いつも通り、生徒達にぶつからないように廊下を歩く私は、さっきから感じる気配に溜息をつく。
数日まで、何事も無かったというのに何故、後を付けられているのだろう。
最初は気の所為だと思っていたのだが、一定の距離を保ちながらずっと聞こえてくる足音は止むどころか、近づく機会を伺っているように聞こえていた。
.........ハリー達か......
足音の正体は何となく想像が出来るが、もし本当に今後ろに居るのが彼だったら、この前感じた気配はハリーである可能性が高くなる。
......振り向くべきか否か......
どうしようかと悩んでいると、丸めている羊皮紙と本を持ったルーピンが正面から歩いてくる姿が視界に入ってきた。
「やぁ、レイラ」
声を掛けてくる彼は、少し元気が無いのか声も覇気がなく、顔色も少し悪い。
「.........ほら、落ちたわよ」
ルーピンが落とした羊皮紙を拾い、渡すと彼はお礼を言いながら受け取る。
「......隈が出来る前に眠ることをお勧めするわ」
いつもより元気のない彼にそう言葉を続けると、困ったような笑みを浮かべて声に出す。
「...そうだね。今日は少し早めに寝ることにするよ。......それから」
急に彼の声が小さくなり耳を澄ませると、私だけに聞こえるような小さな声で後を続けてくる。
「...どうやら最近生徒から付けられているんだけど、君は訳を知っているかい?」
「.........さぁ...熱狂的な貴方のファンとかじゃない?」
何故そんな相談をされるのか分からず、適当に答えるとルーピンは少し笑いながら答える。
「......そうだと嬉しいんだけどね。」
「それで、何でそんなことを私に聞いてくるの?」
疑問に思い彼に問いかけると、ルーピンは羊皮紙を落とさないように持ち直しながら口を開いた。
「...ほら、君に凄い懐いてる...「......ルーナのこと?」
「そう、彼女がここ最近、ずっと後を付いてくるものだから理由を聞こうと思っても話しかける前に逃げてしまうんだ。......仲のいい君なら何か知ってるんじゃないかと思ったんだけど......私の気にしすぎかな...。」
まさかルーナの名前が出てくるとは、思っていなかった。勿論私が、彼女がルーピンの後を付ける理由など知る訳が無い。
「.....そう.........機会があったら聞いてみるわ」
「ありがとう、そうだ授業の分からない所があるのなら遠慮せずに聞きにおいでって伝えてくれないか?」
「......分かったわ。伝えておく」
伝えられるはずがないと言うのに、私が無責任引き受けている事など知らないルーピンは、嬉しそうにお礼を言ってくる。彼から正面に視線を移すと、生徒達に紛れてこちらを見ているルーナが自然と視界に入ってきた。
......ルーナ...
胸元に何かを握りしめながらこちらを見つめてくる彼女と確かに目が合ってしまえば、足は自然と止まってしまう。
動くこともせずに呆然と先にいるルーナを見つめ続けていると、後ろからルーピンのハリーを呼ぶ声が耳に入ってきて、ふと我に返る。
後ろを振り返ってみれば、ハリーと話すルーピンとロン、ハーマイオニーの姿があり、自然と溜息が出てきた。
......やっぱり...
ルーピンが他の2人と話している間、まるで私を見失わないように見てくるハリーは明らかに私を睨んでいる。
相変わらずの疑われようにまた溜息が出そうになった私は視線を逸らし、ルーナに視線を戻すがさっきまで立っていた場所に彼女の姿はなく、ブロンドの髪を揺らしながら私から遠ざかっていく小さな背中が見えた。
小さくなっていく背中を追いかける事は出来ない私は、彼女の背中を眺めるしかない。
ルーナの姿が生徒達の波に呑まれ、見えなくなった時には勿論寂しい気持ちもあったが、私は心から安心した。
......良かった...
これでルーナがこれ以上巻き込まれる事はない。
学期末の試験が近づいているからなのか、最近では廊下を歩いていると、教科書を開き、友達と勉強している生徒達の姿が見られるようになった。
皆、出された課題に追われているのだろう。
試験前の課題の量は、異常なほど多い。私もあの頃は必死になって終わらせたものだ。
夕飯も終わり、生徒達が寮に戻る時間帯はいつもだと騒がしい声が聞こえてくるのだが、流石に試験前だと課題や試験勉強もあるからか、憂鬱な生徒が多いらしい。
普段より覇気のない声に混じって溜息のようなものも聞こえ、寮に戻る生徒達の足取りもどこか重たそうだ。
.........曇りか...
そんな生徒達の憂鬱が伝染したのか、昼間あんなに晴れていた空も分厚い雲がかかっている。
生徒達の人波から抜け出し、人気のない廊下をひとり歩いていると、後ろから近寄ってくる足音が聞こえてきた。
足を止め、振り返ってみれば、そこに居たのはルーナではなくハリーで、緑色の瞳に映る自分を見つめる。
「......何か用かしら?」
走ったせいで乱れた息を整えながら話そうと、口を開いたハリーの声はよく響いた。
「...貴女は......ブラックがホグワーツに忍び込んだ方法を知っているんじゃないですか?」
分厚い雲から雨が降り出したらしく、外から雨が降る音と湿気の匂いが鼻を触る。
「.........二度もブラックに侵入されても、貴女は慌てたり焦るどころか、誰よりも落ち着いていた。侵入されたというのに、夜中に本を読む余裕だってある。」
窓ガラスを打ち付ける雨は激しくなっていくばかりで、外の景色もぼやけて見えるほどだった。
「...そう......やっぱりあの時居たのは貴方だったのね」
ハリーの言葉を聞いて、呟くと、彼は気にすることなく後を続けていく。
「......皆が寝静まった夜中に、自由に動き回れる貴女なら、侵入が出来そうな所を探す余裕は十分にあった筈だ。魔法省の人間なら、魔法省の支配下にあるディメンターをどうにかすることぐらい簡単な事なんじゃないんですか?」
「.........それで...貴方は何が言いたいの?」
私の問いかけに拳を作った彼は、私を見つめながらゆっくりと声に出した。
「......貴女は何かしらブラックと関係している」
静まり返るその場には雨が降り続ける音が響くだけで、張り詰めた空気が流れる。
「.........そうなると...貴方は今自分を殺そうとしている人間とふたりっきりだということになるけど......自殺でもしに来たのかしら?」
遠くで雷が落ちたのか、ゴロゴロという低い音が聞こえてきて、気づけば真夜中だと思えるほど辺りは暗く、ハリーの顔もよく見えない。
「......ボガートを母に変身させるほど、僕の母を知っている貴女が、両親の死に無関係だなんて言わせない。何かしら関わって、知っている筈だ。」
小さな声だと掻き消される程の雨音を聞きながら、ハリーを見つめる私は口を開いて、ゆっくりと声に出す。
「話はそれだけ?」
私の言葉が思いがけないものだったのか、彼は少し驚いたような表情を浮かべると、直ぐに険しい表情に戻した。
ハリーに背を向け、立ち去ろうとするが彼は許してくれる訳がなく、呼び止める声が後ろから聞こえてくる。
「待て!」
ゆっくりと肩越しに後ろを振り返ってみれば、私はどうやらハリーに杖を向けられているらしい。
.........まさか...彼は自分ひとりで太刀打ち出来るとでも思っているのだろうか。
驚きの方が勝って、少し体が止まったが負ける気がしない私は彼と向き直るとゆっくりと口を開いた。
「......貴女が今私に杖を向けているのは、両親の為?それとも貴方自身の正義の為かしら?」
廊下に響く私の声を聞く彼が杖を握りしめる手の力を強めたのが視界に入ってくる。
「...貴方は一体その正義で、何人もの人を殺すつもり?」
近くで雷が落ちたのか、ピカリと一瞬の光が走ると、地響きがするほどの大きな音が轟く。
あまりに大きな音に、ハリーも少し驚いたのか肩を震わせて、一瞬窓の外を見ようとして、私は咄嗟に彼の名前を声に出していた。
「ハリー」
私が突然名前を呼んだからだろう。私の方を見た彼は驚きと戸惑いの表情を浮かべている。
「私を疑っているというのなら、目を逸らしてはいけないわよ。相手は貴方を殺そうと一瞬の隙を狙っているんだから。
周りで友人が死のうが、何だろうが、相手から目を離すことだけはしてはいけない。」
何故そんなことを彼に言っているのか、私自身も分からないが、ただ口が勝手に動いた。
「......それから...一度杖を向けたら、覚悟を決めなさい。一瞬の躊躇が死に繋がる。」
私の言葉に声も出ないのか、杖を持つハリーは呼吸を繰り返すだけで、呪文も何も唱えようとはしない。
「............人間は...簡単に死んでしまうものよ。..」
絞り出すように言い、背を向け、立ち去ろうとすると少し震えた彼の声が聞こえてきた。
「...貴女は....人を.........殺したことがあるんですか......」
窓に激しく打ち付ける雨音と、荒々しく吹き荒れている風音を聞く私の頭にはいつか見た、冷たくなった人の顔が浮かび上がり、歩みを緩める。
少し口を開き、見開いたままの光のない瞳から乾いた頬に流れる最後の涙。
だんだんと青白く、そして冷たくなっていく体。
床に広がっていく、生々しい赤黒い血。
鼻にこびりついた鉄の血の匂い。
まるで昨日のことのように鮮明に頭に過ぎった私は一呼吸おくと、声に出した。
「......さぁ...どうかしら...」
私は振り向くこともせずに、すっかり暗くなった廊下を歩き進める。
聞こえたのかどうかも、彼がどんな表情をしていたのかも分からないが、私はとにかく頭に鮮明に浮かんでくる映像を誤魔化すために、歩みを少し速めた。
時間はあっという間に過ぎ去っていき、長い試験が終わってしまえば週末を迎えた。勉強から解放された生徒達は、今までのストレスを発散するように普段以上に騒がしい。
生徒達は悠長に過ごせるかも知れないが、私はそうはいかない。私の記憶が正しければ、今日ぐらいには、ブラックとハリーが対面するはずだ。
ここまで全く変わっていなければ気を軽くして過ごせるが、何せ一度大きく変わっている。
気を張らないと……
私はペンダントを握って、生徒達を避けながら、歩き続けた。
夕暮れ時まではとりあえず時間を潰さないといけず、適当に歩いていると、大臣と大きな鎌を持った男を連れているダンブルドアとばったりと会ってしまった。
大臣の姿を見た瞬間、今日が処刑日だということはほぼ確定だと確信しながら、社交辞令の言葉を並べる。
「お久しぶりです。大臣。」
「おぉー、君があの子を身を呈して守ったということは聞いたよ。よくやった。流石私が見込んだだけある。」
あれはブラックではなく、貴方達魔法省が送ったディメンターのせいだと言いたかったが、ぐっと堪えて笑みを継ぐろった。
「私は当然のことをしたまでです。」
隣でにこにこと笑っているダンブルドアを視界の端に入れながら答えると、横から声が聞こえてきた。
「では、ファッジそろそろ行くとしよう。あと少し歩かんといかんからの。日が暮れてしまう。」
冗談ぽく言うダンブルドアの言葉を適当に聞き流して、私は小さく失礼しますとだけ言って2人の横を通り過ぎると、後ろにいた男が私の方をじっと見てきた。
面識がない私は視線を逸らし、適当に時間を潰すにはぴったりの図書館に向かった。
時間を潰した私は図書館から出ると、外は日が沈み、廊下にはオレンジ色の光が差し込んでいた。
……さて…ここから難しい所だ。
私の知っている未来通りに進んでいるかどうか、どうやって確かめればいいのか、…とりあえず、ルーピンが向かっているかどうか確認すればいいだろうか。
私は闇の魔術に対する防衛術の教室へと足を向かわせた。
階段を駆け上った私は、固く閉じられていた教室の扉を開け中に入ると、ルーピンがいないことを願いながら自室の扉を叩く。彼の声が返ってこない事を祈りながら、耳を済ませ待った。
……返事がないってことは、ここには居ないか
私が少しほっとしながら扉を開けると、もちろんそこには誰も居なかった。
机に近づき、ふと視線を移した机の上にはご丁寧に忍びの地図が広がっており、その隣には薬がはいったゴブレットが置いてある。
ゴブレットがあるということは、もうセブルスはここに来て叫びの館に向かっている可能性が高い。
ルーピンの部屋に置いてある少ない手掛かりになりそうな物を見つけながら考えていると、さっきまで明かりをつけなくても何も問題なかった部屋が少し薄暗くなっていることに気づいた。外を見れば、顔を出していた太陽ももうほとんど沈んでいて、空は少し雲がかっている。
忍びの地図を自分の方に引き寄せ、セブルスの姿があるかどうか暴れ柳の周辺を探すと、はっきりと【セブルス・スネイプ】と黒のインクで書かれた足跡が暴れ木に向かい、足跡はすっと消えていく。
......大丈夫...何も変わったことは...
どうやら何事もなく進んでいるらしく、私が安堵しながら、地図から視線を逸らそうとした時、ある名前が視界に飛び込んできては、私の動きはぴたりと止まった。
【ルーナ・ラブグッド】
何故彼女の名前が視界に飛び込んできたのか、その理由は簡単で、それは暴れ柳の近くにいたからだ。
……まさか…
嫌な予感がした時には、地図の彼女の足跡はゆっくりと暴れ柳へと向かっていく。
「待って。」
地図を手にとって、ついつい口ずさんだが、彼女に届くはずもない。来た道を戻る気配のないルーナの足跡を見て、地図を机の上に置くと、私は呪文を唱えこの部屋にある空き瓶を呼び寄せた。
瓶の栓を取り、ゴブレットに入っている薬を移し替えると、溢れないようにしっかりと蓋をする。
……万が一のことを考えて、備えた方がいいと学んでいた私は、ローブのポケットにしまい込んでもう一度地図を見てみた。
暴れ柳の近くで止まっていたルーナの足跡はすっと消えていくのを見た瞬間、私は部屋を飛び出して、暴れ柳に向かって走る。
…お願い、間に合って
セブルスとルーピンそしてブラックが対面するあの状況に、もしルーナが入ったら未来が変わるどうこうの問題じゃない。
あの3人の中で、唯一落ち着いているのはルーピンぐらいで、ブラックは勿論、セブルスもいつもより冷静さを失っている。
もしかしたら……ルーナが怪我をしてしまう可能性だって。
嫌な予感しかない私は、血の気が引いていくのが分かる。相当焦っているのだろう。どんなに走っても息が切れるだけで、体力は減っていかなかった。
外に出ると太陽はもう沈んでいて、あんなにオレンジだった空はもう暗く、外も薄暗い。
私の存在に気づいたのか、太い枝を私に向かって振り下ろそうとしてくる目の前にある暴れ柳を見上げて、切れた息を整えるように呼吸を繰り返しながら、杖を取り出し魔法をかける。
するとさっきまでの暴れようが嘘のように大人しくなった柳の穴に滑り込むように入って、姿勢を低くしながら歩み進めた。
小さな穴から漏れるぼんやりとした明かりを目指し歩きそこから抜け出すと、見覚えのある部屋にたどり着いた。あの時と変わらず荒れ果てていて、特に変わった様子はない。
ルーナが居ないか、辺りを見渡してみたが、私以外に誰もおらず、代わりに時々上から怒鳴り声のようなものが聞こえてくる。
どうやら一度ここに来たのが正解だったようで、あの時のおかげでどちらに行けばいいのか大体分かった。
……とりあえず、早くルーナを探さないと
急いで部屋から出て、何処にいるのか辺りを見渡すと、今にも崩れ落ちそうな階段を上ろうとするルーナの姿が視界に入ってきた。
「ルーナ!」
少し大きな声を出して呼び止めると、彼女は私の顔を見て驚いたような表情を浮かべ、足を止めた。2階から聞こえるセブルスの怒鳴り声を聞きながら駆け寄ると、ルーナは不思議そうに問いかけてくる。
「...どうしてここにいるの?」
それは私が聞きたいことだが、とにかく今はここから離れることを最優先させたかった私は、何も答えずにルーナの腕を握り、連れて行こうとすると後ろから彼女の痛がる声が聞こえてきた。
何事かと思い、振り返ればルーナはしゃがみこんで左足首を抑えている。
「捻ったの?」
視線を合わせ、問いかけると、声を出す代わりに彼女は小さく頷いたのを見て、ズボンの裾を捲りあげてみる。露わになった足首は痛々しく腫れており、少し熱を持っていて、専門知識がない私でも酷いことがひと目で分かった。
「...これ、どこで?」
「.........枝に当たらないように勢いよく、穴に入った時に...」
そう言うルーナをよく見てみれば、彼女の服は泥で汚れていて、頬にもかすり傷のようなものがあることに気づいた。
「...ヘルキャットさん。2階に行かなくていいの?」
じっと私の目を見つめながら、問いかけてくる彼女はきっと2階に行けと言いたいのだろう。
上からハリーらしき声がすると、何か崩れるような音が聞こえてきた。
「......えぇ...大丈夫、ほら掴まって」
背を向けると、彼女は大人しく首に腕を回してきて、落とさないようにゆっくりと立ち上がると、そのまま近くの部屋へと避難する。
ゆっくりとルーナを下ろすと、腫れ上がっている足首を露わにさせれば、だんだんと酷くなっているように思えた。
......歩くだけでも痛かった筈なのに...
私は申し訳ない気持ちになりながら、脱いだローブを切り裂くと、呪文を唱え、水に濡らす。とりあえず応急処置として、足首を冷やすためにそれを巻くとルーナは私の気持ちを察してか、突然口を開いた。
「...大丈夫だよ。見た目ほど痛くない」
「.........痛いに決まってるでしょ。......それに頬にも傷つくって......女の子なんだから」
言いたいことも、聞きたいことも沢山あったのだが、何故か言葉が出てこなくて上手く伝えられなかった。
時折聞こえる声や音に、2階を見上げると、私が何も聞かないことに不思議に思ったのか、いつも通りの声で話しかけてくる。
「何にも聞かないんだね。」
「...聞いてほしかった?」
問いかければ、ルーナは頭を左右に振って否定してくる。
「.........ねぇ、魔法薬は得意なの?」
突然話題が変わることはいつもの事で、特に驚くことも無く、言葉にする。
「......得意ではないわね。成績はいつも悪かったし、最初は嫌いで仕方がなかった。」
問いかけにそう答えると、ルーナはどこか興味がなさそうにふーんと声を洩らしただけだった。
「本返すの、来年になっちゃうかも」
来年、何が起こるか知る由もないルーナの言葉に私は言い表せない複雑な気持ちを抱いて、声を絞り出す。
「...えぇ...大丈夫よ」
そろそろルーピン達が下に降りてくる頃だろうし、何より一刻も早くルーナを医務室に連れて行かなければ悪くなっていくばかりだ。
部屋の外の様子を伺うために、外れかかっている扉に近づくと、後ろから彼女の声が聞こえてきた。
「ねぇ、覚えてる?あんたがあたしに言ったこと」
そう言われ、思い浮かんだことは少し前に彼女を遠ざけるために口にした言葉だった。
......流石のルーナも怒っているわよね...
「...あんたは言ったよ。考え込みすぎるのは良くないって。それなのに今のヘルキャットさんは変に考え過ぎだ。」
私が思っていた事と全く違うことを言うルーナの言葉に驚き、振り返れば彼女はじっと私を見つめていた。
「............あたしはあんたを信じてるよ。......だからあんたもあたしを信じてよ。」
彼女の言葉は、じわりじわりと私の体に染みていく気がしたが、それでもずっしりと重たく感じた。
部屋の外に誰も居ない事を確認した私は、ルーナに視線を合わせ、重たい口をゆっくりと開く。
「......じゃあ...貴女にひとつ頼みたい事があるの。引き受けてくれる?」
頼み事されるが嬉しいのか、少し明るい表情を浮かべるルーナは頷きながら、にっこりと笑みを浮かべる。
私は彼女の瞳を見つめたまま、ルーナにだけ聞こえるように、小さめの声を出しながら言葉にした。
「......スネイプ先生を信じて、見守っていて欲しいの」
思いがけないことだったのか、彼女は少しきょとんとしながら、じっと見つめてくる。
「...周りの誰もが彼を批難しても、貴女だけは彼を信じ続けていて欲しい。」
「......どうして、スネイプ先生?」
単純な疑問をぶつけてくるルーナの問いかけに少し笑みを零しながら、答えを口にした。
「...............彼は私の大切な友人だから......」
私の言葉を聞いたルーナは、純粋な笑顔を浮かべると、分かったと言いながら頷く。
「じゃあ、これは2人だけの秘密の約束ね。他の誰にも内緒よ」
「分かった、秘密ね」
秘密事が嬉しいのか、にっこりと笑みを浮かべるルーナは、私の小指に手を伸ばすと自分の小指を絡ませてきた。
遅かれ早かれ、きっと私はルーナを裏切るような事をするのは目に見えている。
.........どうか......私を信じ過ぎないで
そんな想いを隠しながら、私は目に焼き付けるように彼女の小指が絡まっている手と、彼女の優しく、純粋な笑顔を見つめた。