夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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2 生き残った男の子と不思議な女の子

 

 

 

アウラが作った夕飯を食べ終え、暖かい紅茶を飲みながら、前に腰掛けているレギュラスの様子を窺う。彼は、ゆったりと時間を過ごしている様子で、興味なさそうに本に目を通している。

 

飲み終わったティーカップを机の上に置くと、アウラがポットを傾けて注ぎ足す姿を見て、私は話を切り出した。

 

「…話しときたいことがあるんだけど、いいかしら?」

 

私の声を聞いたレギュラスは、何も言わずに本を閉じ、アウラは聞いてはいけないと思ったのか席を外そうとする。

 

「アウラ、貴方も聞いていて欲しいの。」

 

引き止めると、彼は少し戸惑いながらも大人しく従ってくれた。

 

「…そんな改まってどうしたんですか?」

 

レギュラスは、読んでいた本を机の上に置き、紅茶を一口飲む。

 

 

「……前話した未来のことよ。今までは私の見た通りに起きていたけど、今回少し違うことが起きたの。」

 

私の口から未来という言葉が出ると、レギュラスは一気に真剣な眼差しに変わった。

 

「…私が知っている未来は今年のホグワーツに、脱走したブラックの身柄を確保するためにディメンターが送られる、それだけだった。……でも、ついこの前大臣直々に生徒の安全の確保と、ブラックを拘束するためにホグワーツに出向いてくれと頼まれたの。」

 

私がゆっくりと順を追って説明すると、レギュラスは何か考え込むように少し視線を下ろす。

 

「今のところ、変わっているのは小さなことだから、何も問題はないと思う。だけど問題はその後よ。もし、このままどんどんと変わっていってしまったら、ブラックがいつどこで死ぬのかも分からなくなるし、そうなってしまったら、何も出来なくなる。」

 

「………でも、そうなるのは必然的だと思います。貴女1人関われば、未来なんて少しずつ変わっていくでしょうし。」

 

 

反論するレギュラスの言葉を聞いて、思い出したのはあの本に書かれた言葉だった。

 

 

【運命というのは、そう簡単に変えられません。貴女が存在するだけで流れが変わるなどあり得ません。貴女にそんな力はない。】

 

 

私が関わっても、変えられないことは身をもって知っている。

だから……可能性として考えられるのは……私というイレギュラーな存在に気づいた物語が、元に戻そうと私まで巻き込んでいるか

 

………レギュラスの死は物語に関係する死だったか…。

 

 

「…私1人の力じゃ、変えようと思っても変えられないの。……私は他人の運命を変えられるほどの人間じゃない。

 

………でもきっと貴方だったら、変えられると思うわよ。」

 

私の言葉に意味が分からない様子で、レギュラスが聞き直してくる。

 

「僕と、レイラ、一体何が違うというんですか?僕と貴女はそんな違いはな「あるのよ。レギュラス」

 

言い切ろうとする彼の言葉を途中で遮り、私は後を続けた。

 

「貴方は、この物語に元々関係している人物なの。

 

……でも、私は違う。」

 

「……物語?…何のことを言っているんですか?」

 

きっと今聞き直してきた彼は、私が本や、映像化された物語を見て、未来を知ったなど想像できないのだろう。勿論、そんなこと言うつもりもない。

 

「…言い方の問題よ。とりあえず私が言いたいのは、いつでも動ける準備をしていて欲しいということ。

こうなるとは思っていなかったから、この先どうなるかは分からないけど、もし大きく変わるというのなら、変わりだす前に私が元に戻す。」

 

険しい表情を浮かべるレギュラスは、小さく頷きながら承諾してくれた。

 

「…そこで、アウラにお願いがあるの。」

 

「何なりと」

 

レギュラスからアウラに視線を移すと、彼は頼もしい言葉を口にした。

 

 

「もしもの場合貴方を呼び寄せるから、その時はレギュラスも一緒に連れてきて欲しい。」

 

もしもの場合というのは、1人ではどうしても対応できない時に、私がアウラを呼び寄せる時のことだ。

私が未来を知っているというのは、アウラとレギュラスしか知らない。何かあった場合、たった1人で全てをこなすことは私にはできる自信がない。

 

「かしこまりました。お嬢様。」

 

どうやら、アウラもレギュラスも意味が分かったらしく何も聞き返してこなかった。

 

 

「……それで、ホグワーツにはいつ行くんですか?」

 

問いかけてくるレギュラスの声を聞きながら、ソファーに座っていた腰を浮かせて座り直す。

 

「生徒達と同じ日に、ホグワーツ特急に乗って行くつもりよ。」

 

「……じゃあ、もう一週間もないですね」

 

レギュラスは小さく呟きながら、紅茶を飲むと少し背筋を伸ばしながらアウラに話しかける。

 

「アウラ、少し小腹が空いたから何か口にできるもの持ってきてくれないか?」

 

レギュラスがなぜ、急にそんなことを言い出したのか大体予想はついた。きっと彼は、私と2人っきりで何かを話したいのだろう。

どうやら私の予想は合っているらしく、アウラがキッチンの部屋の奥へと消えていった瞬間、彼は私の目を見つめてゆっくりと口を開いた。

 

「……レイラ、…無理だけはしないでください。自分の身に何か起きる前に、アウラを呼ぶと約束してください。」

 

「そんな約束しなくても大丈「駄目です。約束してください。」

 

しつこく言ってくるレギュラスの勢いに呑まれて、少しおかしく感じた私は軽く言葉を返した。

 

「分かったわ。約束する。」

 

何故そこまで、レギュラスが心配そうな表情を浮かべているのかが分からない私は、もうすっかり冷えてしまった紅茶を一気に飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

机の上に散乱している羊皮紙に紛れている少し前の日刊予言者新聞に視線を移しながら頬杖をつく。新聞には楽しそうにピラミッドの前で、ウィーズリー家がこちらに笑顔を浮かべてくる。ロンの手の中にいるスキャバーズもしっかりと写っていて、よく見れば指が一本欠けていることに気づいた。

 

それにしても、ペティグリューはよく長い間鼠として生活できたものだ。私だったら絶対に耐えられない。そこは少し尊敬する。

 

 

私はやる気のない体を奮い立たせて、あと少し残っている仕事を終わらせるために羽根ペンを動かした。流石に私が居ない時に、仕事が回ってくることはないと思うが、ホグワーツに行くまでにとりあえず片付けといた方がいいだろう。

 

時々、甘いクッキーを頬張りながら淡々と仕事を終わらせていくと、意外にも予定よりも早く終わることができた。部署ごとに羊皮紙をまとめて、机の上に並べると、それぞれの部署へ紙飛行機を飛ばし、羊皮紙の束に簡単な魔法をかける。宙に浮いた羊皮紙の束は紙飛行機の後を追うように、それぞれの部署に向かって部屋を出て行った。

 

私はティーカップに入っていた紅茶を消し、杖を一振りすればそれぞれの定位置に戻っていく物が部屋中を飛び回り、あっという間にあんなに散らかっていた部屋は片付いた。私は机の引き出しを開け、奥からペンダントを取り出した。

ずっとしまっていたせいで少し埃が被っていたが、ペンダントを開けると前と変わらず、惑星のようなものが周りを飛び回り、時間を刻んでいた。今の私にはそれがペンダントが嘲笑っているようにしか見えず、勢いよく閉じて、首から掛けると服の中にしまった。

 

ソファーに掛けてあったローブを羽織って、綺麗に整っている部屋をぐるりと見回すと私は自分自身を落ち着かせるように深呼吸をする。

 

深呼吸をしても、別に変わることはなく意外にも落ち着いている自分自身に少し驚いた。まるで私の体じゃないみたいだ。他の人の体を操っているようなそんな感覚な今なら、何でも出来るような気がしてならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トランクを使うのは随分と久しぶりで、多分学生以来だろう。忘れ物がないか確認し、トランクを閉じているとレギュラスが話しかけてきた。

 

「忘れ物はありませんか?」

 

 

「えぇ、大丈夫よ。」

 

 

答えながら立ち上がると、少し不安そうに笑いかけてくるレギュラスの表情が視界に入ってくる。

 

 

「どうしたの?そんな暗い顔をして」

 

私が明るく問いかけると、彼はいつものように誤魔化すような笑みを浮かべながら答える。

 

「今日は天気が悪そうですから、そう見えるだけですよ。」

 

確かにレギュラスの言う通り、今にでも大粒の雨を降らせてしまうような厚い黒雲が空を覆っていた。

 

 

「じゃあ、そろそろ行くわね。」

 

私がトランクを手に持ち、彼に言うと再度確認するように少し小さめの声で話しかけてくる。

 

「約束、覚えていますよね?」

 

 

真剣に問いかけきたレギュラスを見た私は、彼を安心させるために頷きながら声に出した。

 

「えぇ、覚えているわよ。…大丈夫よ。レギュラス、そんなに不安がることなんて何もないわ。」

 

レギュラスの肩を優しく叩いた後、無意識に頭を撫でようとした手を途中で止めた。流石にこの歳で頭を撫でられのは、嫌だろうと思ったからだ。

 

私はアウラの元に駆け寄って、レギュラスに聞こえないように耳元で囁く。

 

「………レギュラスを…お願いね……」

 

アウラが小さく頷いたのを確認して、私はレギュラスとアウラの顔を交互に見て姿くらましをした。

 

 

 

足が地面を捉えたのと同時に、人混みの騒がしい声や、汽車の煙を吐く音が耳に入ってくる。柱の影に隠れていた私はトランクを持ち直して、人でごった返している所に出た。

少し薄暗い所にいたせいで、眩しく感じたがそれよりも久々の人混みで酔いそうになる。子供達を見送りに来たであろう大人達が汽車から乗り出す子供に何か話しかけている姿や、小さな子供が楽しそうに走り回っていたりと、とにかく騒がしくこの感覚は少し懐かしかった。

 

カートを押す人達に少し足を踏まれそうになりながら、空いていそうな車両を外から探していると後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「レイラ!!!」

 

こんなに人がいれば、私と同じ名前のいるであろうが一応振り返ってみる。後ろには見覚えのある人はおらず、気のせいだと思ったのがよく見てみれば、人混みの中に見覚えのある人が私に手を振っていることに気がついた。

 

立ち止まっている私に近づいてくるアーサーの後ろには、赤毛の子供達がいることに気がついた。

 

 

「久しぶりですね。アーサー。エジプト旅行は楽しかったですか?」

 

私が問いかけると、彼はにこやかな笑顔を浮かべながら答える。

 

「とても楽しかったよ。手土産を買ってきたんだが、今度会った時にでも渡すよ。そうだ、丁度子供達も来ているんだ。ちょっと待ってくれ。」

 

後ろを振り返ったアーサーは、少し離れた所にいる子供達に呼びかける。子供達を後ろから優しく誘導するモリーは、私の顔を見るととても優しく微笑んできた。

 

「モリー、こちらは前話したレイラだ。」

 

モリーの腰に手を回し、私を紹介するアーサーの言葉を聞いた彼女は、何か納得したような表情を浮かべ、手を握ってくる。

 

「あぁ!貴女が。夫がいつもお世話になっています。」

 

「いえ、私の方こそ…」

 

私が少し戸惑いながらも彼女の手を握りながら、声を出すことしかできなかった。

 

「レイラ、私の子供達だ。」

 

そう言って後ろにいた子供達を私の前に押し出してくるアーサーから、子供達に視線を移すと、赤毛の他にも、黒髪と栗色の髪の持った子供も交じっていることに気がついた。

誰だか大体は予想はついたが、フレッドやジョージと重なっていて時々髪の色が見えるぐらいだ。

 

私がそこばかり見ていたからだろうか。何かに気づいたアーサーは2人を私の前に連れてくる。

 

「この子達は、私の子ではないんだけどね。ロンの友人だよ。この子が、ハーマイオニー、そしてこの子が」

 

私はハーマイオニーから、黒髪で丸眼鏡を掛け、緑色の瞳を持った少年に視線を移した瞬間、心臓が緊張したように鼓動を速くした。

 

「ハリーだよ。」

 

アーサーの子供達を紹介する声も遠くでしか聞こえず、私はハリーの緑色の瞳から目を逸らすことができなかった。

 

………もう…逃げられない。

 

……夢かもしれないと…現実から目を逸らせない。

 

 

私が自分のことばかり見てくることに気づいたのだろう。ハリーが少し何か困ったような表情を浮かべたのを見て、咄嗟に視線を逸らすことしか出来なかった。

 

アーサーが私のことを紹介し終わると、一人一人手を握り名前を言ってくる。正直言って、ジョージとフレッドの区別はつかないが、それ以外は名前と顔の一致はする。私は彼らに会うよりも前に、顔も名前も知っていたのだから当たり前だ。

 

隣にある汽車から汽笛の音が鳴り響くと、アーサーは子供達を汽車へと乗せていく。

 

 

「少し、いいですか?」

 

私も乗り込もうかと思っていたら、後ろからモリーが話しかけてきた。

 

「えぇ、何でしょう。」

 

振り返りモリーと向き合うと、彼女は何か迷っているような様子だった。中々口を開こうとしない彼女が何か決心したように、声を出そうと息を吸い込んだを見た瞬間、視界の端に何か小さく動くのが見えた。

咄嗟に何か動いているの方を見ると、ロンが持っていたはずのスキャバーズらしき鼠が歩く人達を避けて、汽車から離れていく。

 

「すいません。」

 

私はモリーに、一言だけ謝罪の言葉を入れて、手に持っていたトランクを地面に置き、何も説明することなく鼠の後を追った。後ろからモリーやアーサーの声が聞こえたような気がしたが、気にする暇もなくすばしっこく逃げる鼠の後を追い続ける。

私に追われていることに気がついたのか、少し逃げる足が速くなった気がしたが、所詮は人間と鼠。逃げ切れる訳がなく、軽々と持ち上げると何とか逃れようと手の中で暴れている。

気にすることなくモリーの元に戻っている途中で、手が少し痛んだ。手元を見れば、鼠が私の手を噛んでいて血がポタリと地面に落ちる。どうやら相当強く噛んでいるらしい。

私の様子を窺うように、少し見上げてきた鼠は私の表情を見た瞬間何故かまた暴れだした。

 

戻ってきた私の手の中に、一匹の鼠がいることに気がついたモリーに問いかけてみる。

 

 

「この鼠、さっきお子さんが持っていたものですよね?」

 

「えぇ、確かにそうですけど……あら!!怪我をしてしているじゃないですか⁈」

 

私の手から血が流れていることに気づいたモリーは、慌てたように大きな声を出した。

 

「大丈夫ですよ。これぐらい。動物は噛むものですから」

 

彼女を宥めながら、鼠を渡そうとしたのだが、後ろから何か焦った様子のアーサーが肩を掴んできた。

 

「もう、汽車が出る。急いだ方がいい。」

 

そう言いながら、私のトランクを持つアーサーは少し駆け足で汽車へと向かっていく。

 

「渡しておきますね。…あっ、お話というのは?」

 

少し早口で問いかけみると、モリーはにこやかな笑顔を浮かべながら頭を横に振った。

 

「いえ、何でもありません。ごめんなさい、引き止めてしまって。」

 

彼女の言葉を聞いた私は、モリーに背を向けて急いでアーサーの後を追いかけた。汽車の前には私のトランクを持っていたアーサーが待っていた。

 

「ほら、早く乗って乗って。」

 

アーサーはそう言いながら、トランクを汽車へと乗せる。

私は手に持っている鼠を逃がさないように手にしっかりと握り、乗り込もうと手すりを握った瞬間、彼が誰にも聞かれないように耳元で囁いてきた。

 

「私は、君を信じている。」

 

何故そんなことを言われたのかが分からなかった。アーサーの顔を見ると、真剣な表情で見つめてくる。

 

……一体…私の何を信じているというのだろう。

 

私がブラックを拘束できることを信じているということだと考えるには少し強引な気がしたが、それ以外に思いつくことはなかった。

 

私は何も答えずに、アーサーから視線を逸らして、汽車に乗り込んだ。

 

 

 

汽車がガタンと大きな揺れたと思ったら、ゆっくりと動き出し、窓から顔を出しながら親に手を振っている生徒達の後ろを通っていく。

 

外の風景ががらりと変わり、もう大人達の姿も見えなくなると、手を振っていた生徒達は取っていた席に戻っていく。

狭い通路を通りながら、鼠を渡すためにロンを探していると、コンパートメントに入ろうとしているハーマイオニーの後ろ姿が見えた。

私はまだ手の中で暴れている鼠を握ったまま、彼女が入っていったコンパートメントに向かっていると、ハリーが扉から顔だけを出して様子を窺っていた。勿論ばっちり目が合ってしまった私は、出来るだけ平常心を保ちながら、近づいていきハリーの前に立つと、コンパートメントの中のソファーに腰掛けいたロンやハーマイオニーも私の方を見てくる。

 

「…あっ…ごめんなさい。もうここも満席なんです。」

 

どうやら、私が座る場所を探してここに来たと思ったらしい。ハーマイオニーの申し訳なさそうな声を聞きながら壁にもたれて眠っているルーピンであろう人をちらりと見ながら、ハリーに鼠を差し出した。

 

「…この鼠を届けに来ただけよ。」

 

ハリーが受け取った鼠を見た瞬間、ロンは少し大きめな声で名前を呼びながら立ち上がった。

 

「スキャバーズ!!!」

 

ハリーから鼠を受け取ったロンを見ながら、私は色々な意味を込めて、鼠に話しかけている彼に向かって口を開いた。

 

「ペットは、肌身離さず持っていた方がいいと思うわよ。特にその鼠はすぐに離れようとするから、見失わないようにね。」

 

大切そうに鼠を持っているロンを見て、私はコンパートメントの扉を閉め、空いている席を探しに向かった。

 

 

丁度、ザ・クィブラーの雑誌を読んでいる1人の少女が座っているコンパートメントを見つけた私は、彼女に話しかけてみると、雑誌から顔を上げた少女は見たことがある人物だった。

銀白色の瞳を持ったその子は首から不思議な眼鏡を掛けていて、近くに置いているバッグはカラフルな不思議なデザインが施されている。

 

座っていいかと問いかければ、何も答えずに頭を縦に動かしただけだった。

コンパートメントに入った私は扉を閉めて、トランクを網棚の上に置く。腰掛ければ、体の力が抜けていき、ふと彼女に視線を移すと、ザ・クィブラーを開きながらもちらちらと私の方を見てきていた。どうやら見たことのない私が気になるらしい。

 

「……あんた…見たことないけど…新しい…せんせぇ?」

 

おっとりと話す彼女の話し方は、まるで子守唄を歌っているような感じだった。

 

「先生…ではないけど、仕事で用があるの。」

 

私の答えを聞いた少女は、私の方に手を伸ばしてきてゆっくりと口を開く。

 

「あたし…ルーナ・ラブグッド……」

 

この流れは、私も名前を言わなければならないのだろう。

少し戸惑いながらも、伸ばしてきた手を握って、全く私から目を逸らそうとしない彼女に向かって名前を口にした。

 

「レイラ・ヘルキャット、よろしくルーナ。」

 

そう言えば、無表情だった顔が嬉しそうに少し綻び、ルーナは持っていたザ・クィブラーの雑誌の表紙を見せてきた。

 

「ヘルキャットさん…知ってる?これ?」

 

どうやら私のことは流石にファーストネームでは読んではくれないらしい。

 

「えぇ、読んだことはないけど、名前は知ってるわよ。」

 

「これ、あたしのパパが編集しているの」

 

何か誇らしげに話すルーナは、父親の話から、聞いたことのない魔法動物に話題が変わり、ずっと彼女の話し声を聞きながら時間を潰した。

 

 

 

駅を出てからだいぶ時間は過ぎ、ホグワーツまで後もう少しだという距離に差し掛かった時、窓に打ち付ける雨がだんだんと酷くなってきた。外はもう真夜中だと思うぐらいに暗く、止むことはない大雨が降り続いている。

 

……そろそろ…か…

 

そう思いながら窓の外を眺めていると、一瞬黒い何かが横切ったのが見えた。

 

………来る…

 

「…どうしたの?ヘルキャットさん?」

 

ルーナが私に問いかけてきた瞬間、走っていた汽車は急ブレーキをかけたように、いきなり停止し、凄い衝撃が伝わってきた。

私の方に体を乗り出していたルーナが衝撃のせいで、持っていた雑誌を落とし、体のバランスを崩す。顔から突っ込んでしまわないように、前に倒れてくる彼女の体を受け止めて座らせた。

 

「……ありがと」

 

お礼を言ってくるルーナは落ちていた雑誌を拾い、何かを悟ったように窓の外を眺める。

灯りがふっと消えると、ルーナは上を見上げて、ぎゅっと雑誌を両手で握りしめた。静まり返った汽車は、時々戸惑ったような生徒達の声や、コンパートメントの扉を開ける音が聞こえるだけだ。

私は扉越しに通路を見ていると、自分が白い息を吐いていることに気がついた。後ろからパキパキという音が聞こえてきて、振り返れば窓には霜を張りついており、置いていたルーナの飲みかけのかぼちゃジュースもうっすらと氷を張っていた。

 

寒そうに少し震えるルーナの白い肌は真っ暗でもはっきりと見える。私はルーナの隣に移動し、着ていたローブの彼女の肩から掛ける。

 

「大丈夫よ。」

 

私は彼女の頭を撫でながら、微笑むことしか出来ない。杖を握りしめ、立ち上がるとルーナは、私の服の裾を引っ張ってきた。

 

「出ちゃダメ。嫌な感じがする。」

 

彼女が白い息を吐きながらそう言った瞬間、コンパートメントの扉に黒い影が映った。裾がボロボロのマントをふわりと宙に靡かせながら、私達の方には見向きもせずに通過していく。おそらく、ハリーがいるコンパートメントに向かっているのだろう。

 

少しルーナが私の服の裾を握る力が強まった気がしたが気づかないふりをした。どうやら彼女でも少し怖いのかもしれない。

私はとりあえずルーナの隣に腰掛けて、灯りがつくのを待つことにした。

 

 

 

真っ暗だった通路に銀色の温かい光が差し込んできたと思えば、ディメンターらしき黒い影が逃げるように凄い勢いで退散していく。汽車の灯りがチカチカっと復活したのはそのすぐ後のことだった。隣のコンパートメントにいる生徒達が話している声が、騒がしい声に変わると、一気に扉を開ける音が聞こえてきた。

 

隣にいるルーナに視線を移すと彼女の震えはもう止まっていて、何事もなかったかのように目をパチパチさせている。

 

「少し、様子見に行ってくるわね。」

 

彼女にローブを貸したまま扉を開けて外に出てみると、どのコンパートメントの扉からも生徒達が顔を出していた。生徒と目が合うと、見たことのない私を怖がっているのか、コンパートメントの中に頭を戻して扉を締め切ると何か友達に話している姿が視界の隅に入ったが、そんなのはもう慣れている。

学生の時と比べれば、何とも思わない。

 

 

 

私がハリー達がいるであろう、コンパートメントに向かっていると通路に出ていたルーピンがハリーに話しかけているところだった。

 

「食べなさい。元気が出る。」

 

きっとチョコを渡して、中々食べようとしないハリーに言っているのだろう。コンパートメントの扉をしっかりと閉めて、運転手の元に行こうとしたルーピンは、自然とコンパートメントから私がいる方向に視線を移した。私が今立っているのは、運転手の方向だから彼に気づかれない方が難しいだろう。

 

私の顔を見た瞬間、ルーピンは少し驚いたような表情を浮かべながら呟いた声が聞こえてきた。

 

「………レイラ……」

 

相変わらず彼の顔には大きな傷があったが、顔色はまだ良さそうだ。布を継ぎ足したようなローブを羽織っているルーピンは、さっきの顔が嘘のように優しい笑みを浮かべながら、何も言わない私に話しかけてくる。

 

「久しぶりだね。…元気にしてた?」

 

「…えぇ」

 

私が静かに答えると、ルーピンはそうかと呟きながら歩き出す。

 

「少し、運転手と話してくるよ。また後でゆっくり話そう。」

 

そう言ったルーピンに道を譲ると、ハリー達がいるコンパートメントの扉が少し空いていることに気がついた。

どうやら、彼らは人の会話を盗み聞きするのが好きらしい。私は彼らがいるコンパートメントの扉を開け、ちゃんとロンの手に鼠がいるかどうかを確認した。

 

もし逃げ出していたら、探さなくてはいけない。

 

何も言わず覗いてくる私を不審に思ったのだろう。ロンの手の中にちゃんといることを確認した後、無意識にハリーに視線を移し見つめていただけなのだが、痺れを切らしたかのような声が聞こえてきた。

 

「あの、何か用ですか?」

 

何も話さない私を不思議に思ったのと同時に少し苛立ったのだろう。私に問いかけてくるハーマイオニーの声は挑発的だった。

 

「……いや…何でもないわ。」

 

私は一言だけ言って扉を閉めると、ルーナがいるコンパートメントへと足を向かわせた。

 

 

………ポッターにも、エバンズにもあまりに似過ぎている。

 

 

「………あまりに…酷すぎる……」

 

セブルスの思いを考えただけで胸は苦しくなり、無意識に呟いていた声は消えていった。

 

 

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