駅に着いた瞬間、違和感を感じた。
…いつも迎えに来てくれるのは、家族揃ってだったのに今回は父の姿しかなく、そんな父も私を見つけるとほっとしたような表情をしてすぐに手を握ってきた。
「どうしたの?…何かあったの?」
私はあまりの不安に、父の顔を見ながら問いかけてみたが、父は私のトランクを持つと間をおいて口を開いた。
「…帰ってから話すよ。ほら掴まりなさい」
父に言われた通り、しっかりと腕を握ると一瞬で景色が歪んで体の中をかき混ぜられているような感覚に襲われて、気づけば宙を浮いていた足が地面についていた。
すぐに姿くらましをしたのだと悟って周りをキョロキョロと見回してみたが、来たことのないところだった。
「レイラ、はぐれないようにちゃんと着いてくるんだよ」
父はそれだけいうと、少し薄暗い小道をどんどんと進んで行く。私は、ぴったりと後について歩いた。
どうやら路地裏だったようで、大きい道路に出るとあんなに静まり返っていたのに人の話し声や足音で騒がしくなる。
家付近でもないし、行き来する人の格好を見た感じだとマグルだということがすぐに分かった。
「……お父さん…ここはどこなの?…」
前を歩いている父に向かって聞いてみると、小さな声で返ってきた。
「……大丈夫、すぐ着くからね」
肝心な場所のことは何も答えてくれない代わりに、父は私を安心させるかのように少し微笑んでまた前を向いて歩く。
あまりに人通りが多くて、時々足を踏まれたり、肩がぶつかったりしたが何とか父の後をついていった。
マグルは梟が珍しいのだろうか。私が梟の入った鳥かごを持っているものだから行き交う人に、好奇心な目で見られるが、私は気にしてない風を装いながら歩いた。
少し歩くと、お店が並ぶ通りから、だんだんとレンガ造りの建物が並んでいる通りに変わっていき、すれ違う人も少なくなっていく。
レンガ造りの建物の窓からはカーテン越しに暖かい光が漏れている。どうやら、ここはマグル達が住んでいるところらしい。
「…レイラ、こっちだよ」
建物を見上げていたから、立ち止まる父に気づかずに先に進んでしまったらしく、私は慌てて父に近寄った。
父は私がいることを確認するかのように顔を見ると、建物と建物の間にある僅かな幅の道、もう路地裏と呼べるのかと思うほど狭いところを父は気にすることなく進み出した。
人が1人通れるぐらいの道を少し歩いていると行き止まりになり、父は立ち止まって懐から杖を取り出して、壁のレンガをなぞるように杖を滑らせる。3回ほどトントンと叩くと、石が擦れるような音が聞こえてきた。
壁に人がしゃがめば通れるぐらい空洞ができていて父は中へと入っていく。私も慌てて中に入ると後ろからまた石が擦れる音が聞こえて振り返ると、通った空洞は閉じていた。
周りを見回すと、まるで誰かの家の廊下みたいなところだった。薄暗い道を歩くと、前にいた父が、扉を開けて私を先に入れてくれた。
今まで薄暗いところに居たせいで突然の眩しい光に目が眩み、目を凝らすと母と兄の姿があった。
「レイラ!良かった」
母が私の姿を見た瞬間に抱きついてきて思わず後ろに倒れそうになる。
「お帰り…レイラ」
少しほっとしたような表情をしている兄がにこりと笑いかけてきた。
「…ただいま」
何がなんだか分からなくて、私はそれしか言えなかった。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
アウラがいつものように私にいうと、鳥かごを手に持ち、父のところに行って私のトランクを預かっていた。
「アメリア…それぐらいにしてあげなさい。レイラが混乱してしまう」
父が、ローブを脱ぎながら言うと母はやっと離れてくれた。
「……ここはどこなの?…何で家じゃないの」
私が思い出したように父に問いただすと、母が優しく私に話しかけてくる。
「……レイラ落ち着いて、一旦座ってから話しましょう」
前を歩く母を見ながら私は、周りを見渡した。ここが家でないことは確かだ。家よりかはるかに狭いし、雰囲気も全然違う。
少し小さな部屋に入ると、机には4人分のお茶とお菓子が準備されていた。私は一番ふかふかそうなソファーに腰掛けて、目の前にいるお茶を飲んでいる兄を見ていると父の声が聞こえてきた。
「……レイラ、落ち着いて聞いてほしい。」
あまりに真剣に話すものだから、私の体は強張って少し不安になった。
「………私の母が死喰い人に殺された」
父の口から出た言葉を聞いた瞬間頭は真っ白になって、何も言えなかった。人から言われただけじゃ全くと言っていいほど実感がない。
「…魔法省から連絡があって、私達もさっき知ったばかりでね。
……何せ一人暮らしだったから、太刀打ちできなかったんだろう」
どうして父がこんなにも冷静に居られるのかが不思議でたまらなかった。
「……他の人は…大丈夫なんだよね?」
私は父にすがるように聞いたことをすぐに後悔した。父の口から何とも信じがたい言葉が出てきたのだ。
「……分からない。…全く連絡が取れないからまだ何とも言えない」
「…レイラ、大丈夫よ」
私が酷い顔をしていたからだろうか。母が駆け寄ってきて、優しく頭を撫でだした。
「…ここは絶対に見つからない。それに私達がいるんだから大丈夫よ」
「…でも…」
「レイラ、大丈夫だって。僕がレイラを守るから。」
ノアが、乗り出すようにして満面の笑みを浮かべる。
「ほら、死喰い人に襲われて無事に帰ってきただろ?…だから安心して」
冗談をいれながら話すノアを見ても、私は余計に泣きそうになった。
……すぐ近くまで死が近づいているのが分かると怖くて怖くてたまらなくなる。
「……だから少しの間だけここで生活することにしたの。…外には出してあげられないけど、ひとり部屋はあるから今日はゆっくり休みなさい。」
私に笑みを浮かべて言う母の顔をみるとなぜかさっきよりかは楽になった。
そうは言っても、やっぱりいつものように寝ることなんてできずに、気づいたら朝を迎えていた。
狭い部屋でひとり籠っていても、不安が募るばかりで、私は安心したいがために母の姿を探そうと部屋を出る。すると明らかに出かける格好をしている父が目に入った。そんな父はアテールが入っている鳥かごを手に持っている。
「……どこに行くの?……アテールをどこに連れていくの?」
母と話している父に話しかけると、2人は私の方を振り返った。
「…心配ないよ。少し魔法省に行ってくるだけだから。アテールは少しの間だけ空に放してくるね。最近外に出してやっていないだろう?」
「…今行かないといけないことなの?」
私の言葉を聞いた父は、ゆっくりと近づいてきて私の頭に手を置くと微笑んでくる。
「……出来るだけ早い方がいいんだ…大丈夫。すぐに帰ってくるから」
そう言われると何も言えなくなって、私は俯くしかなかった。
本当はどこにも行って欲しくない。……怖い。
何故か簡単に死んでしまいそうでものすごく怖いのだ。
「…じゃあ、アメリア子供達を頼んだよ」
そう言うと父は、扉の向こうに行ってしまった。
「レイラ、僕とチェスをしないか?奇跡的にあったんだ。埃被ってたけど」
いつも間にか隣にいた兄が笑いながら誘ってきて、私はつられて笑いながら頷いた。
父の帰りを待ちながら、私は兄とチェスを打ち、母が淹れてくれた紅茶を飲みながらアウラが作ったお菓子を食べた。
チェスを打ち終わると、あんなに楽しそうな笑みを浮かべていた兄が少し緊張しているような表情を浮かべる。
「どうしたの?」
兄は私だけしかいないことを確認するように、部屋を見回して見つめてきた。
「………父さんと約束したんだろう?…卒業したら全部話すって」
「えぇ…それがどうかしたの?」
兄は、左腕を握ってゆっくりと話し出した。
「…やっぱり、自分から話したくて父さんからは言わないでくれって頼んだんだ。」
「…うん」
「……言い訳に聞こえるかもしれないけど、
……僕はただ家族を守りたかっただけなんだ。
……だから、これから話すことを聞いても…嫌いにならないでくれ…」
不安そうに頼んでくる兄は、力強く左腕を握っていた。
「………大丈夫よ…ノア………私はどんなことを受け入れるわ。
ノアを嫌いになるなんて絶対にないわよ」
「……ありがとう…」
私の言葉を聞いて安心したのだろう。兄は弱々しい笑みを浮かべるとお礼を言ってきた。
少し左腕を見た兄が、服の袖を捲り上げると、腕に巻きついている白い包帯が露わになる。
「……死喰い人に襲われて、……怪我をしたというのは嘘なんだ。
……左腕は怪我をしたわけじゃない。」
「……じゃあ死喰い人に襲われたというのは…」
「襲われたというのは、本当だ。
………僕の不注意でドラゴンの鉤爪に当たってしまったという時があったのは覚えているかい?ほら、レイラが2年生ぐらいの時」
「うん」
私が頷きながら、答えると兄は後を続ける。
「……本当はその時に、襲われて…怪我をしたんだ」
「……でも、どうして左腕は怪我もしていないのに包帯なんか巻きつけていたの…」
自分が思ったことが、自然と口から出ると兄は核心を聞かれたように、少し表情が暗くなった。
「……それは…見たほうが…分かるよ」
そう言った兄が、腕に巻きついている包帯を取っていく姿を見ていると自分が緊張していることがわかった。
……死喰い人に襲われて怪我をしたんじゃないというのは、大体予想はついていた。
……でも、怪我自体をしていないとは思っていなかったし、考えてもいなかった。
だって…前に兄が左腕を痛がっている姿も見たじゃないか。
腕からするりと包帯の最後が、取れると左腕だけ不健康そうに白い肌が目に入る。
肌白く、少し赤くなっている兄の左腕には、黒くはっきりと印がついていた。
…骸骨に………蛇の形をしたそれは、どこからどう見ても死喰い人がつけているあの印がはっきりとついている。
……どういうこと…
どうして兄の腕にそんなものがついているのかが考えられなくなり、頭が真っ白になる。
何で…ノアの腕にこんなものがついてるのよ
兄の目を見つめながら言った私の声は、少し混乱しているからなのか震えていた。
「……………どういうことなの…ノア…」
私の声を聞いた兄は、今にも泣きそうな表情を浮かべながらもしっかりとした声で話し出した。
「……どんなに人数が少なかったとはいえ、1人で死喰い人の攻撃を全て防げるわけがない。
…本気で殺しにかかってくる相手に、僕が怪我だけで済んだのは、
……例のあの人が急に僕を見て攻撃を止めるよう死喰い人達に言ったからだ。」
思い出すように話し出す兄は、左腕を後がつくんじゃないかと思うぐらいに握っている。
「……何故、僕を殺さなかったのかも分からない。…ただ、杖を振って必死に防いでいたら、急に相手が攻撃をやめたんだ。それで……例のあの人に言われたんだ」
そう言って言葉が詰まる兄の姿を見て、大体予想がつく。
「………自分に忠誠を誓い、僕になれば家族に危害を加えないと、次会う時までに決めとくようにと言われた……次会うかどうかなんて分からないのに、あの人は断言していて怖かったんだ。
もし次会った時に断ったら?
反発したら僕はそこで確実に殺される。でも…自分が死ぬことよりも…
母さんも父さんも……レイラも僕のせいで殺されてしまうかも知れないというのが…何より1番怖かった。」
………だから…兄は…死喰い人になった…
家族のために…自分を犠牲にして、
………私に心配をかけないために、嘘をつき続けていた。
「…本当は…父さんにも話さずに1人でやり遂げるつもりだった。だけど、僕が怪我をしたと聞いてすぐに駆けつけた時にすぐに何かあったと勘付かれて話すしかなかったよ。
父さんも母さんも、僕が死喰い人に入ることは反対してきた。その時に、僕は父さんがあの人の友人だったということを聞いたんだ。
だけど…それしかこの状況を良くする方法はないと思ったし………逆にこれを利用しようかと考えた。死喰い人になれば色々と情報も耳にすると思って、………僕はあの日自分から会いに行ったんだよ。」
「……叔父さんと…叔母さんが、来た…日?」
「……いや…それよりも…もっと前」
思い当たる日があった私は問いかけると、兄は否定をしてくる。
「……確か…レイラが学校へ行っている最中ぐらいだったか……
僕は、仲間になるつもりで行ったんだけど、……その時は印をつけられることはなかったんだ。…きっと信頼をしていなかったんだろうね」
兄は、すっかりぬるくなった紅茶が入ったティーカップを傾けながら混ぜるように回しだす。
「………だから……僕は…あの人の…信頼を得るために……………
………人を殺した。」
そう言う兄の目には光が差し込んでなくて、表情を変えない姿が逆に恐ろしく感じた。
「……………何人もの人を…僕は………自分の為に…殺したんだよ。………」
今にも壊れてしまいそうな笑みを浮かべる兄は、自分の手を見つめてぼそりと呟く。
「……僕は…もう………汚れてる…」
兄の言葉を聞いた瞬間、私は勢いよく立ち上がって、兄の手を両手で包み込むように握った。
「ノアは、汚れてなんかないわ。」
驚いた様子で、見つめてくる兄は黙ったままだった。
……汚れているわけがない。
私は、自分の気持ちを言葉にして吐き出していく。
「…私に嘘をつき続けてくれたことも、死喰い人に入ったことだって、全部家族を守りたい一心でやったことなのよ。」
私は兄の左腕を力強く握って、言葉を続けた。
「人を殺そうが、死喰い人になろうが、貴方はノア・ヘルキャットで、私のたった1人の大切で、大好きな兄なことに変わりない。」
整理してもいないのに、話したから兄に伝わったかは分からないが、それでも今はとにかく伝えたい一心で必死に言葉を並べた。
「………僕を……許してくれる…のか…?」
兄の口からは、弱々しい声が出てきたと思うと次々に言葉が声が聞こえてくる。
「……死喰い人になった僕を……
…人を殺した…僕は…
…レイラの…兄でいていいのか…?」
「勿論よ。……ノアは、たった1人の大切な兄弟よ」
「………僕を………嫌いにならないでくれるのか?」
一呼吸置いて、兄に向かって宣言する私の声は泣きそうな震えた声だった。
「嫌いになるわけがないじゃない」
私の言葉を聞いた瞬間、兄の目から涙が溢れ落ちると、瞳に光が差し込み、思いっきり私に抱きついてきて耳元で独り言のように呟いた。
「………ありがとう…レイラ…」
私は、いつも兄がやってくれるように頭を撫でながらちくりと痛む胸の違和感をごまかす。
あの時…ルシウスが君達と言ったのは、兄も入っていたから…か…。
あの時の違和感の正体もわかって、私は兄の体温を感じながら、必死に泣かないように唇を噛み締めた。
………ごめんね。ノア………
……………私は、もう兄が思っているほど…綺麗じゃない。
父はちゃんと約束通り帰ってきて怪我も何もない様子だった。
「ひさびさだったからね。少し話が弾んでしまったよ」
そう言う父が持っている鳥かごには、アテールの姿はなかった。
家族揃って、夕食を食べながら兄を見ると、まだ目元は少し赤かったが、私と目があった時にいつも通り微笑んできたから、ほっとした。
私が手元の料理を一口大に切り分けて、口に運ぼうとすると父が思い出したように話しかけてきた。
「…レイラ、ノアから話は聞いたかい?」
「…えぇ…さっき聞いたわよ」
「…そうか、良かった。」
そう言いながら、ナイフとフォークを置いた父は、ゆっくりと私を見てくる。
「じゃあ……約束通り…エドのことも…話しておくよ」
笑いながら話す父を見て、私はナイフとフォークを置くと、思い出したように兄が父に話しかける。
「父さん、実は…レイラに全部話し終わってないんだ。…途中で止まってしまって」
「どこまで話したんだ?」
「……僕が…人を殺した……ところまでだよ」
「…あぁ…大丈夫だよ。……そこまでだったら、レイラも逆に混乱しないだろうしね」
そう言いながら、兄に笑いかける父はゆっくりと私の方を見つめてくる。
「……レイラは、エドやセリーヌが家に泊まった日のことを覚えているかい?」
何も答えずに、頷く私を見て、父はまた話し出す。
「…あの時、ノアはドラゴンの研究に行っていたわけではなくて、
…彼らの所に行っていたんだ。その時に、…左腕に印ができた。」
兄が机の下で左腕を握りしめたのが、仕草で分かり、私は目をそらした。
「……ノアが、死喰い人に入ったというのは、私とアメリア、それからセリーヌも知っている。
協力者は、ある程度いた方がいいと思ってね。
……セリーヌには、全てを話した」
……セリーヌにはって……叔父さんは?
私は父の話の中に、叔父の名前が入っていないことが引っかかって、口を挟まずにはいられなかった。
「…エド叔父さんは?……
どうして、叔父さんは知らないの?」
私の口から叔父の名前が出ると、父は何か言いたくなさそうに口を閉じる。
「…セリーヌ叔母さんに話すのなら、エド叔父さんにも話して協力してもらった方がいいじゃない。」
「……レイラ、…エドに言いたくても…言えなかった状況だったの」
黙る父の代わりに答える母の声は、とても落ち着いていて体に染み渡ってくる。
「…僕が…まだ死喰い人に入ったばかりで左腕にも印がない時に…………
何人かの親戚の名前と、その人達が隠れている隠れ家の場所…を話しているのを耳にしたんだ。」
真剣な表情で話す兄の声を聞いて、私の頭は考えるために、脳を回転させるが答えなんて出てくるはずがなかった。
「…隠れ家の場所は、全員が知っているわけではないの。万が一に備えて、それぞれ知っている隠れ家の場所は違うの。
…ノアが聞いた、隠れ家の場所は……………
……エドが知っているところだけだったのよ。」
母の言葉を聞いた瞬間嫌な考えが脳裏に浮かんだ。
「………その後……そのことを聞いて、別の所へ逃げて誰もいなくなった隠れ家は…様子を見に行ってくれたセリーヌが、無惨な姿になっているのを確認した。」
私の心臓は緊張しているように、鼓動を速くしていく。
「………誰も…信じたくなかったのよ。
……こんなに身近な人が、…エドが………彼らの仲間で、情報を教えているなんて…
…でも、その可能性がある以上………嘘をつくしかなかった」
耳に母の言葉が入ってくると、叔父が泊まったあの夜の日のことを自然と思い出した。
………あの時……叔父さんは私に……
ペンダントを持っているか……聞いてきた。
叔父さんが本当に、あの人の僕だとしたら、私を殺そうともペンダントを奪い取ってくるはずだ…。
本当に、死喰い人なら、あの人がペンダントを欲しがっているのを知っているはず。
………違う……
……エド叔父さんは…死喰い人じゃない
私は服の上からペンダントを握って、考え込んでいると、今まで黙っていた父の声が聞こえてきた。
「………私に……あの時、エドが騙してきたと言ったのは、……彼には、ノアが何のために死喰い人に入ったのかは話さずに………ノアが死喰い人に怪我されたことをレイラに気付かれないように協力してくれと……嘘をついたからだ。
……私の言葉は…昔から信じてくれないからね。……その嘘は、セリーヌも協力してくれたんだよ。みんなで口裏を合わせて、エドを騙したんだ。」
だから、あんな裏切られたような表情を浮かべていたんだ…
あの時の叔父の表情を思い出して、私は少し胸が苦しくなった。
「……もし、私達の勘違いで、疑いが晴れたらすぐに本当のことを説明して、嘘をついていたことを謝るつもりだった。
………でも、あれが嘘だったということを…話す前に既に知っているということは…もう………彼らとは…無関係ではないということになる。」
辛そうに、額に手を当て話す父の表情は、手の陰で見えなかった。
「……エドの側に出来るだけいてほしいと、セリーヌに頼んでいたんだ。だから………油断をしていた。そんなわけないと思い込んでいた。
……信じたくなかったんだよ………。
あんなに、優しい子が……エドが、彼らの仲間になっていて、情報を流しているなんて考えたくもなかった。
魔法省に伝えたら、エドはきっとアズカバンに送られる。
…そう考えると……できなかった。」
「でも、今私達は襲われてないじゃない」
「……叔父さんは、この場所は知らないんだ」
私が反論すると、横から兄の悲しそうな声が聞こえてきた。
「……………………結局………何もかもが…悪い方向に進んでしまった…。」
父の言葉で静まり返った部屋は、重たい空気が流れ、体が潰されると感じるほど圧がかかっているような感覚に襲われる。
………この様子だと…父も、母も、兄も
あの人がペンダントを狙っていることは、きっと知らない。
そう思うと、必死な様子で腕を掴んできた叔父の顔が浮かんだ。
…………もし、あの時の叔父は、父に騙されていたこと以外にも、
……あの人がペンダントを狙っていると知っていたとしたら?
……だから…ペンダントを使える私を必死に隠そうとしていたと考えたら…あの時の、叔父らしくない行動にも納得できる。
「……今、叔父さんは……どうしているの?」
「…セリーヌが、側に居てくれている筈だ」
「……でも…本当に、エド叔父さんが…死喰い人だったとして…その後はどうするの?」
誰も話そうとしない部屋に私の声が響くと、父は考え込むように目を閉じ、口を開こうとしない。
「………私は…エド叔父さんが…死喰い人だとは思えない。」
私の言葉に、母も兄も少し下を俯くだけで何も言ってくれなかった。
「…だって……それだけで決めつけるのは…あまりにおかしいじゃない。……他の誰かが、流した可能性だって十分に考えられる」
「…レイラ…。」
「よく考えてみてよ。……あの叔父さんが、私達を裏切るようなするわけないわ。だって、あんなにも私達のことを第一に考えてくれていたじゃない」
途中で、話す私を止めようと名前を呼ぶ父の声が聞こえてきたが今はそんなこと信じたくない一心で話し続けた。
「何で…お父さんはそんな簡単に……実の弟を疑えるの。私は…「レイラ、話を聞いて」
私の話を遮るように聞こえてきた母の声を聞いて私は自然と口を閉じた。
「……信じたくないのは…分かるわ。……
でも、私達が嘘をついていたということをエドが知っている時点で…もう……少なくとも…何かしら彼らと関わっているということになるの…」
母が言っていることは、理解できる。
でもどうしても、叔父が死喰い人だとは思えない。
だって…こうして……今ここにペンダントがあるのだから。
……あの人がペンダントを狙っていることを…言ったら、叔父の疑いも晴れるのだろうか。
一度…あの人に会ったことを……話した方がいいのだろうか。
「…レイラは…私達に何か…話すことはないか?」
まるで私が考えていることを分かっているように、話しかけてきた父の声を聞いて私の心臓は飛び上がった。
鼓動を速くして、私は平然を装いながら3人の顔を見る。
………話したら…、楽になるのかな…
…話して…父や母、兄に協力してもらったら…誰も死なずに済むのかな…
「……レイラ…?」
兄の名前を呼ぶ声が聞こえてきて、私は恐る恐る口を開き、声を出そうとすると突然冷たい声が聞こえてきた。
『大切な者の苦しむ叫び声を聞きたくはないだろ?』
あの時聞いた言葉が、耳元で聞こえたような気がして、外に出そうとしていた声を呑み込み、口を閉じる。
………言えない……
「レイラ、どうしたんだ?」
優しい兄の声を聞いて、私は口を開く。
「話すことなんて何もないわよ。」
私は平然と嘘をつき、父を見つめた。
………死んでほしくないの…
父も…母も…兄も…
セブルスも……
…いなくなってほしくない。
そう思ってつく嘘でも…やっぱり、嘘をつくのは胸が痛む。