夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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25 もういない

 

 

突然、誰かが引っ張り上げているような感覚に襲われて、上か下かも分からなくなり、少し頭が痛みだす。今まで何も感じなかったのに、急に体の感覚が蘇り、身体中が怠く感じた。

 

遠くから聞こえてくるような声は、だんだんと大きくなり、はっきりと聞こえてくる。

 

 

 

「レイラに触るな!!!!!!」

 

 

 

……誰…私の名前を呼んでるの…

 

 

ゆっくりと重たい瞼を開けると、まだ慣れないのか目の前が歪んで見えて吐きそうになる。ぼんやりとしていた光景がだんだんとはっきりとしてきて、自分が床に寝っ転がっているのが分かると、縛られている縄で体が痛みだした。

 

 

「………ノ…ア……」

 

 

兄を呼ぶ私の声は掠れていて、自分でも驚くほど弱々しすぎるものだった。

 

 

「レイラ!…大丈夫か⁈」

 

 

確かに、兄の声が近くで聞こえて私はゆっくりと体を起き上がらせるとそこは一度きたことのある部屋だった。

 

……ここって…あの時の…

 

頭に初めてあの人に会った時のことが、色鮮やかな映像として流れ出す。

 

 

できれば…あんな怖い思いは二度としたくない…

 

 

薄暗い、その部屋は前と何も変わっておらずとても広くて目の前には長い机と椅子が並んでいてその椅子に座っている人たちは、じっとこちらを見ている。周りには、大勢の死喰い人達が立っていた。

 

 

「レイラ、こっちを見て」

 

 

声がした方を見ると、少し離れたところに母の姿があった。

 

 

「…お母さん……」

 

 

母は、私を安心させるかのように、優しく微笑んでくる。それでも私は不安が募るばかりで、近づくように1人の男が私の前に立つとドスの効いた声が部屋に響く。

 

 

「子供達に、手を出すな。」

 

 

その声がすぐに父のものだと分かり、まだ誰も死んでいないことに安堵した。

 

 

「…それは、貴様次第だな…」

 

 

低く、冷たい声が聞こえると、体の芯が凍るんじゃないかと思うほどで、自然と心臓の鼓動が激しくなった。

椅子をひく音が聞こえたと思うと、足音が少しずつ私達の方へと近づいてくるのが分かり、体が震えだした。

 

 

 

 

……怖い…

 

 

 

 

死んでいるのか生きているのか分からないほど青白く、もう人間なのかどうかもわからないその姿はどこからどう見ても今恐れられている人だった。

 

 

……できれば、もう二度と会いたくないと思っていた人…

 

 

 

「ふと、俺様の所にあることが耳に入った。

 

 

……なんとも、不思議なペンダントを持っているようだな」

 

 

あの人は、ゆっくりと父の前にしゃがむと気持ちの悪い笑みを浮かべた。

 

 

「残念ながら、そんなものは聞いたことも見たこともない。」

 

 

父は、真っ赤な瞳から視線をそらすことも、怖気づくこともなく淡々と答える。

 

 

「……そうか…残念だ…」

 

 

低い声が聞こえると、扉の奥から女の人の叫び声のようなものが聞こえてきて、体が強張った。その声は、よく聞いたことのあるものだった。

 

扉が開くと、声と一緒に、痛々しい姿の叔母が目に入る。

 

 

「離せ!!!!私は何も知らない!!!」

 

 

「……セリーヌ…」

 

 

父の声を聞いた叔母は、私達がいることに気づいて目を見開くと、突然泣き出した。

 

 

 

…待って……何をする気なの…

 

 

 

無理矢理座らせられる叔母を見て、私は何も言えず、ただ満足そうなあの人の表情が目に入るともう何も考えられなかった。兄が叫ぶ声も、母や父が何か言っている声も、何もかも雑音にしか聞こえない。

 

 

「…ごめん……」

 

 

あの人が叔母にゆっくりと杖を向けて、口角を上げるのを見た瞬間、何をしようとしているのかすぐに分かった。

 

 

「…ごめん……エドを守れなかった「アバダケダブラ」

 

 

最期の声を消し去るように緑の閃光が叔母に当たると、目を開けたままゆっくりと体を傾けて床に力なく横たわった。

 

 

「叔母さん!!!!!!!!!」

 

 

兄の叫び声が耳に入ると、涙を堪えることはできずに、頰に涙が流れ落ちる。

 

目の前に横たわっている叔母は、ピクリとも動かない。

 

あんなにも簡単に、目の前で身近な人が死ぬのを見ると、怖くて、怖くてどうしようもなく、私は無意識に彼の姿を探していた。こんな状況だからこそ、顔を見て、安心したかった。

 

 

……セブルス

 

 

彼の姿を見つけた瞬間に自然と涙が止まり、表情ひとつ変えることなく、こちらを見ているセブルスを見つめる。椅子の近くに立っているセブルスは、相変わらず不健康そうに青白くて、真っ黒な瞳も変わっていなかった。

 

私が自分を見つめていることに気づいたセブルスは、少しだけ口元を固く結び、少しも動こうとしない。

 

 

…………………セブルス……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

助けて………

 

 

私は無意識の内に心の中で彼に何度も助けを求めていた。

 

 

 

何が助けてよ………

 

 

私は自分の思ってしまったことを消し去るために少し俯いて瞼を閉じる。

 

 

彼を助けなかったくせに……本当に私は都合が良すぎる。

 

 

 

 

…駄目…口にだしてはいけない。……

 

 

 

そんなことしたら、セブルスが苦しくなるだけだ。

 

自分に言い聞かせて、助けを求める声を出そうとする口を閉じるように噛み締めた。

 

 

下を俯いて、必死に恐怖心に勝とうと目を閉じていると、いきなり髪を握られて嫌でも真っ赤な瞳と目があった。

 

 

「レイラに触るなと言っているだろ!!!」

 

 

隣にいた兄の声が聞こえてきたが、私はもう恐怖心に勝てるはずもなく、せっかく止まったばかりの涙が溢れ出てきた。

 

 

「…………っあ……」

 

 

「……可哀想に、こんなに震えて」

 

そう言ったあの人は私の耳元でまで近寄ってきて、私は周りに聞こえないように小さく呟いた。

 

 

「…約束が違うではありませんか…」

 

 

少し間があくと、冷たい声が耳元ではっきりと聞こえてくる。

 

 

「……中々見つけられないようだからな…俺様が手伝ってやる」

 

 

背筋が凍りつくような笑みを浮かべたあの人は私を見て、ゆっくりと胸に杖を押し当ててくる。

 

 

 

…………私を痛みつけて…父から聞き出すつもりなのか…

 

 

 

最初から…こうするつもりだったのか……

 

 

 

あまりに残酷な言葉の意味に私は頭が真っ白になる。

 

 

 

 

「やめろ!!!!!!トム!!!!!!子供達は何も知らない!!!」

 

父の怒鳴り声が部屋に響いた瞬間、あの人の表情が一変した。

 

 

「その名で呼ぶな!!!!!!!!!」

 

 

あの人の怒鳴り声が耳に入ってきた瞬間に、突然右からふわりと暖かい温もりを感じて、その瞬間真っ白だった頭に色がついていく。寄り添ってきた母は、縛られている手で震えている私を少しでも安心させるかのように、手を握ってきた。

私とあの人の間に割り込むように前のめりになって、恐れることなく話しかける。

 

 

「…どうか、お願いです。………子供達だけは助けてください……

 

それが無理だというのなら…

 

 

 

 

 

 

最後ぐらい母親らしく子供達を守らせて」

 

 

力強い母の言葉を聞いて、私はずっと閉じていた口が自然と開いた。

 

 

……お願い…やめて…

 

 

「……お母さん…やめてよ…」

 

 

……馬鹿なこと言わないで

 

 

 

「…大丈夫よ……レイラ…」

 

 

 

そう言って微笑んできた母は、肩で私を兄のいる方に押し倒す。あの人は私の顔を見て面白そうに、そして意図も簡単に呪文を唱えた。

 

「アバダケダブラ」

 

 

 

 

人を殺すことを躊躇なくしてしまうあの人への恐怖心よりも、母がいなくなる恐怖の方が波のように襲いかかってきた瞬間、目の前が緑の光に包まれた。緑の閃光の影と重なった母の顔を目に入り、瞬きをして次、目を開けた時にはもう、母は力なく床に横たわっていた。

 

 

「……っあ…やだ、やだよ!!!お母さん!!!!」

 

 

私は、もう冷たくなっている母に必死に呼びかける。

 

 

「目を開けて!!!お願いだから!!!」

 

 

ゆっくりと父に近づき、話しかけるあの人冷たい声が聞こえてきた。

 

 

「俺様も、魔法使いの命がこんなことで消え去るのは胸が痛む。」

 

 

「………やめてくれ……私も子供達も…何も知らないんだ。……お願いだ。」

 

 

はっきりと言う父の声は少し震えていた。

 

 

「……そうか、残念だ」

 

 

そう言ったあの人は、泣き叫ぶ私に杖を向け素早く呪文を口にした。

 

 

「クルーシオ」

 

 

その瞬間、私の心臓が握りつぶされているような痛みに襲われて、息がしづらくなると身体中の血管が圧迫されているかのように痛みだす。まるで体の中で内臓を生きたまま鋭い刃物で切られているような痛みが全身に襲いかかってきた。

 

「っツ!!アァァーーーーーー!!!!!!」

 

「レイラ!!!!!!」

 

自分でもこんな声が出るんだと思うぐらいの声量が部屋に響き、私は激痛で涙を流す。痛がる私を見て、悔しそうに涙を流す兄の姿が視界に入る。

 

…本当は少しでも心配をかけないように叫びたくない。

 

だけど叫ばずにいられないほど、

 

苦しく、辛く、痛い。

 

 

 

「やめろ!!!!!!今すぐに解け!!!!!!」

 

 

「それは貴様次第だ。ペンダントのことについて話してくれれば、今すぐにでも解いてやろう。

 

……そしたら娘の叫び声なんて聞かなくて済むぞ?」

 

父の迷いだした瞳を見て、私は必死に訴えた。

 

 

……駄目、言っては駄目。お父さん…

 

 

ペンダントを言っても言わなくても、この人は殺すつもりだ。最初から、この人は約束なんて守るつもりなどさらさらなかったんだ。

 

 

……少しでも信じた私が馬鹿だった。

 

 

 

………私が渡すまで待っていてくれると簡単に考えていた私が浅はかだった。

 

 

「約束が………約束が違うじゃないか!!!」

 

 

あの人が突然私への呪いを解き、さっきまでの痛みが嘘のように体が軽くなったが、呼吸が乱れる。

 

 

「貴方の僕になれば、家族には手は出さないと、そう約束しただろ!!!!!!」

 

「お前ごときが、我が君にそのような無礼な口の聞き方をするな!!!」

 

横から声を張り上げながら兄に、杖を向けるベラトリックス・レストレンジの姿が目に入った。

 

 

「ベラトリックス、俺様の邪魔をするな」

 

 

「………私は…そのようなつもりでは…」

 

彼女は睨んでくる赤い瞳に怖気ついたように、杖を下げて、後ずさりをする。

 

 

 

「あぁ…約束したな。俺様に忠誠を誓えば、家族を助けてやると」

 

 

兄を見下ろしながら話す、あの人の赤い瞳はとても冷たいものだった。

 

 

「だったら!何「お前は、俺様を裏切った。」

 

 

兄の話を途中で遮る声が耳に入ると、私は血の気がひいた。

 

 

………殺される…ノアが……殺されてしまう

 

 

 

「貴様には失望した。………親そっくりな馬鹿な奴に育ったもんだ」

 

 

そう言いながら、座り込む兄に杖を向けられ、あの人が呪文を唱えようと口を開いたのを見た瞬間、私の体は勝手に動いて、兄とあの人の間に入っていた。

 

 

 

 

「……何のつもりだ。」

 

 

光が差し込んでいない赤い瞳も、冷たい声も怖かったが、私は何も答えずにただ、後ろにいる兄を庇うように指先も動かさず、瞳を見つめた。

 

 

「殺すのなら、私だけを殺せ!!!!!!!!!

 

トム!!!!!!!!!」

 

 

静まり返った部屋に、父の怒鳴り声が響くと、あの人は分かりやすく反応して、私達から離れて父に近づいていく。

 

 

「その忌まわしい名は捨てたと何回言えば分かるのだ⁈」

 

 

父は私達から気を逸らすために、わざとあの人を本名で呼んだんだろう。

 

 

「俺様の名はヴォルデモートだ!」

 

 

父を殴る鈍い音が聞こえてきて、私は止むまで目を閉じるしかなく、私は服を力強く握った。

 

 

 

「…………君が……殺したいのは…私だろ?……

 

子供達に…何も罪はない……。

 

 

 

…………………殺すのなら、私だけを殺せ。」

 

 

 

途切れ途切れの父の声が聞こえてきて、目を開けると口の端から血を流している父の姿が目に入った。

 

 

「………子供達は、関係ない。

 

……私が許せないのなら、邪魔だというのなら、

 

 

私だけを殺してくれ……頼む……」

 

 

父の声が消えていくと、あの人の口角が面白そうに上がり、笑い声が部屋に響いた。

 

 

「アハハハハハ、本当に…お前は愚かな奴だな。」

 

不気味な笑い声が部屋に響くと、その場にいた全員が緊張したように体が強張ったのが分かった。

 

 

「……セシル、お前にはこいつ以外にも娘がいるだろ?」

 

 

あの人は兄に杖を向けて、何かショーを始めるように楽しそうに話し出す。

 

 

「……何を…言っている」

 

 

「…関係ない?………お前が知らないだけだろ」

 

 

「レイラ……が…何だって言うんだ」

 

 

側にいる兄が、不安そうに、あの人に口答えする声が聞こえてくる。

 

私は俯いて、頭の中で色々と考えるがもう自分が今やらないといけないことは自然と決まっていた。

 

 

 

 

 

……ノア……ごめんなさい…私も嘘をついてるの。

 

 

 

…私の嘘はノアがついていた嘘みたいに優しくないの。

 

 

私は、父を見つめて、ゆっくりと振り返り兄に視線を移した。

 

 

 

……ごめん…私はそんなに強くないの…

 

 

「……………レイラ…?…」

 

 

私の様子が、おかしいことに気づいた兄の不安げな声が聞こえてきた。

 

 

………私は、自分の為にしか動けないの

 

 

 

私は、口を開いて嘘の言葉を吐き出す。

 

 

 

「……ここまでするとは聞いていませんよ?」

 

 

……ノア…助けてよ……

 

 

「…レイラ……何を言っているんだ…」

 

 

……私の嘘を見破って…

 

 

私の言葉を聞いた兄の声は震えていて、私を見つめてくる。

 

 

……ごめん…ノア…

 

 

「素晴らしい演技だったな。」

 

 

……平気で嘘をつく私を許して

 

 

「…そうですか?……少し嘘くさいと思いましたが」

 

 

…………お願い……私を嫌いにならないで

 

 

私を縛っていた縄が外れて床に落ちる音が聞こえるほど静まり返っていた部屋に、私は淡々と話す。

 

 

「………ここまでやっても何も言わないということは本当に無いのでは?私も隅々まで探してみましたがありませんでしたし」

 

 

………私の大切なものを守りたいだけなの…

 

 

私の言葉を聞いた父は、何かに気づいたように私を見つめてきた。

 

 

「…ペンダントを渡せば、私を死喰い人に入れてくれるという約束は、本当にない場合はどうなるのですか?」

 

 

……だから…お願い……許してください

 

 

どうせ、ペンダントを渡そうが渡さまいが殺されるのだ。

 

 

だったら、私は今ここにいる全員を、あの人を兄を、…セブルスを騙すんだ。

 

 

驚きで目を見開いているセブルスを視界の端に入れて、私は緊張している心臓の鼓動を感じながら、自分自身さえも騙すように嘘の言葉を繋げた。

 

 

「………貴方様をこんなにも長くお待たせしてしまったのは、変わりないですからね………。

 

 

……どうぞ……殺してくれてかまいませんよ」

 

 

私は笑みを浮かべて、あの人の前に立ち両手を広げた。

 

 

「……レイラ」

 

 

「貴方様が私の死をお望みなのなら、私は喜んでそれを受け入れます。………」

 

……私の死で、セブルスが死なないのなら喜んで私は受け入れる。

 

兄の声を消し去るように言うと、あの人は面白そうに満足そうに口角を上げて近づいてくる。

 

 

「……貴様は本当に毎回俺様の想像を超えてくる。…よいだろう。………最後のチャンスを貴様にやろうではないか………

 

 

セブルス……こいつの杖を」

 

 

彼の名前が出た瞬間心臓がわかりやすいほど飛び上がって、鼓動が早くなる。人を掻き分けて、あの人の近くに近づくセブルスは確かに私の杖を握っていた。

 

「………お前のいう通り、ペンダントが存在しないのならこいつらに用はもうない。」

 

用はないという人を人とも思ってもいない冷たい言葉を聞いて、また恐怖心で呼吸がしづらくなった。

 

あの人は何故か兄を縛っていた縄を解き、セブルスから私の杖を受け取る。

ゆっくりと私に近づき、無理矢理握らせてくると氷のように冷たい手が当たった。生きている人間とは思えないほど、冷たくて体が一気に冷たくなる。

 

 

「…俺様に忠誠を誓うのだろう?

 

 

…………だったら何をすればいいか分かっているな…」

 

獲物を捕らえた蛇のような瞳に、映っている私の顔は何とも酷い顔だった。

 

 

私は、杖を力強く握りしめて動かない足を無理矢理動かし、セブルスの奥にいる兄に向かって歩き進める。

 

 

…………私の手で、殺すんだ…

 

 

兄を、殺すんだ

 

 

そう思うと手は震えて涙が出てきそうになり、私を見つめてくるセブルスを見て唇を噛み締める。

 

 

 

…殺したくない

 

 

あんなに優しくいつでも私のことを思っていてくれていた兄を、

 

 

頼りになる兄を殺したくない。

 

 

 

殺したくない……でもやらなきゃ…じゃないと、ここで私も死んで…結局セブルスも死んでしまう。

 

 

 

私は自由になっても座り込んでいる兄の前に立ち、顔を見つめた。……縛られていて、抵抗できないままだったら、まだ楽だったかもしれない。

 

……でも、自由になっている兄を見ると、一気に人を殺す恐怖が襲ってくる。

 

……強制されていない。…私自身の意思で殺すのだ。

 

 

……このために…あの人はわざわざ…縄を解いたのか…。

 

 

 

 

 

 

「…レイラ………嘘だと…言ってくれ…」

 

…やめて……お願い…そんな顔しないで…

 

弱々しい兄の声を聞いた瞬間、私の体は固まった。

 

 

……できない…殺せない…

 

 

私に殺せない………

 

 

 

……誰か…助けて…

 

 

杖を持つ手の力は抜けて、全く体が言うことを聞いてくれない。

 

 

「……呪文を忘れたではあるまいな?…………しょうがない………セブルス、手本を見せてやれ」

 

 

中々動こうとしない私を見てか、あの人のセブルスを指名する声が聞こえてきた。

 

彼は、ゆっくりと歩いて父に近づく。

 

 

待って………セブルス…

 

 

ローブから杖を取り出し、父に向けるセブルスの杖を握っている手が少し震えているのを目にした瞬間、私は自然と体が動きだし、呪文を唱えようとしていたセブルスの杖と腕を握り自分の方に抱き寄せていた。

 

…駄目、彼をこれ以上苦しめさせたらいけない…

 

 

……セブルスに…人を殺させない…

 

 

「…どういうつもりだ」

 

後ろから聞こえた冷たい声は、明らかに怒っているようでドスの効いた声だった。

 

 

「……私のためにチャンスを作ってくださったのですから、私が2人とも…殺します。」

 

 

私は、あの人の返事も聞かずにセブルスの腕を離して、父に杖を向ける。

 

……ごめん…お父さん…

 

 

こんな……娘で…ごめんなさい…

 

 

私が中々呪文を唱えられずにいると、父が私を安心させるかのように、優しく微笑んできて、私にだけ分かるほど口を小さく動かす。

 

 

『だ、い、じょ、う、ぶ、 わ、か、て、る』

 

 

声は聞こえなかったが確かにそう言っていた。

 

父にそう言われただけだというのに、体の震えは止まり、何か体の中が冷たくなり、何か無くなったような気がすると私は自分が生きるために杖を持つ力を強める。

 

 

他の人に殺されるぐらいのなら………

 

 

「アバダケダブラ」

 

 

私が殺す。

 

 

 

私の口は、意外と簡単に死の呪文をなんの躊躇なく唱えた。杖先からは緑色の閃光がはしり、眩しい光で目の前にいる父の姿が見えなくなった。

 

瞬きをし、瞼をあけるとさっきまで生きていたはずの父はまるで眠っているかのように倒れこんでいた。

 

 

 

涙も出ることなく、まるで決められたことしかしない機械かのように、兄に近寄って杖を向ける。今まで兄と過ごした時の光景が走馬灯のように駆け巡ってくると、思いが溢れてくる。

 

 

…………約束したのに…

 

 

 

………ドラゴンを今度一緒に見にいくと約束したというのに…

 

 

 

……何度も助けられてきたのに………

 

 

 

「……レイラ…」

 

 

小さく名前を呼ばれて兄を見ると、さっきまでの顔とは別人で、とても穏やかだった。いつも通り微笑んできて、何も抵抗もすることなく、ゆっくりと目を閉じる。

 

 

私は歯を噛み締め、杖を握る手を強めた。

 

 

 

 

…………どうしよう………

 

 

 

できない……殺せない………殺したくない

 

 

 

 

そう思ってしまうと、目の前に立っている兄がだんだんと涙でぼやけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………ひとりに…なりたくない……

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、杖を兄に向けたまま少し俯くように瞼を下ろした。

 

 

物音ひとつせず、静まり返っている部屋に私の方に近づいてくる足音が聞こえて、目の前で止まったかと思うと前から抱きしめられた。

 

 

瞼を開けると、私は兄に抱きしめられていて、耳元で囁いてくる。

 

 

 

 

「……ごめん…」

 

 

 

 

兄の声が聞こえたと思ったら、私の体は傾いていて、床に座り込んでいた。持っていた杖は何故か兄が持っていて、彼は私の杖を使って死喰い人達に向かって閃光を放っている。

 

それぞれの動きがゆっくりに見えた私は、兄の勝算などあるわけがないことぐらい一目瞭然で、何故兄がこんなことをしているのかが分からなくなり、目で追うことしかできない。

 

兄があの人に杖を向けた瞬間に私の方をちらりと見てきて、自然と兄と目があった。それはほんの一瞬で、何か伝えようとしてくるその瞳を見た瞬間、側にいた死喰い人の兄に向けている杖を無理矢理奪い取る。

 

 

私は他の死喰い人が呪文を唱える前に、あの人に杖を向けている兄の後ろ姿に杖を向け、素早く呪文を唱えた。

 

 

………あの時、確かに目で伝えてきた……

 

 

「アバダケダブラ!」

 

 

……殺せって…

 

 

 

少し声を張り上げながら言うと、少し行き先が定まっていないような緑色の閃光が走り、兄の体を包み込む。ゆっくりと膝をつき、床に力なく倒れる兄を見届けながら、私は呼吸を整えて、真っ赤な瞳を見つめた。

 

 

「ご無事でしたか?」

 

 

自分でも驚くほど、部屋に響いた私の声は冷静なもので、身内を殺した後とは思えないほど淡々としすぎていた。

 

 

「……少し時間をかけすぎだな」

 

 

「申し訳ありません。……人を殺すのは、初めてのことなので」

 

 

私は答えながら、持っている杖に視線を落として振り返る。

 

 

「あっ…これ、勝手に借りてしまいすいませんでした」

 

 

後ろにいた死喰い人に手渡しし、力なく倒れている兄に近づいて、膝をついた。ピクリとも動かない兄は目を開いたまま死んでいて、本当に死んでいるのか疑うぐらいだ。私は自分の杖を拾い上げるのと一緒に兄の瞼を下ろして、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

 

 

 

「…………私を貴方様の僕にしてくださいますか?」

 

 

 

どこかまだ私を、信用していないようなあの人に問いかけると、ゆっくりと私に近づいてきた。

 

 

「………まあ…いいだろう…

 

…貴様を今日から俺様の僕として迎え入れてやろう」

 

 

あの人の口から出た言葉を聞いて、少し安堵した私が笑みを浮かべると、何故か周りにいる人の表情が固まった。普通に笑ったつもりなのだが、そんなに冷酷な笑みだったのだろうか。

 

 

「……さぁ、左腕を差し出せ」

 

 

服を捲り上げ、前に出すと私の左腕を力強く握りしめて杖の先を当ててきた。体温を感じない冷たくて、ゴツゴツとした手に握られただけだというのに、体が緊張して少し熱くなった。

 

あの人が、何を言っているのか分からないほどの小さな声で、蛇語に似たような呪文を口に出して唱えだすと、まるで身体の中に一匹の太い蛇が這っているかのような気持ちの悪い感覚が襲いかかってきた。身体中に蛇が巻きついて締め付けられているように苦しくなり、私は瞼を下ろしてじっと終わる時を待つ。

 

何も感じなかった左腕に、突然焼印を押されたような痛みと熱が帯びてきて私は少し体を強ばった。

 

 

何も感じなくなり、瞼をゆっくりと開けると私の左腕には闇の印が黒くはっきりと跡ついていた。

 

私は、まだ熱くて少し痛む左腕を押さえながら目の前にある真っ赤な瞳を見つめる。

 

 

「………貴様には、期待しているぞ……

 

 

 

レイラ・ヘルキャット」

 

 

 

 

静まり返って部屋に、冷たい声が響くと私の体温がすっと下がったような気がした。

 

 

 

「……ご期待に応えられるよう…貴方様に尽くさせていただきます」

 

 

 

セブルス………貴方は…絶対に…死なせない…

 

 

 

 

私の口からは平然と偽りの言葉が出て、口角を上げた。

 

 

 

もういない………

 

 

 

私を温かく見守ってくれる父も

 

 

優しく、一番に私のことを考えてくれる母も

 

 

私の味方でいてくれた、頼りになる兄も

 

 

 

 

 

 

家族の死を目の当たりにして、悲しみ涙を流す私も

 

 

 

弱くて、臆病者な私も

 

 

 

泣いてばかりな私も

 

 

 

 

 

 

もういない。

 

 

 

 

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