夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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31 闇の印

 

 

 

晴天が広がる空を窓越しに眺めながら、何もやることがない私はただ、ぼんやりと過ごしていた。

 

 

あの人が消滅すれば色々な人が騒ぐはずで、魔法省は今、人手が足りないぐらい仕事に追い込まれている。

毎日尋常じゃないほどの手紙は届くし、訪問者も減るどころか、増えていくばかりだ。闇祓いの人達はどうやら死喰い人を根絶やしにしようとしているらしい。

 

 

だから、私のところにまわってくる仕事は今まで通りのものばかりで、手をつけようともしないから部屋に羊皮紙だけが溜まっていくだけだった。

 

対応に追われた職員の分の仕事までがまわってくるものだから、やっても終わる訳がなく、完全にやる気がなくなった私は、レギュラスの元に帰ってダラダラと過ごしているのだ。

 

 

「お嬢様、お茶をお淹れいたしましょうか?」

 

 

 

「今はいいかな。……ありがとう、アウラ」

 

 

 

上の空な私に話しかけてきたアウラに返事をして、私は少し寝ようかと思いながら、瞼を閉じてみる。

 

実は今、レギュラスは久々に外に出て、私とアウラ以外に誰もいない。

 

きっと今頃、買い物でもしているのだろう。

 

 

 

そんなことを思いながら寝ようかと思って瞼を閉じてみても、静かすぎるというのも逆に眠れない。

 

 

 

 

あまりに暇で、魔法省に戻り仕事をしようかと重い腰を上げると、後ろから玄関のドアノブを回す音が聞こえてきた。

勿論、帰ってきたのはレギュラスで、私がいることに気づくと笑みを浮かべてくる。

 

 

「ただいま帰りました。」

 

 

「…おかえりなさい」

 

 

彼は、どこか楽しそうな表情を浮かべながらローブを脱ぎだした。

 

「いや、それにしても貴女の言う通りでしたね。……僕の耳にもあの子のことが入りましたよ。」

 

 

「……そう、良かったわね」

 

 

ソファーに座るレギュラスが、何か握りしめていることに気づいた私は、話しかけようとしたが先を越されてしまった。

 

 

 

 

 

「……1つ聞きたいことがあるんですが、いいですか。」

 

 

 

さっきまでの楽しい雰囲気とは一変し、何か真剣な表情を浮かべながら、私に手に持っていたものを見せてくる。

 

 

「…これは、本当ですか?」

 

 

レギュラスの手にあったのは、日刊予言者新聞だったらしく、ブラックがアズカバンに収監されたと書かれている。

 

 

「本当に、シリウスはここに書いてある通り、人を殺したんですか?」

 

 

そう言う彼は、信じたくないような様子で、すごい勢いで問いかけてくる。

 

 

「…いや、それは間違いよ。ブラックは、濡れ衣を着せられただけ。」

 

 

「…そうですか…。」

 

 

ほっとしたように声をこぼすレギュラスの体から力が抜けていくのが分かった。

 

 

「…ブラックは、ハリーが3年生の時にアズカバンを脱獄する。」

 

 

私が静かに話し出すと、レギュラスの表情が引き締まり、少し空気が張り詰めたのを感じながら、説明するために後を続けた。

 

 

「貴方には、…大体把握していてほしいんだけど、…今話しても大丈夫?」

 

 

座り直すレギュラスは、私の顔を少し見て、声を出す。

 

 

 

「…勿論、大丈夫ですよ。…もう、貴女が言う未来を疑ったりはしませんから。」

 

 

 

少し笑いながら言う彼を見て、私は順を頭に浮かべながら、口を開いた。

 

 

 

「………あの人が、蘇るのはハリーがホグワーツに入学して四年目。その年に開催される、三大魔法学校対抗試合の最終競技で使う優勝カップが、ポートキーに変えられる。」

 

 

私の話を聞いたレギュラスは、何か色々と言いたい事があるような表情をしては、声をだした。

 

 

「……優勝カップをポートキーに変えるに何の意味があるというのですか?」

 

 

「…蘇るためには、ハリーの血がどうしても必要なの。でも、力が弱っているあの人がわざわざダンブルドアがいるホグワーツに攻め込む力なんて残っていない。だから、ポートキーに変えた優勝カップを使って、ハリーを自分の元に呼び寄せる。」

 

 

 

頭の回転が速い彼は、私の話を聞いただけですぐに筋が通るような可能性を導き出していく。

 

 

「…それは…内部に裏切り者がいるということですか?」

 

 

「……裏切り者というよりも、成りすましているのよ。ポリジュース薬を使ったクラウチJr.が、ムーディーに化けて、ハリーが優勝カップに触れるよう導く。」

 

 

 

「…ムーディーって…あの闇祓いのですか?何故彼が、ホグワーツに?」

 

 

どうやら、流石の彼でもムーディーがホグワーツの教員になるなど想像できないらしく、不思議そうに問いかけてくる。

 

 

「ホグワーツの教員だからよ。」

 

 

あまりの驚きで声が出ないらしいレギュラスは、大きく目を見開いた。

 

 

「ちなみに、闇の魔術に対する防衛術。」

 

 

「……想像…できませんね……。

 

 

それで、その時にあの人が蘇るというのなら、阻止するということですか?」

 

 

冷静に私に問いかけてくるレギュラスの声を聞きながら、私は頭を横に降る。

 

 

「いいえ、阻止はしないわ。……阻止をしてしまったら、私が裏切り者だということになって今後やりにくくなるし、それに結局別の方法で蘇ると思うの。」

 

 

 

 

 

 

「……………それは……貴女が知っている通りに未来が来るように……するためですか…?」

 

 

 

前に座っている彼は、私の核心に触れるように問いかけてくる。

 

 

「……………………間違いではないわよ……」

 

 

 

 

レギュラスは、答えた私の声を聞くと少し間をおいて、声を出す。

 

 

 

 

 

「…………先輩は…いつ死ぬんですか…?」

 

 

 

彼の言っている先輩は、きっとセブルスのことだろう。

 

レギュラスの問いかけを聞いた私の頭には、何度も見たセブルスが息絶える瞬間が浮かんでくる。もう随分と思い出していなかったから、頭に浮かんだときは、息がしづらくなった。

 

これだけは、何度思い出しても慣れるものではない。

 

 

………本当に…心臓に悪い。

 

 

 

 

「……私が知ってる未来の…最後の方。……でも、その前にやらないといけない事がある。」

 

 

 

私は話題を逸らすために、レギュラスの目を見つめて、覚悟を決めた。

 

 

 

「……ブラックは…ベラトリックスに殺される。」

 

 

私が言うブラックが自分のことではないと瞬時に悟ったレギュラスは、どこか顔色が悪くなった。

 

 

「次の年に、魔法省で死喰い人と対戦して、殺されるの。だから、私は死喰い人ととして、貴方は………不死鳥の騎士団として、その場に紛れ込む。」

 

 

「…不死鳥の騎士団?…僕がですか⁈」

 

 

彼は、混乱したように声を出す。驚いているレギュラスはどうやら、兄弟が死ぬと聞いて、動転しているらしい。

 

 

「あの人が蘇ったと聞いたダンブルドアは、また不死鳥の騎士団を立ち上げる。

 

彼らの本部がどこにあるのかは、知っているから、時が来たら貴方は、何事もなく乗り込めばいい。」

 

「……でも、死喰い人だった僕を受け入れてくれますかね?」

 

 

心配そうに問いかけてくるレギュラスを見て、私は少し笑みを浮かべながら後を続けた。

 

 

「…私1人の力で、人の死を変えるなんて、自分を犠牲にしない限り不可能に近い。…だからどうしても貴方の力が必要なの。

 

大丈夫よ。まだその時まで時間はたっぷりある。だからどうすればいいかは考えましょう。」

 

 

 

そろそろ魔法省に戻ろうかと思いゆっくりと立ち上がった私の腕を慌てて、掴んでくる。

 

何か聞きたい事があるのだろうか。

 

そう思ってレギュラスが話すのを待ってみても、中々話す気配がない。

 

 

 

「……レギュラス?」

 

 

 

少し心配になって問いかけてみても、彼は私の腕を握り、俯いたままだった。

 

 

一体、どうしたのだろう。

 

 

…ブラックのことが心配になったのかな。

 

 

私は、レギュラスを安心させるために、言葉を選びながら口を開く。

 

 

「…不安がらせるために、教えた訳じゃないの。大丈夫。力を合わせれば、ブラックを助けられるし、それまでに考える時間もたっぷりある。」

 

 

そう言ってみても、握ってくる手の力は強まるばかりで、もうどうすればいいのか分からなくなった。

 

 

 

 

「……貴女の言う通り………あの子を英雄として讃え、お祭りのように毎日騒いでいるようです。」

 

 

ぽつりぽつりと話し出したレギュラスの口から出たのは、私が励ますために言ったこととは、全く違うことだった。

 

 

……外に出た時に、魔法使いと話したのだろう。

 

 

でも、何故彼がそんなことでここまで落ち込んでいるのかが分からない。

 

 

「…………どうして……」

 

 

 

その後は、聞き取れないほどの小さな声で、彼が何を言っているのか全く聞こえなかった。

 

 

「…レギュラス、とりあえず手を離して。」

 

 

 

彼は何も答えないまま握り続けると、ゆっくりと力を抜き、離してくれた。

 

 

 

「………何があったかは…知らないけど、話してくれないとどうしようもできないのよ?」

 

 

視線を合わせ、そう問いかけてみても、彼は黙り込んだままで何も言ってくれない。

 

もうどうすればいいのか分からない私は諦めて、魔法省に戻ろうかとゆっくり立ち上がる。

 

姿くらましをしようとした瞬間だった。また腕を掴まれた私は、もう振り向かなくても誰が掴んできているのか分かっていた。

 

 

さっきから一体何なんだと少し苛ついた私は、腕を振り払おうと振り向くと弱々しい声が聞こえてくる。

 

 

 

「…………………………行かな……いで…………」

 

 

 

 

あまりに弱々しく、聞いたことのない声を聞き戸惑った私は、何も返す事が出来ない。

 

 

 

 

「…っあ…いえ、冗談です。すいません。気にしないでください。…ほんと何言ってるんですかね。」

 

 

我に返ったレギュラスが普段通り、へらへらと笑みを浮かべながら、誤魔化してくる。

 

 

…………何か…隠してるな……

 

 

 

根拠も証拠も何もない。単なる私の勘だが、そう思った。

 

 

何か慌てたように、私から手を離し、腰掛けるレギュラスは相変わらず今も言葉を並べて誤魔化している。

 

 

 

 

「………私も今夜、ここで寝るよ。」

 

 

自分でも一体何を言っているのか分からない。レギュラスが凄い驚いたような表情をしていたのも無理もないだろう。

 

あんなに帰ろうとしていた奴が、いきなり泊まると言い出したのだから。

 

でも、あんな表情されたら、ほっとけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥の鳴き声が遠くから聞こえたような気がして、重たい瞼を上げると、カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいた。

 

もう朝かと思い、ゆっくり体を起こそうとすると腰が少し痛んで歳をとったことが思い知らされる。

そういえば昨日の晩、レギュラスと寝る場所で少し言い争い、何とか彼をベッドで寝かせたのを思い出した。

 

 

前は、ソファーで寝ても何もなかったのに…

 

 

私が溜息をつきながら、腰をさすっているとアウラの声が聞こえてきた。

 

 

「おはようございます。お嬢様。朝食はどう致しますか?」

 

 

お腹も空いていなければ、胃にも何も入れたくなくて、食欲がない。

 

 

「…お茶だけでいいわ。」

 

 

そういえば、アウラは淹れたての紅茶を持ってきてくれた。一口飲めば、体の中を綺麗に流し取ってくれる気がして、さっきよりも気分が良くなった。

 

 

 

少しゆったりと過ごした私が、そろそろ魔法省に戻ろうかと思うとアウラが声を掛けてくる。

 

 

「…レギュラス様に、お声がけはされていかれないのですか。」

 

 

「起してしまったら、悪いからね。

 

……あぁ、後それから、何もやる事がなくなった後でいいから、今日部屋の片づけに来てくれる?」

 

 

静かに笑みを浮かべて返事をする彼を見て、私は姿くらましをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

羊皮紙が散らかっている部屋に戻った私は、杖を一振りして、一応片づけはする。それでもどうせ散らかるのだろう。

 

 

雑用係の私に重要な仕事が回ってくるはずもないが、それでもこれはあまりにも酷いと思う。

つまらない文章が書かれた羊皮紙を眺め、書き込まなければならないところに羽根ペンを走らせる。

 

まだ、学校の課題の方が何倍も楽しい。

 

そう思ってもこれも一応仕事だから、誰かがやらなければならない。私はやる気のない自分自身を奮い立たせて、羊皮紙に向き合った。

 

 

何枚終わらせたか分からないが、やっと半分ぐらいの量を終わらせたぐらいで、少し背伸びをすると、机に私の腕が当たったらしく、机の端に置いていた羊皮紙の山が雪崩のように崩れ落ち床に散らばった。

 

それを見た瞬間、やる気は一気になくなり、もう随分と部屋にこもりっぱなしの私はおもむろに立ち上がり、部屋を出た。

 

もうやってられなくなった私は、単なる暇つぶしのためにとりあえずエレベーターに乗る。

 

どうやらこのエレベーターは下の階にいくものらしい。別に行くところもない私は、とりあえず地下8階で降りることにした。何故、こんなに人が多いのか不思議に思うぐらいの人数はいて、行き交う人と肩がぶつかりそうなほどの人が密集している。

 

 

 

 

 

顔を上げれば、この階の象徴である、大きな噴水が視界に入ってくる。

 

 

私は何となく噴水の中に、コインを投げ入れた。噴水の中に投げ入れたお金は、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に募金される。そう思えば、自分が良いことをしているような気がしたからだ。

 

それに…時期的にそろそろ、ネビルの両親が拷問され、病院に入院しているかもしれない。

 

 

 

我が子を忘れてしまうほどの拷問なんて想像つかないが、レストレンジの顔が浮かべば納得してしまう自分もいる。

 

 

 

「久しぶりじゃの。」

 

 

 

突然聞こえた声に少し驚きながら、振り返ると立派な髭が目に入った。

 

 

「……ダンブルドア…先生…」

 

 

目の前にいるダンブルドアは、にこりと私に笑いかけてきて、何も変わっていなかった。

 

 

「………少し目の下のクマが目立っておるが、きちんと睡眠を取っておるか?」

 

 

「えぇ、大丈夫ですよ。」

 

 

適当に笑いながら返しても、彼は話すことを切り上げようとはしないどころか、明るく別の話題を振ってくる。

 

 

「ところで、…魔法省に身を置いていると聞いたのじゃが、ここでの生活は慣れたかの?」

 

 

「…慣れてしまえば、意外と快適ですよ。仕事で回ってくる羊皮紙の量が多いのを除けばですが」

 

 

冗談を言う私の話を聞いたダンブルドアは、笑みを浮かべる。

 

 

「相変わらずじゃの。……どうじゃ?君が良ければ、ホグワーツに来ても構わんよ。皆、歓迎してくれるじゃろう。」

 

 

 

冗談なのかどうかも分からないことを言い出すダンブルドアの話を聞いても、笑うことはできない。

 

……どう考えても…歓迎される訳がない。

 

 

「君は優れた魔術を持っておるから、きっと教員という職場はぴったりだと思うがの。それに、ホグワーツはいつでも教員不足なのでな。」

 

 

 

すらすらと話すダンブルドアの言葉を聞いて、まず最初に浮かんだのはセブルスのことだった。

私がもし、この話の流れのままホグワーツの教員になったとして、1番やりづらくなるのは、彼だろう。

 

それにしても、この人は私が死喰い人だということをセブルスから聞いているのだろうか。

 

 

…………もし、聞いているのであれば、セブルスに嫌がらせをしようとしているとしか思えない。

 

 

 

「…人に教えるのは得意ではないので、残念ですが、お断りさせていただきます。」

 

 

 

「…そうかの。……残念じゃ。気が変わったら、いつでも言っておくれ。」

 

 

「分かりました。」

 

 

これで、やっと解放されると思ったが、前に立っているダンブルドアは中々動こうこともせずに、少し黙り込む。

何かと思って問いかけようとすれば、少し悲しそうな、申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………すまんかった。…君が一番苦しい時に助けてやれんくて。」

 

 

 

急に黙り込んだと思えば、突然そんなことを言い出すダンブルドアを見て、私は部屋を出てしまったことを後悔する。

 

 

「ところで、何の用事なのですか?魔法省に」

 

 

話題を変えるために、問いかければ何か思い出したような表情を浮かべた。どうやら私の言葉で用事があったことを思い出したらしい。

 

 

「そうじゃった。最近、物忘れが酷くての。嫌じゃの、歳というのは。

 

……今度、お茶でもどうかね?息抜きするのも、大切じゃろう?」

 

 

 

私が承諾すれば、にこりと笑みを浮かべ、私の頭を優しく叩いてきたダンブルドアは、そのままエレベーターに向かって歩き出す。

 

 

………魔法省に…ダンブルドアが用事…

 

 

 

ダンブルドアが乗り込んだエレベーターは、下の階にいくものに気づいた私の頭にはある事が浮かび上がってくる。

 

 

 

この下の階は、…神秘部と……法廷。

 

 

…まさか、今日が

 

 

…カルカロフが情報を提供する日。

 

 

嫌な予感がした私は急いで、上の階にエレベーターに乗り込む。

 

私の名前を出さなかったら、それはそれでいいが、…もし出したら。

直接会ったことも、話したこともないが、もしかしたら私が家族を殺したあの時の集団の中に紛れ込んでいたかもしれない。

 

色々な可能性が浮かび上がる以上、一応備えといた方がいいだろう。

 

 

エレベーターから、さっきまでいたところを見下ろしていると、人混みの中に見たことのある人物がいた。

 

 

リータ・スキーター……

 

 

段々と小さくなっていく彼女を見ながら、私は確信する。記者であるスキーターとダンブルドア、この2人が揃って魔法省にいるということは、高確率でそうだろう。

 

 

私は自分の部屋の階につくと、誰よりも早くエレベーターから降りて、自分の部屋に向かった。

 

 

……とりあえず、私が死喰い人ではないということを訴えればいい。

 

 

口では、いくら嘘をつけるが、問題は左腕にある印だ。本当にどうして、こんな分かりやすい印にしたのだろう。

もう少し、誤魔化せるようなものにしてほしい。

 

 

私は、この印をつくったであろうあの人に苛立ちながら、部屋に入ると、アウラが散らかった羊皮紙を綺麗に整えていて、丁度部屋の掃除をしていたところだった。

 

「…お嬢様。どうかなさいましたか」

 

 

私が焦っているのが分かったのか、心配そうに問いかけてくるアウラに何も答える余裕もなく、私は左の袖を捲り上げて、まだ薄っすらと付いている印を見つめる。

 

確かによくみないと分からないところまでは、薄くなったが、それでもこの印の存在に気づかれたらもうどうしようもない。

 

 

……これがあったら…誤魔化せない。

 

 

「アウラ、これ消すことはできる?」

 

 

私が左腕を見せながら問いかけると、彼は少し考えたように恐る恐る触れてくる。

 

 

「……分かりませんが…やってみます。」

 

 

アウラが印に触れると、少し熱く感じた。何やら呪文をかけてくれているらしい。

 

 

終わった様子のアウラがゆっくりと私から離れると、左腕にはまるで最初から何もなかったかのように綺麗さっぱり印が消えていた。

 

本当に彼には、感心させられる。私が出来ないこともやってのけてしまうのだから。

 

 

 

「……何とか、魔法で誤魔化しましたが一時的なものだと思います。…1日持つかどうか……申し訳ありません。お役に立てず」

 

 

申し訳なそうに、謝ってくるアウラは、明らかに落ち込んでいた。

 

 

「そんなことないわよ、アウラ。これで、十分よ。助かったわ。………掃除、ありがとね。もう戻ってもいいわよ。」

 

アウラは、何か言いたそうな様子だったが、素直に私の指示を聞いてくれた。

 

彼がいなくなった部屋に、1人になった私は、自分自身を落ち着かせるためにとりあえず椅子に腰掛ける。

 

 

………大丈夫……名前を出されないかもしれない。

 

彼は、私の存在を知らないかもしれない。

 

 

 

何度も言い聞かせても、左腕を握る右手の力がだんだん強くなっていくばかりだ。気を紛らわすために、羊皮紙に向き合ってみても、羽根ペンを握る手が動くはずもない。

 

 

今はただ、私の名前が出ないことを祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空も赤く染まり、日が落ちだした時間帯になったぐらいだろうか。遠くから、何やら音が聞こえるような気がして、私は動かしていた手を止め、耳をすませた。

 

どうやら、私の気のせいではないらしく、どんどんと大きくなるその音は、足音だった。

 

 

 

私がいる部屋の扉でぴたりと足音が止むと、少し心臓の鼓動が速くなる。

 

私は、左腕の袖口のボタンをしっかりと留めていることを確認して、羊皮紙だけを見つめた。

 

 

ノックをする音が聞こえてきて、返事をすると、扉の外れかけた音が聞こえてくる。足音を聞く限り、3人以上の人が部屋に入ってきたのが分かった。

 

ゆっくりと顔を上げれば、少し険しい表情のムーディーが目の前に立っていた。その少し後ろには3人、若そうな男の人が2人と、女の人がこちらを睨むようにじっと見てくる。

 

 

「闇祓いが私に何の用事ですか?……見てもらえば分かると思うのですが、私も暇ではないのですが。」

 

 

特に気にしていない振りをしながら羽根ペンを動かしながら、声を出すと、ムーディーの声が聞こえてきた。

 

 

「レイラ・ヘルキャット。ご同行願おうか。」

 

 

 

「…………一体どこに行くというんですか?」

 

 

私は、目の前にいる彼を見つめながら問いかけてみる。

 

闇祓いがここに来た時点で、私の名前がカルカロフの口から出たということは間違いない。

 

 

…………めんどくさいことになった…

 

 

 

何も答えないムーディーに向かって、私は追い討ちをかけるように問いかけた。

 

 

「…………何故、貴方達がこのような場所にわざわざ来たのかを聞いているんです。」

 

 

 

何か一言言ってくれればいいというのに、彼が何も言ってくれないものだから、部屋の空気が張り詰めた。後ろにいる人達は、私を警戒したように、構えている。

気持ちは十分に分かるが、そんなに警戒しているのをあからさまに出されるのは、少し傷つく。

 

 

握っていた羽根ペンを机の上に置き、立ち上がろうとすると、ムーディーは私に杖を向けてきた。

 

 

「それは、お前が1番よく分かっているだろ」

 

 

 

言い捨てた彼は、今にでも殺しそうな勢いで睨んでくる。

 

 

「……意味が…分かりません。」

 

 

「杖を、机の上に置け。」

 

 

 

もう会話さえも成り立たず、私は諦めて言われた通り、杖を机の上に置いた。後ろにいた男の人が、私に杖を向けながら、机の上に置いている私の杖を取る。

 

 

丸腰になった私は、指示された通り、ムーディーの後ろを付いていくと他の3人は私の周りを囲むように歩きだした。

部屋を出て、エレベーターに行くまでにすれ違った役員の人達は皆、私の方を興味本位で見てきた。それはそうだろう。闇祓いに囲まれながら移動しているんだから、外から見たら異様な光景だろう。

 

…………もし…誤魔化せたとしても、一度死喰い人と疑われた人間を魔法省に身を置いてもらえるのだろうか。

 

 

私はそんな不安を抱きながら、ムーディーの後ろ姿を見つめながら、下の階にいくエレベーターに乗る。

 

前にいた彼が降りたのは、勿論、法廷がある地下10階だった。

 

緊張する自分の心臓を落ち着かせるために、ゆっくりと呼吸を繰り返しながら、静まり返っている廊下を歩き進める。

 

 

 

少し大きめの扉の前で、立ち止まったムーディーは、私に何の説明もせずに扉を開けると中に入っていく。私が立ち止まっていると、後ろにいた男の人が、背中を押して、中に入れと促してくる。

 

意を決して、中に入ってまず目に入ってきたのは、何人もの役員の姿だった。記憶の中で見た、あの光景そのもので、カルカロフが入れられていたであろう檻のようなものもまだ中央に設置されていた。

何枚もの羊皮紙が崩れ落ちているのを見て、視線を移すと、私は役員の他にも、端にスキーターやダンブルドアなど、全く関係ない人達までいることに気がついた。

 

カルカロフとの司法取引をした後に私を呼び出したことは、誰が見ても明白で、直ぐにでも私をアズカバンに収監させたいらしい。

 

 

少しの物音でも立てたら、目立つほどに静まり返っているこの空間に、何食わぬ顔で腰掛けている人達の気が知れない。

その中にいた記者のスキーターは、しっかりと羽根ペンとメモ帳を握り締めながら、今から何か面白いものを見るかのように少し口角を上げていた。そんな彼女を見ると、一気に腹ただしくなったが、睨みつけることしかできなかった。

 

 

……何も知らない…風に…演じなければ……

 

 

あの人に……家族を殺された可哀想な子という印象を……ここにいる全員に植え付けるために

 

 

 

私は、少し戸惑ったような振りをしながら、周りに座っている人達の顔をぐるりと見回す。端らへんに腰掛けているダンブルドアに助けを求めるように見つめるが、そんなことをしてもこの最悪な状況を変えられるわけがない。

 

 

無理矢理、檻のようなものの前に立たされた私のすぐ隣には、ムーディーが立っており、身動き1つも許されない。

 

 

 

2回ほど木槌の音が部屋に響くと、感情のこもっていない声が聞こえてきた。

 

 

「レイラ・ヘルキャット。我々、評議会は、貴殿が死喰い人である可能性が高いと判断し、緊急にここに呼び寄せた。今から、いくつかの質疑応答をする。嘘偽りなく、答えるように」

 

 

淡々に言葉を言う、バーテミウス・クラウチ・シニアの顔を見つめながら、私は口を開く。

 

 

「…何故、そのような考えに至ったのでしょうか。」

 

 

「レイラ・ヘルキャット。貴殿は、死喰い人として、ヴォルデモート卿の下につき、罪のない人々の命を奪い、弄び、残酷な行為をしたと認めるか?」

 

 

彼は、完全に私の言うことに耳を貸す気もなく、問いかけてくる。

 

 

「いいえ。私は死喰い人になった覚えなどありませんし、そのような行為もした覚えは一切ありません。」

 

 

私がはっきりと言い切ると、周りに腰掛けている役員達が少しざわついた。

 

「魔法省の、内密情報をヴォルデモート卿に流していたことは認めるか?」

 

 

「何故、私が内密情報を流さなければならないというのですか?そのようなことをした覚えはありません。」

 

 

私が否定したのが、気に食わないのかそれとも何か疲れているのか、彼は少し気が立っているような様子だった。

 

 

「そのような嘘は、通用しない。お前らの主人は死んだのだ。諦めて、全てを吐け。」

 

 

「ですから、私は死喰い人ではありません。何度も同じことを言わせないで頂きたい。」

 

 

 

睨んでくるクラウチを睨み返しながら、私はゆっくりと後を続ける。

 

 

「私がいつ、罪のない人々の命を奪い、弄び、残酷な行為をしたのでしょう?そのような証拠はあるのですか?」

 

 

「ある死喰い人の口からお前の名前が出たことが何よりの証拠だ。全くの無関係だというのなら、そのような者の口から名前が出ること自体おかしいだろう。」

 

 

私が反論しようと口を開いた瞬間だった。目の前に座っている彼は、木槌を2、3回叩いて、少しざわついていたこの場の空気を変えると、私の意見など聞くつもりもないらしくひとりでに話し出す。

 

 

「レイラ・ヘルキャットが有罪だと思う者は、挙手せよ。」

 

 

彼が言った言葉が耳に入ると、私は驚くことしか出来なかった。まさか、こんなのをこの世界は裁判とでもいうのだろうか。確かに、今のご時世は、誰が死喰い人か分からないし、混乱はしているが、それでも流石にこれは有り得ないだろう。

こんなの最初から公平な裁判などやるつもりなどなかったとしか思えない。きっとうわべだけの裁判をして、私の意見など聞くつもりなどさらさらなかったのだろう。

 

 

でも……まぁ裁判もせずにアズカバンに収監された奴がいるぐらいだから、こんな意味のない裁判を開いてくれただけでもましなのだろうか。

 

 

 

 

クラウチが手を挙げてしまえば、周りにいる役員達もつられるように半数以上が挙げるに決まっていて、私の前に座っている人達ほとんどが挙手していた。

 

私が本当に死喰い人ではなかったとしても、彼らは最初からアズカバンに収監するつもりでいたのだから、こんなのやったところで意味などないだろう。本当に時間の無駄だ。

 

こんな理不尽な裁判でも、世間には公平な裁判を行ったと公表するのだろうか。

 

 

もう呆れるしかない私は、溜息が出そうになった。

 

 

 

「バーティー、少しいいかの。」

 

 

突然聞こえたダンブルドアの声が今だけは、安心してほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「ずっと見ておったが、彼女はずっと否定しておる。そのような者を、半信半疑のままアズカバン送りにするのは、いかがなものかと儂は思うがの。」

 

 

「奴の口から、名前が出て、無関係のはずがないだろう。こやつが言っていることはさっきからデタラメばかりだ。もう判決は決まっている。」

 

 

クラウチが私の側にいた男の人に何かを促すと、私の腕を縛り上げ、私を檻の中に無理矢理入れようとしてくる。この中に入ったら後戻りができないと悟ったが、杖がない私は太刀打ちできるわけがない。

 

 

「何故、その死喰い人の言うことは簡単に信じ、私のことは信じてくれないんですか?」

 

 

私は、檻越しに彼を見ながら声を張り上げながら訴えかける。

 

 

「バーティー。あやつが自分を解放されるために嘘ついた可能性も十分に考えられるじゃろうし、口に出した名前が全て死喰い人であるという証拠も何もないじゃろう。」

 

「一体何故、あいつはそのような嘘をつく必要があるというのだ?そんな嘘をつく余裕があったとは私には思えない。」

 

 

「勿論、彼女が死喰い人である可能性も十分に考えられる。しかしじゃ、彼女の声に耳を傾けず、ましてやこれといった根拠もあるわけがないというのに、アズカバンに送るのはいささか問題かと思うのじゃがな。」

 

 

 

私を庇うダンブルドアの言葉を聞きながら、血の気が引いていくのが分かった。

 

 

……このままだと…本当に……アズカバンに送られる。

 

 

 

「ダンブルドア、貴方は、こいつが死喰い人ではないと言いたいのですか?」

 

 

「それは儂にも分からん。死喰い人かどうかは、本人しか分からんことじゃ。

バーティー、不思議に思っておったのじゃが、何故彼女の左腕は見ようとしないのじゃ?」

 

 

ダンブルドアの言葉を聞いた彼は、少し表情が歪んだ。

 

 

「儂には、死喰い人であろうがなかろうがアズカバンに送っているようにしか見えん。」

 

 

「左腕に、印がないといって、死喰い人ではないという確信はない。呪文を駆使して、消している可能性も十分に考えられる。」

 

 

「確かに、その可能性もあるじゃろうが、一体いつ彼女は、その印を消す時間があったというのじゃ?」

 

 

ダンブルドアの口からでる言葉を聞くと、クラウチは口を閉ざした。

 

 

「カルカロフの尋問があるということも知らない彼女がいつ印を消したのじゃ?ましてや、自分の名が彼の口から出ることを予測していたと言いたいのかの?未来が見えるというのなら、話は別じゃが、そのようなことは信じがたいことじゃ。

 

闇祓い達の目を盗んで、呪文をかける余裕があったとも考えにくい。アラスター、彼女が左腕に呪文をかける素振りを見せたかの?」

 

 

檻越しに、ムーディーに視線を移すとどうやらさっきのことを思い出している様子だった。

 

「いや、そのような素振りは見なかった。…あの状況で誰にも知られることなく呪文をかけるのは不可能だ。」

 

 

「ありがとう、アラスター。……バーティー、たった1つのことをすれば、全て分かるはずじゃ。彼女の左腕に印が存在していたら、君の考え通り、死喰い人だと決まり、アズカバンに送れば良い。しかし、…存在していなかったら、彼女が死喰い人だという可能性は、極めて低くなるじゃろう。

 

 

死喰い人か否か、確かめる方法があるというのに、確かめもせず、アズカバンに送るというのならば、儂は反対じゃ。」

 

 

クラウチは、少し溜息をつくと頭を抱えながらゆっくりと口を開いた。

 

 

「…そいつの左腕を見ろ」

 

 

そう彼が言うと、急に腕を掴まれ、檻の外に出されると、私を縛っていた紐を解き、乱暴に左腕の服をめくりだす。

 

 

………お願い………魔法が切れていませんように

 

 

私は、アウラからいつまで持つか分からないと言われたことを思い出して、祈りながら露わになっていく自分の左腕を見つめる。

 

 

露わになった私の左腕には、印も何もついていなかった。

 

 

ほっとしながら、私の服を捲り上げている男の人を見ると、少し驚いているような様子だった。どうやら、印があると思っていたらしい。

 

 

「……ありません。」

 

 

小さな報告する声が部屋に響くと、腰掛けていた役員はざわざわと話しだす。クラウチは乱暴に木槌を叩き、周りに座っている役員の人達の話し声を黙らせた。

 

 

 

「印がないからといって、死喰い人ではない証拠にはならない。」

 

 

 

そう言い捨てる彼は、どこか気に食わない様子で、私を見てくる。

 

 

 

 

今の私には、息子が死喰い人だったということの腹いせに私をアズカバンに収監しようとしているようにしか見えない。

 

 

 

 

「左腕に印がないからといって、カルカロフの口から名前が出た事実は変わらん。あいつが嘘をつく理由など、どこにもない。」

 

 

 

左腕に印がないことも、確認した筈だというのに全く意見を変えようとしないクラウチが話し終わると、後ろから扉が開く音、聞こえてきた。

 

 

 

「失礼、少しいいかな。」

 

 

 

後ろから聞こえてきた声は、聞いたことのあるもので、役員達も、前に座っているクラウチも驚いたような表情を浮かべる。私は、つられるように後ろを振り向くと、思いもよらぬ人物が、立っていた。

 

 

「………大臣……」

 

 

正確にいうと、元魔法大臣。彼が大臣の座を降りてから一度も話した事も、会った事もない。

 

私は何故、ミンチャムがこんなところにいるのか分からなくて、何も考えられなくなる。

 

 

「彼女に魔法省に身を置くよう勧めたのは、私だからね。私の意見も聞いてもらおうかと思って来てみたんだが、どうやら正解だったらしい。」

 

 

笑みを浮かべる彼は、私を見るとクラウチに視線を移した。

 

 

「どうやら、随分と死喰い人が彼女の名前を知っていたことを気にしているらしいが、知らないはずがない。彼女の家族は、死喰い人によって殺された。どうやら、ヘルキャット家の血筋が通ったものを全員を殺すつもりだったらしい。だから、勿論死喰い人は彼女の名前は知っているだろう。」

 

 

黙り込むクラウチは、彼が元大臣だからなのか、何も反論しようとはしなかった。

 

 

「一度冷静に、考えてみてくれ。わざわざ、家族を殺した奴らの仲間になるか。司法取引をしたからといって、死喰い人が言ったことを全て鵜呑みにしてしまうのか。

 

 

私は、奴らが一度殺そうとした相手をわざわざ仲間に入れてくれるほど優しい集団だとは思えないがな。」

 

 

 

彼が話し終わると、部屋は静まり返ったまま誰も話そうとしなかった。

 

 

 

「何故、死喰い人が彼女の名前を出したのかは分からないが、自分が自由になる為に1人でも多くの知っている名前を出した可能性が高いと私は思う。」

 

 

 

元大臣といっても、やっぱり一度権力を持った人物がいう言葉は間違ってないんじゃないかと思うみたいで、役員達は少し考えるように下を俯く。

 

そんな重たい空気を壊すかのように部屋に響いたのは、少し若そうな女の人の声だった。

 

 

 

「レイラ・ヘルキャットが、有罪だと思う者。」

 

 

 

はっきりとした声が響くと、それぞれのタイミングで手を挙げる。その中には勿論クラウチもいた。

 

 

「では、無罪だと思う者。」

 

 

 

女の人の声に反応し、手を挙げた人数は先程よりも少し多いぐらいだった。きっと今座っている人達の中には、手を挙げていない人もいるのだろう。

 

 

 

「レイラ・ヘルキャットを無罪とする。」

 

 

 

クラウチが、乱暴に木槌を叩きながら言った言葉が耳に入ってくると、体の力が抜けるのが分かった。

 

 

どうやら、私で終わりだったらしく、次々と腰掛けていた役員の人達が立ち上がる。

 

 

 

私は、後ろにいたはずのミンチャムがいないことに気づいて、慌てて部屋から飛び出した。彼の後ろ姿を見つけた私が、声を張り上げながら呼び止めると足を止めて、振り返ってきた。

 

 

「ありがとうございました。本当に助かりました。」

 

 

私が、お礼を言うと彼は口を開く。

 

 

「私はただ、君のお父さんとの約束を守っただけだから、気にしなくていいよ。」

 

 

そんな優しい言葉をかけてくるミンチャムを見ていると、とても悪い気がしてきた。彼は、本当に私が死喰い人だとは思っていないだろう。でも、私は…死喰い人なのだから。どんな理由があろうとも死喰い人なことに変わりはない。

 

 

「…何故、魔法省に?」

 

 

「元々、用があったんだが、ダンブルドアから急ぎの知らせを受けてね。君が疑われていると知ったんだよ。…すまない。少し急ぎの用があるんだ。じゃあ、失礼するよ」

 

 

少し、帽子を深く被り直しながら私に言ってくるミンチャムの後ろ姿を見送っていると、自然と頭にはダンブルドアが浮かんできた。

私はダンブルドアにもお礼を言うために一度部屋に戻ったが、そこには彼の姿はなく、人の姿もちらほらとしかいなかった。

 

 

周辺を探してはみたのだが、どこにも姿はなく、私は諦めてとりあえず自分の部屋に足を向かわせた。

 

 

 

 

………最初はどうなるかと思ったが、ダンブルドアやミンチャムのおかげで、何とか無事に最悪の結果は避けられた。

 

 

……彼らが居なかったら、今頃私はアズカバン送りになっているだろう。

 

 

 

 

まさか、ダンブルドアがあそこまで庇ってくれるとは思わなかった。

 

 

 

でも庇うということは、私が死喰い人だということを知らないのだろうか。でもそうなると、セブルスはダンブルドアに知らせていないことになる。まぁ、私が死喰い人だということは知らせても何も意味はないと思ったのだう。

 

…てっきり、メンバーを教えていると思っていた。

 

 

 

 

でも、まぁこれを乗り切ってしまえば、少しの間は楽に過ごせるだろう。

 

 

 

そう思えば、今夜はよく眠れそうな気がした。

 

 

 

 

 


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