夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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29 感情なんて

 

 

すっかり冷たくなった叔父の側に座り込みながら、雨雲から顔を出している月を眺める。

 

 

何が正解か教えてくれる人なんているわけがない。

 

 

 

 

重たい腰を上げ、立ち上がると力なく横たわっている叔父の姿がよく見えた。

 

悲しいと思うこともなく、私は冷たい叔父の体に触れて、あの人が居るであろうあの屋敷を思い浮かべながら姿くらましをする。

 

 

足が地面を捉え、閉じていた目を開けるとそこは荒れ果てた家の中ではなく、目の前で家族が死んでいった、……あの時と同じ部屋だった。

 

 

並んでいる椅子には誰も座っておらず、私は足元にある叔父の体を確認して、誰かいないか周りを見回していると、扉が音を立てながらゆっくりと開く。

 

 

 

 

綺麗な金色の長い髪を靡かせながら、私の方を見つめてくるルシウスは、少し驚いているような様子だった。

 

 

「……何故…君が……?…」

 

 

 

 

上品に私に問いかけてくるルシウスは、それだけでいい育ちを連想させる。

 

 

「……あの方を知りませんか?…少し用があるのですが…」

 

 

彼の問いかけには何も答えずに、私が口を開くと驚いたように声を出した。

 

 

「…どうして……そんなに服が…汚れているんだ…」

 

 

 

そう言われて自分の服装を見てみると、ルシウスに言われて初めて自分が、叔父の血で汚れていることに気づいた。

 

 

「安心してください。これは私の血ではありません。」

 

 

 

何か誤解されても困るし、私が冗談ぽく彼に言うと、ルシウスは何か気づいたように私の足元にある叔父の亡き骸と私を交互に見て、分かりやすい反応を見せる。

 

 

 

「…………付いて来い…」

 

 

叔父の体に魔法をかけ、宙に浮かせると小さな声で言った彼の後へと付いていく。

 

 

 

どうやら別の部屋にいるらしく、私達以外、全く人の気配がしない屋敷の中を歩いた。

 

 

一言も話さず前を歩くルシウスの後ろ姿を見ていると、兄と重なり私は視線を逸らして誤魔化すしかなかった。

 

 

 

固く閉じられた扉の前に立ち止まったルシウスは、数回ほどノックをして何も言わずに中へと入っていく。私はちゃんと叔父の体がついてきているかどうかを確認し、彼の後を追うように部屋の中へと足を踏み入れた。

 

部屋には、少し大きめの机と、椅子しか置いておらず、明かりもついていない。大きめの窓の外を眺めている人影がゆっくりと振り返ると、真っ赤な瞳がルシウスを捉えた。

 

 

「………我が君…………彼女が…用があると…」

 

 

 

静まり返った部屋には、彼の声が良く響く。

 

 

ルシウスを映していた赤い瞳が、私の方を向くと冷たい声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………退がれ…」

 

 

 

大人しく従うルシウスが部屋を出ていく扉の音を聞きながら、あの人から目を離さないように見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

今だに信じられないでいる。

 

この人が、父と友人関係にいただなんて。

 

 

 

「お待たせしてしまい申し訳ありません。」

 

 

 

私が自分からあの人の前へと、息絶えた叔父の体を差し出すと、少し驚いたように反応を見せた。

 

 

 

「……………約束通り……お持ちいたしましたが………まだ何かものたりませんか?」

 

 

 

ごろんと転がる叔父の顔が見えたが、気にすることなく後を続けた私の声が響くと、部屋は一気に静まり返る。

 

 

叔父が何故、致命傷になるほどの傷を負っていたのかはもう本人の口からは聞けない。

 

今まで、叔父は結局何をしようとしたのかも、

 

一体何故死喰い人が追われるようなことになったのか、

 

…そんな理由ももう叔父の口からは聞くことはできないし、……そんなことを知ってもこの状況は何も変わりはしない。

 

 

 

 

私の瞳を見てくるあの人から視線を逸らさずに、ただ何か話してくれるまで待ち続けた。

 

 

………これで…駄目だったらどうしようか…

 

 

もしもの時のことも頭で考えていると、あの人がゆっくりと口を開くのが見えた。

 

 

 

「…オーガスタス・ルックウッド。神秘部に所属している同志の名だ。………其奴に手を貸しながら、魔法省に潜り込め。」

 

 

 

あまりに突然なことで少し驚いたが、大事なスパイの名前を明かしてくれたということは、少しは信用してくれたということだろう。

 

 

「…かしこまりました。」

 

 

 

 

 

 

 

「…………良い情報を持ってくると期待しているぞ。」

 

 

 

 

怪しげな笑みを浮かべてくるあの人を見ても、私はこれでやっとセブルスの側に居られるという思いだけが膨らみ、満たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの人が私のことを信用してくれたような素振りを見せても、別に今まで通りで、大きく変わることはなかった。

 

 

 

 

雑用係のような立場にいる私と、神秘部に所属しているオーガスタスが、親しげに話していると、外から見たら異様な光景だし、接点もない私達を怪しむ人だって出てくるだろう。だから、魔法省内で彼と話すことは避けて、時々手を貸す形で協力していた。

 

 

今のところ、魔法省の人達にも私が死喰い人だということは気づかれていないし、あの人にも私の本当の目的もばれておらず、いたって平和な日常が過ぎていっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも通り、部屋で1人羊皮紙とにらめっこをしていると、今から起きる出来事が頭に浮かんできた。

 

 

 

……今…一体どこまで進んでいるのだろうか

 

 

 

……あの人は…今予言を知っているのだろうか

 

 

 

 

………セブルスは…もうダンブルドアの方に寝返っているのだろうか。

 

 

 

実は最近呼び出されることがなく、今どんな状況なのか掴めずにいて、セブルスの顔も随分と見ていない。

 

 

 

……とりあえず…今日はレギュラスの様子を見に行くか…

 

 

 

最近顔を出していないし、様子も窺っていないから丁度いいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事が一通り済ませ日が暮れた頃、ローブを上から羽織り、いつも通りレギュラスの所へと向かった。

 

そういつも通り。なんの変わりなくソファーにレギュラスが座っていて、出迎えてくれると思っていたというのに、目に飛び込んできたのは、誰も座っていないソファー。

 

 

 

 

……いない………

 

 

 

 

こんなことはなかったから、一番最初に頭に浮かんだのは、あの人の顔で、最悪な結果が映像として脳裏に流れだす。

 

 

 

緊張するように鼓動を速くする心臓を落ち着かせるように、呼吸を繰り返しながら部屋を見回してみると、荒らされた様子はなく何も変わっていない。

 

私は寝室へと続いている扉を見つめて、手をかける。

 

 

気配を殺しながら、ドアノブを回し扉を開けると、電気もついておらず真っ暗だったがだんだんと目が慣れてきて、奥で誰か動いているのが見えた。

 

どうやら、まだ私には気づいていないらしい。

 

 

隣の部屋から漏れる微かな光のお陰で、動いている人影が、レギュラスだと分かり手に持っていた杖を直した。

 

しかし、一体電気もつけずに何をしているというのだろう。

 

 

全く私がいることに気づく様子もないレギュラスは、後ろから見ただけでは何をしているかも分からない。

 

 

 

 

「……何してるの?…」

 

 

 

 

静まり返った部屋に響いた私の声を聞いた瞬間、彼は驚いたように体をビクつかせて、手に持っていた何かが落ちる音が聞こえてくる。

 

 

「驚かせないでくださいよ。……僕そういうの苦手なんですから」

 

 

電気をつけると、困ったように笑うレギュラスの足元に羽根ペンが落ちていた。

 

 

「…意外ね………。ところで、アウラは?」

 

 

「…あぁ…彼なら、買い出しに出かけて行きましたよ。もうそろそろで帰ってくるはずです。」

 

 

私の問いかけに答えるレギュラスが後ろの方に手を回し、何かをしていた。私は気づかない振りをして、話しかける。

 

 

「…そう。……まぁ、何でもいいけど明かりぐらいつけて。……勘違いする所だったから」

 

 

「すいません、気をつけます。」

 

 

張り付いた笑顔を浮かべながら謝ってくるレギュラスを見つめると、後ろの方でばちんという音が聞こえてきた。

 

振り返ると、買い物を終えたアウラが立っていて私に話しかけてくる。

 

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。直ぐにお茶を淹れますので、お待ちください。」

 

 

 

そう言ったアウラは、食材を抱えたままキッチンへと消えていく。レギュラスはそんなアウラを見て、何か話題を変えるように口を開いた。

 

 

「こんな所に立っていないで、ソファーにでも座りましょう。」

 

 

「……えぇ…」

 

 

レギュラスは、羽根ペンを落としたことに気づいていないのか、それとも落としたことを忘れてしまったのかは知らないが、拾いもせずに、寝室から出ていく。

 

私は特に何も考えずに、羽根ペンを拾い、ベッドの横にあった小さな机の上に近づくと、そこには私が彼に渡した本が置いてあることに気づいた。

 

 

 

………なるほど…さっき………後ろでしていたのは、手に持っていたこれを机に置いていたのか。

 

 

 

私は、本の隣に羽根ペンを置き何気なくパラパラとめくってみるが特に何も変わっていない。

 

 

 

羽根ペンを持っていたのは、確実だ。

 

……もし、この本に……書き込んでいたとしたら?

 

でも何も反応はしない筈だし、彼が書き込む必要なんてない。

 

 

本の最後には相変わらず、私の名前が書かれてあり、少し血の気が引いた気がした。

 

 

………よく見ないと分からない所にあるが、もしこれを見たら何と思うのだろう。

 

 

 

別に見られて困るものではないが、何か胸騒ぎがする。

 

 

何か忘れているようなそんな変な感じがしてならない。

 

 

 

 

どんなに考えても思い出せず、私は本を羽根ペンの隣に置いて、寝室から出るとレギュラスは相変わらずソファーに腰掛けていた。彼の前に腰掛けると、アウラがタイミングよくお茶と軽めのお菓子を持ってくれた。クッキーを頬張ると、少し甘めでサクサクしていていて、紅茶とよく合う。

 

 

アウラはまだ仕事が残っているようで、キッチンの方へと、姿が見えなくなる。

 

 

 

明らかにいつもと様子が違うレギュラスは、紅茶にもクッキーにも手をつけずに、本を読み続けていた。それでも、ページはさっきから全然めくられていなければ、時々私の方を見てくる。

 

私が気にしていない振りをしながら、紅茶を飲み、何事なく魔法省に戻るために立ち上がろうとすると、彼は何か意を決したように大きな音を立てながら本を閉じた。

 

 

「……急に…どうしたの?」

 

 

あまりに突然なことで、驚きながら問いかけるとレギュラスは私に質問してくる。

 

 

 

「……ずっと気になっていたんです。………」

 

 

 

まさか…あの本のことを聞かれるのだろうか。

 

 

速くなった心臓の鼓動を感じながら、続きを待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………前に言っていた……死なせたくない人というのは………先輩のことですよね?…」

 

 

 

 

 

 

 

彼が問いかけできたのは、本のことではないというのに、自分でも驚くほど冷静だった。

 

 

 

 

「……………先輩って「セブルス・スネイプのことを言っているんです。」

 

 

 

私の言葉に遮ってくるレギュラスの口から出た、彼の名前を聞いただけで懐かしくなって一気に愛しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そうよ。…貴方の言う通り」

 

 

 

………できるものなら…今すぐに逢って、抱きしめて、……彼の温もりを感じたい。

 

 

できることなら………

 

 

 

彼の大切な存在になりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

できることなら……………

 

 

 

 

 

 

 

 

愛されたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

浮き出てきた叶わない望みを必死に消し去りながら、レギュラスを見ると目が合った。

 

 

 

「…………いつから知っていたの?…」

 

 

 

 

そんなこと別に知りたくはなかったが、誰も話さなくなったこの重たい空気が耐えきれなかった。

 

 

 

「……聞いた時からですかね……大体は予想がついていただけですけど」

 

 

 

…………最初からバレていたのか…

 

 

 

流石に最初からだとは思っていなかった私は少しショックを受けながらも話を続ける。

 

 

「…よく分かったわね」

 

 

ぼそりと呟くように言うと、彼はゆっくりと口を開く。

 

 

 

「……貴女が自分から動く時なんて…先輩が関係している時ぐらいですし、学生の頃から見ているんですからそれぐらいすぐに想像つきましたよ」

 

 

 

眉を下げ、笑みを浮かべながら話すレギュラスは相変わらずのお手本のような笑顔で、前見た温かい笑顔とは程遠いものだったが、どこか悲しそうに見えるのは私の気のせいだろうか。

 

 

 

………何か…あったからわざわざこんな話を持ち出してきた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何か…あったの?」

 

 

 

 

「……えっ……どうしたんですか?急に」

 

 

 

 

レギュラスは最初戸惑いながらも、途中からはいつも通り笑みを浮かべながら、誤魔化す。

 

 

 

 

「…少し、いつもと様子が違うような気がして」

 

 

 

 

「そうですか?別に何も変わりはありませんよ。」

 

 

 

 

…ほら、まただ。

 

 

 

 

そう言うレギュラスは、ほんの一瞬だけ瞳に悲しそうな色を浮かべた。本当に一瞬だけ、涙を堪えるような表情が見える時がある。

 

 

 

 

 

 

「…じゃあ、どうしてそんなに泣きそうなの?」

 

 

 

私の言葉を聞いたレギュラスは、瞳孔を開くと、何か戸惑ったようにゆっくり瞳が揺れるといつも通り笑みを浮かべてくる。

 

 

 

 

「本当にどうしたんですか?僕からしたら、貴女の方がよっぽど様子がおかしいですよ。急にそんなことを言い出すなんて」

 

 

 

 

いつもだったら、彼の笑みを見ても少し違和感を感じるだけだが、今は違う。悲しみを堪えるような、助けを求めるようなそんな笑顔に見えてならない。

 

 

 

「あぁ…もしかしたら、昨日本を読みすぎて夜更かししたから、涙目に見えたかもしれませんね。凄い面白くて、途中で切り上げられなかったんですよ。マグルは、本当に面白いことを思いつきますよね。読ん「レギュラス」

 

 

 

 

まるで話題を変えるように話しながら、本を取りに行くこうと私に背を向けた彼の名前を呼ぶと、ピタリと動きが止まった。

 

 

 

「……そんなのもう誤魔化しにしか聞こえないわよ」

 

 

 

 

 

普段、私よりも話す彼が大人しく黙っているというのは少し不気味に感じたが、今このままにしとくのは、いけない気がしてなからなかった。

 

 

 

……レギュラスが…悲しくなる理由として…思い当たるのは、やっぱり家族のこと。

 

 

 

彼は家族想いだし、こんな窮屈な空間に閉じ込めてしまっているし、…それに今は誰が殺されてもおかしくない世の中だから、色々と考えてしまうのもおかしくない。

 

 

 

「…レギュラス………もうやめたいのなら…やめてもいいわよ」

 

 

 

 

別に…彼まで苦しむ必要なんてない。

 

 

私は、立ち上がりレギュラスにゆっくりと近づいた。

 

 

 

「……最初は…脅すような形で言ったけど、殺す気なんてないし、

 

……家族に会いたいのなら…そう言って」

 

 

 

「……やめて…ください………そういうことじゃないんです……」

 

 

 

聞く耳を立てないと聞こえないほどの小さな声で呟く彼は、苦しそうだと分かっても、レギュラスに言う言葉が見つからずにいた私は後ろ姿を見つめるしかない。

 

 

 

……多分…何を聞いても話してくれないだろう。

 

 

 

何をしてあげられるのだろうか……

 

 

 

 

何かに悲しんで、苦しんでいるレギュラスに…

 

 

 

そう思いながら見つめていると、幸せそうに手を繋ぐ2人を見て、悲しみ、苦しんでいたセブルスの姿が自然と重なった。

 

 

 

 

 

………セブルス………

 

 

 

目の前にいるのは、セブルスではなくレギュラスだというのに、苦しそうに涙を流す彼の姿がまるで目の前いるかのように見える。

 

そうなったらもう、抱き締めずにはいられなくて、私は後ろからレギュラスを抱き寄せた。

 

 

 

…………お願い……泣かないで…

 

 

 

 

私の体はセブルスと勘違いしたまま、レギュラスの頭を撫でる。

 

 

 

………セブルス…

 

 

 

 

 

 

いつもだったら、セブルスに抱きついても香るはずの薬草の香りと、あの懐かしくて落ち着く匂いがしないことに気づいた私は、一気に我に返り、自分が誰に抱き締めているのかを瞬時に悟った。

 

 

「ごめんなさい、そういうつもりじゃ」

 

 

レギュラスから離れようとすると、彼が耳元でぼそりと呟いた。

 

 

 

 

 

「……もう少し…だけ…………このままで…いさせてください……。」

 

 

 

 

 

その声は完全に涙声で、震えていたものだから突き放すなんてできるわけもない。

 

 

私は少しぎこちなかったが、子供をあやすように一定のリズムで頭を優しく叩いた。

 

 

 

………人肌が…恋しかったのか…

 

 

 

 

そんなことを思いながら、レギュラスが落ち着きを取り戻すまで彼を抱き締め続ける。

 

レギュラスの速い心臓の鼓動を聞いていても、やっぱり浮かぶのはセブルスのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

今はただ、…セブルスの心臓の鼓動を聞いて、生きていることを実感したい。

 

 

 

 

私は今、無性に貴方に逢いたくてたまらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、レギュラスが何に苦しんでいたのかも分からないまま、時間だけが過ぎていった。あれから、心配で何回か戻ってみたが、レギュラスはいつも通りで、特に様子がおかしいこともなかった。

 

 

おかしかったのも、あの一回きりだったし、彼の中で解決したのかも知れないと勝手に決めつけ、私は気にしないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも通り仕事済ませ、日が沈んだ時間帯、魔法省の役人が一気に少なくなる時を見計らって、私はローブを身に纏い、久しぶりにあの人の元へと向かった。

 

 

別に用があった訳ではない。ただ、……今どこまで進んでいるのかを確認する必要があったからだ。屋敷に行けば、何かしら情報は耳に入るかも知れない。

 

 

 

相変わらず、薄暗いな屋敷の中を歩き進めていると、前から見覚えのある人物がだんだんと大きくなり、はっきりと顔が見えた。

 

 

……ペティグリュー

 

 

 

彼が死喰い人になっていることは、知っていたからそう驚きもしなかったが、どうやらペティグリューは知らなかったらしく、私の顔を見た瞬間に分かりやすく反応した。

 

 

 

別に話すこともない私は、表情を変えずに横を通り過ぎた。顔を真っ青にしたペティグリューが、私から視線を逸らすのが見えたが、特に興味も何もない。

 

 

 

…………そんなに怖いのなら、彼らに頼ってしまえばいいのに。

 

 

 

友人というのは、助けを求めれば手を差し伸べてくれるような素敵なものだと私は勝手に思っていたのだが、実際そんなものができたことない私にとっては、結局自分で答えを出すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

見たことのある扉を目指していると、声がだんだんと大きくなっていく。

 

 

 

 

 

 

「どうか!!!!!!お願いです!!!」

 

 

 

 

何か必死に頼みごとをしているその声は、私がずっと逢いたかった人物のものだった。

 

 

 

「父親と息子を殺すかわりに、どうかリリーだけは殺さないでください!!!」

 

 

 

声が聞こえる扉の前で、自然と体が動けなくなる。

 

 

「彼女は、予言とは関係ありません!!!」

 

 

 

こんなセブルスの大きな声を聞いたのは、初めてだと思うほどの声量だった。

 

 

 

………あぁ……嫌になる……

 

 

 

私は、エバンズの為にこんなにも必死になっているセブルスの声を聞いただけで、悔しくて、辛くなった。ほら、あの忘れていた胸の痛みが、また襲いかかってくる。

 

 

誰かに握り潰されたような痛みに耐えきれず、胸を押さえながらしゃがもうとした時だった。

 

 

 

「私は…リリーを愛しています。

 

 

……私にとって、彼女は大切な人なんです。」

 

 

 

セブルスの声がはっきりと耳に入ってきた瞬間に、鈍器で殴られたように頭が痛みだして、視界が大きく歪んだ。

 

 

体が拒絶反応を起こしているみたいに、全く力が入らなくなり扉の前でしゃがみこむ。

 

 

 

……彼がエバンズのことだけを愛していることも

 

 

彼にとって…エバンズだけが大切な存在なことも

 

 

 

もうとっくの昔から知っている。

 

 

 

 

でも………聞きたくなかった。

 

 

 

 

本人から、…彼の口からそんなことを聞きたくなかった。

 

 

 

 

 

「……だから…どうかお願いです。…我が君」

 

 

 

 

扉越しに聞こえてくるセブルスの声もだんだんと小さくなり、私は呼吸を整えながら気づかれないうちに、この場を去ろうとゆっくりと立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

「……………盗み聞きはどうかと思うがな。レイラ」

 

 

 

中から、突然呼ばれた冷たい声が聞こえた瞬間に、全身の血の気が引いたのが分かった。

 

 

………立ち去ろうと思っていたが、中に入らなかった後のことを考えるとどう考えても、中に入った方がいいだろう。

 

 

 

 

意を決して扉をゆっくりと開けると、驚いているような様子のセブルスと目が合った。

 

 

 

………久々に会う時ぐらい、普通に逢いたかった。

 

 

 

そんな気持ちをぐっと堪えながら、あの人に視線を移す。

 

 

 

「…盗み聞きをしようとして、したわけではありませんが……気分を害されたのなら、申し訳ありません。」

 

 

 

誤魔化すための言葉を並べながら言うと、あの人は何か思いついたような表情を浮かべてくる。

 

 

 

「……そうだな…事情を知ったからには、お前にもそいつらの居場所を探してもらおうか。人手が多くて困ることはないからな。」

 

 

「…我が君」

 

 

 

セブルスはすかさず横から、何か訴えるようにあの人を呼ぶ。

 

 

 

「セブルス、その穢れた血の女のどこがいいというのだ?お前に似合う女など、他にもっといるだろう。

 

 

 

それか……お前はその俺様の目的よりも、その女の命の方が大切だと言いたいのか?」

 

 

 

 

あの人の言葉を聞いたセブルスは、少し下を俯くようにして口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「……………………そんなことはありません。」

 

 

 

このままだと、セブルスがどんどん追い詰められるように感じて、私は横からあの人に声をかける。

 

 

 

「我が君、……確かに私は、エバンズとは同級生でしたが、………彼女とは友人関係でもなく、…仲も最悪でしたので、彼女が今どこにいるのか見当もつきません。

 

最善を尽くし、居場所を探してみますが、私よりもっと適任な人物がいるかと」

 

 

 

ペティグリューの顔を思い浮かべながら、話すと彼は、誰か思いついたような表情を浮かべる。

 

 

 

………彼女達の居場所が分からない筈がないが、あの人に私が知っているということがばれなければいいのだ。

 

それに……

 

……エバンズの居場所をあの人に教えた時には、きっとその後、セブルスに殺されることが大体想像できる。

 

 

そうなると、結局セブルスを救えなくなってしまうし……それに…まだ憎まれたくない。

 

 

…これが、単なる私の我儘だということぐらい分かっている。

 

 

「………では、失礼します。」

 

 

早くこの場を離れたい私は、あの人にそう告げてその部屋を後にする。

 

 

 

部屋を出て、長い廊下を歩いている時だった。後ろから、あの懐かしい香りがしたと思い振り返ると、真っ黒な髪のせいで視界が一瞬真っ暗になると、すぐ後ろにいたセブルスが腕を掴んできた。

 

 

「……セブ…ルス?」

 

 

 

私が名前を口に出した時には、目の前にいたセブルスの顔が歪み、足が宙に浮いた。

 

 

屋敷にいた筈なのに、気づいたらどこかの路地裏にいて一瞬何が起きたか分からなくなる。

 

 

 

「……いつから聞いていた⁈」

 

 

言い寄ってくる凄い表情の彼の顔を見て初めて、セブルスが姿くらましをしたのだと分かった。

 

 

 

「…えっ…なにが?」

 

 

「だから、さっきの話はどこからどこまで聞いていたを聞いているんだ!」

 

 

ずっと逢いたかった人に会って早々迫られると、人間というのは頭がパニックを起こすらしく一気に頭が回らなくなる。

 

 

「…えっと、貴方がエバンズを殺さないでくれって頼んでいたことは聞いたけど」

 

 

 

「………それだけか?…」

 

 

 

 

念押して聞いてくるセブルスを見ていると、さっき聞いた言葉が頭の中を巡りだした。

 

 

 

『私は…リリーを愛しています。

 

 

……私にとって、彼女は大切な人なんです。』

 

 

 

 

……あぁ…彼は、私がこの言葉を聞いていないかどうか気になっているのか。

 

そう思ってしまうと、あんなにいっぱいいっぱいだった頭が途端に冷静さを取り戻した。

 

 

「………えぇ…それだけよ。…」

 

 

 

「………そうか…。」

 

 

 

緩んだセブルスの表情を見る限り、どうやら私には知られたくないようだ。

 

 

………彼の中だけでも…私は貴方がエバンズのことを愛していることを知らないことになっていれば、……救われる気がした。

 

 

だから私は、これ以上自分が苦しまないでいいように、

 

あの言葉を聞かなかったことにするために知らない振りをする。

 

 

「…にしても、どうしてそんなにもエバンズに死んで欲しくないの?」

 

 

「…それは……」

 

 

私の言葉を聞いたセブルスが、何と誤魔化そうかとしている姿を見ていると、何故か嬉しくなった。

 

 

 

今だけでも、……セブルスの目には私が映っている。

 

 

それだけで幸せだ。

 

 

 

「…………貴方にとって、…エバンズが大切な友達だというのは知っているけど………」

 

 

 

私の言葉を聞いた彼の真っ黒な瞳がゆっくりと私を捉える。

 

 

 

「…………自分を犠牲に彼女を救うことは、そんなに意味があるとは思えないわよ。」

 

 

 

彼に睨まれているのは、気のせいではないことぐらい分かっている。

 

 

 

 

こんなこと言っても、セブルスは彼女を守り続けることだって知っている。

 

 

 

 

「それは、どういう意味で言っている…」

 

 

 

明らかにさっきよりも低くなったセブルスの声を聞いて、彼に視線を移すと、険しい表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………別に…意味なんてないわよ…」

 

 

 

 

 

セブルスは、彼女の為だったら、平気で自分の命を犠牲にだってできるだろうし、自分が苦しんでエバンズが死なないのなら、その道を選ぶほどの勇気がある。

 

 

だけど、私は違う。

 

もし、セブルスが望んだことであっても、

 

もし、それが彼にとっての幸せだったとしても、

 

私は彼の幸せのためには、動けない。

 

 

自分を犠牲にできるほどの勇気なんてない。

 

 

 

 

 

私は、言葉の裏に気持ちを隠して話題を変えるように後を続けた。

 

 

 

 

 

 

「…………もう用は済んだ?」

 

 

 

「…あぁ…」

 

 

 

最低限のことしか話さないセブルスは、一人称が変わろうとも、やっぱり学生の頃から何も変わっていない。

 

 

 

 

 

「………それで…貴方はどうするの?………あの人の様子を見る限り……貴方の望み通りにはいかなそうよ。」

 

 

 

セブルスの顔に視線を移すと、表情1つ変えずに、少し俯くように何か考えているような様子だった。

 

 

 

「………………まぁ…………諦めなさい。」

 

 

 

セブルスが自分の身を危険に晒しても、どうせエバンズが死ぬというのなら、彼が苦しむことになるというのなら、……全力で阻止したいが、そう簡単にはいくものじゃないし、実際私に動く勇気がある訳がない。

 

 

 

 

 

私は彼の肩を優しく叩いて、振り返ることもせずに距離をとる。

 

 

今振り返ったら、きっともう離れたくなくなると思った私は、彼の顔を見たい気持ちをぐっと我慢して姿くらましをした。

 

 

 

 

 

 

……私がいたところで、きっとセブルスはエバンズのために自分を犠牲にするのは変わらない。

 

 

私が何を言ったとしても、きっと思いとどまってくれないだろうし、私が存在しているだけでは、未来は変わらない。

 

 

 

 

 

だから、どうかせめて、今はまだ私が知っている未来が訪れますように。

 

 

 

 

…………セブルスに……私の想いが伝わってしまわないように…

 

いっそのこと感情をなくすことができたら、なんて楽なんだろう。

 

 

 

そうしたら……今のこの状況よりかは、ましなものになっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 


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