」

 呻いていると、金髪の小人が槍を構えたまま言った。

 視線の先には『宝玉』を取り込んだ――いや、『宝玉』に取り憑かれたモンスター。

 それと未だ蠢く蛇もどきども。確か食人花(ヴィオラス)とか呼んでいたか。

「仕方ないな」

 金髪小娘(ベルの想い人)に肩を貸す獣人の少女に視線を向ける。

 あの亡者の手下とは言え、せめて彼女だけでも生還させねば立つ瀬がない。

「ところで傷は?」

「問題ない。大体治っている」

「それは結構。いいポーションを持っていたようだね。いや、エリクサーかな?」

 当然だ。何しろ、エスト瓶は不死の秘宝なのだから。その効果なら負けはしない。

「しかし、どうしたものか……。魔石のあるのはあの上半身だろうけど」

「そこのエルフのお嬢さんの魔法で……ともいかないか」

 魔力の気配に惹かれ、食人花(ヴィオラス)どもが殺到してくるのは明らかだ。

 加えて、金髪小娘は今すぐ戦える状態ではない。彼女達を守りながら、となると少しばかり面倒だ。

 と、なるとここは――

「リヴェリアと合流するのが一番手っ取り早いんじゃないか?」

 広場に戻れば、リヴェリア以外にも冒険者が集まっている。どれほどの戦闘能力があるかは定かではないが、それでもいないよりはマシだ。少なくとも盾にはなる。

「それはいいね。採用しよう」

 盾が揃うなら、詠唱のための時間も確保できる。

 ここで小人と二人、お姫様方を守りながら孤軍奮闘するよりよほど勝算があった。

 武器を≪グンタの斧槍≫に切り替え、さらに炎を宿す。

「使え」

 ついでに、小人に『灰松脂』を放ってやる。

 何であれ、この雑草どもには火が有効だ。

「これは?」

「武器に塗り込んでみれば分かる」

「マジックアイテム、か……。見た事はないものだけど、これはいいな」

 炎を纏った槍を見て、小人が小さく笑った。

「一気に突っ込む。お姫様方の道を確保するぞ」

「もちろん」

 打撃では分が悪いが、炎と刃があればどうにでもなる相手だ。

 小人の動きは流石に悪くない。この相手なら充分に戦力としてあてになる。

「リヴェリア!」

「フィンか!」

 強引に敵陣を切り開き、一気に駆け戻った広場では、すでに隊列を組んだ冒険者達がモンスターと交戦していた。さすがはリヴェリア。見事な采配だ。

(こういう合戦はドラングレイグ……巨人達の『記憶の世界』以来か)

 一体多数ならロスリックでもいくらか経験しているが、集団同士の戦闘はあれ以来だ。

 あまり経験がない。少なくとも、味方を巻き込まないようにしなければ。

「アイズ、どうしたの?!」

 などと思っていると、胸の無い方の褐色小娘が悲鳴にも似た声を上げる。

「まさかあんた……!?」

「だったら、仲良く戻ってくるものか」

 地面から生えて来る雑草どもをまとめて両断しながら、胸のある方に言い返す。

「やはりあの親玉を仕留めない限り涌いてくるか……」

 面倒な相手だ。

「しかし、近づくのには少し手間がかかりそうだね」

「だが、このまま守りを固めるのは明らかな下策だろう?」

「分かってる。リヴェリア、レフィーヤ」

「任せておけ……と、言いたいが――」

 リヴェリアが呻くと同時、さらなる来客が天井から降ってきた。

「牛頭のデーモン……」

 しかも、またあの『歪み』だ。どうやら、本当に深淵に連なる何者かが裏で糸を引いているらしい。

「またあいつなの!?」

「おいフィン! あいつら何だってんだ!?」

 胸のある方の褐色小娘が怒鳴ると同時、眼帯の男が駆け寄ってくる。

「さぁ? あっちの蛸みたいなのは新種。あの牛頭はデーモンって存在らしいよ」

 言いながら、小人こちらに視線を寄こす。

「デーモンだぁ? そっちも新種じゃねえのかよ」

 しかし、幸いにして眼帯の男はそれに気づかないまま小人に詰め寄った。

「まぁ、それは否定しないけど。いずれにしても倒さないとならない相手だ」

「簡単に言いやがる。勝算はあるだろうな?」

「デーモンの方は少し厄介だけど、ね」

「おいおい冗談じゃねえぞ!? テメェんとこの第一級冒険者が揃ってんだろうが!?」

 言い合う男どもはひとまず放っておいて。

「いっそ同士討ちしてくれないものか……」

 ソウルの量なら冒険者よりあの花女の方が遥かに多いはずだ。

 花女――いや、小人に合わせて蛸女とでも呼ぶべきか――と、デーモンとで潰しあってくれればそれが一番楽なのだが……。

「残念ながら、そう上手くはいかないようだな」

「ああ。……デーモンどもに選んで殺すような知恵があったのか?」

 リヴェリアの言葉に、肩をすくめる。

 明らかに牛頭のデーモンはこちらに向かってくる。

 ああいや、

(そうか。俺を狙っているのか?)

 ソウルの流れこそ凝っているが、量そのものが減った訳でもない。

 この場にある一番大きなソウルの気配は、確かに俺か。

「俺がデーモンを引き受ける。花女は任せていいか?」

 嘆息してから、リヴェリアに問いかける。

「仕方あるまい。だが、行けるか?」

 雑草どもはデーモンを守るように生えてきている。

 どうにも解せない。例え俺を狙っているとはいえ、同類でもないあの雑草を全く無視する事が果たしてあり得るのか。

(いや、考えていても仕方がないか)

 どのみち、連中を始末しなければ、こちらが殺されるだけだ。

「やってみるさ」

 ならば、出し惜しみはできない。

 覚悟を決めて、切り札の一つを取り出した。

「おい、【正体不明(イレギュラー)】!! 今どっからそのクソでけえ剣取り出しやがった?!」

 それは古竜を討った証。その力の一端が宿るドラゴンウェポン。

 銘をして≪竜の大曲剣≫。両手で構え、それに眠る力を解き放つ。

「邪魔をするな!」

 古竜の力。その一端が嵐の如く吹き荒れる。

 ただの蠢く雑草どもなど、何の問題にもならない。

「しかも魔剣だとぉ!?」

 それでもしつこく生えて来る雑草どもをまとめて大曲剣で両断しながら、牛頭のデーモンへ一気に詰め寄る。

『――――ォ!』

 大斧が振るわれる。それを剣で受け止めて――踏ん張り切れずに後退させられた。

 思わず舌打ちする。

 この力はデーモン遺跡にうろついている輩に匹敵する……とまでは流石に言わないが。

 しかし、少なくとも、怪物祭で相手にしたそれよりも強大な力を有しているのは間違いなかった。

 仮にこれが地上に現れていたなら、金髪小娘とその仲間達の中にも一人や二人の死人が出ていただろう。

(こいつら、成長している……?)

 だとすれば、こいつらは一体どこでどれだけのソウルを取り込んだというのか。

 冒険者を喰らっただけでこれほどになるとは思えない。何しろそのソウルの量はただの人と比べて、決して多すぎはしないのだ。それだけを糧に成長したとするなら、甚大な被害が出ているはず。

 ならば、噂の一つにもなっていなければおかしい。

(六〇階層以降で、モンスターを喰らっていた……?)

 いや、四年前もついこの前も、デーモンらしき存在は見ていない。

 見かけていれば、流石に無視はしなかった。

 もっとも、俺とて六〇階層以下の全容を把握している訳ではない。

 足を運ばなかった領域にいた可能性もあるが――

「チッ!」

 振り下ろされた大斧を、大曲剣で受けながら毒づいた。

 疑問は尽きないが、まずは目の前の牛頭のデーモンをどうにかしなければ。

 流石に方々から雑草が突き出て来るこの状況で、このデーモン相手に乱戦するのは少しばかり厳しい。

「鬱陶しい……!」

 再び古竜の力を解き放ち、デーモンもろとも周りの雑草を薙ぎ払う。

 しかし、焦ってはならない。多少弱体化していたところで、デーモンの力が尋常ではない事に変わりはないのだ。それこそ、油断すれば神々でさえ容易く殺される。

 今の俺では、わざわざ油断などしなくとも、単純な力量差だけで殺されかねない。

「――――」

 武器を切り替える。左手には≪竜紋章の盾≫を。

 右手には大剣――使い慣れた大剣の形をしたドラゴンウェポンを携える。

 あの恐るべき黒竜カラミッドより生じた≪黒竜の大剣≫。

 同じくドラゴンウェポンである≪飛竜の剣≫にも似た形状をした漆黒の大剣。

 その切れ味は凡百の名剣など軽々と凌駕する。……無論、使いこなせればだが。

 大斧を掻い潜り、刃を走らせる。武器にはまったく問題ない。

 あとは、殺される前に殺せるかどうかだ。

『ガァ―――!』

 デーモンが雄たけびと共に跳躍した。

「――――」

 叩きつけられる大斧を避け、代わりに横腹を斬り裂いてやる。

 これ以上時間などかけるつもりはない。振り向きざまに、片腕を斬り飛ばすつもりで剣を振るう――が、そこはデーモン。流石に両断には届かない。

 舌打ちと共に、一度間合いを開いた。

 改めて大剣を構える。刀身を肩と水平に構える八相に似た型。

『オォ―――!』

 裂けた腕などものともせず、両腕で大斧を振り上げ、デーモンが突進してくる。

 それを真っ向から迎え撃つ。振り下ろされる大斧をギリギリで避け、勢いを殺さぬまま大剣を突き立てた。

「黒竜よ――」

 その大剣に宿る竜の力――黒竜の炎を呼び覚ます。

 深々と突き立つ黒曜の刀身が業火に包まれる。

 それは古竜の炎だ。如何なデーモンといえどただでは済まない。

「――吼えろ!」

 ましてそれが、アノール・ロンドですら手を焼いた生粋の凶竜のものであれば。

 その力はデーモンを焼き尽くすには充分すぎる。

『――――ォ!』

 しかし、デーモンとて神すら脅かす厄災の権化。

 ただその程度で斃れるはずもない。

 体を内側から焼かれ――それでも、デーモンは大斧を振り回す。

 最期の悪あがき――ではない。

「何……!?」

 デーモンの身体を食い破ってタールのような何かが蠢く。

 蛇のようになったそれは、それ自体に意思があるかのようにのたうち襲い掛かる。

(人の膿だと……!?)

 あり得ない。これは『深み』あるいは『深淵』と呼ばれるものの一種。つまりは『闇のソウル』に由来する厄災のはずだ。それが『混沌の炎』を祖とするデーモンから生じるなどと――

(ああいや、ロスリックの飛竜からも生じたか……)

 しかし、あれは飛竜から生じたというより、飛竜に取り憑いていたというべきだ。

 ……いや、古竜の末裔に取り憑けるならデーモンにも可能なのか。

(そうなると、やはりあの『歪み』は――)

 しかし、それを考えている暇もなさそうだった。

 のたうつ膿に加え、デーモン自体の動きも止まった訳ではない。むしろ、ついに見境を無くし、でたらめに暴れまわる。

 迫る大斧や膿を掻い潜り、または盾で弾き、いったん仕切り直しを図る。

 刀身は未だ黒竜の炎に包まれている。まともに当てられるなら、人の膿だろうがデーモンだろうが問題にはならない。

 両手で構え、一気に間合いを詰める。

 模倣すべきは『狼の剣技(英雄の剣戟)』。

 横薙ぎの一撃で行く手を阻む膿を払いのける。

 足元から生えて来る雑草を足場にして跳躍。空中で身体を捻り――あらゆる力を刀身に宿してデーモンの脳天に叩きつける。

 黒竜の炎まで加わったその一撃は膿もろともにデーモンを両断し、焼き払った。

「やはり、か……」

 身体に宿るソウルの量は、先日得たそれよりも遥かに多い。

(どうにも妙な事になっているな……)

 輝きを失った水晶に埋め尽くされた天井を見やる。

 デーモンを吐き出したあの『歪み』はすでにない。

(『暗い穴』といいデーモンといい……。どうやら『火の時代』の名残りが未だ健在だというのは間違いなさそうだな)

 あるいは亡霊、だろうか。

 最初の火が消えた時代。この『闇の時代』を呪う何者か。あるいは、総てを裏切った俺を呪う何者か。そういったものが裏で糸を引いているのか。

(亡霊か……)

 だとすれば皮肉な話だ。『火の時代』の亡霊なら、その最たるものが俺自身だ。

 もはや最初の火もなく、時代すら変わった。しかし、それでも不死の呪いに囚われている――いや、更なる変容を遂げた得体のしれないこの身体。

「今は雑草どもを始末するか……」

 未だにあの花女は薄気味悪い叫び声をあげ、雑草どもはそこら中から生えて来る。

(いや、あれが本体でこれはただの触手か)

 ともあれ。連中を一掃しない事には暢気に考え事をしている暇もなさそうだった。

 

 

 




―お知らせ―
 お気に入り登録・評価いただいた方、ありがとうございます。
 次回更新は18/07/08の0時を予定しています。
 18/07/01:前書き修正・複数個所改訂
 18/07/07:誤字修正
 18/07/14:一部修正
 18/11/20:誤字修正
 19/01/19:脱字修正
 19/10/02:誤字修正
 20/05/18:誤字修正

―あとがき―

 まずは、皆様に感謝を。
 今週の週間UAが1000を超えました!
 ありがとうございます!!
 無事に新章開幕となりましたので、これからもお付き合いの程、宜しくお願い致します。

 さて、とても幸先のいい出だしとなった第二章の第一節です。
 この章では、いよいよダークソウル側の脅威やら何やらが少しずつ姿を見せ始める予定です。そうなると、いよいよ冒険者サイド、特にその代表としてロキ・ファミリアの皆さんは苦労する事になってきますが……。
 今回は牛頭のデーモンと人の膿という夢の(悪夢の?)コラボとなりました。その割にはちょっとあっさり終わらせてしまった気もしますが、今回はまだ顔見せという事なので……。
 顔見せと言えば、外伝の強敵レヴィスも登場ですね。
 今回は外伝二巻での出来事が中心となっています。本編ではベルがそろそろリリと出会う頃ですね。
 いよいよ登場人物が増えてくるので、書き手としても気合いを入れていかねばなりません。
 なるべく多くのキャラに活躍して欲しいですしね。
 
 さて、今回の捕捉としてまして。
 黒竜の大剣ですが、モデリングはダークソウル2、配色と能力はダークソウルが基準となっています。……ええ、単純に個人的な好みであって、特に深い意味はありません。
 無印のモデリングが好きな方には謹んでお詫び申し上げます。

 前話でも出ましたが、闇術の詠唱はラテン語です。
 ……と、言っても英語すら苦手な身ですので、グーグル先生による翻訳となっていますが。
 英語よりは違和感が目立たないかな……と、いう浅はかな考えによるものなので、しっかりした知識を持つ方は生暖かい目で見守ってやってください。それと、元となった日本語の詠唱は、恥ずかしいので内緒にしておきます。
 詠唱と言えば、取り急ぎ少なくとも一人分のダンまち式の詠唱を用意しなければならないので、今もあれこれ試行錯誤しています。
 本当に難しい…。

 と、そんなわけで今回はここまで!
 次回もよろしくお願いします。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。