夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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4 震える手

 

 

食事も終わり、生徒達が大広間から寮へと戻っていくと教師達はそれぞれ自分のやるべきことをしようと、大広間から出ていく人もいれば、雑談をしている人もいる。

私は自分の部屋の場所を聞くのを忘れていたことを思い出して椅子から立ち上がり、ダンブルドアに近づくと、私に気づいた彼は微笑んできた。

 

「……あの聞き忘れていたことがあるのですが…」

 

ついさっきまで、私の方を見ていたはずのダンブルドアが何故か前の方に視線を移していることに気づいて、言葉も自然と消えていった。ふと同じ方向に視線を移すと、ひとりの生徒がローブを靡かせながらこちらに走り寄って来ている。

 

レイブンクローのその生徒は、良く見ればルーナで教師達の視線を一気に集めた彼女は、しっかりと私を見ながら声を掛けてきた。

 

「ヘルキャットさん。」

 

まさか、私に用があると思っていなかったのだろう。ルーナに集まっていたはずの視線は一気に私に集まり、勿論その場にいたセブルスやルーピンにも見られていることは見なくても大体想像つく。

 

「……どうしたの?…ルーナ」

 

何か用があるのなら早く言って欲しかった私は問いかけてみると、彼女の口からは私が考えてもいなかった言葉が出てくる。

 

「あんたに会いたかっただけだよ。ホグワーツにはいると言ったけど、いつ会えるかなんて誰にも分からないもん。」

 

……確かにいつ会えるかなんて分からないが、会おうと思えばいつでも会えるというのに、そう言う彼女は真っ直ぐ私を見つめてきた。

 

 

「そんなに慌てなくても大丈夫よ。ほら、今日は寮に戻りなさい。また今度お話をしましょう。」

 

私が想像もつかない考え方をする彼女の頭を撫でると、少しだけ口角を上げて私の目を見たまま答える彼女は、満足そうだった。

 

「うん。分かった。」

 

小走りで大広間に出て行く彼女の姿を見送り、振り向けばにこりと笑うダンブルドアが視界に入る。

 

「あの生徒と仲良くなったのかの?」

 

「えぇ……たぶん、懐かれました。」

 

「儂の思った通り、君は教師が向いておるようじゃな。」

 

そう言いながら笑うダンブルドアの横にいる教師達に見られている視線からとにかく早く解放されたくて、適当に言葉を返す。

 

「たまたまです。あの子は元々優しい子ですから。それで私の部屋は?」

 

 

「あぁ、そうじゃった。お主の部屋は、地下でよかったかの?…寮も地下じゃったからそっちの方が何かと慣れておるじゃろう?」

 

「えぇ…私は別にどこでも構いません」

 

私の言葉を聞いたダンブルドアは、安心したような笑みを浮かべ後を続ける。

 

「良かった、部屋はスリザリン寮の談話室を通り過ぎて、1番奥の部屋じゃ。分からないことは無いと思うが、万が一の時はセブルスにでも聞くといい。」

 

 

隣にいるセブルスに視線を移すといつも通りの調子で、他の教師に話しかけられていた。

 

「…ありがとうございます。」

 

今、目の前で笑っているダンブルドアは、私を信用してここに置いてくれているのだろうか。それとも他に彼なりの考えがあって、教員にならないかとまで誘ってきたのだろうか。

どう考えても、私は後者な気しかしない。そうだとすると、今セブルスはきっと私を監視するよう命じられているのだろう。

 

 

私はその場から逃げるように大広間を後にして、学生の時によく歩いた道を歩き進めながら地下に向かった。生徒達の姿は見えないから、どうやら全員無事にそれぞれの寮に戻ったらしい。

 

薄っすらと灯りが付いているだけの廊下は、薄暗く、雨が降り続ける音だけが聞こえてくる。

 

「やぁ!嫌われ者さん久しぶりだな!」

 

久々に聞いたうざったらしい声の方を見ると、壁からピーブズが顔だけを出していた。

 

「どうして戻ってきたんだ?また独りぼっちになりにきたのか?」

 

私はからかってくるピーブズを無視して、地下を目指して歩く。

 

「スリザリンで浮いてるお前は嫌われ者〜」

 

ピーブズに腹を立てながらも、自分に地下までもう少しだと言い聞かせながら、無視を貫いた。

 

「友達1人居ないお前は、独りぼっち。嫌われ者は独りぼっち」

 

何も言い返してこない私の反応がつまらなかったのだろう。ピーブズの退屈そうな声が後ろから聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「チッ、つまんねーの」

 

後ろを振り向いてみると、さっきまでいたはずのピーブズの姿はなく、私ひとりだけだった。私は視線を下ろして、口をきつく閉ざしたまま足を地下に向かって運ぶ。

 

…嫌われ者……

 

 

 

………独りぼっち……か…

 

さっき言われたことを心の中で繰り返していると、何故か可笑しくなり笑みがこぼれた。自分でも何故笑ったのか分からないが、とにかくピーブズも、私自身も酷く可笑しく感じたのだ。

 

独りぼっち……

 

そんなの、最初からだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を降りて、地下に行くと魔法薬学の教室が目に入った。ゆっくりとその前を通り過ぎ、懐かしいスリザリンの談話室の前を通ると微かに賑やかな声が聞こえてくる。

談話室から漏れている僅かな光は暖かく、懐かしく思っていると、後ろから一定で歩いている足音が聞こえてきた。

良く音が響くせいか、ぴたりと止まった足音を聞いただけで、誰が後ろにいるのか、どれぐらいの距離で立っているのか大体想像つく。

 

「何か用?」

 

振り向きながら問いかけると、案の定後ろにいたのは、彼で少し眉間に皺を寄せたのが見えた。

 

「…こんな所で、立ち止まって一体何をしているのか気になったものでね。」

 

地下にいるせいでなのか、耳に入った低いセブルスの声は体の芯にまで染みていくような気がした。

 

「別に、懐かしかったから見ていただけよ。」

 

学生の頃の私が今の光景を見たらきっと驚くだろう。こんなにも平常心を保ったまま普通に話すことができているんだから。

 

………もう少し早くこんな風に普通に話すことが出来ていたら、少なくとも今のこのセブルスとの関係は良好だっただろう。

 

私はセブルスから視線を逸らして、暗い地下の廊下を歩き進めた。少しして後ろから扉が開くような音が聞こえてきたのは、多分談話室に彼が入ったからだと思う。

 

彼らが私のことを死喰い人ととして警戒しているのかどうかは、もう少し見守ってから決めた方が良さそうだ。セブルス相手というのは、正直言ってあの人よりも手強そうだし。

 

……それにセブルスの後ろにはダンブルドアもいる。

 

慎重に行動しないと……

 

 

私は頭の中でやるべきことを整理しながら、自分の部屋に向かった。廊下の突き当たりを曲がり、ダンブルドアの言った通り1番端の部屋が私の部屋だった。

少し古そうな扉を開けると、軋む音が聞こえてくる。部屋の電気をつけると、古そうな扉からは想像できないほどに充実していた。

見ただけでもふかふかだと分かるようなソファー、物書きが出来そうな立派な机に、1人がけの椅子、いくらでも本がたてられそうな本棚に、お茶を淹れる材料が揃っている棚、そして暖炉。その部屋の隣にはもう一つ部屋が隣接してあってそこは寝室と、バスルームが付いていた。

 

あまりに充実しすぎていて、私はトランクを片付けずにベッドに横になる。私の体の重みでベッドの空気が抜けていくのと同じように私の体の力も抜けていった。

そうなるともう、眠気が襲ってくる。風呂に入らないといけないのにと思いながらも、抵抗する気などない私は気づけば瞼を下ろし眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッドがふかふかだったお陰か、久々に朝までぐっすりと寝ることができた。最初目を開けた時は、一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが、天井を数秒見ればすぐに思い出した。

もう随分と眠れない日々が続いていたせいで、朝まで寝れたというとても小さなことが少し嬉しい。私は身支度を済ませ、朝食を食べに大広間へと向かった。正直あまりお腹は空いてはいなかったが、パン1つぐらいは食べておかないと後から体が動かなくなってしまう。

 

大広間には、朝食を食べている生徒たちがちらほらと居て、起きたばかりだからなのか少し元気がないように見える。

私は教員席の1番端に腰掛けて、目の前に広がっている朝食を眺めていると、欠伸が出てきた。もう眠たくないと思っていたのだが体は正直で、どうやらまだ私は眠たいらしい。

 

朝食というには豪華すぎると思いながら、前にあった焼きたてのパンに手を伸ばすと後ろから、話しかけてくる声が聞こえてきた。

 

「隣いいかな?」

 

私に親しそうに話しかける人物など、ルーピンしか居ない。そう思いながら、顔を見たら思った通り彼だった。

別に私の隣だけしか席が空いていないという訳ではない。私が他に空いている席を見ていても、ルーピンは何も気にすることなく隣に座ってきて、彼の顔が視界に入ってくる。本当は他に席が空いていると言いたかったのだが、言うのが面倒くさかった私はパンを手に取って、一口サイズにちぎっては口に運んだ。

別にルーピンと特別に仲が良かった訳でもない。だから話すことなどあるわけもないし、話す必要もないと思っていたのだが、どうやら彼はそうはいかないらしい。

 

「実は、ダンブルドアの計らいのおかげで、闇の魔術に対する防衛術の教師に就くことができたんだ。」

 

隣で話し出すルーピンの言葉を聞いても、何と返せばいいか分からない私は、ただひたすらにパンを口に運んだ。

 

「……まぁ、その時に色々とダンブルドアと話してね。君にずっと断られていたから困っていたと話してくれたよ。」

 

確かにダンブルドアには、あれ以降も会う度に教師にならないかと誘われていた。一度自分で決心したことは、曲げない性格な彼が先に折れることはないということは、十分に理解しているつもりだ。一体何度断ればいいのか頭を悩まらせていたものだ。

 

「一体、どんなに断ればダンブルドアにあんな表情を浮かべさせることができるんだ?」

 

思い出したように少し笑みを浮かべながら問いかけてくるルーピンの声を聞きながら、パンを飲み込むと側にあった水を飲み干した。

 

「…残念ながら、私は子供が苦手なの。子供好きな貴方には天職でも、私にとっては地獄でしかないのよ。」

 

パンを食べ終わった私が立ち上がると、私の方を見上げてくるルーピンはまだ何も手をつけていないことに気がついた。

単にまだ手につけていないだけか、それとも体調が悪くて食欲がないだけか、分からないが私の頭に自然と浮かんだのは、今日が彼にとっての初授業だということだった。

ルーピンがそんなことで、朝食を食べられないほど緊張をするとは考えにくいが、その可能性も決してゼロではない。

 

「頑張ってね。ルーピン先生。」

 

皮肉たっぷりに、彼に言葉を掛けると、困ったように少し引き攣ったような笑顔を向けてくる。どうやら、意外にも緊張していたらしい。

 

 

 

 

生徒達の安全を確保しながら、ブラックを拘束することを任された私は、勿論ホグワーツ中を自由に歩き回っていい許可が出ているのだが、結局のところ一体何をすればいいのか分からない。

ただ歩き回ってブラックを探し続けるふりでもしとけばいいのか、それとも生徒の側にでも寄り添えばいいのか、あまりに明確としない仕事内容に私は頭を悩ませていた。

 

学生の頃は朝食を食べ終わった後、授業の準備をして、ひとりゆっくり教室に向かえば良かったが、今はそうはいかない。私は今生徒ではなく、魔法省の人間としてここにいる。

朝食を食べ終え、とりあえず大広間を後にした私は、どこに行けばいいかも分からずに自室に向かった。部屋に行ったところで何をするわけでもないのだが、私の足は自然と地下の方向に向かっていた。

 

朝日が差し込んでくる廊下を歩き、地下へと向かっていると、どこかで匂ったことのある優しいシャンプーの香りが鼻を触った。

私は自分自身に気のせいだと言い聞かせながら、気にすることなく歩き進める。そんな私にわざと感じさせるように吹いた後ろからの風に乗って、はっきりと彼女の声が聞こえてきた。

 

「セブ」

 

セブルスの呼び方といい、そして何より聞こえてきた声自体がエバンズそのもので、歩き進めていた私の足は自然と止まり、咄嗟に後ろを振り向いた。

 

エバンズが生きているはずがない。

 

私は確かに彼女の死体も見たではないか。

 

それなのに、どうしてこんなにもエバンズが生きているような気がしてならないのだろう。

 

勢いよく振り向いたせいで、視界を覆っていた髪がゆっくりとカーテンのように靡き、今まで何も見えなかった私の視界には、エバンズと全く同じ瞳を持った少年がいた。

瞳が同じ色、ただそれだけだというのに、逆にそれが残酷で、心臓が大きく波打ったのが分かった。

 

私が急に振り向いたことに驚いているのだろう。ロンと2人で歩いていたハリーは、少し不思議そうに私を見つめてくる。

 

………違う…

 

私はぎゅっと口を結んだまま気にすることなく、地下へと向かうために彼らから顔を逸らした。

一体何が違うというのだろう。心の中で出た言葉は頭の中を駆け巡るばかりで、何も分からないままだ。

 

 

 

 

 

 

……久々に、ホグワーツに戻ってきたからだ。……ただハリーを見ただけ。

あれは、ただの空耳で……単なる、私が気を張りすぎなだけだ。

 

自分にそう何度も言い聞かせながら、部屋に戻ると私は座ることもせずに、ただ扉の前で立ち尽くす。こんな姿外から見たら、様子が変なことぐらい誰にでも分かるだろう。

 

自分でも分からない。

 

どうして、私は椅子にも座らずこんな所で突っ立っているのか、ましてや手が震えているのか、理由なんて全く見当もつかない。

 

自分の手に視線を下ろすと、両手とも確かにまだ小刻みに震えていた。

 


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