夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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6 落とし物

 

 

森から戻った頃にはもう午後の授業は始まっていて、廊下に生徒の姿はなく、時々授業のない教師が通るぐらいだった。

何もすることがない私はあまりに暇で、もう部屋に戻って仮眠でもしてしまおうかと考えていると、頭の上から穏やかな声が聞こえてきた。

 

「隣いいかな?」

 

顔を見上げると、最初に視界に入った立派な髭だけで誰が話しかけてきたのか直ぐに想像がつく。

 

「えぇ、どうぞ。」

 

腰掛けていた私が顔も見ずにベンチの端に座り直すと、ダンブルドアは空いた私の隣に腰掛けてきた。

 

「仕事は順調かの?」

 

「順調かどうかは分かりませんが、私が暇だということは良いことだと思いますよ。」

 

彼の問いかけに答えると、愉快そうな声が聞こえてくる。

 

「そうじゃの。君が忙しくなったということは、ここにブラックが入ってきた時ぐらいじゃろう。」

 

彼がどこまで知っているかは知らないが、もしブラックが犯人だと思っているのなら、どうしてこんなに気軽に話せるのかが分からない。

 

………一体…この人は、何を考えているのだろう。

 

私が死喰い人だということを知った上で、こんなにも親しくしてくるのか、それとも私に目を置いているだけなのか。全く分からない。

 

 

 

 

 

 

「…1つ聞いてもいいですか?」

 

ずっと疑問に思っていたことを聞くために、重たい口を開き声を出すと、私の声はやけにはっきりと廊下に響いた。私達の声しか聞こえないのがいけないのも知れない。

 

「1つと言わぬとも、いくつでも構わんよ。遠慮はいらない。」

 

いつもの調子で言ってくるダンブルドアの声を聞いた私は、あまり口を開くことなく声を出した。

 

 

「……何故、あの時庇ってくださったのですか?」

 

 

少し小さめの声量だったが、こんなに静まり返っている廊下では残念ながら聞こえないふりができない。

あの時というのが、私が死喰い人だと疑われた時のことだということはすぐに分かったのだろう。それまですぐに聞こえていた彼の言葉が、今日初めて途切れた。

 

静まり返っている廊下には、時々遠くから授業を受けている生徒達の声と、小さな物音が聞こえてくるぐらいで少し空気が張り詰めた。

 

 

 

 

 

 

「……君は死喰い人ではない、そう信じておったからしたまでじゃ。」

 

 

 

 

 

少し間があいて言ったダンブルドアの言葉が、本心からの言葉なのか偽りの言葉なのか全く分からないが、そんな言葉を聞いた私の胸はちくりと痛む。

 

……少し罪悪感のようなものを感じた訳は、はっきりと分かっていた。

 

 

「そうですか。ありがとうございます。ずっと疑問に思っていたのですっきりしました。」

 

感じた罪悪感を誤魔化そうと、言葉を並べながらゆっくりと立ち上がると、後ろから私を呼び止めるダンブルドアの声が聞こえてくる。

 

「……暇なのならば、授業を覗いてみてはどうかの?そうすれば、何か見つかるかもしれん。」

 

彼の言っている意味が分からない私は、目の前にある青い瞳を見つめるが、それでも意味など分かる訳がなかった。

 

「……見つかるって…何を見つけるんですか?」

 

私の問いかける声を聞いたダンブルドアはにこりと微笑みながら、穏やかな声で助言をするように言ってくる。

 

「それは儂には分からんよ。だがこの世に必要ないものなど何一つないことは知っておる。」

 

全く意味のわからないことを言う彼の言葉を聞いていると、だんだんと苛立ってきた。

 

……どうしてこんなにも曖昧にしか物事を言えないのだろうか。

 

腰掛けているダンブルドアを見ていると、自然と父の姿が浮かび上がってくる。

 

………父も…こんな風に訳の分からない事を言っていた。

 

はっきり言ってくれたら…間に合わずに済んだかもしれないのに。

 

 

苛立ちを抑えながらもう付き合いきれないと思った私が背を向けると、後ろから明らかにさっきよりも張り上げた声がしっかりと耳に入ってきた。

 

 

「落とし物は、案外近くに落ちておることが多い。一度周りを見回してみることが大切じゃ。」

 

 

「何が言いたいんですか?はっきりと意味を教えてください!」

 

腰掛けているダンブルドアに向かって少し声を張り上げると、全てを見透かられそうな青い瞳には私の姿が映っていた。

 

 

「…それは、君が一番分かっておるはずじゃ。

 

 

……目を背けていては、いつまでも戻ってこない。」

 

 

 

はっきりと言い切る彼から視線を逸らした私は、どこに行くとも決めないまま適当に足を運んだ。

 

分かるはずがない。ダンブルドアが言っている意味など何一つ分からない。

戻ってこないって、一体何のことを言っているの。目を背けるって何から目を背けているというの。私は何にも目を背けていない。セブルスの死を変えたくて今こうしてここにいる。

私の手で殺した人の顔だって覚えている。家族を殺したのは他でもない私だということもよく分かっている。

全く心当たりのない私の頭に、父や母、兄の姿が浮かんでは消え、叔母や叔父の姿までもが浮かび上がってきた。

 

「…戻るわけがない……」

 

口から溢れた私の声はとてもか細く、隣に居ても聞こえないほどの小さな声だったと思う。

 

 

 

 

気づけば私は中庭に足を運んでいて、急に吹いた風のせいで舞い上がった髪が視界を遮り、前が見えなくなると遠くからよく聞いたことのある声が聞こえてきた。

 

『やめなさい!』

 

力強い声を聞いた瞬間、私の心臓は誰か心当たりがあるように大きく波打つ。

 

違う……彼女じゃない…

 

私はそう何回も繰り返し、心の中で呟いていたが、体というのは正直で拳を作っている掌にはあまりに力強く握りすぎて爪が食い込んでいた。

痛みよりも今は、聞き覚えのある声をまた空耳でも聞いてしまったということの方が辛く、早足でその場から逃げ出した。

 

 

「………違う…私じゃない……」

 

無意識に呟いた自分の言葉を聞いた私は、どうして自分がこんなことを言ったのか訳もわからず、足が止まった。

 

………今……私は何て言った……?……私じゃないって…何が

 

自分で言ったことなのに、まるで他人が言った事のように感じられた。確かに私の口から出た言葉だ。それは間違いない。

 

 

授業が終わり、一気に賑やかになった廊下に響く生徒達の声を聞いても、胸元にもやもやしたような気持ちの悪い感触が消え去ることはないどころか、増えるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

賑やかな生徒達の話し声を聞きながら、目の前にあった肉料理に手を伸ばし、皿に取り分ける。隣に座っているトレローニのお皿の上には、色々な食べ物が盛られていて、彼女は美味しそうに頬張っていた。

ダンブルドアに言われたことがまだ頭に残っていた私は、正直食べる気力などなかったが無理矢理口に押し込んだ。美味しいのだが何だが物足りないように感じて、私は甘そうなデザートを皿いっぱいに盛っては、ご飯よりも甘いお菓子を食べ続けた。甘い焼き菓子を食べている時は、ご飯を食べている時に感じたあの物足さを感じなかった。

 

 

「そんな、甘いものばかりではなく、ご飯も取ってはどうですか?バランス良く食事をしなければ体調を崩しますよ。」

 

横からそんなことを言われて手を止めると、マクゴナガルがサラダがのっている皿を私の方に押し付けてくる。

 

………母親が言いそうな事を……

 

「……そうですよね…」

 

私は大人しく持っていた食べかけの焼き菓子を置き、フォークにサラダを突き刺して口に運んだ。シャキシャキしているサラダに、さっぱりしたドレッシングは相性バッチリで美味しかったのだが、やっぱり今は甘いお菓子をたくさん食べたい。

だがここでまたお菓子に手を伸ばしたら、彼女に口を挟まれるのは目に見えている。

 

私は我慢をしてサラダを口に運ぼうとすると、金属と金属が当たったような甲高く耳障りな音が耳に入ってきた。思わず聞こえてきたトレローニの方をフォークを握ったまま視線を移すと、どうやら彼女がフォークを皿の上に落としたらしい。しかし何故かトレローニは直ぐに拾おうともせずに、私とは反対方向を見て固まっていた。

 

「どうかしましたか?」

 

少し不思議に思い、彼女に問いかけみると何か慌てたように私の方を見て大げさに頭を横に振りだした。

 

「いや、何もありませんわ。何も」

 

誰が見ても何かあったことに気づくほど、彼女の顔色はついさっきまでと打って変わって青白くなっているし、少し汗をかいているように見える。

 

「…そうですか。……それだったらいいのですが…」

 

私から視線を逸らしたトレローニはフォークを握ると、食事を再開するわけでもなく口を小さく動かして、何かぶつぶつと呟きだした。

明らかに様子がおかしく、私は彼女が見ていた方に目を凝らしてみると、トレローニが見ていた方向にはもう1つある教員席があり、自然と黒髪を左右に分けた彼の姿が視界に入った。

 

向こう側の教員席にはセブルス、そして私が座っている教員席には端にルーピンもいる。

セブルスが座っている教員席を見て、怯えるトレローニ。

ほぼ答えは出たような気がしたが、まだすっきりとはしない。

 

……一体、彼女は何を見たんだろう。

 

問いかけてみたい気持ちはあったのだが、未だに何かぶつぶつと言っている彼女の様子を見る限りではそれは叶わないだろう。

 

 

 

 

 

夕食の後、生徒達が談話室で課題に取り組んでいるであろう時間帯に私はホグワーツの周辺を見回っていた。私も部屋でゆっくりと出来ればいいのだが一応仕事としてここにいる以上、仕事をしているような振りをしていないといけないだろう。

 

…禁じられた森に1人で入ってしまったのは、今思えば浅はかな行動だったが……セブルスからブラックの手引きをしているなんて思われてしまうのは、何としてでも避けたい。

 

 

 

 

 

もうすっかり日も暮れ、星も出だした時間帯、空を見上げるときらきらと輝く星よりもホグワーツの上空を飛び回っているのがディメンターの姿が目に入ってくる。

こんなにいるのに結局はブラックに侵入されることになるし、ディメンターは意外に役に立たないんじゃないかと思いながら見上げていると、正面玄関から抜け出す人影が見えた。

少し遠くて、顔は見えなかったが明らかにハグリッドの小屋に向かっていて、さらには3人の人影から誰だかは大体は想像できる。

 

自分の命を狙っている殺人鬼が、近くにいるかもしれないというのに、よくこんな夜に抜け出すことができるなと感心しながらも、少し苛立ちを覚えた私は、ハグリッドの小屋に向かっている3人の人影の後を追った。

 

 

 

 

 

扉の前に立ち、ノックをしようかと考えていると、ハグリッドの大声が中から聞こえてきては、扉が勢いよく開いた。あまりに勢いよく開いたものだから、ノックをしようかと近づけていた手が当たりそうになったが、反射的に引っ込めたおかげで怪我をすることはなかった。

ハリーの腕を引っ張っているハグリッドと目が合うと、まさか私がここにいるとは思っていなかったのか彼の表情が驚いたように固まる。

 

「…見回り中に城から出てくる人影が見えたので迎えにきました。」

 

私の声が聞こえてないということではないと思うが、何故か何も言ってこないハグリッドは少し険しそうな表情を浮かべる。

 

 

「…ご安心を、私が彼らを学校まで送り届けますので」

 

 

 

 

「………………よろしく頼みます」

 

少し間が空いて、やっと彼の言葉が返ってきたものの、ハグリッドは私が歩こうとするまでハリーの腕を離そうとはしなかった。

 

 

 

きちんと後ろから3人がついてきているか確認するために振り返くと、彼ら越しにハグリッドを見てみると、もうすっかりと小さくなっているというのに未だに彼は小屋の外に出ていた。

 

 

 

 

「…わざわざ日が暮れてから会いに行くなんて、何を考えているの?」

 

そんなハグリッドの姿から彼らに視線を移し、少し睨みつけながら言うとハリーが訳を話そうと口を開く。

 

「心配だったんです。」

 

「言い訳は結構よ。訳が聞きたくて貴方達を迎えに来た訳じゃない。」

 

話を続けようとするハリーを遮るように話すと、彼の顔が少し歪んだ。

 

………彼がこう行動するのはしょうがないことは分かっているが…それでもやっぱり何も知らないとはいえ、セブルスが命がけで守ろうとしていることを考えると腹が立ってしょうがない。

 

分かっている。彼はまだ知らないし、どんな状況かもよく理解できない子供、どれだけの大人が自分の安全のために動いているのかきっと想像もついていない。それでもだ。

あまりに無責任すぎる行動に苛立っていた私は、ハリーを横目に入れながら後を続けた。

 

「…シリウス・ブラックが脱獄したことぐらい貴方達も知っているでしょう?」

 

私の顔を見つめてくる彼らの顔から視線を逸らし、前を向いたまま冷たく言い放つ。

 

 

「…殺されようとして自分から危ない目に遭おうとしているのなら、私は止めないわよ。」

 

………私は、貴方を守るつもりなんてない。

 

明るい光が漏れているホグワーツの正面玄関に送り届け、ハリーだけを見つめて、冷たい言葉を並べた。逆光で彼の緑色の瞳は見えなかったことをいいことに、私の口からはハリーの燗に触るだろう言葉が自然と滑り落ちる。

 

「…あぁ…それかあの人を殺した英雄様だったら何をしても許されると思っているの?」

 

私の言葉に固まるハリーを守るかのようにロンが前に立って、ハーマイオニーが私に反論しだす。

 

「ハリーはそんなこと思っていません!」

 

「だったらそれ相応の行動を見せなさい。誰が見ても、貴方の行動は自分勝手すぎる。」

 

私の言葉に何か反論しようとしたのかハーマイオニーが口を開いたのが見えたが、私は口を挟ませまいと空かさず声を出した。

 

「私やディメンターがここにいるというのがどんな意味なのか分からないの?そんなことよく考えてみなくても冷静になれば分かるはずよ。」

 

私が知っている未来を訪れるようにするためには何も言わない事が正解なのだろうが、ただ今は我慢ができない。相手は子供だというのに、大人気ない私は動き続ける口を止めようともしなかった。

 

「それは、それだけの事態ということよ。貴方の命を狙う奴が、貴方よりも何倍も魔術に長けている奴が今この瞬間でも、殺しにかかってくるかもしれない。

 

だから私はこうして生徒達の安全を守るためにここにいるの。

……いくら私が貴方達の安全を守れたとしても、貴方達が殺人鬼の潜んでいる所へ自ら飛び込んでいったら意味がない。」

 

こんな説教じみたことを言ったとしても、私の言葉など耳に入らないだろう。届く希望があるのはハーマイオニーぐらいだ。

彼らは、私に良い印象を抱いていないと思う。そんな怪しく思っている人に言われたことなど頭に入る訳がない。

 

 

「…ほら、早く寮に戻りなさい。先生に見つかると、減点されるんじゃなかった?」

 

 

そんなことを考えながら溜息混じりに言うと、私の言葉に我に返った3人は、私に背を向けてホグワーツの奥へと消えていった。少しはこれで行動を改めてくれるといいのだがきっとそれはない。

 

…何せあのポッターの子だ。よく想像がつく。

 

校則を破る癖はそう抜けないものだ。

 

 


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