夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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16 恐ろしいもの

 

 

 

 

 

新学期が始まったホグワーツにはいつも通り生徒達の賑やかな声が溢れかえり、私のやることは大きく変わることはなかったが、ひとつ変わった事があった。私が生徒達の前でハリーを救ったことで、噂を信じる人も少なくなったらしく、少し過ごしやすくなったのだ。

廊下で生徒達とすれ違っても変に避けられる事もなく、視線を感じることも無くなったことは嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも通りの夜の見回りを終えた私は、自室に戻ると脱いだローブをソファーの上に投げ捨てる。こんなことをしたら皺がつくことは分かっているが、今は綺麗に畳むことすら面倒くさく、ソファーに腰を下ろした。

 

机の上には、すっかり冷えているであろう紅茶が入っているティーカップや、時々送られてきていた大臣からの手紙が無造作に置かれてあり、机の端に積み重なっている本は今にでも落ちそうだ。

魔法に頼って片付けようとした時、本の影に何か隠れていることに気づき、重たい体を動かして本をどかしてみると、そこにあったのは、ルーナに渡さなければならないネックレスだった。

 

………あぁ…まだ渡してなかったっけ…

 

別に最近忙しかったわけではない。ただルーナと会わなくなり、渡すタイミングが掴めないでいた。

 

…………早めに渡さないとな……あっ...マフラーも返さないといけないな...

 

そう思いながら立ち上がろうとするが突然急に体が怠く感じ、足に力が入らなくなる。

私はソファーの背もたれにもたれたまま天井を見上げた。

 

何故こんなに体が重いのか分からない。ここ最近、こんな調子だ。最初は風邪かと思ったのだが、熱もなければ喉も痛くないしかといって頭が痛いわけでもない。

 

…………本当に…どうしたんだろう……

 

私は溜息をつきながら、目頭を押さえ瞼を下ろし、目を瞑っていると少し楽になったような気がした。

 

………まだまだこれからなんだから…

 

「…………もっと頑張らないと…」

 

私は呟きながら、気合を入れるように頰を両手で叩いて、目を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前中の授業が終わり、昼食を食べに大広間に向かっているであろうレイブンクローの生徒達の横を通り過ぎた私は、ルーナを探しに廊下を歩いていた。一応大広間に顔は出してみたがやはりそこに彼女は居らず、とりあえず城中を探してみることにしたのだ。城の中にいなかったとしたら、思い当たるのは外しかない。

私は彼女に渡す予定でいるネックレスが入った袋が、ちゃんと手元にあるか確認するためにローブのポケットに手を入れる。袋に触れて、持ってきたこと確認した私は図書館の方向に足を向かわせた。

昼食の時間だからいる可能性は低いが、普通の感覚で感覚で探してしまうときっと彼女を見つけられないような気がする。

 

あまり期待しないで廊下を歩いていると、グリフィンドールの生徒達に囲まれて、楽しそうに笑いながら話しているルーピンの姿が見えた。

 

......あっマフラー...

 

まだ自室の机に畳んで置きっぱなしにしてある彼のマフラーを思い出して、持ってくれば良かったと後悔しながら、彼の隣にいる満面の笑みの生徒達に視線を移す。

生徒達に囲まれるとはやっぱり彼は、生徒達からの信頼が厚いらしい。

 

......夕方にでも返しに行こう...

 

流石にそろそろ返さないといけないと思った私は、見向きもしないで横を通り過ぎると、有難いことに話しかけられなかった。

 

 

引き続きルーナを探そうと前を向くと、行き交う生徒達の中にレイブンクローのローブを身に纏っていたルーナが自然と視界に入ってくる。

呼び止めようと口を半端に開いたが、何かいつもと違う雰囲気の彼女を見ていると声が出ることはなく、代わりに目で追いかけていた。

ルーナは何か見失わないように一点を見つめて、早歩きをしたり、時々止まったりしている。

 

……まるで誰かを尾行しているみたいな仕草だ。

 

私は全く気付いていない彼女の後ろに周り、後ろから話しかけてみた。

 

「誰の後を追っているの?」

 

普通後ろから話しかけられたら、驚くような仕草を見せるはずなのだが、ルーナはただ振り返ってくるだけだ。

 

「あっ、こんにちは。ヘルキャットさん」

 

挨拶をしてくる彼女はいつも通りで、違和感などない。

 

「随分と真剣だったわね。何か気になることがあった?」

 

さっき見た真剣なルーナの姿がどうも気になり、問いかけみると誤魔化すことが得意な彼女は、いつもの調子で言ってくる。

 

「ただ人混みにどれだけ溶けれるか試してただけだよ。止まってるのと進んでるのどっちが上手く溶け込めるかなーって。それであんたはどうしたの?」

 

「ん?」

 

私だったら考えもつかないことを言うルーナの言葉に押され、間抜けな私の声が外に出ると、彼女は私に問いかけてくる。

 

「何か用があるのかなーって」

 

「あぁ…そうそう。」

 

ルーナの言葉で本来の目的を思い出した私は、ローブのポケットから袋を取り出して彼女に差し出した。

 

「遅くなったけど、はい、クリスマスプレゼント。気に入ってくれるといいけど…」

 

私の言葉を聞きながら、袋の中からネックレスを取り出したルーナは、キラキラと輝く青い石を見つめると嬉しそうな表情を浮かべたのがわかった。

 

「本当に貰っていいの?」

 

「勿論。貴女に似合うと思って買ったのよ。ほら、付けてあげる。」

 

視線を合わせ、ネックレスを受け取り、付けてあげると、青い石を手に持ち見つめるルーナは私に視線を移すと、少し口角を上げる。

 

「ありがとう。とっても嬉しい。」

 

そう言う彼女の声は本当に心の底から嬉しくて踊っているようなそんな声だった。

喜ぶルーナを見ていると何故か私まで嬉しくなり、私は彼女の頭を撫でながら視線を下ろすと、ルーナが袋以外の何かをしっかりと握っていることに気づいた。

 

「…ルーナ、握っているのは何?」

 

私の言葉に、ルーナは隠すこともなく大人しく握っていた手を開いて私に差し出してくる。

 

「さっき誰かが落としたみたいなんだ。直ぐ届けようとしたんだけど、一体誰が落としたのか分かんなくて。」

 

そう言う彼女の手にあったのは、濁っている液体が上まで入っている瓶だった。ルーナの小さな手では、握っても隠れないほど大きなものだ。

 

「前にいたのが、ルーピン先生だったから聞こうと思ったんだけど…見失っちゃった。」

 

ルーナが持っている瓶が一体何なのか、私には脱狼薬が入っているとしか考えられないのだが、……脱狼薬をこんな瓶に入れて持ち運びしているとは思えない。

 

「ルーナ、それ少し私が預かってもいいかしら?」

 

「持ち主が分かるの?」

 

「えぇ、大体ね。貴女の代わりに渡しとくわ。」

 

もしルーナがルーピンの所へ届けに行って、何か物語がずれしまう可能性だって十分あるし、それにマフラーを返すついでに聞いてみればいい。

 

「じゃあ、はい。」

 

「ありがとう」

 

お礼を言いながらルーナから瓶を受け取った私がローブのポケットにしまい込んでいると、彼女がいつもの調子で問いかけてくる。

 

「ヘルキャットさん。お昼はもう食べた?」

 

「いえ、まだよ。............あっ、ルーナが良ければ一緒にどう?」

 

あまりに期待した表情を向けられたら、そう言ってしまうのが必然で、私の言葉にぱっと明るい表情を浮かべる彼女は嬉しそうに頷いた。

 

「じゃあ、時間はまだあるし今日は私の部屋で食べましょうか?紅茶とお菓子出すわよ。」

 

「いいの?」

 

「えぇ勿論」

 

私の提案に嬉しそうに聞き返してくるルーナを見ながら、言葉を返した。

それからはクリスマス休暇にあったことや、私が居なかった時にあった出来事など、時々話が色々飛ぶルーナの声を聞きながら、昼食を取りに大広間に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久々だからなのか、いつもより沢山話すルーナの声を聞きながら食べる昼食は美味しく、あっという間に感じ、お土産にお菓子を分けてあげると喜んでくれた。

 

午後の授業が始まれば、やる事がない私はとりあえず夕食まで時間を潰し、夕食も済ませた。その後の生徒達がゆっくりとそれぞれの寮でのんびりと過ごしている時間帯は、私も自室で時間を潰すのだが、最近眠れていない私にとっては1番睡魔が襲ってくる時間帯で、欠伸を繰り返しながら、睡魔と戦っていた。

 

見回りついでにルーピンにマフラーを返そうと、自室を出て、廊下を歩いていても時々教師とすれ違うだけで、外に広がっている空を眺めれば、どんどん夜が深くなっていくのが分かる。

今日こそはベッドで寝ようとしょうもないことを考えながら廊下を歩き、ひと通り見回りを終えた後、そろそろマフラーを返しに行こうかと思いながら何も考えずにローブのポケットに手を突っ込むと何か硬い物が手に当たって取り出してみれば、今日ルーナから受け取った瓶を握っていた。

 

......あっそうだった...忘れてた...

 

すっかり瓶の事を忘れていた私は、片手にはマフラー、片手には瓶を握って、襲ってくる眠気に抵抗するように自分に言い聞かせる。

 

………渡して、すぐに帰って、それで寝よう。

 

私は溜息をつきながら、重たい足を闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かわせた。

 

 

 

 

 

 

闇の魔術に対する防衛術の教室につながっている長い階段を見た私は一気に行く気が失せてしまったが、そんな自分を奮い立たせて階段を上る。

 

…こんなに…長かった…け

 

疲れているとはいえこれだけで息が切れた私は、自分が歳をとったのを感じながら何とか階段を上り終えた。

固く閉じられている扉を開けて、中に入ると机や椅子が規則正しく並んでいて、勿論だがそこには誰もいない。

ルーピンがいると考えられるのは、この奥の自室だけだ。誰もいない教室の奥にある扉の前までたどり着いた私が一応ノックをし、返事を聞かずに扉を開けようとした時だった。

扉の奥から声が聞こえてくるのに気づいたが、扉を開ける私の手はそんなすぐに止まることもなく、少し明るい光が目に差し込んでくる。ずっと薄暗い所に居たせいで目の前がぼやけたが、だんだんと慣れると、ルーピンの姿が見えて口を開いた。

 

「ルーピン、マフラーを返しに」

 

ハリーの姿とそしてこの場所にいるはずのないディメンターを目にした私は、最後まで言い終えることは出来ず、あまりに不可解な出来事に何故ディメンターがこんな所にいるのか、そんな疑問が頭の中を支配する。

 

私が突然入ってきて驚いたのだろう。私の方を見つめているハリーが杖を下ろした瞬間、彼の杖の先からでていた銀色の光は途端に消えてなくなると、ディメンターは私の方をくるりと向き、まるで標的を変えたように、あっという間に私の目の前まで近づいてくる。

 

…違う………これは………

 

 

ディメンターじゃない…

 

私がやっとディメンターの本当の正体が分かった時には、それは宙でクルクルと回り出し、反射的に杖を取り出し身構える。

奥では私の方に駆け出そうとしているルーピンの姿と、今だに何が起こっているのか分かっていないようで放心状態なハリーの姿が見えた。

私もまるで石になる呪文をかけられたように杖を反射的に握り、身構えた拍子にマフラーを落としたが拾うことなど出来ることなく、手に持っていた瓶を力強く握ったままその場から動けずにいた。

さっきまで疑問に支配されていた頭には、今度は目の前で回転しているそれの正体の名前が浮かんでくる。

 

 

……これは、ボガート

 

 

自分にとって恐ろしいものを考えると、自然と頭に浮かんできたのは、生きている人間とは思えなかった例のあの人の姿で、冷酷で温かみが微塵も感じられない真っ赤な瞳が頭に浮かんでしまえば、死の恐怖を体が思い出したように一気に寒く感じた。

 

 

 

............あっ......違う...

 

 

冷酷なあの人の真っ赤な瞳に首から血を流し、倒れ込んでいる人影が映っている事に気づいた私の心臓の鼓動は緊張したように速くなっていく。

 

ぼんやりとしか人影が鮮明になっていくと、もうそこには既に息絶えているセブルスが、彼の首から流れ出た赤黒い血が飛び散っている光景が頭にはっきりと流れ込んできた。

 

 

私は杖を力強く握り締めて、頭に浮かぶ光景を消し去ろうと今やらなければならないことを考えるが、彼の赤黒い血の色はまるでこびりついたように消えてくれない。

 

どちらにせよ、ハリーに見られはいけない。ボガートが姿を変えたら、直ぐに呪文を唱えて、誤魔化さないと。

 

そう思いながらボガートを見たつもりが、その奥にいるハリーとしっかり目が合い、その瞬間私の体はさらに硬直した。

 

 

 

………緑の………瞳……

 

 

 

 

 

緑色の瞳が嫌という程しっかりと目に入った時には、もう何に変身するかを決めたボガートは回るのをやめていて、回転をやめたボガートが空中で何かに変わると、目の前が景色が真っ赤に染まった。

 

 

……赤...?......

 

 

一瞬何が起こっているのか分からなかったが、グリフィンドール色のローブが私を覆うようにふわりと舞っていることに気づくと、心臓が鼓動を速くしていく。

 

 

私の恐ろしいものに変身したボガートの姿がゆっくりと視界に入ってくると、時間が止まっているんじゃないかと錯覚するほどゆっくりに感じ、まるで別の世界に取り残されてしまったように、何も聞こえなくなり、目の前に広がる光景しか目に入らなくなる。

 

 

 

靡いている赤毛のふわふわな髪

 

 

 

よく見覚えのある赤色のローブ

 

 

 

......にっこりと笑っている口元。

 

 

 

 

 

………緑色の目で私を見つめてくる少女

 

 

 

 

驚きのあまり声を出したはずなのに、私の声は外に出ることはなく、私は杖を握りしめたまま後ずさりをした。

 

浮いていた足が地面につくと、ゆっくりと私の方に笑いかけながらじりじりと近づいてくる。

 

 

『私、貴女とは気が合う友達になれそうな気がするわ』

 

 

そう聞こえたような気がして、私は咄嗟に耳を塞いだせいで、足元に落ちた杖の音と、瓶が割れる音が聞こえてきたが、そんなこと気にしてられない。

 

......なんで...

 

 

今の私には目の前にいる人が、緑色の瞳を持った少女が、もうこの世にいるはずのないエバンズが怖く、恐ろしく感じた。

 

 

何で……

 

 

頭の端ではこれがボガートなことぐらい分かっている。だけど、ボガートを退散させる呪文なんて最初から知っていないように私の頭からはすっかりと抜け落ちていたどころか、どこからどう見ても本物そのもので何故かボガートとは思えなかった。

 

 

 

「………………貴女死んだはずじゃない…」

 

 

 

じりじりと近づいてくるエバンズから逃げるように後ずさりしながら、小さく呟くと突然後ろから誰かの声が聞こえてきた。

 

「ルーピン、薬を届けに………」

 

低音の声が微かに聞こえてくると、私の心臓はまた緊張したように動き続ける。聞こえた声が途中で途切れ、少し間が空くと小さな声が聞こえてきた。

 

 

「……………………リリー…?……」

 

 

彼女の名前を呼ぶ声を聞いて、私は耳を塞いでいた手を下ろし、反射的に振り返る。

 

 

「……セブルス…」

 

 

薬を持っているセブルスはその場に立ち竦み、口を少し空けて瞳孔を大きく開いていた。

 

...駄目...彼に見せたら...駄目...

 

まるで私はそこに存在していないかのように、エバンズの姿をしたボガートだけを見つめ続けているセブルスの姿を見た瞬間にそんな思いで頭がいっぱいになる。

 

これ以上セブルスに見せては取り返しがつかない事になりそうな気がした私の体は、今まで動かなかったというのに意図も簡単に動き、落ちている杖を呪文で手元に戻すと、エバンズに杖先を向ける。私が呪文を唱えようと息を吸うと、後ろから思いっきり腕を掴まれ、その反動で振り返ると後ろにいるセブルスとしっかり目が合った。

 

あの時の瞳ではなく、何か訴えてくる彼の瞳が視界に入ってくると、冷たく溢れ出てはいけないものが、醜い何かに体を乗っ取られたような感覚が襲ってきた。

彼の手から逃げようとしても私が何をしようとしているのか、自分の目の前にいるエバンズが一体何なのかを悟ったセブルスは離すどころか私の腕を掴む手の力を少し強めてくる。

 

......消さないでくれ.........

 

そう言われているような気がして、声を出さずにそう訴えてくるセブルスの表情を見ているだけで、胸が苦しくなり、辛くなる。

 

 

......何で.........エバンズなの...

 

 

それがほんの一瞬の幻想でも、それが彼女ではなくボガートでも...彼にとっては......

 

 

私は今ここにいるのに、生きているのに、彼はエバンズに化けたボガートを選ぼうとしている。

少しだけ唇を噛み締めるセブルスの表情を見ると、私の胸は更に締め付けられ苦しくなった。

 

 

…そんな顔しないで……お願いだから…

 

 

目の前にいるセブルスは、やっぱり私じゃなくてエバンズを見る。それがエバンズじゃなくても、偽物だとしても彼にとっては、今のセブルスにとっては愛しく感じている。

 

......私はセブルスが必要でも...彼は私を必要としてくれない。

 

彼に掴まれている腕を見つめていると、私の杖を握っていた手は自然と力が抜け、握っていた杖が手から離れると、カランという音が聞こえてきた。

 

 

貴方が私のことなんて決して見てくれないことぐらい分かっていたというのに、今までだって何度も何度も同じような光景を見てきたのに、これでもう痛いほど実感させられた。

 

きっと私が死喰い人じゃなくても、彼は私のことなんて見ようともしてくれない。

 

………もう……十分......

 

もう十分、分かったから大丈夫。だって私はエバンズの姿をしたボガートにさえ勝てない。

…もう無理なことぐらい、私の名前を呼んでくれないことぐらい。

 

私を見てくれないことぐらいもう分かった。

 

私の中にあった僅かな望みも光を失い、真っ暗になったような気がした。

 

後ろから突然風が巻き起こり、髪がふわりと舞うとチョコレートの香りがしたような気がしてボガートがクルクルと回る音が聞こえたと思うと、ルーピンの声が聞こえてきた。

 

「リディクラス!」

 

どうやらセブルスが突然現れて驚いていたであろうルーピンが、私とボガートの間に入って、私の代わりに呪文を唱えてくれたらしい。

 

 

 

ボガートが消えるポンという音が響くと、部屋は静まり返り、それがさらに胸を苦しくさせる。

 

離してと声に出したつもりでいたが、どうやら私の口からは声は出なかったらしく、結果的に何も言わないままもうほとんど力が入っていないセブルスの手を振りほどいた。

 

 

 

「…………レイラ……」

 

 

後ろから心配するようなルーピンの声が聞こえてきて、彼の手が私の腕を掴もうとしたのが分かった私は、その手から逃げるように彼の横を通り過ぎる。セブルスにぶつかったが謝ることもせず

に、誰の顔も見ずに、急いで部屋を飛び出して机にぶつからないように避けながら小走りで教室を出ると前だけ見て長い階段を駆け下りた。

 

言い表せない気持ちが、決していい感情ではないものが足の先まで染み込んでいくような感覚を感じて、すっかり暗くなっている廊下を走った。ただひたすらに前だけを見て、呼吸を繰り返しながら全速力で走る。

 

 

...............嫌だ......

 

 

何が嫌なのか、私は誤魔化すために忘れさろうとするために走るが、どんなに走っても不思議と疲れることはなく、ただ息が切れるだけ。

消えるどころか、記憶の奥底に沈めたはずのものが、まるで写真を見ているように昔見た光景が頭に横切って、溢れてくるこの感情を解消する方法など分からない私は、誰もいない廊下を走り続ける。

 

 

 

.........もう......嫌だ...

 

 

 

何もかも投げ出したくなった今、今だけは無性に泣き叫びたい気分だった。

 

 


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