夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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20 ペンダントの秘密

 

 

結局私は、その後は特に何をすることもなく過ごしてしまった。

 

こればかりはしょうがないのだ。来年あるN.E.W.T試験に向けて毎日のように出された大量の課題に追われ、さらには姿くらましの試験にも備えないといけなくて、学校生活を送るだけで私は精一杯だった。

無事に姿くらましの試験に合格したと思えば、次は学期末試験が待っていたしもう気づいたらもう1年が過ぎていたといった感じだ。

言い訳にしか聞こえないが、もう過ぎてしまったものはしょうがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰り着いたその日の夜は、風呂に入ったあとすぐに一年の疲れを癒すかのようにベッドに飛びこみ、寝ようかと瞼を下ろす。

 

……疲れた…

 

そう思いながら少しウトウトしだした時、部屋の扉を叩かれた音が聞こえて少し寝ぼけながら、戸を開けた。

 

 

「……お父さん…どうしたの…」

 

 

父が自ら私の所へ来るなど珍しくて、一気にぼんやりとしていた意識がはっきりする。

 

 

「…お疲れのところすまないね。…少しだけいいかな?」

 

 

「……あ…うんそれは別にいいけど」

 

 

私は少し戸惑いながら、父を部屋の中に入れて扉を閉めた。父は少し小さなソファーに腰掛け、私はその向かい側の1人掛けのソファーに座った。

 

 

「…それで一体どうしたの?」

 

 

父はどこか言いにくそうに私から視線を逸らして、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「…少しアメリアに怒られてしまってね。……」

 

 

「……えっ?うん。それが何」

 

 

言っている意味が分からず私が冷たく返すと、父はまた話し出した。

 

 

「……レイラにペンダントを送ったということを知ったらしいんだ。」

 

 

その言葉に私は疑問しか浮かばなかった。

 

「どうしてそんなことでお父さんが怒られなければならないのよ。…

 

それにあのペンダントって随分前のクリスマスプレゼントじゃない。……それを何今更」

 

 

「…所有者以外には、単なる小物入れのペンダントにしか見えないからね……どこで気づいたかは知らないけど」

 

 

そう言う父は、溜息をついてぽつりぽつりと話し出した。

 

 

「……レイラにこのペンダントが役に立つ日が来るかもしれないと思って送ったんだけど…間違っていたかもな…」

 

 

見たことのない父の姿に不安を覚えたと同時に、何かペンダントについて隠してある事があると思って少し乗り出しながら問いかけた。

 

 

「……お父さん…このペンダントについて何か隠してある事があるの?」

 

 

父は私が手に持っているペンダントを見て、白状するかのようにぽつりぽつりと話し出す。

 

 

「…本当は……ペンダントを渡した後直ぐに言っとくべきだったんだろうけど、どうしても言える勇気がなかったんだ。」

 

 

痛々しく笑う父は、何か後悔しているような様子だった。

 

 

 

「…大丈夫よ。私はそんなに弱くないわ」

 

 

 

…私が弱くないわけがないが、こうでも言わないと言ってくれないような気がする。

 

父を後押しするかのように言った私の言葉が部屋に響くと、少し俯いた父が瞼を下ろした。

 

「………レイラは…強いな…」

 

ぼそりと呟いたその声は確かに聞こえてきたが、深呼吸をして真剣な表情を浮かべてきた父を見ると何も言い返せなかった。

 

 

 

 

「………そのペンダントは、呪いのようなものがかかっていてね…だから時を止めることも、戻すこともできるし、所有者以外にそのペンダントの本当の姿が見えることもない。

 

 

…………どんなにそのペンダントに触れても何も反応しなかっただろう?」

 

 

私は頷いて父の言葉の続きを大人しく待ち続けた。

 

「……それはね…レイラはまだ見ていないからだよ…」

 

「……何を…」

 

 

 

 

 

 

「………それは…

 

 

 

 

 

身近な人の死………だよ」

 

 

 

 

「……………………………えっ?…」

 

 

 

父の口から出た思いがけのない言葉に、自分の口から間抜けな声が出て、私の頭の中は真っ白になる。

 

 

 

 

「…そのペンダントは、時を止めることも戻すこともできる。……でもね、それを使えるようになるのは身近な人の死を目にした時からなんだ」

 

 

 

「……何それ……どういうことなの」

 

 

「…それは誰にもわからない。…ただそういう仕組みなんだよ。

 

……時を止めれるのは、身近な死を目にした時から」

 

 

…時を止めれるのは?…

 

 

父の言葉に、引っかかって私は無意識に聞き直していた。

 

 

 

「…時を止めれるのは、って…どう意味なの」

 

 

「……時を止めれるのと、戻れるのは別物でね。

 

……時を戻すことができるのは、所有者の死をそのペンダントが見守った後に最初に手に取った者が一度だけ」

 

 

「………つまり、私は時を戻すことはできないってこと?」

 

 

父は何も言わずに見つめ続けてきた。

 

 

「……そういうことではないんだ。…確かに所有者自身がペンダントを使って時を戻すことはできない。……でも、そのペンダントは確かに所有者が1番必要とする過去に、最初に手に取ったものを連れていく。

………実際に使ったことがないから、これが本当かどうかは私には分からない。

 

 

 

…レイラ、ペンダントを開いてごらん」

 

 

父に言われた通り、私はペンダントを開ける。惑星のようなものがいつも通り飛び出してきてペンダントの周りを回り出すと、何本もの針がものが時を刻んでいる。

 

 

「……青白い球体がペンダントを回っているだろう?……それはいくつに見える?」

 

 

私は、ペンダントに視線を下ろして最初見た時から変わらない4つの惑星のようなものを見て口ずさんだ。

 

 

「………4つだけど…これがどうしたの」

 

 

「………それは、今までそのペンダントが見守った所有者の死の数だ…」

 

 

そう聞くと、急にそのペンダントが恐ろしく感じた。

 

 

「……そのペンダントを終わらせれるのは、所有者以外に本当の姿が見える人物がペンダントを一度使用すること……ていう言い伝えがあるんだけど……今レイラの手にペンダントがあるってことは、誰もそんな人物に出会った事がないし、勿論私も会うことはなかった。

 

……それに、その言い伝えが確実だという証拠なんてどこにもないからね」

 

 

 

 

 

一通り話終わったのか息をつく父を見て、私は胸のあたりに違和感を感じた。やっとペンダントの秘密が分かったというのに、何故か知る前よりも不安が襲ってくる。

 

 

 

「……ねぇ…お父さん…ひとつだけ聞いていいかな」

 

 

父が話し終わって静まり返った部屋に私の声が響いた。

 

 

 

「……なんだい?」

 

「どうして、お母さんに叱られたからって今更そんなことを教えてくれたの?」

 

私の問いかけに何も答えずに、ただ見つめてきた。

 

おかしすぎるのだ。

母に叱られたからといって一度自分で決めたことを簡単に変える人ではないのに、あんなに使い方を教えようとしなかったのに、

 

こんなにあっさりと私に伝えてきた。……まるで、

 

 

 

 

 

 

 

遺言みたいだ…

 

 

 

 

 

 

「…死なないよね……」

 

震えている自分の声を聞きながら私は、父を見つめ続けた。父はそんな私を見て、少し笑うとゆっくりと立ち上がる。

 

「…何を言っているんだ、大丈夫だよ。そんな簡単に死なないさ…………

 

アメリアが私が言わないと、今すぐにでも自分が言いに行くとまで言いだした言葉を聞いて、レイラに伝える決心がついただけの話だ。ただそれだけの理由だよ」

 

父は私の不安を悟ったかのように、いつも通り笑いかけてくる。

 

 

「きっと疲れているんだろう…ごめんね。こんな夜遅くに押しかけて。」

 

 

父の大きな手が頭を撫でてくれる感触を感じながら、私は何も答えなかった。

 

 

「………お休み、レイラいい夢を」

 

優しい父の声が聞こえてきたと思ったら、扉の閉まる音が耳に入ってきた。

 

私は今自分の中にあるペンダントを見つめて、優しく撫でる。

 

父の言葉を聞いても私は不安なままだった。

 

胸らへんがまるで霧かかったようにもやもやとしているのは、晴れることはなくしょうがなくベッドに潜り込む。

 

 

 

意外にも瞼を下ろせば、眠ることはできたがこんな話を聞いた後で、いい夢を見れるわけもなく、すっきりとしない朝を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペンダントの秘密を知ってからというもの私はもうペンダントを肌身離さずに持っていた。

 

これが他の人に渡ってはいけない。

 

ただ、そう思っただけだ。

 

 

 

 

 

私は机の引き出しにしまった黒表紙の本を取り出して、ペンダントの横に並べて交互に見つめた。

 

ペンダントの秘密を知った今、いくつもの引っかかっている事がある。

本が今私の手にあるということは、未来の私があのクリスマスの時に届けたからだ。

 

…今まで私はてっきりペンダントを使ったものだと思っていた。

 

…でも、ペンダントで時を戻れる時には私はもうこの世にいない。

 

………逆転時計を使ったとも考えにくいし…

 

 

私はいっぱいいっぱいになってきた頭の中を整理するように、天上を見上げ本に視線を下ろすと、あの記憶が駆け巡ってきた。

 

 

………あぁ…だから、あの時の私は死ぬ必要があった

 

耳元で聞こえる肉が切り裂ける音と、血の匂いを思い出し、少し繋がったような気がして息をつく。

 

 

だとしたら…あの後アウラが届けて、そして私のところまで回ってきた。

 

 

…………ちょっと待って…でも、そうなると

 

 

 

………私は…どんな結果になろうと…死なないといけないということ?

 

 

 

 

私は、目を閉じて溜息つく。こんなにも死が身近にあるとは思わなかった。

 

 

 

………複雑だ……

 

 

 

 

…まぁ…どんなに私が考えようとも、あの時私の真横に本が落ちてきたという事実は変わらない。…となると…ペンダントで時を止めた可能性が高いのだ。

 

 

「………身近な人の死…」

 

 

身近な人の死と言われ思い浮かんだ人達は、勿論家族だ。さらに言えば、今丁度死喰い人から命を狙わられている。死ぬ機会なんて沢山ある。

 

 

………でも、どうして私は生きているの

 

 

そんな疑問が頭に浮かんだ。

 

身近な人の死を目にしないと、時を止めることはできない。目にするということは、家族が殺される場面にいるということだ。

 

死喰い人が私だけを見逃すと思うか?いや、そうは思えない。

……純血主義ではない家系を、自分たちにとって不利益な存在な奴らなんて1人残らず殺そうとするはずだ。

 

 

考えれば考えるほど分からなくなり、私は一旦外の空気を吸おうと窓を開けた。意外と風が強かったらしく、部屋の中に風が吹き込んできて、髪も、カーテンも舞うようになびいた。気分転換もできて、椅子に座ろうかとした時に、ペンダントの横に置いた本が開いているのが目に入った。どうやら風の勢いで開いてしまったのだろう。…あれから、本を開いてみてももう何も文章は浮かぶことはなく単なる歴史の本になっていた。

 

私は、本を閉じようと手に持つと、ページの端にとても綺麗な文字で何やら書き込んであるのに気がついた。

 

 

 

『あの時謝った訳を教えて。あの時泣きながら微笑んだ訳を、僕の名前を呼んだ意味を教えて』

 

 

 

 

とても整っている文字で、読みやすいものだった。私の文字ではない。それは確かだ。

 

これを書き込んだのは一体誰なのだろう。

 

そう思って、文章に触れてみると溶けるように消えていく。

 

 

時々、この本に浮かび上がる文章は一体何なんだろう。全く字体も違うし、雰囲気も全然違う。

 

白紙のページではなく、時々何も変哲のないページの端に書き込むように書かれてあった文章は何なんだろう…

 

 

『どうして彼ばかりに執着するんですか?』

 

 

 

『あの時謝った訳を教えて。あの時泣きながら微笑んだ訳を、僕の名前を呼んだ意味を教えて』

 

 

 

今まで書き込んであった文章を思い出しながら、本を閉じる。

 

 

1回目は私の書き込んだ文章も一緒に消えていったし、今回は触れただけで消えていった。

 

 

考えたところで答えなどでないことは分かっていたが、それでも誰のものなのかが気になってしまい、課題を終わらせる為に持った羽根ペンも動くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みも中盤を迎え、そろそろ課題に取り組まないと終わらないと思った私は何とかひとりで取り組んでいたのだが、どうしても薬草学が分からず、羽根ペンが止まっていた。

 

 

………ノアに聞きにいこう…

 

 

ああ見えて一応首席だし、私よりかは頭もいい。私は羊皮紙を持って部屋を出て、兄がいるであろう部屋の扉の前に立つといつも通り3、4回ノックをする。

 

…いつもだったらすぐに兄の声が聞こえてくるのだが、いくら待っても聞こえてこない。

 

 

 

………いないのかな…

 

 

 

私はそう思ったが、一応ドアノブに手をかけると鍵はかかっていなかった。

 

 

「…ノア、いな………」

 

 

扉を開け、飛び込んできた光景を目にした瞬間私の言葉は途中で消えて、持っていた羊皮紙は下に落ちる。

 

ソファーに腰掛けている兄は左腕を押さえて何か耐えるように、目を閉じていた。

左腕が痛いのか、兄の顔色は決して良い色じゃない。

 

 

「大丈夫⁈」

 

 

直ぐに駆け寄った私の顔を見た兄は、そこで初めて私がいることに気づいたらしい。

 

 

「…すぐに誰か呼んでくる」

 

 

兄の髪が少し汗をかいて額に張り付いているのを見て、父か母を探しに部屋から出ようとすると、兄の声が後ろから聞こえてきた。

 

 

「…父さんを呼んでくれ……レイラ」

 

 

『…セブルスじゃ……ハリー、セブルスを呼ぶのじゃ』

 

 

兄の声と一緒に何故か記憶の中で聞いたダンブルドアの声が重なった。

 

私を見つめてくる兄の表情を見て、私は素直に頷くしかなかった。

 

 

……やっぱり…

 

 

何か…隠してる…

 

 

そう思っても今私にできることは、父を呼ぶことしかできない。

私は走って父の部屋の前に着くと、ノックもせずに駆け込んだ。

 

 

「レイラ、一体そんなに慌ててどうしたんだ?」

 

 

息が切れている私に微笑みながら言ってくる父を見ながら、何とか途切れ途切れに伝える。

 

 

「…ノアが……左腕を押さえて…痛そうなの……お父さんを呼んでって…言われて」

 

 

私の口から、ノア、怪我、というフレーズが出ると父の表情は一変して、すぐに立ち上がった。

 

 

「分かった、ありがとう。レイラは、部屋に戻って課題でも終わらせてしまいなさい」

 

 

「でも…」

 

 

「いいね?」

 

 

強く言いつけるように言ってくる父に反論できるわけがなく、私は部屋から出る父の後ろ姿を見て、自分の部屋に戻った。

 

 

 

椅子に座って課題に取り組もうとしても、進むはずがない。

 

あんな兄の苦しそうな姿を見たら、できるわけがない。

 

 

私が溜息をつくとノックの音と、扉が開く音が聞こえてきて後ろを振り返ると、羊皮紙を持った母と目が合った。

 

 

「レイラ、これ落ちていたわよ」

 

 

「…ありがとう」

 

 

母から兄に聞こうとしていた薬草学の課題の羊皮紙を受け取ると、まるで私が不安そうなことが分かったのか、母は静かに話しかけてくる。

 

 

「大丈夫よ、レイラ。…そんなに心配しなくても」

 

 

「……うん」

 

 

私は母から受け取った羊皮紙を机の上に置いて、相槌を打つ。

 

 

「レイラ、明後日にでもダイアゴン横丁でも行きましょうか」

 

 

急に明るくなった声を聞いて、母を見つめると優しく笑いかけてくる。

 

 

「せっかくの休みなのに篭りっぱなしだし、それに教科書も買っとかないといけないでしょ?」

 

 

「………そうだね…うん、行きたい」

 

 

言われてみれば確かに、外に出ていないことを思い出して、私は笑いながら頷いた。

 

 

外に出て気分転換するのも必要だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来年使う教科書を落とさないように抱えながら行き交う人にぶつからないように歩いたこともあり、今はアイスを食べながら空いているベンチに腰掛けていた。

 

「あっ…レイラ、少しだけ行きたいところがあるんだけどついてくる?」

 

母が思い出したように言った声を聞いて私はアイスを食べながら答える。

 

「いや、ここで待ってるよ。…ゆっくりしてきて」

 

「そう。じゃあちょっと行ってくるから、ここを動かないでね」

 

私に微笑んで、背を向ける母の後ろ姿を見送りながらアイスにかぶりついた。

 

 

 

 

 

アイスも食べ終わり、私は確認するように服の上からペンダントを探す。

 

 

…やっぱり…ない

 

 

どうやら、家に置いてきてしまったようでダイアゴン横丁に着いた時に違和感に覚えて気づいたのだが、取りに帰るなんて言えなかった。

 

 

…やっぱり…取りに帰ればよかった

 

 

最初は軽く別にいいかと割り切っていたのだが、もしかすると今この時兄があのペンダントに触れてしまうかもしれないと考えると今直ぐにでも帰りたくてしょうがない。

 

 

…あんなペンダントを…家に野放しと考えただけで、寒気がする。

 

 

 

母の帰りを待ちながら行き交う人を眺めていると、小さな子供達がはしゃぎながら人混みの中を華麗に走り抜けていくのが目に入った。私は転けないかどうかヒヤヒヤしながら目で追う。

 

「待って!!!」

 

1人の男の子が、もうとっくに先を走っている子供達に声を張り上げながら一生懸命追いかける姿がどんどんと大きくなる。黒の短髪のその子はどこか、セブルスに似ているような気がして、私はゆっくりと目で追いかけた。

 

男の子は盛大に足を絡ませて、顔から地面に突っ込むように転んだ。

周りを歩いていた大人達も、勿論私も突然のことに何が起きたから分からなかったが、男の子は転けたところが痛いのか、それとも置いていかれたことが悲しいのか大声で泣きだして、私の視界はぐらりと歪んだ。

 

どうしてかは分からないけど…何故かこの子を見ているとどうしてもセブルスが重なる。

 

私がゆっくりと腰を上げて彼に近寄ろうとした時、その子の目の前にふわりと黒のローブが靡いて視界を覆った。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

泣き続ける男の子に目線を合わせて、誰よりも早く近付いたその人の横顔を見て私はその場を動けなくなる。

 

転けた男の子と同じ黒髪で、真っ黒な瞳を持っている人。

 

泣き続ける男の子を必死に慰め続けながら、杖を一振りして膝の怪我を治す彼は、よく見たことのある人物だった。

 

 

「ほらもう大丈夫だから、泣くな」

 

 

少し不器用だけど、それでも優しく頭を撫でるセブルスを見て私は胸が熱くなった。

 

 

 

 

………あぁ…もう、何でこんなところばっかり見ちゃうかな

 

 

 

こんな優しいところばかり見てしまったらどんどん彼を好きになってしまう。泣きそうになるのを必死に堪えながら、俯いた。

 

 

「こんなところで会うなんて、奇遇だね」

 

 

突然頭の上から聞こえた声に、顔を上げるとルシウスが笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。

 

 

「…お久しぶりです………何か用ですか…?」

 

 

私は出来るだけ表情を変えずに淡々と答えながら、ポケットに入れている杖を気づかれないように握り、身構えた。

 

 

……彼は…死喰い人だ………今私はその死喰い人に命を狙われている…

 

少しタイミングが良すぎる…。

 

まるで私がひとりになるのを狙って話しかけてきたとしか思えない状況だ。

 

私は周りを警戒しながら、そんなこと気にしていない風に装った。

 

 

「用ってほどでもないんだけどね……最後に君に確認しに来たんだよ」

 

 

彼は相変わらず、黒い笑みを浮かべてくる。

 

 

 

「本当にこっち側に来る気はないのかい?」

 

 

 

こんなに賑やかな声が聞こえるというのにルシウスの冷たい声は、はっきりと聞こえてくる。

 

 

「…集団行動は苦手だと言ったはずで「君は本当にそれでいいのかい?」

 

私の話を遮ってくるルシウスを少しだけ睨みながら問いかける。

 

「………どういう意味ですか?」

 

「…君はもう少し自分が置かれている立場を理解した方がいい」

 

私を見つめてくる彼を見ながら、私は黙り込んだ。

 

 

「……大切な人達を失いたくはないだろう?」

 

 

 

「…脅しですか…」

 

 

何も答えず変わらない笑みを浮かべるルシウスを見て、彼の先にいるセブルスに視線を移した。

 

「…1つ質問いいですか?」

 

「…もちろん」

 

 

 

「何故、そんなに私に執着するんですか?」

 

 

 

 

 

「………我々の戦力になりそうな優秀な人材は、是非とも招き入れたいだろう?」

 

 

どこからどう見たら、私が優秀な人材なのかさっぱり分からない。殺そうとしている相手を招き入れたい?少しおかしすぎる話だ。

 

 

…何か他の理由がある。

 

 

直感的にそう思って、私は自分を落ち着かせるように彼を見ないように前だけを見た。

 

 

ルシウスの先にいるセブルスのところには先を走っていていたはずの男の子の友人たちが戻ってきていて泣き続ける男の子を立たせ、それぞれ頭を撫でたり、手振り身振りで励ましていた。男の子が泣き止みつられて笑った姿を見たセブルスは、安心したように笑みを浮かべる。

 

男の子の手を握り、その子に合わせて歩き出す姿が小さくなるのをきちんと見送ったセブルスはゆっくりと彼らに背を向けた。少し離れているし、人通りも多いから、セブルスは私に気づくわけもなく、人混みの中に溶けていく。

 

 

………セブルスが泣きたい時に…駆け寄る人は誰かいるのだろうか…

 

 

……彼が苦しんでいる時に、側に寄り添う人は?

 

 

……彼が歩けない時に、手を握って一緒に歩く人は?

 

 

 

………彼を救う為には、彼を死なせない為には、できるだけ隣に居ないと、

 

隣じゃなくても、後ろでもいいから、彼から目を離さないようにしないと

 

 

セブルスの苦しみを私が背負えることができないのなら、これ以上彼が苦しまないように辛くならないように。

 

 

 

 

 

 

「…………いいですよ……」

 

 

私の言葉に、ルシウスの表情が少しだけ固まったのが分かった。どうやらこんなにもすんなりと受け入れたことに驚いているらしい。

 

 

「……気が変わりました。………どうせなら闇に沈むのもそう悪いことではないかも知れませんね」

 

 

私が笑みを浮かべると、彼は満足そうに笑って手を差し出してきた。

 

 

 

「……では…行こうか」

 

 

私は何も抵抗もせずにルシウスの手を握り、立ち上がった。私の教科書が置いてあるベンチが見えなくなり、薄暗い路地裏へと入った時には賑やかな声も遠くなっていくのを感じ、もう後には戻れないと思った。

 

ルシウスが私の手をしっかりと握って、こちらを見た時には突然視界が歪み、上か下かも分からなくなった。

 

 

 

 

………あぁ…お母さんに…謝っとかないと

 

 

 

 

 

 

 

そう思って次、目を開けた時にはそこは見たこともない屋敷が目の前に佇んでいた。

 

私の手から離れてその屋敷の中へと入っていくルシウスの後ろをついていく。人気がないその屋敷に足を踏み入れた時にはもう生きて帰れないような気がして、寒気が襲いかかってきた。

 

 

階段を上がり、一番奥の立派な扉の前で立ち止まったルシウスは何かを決心したようにゆっくりと扉を開けた。扉が開いた瞬間に冷気が足元を漂って、この先に進んではいけないと本能的に感じ取った体は動かなくなる。

それでも無理矢理体を動かして先を歩くルシウスの後をゆっくりと追い、部屋の中へ足を踏み入れると緊張したように心臓が動き出したのがわかった。

 

 

「…………我が君…連れてまいりました。」

 

 

ルシウスが見ている方向に視線を移すと、長机に沿って椅子が並び、その1番奥の椅子には対面したくなかった人が座っていた。

 

 

例のあの人、

 

名前を言ってはいけないあの人、

 

 

死体と変わらないほどの青白い顔色も、袖から出ている蜘蛛の長い脚のような手も、こっちを見つめてくる真っ赤な瞳も全て恐ろしく感じた。

 

 

……指を一本でも動かせば、殺される

 

 

 

そう思うほど、怖くてここの部屋に入ってしまったことを後悔しながら平然を装うことに集中する。

 

 

「………まさか…本当に連れてくるとは……ルシウス…よくやった」

 

 

「……私などには勿体ないお言葉です。」

 

 

冷たい声を聞いた瞬間私の体は、まるで体の芯が凍ってしまったかのように一気に体温が下がり、血の気がひいた。

 

駄目だ…何か自分から話さないと……

 

そうでもしないときっと呑まれてしまう。

 

 

「………初めてまして…レイラ・ヘルキャットと申します」

 

 

やっぱり、初対面の人には自己紹介ぐらいはしといた方がいいだろうと思いとりあえず名前を名乗ってみた。

 

「…貴様の家ことは、よく知っている。………なにやら純血でありながら、純血主義の思想をよく思っていないとか…」

 

「………大体は合っていますが、勘違いしないでください。……私と家は関係ありません」

 

 

「………貴様は違うと?」

 

「えぇ…その通りです。

 

………貴方様のことは前から存じ上げております。貴方の思想が叶えば、魔法使いにとっても私にとっても生きやすい世界になると思いまして、喜んで貴方の力になりたいと思っている時に丁度彼からお誘いがあったものですから」

 

 

私はちらりとルシウスの方を見て、あの人に視線を戻した。

 

騙すんだ…

 

…ここにいる全員に、私は純血主義で、あの人の考えに賛同している奴だと思い込ませるんだ。

 

 

「………我が君、少し発言してもよろしいでしょうか?」

 

口を挟んできたのは、椅子に座っている1人で見たことのない青年だった。

 

私より、若い……

 

 

「聞かせてもらおうか…」

 

 

「…私は信じられません。彼女が急にこちら側の人間になるつもりで来たなど到底理解できませんし、何か企んでいるとしか考えられません」

 

 

「…私は別に貴方に信じてもらわなくとも結構ですよ」

 

 

どこか見覚えのあるその青年に冷たい笑みを浮かべながら、口を挟み前に座っているあの人の真っ赤な瞳を見つめる。

 

 

「…私は貴方様に尽くせればそれでいいんです」

 

 

…私はセブルスに尽くせればそれでいい

 

 

私を見てくる赤い瞳から目を離さずに見ていると突然、自分の中に何か入ってくるような感覚に襲われた。

 

 

…これ……知ってる感触だ

 

 

それはレギュラスが開心術を使ってきた時と全く同じで、すぐにかけられていることに気づき、心に蓋をするように集中する。

 

 

……全く見せないというのも、怪しまれる。

 

 

私は、見せてもいいところだけをうまく繋ぎ合わせて閉心術などできないように装った。

 

 

「………よかろう…」

 

上手く出来たかは分からないが、声を聞く限りではそんなに怪しまれた様子はない。

気持ちの悪い感覚が終わりホッとしたのもつかの間、ゆっくりと立ち上がったあの人が近寄ってきて初めて顔がはっきりと見えた。

 

 

真っ赤な瞳には、温かい光など差し込んでいなくてその瞳だけで人を殺してしまいそうなほど恐ろしかった。

 

 

 

「貴様にチャンスを与えてやろう。」

 

 

 

突然、聞こえた冷たい声に顔を上げるとあの人が何か探るように私を見てきていた。

 

 

「最近とても面白いことを耳にした。何やらお前の家には不思議なペンダントがあるとか」

 

 

ペンダントとという言葉が聞こえた瞬間、私の心臓は大きく波打つ。体が緊張したように変に力が入り、心臓の鼓動は激しくなっていく。私は平常心を保ちながら静かに返した。

 

 

「…ペンダント……ですか?…そのようなものは聞いたことも見たこともありません」

 

運良く今は、ペンダントを持っていない私はあの時取りに帰っていたらと考えると変な汗が出てきた。

 

 

……一体どこで聞いたのだろうか。

 

 

もし、彼が時を止めることを既に知っていたとしたら、

 

もし、それを使うことができたら

 

 

セブルスを救う以前の問題になってしまう。

 

 

「………貴様がそのペンダントを俺様の元に持ってくれば、お前を俺様の僕として歓迎してやろう」

 

 

……なるほど…最初からペンダントが目的だったんだ。

 

 

だったら、ルシウスが私に執着していたのも納得いく。

 

 

「…………ペンダントを無事届けてさえくれば、貴様の命も勿論貴様の家族の安全も保証してやろう。………ただし、少しでも奇妙な行動をしたり、期待を裏切るようなことをした場合は」

 

 

あの人は、私の胸元に杖を向けてくる。私はその意味が分かって、恐怖で体が強張った。

 

ゆっくりと私に近づき全く動けない私の耳元で囁いてくる。

 

 

「……大切な者の苦しむ叫び声を聞きたくはないだろう?」

 

 

私の脳には、父や兄、母が苦しむように叫ぶ光景が浮かび上がってきて心臓の鼓動が早くなっていく。

 

 

 

「……………分かりました。……必ず貴方様の元にペンダントを届けてみせます。」

 

 

 

 

私の声は、恐怖で少し掠れていてそう答えるだけで精一杯だった。私の言葉を聞いたあの人は満足そうに口角を上げて、ゆっくりと口を開く。

 

 

「………期待しているぞ」

 

 

 

声を聞いただけだというのに、私はもう目の前にいるあの人に縛られたかのような感覚に襲われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ばちんという音が聞こえると宙に浮いていた足は地面を捉えて、目の前には気味の悪い店が並んでいる一本道がずっと前まであった。看板を見上げるとそこはノクターン横丁と書かれている。

 

何も言わず先を歩くルシウスの後を追うと、だんだんと人の話し声や足音が聞こえてくる。

 

どうやらダイアゴン横丁までの道のりを案内してくれたらしく、少し眩しい光が目に差し込んできた。

 

 

「レイラ!!!どこにいるんだ!!!」

 

 

急に私を呼ぶ声が聞こえてきて、ルシウスの背中から覗き込むように人混みを見ると、必死になって私を探している兄の姿が目に入った。

 

その瞬間、何か家族を裏切ったような気がして、胸が痛くなる。

 

中々動かない私を見て、ルシウスは背中を押してきて、私は少しよろけながらも彼を見つめた。

 

 

「…君なら上手くやれると信じているよ」

 

 

相変わらず、彼は張り付いた笑顔を浮かべてくる。

 

 

「………ご期待に添えるように頑張ります」

 

 

私も負けじと作り笑顔を浮かべて、ダイアゴン横丁に出た。人混み紛れながら、見失ってしまった兄の姿を探す。

 

「レイラ!!!」

 

後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえたかと思うと思いっきり腕を掴まれた。ゆっくりと振り返ると、すごい顔をした父は額に汗をかいていた。

 

「…お父さん……」

 

どれぐらい走ったんだろう。父は乱れた呼吸を整えながら、安堵したような表情を浮かべる。

 

「父さん!!レイラは見つかっ…レイラ!!!!」

 

父の後ろから、兄も駆け寄ってきて私の姿を見た瞬間抱きついてきた。汗の匂いがして、体は熱かった。

 

 

「……よかった…本当に良かった」

 

 

耳元で聞こえた兄の声は、少し震えていて泣き声が混ざっていた。

 

 

「さぁ、家に帰ろう。アメリアが待ってる」

 

 

父は優しく微笑んできて、さっきまであんなに冷たかった体はだんだんと温かくなっていくように感じた。

 

 

涙を堪えるので精一杯で、私は謝ることもできずに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家の扉を開けた瞬間に母とアウラが駆け寄ってきて、目が腫れている母が私に向かって声を張り上げる。

 

 

「どこに行っていたの!!!!こんな時に独りになって!!!何かあったかと心配したのよ!!!」

 

 

あまり母に怒鳴られたことのない私は、母の怒鳴り声に驚いて涙がこぼれ落ちてきた。

 

 

…あぁ…泣かないって決めてたのに…

 

 

そう思っても、まだ家族が生きていることが嬉しくて、安心したかのように抑えていた涙が溢れでてくる。

 

 

「………ごめんな…さい…」

 

 

嗚咽混じりに謝ると、母は力強く抱きしめてきた。

 

 

「……私もごめんね。…貴女をひとりにしてしまって」

 

 

謝ってくる母の言葉を聞いて、私はお母さんは悪くないと言いたかったが、言葉が出てこなくて頭を横に振ることしかできなかった。

 

 

「………本当に良かった…無事で…」

 

 

優しく頭を撫でてくれる母に甘えてるように、私は声を押し殺すことなく泣くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち着いた私は、母からあの時のことを言って聞かされた。

 

私がルシウスと姿を消した後、用事を済ませた母は居るはずの私の姿がないのを見て、すぐに探しだしたらしいがどうしても見つけられず一旦家に戻って父と兄に事情を説明したらしい。母は私とすれ違いにならないようにと家に待機して、父と兄が私を探した。

 

そう話す母は、どうやら思い出したようでまた泣きそうな表情を浮かべる。

 

 

「ところで、レイラ。どこに行っていたんだ?」

 

 

兄が不思議そうに問いかけてきて、私は少し言葉を詰まらせる。

 

 

……例のあの人に会っていたなんて言えるわけがない…

 

 

言ってはいけない……誤魔化さないと…

 

 

「ダイアゴン横丁の店にも、通りにもどこにもいなかったし…」

 

 

「…………ノクターン横丁に行ってたの…」

 

 

私の言葉に、家族は雷に打たれたように体を強張らせた。

 

 

 

「ノクターン⁈何を考えているの⁈」

 

母は、私の肩を持ってすごい表情で声を張り上げてくる。

 

 

「母さん、落ち着いて。レイラも怪我なく戻ってきたんだし、そんな声を張り上げなくてもいいじゃないか」

 

 

兄が横から母を慰めるように声をかける。

 

 

「……前から興味があったの。

 

……お母さんが戻る前に戻ればいいと思って…ごめんなさい」

 

溜息をつく母と、謝る私の頭を撫でてくる兄を交互に見て、ぽろっと本当のことを言ってしまわないように唇を噛み締めた。そんな私の姿を見てか、後ろにいた父が声をかけてくる。

 

 

 

 

「……レイラ、少しだけ話したいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 

いつもと変わらない笑みを浮かべてくる父は逆に恐ろしくて、頷くことしかできなかった。何を言われるのかと思いながら先を歩く父の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

父の部屋に入ると、相変わらずの変わった部屋で前と何も変わっていなかったが今回ばかりは目の前にいる父が怖く感じる。

 

「……レイラ…本当のことを言いなさい。

 

……行っていたのはノクターン横丁じゃないんだろう?」

 

 

やっぱり、勘が鋭い父はそう簡単に私の言葉で騙せるはずがなく、冷静に淡々と言ってくる父の迫力に体が緊張した。

 

 

「……何を言っているの?私はノクターン横丁に行っていたの」

 

 

今の私にはそれしか言うことができなくて、語尾を強く言って服を握りしめる。

 

 

「…大丈夫、アメリアにも、ノアにも言わないよ。

 

……だから、本当のことを言ってくれ」

 

 

真剣な眼差しで見てくる父の視線を感じながら、私はぎゅっと目を瞑った。

 

 

 

本当は…全部吐き出したい……

 

 

私はこれから起こることを知っていて、

 

 

さっきは例のあの人に会ってきたって…

 

 

 

あの人は、私が持っているペンダントを狙っていて、

 

 

…ペンダントを渡さないと、家族が殺されるってことも

 

 

全部全部、言ってしまいたい。

 

 

 

でも………話してしまったら…あの人は絶対に殺しにくるだろう…

 

 

私はあの人を騙すほど器用じゃない。

 

 

「……レイラ…君は賢い子だ。……

 

死喰い人に命を狙われているということを知っていながら、用もなしにわざわざ自分を危険な目に晒すようところへ行くなんて、そんなの考えられない。」

 

父が、何か必死に訴えるように話を続ける。

 

 

「…大丈夫……誰にも言わないと約束する。

 

……だからそんなに独りで抱え込まないでくれ」

 

 

肩に手を置いて話してくる父を見て、私はまた泣きそうになった。

 

 

………駄目だよ…駄目なんだよ、お父さん…

 

 

私だって言えるものなら、今すぐに言いたいよ。でも言えないの…

 

 

 

 

 

助けて…なんて言えないの。

 

 

 

 

私はぐっと堪えて、父に向かってゆっくりと言葉を繋げた。

 

 

「…本当よ。私はノクターン横丁に行っていたの。

 

……だから安心して。嘘なんてついてないわ」

 

 

父に嘘をつくのは胸が痛み、自分が変に笑ってしまったことに父の表情を見て気がついた。

 

 

 

「…………分かった……レイラのことを信じるよ。

 

 

ただ、これだけは絶対に忘れないでくれ。

 

 

………自分の身に危険が及んだ時や、もう無理だと思った時は誰でもいいから助けを求めてくれ。私でも、アメリアでも、ノアでも、アウラでもいい。誰でもいいから助けてと言えなくても何かしら訴えかけてくれ。…一人で抱え込もうなんて絶対に思わないでくれ。……いいね?」

 

 

あまりにも優しすぎる言葉を聞いて、私は黙ったまま頷いた。また溢れ出てきそうな涙を必死に堪えるので精一杯で何も言えない。…ここで泣いたら何かあったと勘付かれてしまう。

 

 

 

 

…………ねぇお父さん……

 

 

 

 

今日から嘘をつき続ける私を、今までと変わらずに愛してくれる?

 

 

 

 

……嘘をつく私を許してくれる?

 

 

 

笑いながら頭を撫でてくる父に問いかけることができるわけもなく、私は平然と笑い返した。

 

 

 

 

 


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