ゆっくりと瞼を開け、ソファーから起き上がってみるが、まだ頭がぼんやりとしているせいなのか視界がぼやけていた。目を擦りながら、時計を見てみると針は夕食の時間帯を指している。
その瞬間ぼんやりとしていた意識は、はっきりと鮮明になり、私は急いでローブを羽織ると部屋を飛び出して大広間に向かった。
急いで大広間に向かったものの、夕食はもう始まっており、クリスマス休暇に家に帰らなかった生徒達もちらほらといる大広間には雑談をする声が響いている。
話が弾んでいる中に入れば、注目を浴びることは大体予想はつくが、ここで行かなければ、後からわざわざ校長室に行かなければならなくなる。
意を決して、大広間に足を踏み入れるが案の定私の存在に気づいた生徒達は話を止めて、雑談をする声も明らかに私の話題を話す声に変わる。そうすれば前に座っている教師達も気づかない訳がなく、私はそのまま腰掛けているダンブルドアの傍に近寄った。
「今日はすまんかったの。退院に付き添えず」
「いえ、お気になさらず。
怪我も完治しましたし、問題ありません。大臣からは私から手紙を送りましたので心配は無用です。予定通り新学期から復帰出来るご報告をもう少し早くしたかったのですが、少し寝すぎてしまって」
「よく眠れたようで良かった。寝癖がついておるぞ。」
「本当ですか」
笑いながら話すダンブルドアの言葉を聞いて、手ぐしで髪を整えると、隣にいたマクゴナガルに視線を移して話しかけた。
「マクゴナガル先生。あの時はご迷惑をお掛けしました。」
「怪我はしっかりと治ったんですか?」
「はい、ばっちりです。」
笑顔を取り繕いながら答えると、ふとルーピンのマフラーを借りたままな事を思い出して、横目で探してみる。意外に簡単に見つけることは出来たものの、彼はこんな時に限ってセブルスの近くに座っていた。
ルーピンを見つけるはずが、彼の姿を見てしまった今の私の脳裏にはあの時見た瞳が横切ってくる。
私はゆっくりと呼吸を繰り返すと、ルーピンに近づいて机越しに話しかけた。
「ルーピン、マフラーを返すの忘れてて」
「あぁ、いいよ。いつでも」
「そう、じゃあ洗濯してから返すわね。」
それだけ伝えて帰ろうとしたからだろう。後ろから私を呼び止めるルーピンの声が聞こえてきた。
「レイラ、夕飯は?」
ちらりと空いている席を探してみるが、残念ながら空いているのはセブルスの隣だけ。セブルスのことを見つめてみるが私の事など目に入っていないかのように、全くもって目が合いそうな気配もない。
今までの私だったら、喜んで彼の隣に座って夕食を食べたのだろう。だけど、あの時以来会っていないセブルスの隣に座って、あの時に向けられた瞳で見られるかもと考えると一気に食欲も落ちていった。
「あぁ......お腹空いてないの。さっきお菓子食べたから」
目を逸らしながらその場を逃げるように背を向けると、足を動かした。何も見らずに前だけ見て歩いていた筈だというのに、視界の端に動く物が見え視線を移すと、視界に入ってきたのは私服姿のハリーだった。
何か言いたげに私を目で追う彼と目が合うと、緑色の瞳がはっきりと視界に入る。
緑色の瞳、それだけでエバンズの事を思い出してしまった私は消し去るように視線を逸らすと、そのまま大広間を出て、何も考えないように自室に足を向かわせる。
何も考えないように、何も感じないように、ただ前を向いて歩いているはずだというのに、頭にはあの時見たセブルスの瞳と、変わらない緑色の瞳が横切って、一気に胸が苦しくなった。
あの後ぐっすりと眠れる訳でもなく、私は浅い眠りから扉をノックする音で起こされ、ゆっくりと上半身を起こした。
......ベッドで寝れば良かった...
そう後悔しながら、扉に近づいて開けてみると、そこには緑色の瞳を持った少年が立っていた。
朝からハリーとご対面するとは、私はどうやらどこまでもついていないらしい。
「............何か用...」
扉にもたれ掛かりながら、出した声は意図せずとも低く、やり場のない苛立ちが表に出ていることは自分でも分かっている。
「...あっあの、ダンブルドア先生に頼まれて。これを届けに」
差し出してくる手には袋が握られていたが、私はそれよりもこれがダンブルドアの差し金だと聞いた瞬間、彼に対しては苛立ちを通り越して怒りが湧いてきた。
私がハリーを良く思っていない事を知っておきながら、こんなことを指示するとは、私に対して嫌がらせをしているとしか考えられない。
.........本当にここでこの子を殺してやろうか
そんな事を半分冗談、半分本気で思いながらもお礼を言いながら受け取った。さっさと扉を閉めようとするが、当の本人はまだ私に用があるらしく中々帰ろうとしない。
「ちょっと待ってください。」
気にせずに扉を閉めようとしたが、慌てるように彼から呼び止められ、言われた通り待ってみるものの言うのを悩んでいるのか中々先に進まない。
「...用がないのなら早く帰りなさい」
呆れた私が扉を閉めようとしたのを見て焦ったのだろう。あまりに突然出てきた手を見つめながら、内心挟めてしまいそうになったことをハラハラしながら、ひとつ文句でも言ってやろうかと彼に視線を移すと何か覚悟を決めた表情を浮かべていた。
「どうして、助けてくれたんですか」
やっと開いたハリーの口から出た言葉は、想像していなかったものだったが、頭は至って冷静で、思った事をそのまま言葉にした。
「...貴方の安全を守ることが今の私の仕事だから。それだけよ。」
冷たく言葉を吐き捨てた私は、ハリーの表情を見ずに扉を閉めて鍵をかけると、彼から貰った袋を覗いてみる。
......あっ...スコーンだ...
中にはパンとスコーンが入っていて、紅茶でも淹れようかと考えていると、扉越しに遠ざかっていく足音が聞こえてきた。
ハリーが持ってきたパンとスコーンを食べ、シャワーを浴び、ルーピンのマフラーを洗ったりと午前中は自分の身の回りの整理で、意外とやる事もあり暇をすることもなかった。
だが午後になれば、明日から始まる授業の準備に追われている教師達に比べ、する事がない私が最終的に辿り着いた場所は図書館だった。
分厚い本を読み漁って時間を潰すといっても、夕食の時間までそう簡単に時間が過ぎ去らず、飽きた私は廊下を歩きながら、どこまでも晴れ渡っている蒼い空を見上げた。
外に出て空気が吸いたくなった私は、城から出ると何も考えずに外を歩いては、ゆっくりと呼吸を繰り返してみる。
こんなに晴れているのに何だか気分は晴れず、呼吸を繰り返してみても、私の中にある突っかかっている何かは取れることはない。
............こんなこと...前にもあったような...
こんなことを大分昔したような、どこか見覚えがあるようなそんな気がして、足を止めふと視線を移すと先には温室が並んでいた。
そんな景色が視界に入ってくれば、頭に浮かんできたのは幼い時の記憶と嫌な感覚だった。あの時と温室の並び方も変わっているし、あの時のように上級生達が横を通り過ぎることもないというのに、あの時感じた嫌な予感が襲ってくる。
頭ではそろそろ部屋に戻ろうと考えているのに、体が勝手に動き出し、温室に近づくと扉に手を伸ばしてみると、鍵がかかっているはずなのに、扉はまるで開くことが当たり前のことかのように音をたてて私を迎え入れてくる。
薬草学の担当であるポモート・スプライトが閉め忘れたか、それかまだ準備途中で一時的にこの場を離れただけなのか、とにかく何故こうも簡単に開いてしまうのだろう。
私はそんな疑問を抱きながらも、何も考えないまま中へと入っていくと、まだ整理整頓の途中だった温室の中は、少し散乱していたがその中でも異様な音が耳に入ってきた。
スルスルという何かが地面を這いずり回っているような音を聞いた私が無意識に音がした方を振り向くと、1箇所に1年生で習う悪魔の罠が集められ、太い蔦が蛇のように動いていた。
頭には大分昔に見た、悪魔の罠に襲われるセブルスの姿が浮かんできたが、勿論今目の前には彼が居るはずもない。
「レイラ?」
突然後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえてきて、振り向いてみると重たそうな籠を抱えているルーピンの姿があった。
「こんな所で何をしているんだい?」
温室で1人佇んでいる私の姿は、他の人から見たら奇妙な光景なのは間違いない。
「鍵が空いていたから、少し気になっただけよ。...貴方は...見たところによるとお手伝いかしら?」
「丁度通りかかったからね」
重たそうな籠を置き、歳だなと呟きながら背筋を伸ばす彼から後ろにある悪魔の罠に視線を移し、じっと見つめていると色褪せていた記憶が浮かんでくる。
『そんなの言われなくても分かっている!!
僕が純血じゃないことぐらい!!!お前に言われなくてももう知ってる!!!』
いつか私に、辛そうに、頭を支え狂ったように泣きながら大声で怒鳴り散らしてきたセブルスの声が聞こえてきたような気がした。
気の所為だということは分かっているが、初めて目にした彼の取り乱した姿が脳裏に映し出される。
『何なんだ。純血純血って、僕だって、あんな父親の元に生まれるぐらいなら、生まれたくなかった!闇の魔術がそんなにいけないものなのか⁈何で、何で⁈』
.........気の所為......私の気の所為
何度も繰り返してもか『生まれたくなかった』
と言うセブルスの声が、頭の中で何度も何度も繰り返される。
「...ラ、...レイラ!」
私の名前を張り上げる声が聞こえてきたと思えば、突然後ろから肩を掴まれたせいで、少し驚きながら顔を向けると少し離れていた所にいたはずのルーピンが直ぐ後ろに立っていた。
「......少し顔色が悪いよ。やっぱりまだ体調が万全じゃ「大丈夫よ。心配ないわ」
彼の言葉を途中で遮った私は、ルーピンの顔を見ないまま温室から出ると自室に足を向かわせる。
早く部屋に帰りたい時に限って、一筋縄ではいかないもので、壁からにゅっと顔を出すピーブズと鉢合わせした私はにやにやと笑う腹立つ彼の顔から視線を逸らし、構う素振りを見せずに歩き続けた。
「ヒヒヒ、そんなに蒼白な顔で一体どこに行くのかな〜。」
楽しそうにからかってくるピーブズは私の周りを飛び回りながら、どこまでもついてくる。私は気にする素振りを見せないように前だけを見て、足を動かし続けた。
「嫌われ者の次は、裏切り者になるつもりかい?」
からかうように言ってきた彼の言葉を聞いた私は、動かし続けていた足を止めて宙に浮いているピーブズに視線を移す。突然足を止め、見られることに戸惑っているのか彼の表情からは、あのニタニタと笑う笑顔が消えていた。
「.........裏切り者?......貴方面白い事を言うのね。」
構うつもりはなかったが、そろそろ鬱陶しく感じていた私は我慢の限界で後を続けた。
「独りぼっち...そう言ったのはどこの誰だったかしら?」
最初から独りな私が裏切るなんて一体誰を裏切ればいいというのだろう。
温かみのない言葉をその場に残して、また歩き出すと、後ろから聞こえてきたのはいつもと変わらないピーブズの楽しそうな笑い声だった。
「ヒヒヒ、可笑しいな〜今のお前は酷く滑稽だ」
満足したのか彼の気配がなくなるのを感じても、後ろを振り向くことはせず、ピーブズの言葉に返すように小さな声で呟く。
「............えぇ...知ってるわ...」
さっきから左の掌がまるで刃物で切りつけたかのように痛むのは気の所為だ。
部屋に戻った私は、久々に魔法ではなく自分の手で淹れた紅茶と、アーサーから貰ったクッキーを食べながら、ゆっくりと過ごすことにした。何度も読んだ本を読んで、ペンダントを手に取ってみては時間を潰すがやることがなく、そう長続きはしない。
椅子に深く腰掛け天井を見上げていた私は、本を閉じながら視線を下ろすと、机の端に置いてある箱に手を伸ばし、開けてみると中に入ってあった瓶を手にとってみた。
……いつ使おう......
ルーナは私が魔法薬が好きだと思ってくれたのだろうけど、どちらかというと好きではないし、得意でもない。薬を自分から作ろうという気もしないし、薬草を集める趣味もない。
使い道はないかもしれないが、どんな物でもプレゼントを貰えただけで嬉しい。手に持っている瓶には勿論何も入っていないし、変哲もない瓶だが私にとっては特別なものに見えた。
ルーナにクリスマスプレゼントを渡さないとなと思いながら瓶を箱の中にしまうと、今度はアーサーから貰ったエジプト土産を手に取ってみる。
白く所々透明な球体は、両手で包み込めるほどの大きさで、今の所何も変化はない。
...これどうやって使うんだろう。
回したり、転がしてみたり色々してみたが、何も変わる様子はないし、どう使えばいいのかも分からない。
『使う人の必要なものや望むものに変わるらしいから魔法も色も形も異なるらしい』
アーサーの言葉を思い出す私は、球体を見つめて呟いた。
「.........必要なものや、......望むもの」
私の望んでいること...か
そう思いながら球体を眺めていると、意図せずとも奥底に沈めたはずの言葉が頭に浮かんでくる。
...............セブルスに見てほしい。
「何やってるんだろ...」
どこか期待しながら球体を手に持っている自分が馬鹿馬鹿しくなり、溜息混じりに呟きながら球体を机の中にでも閉まっておこうかと引き出しを開けると、突然手の中にあった球体が白い光を放ちながら形を変えだした。
「えっ、何」
驚きで声が漏れるも、どうすることも出来ずに見守っていると放っていた白い光は消えていき、球体を持っていたはずの私の手の中には鏡があった。
楕円型の鏡はどうやら立てられるらしく、机の上に立ててみたが、どこからどう見ても変哲もない鏡で覗き込んでも自分の顔を映すだけ。
球体が鏡に変化したということは理解出来たが、今私が望むものが、必要なものが鏡だとは到底思えないし、実際必要ない。
......何これ...
不思議でたまらず、ずっと鏡を見つめてみたが映っているのは真顔な私の顔だけで、ますます意味が分からなくなったが、変わらず映り続ける自分の顔を見ているとある事が頭に浮かんできた。
.......鏡は目の前のものを映してくれるもの。所謂第三者から見た自分を自分自身で見ることが出来る。
まさかあの球体は私に今必要なことは自分を見直すことだなんて事を言いたくてこの姿に変わった......なんてね...。
いや、それは深読みし過ぎだろう。
自分の中に浮かんだ可能性を否定しても、何が正解なのか分かるわけがないし、もしさっき私が考えたことが合っていたとしても、全然嬉しくない。
「......あはは...ちょっと厳しすぎない」
乾いた笑い声と一緒に呟いてみても、鏡は特に変化することなく私の顔を映し続けた。
夕食の時間を迎えると、静まり返っていたホグワーツ中が活気を取り戻し、大広間にはクリスマス休暇が終わり戻ってきた生徒達の声で溢れかえっていた。
教員席の1番端に座ろうと思っていたのだが、私が行った時にはもう端の席は埋まっていて、残念ながら中央よりのマクゴナガルの隣の席ぐらいしか空いていなかった。
いつもだとダンブルドアが前に立ったらすぐに、会話をする声が途切れるのだが、今日は中々途切れずに随分と盛り上がっている。きっと休み明けだから友人に話したいこともたくさんあるのだろう。
「ご馳走の前にひとつ話がある。」
ダンブルドアが座っている生徒達に呼びかけるとさっきまで盛り上がっていたのが嘘みたいに静まり返った。
「明日から授業始まる君たちと一緒で、怪我で休暇されておったヘルキャットさんが復帰なされることになった。」
まさか自分の事が言われるとは思っていなかった私は、前で話しているダンブルドアの後ろ姿に視線を移した。
生徒達の視線が私に集まっているような気がしたが、気にしないふりをしながら真正面を向いて彼の声に耳を傾ける。
「君達も友人と話したくてうずうずしている事じゃろうからの。話はこれまでにしよう。」
ダンブルドアが指を鳴らすと、目の前の机には豪華な食事が現れ、それが合図のように一気に賑やかな声が響き渡った。
お肉や、サラダなど適当に自分の皿に取り分けて食べても、何故か心の底から美味しいとは思えなかった。確かにお肉も噛んだ瞬間肉汁が溢れてきて口の中でとろけるし、サラダもシャキシャキしていてドレッシングとの相性も抜群だったが、私の頭には昨日のことが繰り返し再生されていた。
別に今までと同じじゃない...
目が合わなかったからなんだいうの。
表情を変えないのも、話さないのも今まで通りだというのに、あの時のセブルスを思い出しては私の胸は苦しくなっていく気がする。
今までだって特別に話さなかったでしょ。
何も変わらないはずだというのに、セブルスから死喰い人だと思われていることは今までと変わらないというのに、どうしてこんなにも悲しいのだろう。
.........私の考えすぎ......そう気のせい...
自分に言い聞かせながら握っているフォークで、サラダを刺して口に運んでみるが、やっぱり美味しく感じない。
人は考え込むと周りの声が聞こえなくなるらしく、さっきまで生徒達の声が聞こえていたはずなのにやけに静かに感じた。
こうなれば、セブルスを救えやすくなるじゃない。後ろで見守っていられるじゃない。だからこれで良かったの。
そう何度も言い聞かせるように心の中で綺麗な言葉を並べていても、胸に空いた穴は埋まることなく、ましてやどんどん広がっているような気がする。
私は視線をグリフィンドールの席に移して、無意識にハリーの姿を探すと、ロンと楽しそうに話している彼の緑色の瞳を見つめていた。
...............エバンズ......だったら...どうしてたんだろう...
あんなに憎く、嫌っていたはずなのに私はふとそんな事を考える。
もし彼女が生きていたら、もし彼女が私の立場にいたら一体どう行動するのだろう。
きっと私には出来ないような事を簡単にしてしまって、セブルスを救ってしまうのだろうか。
...............馬鹿らしい...
もうこの世に居ない人間の事を考えるなんて、ましてや彼女の事を自分から思い出すなんて、私らしくない。
あの時自分なりに考えて、1番いい選択肢を選んだつもりだったのに、あの時とった私の言葉は正しかったはずなのに、
今は…苦しくて、悲しくて……
ただただ虚しい。
虚しいのは、どこかで選択肢を間違ったかもしれないという不安のせいか、セブルスに嫌われ、拒絶され続けてしまうこの先の恐怖のせいなのだろうか。
どんなに考えても答えなど出るわけがなく、私は皿の上に転がっている柔らかいお肉をフォークで刺して、試しに口に運んでみたがやっぱり味がしなかった。