夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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30 始まりに愛を添えて

 

 

相変わらず私は雑用係をこなしながら、有力そうで、伝えても良さそうな情報を見極めて、あの人に情報を流すという生活が続いていた。

 

 

あの人から、殺せと言われたら躊躇なく人を殺し、拷問しろと言われたら、何も考えずに従った。

 

一体自分が何人殺し、何人の人を苦しめたのかもう分からない。

 

 

 

「……ラ…、レ………ラ、……レイラ!」

 

 

 

急に名前を大声で呼ばれた私は、驚きながら顔を上げるとレギュラスと目が合った。

 

 

「大丈夫ですか?

 

 

……何かぼっとしているようですし疲れているんじゃ…」

 

 

一瞬、なぜレギュラスが目の前にいるのか分からなくなったが、彼の話す声を聞いていると、様子を見に会いに来たことを思い出した。

 

 

「…大丈夫よ。少し、考え事をしていただけだから」

 

 

適当な言葉を並べた私の声を聞いた彼は、私の顔も見ずに声を出す。

 

 

「…僕で、よければ話ぐらい聞けますよ。」

 

 

いつも通り、素っ気ない感じだったが、視線を逸らしていた彼と目が合うと、少し困ったように少し眉を下げ、笑みを浮かべる。

 

 

 

「…話すと意外と楽になるものなんですよ。

貴女に随分と甘えてばかりだったんですから、それぐらいさせてください。」

 

 

 

 

優しい声で話してくるレギュラスの声が耳に入ると、私の口は自然と動きだした。

 

 

 

 

「…貴方に言わないといけないことがあるの」

 

 

私の言葉に、レギュラスは紅茶を飲もうとしていた手をピタリと止めて、私を見つめてきた。

 

 

 

 

 

「……ハリー・ポッターという男の子が、あの人を窮地に追い込むんだけど「ちょっ…ちょっと待ってください。………ついていけません。」

 

 

 

混乱した様子のレギュラスは、体を前のめりに私の話を遮ってくる。

 

 

「…それは、……前言っていた未来の話ですか…?」

 

 

「…えぇ、そうよ。」

 

 

「……その…男の子って、…子供が例のあの人を?」

 

 

「正確にいうと、赤ん坊ね。」

 

 

 

彼は、どうやら赤ん坊があの人を倒すというのが信じられないらしく色々と反論してくる。

 

 

「それは、流石に信じられませんよ⁈だって、魔術に長けているような魔法使いでもあの人に敵わないというのに、……赤ん坊が?」

 

 

「だから、彼は英雄として有名になる。………今は信じられなくてもそれでもいいけど…遅かれ早かれ、貴方の耳にもきっと、ハリー・ポッターという赤ん坊があの人を消滅させたという噂が入るわよ。」

 

 

私が話し出すと、レギュラスはしっかりと聞く耳をたてながら真剣な表情を浮かべる。

 

 

「だけど、1つ勘違いしないでほしい。あの人はそれで死んだわけではない。体を失っただけであって、魂がなくなったわけではないの。」

 

 

 

「……………例のあの人が…蘇る日がくると言いたいんですか?」

 

 

頭が賢いレギュラスは、私が言いたいことを先に口にしてくれて私は頷き、口を開く。

 

 

 

「……彼を消滅させる為には、ハリー・ポッターと、ネビル・ロングボトムは死なせてはいけない。……もし、2人が死んでしまったら、私はそれ以外にあの人を消滅させる方法なんて思いつかないし、それにきっとそうなればもう無理ね」

 

 

 

 

 

彼の顔を見ずにすっかり冷えた紅茶を一口飲んでいると、何か悟ったように話しかけてきた。

 

 

 

「それで……どうして、急に未来の話をしてくれたんですか?

 

 

……何かしら僕に頼みたいことがあるからなんですよね?」

 

 

 

レギュラスは本当に勘がいい。

 

私が参ったようにため息をつくと、彼は悪戯っ子のような笑みを浮かべてくる。

 

 

「…それは、きっと貴方はまだ私が未来を知っているということは半信半疑だと思ったのと、…………もし…私が…ハリーを殺そうとする時のことを考えて、一応、貴方にお願いしとこうかなと思ったのよ」

 

 

 

私の話を聞いたレギュラスがあまりぱっとしていない様子を見て、私は後を続けた。

 

 

「私の学生の頃を見とけば分かるでしょ?…エバンズとの仲は最悪だったし、ポッターとも衝突していた。

 

そんな2人の子供を、殺したくならない方が…不思議だと思ったから……。いや、でも一応よ。万が一の時を考えて備えておいても、困らないかなと」

 

私が話し終わると、彼は納得したように確認してくる。

 

 

 

「僕は、貴女が殺してしまいそうになったら止めればいいんですね?」

 

 

「…えぇ…そうね」

 

 

 

 

レギュラスの問いかけに答えると、彼はどこか嬉しそうに紅茶を飲む。

 

目の前に座っている彼を見ていたら、あることが頭に浮かび上がってきた。

 

 

 

 

彼に、ブラックが死ぬということは今伝えた方がいいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫ですか?凄い顔をしてましたよ」

 

 

少し笑いながら言ってくるレギュラスの顔が視界に入り、私は考えていたことを消し去るようにローブを手に持って、口を開いた。

 

 

 

「そろそろ、行くわね。…アウラに美味しかったって伝えといて」

 

 

 

まだ飲み終わっていない紅茶が入っているティーカップを見ながら、彼に言い、私は魔法省に逃げた。

 

誰が見ても逃げたと分かるほどに、分かりやすかったというのにレギュラスは、ありがたいことにわたしを引き止めることはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからセブルスに会えていない私の口からは、溜息しか出なくて、そのせいか部屋も暗い気がした。

 

 

 

 

羊皮紙が散らばっている自分の部屋に篭り、溜息をこぼし頬杖をついていると、アウラが心配そうに見つめてくる。

 

「………また…痛むのですか…」

 

部屋の片づけをしているアウラが、私の方に近寄ってくる。

 

「大丈夫……それよりも少し喉が渇いたからお茶を淹れてくれない?」

 

「分かりました。少々お待ちください」

 

アウラが、隣の部屋に消えていくのを見て、ただ遠くを見つめていると私の頭の中にはやらなければならないことが次々と浮かび上がってきた。

 

 

………イゴール・カルカロフが捕まった後、私の名前を出した時の対処法も考えないと。

 

……あぁ…それに………どうやってセブルスに関わっていくかも考えないといけないし、ブラックの死をどうやって防ぐかも考えないといけないし……

 

…それに……全部終わったら、あの本を過去の私に届ける人も……あぁ…それは、レギュラスでいいか。

 

 

 

あまりにやることが沢山で、また溜息が出てきたが、アウラが淹れてくれたお茶を飲むと少し元気が湧いてくるような気がした。

 

 

 

「アウラ、レギュラスの様子はどんな感じ?」

 

 

 

「…レギュラス様ですか?…特に変わったご様子はありませんよ。」

 

 

 

最近会いに行っていなかった私は、アウラの言葉に少しほっと胸を撫で下ろした。…なんだか最近、彼が弟のような存在になってしまっている。

 

 

 

そうなってしまったら、…失った時に辛いだけだというのに…本当に私は学習しない。

 

 

「………すぐに抱え込むような子だから………話を聞いてあげて」

 

 

 

「…ご安心ください。お嬢様。」

 

 

 

 

 

 

優しく私を励ますように言った彼は、またせっせと部屋の掃除を再開した。

 

 

「……ありがとう…アウラ…」

 

 

私の感謝の言葉は、アウラの耳に入ることなく、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に1人こもり、ただひたすらに羊皮紙と向き合い、人手の足りない部署の手伝いに行ったりと雑用をこなしながら、得た情報を報告する日々を過ごしていると時間なんてあっという間に過ぎていくものだ。

 

どうやら、まだエバンズの居場所は突き止められないらしく、あの人は気が立っている様子だった。

 

 

 

 

 

セブルスがホグワーツの教師についたと私の耳に入っても、スパイである彼と会うことなんてあるはずもない。

 

 

……セブルスが教師か…

 

 

 

記憶で、教師の仕事をこなしている彼の姿は確かに見たことはあるのだが、私にとってのセブルスは、あの学生の頃の印象が強いものだから少し信じられない。

 

 

 

 

……生徒に授業する姿は…

 

 

 

……真っ黒のローブを身に纏い、華麗に廊下を歩く彼は…

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと、見惚れてしまうほどかっこよくて、綺麗なんだろうな。

 

 

 

 

私がそんなことを思っているうちに、残酷にも時間だけが過ぎていき、特に何か行動を起こすこともしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左腕に痛みを感じながら、私は薄暗い屋敷の中を歩き進める。ここに何回来たのかもう数えきれないほどで、来るたびに私は自分の目的の為に、人を殺し、苦しめているような気がしてならない。

 

 

だから、…殺さないでと私に哀願しながら、涙を流す人も、私が唱えた呪文で苦しみ、叫ぶ人の声も、もうすっかりと慣れて今ではそんなものを見ても何も思わなくなっている。

 

 

 

「…………もう…人間…じゃないな……」

 

 

 

 

 

自分の呟いた声で実感させられた私は、どんどんと大きくなる立派な扉を見つめた。

 

…嫌な予感しかしない。

 

エバンズ達の居場所が見つけられなくて、結構時間も経っているし、それにあの人はいつもより気が立っている。

 

そんな時に呼び出されるなんて、絶対に良いことではない。

 

 

 

心の中で思ったことを消し去って、扉を開いた私の目に飛び込んできたのは、床に力なく横たわる死喰い人の亡骸だった。

 

 

 

最初は何が起きているのか分からなかったが、部屋に入り顔を上げると、あの人が杖を握っている姿が視界に入る。

 

集まっていた死喰い人達は、私に注目していたが、どこか怖がっているように壁に近寄っていた。

 

 

 

「何故!!!誰1人として奴らを見つけだすことができないのだ!!!」

 

 

 

突然、部屋に大きな声が響くと一気にその場は緊張感が走る。

 

自分の脅威になると予言されている子を突き止めているというのに、居場所が分からないまま、もうとっくに時間は経ちすぎている。

 

怒り狂ったあの人に、殺されてしまうかも知れないのだから、この部屋の空気は恐怖心に染まって当たり前だ。

 

 

 

 

私は、横目にセブルスの姿を探したが彼はどこにもいなかった。

 

 

 

「我が君、………どうやら、魔法省は彼らとは関係ないようです。ですから、彼らの居場所に関する情報どこ「そんなことはもう分かってるんだよ!!!」

 

 

私の話を遮り、声を張り上げるレストレンジが近寄ってくる。どうやら彼女は、私のことが気に食わないらしく、いつも突っかかってくるのだ。

 

 

「聞いたところによると、お前はあの女と知り合いそうじゃないか」

 

 

「…えぇ…そうですね。」

 

 

 

何も間違っていない彼女の問いかけに返した私の声を聞くと、挑発するような笑みを浮かべて言葉を並べる。

 

 

 

「…実は、もう居場所を知っているんじゃないか?………」

 

 

 

 

「何の冗談ですか、笑えませんよ。」

 

 

 

私は目の前にいるレストレンジを睨みつけながら、杖を取り出したい衝動を必死に抑えた。

 

 

「……確かに彼女とは、顔見知りですが、友人ではありません。ですから、ホグワーツを卒業して以降顔も見てもいなければ、やり取りもしていないので、居場所など知るわけがありませんし、……それに…」

 

 

エバンズ達を庇っているんじゃないかと疑われている自体が不愉快な私は、少し怒りに任せながら口を開く。

 

 

 

「できることなら、今すぐにでも……殺したいと思っているほどの私が、彼女と仲が良かった風に見えますか?

 

エバンズの死を望んでいるような奴が、居場所を知っていると思いますか?」

 

 

 

私があまりに早口で話したからなのか、少し戸惑っている様子のレストレンジの隙をついて、私はあの人に話しかけた。

 

 

 

「…我が君、私は彼女の居場所など到底想像もつきません。ですが、ポッターの親友だったペティグリューだったら、話は別でしょう?」

 

 

あの人の赤い瞳がギロリと私の方を向き、少し睨むように見てくる。

 

 

「ポッターは、親友を何より信じ大切にしている単純で馬鹿な奴です。ですから、ペティグリューが貴方様の僕になっていることなど知る由もありませんし、今ここにいる誰よりも、今ペティグリューは彼らとの距離が近いと私は思います。」

 

 

「あんな奴に託すというのか⁈」

 

 

 

ペティグリューという名を聞いたレストレンジは、信じられないといった様子で声を出す。

 

 

「それが、今出来ることでしょう。

 

…我が君。ペティグリューが、親友として彼らの居場所を突き止めるまで待ち続けるしか今は方法がありません。」

 

 

 

 

私の声に静まり返った部屋の空気は重く、あの人は何か探るように私の目を見てくる。

 

誰1人として話そうとしないせいで、不気味な空気が流れ、僅かな音さえも立ててはならないような感覚に襲われた。

 

 

今は彼らに怪しまれることなく、この場を離れることだけを集中しながら、あの人の様子を窺う。

 

 

 

どうやら少しは落ち着いたらしく、あの人はゆっくりと杖をローブにしまった。

周りにいた死喰い人達の肩から、どこか安心したように力が抜けたのが視界に入ってくる。

 

 

 

 

「……我が君…ご指示を」

 

 

 

小さめな私の声でも、静まり返っている部屋には響き、一気に注目の的になった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………不死鳥の騎士団に近づけ」

 

 

 

まさか、そんなことを言われると思っていなかった私は、少し体が固まったが平然な振りをしながら、口を開く。

 

 

「…魔法省はどうするのですか?」

 

 

「勿論、それと同時進行でやれ。お前だったら、それぐらい簡単なことだろう?……それか」

 

 

 

何で、この人はそこまで私に色々と託すことができるのだろうか。

 

 

「………俺様に従いたくないとでも言いたいのか?」

 

 

 

冷たく、低い声が部屋に響くと、体の芯がまるで凍りついたように寒気が襲いかかってきた。

 

 

……殺される…

 

 

 

ここであの人の気の触るようなことを言ってしまったら、

 

何だったら、少し動いただけでも殺されそうで、脚は全く動かなくなる。

 

何をしても…殺される。

 

 

 

声を出そうとしても、喉の途中で何がせき止めているような感じがして、口を開いても息しか出ない。

 

 

別に怖いとかそういうものではない。頭の中は至って冷静で、ここで何を答えるべきかは分かっているのに、体が言うことを聞かない。私の体ではないみたいな感覚なのだ。

 

 

もう一度声を出そうと口を開くと、何か弾くような音が聞こえてきた。それが、誰かが姿くらましをした時に聞こえる特有の音だとすぐに分かった。

 

 

 

 

あの音が聞こえた後、ローブが靡くような音が耳に入ると、落ち着く匂いがふわりと香った。

 

 

 

少し後ろを振り返ると、会いたくてたまらなかった人が、セブルスの姿が視界に入ってくる。久々の彼の姿に私の胸は踊って、嬉しさのあまり少しだけ顔が熱くなる。

 

あんなに冷たく、動かなかった体が意図も簡単に動いて、声が自然とこぼれ落ちた。

 

 

「……セブルス…」

 

 

どうやら何か報告に来たらしく、私の姿に気づいたセブルスが少し瞳孔を開いたのに気づいた。

 

……もう…セブルスは、ダンブルドアの方に寝返っているだろうし…

 

 

 

………もう…この時から…彼女を守るために…自分を犠牲にしてる。

 

 

 

そう思うと、少し苦しくなって私はあの人に視線を戻し、口を開いた。

 

 

 

「…かしこまりました。我が君。必ず、貴方様の為に成し遂げてみせます。」

 

 

 

 

私はできるだけ早くこの場を離れる為に、少し笑顔を浮かべながら、あの人に宣言した。

 

 

 

 

あの人に背を向け、セブルスとすれ違っただけで、胸の辺りが温かくなると、少し苦しくなる。

 

 

 

不死鳥の騎士団に近づく気などさらさらない。近づいたところで、怪しまれるだけだし、歓迎などしてくれないだろう。

 

 

どうせあと少しで、あの人は一時的に力を失う日がくるのだから、それまで誤魔化せばいい。

 

 

 

 

皆から恐れられた名前を言ってはいけないあの人が姿を消し、

 

生き残った男の子が額に稲妻のような傷をつくり、

 

セブルスにとっての最愛の人が殺される日、

 

 

 

 

 

 

 

 

10月31日…ハロウィンの夜は、もう指で数えるほどに迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが始まるその日は、何故みんな気づかないのか不思議になる程空気がよどんでいた。

朝から激しい雨が打ち付け、外に出ることさえも躊躇うほどで私はいつものように魔法省で仕事に取り組んでいた。

 

 

今日、エバンズが殺されるのかと思っても、特に何も思わない私はもう終わっている。

 

 

……今から動いたら、きっと間に合うだろう。

 

 

 

…セブルスの最愛の人の命を守ることができるだろうが……彼にとっての最愛な人は、私にとっては憎い人。私とは正反対な彼女は、嫉妬するほど、私が欲しいものを持っている。

 

 

最近、よく思ってしまう。

 

 

……もし…エバンズのことを拒絶せずに分かろうと少しでも努力していたら、

 

あの時、差し出された手を握っていたら

 

 

 

こんな中途半端になっていなかったかもしれない。

 

 

 

 

……もしかしたら、セブルスを救う道が他にあったのかもしれない。

 

 

 

 

 

どんなに、後悔してももう遅いのは分かっている。今手元にあるペンダントを使っても、私は過去には戻れない。

 

 

 

 

後悔ばかりするくせに、私は結局動こうとはしなかった。

 

きっと、これが本当の気持ちなのだろう。

 

 

………彼女を…助けたくない

 

 

 

…………記憶通り…死んでほしい…

 

 

 

 

 

私は腕で枕をつくり、顔を周りから見えないように隠した。

 

 

確かに嫌いだ。正直言って、これからも彼女を好きになれる日なんてこない。だけど、死んでほしいとまで思うなんて、結局私はセブルスのことは考えてないじゃないか。

 

 

エバンズが死んでほしいと願うことは、セブルスに悲しみ、苦しんでほしいと言っているのとそう変わらない。

 

 

 

 

「……………最低…だ」

 

 

 

小さく呟いた声なんて、誰にも聞かれなかった。

 

 

人間はどうしてこんなにも複雑な感情を抱くのだろう。

 

どうして、素直に人を愛すことができないのかな。

 

 

 

愛しているのに、……大切なのに

 

 

 

…それなのに、

 

 

 

苦しくなって、虚しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの人が直接殺したとしても、ポッターもエバンズも私が殺したのと同じことだ。

 

 

 

……嫌いでも、憎くくても、

 

 

 

 

知っている人が、死ぬのは………心が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時計の針が夕方過ぎを指したぐらいに、突然左腕が熱く、痛みだして、私は咄嗟に右手で押さえた。あまりに痛くて顔が歪み、無意識に血が出るまで唇を噛み締める。

 

「お嬢様!大丈夫ですか⁈」

 

今まで以上の痛がりように、片付けをしていたアウラがぴょんぴょんと駆け寄ってきて、呪文を唱えて腕を冷やすためか水を左腕にかけてくれた。

 

「………大丈夫。…ありがとう、アウラ」

 

少しましになって服をめくってみると、闇の印の色が、明らかに薄くなっていた。

 

「……アウラ………私は、ゴドリックの谷に行くから…貴方はレギュラスの所に戻って」

 

「……駄目です。……お嬢様、これ以上貴女が傷つく所を見てはいれません。」

 

何か悟ったアウラは、大きな瞳に、涙を溜めてじっと見つめながら彼らしくない行動を取り始めた。

 

 

「私のようなものが貴女様にお願い事をするなど言語道断な事ぐらい分かっております。……しかし、何故貴女だけがこんなにも苦しまなければならないのですか⁈

もうこれ以上、お嬢様が傷つく所など見たくないのです!

どうかお願いです。…ご自分から苦しむ道に進まないでください…お願いです」

 

ポロポロと泣き出すアウラは、私の足元で深く頭を下げている。

 

「……アウラ…顔を上げて」

 

私は、アウラの頰を両手で包み込んで優しく話しかけた。

 

「…貴女が私の心配をしてくれただけで嬉しい」

 

「…では」

 

「…アウラ、苦しいのは私だけじゃない。…それに私がしたくてしていることだから、苦しくも辛くもないから、大丈夫よ。」

 

 

苦しくも辛くないという訳ではないが、最近は何か感情が少しずつ私の中で消えていっているような感じがしていた。勿論、胸が苦しくなることも痛くなることもあるが、もう随分と泣いていないような気がする。

 

だから、アウラに言ったことは嘘ではない。

 

これで落ち着いてくれると思ったのだが、アウラはさっきよりも興奮したように、一層声を張り上げた。

 

 

「貴女様は分かっておりません!!!そういうことではないのです!!!お嬢様!!!」

 

 

 

今まで聞いたことのないような大きな声にも少し驚いたが、私はあまりに彼らしくない行動の方が衝撃が大きかった。

 

アウラは完全に冷静さを失い、私の言うことを聞かないどころか、何か訴えかけるように手を両手で掴むと、凄い勢いで言ってくる。

 

 

 

「私は怖いのです!!!貴女様が、貴女ではなくなってしまうのが怖いのです!!!!!今までの自分を殺し続ける貴女様の姿を見ていると悲しいのです!!!!!!」

 

 

大きな瞳からは、ポロポロと涙がこぼれ落とすアウラは、涙声で私に訴えかけてきた。

 

 

「……どうか…お願いです。………ご自分を殺さないでください。」

 

 

 

アウラが何を言っているのか、さっぱり分からないのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろう。

 

「………意味…が……分からないわよ…アウラ」

 

 

 

絞り出した私の声を聞いた彼は、また何か言おうと口を開こうとする。

 

 

「今、こんなことをしている場合ではないの。

 

 

……アウラ、お願いだからレギュラスの所に戻って。」

 

 

そう言っても中々引き下がろうとはしないアウラを見て、私はゆっくりと立ち上がった。

 

もう本当にこんなことをしている場合ではない。

 

…早く…ゴドリックの谷に行って確認しないと…。

 

 

屋敷妖精は、主人の命令に逆らえない。だから、こうするしかない。

 

 

「私は、命令しているのよ。アウラ。」

 

 

私の声を聞いたアウラの表情は一変し、何か言おうとしていた口はゆっくりと閉じていく。

 

彼の体には、主人の命令に逆らえないというのが自然と染み込んでいるから、それに逆らえることなんてできる訳がない。

 

 

「…分かり……ました。」

 

 

小さく言ったアウラは、一瞬にしてその場を立ち去った。

 

 

 

 

少し…悪いことをしたという気持ちが襲ってきたが、今はそんなことを気にしている時間がない。

 

私は、ローブを身に纏って、ゴドリックの谷の風景を思い浮かべながら、姿くらましをした。

 

 

 

 

 

 

歪んでいた視界がはっきり見えるようになると、住宅が並んでいるのが目に入ってきた。

 

私はとりあえず、ポッター家を探すために歩み進める。

 

あんなに雨が降っていたというのに、今ではすっかりと晴れて少しじめじめするぐらいだ。もう日も暮れていたが、電灯がなくても周りが見えるほど、今夜の月明かりは眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ここか…」

 

目の前に建っている一軒建ての家は、見覚えのある外見をしていて、生きている人間の気配が全くしない。外見だけでもみるに無残な姿な家は、誰が見ても何があったのか予想がつくほどだった。

 

私はローブのフードを深く頭に被って、外れかかっている玄関の扉を開けて中に入ると、ギィーという嫌な音が耳に入ってくる。

 

あまりに耳障りな音に、咄嗟に閉じた瞼を開けるといきなり、事切れたポッターの姿が目に入ってきた。手の中にはしっかりと杖が握られていて、今にも動きだしそうなほど綺麗すぎる死体だった。

 

自然と、学生の頃の彼の姿が頭に浮かんでは消えていく。

 

 

これで……もう…あの4人組は…一生、全員揃うことはない…。

 

 

そう思うと、少し胸が締め付けられ、ある思いが襲いかかってくる。

 

……私が…殺した。

 

 

あんなに気に食わなくて、嫌いだった奴の死を見ても意外と、人間というのは胸が痛むらしい。

 

 

私がただ、目を見開いたまま死んでいるポッターを見下ろしていると、微かに泣き声が聞こえてきた。

 

ハリーの…泣き声………

 

 

聞こえてくる泣き声の中には、赤ん坊だけではないことに気づいた私の心臓は、飛び跳ねて、全身から血の気が引いた。

 

 

 

……と……悲痛な…泣き叫ぶ声……

 

 

 

 

「………っあ…」

 

 

 

あまりに痛々しく、苦しそうで、悲しそうな声は、姿を見なくてもセブルスのものだと分かった私は口から声がこぼれ落ちた。

 

 

私は、声を外に出ないように口を押さえながら、緊張したように動きだす心臓を落ち着かせるために呼吸を繰り返す。

 

 

セブルスの泣き叫ぶ声は、だんだんと大きくなっていき、玄関先にいる私のところまではっきりと聞こえてくるまでになった。

 

それでも、私は何もできない。

 

今ここで、彼の前に現れても、抱きしめても、セブルスの苦しみなんて、悲しみなんて拭い取ってあげられない。

 

 

今、私にできることは、耳を塞がずに、セブルスの悲痛な…泣き叫ぶ声を聞くことだけだ。

 

彼がこんな声を出して泣いているのは、私のせいなのだと。

 

セブルスが、悲しみ、苦しんでいるのは全て私が臆病なせいだと。

 

私が卑怯者だからだと。

 

 

言い聞かせる為に。

 

 

 

泣いてはいけない。私が泣く資格なんてないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セブルスの泣き叫ぶ声も聞こえなくなってから、少し時間をおいて、私は奥の部屋に歩き進めた。

 

その時の様子を物語るように家の中は悲惨な状態で、散乱するものを避けながら中に進むと、赤ん坊の泣き声だけがだんだん大きくなっていく。

 

 

 

 

ハリーがいるであろう子供部屋に入ろうとしたが、中にまだ人がいることに気がついて私は息を潜めるように暗闇から目を凝らした。

 

ガラスが割れている窓から風が吹き込むと、ぼろぼろなカーテンが大きく舞うように靡いて、雲に隠れていた月がタイミングよく顔をだす。真っ暗な闇に包まれたこの場所を照らすかのように月明かりがその部屋を差し込んだ。そのお陰で、その部屋にいる人物の顔がはっきりと見えた。

 

 

「………セブ…ルス……」

 

 

彼と鉢合わせしないように、時間を置いた筈だったが、どうやらまだ居たらしい。

 

目を腫らして、力なく横たわるエバンズの頰を優しく触れると彼は、ゆっくりと立ち上がる。

 

ハリーの方は、全く見ずにどこか遠くを見て、表情を変えなかった。ただ抜け殻になってしまったかのように感じた。

 

 

エバンズを失ったセブルスは今…自分を責めているのだろうか。

 

 

自分のせいだと責め続け、あの時のことも、彼女が死んだことも全て自分が招いた結果だと、罪として背負い、一生苦しみ続けるのだろうか。

 

 

 

そう思ってしまえば、嫌でも私はまた間違ったのかもしれないという後悔が襲いかかってくる。

 

 

 

 

セブルスの頰に流れる一筋の涙が月明かりに照らされて、目に入ると私は心臓が握り潰されるように痛みだした。

 

 

もう…戻れない…

 

 

 

………私が…ポッターと…エバンズを…殺して

 

 

 

 

……セブルスを…傷つけ……苦しめた。

 

 

 

 

 

 

彼は、足元にいるエバンズを名残惜しそうに、愛しそうに見つめると目を閉じて一瞬にして姿を消した。

 

 

 

 

 

 

私は、さっきまでセブルスがいた部屋に足を踏み入れて、力なく横たわるエバンズに視線を移した。

彼女の服には、誰が強く抱きしめたような皺ができていて、ピクリとも動かない顔は、彼女のことを思って嘆き悲しみ流した涙で濡れていた。

 

 

「………ねぇ…エバンズ。……

 

 

貴女は…セブルスのことどんな風に思っていたの?…」

 

 

 

そう問いかけてみても、死んだ人間が答えてくれる訳がない。

 

 

「………本当に…貴女が…羨ましいよ…」

 

 

服の皺、涙で濡れたエバンズの顔を見て、私は嘆き悲しむセブルスの姿が思い浮かぶと、視界が滲みだした。

 

 

………私が…私が…死ねばよかったんだ…

 

 

そう思えば、鼻が痛くなり、涙がこぼれ落ちてしまう前に、拭いながら私は無意識に声を出していた。

 

 

「…………貴女…ばっかり……」

 

 

きっと、私が死んでも彼は涙ひとつ流さないだろう。

 

……嘆き悲しんでくれないだろう。

 

 

 

「………代わってよ…エバンズ…」

 

 

 

お願い…エバンズ……

 

 

…代わってよ……

 

 

そこの場所…代わってくれるのなら私が代わりに死んであげるから

 

 

 

必死に溢れそうな涙を堪えていると、ハリーのうるさい泣き声が耳に響いて、私はゆっくりと近寄った。

 

「…………うるさい……」

 

……これから…セブルスはこの子を守り続ける…苦しみながら、自分を犠牲にして守る。

 

 

この子がいるせいで、…彼は、彼は!!!

 

 

全て私のせいだというのに、変な理由をハリーに押し付けて、自分が楽になろうとしていることも分かってはいる。だけど今はもう何がなんだか訳が分からなくて、どうしようもないのだ。

 

私は何かに取り憑かれたように、ベビーベットの柵の中にいるハリーに、ゆっくりと手を伸ばして、首を締めようとしていた。

 

 

 

殺せばいいんだ…ハリーを殺せば!!!

 

 

それで、セブルスはもう何も背負わなくていい!!!

 

 

泣き続けるハリーが、ゆっくりと目を開けエバンズと同じ緑色の瞳が視界に入ると、私の瞳から一粒だけ涙がこぼれ落ちる。

 

 

 

 

 

「………どうして……同じ色なのよ……」

 

 

……セブルスは、ハリーの目をエバンズと重ねて息絶える。

 

……彼は最後まで彼女を想いながら息絶える。

 

 

 

 

 

……私じゃない…

 

 

ハリーの緑色の瞳を見つめていると、何故か殺せない自分がいた。

 

 

 

 

 

私は………死んだエバンズにも勝てない…

 

 

 

 

生きているのに……ここにいるのに…

 

 

 

 

 

私の方を見てくれな「何をしているんですか!!!!!!!」

 

 

 

 

突然怒鳴り声のような、大きな声が聞こえると私をハリーから離すように間に割り込んできて、腕を掴まれた。

 

 

「離して!!!!!レギュラス!!!あいつを殺すの!!!」

 

 

「落ち着いてください!!!!!あの子は死んではいけないと言ったのは誰ですか!!!」

 

 

レギュラスの腕の中から逃げようと暴れるが、男の人の力に敵うわけもない。

 

 

「お願い!!!!!!殺させて!!!レギュラス!!!」

 

 

何も答えない彼は、ただ力強くハリーに私を近づけないように距離を取っていく。

 

 

「アウラ、君は、僕が落ち着かせるまでその子を守ってくれ。」

 

 

レギュラスがアウラに指示する声が聞こえてきても、私は自分でもこんな感情をどう処理していいのか分からず、叫んでいるのは自分の筈なのに、自分ではない気がして、もうどうすればいいのか分からない。

 

 

「離せ!!!!!!」

 

 

 

「離しませんよ。…貴女と約束したんですから」

 

 

荒い口調で声を張り上げてみても、レギュラスはしっかりと私の腕を持ち、落ち着くまで私の好きなように暴れさせた。

 

 

「……お願い、あいつを……ハリーを殺さないと……」

 

 

……エバンズと同じ緑色の瞳を持った…ハリーが生きていたら…

 

 

 

 

 

………あぁ…これは…私の本心…

 

 

さっきから声を張り上げているのは、私の本心だと分かっても、もう止めることなどできない。

 

これは一度外に出てしまったら、……全て吐き出してしまうやつだと、…学生の時のことが頭に浮かんできた。

 

 

「………ハリー…が……生きていたら…」

 

 

 

……セブルスは…エバンズをひと時も忘れない

 

 

 

……何故か…セブルスが私のことを最初から知らないように、忘れてしまいそうで怖い。

 

怖くて……怖くて…仕方がない。

 

 

 

 

 

 

「………セブルスは……私を…見てくれない」

 

 

 

 

 

私が暴れることをやめ、絞り出した声が部屋に響き渡ると、レギュラスがゆっくりと握っていた手の力を弱めて、優しく包み込んでくる。

 

 

「………レイラ…………僕の方を見て……」

 

 

レギュラスにそう言われて、逸らしていた視線を彼に戻すと何故か泣きそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

「…泣きたい時は……泣いていいんですよ。」

 

 

 

私は、自分では泣いていると思っていたのだが、どうやら彼の言い方だと泣いていなかったみたいだ。

 

 

「………だから…そんな…顔しないでください。

 

そんな苦しそうに、泣くのを我慢しなくていいんですよ。」

 

 

 

…………ごめんね…レギュラス。

 

 

貴方にそんな顔をさせているのも、きっと私のせいなのよね。

 

 

 

 

「………分からない…の。」

 

 

 

 

私の言葉に、レギュラスも後ろにいるアウラも少し険しい顔になる。

 

 

「自分が……今苦しいのか…辛いのか……悲しいのか…もう…分からない。」

 

 

その言葉を聞いたアウラが、泣き出したのが見えたが、私の口は止まってくれなかった。

 

 

「……もう…どうやって泣くのかも…忘れた」

 

 

 

レギュラスは、私の声を聞くと俯き何も話さなくなった。

 

 

私の手を少し強く握ってくる彼の体は、震えていた。

自分の手が何か水が滴ったように、少し濡れていることに気づくと、レギュラスは何も言わずに私に抱きついてくる。

 

耳元で嗚咽音が聞こえてくると、私は彼に話しかける。

 

 

 

「………レギュラス…泣いてるの…?」

 

 

私の問いかけに答えたのは、レギュラスではなく、少し太い声だった。

 

 

「そこにおるのは誰だ!!!!!!」

 

 

 

急に聞こえた怒鳴り声がする方に振り向くと、ハグリッドらしき姿が見えた。あの体型だと暗闇でも分かりやすい。

 

 

「ハリーから離れろ!!!!!!!!!」

 

 

私がハグリッドを見つめていると、アウラは素早く私達の方に駆け寄り、手を握ってくると、視界が歪んだ。

 

気づけば、もうすっかり見慣れた部屋にいて、レギュラスは何も言わずにゆっくりと私から離れていく。ソファーに腰掛けたレギュラスを目で追った私は、気まずいこの空気が耐えきれなくなり、口を開く。

 

 

「少し…魔法省に行ってくる」

 

 

彼の返事も聞かず、姿くらましをした私は、椅子に腰掛ける。

 

静かに過ごしていると扉の向こうでは、色々と忙しそうに走り回っているような足音が聞こえてきた。

 

…それもそうだろう。闇の帝王が姿を消したとなると、魔法省も対応に追われるに決まっている。きっと、私の所にも仕事が回ってくるだろう。

 

 

そんなことを思っていると丁度タイミングよく、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の帝王が小さな赤ん坊によって倒れたことは、日が昇った頃にはもうあっという間に魔法界中に広まっていた。

あんなに姿を隠すように生活していた魔法使いたちは喜びを分かち合うかのように、毎日どんちゃん騒ぎをしているようだ。

 

マグル界に一歩出ただけでも、魔法使いだろうとすぐに分かるほどの格好をした人達が一箇所に集まっていて、少し歩いていただけの私にも話しかけてきた。

 

「何をそんなに浮かない顔をしているのです?まさか知らない訳じゃないでしょう」

 

いきなり全く知らないは人に話しかけられて驚きを隠せなかったが、他人に話しかけるほど浮足が立っているということだろう。

 

「あの人が倒れたのですよ!それも小さな赤ん坊によって!」

 

興奮した様子で、隣にいた魔法使いが私に話しかけてくる。

 

「これ以上の喜びはない!この時をどれほど待ちわびたことか!」

 

彼らはここがマグル界であることをすっかりと忘れているようだった。

 

「もう終わったのです!あの人の時代は!」

 

興奮している様子の魔法使い達を見つめて、私は歩きだしながら静かに声に出した。

 

「…終わったんじゃない…始まったんですよ」

 

私の言葉を聞いて、意味が分からないといった表情を浮かべる彼らの顔を見て私はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

今頃色々なところで宴をしているのだろう。

 

皆で集まって闇の帝王が倒れたこと喜びを分かち合いながら、生き残った男の子を英雄として祝福しているのだろう。

 

 

『生き残った男の子に祝福を!!!』

 

 

『英雄、ハリー・ポッターに乾杯!!!』

 

 

 

どこからともなくそんな幻聴が聞こえる気がして私は両耳を塞ぐ。

 

今最愛の人を失い、絶望のどん底まで落ちているセブルスのことを考えると乾杯も祝福もする気力も湧かない。

 

これから、セブルスは憎いポッターに瓜二つのハリーを、エバンズの緑色の瞳をもったハリーを影から守り続けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん…セブルス…」

 

 

 

 

 

 

セブルスの命を救えることができたとしても、私には彼の苦しみを分かち合うことも、一緒に背負うこともできない。

 

……どんなに頑張っても…私はエバンズに勝てない…

 

 

セブルスは…私を見てくれない

 

 

 

 

どこまでも、自分のことしか考えられずに、セブルスの1番の幸せさえも願ってあげられい。

 

 

私がペンダントを取り出して、針の中心部分を押すと、カチッという音が聞こえてくる。

 

その途端に歩いていた人はピタリと動きを止めて、何も聞こえなくなった。

 

時を止めても何も変わらない雲ひとつない青空を見上げて、私は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

「……………愛してる………」

 

 

 

 

 

 

彼にこの気持ちを伝える気なんてない。言わなくても、返ってくる返事はわかってる。

 

これ以上セブルスを困らせるようなことなんて言わない。言ってはいけない。

 

 

 

だからこそ、彼の前でぽろっと出てしまわないようにここで言ってしまおう。

 

溢れ続けるこの感情を口に出して、少しでも軽くしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………愛してるよ……セブルス…」

 

 

 

 

 

私の言葉は、時間切れを知らせるペンダントのカチッという音が重なると、一気にこの世に溢れ出したありとあらゆる音にかき消された。

 

 

止まっていた人もゆっくりと歩き出して、時間は何事もなく進みだす。

 

 

 

 

 

 

まだこれは、序章が終わっただけ。

 

 

まだ…本編は始まってもいない。

 

 

そう思うと、もう苦しいや辛いという負の感情を通り越して、笑いそうになった。

 

 

 

 

こんな世界、…セブルスがいなかったら私はもうとっくに死んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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