夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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7 大人になれない大人

 

 

 

 

突然ゴンという鈍い音と、額に何かが打ったような痛みが襲いかかってきて、それまですっかり寝ていた私は目を覚ました。ゆっくりと瞼を開け、体を起き上がらせると何故か床に座り込んでいる。

ソファーからブランケットが今にも落ちそうになっているのを見て、あまりの眠たさにソファーで寝てしまったことを思い出す。

あちらこちらが痛む体を無理矢理起き上がらせ、鏡を覗き込むと少し額が赤くなっていた。シャワーを浴び服に着替えながら、持参してきたクッキーを頬張ると甘い香りとピーナッツの風味が口いっぱいに広がる。

水を一口飲み、机の上に雑に置いてあるペンダントを手に取ると、引き出しの奥にしまい込み、部屋から出た。

正直言ってまだ眠っていたかったのだが、もう一度寝てしまうと昼になってしまいそうだ。まだぼんやりとしている意識の中、地下牢を歩き進めて、大広間に向かった。

 

着ていたローブを整えながら朝食が準備しているであろう大広間の中に入る。

眠たそうに朝食を食べる生徒は、話しながら食べているものもいれば、課題が終わらなかったのか、分厚い本を開いているものもいる。私が起きたのは、結構時間が遅いのか、大広間には結構の人数の生徒で賑わっていた。

ふとスリザリンの席を見ると、怪我をした腕に包帯のようなものを付けているドラコが、武勇伝のように周りの生徒達に話しているのが見えた。あんなに泣きそうだった彼の姿が嘘のように思えてくるほど、誇らしそうにすらすらと言葉を並べている。

私があまりに見ていたからなのか、スリザリンの生徒達に話していたはずのドラコの視線が私の方を向いて、ばっちり目が合った。私を見てくる彼の目はルシウスにそっくりで、彼の面影を感じた私は視線を逸らした。

 

ドラコの未来が決して良いものではないことを知っている私は、彼と関わるのを無意識に避けている気がする。まだ学生の彼が家族を守ろうと、人を殺そうとする姿を思い出しただけで、少し胸が痛んだ私は、まだ良心が残っているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業が始まったホグワーツの廊下を一人行くあてもないまま、ふらふらと歩く。あまりに暇で暇で、これを本当に仕事だと言っていいのか分からないほど、何もしていない。

ここに来て、やったことと言えば、ひたすら学校中を歩き回ったことぐらいだ。

 

「………退屈だ…」

 

そんなことを無意識に呟いてしまうほど、暇なのだからしょうがない。

窓から顔を出すと、今日は風が強いらしく少し肌寒かった。城の近くにある遠くまで広がっている湖の水面がキラキラと輝いているのを何となく眺めているとダンブルドアに言われた言葉が浮かんできた。

 

 

『暇なのならば、授業を覗いてみてはどうかの?そうすれば、何か見つかるかもしれん。』

 

 

 

流石に授業中お邪魔するのは、如何なものかと思っていたのだが、ダンブルドアが言ってきたのだからそこらへんは気にしなくてもいいということだろう。

 

……彼の言っていたことも気になるし…

 

ダンブルドアの言っていた落とし物というのが一体何のことなのか、全く想像もついていない私は、少し気になっていた。

 

それに………もしかすると、セブルスが授業している姿を見られるかも知れない…。

 

 

ある可能性が頭に浮かぶと、あんなに怠かった体が一気に軽くなる。

 

私が授業に顔を出せば、彼はきっと嫌な顔をするだろう。

 

………でも…セブルスが授業している姿は、…エバンズでも知らない。

 

授業を終えた生徒達の声で、さっきまで静かだった廊下が賑やかになると、私はそこで初めて自分が優越感に浸るように口角を上げていることに気がついた。

まさか、表情にまで出ているとは思っていなかった私は、上げていた口角を下ろし、真顔に戻すと地下牢に向かって歩き出す。

 

あぁ…本当に私は性格が悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法薬学の授業をしているであろう教室の前に立ち止まる私は、本当に入っていいのか迷っていた。もう授業が始まって、結構な時間が経っているのだが、実はこの時間はハリーがいる学年の授業らしいのだ。正直言って、彼とは関わりたくない思いが本心だが、……この前自ら彼らに近づいてしまったことを思い出すと溜息が出る。

 

 

………セブルスが授業しているところ…まだ見ていないし……

 

私は扉の奥を見るように、魔法薬学の教室の扉を見つめて少し考え込んでいると少し大きなセブルスの声が聞こえてくる。

来年またここに来れるという確証がないというのに、彼が授業をする姿をを見ないなど勿体ない。

 

…何か言われたらダンブルドアの名前を出すことにしよう。

 

少し不安な気持ちを抱きながらも、何か踏み入れてはいけない所へ行く時に感じるあの緊張したような、そんな気持ちで中に入ると、案の定そこでは魔法薬学の授業が行われていた。

生徒達の前の机に並んでいる大鍋からは湯気が立ち上り、教室に入った瞬間に煎じた薬草の匂いと、薬独特の匂いが香ってくる。この匂いを嗅ぐと、一気に学生の頃に戻ったような気がした。

 

突然教室の扉が開いたからだろう。私には当然生徒達やセブルスの視線が集まってくる。何と言おうか少し迷っているとセブルスの低い声が聞こえてきた。

 

「何か用ですかな?」

 

まさか貴方の授業をしている姿を見にきました、なんて言えるわけがない。

 

「…用はないですが、少し授業を覗いてみたくなりまして。お邪魔でしたか?」

 

誤魔化すように言った私の言葉に、セブルスは納得していないように顔をしかめる。

それもそうだろう。彼が私のことをどう思っているのかは知らないが、絶対良い風には思っていない。

 

「ご安心を。校長からは許可を得ています。」

 

眉間のしわが一本増えたセブルスは、きっと今ダンブルドアに苛ついていることだろう。死喰い人の私を、ハリーに近づけることはセブルスにとって余計な仕事が増える。

 

 

「…シリウス・ブラックがまだ捕まっていないというのに、呑気なものですな。」

 

お得意の嫌味を言ってくるセブルスを見ていると、私は少し可笑しくなって笑みがこぼれた。今こうして話せているだけでも、私の心臓はいつもより鼓動を早くしているし、体温も熱い。彼とただ話しているだけだというのに、私は今こんなにも生きている感じがする。こんなにも、嬉しい。

 

「…ご心配なく、彼はまだホグワーツにはいませんので」

 

私の言葉に何か引っかかったような表情を見せるセブルスを無視して、私は教室の隅に身を置き、生徒達を見つめた。

 

「私のことは気にしないでください。どうぞ授業を始めて」

 

静まり返っていた教室には、再び生徒達が調合を開始した音が響き渡る。

 

中々苦戦している様子の生徒の後ろ姿を見ていると、ローブの色は緑色ではなく、赤色だったが自然と学生の頃の自分自身と重なった。

 

いくら教科書通りにしても、上手くいかなかったから、魔法薬の成績はお世辞にも良かったとは言えないものだった。

……彼と話すきっかけがほしくて、よく魔法薬の本を読んでいた記憶が蘇ってくる。

 

懐かしい気持ちに浸りながら、その生徒を見つめていると、私が見ていた子の鍋の中を覗いたセブルスの声が聞こえてきた。

 

「オレンジ色か、ロングボトム」

 

どうやら、私が見ていたのはネビルだったらしい。

セブルスが彼の大鍋の中の薬を柄杓ですくい上げると、確かに綺麗なほどオレンジ色だった。他の生徒の大鍋を試しに、のぞいてみるとみんな黄緑色で、どうしてこれがあんな色になるかが不思議でたまらない。

確かに私も魔法薬が苦手だったが、…あんなに露骨に違う色にはならなかった。

 

「教えていただきたいものだが、君の分厚い頭蓋骨を突き抜けて入っていくものがあるのかね?

我輩ははっきり言ったはずだ。ネズミの脾臓は1つでいいと。聞こえなかったのか?ヒルの汁はほんの少しでいいと、明確に申し上げたつもりだが?ロングボトム、いったい我輩はどうすれば君に理解していただけるのかな?」

 

セブルスに長々と言われるネビルの体は小刻みに震えていて、彼を見るネビルの顔色が真っ青を通り越して、真っ白になっている。まるで、目の前に世にも恐ろしいものがいるような表情をしていた。

ネビルがセブルスのことを怖がっていたことを思い出した私は、1人納得しながら相変わらず震えている彼の後ろ姿を見つめた。

 

だから、恐怖のあまりいつもの何倍もへまをやるんだろう。

 

そんなネビルの背中から、セブルスに視線を移せば彼の口は今だに動いていて、セブルスの口から出る一つ一つの言葉に怖がっているようにネビルの体は縮こまっていく。

そんな彼が面白いのかどうか分からないが、叱るセブルスが少し楽しんでいるように見えた。勿論表情も声のトーンも一切変わらない。

 

叱られて怯えている様子のネビルの後ろにいたグリフィンドールの生徒達は、明らかにセブルスに対して良い風に思っていないような表情を浮かべている。

……ここにいる生徒達は、きっと全員セブルスのことを誤解している。

彼の思惑通り、ここにいるグリフィンドールの生徒達は、彼のことをスリザリンを贔屓する性格の悪い教師とでも思っているのだろう。

根暗ではないと言ったら嘘になる。でも一度話したら、時間なんて忘れるほど楽しくて、とても面白い人。

本当は誰よりも優しくて、勇気のある強い人だというのに…。

 

 

 

ネビルを助けたいとは思わなかったが、セブルスの印象がこれ以上悪くなるのが見てられない。勿論、そのことは本人が望んでいることは分かっている。

 

脳裏にセブルスの息絶える姿がふっと過ぎると、足は勝手に動き出し、私はセブルス達へと近づいていた。

 

……大切な人があらゆる人から嫌われたまま死んでいくのは……あまりに悲しすぎる。

 

 

 

 

生徒達の間を通り過ぎて、ネビルのところへ向かっていると、隣にいるハーマイオニーがセブルスに頼む声が聞こえてくる。

 

「先生、お願いです。私に手伝わせてください。ネビルにちゃんと直させます」

 

勿論セブルスがそれを許すわけがないし、何と言葉を返すのか大体予想がついた。彼がグリフィンドールを嫌う気持ちだって分からない訳ではない。私だってどちらかというとグリフィンドールにはろくな奴がいないイメージしかない。

それでも、……何故セブルスが悪役のように思われなければならないのかが理解にできない。

 

「君にでしゃばるよう頼んだ覚えがないがね、ミス・グレン「素晴らしいことではありませんか。」

 

セブルスの話を途中で遮ると、ネビルやハーマイオニーを始めとした生徒達の注目した視線を感じながら、彼に視線を移した。

私に話を遮られたことが気に食わないなのだろう。セブルスの目の奥に感じる殺気に、少し鳥肌が立った。

 

「どういう意味ですかな?」

 

普段よりも一段と低い彼の声を聞いただけでも、私に対して苛立っているのが十分に分かる。

 

「同級生同士が教えあって授業をするなんて、お手本のような授業風景ですよ。…教えている方も改めて復習できますしね。」

 

今にも殺されそうな勢いで睨んでくるセブルスが視界に入ったが、彼の目から逸らさずに、私は覚悟を決めて声を出した。

 

 

 

「…よく私も貴方に教えてもらってましたね…魔法薬」

 

その言葉に、私とセブルスが同級生だということに気づいた何人かの生徒達がざわざわと話し出す。

 

こんな生徒達の前で過去のことを引っ張り出すなんて卑怯なことをしているという自覚もあるし、私が出る幕ではないことも分かっている。

でも…こうでしないと私の気も治らなければ、セブルスを言いくるめるなんてできる自信もない。

 

 

あんなに睨んできていたセブルスの瞳は昔を思い出しているのか、瞳孔を開いて私をじっと見つめてくる。

長いローブを靡かせながら、華麗に背を向けた彼の小さな声が聞こえてきた。

 

「…………好きにしろ…」

 

まさか、こんな簡単に引き下がるとは思っていなかった。思いのほか、生徒達の前で学生の頃の話をされたくないのだろう。

 

前を歩くセブルスの後ろ姿を見ていると、なんだかとても申し訳ない気持ちが襲いかかってきた。

 

「…ほら、早く彼女に教わってしまいなさい。」

 

固まっているネビルの顔を見ながら私が呼びかけると、我に返ったように自分の鍋に視線を移す。ハーマイオニーに教わりながら、鍋に材料を入れていくネビルの姿を見て、教室の後ろに戻ろうとすると横から呼び止める声が聞こえてきた。

 

「………あっあの」

 

声がした方を見てみると、ハリーが何か聞き出そうに私の方を見つめてくる。

 

「何か?」

 

何か迷っているのか、中々口を開こうとしないハリーの後ろにいるロンが何か気づいたように彼の肩を揺らしている。

そんな彼の表情はどんどん焦っているようなものに変わっていき、ハリーの肩を揺らし方もどんどん大きくなっていった。

 

中々話そうとしないハリーと、その後ろで慌てているロン。そんな2人の姿を見ていた私は、おかしな光景に少し笑いそうになる。

 

ハリーが肩を揺らされることに気づいたのは、ロンが慌てたように肩を叩き出した頃だった。少し痛かったのか、顔を歪ませながらロンの方を見ようとしたハリーは私の後ろを見ると、一段と険しい表情を浮かべた。

 

「随分と余裕そうですな。」

 

後ろからよく聞いたことのある声が、耳に入った瞬間誰がいるのかすぐに分かり、ロンのあの慌てようもハリーの険しい顔も納得できた。

彼が私の隣に移動してくると、ふわりと懐かしい香りがし、黒いローブの裾が視界の端に入ってくる。

 

「呑気に話す余裕があるのなら、勿論調合を完璧に終わらせていることだろう。」

 

何も答えないハリーは、無表情でセブルスを見続けている。この2人の間にいると、少し息がしづらいと感じるぐらいに、居づらくてたまらない。

恐る恐るセブルスに視線を移すと彼はハリーの鍋を見て、口をゆっくりと開いた。

 

 

「…ほぉ……終わってもいないというのに、呑気にお喋りとは偉くなったものだな。ポッター。

グリフィンドール5点減点だ。授業に関係ない私語は慎め。」

 

ハリーがセブルスに寮の点数を減点されるのは、もう数えきれないほどあるのだろう。彼は減点されても慣れたように表情1つ変えなかった。

減点を終えたセブルスは、私にまるでハリーに近づくなとでも言っているように睨みつけてくる。

 

……彼に睨まれるのはしょうがないことだ。セブルスにとって私は死喰い人で、ハリーの安全を脅かす存在なのだから。

 

それでもやっぱり睨まれると胸がちくりと痛む。

 

 

……私は…セブルスのそんな表情を見たくて来た訳じゃない。

 

でも…もうきっと私が見たい表情は……もう二度と見せてくれないだろう。

私に向かってぎこちなさそうに、それでも優しく微笑んでくれることもないのだろう。

 

もう……いくら頑張ったってあの頃には戻れない。

 

 

 

 

 

授業終了を告げるベルの音が聞こえてくると、彼が生徒達に一言二言話し終え、生徒達が1つしかない教室の扉に一斉に向かっていく。

教科書を抱えながら友達と話しながら出ていく者や、邪魔にならないように壁に寄っている私を、ちらちら見ながらひそひそ話している者もいる。

 

1つ問題があるといえば、ハリーにセブルスとの関係について問いかけられるかもしれないということだ。学生の頃、魔法薬学を教わっていたと聞いたら、仲が良かったという誤解を招いている可能性も十分にあり得る。

生徒達が教室を後にする中、中々動こうとしないハリー達の姿に視線を移すと、ハーマイオニーがハリーを止めるようにローブを握りしめていた。

嫌な予感しかしない私は、さっさとここから立ち去ろうと入り口に近づくと、後ろからハリーを呼び止めるような声が聞こえ、小走りの足音がだんだんと大きくなっていく。

 

……あぁ…来てる…

 

「あの!」

 

声は勿論聞こえたが、構わず歩いているとさっきよりも大きな声が後ろから聞こえてきた。

 

「待ってください!!」

 

これも聞こえないふりをするつもりだったのだが、彼にローブを握られたせいで自然と足が止まってしまった。振り向けば後ろにいたのは勿論ハリーで、何も知らない彼は緑色の瞳で私を見つめてくる。

 

 

……どうして…

 

 

……エバンズは死んだというのに、

 

目の前に緑色の瞳があるのかが分からない。

 

目の前にいるのはエバンズではなく、ハリーだということはわかっているが、それでも彼女に見られているようで気分が悪くなる。

 

彼女はもうこの世にいないというのに、

 

死んだというのに、

 

……どうしていつまでも私に彼を譲ってくれないの。

 

 

「貴女と、……スネイプ先生は、学生の頃仲が良かったんですか?」

 

私の気持ちも知らぬまま問いかけてくるハリーは、一体何が知りたくて問いかけてきているのか、全く想像もつかないと言いたいところだが、どうせセブルスの弱みでも聞き出そうとしているのだろう。

 

「……そんなこと知って、どうするつもり?」

 

教室を出ようとする生徒に道を譲りながら冷たく返すと、ハリーは私を見つめたまま口を固く閉じたままだった。ハリーの後ろに広がる教室にはハーマイオニーやロン以外に、セブルスと話しているスリザリンの生徒だけで、教室にはもうほとんど生徒の姿はなかった。

 

私の中にあるセブルスとの記憶ぐらい、独り占めしたっていいじゃないか。

 

……それぐらい私だけのものにしては駄目だというの?

 

目の前にある緑の目は、私の記憶さえ奪っていくつもりなのだろうか。

 

近づいてくる2人の姿に一瞬だけ視線を移し、少しだけ間を置いて、声を絞り出した。

 

「……人の過去は…好奇心で知っていいものじゃない。」

 

私とハリーの間に流れる少し変な空気を感じ取ったのだろう。近寄ってきたハーマイオニーが私の方を見て、少し険しい表情を浮かべた。一方ロンは、何が起きたのかさっぱり想像もつかないらしい。

スリザリンの生徒が私の後ろを通り、教室を出ていくとこちらに近づいてくるセブルスの姿がハリーを越して見える。

 

「ポッター。」

 

低く落ち着いた声を聞いた彼らは、私に頭の背を向ける。顔は見えないが、きっと3人は嫌そうな表情を浮かべているに違いない。

 

「昼食の時間を無駄にしてまで、ここに残るとは……一体どんな大事な用事があるのか教えていただきたいものだな。」

 

「……いえ、何の用もありません。」

 

セブルスの問いにぶっきらぼうにそう答えたハリーは、私を見向きもせずに教室を去っていく。後を追って出ていくハーマイオニーと一瞬だけ目が合ったような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

 

いきなり、2人っきりになったからなのかどうかは分からないが、静まり返った教室の空気は重く、とても居心地がいいとは言えない。

 

気まづい空気に耐えきれず、教室から出ようとすると後ろから低い声が聞こえてきた。

 

「どういうつもりだ?」

 

後ろを振り返れば、勿論セブルスが私の方を不機嫌そうに見てきていた。

 

……やっぱり…呼び止める時でさえ……

 

私の名前は呼んでくれないらしい。

 

 

「どういうつもりって?」

 

何も知らない風に聞き返せば、彼の表情は察せと言わんばかりにどんどんきつくなっていく。

 

「何が目的でここに来た」

 

「生徒の安全を守るためよ。」

 

壁にもたれながら言うと、セブルスが苛立ったように声を少し大きくした。

 

「我輩がそう意味で聞いていないことぐらい分かっているだろ。」

 

「残念ながら、分からないわよ。貴方が言いたいことなんて。」

 

私の言葉に何も返答が返ってこず、部屋が静まり返り、また気まずい空気が流れる。

 

……セブルス相手に一瞬でも気を抜いたら、全て知られてしまいそうで、気を張りながら彼の真っ黒な瞳を見つめた。

何を考えているのか全く分からず、もしかすると今この瞬間私が気が付いていないだけで、開心術をしてるかもしれない。

 

………心の中を覗かれたら……何もかも…見られてしまう。

 

そんな可能性が浮かび上がってくると、少しだけ嫌な汗が出てくる。

私はそんな不安をかき消すように、セブルスが動揺しそうな話題を振った。

 

 

 

「………あの子…凄いそっくりね。」

 

私が独り言のように呟きながら、ハリーが出て行った扉に視線を移しながら後を続けた。

 

「いくら親子とはいえ、あんなに親に似過ぎるものなのかしら………。

それに…あの子を見ていると…エバンズに見られている気がしない?」

 

扉からセブルスに視線を移しながら、問いかけると彼の瞳が一瞬だけ動揺したように揺れたのがしっかりと見えた。

 

「…そんな訳ないだろ。」

 

「……そう?…同じ緑色じゃない。」

 

「同じ色だから何だって言うんだ。」

 

私の問いかけにも冷静に返してくるセブルスが嘘をついていることぐらいすぐに分かった。

彼は最後の瞬間、ハリーの瞳をエバンズに重ねて死んでいく。……そんな彼が、ハリーの瞳を見て何も思わない訳がない。

それなのに、そんな素振りなんて全く見せない。

 

 

…どうして不器用なくせに嘘はこんなにも上手いのだろう。

 

きっと未来を知らなかったら、彼が何をするつもりなのかも、見抜けることなんてできなかった。

 

私に背を向け、何か作業をし出すセブルスの背中を見ていると、どうしようもない思いが溢れ出していく。

 

 

 

貴方も………私も……嘘つきだというのに、

どうして貴方の嘘はそんなにも綺麗で優しいものなの…だろう。

 

それに比べて……私のは………

 

 

 

 

…………汚くて……醜い。

 

 

貴方の嘘は、誰かを救う為にあるというのに、私の嘘は自分自身の為。セブルスを救う為の嘘?いや、私の嘘何て所詮は自分自身が傷つかないように生きていくため。

 

 

それ以上は掛ける言葉が見つからず、私は静かに教室から出て、地上に出る階段を上った。

 

 

 

 

 

 

 

昼食の準備がされている大広間には向かわずに、人通りが少ない廊下のベンチに腰掛け、今からどうしようかと悩んでいると、何か手に持ちながら、ボロいローブを身に纏ったルーピンに気がついた。

特に用事も何もない私は、話しかける気などなかったのだが、どうやら彼は私に用事があったらしく明らかに私の方に近づいてくる。

 

立っているルーピンを少し見上げると、彼の手の中には到底1人では食べきれない量のサンドイッチがあった。

 

「レイラ、良かった。やっと見つけた。」

 

「…………用事は?」

 

早く話を終わらせたかった私は、手短に問いかけると、ルーピンはにこりと笑いかけてくる。

 

「お昼はもう食べたかい?」

 

「……食べてないけど…」

 

反射的にそう答えたが、私の答えを聞いたルーピンの表情を見ると、次何と聞かれるのかはもう大体予想がついてしまった。

 

「良かったら、お昼を一緒に食べないか?」

 

「……いや……私人が多い所で食べるのは苦手だから、遠慮しておくわ。」

 

丁寧に食べたくないと遠回しに断ったつもりなのだが、ルーピンは私の言葉を聞いても決してめげずに誘ってくる。

 

「そういうと思って、大広間からレイラの分のサンドイッチも持ってきたよ。静かなところでゆっくりと一緒に食べようかと思ってね。ほら、早く。時間がなくなってしまう。」

 

そう言ってくるルーピンの姿を見ていると、これは何を言っても聞いてくれないと思い私は何も言わず彼の隣を歩きながらついていった。

 

 

「ほら、ここだったらいいだろう?」

 

そう言いながら着いた場所は、闇の魔術に対する防衛術の教室で、勿論私達以外誰も居らず、ルーピンはサンドイッチを持ったまま階段を上って奥の部屋へと入っていく。

彼の後を追いかけ、奥の部屋に入るとルーピンは近くにあった机の上にサンドイッチを置いて、お茶を淹れていた。

 

置かれてあった椅子に腰掛けて、部屋を見回していると、私の前にお茶を置いてきた。

疲れたように腰掛けるルーピンは、自分で持ってきたサンドイッチを手にとって、口に運んだ。静まり返った部屋には、野菜のシャキッとした音がよく響く。

 

「ほら、遠慮は要らないよ。好きなものを食べていいんだから」

 

私が遠慮しているとでも思ったのか、3種類のサンドイッチを私の前へと押しやってくる。崩された卵が挟まっているものと、たっぷりの野菜に、ベーコンや鶏肉が挟まっているものがあった。

美味しそうには見えたが、今の私には食べる気などなく、勿論出されたお茶も飲む気など一切ない。

 

「そんなことより、早く要件を話してほしいのだけれど。」

 

私が椅子に深く座り直しながら問いかけると、サンドイッチを食べていたルーピンの手が止まった。

 

「こんな回りくどいことをしなくても、話ぐらいはするわよ。」

 

一緒に昼食を食べないかと誘われた時から、どうせ何か話したいことがあるからだと思っていた私は、特に何も疑問に思わずに彼に話を切り出した。

 

…出来るだけ早く用事を済ませたかったからだ。

 

まだどこかピンときていないのか、少し険しい表情のまま固まっているルーピンを見て、何故彼がそんな表情をしているのか訳が分からない。

 

「昼食を誘ってきたのは、何か話があるのでしょ?」

 

そう問いかければ、やっと話してくれると思っていたというのに彼はサンドイッチを置いて、思ってもいなかったことを言い出す。

 

「いや、…私はただ君と一緒に食事をしようかと思って誘っただけだよ。……話をしようとして、こんな回りくどいことなんてしないさ」

 

「………じゃあ…何、貴方は私と単なる食事をしたいがためだけにわざわざ誘ってきたというの?」

 

「あぁ…その通り」

 

そう言われてもどんな反応をすればいいのかさっぱり分からず、少し下を見て黙り込むしかなかった。

 

「それに、今日パンを一口食べただけで終わっていたのをたまたま朝、目にしてね。」

 

「…クッキーも食べたわよ。」

 

ムキになって答えた私を見てか、お茶を飲んでいたルーピンは少し笑いをこぼす。

 

「朝の調子を見ていると、昼も抜くと思ったから、少し気になったものでね。それに食事を抜くと力なんてでない。」

 

 

「……そうかしら。誰にも迷惑をかけていないんだから、貴方が気にすることなんてないんじゃない。」

 

どこから取り出したのか分からないが、ルーピンに視線を移すと何故か手にはチョコを握っていた。

 

「食事を抜いて、倒れたら結局誰かに迷惑がかかってしまうし、そんなことは君も望んでないだろう。」

 

板チョコを一口サイズに分けて、口に放り込むルーピンは、幸せそうな表情を浮かべながらチョコを食べだした。

 

 

「流石に倒れそうになる前に気づくわよ。…それに、一回食事を抜いただけでは残念ながら人は死なないわ。」

 

「そうかな…」

 

そう言いながら、チョコを机の上に置いた彼は、ティーカップを手に持って口を開いた。

 

「…君は、気づかないよ。自分が倒れた時に初めて無理をしていたことに気づく。」

 

「まるで、私のことを分かっているような口ぶりね。ルーピン。」

 

私が嘲笑いながら言っても、彼は少し微笑んだ表情を崩そうとはしない。

 

「……一応…学生の頃から知っているからね」

 

 

そう言われても、学生の時に彼と関わったことなど無いに等しい。親しくなった覚えもなければ、同じ寮だったわけでもない。

 

「…よく言うわ。…貴方、あの時私のこと良い風に見ていなかったでしょ。」

 

「…最初は、少し警戒していたよ。でもそのおかげで、君がどんな人間なのかよく分かった。ほら、私が人間観察が得意なことぐらいレイラも知っているだろ?」

 

……そんな話はしたくない…

 

「……そうだった?…………もうそろそろいいかしら。貴方は良くても、私は良くないの。」

 

もうこれ以上の会話をする意味が分からない私が椅子から立ち上がろうとしても、ルーピンは気にすることなく話しかけてくる。

 

「サンドイッチを食べなくても、お茶ぐらい飲んでいけばい「私は、貴方と昔話を仲良く出来るほどお人好しではないし、私は貴方に対して良く思っていない。」

 

もうこれ以上、昔のことを言われることが苦痛でたまらなかった。私は少し声を大きくしながらきっぱりと言い捨てた。

 

「……人間観察が得意なのなら、今私が思っていることも大体予想がついているんじゃないの?」

 

「あぁ…勿論、君が私のことを嫌っていることは百も承知だよ。」

 

「…大当たりよ。だったら「だからこそ」

 

私の話を遮るルーピンは、何か重々しく口を開いた。

 

「昔のことを水に流せるわけではないことぐらい分かっているが、……もうあの頃のように子供ではない。私達はもう立派な大人だ。守られる側から、守る側になったんだ。

私のことをどう思おうが構わない。だがそれとこれを結び付けていては、守れるものも守れなくなる。

 

………いつまでも、お互いが聞く耳を持たなかったら、きっと何も守れない。」

 

どこかで似たようなことを聞いた気がしたが、頭に浮かんだ薄っすらとした何かは、すぐに消えていった。

 

「…偉くなったものね、ルーピン。まさか貴方に説教じみたことを言われるとは思いもしなかったわ。」

 

私が睨みつけながら皮肉たっぷりに言っても、顔色ひとつ変えない彼を見ていると、学生の頃のルーピンの顔が自然と重なった。

 

……あの時もよく顔色ひとつ変えずに、ただ止めもせず見ていた。セブルスに突っかかっていく2人に何一つ声を掛けずに、こうなるのはしょうがないことだと諦めているように立ち上がろうともしなかった。

 

学生の時に見た光景をを思い出した私は、色々な思いがどんどんと浮き上がってくる。良い気持ちになる訳がなく、胸らへんがむかむかとして、何か異物が身体中を回っているかのような気持ち悪くなった。

 

 

「それは、あの子のことを言っているのかしら?」

 

私の声は苛立っているせいで、少し低くなり、部屋によく響いた。

 

「そうだよ。ハリーのことさ。」

 

まるで苛立つ私を落ち着かせるように、ゆっくりと言うルーピンの声は優しく穏やかだったが、今の私には逆効果だった。落ち着くどころか身体が熱くなり、目の前にいる彼が憎く思えてくる。

 

「あの子の命を守る為に自分の命を犠牲にするなんて、そんな馬鹿なことは御免よ。あの子が死喰い人に再び命を狙われようが、死のうが私には関係ない。」

 

「……レ「ルーピン、貴方はどうして彼を守っているの?どうして側にいるの?」

 

私の名前を呼ぼうとしたであろうルーピンの言葉を遮って問いかけ、目を見つめると彼の瞳は私のと比べて綺麗だった。

 

「あの人を倒した英雄だから?違うでしょ。貴方はきっと友人達が命懸けで残した子を、ポッターやエバンズの子だから守りたいんでしょ?」

 

私の手は気づけば力強く握りしめていて、ルーピンを睨みつけながら後を続ける。

 

「あの子を守る理由なんて私にはない。」

 

きっぱりと言い切る私を見ても何も言ってこないルーピンを見ても、この嫌な感触が治ることはなかった。

 

「ルーピン、お互いが聞く耳を持たなかったら…なんて、そんなこと言っていたけど、聞く耳を持ったところで何か変わるというの?」

 

そんなことを簡単に言えるなら、ポッターやブラックを止めることなんて簡単だったはずでしょ?

 

私は言いそうになった言葉を呑み込んで、誤魔化すように声を出した。

 

「傷というのは、時間が経つにつれて治りにくくなるのよ。貴方は大人だから関係ないと割り切れるかもしれないけど、私にとっては関係あるの。

 

私は貴方みたいにできた人じゃない。」

 

飲むはずのなかったお茶を一気に飲み干していると、さっきまで聞こえてこなかったルーピンの声が聞こえてくる。

 

「そんなことない。」

 

はっきりと言い切る彼の表情は、まだ余裕がありそうで、私はそれが気に食わなかった。

私よりもずっと大人なルーピンが、少し羨ましかった。

 

「……貴方は私じゃないんだから、そんなの分かるはずないでしょ。」

 

冷たく言い放ちながら、空になったティーカップを置いた私の頭には、これから自分が言おうとしていることが浮かんだ。

 

「…そういえば、ずっと私聞きたいことがあったの。」

 

これを言ったら、ルーピンが傷つくだろうと頭では十分に分かっている。それなのに、私の口からは自然と出てしまう。

きっとこういう所だ。私がいつまでも大人になれないのも、友達というものが出来なかったのも、こういう所の所為だろう。

 

…私がひとりぼっちだったのは自業自得だ。

 

 

顔も見ようとしない私の口からは、意図も簡単にルーピンが傷つきそうな言葉が出てきた。

 

「ブラックが裏切った時、どう思ったの?」

 

さっきまですぐに返事が返ってきたというのに、彼の声は途切れ、部屋は一気に静まり返った。

ルーピンに視線を移せば、彼は少し顔色を悪くさせ、表情が暗くなっている。

 

 

 

「……………そんなこと………

 

 

 

…思い出したくもない。」

 

 

そう言った彼の声は明らかに、今までとは違って低く、少し下を俯きながら、ほとんど口を動かさずに答えた。

 

 

「……そう………わ」

 

私には友達というものがいないからよく分からないの。

 

私の言葉は外から聞こえる騒がしい声でかき消され、続くはずだった言葉は声になる事はなかった。

 

「どうやら、昼食の時間が終わっていたみたいだ。…多分午後の生徒達だよ。すまなかった。無理矢理引き止めてしまって」

 

さっきとは別人のように明るく接してくるルーピンは、部屋を出ていこうと立ち上がる。

 

「何だったら、私の授業を見ていくかい?今回はボガートを使う授業だから、結構面白い授業になると思うよ。」

 

 

 

「……気が向いたら、行くわ。」

 

 

少し考えるように答えた私を見て、ルーピンは何も言わずに部屋から出て行った。外から、生徒達に指示をする声が聞こえてきたと思うと、机を引きずるような音がした。

 

………ボガート…ね…

 

 

これがハリーがいる学年だったら、確かに私にとってとても貴重なセブルスの姿が見えるわけだが、もう授業が始まっている途中で部屋を出るのも、ものすごく目立つ。

 

外から聞こえる授業を始めるルーピンの声を聞きながら、私はゆっくりと立ち上がった。

 

もし、違う学年の授業だったら、そのまま教室を出ればいい話だ。

 

覚悟を決めた私は扉を開け、部屋から出ると下から授業中だった生徒達が私を見上げてくる。

 

「みんな、彼女のことは気にしなくて大丈夫だよ。私が授業を覗かないかと誘ったんだ。ほら、前を見て」

 

私の存在に驚きながらもルーピンの言うことを素直に聞く生徒達の中に、ドラコがいることに気がついた。ハリーを見つける前に彼を見つけるとは思わなかったが、ドラコがいるということは、……面白いものを見れるということだ。

呪文を唱える生徒達の声を聞きながら、階段を下りると邪魔にならないように、端の方に寄って授業風景を眺める。

そんなことをしていると、ルーピンはネビルを呼んで、彼に質問をしていた。

 

「さぁ、ネビル。君の恐ろしいものは何かな?」

 

「………すっ…スネイプ先生です…。」

 

ネビルが遠慮がちに答えると、他の生徒達から笑いが起こった。

 

「あぁ…よく分かるよ。そうだな…君は、お婆さんと住んでいるね。」

 

「…はい…あっでっでもお婆ちゃんに変身されるのも嫌です。」

 

慌てたように言うネビルを見たルーピンは少し笑いながら、後を続ける。

 

「そうじゃないよ、ネビル。お婆さんの格好を思い浮かべてみてごらん。」

 

「…赤いハンドバッグを持っていて…「声に出さなくても、頭に思い浮かべるだけでいい。ネビル、私がタンスを開けたらこうするといい。」

 

ネビルに近づき、耳元で囁くルーピンの言葉を聞いてか、少し戸惑ったような表情を浮かべながらもしっかりと頷いてみせた。

 

「よし、じゃあやってみようか。杖を構えて」

 

ルーピンが指示を出すと、ネビルはローブから自分の杖を取り出し、自信がなさそうに構えた。後ろにいた生徒達は数歩後ろに下がったのを見ていると、数を数えるルーピンの声が聞こえてくる。

 

「いち、にの……さん」

 

鍵が外れるカチッという音がやけにはっきりと教室に響くと、ゆっくりとタンスの戸が開く。怖がっているのか、半歩後ろに下がるネビルからタンスに視線を移すと、そこにはどこからどう見てもセブルスの姿をしたボガートがゆっくりとネビルに近づいていた。

 

………本当に…そっくりだ……

 

あまりに似ているものだから、私は壁にもたれるのをやめて、前に乗り出していた。

 

「リディクラス!」

 

ネビルが呪文を唱えながら杖を振ると、ばちんという音が鳴り、次の瞬間、緑色のドレスに先がとんがっている帽子に、赤いハンドバッグを持ったセブルスの姿に変わった。

いつもの彼からは想像もつかない格好に、生徒達は一気に笑い出し、ルーピンも満足そうに笑みをこぼしている。

大笑いをする生徒達に並ぶように指示をするルーピンの後ろ姿を見て、ボガートはオロオロと戸惑いだす。女装をしているセブルスが戸惑っている姿を見ると、こうなると分かっていた私でも自然と笑いがこぼれた。

手で口元を隠しながら、先頭に並んでいるロンが前に出たのを見ていると、セブルスの姿をしたボガートは空中で回転しだした。

 

………ボガートを見つけたら…ネビルを呼べばいつでもセブルスが見れるな…

 

しょうもないことを考えていると、大きな蜘蛛に変身したボガートはロンの唱えた呪文でローラースケートを履き、転げ続けている。

 

成功したことが嬉しいのか、帰りざまにハリーにハイタッチをするロンはとても嬉しそうに笑っていた。

 

 

次前に出た女子生徒が、大きな蛇に変わったボガードに怯えながらも呪文を唱えるとピエロに姿を変える。

 

…………次は…ハリーか…

 

 

どこか得意げに前に出たハリーは、ピエロの姿をしたボガートを見つめると、上がっていた口角が何か嫌なことを思い出したように下がっていく。

この後何が起こるか勿論分かっていたが、私は動こうともせずに、記憶通り勘づいたルーピンが慌てて彼に走りだす姿を見つめた。

 

「私だ!!!!!!」

 

ディメンターに変わったボガートは、空中で回転し綺麗な満月に姿を変える。さっきまであんなに楽しそうな声で溢れていた教室に、呪文を唱える声が響くと、風船の姿になったボガートをそのままタンスの中に閉じ込め鍵を閉める音がやけに鳴り響いた。

 

「さぁ今日はここまでにしよう。」

 

静まり返った教室に響いたルーピンの声を耳にした生徒達は、不満そうな声をもらす。

 

「ごめんね。教科書を忘れずに、今日の授業は終わり。」

 

ルーピンがそう言えば、丁度タイミングよくベルの音が聞こえてきた。

それぞれの教科書を手に取り、教室から出ていく生徒達の中にあった、ロンに引っ張られながら出ていくハリーの姿が目に入った。

 

階段を下りていく、生徒達の話し声や足音がだんだんと小さくなっていくと、少し疲れたように壁にもたれるルーピンが話しかけてきた。

 

「……流石に、まずいからね。ヴォルデモートの姿に変わってしまうのは」

 

彼が平然と口にした名前が耳に入ると、あの頃の感覚に襲われた。…今すぐにでも殺されてしまいそうなあの嫌な感覚。

少し血の気が引いたが、私は平然な振りをしながらその名前から話題を逸らすように声を絞り出す。

 

「…そうね……でも…良かったの?あれがきっかけで誰か勘付くかもしれないわよ。」

 

「……あれだけじゃ、流石に私が狼人間だということは誰も考えないよ。…教師が狼人間だとは、誰もが想像していないだろうからね。」

 

 

私の問いかけに答える彼の表情は、少し自傷的な笑みに見えて、ルーピンから視線を逸らすことしかできなかった。

 

「ごめん、レイラ。悪い気分にさせてしまって。…さっき言ったことは忘れてくれ」

 

背中越しに声を聞いても、私は謝ることはせず、扉に近づいた。

 

 

「………貴方も……大変ね…。」

 

……あんな綺麗な満月が…恐ろしいなんて

 

 

扉に手を伸ばしながら呟くと、まるで私の思っていることが分かったかのように、後ろから弱々しい声が聞こえてきた。

 

 

「………あの頃は…綺麗だと思えたんだ…」

 

 

最後のあまりに寂しそうな声に私は振り向くこともできずに、そのまま教室を後にした。

どんな表情をしていたのか想像もつかないが、ルーピンのあんな声を聞くのは初めてでただただ…

 

……恐かった………。

 

 

あの時、振り向いてしまったら同情してしまいそうで、……私の中のルーピンが変わってしまいそうで見れなかった。

あんなに人を殺しても何も感じなくなったというのに、どうして今になってこんなにもいろんな感情が襲いかかってくるんだろう。

 

苦しんでいるのは、セブルスだけではないことも勿論分かっていたが、弱い私にはそれを直視することなんてできない。

 

 

 

授業を覗けば、何か見つかるかもしれないというダンブルドアの言葉通りにしてみたものの、見つけるどころか、悩みが増えたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 


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