夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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3 サンタのいないクリスマス

もうすぐ、冬のクリスマス休暇を迎えるホグワーツには、生徒達が楽しそうに話す声が溢れかえっていた。

 

私は残念ながらクリスマスプレゼントを交換する仲の友達もいない。毎年クリスマスは家族揃って豪華な食事をしのんびりと過ごすというのが日課だったのだが、残念ながら今年はそうはいかなかった。

3日ぐらい前に両親から手紙が届いたのだ。

 

 

 

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愛しいレイラへ

 

 

最近は、少しずつ寒くなってきて雪も本格に降りはじめましたね。

 

防寒をしっかりとしていますか?しっかりとご飯を1日3食食べていますか?ぐっすりと眠れていますか?

 

貴女は、すぐに自分のことになると怠るので心配でたまりませんが、送ってくれた手紙からは元気そうなのが感じ取れたので嬉しい限りです。

 

 

さて、前置きはここら辺にして本題ですが、少し残念なお知らせです。

クリスマス休暇は、家族揃って過ごす予定でしたが、それが出来なくなってしまいました。

 

ノアから仕事で怪我をしてしまい、家には帰れそうにないという手紙が届きました。どうしてもクリスマスぐらいしか行く時間が取れないし、ノアの怪我の様子もどれ程のものなのかが分かりません。

貴女も一緒に連れて行きたいのも山々だけど、今死喰い人の活動がだんだんと活発になっているように感じています。

だから、貴女は1番安全なホグワーツでクリスマスを過ごして欲しいのです。

 

ノアの怪我の具合を確認できたらすぐに貴女にも手紙を送るつもりでいますし、安心してください。でもそれでもレイラが、一緒に行きたいというのなら勿論一緒に連れて行くつもりです。とりあえず、今の気持ちを手紙でください。

 

待っています。

 

 

母、アメリアより

 

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私にはノアという今年で20歳の兄がいる。私の家庭は、いわゆるお金持ちで、働かなくともごく普通に生活できるほどだ。お金に困ることなんてなく父など働いていない。だが、兄はそんな甘い環境で育ったのにも関わらず、きちんと立派な社会人として今ではドラゴンを研究しているらしい。

小さい頃よく兄にドラゴンについて四六時中語られた思い出がある。兄の話術は凄まじいもので、どんな興味のないことでも兄の手にかかれば、ついつい聞き込んでしまうほどだった。それでも、きつかった思い出が1つある。それは、よく兄が私にしてきたドラゴンのテスト。なんの意味もないのだが、ドラゴンの図鑑を引っ張り出され、名前を隠されて特徴だけでドラゴンの名前を当てるというもの。…これがきついのだ。当てるまで、兄は解放してくれないし、何よりあんなキラキラとした目で見つめられたらたまったものじゃない。

しかし面倒見が良かった兄が、小さい私の遊び相手になってくれていたことは有難く、今でも兄のことは大好きだ。

そんな兄が怪我をしたというのだ。私は、直ぐについて行きたいと返事しようとしたが、よくよく考えてみれば、クリスマスのホグワーツに残るのも悪くないかもしれないと思い、手短く返事を書いて梟に届けてもらった。

 

返事はすぐに返ってきた。手紙の文は短いものだったが、相変わらずの綺麗な母の字を見ただけで何故か胸が暖かく感じた。

 

 

 

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愛しいレイラへ。

 

 

 

お手紙ありがとう。思ったより返事が早くて助かりました。

 

ノアの所へ着いたら直ぐに手紙を送るので、ちゃんと返事をくださいね。

 

 

今年のクリスマスは、家族では過ごせないけれど、楽しいクリスマスを過ごしてください。あとあまり羽目を外してはいけませんよ。ノアがああいう性格なので、貴女も少し心配です。

 

 

クリスマスプレゼントは、ちゃんとホグワーツに送るので、安心してくださいね。

 

 

貴女のことが大好きな母より

 

 

追記 サンタさんが来るように良い子に過ごしてくださいね。

 

 

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この返事の手紙を見て、最初に思ったことはただ一つ。

 

……もうサンタさんは、信じてないよ

 

こんなことを書く母の姿を思い浮かべるとおかしくて笑みがこぼれ落ちた。

ルームメイトが、クリスマスについて楽しそうに話す部屋で私は1人手紙を読みながら笑いを堪えているのだからもう変人だろう。

 

その日は、いつもより少し早めにベッドに潜り込んで眠りに落ちた。ルームメイト達があまりに一定のリズムで話してくれるものだから、まるで子守唄を聞いているかのように私は割と直ぐに眠ることができた。

 

 

 

 

 

スリザリン寮監のスラグホーンが持ってきたクリスマス休暇にホグワーツに残る生徒一覧に名前を記入して、結構クリスマスのホグワーツを楽しみにしながら、休暇まで過ごした。

 

 

クリスマス休暇に初めてホグワーツに残り思ったことは、意外と残る人はいるんだなということだった。

そりゃあいつもの比べれば、大広間なんてすきすきで、廊下でほかの生徒とすれ違う事も少ないが、同じ部屋のルームメイトは1人残っていたし、スリザリンの談話室にもちらほらと生徒がいた。

 

 

 

いつもよりも閑散とした談話室で、暖炉近くのふかふかのソファーに腰掛けた私は魔法薬学に関して詳しくのっている本を読んでいた。魔法薬学は、本当に苦手な教科の一つで、少しでも6月にある学年末テストで良い点を取りたかったし、何よりこんな何もやることがない暇な時ぐらいしか読む気になれなかった。読み始めると意外に面白く書いていて、ページを進めるスピードも速くなる。

だから、こちらをじっと見つめてくる人物に話しかけられるまで気づかなかったのかもしれない。

 

「…ぃ……ぉい…おい!」

 

突然怒鳴られた声に気づいて私は体をびくつかせながら、顔を上げると、

目の前には少し眉間に皺を寄せたセブルスが本を抱えて立っていた。

私が不思議そうにセブルスを見つめていると彼はゆっくりと私が開いている本を指差してまた話しかけてくる。

 

「……それ…どこから手に入れたんだ」

 

私は、本を閉じてボロボロになり、すっかり色褪せている表紙を確認をする。これは手紙で母に頼み送ってもらったもので、家にあるもので良いから魔法薬学のことについてのってある本を送って欲しいと頼んだのだ。

 

「これ?これは…家にあった本を母に送ってもらったのよ」

 

私は、セブルスに真実を伝えて彼の言葉を待ったが、中々返ってこなくて気まずくなるばかりだった。何か様子のおかしいセブルスは、そわそわし始め、私の顔を見たり俯いたりと随分と忙しそうだ。

私に自分から話しかけたりと何やら様子のおかしいセブルスを見て、私は本に視線を落とした。

 

……これは、そんなに出回っていない本なのだろうか。

 

そうでもしないと、毎日本を読んでいるセブルスがわざわざ話しかけてくるはずもない。何せ、セブルスは魔法薬学が大好きだから読んでないとなると興味があってすぐに読みたくてグズグズしているだろう。

私は一か八か聞いてみてみようと思い、そわそわしているセブルスに話しかけた。

 

 

「…良かったら……読む?…この本」

 

 

私の言葉に、分かりやすいほど表情がパァーッと明るくなり、あんな重かった空気が、嘘のようだ。

 

 

「……良いのか?…」

 

 

私は頷いて、本を渡すと、セブルスは大事そうに抱え込んで、小さく呟いた。

 

 

「…ありがとう……すぐ、返すよ」

 

 

幸せそうに眉を下げ笑うセブルスを見て、私の心臓は急に波打つように鼓動を速くした。私の心臓の鼓動の音が、今目の前にいるセブルスにも聞こえるんじゃないかと思うほどだんだんと大きくなっているような気がして、体は緊張しだした。

 

 

 

…………あんな……笑顔………反則だ。

 

 

 

 

「…いや……ゆっくりでいいよ…」

 

 

すっかり動転した私はそう言うのが精一杯で、自分の部屋に戻るセブルスの姿が見えなくなるまで動くことができなかった。

やっと動けたと思えば、疲れたようにソファーに座り込んでため息が溢れた。顔を両手で隠して目を閉じると、さっき見たセブルスの笑顔が瞼の裏に映った。

あんな笑顔を浮かべる人なんてこの世のどこを探してもどこにもいないと思う。断言できる。命をかけてもいい。

 

顔が熱いのを感じながらふとあることが頭に浮かぶと、あんな温かかったのが嘘のように、胸の内が一気に冷たくなるのを感じた。

 

………エバンズの前では、いつもあんな笑みを浮かべているのだろうか…

 

今日まで、見てきた私の中のセブルスの表情といったら、無表情か、機嫌が悪そうな表情か、ポッター達にちょっかいを出されて怒っている姿か…

 

……楽しそうな表情といったら、魔法薬学の授業で少し口角を上げている表情しかない。

 

……いや私の中で1番幸せそうな表情は、

 

…楽しそうに笑う彼女を見る、愛しそうな表情を浮かべるセブルスだ…。

 

 

……ほら、こんな所でも彼女はずっと付いてくる。

 

あんなに幸せだった時間が嘘のように、逆に辛いだけの時間になってしまった。

 

…彼女にはあんな表情を沢山見せているんだろう。他にも、私が見たことのないような表情だって沢山浮かべて、楽しそうに笑うんだ。

 

一回ネガティブな考えをしてしまうととことん落ちてしまう私は、ふらふらと自分の部屋に戻ってベットに潜り込んだ。

 

明日は、クリスマス。良く小さい頃に両親や兄から言われ続けていた言葉を思い出した。

 

『いい子にしていれば、サンタさんがレイラの欲しいものを持って来てくれるよ』

 

……サンタさん…今年の私が、いい子だったかは分かりません。…でも、もし本当に来てくれるのなら、私にください。

 

 

彼を、セブルスを、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………セブルス・スネイプを私にください。

 

 

 

 

 

 

 

サンタさんなんて、子供の時だけの夢物語だということは分かってる。けど、祈ってみたら、もしかしたら朝起きたら毎日セブルスが話しかけてくれて、ごく普通にあんな笑みを浮かべてくれるかもしれない。

 

 

…私のことを見てくれるかもしれない。

 

 

そんなことを思いながら、私は瞼を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ました時に感じたことは、何か長い夢を見てたような気がするということだった。

まさか、あの本を貸したのは夢だったのかと思い慌てて机の引き出しを開けてみた。そこにはあの本はなく、あれは夢ではないということが確認できてほっと安堵した。

とりあえず簡単な服装に着替えて談話室に向かうと、大きなクリスマスツリーの下に沢山のクリスマスプレゼントが置いてあった。

私は、見覚えのある字で書かれたクリスマスカードがのっかってあるプレゼントを手にとって、部屋に戻った。

 

カードを開くとMerryX'masと書かれていて、トナカイが引っ張るソリのようなものに乗ったサンタがホッホッホ、メリークリスマスと言いながら飛び出してきた。宙を自由に飛ぶ小さなサンタは、私の周りを二回三回回ると、部屋から出ていく。

私は、プレゼントのリボンを丁寧にとり、折りたたみながら周りについた包み紙もとっていく。

中には、丸いペンダントと、髪留め、たくさんのお菓子に、手紙が一枚入っていた。

髪留めは、とてもシンプルなもので、白い真珠のようなものと、花の形をしたガラスが反射する光の違いによって色を変えた。

早速自分の髪につけてみて、鏡を覗き込んでみると髪留めをつけるだけでも、いつもよりかは明るく見えた。

 

 

………でも似合わないな……

 

 

大人びている髪留めは、お世辞でも似合っているとは言えないほど違和感だらけだった。大人しく髪留めを外し、次は丸いペンダントのようなものを手にとってみると、首からかけれるようになっている紐の先には掌に収まるサイズの金色のまん丸何かだった。

文字も掘られてないし、訳も分からなくて頭を悩ませたがとりあえずいじってみることにした。どうやらこのまん丸い何かは開けるようで、ゆっくりと開けてみると、青白い惑星のようなものが飛び出して、手に持っているペンダントの周りを回しだす。

私が持っているペンダントの中には時計の針のようなものが何本もあり、それぞれ時を数えるように動いていた。異常に早く動くものもあれば、全く動かないものもある。

 

「…何これ…」

 

そう声に出すしかなく、私は少し引き気味にペンダントを見つめた。こんな変わったものをプレゼントにするのは、私の父しかいない。

母が常識人だと表すと、父はその反対、何を考えているのかさっぱり分からない変わり者だった。世の中でいう不思議ちゃんの域は超えていて、しょっちゅう家でも訳のないことばかりを言っている。

兄は、明らかに父の血を受け継ぎ、対して私は母の血を受け継いだらしい。

 

少しため息をついて、ペンダントを見つめると、時計の針が付いている奥に小さく文字が掘られていることに気がついた。

 

 

 

『時は進むばかりで決して戻らない。

時が止まることはあっても戻ることはできない。

貴女は時を止められても時を戻すことはできない。しかし貴女自身がそれを望むというのなら、時は戻れるのだろう。』

 

 

 

意味深すぎるその言葉の意味が分かるはずもなく、私はとりあえずペンダントを閉じた。

周りを回っていた惑星は閉じる瞬間一緒にすっと吸い込まれていった。

ペンダントの紐をくるくると巻きつけて髪留めと一緒に机の引き出しにしまい込んだ。

 

あとは、手紙と大量のお菓子だけだ。手紙を開くと、少し丸っこくて可愛らしい字が目に入ってきた瞬間に兄の字だとすぐに分かった。

 

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僕の可愛いレイラへ

 

 

元気にやっているかい?レイラ。僕は手紙を書くのが苦手だから、文章がおかしな所もあるとは思うけど、そこは気にしないでくれ。

 

ホグワーツ、二年生での生活を楽しんでいるかい?レイラとは1年のクリスマス休暇以来会っていないから、お兄ちゃんは寂しいよ。

 

 

 

最近は、ドラゴンの保護をしているんだ。

ルーマニア・ロングホーン種というドラゴンなんだけど、実はこのドラゴンの角の粉末は魔法薬の材料として珍重されていて、その一方でその角の取引きに利用する奴らがいるせいで罪のないドラゴン達が激減しているんだ。だから、この種類は繁殖計画の対象になっているのだけれど、それでね少し研究させてもらいながらお手伝いさせていただいているよ。この他にも、ペルー・バイパーツース種や…

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終わる気配のないドラゴン語りの文を見て、私は、適当に飛ばした。兄には悪いがそんなにドラゴンには興味がないし、どうしても手紙だと読む気になれない。

 

私はドラゴンについて、2枚分ぎっしり書いてあること自体の方が驚いて3枚目からまた読みだすことにした。

 

 

 

───────────────────

 

 

まだ書ききれてないけれどドラゴンの話はここまでにして、レイラに手紙を送ったのはあることを謝りたかったからなんだ。

 

せっかく家族全員で揃って食事ができるクリスマスを台無しにしてしまって本当にすまない。

 

レイラは優しいから、気にしないでなんて言ってくれるんだろうけど、やっぱりクリスマスぐらい家族と居たいもんだろ?

 

父さんや母さんにも心配をかけてしまったし、勿論お前にも迷惑を随分とかけてしまった。

 

 

僕からのクリスマスプレゼントは、悩みに悩みすぎて送り損ねてしまったんだ、ごめんね。すぐにクリスマスが終わって新学期が始まる頃には届くように送るつもりだから、その時にでもこの手紙の返事を頂戴ね。

 

クリスマスに集まれなかった分今年の、レイラの夏の休暇に合わせて僕も家に帰ることにするよ。

お詫びとして何か買ってあげるから欲しいものを沢山決めておくんだよ?

 

 

それじゃあ、またもう少しだけお互い頑張ろうね。レイラは僕の自慢の妹だから、心配ないけど、やっぱり可愛いものはしょうがない。

 

 

レイラ、素晴らしいクリスマスを

 

 

MerryX'mas

 

 

兄、ノアより

 

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忘れていた。私の兄は自分で言うのも気がひけるが私のことが好きすぎるのだ。頼りになるし、優しい兄だが少し過保護過ぎるのが残念なところだ。

 

…こんなだから、結婚できないんだよ

 

私は、手紙を丁寧にしまって、机の引き出しの中にあるペンダントと髪留めの隣にしまいこんだ。

 

 

 

 

 

 

クリスマスのホグワーツは、思っていた以上に楽しいものだった。

いつも混んでいる図書館も、閑散としていて読み放題で、私は分厚い本を3冊ほど引っ張り出して読み漁った。

少しでも、セブルスと話せるようなきっかけができないかなーと思いながら、魔法薬の本のページを読み進めると、楽しそうに調合するセブルスの姿が浮かんだ。

 

 

「あぁ……好きだな…」

 

 

溢れ落ちた声は、誰に聞かれることなく消えていく。

本のページをめくっていると、どうしてもセブルスの姿を見たくなり読んでいた本を元に戻す為に立ち上がった。ここまでくると本当に病気だと思う。

 

…彼の為だったら何でもできそうな気がして他ならない。

 

ぎゅうぎゅうの本棚に無理矢理隙間を作って元に戻していると、突然隣からバタッという何かが落ちる音が聞こえたと思うと、まるで人が通ったかのように風が巻き起こり、私の髪が揺れた。

私は周りを見回してみるが、クリスマス休暇に図書館に来ている生徒など私を含めて片手で数えるほどしかおらず、誰かが本を落とした音でもなかった。私のすぐ隣で聞こえたのだ。本が地面に落ちる音が、すぐ横で。

 

ふと左のほうに視線を合わせると奇妙なものが目に入った。真っ黒い何か布切れのような端のようなものが、私の死界に消えたのだ。天井まで届きそうなほどの本棚の陰に消えていったそれを私は、追いかけるように本棚の陰まで駆け寄った。

 

そこには、誰もいるはずもなく、代わりにかすかな香りがした。

 

 

…少し薬草の匂いが混じった懐かしいような、落ち着く香り。

 

 

少し立ち止まっていた私は、まだ本を片付け終わってないことに気づき元に戻って、視線を下ろして自分の足元を見てみると黒の表紙に、金の線が彫られてある本が落ちていることに気がついた。

私は手に取り、後ろも前も色々な角度から眺めてみるが随分とシンプルなものだ。一番不可解なことは、表紙に題名が記されていないこと。

ホグワーツには、意味のわからない本もどんな時に使うか分からないような本だって沢山あるが、題名が記されていないのは初めて見た。

 

周りに誰もいないことを確認して、恐る恐る本を開いてみると、そこら辺の本となんの変わりのない魔法の歴史に関してのことが説明されていた。

 

少し見つめてみると、文字がズズズッと不気味にひとりでに動きだして、この本が普通のものではないことが私の中で確信した。

 

…記憶の中で見たトム・リドルの日記ではないな…

 

そう思って本を見つめていると、独りでにページがパラパラと動き、私の手から逃げるように宙を舞うと机の上に、何も書かれていないノートのようなページを開いてピタリと止まると静寂が訪れた。

私は、少し警戒しながら近づき、その本を覗き込む。何も書かれていないページには、少しずつ文字が浮かび上がり、文章をつくっていく。その文字は、何やら焼いて書いているようなものでそれだけでも十分不気味な雰囲気を醸しだしていた。

 

『私は貴女がとっくの昔に知っていることも、知らないことも全て知っています。

私はそれを語ることができません。

しかし、貴女が望むのであれば私は語ることもできます。

 

貴女次第で私の価値が決まります。

 

どうか小さな声に耳を傾けて。』

 

 

最初は馬鹿馬鹿しいそう思った。すぐに元に戻そうかと思ったが、頭にトム・リドルの日記が浮かび、元に戻す気も失せた。

この本が悪戯だったらそれはそれで笑い話として終わらせれるが、もしこの本がセブルスやポッター、『ハリーポッター』の主要人物達の手に渡ってしまったらどうなってしまうのだろうか。

 

 

──────私は貴女がとっくの昔に知っていることも、知らないことも全て知っています。

 

 

最初の文を見つめて、最悪な事態のことが頭に浮かんだ。もしセブルス達の手に渡り、この本がもし未来のことを少しでも知っていたら、誰かが未来を知りたいと願ったら、私のこの前世の記憶も何も意味もなくなる。

 

 

……私の存在意義はもうなくなるんだ。

 

 

私はこの本が何なのかという事よりも、『ハリーポッター』の主要人物達にこの世界の未来のことを知ってほしくなくて慌てて本を閉じた。

 

「……私が持ち続けていればいい…」

 

勝手に声に出た自分の言葉を聞いて、私は決心したようにその本を手に取り、図書館を後にした。

 

寮に向かっている頃にはもう今持っている本のことで頭がいっぱいで、セブルスに会おうとしていたことなどすっかりと頭から抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はまるまる太った七面鳥の丸焼きのお肉をフォークで取り分けて自分のお皿の上に盛り付け、頬張った。今は大広間でクリスマスパティーをしている最中で、いつもよりも豪華な食事に囲まれて幸せに浸っていた。

レーズンやドライフルーツをたっぷり使ったフルーツケーキに、ミンスパイ、色とりどりの野菜やチーズがたっぷり乗ったクラッカーにとろけているチーズとトマトのパイなど、どれもこれも美味しそうで、私は母の料理の味が恋しくなりながらも、ケーキを食べると、口全体に甘い香りが広がり少し寂しかった気持ちもすぐに薄れた。

先生達は、ワインを飲みながら程よく気持ち良くなっているようだ。

お腹一杯になり、ふと前の方に視線を移すとセブルスの隣に、誰かに似ているようなスリザリンの少年が座っていた。

2人は、どこか親しそうに話して、料理を口に運び込んでいる。

 

絶対に見たことのある少年の顔を見つめて、私は考え込んだ。誰かの面影を感じるのだ。少し腹立つような感じで、あのイケメンオーラ。

 

……あぁ…シリウス・ブラックだ

 

そう思った私は、ひとり納得しながら頷いた。となると、あれは弟のレギュラス・ブラックか。

 

まだ幼いレギュラスを見つめながら、ケーキをフォークで切り分けて口に運んだ。

彼は16歳で死喰い人のメンバーに入り、17歳でこの世を去る。

あの人に自分にできる精一杯の抵抗をして、1人生き絶えるのだ。どんなに勇気のいることだろうか。ひとりで冷たい水の中で苦しく生き絶えるのは、怖かったんだろうなと思いながら、笑っているレギュラスを見つめた。

 

……私よりも何倍も勇気のある人だ……

 

私は、楽しそうにセブルスと話しているレギュラスから視線を逸らす。そうでもしないと、耐えきれないほど胸が苦しくなりそうだった。

 

 

……これからセブルスは孤立しているスリザリンから少しずつ、お話をするような友達ができるんだろう。

 

私は水を飲み干して、口に含んだ氷を砕いた。

 

 

 

 

 

すっかりとお腹いっぱいになって、ベッドに横になっただけでうとうとしだしてしまった。

このまま寝てしまおうかと思ったが、机の引き出しを見て、ぼんやりとしていた意識が一気にはっきりしてくる。

私は、起き上がって引き出しからペンダントを取り出して開けてみた。

薄暗い部屋を照らすかのように、青白い優しい光を放ちながら、惑星が回りだした。ルームメイトが少し声を出しながら、寝返りをうったのが視線に入って慌ててペンダントを閉じる。あんなに明るかった部屋は、ペンダントを閉じた瞬間暗くなり、目を凝らさないと見えないほどだった。

私は手探りで、引き出しの奥にしまってあった本を取り出して部屋から抜け出した。

 

 

勿論談話室には誰もいるはずなく、ただ暖炉から微かに暖かい光が漏れているだけだった。

私は暖炉の近くのソファーに腰掛けて、本を開いてみたが、暖炉の微かな火だけでは薄暗くて何も見えなかった。私は、しょうがなくペンダントの周りを回る惑星が放っている青白い光を活用して本を読み進める。

図書館で見つけた不思議で不気味な本を開き、今日見た文がのってあるページまでめくると、以前と変わらず、何か焼けたような筆記で文章が記されている。

私は出来るだけ小さくその文章を復唱するかのように呟いた。

 

「…………私は貴女がとっくの昔に知っていることも、知らないことも全て知っています。

…私はそれを語ることができません。

しかし、貴女が望むのであれば私は語ることもできます。

 

貴女次第で私の価値が決まります。

 

どうか小さな声に耳を傾けて、か…」

 

口に出せば何か分かるかも知れないと思ったのだが、そうでもないらしい。

ただ何回も読んでいるとある違和感を覚えた。

 

 

─────── 私は貴女がとっくの昔に知っていることも、知らないことも全て知っています……

 

 

この文を何度も何度も読み返すと、まるで心臓が緊張しているかのように動きだした。

 

 

…………おかしい…

 

心臓がこれ以上の散策はやめてくれと警告しているかのように鼓動を早くして体は熱を帯びてくる。

 

「………あ…っ……」

 

私は、あることに気づいて声を洩らしたのとほぼ同じ瞬間に嫌な汗が体から流れ出す。

 

 

貴女がとっくの昔に知っていることも、

 

 

 

とっくの昔に知っていることも

 

 

 

私が記憶を思い出して、まだ1年も経たないうちに、そのようなことを匂わせる物が自分の手の中にあるなんて、出来すぎている話だ。

まるでこの本が私が、この世界の未来のことを思い出すのを今か今かと待ち続け、思い出し全てを知った私の前に自ら現れたみたい。

 

不気味なその本を見つめ、私は行き場のない恐怖感に襲われた。

落ち着かせるため、一旦深呼吸をして目を閉じると、ある考えが浮かんでくる。

 

…大丈夫…これはただの本だ。…………何故私がこんなに恐れる必要がある。

 

そう思ってしまうと、あんなに不気味に思えた本も単なる少し文字が浮かび上がるヘンテコな本にしか見えなくなり、馬鹿らしくなった。

これを作った張本人が何処の誰かは知らないが、逆にこれを利用してしまえばいい。

 

気をつけることはただ一つ『ハリーポッター』の主要人物達にこの本の存在を知らされないようにすることだ。

 

 

そう心に決め、ひとりで納得していると誰か階段を下りる音が聞こえた。私は急いでペンダントを閉じ首からかけて服の中にしまいこむ。本は、しっかりと閉じて出来るだけ表紙を見せないように隠し持った。

 

 

 

男子寮から降りてきたのは、真っ暗な夜が似合う彼だった。セブルスは私の顔を見た瞬間驚いたようで、少し眉が上がった。こんな時間に、まさか談話室に自分以外の生徒、さらには先客がいるとは思ってはいなかったんだろう。彼は2冊本を手に持っていて、少し気まずい空気が流れた。私は出来るだけこの場を離れたかったこともあり、彼に話しかける。

 

「…あぁ…私はもう寝ようとしたところだから良かったら、ここ座ってよ。……今日は随分と冷えるから」

 

私は、ゆっくりと立ち上がってあまりセブルスの顔は見ないようにした。

おやすみなんて挨拶が言えていたら、とっくに私はセブルスと仲良くなれている。何も言えないまま部屋に戻ろうとする私を呼び止めるセブルスの声が聞こえてきた。

 

「あっ…ちょっと待って、」

 

私は、何かと不思議に思って振り返り少しもたついているセブルスを見つめた。

 

「これ、昨日借りた本。…読み終わったから、返すよ。ありがとう」

 

セブルスの手には、確かに昨日貸した本があった。彼はすぐに返すと言った自分の言葉をどうやらきちんと守ってくれたらしい。

中々受け取らない私を不思議そうに、セブルスは見つめてくる。

 

 

…もう少しだけこの時間が続けばいいのにな……

 

 

なんて思った私をどうか誰か殴ってほしい。そうでもしないと自分がおかしくなってしまいそうで、怖くなったのだ。

私は、少し困っている様子のセブルスを見て答えた。

 

 

「…………………………あげる…」

 

 

「…えっ?」

 

私の言葉に、間抜けなセブルスの声が聞こえてくる。

 

「その本…あげるよ。だって私より貴方が持っていた方がその本も幸せだと思うし」

 

「いや…でも、これあんまり出回ってないし」

 

戸惑い始めたセブルスは、一歩の引こうとしない。

 

「気にしないでいいよ。…魔法薬が得意な貴方に私は持っていて欲しいし、……私からのクリスマスプレゼントだと思って受け取って」

 

私は、本を優しく彼の方に押すと、セブルスは本を両手で抱えこんだ。

 

「…あっ……ありがとう」

 

申し訳なさそうにお礼を言うセブルスを見て、私は今度こそ部屋に戻ろうとするとまた彼が呼び止める。

 

「あっ…でも、じゃあ僕は何を君にクリスマスプレゼントをお返しすればいい?」

 

何とも律儀な人なんだろうか。そんなこと気にしなくていいのに。

 

 

「……………じゃあ、名前でいいよ。貴方の名前を教えて。」

 

 

そんなことでいいのかという表情を浮かべ、セブルスは話し出す。

 

「…えっ?そんなことでいいの。他にもっと何か…女の子が欲しがりそうなやつとか、本とか「私は、貴方の名前が知りたいの。」

 

私は、セブルスの会話を中断させ、彼の瞳を見つめた。

 

セブルスの真っ黒な瞳の奥には、光が宿っていてこの世にあるどの宝石よりも綺麗だと思った。

少し沈黙が流れた後、セブルスはゆっくりと口を開き、声を出す。

 

「………セブルス・スネイプ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………君は?」

 

 

思ってもいなかったことを聞かれ、私の心臓が飛び跳ねた。私の脳は、名乗るな、彼に名前を教えるな、私は彼に関わってはいけないことを忘れたのかと警告を出す。

 

それでも何か期待するかのように口は勝手に動いて、声が外に出た。

 

 

「……私は…

 

 

……………レイラ・ヘルキャット」

 

 

貴方に…恋をしています。

 

 

眉を下げ微笑むセブルスを見て、私の胸はあったかくなりながらも、また苦しく痛みだした。

 

 

お願いだから……そんな表情を私以外に見せないで………

 

 

 

こんなことを思ったところで胸の痛みがましてや和らぐばかりか増すばかりだ。

 

 

 

目の前にセブルスがいるのに……私は貴方はばかりを見ているのに……

 

彼は…セブルスは…

 

 

 

 

……………私のことは決して見てくれない…

 

 

目の前にいるセブルスを見つめながら、軽く唇を噛み締めた。……痛みで、胸の締め付けられるような圧迫感を少しでも和らげようとしたが、誤魔化すこともできなかった。

 

 

 

どうやら今年のクリスマスは、素敵なプレゼントを届けてくれるサンタは来てくれなかったようだ。


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