SOUL REGALIA   作:秋水

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※18/07/15現在、仮公開中。
大幅な変更、改訂を行う可能性があります。


第三節 ■の王様と■かぶり姫

 

 一夜明け。

「あ、クオンさん。おはようございます」

「ぐぬぬぬぬ……」

 多少の気まずさを抱きつつも廃教会に顔を出すと、まだ私服姿のベルと寝台で唸り声を上げるヘスティアの姿がそこにあった。

「ああ、おはよう」

 ひとまず挨拶してから、ヘスティアに視線を向ける。

「それで、ヘスティアはどうしたんだ?」

「えっと、二日酔い、みたいです……。昨日の夜遅く、ミアハ様が連れてきてくださった時にはすっかり酔い潰れていたので」

 神様、急にどうしたんでしょう?―――と、まさか自分が原因とは思ってもいないらしいベルが首を傾げる。

(ああ、迂闊に声をかけたのはやはりミアハだったか)

 そんなベルはさておき、胸中でため息を吐いた。

 後で何か差し入れをしてやろう。四年前ならまだしも、今の彼らには安酒(エール)代も馬鹿にならないはずだ。

「あの、クオンさん。少しだけ神様をお願いできますか?」

「うん? それは構わないが……」

 別に病に伏しているわけでもなし、看ていても特別やる事はないだろうが……。

「神様がこの様子だと、ダンジョンに行く訳にも行きませんし、リリに今日は休みにして欲しいって頼んできます」

 眷属の鏡だった。

 私服のまま、ナイフだけ身に着けたベルはバベル――いや、待ち合わせ場所の噴水に向かって走っていった。

「うぅぅ……。クオンくぅん、いつもの魔法で何とかしておくれぇ……」

 シーツに包まりながら、ヘスティアがか細い声で呻く。

「そんな都合のいい奇跡は心当たりがないな」

 いや、解毒効果もある【治癒の涙】辺りは充分に効果がありそうだが……正直、こんな事で魔力を消費したくはない。

(まぁ、中毒を起こして死にかけていると言うなら話はまた別だが……)

 いや、しかし。そもそも経験上、神どもに毒は効かないはずだが。

 これも『神の力(アルカナム)』を封じている弊害なのか。

「べルくぅん……。早く戻ってきておくれー。クオン君じゃダメなんだー」

 蚊の鳴くような声で、ヘスティアがベルを呼ぶ。

 よしよし。いっそ解毒効果のある苔玉でも無理やり食わせてやろうか。

(いや、落ち着け。これは補給が利かないんだ)

 人間性(りせい)を奮い立たせ、手の中に生じた苔玉をソウルに戻す。

「で。ベルに呪術を習得させるって話はどうなった?」

「…………。ぐぅ、ぐぅ」

 よし、あとで泣かす。その頬を思う存分引っ張りまくってやろう。

 露骨に寝息を立て始めたヘスティアを前に、静かに心を決める。

「ただいま戻りました」

 ヘスティアの寝たふりが本物になる頃、足音を忍ばせてベルが戻ってきた。

「リリルカとは会えたか?」

「はい。また明日から一緒に潜ってくれるそうです」

「それは良かったな」

 彼女くらいの知識があれば、駆け出し冒険者にとっては心強い味方となるはずだ。

 それこそ、引く手数多でも驚きはしないのだが――

(やはり、【ソーマ・ファミリア】の悪名のせいか?)

 それとも彼女自身の悪名だろうか。

 内心の呻き声に気づくはずもなく、そのままベルは台所に向かい、ヘスティアのために林檎をすり下ろし始める。

「ところで、ベル」

 その背中に、声をかけた。

「魔法……ではないが、呪術を覚えたくはないか?」

「うぇ?! いったぁ?!」

 手を滑らせたらしく、若干血の滲んだ手を抱えて一通り悶えてから、ベルはこちらに飛びついてくる。

「お、覚えられるんですか?!」

「呪術なら、おそらくは。まぁ、覚える分には一番楽だからな」

 それこそ≪呪術の火≫を分け与えるだけで、最も初歩的な呪術は体得できる。

 無論、使いこなせるかどうかはまた別の話だが。

「じ、じゃあ!」

「まぁ、待て。覚える分には楽だと言ったが、俺も冒険者……というか、『神の恩恵(ファルナ)』を持つ者が使えるかどうかは分からなくてな。ヘスティアにも立ち会ってもらおうと思っていたんだが……」

「あー…。この様子だと、ちょっと難しいですね……」

 少し落ち込んだ様子で、ベルが肩を落とす。

「まぁ、今日のところはつきっきりで面倒を見てやれ」

 おそらく、色々な意味でそれが一番の薬となるはずだ。

「それはもちろんそのつもりです」

 何一つ迷うことなく、ベルが頷く。

 それに、笑いながら頷き返して、立ち上がった。

「あれ? クオンさんはどこかに行くんですか?」

「何、お邪魔虫は素直に退散するだけだ。また馬に蹴られるのはごめんだからな」

「何言ってるんですか、師匠。神様は神様ですよ?」

 よし。今ばかりはヘスティアが寝ていてくれて助かった。

 今の発言が迂闊に耳に入ると、最悪本物の【神の怒り】が炸裂しかねない。

「ベル。俺が言うのもなんだが……」

 先達として、念のため伝えておく。

「女心ってやつを少しは理解しておかないと、そのうち酷い目にあうぞ?」

 こう、本場の魔女の炎に包まれてみたり、魔女の微笑みに背筋を凍らせてみたり、本物の≪生命狩りの鎌≫がキラリと煌めくような状況に陥ったり、タリスマンを握る聖女様が女神のような微笑を浮かべるのを見て焦ったりするわけだ。

(我ながらよく生きていたな)

 いや、所詮は戯れの範疇を――そこまでは――出ていないが。

 白い混沌の娘の隠れ家で過ごした賑やかな日々を思い出して、苦笑する。

 それは、ほんの刹那の時間だったが……しがない放浪者には贅沢すぎる日々だった。

 

 

 

 廃教会を後にしてから。

「はぁ? 二日酔いで休みですってぇ!?」

 ヘファイストス(バイト先の社長)にヘスティアの様子を密告した俺は、その足でギルドに向かっていた。

 正しくは、ギルドの奥の院。主神ウラノスが座す『祈祷の間』だ。

「おや、クオン。どうかしたか?」

 上手い具合に、フェルズの姿もそこにあった。

「ああ。少しばかり面倒な事になってきたぞ」

「何だと……?」

「お前のその言葉は本当に厄災の先触れだからな」

 告げると、ウラノスとフェルズが口々に呻く。

 だが、それはお互い様だ。お前達が持ち込んでくる頼み事とて似たようなものである。

「それで、何があった?」

 気を取り直したフェルズが問いかけてくる。

「昔……『火の時代』で関わった男が姿を現した」

「何だと? 確かか?」

「ああ。ドラングレイグ王国の王兄アン・ディール。狂人として知られていた男だ」

「アン・ディールだと?」

 フェルズとウラノスが顔を見合わせる。

 正直、予想外の反応だった。まるで、知っていたかのような……。

「確かなのか?」

「ああ。……知っているのか?」

 いや、この様子なら知っていたのだろう。

 少なくともその名前だけは。

「ああ……」

 歯切れ悪く、フェルズが頷き、再びウラノスと視線を交える。

異端児(ゼノス)達を知っているだろう?」

「ああ。仮にも命の恩人だからな」

 四年前、あの闇霊に()()()()から――人間性を削られつつ『下層』に戻った辺りで出会い、諸々あって交流を持った陽気なリザードマン達を思い出す。

「リド達がどうかしたか?」

「直接関係がある訳ではないが……彼らが隠れ里に棲んでいるのは知っているだろう。そして、それはダンジョン内に複数個所ある訳だが……」

「その中に一つ、噂は聞くが実情が分からない隠れ里がある」

 フェルズの言葉をウラノスが引き継いだ。

「ほう……?」

「リド達の話から察するに、それはもう『隠れ里』という規模ではなさそうだ。集落を築き、独自の文明を育みつつあるらしい」

「ダンジョンの中に、モンスターの王国か。夢のある話だな」

 ようやく、話が見えてきた。

「つまりは、その『国』の王がアン・ディールだと?」

 今にして思えば、リド達は不死人を知っていた節がある。

 あの男の入れ知恵という事なのだろう。

「いや、王という訳でもなさそうだ。あくまでも異端児(ゼノス)達が中核を担っていると聞く」

「だが、『建国』に携わったのは間違いない。文明をもたらしたのも、な」

 フェルズとウラノスの言葉に肩をすくめる。

「あの狂人がまたずいぶんと肩入れしているんだな」

 在りし日のあの男は、研究のためには同僚すらも犠牲にしていたはずだ。

 それとも異端児の誕生にはあの男が関わっているのだろうか。

(いや、そうじゃないな)

 それは違うと、誰かが囁いた。

「そのようだな」

 ウラノスが頷くと、今度はフェルズが続けた。

「念のため捕捉しておくが、少なくとも地上の基準で『国』と言えるほどの規模ではなさそうだ。詳細は不明だがね。ただ、定住し迷宮資源を使って鍛冶や農耕にも着手していると聞く」

「ダンジョンで農耕?」

 あそこは勝手に修復される性質がある。

 いくら耕してもすぐに意味を失いそうだが……。

「私も疑問だが……しかし、リド達の話を聞く限りダンジョンの地形に手を加える事に成功しているのは事実の様だ」

「ふむ……」

 アン・ディールが絡んでいるなら、その可能性もあるか――と、内心で呟く。

 何しろ、あの男はシースと同じく異形を生み出す技術を有する。

 ()()()()()ダンジョンを変質させられたとしても驚きはしない。

「何であれ、異端児(ゼノス)を保護する、私達とは全く別の勢力だ。どうやら主に『深層』領域で生まれた異端児(ゼノス)達の集まりのようでね。『下層』にも進出してきているようだが、詳しくは分からない」

「全く繋がりはないのか?」

「いや、流石に皆無ではない。リド達を介してだが多少の情報交換と、物品のやり取りを交わしている」

 ウラノスが告げた。

 情報交換はともかく、物品のやり取りまでしているとは驚きだった。

 それがギルドとの交易――商業の始まりを意味するなら、異端児(ゼノス)達にとっては革新的なものとなろう。

「これだ」

 フェルズがローブから何かを取り出した。

 いや、それはよく知っている。

「緑花草だと……?」

 確かに巡礼地では重宝したが……これの栽培は容易ではないはずだ。

 無論、ダンジョンの中で自生しているところを見た事もない。

 それどころか、三年間の放浪の間でも群生地を見つける事はできなかった。

「第四区画側のダイダロス通り入口付近に、『イーリアス』という小さな店がある。そこを覗けば、お前にとっては懐かしい品が見つかるかもしれないな」

「覚えておこう」

 緑花草だけでも補給できるならありがたい。

「それで、そのアン・ディールは一体何の用があってお前の前に現れたのだ?」

「ダンジョンの奥底ではまた訳の分からない化物が蠢いているらしい。だから、俺に発破をかけに来たんだそうだ」

 もう一度【王狩り(超越存在殺し)】たり得るだけの力を取り戻せ。

 あの男はそう言ったのだ。

「発破だと?」

「近いうちに試練を与えるだとさ。迷惑な話だ」

「……もしや、昨夜【フレイヤ・ファミリア】を襲ったのはそれが理由か?」

「襲った訳じゃない。俺が襲われたんだ」

 それだけは告げておく。

 そうでもなければ、また訳の分からない罰則を押し付けられるのは明白だ。

「やはりお前だったか」

 失言だった。どうやらまず鎌をかけられていたらしい。

「【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】と【炎金の四戦士(ブリンガル)】を同時に、たった一人で瀕死に追いやれる者など【猛者(おうじゃ)】を除けばお前くらいなものだ。いずれにしても分かり切った話でしかない」

 あの派閥で顔と名前――それと、二つ名とやら――が一致しているのはオッタルだけなので、誰が誰かだよく分からなかったが……この様子なら、どうやらそれなりに大物だったようだ。

「あの連中を嗾けてきたのは、どうやら『挨拶』だったらしいな」

 近いうちにまたオッタル辺りがカチコミにくるのだろうか。

 それはそれで面倒な話だった。

「あれだけやって『挨拶』だと? 性質の悪い冗談だな」

「相手は年季の入った狂人だからな。今のうちに覚悟しておくといい」

「他人事のように……」

 嘆くフェルズに言ってやると、賢者はさらに深々とため息を吐いた。

「ところで、あの女の沙汰はどうなった?」

 色々とあって忘れていたが、そろそろ決まってもいい頃ではないだろうか。

「どうもこうもないな」

 忌々しそうにフェルズが毒づいた。

「オラリオの大派閥の義務として地下水路の『掃除(スイーパー)』に従事していた団員が、地下水路で蠢く新種を発見。慌てて地上に戻ったところで、お忍びでフィリア祭を見物してきた主神フレイヤと出会った。その眷属の話を聞いたフレイヤは緊急事態と判断。同時に、新種が地上にいるなど簡単には信じてもらえないだろうとも。しかし、正規の手段でギルドに掛け合っていては手遅れになる。だからこそ苦渋の選択として、『群衆を速やかに避難させる』べくモンスターを『魅了』して檻から出した――と、大枠で言えばそういう形で収まるであろう」

 フェルズを窘めてから、ウラノスが告げる。

「それはまた、物は言いようだな」

「だが、結果としてはまさにその通りだ。彼女がモンスターを放ったからこそ、【ガネーシャ・ファミリア】は迅速に避難誘導を開始した。無論、お前達への協力要請もだ」

「それで? お咎めなしだと?」

「まさか」

 と、フェルズは否定した。

「神フレイヤによる【ガネーシャ・ファミリア】への公式謝罪と慰謝料の支払い。交戦により破損した闘技場周辺の復興支援と、負傷者への見舞金。まぁ、そんなところだ」

 否定の声に不満そうな響きが混じっていたのはそれが理由か。

 いずれにしても、怪物祭の真意とはかけ離れた結果になったのだ。いくら積まれたところで納得はできまい。

「概ね予想通りの結末で終わりそうだな」

「団員はそれすら不満そうだったがな。おそらく、そこを付け込まれたのだろう」

 確かにそんな様子ではあったが。

 やはり、蘇生させたのは失敗だっただろうか。

「せめてもの救いは、ガネーシャ自身の名誉はさほど貶められなかった事だろうな」

 ウラノスが呟いた。

「そうなのか?」

「ああ。山羊頭の『モンスター』を引き付けるために自ら囮となり、さらに道中で巻き込まれてしまった少女を、己の身を挺して庇った。そういう話が広まっている。あるいは、ガネーシャ自身の名声としては高まったと言えるかもしれん」

「その辺りは、神ガネーシャの神徳と言ったところだな。その辺りがうまく作用したのか、【ガネーシャ・ファミリア】への風当たりも思ったほどには強くない」

「まぁ、噂ではなく事実だからな」

 もっとも、噂などその多くは悪意と共に広がるものだ。

 そうならなかったのは、ひとえに【群衆の主】たらんとし続けてきたその姿あっての事だろう。

「ああ。加えてモンスター脱走の真相が明らかになったというのもあるだろうがな」

 ため息とも苦笑ともつかない吐息を漏らしてから、フェルズは話を戻した。

「それにしても、噂に聞くアン・ディールが地上でそこまで派手に動き回っているとは」

 その呟きに頷いてから、ウラノスが告げる。

「アン・ディールなる人物については、私達としても情報が欲しい。リド達にも改めて情報提供を頼むとしよう」

「それは止めないが、下手に手を出すと火傷では済まないぞ。あれはそういう怪物だ」

 しかし、あの男と渡りをつけたいのは俺も同じだ。

 嘆息を飲み込んで、言葉を続ける。

「だが、どうやら先日のデーモンについても何か知っている様子だった。情報が得られたなら教えろ。何であれ、俺が直接出向くのが一番安全だろう」

「そうさせてもらうよ。いずれにせよ、『火の時代』の脅威は私達の手には余る」

 それはそうだろう。あの時代の脅威とはすなわち、正しく超越存在(かみ)として君臨していた神々ですら手に負えなかった……その果てに、ついには滅び去った代物だ。

 神の血を少し浴びた程度の生者が抗おうとする方が無理な話だ。

 あるいは、『不死の呪い』とは時代が必要としたからこそ生じたのかもしれない。

(このまま事態が悪化すれば、あるいは何もせずとも『呪い』が蘇ってくるのか?)

 いや、あるいはすでに蘇っているのか。『暗い穴』ではなく、『ダークリング』そのものが亡者を――フェルズ達の言う『アンデッド』を生み出しているのだろうか。

「あまり過信されても困るが……そちらはどうにかしよう。そういう取引だからな」

 その代わり、好きにやらせてもらっている。これはそういう契約だ。

「ところで『宝玉』の方はどうなった?」

「今のところ、新たなものは見つかっていない。だが、そちらはひとまず私達がどうにかしよう。あれは私達の時代が生んだ脅威だ」

「なら、急いで五九階層にいる奴を始末するんだな。あれとて下手に野放しにしておけば手に負えなくなるぞ?」

「分かっている。そちらについては、順当なところに任せるつもりだ」

 となると、あの女の手下か。いや、糸目の小僧の方だろう。

 あの小娘がいる以上はいっそ当事者と言ってもいい。

(ま、どういう接点があるのかは俺もよく分かっていないがな)

 いずれにせよ、あれは()()()()の脅威だ。

 向こうから関わってくるか、フェルズ達に押し付けられるならまだしも、こちらから積極的に手出しする気は今のところない。

(もっとも、連中がダンジョンの中で繋がっているなら話は変わってくるが……)

 あの赤髪の女も、アン・ディールの『作品』なのかもしれない。

 だとすれば、少々厄介だろうが――

(あれくらいは自力で乗り越えてもらうとしようか)

 いくらかの冒険者は巡礼地に()()()程度の力は有している。

 あの赤髪の女と、そう大きな差はないはずだ。そして、彼女は少なくとも不死ではない。

 殺せば殺せる――と、言うと何だか奇妙な話に聞こえるが――存在だった。

(大体、そうでもなければ身体がいくつあっても足りない)

 デーモンの相手だけでも楽ではないというのに、どうやら深淵――闇の子まで関わっているらしい。他に押し付けられるものは押し付けてしまいたいのが本音だった。

「しかし、この調子で次々に『火の時代』の脅威がやってくるなら、いつまでも庇いきれない。それは分かっているだろうな?」

 それどころか、現時点でもう手に負えなくなっている可能性すらあり得る。

 少なくとも、二度も出くわしたあの闇霊は今の俺より強い。

 他にも尋常ならざる敵が迷い込んでいるなら、一度や二度殺されるだけでは済まないだろう。

「もちろんだ。冒険者の力を底上げできるよう、いくらか手を打っている。先ほどの『イーリアス』もその一つだ。もっとも、効果は今のところ芳しくないがな。その緑花草とやらに限らず、供給がまだ安定しない」

 何しろ作れる魔導師(メイジ)が他にいないからな――と、フェルズが小さくぼやいた。

「なるほどな」

 前から感じているが――どうやら、本当に俺やアン・ディール以外にも『火の時代』から迷い込んだ者がいそうだ。

 フェルズ達は、そいつらからも情報を……あるいは物品を得ているのだろう。

 無論、それが俺が知っている顔かどうかは定かではないが。

 

 

 

「いらっしゃいませ~」

 ギルドの奥の院をお暇してから。

 その足で俺は、とある喫茶店――というか、ケーキ屋と言うか――ああいや、ミルクスタンドとやらに向かっていた。

「ご注文が決まりましたら呼んでくださいね~」

 おっとりとした牛人(カウズ)の美人さんが品書きを持ってくる。

 ひとまず無難に牛乳に果実を混ぜたと思しき飲み物を注文した。

「ごゆっくり~」

 しばらくして届いたそれに口をつける。

 俺でも甘みを感じるとなると、ベルなら顔をしかめているところだろう。

「すまない。一つ訊きたいんだが……」

 しばらくすると、フードを被った獣人の少女が声をかけてきた。

「特製ラング・ド・シャによく合う付け合わせを教えてくれないか?」

「それは極東産の希少なカツオ節だろうな」

 いや、味覚がほぼ失われている俺が言うのもなんだが、その組み合わせは――そのラング何とかが菓子である限り――絶対に不味いはずだ。が、これが『合言葉』なのだから仕方がない。

「驚いたよ。まさか本当にあの【正体不明(イレギュラー)】が私に用なんてね」

「それはこちらも同じだ。あの古狸が薦めてくる相手がこんな可愛らしいお嬢さんだったとはね」

 先日、トマス爺さんには会えなかったが――店を出る前に、一切れのメモを渡されていた。

 そこに別の情報屋の名前と、出会える場所と日時、合言葉が記されていたわけだ。

「それで、私は何を売ればいいんだ?」

「アン・ディールという名前の魔術師……魔導士について情報が欲しい」

 もっとも、あの狂人が地上に足跡を残しているとは思えないが。

「昨日の夜に、【フレイヤ・ファミリア】を唆した?」

「ああ。……流石に耳が早いな」

「アンタ絡みの情報は高く売れるからね。普段は威張り散らす上級冒険者連中まで言い値で買っていくよ」

 だから、これはサービスだよ――と、彼女は言った。

「でも、悪いけど私もそれ以外の事は知らないな」

「そうか。それならいいんだ」

 残りを飲み干してから続けた。

「薄々感じてはいるだろうが、あの男に深入りするのは危険だからな」

 あの爺さんが推挙するとはいえ、このお嬢さんではまだ未熟だろう。

 下手に死なれては――いや、実験材料にでもされたら寝覚めが悪すぎる。

「そう言われると、私にも意地が出てくるんだけどね」

 ため息を一つついてから、彼女は言った。

「ま、いいさ。死なない程度に探ってみるよ。ただ、その代わり報酬は奮発してもらう」

「その時はもちろん応じるとも。内容によっては色を付けてもいい」

 もし彼女が有益な情報を得られたなら、そのくらいの危険は伴っているはずだ。

「もう一つ教えて欲しい事がある」

「別料金でよければね」

「ああ。リリルカ・アーデというサポーターに関する情報は何かないか?」

「リリルカ・アーデか……」

 記憶を探るような仕草を一瞬だけ見せてから、彼女は言った。

「一〇〇〇〇ヴァリス。それで、所属【ファミリア】と大まかな経歴を教えるよ。気になった点があったら答えてもいい」

 あらかじめ用意しておいた布袋を懐から――正確には、そのふりをしてソウルから――取り出し、手渡す。

「所属は【ソーマ・ファミリア】。団員同士の間に生まれた子どもで、種族は小人族(パルゥム)だ」

 中身を確認してから、彼女は言った。

小人族(パルゥム)?」

「ああ。どうやら魔法で獣人に変身しているようだけど、正体は小人族(パルゥム)の少女だ」

 なるほど。【擬態】の魔術のようなものか。

 となると、霞の話も正しかった事になる。

「ああ、そうそう。【ソーマ・ファミリア】の内情も知りたいならもう一〇〇〇〇ヴァリス追加料金を払ってもらうよ」

 やれやれ、しっかりした事だ。

 肩をすくめて、新たな布袋を放ってやる。

「あの派閥が崇めているのは主神じゃない。酒なんだ」

「酒?」

「ああ。神酒(ソーマ)って酒を聞いた事がないか?」

「そう言えば、知り合いの酒飲みがぼやいていたな」

 まぁ、アルドラの事だが。

 話を聞く限り、ずいぶんと性質の悪い酒らしい。

「酒場泣かせだと聞いているが……」

「市場に出回っているのは失敗作だ。それでも、あんたの言う通り普通の酒場にとっては厄介だろうね。一度入荷すればそれ目当ての客が殺到する。そのせいで常連が去り、仕入れが追い付かなくなった途端、新しい客も去って潰れた酒場もあるとか」

「世知辛いな。……しかし、失敗作だと?」

「そうさ。完成品は神々すら魅了する天上の美酒……って触れ込みだけどね。私に言わせれば性質の悪い麻薬みたいなものさ」

「それは穏やかじゃないな」

「本物を一口飲めばあまりの快楽にたちまち虜になる。酔いが覚めればまた飲みたくなる。いくら大金を積んでもね。主神ソーマはその性質をうまく使って眷属に貢がせているようだよ。あの神にとって、人間なんてのは酒造りに必要な金を稼いでくるだけの駒に過ぎないってことさ」

 それはまた実に神らしい存在だった。

 ヘスティアやガネーシャ達のせいで調子が狂ったが、神とはかくあるべきだろう。

 その方が、後腐れなく殺しやすい。

「実際、あの派閥を取り仕切っているのは団長のザニスだ。主神は【ファミリア】の運営になんて欠片も興味を示しちゃいないからね。おかげで、派閥内でも金銭をめぐる揉め事には事欠かない。同士討ち、抜け駆け、騙し討ち。神酒(ソーマ)欲しさに誰も彼もが金の亡者ってわけさ。【ステイタス】の更新にも上納金が必要になるって言うんだから、つくづく徹底してるよ」

 と、届いたミルクを一息に飲み干し、彼女は続けた。

「と、まぁ、これが彼女が所属する【ファミリア】の大まかな内情だ。もちろん、彼女の両親もそうだった。ある時、ダンジョンに向かってそれっきり。理由は定かじゃない。異常事態が起こったか、仲間同士で足を引っ張りあったか……」

「それとも無理をして適正階層を超えたか、か」

 階層が深くなれば儲けも大きくなる。冒険者なら誰でも知っている常識だ。

 もっとも、実力を超えた階層に進めば命を落とすのもまた同じ話だが。

「ま、そんなところだろうね。裏取りはしていないし、もうしようがないから予想の域は出ないけど」

「それで?」

「貴族の子は貴族。農民の子は農民って事さ。彼女はそのまま【ソーマ・ファミリア】の団員となった。けど、どうやら冒険者としての素質がなかったらしくてね。専属のサポーターとして酷使されているそうだよ」

「あの子に素質がない?」

 それは見る目がないのではないだろうか。

 おそらく、彼女は誰よりも強かでしぶとい冒険者となりえる。

 華やかさとは縁が遠いかもしれないが、どんな状況でも最終的に帳尻を合わせて見せるだろう。

 ……もっとも、確かに今はまだその域にはいないが。

「ま、その辺りは詳しく知らないよ。【ステイタス】なんていくら私でもそう簡単に調べられるものじゃない。もし必要なら、別料金だ」

「まぁ、それはいい。ということは、やはり彼女も上納金欲しさに盗賊業に手を出しているのか?」

「その辺りは知っていたんだね。でも、それはどうだろうね。確かに被害にあった連中の数からして相当に儲けてはいるはずだけど……そもそも、彼女はあまり本拠地(ホーム)に寄りついていないからね」

「帰っていない? なら、どこに?」

「流石に下宿先を掴ませるようなドジは踏んでいないよ。というより、点々としているんだろうね。ただ、寄り付く場所は分かる」

「どこだ?」

「『ノームの万事屋』。その名の通りノームが店主でね、冒険者通りの片隅にある店だよ。そこで盗品を売り払っているんだ」

 

 

 

(さて、と)

 情報屋の少女と別れてから、夕暮れに染まる街を歩く。

 場合によってはその万事屋とやらまで行って話を聞かねばならないかとも思ったが、情報屋の少女はあれからこちらの質問に丁寧に応じてくれた。

 少なくとも、値段相応の情報は得た。そうなると、次にすべき事は――

(『改宗(コンバージョン)』、だったか。それを持ち掛けてみるか?)

 リリルカは脱退金を貯めている。それが、あの情報屋の少女の結論だった。

 流石にそれ自体の裏取りはできていないらしく、最後までそれを口にするのは渋ったが……彼女が掲示したいくつもの情報を素直に読み解けばその結論以外に考えられない。

 今所属している派閥に辟易しているなら、その呼びかけに応じてくれる可能性は決して低くはないはずだ。

 脱退金については……まぁ、おそらく『下層』辺りでしばらく気張ればどうとでもなる。

 いや、この前汲んできたカドモスの泉水をいくらか売り捌けばそれでことは足りるだろう。

(話を聞く限り、人間性にも大きな問題はなさそうだな)

 ある種の義理堅さというか、情の厚さを感じさせる話も聞けた。

 多少ならず捻くれているようだが、それは致し方ない。

 それに、直接かかわった感触で言えば、どこぞの禿丸ほどではないはずだ。

(いや、その一件が致命傷になっている可能性もあるが)

 逃げ出したリリルカを受け入れた花屋が、他の団員に襲われ、彼女までが追い出された事があったらしい。

 その噂そのものは四年前にも聞いている。気になるのは、それから今に至るまでその花屋には定期的にヴァリスが届けられているという事実だった。

 無論、彼女はそれがリリルカの仕業だとまでは断言しなかったが、度々ローブを着込んだ小柄な人影が目撃されているのは確かなようだ。

(ヘスティアと、シャクティあたりに相談してみるか……)

 いや、駄目か。ヘスティアはともかく、シャクティは不味い。

 公平に考えればリリルカもただでは済まない。

 どう考えても【ガネーシャ・ファミリア】やギルドを動かすのは悪手だ。

(しかし、そうなると――)

 乗り込んで当たるを幸い叩きのめすしかなくなるのだが。

 いや、単にそれが一番手っ取り早いというだけだが……しかし、そうすると今度は【ヘスティア・ファミリア】に飛び火する可能性もありえる。

 何しろ、金づる欲しさに花屋まで叩き潰す阿呆どもだ。安全性を求めるなら、叩きのめすのではなく、根絶やしにするしかないが――

(そこまでの理由を用意できるか?)

 いや、できない事はないが。

 それこそ、適当に金の噂を流して向こうから襲い掛からせればいい。自衛という理由さえあれば、フェルズ達もそこまで文句は言わない。

(あるいは、これが『試練』とやらなのか?)

 ふと思い至ったそれを否定する。

 酔っ払い集団を蹴散らす程度の事を、あの狂人が試練などと言うはずがない。

 そもそも、【ソーマ・ファミリア】は探索系派閥として見るなら大したものでなかった。

 人数こそ多いが、ほぼ全員がLv.1。小さな集団はあるようだが、派閥としての連携はないも同然。各個撃破しやすく、それに徹している限り敗北はまずあり得ない。

 巡礼に赴く肩慣らしにしては温過ぎる。

(せめて大派閥と呼ばれるくらいでないと、な)

 やはり昨夜のあればオッタルがカチコミしてくる前振りだったのだろうか。

(そちらは後回しだ。気を揉んでいたところで始まらないからな)

 嘆息して、ひとまずリリルカについてに集中する事に決めた。

(彼女の事情はおおよそ分かった。あとはどうやって口説き落とすかだな)

 その辺りは、それこそベルに丸投げしてもよさそうだが。

 ヘスティアにだけ話を通して、あとはベルの好きなようにさせておくべきか。

(そうなると、やはりいざという時の武器が必要だな)

 何であれ、ダンジョンの中で丸腰になるという状況だけは避けねばならない。

 リリルカでも奪えない武器。

 俺が与えられる武器の中で、その条件を満たすのは呪術しかなかった。

「そろそろ帰るか。いい加減ヘスティアも復活する――」

 頃だろう。と、続けようとして。

「娯楽に飢えたハイエナどもめぇええぇぇええええええっ!!」

「ヘスティアが逃げたぞー!」

「逃がすなぁあぁああっ!!」

 目の前を女神の集団が激走していった。

 さらに言えば、その先頭を走っていた女神と、その女神に引きずられていた白髪頭には非常に見覚えがあった。

「……何事だ?」

 女神達の足音がすっかり遠のいてから。

 彼女達が消えていった方向を見やり、ぽつりと呟いていた。

 無論、それに返事などどこからも返ってこなかったが。

 と、それはともかく。

 時は女神達の謎の大激走を見送った日の翌朝へと移り変わり。

「改めて聞くが、術を覚える気はあるか?」

 廃教会の隠し部屋で、俺はベルと向き合っていた。

「はい! ぜひ教えてください!」

 力強く頷くベルに頷き返してから、ヘスティアに視線を向ける。

「ベル君が強くなりたいと思っているのは、ボクも知っている。魔法に憧れているのもね。でも、落ち着いて聞いてほしい」

 いつになく真剣な様子に、ベルも居住まいを正す。

「クオン君のいう呪術は、どうやらボクらが知っている魔法とは違うもののようなんだ。いうなれば、ボクら()も知らない未知ってやつだね」

「そ、そうなんですか?」

「うん。そして、君はボクの恩恵を受けている。問題は、そこなんだ」

 目を丸くするベルに、ヘスティアはあくまでも真剣な顔で頷く。

「ボクらにとっても未知の力を【ステイタス】にちゃんと反映させられるのかは、分からない。例えば、君がこれからレアスキルや魔法を発現したとして、それはあくまで君の中に眠っていた可能性を掘り起こしただけだ。言っちゃえば、君が元々持っていたものってわけだ」

 でも、とヘスティアは言葉を続ける。

「呪術は明らかに外からもたらされるものだ。どんな影響が出るか、ボクにも分からない。場合によっては危険な事なのかもしれない」

 それは昨夜の内に話し合った結論だ。

 この時代――神々が認識している既存の術式とは異なる代物。それを『神の恩恵(ファルナ)』のもとで使えるかどうか。それはまさに神ですら見通せない未知であるらしい。

「それでも、君はその力に手を伸ばすかい?」

「…………」

 ベルはしばらく目を伏せてから、

「……お願いします」

 そう、答えた。

「僕は、僕は少しでも強くなりたいんです。だから、神様。クオンさん。お願いします」

 言って、彼は深々と頭を下げた。

 ヘスティアと顔を見合わせ、互いに肩をすくめる。

「うん。きっとそう言うと思っていたよ」

 観念したように、ヘスティアは笑ってみせた。

 その様子にベルも微笑み返してから、一転して情けない声を上げる。

「あの。それで、僕でも本当に覚えられるんですか?」

 今さらそれを言うのか――と、思わず苦笑してから、簡単に説明する。

「ああ。呪術を扱うには特別な資質はいらない。いや、あればあるだけ効率的に威力を上げられるが、何より必要なのは火への情景。あるいは畏れだ。まぁ、逆に言えばそれを忘れると悲惨な事になるがな」

 魔女イザリスとその娘たちのように。

 そのせいで国が滅んだこともある――そう言ってやると、ベルが生唾を飲み込んだ。

 もちろん、その域に辿り着ける術者の方が少ないだろう。が、早めに釘を刺しておいて損はない。

「そ、それでどうやったら?」

「この『火』を分け与えよう」

 右手に≪曙光の火≫を灯す。

「いや、正しく言えば、これそのものは渡せない。だが、通常の≪呪術の火≫ならそれも可能だ」

 何しろこれは恩師達の叡智が詰まった唯一無二の代物だ。

 分け与える事を想定して設計されてはいない。

「≪呪術の火≫、ですか?」

「ああ。これは呪術師の身体の一部でな。呪術師はみんな、これを大事に育て、自分の術を高めていく。まぁ、育てた力そのものまでは譲れないが、『火』を分ける事ならできる。俺のこれも師匠から分け与えてもらった」

「クオンさんの、師匠から」

 ベルが右手の火を見て、小さく呟いた。

「僕が貰っても、いいんですか?」

「いいさ。まぁ、師匠なら『お前のような馬鹿弟子が弟子を取るなんて百年早い』――くらいの事は言うだろうがな」

 小言を言われるのはいつもの事だ――そう言って笑うと、ベルも小さく噴き出した。

 そして、

「お願いします」

「よし。なら、まずは楽にするといい。……いや、実は俺も人に『火』を分けるは初めてだからな。楽にしていてくれると助かる」

 それでも方法は師匠に教わっている。

「はい!」

 緊張しているベルに苦笑してから、まずは魔術や奇跡の触媒となる力を封じ込め、純粋な≪呪術の火≫へと戻す。

 火を宿す指先を、ベルの胸元に。

 熱を伝えるように、その火を彼の身体に染み込ませていく。

「火を思い浮かべろ。今なら分かるはずだ」

「はい……!」

 ベルは己の右手を静かに見つめ、火を思い描く。

 伝えた熱が、そこで結実した。

「できた……!?」

 ベルの右手に≪呪術の火≫が宿る。

「よし。これでお前も呪術師の一員だ。大事にしてやってくれよ?」

「はい! それで、これでもう呪術を使えるんですか?!」

「一番基礎的なものならな」

 正しくは呪術ですらない。刃物を握れば誰だって何かを傷つけられる。それと同じだ。

「ここでやるのは危ないからな。続きは外でやろう」

「はい!」

 そして、教会前。いつもは素振りやら何やらを行うその広場に移動する。

「まずは見本だ」

 念のため無粋な闖入者がいない事を確かめてから、右手に宿した『火』を高める。

 これこそが最も原初の呪術。

 曰く【発火】。

 手に宿る火が炎と化して荒れ狂うそれは、単純ながら強力だ。

「これが【発火】。最も基礎的な呪術……というより、そうだな。ナイフでただ斬りつけているだけ、といったところか。持てば誰にでもできる。そういう代物だ」

「あ、あれがですか……?」

「いきなりあの威力は出ないだろうがな。だが、これは極めて大切な呪術だ。その『火』がどういうものなのか。これで分かるだろう?」

 ただ『火』を高ぶらせただけでこれだけの威力に繋がるのだから。

「はい!」

「さて。では、実践に移る前に呪術師の心得を改めて伝えておく。ごく短いものだ。だから、忘れずに胸に刻んでおいて欲しい」

「呪術師の心得……」

「ああ。『炎を畏れろ』。その畏れを忘れた者は炎に飲まれ、全てを失う。分かるな?」

 あの魔女イザリスですら、それは例外ではなかった。

 ……いや、それがあったからこそ師匠はそう伝えたのか。

「はい……! 忘れません!」

「よし。それでは、まず【発火】を試してみるか。その『火』を高めてみろ。できるはずだ。何しろ、それはもうお前の身体の一部なのだから」

「はい! えっと、詠唱とかは?」

「必要ない。呪術とは火を熾し、利用する、原初の命の業だ。必要なのは火への情景。あるいは畏怖。それを忘れるな。そのうえで火を求めろ」

「火を畏れる……!」

 ベルは右手を突き出し、軽く目を伏せて意識を集中させていく。

 程なくして右手の『火』がひときわ燃え上がり――そして、爆ぜた。

「で、できた! やったやったやりましたよ神様!」

「おおお! やるじゃないかベル君! いい火だったぜ! 竈の女神であるボクが保証するとも!」

 それこそ兎よろしくピョンピョンと飛び回るベルと、それを真似るヘスティア。

(そうか。そう言えばそうだったな)

 女神ヘスティアとは竈と慈愛を司る女神である――と、そう聞いている。

 なるほど、縁というのはやはり馬鹿にならないものなのだろう。

「それは基礎だが、それでも魔力を消費する。景気よく撃ちすぎるとすぐに干上がるから、くれぐれも注意しろよ」

 不死人ならそれでも呪術やら魔術やらが使えなくなる程度で済むが、普通の人間ならそのまま昏倒する羽目になるらしい。ダンジョンでは確実に命に関わるだろう。

「はい!」

 それからしばらく。ベルの『試し撃ち』は続いた。

 例のスキルのおかげなのか。竈の女神であるヘスティアの『恩恵』なのか。

 あるいは、ベル自身が持って生まれた素質のなせる業か。

 程なく実戦で使える程度の威力と速度へと仕上がる。

「さて、と。それじゃあ本格的に呪術を仕込みたいところだが……」

「ほ、本格的?」

「さっきも言っただろう? それは精々ナイフを振り回しているだけだって。呪術ってのはちゃんとした技術を指す言葉だ」

「僕に使えるんでしょうか?」

「今さら何を。……まぁ、いきなり強大な呪術に手を出すのは流石に自殺行為だが、一般的なものなら問題ないだろう」

「ふむふむ。それで、クオン君のオススメはなんだい?」

 微妙に上機嫌なヘスティアが問いかけて来る。

「俺が使えるのは基本的に戦闘用だからなぁ……」

 まぁ、それはベルにとっても有益なものとなるだろうが。

「基礎を発展させた【大発火】か、射程を確保できる【火球】あたりが一般的な基礎だな。他には武器に火の力を宿す【カーサスの弧炎】も使い勝手がいいが……」

 しかし、今回の目的は武器の確保だ。いや、【発火】だけでも目的は達成できているといえばできているはずだが。

「あとは……。身体能力を向上させられる【内なる大力】か。これは使うと反動で体にガタがくる諸刃の剣だが」

「そ、それはちょっとカッコいいような……!」

 その気持ちは分かるとも。最初は俺もそう思った。

 ……しばらく使っていると、深刻にそれどころではなくなってくるが。

「却下! これ以上無茶させてどうするんだい!?」

 そして、あえなくヘスティアに却下された。

「あと、変わり種で傷を癒す【ぬくもりの火】というものもある。回復速度で見れば奇跡には及ばないが、一度熾せば消えるまでは仲間も恩恵に授かれる。もちろん、自分もな」

 うねうねと蠢く触手――もとい、黒髪から逃れるように別の呪術の名を挙げる。

 今回の目的からは外れるが、ベルの場合だと活躍する場面は特に多そうだ。

「おお! それいいじゃないか! 要は回復魔法って事だろう!? 何かと生傷の絶えないベル君にはぴったりだ!」

「そ、それはそうですけど……。でも、【火球】とかにもちょっと憧れが――」

「いいや! ここはその【ぬくもりの火】ってのにしとこう! なんか名前からしてボクがいつも見守っていられるような気分にもなる!」

「だが、奇跡の【大回復】ほどすぐには回復はしないぞ?」

 効果の持続する時間を考慮すれば――そして、充分に『火』を育てているなら――最終的な回復量は見劣りもしないものの、とにかく瞬発力に欠ける。

 ともあれ。それから紆余曲折あって。

「うんうん! やっぱりボクらの【ファミリア】の指針は『命を大切にね』だからね!」

 いや、明らかに『どんどん行こうぜ』だと思うが――と、どこかの誰かからメッセージが届いたような気がした。ひとまず評価しておこう。

「まぁ、なんだ。回復手段があるに越した事はないしな」

「そうですね。そのうち団員も増えるかもしれませんし……」

 と、そんな訳で。

 ベルの記念すべき最初の呪術はヘスティアの強い意向もあって【ぬくもりの火】となった。

 ……まぁ、無茶しがちなのは確かだし、回復手段の一つも持っていて損はないか。

 結局武器は【発火】だけになってしまったが、それもやむなしだ。

「では、伝えよう。基本的には先ほどと同じだ。あとは自分で育てていってくれ」

「はい!」

 呪術の継承。遥か昔、師匠に施してもらったそれをまさか自分がする日が来るとは。

 何だかずいぶんと感慨深い。

「――――」

 思い描く炎の情景。いや、この呪術はあの時代にはなかったものだ。

 少なくとも我が師――呪術の開祖であるイザリスのクラーナの遺したものでない。

 だが、俺の中にある炎への情景は常に彼女の姿をしている。彼女であれば、この呪術とて我がものとして使いこなす。

 高まった火が、ベルの燃え始めたばかりの火へと移り行く。

「……よし。これでいいはずだ」

「使えそうな、気がします。何だろう……。お祖父ちゃんに絵本を読んでもらった時、前で燃えていた暖炉の火を思い出しました」

「そうか……。炎とは力の証であると同時、知恵と暖かさの象徴でもある。団欒の火を求めるなら、きっとそれにも応じてくれるだろう。明確に思い描ける情景があるならなおさら、な」

「はい!」

「ふっふ~ん! やっぱりボクのベル君にぴったりな魔法じゃないか!」

 と、ヘスティアが相変わらず見事な造形の胸を張った。

「ほらほら! 早く使ってみようぜ!」

「わわ! あ、危ないですよ神様!」

 そのまま背中に飛び乗られ、ベルが慌てて火を宿したままの右手を高く掲げる。

 まぁ、確かに揮発性の高い特殊な油に触ろうものなら大惨事だが――そうでもない限り、触ったところで火傷もしない代物なのだが。

(ま、『火を畏れろ』だからな)

 扱いに慎重なのは良いことだ――と、そのやり取りを静観する事にした。

「ええと、それじゃ行きますよ」

 存分にじゃれ合ってから、ベルが改めて右手をかざす。

 しばらくして呪術の火が静かに高まり――そして、柔らかく輝く炎を中空に灯した。

「わぁ……!」

「おお!」

 なるほど。確かに、ベルらしい呪術かもしれない。

 ドラングレイグでもロスリックでも、使い手は少々曰く付きの連中ばかりだったが――おそらく、本来はこう言った代物だったのだろう。

「どうだいクオン君! 見事なものだと思わないかい!?」

「ああ。大したものだ。初めからここまで使えれば上出来だ」

 やはり相性というものはどこにでもあるのか。今は拙い代物だが――この分なら、うかうかしていると追い抜かれかねない。

(たまには真面目に修練するか)

 と、静かに心に決める。

 何しろ数少ない取り柄の一つだ。そして何より、呪術の開祖クラーナの弟子として、そう簡単に後塵を拝す訳にはいかない。

「これで、僕も魔法を使えるようになったんですね。しかも、一気に二つも!」

 それからしばらくして。やはり実戦で使用可能な程に慣らしたところで、ベルが顔を綻ばせた。

「ひとまずは、な。念のため確認しておこう」

「そうだね。それじゃ、ベル君。昨日できなかった【ステイタス】更新もかねて確かめるから、部屋に戻ってパパッと上着を脱いじゃってくれたまえ!」

「はい!」

 と、足取りも軽くベルは隠し部屋に戻っていく。

 そして――

「何だってぇえええええ?!」

 ほどなくしてヘスティアの悲鳴が廃教会に響いた。

「ど、どうかしたんですか神様!?」

「どうしたもこうしたも! これを見るんだ二人とも!」

 ヘスティアはビシッと羊皮紙を突き付けてくる。

 無論、それはベルの【ステイタス】一覧だ。

 二人してざっと流し読みして――

「あれ? 魔法は空欄のまま……?」

 確かに。ベルの言う通り≪魔法≫という項目の下には何も書かれていない。

「もう少し下を見るんだ!」

「え? ええええええっ?!」

 言われた通り、少し下を見る。そこには――

「呪術って魔法と別枠なんですかああああ!? え、でもスキルもいつも通り空欄ですよね?! こんなことってあるんですか神様あああ!?」

 空欄の≪魔法≫と、空欄という事になっている≪スキル≫の間に、≪呪術≫という項目が追加されていた。そこには確かに【ぬくもりの火】と記されている。

「し、知らないよ! さっきも言ったけど、こんなのボクだって初めてなんだ! っていうか、何か色々言ったけど、ぶっちゃけ妖術とかと同じで絶対魔法枠に収まると思ってたのにっ!」

「……という事は、ひょっとして魔術と奇跡も別枠扱いになるのか?」

 あと闇術も。

 いや、あれはあちらこちらに分割されているから話はまた変わってくるのだろうか。

「これスロット的にはどういう扱いになるでしょうか?! 確か魔法って覚えられても三つまでですよね!?」

「それこそ知るもんか! でも、別枠ならそれぞれ最大三つずつって可能性も……!」

「うえええええ?! ほ、ほほほほ本当ですか!?」

「だから知らないってば! ああでもクオン君ってスロットって何って勢いであれもこれも使うし、下手するとこの呪術ってのには三スロットって縛りもないのかも……!?」

「あわわわわわわ?! そ、そんな! そんなことが!?」

 ああ、なるほど。未知の力というのは確かに人を震え上がらせるのだなぁ――などと、大混乱を起こしている主従を心情的に遠くから暖かく見守る。

「ええとだな。期待しているところ悪いが――」

 で、その愉快な主従が何とか落ち着きを取り戻してから。

 ひとまずはこちらの所感を告げる。

「多分、今すぐ複数の呪術を使うのは無理だ」

 というか。使われたら、それこそ立つ瀬がない。

「で、ですよねー」

 落ち着いたのか落ち込んだのか微妙に判断しづらい顔でベルが笑う。

「それよりも、今は≪呪術の火≫を育てる事だ。そうすれば威力も上がる。そのうち使える呪術も増えるかもしれない」

 力の源からして『ソウルの業』と『神の恩恵(ファルナ)』という違いがある以上、俺達と成長が異なる可能性は大いにあり得る。どこまで使える呪術が増えるかは未知数だった。

「そ、そうですね! あれ? でも、呪術も一つしか……」

「さっきも言っただろう? 【発火】はナイフを振り回しているだけだと。ナイフさえ手放さなけば使えて当然だ。ああいや、それはもうお前の身体の一部だから、拳で殴っているようなものと言った方がいいな」

「な、なるほど……」

 ひとまずダンジョン内でまるっきりの丸腰になる危険はこれでなくなった。

 ……まぁ、魔力切れを起こさない限りは、だが。

 

 

 

 南東のメインストリート。

 第三区画から第四区画にかけての広大な範囲には歓楽街が広がる。

 その最奥にそびえる宮殿こそが、この都の主たる彼女が座す神殿そのものだった。

「さて。これは面白い事になってきたな」

 その神殿の最上階。勢の限りを尽くしたその部屋で、煙管から紫煙をくゆらせながら思わず笑みを浮かべていた。

「フレイヤめ。ずいぶんと派手にしくじったようじゃないか」

 怪物祭でモンスターを放ったのは、あの女だという。

 新種が地上に出ている事を察し、緊急処置として――などと言ってはいるが、それはどうだか。

(もし本当にそうだったなら、その足でギルドなり【ガネーシャ・ファミリア】に自分から説明すれば済んだ話だ)

 ギルドからの罰則(ペナルティ)はあったかもしれないが、あのガネーシャなら理解の一つも示しただろうに。

 だが、実際には黙って立ち去ろうとして、あの【正体不明(イレギュラー)】に捕捉され、虎の子のオッタルまで返り討ちにされたという。

 どうせ悪戯気分でモンスターを野に放ったのが、たまたま先触れの代わりになったにすぎないはずだ。

「それにしても、また【正体不明(イレギュラー)】か。懲りない女神(おんな)だ」

 四年前、秘蔵っ子のオッタルをあてがい、それでもモノにできなかった剣闘士に、またしてもしてやられたのだから哀れな話だ。

 どうやら、よほど腹に据えかねたらしく、【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】と【炎金の四戦士(ブリンガル)】を差し向け――そいつらまで半殺しにされたというのだから滑稽だった。

(しかし、好機ではあるな)

 噂ではその一戦でオッタルも深手を負ったと聞く。

 そうでなくとも【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】と【炎金の四戦士(ブリンガル)】が復帰するにはまだ時間が必要だ。特に【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】は両腕を切断されている。

 ついに【正体不明(イレギュラー)】は四年前の決着をつけるつもりだ――などと、気の早い冒険者共は噂し始めていた。

「おい」

 あの王気取りの女神(おんな)を始末する好機が近々訪れるのは間違いない。

 だが、問題はある。

「はっ、何でしょうか?」

 部屋の隅で侍っている副団長を呼ぶ。

「あの男神(おとこ)を急がせろ。とっととあの石を持って来いとな」

 計画の要の一つがまだ手元になかった。

「はっ!」

 気配が遠のいてから、酒瓶に手を伸ばし、グラスに注ぐ。

(もっとも、他の二つもまだ物になったとはいいがたい)

 だが、あのオッタルに深手を負わせた――いや、あの【古王(スルト)】を退けた【正体不明(イレギュラー)】をモノにできれば、事は足りる。

(幸い、奴は男だ)

 ならば、どれほどの力があったとしても私に抗えるはずもない。もちろん、女であろうが関係ないが……興が乗るのはやはり男を相手にした時だ。

 とはいえ、ここで先走ってせっかくの戦火を踏み消してしまっては元も子もない。

 奴らが本気なのかどうか。今しばらくはそれを見極める時間が必要となる。

「噂に聞くだけの力が本当になるのなら……」

 あるいは、あの石の力だけで勝敗を決する事すらも可能となるだろう。

 Lv.0でありながら【猛者(おうじゃ)】に手傷を負わせられるなら、Lv.1でも十分すぎる。

(もっとも、あれが恩恵のない相手にも効果があるかは未知数だがな……)

 それも今のうちに試しておくべきか。

 口の堅い女か、あるいは消えても目立たない誰か。それを幾人か思い浮かべながら、ゆっくりとグラスを傾けた。

 

 …――

 

「さて、仕込みはまずまずと言ったところか」

「御意」

 傍らに影を侍らせ、小さく呟く。

「次は程よいところであのハイエナに石を渡すとしよう」

「よろしいのですか?」

「不安なら、私にたどり着かぬよう何人か仲介させるとするか……」

 もっとも、あのハイエナとその手下どもが身の程も弁えず食いついてくるのなら、そのまま殺すだけだが。あの類の輩を生かしておく利点は何もない。

 第一、灰の方にはすでに挨拶も済ませたのだ。今さら隠し立てする必要はない。

 何人仲介させたところで勘付くに決まっている。

「いえ、それもそうなのですが……」

 影が言い淀んだ。

(まったく、これだから……)

 悟られぬよう小さく笑ってから、告げてやる。

「あの灰ならどうにでもするであろうよ。それに、あの苦界から連れ出す事にもなろう」

「ならば、良いのですが……」

 間者として重宝しているこの影だが、なかなかどうして人が良すぎる。

 標的に対しては怪物らしい冷徹さを見せるが、無関係な相手にはこの様だ。

異端児(ゼノス)か。これだから、この者達は……)

 人間に食い物にされるのだ。何しろ、地上に生きるには純真無垢にすぎる。

 少なくとも、僅か数十年程度でこの狂人を誑し込む程度には。

(まぁ、よい)

 どのみち地上に巣くう亡者共が目障りなのは変わりない。

 それを一掃する事と、この者たちの願いを叶える事がほぼ同義である以上、協力を惜しむ必要などありはしない。

「神が人を食い物にしようとする。今のあれをその気にさせるには、その程度のお膳立てはしておかねばならん」

 知らぬ間に人が神に隷属するこの時代に慣れでもしたのか、すっかり火が消えてしまっている。

 あれではとても【王狩り】たり得ない。あの様ではわざわざ召喚した意味がない。

「このまま予定通りに事を進める。くれぐれも無理をするな」

「御身の薫陶を受けた今、神の血を啜るだけの愚者に遅れはとりませぬ」

「矜持を抱くのは良い。だが、それに足元をすくわぬ様にせよ」

「御意」

 頷く影に頷き返してから、今一度、淫都の主に視線を向けた。

「さて、では我が手の内で踊ってもらうとしようか。もう充分に楽しんだであろう?」

 今度は、貴様が人の糧となる番だ――告げると、影を伴いその場を後にした。

 

 

 

 いつもの日課をこなし、いつも通り噴水前でリリルカと落ち合う。

「うう……。やはり今日も【正体不明(イレギュラー)】様がご一緒なのですね」

 と、先日同様、こちらの顔を見るなりリリルカがぼやいた。

「そう邪見にするなって。その分、実入りもいいだろう?」

 またキラーアントの大群が待っているんですね――と、嘆くリリルカに笑って見せる。

「それはそうですが……」

 少なくとも、平均的なLv.1の冒険者の日給は大きく上回っているはずだ。

 それに、危険が伴うのは確かだが、無謀な真似はさせていない。

 いざという時は二人を庇いながら、敵をまとめて始末できるように気を配っている。

 その辺りを敏感に察しているからこそ、今日もこの少女は律義にここでベルを待っているのだ。

「ですが、あれはもうサポーターの仕事ではありません!」

 もしも割に合わないと判断したなら、すでに何も言わず立ち去っている。

 この少女は、その程度には現実的だ。

「まぁ、今月の目標は脱サポーターだからな」

 なので、リリルカの抗議を適当に聞き流し、実に適当な事を実に適当に言う。

「今月!? ま、まさか昨日までのあれは準備運動的なものだったのですか……?!」

 リリルカは目を大きく見開き、わなわなと慄く。

 いやぁ、可愛いなこの子。

 むくれさせたい。拗ねさせたい。むぎーと言わせたい。何なら涙目にしてみたい。

 ……いかん。俺の人間性もそろそろ限界が近いようだ。

「まぁまぁ、リリもクオンさんもその辺で」

 内心で慄いていると、ベルが苦笑しながら言った。

「クオンさんの冗談はともかく。大丈夫だよ、リリ。リリの事は僕がちゃんと守るから」

 こっちはこっちで今日も朝から天然で絶好調らしい。

 あの爺さんの英才教育(せんのう)の賜物なのか、それとも天賦の才(てんねん)によるものか。いずれにしても相変わらず末恐ろしい奴だった。

 何しろ、言ったが最後、真剣にそれを全うして見せるのだから。

 少なくとも、これで今日のボルト代は安く上がるのが決定したと言えよう。

「ああ、これが飴と鞭というものなのですね……」

 分かっているじゃないか。ならば、遠慮せずずるずると深みに嵌まるがいい。

 リリルカ・アーデ。我々は君を歓迎する。

「じゃあ、行こうか。リリ、クオンさん」

「はい、ベル様」

 ともあれ。今日も今日とていつも調子で、俺達はダンジョンへと潜っていった。

 それからしばらくして。

「リリは……リリはこの場所を教えた事を少し後悔しています」

 リリルカがぐったりとした様子で回復薬をバックパックから取り出す。

 ダンジョン七階層。リリルカお薦めの鉱脈地点に、俺達は今日も陣を敷いていた。

 ここは単純に採掘地点というだけではない。

 通じる通路が少なく、しかもそのどれもが狭いため一挙に雪崩れ込まれる危険が少ない――言うなれば、防衛戦に適した地形となっている。

 だからこそ、リリルカはここを推したのだろう。

 ……まぁ、加えて人目につき辛いというのもあるだろうが。何しろ、ここまでの道のりは多少複雑で、まともな地図か、さもなくば案内人がいないと辿り着きづらい。

 ダンジョン内で迷子という最悪の状況を避けるなら、近づかないのが一番だ。

 正直、リリルカはよくこんな場所を見つけたものである。

「今日は一段と数が多い気がする……」

 リリルカから受け取った回復薬を煽りながらベルがぼやいた。

 しかし、そんなことを言いつつも今のところ前衛(ベル)は突破されていない。

 リリは僕が守るから――と、いう言葉は今のところきっちり守られていた。

「確かに今日は大量だな」

 ちょっとした山になった鉱石を見やって頷く。

 モンスター共が大量に沸くと、迷宮資源も大量に沸いたりするのだろうか。

「どうでしょう。そういう話は聞いた事がありませんが……」

 呟くと、散らばった魔石やらドロップアイテムを拾い集めているリリルカが言った。

「ただ単に長い間掘っていたせいではないでしょうか?」

「それもそうか」

 ベルが突破されない限り、リリルカは自衛に回る必要はない。リリルカが安全な限りは、ベルも充分な援護を受けられる。そうなると、俺の出番はない。

 となると、愛用のつるはし片手に壁を掘るくらいしかやる事はなかった。

 何しろ、ベルが奮闘するあまり餌用の蟻も近づいてこない始末だ。

「むしろ、リリはちょっと余裕がある方が不思議です。元々ベル様が凄いのか、クオン様主導の『地獄の猛特訓(パワーレベリング)』の影響なのか、今も判断しかねています」

 いや、たまに近づいてくるのもいるが、リリルカが有無を言わさず仕留めてしまう。

 それはもう、怨敵でも見つけたかのような勢いで。

「そんな大げさな……」

 と、苦笑するベルの横でポツリとつぶやく。

「ちなみに、昨日ヘスティアはベルの【ステイタス】を見て、『久しぶりに凄く伸びたねー』とか言っていたが」

 とはいえ、今回は合計でもまだ二桁だった。

 伸びたか?――と、一瞬思ってしまう辺り、俺の感覚もだいぶ狂ってきている。

 この分なら、ヘスティアが毒されるのも時間の問題かもしれない。

「でしょうね! ええ、リリもちょっと次の更新が楽しみなくらいですから!」

「よしよし、それならちょっと目標を上方修正して脱Lv.1にしてみるか」

 いや、本当にランクアップしてしまったら今度は足抜けさせるのに苦労しそうだが。

(しかし、今回の稼ぎは一体いくらくらい上納金に回っているんだか……)

 あの情報屋が相場として示した脱退金は結構な額だった。彼女が今までいくらため込んでいるかは定かではないものの、この調子だとまだもうしばらく時間がかかってしまう。

「やめてください死んでしまいます!?」

 脱Lv.1は割と善意からの提案だったのだが、リリルカは全力で断ってくる。

「ほ、本当ですか?!」

 叫ぶリリルカの横で、ベルが目を輝かせていた。

「というか、ランクアップするには最低でもどれか一つはアビリティ評定がDになってないといけないって話を聞いた事がある」

 しかし、実際のところベルはすでにその条件を達成している。その割にヘスティアからランクアップの話が出ないところを見ると、他にも何か条件がありそうだった。

 いや、それともまだもう少しアビリティを伸ばした方がいいのだろうか。

「まぁ、まずは手堅くアビリティ評定Sでも狙ってみるか?」

「『まず』とか『手堅く』とはそういう次元の話ではないですから、それ!」

「え、S!? 行けるんでしょうか?!」

「何でそんなに乗り気なんですかベル様ぁああぁぁぁぁっ!?」

 お前なら少なくとも敏捷はいけるはず――と、俺が応じるより先に、ついにリリルカの絶叫がダンジョンに響き渡るのだった。

 さて。これにて休憩時間は終わりである。

「あああああ……。リリは、リリはまたやってしまいました……。この人でなしの策略に乗せられて、リリはまた……」

 ワラワラと集まってくる蟻の大群を前に、リリルカが項垂れる。

 まぁ、そこは大目に見てほしい。餌がないなら他の方法で呼び寄せるしかないのだ。

「だ、大丈夫! 大丈夫だってリリ!」

 そして、ベルは大慌てで突貫していき――かくして新たな防衛戦が始まるのだった。

「クオン様のところにはいかせません。ええ、リリが何としてでも!」

 ほんの少しでもベルの後方にたどり着きかけた蟻共に無慈悲な矢雨が降り注ぐ。

「いや、餌用の奴をだな……」

「そこです!!」

 少なくとも、リリルカの射撃精度は大きく向上しているようだった。

 一撃で見事に眉間やら何やらといったごく普通の急所を正確に射抜いていく。

 しかし、最大の急所である魔石は一切狙わない辺りにリリルカの意地が垣間見えた。

「そろそろ今日は終わりにしようか?」

 そんな調子で何度目かの防衛戦を終え、大きく息をついたベルが言った。

「ええ、そうですね。バックパックは一杯ですし、時間的にもちょうどいい頃かと」

 慣れた様子で手早く回復薬を差し出しながら、リリルカも頷く。

 あれから結局、リリルカの射撃を掻い潜ってくる蟻は一匹もいなかった。

 その結果、いつもより休息時間が長くなったが……まぁ、リリルカの奮闘の結果なのか、儲けの方はこれまでと大きく変わる事はなさそうだった。

「何だか段々慣れてきてしまっている自分がちょっと怖いです」

 自分も回復薬を飲み干してから、リリはため息をつく。

「うん。リリがうまく援護してくれるおかげで、僕もすごく戦いやすいよ。ありがとう」

 と、『慣れてきた』という意味を誤解したのか、ベルが嬉しそうに微笑んだ。

「いえ、それは、まぁ、サポーターですから……」

 どうやら、不意打ちだったらしい。もごもごとリリルカが口ごもる。

 よしよし。引き抜き工作は思った以上に順調に進んでいるらしい。

 やはり末恐ろしい奴だ――などと、内心で苦笑したその時。

 不意に周囲の空気が変わった。

「ベル、リリルカ、構えろ」

「え?」

「何か来る」

 愛用のクレイモアと盾を構え、ダンジョンの薄闇を見据える。

 その視線の先に現れたのは――

「久方ぶりですわね、我が君。過日はお見事にございました」

 蛇の目をした名も知らぬ魔女だった。

 いや、彼女の名前は――

「クオンさんの知り合いですか?」

「冒険者様、でしょうか?」

 二人の問いかけに応じられないでいるうちに、彼女が言葉を紡ぐ。

「大変に申し訳ないのですが、今日は少々ご無礼を働かせていただきます」

「何……?」

 呻くよりも早く、彼女の左手に燐光が集まり、何かがそこに『取り出される』。

 それと同時、彼女はそれをこちらに投げつけてきた。

「しま―――!」

 反射的にそれを両断して、それと同時に自らの失策を悟った。

 彼女が投げつけてきたのは赤い宝玉。

 名を『ひび割れた赤い瞳のオーブ』と言った。

 その効果は、自らの霊体を闇霊として何処かに送り込む。あるいは――

(闇霊を呼び寄せる――!)

 そのオーブに魅入られた誰かを、何処からか呼び寄せるというものだ。

 両断したはずのその瞳が蠢き、俺の姿を見定める。

 赤黒い輝きが渦巻き、闇霊の姿となって顕在した。

「―――――」

 礼儀を知る闇霊だったのは、せめてもの幸運だった。

 こちらを見据え、一礼してくるその姿を見据えて告げる。

「ベル、リリルカ。ここから逃げろ」

「え? クオンさん?」

 それ以上は答えず、礼儀としてこちらも一礼を返す。

 それが、開戦儀礼ともなった。

「――――――」

 闇霊が動く。

 相手は特大剣に大盾を構え、堅固な大鎧を着こんだ完全な重戦士。

 真っ向からの斬りあいは分が悪い。――と、言うのが通例だが。

(どんな隠し玉を持っているか知れたものではないな)

 この見た目で魔術や呪術に精通している者も別に珍しくはない。

 遠い昔に対峙した聖戦士は、高位の聖職者でありながら、屈強な重戦士でもあった。

「――――ッ!」 

 上段から叩きつけられる一撃を躱し、両手で構えたクレイモアを一閃する。

 しかし、闇霊もまた巧みに大盾をかざし、それをあっさりとはじき返した。

 押し返すこともままならず、舌打ちする。

 その返礼は特大剣の突きだった。掠めただけで身体が持っていかれかねない。

()()()とほぼ互角、か……)

 あるいは幸運だったのかもしれない。

 本来の俺に近ければ近いほど、今の俺に勝ち目がなくなるのだから。

 しかし、それだけだ。油断すればたちまちに殺される。

 ならば。もはや、やるべき事はただ一つ。

「―――――」

 左肩を落とし、右肩に担ぐように大剣を構える。

 それは遠い昔、滅びゆくウーラシールで対峙した神々最大の英雄【深淵歩き】アルトリウスの構えだった。

「―――――」

 それを受けて、闇霊は盾を捨てた。

 つくづく礼儀を知る闇霊だった。

 闇霊にしておくには惜しい――と、思わず口元が歪む。

 今は、ただ全力でこの闇霊を迎え撃つのみ。

 ……そして、互いが地を蹴る音が重なり、剣戟は高らかに鳴り響いた。

 

 …――

 

「べ、ベル様! あれは一体!?」

「わ、分からないよ!」

 リリの悲鳴に、我ながら情けない声を返してしまった。

 僕らの目の前でクオンさんと対峙しているのは、見るからに堅固な鎧と、極めて長大な剣を携えた戦士だった。

 いや、そもそもあれは何なのだろう。その体は赤黒い燐光で出来ている。それはダンジョンの薄闇の中でもなお暗い輝きだった。

(モンスター!?)

 だとしても、『上層』にいていいものではない。

 それは、ミノタウロスよりも遥かにとんでもない怪物だった。

 慄く僕らなど歯牙にもかけず、その攻防は熾烈を極めていく。

 逃げろ――そう言われても、もう体が動かなかった。

 辺りを満たすその殺気は、決して僕らに向けられている訳でない。それでも、動けなかった。まるで蛇に睨まれた蛙だ。

 なけなしの意地を振り絞ってリリを背後に庇っているけど、もしあの戦士がこちらに向かってきたなら、一瞬の足止めにもなれない。

 例えこの体を盾としたところで、庇ったはずのリリと一緒に両断されるのがオチだ。

 自身の身の丈ほどもある長大な剣を軽々と操る重戦士には、それだけの力を感じた。

 一方のクオンさんは、今まで見たことのない動き――どこか狼を思わせる剣技を駆使してそれを迎え撃つ。

 嵐のように刃が踊り、雷鳴じみた剣戟を鳴り響かせる。

(これが、クオンさん)

 そこにいるのは、故郷の村で……そして、このオラリオで一緒に過ごした、どこか暢気で気ままな旅人ではない。

 故郷を救ってくれた『英雄』ですらここまで苛烈ではなかった。

(これが……!)

 オラリオ最強のLv.7【猛者(おうじゃ)】オッタルとも互角に渡り合える【正体不明(イレギュラー)】クオンの姿―――!

 動けないのは、鮮烈な一騎打ちにただ魅入っているからなのかもしれない。

「ベ、ベル様!」

 そこでリリが腕に縋り付いてきた。

 ひゅ――と、喉が鳴った。知らず、呼吸まで止まっていたらしい。

 それに気づくより先に、体が反応していたのは、それこそクオンさんとの訓練のおかげだった。

 近づいてくる気配に向けてナイフを構える。

 視線の先にいたのは、あの戦士を呼び出した――んだと思う――魔導士の女性だった。

 こんな時になんだけど、綺麗な人だった。

 顔立ちは文句なく整っているし、その黒髪は満点の星空を思わせるほど艶やか。緑色の瞳は宝石、肌は白磁を思わせる。女神だと言われても納得しただろう。

 普段だったら、馬鹿みたいに見惚れていたかもしれない。

「怖がらせてしまって、ごめんなさいね」

 その人は、目じりを下げてそう言った。

 敵意はない。と、思う。

「えっと……」

 その様子にすっかり毒気を抜かれていた。

 構えていたナイフが少しだけ下がる。

「あの、あの戦士は一体……」

 他にもっと聞べき事は色々あるとは思ったけど……結局、真っ先に口からこぼれたのはそんな言葉だった。

「あれは闇霊……。そうですね、他者のソウルと人間性を求めて現れる悪霊、とでも言えば分かりやすいでしょうか?」

「悪霊!?」

 それってモンスターじゃなくて幽霊ってこと!?

「も、もしかして先ほどあなたが投げたマジックアイテムは、それを呼び寄せるための物なのでは……?!」

 いろんな意味で絶句する僕の後ろで、リリも悲鳴のような声を上げた。

「そうなります。私も、本来ならあんなものは使いたくなかったのですが……」

 落ち込んだようにその人は肩を落とした。

 この人、クオンさんと話している時は妖艶で謎めいた感じだけど、もしかして実は凄く素直で可愛い人なんじゃ……?

「ええと……」

 そんな疑問はさておいて、今度こそ別の……大切だと思う事を質問した。

「一体、何でそんな事をしたんですか?」

 やっぱりこの人から敵意や悪意は感じられない。なら、一体どうしてそんな危険なものを呼び出したのだろう。

「我が君の周りには近いうちに『嵐』が訪れます」

 表情を改めて、その人は言った。

「あ、嵐ですか?」

 文字通りの意味ではない。それくらいは、僕にも分かった。

「ええ。それにあなた達が巻き込まれるのは、我が君にとっても不本意でしょう。ですから、しばらくは傍から離れるよう、こうしてお願いに上がったのです」

「一体クオンさんに何が起こるっていうんですか?!」

 どうにも不穏な言葉だった。

「そう遠くないうちに分かります。あなただけではなく、オラリオに住む誰もがそれを知るでしょう」

 悲しみ。憂い。嘆き。決意。そのどれにも似て、それとも違う表情を浮かべる。

 それは……そう。厳然とした神託を伝える古代の巫女のようにも思えた。

「因果の入り乱れたこの世界には……そして、今この地に蔓延る滅びに抗うには、あの方の力が必要なのです」

「滅び……?」

「そして、私達にも希望が。だからこそ――」

 その切実な言葉の意味を、僕が理解できないでいるうちに、その人は言った。

「どうやら、終わったようですね。流石です、我が君」

 視線を向けると、そこには剣を振り抜いたままのクオンさんと、その剣に両断され、霧散していく戦士の姿があった。モンスターが灰に還るのとはちょっと違うけど……うん、どうやら本当に人間という訳じゃなかったみたいだ。

「あ、あれ?」

 その光景に気を取られている一瞬の間に、その人は文字通りに消えてしまった。

「魔法?!」

「それとも、また何かのマジックアイテムでしょうか?」

 拙いながらに気配を探ってみるのだが、やっぱり感じられない。

「やれやれ、酷い目にあった」

 リリと二人で困惑していると、黄金に輝く何かを煽りながらクオンさんが戻ってくる。

「彼女は?」

「えっと、何か消えちゃったみたいです」

「そうか。相変わらず神出鬼没だな」

 特に落胆した様子もなく、クオンさんは肩をすくめた。

「何か言っていたか?」

「その、クオンさんの周りに『嵐』が訪れるから、しばらく傍から離れるようにって」

「なるほど、そういうことか……」

 僕には意味が分からなかったその言葉も、クオンさんには心当たりがあったらしい。

 口元に手を当て、しばらく考え込んでから、こう言った。

「せっかくの忠告だ。素直に従っておくとしよう」

「クオンさん?!」

「心当たりでもあるのですか?」

 驚き取り乱す僕をよそに、リリが冷静に問いかける。

「いくらかな。どういうわけだが、しつこく絡んでくる奴らには事欠かないんだ」

「ク、クオンさん。それって……」

 少しだけ、嫌な予感がした。

 どうか村の恩人と憧憬が争うような事だけは――

「いや、今回は【ロキ・ファミリア】絡みじゃないだろう。まぁ、向こうが絡んでこない限りは、だが」

 僕の恐れを見透かしたように、クオンさんは小さく笑う。

「どちらかと言えば、そっちよりも【フレイヤ・ファミリア】の方だろう」

「三日ほど前の『騒ぎ』はやはりクオン様が相手だったのですか?」

「耳が早いな」

 何の話?――と、僕が首を傾げるより早く、クオンさんが苦笑した。

「だがまぁ、オッタルがカチコミして来るくらいなら大した問題じゃないな」

「……そんな事を言えるのは、オラリオでクオン様だけですよ」

 半眼で、呆れたように――いや、きっとそう見せかける事で恐怖を覆い隠して、リリが言った。

 何故そう思うのか。

 ……それは、僕もそうだからだ。

 オラリオ最強を前に、大した問題ではないと気楽に肩をすくめる姿を前にすれば、きっと誰だってそう思うに違いない。

「そんな顔するな。少なくとも今回は奴らも動きはしないだろう」

「……どうしてです?」

「あの『騒ぎ』は裏で糸を引いていた奴がいる。俺達はまんまと踊らされただけだ。それを知ってなお、まだ踊り続けようと思うほど阿呆でもないだろう。連中にも矜持はある」

「そんな事があり得るのですか? 【フレイヤ・ファミリア】の背後にいるのは、あのフレイヤ様ですよ。その眷属を手玉に取るなんて、露見すればただではすみません。そんな度胸と度量があるのはそれこそ【ロキ・ファミリア】くらいなものです」

「まぁ、あの小僧どもならやりかねないのは認めるがな」

 再び息が詰まるような感覚にあえぐ僕をよそに、クオンさんはあっさりと言った。

「だが、少なくともあの小人……奴らの頭目が今回動くとは思えないな」

「何故です?」

「【フレイヤ・ファミリア】が俺に襲撃をかけた理由だ。……ああいや、この場合は()()()()()ではないがな」

「……ああ、なるほど。それなら、確かに……」

「あの、リリ。どういう事なの?」

 リリはクオンさんの言葉の意味が分かったようだけど、僕にはさっぱりだ。

「ええとですね」

 コホンと、小さく咳払いをしてからリリは言った。

「ベル様も今年のフィリア祭の騒ぎはご存知ですよね?」

「それはもちろん知っているよ。モンスターが逃げて、しかも『新種』が三種も暴れたんだよね?」

 というか、その逃げたモンスターに散々追い回されたのは他ならぬ僕らだし。

「ええ。それで、そのモンスターの脱走に関与したのが、フレイヤ様なんです。まぁ、地下水路に新種が侵入していた事に気づいたからこその()()()()だったそうですが」

「緊急処置?」

「はい。騒ぎを起こす事で一足先に避難を開始させるとともに、【ガネーシャ・ファミリア】に迎撃準備を整えさせる一手だったそうですよ。モンスターは『魅了』する事で、観客を襲わないようにしてあったとも聞いています」

「え、そうなの?」

 僕ら散々に追い回されたんだけど。

 まぁ、全部で十匹以上逃げ出したそうだし、一匹くらい『魅了』が充分じゃなかったモンスターがいてもおかしくないのかな。

 多分、そのフレイヤ様だってそんなに余裕があった訳じゃないだろうし。そもそも『神の力(アルカナム)』だって封じているわけだし。

「ええ。どこまで本当かは分かりませんが、少なくともギルドからの公式見解ではそういう事になりそうです」

「……でも、それなら別にクオンさんは関係ないんじゃ?」

「いえ、あります。理由は何であれ、モンスターを街中に放ったのは重大な危険行為です。それに、フィリア祭は大派閥である【ガネーシャ・ファミリア】がギルドからの勅令を受けて開催している大イベントです。理由は何であれ、ああまで騒がせた以上はただでは済みません。【ガネーシャ・ファミリア】にも面子がありますからね」

「ま、まぁ、それはそうなんだろうけど……」

 結果として助かったんだから――と、そう思えるのは僕が部外者だからだろう。

 実際、闘技場の周りは大変な事になっていたし、おそらく【ガネーシャ・ファミリア】は責任を問われる事になる。

「それに、フレイヤ様は自身の関与を隠し通すつもりだったという噂もあります。そして、それを暴き立てたのが――」

「ひょっとしてクオンさん?」

「まぁ、そうなるな」

 どことなく歯切れ悪く、クオンさんは頷いた。

(というか、あの日って確かその『新種』を迎え撃ってたんじゃ……?)

 あの後『豊穣の女主人』で合流した霞さんがそう言っていたはず。

 何でも居合わせたヴァレンシュタインさん達【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者が参戦し、それでもガネーシャ様まで囮にならなきゃいけないくらいの激戦だったらしい。

(そんな戦いの中で、犯人探しまでしてたの?)

 リリ達が恐れ戦く理由がちょっと分かった気がした。

「フレイヤ様の関与が明らかになった結果、【フレイヤ・ファミリア】にはギルドから罰則が与えられる事になりました。まぁ、事情が事情ですので罰金ではなく、義援金という形をとるようですが、総額はかなりのものになるはずです。何しろ、闘技場周辺の被害は甚大ですから」

「ま、まぁ、それも仕方ないと言えば仕方ない事なんじゃ……」

「それはそうなのですが……。ですが、自らギルドに赴いたのではなく、クオン様が暴いたという事実は消えません。隠ぺいするつもりだったのでは?――と、疑う声は当然出ます。それとは別に流言飛語も飛び交っていますし、しばらくの間、派閥の印象が悪くなるのは避けられないでしょう」

「流言?」

「ええ。例えばあの『新種』達を地上に連れ出したのは【フレイヤ・ファミリア】なのではないかと言ったような。まぁ、普通に考えれば事実無根、滑稽夢想な話なのですが、こういう場合、信憑性は二の次になるのが常ですからね」

 それはきっとリリの言う通りなんだろうけど……。

 ひとまず曖昧に頷いておく。

「と、これが今【フレイヤ・ファミリア】が持つ背景です。そんな中で、首脳陣がクオン様を襲撃した。そんな話を聞いて、ベル様ならどう思われます?」

「えっと、それは……。まぁ、仕返しなのかな、とは思うけど」

 でも、裏事情を聞いてしまうと、そう単純な話じゃなさそうだ。

「それが重要なんです。理由は何であれ、フレイヤ様がモンスターを放ったのは事実。【フレイヤ・ファミリア】への罰則(ペナルティ)はギルド公認で、しかも事情を斟酌して公的にはあくまでも復興支援という形をとっています。そんな中でクオン様を襲ったとなると、その『理由』が逆恨みだったと言われても反論はできないでしょう」

 リリの言葉をクオンさんが苦笑と共に補足する。

「今の状況で【フレイヤ・ファミリア】の肩を持って俺を殺したところで、奴が望むほどの名声が得られるかは微妙なところだ。それに、一五年前に瀕死の【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の寝首を掻いた時と違って確かな勝算がある訳でもないだろう。あの野心家が満足するだけの戦果に繋がるとは思えないな」

 もっとも、いきなり仕掛けてきたとしても別に驚きもしないが――と、クオンさんは肩をすくめる。

「ずいぶんとお気楽ですね?」

 その気楽な様子に、いっそ敵意すら宿してリリが言った。

「名誉欲しさに襲ってくる程度の相手なら、採算が合わなくなれば勝手に引っ込む。それよりも、裏で糸を引いている奴の方が怖い」

 それはオラリオを二分する大派閥を手玉にとれる誰かという事だろうか。

(うん、それは怖いな)

 というか。それ以前に途方もなさ過ぎて今一つ実感が沸かない。

「まぁ、何であれ面倒は避けるに限る。しばらくはダンジョンにこもってるさ」

「ええっ?! ダンジョンの中にですか!?」

 それはいくら何でも無謀なんじゃ、と戦く僕にクオンさんは小さく苦笑した。

「何、方法はいくらでもある。一八階層まで辿り着ければ、お前にも意味が分かるさ」

「一八階層ですか?」

 思わず周りを見回してしまう。

 僕が今いる場所は七階層。まだ半分にも満たない。

「ああ、なるほど。そういう事ですか。……ですが、それは逆に危なくありませんか?」

「さて。そいつはどうかな……」

「え? リリはクオンさんが何をしようとしているのか分かるの?」

「はい。もっとも、リリも自分でそこに行った事はありません。話を聞いた事があるだけです」

「話? 何のこと?」

「それはですね――」

 と、そこでリリを制してクオンさんがニヤリと笑った。

「ま、そこから先は楽しみにとっておけ。冒険の醍醐味はそういうものだろう?」

「ああ、それもそうですね。流石に一八階層進出にはまだかかりそうですし」

「リリまで?!」

 そう言われると余計に気になる。

 いっそエイナさんにでも聞いてしまおうか――と、そう思う反面、クオンさんの言葉に納得している自分も確かにいた。

 これはきっと、神様がいうところの『ねたばれ』というやつに違いない。

「ま、今のお前達なら食い扶持を稼げない事はないだろう。ヘスティアには適当に言い訳しておいてくれ」

「あ! ちょっとクオンさん!?」

 そこまで言うと、クオンさんは呼び止める暇もなくダンジョンの奥――おそらく一八階層へと向かって行ってしまった。

 

 

 

 柄にもなく着込んだローブが煩わしい。

 苛立ちを隠しもせず、路地に転がっていた空の酒瓶を蹴飛ばす。

 もちろん、苛立ちの原因はローブなどではない。

(チッ、あの馬鹿、一体何を考えてんだい?)

 クオン。Lv.2どころか『神の恩恵(ファルナ)』すら持たないというのに、神々から【正体不明(イレギュラー)】という二つ名まで与えられたあの男が全ての原因だった。

「いいかい、お前達。【正体不明(イレギュラー)】の動向を探っておいで」

 唐突に、あの女神はそんな事を言い出した。

 いずれ来るだろうとは思っていた。

 そう思う程度には、あの男は派手に暴れすぎている。

 だが、実際に告げられた時に感じた衝撃は予想以上だった。

(よりによって【フレイヤ・ファミリア】に手を出すなんざ……)

 内心で毒づきかけてから、それがあまりに馬鹿げたものだと気づいた。

 むしろあの派閥とクオンは四年前から因縁が続いている。帰還が知れ渡れば、いずれ再燃しただろう。フィリア祭の騒ぎなど、所詮は単なるきっかけでしかない。

 それはいいだろう。だが、四年前とはもはやその名前の重みが違う。

(ああ、そうだ)

 ギルド公認のLv.0とはいえ、それに恐れ戦き、慌てふためいたのは直接あの男と剣を交えた一部の派閥のみ。その中にはあの【ロキ・ファミリア】も含まれていたが、彼らは別段騒ぎ立てはしなかった。

 正体不明の存在だったかもしれないが、それでも所詮は一介の剣闘士。多くの者達にとって、その程度のものだった。

(あの時までは、ね)

 真っ向から【猛者(おうじゃ)】と互角に渡り合い、【古王(スルト)】すらも退ける。あいつの名前がオラリオに響き渡ったのは、闘技場で起こったこの二つの戦いあっての事だ。

 数多の観客の前で立て続けに成し遂げられた大偉業。

 神々は例外的に【正体不明(イレギュラー)】の二つ名を与え、その名前は全ての冒険者にとっての『悪夢』となった。

 それを忘れさせるには、三年という時間はあまりに短すぎる。

 そいつが再び戻ってきたのだ。話題にならないはずがない。

 そして――

(【猛者(おうじゃ)】に対するこの上ない切り札、か)

 唯一あの武人を凌駕する可能性を持つ怪物だ。

 ただそれだけでも、あの女神が食いつかないはずがない。

 とはいえ、フィリア祭の一件だけならここまでの事にはならなかったはずだ。

(なんだってこんな時に……)

 あの女神が食指を動かし始めたのは、三日前の出来事があったからこそだ。

【フレイヤ・ファミリア】の首脳である【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】と【炎金の四戦士(ブリンガル)】を同時に相手取り、その全員を半殺しにする。

 それは、多くの者達にとって四年前の大偉業(大惨事)を思い起こさせると共に、因縁の復活を予見させるには充分過ぎた。

(噂がマジだってのが厄介だね)

 連中が担ぎ込まれたとされる治療院の治療師に少しばかり『サービス』してやったところ、あっさりと診療記録を閲覧する事ができた。

 それによれば、あの馬鹿はまたずいぶんと派手に()()()()()らしい。あれだけやれば、全面抗争に発展しても不思議ではない。

 ただ――

(噂が広がるのが早すぎやしないか?)

 このオラリオほど数多の虚飾と虚栄が飛び交う場所はない。そして、それが濃縮されるのが一時の夢を売る『歓楽街』である。

 客の語る『武勇伝』が虚構か事実かを見極めるのも器量のうちだ。

 そして、私の『器量』を信じるなら、この『噂』はどうにもきな臭い。

 確かに【正体不明(イレギュラー)】も【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】も【炎金の四戦士(ブリンガル)】も高名すぎる。その三者が殺しあったとあれば、その話題が広がらない方がおかしい。

 そう。そこまでは、いいのだ。

 問題はそのあとだった。

 すでに酒場ではクオンと【フレイヤ・ファミリア】の全面抗争の『噂』で持ちきりだ。歓楽街でも他の区画でも。まるで明日にも始まると言わんばかりに。

(いや、おかしいってわけでもないけどね)

 もし【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】が【ロキ・ファミリア】の【凶狼(ヴァナルガンド)】辺りを半殺しにしたせいで――と、いう状況であっても別に同じような噂で持ち切りになるはずだ。

(だが、今回は噂だけが独り歩きしちゃいないかい?)

 独り歩きというよりは先行だろうか。そんな薄気味悪さがある。

「ぎゃああぁああぁああああっ!?」

 突如として響き渡った悲鳴が、思考を中断させた。

 冒険者としての本能が、とっさに五感を研ぎ澄まさせる。

「テメェ、クオ―――!?」

 強引に打ち切られたその罵声に舌打ちする。

 これで無視するわけにはいかなくなったわけだ。

(武器がないってのがね――ッ!)

 護身用に曲剣を下げてはいる。それなりの値打ちものだが、愛用の大朴刀に比べればあまりに貧弱だ。もちろん、素手でも充分に戦えるつもりだが――

「あんたは……!」

 路地に転がる冒険者達の死体。

 あと数日も経たずに新円を描く月に照らされたその惨劇の舞台に立つ、黒衣の男。

 血濡れた大剣を片手にぶら下げ、ずいぶんと立派な竜の紋章が施された盾を持つ、血の匂いのする男。

「クオン……?」

 それを相手にできるかと言われれば、それは流石に否定するしかなかった。

 

 

 

 闇霊との一戦の後。

 ベルとリリルカと別れてから、その足でリヴィラの街へ。すっかり復興した街を歩き、ボールスのところに顔を出してからの事である。

「あれからだぁ? おめぇらが言う赤髪の女らしいのは見かけてねぇし、【ロキ・ファミリア】の連中がどうしたかはも知らねえよ」

 道中で集めた魔石の対価はそんな言葉だった。

「いや待て! マジだ。マジなんだっつーの!」

 無言で布袋を回収しようとすると、ボールスは慌てた様子で飛びついてくる。

「マジで【ロキ・ファミリア】の連中とはあれっきりだ。つっても、どうせくたばる訳もねぇだろうから、『下層』辺りまで潜ってるんじゃねぇか?」

 ボールスの言葉に、厄介事の種はまだ芽吹いてはいなさそうだ、と内心で安堵する。

 まだ首脳陣がダンジョンにいるなら、襲撃を受ける可能性は低い。襲撃を受けたとしても、たった六人だけならどうにでもなる。

 そんなものをあのアン・ディールが『試練』などと言うはずもない。

「赤髪の女は?」

「そっちも見ねぇよ。いくらここがならず者の街だっつっても、ああまで露骨に殺しをやった女をそのまま受け入れやしねぇ。それにLv.4以上の冒険者なんざ居着いた日には俺の立場がねぇだろうが」

 ここで唯一のLv.3だから顔役をやってられんだ――と、ボールス。

 その言葉には、確かに一理ある。

「なら、本当にあれからは音沙汰なしだと?」

「ああ。あれからなんか変わったかつったら、精々が『ヴィリーの宿』から客足が遠のいたくらいだな」

「またあの宿で何かあったのか?」

 だとするなら、流石に些か気の毒だが。

「いんや。ただ単に縁起が悪いってだけだ」

「……ここに来る客って全員が冒険者じゃないのか?」

 しかも、ここまで潜れる連中が今さら人死にに怯えるものなのだろうか。

「そりゃ、冒険者っつーのは全員が生きるか死ぬかのところで踏ん張ってるからな。少しでも不運を呼び込みそうな事は避けるだろうよ」

「そういうものか」

「ああ。ここでも縁起を担ぐ奴は珍しくねぇよ」

 言われてみれば、巡礼地でも縁起を担ぐ同胞は珍しくなかった。

 不思議なもので、騎士や戦士、剣士に傭兵など、元から荒事を生業としている連中程そういう個人的な『お守り』を持っていたような気がする。

 と、まぁ。それはさておくとして――

「そうか。あの宿は安くなってるのか……」

「おう。俺が言うのもなんだが、この街じゃ驚きの良心価格だぜ。それでも客足がさっぱりだがなっ!」

 がっはっはっ――と、他人事のように大笑いするボールス。

 まぁ、ボールスに限らずこの街の住人は自分の家があるのだから、宿に泊まるはずもない。他人事なのも致し方ない事か。

(なら、ありがたく泊まらせてもらおうか)

 この言い分なら、地上の宿と同じ程度の値段で泊まれるのかもしれない。

 扉こそないが、それ以外の内装は何の不満もなかった。

「他に何か面白い話はないか?」

「他にだぁ? これと言ってねぇよ。酔っぱらった馬鹿どもが殴り合うってんなら日常茶飯事だしな」

 それはそうだろう。その程度なら俺も知った事ではない。

 大体、地上でも『冒険者通り』辺りに行けばよく見られる光景だ。

「そうか。じゃあ、邪魔したな。といっても、しばらく滞在する予定だが」

「あぁ? そりゃどういう風の吹きまわしだ?」

「色々あってな」

 いくら何でも今のベルをアン・ディールの『試練』とやらに巻き込むつもりはない。

 リリルカの援護があったとして、それでも二人揃って死にかねない。

「まさか……」

「いや、流石に永住するつもりはないから安心してくれ」

「ならいいんだけどよ」

「ああ。大体、もし永住したところで、俺に顔役が務まる訳ないだろう?」

 いくらならず者の街とは言えど、本当に腕っぷしだけで束ねられる訳もあるまい。

 あちらこちらに手をまわし、気を配る。そんな面倒な役割は頼まれたってご免だった。

 何しろ俺は年季の入った放浪者なのだ。風の向くまま気の向くまま、旅から旅への根無し草の方が性に合っている。

「まぁ、そんな感じだわな」

 いつになくあっさりと同意してくるボールスに笑い返し、あの宿に向かう。

 なるほど、確かに驚くほどの良心価格だった。

 とはいえ――

「さて、と……」

 流石に三日も経てば、手持ちも心許なくなってくる。

 いや、正直に自白しよう。

 ただ単に、日がな一日、宿で独りごろごろするのに飽きてきただけだ。

 まぁ、割と贔屓にしている道具屋のアマゾネス(店主)から『お誘い』があったりもしたがそこはそれ。流石にそこまで手当たり次第に手を出すわけではない。

 ……霞やアイシャ辺りには今さらどの口でと言われるだけだろうが。

 いや、それにそもそも女店主もそこまで本気ではなかっただろう――と、まぁそれはさておき。

「どこに行くかな」

 あまり深く潜ったところでリヴィラでは買い叩かれるだけだ。

 二四階層辺りで回復薬の材料を集めて――とも思うが、これもリヴィラではあまり意味がない。

(そう言えば、謎の歌声がどうとか……)

 ギルドの掲示板にそんな依頼が張り出されていたのを思い出す。

 基本的に受諾できるわけではないので報酬はないが、暇つぶしには申し分ない。

 道中で見つけた赤漿果(ゴードベリー)の果肉を吸いながら、二三階層まで踏破する。

(妙にモンスターが多くないか……?)

 そのまま二四階層も踏破するつもりだったのだが、何故だか妙にモンスターが多い。

 いつもの『怪物の宴(モンスター・パーティ)』とは違い、普遍的に多かった。

 それに加えて、道中で見かけた苦戦している冒険者達に手を貸し、対価としていくらかの魔石やドロップアイテム、迷宮資源、あるいは回復薬を分けてもらって――などとしていたせいで、踏破するまでにずいぶんと時間がかかった。

(ま、暇は潰れたな)

 二五階層の入り口辺りで一息つき、貰った回復薬を煽りながら呟く。

 そこから二七階層まではいつも通りだった。

「歌声は……聞こえないな」

 ハーピィやマーメイドらしき声なら聞こえるが、それらはお世辞にも『美しい歌声』とは言い難い。だが、それでも油断すると『魅了』されるのだから性質が悪いと言えよう。

「――――」

 武器を斧槍に切り替え、道中のモンスターを適当に薙ぎ払っていると、不意に視線を感じた。無論、モンスターの気配は常に感じる。だが、それとはやや異なっているような……。

「――――」

 斧槍をソウルに戻し、盾を構える。

 同時に愛用のクレイモアに手を伸ばして――

「うん?」

 人型をした緑色の何かが遠くで動いた。

 おそらくはモンスターだろうが……。

(あんなモンスター、この階層にいたか?)

 あれが噂の『歌声』の主――とは思えない。

 しかし、気になる。長年の勘が小さく警戒の声を上げていた。

(探してみるか……?)

 再び斧槍を取り出しながら自問する。

 すでにその『人影』は見当たらない。無視をするのは簡単だった。

 いや、そもそも見間違えだった可能性も――

「クオン?」

 不意に呼びかけられ、反射的に武器を構えていた。

「物騒だな」

 馬鹿げた話だ。人語を解するモンスターがむやみに襲ってくるはずがない。

「リヴェリア?」

 途中で止めた斧槍の刃を指先でつまみ、ため息を吐くのはリヴェリアだった。

 ついでに言えば、傍らには妙にぼろぼろの金髪小娘(ベルの想い人)もいる。

「悪いな」

 武器を下げ、小さく謝罪する。

「妙に驚いた様子だが、どうかしたのか?」

「いや、驚いたというか……」

 ばつの悪い気分で呻いてから、素直に問いかけた。

「この階層に歩く人型の苔っていたか?」

「何?」

 リヴェリアの形の良い眉が顰められる。

「いや、そうとしか言い難いモンスターがいたような気がしたんだが……」

「人型で苔のようなモンスター……。モス・ヒュージの事か?」

 いや、名前を言われても困る。ベルと違ってエイナ嬢のスパルタ教育など経験していないのだ。全てのモンスターの名前を知っているなど、口が裂けても言えない。

 こちらの内心を読み取ったらしく、リヴェリアはため息を吐いた。

希少種(レアモンスター)の一種で、苔巨人とも呼ばれる。その外見はお前の言うように、人型をした苔の塊だ」

 そして、彼女もまたスパルタ教育なのだという話を聞いている。

 ……主に、傍らにいる金髪小娘から。

 手短に済む事を祈っている俺を他所に、リヴェリアは淀みなく言葉を続けた。

「攻撃を仕掛けると、魔石を持たない分身を生み出すというのが大きな特徴となる。そちらに気を取られて本体を取り逃がす、というのはよく聞く話だ。実際、咄嗟に見極めるのは熟達した冒険者でも簡単ではない。加えて、擬態や待ち伏せを多用する知性を持ち合わせた厄介なモンスターだ」

 ああ、なるほど――と、リヴェリアの解説に納得した。

 異質に感じた理由はおそらくそれだ。モンスターらしからぬ()()()()()

 あの『視線』にはそれがあった。

(となると、あいつも異端児(ゼノス)か?)

 いや、それも違う――と、誰かがそれを否定した。

 あれは賢しいだけの怪物だ。

「しかし、本当にここで見たのか?」

「さて。何しろ一瞬の事だ。見間違いだったかもな。だが、どうしてだ?」

「モス・ヒュージは『中層』、二四階層に出現するモンスターだ。もちろん、『下層』である二五階層で目撃される事が全くないわけではないが……」

「まぁ、連中だってたまには遠出したくなるんだろう。そうでなくとも、生まれてからずっとこんな穴倉の中に籠りっぱなしなんだしな」

「……地上に出てこられても困るんだがな」

 と、ため息交じりに呻いてから、リヴェリアは続けた。

「先にも言った通り、よく言えば慎重、悪く言えば狡猾、あるいは臆病な性質のモンスターだ。出現階層より上に向かうならまだしも、下に向かってくるとは思えないな」

「さっき二五階層でも見かけると言っただろう?」

 モンスターが階層間を移動するのは、そこまで珍しい話ではないはずだ。

 実際、オラリオに戻ってきてすぐ、五十一階層を目指す途中で、本来なら三七階層辺りに棲んでいるはずのでかい蛇と三〇階層で出くわした。

「それは否定しない。だが、それよりも二三階層で見かける事の方が遥かに多い。基本的に自分より強力なモンスターのいる場所には近づかない性質らしいな」

「そりゃいい。長生きできる性格だな」

 危険には近づかないというのは、どうやらモンスター界隈でも共通認識のようだ。

「ああ。だから、もし本当にこの階層にいるなら異常事態(イレギュラー)と言えるな」

「まぁ、色々と冒険したい年頃だったんだろう」

 それにしては少々剣呑すぎる気配だったが。

(いっそ追いかけてみるか?)

 どのみち暇を持て余しているだけだ。

 この際、追いかけてみるのも悪くはないだろう。

「それはそうと。二人だけなのか?」

 他に褐色小娘が二人と、山吹色の髪のお嬢さん……それと、いつも胡散臭い笑みを浮かべている小人が一人いたはずだが。

「ふむ。あの赤髪の美人はそこまでの手練れだったか?」

 あの四人を仕留めるとは、思った以上に過激な美女だったらしい。

「馬鹿を言うな。先に戻っただけだ」

 視線を険しくして、リヴェリアが言った。

「お前達だけ置いて? 相変わらず薄情な奴だな」

「それも違う。どちらかと言えば、アイズの我儘を受け入れた結果だ」

「……お前、また何かしたのか?」

 リヴェリアの言葉を聞き、半眼で金髪小娘を見やる。

「またって……」

 不満そうにむくれる小娘に露骨に嘆息してやる。

「あの小人どもが俺にちょっかい出してきた原因を忘れたか?」

「……。それは、ごめんなさい」

 いきなり辻斬りを仕掛けてきて、それを返り討ちにしてからは連日連夜ほぼ強引に『訓練』に突き合わされた。まぁ、傍から見ていれば連日斬りあっている(殺し合っている)ようにしか見えなかっただろうが……最大の問題は、それをリヴェリア達に黙っていた事だ。

 そのせいで余計な因縁をつけられ……最終的に、危うく殺し合いになりかけた。

 ……まぁ、もちろん他にも原因はいくらかあるが。

「しかし、あの小人が先に帰ったなると、あの女の手がかりはなしか?」

「ああ。ひとまず三七階層まで進んだが、一切手掛かりなしだ。リヴィラでは何か進展があったのか?」

「いいや。俺はまた別件で来ただけだ。お前達が欲しそうな情報は何もない……ああいや、強いて言えば、あの宿が驚きの良心価格で泊まれるようになってるくらいだな」

 何しろ、地上のごく一般的な宿と同じくらいの値段である。

 地上と同じ値段など、リヴィラではまずありえない。

「……どういう事だ?」

「殺しがあったから縁起が悪いんだとさ」

「ああ、なるほど。それは確かにな」

 どうやら、リヴェリアも納得するらしい。

 ……もしや、気にならないのは単に俺の人間性が擦り切れているからなのだろうか。

「目に見えぬ因果を恐れるのは、別に珍しい事ではあるまい?」

 と、そこで。唐突に聞き覚えのある乾いた声がした。

「何者だ!?」

 身構えるリヴェリア達を制して、一歩前に出る。

 彼女も素質溢れた術者だが……この男を相手にするにはまだ若すぎる。

「先日ぶりだな亡者……いや、灰よ」

 蠢く炎の中から、灰色の男――狂人アン・ディールが姿を現す。

 まぁ、この登場の仕方ではいくら人間の姿をしていても意味などあるまい。

「ああ。また面倒な事をしてくれたな」

「何を言う。気が楽になっただろう? 最大派閥などと謳われようと所詮はあの程度だ」

「生憎と集団戦にはいい思い出がなくてね」

 亡者の大群にズタボロにされた事はもちろん、鼠の大群に齧り殺された事もある。

 一騎打ちなら巨人だろうがドラゴンだろうが神だろうがどうにかできる可能性はあるが、単純な数の暴力に抗うのは容易ではない。

「そのような弱気では困るな。【薪の王】……いや、神々の王すら恐れた本物の【闇の王】よ」

 くつくつとアン・ディールは喉を鳴らした。

「単刀直入に訊くぞ。デーモン共の飼い主はお前か?」

 後ろからの視線も、目の前の狂人の戯言もすべて無視して問いかける。

 もし頷くなら、この瞬間からこの男は敵だ。

「まさか。私とてあのような厄災を飼う気にはならん」

 と、アン・ディールは笑いを納めて呟いた。

「あれを飼っているのが誰か、貴様とて薄々見当がついているのではないか?」

「……。もう一つ。『暗い穴』を知っているか?」

「ほう? そちらも勘付いていたか。結構な事だ」

「まさか――」

「まぁ、落ち着け。私とて狂人と呼ばれた男だが、世に亡者を氾濫させるつもりはない。……そもそもそれに抗おうとしてこうなったのが私なのだがな」

 それは、確かにその通りだった。

 火の因果に挑み、それに敗れては異形となり果てた。それが【原罪の探究者】アン・ディールという男である。

「ロンドールの黒教会と言ったか。連中もまた勢力を拡大している。いずれ貴様を求めて姿を現そう。どうやら、あちらもこの歪な時代には思う事があるらしい」

 うっすらと笑みを浮かべて、アン・ディールは言った。

 その言葉は聞き流せない。今、この男は確かにロンドールの黒教会と言った。

(まさか本当に存在しているのか、オラリオに?)

 俺が何かを言い返すより早く、ソウルから何かを取り出して放って寄こす。

「ひとまず、それを渡しておこう」

「何だ? 魔石とはまた違うようだが……」

「『殺生石』。そう呼ばれている。簡単に言えば、邪法の類よ」

「お前がそう言うとは。よほどの物らしいな」

「この『世界』には獣の力を持つ人間がいるのは知っていよう? その中に、狐人(ルナール)と呼ばれる種族がいるそうだ」

 皮肉を告げるが、まったく気にもせず、アン・ディールは話を続けた。

「ふむ。それで?」

「それの遺骨が、その石の材料の一つよ」

「それはそれは。お前が好きそうな話だな」

「まぁ、最後まで聞け。その石を作るには、二つの石を融合させてやらねばならん。遺骨を用いるのは、『玉藻の石』と呼ばれる石だな。これは別に平凡な代物だ。その狐人(ルナール)どもの魔力を高める。ただそれだけの石にすぎん」

「お前が邪法と言う割には大した事がないな。それとも、その石を使えば俺達の手にも負えなくなるのか?」

「まさか。人間の骨を使っただけではそれほどの力は出せん。その石だけでは流石に邪法などという狂言は口にせんとも」

 背後から嫌悪感が伝わってくる。

 おそらく、通常の感覚で言えば遺体の骨を使う時点で邪法なのだろう。

「もう一つの材料が『鳥羽の石』……この辺りでは『月嘆石(ルナティック・ライト)』と呼ぶ方が通りが良いだろうな」

「いや、さっぱり心当たりがないんだが」

 と、そこで。

「月光を浴びる事で、色を変え、また光を放つ鉱石だ。加えて魔力を帯びる事から、鍛冶師が武器の材料に用いる事もあると聞く」

 背後にいるリヴェリアが静かに告げた。

「武器やアイテムの材料とする場合、月光によって硬度や威力、効果が変化し、満月の夜にこそその真価が発揮される。従って、月の明かりが届かないダンジョンでは縁のない代物だ。だから、オラリオでは出回っていなかったのだが……ある時、一人の吟遊詩人が月に絡め恋を嘆く歌を歌ってな。それがまた大いに流行ったんだ。それで、オラリオでも広く知られるようになった」

「それは、何と言うか邪法とは程遠そうな代物だが……」

 むしろ、ずいぶんと平和な話だった。

「ああ。その『玉藻の石』とやらはともかく、こちらは交易所に足を運べば購入できるはずだ。件の歌が知れ渡ってからは、好事家達がそれを用いた工芸品を求めたからな。私達のホームにも確かあったはずだ。……今は倉庫に眠っているが」

 ロキめ。無駄遣いするなとあれほど……――と、リヴェリアが小さく呟いた。

 確かに月の明かりが必要な代物を倉庫に入れてはまさに意味がないだろうが。

「そのエルフの小娘が言う通りよ。『鳥羽の石』単体であれば、あるいは『玉藻の石』単体であれば、取るに足らん代物だ。が、その二つを足し合わせて作った『殺生石』となると話は別だ」

 この狂人にかかればリヴェリアも小娘扱いらしい。

 金髪小娘はいつになく素直に驚き、リヴェリア自身は何とも言い難い顔をしている。

「具体的には?」

 そちらはさておき、アン・ディールに視線を戻す。

「『殺生石』を完成させるには、もう一つの材料がいる」

 と、彼は講義でもするような平坦な声で言った。

狐人(ルナール)のソウルだ。これを取り込ませる事で、その石は真価を発揮する。その価値は……まぁ、今は置いておこう。貴様が気になるのはそちらではあるまい?」

「ああ。つまり、その石ころを作るには生贄が必要だと?」

「概ねその認識で良い。もっとも殺すと言うよりは、ソウルを移し替えると言った方がより実態に近いのだがな」

「移し替えるとは?」

 リヴェリアが問いかけた。

「その言葉の通りだ。移し替えられたその時点では身体も死なん。また、石から身体にソウルを移せば息を吹き返すらしいな」

 だが、とアン・ディールは続けた。

「石は砕いて使うのが一般的だ。そして、砕かれた石からはソウルを回収しきれん。戻したとして赤子同然。いや、廃人というべきだな」

 この男が何を言わんとしているのか。そして、何をさせようとしているのかは察した。

 それでも、あえて問いかける。

「わざわざそんな講釈を垂れに来たのか?」

「生憎とそこまで暇ではない。それに、もう分かっていよう?」

 つまり、それを作ろうとしている誰か――いや、神がいるという事か。

「解せないな。それを俺に伝えてどうするつもりだ? まさか非道を許せないなどと寝言を言う訳ではないだろう?」

「いかにも。私にとっては取るに足らぬ些事よ。だが、使い道はある」

 と、アン・ディールは平然と言い切った。

 ソウルを奪い、人を廃人に変える。その程度で、この男が邪法などと言う訳がない。

 方法に違いがあったとして、それでもあの時代にはありふれた事だ。

 邪法など、俺を唆すための方便にすぎない。それは分かっていた。

「デーモンどもやその飼い主ども。彼奴を迎え撃とうとするなら、今の貴様はあまりに脆弱すぎる。まさかあの程度の弱兵どもを悉く殺し損ねるとはな」

「お前に嵌められたと分かれば流石に剣だって鈍るさ」

「たわけ。その前に、あの女神とその手下を殺し損ねただろうが」

 フレイヤとオッタルの事か。確かに連中を殺し損ねたのは単純に俺の失態だが。

 さて。この男は一体、どこから見ていたのやら。

「まぁ、良い。あの女神にもまだ使い道はある。が、それとはまた別の話だ」

 フンと、鼻を鳴らしてからアン・ディールは宣言した。

「【薪の王】よ。【闇の王】よ。【絶望を焚べる者】よ。まずはその名にふさわしき力を取り戻してもらおう。かつてドラングレイグでもそうであったようにな」

 有無を言わせぬそれは、まるで王命でも拝しているかのようだった。

 いや……この男はヴァングラット王の兄なのだ。袂を分かったとはいえ、王に連なる存在なのは変わりない。

「それに、貴様は誘導する手間がなくて良い。放っておいても自分から首を突っ込むであろうよ。因果はすでに動き出したからな。加えて、貴様には女難の相がある」

 愉快そうにアン・ディールが嗤う。

「放っておけ。……いや、まさか彼女達も唆したのか?」

 後ろの二人こそが、目下一番手近なところにいる女だ。

「さて……」

 意味深に言葉を濁してから、アン・ディールは続けた。

「今のところその娘どもには別の使い道がある。それこそ放っておいても勝手に飛び込んでいくだろう」

「別の、だと?」

「貴様も知っていよう。赤髪の女だ」

「あなたは、彼女を知っているの?」

 と、そこでアイズがいつになく強い語気で問いかけた。

 それこそ、今にも剣を抜きかねない。

 その時は止めねばならないだろう。この狂人は俺よりも容赦というものを知らない。

「存在程度ならな。ああ、ぜひ欲しい素体ではある。実に興味深い」

 何と言うか……あの女も厄介な相手に目をつけられたものだ。

 思わず彼女の冥福を祈った。……いや、死ぬより悲惨な目にあわされるだろうが。

「だが、あれと遊ぶのは後だ。まずはその火の無い灰を元に戻さねばならん」

 そして、どうやらこれから先は俺にも厄介ごとが続くらしい。

 前途多難はお互い様ということか。

「さて。では、これはまたほんの準備運動だ」

 コン、とアン・ディールが杖で地面を叩く。

 そこには炎が沸き上がって――

「貴様……!」

「見知った顔であろう?」

 姿を現したのは、ドラングレイグで散々やりあった異形――オーガだった。

「ああ。散々丸かじりにされたぞ、クソッたれが!」

「ではな、亡者よ。近いうちにまた会おう」

 心底楽しそうな笑みを浮かべ、アン・ディールは炎の中に消えていく。

『―――――!』

 しかし、今さらそんなものに(かま)けている暇はない。

 目の前には忌々しい人食いカバが一体、雄叫びを上げている。

「クソッ、あの狂人が!」

 効果も分からない『殺生石』よりよほど性質が悪い。

 毒づきながら突っ込んでくるオーガに、クレイモアを叩きつける――が、

(硬い?!)

 確かに未だにソウルは凝ったまま。ドラングレイグ時代の俺自身よりもまだ弱い。

 それは動かしがたい事実だ。

 だが、それを差し引いてもこのオーガの外皮は硬い。

 そして――

「―――ッ!?」

 盾越しに伝わる衝撃に左腕が痺れた。

 厄介なことに腕力の方も随分と高まっている。

 ……いや、全体的に能力が向上しているというべきだ。

(あの野郎、異形を生み出す腕が上がってるのか……?)

 やはり異端児はあの男の『作品』なのではないだろうか。

 ……などと考えている余裕もなさそうだった。

(相変わらず嫌な敵だ……)

 硬く強い。全てを力で粉砕する。これはそう言ったごく単純な強敵だった。

 その単純さを逆手に取れば容易い――が、今の状況ではそうも言っていられない。そのための魔術なりアイテムを仕掛けている暇がなかった。

 間合いを開こうにも、突進と共に繰り出される猛攻はそれを許さない。下手に背後に回り込めば、こちらが痛い目を見るのは経験上よく知っている。

 どのみち、この異形を相手にここまで接近を許した時点で苦戦は免れなかった。

「しま――!?」

 何度かの攻防の後、間合いから逃げきれず、ついに捕まった。

 流石にここで丸かじりされる訳には――

「【エアリエル】!!」

 風を纏った小娘の剣が、オーガの腕を斬り裂く。

「硬い!?」

 いや、本来なら斬り落とすつもりだったのだろうが――少なくとも、拘束が緩まった。

 ひとまず左腕の自由が利く。ならば――

『―――!?』

 オーガの口に火を宿した左腕をねじ込む。

 牙は手甲もろとも腕を食い千切ろうとするが――

(遅い……!)

 分厚い舌を握りしめると同時、左手に宿る火を炎へと昇華させる。

 曰く【発火】。最も初歩となる呪術を解き放ち、強引に口蓋をこじ開ける。

「くたばれ……っ!」

 腕は引き抜かない。むしろより奥にまでねじ込み、炎への憧憬を思い描く。

 曰く【炸裂火球】。

 体内ではじけ飛ぶのは一二の火球。

『―――――!?!?』

 声なき悲鳴が響く中、自由になった右手の武器を切り替える。

 銘を≪野盗の斧≫。いや、元を辿ればおそらく勇猛で鳴らしたフォローザ騎士団の兵装に行きつくはずだが――ともあれ、重厚かつ鋭利な斧をオーガの頭に叩き付けた。

 ずくっ――と、刃を持った鈍器は堅固なオーガの頭蓋にめり込む。

「――――!」

 まだ倒れない。だが、相変わらずの生命力に戦慄する暇もなかった。

 続けて数回叩き付けて――ようやく頭蓋が砕け、脳漿をぶちまけた。

 オーガの巨躯が仰向けに倒れていく。

 しかし、今も体内で燃え上がる火球が断末魔の悲鳴すら許さなかった。

「あっつ……!」

 ソウルを失ったオーガの巨躯が燃え尽きると同時、呻いていた。

 流石に自分の呪術に焼かれた訳ではない。

 最初の一咬みの影響と、何より爆発の勢いで牙に出鱈目に引き裂かれたせいで、腕が焼けるように痛んだだけだ。

 目に見える炎に引きずられて、身体が痛みを熱と錯覚したらしい。

(クソ、やはりソウルの量も増えているか……)

 体内に宿るソウルの量も記憶にあるそれよりも増えている。

(あのデーモン共も実は本当にあいつが再現したんじゃないか?)

 アン・ディールならば、おそらくはそれも可能だろう。

 舌打ちと共に火を右手に宿し、【中回復】の物語を口ずさむ。

 流石はオーガの顎。喰いつかれたのはわずか一瞬。しかも手甲越しだったというのに、左腕は半ば千切れかかっている――が、それでも奇跡が効果を発揮すれば、修復は容易い。

 こういう時は『不死の呪い』もありがたいものだ。

「街中で呼び出さなかっただけ、まだマシか」

 それとも、あの五人がいなければ街中で襲われたのだろうか。……だとすれば、あの連中は人知れず多くの人命を救った事になるが。

(見舞いの花でも手配してやろうか?)

 いや、それは単なる皮肉にしかならない。逆恨みを助長するような行動は慎むべきだ。

 アン・ディールが言う『試練』の片手間に、オッタルの相手までするとなると流石に少々辛い。

 ……まぁ、そんな様だから、アン・ディールがちょっかいを出してくるのだろうが。

「大丈夫か?」

 左腕の感触を確かめていると、リヴェリアが言った。

「ああ。お前の愛娘には礼を言わないとならないな。おかげで腕一本で済んだ」

 下手をすればまた頭から丸かじりにされているところだ。

 いくら篝火を確保してあるとはいえ、その瞬間を見られては色々と面倒な事になる。

「それで、あの男は何者だ?」

 まぁ、訊かれるだろうとは思っていたが。

「アン・ディール。かつて存在した大国ドラングレイグの国王ヴァングラット王の兄だ……が、まぁ、それよりも狂人としての方が名が通っていたのかもな」

「随分と曖昧だな?」

「仕方ないだろう? 俺がそこに行きついた時にはすでに滅んでいたんだ。周辺諸国もろともにな。王城こそ綺麗なまま残っていたが、大体は朽ちかけていて、まともな人間なんてほとんどいやしなかった。いたのは化物ばかりだ」

 厳密に言えば、真っ当な人間など一人もいなかった。

 いや、ウーゴのバンホルトは真っ当な人間だったと言えなくはないが……いや、あの武人は不死人とは別の意味で人間をやめていたとしか思えない。

 サルヴァで別れた後どうなったかは定かではないが、何となく自力で光波くらいは放てるようになっていそうだ。

「なら、なぜあの男は生きている?」

「さぁな。以前やりあった時に殺し損ねたのは事実だが……」

 戦っても殺さなかった相手なら他にも何人かいるが……俺が止めを刺す刺さない以前に、自力で生き延びたのはあの男くらいなものだ。

「何を企んでいる……と、訊くだけ野暮か」

「ああ。どうやら『試練』とやらを押し付けてくるらしいがな。一体何をやらせるつもりなんだか……」

 いや、見当はついている。おそらく、どこぞの【ファミリア】を唆し嗾けてくる気だ。

 あの様子なら彼女達ではなさそうだが……いや、それは今すぐではないというだけか。

「まぁ、そちらも気を付ける事だ。気を付けた程度でどうにかなる相手だとも思えないが……それでも、致命傷になるところを重傷で食い止めるくらいはできるかもしれない」

「何とも物騒な話だ」

 それは否定しないが、何とか自力で切り抜けてもらいたい。

 糸目の小僧と金髪小男があの(こす)い頭を振り絞れば、あの狂人相手にも一矢報いられる可能性くらいはきっとあるはずだ。

「あなたが、本来より弱くなっているというのは本当なの?」

 と、そこで金髪小娘がずいぶんと殺気立った様子で言った。

「さぁな」

 下手に肯定して斬りかかられても面倒だ。

 適当に否定しておいてから、さらに念を入れて言い訳しておく。

「……だがまぁ、さっきの様ならあながち否定もしがたいか」

 いや、あのカバは例え万全の状態でも決して油断ならない強敵だが。

 今回はこの小娘のおかげもあって、手早く仕留められたが、もう一度あの真似をしろと言われても困る。まず確実に腕を食い千切られる。

 それか普通に頭から丸かじりだ。

「弱くなって、それでも【猛者(おうじゃ)】に勝った?」

「あれは勝ったというのか?」

 四年前も先日も、ついに仕留め損ねた。

 生き残った者が勝者だとするなら、まだ決着はついていない。

 もっとも、俺達(不死人)にとって一度や二度の『死』なら別に終わりという訳でもない。

 そういう意味で言えば、オッタルはずいぶんと不利だろうが……まぁ、元より殺し合いというのはそういうものだ。こちらとて、不死でもなければとても踏破できない場所を旅してきたのだから。

 しかし、それはそうとして。

(あいつだけは厄介なんだよな)

 オッタルは今、このオラリオで唯一『神の枷』を外しかねない男だ。

 いや、外す分には問題ない。むしろそれこそがあるべき人の姿だ。

(だが、奴が外すとなると……)

 おそらく、あの男は『器』を持っている。枷さえ外せば、自ずとそれに目覚めるはずだ。

 ならば、あとは玉座を目指すだけである。そして――

(あの男なら、そのうちこの巡礼地(ダンジョン)を踏破する可能性もある)

 あの男が『玉座』に至る。そうなれば、最悪の場合―――

「どうして?」

「うん?」

「どうして、あなたはそんなに強いの?」

 ……束の間、返事に困った。

 そんな事を言われたのは、むしろ初めてだとさえ言える。

「いや、別に特別強いわけでは……」

 困惑したまま呻いた。

「俺なんて平凡なものだぞ。あれこれ継ぎ接ぎしてようやく周りにいた化物共に食い下がっていただけで」

 この二人の身近にいる相手なら、それこそラウルが一番近い。

 剣の腕だけなら。呪術師としてだけなら。俺よりも優れた相手はいくらでもいる。剣士には呪術で、呪術師には剣で挑んだから辛うじて勝ち抜けてきただけだ。

「お前が平凡だと?」

 だというのに、リヴェリアまでが不満そうな声を上げた。

「ああ。俺より腕の立つ奴なんてざらにいたからな」

 誰もが巡礼者と認められた『バーニス騎士団』においてなお最強と謳われた黒鉄のタルカス。

 深淵に挑んだ異端の魔女ビアトリス。

 忌むべき不死人でありながら、白教が二つもの宝具を与えた稀代の聖騎士リロイ。

 未完の火防女との誓いに殉じた呻きの騎士ことカリムのイーゴン。

 聖女と魔女に愛された知られざる英雄、放浪騎士――あるいは忌み探しのアルバ。

 黒教会を設立し、しかし離反して腐り逝く絵画世界に至った黒き炎エルフリーデ。

 彼らと同格の――あるいは、それ以上だったかもしれない力を持ちながら、名を遺さなかった数多の不死人やその名残である白霊や闇霊たち。

 しかし――

「だが、おかしなものでな。そういう連中に限って大体が道半ばで斃れているんだ」

 旅を終える頃。ふと見渡すとほとんどいなくなっている。しかも、そのうちの何人かは俺がこの手で殺している。……まったく解せない話だ。

 類稀な才を持ち、修練を重ね、技を磨き、力を高めてきた彼らに、所詮凡庸な俺如きが及ぶはずがないのだが。

 だが、まぁ――

「ま、強さなんてそんなものなんだろう。お互い殺しを鬻ぐ身だ。強いに越した事はないのは確かだが、思うほど役に立つ訳でもない」

 そんなものだろうとも思う。

 だからこそ、絶大な力を誇った古竜達は神々に。古竜を滅ぼした神々は人間に滅ぼされた。

「大体、それが絶対の基準なら、俺なんてロードランの入り口辺りで終わってるしな」

 不死人だったから良かったものの、そうでなければ祭祀場からいくらも離れないうちにあっさりと殺されて屍を晒していたはずだ。

 いや、実際に城下不死街にすらたどり着けないまま散々死んで師匠に呆れられた訳だが。

(愛用の武器がなかったからだ、と言い訳だけはさせてほしいけどな)

 これでも刀術については誰かから手ほどきを受けていたらしい。

 もはやそれが誰だったかの記憶すらないが……それでも、あの時だってせめて打刀の一振りもあればもう少しマシだった――と、思いたい。

「なら、あなたは何を頼りに先に進んだの?」

「さて。俺にも分からないが……」

 ここまで『生き残れた』のは……まぁ、運が良かっただけだ。

 いや、悪かったのか。

 自分でも忘れるほど殺され続けて――それでも結局はこうして死にきれなかったのだ。

 あるいは――

「誰よりも呪われているから、と言ったところだろう」

 ただ単に、この世の誰よりも不死人に向いていただけか。

 殺されても死にきれず、死しても蠢き、ただソウルを求める。そういう在り方に誰よりも適応した。

 ただそれだけの事かもしれない。

 だからこそ、火は消え、不死の呪いも消え去ったこの世界で、今も火に囚われ、この手で終わらせたはずの『火の時代』の亡霊達に付きまとわれている。

 なるほど、これが因果という奴なのだろう。

「一体何を期待しているのかよく分からないが……」

 何故だか途方に暮れた様子の小娘に嘆息しつつ、己を指して告げた。

「よく見るといい。俺がお前の望むような何かを一つでも持っているように見えるか?」

 そんなもの、あるはずもない。

「賞賛を浴びる事も憧憬を抱かれる事もない。権力や名声とも無縁だ。屍を積み上げ、死を巡らせた先に、何か輝くものがあったとでも思うのか?」

 それでもあると信じ、その輝きに魅入られる者もいるのか。

「あるとしたら、それは己を焼き殺す炎でしかない」

 いや、それに魅入られた者こそが歴代の【薪の王】達であり、俺達不死人だ。

 火継ぎの真実を、あるいはその不備を知ってなお、そこに何か救いがあると信じて終わりのない巡礼を続けてきた。

(ああ、なるほど。まるで火に誘われる蛾のようだ)

 いつか対峙した女神の騎士の嗤い声が聞こえるようだった。

(マズいな……)

 忘れていたはずの――そのつもりだった感情に火が回る。

 ああ、確かに哀れな蛾だろう。もう一度何かを変えられると信じていた俺は。

「それでも、私は……」

 知らず今も薪とされ、自ら命を懸けて火を熾すべく地の底に向かう。

 ……その先に何があるかも知らぬまま。それを知るが故に抗った英雄達を殺してまで。

 遠い昔、ロードランの地を彷徨った――自分の選択がその後どういう影響を齎すかなど考えもしなかったどこかの愚か者と同じだ。

「私は、あなたが羨ましい」

 神の王達を殺し、どこかの愚か者の後に続いてしまった王達を殺し、数多のソウルから生まれた化身を殺し――支払われた数え切れぬ犠牲の全てを裏切って、ようやく『(ひと)の時代』は始まった。火防女の手の中で消えゆく『最初の火』を確かに俺はこの目で見届けた。

 だというのに、人は今も神の奴隷でしかない。

 火を消し、呪いから解放されたと思ったら、今度は自分達の手でそれを蘇らせに行く始末だ。

 己の内にあるはずの『残り火』には誰も気づきもしない。

 所詮、俺達の旅路は奴らを肥やすためのものでしかなかったのか?

 道半ばで斃れた数多の同胞達も。積み重ねられた犠牲も。焚べられた絶望も。結局は何ら意味をなさなかったと?

「―――――」

 忘れていた――そのつもりだった憎悪が息を吹き返す。

 身を焦がすその炎を自制するのは、今だ未熟な呪術師の手には余る。

 御しきれず、火の粉が舞い上がった。

(俺達を羨ましいと言うのか? よりによってお前達が……)

 俺達が支払った全ての犠牲を無意味なものにした神の眷属どもが。

 

 

 




―お知らせ―
 お気に入り登録していただいた方、評価していただいた方、ありがとうございます。また、ご指摘いただいた件につきましては、これから勉強していきますので、少々お待ちください。
 次回更新は18/07/22の0時を予定しています。
 18//07/15:あとがき一部修正
 18/11/20:誤字修正
 19/01/19:誤字修正

―あとがき―

 まずは感謝を。
 お気に入り登録が100件を超え、評価バーにも色が…しかも赤色が付いていて、驚きすぎて椅子から転げ落ちそうになりました。
 皆様、本当にありがとうございます!
 これからも楽しんでいただける作品にしていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

 さて、そんなわけで二章三節の更新です。
 また少し原作から離れた部分が出てきたかと思います。
 そして少しずつ、不死人らしく暴れるための状況が整いつつあります。
 
 異端児関係については、後々作中で触れる事になります。
 今のところ影響は、ダークソウルでお馴染みのアイテムがいくつか手に入るようになったよ――くらいなものですが、さて…。

 呪術を別スロット扱いするかどうかは結構悩んだのですが、魔法に3スロットという制限がある事と、これから先、原作でベルが新しい魔法を覚えないとは限らないこと、そして今作で『火の時代』の失われた技術だという扱いを明確にしたかったので、こういう形をとらせていただきました。それに、設定的に魔法と違って誰でも習得できるものですからね。
 そして、原作では不足気味の回復役を用意しておきたかったので、『ぬくもりの火』を採用です。これで原作よりも無茶ができますね!――もとい、火球とかだとファイアボルトと被りますからね。
 ご都合主義と言われてしまいそうですが、ここは眷属想いなヘスティア様のファインプレイという事で一つ。

 それと『ひび割れた赤い瞳のオーブ』は本来侵入専用のアイテムなのですが、そのままだと作中ではちょっと使いにくいので、闇霊を呼び寄せる効果もある事に設定を変更させていただきました。これで、闇霊を登場させやすくなったかな、と個人的に思っております。闇霊の侵入はダークソウルシリーズの醍醐味の一つですし、これからもちょくちょく侵入してきてもらおうかと思っています。
 ちょっとネタバレですが、赤サインの方も少し設定を変える予定です。

 周囲が殺伐とするなか、リリは唯一の心の癒しですね。
 そんなリリの強かさと健気さをうまく書ければいいのですが…。
 さて。原作2巻の頃よりも和気藹々として、ベルのサポーターが板についているのは、ひとえに強烈な飴と鞭のなせる業です。いえ、他にもちょっとした理由があるのですが、それについては後々。
 そして、例によってリリもちょっとだけ強化が進んでいます。
 …本人は悲鳴を上げていますが。
 それはもう、全力で叫びますとも。
 死んでも死なない不死人が考える安全な育成と、それに無自覚のままついていけるベルに付き合っているのですから。ですが、中衛として戦っている分だけ経験値も多く入っている…はずです。
 
 と、そんなところで今回はここまで!
 次回もよろしくお願いいたします。



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