夏休みもあっという間に過ぎて、私はホグワーツに着くなり溜息が溢れた。叔父と叔母に久しぶりに会ったことも、母と2人でゆっくりとお茶をしたのも、一度だって父に勝てなかった魔法のチェスを過ごした時間も遠い昔のように感じた。……つい最近、記憶を思い出したような気がしたのに、思い出して今年で3年目だ。
遂にこの年を迎えてしまった。
……全てが狂い始め、すれ違いが始まってしまう年。
出来れば……帰りたい…
私は、何も考えず平和に過ごしていた夏休みの時間を思い出して心から思った。
組分けも終わり、食事を楽しむ生徒達に紛れながら私は食べる気も失せて頬杖をつきながら溜息ばかりをこぼしていた。溜息しか出てこなかった。私がいくら悩んでも行動に移さなければ、変わることもない。頭でわかっていても行動に移すなんて私には出来るわけない。
セブルスとエバンズが無事幸せになったら私はどうしたらいいの?
…それだけは、無理だ。セブルスにとってそれが一番の幸せだってことぐらい十分に分かってる。
…だけどね
………彼女に取られたくない
これが私の本当の気持ち。ドロドロとした汚くて醜いもの。こんなもの捨てられるのならもうとっくに捨てている。
私は、その日から助けを求めるように本やペンダントを開いて時間を過ごすことが多くなってきていた。本に話しかけても何も返ってこないし、ペンダントの使い方だって未だ分からずじまいだ。父に聞いてみてもいずれ分かるよの一点張りで、何も教えてくれない。
でもこのペンダントがあると、何故か心が落ち着くのは確かだった。
ハロウィン一色に染まったホグワーツには、ハロウィンを楽しむ生徒達の声で溢れかえっていた。一応お菓子は持ってはいるがあげる相手もいないので減る様子もない。
魔法をかけて耳や尻尾を生やしたりと簡単な仮装をしている生徒達もちらほらといて、彼女も例外ではなかった。
「セブ〜トリックオアトリート!」
エバンズの声は本当に耳に入りやすく、私は反射的に声のした方を見てしまった。牝鹿の耳を生やし、セブルスに駆け寄っていた。好きな女の子が獣の耳をつけているだけで、それはそれはもう天使のように見えるのだろう。私の方からではセブルスの顔は見えないが、絶対に真っ赤になって固まっているに違いない。
「早くお菓子ちょうだいよ。じゃなきゃ悪戯しちゃうぞ……なんてね」
笑いながら言うエバンズはセブルスからお菓子を受け取ると、ローブのポケットから取り出した手作りらしきお菓子を彼に渡していた。
私は何も見ていない振りをして、その場を立ち去る。
最近は嫉妬することもなくなった。
それは……心の何処かで、
今年あの2人は、仲が悪くなるんだ。
と安心しきっているからだと思う。
……セブルスにとっての最悪の出来事を本気で止めたいとは思えない私はもう腐ってる。
「いいですか?今日は移動呪文を練習します。呪文はロコモーター、はい皆さん一緒に」
「「ロコモーター」」
椅子の上に更に分厚い本を重ねてその上に立ちながら、授業を進めるフリットウィックの満足そうな顔を見ながら耳を傾けた。今は私が得意な呪文学で、新しい呪文を覚えるのが楽しみで仕方がない。
「よろしい。この呪文を唱えた後に、移動させたい物を言って移動させたいところへ杖先を向けます。……とりあえず、私がお手本を見せますので見ていてください。」
フリットウィックは、少し咳払いをして慣れた手つきで杖を振る。
「ロコモーター、コップ」
彼の隣の机に置いてあったはずのコップは、生徒の前に移動していた。
「移動させるのはそうですね…じゃあ羽根ペンにしましょうか。さぁ、やってみましょう」
フリットウィックの声が教室に響くと一気にそれぞれ呪文を唱える声で騒がしくなる。私は杖を握り、とりあえずフリットウィックの隣にある机に杖を向けて呪文を唱えた。
「ロコモーター、羽根ペン」
周りの生徒たちは、何やら苦戦しているようだったが、私は意外にも簡単にやってのけた。
「おぉ〜、皆さん。Ms.ヘルキャットが見事な移動呪文を披露してくれましたよ。スリザリンに5点差し上げましょう」
フリットウィックが褒めてくれたおかげで、私は一気に注目の的になりクラス中から軽く睨まれるているであろう視線を感じながら、何も言わずに羽根ペンを自分の元に戻す。
呪文を唱える声で騒がしくなった声を聞きながら、呪文学の教科書をパラパラとめくり、顔を上げる。肩越しから振り返ると上手くいっていないセブルスが見えて、私はゆっくりと立ち上がり彼に近寄った。
フリットウィックは、他の生徒にアドバイスをしていたし、みんな自分のことで精一杯だったから私が移動しても誰も気づかなかった。
「………もっとしならせないと」
後ろから話しかけると、セブルスはびくりと体を反応させて私の顔を見ると安堵したように肩の力が抜けたのが分かった。
「ほらしっかり移動させたい場所を指して、はっきりと呪文を唱えるの」
「何度もやっているが、上手くいかないんだからしょうがないだろ」
少し不貞腐れた様子のセブルスは、私から視線を逸らす。
「そんなにいじけないで、」
「いじけてなどいない。僕のことはほっといてくれ。1人でやれる」
………あっ…言葉の選択を間違ってしまった
さっきよりも怒った様子のセブルスを見て、私はそう思いながら次は必死に言葉を選びながら口に出した。
「貴方にはよく魔法薬でお世話になっているからその借りを返しに来たのよ。……それに、今年はO.W.L試験もあるし、またお世話になろうかなと思って」
私の言葉を聞いたセブルスは、こっちをちらりと見てまた前に視線を戻す。
「少し命令口調をイメージして唱えてみたらどうかしら?……私はそんな感じでやってるから」
「………ロコモーター、羽根ペン」
私の顔を見て、前を見たセブルスは何故か私の席の机に杖を向けながら呪文を唱えた。自分で呪文を開発してしまうほどの彼が出来ないわけがない。少しアドバイスをしただけで意図も簡単にやってのけてしまった。
「………やっぱり、凄いわね…」
「何がだ。」
「………そんなに簡単にできるなんて……貴方に勝てそうにないわ」
魔法も、1人で耐える忍耐も、二重スパイをこなすほどの観察力や、相手を騙すほどの演技力も……自分を平気で犠牲にできるその優しさにも…大切な人の為なら何でもやってのけてしまうその勇気にも……
私は…やっぱり貴方には勝てっこない。
そんな貴方を、私が本当に助けれるのかな…
自分がどんな顔をして言ってたかは自分でも分からなかったが、ただセブルスの瞳孔が少し大きくなったのだけははっきりと分かった。
彼が私から視線を逸らすように前を向くものだから、どんな表情をしているのかが分からなくなってしまう。自分の席に戻ろうかとした時にセブルスの口から言葉が耳に入ってきた。
「……お前が、助言をしてくれたからできたんだ。……それにお前は呪文学が得意なのだろう?…そんなに自傷的にならなくても、少しは自分に自信を持っていいと思う………」
最後の方になるにつれて声は小さくなっていって、少し聞きづらかった。
「……お前は…僕には…できないことが…できるじゃないか…」
そういったセブルスは恥ずかしそうで、声は篭っていていたものだからきっと聞こえたのは私だけだろう。そんなことを言ったセブルスを見ていると、普段慣れないことをしてまで私を励まそうとしてくれた姿が可愛くて、嬉しくて、愛しくて、いろんな感情が混ざって自分でも訳が分からない。
「……………ありがとう……」
「何を言ってるんだ…僕はお礼を言われるようなことはしていない」
聞こえないだろうと思ったのだが、どうやらはっきりと聞こえたらしいセブルスは私の方を見て当たり前のように言い返してくる。
………でもね…セブルス…貴方も
…私ができないことをいとも簡単にやってのけてしまうじゃない。
憎い人と最愛の人の間に生まれた子供を、誰からも認められずに、誤解されたまま命をかけて守るなんて簡単なことじゃない。
…私は絶対にできない。
自分を犠牲にして、最愛な人が残した子供を守る?無理に決まってる。誰にも認められずあんな板挟みになっていたら私だったら確実に闇に堕ちてるだろう。
自分の席に戻った私は、頬杖をつきながら今年あるO.W.L試験に出そうな呪文をヒントを言うように説明するフリットウィックの声を聞き流す。
…………このまま大人にならずずっと学生のままだったらどれほど良かっただろう…
……そしたら…こんなに悩むこともないのに…
なんで……私は記憶を思い出したんだろう…
そう考えてしまえば、自然とセブルスが死ぬ映像が頭に流れ始める。消し去るように瞼を下ろして、唇を噛み締めても、消えるどころか鮮明になって、彼の口がゆっくりと動く。
『………僕を…見て……くれ…』
もう耐えきれなくなった私は両手で顔を隠した。
…やめて……もう分かったから。もう嫌なほど何回も何回も見たから。
私じゃいけないことも分かったから!!!
だから………もう、やめて。
頭から映像が綺麗に消え去ると、耳に足音と生徒達の私語が一気に入ってくる。ゆっくりと顔を上げると、どうやら授業が終わったようで生徒達が教室から出て行っていた。
教科書と羊皮紙を重ねてその上に羽根ペンを置き立ち上がろうとすると、頭の上から少し心配そうな声が聞こえてきた。
「…………大丈夫か?…」
少し低く落ち着きのあるその声は、顔を見なくても誰のものかすぐに分かった。顔を上げると案の定前に立っているのは、セブルスで私は素っ気なく返す。
「…大丈夫、少し考え事をしていただけだから」
いつもだったら、少しでも目に焼き付けるためにセブルスを見つめるし、少しでも2人の会話が長続きするように頑張って言葉を選ぶのだが、今はそんなことできない。
今、1秒でも長く見ていたら直ぐにでもまた彼が死ぬ映像が流れそうで怖かった。
怖い気持ちを抑えて、平然を装って答えたつもりだったが何やら焦った様子のセブルスは私の腕を握ると、教室から連れ出した。
あまりに突然なことにどう言っていいかも分からず私は少し転びそうになりながら必死に彼の後を追った。
「……急にどうしたの…ねぇ…」
少し控えめ気味に声をかけてはみたが、前にいるセブルスは何も答えずにただすたすたと少し早歩きで先を急ぐ。セブルスの手には、いつの間に取ったのか知らないが私の教科書や羊皮紙まであって重くないのか少し心配なりながら、今は彼の後ろ姿を見つめた。
スリザリン色のローブに肩上まである髪先はまるで踊っているように揺れている。セブルスに握られている右手を見ると、心臓が緊張したように早く動きだして、体温が高くなったからなのか少し視界が歪んだ。
本当に私ばっかり……こんなに緊張して…
………本当に…ずるい
ただ前にいるだけ、ただ手を握られているだけ、ただ彼の香りが香ってくるだけ、ただ暖かい体温が温もりが伝わってくるだけなのに、
ただ廊下ですれ違っただけの時も、ただ少し話した時も、………ただ貴方が幸せそうに笑っている顔を見ただけで
その度に、胸が暖かくなって、愛しくなって、苦しくなるの。
涙が出てきそうになって、必死に堪えながら下を俯くと今一番聞きたくない声が耳に入ってくる。
「あっ!セブ!!!!」
「……リリー」
顔を上げなくてもだんだんと音が大きくなっていく足音が聞こえて誰の声なのかは見なくても分かった。足を止めたセブルスが呟いた声がはっきりと聞こえたと思うと、彼女の後を追いかけるように数人の足音もだんだんと近づいてきた。
「エバンズ〜…って、スニベルスじゃないか」
陽気な声が聞こえて、少し視線を上げるとエバンズとポッター、ブラック、ルーピンにペティグリューの姿が見えたが、何故か目の前の視界がぼやけたり、元に戻ったりを繰り返しだして頭が重く感じた。
「今、お前に構っている暇などないんだ。今すぐにそこを退け。」
廊下を塞ぐように立っていたポッターに言うセブルスはどこか、焦っているような声だった。
…一体、何をさっきからそんなに焦っているんだろう…
「…セブルス、どうしたの?そんなに慌てて。」
「というか、何で手なんか繋いでいるんだよ。まさかそういう関係なのか?」
エバンズに被せるようにいうブラックの言葉を聞いて、彼の体が固まり、私の手を握る力が強くなったような気がした。
「…………違うわよ……貴方が期待しているような関係じゃない……」
重たい口を開き、セブルスの代わりに訂正を入れておく。
………早く否定すればいいのに…
何を思ったのか、セブルスは否定する素振りも見せなかった。
…まぁ………彼のことだ。
……あまりこういうことに慣れていないから、動転したんだろう。
………すぐに否定してほしかったな……
じゃないと……期待してしまう…
「…貴女……大丈夫?…顔色が良くないわよ」
「………えっ…?」
エバンズが私の顔を深刻そうに見ながら言ってくるものだから、ついつい声がこぼれ落ちた。
「……大丈夫、今から医務室に連れて行くから」
「……何を…言ってるの?…私は元気よ?」
セブルスが医務室に連れて行くなど訳の分からないことを言い出したから、私が口を挟むと彼は私の方を見てきた。
「そんな顔色で元気なわけないだろ?真っ青を通り越して真っ白だぞ?」
「…真っ白?……何言って…」
セブルスが言っている意味を理解するのには少し時間がかかって、顔を上げると目が合ったルーピンは心配そうに見つめてくる。
「……とりあえず…僕は、…医務室に…連れて行くよ…」
「えぇ……その方が…いいわ…」
何故か、聞こえてくる会話が途切れ途切れに聞こえて、視界が大きく歪みだした。
体が異常に熱いことに気づいた時にはもう遅く、セブルスが優しく引っ張ってきたが脚が動かなかった。
自覚してしまうと途端に怠くなるもので、頭は重く痛みだし、体は力が入らなくなって自然と体が倒れると誰かが抱きかかえてくれる。
「……大丈夫⁈………熱がある…ポッター!誰でもいいから…先生を…呼んで……」
耳元で聞こえる声がだんだんと遠くなっていき、私は途端に恐怖に襲われた。
このまま、眠ってしまったら永遠に独りになってしまいそうで、セブルスにも会えなくなってしまう気がして、怖くて、怖くて、私を抱きかかえてくれている人のローブをぎゅっと握りしめていた。
すると、優しく、どこかぎこちない手が私を安心させるように頭を撫でてくる。
「………大丈夫…寝てしまえ………楽になる」
意識が途切れる瞬間に聞いたその声はとても落ち着くものだった。
重たい瞼を開け、体を起こすとまだ体は怠くて頭が痛みだす。痛む頭を抱えながら、周りを見ると、どうやら医務室のようだった。
「あら、目が覚めたんですね。あっ、起き上がっては駄目ですよ」
私が起きたことに気づいたマダムは、何やら苦そうな薬が入ったゴブレットを渡してきた。
「ほら、これを飲んでもう一眠りしてしまいなさい。」
恐る恐る薬を飲むと案の定苦くて、飲み込むのを体が拒絶してくるが何とか飲み込む。あんなに怠かった体が急に軽くなったと思うと、また眠気が襲ってきて自然と眠りに落ちていった。
どこまでも闇が続いているその道の真ん中に立っている私の髪が風で宙を舞って、顔に当たってくる。
ゆっくりと顔を上げると、緑色のローブを身に纏っている後ろ姿が目に入ってきた。肩まである髪が風で靡いている。
………セブルス…
ゆっくりと私の方を見てくるセブルスは、眉を下げて微笑んでくる。今にも消えてしまいそうな笑みを浮かべてくる彼はゆっくりと姿を変えた。緑色のローブも真っ黒なローブに変わり、少し歳をとったセブルスが相変わらず私に微笑んでくる。
彼の足元にできた血溜まりには百合の花が浮いていて、それを見た瞬間私の手に嫌な感触がしたのを感じた。自分の手を見てみると赤黒い血がべっとりとついていて、すぐに誰のものなのかがわかった。
「………駄目…セブルス…」
私は小さな声を出しながら、前にいるセブルスにゆっくりと近づく。彼は私が近づこうとすると、前を向いて歩き出す。セブルスは先が見えないほどの闇に向かって歩き進める。
「駄目よ……セブルス…」
いくら声を呟いても、声は届かなくて彼はだんだんと小さくなっていく。私がいくら走っても距離が縮まるどころか広がっていくばかりだ。
「セブルス!!!そっちに行っては駄目!」
手を伸ばし、涙で目の前がぼやけながら叫んでもセブルスは私の方を振り返ってくれなかった。
届かない。
いくら声を張り上げても、いくら手を伸ばしても、いくら貴方の名前を呼び叫んでも、
私じゃ届かない。
……気づいてくれない。
キーンという耳鳴りがしたと思うと目の前のが白の絵の具で塗り潰されたかのように、何も見えなくなった。
「………良かった…顔色は良さそうね…」
遠くから明るい声が聞こえてくる。
「……セブ…起こしちゃ悪いし…もう行きましょう」
誰かに優しく話しかける声が耳に入ってくると、私は少し瞼を開けた。夢なのか、何なのか分からなくなっている私の前をゆっくりと遠ざかっていくスリザリン色のローブが目に入った。
すると当然のようにさっきの光景が蘇ってくるわけで、今遠ざかっていくローブを着ているのがセブルスだと勝手に決めつけて、彼を行かせてはならないという思いに駆られた。
…駄目……セブルスを行かせたら…
お願い……そっちは駄目なの……
セブルス……死なないで…
靡くローブの裾に手を伸ばし、何とか掴むと口を開く。
「……………行かな…いで……」
なんとかうっすらと開けていた瞼も落ちてきて、逆らうことなんてできることなくまた眠りに自然と落ちた。
次目が覚めた時には、もう日が昇っていて、マダムから今はお昼だと聞かされた。そんなに寝ていたこと自体に驚きだが、体も軽いしもう頭の痛くないから良しとした。マダムから無理は禁物だと言い聞かせられて、やっと解放された私は、セブルスの姿を探すためにとりあえず寮に戻る。
私が最後に覚えているのは、彼が無理矢理でも医務室に連れて行こうと手を引っ張っていたところまでだ。
………お礼を言わないと…
ところが寮にも、図書館にも、大広間にもどんなに探しても見当たらない。
…どこにいるんだろう………
外を見ると、雲ひとつない快晴の空が広がっていた。
………外かな…
静かに本を読みたいと考えると、やっぱり…あそこかな…
あまり行きたくないその場所に向かうと案の定、湖の側にある木にもたれ、少しうとうとしながら本を読んでいた。
ゆっくり近づくと、私が声をかける前に気づいたセブルスが顔を上げて口を開く。
「………もう…平気なのか?…」
「………えぇ……おかげ様で」
鼓動が早くなる心臓は今にも爆発してしまいそうで、また熱が出そうだ。
彼の隣には腰掛ける勇気がない私は、セブルスがもたれている木に私ももたれるように座った。
「………倒れるまで、無理をするなんて僕には分からないな」
本を見ながら言ってくるセブルスは、私を心配して言ってくれているのか全然ページをめくっていなかった。
「……………貴方もよ」
「僕のことじゃなくて、自分の心配をしろ」
顔を見ながら話せなくてもこんな何気ない会話が幸せで、ゆっくり空を見上げた。
「……………魔法薬の課題…終わってないんだけど、手伝ってくれない?」
「…………………あぁ…」
素っ気なく返ってきた返事でも、今2人っきりで要られていることが嬉しかった。
…セブルスの側にいるだけなのに、なんでこんなに居心地がいいのだろう…
なんでこんなに…落ち着くのかな……
相変わらず本を読んでいるセブルスの横顔に視線を移すと、真剣な眼差しで文章を目で追っていた。
…………貴方に幸せになってもらうことが私の幸せになるのかな…
どんなに愛しく思っている貴方の笑顔を見ていられるのならそれで幸せ?
なんて綺麗事ばかり並べても私には無理なの。
貴方が幸せそうに笑っている隣にいるのは、私じゃなくて、彼女なんでしょ?
それが貴方の幸せなんでしょ?
貴方の幸せは私にとって受け入れたくないものだから…
私は貴方ほど優しくも強くもないから…
だから…自分を犠牲になんてできないの…
そんな勇気もないの…………
貴方の笑顔は守りたい、だけど彼女と幸せになってほしくない。
私がわがまますぎていることぐらい分かってる。望みすぎていることぐらい分かってる。
…だけどまだ答えが出ない。
私はまだ、迷ってる。
結局私はお礼を言うことが出来なかった。
雪がちらちらと降り出して、一気にクリスマスの雰囲気が学校を包みだす。もうすっかり冷えて、温もりが恋しい季節がやってきた。私は今年のクリスマス休暇は、家に帰らずにホグワーツに残った。…ただ、セブルスの側にいれるような感覚に襲われる学校に残っていたかっただけだ。
クリスマスパーティに行く前に私は引き出しにしまってあった髪留めを手に取り、少し考え込む。いつかのクリスマスプレゼントで、母からもらったものだ。…少し大人すぎるその髪留めは、私には似合わなくてずっとつけていない。
………こんな時ぐらい…いいかな…
私は、髪留めを耳の上あたりで止めて少しドキドキしながら、大広間に向かった。別に変わることなんてない。似合ってるねっとお世辞でも言ってくれる友達なんていないし、きっと皆私のことなどどうでもいいに違いない。
だから、食事を終える頃には自分でも髪留めをつけていること自体忘れていた。
食事も食べ終わって談話室でゆったりと時間を過ごして、部屋に戻ろうとした時に私は読んでいた本を忘れたことに気づいて取りに帰るために振り向いた。
談話室にはもう誰もいないと思っていたのだが、どうやら本を読み終えた様子のセブルスと鉢合わせしてしまった。私が忘れた本を手にとって帰ろうかと思った矢先、セブルスの方から呼び止めるように話しかけてきた。
「…あっ…その…髪留め…」
振り向くと、セブルスが不思議そうに自分の耳上らへんをトントンと触って聞いてきた。
「…あっ少し前…母からもらったものなの…」
私は不安になって隠すように、髪留めを触りながら答えた。もし似合わないなんて思われていたらどうしようという不安がどっと押し寄せてきて、今すぐ外したいという衝動に駆られるが、思いがけのない言葉が聞こえて私の思考は停止する。
「………似合ってる……それ…」
セブルスにとっては何ともない言葉だと思うが、私にとっては嬉しくて嬉しくて、泣きそうになりそうなものだった。
セブルスは優しく微笑むと、いつも通りおやすみなんて言わずに部屋に戻っていく。
セブルスの表情といい、言葉といい、とにかく彼のせいで私はいっときその場を立ち尽くすしかなかった。セブルスは、どれほど私を好きにさせれば気がすむのだろう。
…意図的にじゃなくて、無意識のうちにやっているのだから更にタチが悪い。
『………似合ってる……それ…』
何度もさっき言われた言葉とセブルスの表情が再生される度に心臓の鼓動は早くなり、体は熱を帯びた。再び髪留めに触れて、私はにやけが止まらなくなる。
「似合ってる………か…」
嬉しくなった私は、にやけたまま部屋に戻った。
単純な私は、その日から髪留めを同じところにするようになった。
もう歩き慣れた廊下を歩いていると、突然風が吹き込んできて、髪の毛が顔の前で舞い上がりまるで黒いカーテンが目の前に遮ったように視界を遮った。鬱陶しく思いながら、風で舞う髪を耳にかけ、落としそうになる本をしっかりも持ち直しふと顔を上げると、まるで映画のワンシーンを見ているようにゆっくりに感じた。
少し先にいる、彼女の赤髪が舞い上がりまるで2人を包み込んでいるように綺麗に宙を流れる様子がスローモーションのようにゆっくりと目に入る。セブルスの黒い髪も一緒に溶け込むかのように風で舞い、エバンズの髪と彼の髪はまるで見えない赤い糸を表しているかのように絡まった。
ただ、風で舞い上がった髪を見ただけだというのに、私の心臓は苦しいほどに締め付けられる。
風が止み、ゆっくりと髪が大人しくなると、太陽のような笑顔を浮かべる彼女と、そんな笑顔を見て、幸せそうな笑みを浮かべるセブルスが目に入った。
あまりに苦しくて私は胸の所を皺ができるんじゃないかと思うぐらいに握りしめて、歯を食いしばる。
………お願い…やめて…セブルス
……彼女に、………エバンズにそんな笑みを
……私が知らない顔を見せないで
ゆっくりと小さくなっていく2人を見て私は何かに耐えるように俯いて瞼を下ろした。
エバンズがみんなを暖かく包み込む太陽だとしたら、セブルスはきっと真っ暗な闇を連れてくる夜が似合う。
真っ暗な夜は、少し周りが見えなくて1人になりそうで怖い。でもだからこそ、普段無理して笑っている人も、大丈夫だと嘘ついている人も、人前で泣けない人もみんな人目を気にせずに大声で泣くことができる。自分の弱みを見せて、辛い事も苦しい事も吐き出して、そして太陽が昇る朝を迎えてまた1日を生きる。
優しく、それぞれの人の悲しみも苦しみもを溶かしてくれるような真っ暗な闇が、夜が似合う人なんてセブルスしかいないだろう。
太陽は、始まりを教えてくれる。
夜は、終わりを教えてくれる。
……だから、彼女じゃなくてもいいじゃない
真っ暗な夜に煌々と輝く太陽なんて必要ないでしょ?
夜には、月明かりで十分でしょ?
ねぇ…セブルス…彼女じゃなくて、
私の側にいてよ…
私に笑いかけて、私を抱きしめて、私の名前を呼んで、
……お願い、私を見て…
私は溢れ出てくる自分の感情を飲み込むように口元を押さえて、喉を上下に動かした。行き交う生徒達に紛れ込むように、止まっていた足を動かして、ゆっくりと歩き進める。
…………………やっぱり…無理だ……
セブルスとエバンズが幸せになる姿を見るなんて、私には耐えきれない。
「……だって、夜に太陽なんて必要ないじゃない」
私の呟いた声なんて誰にも届く事もなく消えていき、胸の痛みは消えていくばかりか増していくばかりだった。
今年にO.W.L試験を控えている私達に各教科の先生達はすごい量の課題を出していった。みんなでまだ何ヶ月も先だと抗議しても聞く耳も持たずに、減るどころか増えるばかりだ。だからそれからは、ほぼ毎日課題に追われる日々を送っていた。課題をしていたら、O.W.L試験が終わっておこる事を少しは忘れることが出来たので私は有り難かった。
イースト休暇を迎えてしまったら、その後すぐに寮監の先生と進路相談が待っていた。働く気など全くなく、家を継ぐとだけ適当に答えて受け流した。
それからは授業を受けてその度に課題を出され、ご飯を食べて、貴重な自由時間は課題に追われるという毎日を過ごしていた。少しずつ、O.W.L試験が近づくにつれて課題の量もどんどん増えていき、生徒達の中でも緊張感が流れ始めていた。…これは今後の進路に関係してくるものだし、こうなるのもしょうがないかと思いながら私は羊皮紙に向き合った。
どんなに教科書をめくって調べても、分からないことがあった私は少し気が進まなかったが魔法薬の教科書を抱えながら談話室で勉強していたセブルスに聞くことにした。耳に髪をかけて、羊皮紙と教科書を交互に見ながら羽根ペンを動かすセブルスはいつも以上に話しかけづらかったが、私は何とか勇気を振り絞って話しかける。
「……本当に…申し訳ないんだけど…」
私の声を聞いたセブルスは表情を変えず、耳に髪をかけたまま見てくる。
「…ここ、教えてくれない?どうしても分からなくて」
セブルスは何も言わずに机にのってあった教科書を退けてくれた。きっと隣に座れという意味だろう。私は、少しドキドキしながらセブルスの隣に座って説明する彼の声を聞きながら羊皮紙に簡単に書き込む。
説明を続けるセブルスの横顔を見た瞬間、私の胸が暖かくなったのが分かった。
自分も課題かテスト勉強をしていたはずなのに、嫌な顔ひとつみせずに教えてくれるセブルスは本当に優しい。
……どうして…みんな気づかないのかな…
そう思うほど、誰よりも優しくて温かい人なのに。
「…聞いてるか?」
私があまりにぼんやりしていたからだろう。セブルスが少し険しい顔をしながら問いかけてきた。
「…えぇ、ありがとう。助かったわ」
お礼を言って立ち去ろうとすると、今度は彼の方から教科書を取り出して私を呼び止めた。
「……ちょっとここだけ教えてくれないか?」
セブルスに頼られることなんてなかった私は、少し戸惑ったがすぐに嬉しい気持ちの方が敬ってにやけそうになるのを必死に堪えながら隣に腰掛ける。
「勿論よ。」
こうしていると、これからくることなんて少し忘れることができそうで、何よりセブルスの隣に居られている今この時が幸せだった。
もう少しだけ………もう少しだけ…このままでいさせて…
心の中でどんなに願っても時間が止まることなんてあるわけがない。だけど願ってはいられなかった。
O.W.L試験まであと1週間にもなると、やっぱり課題だけではどうも不安になって、試験勉強を生まれて初めてした。…学年末試験は、ずっと課題を終わらせるだけで済ましていたから、勉強のやり方をつかむ頃にはもうO.W.L試験を迎えてしまっていた。
私は、試験のあの雰囲気が苦手だ。静まり返ってペンを落としただけでも目立ってしまうようなあの地獄のような空間。
大広間に全ての寮の5年生が集められて、一定の間隔で机が並べられて羊皮紙に向かっていた。今は闇の魔術に対する防衛術のテストの真っ最中だ。あれだけ課題を出されれば意外と覚えているものですらすらと引っかかることなく羽根ペンを走らせることができた。
試験が2週間続くなんて考えるだけで恐ろしかったが、それもあとこれが終われば、変身術だけで終わるのだ。
私はびっしりと書いた羊皮紙を眺めながら、羽根ペンを置き、息を吐いた。首も手も疲れて早く寝たいと思いながら、見直すこともせずに頬杖をつくと、ずっと目を背けていたことを思い出した。
………あぁ…この後だ…そうだ、
この後にあの出来事が起こってしまう…
私は、全身から嫌な汗が流れるのを感じながら、深い溜息をついて目を閉じた。
どんなに頑張っても、私には無理だ。
止める勇気なんてない。出来っこない。
「あと五分!!!」
フリットウィックの声で、我に返った私は前を向いてもう考えないことにした。五分なんてあっという間で、またフリットウィックの耳に響く声が聞こえてきた。
「はい、羽根ペンを置いて!」
私は、答案羊皮紙を前の方に出して彼が呪文を唱えるのを待った。フリットウィックは、1人の生徒を軽く注意して、席を立とうとする何人かに呼びかける。
「答案羊皮紙を集める間、席を立たないように! アクシオ!」
体の小さいフリットウィックの両腕に大量の羊皮紙が何とか収まったのが奇跡ぐらいだ。前に座っていた何人かの生徒達が反動で吹き飛んだフリットウィックを助け起こすと、大広間は大きな笑い声に包まれた。今の私に笑っている余裕なんてあるはずもなく、ただ前を見ながらこれから起こることを思い出しローブを握りしめる。
「…ありがとう……さぁ、みなさん、出てよろしい!」
その言葉に試験から解放された生徒達が声をあげながら大広間からぞろぞろと出ていく。ちらっとセブルスの方を見ると、試験問題用紙をじっと見ながら、扉へと向かっていっているところだった。
ポッター達が何かを楽しそうに話しながら、大広間を出て行くと、セブルスはまだ試験問題用紙に没頭しながら、後をつけるように歩いていた。
私は、まるで吸い込まれるように自然と彼らの後をつけていた。
今少し先を歩いているセブルスがポッター達と同じ方向じゃなくて、他の方へ進んでくれることを少し祈りながら、後をつけたが、そんな願いなど叶うことなかった。
湖に向かって芝生を歩くポッター達と全く同じ方向へと歩くセブルスを見て、私の鼓動は早くなっていく。私が思い出した記憶通りだ。
4人は湖の側にあるブナの木の木陰に入るように腰掛けて、ポッターは周りに見せびらかすようにスニッチで遊びだし、ルーピンは本を取り出して読み始め、ブラックははしゃいでいる生徒達を退屈そうに見つめていた。ペティグリューは、ポッターのスニッチの扱いを見て1人盛り上がっていた。
相変わらず試験問題用紙とにらめっこをしているセブルスは、灌木の茂みの陰に隠れるように腰下ろしていた。私は、変に目立たないようにと隠れることはせずはしゃいでいる生徒達に紛れるように近くの木の木陰に腰を下ろした。
セブルスをじっと見ていると、自然と湖の近くで休むように腰掛けていたエバンズが目に入り、私は無意識のうちにローブの中の杖を握りしめていた。彼が試験問題用紙をカバンにしまいだして、芝生を歩き始めると、自分の心臓が激しく動き出す。緊張で口の中は潤いなんてものは存在していない。
………お願い…このまま何も起きないで…
そんなことを思っても叶うことなくポッターとブラックは当然のようにセブルスへと近づき、ルーピンとペティグリューは座ったままだった。わくわくした表情を浮かべるペティグリューを見て、今すぐにあいつを殺してやりたい衝動に駆られたがぐっと堪える。
「スニベルス、元気か?」
わざと大声で話しかけてきたポッターを見た瞬間セブルスは、素早く反応して持っていたカバンを放り投げ、ローブから杖を取り出して振り上げるが、ポッターが叫んだ声が聞こえてきた。
「エクスペリアームス!」
セブルスの手から杖は3メートルほど宙を飛んで、後ろに落ちる。セブルスは、振り返って弾き飛ばされた自分の杖を拾おうとするが、息のあったブラックの呪文でそれも叶うことはなかった。
「インペディメンタ!」
跳ね飛ばされたセブルスは、どこか苦しそうに地面に横たわっている。
周りにいた生徒たちはぞろぞろと集まり、近づいていった。心配そうにしている者もいたが殆どは面白がっている様子だった。
今だったらまだ間に合う……まだ今だったら!
そう思っても私の体は固まったままで、息をするのも忘れていた。
この距離だと会話も聞こえないし、周りにいる生徒達で中の様子も分からない。少し笑いが起きると、足元の隙間から動くことのできないセブルスがポッターを睨みながら声を張り上げているのが見えた。
「憶えてろ!!!!」
私はもう見るに耐えなくなって目を閉じたが、またすぐにポッターの呪文をかける声が聞こえてくる。
「スコージファイ!」
反射的に目を開くとセブルスの口から、ピンクの何かが吹き出して苦しそうに吐き咽せている姿が目に映った。
「やめなさい!!!!」
いつもの通り、エバンズが赤毛をなびかせながら、ポッターの空いている方の手を握って止めに入る。そうここまではいつも通り。こんな光景は何度も何度も目にしてきた。でも今回だけは訳が違う。心臓の鼓動は速度を増すばかりで、唇を噛み締めた。
ポッターが振り返ってエバンズと何か話すのを見て、私は杖を握る手の力を強めた。
「……彼に構わないで!」
彼女の最後の言葉だけはっきりと耳に入り、私は顔を歪めた。ポッターがエバンズにすかさず何を提案するようにいっている後ろで、セブルスは口から泡を吐き出しながら杖に向かって這っていた。
「おっと!」
ブラックの声が聞こえた思えば、セブルスは握っている杖の先をポッターに向けて、閃光が走り、ポッターの頰がぱっくり割れて血が滴り落ちる。
ポッターの顔は、冷静だった。冷静でそれで華麗に振り返ると、彼の杖の先から閃光が走る。…セブルスよりかポッターの方が魔術に長けていることぐらいこれを見ればすぐに分かった。
セブルスが空中に逆さまに浮かぶと、ローブが顔に覆い被さり、痩せた青白い両足も灰色のパンツも剥き出しになる。周りにいた生徒達は囃し立て出して、私とエバンズ、ルーピン以外は大笑いしだした。反射的に立ち上がろうとする私の体は、脳裏にあることが浮かんで動けなくなる。
……もしここで私が止めに入ったら、
もしセブルスとエバンズの仲が引き裂かれなかったら……
セブルスは彼女とどうなるの…
「下ろしなさい!!!!」
急に聞こえた大声に私は我に返り、彼らに視線を移した。
セブルスを庇うためにポッターに声を張り上げるエバンズの声が耳に入ってくる。
……それに…物語が変わったら確実にセブルスを救うこともできなくなる
……ハリーが生まれなかったら誰があの人を消滅させるの……
そうよ…これはしょうがない、しょうがないことなの。
私は、罪悪感が押し寄せてきていた自分に言い聞かせるように何度も唱えながら何もせずに彼らを見つめた。
ポッターは素直に従い、地面に落ちたセブルスは、素早く立ち上がって彼らに杖を構えたが、相手は1人じゃない。2人だ。勝てるはずもなくブラックが呪文を唱えた。
「ペトリフィカストタルス!」
セブルスの体は石になったように、固まるとまた芝生の上に転倒する。
「彼に構わないでって言っているでしょ!」
私がぐるぐると考えている間にも時間は容赦なく進み、あの瞬間が少しずつ確実に近づいていた。
無理だ…私は止められない。できないよ。
怖い…………2人が結ばれてしまうのが…
怖くて仕方がない。
今まで以上に大声をだして、エバンズは杖を取り出して彼らに向ける。
私はもうこの先に起こることを直視したくなくて両耳を抑えながら目を閉じた。涙が出てきそうになってぎゅっと力強く瞑る。
両耳を塞いでもエバンズの声は微かに聞こえてきた。
「それなら呪いをときなさい!!!!!!」
この先の言葉を聞くのが怖くて怖くて、両耳を抑える手は、もう耳を千切ってしまうんじゃないかと思うほど爪が耳の裏に食い込むほど力を入れていた。
何も聞こえなくなり、目をゆっくりと開けると人波の間から、丁度セブルスの表情が見えた。
…悔しそうに、恥ずかしそうに唇を噛み締めてうっすらと瞳に涙の膜をつくっているような姿が目に入ると、一瞬だけ時間が止まったように感じた。
気づけば、耳を塞ぐのをやめていた私は少し前のめりになる。静かになったその場にポッターのからかうような声が聞こえてきた。
「ほーら、スニベルス、エバンズが居合わせて、ラッキーだったな」
その瞬間私の頭には、魔法薬を教えてくれるセブルス、真剣に本を読む横顔、エバンズの隣で幸せそうに笑う彼が、私に微笑んでくるセブルスが、今まで見た彼の表情が走馬灯のように駆け巡ってきた。
それを見た瞬間に私の体は意思とは反対に勝手に動き、立ち上がって駆け出そうとしていた。
……私はなんて馬鹿なんだろう…
セブルスが……苦しむことになるのが1番私にとって辛いことじゃないか…
なんで、なんで、今まで気づかなかったんだろう…
……もういい…2人が幸せになっていいから。
しょうがないことだと言い聞かせて、あんなの綺麗事をただ並べたところで、何も変わらない。
もういい…もうどうなってもいい…
セブルスとエバンズが幸せになってもいいから、
これ以上セブルスにあんな表情をさせたくない。見たくない。
だから、お願いだから!!!!
間に合って!!!!!!
もう走っても間に合わないと思った私は、立ち上がっているセブルスに杖を向けて振ろうと構える。少し震えているせいで正確に定まらなくて、視界がぼやけだした。少し遠くにいるセブルスを定めて、私は早くなる心臓の音を全身で感じながら、呪文を唱えようと口を開いたが、遅すぎた。
私が覚悟を決め行動に移すのも、セブルスの苦しい姿を見るのが一番辛くて悲しいことに気づくことも何もかもが遅すぎた。…覚悟を決めて彼に魔法をかけようとしたが結局間に合わず彼は一生後悔してしまうことを意図も簡単に口にしてしまった。
「あんな汚らしい穢れた血の助けなんか、必要ない!!!!!!」
その場の空気は凍りついたように、ひやりと冷えると時が止まったかのように誰も息なんてしなかったと思うほど静まり返った。
どこからどう見ても、好きな女の子にこんな恥ずかしい姿を見られてしまったことへの悔しさから出た言葉だった。それなのに、エバンズは、瞬きをすると冷静に淡々と言い出す。…いや…私が彼女を責める資格なんてどこにあるんだ。
「結構よ、これからは邪魔しないわ。それにスニベルス。パンツは洗濯したほうがいいわね」
セブルスのことをスニベルスと呼ぶエバンズの後ろ姿が、どこか悲しそうに見えた。…自分が後から後悔してしまうようなことを言ってしまったことに気づいたセブルスは、いつもに増して顔色がないのがこの距離でも分かる。
それでも、セブルスには彼女の声しか届かない事ぐらいよく知っていたし、彼女だけが最後の頼りだった。
………お願い…気づいて…エバンズ!!!
私は目頭が熱くなるのを感じながら少しずつ彼らに近づく。どうしてこういう時に口から出ないんだろうか。どうしてこんなことも言えないほど勇気がないのだろう。
さっき間に合わなかったのも私がセブルスに対して魔法をかける勇気がなかったからだ。
あの時、彼に魔法をかける勇気があれば…今ごろ
「エバンズに謝れ!!!」
ポッターがセブルスに杖を突きつけて声を張り上げると、エバンズの声が重なるように響く。
「貴方からスネイプに謝れなんて言って欲しくないわ、貴方もスネイプと同罪よ」
「えっ?…僕は一度も君のこと!」
吠えるポッターに冷静に淡々と理由を話すエバンズの声なんてもう耳に入ってこなかった。最後に聞こえたのは、酷い言葉だった。
「貴方を見ていると吐き気がするわ!!!」
そう言って足早にその場を立ち去っていくエバンズを目で追って、私は杖を力強く握りしめた。ポッターが去っていくエバンズの後ろ姿から名前を叫ぶが振り返ることはなかった。ポッターは、腹いせにまたセブルスを宙づりにする。
「誰か、僕がスニベリーのパンツを脱がせるのを見たいやつはいるか?」
私は杖を取り出して、彼らの背後に杖を向けていた。閃光はポッターの頰を掠め、少し切り傷を作ると血が滲み出した。楽しみを邪魔されたからだろう。苛ついているような表情をしながら、振り返ってくる。
「……彼を……セブルスを今すぐに解放して」
「……残念ながら…さっきは相手がエバンズだったからね、君の頼みなんて聞きたくもないね」
私は、2人を睨みつけながら杖を構えた。
「…………頼んでなんかない…私は命令しているんだけど」
私の言葉に2人は少し笑いをこぼす。…きっと彼らからしたら、女の子1人相手に負ける気なんてさらさらないのだろう。
「……聞こえなかった?早く降ろせと言っているの」
自分でも驚くほど、低い声が出てその場の空気がまるで今から殺し合いが始めるんじゃないかと思うほど静まり返ってポッターとブラックが睨んでくる。杖を2人に向かって振るが、意図も簡単に防がれてしまう。
どっちからの杖を奪うことができればいいのだが、何せ杖を扱うのが上手い2人を相手にしているのだから奪うこともできなければ押されてばかりだ。2人は防御魔法だけを使って私を少しずつ追い込んでいく。
一瞬の隙も見せない2人に私は苦戦して、あがった息を整えるために攻撃をやめる。
すると何を考えたのかポッターは、浮いているセブルスを地面を下ろし、ブラックは素早く彼に杖を向け呪文を唱えた。
「インペディメンタ!」
まるで何かに地面と縛られたように動けなくなったセブルスは、苦しそうな表情を浮かべてもがきだした。
「…女の子に魔法をかけるのはあまり乗り気しないんだけど、まぁしょうがない。」
ポッターは、ブラックに何か目配せをして2人は私に杖を向けてきた。
「……乗り気がしないなんてよくそんな嘘をつけるわね…」
私の言葉に、ポッターは楽しそうに口角を上げて何か呪文を唱えようと口を開いた瞬間に私は呪文を叫んだ。
「プロテゴ!!!」
透明の壁があるように私を守ってくれて、私は2人に杖を向けて振り続ける。
「へぇ〜やるじゃん」
ブラックは簡単に私の攻撃を防ぎながら楽しそうに声を出した。私は、正直言って余裕がなかった。2人からの攻撃を防げているのも奇跡に近いし、何だったらさっきから防御魔法を使う事で精一杯だ。
「やめろ!!!!!!」
声がした方に視線を移すと、声を張り上げたのはセブルスだった。セブルスはポッターやブラックを睨みながら、歯を食いしばっている。
「どうしたんだスニベルス大声なんか出して」
ポッターは馬鹿にしたように言いながら動けないセブルスに少しずつ近づいていく。
「…女性に二人掛かりでとは、恥ずかしくないのか?」
「「…あ?」」
セブルスは、2人を挑発するように嘲笑いながら言い放った。2人の低い声は、激怒そのものだった。勿論2人の標的は私からセブルスへと変わり、2人はセブルスへと近づいていく。
「…スニベリーお前動けないことを忘れてないよな?」
セブルスを脅すようなブラックの声が聞こえた瞬間私は、走ってセブルスと2人の間に割り込んだ。私は何も言わずに、2人に杖を向けて振り上げる。体力的にも技術的にも圧倒的に上回っていた彼らを追い込めるなんてできるはずもなく私は簡単に押されていく。
「やめろと言っているだろ!!!!!!」
後ろから聞こえてきたセブルスの声を聞こえてきた時には私は後ろに後ずさりして体勢を崩したの瞬間、ポッターが何か呪文を唱えようとするのが目に入った。
人というのは絶体絶命になると動きがスローモーションに見えるらしい。ポッターがゆっくりと口を開くのをしっかりと目にした私は、気づくと最初に頭に浮かんだ呪文をとりあえず身を守るために叫んでいた。
「セクタムセンプラ!!!」
ポッターは目を見開いて驚きながら反対呪文でそれを防ぐ。
「……なんで…」
自分が開発した呪文を、私が知っていることに驚いたようにセブルスがこぼした声が聞こえてきた。どうやら、目の前にいる2人も私がこの呪文を知っていることに驚いている様子だった。ブラックに視線を移すと、動揺したせいで一瞬の隙ができ私の呪文を叫ぶ声とそれに気づいたポッターの声が綺麗に重なった。
「エクスペリアームス!!!!!!」
「シリウス!!!!!!!!!!!」
ブラックの杖は3メートル宙を舞い後ろの芝居に音を立てて落ちる。
彼の杖を奪った時にはもうポッターが私に杖を向けて呪文を叫んでいた。
「エクスペリアームス!」
やっぱり、2人相手に勝てるわけがない。
私の手から杖が離れるとブラックが冷静に呪文で杖を自分の手に戻しているのが見えた。
分かってる、勝てるはずなんてない。
ブラックの杖の先から閃光が放たれてもうだめだと思ったが、私はなぜか当たることもなく地面に座り込んでいたが、代わりにぱりんというの何が砕ける音が聞こえた。どうやら、反射的に後ずさりをした私の足首を後ろにいたセブルスが握って転けさせてくれたらしい。
何が起きたか分からなくなってよく見てみると、私の周りには母からもらった髪留めらしき破片が散らばっている。咄嗟に髪留めを留めていたところを触ってみるが案の定耳の上には何もなく、髪の感触だけしか感じなかった。体には当たらなかったが、代わりに髪留めにあたって砕けてしまったということをすぐに悟った。
動けるようになったセブルスが近くに落ちている自分の杖を拾おうとするがブラックに杖を弾き飛ばされ、私は放心状態だった。
座り込んだまま近づいてくる2人を見つめていると、前に大きな影が立ちはだかる。
……スリザリン色のローブでよく見たことのある後ろ姿。
杖も持っていないセブルスが私を庇うかのように立っていたのだ。
「嫌われ者同士の友情か?泣かせてくれるね」
ブラックは、そう言いながら余裕そうに杖を向ける。
閃光の光が目に入った瞬間怖くなり目を瞑るが何も衝撃も、音も聞こえず、私は恐る恐る目を開けてみると飛び込んできた光景に目を見開いた。
私とセブルスの盾になるかのように、ルーピンが私たちの間に割り込んで防いでいた。
「…どうしたんだよ。リーマス」
「………やり過ぎだ…」
ルーピンの顔は見えないが、声を聞く限り冷静だった。
「ジェームズ、シリウス…よく見て考えて。君達ならすぐに気付くはずなのに、今回は君達らしくない」
2人は私の方を見て杖を静かに下ろした。明らかに2人は髪留めの破片を見ていて、やり過ぎたと思ったらしい。2人がその場を立ち去ると、周りにいた生徒達もそれぞれ散っていく。ルーピンも少し私達の方を見て、気まずそうに背を向けた。
何も言わず立ち去る彼らを睨みながら目で追いかけるセブルスのローブを引っ張り振り向かせた。何も言わず杖を渡して私もその場を去ろうとしたが、セブルスは中々動かず粉々になった髪留めの破片を丁寧に拾いだした。
「…何してるの……ねぇ…」
拾い続けるセブルスを止めようと身体をさすってみるが何も反応せずにひたすらに拾い続ける。私はセブルスの前に屈んで、動く手を握り止めさせた。
「…もう大丈夫だって………もういいよ…」
顔の上げたセブルスは、酷く苦しくて辛そうな表情を浮かべていた。
「…何が…大丈夫なんだ…
……僕のことなんて…ほっとけば良かっただろ、そしたらこんなにならなくて済んだんだ…」
「………大丈夫よ。単なる髪留めなんだから」
「………嘘なんてつかないでくれ。
…僕のせいだって…
…大切なものだったんだって…
……言って…………」
セブルスの声はだんだんと小さくなっていく。
「………壊れたのは貴方のせいじゃない」
「でも…あの時僕が、足首を掴んだ」
「そうしてくれたおかげで、私は今怪我ひとつないわよ」
自分なりに落ち込むセブルスを励まそうと言葉をかけるがやっぱり届かない。彼は、下を向いてちゃんと耳を傾けないと聞き逃してしまうほど小さな声で呟いた。
「…………………………ごめん………」
「……謝らないで…本当に大丈夫だから。」
私の言葉に、顔を上げたセブルスの瞳は今にもこぼれ落ちそうなほど涙が溜まっていた。
「…だったら何で……泣いてるんだ…」
セブルスの言葉を聞いて私は、咄嗟に自分の頰を触ってみると確かに濡れていた。泣いているなんて全然気づかなかった。
一回泣いていることに気づいてしまうともうどうしようもないほど涙が溢れでてくる。
「………何でなんだろう…ね……」
私は自分の目から落ちてくる涙を拭って立ち上がる。
「………もう行こう…」
私はセブルスの腕を持ち無理矢理立たせて、学校に向かって足を進めた。
……この涙が髪留めが壊れたから溢れ出てきたものじゃないことぐらい自分でも分かってる。
後悔しているんだ。
自分の事ばかり考えてその上から綺麗事を塗ったくっては、これが一番いい道だと言い聞かせてきたことに。
セブルスが苦しい思いをすると分かっているのに、何もせずにただ見ていた自分に怒りを感じているんだ。
私は全部全部中途半端だ。すぐにころころ意見を変えて、訪れた結果を酷く恨む。
…これも全部自業自得だ。
セブルスがなぜ泣いているのか聞いてきたときに私は何も答えられなかった。
……これから苦しむことになる貴方を思うと悲しくて苦しくて辛くてたまらないの
なんて言える訳もない。
もうここまで来てしまったんだ。
…もう後戻りもできない。何となくわかる気がする。もしも時を戻せたとしてもきっと私は何も出来やしない。一回できなかったのに、そんな簡単に出来るわけがない。
……だったらもう私がやるべき事はもう決まっている。
セブルスに嫌われようが、憎まれようが、恐れられようが、疑われようが、私は誰にも気づかれないように彼を守る。
絶対に死なせない。
……死ぬ運命が決まっているというのなら、そんなの変えてしまえばいい。
最後までセブルスに私の気持ちが気づかれないように、せめて貴方が永遠に彼女を想い続けられるように、私はずっと自分の胸の中だけに隠し持つ。
目元がひりひりと痛むのを感じながら空を見上げると、鬱陶しいほどの太陽が暖かい日差しを私達に浴びせていた。