夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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21 膨らまぬように、潰れぬように

 

腫れている彼女の足首に治癒呪文を唱えると、痛みもましになったようで歩けるまでに回復した。

一刻も早くこの場から離れたかった私は、ルーナを支えながら薄暗い穴の中へと入っていき、城を目指す。

 

「.........暗いね...」

 

突然口を開いたルーナの声を聞きながら、呟くように声を出す。

 

「.....そうね...」

 

それ以上言葉を交わすことはないまま、穴から出た私達は、そのまま城へと足を向かわせる。

 

陽も落ち、夜空に分厚い雲が覆っているせいで月明かりもない今夜は、いつも以上に暗く、足元も見にくい。

 

「......ヘルキャットさん...そういえばローブは?」

 

思い出したように問いかけてくるルーナの言葉に、自分が着ていたはずのローブを着ていない事に気づき、思わず足を止めた。

 

......切り裂いて、ルーナの足首に巻いた後......

 

そのまま叫びの館に置いてきてしまった事を思い出した私は、溜息が出そうになる。

 

運良く杖は手に持っていたが、脱狼薬はローブのポケットに入れっぱなしだし、あんなものがあったらあの場に居ましたよと知らせているのと同じ事だ。

 

誰にも気づかれなければいいけど............

 

「行きましょう。ルーナ」

 

取りに戻って鉢合わせになることだけは避けたい。とにかく今は彼女を医務室に連れていく事が最優先だと思った私は、ルーナを支えながら城に向かった。

 

今まで薄暗かったというのに、雲隠れしていた月が顔を出したのか、月明かりに照らされ、出来た自分の影を見ていると呟いたルーナの声が聞こえてきた。

 

「...満月だ......」

 

彼女が口にした満月という言葉を聞いた瞬間、私の頭にはこれから起こることが自然と映像として流れ出す。

 

......早く離れないと

 

焦る私の思いなど知る由もなく、後ろから聞こえてきた獣の声に聞こえない振りをして先を急ごうとするが、隣にいたルーナはそうはいかない。

手を離し、声がする方をじっと見つめる彼女の後ろ姿を見て、悟られない内にとにかく早くこの場を離れたかった私は声を掛ける。

 

「ルーナ」

 

顔が見えない私は聞こえているのかさえも分からず、ただルーナの背中を見ているとこのまま消えてしまいそうに感じ、途端に不安になった。

 

これ以上彼女をここに居させる訳にはいかないと思った私がルーナの腕を握りしめようとした時だった。ただ声がする方を見つめていた彼女は、なんのきっかけもなく突然に走り出し、慌てて引き止めようとするが私の手は宙を切っただけだけで、掴むことは出来なかった。

 

「ルーナ!」

 

来た道を戻る彼女の名前を呼びながら、慌てて後を追いかける。

 

今まで彼女の考えている事を理解出来た事がないが、今回ばかりは今までで一番理解出来ない行動だ。まさかこの獣の声が聞こえていない訳でもないだろう。

 

何も考えずに自ら危険に飛び込むとは、何とも彼女らしくない。

 

 

先を走っているルーナは足を怪我しているはずだというのに中々の速さで、息を切らしながらやっと追いつき、腕を握りしめる。引き止めることはできたものの、彼らとの距離が近くなってしまったのは明白で、その証拠にさっきより明らかに近い距離で、争う獣の声が耳に入ってきた。

 

まるで耳元で叫ばれているみたい.........耳元で?

 

聞こえてきた声があまりに近すぎる事に気づき、咄嗟に顔を上げた時にはもう遅く、視界が黒い影に遮られた瞬間、強い衝撃が襲いかかってくる。

突然に地面に叩きつけられた私は、何も反応出来ないまま頭を強く打ち、脳が揺れているように気持ち悪く感じた。

何が起こったのか分からず、頭痛を耐えながら、瞼を上げると少し離れた所に横たわっている人影のようなものと、視界の端に杖のようなものがぼやけて見えるだけだった。

全身が打ち付けられたせいか体が痛んだが、視界が徐々に鮮明になっていき、目の前に倒れている人影の正体が分かった瞬間、そんなものなど吹っ飛んでしまったように痛みは感じなくなり、心臓が飛び上がり、嫌な汗が流れ落ちる。

 

「ルーナ」

 

名前を呼びかけるが、私に背を向けている彼女は答える気配も、動く気配もない。

まるで深い眠りについてるかのように横たわっているルーナの背を見ていると、頭には自然と私が殺した家族の息絶えた姿が浮かんできて、血の気が引いていくのが分かった。

 

「ルーナ.........ルーナ!」

 

とにかく答えてほしくて、名前を今出せる精一杯の声で呼びながら、駆け寄ろうと上半身を起き上がらせると、脳がぐらりと大きく揺れ、吐き気が襲ってくる。

獣の唸り声のようなものが聞こえる事に気づき、声がする方へ視線を移すと、人間の肉など簡単に裂いてしまいそうな程の鋭い鉤爪と、口から垣間見える牙が視界に入ってきて、いつものルーピンを微塵も感じられず、一気に恐ろしく感じた。

明らかに私よりも大きな体つきをしている彼は低く唸りながら、私ではなく、動かないルーナを目に映している。

 

彼女の身の危険を感じ立ち上がろうとすると、頭上から黒い犬が勢いよく彼に飛びかかる。

それがブラックだということも、ルーピンに投げ飛ばされた彼に巻き込まれたということを理解した私は、無理矢理体を起き上がらせ、倒れている彼女の元に駆け寄った。

 

「ルーナ、ルーナ!」

 

ルーナの頭を支えるように腕を回し、何度も呼びかけてみるが意識を失っている彼女は答えるどころか目も開けてくれない。

 

苦しそうな犬の声が聞こえ顔を上げると、ルーピンは獣の声を発しながら、私達に詰め寄ると、躊躇なく鋭い鉤爪を振り上げてくる。

手元に杖がない私はもう何も考えられず、咄嗟にルーナに覆いかぶさるように抱きしめ、ぎゅっと瞼を瞑った。

ただ純粋に自分を犠牲にしてでも、彼女を守らなければならない気がしたのだ。

 

空気を切るような音と、悲鳴のような声は聞こえたものの、いくら痛みに構えていても何も襲ってこず、不思議に思い、顔を上げた私は見覚えのある真っ黒な背中が視界に入ってきた瞬間、心臓が撫でられたように気持ちの悪い感覚を感じ、鳥肌がたつと全身の血が引いていった。

 

微かに臭う血の鉄の匂い。

白い指の先から滴り落ちる血で出来た血溜まりと、地面に飛び散っている赤。

 

嗅覚や視覚までも恐怖に支配されてしまったように、私は今目の前で起こっている光景に声を出すことも出来ない私の頭には、思い出したくもない光景が鮮明に思い浮かんでいた。

 

一体何が起こったのか、今何が起こっているのか、私の頭は掻き回されたようにぐちゃぐちゃに混乱し、心臓の鼓動が速くなっていくばかりだ。

ブラックがルーピンに襲いかかる光景をただただ見つめることしか出来ない私は、未だに目を覚まさないルーナの体を抱きしめながら、セブルスの背中に視線を移すことしかできない。

 

獣の争う声が遠ざかっていくと、目の前にいるセブルスの怒鳴るような声が聞こえてきた。

 

「ポッター!!戻ってこい!!」

 

どうやらハリーがブラック達の後を追いかけて行ってしまったらしく、後を追おうとしたセブルスは何歩か足を踏み出すと、突然振り返ったのが視界の端に入ってきたが、混乱している私は何をどうすればいいのか分からなくなった。

 

どうして目の前にいる彼が怪我をしているのか、どうしてルーナが気を失っているのか、どうしてこんな事になっているのか分からない。

 

「.........あっ...ルーナ......ルーナ」

 

彼女の名前を呼ぶ私の声は震えていて、このままルーナが冷たくなっていくのではないかと思ってしまった私は想像もしただけで怖くなり、気づけば彼女の体が冷たくならないよう抱きしめて暖めていた。

 

「.........どうしよう.........どうしよう...」

 

大きくなっていく不安に押し潰れそうになり、零れた声はか細いもので私は落ち着こうと呼吸を繰り返すが、脳裏には冷たくなっていく家族の姿が何度も映像として繰り返される。

 

「ルーナ、ルーナ。お願い、目を覚まして。」

 

とにかく目を覚まして欲しくて、何度も名前を呼んでいると、それまで周りの声が聞こえないほど混乱していた私の耳に落ち着かせるような声が聞こえてきた。

 

「少し落ち着け。」

 

気づけば、セブルスが目の前に腰を下ろし、ルーナの首元に触れると、口を開く。

 

「呼吸も脈も安定している。命に別状はない。」

 

私に説明するように話すセブルスは、左肩を怪我をしており、服は赤黒く染まっていた。

 

あぁ......何で...こんなことになったんだろう...

 

悲しく、苦しくなり、罪悪感に苛まれた私は無意識の内に口を滑らしていた。

 

 

 

 

 

 

「..................ごめんなさい......」

 

口にした私自身も、まさか本当に声に出るとは思っておらず少し驚いたのだが、それは私だけではなかったらしく、目の前にいる彼も一瞬、瞳を少し見開くと直ぐに眉間にしわを寄せた。

 

咄嗟に視線を逸らしても、罪悪感が消えることもなく、かと言ってセブルスを見る勇気もなかった。

 

 

 

何を言うわけでもなく突然に立ち上がった彼がハーマイオニー達に呼びかける声だけが聞こえてくる。

 

「グレンジャー、全員を連れ、先に戻っていろ。」

 

セブルスらしき足音が遠ざかっていき、代わりにハーマイオニー達であろう足音が近づいてくる。

 

 

怪我をしているセブルスをひとりで行かせてはいけないということは分かっていたが、顔さえ見れなかった私に後を追いかける勇気などあるはずがない。

 

 

どうしてこんなことになってしまったのか、考え込んでいると今まで重く閉じられていたルーナの瞼が前触れもなく突然にゆっくりと持ち上げられた。

 

「ルーナ」

 

驚きと安堵感、不安が混じり、複雑な感情を抱きながら少し大きめの声で呼びかけると、ゆっくりと瞬きを繰り返した彼女は瞳に私を映してくるが、ぼんやりとしたままだった。

 

「...私が誰か分かる?」

 

ルーナを不安にさせないよういつも通りの調子で問いかけると、私を見つめたまま小さく口を開く。

 

「......ヘルキャットさん......」

 

掠れている彼女の小さな声を聞いた私は頷き、優しく頭を撫でながらルーナに語りかける。

 

「大丈夫よ。直ぐに連れて行ってあげるからね」

 

とにかく今は医務室に急いで連れていかなければならない。

 

 

「.....少し手伝ってくれる?」

 

顔を上げ、近くに居たハーマイオニーに問いかけると彼女は控えめに頷くが、私がおぶろうとすると戸惑ったような声が聞こえてくる。

 

「魔法は使わないんですか?」

 

確かに魔法を使ってルーナの体を浮かせ、連れていく事は勿論出来るがそれは私がしたくなかった。

 

「...あれはあんまり気が進まないの」

 

使いたくない理由は簡単で、叔父の顔が浮かんでくるものだから、何となく生きている人間に使えずらく感じていた。

 

 

私を見つめ、それ以上は何も言ってこなかったハーマイオニーはテキパキと手を貸してくれて、何とかルーナをおぶる事が出来た。

まだ意識がはっきりとしないのか、それとも吐き気が襲ってきているのか、ルーナは私の首に腕を巻き付けることも無く、全体重を私にかけてくる。

 

「......行ける?」

 

「大丈夫です」

 

ロンを支えているハーマイオニーは力強く口にして、ハリーが気になるのか、彼が行った方に視線を移していた。

 

「......ハーマイオニー...大丈夫よ」

 

さっきと打って変わって落ち着きを取り戻した私に驚いたのか、それとも私が名前を呼んだことに驚いたのか、どちらかは分からないが、驚いた表情を浮かべながらこちらを見てくる彼女とロンを見て、私は医務室を目指して一歩足を踏み出した。

 

 

 

 

「.........あの、1つ聞いて欲しい事があるんです。」

 

このまま医務室まで、誰一人として話さないだろうなと思ったのだが、意を決したかのように突然に話しかけてきたハーマイオニーはやけに真剣な表情を浮かべていた。

 

「貴女が追っていたシリウス・ブラックは無実です。本当の犯人が居たんです。」

 

「へぇ...そうなの」

 

興味無さそうに返すと、さっきまで足を痛がっていたロンが口を挟んでくる。

 

「僕が飼っていたスキャバーズ、あれがピーター・ペティグリューだったんです!あいつは鼠の姿になって何十年も逃げ続けていた!」

 

ロンの言葉を聞きながらも、構わず歩き続ける私は彼女達を遇うように言葉を並べる。

 

「貴方達にしては、面白い冗談ね「冗談じゃありません!」

 

私の言葉に被せるように声を張り上げるハーマイオニーは、はきはきとした口ぶりで話し出す。

 

「ピーター・ペティグリューは、シリウス・ブラックに罪を着せた上で、自分を死んだと思わせ、何十年も鼠の姿で逃げていたんです。

私もロンもハリーも、そうだわ、ルーピン先生だって見ていました。

スキャバーズが、ピーター・ペティグリューに変身した所をはっきりと目にしたんです。」

 

「それで、貴女は何を言いたいの?」

 

前を見たまま問いかけると、彼女は怯むことなくはっきりと言葉にする。

 

「この真実を魔法省から世に発信して、シリウス・ブラックが過去に罪を犯したということを訂正して欲しいんです。魔法省が認めなければ、結局彼はアズカバン送りになってしまいます。」

 

「それは無理難題ね。証拠も何もないじゃない。「証拠ならあります。目撃者が4人も居るんです。」

 

食い気味で話してくるハーマイオニーに少し溜息をついて、やっと目の前に見えてきた医務室の扉を見つめながら冷たく言い放った。

 

「子供3人と、狼人間の証言を真面目に聞く人も、信じる人も居ないと思うわよ。現に私も信じてないわ。」

 

「じゃあ!僕の手元にスキャバーズが居ないのはどう説明するんだ!」

 

私の言葉に反応したロンは苛立ったのか、少し声を張り上げてくる。

 

「そんなことは知らないわよ。どうせ、また逃げられたんでしょう。言ったはずよね?ペットは肌身離さずに持っておくようにって。」

 

「信じてください!!私達は本当に!!」

 

私に訴えかけてくるハーマイオニーの言葉を聞きながら、医務室の扉を開けた私は中にいたマダムに近寄りながら声を掛けた。

 

「緊急です。怪我人が2人、それから後からも2人ほど来るかと思います。」

 

マダムに指示された通り、おぶっていたルーナをベッドにゆっくりと寝かせていると、相当足が痛むのかロンが痛そうな声を出していた。

ロンに何か言ったマダムは、ルーナに近づくと顔を覗き込み、簡単な診察をしながら問いかけてきた。

 

「一体何があったんですか?」

 

「......頭を強く打ったようで、一時的に気を失っていました。意識が戻ってもぼんやりとしていて...、あとそれから左足首を捻ったようです。」

 

私の言葉を聞いた彼女は、手際良くルーナの状態を診ると、足首に包帯を巻き、独りでに近づいてきた薬を手に取ると、ぼんやりとしているルーナに飲ませる。

薬を飲んだルーナは再び瞼を閉じて、眠りについた。

 

「頭痛もないようですし、異常も見当たらないのでとりあえずは大丈夫でしょう。足首も早ければ明日には良くなりますよ。

安静にして、何か変わった事があれば直ぐに知らせてください。」

 

「...分かりました......。すいません、あとそれからあの子も診てもらってもいいですか?」

 

ちらりとハーマイオニーを見ながら問いかけると、私の話を聞いていたのか戸惑ったような表情を浮かべている彼女と目が合った。

 

「貴女は?」

 

「私は大丈夫です」

 

ハーマイオニーから視線を逸らし、少し痛む体を誤魔化しながら答える。

こんな痛み、入院をした時のことを思えば軽いものだ。

 

 

 

 

 

 

ロンの足の手当をし終え、ハーマイオニーの軽い怪我を治療しているマダムの姿からルーナに視線を移すと、深い眠りについている彼女を優しく撫でる。

 

私を行かせようと必死になっていたルーナの姿が頭に浮かべと、自然と怪我を負っていたセブルスの姿が脳裏にはっきりと映った。

 

...こんな所でゆっくりしている場合じゃない

 

私は机に置いていた杖を握りしめ、外に出ようと駆け足で扉に近づき、取っ手に手をかけた瞬間だった。

目の前の扉が勢いよく開き、気を失っているハリーを背負っているセブルスが血を垂らしながら駆け込んできた。私の方を見向きもせずに、そのまま部屋に入る彼に気づいたマダムは驚いたような声を上げ、ハリーの名前を呼ぶハーマイオニーの声が聞こえてくる。

 

マダムに何やら説明をしているセブルスから、床に視線を移すと、彼から流れ落ちたであろう赤い血が点々と道をつくっており、専門の知識がなくとも大怪我をしていることは私でも分かるほどの出血量だ。

 

誰がどう見ても治療が優先だということは分かるはずなのに、治療もせずにどこかへ行こうとしている彼は、引き止めるマダムをひらりと交わして、私の横を通り過ぎ部屋を出ていこうとする。

 

「セブルス」

 

こんなに堂々と横を通り過ぎるなんて、私が引き止めないとでも思ったのだろうか。

 

私の声に少し反応はしたものの、そのまま行こうとするものだから、怪我をしている彼に触れることもできず、セブルスの前に立ち、引き止めることしか出来なかった。

こんな大怪我をしている彼を黙って行かせられる訳が無い。ましてやこの怪我は私のせいなのだから尚更行かせられない。

 

「退け。邪魔だ」

 

「そんな怪我でどこに行くの?」

 

「...お前には関係ない」

 

冷たい言葉が返ってきたが、今回ばかりは引き下がることは出来ない。

 

「怪我人は治療を優先するべきぐらい、子供でも分かることよ。」

 

「こんな怪我、大丈夫だ。」

 

こんなにも引き下がらないということは、ブラック関係だろう。

 

「それのどこが大丈夫なの?私には全然大丈夫には見えないわよ。」

 

「レイラの言う通りじゃ。」

 

突然後ろから私に加勢してくる声が聞こえてきて、説得していた口を閉じ後ろを振り向くと、大臣を連れたダンブルドアが立っていた。

 

「セブルス、その怪我では何も出来んじゃろう。まずは治療をすると良い。後は手が空いているものに任せれば良い」

 

「しかし!「話はそれからじゃ」

 

反論しようとするセブルスを一言で静めるダンブルドアから彼に視線を移すと、決していい表情を浮かべていないセブルスと明らかに目が合ったがセブルスが怪我をしたという事実が怖くなり、目を逸らした。

 

 

 

何故、こんな悪い方へといってしまったのだろう。

 

 

思い返せば私がここに来て、少しでも良い方向に変わったことはあったことが無い。

 

ハリーが死にかけ、セブルスやルーナが怪我を負った。

 

 

抗議するハーマイオニーに、反論するセブルス。動こうとする彼を怒鳴りつけるように声を張り上げるマダムの姿に、聞く耳を持とうともしない大臣。

目の前の光景を眺める私の頭には、今までの事が駆け巡ってくる。

 

避けることなく、最初から彼らの元へ行けば良かったのだろうか。

最初の汽車で、ルーナのいるコンパートメントに入らず、彼女と仲良くしなければ良かったのだろうか。

ルーナを守りたいと思った事がいけなかったのだろうか。

 

思い返せば思い返すほど、今まで歩んできた私の選択、全て間違っている気がして、もう訳が分からない。

 

「レイラ」

 

突然に名前を呼ばれ、顔を上げると大臣が私を呼んだらしくそのお陰で、一気に注目の的的となり、視線が集まった。

 

「君の意見を聞かせてもらっても良いかな?あの場にいた君なら、的確な意見も言えよう」

 

ファッジはまるで私に圧を掛けてくるように近づきながら、言葉を並べてくる。

 

それもそうだろう。ここで私はハーマイオニーの言う通りです、なんて言ったら彼にとって面倒な事になる。

それに私が魔法省に身を置いていられるかは、今大臣である彼次第であって私など、どうとでも出来るだろう。

 

...まだ魔法省を離れる訳にはいかない......

 

「その人が来「私は見ていませんよ。彼女の言うピーター・ペティグリューなんて。」

 

ハーマイオニーの声を遮り、答える私の言葉を聞いた大臣はやけに満足そうな表情を浮かべていた。

 

「レイラ、儂は君の意見を聞きたい」

 

「ですから、私はブラックが犯人で変わりはないと思います。彼らは少し気が動転しているのでしょう。私だけではなく、セブルスもそう言っているんです。ほぼ間違いないと思いますが......ダンブルドア、貴方は生徒達の言葉を信じると?」

 

彼の青い瞳から目を逸らさずに問いかけると、ダンブルドアは迷いもせずに答える。

 

「勿論じゃ」

 

「ダンブルドア、貴方がなんと言おうと今回ばかりは大臣である私の名を立て、ブラックにディメンターのキスは執行させていただきますぞ。「シリウスは無実です」

 

大臣がそうダンブルドアに言い切った時だった。今まで聞こえてこなかった声が部屋に響くと、一気にその声の持ち主の方へと視線が集まった。

 

「ハリー」

 

彼の名前を呼びながらハーマイオニーが駆け寄ると、今までベッドに寝ていたはずのハリーは、上半身を起き上がらせて、私達の方を見ると訴えかけてくる。

 

「シリウスは無実なんです。「しかしだなハリー。そのような証拠はどこにもない。」

 

「僕達がはっきりと見ました。ロンの鼠が、ピーター・ペティグリューに変わるところを!僕の両親を裏切ったのはあいつだったんです!」

 

まるで私達から隠すように、必死に訴える彼の前に立ったマダムはどこか怒っている様子で口を開いた。

 

「もう我慢なりません。この子達は混乱しているんです。さぁ早く外に出てください。」

 

彼女に追い出されるように外に出ると、大臣は少しため息をつきながら私に指示をしてきた。

 

「とにかく、準備を進めてくれ。」

 

「.........かしこまりました」

 

大臣とダンブルドアと別れた私がまず向かったのは勿論ブラックの元ではなく、叫びの館へと足を向かわせる。

 

......とりあえず、ローブを回収しておこう。

 

そう思いながら、廊下を歩いていると後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「貴様が探しているのはこれか?」

 

こんなにも早く治療が終わるなんて、マダムは本当に優秀らしい。振り向くと、私のローブを手に持っているセブルスが立っていた。

 

「......あの場にお前も居たとはな。」

 

「...無断で抜け出したら、マダムに叱られるわよ」

 

話を逸らすように話しても、セブルスがそんな手にかかる訳もなく、何か聞き出そうとしてくる。

 

「何の用があった?」

 

「そうね...きっと貴方と同じなんじゃないかしら?」

 

変に誤魔化した所でもう言い逃れは出来ない。もうこうなったら開き直った方がいい。

 

「誤魔化すこともしなくなったんだな」

 

「何故、誤魔化す必要があるの?貴方に責められる事をした覚えなんてないわよ。そろそろ返してくれない?」

 

手を伸ばしてみるが、彼が私の言う通りに返してくれるはずがなく、表情ひとつ変えずに後を続けてくる。

 

「あの場に居たにも関わらず、音が聞こえる2階には上がらなかったとは、何とも不思議なものだ。」

 

私が何も答えないでいると、彼がローブのポケットから瓶を取り出し、見つめながら話し出した。

 

「脱狼薬を常備しているとはな。まるでルーピンが変身するとでも分かっていたようだ」

 

これはどう言っても誤魔化しきれようがない。私は自分は死喰い人だと、彼の敵だと言い聞かせながら、セブルスに何も悟られないように嘘の言葉を頭で並べると、ため息をつき、次の言葉を探しながら声を出すために息を吸い込んだ。

 

「えぇ......そうね。...私はあの場にいた。2階に行かなかったのはただの私の気まぐれよ。......あなたのお望み通りの言葉にするなら、........いっその事ハリーが死んでしまえばいいと思ったからかしら?まぁあの様子だと上手くいかなかったみたいだけど。」

 

ハリー達がいる医務室の方向からセブルスへ視線を移すと、彼の表情は変わらなかったが、少しでも気を抜くと殺されてしまいそうに感じた。

 

「冗談よ冗談。」

 

少し笑みを浮かべて答えながら、距離を詰めていき、絞り出すような声で言葉を並べた。

 

「私から言わせたら貴方がここで教師ごっこをしている意味が分からないわよ。

ダンブルドアに恩を売って、あの子を守るような行動をして、一体何がしたいのかしら?」

 

彼の瞳から視線を逸らさずに言葉を並べるが、セブルスは冷静に私に問いかけてくる。

 

「...貴様の目的は何だ」

 

真っ黒な瞳を見つめながら、私は息と一緒に言葉を吐き捨てた。

 

「貴方には関係ない」

 

私は髪を耳に掛けながら、頭で提案の言葉を考えて彼だけに聞こえるように呟くような声で口にした。

 

「貴方には貴方のやるべき事があるように、私にも私のやるべき事がある。だからこれ以上、お互い詮索をするのはよしましょう?」

 

セブルスが手に持っていたローブを握り、自分の方へ引っ張ると殆ど力が入っていなかったらしく、彼の手から簡単に奪うことが出来た。

 

「あぁ...それからこれ、拾ってくれてありがとう」

 

思い出したようにお礼を言って、セブルスに背を向け、彼から早く離れるように廊下を歩く私は、ローブを握りしめながら足を速める。

 

 

今までの緊張が一気に襲いかかってきたように、心臓の鼓動が速くなり、私は咄嗟にペンダントを握りしめると彼の死角に入った瞬間に、服から取り出し、躊躇なくペンダントの凹凸を押した。カチッという音が聞こえてくると、何も聞こえなくなり、足を止めた私は壁に持たれながら座り込む。

 

ペンダントの針を見てみると、動いているスピードはとてもゆっくりで、意外にも時が止まっている時間は長そうだ。

 

「.........こんなはずじゃなかったのに...」

 

ため息と一緒に外に出た私の声は、勿論誰の耳にも届くことは無い。

 

 

セブルスが怪我を負ったことも、ルーナが怖い思いをした事も、どんなに後悔してもしょうがないことは分かっている。

 

こんな事で、こんなことになっていたら駄目なことも分かっている。もう起きてしまったのだから、しょうがない事も分かっている。

 

私には後悔する暇もない事も重々承知している。

 

それでも、これからの事や、次自分がやらなければいけないことを考えても、頭に浮かんでくるのはあの人の顔ばかりで、生きている心地が全くしない恐怖に支配されるのだ。

思い出す度にあの嫌な感覚を思い出して、正直な体は震えそうになるし、こんな平和な世界が前触れもなく崩れていく日が近づいていることがただただ怖い。

 

だからこうして時々、時間を止めてみたりしたがそんなことをしても意味はなく、ペンダントが動き出してしまえば、また時間は残酷に動き出してしまう。

 

「.....もういっその事...このままでいいのにね...」

 

動いているペンダントの針を眺めながら、声に出した私の願いなど叶うわけがない。

 

.........これから行く未来が決して良いものではないというのが分かっているのにね...

 

.......これ程...辛いものは無い

 

ベンダントを閉じ、体に喝を入れ、立ち上がった私は時間が動き出す合図の音を聞きながらしっかりとした足取りで、ブラックの元に足を向かわせた。

 

もう随分と感じていなかった感情が膨らんでいかないように、潰されてしまわないように。

 

 

 


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