夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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親世代 【まだ始まってもいない】
1 夢であってほしかった


石でできた乗り場のような段差に波の影響で揺れている数人程度が乗れるような小さな舟がぶつかる音が聞こえてくる。そんなに大きくない音だが、その音が聞こえるたびに私の頭はまるで鈍器で思いっきり殴られたように頭痛がした。頭も確かに痛かったが、今はただ目の前に広がっている光景に、緊張するように心臓が動く鼓動が全身に伝わってきて、どちらかというとそっちの方が辛い。

 

首から生々しいほどの赤黒い血を流し、だんだんと呼吸が浅くなっていく彼が私の目の前に倒れこむようにして壁にもたれかかっていて、私は見ることしかできない。まるで私は観覧をしているかのよう。その場には存在していないかのようだ。

ばちんという何か弾けた音が聞こえたかと思うと、誰かが部屋に駆け込んでくる足音が聞こえ、入ってきた3人の子供達が目に入った。私は知らないはずなのに、何故か名前もこの子達がしてきたことも全て知っていた。

 

ロン・ウィーズリー…ハーマイオニー・グレンジャー………ハリー・ポッター

 

力なく横たわる彼の首を止血するかのようにおさえたハリーに、彼は最後に託すように自分の涙を取るように告げる。

 

ハリーが言われた通り、涙を瓶の中に取ると彼は安心したように、重たい口を開いた。

 

「…僕を…見て…くれ…」

 

私の頰に涙が流れ落ちたのが分かった。

 

「……リリーの目と…同じだ……」

 

彼の首は支えることをやめて、傾くともう一切動かなくなる。

 

 

ハリーやハーマイオニー、ロンを私は知らないはずだが、知っていた。でも彼は違う。私は、知っている。知らないはずがない。

 

彼は、セブルス・スネイプ、スリザリン寮で魔法薬学が得意な生徒。そして、緑の瞳をもったリリー・エバンズを愛している。

 

……私はそんな彼に、恋をしている。

 

 

 

 

「………セブルス……」

 

 

 

 

届くはずもないのに、私の口からは自然とこぼれ落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くから騒がしい声が微かに聞こえてきて、私はゆっくりと瞼を開けた。眩しすぎるほどの光が差し込んできて、目を細めるとぼやけていた景色が段々とはっきりしてくる。どうやら、魔法史の授業が終わったらしく次々とクラスメイトが楽しそうに話しながら立ち上がっている。

スリザリン色の自分のローブに視線を落とし、制服の下が少し汗ばんでいることに気づき、中に空気を送り込むようにシャツを動かした。

ふと周りに視線を移すと、同じ色のローブを身に纏い、少しべっとりとした黒い髪を左右に分けて肩まで下ろしている彼の姿が目に入った。いつ見ても不機嫌そうで今日なんて目の下のクマが酷く、更に不気味な雰囲気を放っていた。肌は白すぎるし見た感じでは痩せていて、私より背の低い彼が両腕で教科書を抱えている姿はどこか可愛らしくてついつい笑みがこぼれ落ちてしまう。

 

「セブ、一緒に行きましょう?」

 

スリザリンで孤立しているセブルスに話しかけるのは、たった1人。グリフィンドール色のローブを身に纏った彼女、彼が愛しく想っている人。

セブルスは近づいてきたエバンズを見た瞬間に分かりやすいほどに頰を赤く染めた。

 

…そんな顔されたら、嫉妬するからやめてほしい。

 

私は、見ないように視線を逸らして一息ついた。授業が終わった教室には、気づけば私一人になっていた。

 

「…何もかもが…遅すぎる…」

 

もう分かっていた。あれは夢ではない。あれは私の前世の記憶で、この世界の未来。

 

『ハリーポッター』と表紙に書かれた分厚い本の感触、大きなスクリーンに映っている見たことのあるような人達が動く姿。

 

…彼が、セブルスが、首から血を流し生き絶える姿。

 

さっき見た記憶の欠片が脳裏をよぎり、背中の筋に嫌な汗がッーと流れた。何かに耐えるように目をつぶり、祈るように両手を握った。

 

………夢であってほしい…

 

私は只々そんな叶わないことを思いながら深いため息をついて、落ち着きを取り戻す。思い出すのなら、初めからして欲しかったし、思い出さないのなら最後まで思い出したくなかった。

 

私は、とりあえず教科書を手にとり、教室から出て、石造りの廊下を歩く。

察しの通り私も、友達と呼べるようなものがいない。どうやら前世の私は明るい方の性格だったらしいが今は違う。どっちかというと暗い性格だし、積極的に話しかけることができない。セブルスが孤立しているのは、純血主義のスリザリンで差別されていることと、上級生よりも闇の魔術が長けているからで私とは訳が違う。

私は、一応純血だし、セブルスのように闇の魔術が得意な訳ではない。私はただ変わり者として浮いているだけだ。

 

廊下でエバンズと話しているセブルスを見て、苦しくなる胸を握りしめる。最初からこの世界の未来を知っていたのなら、私はきっと何もしなかった。だってこのまま放っておけば、エバンズとポッターの間に生まれる子供があの人を殺して、平和な世界が訪れるのだから。でもそれだといけない。それだと、セブルスが死んでしまう。

 

楽しそうに笑うセブルスを見て私は泣きたくなった。太陽のような彼女を愛している彼を愛してしまった私は酷く虚しい。

 

鬱陶しすぎる夏の太陽が嫌いなように私が彼女のことを嫌いになるのは、自然なことだった。

 

 

この時点から、変えればいいっていう問題じゃない。何せ私は、セブルスと話す仲でないし、いわゆる『ハリーポッター』の物語の登場人物達とは関わるはずのない人間だからだ。

それにもし、セブルスと彼女の仲が引き裂かれるあの出来事を防いでしまったら、ハリーが生まれることも、あの人が消滅することもなく、最悪の時代を迎えるかもしれない。

今の私にとっては、ただの空想の物語じゃなくて、生きていかなければならない現実なのだから。

 

まぁ…そんなことは綺麗事に過ぎなくて、ただセブルスと彼女が幸せになる姿を見るのが耐えきれないだけだ。見たくない。

……そんな光景は、絶対に。

 

「本当に…遅すぎる」

 

思い出すのなら、彼に恋をしてしまう前に思い出したかった。

 

このまま過ごせば、セブルスは一生後悔するようなことをして、彼女に償うようにハリーを守り続け、死ぬ時まで彼女のことを想って生き絶える未来は絶対だった。

 

正直言って…どっちでも、地獄だ。セブルスの苦しみ続ける姿など出来れば見たくないが、物語を変えてしまうと確実に彼を救うことができなくなってしまう。

 

 

 

ただ…愛している人には生きてほしいと願うのは私の我儘なのだろうか。

 

 

…物語の結末を変えないといけない。

 

 

笑みを浮かべるセブルスの姿を遠目で見て、この叶わないと分かっている気持ちを抱きながら心の中で誓った。

 


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