全てを知った私は、それから外に出ることは勿論なく家の中で息を潜めるように生活した。子供の頃に戻ったように兄とゲームをしたり、お茶をしたりとそれなりに不自由はなく過ごせていた。
「……ねぇノア、今度ドラゴン見せてよ」
私が紅茶を飲みながら言うと、兄が嬉しそうに目を輝かせて乗り出してくる。
「遂にドラゴンに興味を持ったのか⁈」
軽はずみに言ったことを後悔しながら、私は嬉しそうな兄の顔を見ながら答える。
「……ちょっとね、実物を見て見たくなったの」
兄はそうかそうかと呟きながら、頰をゆるっぱなしにして紅茶を飲む。
「じゃあ、ここを出られるようになったら、一緒に見に行こう」
「落ち着いて、紅茶が溢れる」
張り切り過ぎている兄の姿を見てついつい笑いが溢れた私も頰がゆるっぱなしだった。
私に得意げに、ドラゴンのことを話し出す兄の声を聞きながら、紅茶を飲む。
………こんな口だけの約束でも、真っ暗なこの先のことを考えると暗くなるこの気持ちも、軽くなる気がした。
……私だって…希望ぐらい抱いてもいいだろう?
兄とのお茶会もお開きにして、家族揃って夕食を食べ終わった時だった。
部屋でゆっくりとして、あまりに暇で何となく部屋を出た時に、父が誰かを迎え入れていた。
少し汚れた様子のその女の人が私の姿を見て、小さく呟く声が聞こえてきた。
「…レイラ?」
「…セリーヌ叔母さん?」
こんな時だからこそ、叔母の顔が見れたことが嬉しくて、思いっきり抱きついた。
「レイラ、汚れるよ」
少し照れくさそうに言う叔母の言葉を無視して強く抱きしめた。
「セリーヌ、これを」
「ありがとう、アメリア」
「レイラ、少し離れてあげなさい。体が拭けないだろう」
少し笑いながら言う父の声を聞いて、渋々叔母から離れた。
「叔母さん!」
どうやら、兄も騒ぎを聞きつけて部屋から出てきたらしく後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「おぉ〜ノア。久しぶりだね」
兄は嬉しそうに、叔母と話を続けていると父が会話を中断させた。
「……セリーヌ、何があったんだ。」
父の低い声にその場は静まり返った。叔母は私と兄の方をチラチラと見て、この2人で言っていいものかと気にしている様子だった。
「…セリーヌ、この子達は大丈夫よ」
母が隣から助け舟を出すと、叔母は少し真剣な眼差しになって話し出した。
「………私のところにアレック叔父さんが突然来てね…」
叔母が言うアレック叔父さんというのは、私にとってお爺ちゃんの兄にあたる人だ。何回かしか会ったことがないから、顔もあまり覚えていない。
「………叔父さんが言うには………死喰い人が…勢いを増しているって。思い当たる隠れ家に行ったらしいんだけど…ほとんどいなかったらしいの」
叔母の言葉が耳に入ると、あの人が浮かび、冷たい声が空耳として聞こえてくる。
『…大切な者の苦しむ叫び声を聞きたくはないだろう?』
私は無意識のうちに首からかけていたペンダントを服の上から握りしめて、呼吸を整えた。
……大丈夫…大丈夫…
体の震えを止まらせるために何度も繰り返し、震えが止まった時には何やら話が進んだようで、父が叔母に話しかけていた。
「…エドは……どんな感じだい?」
「…大丈夫よ。あれから、外に出ていないし、今頃ぐっすりと眠っている筈だから。
じゃあそろそろ戻るわね。みんなの顔を見れて良かったわ。」
本当は行って欲しくなかったが、叔父を1人にしているというのならしょうがない。
「じゃあ、また近いうちに顔を出すよ。」
叔母は、アウラにタオルを渡して私たちの顔を見ながら話す。
「……気をつけてね。」
心配そうな母の声を聞いた叔母がしっかりと頷いて扉に手をかけようとすると、父が少し声を大きくして呼び止めた。
「…セリーヌ、………もしもの時は頼む」
父は、叔母の瞳を見つめて続けながらしっかりと口にした。
もしもの時とは…どういった時なの?
「……分かってる…」
父を安心させるように、力強く言った叔母の声が聞こえた時にはもう、扉の向こうに行っていた。
ねぇ…もしもの時ってなんなの…
私は、父を見つめながら心の中で問いかけてみたが口から出ることはなかった。
…私に聞ける勇気なんてある訳がない。
近くにいるのが当たり前になっていた家族を失うと考えただけで、恐ろしくて怖い。人間というものはそういうものだろう?
叔母が顔を出してもう随分と日にちが過ぎて、もう9月を迎えていた。気づけばこの隠れたような生活も1年ぐらい続いている。
窓に打ち付ける雨音を聞きながら私は少しウトウトしながら、外を眺める。こんな大雨は本当に久しぶりだ。
…雨の日は、不思議と眠気が襲ってくる。
頬杖をついて、これからどうすればいいのかと、ひとりぼんやりと考えていると突然慌てたようなノックが聞こえきた。
私の返事も聞かずに開いた扉の奥にはアウラがいて、何やら焦っているかのように駆け寄ってくる。いつもの彼らしくない姿に少し戸惑いながらも、冷静を保って話しかける。
「アウラ、どうしたの?」
「お嬢様!!!コインが熱く感じて、早くお知らせしないとと思い」
アウラの言葉を聞いた瞬間に眠気なんてものは吹っ飛んで、私は側にあった黒のローブと杖を手に持ち、彼に手を伸ばす。
「アウラ、私を外に連れ出して」
……コインが熱くなったということは……
…レギュラスが…死ぬ可能性が…高いということだ。
アウラは、私の言葉にオロオロと戸惑いだして、言葉を並べる。
「それはなりません。私はご主人様から貴女を外に出さないようにと言われております」
「アウラ、貴方も一緒にきて守ってくれればそれでいいじゃない。
……必ず夕食までには戻ると約束するわ」
私の言葉に、負けたように項垂れるとアウラは手を私に差し出してきた。
「……お嬢様…約束ですよ?」
「…分かってるわ」
彼の小さな手を握ると視界が歪んで、気づけば路地裏に立っていて、降り続いている雨で体が冷えていく。一応フードを深くかぶって私はアウラに手を伸ばした。
………記憶に頼るしかない…
「アウラ、私の手を握って」
大人しく握ってくるアウラを見て私は、記憶の中で見たあの景色を思い浮かべながら試験以来の姿くらましをした。
ばちんという音が聞こえて、ごつごつとした歩きにくい岩の上に着地をしてゆっくり辺りを見回す。荒れている波の音が聞こえてきて、横を見るとどうやら姿くらましは成功したらしく、大荒れの海が目に入った。
「お嬢様、ここはどこなんですか?」
アウラの問いかけに答える余裕がない私は、記憶を頼りに歩いて大きな洞窟に入る。
杖先を光らせながら先を進むと、記憶で見た通りだった。私は、尖った石を選んで手のひらを切り裂く。
「お嬢様!!!何をやっているのです⁈」
「大丈夫よ、アウラ」
血が流れ続ける手のひらを石の壁に擦り付けると音を立てて崩れ落ち、道ができる。
血が流れる左手の痛みに耐えながら歩くとぽちゃんという水の中に小石が落ちる音が聞こえて、足を止めると、怒鳴り声が響いて耳にはっきりと聞こえてきた。
「クリーチャー!!!行け!!!」
怒鳴り声が聞こえたと思うと、人が湖に落ちるような重たい音が洞窟を響いた。私は光を飛ばして、アウラに呼びかける。
「アウラ、あそこまで姿くらましをお願い」
私の焦っている声を聞いた彼は、じっと見つめて頷くと私の手を握る。視界が歪み、ばちんという音が聞こえると、小さな島のような岩が重なっているだけのところに無事着地できた。
「坊ちゃんを…どうか、坊ちゃんを」
声をする方を見ると、ロケットを握っているクリーチャーが佇んでいる。
「クリーチャー、貴方は貴方のやるべきことをしなさい。
……できるでしょ?」
中々姿くらましをしようとしないクリーチャーに話しかける。
「一度私を信じてくれたんでしょ?
…もう一度だけ、私を信じて?お願い」
私の言葉を聞いたクリーチャーは、覚悟を決めたような表情を浮かべて音を立てて消えた。
「アウラ、もし約束を守れなかったらごめんね」
暗く、先が見えない湖を見つめながら言うと、アウラが何か言おうとして息を吸った音が聞こえてきたが、気にすることなく湖に飛び込んだ。
水に濡れたローブは一気に重みを増して、目が痛みだすが、私は先が光っている杖の明かりだけを頼りに、深く深く潜っていく。あまり冷たく、体が冷えていった。
……こんな暗くて…寒いところでひとり…で死ぬなんて…
私は杖を握りしめる力を強めて、勘だけをを頼りに泳いでいく。
……それにしても…どうして、あの亡霊が襲ってこないんだろう。
どんなに潜っても亡霊の姿はまだ1人も見ていない。
でも今はそんなことを気にしている余裕はなく、レギュラスの姿を探していると小さな空気の泡が浮いてきた。細かい泡が、彼の居場所を示しているかのように次々に浮いてくる。
………大丈夫……まだ間に合う
レギュラスが水に沈んで何分経っているかは分からないが、私の今の感覚ではもう5分ぐらい経っているような気がして不安が一気に襲ってくる。
泡が浮いてくる方に杖を向けると、何人もの人影がぼんやりと目に入ってきた。
…見つけた
私は目を凝らして、何百人という亡霊達がレギュラスを底へ底へと沈めようと体を引っ張っているのを確認する。
杖を向けて魔法を唱えると、杖先から炎が渦を巻くように亡霊達に襲いかかる。怯んだ亡霊達は簡単にレギュラスの体を離す。
私は力の入っていない手首をしっかりと握って、彼の体を抱き寄せて、急いで空気を吸うために上へに向かい湖から顔を出した。
彼の体の体重が全身にかかってきて、結構な重さに驚きながらも何とか支える。
……これが人ひとりの命の重さなんだ
私は体に空気を取り込むように、吸ったり吐いたりと荒い呼吸を繰り返しながら、ぐったりとしているレギュラスの頭を支える。口元と鼻元に手をかざしてみたが、全く息をしていなくて、顔色も青白く瞼も閉じたままだ。
「お嬢様!!!大丈夫ですか⁈」
私は急いでアウラがいるところまで泳いで、レギュラスの体を支えながら岩の上に足を踏み出す。
「彼を…彼をお願い……」
早く助けないと…間に合わなくなる。
すぐに水に入れたままのもう片方の足も上がろせようとするが突然足首を掴まれて、力が入らない私は、膝が地面についた。
抵抗をしようとするが何人もの力には勝てるわけもなく、引きずりこまれられ、簡単にまた湖の中に頭が入った。
「お嬢様⁈」
遠くでアウラの声が聞こえたが、私は返事もできずに、水の中で亡霊達に向き合うと、一気に私を沈めようと襲いかかってくる。
息も体力的にも限界で、体にまとわりついてくる亡霊達に抵抗することができず、少しずつ下に沈んでいるのが分かった。
自分の体についている細かい泡が私とは、反対に上へ上へと上っていくのをただただ眺めるしかなかった。空気を求めているかのように口から空気が溢れ落ちるとそれは大きな泡となって、私を置いて上へと上っていく。
…………苦しい…
そう思って必死に空気を取り込みたい体は無意識に上に手を伸ばしていた。だんだん視界がぼやけると、それに比例するかのように体の力も入らなくなる。
………あぁ……もう…いいかな……
体に力が入らなくなり、私はそんなことを思いながら瞼を閉じる。
……ここで死ねば…セブルスが苦しむのも見なくて…済む…
セブルスが………死ぬのも見なくて…済む……
これ以上………悩まないで、苦しまないで……済む…
そう考えると……死ぬのもそう悪くない…
脳裏には走馬灯のようなものが駆け巡り、今まで会ったことのある人達の顔がふわりと浮かんでは消えていく。
黒髪を靡かせながら、振り返るセブルスは優しく微笑んでくれて、私は手を伸ばした。
………セブ…ルス…
苦しいはずなのに、何故か普通に息ができているような感覚に襲われて、目の前の視界が真っ暗になりそうになると上から誰かが水の中に飛び込んでくる音が微かに聞こえてきた。
あんなに冷たかったのに、誰かがまるで私を優しく抱きしめてくれて、温かく感じる。
ゆっくりと瞼を開けると、誰かが私の体をしっかりと抱き寄せて頭を支えてくれていた。
こんなに暗い湖の中がいきなり真っ赤な影に包まれると、私の体は上と上がっていき、湖から顔を出す。私の体は空気を求めるあまりに水も一緒に飲み込んで少し咳き込みながらも、空気を吸い込んだ。
「レイラ!!!大丈夫か⁈」
私の頰を包み込みながら、私に呼びかける人影がだんだんとはっきりして、顔がはっきりと見えた。
「……ノア…何で…」
「もう大丈夫だからな。…早く上がろう」
兄は私の体を支えながらアウラの元まで泳いで、ゆっくりと上がった。
「お嬢様!あぁ…良かった。
こんなに、冷えて…風邪をひいてしまいます」
泣きそうになっているアウラが駆け寄ってきて手を握ってくる。兄は素早く杖を振り、私の服を乾かしてくれると、自分の服も乾かしていた。
「どうして、ノアがここにいるの?」
私は、目の前に何故兄がいるのかが理解できなくて何とか言葉を繋げながら問いかける。
「そんなことより、レイラ。この子を助けないと」
兄は力なく倒れこんでいるレギュラスに近寄り、彼の口に手を当てるとほっとしたような表情を浮かべた。
「良かった…息はしてるね」
兄は、確認するように呟くと杖を一振りして、レギュラスの濡れていた服も乾かした。
冷たい体温だからだろうか。兄は、レギュラスを抱きしめて自分の体温で温めようとしている。
「…聞かないの?何をしていたのか」
あまりに兄が何も言ってこないものだから、私は我慢できなくなり自分から話しかけた。
「…聞かないよ。……レイラはただこの子を救おうとしただけだろ?
…大丈夫、父さんと母さんにも秘密にしておくから」
レギュラスをおぶって、ずれ下がる彼を上にあげながら、微笑んでくる兄の顔を見て、私は黙り込む。
「…私が連れてきたのです。お嬢様」
静まり返った空気を壊すかのように、アウラが話し出した。
「…お嬢様が水の中に沈み、勿論助けに行こうかと思いましたが、私が行っても確実に助けられないと思ったのです。
……だから、姿くらましでお嬢様の部屋に戻り、丁度その部屋にいた御坊ちゃまをお連れしたのです」
「いや〜驚いたよ。あまりに暇でね、レイラと遊ぼうかと部屋に行ったら誰もいないし、そしたら突然アウラが姿を現してね。
…何が何だが分からない状態で気づいたらここにいたから」
笑いながら話す兄は、ゆっくりと私を見ると静かに言った。
「……良かったよ…間に合って」
そう言う兄は安堵しているような表情で、一気に罪悪感が襲いかかってくる。
「……ごめん…ノア……迷惑をかけてばかり」
「何を言っているんだ。迷惑なんかじゃないさ。レイラは人を救おうとしたんだろ?素晴らしいことじゃないか。
…だからそんな顔をしないでくれ」
私を励ましてくる兄の言葉は、あまりに優しく、温かすぎた。
「…ごめんじゃなくて、ありがとうの方が嬉しいかなぁ」
明るく言う兄は私の方をちらりと見て、にこりと笑ってくる。
「…ありがとう、ノア。」
きっと今、笑えている。
作り笑顔じゃくて、心から笑えていると思うほど、心が温かくなった。
「どういたしまして。…よしじゃあ、帰ろっか」
兄の言葉を聞いて、私はアウラの手を握る。中々アウラの手を握ろうとしない兄を不思議に見ると、何故か兄は私の方を見つめていた。
「………僕は、レイラがピンチな時はどんな時も必ず助けに行くよ。」
兄は、アウラの手を握る直前私の顔を見て言ってきた言葉が耳に入り、私が言葉を返そうと息を吸い込んだ瞬間、視界が歪んだ。
目を開けると、見覚えのある部屋で一気に疲れが襲いかかってきて座り込む。兄は、おぶっていたレギュラスをゆっくりと下ろしていた。
兄にあの言葉の意味を聞こうとした瞬間、突然地面が少し揺れたように感じて、体に振動が伝わってきた。今でこんなことはなかったから、何か嫌な予感がして咄嗟に杖を握り、兄を見ると、どうやら私と嫌な予感がしたのか、杖を握り立ち上がっていた。
「…レイラはアウラと一緒にいて、少し外を見てくるよ」
そう言って部屋を出ようとする兄に、私は声をかける。
「ノア、私も行く。」
迷っている兄の表情を見て、私は言葉を続けた。
「大丈夫。」
折れた様子の兄は、もう止めることなんてせずにしょうがなそうに笑ってくる。
「ほんと……母さんにそっくりだな」
「そういうノアは、お父さんにそっくりよ」
笑いながら返して、後ろにいるアウラに声をかけた。
「アウラは、その子の側にいて」
頷くアウラを確認して、私は杖を握りしめて兄の後ろを追った。
ここは、姿くらましが出来ないように魔法をかけていると少し前に父に聞いたからこの場所の入り口は1つしかない。
部屋を出ると少しだけ早歩きで歩き、扉の前で身構えている父と母の姿を目にした。
「2人とも、アウラの元へ行け!!!!!!」
私達に気づいた父が私に怒鳴るように声を張り上げた瞬間だった。扉が粉々になってその衝撃が私のところまでくると何が起こったのかわからずに目を凝らしてみる。砂埃が起こった先には、全身黒ずくめの集団が確かに中へと入ってきていた。それも数人じゃない。
砂埃が収まる前に、眩しい閃光が走り部屋が少しずつ崩れていく。
杖を振りながら、必死に攻撃を防いでいる父と母を見た時には何か目に入って痛かったがもうそれどころではなかった。
「アメリア!!!子供達を頼む!!!」
父の大声が私のところまで聞こえてきて、私は加勢するために恐怖で少し震えている手の震えを必死に抑えながら、階段を下りようとすると、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「レイラ!!!!!!」
兄が私の腕を握って自分の方に抱き寄せると自分を犠牲にするかのように私の頭を胸に抑え込んで一緒にしゃがみこむ。その瞬間に、上ギリギリに赤い閃光が横切った。兄の体越しに見ると、何人も死喰い人が階段を上ってくる姿が見えた。
ひとりが、私達に襲いかかるように飛びかかってくるが、慣れたように兄が無言呪文で突き飛ばすと壁が崩れ落ちる。
私も何とか防衛呪文を唱えながら、兄に引っ張られながら奥へと走る。あまりに人数が多くて、魔法を防いでいられていること自体が奇跡に近く、もう限界が近づいていた。
兄は私の方をちらっと見てきて、何か決心したような表情が目に入ると一気に不安になる。
「…ノア?」
私の声には何も答えずに、唇を噛み締めて手を離し、私と迫り来る死喰い人の間に立ち塞がる。
「止まるな!!!レイラ!!!さっきの部屋へ行け!!!!!!」
聞いたこともない兄の怒鳴り声のような大声を聞いて、私は少し足を竦めながらも泣きそうになるのを堪えて、奥の部屋に向かって走るるしかなかった。
地響きがする音が後ろから聞こえ、振り向こうとすると前も見えないような濃い砂煙が襲いかかってきた。髪がパサつたのがわかり顔に砂や小石が当たり咄嗟に目を瞑ると、横から誰かに引っ張られる。砂の匂いがしなくなったと思うと聞き慣れた声が聞こえてきた。
「お嬢様⁈お怪我は!」
目を開けると、そこは埃の被った家具が無造作に置かれてある部屋で、バランスを崩し座り込んでいる私の前にはアウラの姿があった。どうやら、私の部屋からこの部屋まで姿くらましをしたのだろう。彼の隣にはちゃんとレギュラスの姿もあった。
「アウラ、…っあ、早く助けないとノアが」
私は兄を1人、襲いかかってきていた死喰い人の中に置いてきてしまったことを思い出して、アウラに縋り付くように腕を掴む。
「落ち着いてください…お嬢様。……とりあえず、私の手を握ってください。」
私は言われた通り、アウラの手を握ろうとしたが、彼がしっかりと倒れこんでいるレギュラスの手も握っていることに気づいてぎりぎりのところで思い留まった。
…屋敷妖精は、姿くらましができない場所でもできる…
「…駄目よ。……私だけここから逃げるなんてできな「お嬢様!今はそんなこと言っている場合では」
私の言葉を遮るように、声を張り上げたアウラは扉の奥から聞こえた足音を聞いた瞬間に黙り込む。
その足音は、どこか焦っている様子で耳を済ますと話し声も、聞こえてくる。
「クソッ、どこに行った!」
「落ち着け、殺してはいけないことを忘れるなよ」
「そんなことは分かってる。」
「お嬢様、早く」
死喰い人の会話に混じって、アウラが私に呼びかけてくるが、私は彼に手を掴まれないように一定の距離を保つ。
……待って…約束が違うじゃない…
耳を澄ましていると、1人の足音が近づいてきて扉の近くにいるであろう死喰い人達に話しかける。
「…見つけたか?」
少し低い上品な声が聞こえた瞬間に、さっきまで話していた死喰い人達は一気に静かになった。
「…使えない……もういい、私が娘を探す。
お前達は、…ペンダントを探してこい」
……何で、ペンダントを探しているの?
……私が届けるまで待っていてくれるんじゃなかったの?
私は、今自分の首にかけてあるペンダントを服の上から触りながら頭の中で考える。
死喰い人達が探しているのはこのペンダント。ということは、例のあの人が欲しがっているということになる。
私が届けるのを…待ちきれなくなって……強硬手段に出たとしたら…
あんなに何も考えられないほどいっぱいいっぱいだったのが嘘のように、色々な可能性が頭に浮かんでくる。
…もし、例のあの人にこれが本当に渡ってしまったら
…もし、使うことができてしまったら
…ここで見つかったら…
私の頭の中に嫌な考えが浮かび上がるともう、やることは自然と決まった。
「アウラ、手を出して」
私がやっと手を握ってくれると思ったのだろう。少しほっとしたような表情を浮かべたが、私が首から下げていたペンダントを外して掌に置くと、複雑そうな表情に変わった。
「これを持って、安全な所へ行って。」
「お嬢様、おやめください。貴女様をこんなところに置いていくなど「それを誰にも渡さないで。私があなたの元へ取りに行くまで守り続けて欲しい」
私はアウラの言葉を遮り、彼に言い聞かせるようにゆっくりと話す。
後ろから、扉を壊そうとする音が聞こえてきた。どうやらアウラが簡単に扉を開けられないように魔法をかけていてくれていたらしい。
「駄目です。お嬢様。」
嫌だと言うアウラは、泣きそうに頭を横に振りつづける。後ろからガラスにヒビが入るような音が聞こえてきて、心臓の鼓動が早くなっていく。アウラがかけた魔法が崩れていく音がカントダウンのように聞こえきた。
………もう時間がない…
「アウラ…約束する。必ず貴方の元に戻ってくる。……だからお願い、それと、彼を守って」
「お嬢様も一緒に来れば良いではありませんか!」
「……家族を置き去りになんてできない…」
だんだんと大きくなっていく音を聞こえているはずなのに、アウラはまだ私を説得しようとしてくる。
「お嬢様、お願いです。どうか私の手を握ってください。握ってくれるだけでいいのですどう「アウラ!!!!!!!!!」
後ろから聞こえた大きなヒビが入る音が聞こえて、私がアウラの話を遮るために彼の名前を声を張り上げて怒鳴ると、アウラはびくりと体を震わせた。
「大丈夫必ず貴方の元に戻るから、だから貴方は、それと、その子を死にものぐるいで守って」
アウラに言い聞かせるように目を見て言い、私は杖を持ってゆっくりと立ち上がり、扉の前に立つ。
「お願いね、アウラ。」
振り返り、笑みを浮かべるとアウラは大きな瞳いっぱいに涙を浮かべた。扉の方から少し砕けるような音が聞こえてきて、私は扉に向かい合った。
「………お嬢様…」
「行きなさい!!!!!!!」
アウラが小さく呟いた声を消し去るように私が声を張り上げると後ろからばちんと弾く音が聞こえてきた。それとほぼ同時にあんなに固く閉じていた扉は、粉々に吹き飛んできて、私は爆風のような風にに耐えながら杖を向ける。
砂埃が舞っていようが、関係なしに扉の方から色のついた閃光が私めがけて飛んでくる。なんとか、反応して杖を振り身を守るが、それでも敵うわけがなかった。気づけば何人もの死喰い人に囲まれていて、杖を手から弾き飛ばされたと思ったら縄が体にきつく巻きついてくる。
立てなくなった私は、床に頰をつけてゆっくりと近づいてくる靴を見て、見上げると長い金髪を靡かせて、私を見下ろしてくるルシウスが目に入った。
「……ルシ…ウス…」
殺されるのだろうか。
……彼に殺されるのかな
ルシウスが手に握っている杖を見て、ふとそんなことを思うと自然と彼の名前が浮かび上がってくる。
……殺されるのなら、
セブルスに…殺してほしい…
そんなことを思っていると、私は無理矢理立たされていて部屋から出ると、頭から血を流して、すっかり傷だらけの兄は私の姿を見た瞬間に、大きく目を見開いたのが視界に入った。
抵抗する気などなかった体は、そんな光景を見てしまうと自然と動くもので、自分の手首を掴んでいた死喰い人の手を無理矢理振り払い、兄に駆け出していた。
「ノア!!!!!!」
「スティーピファイ!」
「レイラ!!!!!!!!!」
後ろから呪文を唱える声を消し去るような兄の私を呼ぶ声が聞こえると、一気に体の力が抜けて、視界が真っ暗になった。
意識がなくなる直前に頭に浮かんだことは、父のことでも、母のことでも兄のことでもなく、なぜかセブルスの後ろ姿で、それがふわりと浮かび、消えていくと私の意識も同じように薄れていった。