夏休みを迎えて、家に帰宅した私はだらだらと時間を過ごしていた。課題を終わらせながら、何故か今回も帰ってきていた兄の相手をし、ダイアゴン横丁に行った時は兄に本やお菓子、服など買ってもらい充実しすぎているほど毎日がそれなりに楽しかった。
何もすることがなくとりあえず本を読んでいたのだが、つまらなくなった私は本を閉じて机の上に置いた。あまりに乱暴に置いたものだから散らばっている机からいくつものコインが転がり、床に散らばった。
「…あーやっちゃった」
そのコインは何故か昨日父からお小遣いといわれて貰ったもので、何も袋にも入れられずに直接渡されたものだった。しまうのが面倒でそのまま出しっぱなしにしていたことをすっかり忘れていた。
私はコインを拾い上げて、机の上に積み重ねて置いていっていると突然ノックもせずに兄が入ってきて、驚いた私の手が積み重なっているコインに当たりまた床に散らばった。
私が何も言わずに入ってきた兄を睨み付けると兄は申し訳なさそうに謝ってくる。
「ごめんごめん」
「ノックもせずに妹の部屋に入ってくるなんてどういう神経をしているの?」
「早くレイラに見てほしくてさ。ほら見てよ、チョコでドラゴンを作ってみたんだ」
瞳をきらきらと輝かせている兄の手には、確かにドラゴンの形をしたチョコがまるで生きているかのように動いていた。
「あまりに暇でさ、蛙チョコを食べてたんだけど、そんな時に蛙の形があるんだったらドラゴンもできるんじゃないのかなーと思ってさ、試行錯誤してさっきできたんだ」
暇だからといって普通そんなことをするだろうか…
私に褒めてほしいのか期待しているような瞳で見つめてくる兄を横目にコインを拾い上げながら適当に言った。
「あーすごいね、天才なんじゃないのー」
誰が聞いても棒読みだと分かるのに、兄は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
………馬鹿なのかな…
口に出さなかっただけでも褒めてほしい。
「ほら、食べて感想聞かせてよ」
そう言いながら押しつけてくる兄からチョコを受け取って、口に運んだ。
感想って………チョコはチョコに決まってる
「どう?」
「………………美味しいよ…」
私の言葉を聞くと嬉しそうに笑って、コインを拾うのを手伝いだした。
「コインといえば…よく魔法かけて遊んだな〜」
何か思い出したように呟く兄の言葉を聞いて私は聞き返していた。
「何してたの?」
「変幻自在術だよ。手紙を送るのが面倒な時に便利なんだ。」
そう言いながら、机の上にコインを積み重ねてる兄は懐かしそうに何かを思い出している様子だった。
「やってみせてよ、それ」
「勿論、いいよ」
コインを2枚ほど手に取り、杖を取り出すと慣れた様子で軽く振る。1枚を私に渡してくると、兄はコインを握りしめるだけで何も話そうとしない。何をしているのと聞こうとすると、手の中にあるコインが熱くなり、手紙を読んでいるかのように頭の中に文章が浮かんできた。
〈レイラ、また2人で買い物に出掛けようね〉
……あぁ…これ、ハーマイオニー達が後半で使ってたやつか…
私はコインを見つめながら、兄に話しかける。
「確かに…便利だね……これ」
「だろ?よく学生の時に使ってたよ」
笑いながら私に自分で持っていたコインを渡してくる兄を見て、目の前にいる兄が首席だったことを思い出した。
………こんな人が首席なんてね…人は外見じゃないな…
「これ、貰ってもいいかな?」
私は、自分の手の中にある2枚のコインに視線を下ろしながら聞くと何も気にしてない様子の兄の声が返ってくる。
「勿論。2枚どころじゃなくてあと10枚ぐらいいる?」
面白そうに聞いてくる兄に断りを入れて、何も変わりのないコインを見つめた。
……何かに使える日が来るかもしれない…
いつも通り家族揃っての夕食を食べている時に、母が私にごく普通に問いかけてきた。
「レイラ、明後日の用意はできた?」
明後日?………なんのこと?
私が何も答えずに、頭を傾げたのを見て父が思い出したように口を開く。
「っあ!…そうだ。忘れていたよ」
父の言葉に、母はもう殺すのではないかと思うほどの勢いで父の方を振り返り睨みつける。
「あなた?…まさか、レイラに教えていないわけではありませんよね?」
「あはははは、それが……すっかり「あなたがレイラに直接話すと言ったから私もノアも話さなかったのですよ?」
父は、乾いた笑い声を上げながら頭をかきだした。
「あなたはいつもそう!自分から言いだしたことをすぐに忘れて、大人として恥ずかしくないのですか⁈」
母に怒られだす父の姿を見て、兄は私に話しかけてきた。
「ブラック家のパーティーに呼ばれたんだよ」
「ブラックってあの?」
「そうだよ。それもあって僕も帰ってきたんだけど、まさかレイラが知らないとは思わなかったよ」
苦笑いを浮かべる兄が言ったブラックという言葉を聞いた瞬間、自然とシリウス・ブラックが浮かんで私は表情を歪ませた。
「それって絶対に参加しないといけないの?」
私の言葉に、母も兄もそして父も私の方を見てくる。
「……レイラ…、行きたくないのかい?」
「…できれば行きたくない……」
父の問いかけに、答えた私の言葉を聞いて兄は何やら必死に言ってくる。
「レイラ、パーティーだよ?美味しい料理も、レイラの好きなお菓子だって沢山あるんだよ?」
「…お菓子にはちょっとひかれるけど……あまり乗り気はしないの…」
こんな休みの日まで、何故ブラックの顔を見ないといけないの?
どうして純血主義の家系のパーティーにわざわざ参加しようとしているのかが分からない。参加して何かいいことがあるなんて思えない。
「………お腹いっぱい、ご馳走さま」
もう食欲が失せて、まだ白いお皿にのっているステーキに手もつけずに椅子から立ち上がった。
………こんな休暇の日ぐらい、記憶のことは忘れていたい。
……この世界の先のことも何も考えずにごく普通に過ごしたいのに…
ブラックの顔が浮かぶと、嫌でもポッターやルーピン、ペティグリューが次々に浮かびエバンズの顔が浮かんでくる。彼女が浮かんでしまえば、セブルスの顔も当たり前のように浮かんできて、次に頭によぎったのは彼が首から血を流して事切れる光景だった。
一気に気分が悪くなり、私はベッドに潜り込んでこの吐きそうなほど気持ちが悪いものに耐えるかのようにシーツを握りしめる。
………嫌だ、嫌だ、嫌、思い出したくない
セブルスが死ぬところなんてもう見たくない
瞼をぎゅっと瞑ると涙が滲んできて、咄嗟に口を抑えると部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。返事をできるほどの余裕がない私は、何も答えずに毛布に包まったままにいると扉の外から母の声が聞こえてくる。
「……レイラ?…入るわよ?…」
扉が開いた音が聞こえたと思えば、母の足音がだんだんと近づいてきて、優しい手の感触を感じた。
「どうしたの?……気分が悪い?」
私が何も答えずにいると、母は優しい布団の上から撫でてくる。
母の手の温もりを感じた瞬間何故か、ものすごく暖かくなって涙が溢れてきた。
「………学校で何か嫌なことがあった?」
優しい声で聞いてくる母に縋り付くように私は口を開く。
「……ゆめ……最近夢を見るの…」
もう吐きそうなほどの気持ちの悪い感触はなかったが、その代わりに胸がぎゅっと苦しくなった。
「…大切な人が、目の前で死ぬの。……首から血を流して、何も抵抗もせず、冷たくなる。私が目の前にいるのに、助けて言ってくれない。………助けてあげられない。」
自分で口にすると思い知らされて、また涙が溢れ出てくるともう止めることなんてできなくて私は手で目を押さえながら泣き続けた。
ふわりと頭の上に母の手の感触を感じたと思うと優しく撫でだして、温かい声で話しかけてくる。
「辛かったわね……でも、もう大丈夫よ」
ただ母にもう大丈夫だと言われただけだというのに、私の中の何かは溶けると温かく感じた。
………あぁ……私は怖かったんだ…
少しでも誰かに、大丈夫だと勇気づけて欲しかったんだ…
「大丈夫、それは夢で今現実ではおきていないのだから。だから大丈夫よ」
「…でも……本当におきたら…?」
「そんな時は、私がすぐに駆けつけてレイラの大切な人も、レイラも必ず助けだすわ。もちろん、お父さんだってノアだって、貴女が辛い思いをしていたら直ぐに駆けつけるに決まってる。」
あまりに温かい言葉に私の涙は更に歯止めを失ったように溢れ続けた。
「…だから、そんなに抱え込むのはやめなさい」
母親というのは、本当に不思議な存在だ。まるで私が記憶を思い出して苦しんでいるのを知っているかのように、温かく、包み込んでくる。
少し経って、涙も止まり私が布団から顔を出すと私の濡れている頰を拭いながら微笑んでくる母に質問をした。
「……どうしてわざわざ、パーティーなんかに出席するの? そんなパーティーに行ったところで何もないじゃない。なんだったら、浮いて変わり者扱いされて笑い者にされるだけよ」
「………私も、最初聞いた時はそう思ったわよ。……でもね、お父さんが私に言ってきたの」
「……なんて…?」
「………『少し考え方が違うだけで、最初から相手を拒絶してしまうのは良くない。…自分から行動して相手を知ることで、初めて言い争うことができる。……もしかすると、少しすれ違っているだけで、いい関係になれるかもしれないじゃないか』……ってね。」
可笑しそうに笑う母を見て、私も笑みがこぼれた。
「お父さんらしいね」
「本当に、あの人らしい言葉だったわね……私も最初はあまり乗り気じゃなかったけど、そんなことを聞くと、何か変わるんじゃないかって思ったのよ。」
「……何か、変わる…」
「レイラが行きたくないのなら、無理してまで行かなくてもいいのよ?その時は、私と2人でお茶でもしましょ?」
立ち上がり笑いかけてくる母を見て、頭に何故かレギュラス・ブラックのことが浮かび上がってきた。
彼は……あまりに早く死んでしまう……
ひとりで寂しく、冷たい水の中で息絶える
彼の命を助けた方が今後やり易いなのだろうか。
彼を助けたら、少しでもセブルスを死から遠ざけることはできるのかな…
「………レイラ?…大丈夫?」
私の名前を呼ぶ母の顔を見て我に帰った。
………パーティーに行ってみようかな…
…ブラック家ということは、クリーチャーもいるということだ。
……そうだ、コイン。兄からもらったコインを渡しておこう。今後何か重要になるかもしれないし、…受け取ってくれなかったら受け取ってくれなかったでそれでいい。
「……お母さん……アウラも一緒に連れてってくれる?」
「勿論そのつもりよ」
「……じゃあ、行くよ。……パーティー」
私の言葉を聞いた母はどこか安心したように笑いかけてくると立ち上がる。
「じゃあ、おめかししないとね。
………お腹が空いたら来なさい。まだ下げてないからね」
部屋から出て行く母の姿を見送ると、あんなに食欲なんてなかったはずなのに、急にお腹が減り始めてお腹の音が鳴った。
どうやら、こんな時まで体というのは正直らしい。
風通りが良すぎて落ち着かずに私は少しもぞもぞしながらスカート裾を伸ばすように下に引っ張った。
「レイラ、裾が伸びちゃうでしょ」
母はそう言いながら、崩れた私の服装を直してくる。
「可愛いよ、レイラ」
普段と違って髪型を軽くセットしている兄は満面の笑みを向けてきた。
いやいや、きつい……こんな丈の短いスカートに生足……
私は普段の格好もあまり露出はしていないものだし、スカートもあまり着ないようにしている。風通しが良すぎるのが嫌いなのだ。
「さぁ、行こうか。」
父は、兄の手を握りバチンという音がしたと思うと次に目を開けた時にはもう2人の姿はなかった。
「レイラ、捕まりなさい」
私は、渋々母の手とアウラの手を握り瞼を下ろして気持ちの悪い感覚に必死に耐えた。グルンと景色が歪んだと思えば、体の中がかき混ぜられているように内臓という内蔵がぐちゃぐちゃになる感覚が襲いかかってきて、頭が締め付けられると宙に浮いていた足が地面を捉えた。
恐る恐る目を開けると、目の前には心配そうにこっちを見てくる兄の姿が目に入ってくる。
「大丈夫か?……すごい真っ青だ」
「………話しかけないで…」
私が口元を押さえてしゃがみこみ俯くと、兄は背中をさすってきた。
…姿くらましなんて何回やっても慣れるわけがない。
こんな気持ちの悪い感触もう味わいたくないとやる度に思うのだが、これが移動手段なのだからしょうがない。
気分も大分回復して、目の前に建っている家とは呼べないほどの大きな建物に近づく父の後ろをついていく。大きな扉の前には屋敷妖精が私達を待っていたかのように立っていた。大きな扉はゆっくりと音を立てて開き、別の屋敷妖精が迎え入れてくれると案内をしてくれるらしく、ゆっくりと歩き出した。
あまりに豪邸すぎて、装飾品を眺めながら歩いていると、前を歩いていた兄が急に止まったことにも気付かずにそのままぶつかって兄は驚いたようによろける。
「あ…ごめん、ノア。大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
笑いながら言う兄から視線を上げると、家の中だというのに、立派すぎるほどの扉が目の前にあった。屋敷妖精がゆっくりとその扉を押すと、何人もの話し声がだんだんと聞こえてきて、私の心臓の鼓動もだんだんと早くなっていくのが分かった。…どうやら緊張しているらしい。それもそうだろう。私達のことをよく思っていない集団の中に飛び込むのだから、何も感じないわけがない。
あんなに騒がしかった声は、私達が入ってきたのを見た瞬間にまるで何かいけないものを見てしまったかのようにその場は静まり返った。
何人もの大人達が私達を睨むように見ると、隣の人と声を押し殺してひそひそと話しだす。
あまりに不安になって私は少し前にいた兄の服の裾を握ると、気づいた兄が優しく手を握ってくれた。
「やぁ、久しぶりだね。オリオン」
父はまるで親しそうに黒髪の男の人に近づいていき話しかけた。
「本当に久しぶりだ。…まさか本当に来るとは思わなかったよ」
繕った笑みを浮かべる男の人は、整った顔立ちをしていて、一目でこの人がブラックの父親だと分かった。会話を続ける父の姿を見て、私は後ろにいるアウラに視線を移して、ポケットに入っているはずのコインを確かめる。まさか、あの時に兄から貰ったコインがこんなにも早く役に立ちそうになるとは思わなかった。
大勢いる人に溶けていく父や母を見て、私は兄に声を掛けた。
「…私ちょっと、トイレに行ってくるね」
「場所、聞いてあげようか?」
「大丈夫、心配しないで。それぐらい聞けるし、アウラにも途中までついてきてもらうつもりだから」
そう言ってもまだ不安そうな兄が後をついて来ようとするから、私は大丈夫だとなんとか説得してパーティーが開かれている部屋を出た。
「お嬢様、お手洗いはいいのですか?」
少し一息つく私を見て、アウラが声を掛けてくる。
「お手洗いは行かないよ………ある屋敷妖精を探すの」
「…名は?」
「…確か…クリーチャー」
私は、屋敷妖精がいないかを探しながらキョロキョロと探しながら廊下を歩き進めるとやっとのことで、それらしき後ろ姿を見つけた。
「ちょっと、お願いがあるんだけど…」
そう声を掛けると、恐縮したように体を縮こませながら私の目を見つめてきた。
「なっ何なりと…」
「クリーチャーていう屋敷妖精をここに呼んで来てくれないかしら?」
「……かしこまりました」
あまり納得してない様子の屋敷妖精は、すぐに走り去って行き呼びに行ってくれた。
「お嬢様…1つ聞いてもよろしいでしょうか?」
突然アウラが、話しかけてきたものだから少し驚いたが私は振り返りながら耳を傾けた。
「…その屋敷妖精を呼んで、何をなさるおつもりですか?」
「………少し仲良くなっとこうかなと思って」
冗談混じりで言ったつもりだったのだが、アウラは酷く驚いたように声を出した。
「仲良く⁈何を考えておられるのですか⁈」
「冗談よ冗談。……ちょっとやっておいた方がいいことなのよ……あっこれはみんなには内緒ね?」
私の言葉に頷いたアウラを見て、視線を戻した時にはもう2つの影がだんだんと近づいてきていた。
「…お待たせしました…」
そう言った屋敷妖精の後ろから私の方を見つめてくるクリーチャーは確かに記憶の中で見たそのものだった。
「貴方はもう大丈夫よ。ありがとう」
呼んできてくれた屋敷妖精の後ろ姿が小さくなったのを確認して私はクリーチャーに視線を合わせて話しかける。
「初めまして…クリーチャー。私はレイラ・ヘルキャットというの」
「貴女のことはよく坊ちゃんからお話を聞いております。」
……レギュラスが私のことを?
そんなに親しい関係じゃない。なんだったら話したこともない。私が一方的に知っているだけだと思っていたが、どうやら彼も私の存在ぐらいは認識してくれていたらしい。
「…それで、クリーチャーに何かご用事でしょうか?」
「…用事というか…ちょっと話したかったの」
私はポケットからコインを取り出して、ゆっくりと言葉を繋いでいく。
「…貴方……大切な人はいるでしょ?」
私の言葉に何も反応しないクリーチャーを見て話を続けた。
「貴方のことを大切に思ってくれている人とか、尊敬しているご主人様とか」
少しピクリと反応したクリーチャーは確実に、レギュラスのことを頭に浮かべているのが大体予想がついた。
「……そんな人が、この世から居なくなるなんて、貴方は耐えきれる?」
「……何故そのようなことをお聞きになるのですか?」
クリーチャーからの問いかけは聞かなかったことにして、私は話しかけた。
「…もし、それが助けられる命だったとしたら貴方はどうする?」
「…それがご主人様の望んでいることであれば、クリーチャーは喜んでそれを受け入れます」
「……そうね貴方達、屋敷妖精は、良くも悪くも主人に忠実だからね。……でも貴方が助けられなくとも私だったら助けられる」
私はクリーチャーの小さな手のひらにコインを1枚握らせて記憶に残るようにゆっくりはっきり話を続けた。
「……貴方にとって大切な主人が命の危機に晒されても、貴方は主人に助けるなと言われればそれもできない。……だったら、私に助けを求めてほしいの。」
「しかし…それはご主人様のご命令を裏切ることになります。」
「主人の為ではなく、貴方自身の為に私に助けを求めればいいことじゃない?」
私はクリーチャーの手から手を離してゆっくり彼の目を見つめた。
「私のことを信じてとは言わない。信じることが出来なかったらこのコインも捨ててしまって構わない。……でももし持っていてくれるのなら、その時がきたらコインを握って心の中で何かしら呟けばいい。……呟く余裕がないのなら、コインを握りしめるだけでいい」
「………まるで貴方は…この先のことが分かっているような物の言い方ですね…」
「馬鹿を言わないで、未来を知っているなんてありえないでしょ?」
私が少し笑いながら言うと、クリーチャーはまるで何か悟ったかのようにぎゅうと口を閉じた。
「……クリーチャー…私は信じてるわよ」
「…おい、何をしているんだ」
突然聞こえた低い声にゆっくりと振り向くと、もう見飽きた人物の顔が目に入った。
「あまりに広いから…迷ってしまったの。だから屋敷妖精に尋ねていたんだけどダメだった?」
私を睨みつけてくるブラックは、私の言ったことなんて信じていない様子だった。
ちらりとクリーチャーを見ると、彼がコインをぎゅっと握りしめている姿が目に入り安心しながら、ブラックに近づく。
「こんな広い家に住んでるなんて羨ましいわ」
彼の横を通り過ぎる瞬間、ブラックのか細い声が耳に入ってきた。
「こんなところ……狭くて…息がしにくいに決まってるだろ…」
あまりに弱々しい声で、いつものブラックの姿からは想像もできないものだった。振り向くと彼は、少し俯きながら歩いていた。
あぁ…彼を傷つけた……
そう思っても、臆病な私は何も声を掛けることもできずにきた道を歩み進めた。
立派すぎる扉の前に立ち、中に入ろうとしない私を見てか、心配そうなアウラの声が聞こえてくる。
「お嬢様………大丈夫ですか?…」
「……………大丈夫よ……」
私は少し震えている手を見つめながら口を開いた。
「…………ただ……少し怖いだけだから」
何か言おうとしたアウラの声は突然開いた扉の音で消え去り、中から出てくる人影に驚きながら後ずさりをすると腕を掴まれた。
「レイラ、良かった。……もう帰ろう」
よく見れば、私の腕を掴んでいるのは兄で、勢いよく部屋から出てきたのは私の家族だった。無理やり引っ張れながら先を歩く両親の後を追う兄の手の力は強くて腕が痛みだす。
「痛い、痛いよ。ノア」
そう言っても、何も言わずに真っ直ぐ前だけを見ながら歩く兄の頰がぱっくりと切れて血が流れていることに気がついた。
「ノア…怪我してる…血が出てるじゃない。」
何も答えない兄を見て、私は前を歩く父の手元に視線を下ろすと杖を握っていた。
「どうしたの?何があったの?ねぇ、」
咄嗟に後ろを振り向くと、勢いよく開けたから扉は開けっぱなしになっていて、部屋の中の様子が遠くからでもはっきり見えた。
「………レギュラス…」
ブラックの父親らしき男の人と、その隣に立っている青年は確かにレギュラスだ。2人の手には杖のようなものを握っているように見えて、何があったか大体想像がついてしまう。
兄が力強く握ってくる腕の痛みなんかどうでもよくなり、私はちゃんとアウラがついてきているかを確認しながら、結局私には何も話してくれないまま姿くらましをして家に戻った。
家に戻っても、重たい空気が流れるだけで3人は決して話そうとはしない。
どうせ聞いても、はぐらかせる。そう分かっていても今の私は聞かないと気が済まない。
「ねぇ、何があったかぐらい話してくれてもいいんじゃない?」
兄の頰の怪我をアウラが治療している空間に私の声が響き渡ると、まるで堪忍したように父がぽつりと話しだした。
「…………話していたんだが、それもだんだんとヒートアップしていってね…気がついたらノアが怪我をしていた」
「怪我?…あの子はノアを殺そうとしていましたよ?ノアは、自分の意見を述べただけなのに杖を向けるなん「母さん!!!」
怒りだす母の話を遮って、落ち着いた様子で声を掛けた。
「落ち着いて、怪我もそう大した傷じゃないから。……僕の言い方が悪かったんだ。あの子の意見を否定するような言い方をしてしまった。」
母は少し溜息をついて、兄は痛々しく笑みを浮かべた。
「…………でも、お父さんはなんで杖なんて取り出したの?…」
「いや、父さん。大丈夫、自分で言うよ…」
私が疑問に思ったことを聞くと父はちらっと兄を見て何か言おうとしたが、兄はそれを止めると静かに話しだした。
「……ヴォルデモートの思想に大いに賛同しているあの子の意見を聞いていると、ついつい反論をしてしまったんだ。それもすごいきつい言い方をしてしまってね。頭に血が上った彼は、すぐに僕に杖を向けてきたよ。頰をかすめただけだったし、別に杖を取り出そうとも思わなかったけど、………あの子が…レイラのことを侮辱するようなことを言い出して…それで気づけば杖に手をかけていたんだけど…それに気づいたあの子の父親が割って入ってきて、その後すぐに父さんが僕の代わりに杖を取り出してくれたんだ。」
「………あの子って…レギュラス・ブラックのことよね?…ブラック家の次男の」
「あぁ…そうだよ」
父の言葉を聞いて、私は正直信じられなかった。
彼がそんな簡単に人に杖を向けて攻撃するなんて思わなかった。まぁ、私のことを悪くいうのは当然だというか、寮での私の立場を見ればそうなるのは仕方がないだろう。
「………そう…じゃあ、結局何も変わらなかったってことね…」
正直、心のどこかでは期待をしていた。このパーティーに参加をすれば、何かが変わるかもしれない。自然といい方向に向くかもしれないと思っていた。
こんなことが簡単に変わらないのなら、物語が私1人の力で変わらない。変わるはずがない。
あの本が言っている意味が分かったような気がして、私は天井を見上げながら瞼を下ろした。