夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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13 どうか私を

 

 

満月だった月がどんどんと欠けていくのと比例するように、怪我は順調に治っていった。

 

窓から外の景色を見ようとしても、最近は降り続ける雪しか見えないどころか、外が寒いせいで窓が白く曇って何も見えない。

そんな病室にひとり篭り過ごす毎日が快適であるはずがない。確かに自分が寝たいときに寝られるが、病院を無断で抜け出した私を四六時中癒者達が見張っていて自由は限られるし、あまりに時間があり過ぎて何をすればいいのか、何をしたら時間を潰せるのか今ではさっぱり分からなくなっている。

持ってきた数冊の本も読み終わったし、ダンブルドアの見舞いの品のお菓子も全部食べてしまったし、大臣からの手紙の返事も全て書き終わってしまった今の私は、不安をかき消すように眠たくもないのに瞼を下すことしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも通り何回読んだかもう分からない本を眺めていると、いつも通り扉が開く音が聞こえてくる。

どうせ癒者が診察に来たのだろうと思っていると、カーテン越しから聞こえてきたのは、女の子の声だった。

 

「ヘルキャットさん。」

 

声といい、喋り方といい、大体予想がついた私が顔を上げたときには、もう彼女はカーテンを潜っていて、何かを抱えながら私の前に立っていた。

 

「…ルーナ…何でここにいるの?学校は?」

 

「今はクリスマス休暇だよ。」

 

…もうそんな時期なのか……

 

篭りっぱなしの私は、クリスマスという感じが全くせず、少し違和感を感じた。

 

「パパに頼んで、お見舞いに来たの。」

 

ルーナは私に近づくと、抱えていた小柄な箱を渡してくる。

 

「これ、少し早いけど…はいクリスマスプレゼント。」

 

どんなに親しくなったとはいえ、生徒からクリスマスプレゼントが送られる日が来るとは誰が予想つくだろう。勿論私もそんな日が来るとは思っていなかったせいで、反射的に断りの言葉を並べながら、渡してくる物を押し返すことしか出来ない。

 

「悪いわ、ルーナ。こんな高価そうなもの」

 

私も彼女のクリスマスプレゼントを用意していたらまだいいが、残念ながら私はそこまで気が回っていない。交換ならまだいいが、一方的に受け取るのはとても悪い気がしてならない。

 

「いいよ、大丈夫。あたしが渡したいだけだから」

 

ルーナにとってはそんなこと関係ないことで私の気持ちなど知らずにぐいっと押し付けられ、戸惑いながらもお礼を言いながら受け取ると、彼女に問いかけてみる。

 

「…開けてみてもいい?」

 

頷くルーナを見て、恐る恐る開けてみると、そこには小さな瓶が3つと折りたたみ式の小型ナイフが綺麗に並んで入っていた。

 

「……これ…魔法薬の」

 

「うんそうだよ。本持ってたから、好きなのかなって。お小遣いで買ったんだ。」

 

「……ありがとう、ルーナ。とても嬉しいわ。」

 

彼女に笑いかけながらお礼を言うと、ルーナの表情は嬉しそうに明るくなる。

彼女にプレゼントのことを言おうかと口を開くと、あんなに明るかったルーナの表情はまるで何かを思い出したようにだんだんと沈み、明らかに下を俯いていた。

 

「…ルーナ…?」

 

「あたし、あんなの気にしてないよ。」

 

心配になり名前を呼んでみたが、ルーナは返事の代わりに、私を見つめながら宣言するように言ってくる。その声は少し震えていたがとても力強く、頼りになるようなそんな声だった。

 

「誰が何と言おうと、あたしは知ってるよ。あんたはそんなことしない。あんなの誰かが言ったデタラメのことぐらい。」

 

最初は何のことを言っているのか分からなかったが、ルーナの言葉を聞いてすぐに噂のことだと大体予想がついた。

何か必死に伝えようとしてくるルーナを見ていると、私が避けていたことに傷ついたのかもしれないという考えが思い浮かび、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「ごめんなさい、ルーナ。貴女を傷つけてしまったわね。」

 

「違うよ。ヘルキャットさん。あたしはそんなことを言いたいわけじゃないの。あたしじゃなくて、そうじゃない。」

 

混乱しているのかどうか分からないが、彼女の口から出ている言葉の後半はもう訳が分からなくなっていた。

自分でも何を言っているのか分からなくなったのか、私を見つめてくるルーナは何かに耐えるように唇を結んでいる。見た事のない表情を浮かべるルーナに声をかけようと口を開くと、突然彼女のグレーの瞳から涙がポタリポタリと落ちてきた。

 

「一体どうしたの?」

 

急に泣き出すルーナを目の前にした私は、驚きよりも心配する気持ちの方が勝って、ベッドから足を出し、彼女の手を握った。

確かに泣いてはいるが、表情はどちらかというと無表情のままで、拭うこともせずにただ私を見つめてくる。

 

「怖かったんだ。」

 

彼女の名前を呼ぼうとすると、目の前にいるルーナの口からそんな言葉が出てきた。

 

「あたし、あの時、怖かった。」

 

後を続ける声が少し震えると、眉が少し下がり悲しそうな表情を浮かべ、小さな声を絞り出すように口を開くとぎゅっと私の手を握ってくる。

 

 

「……あんたが…自分から死ににいってるみたいで……死んじゃうんじゃないかって……」

 

 

ルーナの小さな声が耳に入ってきても、私は直ぐに言葉を返すことが出来ず、ただ目の前で泣く彼女を見ていた。

私が動いたのはルーナが必死に涙を拭いだした時で、目を擦る彼女の手を優しく包みながら、いつも通り話しかける。

 

「駄目よ、ルーナ。そんなに擦っては目が腫れてしまうわ。」

 

私は手を退かして、もう真っ赤に腫れてしまっている彼女の目元に手を置くと擦ったせいで少し熱をもっていた。私の目を見つめてくるルーナの瞳からは終わりを知らない涙が溢れ出てきている。

 

「ごめんね、不安にさせるようなことをしてしまって。」

 

「………謝らない…で…」

 

震えていても、しっかりした声で言うルーナは彼女の頬を覆っている私の手をしっかりと握ってくる。

 

「………でも大丈夫。…私は生きてる。」

 

そんなことが何故か嬉しくて、自然と笑みが零れ落ちた。

ルーナは泣いているというのに、ただ彼女が手を握ってくれているだけだというのに、ただそれだけで嬉しくて、そして悲しくなる。

 

「……大丈夫………私は死なないわ。」

 

私のことで泣いてくれている優しい彼女に、私は嘘を重ねることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスの夜にひとり過ごすのはもう慣れているが、病室だとこんなにも寂しく感じられることを今初めて知った。

ベッドから抜け出し、白く曇っている窓に付いている水滴を手でふき取ると、外は雪が降り続けているのが見えた。まだそんなに遅い時間帯ではないというのに、もう外は真夜中じゃないかと思うほど真っ暗だ。

さっき拭き取ったばかりだというのに、外は相当寒いのかどんどんと霜が張っていく。

 

ベッドに戻り、何となく窓を眺めるが、勿論外など見えるわけもなく、代わりに風が吹く音が時々聞こえてきた。

 

……きっと今日は月は見えないだろうな…

 

雪が降り続いているのだから、きっと厚い雨雲が月をすっかり隠してしまっていることだろう。試しについていた明かりを消してみても、窓から月明かりが差し込むことはない。

 

そんなどうでもいいことを考えるほど暇だった私の耳に、もう聞き飽きた扉を開く音が入ってくると、明かりをつけようとした私は身構えるように手を止めた。静かに開けたその人物は、丁寧に扉を閉めると、ゆっくりと歩く足音が聞こえてくる。

一定のリズムで聞こえてくる足音を聞くたびに、何故か私の心臓の鼓動はやけに速くなっていく。

何故自分がこんなにも緊張しているのか分からずに、カーテンを見つめていると、人影の形に影が暗くなり、どんどんと大きくなっていく。

 

私も相手も決して話そうとはせず、ただその人物がカーテンの前でぴたりと止まったのを見ていた。

 

……違う……きっと気のせいよ

 

あんなにも音が聞こえるほど風が吹いていたというのにもう今では全く聞こえず、そのせいで耳元で自分の心臓の鼓動が聞こえるような気がした。

 

……来るはずないもの。

 

 

彼が私に会いに来るはずなんてない。

 

緊張する私を落ち着かせるように、心の中で繰り返していると、目の前にあるカーテンがゆっくりと開いていく。

 

 

 

 

 

……セブルス…

 

明かりもついていないというのに、何故か彼の顔はしっかりと見えた。目も口も鼻も全てはっきりと視界に入ってくる。いつもと違うことといえば、厚手のコートのようなものとマフラーを手に持っていることぐらいだ。

 

真っ暗な闇と同化するような彼は、ゆっくりと私の方を見ると、少しだけ距離を詰め、座ることもなく立ったまま静かに話しかけてくる。

 

「明かりもつけずに一体何をしていたんだ。」

 

私の名前を呼ぶことなく、怪我の調子など聞くわけでもないセブルスの口から出た言葉は何とも彼らしいといえば彼らしかった。

 

「そう言う貴方こそ、わざわざクリスマスの夜に一体何の用かしら?」

 

会いにきてくれた、それだけで嬉しい筈だというのに、今の私は複雑な気持ちを抱いていた。彼は単純に私に会いにきてくれた訳ではない。そんなことは分かっている。

 

……嬉しいのに、嬉しくない。

 

「暇人の相手をしに来てくれたの?…ごめんなさいね。暇だったからお菓子を全部食べてしまって、出すお菓子がないの。」

 

複雑な気持ちを誤魔化すように話しても、私はどこかで淡い期待が膨らんでいく。

 

「残念ながら楽しい話をしに来たのではないのでな。そんな心配は必要ない。」

 

静まり返った部屋に彼の声が響くと、私の胸はぎゅっと苦しくなり、私はセブルスに悟られないように声を絞り出した。

 

「……そう…残念ね。………それで…一体何の用事かしら?」

 

「思い当たる節があるはずだが?」

 

少し口角を上げながら話してくるセブルスは、どうしても私から話題を切り出せたいらしい。

 

「…………私は貴方に問い詰められるようなことをした覚えはないわよ。」

 

「ほぉ…あんな大胆なことをしといて、思い当たることはないと。」

 

「えぇ…別に普通なことじゃない。」

 

セブルスの言葉を聞いた私の口からは、自然にそんな言葉が出てくる。ふと顔を上げれば、彼の表情は何か賭け事に勝利したかのようにどこか余裕があった。

 

「普通の人間はあんな行動はできない。」

 

「………一体…何言ってるの。」

 

目の前にいるセブルスが何故そんなことを言うのか分からず、口から零れ落ちると彼の言葉が耳に入ってくる。

 

「生徒が箒から落ちたことに気づき、お前のように箒に飛び乗り、助けようとしようとしても間に合う筈がない。」

 

流暢に話すセブルスの間に割り込むことさえも、ましてや誤魔化す言葉も思いつかない私はただ聞くことしかできない。

 

「生徒が落ちていると気づいた時には、もう呪文を唱えない限り救えるはずがない。だがあの時お前は、落下するポッターの姿を見る前にはもう箒を呼び寄せていた。何故そんなことができたのか、理由は簡単だ。

 

 

お前は知っていた、あの時あの場所でポッターが箒から落ちることを。」

 

セブルスの声がはっきりと聞こえてきた瞬間私の心臓の鼓動は緊張するように大きく波打ち、自分が動揺したのが分かったが、ゆっくりと呼吸を繰り返しながら、しっかりとセブルスと向かい合った。

 

「……それで何が言いたいの?……まさか私が未来を知っていた何て、そんな馬鹿らしいことを言い始めるんじゃないでしょうね。」

 

自分から種を蒔いとけば、人間というのは自然とその1つの可能性を潰すものだが、その前にセブルスはそんな現実味のないことを考える訳がない。

 

「自分自身で未来を作り出せば良い話だ。」

 

セブルスその一言で、彼が言いたいことがやっと理解でき、私は自然と笑みがこぼれる。

 

「……それは私があの子が箒から落ちるように仕向けた…そう言いたいのかしら?そうだとしたらとんだ思い違いね。……セブルス、私が一体どうやってあの子を気絶させるの?仮に私が仕向けたとして、あんなに体を張った意味が分からないじゃない。」

 

「だからこうしてここにいるのだ。あの時の行動といい、病院を抜け出したことといい、あまりに不可解すぎる最近のお前の行動は、誰がどうみても何か企んでいると怪しむと思うが?」

 

そう簡単には誤魔化されないセブルスの鋭い言葉に私はどう返そうかと、頭を回転させた。きっと彼は私の小さなミスさえ気づいて、自分が納得できないことを突いてくる。

 

二重スパイをやりこなしてしまうほど優秀な彼は、私よりも何倍も観察力もあるし、よく口も回るはずだ。少しでも怯んで隙を見せれば、開心術で心を覗かれる可能性も十分に考えられる。

 

「思い違いもいい加減にしてくれないかしら?言ったでしょ、私は今魔法省の人間としてホグワーツにいる。」

 

もうこうなれば、開心術をかける暇さえ与えないように喋り続けるしかない。何かを言おうと口を開く彼を見て、私は話す機会を与えてないように後を続けた。

 

「私の仕事は、生徒達の安全を確保すること。彼の命を救って何が悪いというの?

 

それか…………」

 

もうこんな生温い関係をここで終わっておくのが一番だ。私の我儘で今までずるずると引きずってきたこの関係を壊してしまおう。

そう決心した私は自分の中にいる、彼にこれ以上嫌われたくないという弱い自分を押し殺して、声を絞り出した。

 

「あのまま死なせとけば、貴方にとっては好都合だったかしら?」

 

私の口から言葉が出た瞬間だった。前にいたはずの彼が気付けば横にいて、杖先を私の方に向けていた。

 

彼はポッターに瓜二つのハリーのことは良い風には思っていない。だけどエバンズの緑の瞳を持ったハリーを、少なからず私よりかは守りたいと思っているだろう。

最愛の人が遺した、たったひとりの男の子。

セブルスは彼女が命を犠牲に守った彼を、決して見捨てたりはしない。

 

「言ったでしょ?私は貴方が思っているようなことをするつもり何て一切ない。

 

ただ……今死なれたら困るでしょ?」

 

私の言葉にセブルスは眉間のしわを深くし、杖をゆっくりと下ろすと、ベッドに手をついて、顔を覗き込むように見つめてくる。

 

 

「…お前は……何を隠している…」

 

 

一気に顔が近くなり、私の心臓は破裂するんじゃないかと思うほど、鼓動を速くしていく。

 

……本当に…ずるい…

 

こんなことで緊張しているのは、きっと私だけ。

 

私は真っ黒な瞳を見つめて、自分を落ち着かせる為にゆっくりと瞬きを繰り返した。

……彼は今きっと不死鳥の騎士団のスパイとして死喰い人の私に探りを入れている。……ダンブルドアからの指示なのかそれとも、彼自身が判断して、行動しているのか、分からないがどちらにしろ私が今セブルスに信用されていないのは痛いほどわかった。

 

…だったら、彼を騙せばいい。

 

「貴方も同じなのでしょ?」

 

手首を握って、顔を近づけながら問いかけるとセブルスが眉間の皺を一本増やしたのが見えた。

 

このまま私のことを信用させないように、

何だったら…彼が私のことを殺してくれるように。

 

 

……死喰い人として、

 

何も知らないふりをして、

 

セブルスの側にいる、それが私の出来る事。

 

 

 

「……僕の役目は主人の言いつけをしっかりと守り、忠実に従うこと。」

 

………私はただ貴方を守りたいだけ。

 

自分を押し殺すように少し微笑みながら言葉を繋いでいく。

 

「……私は一言も言われてないもの。それにお楽しみは後にとっておいた方がいいでしょ?

私好きなものは後にとっておくタイプなの。」

 

…貴方がいつでも闇から抜け出せるように…

 

「…生きていると……言いたいのか」

 

私の目を見つめてくるセブルスの低い声が聞こえてくると、私は誤魔化すように少し口角を上げた。

 

「さぁ…そんなの私に分かる訳ないじゃない。もし私が知っていたら、きっと貴方の耳にも入っているはずでしょ?」

 

今目の前にいるセブルスの目には私だけしか映っていないのに、私を見てくれているはずなのに嬉しいどころか、悲しくて胸が痛い。

 

死喰い人としてではなく、不死鳥の騎士団として彼の側にいられたら、きっとこんな思いはせずに済んだのだろう。だけど、そうなったら一体誰が、決して立ち止まることのない彼の背中を守るというの。

 

いくら彼の隣に居られなくても、それでも私は貴方の背中をいつでも押せるように…後ろにいることが、今まで考え抜いた私の出来る最善のことだ。

 

私の言葉を聞いたセブルスが姿勢を直そうとしたせいで、あんなにしっかりと握っていた手首さえ自然と離れていく。

 

何も言わず見下ろしてくる彼の顔を見た瞬間、私は崖から突き落とされたようなそんな絶望という名がふさわしい感覚に襲われた。いつも通り、無表情で何も変わっていない。瞳だって確かに今まで通り先が見えないほど真っ黒だが、ただ今目の前にある瞳は少し違った。

今まで彼の真っ黒な瞳を見ても冷たい気持ちにならなかったのは、真っ黒な瞳の中にも優しい温かさを感じていたからだ。私の感じ方の違いだろうが何だろうが、確かに今目の前にいるセブルスの瞳は黒というより何も映しておらず、冷たく、温かさなど全く感じない。

それが一体何を意味しているのか、彼の中での私という存在がどうなったのか知らされなくても十分に理解できた。

 

………きっともう二度と、彼の笑顔など見れる事はない。

 

頭には学生の頃見た彼のはにかんだ笑顔が浮かび、セブルスに気づかれないように掛け布団の中でシーツを力強く握りしめる。

 

……もう二度と、たわいのない話をすることもない。

 

決して特別に仲良くなくとも、本を読む彼の隣に座り、しょうもない話をしたあの幼い記憶が、私の言葉に答えてくれるセブルスの横顔が浮かんでは音も立てずに消えていく。

 

……これからも…彼が私の名前を呼んでくれる日は来ない。

 

…………もし私が彼に気持ちを伝えたとしても、

いつまでも期待に胸を膨らませ、待っていたとしても……

 

 

 

 

 

セブルスが私を愛してくれる日などもう一生来ない。

 

 

 

どうやら私はまだ、どこかで期待していたらしい。だから今こんなドロドロとした気持ちが溢れ出ているのだろう。

 

エバンズがいなくなった今なら、セブルスが私のことを愛してくれるかもしれないと、自分がそんな期待をしていたことに今気づいたというのに、私は決して驚くことはなかった。何も言わず遠ざかっていくセブルスの背中を見ていると、私の口は勝手に動き、彼の名前を呼んでいた。

 

「セブルス。」

 

呼び止める私の声を聞いたセブルスは、足は止めてくれたが、振り返ってはくれない。

 

 

 

「……良い夜を」

 

勿論、セブルスから言葉が返ってくるはずもなく、扉を閉める音だけが聞こえてくると、一気に虚しく、悲しくなる。

 

 

 

静まり返った部屋が、さっきに比べると少し明るくなっていることに気がつき、窓の外を見れば、どうやらいつのまにか雪が降り止んだらしく、雲から月が顔を出していた。

 

部屋に差し込む淡い月明かりを見つめていると、私は小さな声で呟いていた。

 

「……どうか…彼を嫌いになれますように…」

 

きっと今日はクリスマスだからだ。だから神様に祈るような、こんな似合わないことを言ったんだろう。

 

学生の頃から私のこの気持ちがセブルスに届かないことも、忘れたくても忘れられないこの恋が叶わないということも分かっていたというのに、随分前からとっくに失恋していたはずなのに、今この瞬間に失恋したかのように胸が苦しくて苦しくてしょうがない。

 

声に出せば楽になると思ったのに、辛くなるばかりで、嫌いになるどころか愛しさが増していくというのに、心臓は苦しくなるばかり。

嫌いになろうと、忘れようとしてみても泥沼にはまっていくように、溢れてはいけないものがどんどん溢れ出てくる。

 

駄目、これ以上は駄目。

 

溢れ出てくるものを塞き止めようと胸を押さえてみるが、そんなの敵うわけがなく、飲み込まれないように歯を食いしばった。

 

お願い……セブルス…

 

光のない真っ黒な彼の瞳を思い出すと、底のない海に投げ出されようなそんな絶望感が襲いかかってきて、心臓がひやりと冷えた。

 

嫌われることぐらい、平気だと思っていた。

歳をとった今なら、セブルスの命を救うためなら、何を思われてもどんなこともできると思っていた。

 

それなのに……どうしてこんなに苦しいの……どうして…こんなにも悲しいの…

 

もうここまで溢れ出てしまえば自分ではどうすることもできない。私は咄嗟に胸を両手で押さえながら服を握りしめると、ぎゅっと瞼を瞑る。

 

 

 

 

セブルス……お願い………どうか私を

 

 

 

 

 

「………嫌いに……ならない…で…」

 

 

 

掠れた自分の声は震えていて、今にも事切れそうに弱々しい声を聞いた私は、今すぐにでも自分を殺したくて殺したくてたまらなくなった。

 

………要らない…

 

 

私がこんなだったら、こんなに弱かったらセブルスを救えない。

 

 

……お願い、誰か………どうか私を……

 

 

殺して。

 

 

 

 


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