夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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12 甘い夢

 

 

 

水の中に沈んでいるような感覚が襲ってきたが、冷たいのか温かいのかさっぱり分からない。ただ目を開けるのも億劫だと感じるほど体が怠かった。

瞼の裏に光を感じ、恐る恐る目を細めながら開けると、目の前には一緒に水の底へと沈んでいるセブルスがいた。

硬く閉じられている瞼に青白い肌、彼の黒髪の毛先がまるで泳いでいるように動いている。少しずつ少しずつ確かに沈んでいっているが、不思議と苦しくはなく、私は空気の泡が上へ上へと上がっていくのを見ると、何を思ったのか彼に向かって手を伸ばしていた。

 

私はセブルスの手首を掴むと自分の方へと引き寄せる。彼の頰に手を置いて、撫でてみてもセブルスは瞼を開けることはなく、長い睫毛が目に入った。

 

まるでこんなことを何度もしているように緊張することはなく、胸の中が温かくなっていくのを感じ、どうしようもない気持ちが溢れた私は、額をくっつけて、未だに目が覚めない彼の顔を見つめては笑みが零れ落ちる。

 

セブルスが私の腕の中にいる。

 

側に近くに居てくれている。

 

ただそれだけで幸せだというのに、私はそれ以上を求めるように彼の体を優しく抱きしめた。

 

………セブルス……

 

口を開いて名前を呼んでみても、声になることはなく、口から出るのは空気の泡が出るだけ。

 

………愛してる……

 

それでも私は目の前にいるセブルスに伝えようと、口を開いては決して離さないように彼のローブを握りしめた。

 

 

瞼を閉じると急に、私の重たい体を誰かが上に引っ張っているような感覚に襲われて自分でもどうなっているのか分からない。

上に行く度に体が重たく、頭が誰かに押さえつけられているように圧迫感に襲われて少し息がしづらくなる。

 

重たい瞼をあけると、眩しい光が差し込んできて目が眩み全身が怠く感じたが、目が慣れてきてゆっくりとぼやけていた意識がはっきりすると、自分がベッドのようなものに寝転んでいることは大体理解できた。今私の視線の先に広がっている天井は見たことがなかったが、今の私はさっきまで目の前にいたはずのセブルスを求めるように無意識に手が伸びる。

 

………あっ…夢か…

 

自分のやっていることが滑稽に思えてきた私は、伸ばしていた手を下ろして、額に乗せると自然と溜息が出てきた。

 

「……もう…本当に…嫌になる…」

 

現実ではなく、単なる都合の良い夢だとは分かっている。だからこそ辛いのだ。夢の中の私は幸せを感じられても、目が覚めれば残るのはぽっかりと穴が空いたようなそんな心寂しい感覚と、虚しさだけ。

 

私はそんな後味の悪い感覚を誤魔化すように、周りを確認するため重たい体を無理矢理起こすが、誰の姿も見えない。立ち上がろうと床に足をつき、力を入れると肋骨らへんがひどく痛んだ。あまりの痛さに右手を回しながら、ゆっくりと歩いてカーテンを潜り抜ける。

カーテンを抜けても誰の姿もなく、私は力の入らない左腕を垂らしながら目に入った扉に向かって歩く。少し息が上がったが、扉までたどり着いた私が部屋を出る為に扉を開けた瞬間、視界に入ってきたのはダンブルドアの姿だった。

 

少し驚いて言葉を失ったのは私だけではないらしく、ダンブルドアも瞬きを繰り返しながら私を見つめてくる。

 

「何をしているんですか⁈」

 

横から女の人の声が聞こえ、視線を移すとダンブルドアの隣には、中年の女の人がいた。足元に何かが当たったような感触を感じ、視線を移すと包帯が転がっている。

 

「……あの…大丈夫ですか?顔色が良くないですが…」

 

顔色の悪い女の人に声を掛けると、彼女は怒ったような口調で言ってくる。

 

「私の心配をする暇があるのなら、自分の心配をしなさい。ほら、早くベッドに戻って。」

 

あまりに凄い勢いに圧倒されながら、大人しく体温で生暖かいベッドの中に戻る。

 

「……あの…ここは…」

 

包帯を巻き直している女の人に問いかけてみると、てきぱきと仕事をこなしながら答えてくれた。

 

「ここは病院ですよ。何があったかは覚えていますか?」

 

そんな言葉を聞いた私の頭には、ハリーを救おうと無茶した時のことが思い浮かんでくる。思い当たるような表情を浮かべた私を見る彼女の隣には、羊皮紙と羽根ペンが宙に浮き、ペンが忙しそうに動いていた。

 

「ちょっと失礼しますよ。」

 

彼女は私が着ていた服のボタンを何個か開けると、胸に巻かれてある包帯の上に手を置いては目を閉じる。数秒経つと目を開け、宙に浮いていたペンを持つと書き込んだ。

 

私の背中に手を回し、何か確認するように骨の上を念入りに触ると、また羊皮紙に書き込んで、包帯を変える。

 

「じゃあ、次は左腕を見せてください。」

 

あの印が浮かび、ドキッとしたが私の服のボタンを直した彼女の言う通りに大人しく差し出すしか他なかった。

力の入らない私の腕を持ち、また羽根ペンを動かし、包帯を解いていく。素肌が現れた私の左腕には何もなく、ただ少し火傷の跡のようなものが残っていた。

 

「良くなっていますよ。普通は3日でここまで回復しないものなんですけど…」

 

「……3日…」

 

彼女が言った言葉が引っかかり繰り返すと、何事もないようにさらりと口にした。

 

「えぇ、貴女3日寝ていたんですよ。」

 

そんなに寝ていたのかと驚いていると、彼女は考え込むように言った。

 

「やっぱり応急処置が迅速に行われたおかげでしょうね。」

 

彼女が羽根ペンを動かすのを止めると、隣でポンという音が鳴り、ベッドの近くにあった小さな物置の上には、小さな瓶が3つ並んでいた。瓶に入っている薬らしきものはほんのすこしの量だったが、3つの中の2つが毒薬なんではないかと思うほどの凄い色をしている。

 

「今からはこの薬を飲んでください。この2つは寝る前にお願いしますね。いいですか?安静にですよ。貴女はまだ完治していないんですから。」

 

濁っている薬を渡しながら、念押し言ってくる彼女がカーテンを潜り抜け、扉を開ける音が聞こえてくると、ダンブルドアらしき声も聞こえてきた。

 

…きっと終わるまで外に待っていたのだろう。

 

私は渡された瓶の蓋を開け、薬を一気に口に入れた。口いっぱいにドブのようなどろりとした感触と苦い薬独特の味が広がる。私は吐き出しそうなりながらも、目を瞑って喉を動かした。

 

「薬を飲んでるところすまぬの。」

 

カーテンを開ける音と、そんな声が聞こえ目を開ければ、ダンブルドアが入ってきて私のためにかコップに水を注ぎ、渡してくる。

 

「ありがとうございます。」

 

早口でお礼を言い、受け取った水を一気に飲み干すとさっきよりかはまだましになった。

 

「すまんのう。今日は君の顔色を見るだけの予定じゃったから、土産の品を持ってきておらんのじゃ。」

 

「いえ、お気になさらず。」

 

私はまだ微かに口に残っている、苦い薬の味に顔を歪めながら声を出す。

 

「目覚めてばかりで申し訳ないが、少し儂と気晴らしにでもお話をしてくれるかの?」

 

「………えぇ…いいですよ。」

 

断る理由がない私が了承すると、ダンブルドアはありがとうと一言お礼を言って、ひとりでに彼の元まで来た椅子に腰掛ける。

 

「まず君にはお礼を言っとかなければならんの。……君が居なかったら、ハリーはこの世にはおらんじゃろう。」

 

「お礼なんて結構です。私は私の仕事をしたままです。お礼を言われる筋合いなどありませんよ。」

 

私が冷静に返すと、彼はいつも通り微笑みながらいつもの調子で言ってくる。

 

「いや、君は命を懸けてまであの子を守ってくれたことに変わりはない。本当にありがとう。」

 

………命を懸けて…

 

そんな言葉を心の中で繰り返すと、私の口は勝手に動いていた。

 

「それ、やめてくれませんか。私はあの子の為に命を懸けたのではないのではありません。」

 

……私はただ、自分の知っている未来通りに事が運ぶようにしただけ。

ハリーの為にあんなことをしたとは、思われたくなかった。

 

「……どうやら、君は儂が思っている以上に、ハリーのことを良い風には思っておらんのじゃの。」

 

「えぇ、そうですね。私ほど彼のことを嫌っている人間は居ないと思いますよ。」

 

私は何か悟られるのが怖くて、ダンブルドアの顔を見ないようにしながら答える。

 

「しかし儂には、そんな子の為にあのような無茶な行動ができるとは思えんよ。」

 

「………どういうことですか…?」

 

彼の言った意味が一瞬分からず、ダンブルドアに視線を移し、問いかける私は少し苛ついていた。

 

「ミネルバから聞いただけで実際見た訳ではないが、何故呪文を唱えようとしなかったのじゃ?君だったら使うべき呪文もすぐに思いついたと思うがの。」

 

真剣にそんなことを言うダンブルドアの姿を見たら可笑しくて、笑いそうになったが、私はため息をつきながら口を開いた。

 

「貴方は少し私に夢を見過ぎです。私はあんな緊急事態を目の前にして冷静に対応なんてできませんし、あの子を救ったのはそれが仕事だからであって、他の理由なんてありません。」

 

ハリーを心から助けたいという気持ちで助けたわけじゃない。自分でも分からないが、これはそう簡単に言い表せられるものじゃない気がした。

 

「……君は…………」

 

小さなダンブルドアの声は、静まり返っているせいでよく聞こえくる。

 

「…何ですか?」

 

返事をし、問いかけてみたが少し間が空いて返ってきた彼の言葉は、驚くべきものだった。

 

「………………すまんの。言うことを忘れてしまったわい。最近物忘れが酷くて、困っておるんじゃ。さっき言いかけたのは忘れておくれ。」

 

冗談ぽく笑いながら話すダンブルドアの青い瞳は、いつも通りと何ら変わらなかったが、今のは何か言葉を呑み込んだ彼が誤魔化しに言った言葉だという事は大体予想がつく。

 

……こんなにも…分かりやすい誤魔化し方…なんとも彼らしくない。

 

……一体ダンブルドアは何と言おうとしていたのだろう。

 

 

 

 

「さて、これ以上長居するのは君の体に障ってしまうからの。今日のところはこれぐらいで失礼するとするよ。あぁ、そうじゃった。怪我が完治するまではここで治療をしとくのじゃよ。」

 

「いや完治でなくとも、大体治れば……」

 

ぼけっとしていた私を見てか、そう言いながら立ち上がるダンブルドアはにこりと笑いかけてくる。

 

自分がどこをどんな風に怪我したのかはまだ聞いていないが、自分の体のことだ。だいぶ深い傷を負ったことは何となく分かっていた。そんな怪我が完治するのを待っていたら、もしかすると年が終わるかもしれない。つい最近、未来が変わろうとしたというのに、この先変わらないわけがない。

 

「そんなに慌てなくとも、もうすぐクリスマス休暇も来る。それに今の調子でいけば、クリスマス休暇明けには、復帰できるとさっきの癒者も言っておった。あぁ、後君の私物も持ってこなければならんの。良いかの?自室に職員が入っても。勿論必要ない所には手はつけんよ。」

 

「………えぇ、良いですけど…」

 

私が納得しないまま答えると、彼は満足そうに笑ってカーテンを掴み、また何かを思い出したのか私の方を振り返ってきた。

 

「そうじゃった。見舞いの品は何が良いかの?何か今食べたいものでもあるかの?」

 

断ろうかと思ったが、ダンブルドアがそう簡単に引くとは思えなかった私は、そんなやり取りも面倒に感じて今一番食べたいものの名前を口に出した。

 

「甘い焼き菓子か、クッキーをお願いします。」

 

そう答えれば彼は満足そうに笑って、カーテンの隙間から顔を出しながら、子供に言いつけるように優しく言ってくる。

 

「ゆっくり寝て、休むのじゃよ。」

 

ダンブルドアが部屋の扉を閉める音が聞こえてくると、私1人になった部屋は静まり返り、自然とさっきダンブルドアが言ったことを思い返すと、部屋が散らかっていることを思い出した。

 

こんなことなら片付けておけば良かったと思いながら、掛け布団を肩まで被ろうとした時ふと引き出しの奥にしまってあるペンダントが、脳裏に浮かんでくる。

私を怪しんでいる彼なら、この3日間の間にも忍び込んだ可能性だって十分に考えられるし、まだだとしても忍び込まないという確証はどこにもない。

ペンダントの本当の姿は見えなくても、存在自体知られれば、彼だったら答えに辿り着いてしまうかも知れない。

 

一度考えると、最悪な結果が色々と浮かび上がってきて、もうそうなればこれからそんな不安を胸にクリスマス休暇明けまで過ごすことなどできない。

私はベッドのすぐ横にあった小さなクローゼットの引き出しを開けて、私服がないか探してみると思った通り、あの時に来ていた服が綺麗に畳んでしまってあった。寝間着を脱ぎ、私服に着替えると、どこかに靴はないかと探してみればベッドの下に隠すようにしまってあるのを見つけた。なんだか宝探しをしているみたいだと思いながら、ローブを羽織ると、私服と一緒にしまってあった杖を懐にしまう。

 

……よし、ここまではいい。

 

問題は……誰にもばれないようにここから抜け出さなければならない。

この怪我で歩くのは億劫だが、一人で姿くらましをするのは危険だし、かといってアウラを呼べば、レギュラスと対面することになる。

 

この怪我を見た彼から何を言われるか分からないし、余計な心配だけはかけたくない。

 

 

私は足に力を入れて立ち上がると、足音を立てないように扉まで歩いて、外の様子を伺ってみる。廊下には見舞いに来た人や癒者など沢山の人達が歩いていて、到底誰にも会わずにここから抜け出すことなど無理そうだ。

 

扉を静かに閉め、ベッドに戻ると大きい窓に手をかけ、開けようと力を入れてみたがどうやら頑丈な魔法がかかっているようでびくともしない。しかし、開いて窓から抜け出せたとしても外には普通にマグル達も居るわけで、見られたマグル達全員の記憶を消すことなど今の私にはできる自信がない。

 

こうしている間にも、もしかしたらという不安だけが募っていき、私は溜息をついた。

 

………こうなったら…アウラを呼ぶしか方法がない

 

私はレギュラスに何か言われる覚悟を決め、ベッドに腰掛けると、アウラの名前を小さく呟いた。

 

「…アウラ」

 

久々に彼の名前を口にすると、答えるようにばちんという音が聞こえて、目の前には久々に見るレギュラスとアウラがいた。

ローブを纏っているレギュラスを見て、私はいつも通りに話しかける。

 

「久しぶりね。何も変わりはない?」

 

私の姿を見たアウラが怪我に気づいたのか、何か言いたげな表情を浮かべたのを見て、私は目で訴えながら、関係ないことを口にすると彼はぎゅっと口を閉じた。

 

「変わりはありませんが……貴女はどうなんです?」

 

私の問いかけに答えるレギュラスは辺りを見回すと、私の目を見て答えてくる。

 

「私も何も変わりはないわよ。ただ困ったことがあってね。アウラ、ホグワーツの手前まで姿くらましをして欲しいの。「それは無理でしょう。」

 

アウラに近づきながら言う私の言葉を途中で遮ってくるレギュラスは、表情1つ変えないまま高圧的に話してくる。

 

「その怪我では付き添いでも姿くらましは危険だと思いますよ。」

 

服を着ているし、そんな簡単にはばれないと思っていたのだが、甘かったらしい。

 

「……確かに怪我をしているけど、軽いから大丈夫よ。」

 

ここで怪我をしていないと誤魔化しても意味がないと思った私は、軽い怪我だと言うことしか言えず、そんな私の声を聞いたレギュラスは表情を険しくさせ、静かに声に出す。

 

「病院に居るというのに、どこが軽い怪我何ですか?」

 

「周りが大袈裟なだけよ。」

 

明らかに怒っている様子の彼を宥めようと言ってみたがどうやら逆効果だったらしく、レギュラスの表情はどんどんと険しくなっていく。

 

「軽い怪我なら、何故そんなに左腕を庇っているんですか?実際体を動かすだけでも痛んでいるんでしょう?さっきから表情が痛そうに歪んでいますよ。」

 

「大丈夫よ。」

 

何故こんなにもレギュラスが不機嫌なのか分からず、私が説明しながら立ち上がると彼は止めるように早口で言ってくる。

 

「貴女の大丈夫は信用できない。そんな状態で行って一体何をするつもりですか?」

 

「…忘れ物をしたの。」

 

「じゃあ、僕達が貴女の代わりにその忘れ物やらを取りに行きます。だから貴女はここで待っていてくだ「それは駄目よ。」

 

彼が言い終える前に、声を遮り否定すると、怒りが篭ったような悲しそうなそんな声が聞こえてくる。

 

「……何故です?」

 

「もし、誰かに見られたらどうするの?そんな危険を冒すぐらいなら、私が行くわ。」

 

私がアウラの前にしゃがみこもうとすると、溜息をつくレギュラスの声が耳に入ってきた。

 

「……はぁ…どうして貴女はいつもいつも」

 

振り返り彼を見てみると、片手で頭を抱えて、俯いていた。

 

「……怒ってるの?」

 

何故レギュラスが怒っているのか分からず問いかける私の声を聞いた彼は、私を見て口を開く。

 

「えぇ、怒っていますよ。」

 

「どうして?」

 

「どうしても何も貴女が無理ばかりをしようとするからです。誰にも頼ろうとせず」

 

「今頼ってるじゃない。」

 

彼の言っている意味が分からず、反論するとレギュラスは拳を作り、凄い勢いで言ってくる。

 

「そういうことじゃないことぐらい気づいているでしょう!!どうして分かってくれないんですか⁈「はっきり言葉にしてくれないと分からないわよ。」

 

「お二人共、少し落ち着きましょう。そんなに声を張り上げては誰か来てしまいます。」

 

私達の間を入って宥めるアウラの声を聞いて我に帰ったのか、レギュラスは口を閉じる。

 

「レギュラス」

 

静まり返った部屋に彼の名前を呼ぶ私の声が響くと、レギュラスは顔を上げてこっちを見てくれた。

 

「今はこんなことをしている暇なんてないの。話は後からいくらでも聞くわ。だから今は私の我儘を聞いてほしい。」

 

私の言葉を聞いた彼は私が引く気がないことが分かったのか、少し溜息をつくと何も言わず私に近づいてくる。そんな光景を見ながら、アウラの前にしゃがみこみ、手を伸ばして小さな手を握った。

 

「お願いね。」

 

レギュラスの手を握った彼が躊躇しながらも私の手を握った瞬間、視界が大きく歪んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

歪んでいた視界が元に戻って、足が地面に着くと、少し足がもつれて体がよろけ、側にいたレギュラスが支えてくれた。

 

「ありがとう」

 

「いえ……今度は必ず何か起きる前に呼んでください。」

 

そう答えた彼はまだどこか悲しそうだ。私はレギュラスを見つめたまま少し表情を柔らかくして答える。

 

「分かった、覚えておくわ。」

 

私が目の前に建っているホグワーツに向かって、歩き出そうとすると後ろから私を呼び止めるとアウラの声が聞こえてきた。

 

「お嬢様」

 

振り向けば、アウラは心配そうな表情を浮かべているのが視界に入ってくる。

 

「どうか無理だけはなされないでください。」

 

「…えぇ分かったわ。」

 

私が前を向くと、後ろから姿くらましをする音が聞こえてきて、振り返ればそこにはもう誰の姿もなく、少しだけ寂しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホグワーツにかかっている橋を渡り、中へと入っても今は授業中なのか生徒の姿はなく、静まり返っていた。怪我のせいなのか痛む横腹を押さえながら誰もいない廊下を歩き進め、私は寄り道は決してせずに地下へと足を向かわせる。

 

時々授業のない教師が歩いていたが、姿を見た瞬間壁に隠れ、過ぎ去るまで待って決して誰にも見られないようにと気を張った。

 

 

 

地下の階段を下り、魔法薬学の教室の前を通ると微かに声らしき音が聞こえてくる。私が足音を立てないように、息を殺しながら前を通ろうとした時、固く閉じられていたはずの扉が音を立ててゆっくりと開き、中から出てきたマクゴナガルと対面した。

 

「……あっ…」

 

無意識に声をこぼした私は見つかったというのに至って冷静で、今目の前にいる彼女から叱られるのかどうかだけが気になった。

決して穏やかな表情ではないマクゴナガルは私を逃がさないようにする為か、がっちりと手首を掴んでくる。何か言ってくれた方が楽だというのに、何も言わないせいで少し気まずかった。

 

「スネイプ先生、やはり必要なかったようです。」

 

前にいる彼女が向いた方向を見ると、扉が全開きのせいで教室の奥にいるセブルスの姿がはっきりと見えた。

彼と目があったような気がしたが、きっと私が一方的に見つめていただけだろう。

 

マクゴナガルが扉を閉めると、奥からは生徒が雑談をする声が聞こえてきた。彼女が手首を握ったまま地上へと続く階段に向かっていることに気づき、私は慌てて後ろから話しかける。

 

「あの、離してほしいんですが」

 

「それは出来ません。離せば直ぐに逃げるでしょう。全くあんな怪我をしといて病院を抜け出すなど何を考えているんですか。」

 

……まずい…このままだとここに来た意味がなくなってしまう。

 

前を歩く彼女の後ろ姿を見ながら、解決できる方法がないか考えてみたが、思いつくはずもなく、とりあえず足を止めさせるために適当な嘘を並べることにした。

 

「待ってください、実はハリーの怪我の様子が気になっただけなんです。」

 

「あの子の心配をするより自分の心配をしなさい。」

 

「そのついでに荷物を取りに来たんです。」

 

私の言葉にピタリと足を止めたマクゴナガルは、振り返ると訳が分からないような表情を浮かべていた。

 

「…どうしても手元に置いとかないと落ち着かない物があって……」

 

決してペンダントという言葉は出さないように遠回しに言葉を並べると、目の前にいた彼女はしょうがなさそうに溜息をついて、私の自室へと方向を変えた。

 

「早く支度してしまいなさい。」

 

そんなマクゴナガルの声を聞いた私はほっとしながら、後ろを追いかけてた。

 

たどり着いた私は部屋に入ると、中は相変わらず散らかっており、一緒に入ってきたマクゴナガルの表情は怖くて見れなかった。

 

とりあえずトランクを開け、その中に適当に荷物を詰めていると横からマクゴナガルの声が聞こえてきた。

 

「……魔法薬が好きなんですね。」

 

「えぇ…まぁ」

 

誤魔化しながら、横目で彼女を見ると本棚に夢中になっておりその隙にペンダントがしまってあるはずの机に近づいた。引き出しを引くと、特に変わった様子はなく、手前に入れていた小さな本を取り出して、手探りで探す。丸みを帯びた硬い感触が伝わってきた瞬間、私はほっと胸をなでおろした。

ペンダントであろうものを掴み、引き出しから出すと、間違いなく私が取りに来たもので、そのままローブのポケットにしまいこむ。

 

「本も何冊か持っていきなさい。暇つぶしになると思いますよ。」

 

そう言いながら何冊かの本をトランクに入れた彼女は私に問いかけてくる。

 

「他に何か持っていくものはあるんですか?」

 

「いや、ないです。」

 

私の言葉を聞いたマクゴナガルがトランクを持とうとする姿を見て、慌てて駆け寄りトランクに手を伸ばした。

 

「大丈夫です。私が持ちます。」

 

「怪我人の貴女に持たせるわけにはいきませんし、それに貴女を病院に送り届けなければならなくなったんですから。」

 

「いえ、一人で大丈夫ですよ。」

 

まさか病院まで付いてくるとは思っていなかった私が声を挟むと、彼女は溜息をつきながら話し出す。

 

「そうはいきませんよ。貴女が思っている以上にことは大きくなっているんです。さぁ、行きますよ。」

 

私のトランクを持ったマクゴナガルの後を追って部屋を出て、階段を上り、廊下を出ると目の前を歩く彼女は玄関の方向とは真逆の方向に足を運んでいた。

 

「あの…一体どこへ…」

 

「校長室です。」

 

前を歩くマクゴナガルは私に説明するように後を続けた。

 

「怪我人の貴女を歩かせるわけにも姿くらましをさせるわけにもいけないでしょう。……まさか…行きは姿くらましでここに来たんですか?」

 

さっきまで歩きながら話していた彼女は何か思い出すと、足を止めて凄い怪訝な表情で問いかけてくる。

 

「……えぇ…少し歩きましたが」

 

そんな圧力に押されながら答えると、マクゴナガルは溜息をついて、口を開いた。

 

「自分の仕事に責任持ってやり遂げようとする姿勢は素晴らしいですが、貴女は仕事の前にもう少し肩の力を抜く時間を作りなさい。

 

無理をしすぎては何も意味はありませんよ。」

 

何故マクゴナガルがそんなことを言ったのか、前にいた彼女がまた歩き出す後ろ姿を見つめながら少し考えてみたが、答えは出てこなかった。

 

 

 

 

校長室へと続く螺旋階段を上り、中へと入ると数時間ぶりのダンブルドアが椅子に座っていた。彼が引き出しに何かをしまった机の上には、紅茶とお菓子が置いてある。

 

「おや、さっきぶりじゃの。」

 

「えぇ…そうですね。」

 

愉快そうに話しかけてくるダンブルドアの言葉を適当に受け流すと、そんなことなど気にしていない彼に私の隣にいるマクゴナガルが話しかける声が聞こえてくる。

 

「校長、暖炉をお借りしてもよろしいですか?」

 

「勿論じゃ。もう準備は済ませてあるでの。その机の上に置いてある。」

 

マクゴナガルは近くにある机の上に置いてあった少し豪華な装飾されている壺のようなものを手に取りながら、私に説明してくる。

 

「怪我人の貴女を歩かせるわけにも、ましてや姿くらましをするわけにもいけませんから、比較的安全な煙突飛行ネットワークを使うために暖炉は病院に繋げてあります。

 

やり方は分かりますね?」

 

そう言いながら私に差し出してくる壺のようなものの中には砂のようなものが入っていた。

私はフルーパウダーを一握り掴むと、部屋の端にある暖炉の中に振りかける。緑色に変わった炎の中に入って、行き場所の名前を声に出すと、次目を開けた時はそこはもう校長室ではなく、ダンブルドアやマクゴナガルが居ない代わりに待ち構えている癒者達が居た。

煤を払いながら、暖炉から出ると私の担当の癒者が凄い剣幕で近寄ってくる。

 

「一体何を考えているんですか⁈勝手に抜け出して、本当に心臓が止まるかと思いましたよ!」

 

「…すいません。」

 

今回ばかりは自分が悪いことをしていることは十分に理解してやったことだ。私が申し訳ない気持ちになりながら、謝ると癒者はしょうがなさそうに眉を少し下げ、軽く溜息をついた。

 

「あら、先生もお越しになられたのですね。」

 

私の前にいた癒者が見ている視線の先を見ると、暖炉からトランクを持ったマクゴナガルが出てきていた。

 

「えぇ、彼女の付き添いです。」

 

どうやらマクゴナガルは病室まで付いくる気でいるらしく、何やら話している二人の後をついていった。

 

 

 

 

 

 

 

病室につけば、私服から寝巻きに着替えさせられ、強制的にベッドに入れられた。癒者は他の仕事があるのか、私がベッドに入ったのを見ると、寝る前に薬を飲むことと、ベッドから出ないことを顔が見えなくなるまで念押ししてきた。

マクゴナガルは、ご丁寧にトランクから服やら何やらを出しては私の指示を煽って引き出しにしまうと、これまた彼女も、もう抜け出さないようにと言い聞かせてきた。

苦笑いで返事をすれば、少し満足したようにカーテンをしっかりと閉め、部屋を出る扉の音が聞こえてくると、部屋は一気に静まり返る。

 

ひとりになった病室はやけに広く感じて、私は無意識にローブからペンダントを取り出すと、眺めて溜息をついていた。

 

慣れた手つきでペンダントを開ければ、手元にあるこれは前と姿を変えず、時間を刻んでいる。

 

……もし…これがなかったら私はこの場に居ない。

 

これがなかったら記憶は思い出していないが、ペンダントがあろうがなかろうがきっとセブルスに対しての気持ちは変わらない。

 

手元にあるペンダントが使ってもらいたそうに青白い光を放っているのをみて、乱暴に閉じるとそばにあった2つの薬を一気に飲み干した。

思っていたよりかは苦くなく、すんなりと喉を通っていき、私は水を一口飲むとペンダントを握ったまま掛け布団を肩まで上げて枕に頭をのせた。

 

……あの夢が…現実になってくれたらいいのに

 

夢から覚めたらあの嫌な感覚が襲ってくるというのに、それでも私はあの甘い夢を求めずにはいられない。

 

……夢ぐらい……私の思い通りでもいいでしょ?

 

早くあの夢の続きが見たい私は瞼を下ろして、誰にもペンダントが触られないように力強く握りしめる。

 

夢でも何でも良いから、セブルスの側に居させて。彼を抱きしめさせてほしい。夢の時ぐらい彼と触れ合うことを許してほしい。

 

夢の中のセブルスは、私だけを見てほしい。

 

それが現実でなくても、たった一瞬の幸せでも、それでも私は甘い夢を求めてしまう。

 

 

 

 

 

 

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