夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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22 もう遅い

 

 

寝不足だった私は、汽車の中でぐっすりと眠れて気づいたらホグワーツについていた。

 

 

 

 

学校に戻るといつも通り授業が始まり、休日は出された課題に追われる日々が始まった。叔父のことや兄のことが気になっていない訳ではないが、父が話してくれると約束してくれたものだからそこまで考え込まないで済んだ。

 

 

 

 

 

 

N.E.W.T試験に向け出された大量の課題を抱えながら、寮に戻っていると前から4人組が歩いてくるのが見えた。楽しそうに、ブラックの肩に手を回しながら話すポッターを見た瞬間、私は視線を逸らし前だけを見て彼らとすれ違う。

 

 

 

少しだけ歩いて、後ろを振り返ると私の方を見ていたルーピンと目が合い、慌てて視線を戻すとレギュラスが壁にもたれながら私の方を睨むように見ていた。

 

あれから一言も話していないし、話す気などさらさらない私は勿論声をかける気などない。

 

ちらりと彼を見ると、彼は私ではなく他の誰かを睨んでいることに気がついた。

レギュラスが見ている視線を追いかけると、

 

……明らかにあの4人組を目で追いかけている。

 

 

ブラックの笑っている顔が見えた瞬間、彼は何かに耐えるかのように、悔しそうに唇を噛み締めると、ローブに皺ができるほど強く握りしめて、体を少し震わせていた。

 

 

………知ってる……

 

 

 

……私は、今の彼の感情を知ってる。

 

 

レギュラスにセブルスとエバンズの2人を見ていた自分が自然と重なり、私はその場から逃げ出すように彼に背を向けた。

 

 

……あんな顔されたら、救いたいと思ってしまう。

 

 

 

 

聞きたくのない明るい声が聞こえてきて、私は自然と睨むように声がした方を見ると案の定、沢山の友達に囲まれたエバンズが楽しそうに話していた。

 

立ち止まっている私の後ろから風と一緒にふわりと薬草の香りがすると、よく見たことのある後ろ姿が私の横を通り過ぎた。…エバンズに気づかなかったのか、彼は彼女と真逆の廊下を歩み進める。

 

 

 

 

今まではぶつかり合ってはいてもみんなそれぞれが幸せで、こんなにバラバラじゃなかった。

 

 

セブルスとポッターが喧嘩をして、それにブラックが参戦して、エバンズが止めに入る。

 

ルーピンは時々セブルスに話しかけて、その少し後ろからペティグリューは追いかけて、レギュラスはセブルスを慕うように楽しそうに話しかけて、エバンズとセブルスは楽しそうに笑うのが当たり前だったのに…

 

 

当たり前が幸せだということを…失ってから知った私はどうしようもなく胸が痛んだ。

 

 

 

………本当にすれ違ってばかりだ……

 

 

 

私は溢れ出てきそうになる涙を堪えながら、止まっていた脚を運んだ。

 

 

………これじゃあ…誰も幸せになんかなれるわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

N.E.W.T試験が近づいてきたこともあり、生徒達の間では少しピリピリとしていた。発散する場所もないため勉強のストレスは溜まるばかりで、勿論私もいつもよりかは余裕がなかった。

 

こんな時にエバンズとばったりと会ってしまったのが運が悪いと思うのだが、それよりも運が悪いと思うのはどうしてこういう時に限ってお互い人気の少ない廊下を歩いているのかということだ。

 

勿論余計なことなどは言わないと思っていたのに、エバンズとすれ違う瞬間にセブルスを抱きしめた感覚を思い出して、私の口は勝手に動きだしていた。

 

 

「……あんなに嫌っていたのによく付き合えたわね」

 

私の言葉に、エバンズはゆっくりと緑色の瞳で見つめてくる。

 

「……1つだけ教えてくれない?」

 

 

……もしかすると…ここで私が何か言えば…

 

 

私はセブルスが泣いている姿を思い出して、エバンズの緑色の瞳を少し睨みながら言葉をつないだ。

 

 

 

「………どうして彼を簡単に切り捨てることができたの?」

 

 

……何かが変わるかもしれない。

 

これ以上…彼が苦しむ姿を見なくていいかも知れない。

 

 

 

 

「………その話はしたくないわ」

 

そんな私の期待とは裏腹に、エバンズは一言言い捨て、私の問いかけに逃げるように赤毛をふらりとなびかせながら、歩き出そうとする。私は咄嗟に彼女が逃げないように手首を掴んだ。

 

 

「…人間なんて間違うものでしょ?…

 

それをどうしてたった一度の過ちで、彼を切り捨てるの?」

 

 

私の言葉にエバンズは少し睨んできた。その瞳にはうっすらと涙の膜が張っていた。

 

 

「…たった一度の過ち?………何よそれ。……

 

私はそんな心が広くて優しい人間じゃないわ。

 

 

……貴女に私の気持ちなんて分かるわけない訳ないじゃない!」

 

「えぇ…分かるわけもないし分かりたくもない。……

 

 

……だけど、あなただってセブルスの気持ちなんて分からないでしょ?」

 

 

……どうか、少しででもいいから彼に一言でも話しかけて…

 

 

「……まるで貴女は分かっているような口ぶりね……

 

…貴女とセブぐらいの関係だったら、たった一度の過ちで済んだかもしれない。

 

でも無理なのよ。もう何もかもが遅すぎるの!」

 

エバンズは私の手を振りほどいて、睨みつけながら声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

「……もうセブルスに私の声はもう届かない」

 

 

歩き出すエバンズの髪が靡いて、シャンプーの匂いが香った。

 

 

………それは…ただ貴女がそう思い込んでるだけなの

 

 

私は前を歩くエバンズの肩を握って無理矢理振り向かせた。エバンズの長い髪が顔に当たったが気にすることなく彼女の肩を持ち訴えかける。

 

 

「…貴女が届かないのなら、最初から届かない人はどうすればいいの?……

 

 

 

ねぇ…教えて…」

 

 

どうか…気づいて………私が言葉に出来ないことを気づいて

 

 

 

私じゃ元に戻せないの…

 

 

貴女じゃないと、貴女しかできないの…

 

 

 

何か気づいたエバンズの瞳孔が少しだけ開いたが、私は今までのことを詫びるように言葉を続ける。

 

 

「………貴女のことを傷つけてしまうようなことを言ったことは謝るわ。

 

貴女のことを、最初から拒絶したことも、

 

友達になりたくないと一方的に言ったことも、

 

貴女に酷いことを言ったことも、

 

今までのこと全部謝るし、別に許してくれなくてもいい。

 

………今更なことだって分かってる。都合が良すぎるのも十分に理解しているわ。

 

 

 

 

 

 

 

でも…セブルスは貴女しか見ていないのよ。貴女しか見えていないの。

 

私にはできなくて、貴女にはできることがあるの」

 

 

…………お願い…気づいて…

 

 

静まり返った廊下には、私の声だけが響き渡り、やけに不気味に感じた。

 

 

………気づいて…エバンズ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんな冗談はやめて、笑えないわ」

 

冷たく私に言い放ったエバンズは、私の手を振り払ってその場から逃げるように少し駆け足で歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………セブルスは貴女のことを愛してるの…」

 

 

 

結局彼女に伝えることができなかった言葉を、今更言ったところでエバンズに届くことはなかった。

 

 

溢れそうになる涙を堪えながら、溢れてしまう前に痛くなるまで目をこする。

 

 

………セブルスがこんなにも苦しい思いをしているのも…全部、全部……

 

 

 

 

 

私のせいだ…

 

 

 

彼の幸せを願ってあげられなかった、私のせい

 

 

 

どう頑張っても一度ずれてしまった歯車はそのまま噛み合わないまま回り続けるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、2年前のことを後悔しているかのように自然とあの湖のところへ気づけば足を運んでいた。

 

今日もいつもと変わらず、あの場所へと向かって歩み進める。いつもはちらほらと生徒がいるものなのだが、どうしてだか今日だけは誰一人として姿がなかった。いつも、もたれている木に視線を移すと、もう先客が居たことに気がついた。風が巻き起こると、彼が持っている本のページが勝手にめくりあがって、髪も流れに沿って靡いている。

 

 

「………セブルス…?」

 

 

あまりに微動だにしない彼を見た瞬間、首から血を流している姿と重なった。私は急いで駆け寄り、膝をつく。

 

瞼を下ろして、力が入っていない手がだらんと地面についているのを見て私は彼の肩を持つ。

 

 

「セブルス、起きて。ねぇ、目を開けて」

 

 

何回か呼びかけながら、肩を揺らすと固く閉じられていた瞼はゆっくりと開いてぼんやりと私を見つめてきた。

 

…よく考えてみれば、体も温かいし、息もしている。

 

………死んでいるわけがない。

 

私は、それでも安堵の溜息をついてまだ眠たそうなセブルスに話しかけた。

 

 

「…こんな所で寝たら風邪ひくわよ…」

 

 

何も答えずに、目をこすりながら座り直して本を手探りで探しだすセブルスを眺めながら、まだ緊張している心臓の鼓動を全身で感じていた。

 

 

眠っているセブルスはあまりに綺麗で、儚くて、

 

まるで……

 

 

 

 

 

 

死んでいるみたいだった…………

 

 

 

 

「………僕がどこで寝ようが関係ないだろ…」

 

 

どうやら寝起きは悪い方らしく、起きた彼から冷たい言葉が返ってくるが私は何も答えずに、セブルスの近くに座った。

 

 

 

 

…………ごめんね…セブルス…

 

 

心の中でいくら謝っても聞こえるわけがない。

 

 

 

隣から視線を感じて、セブルスを見ると彼は何故か私の方を見てきていた。

 

 

「…どうしたの?」

 

 

何か聞きたそうな表情を浮かべていたセブルスに問いかけてみたが、一瞬目が泳いだ彼は本に視線を戻して、素っ気ない返事が返ってくる。

 

 

「いや、何でもない」

 

 

 

本を読み続けるセブルスの横顔を見つめていると、自然とあの時のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

あの時……止める勇気がなくて…ごめん

 

 

 

 

私に声を出して言うほどの勇気があるわけがない。ただ、心の中で何度も謝っては自分一人で勝手に満足をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休日に、ホグズミードに行くことを許されて、特にやることもないし、気分転換もしたくて私は1人ホグズミードに来ていた。

 

 

行きたい店がある訳でもない私は、とりあえず三本の箒で、バタービールではない飲み物を適当に頼み、店の端の席で時間を潰していた。

 

 

「ここいいかな?」

 

 

持ってきていた本を取り出し、ゆっくりと読んでいると突然聞こえた声に顔を上げる。私の返事も聞かずに、前に座るルシウスの髪が綺麗に靡くのを見て、本に視線を戻した。

 

 

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 

 

「…じゃあ、バタービールを貰おうかな」

 

 

 

店員とルシウスが会話をする声を聞き流しながら本を読み進めると、前に座っている彼が話しかけてくる声が耳に入ってくる。

 

 

「…珍しいね」

 

 

顔を上げ、ルシウスを見ると彼は私が頼んだ飲み物を見つめていた。

 

 

「ここに来てバタービールを頼まない生徒は初めて見たよ。」

 

 

私は水滴がついているグラスを見つめながら、適当に返す。

 

 

「私、バタービール嫌いなんですよ。」

 

 

「あんなに美味しいのにかい?」

 

 

ルシウスの声を聞いた瞬間、自然と彼にエバンズが重なり、その横にはバタービールを持つ記憶の中のセブルスが見えた。

 

 

 

…バタービールを飲むと、あの日のことをどうしても思い出しまう。

 

 

 

私はそれから視線を逸らすように本に視線を戻して、声を出す。

 

 

「……味が嫌いというわけではないんですけど………

 

 

それで、今日はわざわざ何の用でしょうか」

 

 

中々本題に入らないルシウスに、本に視線を移したまま問いかけるが、声が聞こえることはなく、顔を上げると黙り込んでいた。

 

 

「…………あれのことなら、まだ見つけられてませんよ。

 

……どこを探してもありませんし、両親もそういった言動を見せてくれないので、本当にあるかどうかも怪しいぐらいですね」

 

 

 

……ペンダントを渡すつもりなんてない。

 

 

 

………渡したら、そこで全てが終わってしまう

 

 

 

「……意外と手こずっているね」

 

 

私が溜息混じりに言った声を聞いたルシウスは、頬杖をつきながら私を見つめてくる。

 

 

 

「…家族を上手く騙しながら、家中を探すのは簡単なことではないんですよ」

 

 

 

グラスを傾けてると、少し冷たくて、甘い香りが口全体に広がっていく。

 

 

 

 

「………1つ、個人的な疑問で聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

 

 

「………………えぇ……」

 

 

改まって言ってくるルシウスに視線を移して、何を聞かれるのかは見当も付かないが、とりあえず素っ気なく返す。

 

 

 

 

 

「……あの方が、何故君達にそこまで執着しているのかがずっと不思議に思っているんだが、君は何か知っているかい?」

 

 

 

…君達?

 

 

ルシウスが言った君達という言葉に引っかかった。

 

 

 

君達…ということは、少なくとも私以外に1人はいるということだ。

 

 

 

 

「……執着…ですか。……私にはそうは見えませんよ。

 

………私よりもあの方に直接聞かれてみてはいかがですか?」

 

 

 

 

まぁ……それが出来ていたらこんなことを私に聞くわけがない。

 

 

「お待たせしました。バタービールです」

 

 

 

バタービールを持った店員が私達の机に近づいてきて、自然とその話は途中で終わった。

 

 

 

 

「じゃあ、私はそろそろ失礼するよ。……」

 

 

バタービールを口にすることなく立ち上がったルシウスは、机の上に明らかに私の飲み物と彼が頼んだバタービール代以上のお金を置く。

 

 

「…いや、悪いですよ。飲み物代ぐらい自分で払えます。」

 

 

「こういう時は素直に受け取っといてくれ」

 

 

にこりと笑う紳士的なルシウスは、今の笑みで今までどれほどの女性を魅了してきたのだろう。

 

 

私に背を向けたルシウスは何かを思い出したように振り返ると、見つめてきた。

 

 

 

「………あぁ、そのバタービール良かったら飲んでもいいよ。」

 

 

……嫌いと言ったばかりだというのに…

 

 

…嫌がらせだろうか……

 

 

私が何も答えず笑みを浮かべると、彼は振り返ることなく店を後にした。

 

 

 

 

私は何となく手を伸ばし、バタービールが上までたっぷり入ったグラスを持つと、口に運ぶ。甘く、少し温かいものが喉を通っていくのが分かった。

 

 

…あの時の頃の味と全く変わっていないバタービールを飲むと、まるで昨日のことかのようにあの時のことが鮮明に頭の中で駆け巡ってくる。

 

 

……エバンズの酷く傷ついた表情も

 

 

………泣きながら殴ってくるセブルスも

 

 

乱暴にグラスを置いたから、中身が少し溢れたが、気にすることなく本を手に持った。

 

 

 

 

「……これだから…嫌いなんだ…」

 

 

 

私の独り言は、他の客の騒がしい話し声に溶けるように消えていき、お金を払って店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

別に行きたい店があるわけでもない私は、もうそろそろ学校に戻ろうかと思い、歩き出そうとすると足元に何かが当たって視線を下ろした。

 

足元には、丸い形の何かがあって、手に持つとそれがお菓子だということが分かった。

 

 

…だれか、落としたのかな

 

 

 

「すいません!それ、僕のです!!!」

 

 

突然聞こえた大声にお菓子を持ちながら振り返ると、小柄な青年がだんだん走って近づいてきた。

 

 

……ペティグリュー…

 

 

 

私だと分かった瞬間彼は少し戸惑いを見せた。私は何も言わず、ペティグリューにお菓子を押し付けると、小さな声が聞こえてくる。

 

 

「…あっ…ありがとう」

 

 

「………いいえ、気にしないで」

 

 

うわべだけの言葉をいい、さっさとその場を立ち去ろうとすると後ろから何か決心したような彼の声が聞こえてきた。

 

 

「君は!…死ぬのは………怖い?」

 

 

 

「…………いきなり何?」

 

 

 

私が振り返りながら不機嫌そうな声を出したからだろう。彼は少し怖がったように体がびくりと反応したが、体を小さくしながら後を続ける。

 

 

 

「………そういう…話になったんだ…」

 

 

 

……ポッター達とそういう話をしたという意味だろうか。

 

 

……でもそうだとしても、何故わざわざ私に問いかけてくるんだろう。

 

 

「……みんな…死ぬのは……怖くないって」

 

 

「貴方は?」

 

 

「へっ?」

 

 

「貴方はどうなの?」

 

 

 

私の問いかけに間抜けの声を出した彼は、視線を下にしてボソボソと口にする。

 

 

「……僕は………僕は、………僕も……怖くない……」

 

 

自分に言い聞かせるように言ったペティグリューは明らかに嘘をついていた。

 

 

「そう。

 

 

 

………………私は怖いわよ。」

 

 

 

私の言葉を聞いた瞬間、彼は頭を上げて見つめてきた。

 

 

 

「…でも、大切な人が目の前で死ぬ方が………もっと怖い」

 

 

 

私は彼を少し睨むように見つめて、背を向けた。

 

 

 

結局、ペティグリューは私に何を聞きたかったんだろう……

 

 

 

あんなことを私が言ったとしても……きっと彼は、ポッター達を裏切る。

 

弱い人間はそんな急に強くなれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからはあっという間に時間が過ぎ、気づけばN.E.W.T試験ももう目の前に迫っていた。図書館で勉強をし、寮に戻っていると前から元気な声でお礼を言う新入生らしき子供達が走ってきた。

 

「ありがとうごさいましたー!!!」

 

何事かと、前を見ると手を大きく振っているルーピンがいた。ばっちりと目があった私は、何も考えず彼の隣を通り過ぎようとするとルーピンは私の腕を握ってくる。

 

 

「…………何か用?」

 

 

少し睨みながら言うと、ルーピンは私を見ながら恐る恐ると言った感じで口を開く。

 

 

「……あの時…早く、止めに入らないといけなかったのに……ごめん」

 

 

最初は彼が何を言っているのかさっぱり分からず、頭がついていかなかった。

 

 

…あの時って、いつの時のことを言っているんだろう。

 

 

…去年のことなのか、それとも2年前の時のことなのか…

 

 

動転して、思考が停止した私は口が勝手に開き、最初に思ったことが言葉として外に出る。

 

 

 

「…………謝らないでよ……」

 

 

 

小さな声だったが、ルーピンは聞こえたらしく驚いたように目を見開いた。私は慌てて、彼の手を振り払って、駆け足でその場を立ち去った。嬉しいことに、ルーピンが追いかけてくることもなく、理由を聞かれることもなかった。

 

 

……謝られて、私はどうすればいいのよ…

 

 

何で……そんなに勇気があるの…

 

 

何でそんなに…簡単に、言葉にできるの…

 

 

私は震える唇を閉じて、持っていた羊皮紙をぎゅっと握り潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

N.E.W.T試験が終わって、私は重い足取りで廊下を歩いていた。試験は、セブルスに勉強を聞けずに挑んだものだから散々なものだった。

 

……そんなことで足取りが重いわけじゃないことぐらい分かってる。

 

 

彼が笑わなくなった姿を見ていると、胸が重く苦しくなり、日差しに当たっていても冷たく感じ、そしてとても居づらい。

表情ひとつ変えずに、淡々と友達と話すセブルスの姿を見るたびに私はあの時止めなかったことを責めていられるように感じるのだ。

 

 

 

 

 

 

もう歩き慣れた廊下をひとりで歩いていると後ろから突然私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「……ヘルキャット!」

 

ゆっくりと振り返ると、私もよく知っている人物が少し駆け足で駆け寄ってきた。

 

グリフィンドールのローブが靡き、あちらこちら寝癖がついている髪に、丸眼鏡。

 

 

………ポッター…

 

 

心の中で名前を呼んで、私は駆け寄ってくるポッターを見つめた。

 

 

 

……今目の前にいるポッターが…セブルスだったら……良かったのに…

 

 

 

少し息を切らしている彼は、呼吸を整えて話し出す。

 

 

 

「あの時の…ことを謝りたくて……」

 

 

 

……何で、みんな謝ってくるの

 

 

そう言いながら何やらローブのポケットの中を探って中から何やら綺麗に包まれているものを出してくる。

 

 

 

「…中々、似てるのなくてさ……

 

後からあの髪留めが大事なものだったって聞いて」

 

 

 

ポッターは、袋の中から髪留めを取り出して私の方に渡そうとしてくる。

 

 

 

 

どうやら、どういう風に彼の耳に入ったかは知らないが、あの髪留めに思入れがあったことが彼の所まで伝わったらしい。

 

 

 

 

「あの時は……本当にごめん……

 

君の大切な髪留めを壊しておいて、謝りもせずに…こんなに時間が過ぎてしまった………

 

許して欲しいとは、言わない。

 

せめて…これを受け取ってくれないか?」

 

 

そう言うポッターの掌の中には、あの時壊れてしまった髪留めにそっくりなものがあった。

 

それを見た瞬間、私の中の何かはざわりと騒いで途端に目の前にいるポッターも、何もかもが憎くなってくる。少し髪留めを見つめると、気づけばポッターの掌にあったそれを思いっきり払いのけていた。

 

丁度生徒達も行き来していなかったから、誰にも当たることなく壁に当たって割れる音が聞こえくる。

 

 

 

視線を上げ、ポッターを睨みつけると彼は驚いている様子もなく、こうなることを分かっているかのように冷静な様子で私を見ていた。

 

 

「謝ってる相手が違うんじゃないかしら?」

 

 

私は彼にそう吐き捨てて、背を向ける。

 

 

 

………こんなことを言っても、ポッターがセブルスに謝るなんてしないだろう。

 

……それぐらいにお互い嫌忌し合っている。

 

 

 

ポッターから逃げるように、廊下を早歩きで歩いていると前を見ていなかった私は誰かとぶつかってしまった。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

謝りながら顔を上げると、まず目に入ってきたのはグリフィンドール色のローブだった。

 

 

……どうして、今日はこんなにも彼らに会うのだろう。

 

 

ブラックの顔を見た瞬間、私は彼の横を走り去って逃げ出した。

 

 

 

 

ただ逃げ出したかった。

 

 

…今すぐ…こんな物語を終わらせたい。

 

 

未来をしていなければ、こんなに苦しまなくて済んだのに……

 

 

こんな…思いなんてしなくて良かったのに

 

 

 

 

未来を知っていていいことなんて1つもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポッターがセブルスに謝ろうが、2人の仲が今更良くなってももう遅い。そんなことは分かってる。

 

 

 

 

闇に足を掴まれてしまった人間はそう簡単に抜け出せない。

 

どれだけ、何人もの人で引っ張り上げようとしても、きっとそれは纏わりついてくる。

 

だれか1人、闇に呑まれて彼を下から押してあげないといけないというのなら、私は喜んでそれを受け入れよう。

 

 

彼が笑える日が来るのなら、

 

セブルスがただ心臓を動かして、夜を過ごし朝を迎えれるのなら、

 

 

 

……私は死んでもいい。

 

 

 

セブルスがいつか幸せを噛み締めて、

 

生きていてよかったと思える日が来るのなら

 

 

 

……エバンズじゃなくても、

 

 

 

……私じゃなくても、

 

 

 

誰かを愛して、

 

愛されて、

 

 

今度こそ彼が幸せに笑える日が来るのを見届けたら

 

 

 

 

 

 

……………私は、もう必要ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

N.E.W.T試験が終わってしまえば、もうあっという間に時間はすぎて私の学生生活も呆気なく終わってしまった。

 

 

 

 

ホグワーツを後にしていく生徒達に紛れ込みながら、転けないように急ぎ足で歩く。

トランクを手に持って、私はホグワーツを振り返ることもないまま前にいるセブルスを目で追いかける。

 

途中で他の生徒に持っていた鳥かごが当たってしまい、中にいたアテールが驚いたように鳴く声が聞こえてくる。当たった生徒にも謝ることもせずにトランクと鳥かごを乱暴に地面に置くと、少し立ち止まっている彼の腕を後ろから必死に掴み引き止めた。

 

 

 

ホグワーツ特急に乗り込んでいく生徒達の波が私たちを避けるかのように横ぎりぎりを歩いていく。セブルスは、私の方を見ると表情を変えず何も言わなかった。

 

 

 

 

 

「…………本当に……そっちに行くの…?」

 

 

 

 

 

私の問いかけにセブルスは何も答えず、私の瞳を見つめてくると何か言おうと口を開いた。まるでセブルスの言葉を遮るように、彼の友達がセブルスの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

 

彼の口から言葉が出ることはないまま、意図も簡単に私の手から離れていく。

 

 

一度も振り返らず、人波に飲み込まれて見えなくなっていくセブルスの後ろ姿をしっかり目に焼き付けるように見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………私も…すぐ…行くよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セブルスに伝えるはずだった言葉を小さく呟いて、私はトランクと鳥かごを手に持ち、ホグワーツ特急に乗り込んだ。

 

 

 

 


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