SOUL REGALIA 作:秋水
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1
「ほう……。ようやく戻ったか」
一八階層。ならずのもの街リヴィラを見やり、小さく呟いた。
デーモンと対峙するのは黒衣を纏う戦士。懐かしき亡者だった。
「そのようですが……。さて、首尾はどうだったのでしょうか?」
傍らの賢者が問いかけて来る。
「さてな。新たな王を見つけたか、それとも……」
見切りをつけたか。いずれにせよ、これで再び因果は動こう。
「我らが王はあなたと、グラットだけです」
傍らの猛将が告げる。
だけ、と言いつつもそこで王を二人上げるあたりが、この者達らしい。
この者たちでなければ不敬だと言うところだが……この者たちの場合は、どこまでも真摯だから扱いに困る。
(しかし、狂人と恐れられたこの私が、な……)
研究の果て、狂気に堕ちては共に研究を続けた学徒達さえ手にかけた自分が、今さらこのように純粋な信頼を寄せられるとは。もう二〇年も経つというのに、未だにむず痒い。
しかし、今ではそれに真摯に応じようと思う私もいる。どうやら、二〇年の間に自分でも驚くほど丸くなっていたらしい。
「しかし、奴が戻ったならいずれ連中も動き出そう。無論、地上に巣くう亡者共もな」
この穴倉に蠢く闇も。地上で暗躍する神の亡者も。いずれはあの亡者を求め始める。
「我らの怨敵を、あの男であれば討ち滅ぼせると?」
拳を握り締めた猛将が、血でも吐くような声で行った。
「無論。あの亡者……いや、あの灰が、腑抜けた人間と腐り果てた神共の手に負えるものかよ。あれはな、三度に渡り玉座に至った本物の怪物。神も竜も王も悉く殺して除けた生粋の殺戮者よ」
果ては火すら消し、時代まで殺して見せた。
名を禁じられた神々の王――かつて『大きなソウル』……否『王のソウル』を見出だした大王グヴィンが恐れた唯一真なる【闇の王】そのものだ。
今、地上を跋扈する神気取りの亡者どもの手に負えるものか。
「確かに。あの悍ましいデーモンを単独で討てる人間など、そういるものではありますまい」
影が蠢く。
「して、我らが主よ。これからいかがなされるおつもりか?」
「さて、どうしたものか……」
懸念は、ある。
「まずは手並みを拝見、といったところか」
ドラングレイグで出会った時より、やはりソウルの力が弱い。
いや、凝ってでもいるらしい。四年前にも手を尽くしたが、今も解消できていない。
(もう一度奴と接触させれば、あるいは……)
しかし、あれをもう一度嗾ける術はない。いや、あったとしても現状では動かせない。
やはり、直接接触するしかないだろう。
多少ならず危険だが、今はあの灰に在りし日の力を取り戻させる事こそが最優先だ。
いや、それ以前の懸念もあるが……さて、そちらはどうしたものか。
「で、なければ貴様らも納得しないであろう?」
しかし、何であれこのままでは役に立たない。
この者達にも誇りがある。
あの灰には、その上で納得させるに値するだけの力を、今一度見せてもらわねばならない。
「問題はその相手だが。さて、一体どこに嗾けたものか……」
相手の質を求めるなら、【ロキ・ファミリア】とやらか【フレイヤ・ファミリア】とやらだが……。
(あの連中を押しつける相手がいなくなっては面倒か)
どちらか片方でも残っていれば充分――とも言い難い。
この『時代』の人間にとって、あれは充分な強敵だ。あるいは『火の時代』の脅威に迫るやもしれない。と、なれば駒は多い方が良い。
(しかし、他となると……)
他の大手となると【ガネーシャ・ファミリア】だが――ここはすでにあの灰と良好な関係を築いている。下手に騙しては、こちらが殺される事になろう。
「我らが主よ……」
傍らの影が言った。
「僭越ながら、これを理由とするのがよろしいかと……」
差し出されたのは妖しく輝く石。これは私側の……つまりは狂人の産物。
無論、この石を作ったのは私ではない。これとて試作品ではあろうが――それでも、私であれば、もう少し上手く仕上げられる。
「これの『作り方』を伝えるというのはいかがでしょうか?」
「なるほど、な」
これはソウルを扱う邪法だ。まして、これを誰が必要としているかを知れば、おそらくはあの男も
「確かあのハイエナめが、どこぞの女に貢ぐつもりで探しているはずだな?」
「御意」
あれは亡者の中でも特に目障りだ。始末するなら早い方が良い。
「ならば、奴らに踊ってもらうとしようか」
一人二人仲介人を用意し、あのハイエナに渡す。
そして、何食わぬ顔であの灰にそれを伝えれば良い。あとは何をせずとも、あの灰は連中を殺し尽くす。
「で、あればさっそく私が――」
「いや、私が行こう。何しろ懐かしい顔だ。直々に挨拶するのも悪くはない」
「御意」
最後に揺らめくと、影は沈黙した。
「さて。これで彼奴らも動こう」
「古き時代の『英雄』、ですか?」
「うむ。互いに縁のある相手よ。あの男の名を出せば、彼奴とて否とは言うまい」
あれを動かせるなら、連中を迎え撃つにも大きく有利となる。
傍らの猛将は勇猛だが、戦場での駆け引きは不向きだ――が、彼奴であれば話は変わろう。
何しろ最古の闘争を制した英傑の一人。武勇知勇ともに極まっている。
(いや、武勇だけでも事足りるかもしれんな)
何しろ彼奴は本物だ。いくらあれに敗れ、その果てに力の多くを失った今であっても、その力は今いる脆弱な冒険者共の比ではない。
まして腐り果てた今の神どもなど何の問題にもなりはしない。
(……もっとも、私とは相性が悪かろうが)
高潔な騎士と狂人とでは致し方ない。
しかし、利害は一致している。それに反しない限りは敵対する事もあるまい。
「時に、件の『抜け穴』についてはいかがいたします?」
賢者が問いかけてくる。
「無論、そこは押さえたい。そのためにも彼奴の助力が必要となる。『鍵』はまだ予備があるな?」
「はい。あの奇人程度、御身には及びせぬ」
「私は狂人だからな。片方を残した奴らの不覚よ」
己のソウルの内より、複製した『鍵』を取り出す。本来はその資格を持たぬ代物だが――要は『鍵穴』に合わせられればいい。そして、元々『似た形』ならば加工も容易い。
「『抜け穴』について、あの者共にはどういたします? 奴らはまだ気づいていない様子。知らせてやれば、何かしらの手を打つかと」
「ふむ……。真っ当に奴らに圧力をかけられるなら、あの者共を嗾けるのが一番ではあるが……」
何しろ、そのための組織だ。しかし――
「さて。どこまで役に立つものか……」
我らが怨敵は私と同じく人ではない。ただの外道だ。
ならば、正攻法など役に立つものではない。
「連中、どうやら他の『同胞』達をあの怪人どもに嗾けたようですが……」
と、影が蠢いた。
「そのせいで『同胞』に被害が出たとも聞いております!」
影の言葉に、猛将が憤慨した様子で続ける。
「あの者共は人手が足りておらん。加えて彼奴を動かすだけの度量もない。さらにあの灰が留守にしていたのだ。その煽りを受けたのだろう。あの者共にとっては、連中の企みも放ってはおけぬだろうからな」
たった今あの怪人に敗れた金髪の娘は、地上における……この『時代』における最強の一角と聞いている。
それですらあの程度なら、あの連中の企みも脅威となろう。ならば、我らの『時代』より来る亡霊どもの相手など望むべくもない。
「あの者共は今しばらくは放っておく。あの灰が手を貸しているのだ。どうにでもするであろう。『抜け穴』は、まだ知らせん。あれは我らにも使い道があるからな。できれば知られずに手中に収めたい」
「確かに。あの『抜け穴』があれば同胞の悲願を叶える事も出来ますな!」
猛将が笑うが――残念ながら、事はそう単純ではない。
(あの『抜け穴』は精々が餌か砦代わりにしかならん)
この者たちが地上に出るにはまだあまりにも問題が多すぎる。
一方で、あの金髪の娘どもも『火の時代』の脅威を嗾けるには無力すぎた。最終的には共倒れしてもらうのが理想だが……あれでは、一方的に蹂躙されるだけだ。
使い潰すにしても、それは少々惜しい。
(ならば、まだ手に負えるであろう奴らの方に嗾けるべきだ)
あの『抜け穴』はそのための餌になる。
いや、人間に知られている時点で他に使い道はない。
手に入れるのは、その『発想』だけで充分だった。
(問題は、どうやってそれに喰い付かせるかだが……)
何しろ、ごく限られた者にしか存在は知らず、無関係な者達では入るにも苦労する。
流石に回収できた『鍵』の『材料』も有限だ。無駄にはばら撒けない。かといって、下手に接触してはこちらに喰い付いてきかねない。これ以上煩わされるのは面倒だ。
「しかし、『亡命』ですか。確かにかの地には生き残った我らの同胞の数名が身を寄せてはいますが。……あの方は信じられるのですか?」
賢者が問いかけてくる。
「あれは裏切り者だ。二度もあるべき場所を裏切った、な。故にこの『世界』に寄る辺のない貴様らを拒絶はしない。同類相哀れむ、とはまた違うかもしれんがな」
「ですが……」
「分かっている。あの地では貴様らの望みは叶うまい。何しろあの地は隠遁の地。この穴倉とどれほどの違いもない」
あの古き王が気を変えるなら、それもまた話が変わってくるやもしれんが。
しかし、それこそあれの矜持に関わる。あの灰以上の何かを示さねば、凡そ不可能な話だ。
生半な事では表舞台に引きずり出す事も叶うまい。
(せめてその子飼いだけなら、な……)
可能性もある。何しろ、あちらはあちらで因縁のある相手だ。
(あの様なら、あるいはそのうち勝手に痺れを切らすやもしれんな……)
デーモンを仕留めたあの灰は、まるで
すっかり『火』が消えてしまっている。あれでは【薪の王】ですらない。
(いや、今回ばかりは助かったというべきだが、な……)
おかげで赤髪の女は無事に逃げおおせた。
別に連中に与する訳ではない。ただ、あの女が『欲しい』だけだ。あれほど丈夫なら『素材』にするにも申し分ない。それだけでも魅力的な存在だが――
「それとは別の話か……」
つい声に出して呟いていた。
己の耳にすら届くかどうかのものだが、しかし傍らの連中の耳は誤魔化せまい。
「どうかされましたか?」
「なに。やはり何か嗾けた方が良いと思ったまでよ。あんな腑抜けた様では、な……」
ようやくデーモンを仕留めた亡者を見やり、今度こそ小さく呟いた。
2
人の膿に冒されたデーモンを仕留めてからしばらくして。
リヴェリア達の活躍により、リヴィラの街を襲う雑草どもは親玉の花女もろともに駆逐された。まだ血が猛っている者達は残党狩りに、体力が余っている者はさっそく復興作業に取り掛かっている。この辺りの強かさは流石と言うよりない。
「よう。お疲れさん」
体力は有り余っているだろうが、そのどちらにも参加していないのは小人とその手下達だけらしい。いや、顔役も広場に留まっているが。
「ああ。君もね」
そこに近づき、声をかけると小人も気楽な様子で応じた。
「あれがデーモンか。フィリア祭での出来事はアイズ達から聞いていたけど、変身までするとは知らなかったよ」
「心配するな。デーモンがああなるのは流石に俺も初めて見た」
ロスリックにおいて、デーモンはすでに絶滅寸前だった。生き残りが人の膿に冒されていたとしても、不思議だとは言えないのかもしれないが。
(しかし、まいったな。あれ、下手すればミルドレット辺りでも手こずる相手だぞ)
病み村周辺を根城にし、そこまで到達できるほどの腕を持った数多の不死人を喰らい続けてきた人食いミルドレット。
あの半裸の人肉料理人にはソラールと二人がかりで手を焼いたものだ。
それほどに彼女の戦闘勘は尋常ではなかった。防具はぼろぼろの盾だけ。他は精々頭に被るズタ袋。体には申し訳程度のぼろ布しか纏っていないくせに、攻撃が通らないこと通らないこと。
あたり一面毒沼で、鎧の重さ分だけ俺達の方が足を取られやすかったとはいえ、防がれ弾かれ避けられ――さらには、彼女自身は毒沼をものともせず突進してくる始末だ。
(そりゃ、あの足腰なら納得だがな)
人の肉とはそこまで滋養がある代物なのか。それとも日ごろの『料理』の賜物か。割と――主に下半身が――ふくよかだった彼女を思い出す。
ともあれ。その彼女であっても、さっきのデーモンには多少手を焼いただろう。
病み村までたどり着くほどの不死人を『喰える』彼女が手を焼くようでは、ただの人間にはとても手に負えない。
かく言う俺も、今回は武器に助けられたようなものだ。何しろ、もし今の俺が彼女と対峙したなら、ほぼ間違いなく喰い殺されているはずなのだから。
(デーモンどもを殺すにはソウルを奪うのが一番手っ取り早いんだが……)
黙っていてもソウルを取り込む『ダークリング』がない――のは、まぁ良い事だとして。『ソウルの業』すら知らない人間にはただそれだけで『殺しにくい』相手だと言わざるを得ない。
(ま、例外はいるが)
しかし、目下最強のオッタルですらまだバンホルトの域には達していない。
いや、バンホルトには遠く及ばないにしても、オッタルなら倒せる可能性はまだある。
何しろ身体の性能で言えば、ここで目覚めた直後の俺と大差ないのだ。あとはやり方次第という話でしかない。……が、最強でその程度なら他の連中が相手にするのは、かなり厳しいという事になる。
(まぁ、数がいるから何とかなるか……?)
それこそが『火の時代』との最大の違いだと言える。
あの頃は一人が基本。精々が二人。幸運に恵まれて三人といったところか。
(名だたる『英雄』の白霊を運よく呼べた時は楽だったな)
例えばロードランにおけるタルカス然りリロイ然りビアトリス然り。……いや、格の違いを思い知らされもしたが。
ともかく。『火の時代』と比べればこの時代には多くの冒険者がいる。
だが、
(それでも限度はあるだろうがな)
被害には目を瞑るとして――それでも、どこまで対応できるものか。
あの程度ならまだしも、
「しかし、随分と丈夫な魔剣だね。あれだけ魔法を使ってもまだ壊れないなんて」
「魔剣?」
そういえば、結局まだ≪黒竜の大剣≫を携えている。さすがに使い続ければ刃も傷むが、簡単に壊れるような代物ではない。
「それだよそれ! そういや、最初の魔剣も何なんだ?! つーかテメェ、あれもそれもどこに持ってやがった!?」
そう言えば、リヴィラで『ソウルの業』を見せた事はなかったか。
こういう反応も久しぶりだった。
「ああ、これか。別にこれは魔剣って訳じゃない」
四年前に武具を手入れしてもらったあの女鍛冶屋――ヘファイストスに、このオラリオにおける『魔剣』の定義を聞いている。
(要は剣の形をしたアイテムだよな)
込められた魔法を放つ事ができるが、一定回数使用すると砕け散る。また、基本的に魔術師が直に扱うものより威力は弱い――と、そういった代物だという。
ヘファイストスから教わったその定義に則れば、この≪黒竜の大剣≫は魔剣ではないはずだ。無論、≪竜の大曲剣≫も。
俺が所持する中で一番『魔剣』に近いのは≪教会守りの薄刃≫だと思うが……これとて、いくら使っても壊れる事はない。しかも、魔力は自前だ。
そういう意味ではむしろ触媒に近い。
「ドラゴンウェポン。そう呼ばれる代物だ」
「ドラゴンウェポン? ドラゴン系のモンスターの素材で打たれているのかな?」
「馬鹿言うな! いくらドラゴン系の素材を使ったってああはならねえ! そっちの方ならまだしも、最初のデケェ剣みてえな真似は絶対に無理だ!」
「ンー…。確かに、ベートの≪フロスヴィルト≫みたいに特殊な力を持った武器も存在するけど、そういうのともまた違うみたいだね」
武器談議で盛り上がる二人は置いて、見回りにでも行こうと思ったのだが――
「あ、コラ逃げんじゃねぇ! 質問に答えやがれ!」
「いや、答えただろう?」
「あれだけじゃ分からねぇってんだ!」
「そんな事を言われてもな……」
別に説明してやる義理もない。
「そういえば、宿で使った不思議なマジックアイテム。あれも何だったんだい?」
そして、金髪の小人も、今さらになってそんな事を言い出す。
どうやら二人とも何としても情報を引き出したいらしい。
段々と面倒になってきた。
どのみち、このオラリオでこの類の物品が手に入る可能性は極めて低い。
古竜の生き残りがまだいるかどうかも分からない。加えて、牛頭のデーモンに手こずるようでは古竜など――いや、その血を濃く引く飛竜達にすら勝てまい。
かく言う俺自身も駆け出しの頃、ヘルカイトに散々丸焼きにされたものだ。それこそ、あそこで亡者になり果てていてもおかしくないほどに。
「遥か昔。『灰の時代』と呼ばれた頃に世界の王者だった古竜達の生き残り。あるいはその血を濃く引く飛竜達の力を宿した希少な武具だ。『灰の霧の核』も古竜の力によって生み出されたという意味では同じだな。もっとも、あれは貰い物だが」
何しろこれを寄こした古の竜は、ある意味においてシャナロットの兄――ひょっとしたら姉かもしれないが――に当たる存在だ。流石に手荒な真似をする気にはならない。
「まぁ、ざっくり言うなら『伝説の武器』とでも思っておけ」
「そんなもんどうやって手に入れたんでぇ?」
「それはもちろん、仕留めて手に入れたに決まってるだろう?」
無論、例外もあるが。先ほどの≪竜の大曲剣≫は正にそうだ。
何しろこれは記憶の世界で、すでに息絶えていた古竜の亡骸から得たものなのだから。
「竜に挑むは騎士の誉れってな。……ま、生憎と俺は騎士なんかじゃないが」
言うだけ言うと、さっさとそこから離れる。
留まっていても尋問されるだけだ。それに――
(気は進まないが……)
フェルズに連絡を入れねばならない。
そのためには、人目のない場所に行かねばならなかった。
「――――」
念のため【見えない体】と【音消し】を続けて詠唱し、リヴィラから充分に離れる。そこでソウルから久しぶりに『
『そうか。ハシャーナは……。神ガネーシャには申し訳ない事をしてしまったな』
ざっと説明すると、意気消沈した様子でフェルズが言った。
『それで『宝玉』はモンスターに寄生したのだな?』
「ああ。そちらとは直接対峙したわけではないから、どの程度のものだったかは分からないが……まぁ、リヴェリア達でも楽勝とは言い難かったようだな」
『【
「金髪の小人と、褐色肌の小娘二人。金髪小娘と、蜂蜜色の髪をしたエルフの娘といったところか」
『金髪の小人……。フィン・ディムナか。よりによって団長と副団長が揃っているとは。それに【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインか。一体何をしていたのやら……』
「そちらにも、という事はギルドにも誰か行ったのか?」
独り言のように呻くフェルズに問いかける。
『ああ。神ロキが乗り込んできた』
「糸目の小僧か……」
『どうやら、我々があのモンスターを地上に放ったと疑っている節があるな。モンスターフェリアもそのために開催していると勘ぐっているようだ』
「それはご苦労な事だな」
やはりあれは猜疑をまき散らし、策略を張り巡らせずにはいられないのだ。
ヘファイストスが鍛冶師であるように、あれもそういう性からは逃れられない。
やはり野放しにしておくのは少なからず面倒な存在だった。
『しかし【剣姫】を返り討ちにする女か。名前は?』
「そういえば聞き忘れたな」
『まったく……。どんな女だった?』
「いい女だったぞ。美人だし、いい身体をしていた」
あの艶めかしさはアイシャと互角かそれ以上である。
『……そういう事を聞いているわけではない』
「冗談だ。いや、いい女だったのは事実だが……。そうだな、とにかく丈夫だった。剣も刺さらない。≪トゲ棍棒≫でぶん殴っても死なない。≪大竜牙≫を叩きつけられても、割と元気に撤退していった」
生かして捕らえるため、多少ならず加減したというのは事実だが――それにしても法外な丈夫さだ。かつてハベルの戦士に散々叩き潰された身としてはいっそ羨ましいほどに。
『ふむ。お前の剣に耐えたと? 人間とは思えんな』
「それと、モンスターどもを従えていたな。ほら、あの怪物祭で暴れた雑草どもだ。彼女は
『何だと? 確かなのか?』
「ああ。あの女が指笛を鳴らすと同時、あの雑草どもが生えてきた。そのせいでリヴィラの街はまた大破したぞ」
まぁ、それは特別珍しい話でもないが。
どれだけ少なくとも、数か月に一度は確実にモンスターの襲撃を受けるような街だ。
『となると、その女は
「心当たりはない?」
『いや、ほぼ間違いなくその女が噂の『番人』だ。以前話しただろう?』
「リド達でも手を焼く
あの『宝玉』のある場所に姿を現す『番人』の噂は聞いている。
そう言えば、確かに赤髪の女だといっていたか。
(不死人……でもなさそうだが)
ソウルの気配がどうにも人のそれと違う。
それに、躯体の強靭さも。
さりとてモンスターかと言われると、それだけでもなさそうだ。
(まるで巨人だったな)
主にドラングレイグで何度か戦ったが……とにかく連中の身体は強靭だった。
長年封じられていた最後の巨人――瀕死のまま囚われていた巨人の王ですら、容易ならざる相手だった。まして全盛期の巨人の王や【薪の王】ヨームであれば、半端な攻撃ではかすり傷も負わせられない。
もちろん、彼女は流石にその域にまでは達していないが。
「ああ。それと――」
『どうした?』
「牛頭のデーモンが現れた」
『またか?』
「ああ。怪物祭の時と同じく、突然な。いや、それだけならいいんだが……」
『……何があった?』
「怪物祭で暴れた連中より多少手強かった。どうやら成長しているらしい」
ひとまず、『人の膿』については伏せておく事にした。今ひとつ繋がりが見えない。大体、あれに取り憑かれていなくても厄介な存在なのは変わらないのだ。
『何だと……?』
「どうやら急いだ方がよさそうだな」
このまま野放しにしておいて、本当に『本物』のデーモンどもが現れたら――まぁ、一人二人の死人では済みそうにない。
『ふむ。その
「デーモンの巣か飼い主を探せと?」
いや、その二つは同じ可能性もあるが。
『ああ。お前以外に任せられないからな』
簡単に言ってくれる。
一体どこを探せばいいのかすら見当がつかないというのに。
「ところで、亡者……お前達の言う『アンデッド』の情報は集まったか?」
『残念だが、そちらもまだ調査中だ。何分、情報が錯綜している。酒の肴として、面白半分に話をでっちあげる者もいるからな』
酒の肴で済んでいるなら、そこまで派手な被害はまだ出ていないという事か。
それとも遭遇した者達の生還率が極端に低いだけだろうか。
「もし、その『アンデッド』が、俺の想像している通りの理由で生み出されているなら、だが――」
しかし、もし事実なら放っておいていいものではない。
見方にもよるが、ある意味デーモンよりも差し迫った危機となる。
「『本当の力を引き出す』というような謳い文句で近づいてくる者がいないかを探った方が早いかもしれないな」
『どういう事だ?』
「なに、大した話じゃない。ただ、その呪いをかける連中の常套句がそれなんだ」
『なるほど……。しかし、そういう事ならより慎重に捜査しなければならないな』
「うん?」
『『本当の力を引き出してくれる存在がいるらしい』という噂が広がったら、むしろ被害が拡大しかねないだろう?』
「ああ、なるほど。それはもっともだな」
とはいえ、あの連中がそこまで安売りするかどうか。
いや、ここは警戒しておくべきか。
俺が言うのもなんだが、あの連中は目的のためなら手段を選ばない。
……まぁ、最大の問題は連中がこの火のない時代で何を企んでいるのかさっぱり見当がつかない事なのだが。
「まぁ、そちらは任せる」
どのみち、一人でできることなど高が知れている。
情報収取なら伝手のあるフェルズ達に任せた方が効率的だろう。
「それで、お前はこれからどうしてほしい?」
取り急ぎ、個人的に済ませておきたい事は今のところない。
ならば、もうしばらくフェルズ達の依頼を受けてもいいだろう。
『ふむ。ならば、ハシャーナの遺体と共に一度地上に戻ってくれるか? 【ガネーシャ・ファミリア】の眷属とあっては無碍にはできない』
「了解した」
シャクティの配下だというなら、流石の俺も無碍にはしづらい。
(ああいや、待てよ……?)
しかし、そうなると背負って帰らなければならないのではないだろうか。
ソウルに取り込める訳でもない――と思う。
流石に遺体を取り込んだ事はないので分からないし、できれば確かめたくもなかった。
(しかし、担いで戻るのもな……)
それはそれで陰鬱な道のりになりそうだった。
3
「チッ……」
奪取された『種』を回収し損ねたまま、隠れ家に戻る。
あれだけ手を焼いた挙句、回収に失敗したのもそうだが、その上でここまで消耗させられたというのも忌々しい話だった。
だが――
(あれが、『炎の簒奪者』だと?)
軋む身体を持て余しながらも自問する。
あの黒衣の男は確かに手練れだった。連れ戻し損ねた『アリア』よりも。
だが、
(遠い昔、古き神々の都に攻め入り、奴らの力の根源である『聖火』を簒奪した反逆者)
そして、その結果人からも『不死』を奪った背信者。
奴らからはそう聞いている。しかし、それならこれは一体どういう事か。
(神々の敵。それが
あれだけ手間をかけてなお、私を
いや、情報目当てに加減していたのは確かだろうが、それにしても……。
「ッ!?」
もっとも。奴から受けたダメージが、私にとって深刻なものである事に変わりはない。
明滅する視界に舌打ちするより早く、体がよろめいて――
「ああ、悲しい。実に悲しいなぁ」
何者かに、後ろから拘束された。
「どこの馬の骨とも知れぬ輩に先を越されるとは、正に悔恨の極み。口惜しい事よなぁ」
「貴様か……」
私に気配を感じさせず、ここまで近寄れる相手は多くない。
この得体の知れない狂人は、忌々しい事にその筆頭だった。
「いかにも。よく戻られた、我が姫君」
血の気の薄い肌。彫像めいた造形の顔。黒く長い髪は、やはりその一筋まで作りものめいている。こうして拘束されていると、軟弱そうな雰囲気に反して戦士然とした、あるいは獣じみた体をしているのが嫌でも伝わってくる。
「ああ、それにしても。口惜しい。出会ってから身を粉にして尽くしているにもかかわらず、未だ閨に呼ばれない私がここにいるというのに……」
一体どこで知ったのか、私があの冒険者をどうやって罠に誘い込んだのかを知っているらしい。
「下らん。ただ餌に使っただけだ」
確かに、俗に『色仕掛け』と呼ばれる手段を用いたのは認めるが、そこまで大げさな事をした訳でもない。人目の付きづらい場所に誘い込むため、娼婦の真似事して声をかけ油断させただけでしかない。
本当に一晩付き合ってやるつもりはなかったし、必要性もなかった。
「しかし、良くないな。嫁入り前の女子の体に傷をつけるとは……」
私の言葉を聞いているのかいないのか、その狂人はそう言った。
お前が言うか?――と、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
この狂人に付きまとわれているのは、およそ三年ほど前に殺されたのが切欠となっている。
加えて言えば、殺し合い――この狂人に合わせて言えば死合――を求められていた。
「しかし、其方をここまで追いやる相手も珍しい。何者だったのだ?」
今だ血の滲む横腹の傷を嬲り、こめかみからの血が伝う頬を舐めようとするその人斬りに舌打ちしながら、告げた。
「『亡者の王』。『炎の簒奪者』とやらだ。貴様の方が詳しいだろう?」
この狂人――この人斬りはあの男よりも確実に手練れだろう。
こいつが、あれだけ時間をかけて私を殺し損ねるなどありえない。
「ふむ。其方の主君らの話からして、四年前に出会った同胞だろうが……」
その人斬りは怪訝そうに唸った。
「確かにあ奴なら、今の其方には手に負えぬであろうが……。さて。四年前……いや、つい前日
あれほど力を持った相手なら、この人斬りが
おそらく、刃を交えている。そして、ここにいる以上はあの男の方が退いたのだろう。
「フン……」
忌々しいが……この人斬りは得体の知れない強さを秘めている。
今の私でもまだ遠く及ばない程度には。でなければ、とっくに殺している。
それができないから、こうして付きまとわれている。そして、この人斬りも死合とやらを仕掛けてこないまま付きまとってきているのだ。
「なに、もし次に見える事があれば私を連れて行くが良い。本当にそこまでの大物なのか、今一度確かめてみよう」
人斬りの顔が近づいてくる。
その唇を食い千切ってやろうとして――僅かに掠めた。
どうやら、三年前より多少力の差は縮まっているらしい。
微かに裂け、血の滲む唇を見やってから、無遠慮に乳房を弄ぶ腕を振り払い、横腹から臍を撫で、さらに下腹辺りに達していた腕を力任せに叩き落す。
「つれない。実につれないなぁ」
血の滲む唇を舐めながら嘆く人斬りからわずかに距離を開き、告げた。
「食事だ」
「うむ。魔石も果実もそこに用意してある」
この人斬りがどこからか用意してきた敷き布の上には、ダンジョン由来の果実と、魔石の山が置かれていた。
適当に座り込み、ひとまず魔石に手を伸ばす。
「良い皿であろう?」
「何だと?」
確かに魔石や果実の山の下には小さな机と、その上に大皿が敷かれている。
まさか、器とはこれの事だろうか。
「よい食事には用いる食器の美しさも不可欠と聞く。少々値が張ったが、用意してみた」
時折――よりもいくらか高頻度に――思う事だが……こいつ、実は阿呆なのではないだろうか。
確かに皿は置かれているが……お世辞にも美しいとは言い難い。
絵柄か文様が描かれているようだが、見える範囲からして色遣いが派手すぎて悪趣味であり、安っぽく見える。
「なかなかに良い。我ながらいい買い物をした。いやはや、リヴィラなる街も、あれでなかなか捨てたものではない」
訂正。阿呆ではなく、悪趣味なだけだ。いや、阿呆な上に悪趣味なのか。
(しかも、わざわざ買ってきたのか? よりによってあの街で)
滞在したのは一日に満たない程度の時間だったが、その僅かな時間でも至る所でぼったくりだ詐欺だという言葉を耳にしていた。
そんな街で、このガラクタをわざわざ買ってきたと言うのだろうか。
(そもそも、その金は一体どこから……)
いや、魔石狩りの際に得たドロップアイテムをこまめに集めては売り捌いてでもいるのだろう。もしくは冒険者共から奪ってでもいるのか。
どのみち、ダンジョン内で金を得るにはその二つのどちらかしか方法はない。
(そう言えば、時折奇妙な彫像やら何やらを持ち込むが……)
まさかあれらも――いや、この敷き布もわざわざ金を払って購入してきたという事なのか。……この、見るからに毒々しい図柄の敷き布を。
(余計な事を教えたか)
武器を手入れする道具が欲しいのだが――と、言ってきた際、街を紹介したのを少しばかり後悔する。面倒だからと一人で行かせるべきではなかった。
「……何のつもりだ?」
胸中で嘆息していると、その悪趣味な人斬りは近くに横たわり、片胡坐をかく方の脚――その太もも辺りに勝手に頭を乗せた。枕代わり、と言ったところか。
「なに、忠義には報いるものが必要なのだぞ、我が姫君」
けらけらと笑う。
一体どういうつもりなのか、この人斬りは私を主と呼ぶ。
どこまで本気かは知らないが、少なくともそれを口実として他の連中の命にはまるで応じない。……それこそ、私が仲介しない限りは。
そのせいか、これと言って何かに利用される事もなく、その暇な時間を使っては魔石や果実を集めてくるわけだ。
(確かに役には立つが……)
特に、手傷を負った今、これほど上質の魔石が多くあるのは助かる。
「勝手にしろ」
この人斬りに付きまとわれてから、一体これで何度目になるだろうか。
深々と嘆息してから、吐き捨てた。
少々煩わしいが、我慢できない程でもない。それに、今は追い払う気力すら惜しい。
「うむ。では、たんと食べて強くなると良い」
言われるまでもない。そして――
「その時は真っ先に殺してやる」
この人斬りは『アリア』と違って連れ戻す必要もない。
今はまだ届かないが、届いた時には後腐れなく念を入れて殺し尽くしてやる。
「それは良いな。うむ、斬って良し愛でて良し。実に其方はいい女子だ。睦みあえるならな良いな」
その戯言は無視し、魔石を貪っていると、不意に人斬りが言った。
「いや、しかし――」
別にどうでもいい事だ。
「やはり、其方は美しいな」
しかし、この人斬りの美的感覚には深刻な欠陥があるらしい事が判明した今、その言葉は少しばかり複雑な気分を抱かせるものでもあった。
4
一夜明けて。
経帷子に包まれたハシャーナの遺体を、ボールスから――格安とはいえ有償で――借りた背負子に乗せて、リヴィラの街を後にする。
重さで言えばそこまで大したものでもないが、鎧を着こむのと違って、重心が崩れる。まして遺体を背負ったまま転がりまわる訳にもいかない。
仕方なく、【見えない体】と【隠密】の魔術を重ね掛けし、念を入れてさらに、右手には直剣と刺剣の性質を兼ね備える≪バルデルの刺突直剣≫を、左手には愛用のクロスボウ――武器職人エアダイスが生み出した
装填しているのはノーマルボルト。これならオラリオでも充分に補給が利く。
『そうか。【ロキ・ファミリア】は赤髪の
胸元にぶら下げたままの『
「五人がかりなら、あの女相手でも問題ないだろうさ」
『それはそうだろうが……』
声に――それと、おそらくは死臭に――釣られ飛びかかってきたモンスターどもの脳天にボルトを撃ち込む。
それぞれが額を射貫かれ、そのモンスターどもはあっさりと息絶えていく。
(元は取れるか……?)
魔石を回収しつつ、胸中で呟いた。
何しろ、この辺りのモンスター相手だと三発はかなりの頻度で過剰火力になりがちだ。無駄撃ちしたボルト分だけ赤字になりかねない。
とはいえ、いつも通り大剣や斧槍を構えて突撃する訳にもいかない以上、他の選択肢もそう多くない。例えば、呪術や魔術で焼き払うといったところか。
「っと!」
魔術が切れた途端襲い掛かってきたヘルハウンドの脳天にボルトを撃ち込み、隙をついて襲ってきたアルミラージどもを斬り払い、串刺しにする。
一通り蹴散らしてから、再び魔術を重ね掛けして――と。そんな事を何度か繰り返していると、七階層まで戻ってきていた。
(あと半分か……)
この階層のキラーアントどもは仲間を呼び集める。下手に囲まれると面倒だ。
もっとも、ここさえ抜けてしまえば、あとは取るに足らない。
むしろ、絡んでくる、あるいはモンスターを押し付けてくる人間の方が煩わしい。
と、そこで。件の蟻どもと対峙する見知った顔を見かけた。
炎のボルトに切り替え、半死半生の蟻に撃ち込む。
仲間を呼ぶ『匂い』を放つ前に燃え尽きた蟻の魔石を拾い上げる頃には、彼も残りを一掃していた。
「だいぶ動きが良くなったな」
拾った魔石を放ってやりながら、告げる。
「クオンさん!」
見覚えのない軽鎧を着こんだ、見慣れた白い頭。
言うまでもなく、ベルだった。
「昨日は悪かったな。少しばかり用事が長引いたんだ」
念のため書置きは残してきたが、あまり詳しい事は書いていない。
「いえ、気にしないでください」
「あの、ベル様? こちらの方は……」
と、そこで物陰から年季の入ったローブを羽織った――さらに言えば、自身の身体と同じかそれ以上のバックパックを背負った少女が姿を見せた。
「あ、リリ。この人はクオンさん。僕が昔からお世話になっている人なんだ」
と、ベルはその少女に告げてから、
「この子はリリ。リリルカ・アーデって言うんです」
「ほう? それはそれは……」
また新しい娘を捕まえたらしい。いや、なかなか見事な手並みだ。
「あ! 違いますからね!? 今日出会ったばかりですから!」
などと言い合っていると、その少女が首を傾げた。
「昔から? あの、そちらの方は冒険者なのでは……?」
「いや、ただの放浪者だ」
ずれた背負子を軽く背負い直しながら告げる。
「しかし、凄い荷物だな。それで動けるのか?」
もし何かコツがあるなら教えてもらいたいところだ。
「ええ。そういうスキルもありますから」
なるほど、『ハベルの指輪』のようなものか。
「リリはサポーターなんです。……その、一昨日も言いましたけど、一人で潜るとクオンさんのスキルのありがたみが改めて分かって……」
少女――リリルカに問いかけると、彼女より先にベルが言った。
「ああ、なるほど。それは必要だな」
いわば俺の後任か。確かにその人手を確保するのを忘れていた。
俺もそろそろベルに掛かり切りとはいかなくなりそうだし、この際この少女に引き継いでしまった方がいいのかもしれない。
「あのベル様? この方はサポーターだったのですか?」
「うん。一週間にも満たない間だったけどね」
「で、ですが、この方はダンジョンの奥から戻ってきたようですが。それに見たところお一人ですし……」
「それはまぁ、クオンさんは僕よりはるかに強いからね。……あれ? でも珍しいですね。クオンさんが荷物を背負ってるなんて」
「ああ。流石にこれはな」
ソウルに取り込むのも気が引ける。
いや、骨片程度ならいくらでも放り込んでいる訳だが……。
「あの、ひょっとして背負われているのは冒険者のご遺体なのでは……?」
この少女はなかなか目聡い。
「ええええ?! ど、どうしたんですか?! その人!?」
「いや、実はこれが頼まれ事でな。本当は生きて連れ戻るつもりだったが……行った時にはもう手遅れだったんだ。だから、せめて遺体だけでもと思ってな」
「そ、そうだったんですね」
と、ベルが目を伏せて祈りを捧げる仕草をする。
「ところで、どこまで行ってたんですか?」
しばしの黙祷ののち、ベルは改めて言った。
「一八階層。最悪は三〇階層まで足を運ぶ必要があったが……」
「はぁああぁあ!? じ、一八階層!? な、なんでサポーターが一人でそんなところまで行けたんですか?! それとも、その方があなたを雇った方なんですか!?」
「いや、依頼人は別だ。……あまり詳しくは言えないけどな」
というか、説明しづらい。何しろ、ギルドの本当の首魁の片腕で賢者。その上、不死の骨だし。
いや、俺達とはまた違う不死のようだが。
「は、はぁ……。それはそうでしょうけど……」
曖昧に頷く少女に頷き返そうとして――反射的に武器を構えていた。
蟻の牙がこちらに届くより一瞬だけ早く、その額にボルトを撃ち込む。
「ベル、来るぞ!」
炎のボルトのままだった事に舌打ちしながら、燃え上がる死骸を蹴り飛ばす。
「はい!」
同時、周囲の壁が次々に崩れ、蟻どもが這い出して来きた。
さすがに距離が近い。前衛はベルに任せ、リリルカの前に立つ。
左手の武器を≪アヴェリン≫から≪ゲルムの大盾≫に。右手の武器を≪ハイデの槍≫に切り替えて、少女を背後に庇う。同時、
と、言ってもこちらに回ってくる数は微々たるものでしかない。
「よしよし。だいぶ様になってきたようだな」
「そ、そうですか!?」
程なくして蟻どもの群れは一掃された。
もう少し回ってくるかと思ったが、どうやら杞憂だったらしい。
(相変わらず、すばしっこいな)
素早い立ち回りと言えば、ファランの不死隊を思い出すが……ベルの身軽さはどちらかと言えば狼ではなく兎のそれだ。
兎が鋭い牙を持って狼に立ち向かうなら、きっとこんな様子になるに違いない。
「ところで師匠。ひょっとしてその槍って雷属性効果がついてるんじゃ?」
「うん? ああ、そうだな」
携えている槍を掲げて見せる。
「俺も詳しくは知らないが、元々そういう代物だったらしい」
ハイデの騎士が携えていたため便宜上≪ハイデの槍≫と呼んでいるだけで、正しい銘は知らない。ただ、どうやら製造の段階から雷の力を宿していた……らしい。少なくとも、俺はそういう意味では手を加えていない。
おそらく、ハイデの騎士達はこういった武具を好んだのだろう。他に手に入れた≪ハイデの直剣≫も初めから雷の力を宿していた。
「詳しくは知らないって、どうしてなんですか?」
「それはまぁ、拾い物だからとしか言いようがないんだが……」
単なる槍として見ても良質だ。しかも、雷の力を宿しているおかげで、威力がさらに水増しされている。相手によっては通じにくい事もあるが……まぁ、総じて扱いやすい代物で、手に入れてからずっと愛用している。
それに槍と言えば雷だろうという個人的なトラウマ――もとい、信念もある。
「そんな強力な属性効果を持つ武器が落ちてるなんて……。『深層』に行った事でもあるのですか?」
リリルカが目を丸くした。
「まぁ、何度か行っているが……。生憎と、これはオラリオに来る前に拾ったものだ」
「オラリオの外で?! そ、そんな武器を落とすような事態が起こるなんて、一体どこを旅してきたのですか?!」
「ドラングレイグ……と、言っても通じないか。まぁ、厄介な場所ではあったな」
この階層と比較するなら、狭間の洞窟の方が危険だった。
何しろ、凡庸な亡者ばかりだと思って油断していると、オーガの縄張りに迷い込みかねない。奴らにはいったい何度丸齧りにされた事か。
「そういう武器を見ると、師匠の話も嘘じゃないんだなって気になりますよ」
「そもそも嘘なんてついてないんだがな」
いや、多少穏便に話しているが。
……主に散々殺されたとかそういう部分を。
「師匠……?」
「あ、うん。戦い方……というか、『冒険の仕方』を教わった師匠なんだ」
なるほど、ベルはそういう風に認識しているのか。
教えたかったのは『生き残り方』だが……まぁ、冒険するにも生きていてこそか。
「では、ベル様と同じ【ファミリア】……ではないですよね?」
さきほど、ベル様お一人の【ファミリア】だとおっしゃってましたし――と、リリルカは小首を傾げる。
「ああ。居座ってはいるが、俺は
「
さらに首を傾げてから……不意に顔を青ざめさせた。
「
その名前を様づけで呼ばれたのは初めての経験かもしれない。
「そうなんですか、師匠?」
「まぁ、そういう風に呼ばれているらしいな」
別に自分から名乗った訳ではない。
そもそも何でそう呼ばれるようになったのかすら定かではなかった。
ただ、アイシャもシャクティもリヴェリアもそう呼ぶので、冒険者界隈ではそういう呼ばれ方をしているらしい事は把握している。
「し、知らないのですかベル様!?」
「まぁ、オラリオだと有名なんだろうなーとは思ってたけど……」
サポーターをお願いするってエイナさんに言ったら顔を引きつらせてたし――と、ベルは気圧されたように続ける。
「有名どころか、悪夢です! オラリオの冒険者にとって悪夢そのものなんです!!」
「あ、悪夢って……。何したんですか、師匠!?」
「いや、そこまで大それた事をした覚えは……」
指先で頬を掻きながらぼやくと、リリルカは卒倒しそうな顔をしてから叫んだ。
「一体どの口がそんな事を言うのですかああああああああああああっ!!」
いや、ちょっと待った。そんな大声を出すと――
「うわ!? 師匠!」
モンスター共が寄ってくるじゃないか。
「分かっている! さっきと同じようにやるぞ!」
蟻の大群に囲まれている中で、ベルに告げた。
「はい!」
頷くより早く突貫するベル。
俺も先ほどと同じようにリリルカを庇いつつ、突破してくる蟻を迎え撃つ。
ただ、先ほどと違い、完全にこちらが後手に回っている。ベルが前線を押し返すまでが踏ん張りどころとなるだろう。
「す、すみませんベル様!? 【
……いや、そこまで気負う必要はないか。
リリルカも即座にクロスボウを構え、援護射撃を行う。
先ほども思ったが、この少女の立ち回りは実に巧みだ。
強いのではなく、ダンジョンでの生き残り方を知り尽くしている。自分の持つ手札を……そして、俺とベルをもうまく使いこなし、状況を好転させていく。
正直、実に俺好みの立ち回りだった。
何というか、馬鹿正直に突貫しがちなベルの手綱を任せるにはちょうどいい相手だ。
結局、多少の危うさを感じたのはほんの序盤だけ。それ以降は、実に安定して敵を駆逐し終える事ができた。
「改めて、申し訳ありませんでした。ベル様、【
「そんなっ! いいって。油断してたのは僕も同じだし」
戦闘が終わり、ひとまずの安全確認を終えるや否や深々と頭を下げるリリルカに、ベルが慌てた様子で応じる。
「えっと、それでリリ。師匠ってそんなに有名なの?」
話を変えるためだろうか。有耶無耶になるはずだった話題をベルが掘り返す。
「ええ、とても」
いや、そんな事は――と、言いかけた俺を制して、リリルカが力強く頷く。
「ギルド公認、正真正銘のLv.0でありながら、闘技場で真っ向からオラリオ最強のLv.7【
「な、何があったんですか師匠?!」
「向こうが絡んできたんだよ」
腰を抜かさんばかりのベルに、げんなりとして応じた。
「いえ、フレイヤ様を罵倒したのが事のきっかけだと聞いていますが」
と、即座にリリルカが半眼でそう言ってくる。
しかし、それは誤解だ。
「その前にあの女がちょっかい出してきたんだ。下手すれば傀儡にされているところだぞ、あんなの」
流石に『
が。それでも、当時の俺にとってはあまり長時間晒されるわけにはいかなかった。今でも長時間の接触には相応の危険を伴うだろう。
あの女はそれほどの『呪い』を放つ危険物である。
「ベル、お前も気をつけろよ。『美の神』ってのは『呪い壺』と同じだからな」
むしろ、自分で動き回る分だけ余計性質が悪い。
「の、呪い壺ってなんですか?」
近づくだけで強引に亡者化を進行させられてしまう悪夢の一品である。
あんなはた迷惑なもの、一体どこの誰が作り出したのか。
「さらに、乱入してきた【
呻いていると、リリルカがさらに言葉を重ねる。
「【
「五年前、暗黒期の終わり頃に現れたもう一人の『
「えっ? モンスターかもしれないの?」
「可能性がある、というだけです。何しろ、常に炎を纏っていたそうなので」
「炎を?」
「ええ。骸骨めいた鎧と炎をまとう謎の怪人。それが【
「それって、幽霊ってこと?」
「どうでしょう。幸い、リリは出会った事がありません。ですが、実体があったのは確かだと思いますよ」
そう言って、リリルカはこちらに視線をよこす。
「まぁ、切り結べたからな」
あまり触れられたくない話題だが、こうなっては仕方ない。適当に誤魔化す事にした。
「あれ? でも、それならなんで師匠だけしか撃退できなかったの?」
肩をすくめると、ベルは苦笑して――ふと気になった様子でリリルカに訊ねた。
「先ほども言ったように、常に炎を纏っているのです。そのせいでまともに近づくこともままなりません。加えて、尋常ならざる強さを誇ってもいたそうです。それこそ、オラリオに名だたる冒険者様がことごとく返り討ちにあうほどに」
できればその話はそろそろ打ち止めにして欲しいのだが。
そんな思いと裏腹に、リリルカはさらに言葉を続けた。
「ですが、何故かクオン様はその炎を物ともせず、真正面から切り結び、ついには撃退したと聞いています。これはオラリオで唯一クオン様だけが成し遂げた偉業です」
「撃退したというのは言い過ぎだな。食い下がっていたら向こうが退いたんだ。もう少し続いていたら、俺が先に音を上げていただろうさ」
そもそも、あの時の俺ではまずあの■■には勝てなかっただろう。
いや、それは今の俺でも同じだが。
「他には七〇階層到達の
そう言えばつい最近、そんな冗談も口にしたような気もするが。
しかし、まさかあんなものまで噂になっているとは。
……ここは日々の話題に困るような街ではないはずなのだが。
「何やってるんですか、師匠ぉおぉおおおっ!?」
「あーあー。聞こえない聞こえない」
耳をふさぎ、ベルの悲鳴を聞き流す。
「あとは、【ロキ・ファミリア】の副団長【
「それもただの噂だな」
肩をすくめて、その言葉に応じた。
ひとまず否定できるところは否定しておかなければならない。
「【ロキ・ファミリア】ともめたのは認めるが、連中が命乞いしたというのも単なる噂だ。いくつか誤解が重なっていたのをリヴェリアが突き止め、それを元に仲裁したというのが真相だよ。『ただならぬ関係』ってのはおそらくその辺りから派生してきているんだろう。……まぁ、どこかで会えば挨拶して軽く話をする程度でも『ただならぬ関係』だと言うなら、話はまた変わってくるだろうが」
実際、リヴェリアとはそんな関係だった。
むしろ、接触している回数ならシャクティの方が遥かに多いはずだ。
……もちろん、彼女ともいわゆる『ただならぬ関係』にはなっていないが。
「大体、俺なんかが彼女を『傷物』にした日には、オラリオ中のエルフを敵に回すぞ?」
冗談めかして告げる――が、それはあながち冗談とも言い難い。
何しろ、先日もシャクティにそう言って釘を刺されたばかりだ。
……まぁ、それでも敵に回すだけの価値はあるだろうが。
「それはまぁ、そうなるでしょうけど……」
眉を寄せて、リリルカが呻く。
「と、ところでクオンさん。ヴァレンシュタインさんとは……」
ベルが問いかけてくる。
もっとも、最後の方は極めて小声だったのでリリルカには聞こえなかっただろうが。
「顔見知りだが、それだけだ。大体、連中ともめたのは四年も前の話だぞ?」
その頃、あの金髪小娘はまだ胸もろくに膨らんでいないようなチビ助でしかなかった。いくら何でもそういう意味で手出しする訳がない。
「で、ですよねー」
ホッとした様子で、ベルが胸を撫でおろす。
まぁ、あの小娘にいきなり斬りかかられ、相応に返り討ちにしたのが事の発端だが……それについては黙っておく事にしよう。
「それにしても、何故ベル様のサポーターなんてやっていたのですか? その気になれば【ロキ・ファミリア】でもどこでも好きな【ファミリア】に入れるはずですが……」
「少し前、ベルの祖父にだいぶ世話になったからな。その礼だよ」
何だかんだ言って、実際のところそれが一番の理由なのだが――
「いやいや! 僕らの方が絶対にお世話になってますから!!」
慌てた様子で、ベルが言った。
「もう二年近く前だけど、僕の故郷の村がコボルトの大群に襲われかけた事があってね。その時にたまたま立ち寄ったクオンさんが助けてくれたんだ。そのお礼もかねて、しばらく僕の家に泊まってもらって、その時に色々教えてもらったんだよ」
まぁ、教えたといってもそれは戦い方ではなく『旅の仕方』でしかないが。
危険を察知し、周囲にあるものを駆使して生き残る。そういう術だ。ベルに伝えた戦闘術はその一環、簡単な護身術程度でしかない。
(そう。せめてもう少し……。こう、駆け引きをな……)
伝えてやりたいところだが。
戦闘術に関してはごく基本的なものしか伝えていない。『素早い動き』だけで手に負えているこの辺りのモンスターはともかく、もっと下まで潜るために必要となる駆け引きにについては、まだまるで触れていなかった。
(その時間があればいいんだがな)
そうも言っていられない予感がしてきた。
「まぁ、その辺の話はあとでベルにでも聞いてくれ」
ひとまず、話を終わらせることにした。
このままだと、諸々抱えている『秘密』をいくらか掘り出されかねない。
「もう少し見ていたいところだが、生憎と先約がある。こいつを、早く地上に帰してやらないとならないからな」
武器を再び≪バルデルの刺突直剣≫と≪アヴェリン≫に切り替えてから、告げた。
「俺はもう行くが……お前達も、無理してこの男の二の舞になるなよ?」
「は、はい!」
姿勢を正し、ベルが威勢よく返事を返してくる。
リリルカも小さく頷いて見せた。
「よしよし。それじゃ、またあとでな。……ああいや、ひょっとしたら今日もまた遅くなるかもしれないが」
遺体を引き渡して終わり――と、そこまで事が簡単に進むとは限らない。
「それは仕方ないですよ」
「悪いな。じゃあ、二人ともくれぐれも気をつけろよ」
「はい! クオンさんも気をつけて!」
ベルの言葉に頷いてから、改めて地上を目指す。
(しかし……)
あのリリルカなる少女を――俺の盾と槍をじっと見つめていたその姿を思い浮かべる。
どことなく、こう、懐かしい気配がしないでもなかった。
具体的に言うと、キラリと光る頭が目印のどこぞの禿丸を思い出させる。
(いやまぁ、あいつほどかと言われるとまたあれだが……)
ロードランでもロスリックでも色々と『世話』になったあの禿頭は、呼吸でもするようにやらかしてくるが……あの少女はまた少し違う気がする。
それに、あの少女とて冒険者だ。良さそうな武器があれば気になるのは当然。そう言われてしまえば、それまでだが。
「さて……」
どうしたものか。
あの少女があのままベルの相棒になってくれるなら心強いが……万が一あの禿頭と同じ部類なら話は少し面倒な事になる。
(気にはなるが、実際に手をまわしている余裕があるかどうか……)
いや、デーモンにしても『暗い穴』にしても、今は何の手掛かりもなく、探しているふりをするくらいしかできない。
それくらいなら、まだもうしばらく寄り道してもいいだろうか。
(別に今すぐ七〇階層より先に向かう羽目にはならないだろうが……)
しかし、もしダンジョン内にデーモンの巣があるとすれば、その辺りが有力候補だ。
いや、五一階層辺りも全容把握には程遠いのだから、まず手近なところから潰していくべきか……などと。徒然と考え込んでいると、ようやく地上へとたどり着いた。
「さて、気は進まないが……」
まずはギルドに報告を済ませなければならない。
「あら、クオン氏。どうかされましたか?」
ギルドに報告に向かうと、ベルのアドバイザーであるエイナが窓口に立っていた。
冒険者ではない俺がギルドに顔を出す理由など、本来なら換金しかない。
とはいえ、
「ああ。実はダンジョン内から遺体を連れ帰ったので、対応をお願いしたい。名前はハシャーナ・ドルリア。【ガネーシャ・ファミリア】の所属となる。もう耳に挟んでいるかもしれないが、リヴィラの街で起こった殺人事件の被害者だ」
こういう事例では、俺が冒険者かどうかは関係ない。
「感謝します。では、申し訳ありませんが、少々お待ちください。確認を取ります」
エイナはいつにも増して真剣な面持ちで、一度窓口の奥の方に戻っていく。
と、別の職員がやってきてギルドの中――遺体の安置所へと案内された。
そこで背負子を下ろすと、硬直している遺体を寝台に寝かせてやる。それと同時別の職員たち数名と共に、エイナがやってきた。
遺体への対応は他の職員に任せ、彼女と共に別室に移動する。
「【ガネーシャ・ファミリア】には連絡を入れました。彼らが到着するまで、詳しい話をお聞かせ願えますか?」
来客用の――というより、今回の俺と同じ役目を負った誰かのための部屋で、向き合って座ると、僅かな沈黙の後でエイナが問いかけて来た。
「ああ。先ほども言った通りリヴィラの宿で殺されていた。遺体を見てもらえば分かるが、頭部が完全に欠損していたため身元の確認には少し手間取ったが――」
身元確認の具体的な方法は明言しなかったが……まぁ、そこは蛇の道は蛇というやつだ。エイナも察したらしく、詳しい事は聞いてこなかった。
とはいえ、フェルズからの依頼も身元を確認できた理由の一つだ。それを伝えると、エイナはしばらく席を外し、すぐ戻ってきて確認が取れたと伝えた。
どうやら、一応は公的な依頼だったらしい。……あるいは、連絡を入れてから慌ててねじ込んだのかもしれないが。
「ありがとうござます、クオン氏。もうじき【ガネーシャ・ファミリア】の方々が引き取りにまいりますので、それまでもうしばらくお待ちいただけますか?」
「ああ。それくらいの義理はあるつもりだ」
頷くと、エイナは再び出て行って――程なく、来客用の茶と菓子を持って戻ってきた。
流石にいつだったかあの女鍛冶屋のところで飲んだ物より匂いが弱く、例によって味もよく分からないが……折角の好意だ。ありがたく頂戴していると、思いのほか早く【ガネーシャ・ファミリア】の面々がやってきた。
……もっとも、流石にまだ忙しいらしく、シャクティの姿はなかったが。
「いいえ。それより、我が【ファミリア】の仲間をよくぞ連れ戻ってくださいました。おかげで皆でハナーシャを弔う事が出来ます。改めて感謝を」
ともあれ。簡単に説明し、やむを得ずとはいえ【ステイタス】を暴いた事に謝罪すると、彼らは首を振り――代わりに手厚い感謝の言葉を伝え、彼の遺体を連れて帰っていった。どうやら葬儀の準備はすでに進んでいるらしい。顔を出すのは少々場違いだが――これも何かの縁だ。せめて弔いの花だけでも、と伝えると快諾してもらえた。
エイナと共に彼らがギルドから出ていくのを見送ってから、傍らの彼女に一声かけて俺も街へと戻る事にした。
5
「弔いの花の準備と配達をお願いしたい。場所は――」
別れ際にエイナに勧められた花屋に向かい、弔いの花の手配を済ませてから。
(さて、と。どうするかな?)
昼下がりは過ぎたが、まだ夕暮れ時には遠い。
そんな中途半端な時間だった。
「昼飯でも食いに行くか」
不死人にとっては別に必要ではないが――まぁ、気になる事も出来た事だ。
食事ついでにあの古狸の顔を見に行くのも悪くはないだろう。
『カーネル食堂』
いわゆる大衆食堂で、無所属の労働者やその家族を主な客層となっている。従って、値段も安く、その割に量が多い。そして、料理人の腕がいい事もあって味も確かだった。
第七地区の奥にあるせいか、あまり冒険者には知られていない、隠れた名店である。
今日も――すでに昼時を過ぎているというのに――なかなかの盛況具合だった。
「おや、いらっしゃい。戻ってたんだねぇ」
見るからに愛想のよさそうな年配の女性がこちらを見るなり、笑みを浮かべた。
「ああ。つい最近な」
空いている席に座りながら、こちらも笑い返す。
品書きは主に各地の家庭料理と呼ばれる類と、肉体労働者向けに体力の付きそうな肉料理や揚げ物、炒め物関係が二分している。どちらを選んでも外れはないが……個人的にはオラリオでは珍しい極東の家庭料理がお気に入りだった。
何となく、だが。どこか酷く懐かしいような気分を覚えるのだ。
焼き魚と煮物の定食を頼んでから、本題に入った。
「ところで、オレック爺さんは元気か?」
道中、あの爺さんがいつも釣り糸を垂らしている水路を覗いたが、今日はいなかった。
だからこそ、こうして義理の娘とその婿が切り盛りするこの店を訪ねた訳だが……。
「それがねぇ、今寝込んでるのよ」
「……何だって?」
あの古狸もいよいよ年波には勝てなくなったか。
生者の宿命に慄いていると、彼の娘はあっけらかんと笑った。
「昨日、大物が針にかかったらしくてね。無理してぎっくり腰。今も腰に湿布貼りながらひぃひぃ言ってるわよ」
……まぁ、確かに年波には勝てなかったらしいが。しかし、思ったよりもまだ元気そうだった。
あの古狸の壮健さに慄きつつも呻く。
「あの水路にそんな大物が棲んでいるとは知らなかったな」
案外、住み着いている水棲モンスターが食いついたのかもしれない。
「そりゃもう、飛び切りの大物よ。大地っていうね」
なるほど、それは確かにこの上ない大物だ。
「そうか。なら、何か見舞いの品でも持ってくればよかったな」
「いいのよ、そんなに気を使わなくて。でも、そう思うなら何か一品追加で注文してちょうだいな」
「やれやれ……。なら、この鶏のから揚げも追加だ」
仮にもダンジョンから戻ってきたばかりなのだ。活力になりそうなものを食べるのも悪くはない。……まぁ、俺達の身体にも効果があるかは定かではないが。
「毎度あり。ちょっと待っててね」
それからしばらくして。
高くついたのか安く上がったのか――ともあれ、見舞金代わりに追加した唐揚げまできっちり平らげて、俺はその店を後にした。
(しかし。この店って本当に採算が取れているのか?)
相変わらず見事な量だった。おかげで正直なところ、少し食べすぎたらしい。
まったく、不死人には贅沢な話だった。
「あら、あの子もようやく
その日の夜。例によって『
「ああ」
「良かったわねー。私も前、お客さんから例えサポーターでもいるのといないのとじゃ大違いって話を聞いた事があるわ」
と、そこで霞は小首を傾げた。
「でも、新人さんならあの子とそう大きく変わらないんじゃない? 別にサポーターに専念させなくたって……」
「いや、俺もあまり詳しくは知らないが、所属は別の【ファミリア】らしいな」
ベルから聞いたわけではないが、あの少女の立ち回りは素人のそれではない。『今日出会ったばかり』という言葉が、今日ヘスティアから恩恵を得たばかりという意味だとは考えづらかった。
大体、文字通りの新人を七階層にまで同行させるなど、例え
「他所の派閥? ヘスティア様と親しい神様の眷属なのかしら……」
「どうかな。ヘスティアと親しいといえば、ヘファイストスかミアハだろうが……」
どうやらミアハのところには、今はナァーザしかいないらしい。ついでに言えば、あの少女は四年前に見かけた顔ではない。
ヘファイストスのところは何分頭数が多く、全員の顔など知る訳もないので何とも言えないが……
(あの子が鍛冶師かと言われると、な)
首を傾げざるを得ない。
「何て名前の子なの?」
「確か……リリルカとか言ったかな。ローブを着込んでいて種族はよく分からなかったが、自分の背丈ほどもあるバックパックを背負っていたのが印象的だった」
「何ですって?」
霞が急に声を険しくした。
「それ、
「いや、だから種族は分からないと言っただろう?」
と、前置きをしてから続けた。
「ただ、背丈からすればそうだったとしても驚かないな」
途端に、霞は険しい顔をして黙り込んでしまった。
「何か知っているのか?」
「知っているというか、ちょっと噂があってね」
これは、あの古狸を訪ねるまでもなかったかもしれない。
そんな事を思いつつ、先を促す。
「詳しくは知らないけど、『手癖の悪い
霞は殊更声を潜めて続けた。
「どうやら、冒険者を騙しては金品や装備を盗み取っているみたいね。今のところ、命を落とした冒険者がいるって話は聞かないけど……」
まぁ、そこは死人に口なしと言う可能性もある。
ダンジョンの中で武具を失ったなら、そうなっていても何ら不思議ではない。
「所属は?」
「そっちも詳しい事は。でも、【ソーマ・ファミリア】っていう噂はあるわね」
その【ファミリア】の名前を聞き、ため息を返す。
「あそこは元々そういう話には事欠かないだろう?」
どういう訳か常に金に飢えていて、四年前の俺達にも度々絡んできた。
その都度返り討ちにしたが……まぁ、どいつもこいつも派閥の意向ではなく、報酬狙いで傭兵の真似事をやっていたらしい。
「それはまぁ、そうなんだけど……。でも、そのサポーターは確かにいるみたいよ?」
「ふむ……」
それなら、先手を打って【ソーマ・ファミリア】を潰してしまおうか――と、思いもしたが、それには相応の口実がいる。
だが、冒険者同士が共食いしているというだけでは、流石にウラノス達を言いくるめる事は出来そうにない。……のだが、しかし。
(惜しいんだよな、あの子の采配)
あの派閥で腐らせておくには少々惜しい逸材ではある。少なくとも、ベルの手綱を任せるにはちょうどよさそうな相手なのは間違いないのだから。
「まぁ、もう少し様子を見てみるさ。俺も明日は特にこれと言った予定はないしな」
もっとも、フェルズやシャクティあたりが面倒事を持ち込んでこない限りは、だが。
6
明けて翌日。
「一昨日、エイナさんと買い物に行った時に見つけたんです。ロゴは入ってないですけど一応【ヘファイストス・ファミリア】製の防具なんですよ」
廃教会前でいつもの日課を済ませてから、見慣れない軽鎧について問いかけると、ベルは少し興奮した様子で言った。
「なるほど。そういう事か」
バベルの八階で見習いの作品を売り出しているという話をヘファイストスから聞き、興味本位で――それと、矢やボルトがあればと思い――覗いた事があった。
結局購入にこそ至らなかったが、値段と比較して優れた品が多かったと記憶している。
もっとも、それなりの目利きができないと痛い目にあう可能性もあるが……それでも、他の店で安物を買うよりはよほど安心できる。
実際、ベルの買った軽鎧は九九〇〇ヴァリスという値段でありながら、軽く、それに反してなかなかの硬度を有する、理想的な軽鎧だった。
無論、上を見れば限りはないが、今のベルでも手が出せる範囲で言えば、最上位に位置する一品だろう。
少なくとも『上層』を探索する上ではこれと言った欠点は思いつかない。
しいて言えば刻まれた銘が……まぁ、何だ。やたらと愛嬌に満ちている事くらいか。
同時に刻まれている鍛冶師の名前からすると造った鍛冶師は男のように思えるのだが、案外女性だったりするのだろうか。……いや、それはそれで偏見なのかもしれないが。
「それで、そっちのプロテクターは?」
緑玉石色をした小盾――よりもさらに手甲に近いそれを見やり問いかけた。
「えっと、これはエイナさんからのプレゼントで……」
こちらはこちらでなかなかの物だ。武器の目利きまでできるとは、流石はギルドが誇る鬼教官。下手な冒険者よりも知識量は豊富そうだった。
それにしても――
「ほほう?」
ついに女から貢がせるようになったか。いやはや、若者の成長とは早いものだ。
「あっ! 違いますからね! エイナさんはただ他に団員のいない僕を心配して贈ってくれただけですから!!」
いや、それはどうだろう。
配色からして、エイナの瞳を思わせる――というのは、流石に深読みのし過ぎかもしれないが、それでもそこまで気楽に贈れる品だとは言い難い。
(まぁ、一〇〇〇〇ヴァリス以上はしないだろうが……)
俺が見た限り、あの店で取り扱っている武具は一番高額でも精々が五桁かそこらだった。……ような気がする。
品質としてはベルの鎧と同じか少し劣る程度か。従って軽鎧より多少安いと見積もって、大体八〇〇〇ヴァリス前後と言ったところだろう。
主に霞とアイシャに叩き込まれたこの街の経済事情によると、一般的なLv.1の冒険者が一日に稼げるのがおよそ二五〇〇〇ヴァリスだという。それでも、無所属の職人達――つまりはごく一般的な職業の日給より高額だとも聞いている。
そして、ギルド職員もLv.1の冒険者に匹敵する高給取りだと聞く。いや、冒険者と違い、日給が大きく変動するとも思えないし、武器や防具、消耗品の補給も必要ない事を考えればより安定していると言えよう。
一ヶ月二〇日勤務として、月収五〇〇〇〇〇ヴァリス程だろうか。
(確かに高給取りだな)
いや、そうではなく。
その中から、一〇〇〇〇ヴァリス弱の代物をポンと買って贈るとは……。
(一体どちらが鈍いんだか……)
傍から聞いていればお熱い恋人同士のやり取りにしか見えないのだが……しかし、ベルはその辺りさっぱり自覚していないし、エイナもエイナで放っておけない弟分くらいにしか思ってない節がある。
(まぁ、清い交際とはこういうものか)
我が身を顧みると、おおよそ縁がない世界ではあった。
なので、この際普通はそういうものだと納得しておく事にする。
それに――
「お前も大概危なっかしい奴だからな」
エイナの心配も分からないではない。
少し冒険して五階層に行ってみれば、いるはずもないミノタウロスと出くわし。
酒場で一息つけば、紆余曲折あってほぼ丸腰のままダンジョンに突貫して死にかけ。
祭りに行けば逃げたモンスターに散々追い回された挙句に死闘を演じ。
と、そんな出来事をたった半月あまりの間に経験しているのだ。エイナでなくとも心配になるか。
しかも、その全てが人為的なものだというからどうにも救いがない。
(昨日は昨日でナイフを落としたらしいな)
それをリューとシルが見つけてくれていたそうだ。
これもやはり、人為的なものなのではないだろうか。その現場に、リリルカが居合わせたとも聞いている。
(あとで、リューにでも話を聞いてみるべきか?)
昨夜、霞から聞いた話と併せて考えると楽観視する気にはなれなかった。
が、今すぐできる事は特にない。
「だが、エイナと二人きりで出かけたんだろ。他に何か面白い事はなかったのか?」
ここは話を戻し――さらに、あえて邪推してみるとしよう。
ベルの
年上とエルフはその最たるものだ。いや、その割に本命は人間らしいが……まぁ、それでもやはり年上なのは確かだった。
頑張れ、ヘスティア。年上ならお前に勝る者はきっといない。
「他ですか? 神様が他の階にある店でアルバイトしてましたよ。急に掛け持ちを始めるなんて、一体どうしたんでしょうか?」
もうすでに頑張っているらしい。……少しばかり方向性が予想と違うが。
「いや、そんな事を言われてもだな……」
というか、ヘスティアは本当に一体何をしているのか。
結成当初と比べてベルの稼ぎは劇的と言っていいほどに増加している。今さらバイトを増やす必要はないはずなのだが。
(勤労な性格ではないと思ったんだがな)
いや、どちらかと言えば怠惰な性格だ。それこそヘファイストスと足して二で割ればちょうどいいくらいになるほどに。
(ああ、だが。俺もヘファイストスほどには働きたくないな……)
所詮は俺も放浪者。日々の糧さえどうにかなるなら、あとはフラフラとしていたい。
この街はそういう意味ではかなり理想的だった。ダンジョンでそれなりに気張れば、当面は好きに暮らせるのだから。
……まぁ、何故だか次から次に面倒ごとが持ち込まれるせいで、そうも言っていられないのが現実だが。
どうやら世界とは悲劇であるらしい。
(ヘスティアも案外、何か弱みでも握られていたりしてな)
身に振る火の粉を払う度、あの爺さん達に勝手に負債を押し付けられている俺が言うのもなんだが。
(いや、しかし。ヘスティアにとって今さらヘファイストスに絶対服従するような事になる弱みとは一体……)
話を聞く限り、現時点でヘファイストスには相当な弱点をさらけ出しているはず。
今さら、一体どんな弱みを加えれば、そんな事に――
(……やめよう)
何だか恐ろしい真実が浮き彫りになりそうだ。
「まぁ、いいか」
危険には近づかない。これは世界のどこでも共通のはずだった。
いや、
「そろそろ時間だ。出かけるとしようか?」
借りていたプロテクターを返しながら告げた。
「はい!」
頷くと、ベルはそれを左腕に装着し、そこに例のナイフを格納した。
「ナイフの場所を変えたんだな?」
「はい。昨日落としちゃったので……」
その構造上、少なからず抜きにくくなるのが気になるところではあるが……まぁ、予防策としては悪くないのか。
(いや、だが。熟練のスリ師は腕飾りすら盗むと聞くな……)
昔からちょくちょくそういう話は聞く。オラリオでも、専門家のシャクティがそう言っていた。
そして、ロスリックで世話になったグレイラット辺りなら実際にやってのけるだろう。
リリルカがその域に達しているかどうかは定かではないが――
(ま、今日はその辺りも注意してやるか)
愛用の黒衣から放浪者のコート一式に装備を切り替えながら、小さくため息をついた。
「リリ!」
「ベル様! と、そちらの方は……?」
バベル前の噴水で、リリルカと待ち合わせ。どうやら、そういう事になっていたらしい。ベルが近づくと、彼女は表情を明るくし――次いで、こちらを見て首を傾げた。
「一日ぶりだな」
軽くフードを持ち上げ、挨拶する。
「い、【
いや、そんな街中でモンスターと出くわしたかのような顔をする事もないだろうに。
「悪いな。今日は少し邪魔させてもらうぞ」
「い、いえ。そんな事は……。ベル様に加えて【
それはどうだろう。デーモンや闇霊あたりが姿を見せたらそうも言っていられない。
「それじゃ、リリ。今日もよろしくね」
微妙な空気には気づかないまま、ベルは笑顔でリリルカに手を差し出す。
リリルカもおっかなびっくりそれを握り返して――ともあれ、本日のダンジョン探索は幕を開けたのだった。
「よし、次が来るぞ」
「はい!」
ダンジョン七階層。正規ルートからは少し外れたそこは、稀に迷宮資源が採掘できる穴場として一部冒険者の中では有名……らしい。
リリルカに案内されたそこに俺達は陣取っていた。
「しかし、なかなか出ないものだな……」
ここが『下層』や『深層』辺りならそろそろ大当たりがあってもいい頃なのだが。
「そ、それはまぁ、『上層』ですから……」
すぐ近くの
と、そこでベルを抜いた蟻が何匹か近づいてきた。
「それっ!」
即座に反応したリリルカがクロスボウを構え、次々に射止める。
「よっと」
つるはしから直剣に武器を切替えると、リリルカの射撃を掻い潜ってきた最後の一匹の脚を落として動きを封じる。
とどめは刺さない。ダンジョンの性質上、こうして採掘している間はこの辺りではモンスターが産出されない。が、仲間を呼ぶ『匂い』を発するこの蟻がいるなら、話は別だ。
少々残酷だが、こうして『餌』を一体残しておけば、あとは向こうから勝手にやってきてくれる。『餌』の活きが悪くなれば、そのまま魔石に変えてやればいい。
「あ、あの。【
前の『餌』を楽にしてやってから、改めてつるはしを振るう――より先に、いかにもおっかなびっくりと言った様子でリリルカが声をかけてくる。
「そろそろ魔石やドロップアイテムを集めたいと思うのですが……。と、言いますか。先ほどからベル様はずっと戦いっぱなしですし、そろそろ
「ふむ。まぁ、あまり転がしておいてベルや蟻どもに踏み砕かれてももったいないか」
ここに陣取ってから今まで、拾い集めているほどの余裕もないまま連戦が続いていた。
そのおかげで、辺りには魔石とドロップアイテムの山ができている。
「よし。なら、そろそろ休憩にしよう」
足元でもがく蟻にとどめを刺してから、ベルに声をかけた。
「ベル、そいつらが終わったら一度休憩にするぞ!」
「はい、師匠!!」
その返事を聞きながら、今度こそ壁につるはしを打ち込む。
例え大当たりはなくとも、休憩するならこうして壁に傷をつけておく必要がある。
「お、終わりましたー」
ようやくそれらしい鉱石が転がり出てきた頃、肩で息をしたままベルが戻ってくる。
「お疲れ。ずいぶんとやるようになったな」
こうして鉱夫の真似事をしているのも、援護の必要がないと判断したからこそだ。
「ありがとうございます」
リリルカから回復薬を受けとり、それを呷ってからベルが笑った。
「と、言いますか。ベル様のデタラメっぷりの理由が分かった気がします」
こちらをジト目で見ながら、リリルカが呻く。
「ぼ、僕ってデタラメなの?」
「はい。冒険者になって一ヶ月にもならないのに
「そ、そうなんだ……?」
「ええ。ですが、こんなスパルタ教育を受けているなら、それも納得ですね」
ため息を残して、リリルカが魔石を拾い集めに向かう。
手伝おうと思ったのだが、ベル共々断られた。ベルは疲労しているかもしれないが、俺は別に疲れるような事は何もしていないのだが。
しかし、
「スパルタか?」
むしろ、安全第一で事を進めているつもりなのだが。
何しろ、
「どうなんでしょうね?」
新しいモンスターが近づいてきても対応できるように、せっせと魔石を拾い集めるリリルカを見守りながら、俺達は首を傾げるのだった。
それからしばらくして。
「やはりそろそろ遠距離攻撃が欲しいな」
すっかりペース配分まで面倒を見てくれるようになったリリルカの言葉に従い、俺達はダンジョンの片隅で昼食をとっていた。
俺とリリルカは、ダンジョンに潜る前にバベルの売店で買ったサンドイッチ。ベルだけはシル謹製の弁当だった。
何というか……相変わらず――おそらく、状態異常に対する耐性を高める手伝いをしてやろうという――優しさに満ちた
「魔法ですか!?」
震えながら涙目でそれを食していたベルが、一転して顔を輝かせた。
「それはまぁ、使えるようになって損はないだろうが……」
「ええ。ですが、魔法には詠唱が必要になりますし、もし発現した魔法が長文詠唱のものとなると、かえってベル様の持ち味を殺す結果になりかねません。いえ、並行詠唱を会得すれば問題ないと言えばその通りなのですが……」
「そうだな。あれを習得するのは大変らしい」
並行詠唱とは要するに近接戦を行いながら詠唱をする技術――それも、【ステイタス】によってもたらされる『スキル』とは違い、文字通りの純粋な技術である。
魔術や奇跡と違い、詠唱が長い魔法を主体とするオラリオならではの技術と言えよう。
アイシャやリヴェリア、リュー達がやっているのを何度か見ているが――各々がものにするには苦労したと言っている。
あの三人が口を揃えてそう言うのだ。急激に伸びているベルと言えど体得するのはおそらく容易ではない。
「かと言って、クロスボウの類は手が足りないしな」
現時点でショートソードとナイフの二刀流だ。『ソウルの業』を知らないベルがさらに武器を追加しようとするなら、腕がもう一本か二本は必要になってくる。
となると、
「投げナイフ辺りが妥当か……」
その辺りなら、クロスボウほど併用するのも難しくはないはずだ。
「ですね。それ単体ですと威力が少々心許ないですが、接近するまでの隙を補う分には申し分ないかと。まぁ、使い捨ての武器は補給が高くつく欠点もありますが」
と、自身もクロスボウを愛用するリリルカが苦笑した。
「ううん……。でも、確かに間接攻撃があると心強いなぁ」
しばらく唸ってから、ベルが呟いた。
「また、バベルの八階を覗いてみようかな」
どうやら、よほどあの店が気に入ったらしい。
まぁ、駆け出しの冒険者にとってはこの上なくありがたい店ではあるだろう。
しかし――
「いえ、ベル様。あのお店は少なくとも消耗品を買うには向かないと思います」
リリルカの言う通り、安定供給という意味では少々不安がある店だった。
「え? そうなの?」
「ええ。習作とまでは言いませんが、まだ見習いの鍛冶師達が作っているものですから。商品の入れ替わりが結構激しいんです。試行錯誤の結果とでも言えばいいでしょうか。もちろん、それ自体は悪い事ではないのですが……」
「ああ。武器としての性能は上がっていたとしても、それが自分の手に馴染むかどうかはまた別だ。もちろん、武器にあわせていくのも方法の一つだが……」
「あのお店のように切り替わりが早いところだと、それも難しいんです。馴染んだ頃にはまた変化したりしますし……上級鍛冶師になって別のお店に移動していたりする事もありますからね」
そうなると、お値段が劇的に高くなるんです――と、リリルカが肩をすくめた。
「武器や防具のように、一度買えばそれなりに長い間使える代物ならともかく、消耗品は補給先も考えて選ばないとな。いざという時に出し惜しみしたくなる原因になる」
巡礼地では補給がままならない事も多々あった。それこそ投げナイフの一本、矢の一本でも場合によっては貴重品だ。
それに商人がいても、購入のためのソウルが捻出できるかどうかという問題もある。
(何をするにしてもソウルが必要だったからな、あそこは)
ともあれ。おかげですっかり貧乏性が染みついている訳だ。
矢を惜しんで不用心に突っ込んだばかりに罠に嵌まり、瞬く間に包囲されて
「な、なるほど。じゃあ、やっぱりあれこれ探してみるしかないのかな」
それとも、またエイナさんに相談してみようか――と、呟くベルはともかく。
(やはりこの少女を手放すのは惜しいな)
エイナとはまた違う、実際にダンジョンの中で――あるいはオラリオで――学び取った生の知識や知恵というベルに最も欠けているものを多く有している。
このまま無難に面倒を見てくれるようになるなら、ベルにとってこの上なく頼もしい相棒となるだろう。
しかし――
(確かにきな臭いな……)
言葉を濁してはいたが、どうやら所属は【ソーマ・ファミリア】らしい。
加えて言えば本日の主武装として用いている曲剣――≪ミルの曲剣≫という我ながら露骨すぎる罠にも早々に食いついてきた。隙を見せてやると抜け目なく目で追ってくる。
(武器としては平凡なんだがな、これ)
見た目は派手だが、特別優れた武器ではない。
柄に宝石がちりばめられている事もあってか、曲剣にしては重いため、筋力があればそれなりに使えるようにはなる。
が、そもそも実用性よりも見栄えを優先して作られているというか……それこそヘファイストス辺りが見れば眉を顰める類の武器だった。
とはいえ、多少は楔石を刻み込んである。この街で手に入る武器と比較するなら、そこまで見劣りはしないはずだ。少なくとも、売ればちょっとした稼ぎにはなる。
(ただの拾い物なら別に今すぐ譲ってもいいんだが……)
これでも一応は感謝の印として譲り受けた代物だ。流石にそう簡単には手放せない。
……それに、今や形見の品でもある。
「さてと。それじゃ、そろそろ続きと行くか」
「そうですね。ところで、リリが教えてくれた鉱石は出たんですか?」
「まぁ、気持ちだけな」
半日かけて魔石を収める布袋一袋分くらいか。
まぁ、魔石より迷宮資源の方が一般的に高額で買い取ってもらえる。
それを考えれば、これでもそれなりの稼ぎにはなるはずだ。
「それは仕方ありません。ここは『上層』なのですから。【
別にいつも行っている訳でもないのだが。
ああいや、そういう類のものを稼ぎに行くなら確かに『深層』領域に行くのが常か。
しかし、リリルカが思っているほど簡単にぼろぼろと見つかる訳ではない。
「っと、噂をすれば早速だ。そら、ベル、リリルカ。出番だぞ」
「はい!」
「またリリが中衛ですか?!」
「そうしないとお前に【
そして『
「どうせならベルの世話を焼いてくれる礼にお前にやろうと思ってな。……何なら、バックパックは預かっておいてやるぞ?」
「このバックパックにはリリのアイテムも入っているので大丈夫です。というか、ないとリリは満足に戦えませんっ!」
それは謙遜しすぎというものだ。
相も変わらず、この少女の立ち回りは非常に俺好みである。
「それ、来るぞ。なに、即死でないならあとは何とかしてやる」
そうこうしているうちに、
思ったよりも数が多い。ベルが下手を打ったというより、元々の数が多いだけだが。
「リリはただのサポーターなんですがっ!?」
ならば、目指せ脱サポーターである。
そもそも、もしベルとリリルカの【ステイタス】が同じだったなら、彼女の方が数段優れた冒険者となるだろう。腐らせておくには少々惜しい。
「余計なおせっかいですぅううううぅぅうっ!」
と、言う訳で。
もっと呼び寄せるがいい――と、足元の新しい『餌』を軽く蹴飛ばす。
「きゃああぁぁああぁああっ?! 何かもの凄い大群じゃないですかあぁあああっ?!」
と、増援は思ったよりも大量にやってきた。
どこかで『
「べ、ベル様ぁあああぁぁあああっ!?」
「リリぃぃいぃぃぃぃ!?」
いや、ただ単に仲間を傷つけられ義憤に駆られただけか。
理由はさておき、怒涛の勢いでうごめき殺到する蟻の大群。
それを見て悲鳴を上げるリリルカ。その声を背に受けて慌てふためくベル。
「お? これまたずいぶんと大量に出たな」
そして、こういう時に限って大量にドロップする迷宮資源。
「「暢気に採掘してないで、まずはこっちを助けてくださぁあぁぁあああいっ!?」」
7
バベル内の簡易食堂に点在するテーブルの一つを陣取るベルとリリルカの元に、本日の稼ぎを携えて戻る。
本来なら、サポーターのリリルカが行うと言って譲らなかったのだが――何分、俺達の中で一番消耗が激しかったのが彼女だ。
ベルと一緒に待っているように告げると、思いの外あっさりと説得する事ができた。
「い、一二〇〇〇ヴァリス……っ!?」
ヴァリスの詰まった布袋を二袋テーブルに置いてから
「ど、どうしよう、リリ。昨日の六〇〇〇ヴァリスでも驚いたのに……?!」
「お、落ち着きましょうベル様! と、言いますか、あれだけやればさすがに……!!」
あれから結局、
その後、もう少し加減しながらも、同じ布陣を保ち続けた結果がこの報酬である。
疲労困憊とした二人を担ぎ、いつもより幾分か早くダンジョンから戻った割には、なかなかの儲けだった。
慌てふためく二人を微笑ましい気分で見守りつつ、一袋ずつ差し出した。
「ほら、これが今日のお前達の取り分だ」
「え? でも、クオンさん。それだとクオンさんの分が……」
「俺は別に何もしてないしな。それに、俺にはこっちがある」
もう一つの布袋を取り出してテーブルに放ってやる。
「これは?」
「採掘した鉱石の売値だ。これからリリルカには情報量を分配してある」
それと、全額とは言わないまでもボルト代もいくらか。
なので、今日の配分が一番多いのは、実はリリルカだった。
「それでも手取りは三〇〇〇ヴァリスほどある。俺が今日やった事を考えれば、充分すぎるな」
今日俺がやった事と言えば、崩壊しかかった中衛を立て直し、その後で手傷を負った二人を何度か癒しただけだ。ああ、それと何度か援護射撃もしたか。
あとはひたすら愛用のつるはしでダンジョンの壁を掘っていただけである。
「いえ、あの回復魔法はそれだけでも充分にデタラメなのですが……」
詠唱が短くて、即効性があって、しかもあんなに効果が高いなんてどれだけ――などと、リリルカが呻く。
「そんな事を言われてもな……」
しかし、今日使ったのは精々が【中回復】まで。真面目に修行を積み重ねた高位の聖職者なら、それが例えただの生者であっても、充分に修められる程度でしかない。
「くっ、これが『
いや、そんな風に睨まれても困るのだが。
(まぁ、何だ。平和な時代になった証左だろうな)
ひとまずそれで納得しておこう。
……もっとも、目の前の少女を説得する事は出来なさそうだったが。
不機嫌な女には甘い物を捧げよ――と、オラリオで学んだ知識を活かし、何とかリリルカのご機嫌を取ってから。
「それじゃ、お二人さん。また明日な」
「明日はもう少しお手柔らかにお願いしたいのですが。いえ、少しと言わずしっかりと」
まだ不機嫌そうなリリルカはさておき、ベルまでが首を傾げた。
「クオンさんはどこかに行くんですか?」
「少し野暮用があってな。今日はそんなに時間はかからないはずだ」
どのみち、帰る場所は同じなのだから。
そして、それからしばらくして。
「ヘスティアちゃ~ん、今日はもう上がっていいよ~」
「はーい」
目的地付近の路地に、獣人のご婦人と女神のやり取りが響く。
ここは北通りの露店――とどのつまりは、ヘスティアのバイト先である。
「よう、ヘスティア」
「あれ? クオン君じゃないか。どうしたんだい?」
「なに、少し相談があってな」
「それこそ珍しいね?」
首を傾げるヘスティアを連れ――ついでに、その露店でじゃが丸君をいくつか購入してから――近くの路地を縫いながら人目を避けて帰路につく。
「それで、一体どうしたんだい?」
「ああ。単刀直入に、ベルに呪術を覚えさせたいんだが」
あえて言葉を探す必要もない。俺はあっさりと本題を切り出した。
「呪術って、確か君が使う炎の魔法の事だよね? 急にどうしたんだい……というか、そもそも、それって覚えさせようとして覚えさせられるものなのかい?」
どうやら魔法というのは一人一人個性がある代物らしい。
一点物とでも言えばいいだろうか。基礎となる知識や技術は共有できるようだが、実際の運用は個々人でそれぞれ学ばねばならないらしい。
もっとも、そうは言っても多くの場合は、似たような効果を持つ魔法が存在するのも確かなので、まるで手探りという訳でもなさそうだが。
「ああ。それについては問題ない」
一方の呪術は、他者に継承させる事が可能だ。実際、俺自身も師匠――呪術の開祖であるイザリスのクラーナから直々に継承している。
むしろ、問題となるのは――
「ただ、お前の『恩恵』がどういう影響を及ぼすか分からなくてな。それで、こうしてこっそりと相談しに来たってわけだ」
「うーん……。君の魔法は僕にもよく分からないからなぁ。でも、エルフじゃない子供達も魔法が使えるようになったわけだし、多分問題ないんじゃないかな」
何とも頼りない発言だ。が、そうは言っても呪術もまた完全に失伝している以上、それも致し方ない事なのだろう。
「でも、急にどうしたんだい?」
「まぁ、師匠らしい事の一つもしてやりたくなった、とでも言っておこうか」
それも全くの嘘ではない。今までは大した事を教えてやれなかったが……呪術であればそれなりの事を教えてやれる。
そして、もう一つは――
(やはり奪われない武器が必要だな)
残念ながら、リリルカ・アーデという少女は疑わしい。
それが今日一日を共にした結論だった。
明確に敵対する事になるかどうかはさておき、最悪の状況は想定しておくべきだろう。
具体的には、ダンジョンの中で武器を失うような事態だ。
その点、呪術なら奪われないで済む。
「むむっ。なんか怪しいなぁ」
「なら、またおかしな事に巻き込まれる前に手を打っておきたいとでも言おうか? そろそろそういう時期だろ?」
何しろ、それこそが大本命でもある。
それに、怪物祭が終わってもう四日目。そろそろ次の厄介事が起こってもいい時期だった。
……あながち冗談に聞こえない辺り、
「何だか急に必要性を感じてくるのが嫌すぎる……っ!」
いつも通り触手を――もとい、結った黒髪を戦慄かせて、ヘスティアが呻く。
「うーん……。これ以上ベル君に秘密が増えるのも心配だけど、そればかり気にして危険な目にあったんじゃ元も子もないしなぁ」
気を取り直すようにじゃが丸君を齧ってから。
路地から見える細い空を見上げて、ヘスティアが呟いた。
そろそろ路地も終わる。人目を避けて会話できるのもそこまでだった。
「うん。分かった。それじゃお願いするよ」
路地を抜ける直前、ヘスティアはそう告げた。
「よし、それなら――」
帰ってベルとも相談するとしよう――と、そう告げるより早く。
「ベル君?!」
ヘスティアが顔を輝かせ……そして、一気に落ち込んだ。
(あ~…)
視線を辿ると、その先には確かにベルがいた。
……リリルカと仲良く手を繋ぎ、楽しそうに笑っているベルが。
(よし、決めた)
ここは撤収だ。
女の悋気になどいちいち関わっていては
速やかに気配を消し、その場を後にする。
「おや、ヘスティアではないか。どうかしたのか?」
そして。入れ違うように現れ、あえて苦難を選ぶ
8
(やれやれ。相変わらず面白い主従だな、あいつらは)
ベルとリリルカの逢引きを目撃し、悋気に呑まれたヘスティアから逃げ出してからしばらくして。
気づけば第八地区に戻ってきていた。
別に朝だろうが夜だろうが、ダンジョンの中には特に影響はないが……まぁ、そこは生者の性というものか。
すっかり日が沈んだ今となっては、ダンジョンから戻ってきたと思しき者達が圧倒的に多い。
命を対価とした今日の稼ぎを担いで戻ってくるを迎え入れ、大いに賑わうメインストリートから少し外れ、多少は人気の引いた路地を進む。
もっとも、こことて『冒険者通り』の一角である。隠れ家めいた趣の酒場も多く軒を連ね、そこからの喧騒は表通りに劣る事はない。
違いとがあるとすれば、街灯の数くらいか。だが、それこそ街中の夜を恐れるような冒険者などいるはずもなかった。
あるいは、夜の闇にも物怖じしない冒険者ばかりが闊歩するこの場所こそが真に『冒険者通り』の名に相応しいのかも知れない――などと、益体もない事を思いながら、あてもなく路地を彷徨う。
(アルドラの店にでも行くかな)
廃教会に戻ったところで悋気に駆られたヘスティアが待ち構えているだけだ。
かといって、隠れ家に戻って寝るにはまだ少し早い。
うまい具合にアイシャとでも出会えればそれでもいいが……。
「ッ!?」
などと、
死角から突如として槍の穂先が繰り出された。
(ま、この黒衣を着ているせいかもな)
今日はリリルカが傍にいた事もあって――それと、彼女の案内で人目につきづらい場所にいた事もあって――愛用の黒衣を着たままだった。
舌打ちする暇もなく、続けざまに殺気が迫る。
それらをことごとく盾で払いのけ、愛用のクレイモアを引き抜く。
敵は五体。槍兵が二体。他には剣と槌、そして斧を携えている。
攻防を交わしながら、敵の兵装と戦術を俯瞰した。
単体で言えば、獣人の槍兵が最も強い。が、小人と思しき四人組の連携を許せばそちらの方が厄介、と言ったところか。
ならば、やる事はいつもと変りない。分断し、各個撃破する。
慣れ親しんだ流れへと持ち込むべく、行動を開始した。
「――――」
敵中に飛び込むと同時、短い物語を口ずさむ。
その名を【フォース】。
衝撃波を放つ。ただそれだけの奇跡だ。
その衝撃波だけでは人は殺せない。だが、強引に体勢を崩させるくらいはできる。
「チッ!?」
群れからはぐれた最初の一体――剣を装備する小人に対して間合いを詰める。
一対一なら力負けする事すらあり得ない。切り結び、そのまま強引に切り崩す。
「がぁ……!?」
盾で殴りつけ、無防備となった腹を横薙ぎに払う。
流石に飛びのいて両断は避けて見せたが……だからどうなるものでもない。傷口からはすでに腸が覗いている。ただの生者にとっては充分な致命傷だ。
「貴様ぁあぁあっ!」
激昂し無策に飛び込んでくる槌使いの一撃を盾で受け流すと同時、武器を切り替える。
大槌――≪大竜牙≫。
自分の力に振り回されたたらを踏むその小人を真正面から叩き潰した。が、まだ連携を分断しきれていなかったらしい。
完全に叩き潰す前に、小人の槍兵に接近された。
胸元を穂先が掠めるより一瞬早く飛び退き、同時に投げナイフで牽制する。
(これだから路地は……)
遠い昔、山羊頭のデーモンと犬どもに散々返り討ちにあった時の事を思い出し、舌打ちした。
無論、あの時のように苦戦するわけではないが、分断するには少しばかり狭い。
充分に分断できないせいで、先ほどからとどめを刺し損ね続けている。
もっとも、それは斃れた敵が味わう苦痛を悪戯に長引かせているだけでしかないが。
(いや、そうでもないか?)
万能薬でも使えば、あの傷も癒せる。やはり息絶えるまでは油断できない。
と、その辺りで回りで呆けていた連中が慌て始めた。
「――――」
悲鳴や罵声、場違いな喝采をまとめて無視し、炎の憧憬を思い浮かべる。
その名を【炸裂火球】。拡散する火球が槍を持った小人を飲み込む。
それを見届けるより早く、武器を≪ムラクモ≫に。
狙うは最後の小人。
突進の勢いを殺さないまま身体を回転させ、そのまま薙ぎ払う。
武器の重量に更なる加速が加わったその一撃は斧使いの小人を得物諸共に叩き斬った。
が、武器も着込んだ甲冑も流石に安物ではなかったらしく、やはり即死とはいかなかったようだ。
だが、この際だ。もはや構うまい。
武器をクレイモアに戻し、最後の一体と向き合う。
「テメェ、こんな事してただで済むと思ってんじゃねぇぞ……」
特に興味はなかった。
しかも、あちらから仕掛けられた以上、恨み言を聞く義理すらもない。
五体の中では一番手練れだったかもしれないが、それだけだ。
敵陣は完全に崩壊した。ならば、もはや何の脅威にもならない。
手早く始末して終わりにしよう。
「――――」
クレイモアを両手で構え、一気に間合いを詰める。
「シッ!!」
流石に反応は悪くなかった。
正確に眉間を狙って、槍が突き出される。
だが、遅すぎる。
いつか対峙した、あの竜狩り。彼が繰り出す雷光そのもの槍捌きには遠く及ばない。
狙いを見定めたうえで、踏み込みを半歩だけずらす。
そんな粗末な動き一つで穂先は標的を見失い、虚空を穿つに留まった。
一方、こちらの剣の切っ先は狙い違わず敵の心臓を貫く――はずだったが。
「俺達を……【フレイヤ・ファミリア】を舐めるなぁあああぁあああっ!」
燃え残ったらしい槍の小人がなりふり構わず特攻してくる。
そのせいでこちらも狙いが逸れた。やはりただの生者と侮ったのが失敗だったか。
敵の左肩を貫き通したクレイモアをそのまま振り上げ、自由にすると同時、焼け爛れた小人を蹴り飛ばす。まずはそいつからとどめを刺そうとして――ふと気づいた。
「お前は……」
動乱が収まらない路地の奥に、一人の老爺が立っていた。
いや、老爺というのはふさわしくない。草臥れたローブの奥にある顔には灰色がかった白髭に覆われ、覗く素肌には皺が刻まれている。
だが、こちらを見据える目は炯々と輝き、見覚えのあるローブを着込むその体はこの場にいる誰よりも覇気に満ちていた。
(あれは≪竜の学徒のローブ≫か?)
多少形は違うが、それはあの狂人の館を彷徨っていた亡者達が着こんでいた装束と同じものだった。……いや、あれらよりもさらに血の匂いが染みついているように思える。
「フ、フレイヤ様……」
ほぼ両断しかけている左肩を押さえながら、獣人の槍兵が呻いた。
ああ、なるほど――と、納得する。
どうやら、俺達はまんまと踊らされたらしい。
「お前達には、そいつがあの女にでも見えているのか?」
「貴様、何を言って……?」
なけなしの気勢を発するその槍兵をあざ笑うように、そいつは口を開いた。
「ああ、どうやらそのようだな」
泥でも煮込むような、暗い嗤い声と共にそいつは言った。
「こんな枯れた爺と見誤るとは、よほどの
その右手には杖が現れる。『ソウルの業』――いや、そもそもその杖は……。
「≪日暮れの杖≫か……」
「正確にはその原典だ。これは私が私自身のために作り出したものでな。どうやら他の者達には使いづらかったらしい」
トンと、その杖で肩を叩きながら、その男は言った。
「な、あ? フ、フレイヤ様……?」
そこでようやく正しく相手を見定めたのか、槍兵どころか瀕死の小人たちまでが呻き声を発する。
もはや言うまでもない事だが、そこにいるのはあの女ではない。
ああ、そうだ。この男は――
(ヴァングラット王……)
霊廟の奥で独りソウルを変質させ、巨人めいた亡者となり果てていたあの哀れな王の顔立ちにどこか似てはいる。
だが、違う。
背丈は常人のそれと大差ない。いや、そんな事は些末な違いだ。
在りし日は名君と称えられたかの王とは纏う気配が違う。
「ふむ。さては私を忘れたか亡者よ?」
そうだ。この男は―――
「アン・ディールか」
絶句していた。いや、そうではない。驚く事など何もない。
何もないはずだ。
「いかにも。……ああ、なるほど。この形で会うのは初めてだったか」
【原罪の探究者】アン・ディール。
かつてヴァングラットと共にドラングレイグを興し、道を違えた狂人。
因果に敗れ異形となったはずの男だった。
「精強で鳴らす【フレイヤ・ファミリア】も所詮はこの程度か。つまらぬ」
「本当に、アン・ディールなんだな……?」
「そうだと言っておろう?」
改めて呻く俺に対して、その男は実にあっさりと頷いて見せた。
「どういうつもりだ……。まさかあの女神に与したか?」
本人、なのだろう。
人間の姿で出会うのはこれが初めてだが――ああ、そうだ。『俺』がこうして会うのは初めてだ――今さら疑問などない。
「笑えぬ冗談だな」
フン、と鼻を鳴らしてからアン・ディールは事も無げに言った。
「これはちょっとした戯れよ。久しい顔を見たからな。挨拶代わりに少しばかり趣向を凝らしてみた」
その言葉には、まるで子どもが悪戯を自慢するような無邪気さすら宿っていた。
「迷惑な話だ」
「許せ。何しろ都合よく間抜け面をさらした阿呆どもを見かけた故つい、な」
クツクツとアン・ディールはのどを鳴らす。
ああ、それこそ悪戯がばれて舌を出す少年のようだった。
「テメェ、ジジイ! オレ達に何をしやがった!?」
しかし、そのせいで五人ほどが死にかけている。
……まぁ、直接手を下した俺が指摘するのもお門違いだろうが。
それに、子どもの無邪気さは往々にして残酷さを伴うものでもある。
「何、【魅了】の上書きをしたまでよ。元々術中にはまっている阿呆どもを騙すなど造作もない」
それはそうだろう。
何しろこの男は、あの【ビックハット】ローガンにも匹敵する――いや、手札の多彩さで言えばそれを上回りかねない稀代の術者だ。
事実、魔術のみならず呪術や闇術にもその足跡を残している。加えて、狂気の度合いもローガンより上だ。
そして。
何より恐ろしい事にこの男は狂気に身を浸してなお決して
「しかし、まさかこれほど……。まったく、大した忠義よ。この爺と主君たる娘を見間違うとは、あの堅物ヴェルスタッドも腹を抱えて笑うだろう」
見事な才。褒めてつかわすぞ道化ども――と、アン・ディールが嗤った。
いや、案外本気で称賛したつもりなのかもしれない。
(……俺がドラングレイグで出くわした道化はもっと洒落にならなかったがな)
圧倒的な火力を誇ったあの『道化師』を思い出し、思わずゾッとした。
この連中が彼と同格だったら、今頃は灰も残っていない。
「テメエェェェ!!」
獣人の槍兵――と言っても、もはや槍を握る事すらままならない様子だが――が、最後の気力を振り絞ってアン・ディールに飛びかかる。
瀕死の体にしては驚くべき速さだった。しかし、それでは届かない。
「気安く触れるな下郎」
冷徹な――そして、何より致命的に無関心な声と共に、杖が振るわれる。
それには青白いソウルの輝きが宿っている。
曰く【ソウルの大剣】。
その名の通り、ソウルが模る大剣は獣人の右手首をあっさりと刎ねた。
「ぐ、おおおおお!?」
両腕をほぼ失い、獣人がのたうち回る。
いや、あれは死の痙攣なのかもしれない。そう思う程度には血を失っていた。
神の血を啜る冒険者はただの生者よりは死ににくいが、それにも限度がある。
「この街なら繋ぎ直せる者もいよう。疾く失せろ道化ども。貴様らの出番は終わりだ」
いやはや。俺が言うのもなんだが……実に非情なものだ。連中にも連中なりに誇りがあるだろうに、それを無視してここまで徹底的に利用するとは。
ドラングレイグではある意味で導き手とも言える相手だったが――なるほど、これが狂人アン・ディールとしての姿ということか。
「それで、今さら何の用だ?」
「さて。ひとまず今宵は挨拶までだ。まぁ、肩慣らしとでも思っておけ」
「肩慣らしだと?」
「近いうちに、試練に挑んでもらおうと思っている」
「何だと?」
「何、そう身構えるな。かつてお前が経験した試練に比べれば取るに足らん児戯だ」
言うまでもない事だが、欠片も安心する事はできない。
すでに気が滅入ってきていた。
「そろそろ気づいているだろうが、この地では古い因果と新たな因果が入り交わっては蠢いている」
「デーモン共の事か?」
「その裏にいる者も察しているのではないか?」
「深淵。あるいは、闇の子か……」
まだ生き残りがいたとは驚きだが……しかし、それならあの光景にも納得がいく。
「終わった時代の亡者共が地に蔓延り、古い時代の光をばら撒いておる。だが、光が強くなれば闇もまた深くなるというもの。そして、その闇が不安定に蠢く因果を我が物としつつあるのだ」
それが深淵の現われという事なのか。
あるいは、それ以上の厄災がすでに育っているのか。
……あの、ダンジョンの奥底では。
「亡者よ。いや、もはや灰と呼ぶべきか」
その狂人はこちらを睥睨して命じた。
「今一度、在りし日の力を取り戻してもらうぞ。時代を選定した貴様には、まだその権利と義務がある」
「なるほど、な……」
何が分かったという訳でもないが……それでも、どうやらこの男は再び導き手となりえる存在らしい。
もっとも、この狂人から簡単に情報が引き出せるとは思えないが。
「そう殺気立つな灰よ。今宵は挨拶までと言ったであろう。詳しくはいずれ話そう」
ではな――と、足元に炎を従え、アン・ディールは言った。
「待て――」
呼び止める暇もあればこそ。
アン・ディールは炎の中に消えていった。人の形をしていても、あの力は健在らしい。
「やれやれ……。大概人間をやめているな」
いや、それはお互い様か――と、人気のなくなった路地で小さく嘆息する。
ひとまず、やる事は決まった。
「――――――――――」
方々に転がっている半死人――いや、もう八割方死に絶えているが――を集め、ついでに斬り飛ばされた手首を回収してから【大回復】の物語を口ずさむ。
突然襲われたとはいえ……流石にこの流れで死なれるのは少々寝覚めが悪い。
アン・ディールの言い分なら、どうやら単に【魅了】されているだけらしい。
ならば、今回ばかりはこの連中も被害者と言っていいだろう。
「テメェ、あのジジイと知り合いか……?」
奇跡の効果が出てきたのか、朦朧としたまま獣人の槍兵が呻いた。
その生命力は驚愕に値する。『ダークリング』が浮かんでいないか不安になる程だ。
「不運な事にな。また面倒なのに目をつけられた」
せっかく『死んで』縁が切れたと思っていたのだが――と。
その強靭な生命力に免じて、譫言に応じてやる。
「まぁ、なんだ。今日の事は性質の悪い野良犬にでも噛まれたと思っておけ。あの爺さん、本気で敵に回せば俺などよりも遥かに恐ろしいぞ」
蘇生した時に覚えているかどうかは限りなく怪しいが、そこまでは面倒を見きれない。
もっとも、記憶とは別に心底思い知っていそうでもあるが。
そして、あの爺さんと丁々発止とやり合ったであろうデュナシャンドラもつくづく恐ろしい相手だったようだ。
「クソッたれが……」
獣人はぐったりとしてようやく意識を失った。
とはいえ、流石に鍛えているらしく呼吸はまだしっかりしている。
他の連中も――まぁ、この様子なら死にはしないか。手首や肩は無事に繋がり、はみ出ていた腸も元の位置に戻ったようだ。これなら、死人は出ないで済む。
「まったく……」
嘆息してから、新たに別の物語を口ずさんだ。
その名を【溢れ出る生命】。
ゆっくりとだが長時間に渡り癒しの力をもたらす奇跡だ。
あとは適当な治療院に一声かけて、収容してもらえばひとまず問題あるまい。
(しかし……)
これはいよいよ事態が動き出している。未だ全容は見えないが、確実に。
となれば――
(いつまでもあの廃教会に留まる訳にはいかない、か……)
今一度巡礼の――いや、巡礼とは名ばかりの殺戮の路へと戻らねばならない。
おそらく、だが。それを告げる狼煙は、もうどこかに用意されているのだろう。
でなければ、あの男が『挨拶』をしに姿を現す訳がない。
(いや、挨拶しに来ただけまだマシか)
ドラングレイグであの男が初めて姿を見せたのは、旅も中盤を迎えた頃だった。
それを思えば、予告があっただけ今回はまだ上等だろう。
―お知らせ―
お気に入り登録していただいた方、ありがとうございます。
次回更新は18/07/15の0時を予定しています。
18/11/20:誤字修正
19/10/02:誤字修正
20/05/18:誤字修正
―あとがき―
さて、色々なキャラが初登場となりました。
まずダークソウル2からアン・ディール。これからちょくちょくと主人公に絡んでくる事になるかと思います。
今のところ人間の姿で背丈も普通の人間くらい。杖に関してはオリジナルで、見た目は日暮れの杖とほぼ同じですが、魔術以外に闇術や呪術の触媒としても機能する事になっています。
ダークソウル2では導き手としての振る舞いが目立ちましたが、今作は狂人としての側面も少し見せるかと思います。
そして、オリジナルの不死人。
存在自体は一章の一節から度々触れてきていましたが、いよいよお披露目です。まぁ、詳細についてはもう少し先ですが、こちらも結構な狂人キャラとして書いていく予定です。
あくまでレヴィス個人に付きまとっている感じですね。何やらエ〇い事していますが、基本的に『死合』がしたいために付きまとってます。美人だからという理由がまるでないわけでもないですが…今のところは八対二くらいの割合ですね。
そして、この人斬りがせっせと魔石を貢いでいるので、レヴィスも原作より強化されていきます。
いや、それはともかく。
狂人二人に気に入られているとか、レヴィスは一足先にハードモードに突入している感じですね…。
いえ、実は好きなキャラの一人なので、活躍させてあげたいな――と。
主人公には苦難を与えよとも言いますし、ヒロイン(?)にも多少は…。
苦難と言えばリリルカもですね。(あくまで主人公基準の)安全な育成計画に巻き込まれたリリの運命や如何に。
そして、いよいよベルの新たな強化フラグが立ちました。
敵も味方もちょっとずつ強化されていっています。いえ、敵の方がより強化されていますが…敵が全力で心を折りに来る方がダークソウルらしいと思いませんか?
まだ準備期間ですが、早く終わらせて全力で心を折りにかかりたい。
いまいち薄いダークソウル成分をもっと濃くしていきたい。
そして、その時はそういうヤバい感じをうまく書けるといいな――と、思いつつ今回はここまで!
次回もよろしくお願いいたします。