夜に太陽なんて必要ない   作:望月(もちづき)

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22 帰る場所

 

 

私がブラックがいる塔へ上った時にはもう彼の姿はなく、代わりに檻の扉が壊され、地面には石の欠片のようなものが散乱していた。

ハリー達と鉢合わせにならずに済んだ事に安堵しながら、遠くから聞こえてくるバックビークらしき鳴き声を聞き流して、来た道を戻る。

 

歩き慣れた真夜中の城を歩くのも、もう今日で最後かな...

 

自室に羊皮紙が大量に溜まっている光景が容易に想像出来てしまい、魔法省に戻ってもゆっくりと休めそうになさそうだ。

 

 

夜中の12時を知らせる鐘の音だろうか。どこからともなくゴーンという音が聞こえてきた。遠くから聞こえてきた鐘の音が鳴り止むと、廊下には再び静寂が訪れる。

 

医務室にハリーがいる事を祈りながら、角を曲がると何やら話しているセブルスと大臣の姿が見え、私は慌てている振りをして2人の元へと駆け寄る。

 

「大臣、少しよろしいでしょうか」

 

少し早口で口を挟むと、振り向く大臣の後ろにいるセブルスが、焦る私の姿を見て何か悟ったように眉間に皺を寄せたのが視界に入ってきた。

 

「どうしたんだ?そんなに慌てて」

 

少し乱れた息を整えながら、私は彼らに聞こえるようにはっきりと口にする。

 

「大変申し訳にくいのですが、ブラックが逃げ出しました。」

 

私の言葉に、ファッジの表情はだんだんと穏やかではなくなっていく。

 

「どういうことだ」

 

「私が行った時にはもうブラックの姿はなく、檻の扉は壊されていました。直ぐに周辺を捜索しましたが彼の姿はなく、手がかりは何も見つかっていません。」

 

それらしい言葉を並べると、大臣はぶつぶつと呟きながら何やら考え込み、指示を出してきた。

 

「とりあえず、君はもう一度周辺を当たってみてくれ。この敷地から出さない事を最優先に、いいか殺してでもだ」

 

「...分かりました」

 

まさか殺せとまで言われるとは思っていなかった私は、少し返事をするのが遅れたが、彼らの側を通り過ぎると、医務室の方からダンブルドアが歩いてくるのが見えた。彼には大臣が事情を話すだろうと判断し、横を走り過ぎた私は扉がしっかりと閉じられている医務室の前を通ると、居るはずのないブラックを探しに外に出た。

 

 

 

勿論ブラックが見つかるはずもなく、一応ひと通りは探し終えた私が城に戻ると、丁度校長室から出てきた大臣と鉢合わせをした。

 

「...君は明日にでも早急に魔法省に戻ってくれ。」

 

報告しようかと口を開いたが、何やら疲れた様子の彼が言ったあまりに突然な言葉に、私は訳を聞くために声を出す。

 

「...いくらなんでも急すぎると思うのですが...「もう決まったことだ」

 

はっきりと言い捨ててくるファッジはため息をつきながら、淡々と言ってくる。

 

「生徒や教師までもが怪我をしたんだ。何としてでもブラックを突き止めなくては、世間の目が厳しくなり、信用もなくなる。」

 

「では、尚更」

 

私の声に反応した彼は、睨むように見てくると呟くように小さく口を開いた。

 

「ダンブルドアは君に責任を求めるどころか感謝していたが、私はそうは思わん。死人は居なくとも、少なからず負傷者がいる。これ以上君がここにいる意味はないと私が判断した、それまでだ」

 

大臣の正論な言葉に、何も反論することは出来ず、その場を立ち去る彼の背を見送ることしか出来なかった。

 

 

......ここにいる意味は無い...か

 

 

魔法省から追い出されるのかどうか不安になりながら、月明かりが差し込んでくる廊下を歩き進めた。

 

 

 

 

 

 

どうしてもルーナが気になり、医務室に来てしまった私は、出来るだけ音を立てないように中へ入る。物音ひとつ立てられず、慎重に歩きルーナが寝ているはずのベッドを覗き込むと、そこには先程と変わらず眠っている彼女の姿があった。

 

近くにあった椅子に座り、寝ている彼女の顔色を見てみると顔色は良さそうで、気持ちよさそうに寝息を立てている。

顔を上げ、周りを見てみると、ルーナの隣のベッドにはハーマイオニーが寝ているらしく、その証拠に栗色の後ろ髪が見えた。

向かい側のベッドで大きな口を開け眠っているロンの足には、包帯が巻かれておりとても痛々しく、時々魘されているのは足が痛むからだろう。

その隣で寝ているハリーであろう黒い頭は、丸々ようにして顔半分布団を被っていた。

 

 

ただじっと椅子に座っていると、さっきまで微塵も感じなかった睡魔が突然襲ってくるもので、このまま寝てしまおうかと瞼を下ろすと、扉が開く音が耳に入ってきた。そんな音が耳に入れば、瞼は自然と開き、足音を聞きながら座っていると入ってきたマダムはまさか私が居るとは思ってもいなかったらしく、私を見た彼女は酷く驚く。

 

「...一体こんな夜中にどうしたんですか」

 

小声で話しかけられた私が、一体何と言えばいいか分からず言葉を詰まらせていると、マダムは何か悟ったようにルーナと私を交互に見て穏やかな笑みを浮かべた。

 

「.........では、ここを少しお願いしてもいいですか?」

 

「......えぇ...大丈夫ですが...」

 

頷きながら答えると、彼女は扉の方へと歩いていき、扉の閉まる音が聞こえてくると一気に静まり返る。

差し込んでくる月明かりに照らされても、眠っているルーナを眺めながら独り言のように小声で話しかけた。

 

「.........ごめんね...ルーナ。痛かったわよね。」

 

白いガーゼのようなものを貼り付けている彼女の頬に手を添えると、ルーナの体温が伝わってくる。

 

『...............あたしはあんたを信じてるよ。......だからあんたもあたしを信じてよ。』

 

彼女に言われた言葉が、さっきからやけに頭をグルグルと回る。

 

「.........嬉しかったのよ...まさかあんな事言われるなんて思わなかったから......」

 

...本当に嬉しかったのに、その言葉がとても悲しく感じてしまった。

 

すやすやと寝ているルーナの寝顔を見ていると、現実を突きつけられる。

 

......次ルーナに会ったら、彼女に杖を向けることになるのだろうか。

 

............嘘つきで...ごめんね、ルーナ

 

声にも出さず、彼女に届けるつもりもない私は卑怯で弱い。優しく頭を撫でると、どうしようもなく寂しく感じた。

 

 

 

 

 

 

日が昇り、差し込んでくる朝日で目が覚めた私は、あちこち痛む体を伸ばしながら欠伸をする。

どうやら気づけば、椅子に座ったまま寝てしまったらしい。

まだ朝が早いのか、見回してみても誰も起きる気配はない。

 

少しぼっとしているとマダムが入ってきて、何もしていないというのにお礼を言われた。そろそろ荷物をまとめなければならない事もあり、ルーナの頭を撫でると振り返ることなく医務室をあとにした。

 

 

 

自室に戻り、生徒達が起きる前にここを出たかった私は身支度を始める。

魔法というのはとても便利なものだ。こんなに散らかっている部屋でも杖をひと振りしてしまえば、トランクの中へと入っていき、荷造りなど直ぐに出来てしまう。

最後にローブをトランクにしまい、手に持つと、私は何となくすっかり片付いた部屋を眺めた。

 

.........終わる時は...あっさりしてるわね...

 

そんなことを思いながら扉に手を掛け、廊下に出るとできるだけ音を出さないように静かに歩く。

 

昔当たり前のように入っていたスリザリンの寮、魔法薬学の教室を通り過ぎ、階段を上ると朝日が差し込んでくる廊下に出る。

 

ダンブルドアが起きているかは分からないが、とりあえず挨拶しに校長室へと向う事にした。

てっきりダンブルドアは校長室に居るものだと歩いていたものだから、ベンチに腰掛けていた彼の姿が視界に入ってくると自然と足が止まる。

 

「...やぁレイラ。そんな大荷物で一体何処に行くのじゃ?」

 

「.....大臣から聞いておりませんか?」

 

「勿論聞いておるよ。」

 

私の問いかけに答える彼はまるで、私が早朝に出ることを知っていたかのようだ。相変わず笑みを浮かべているダンブルドアは、いつもの調子で話しかけてくる。

 

「少し、老人の相手をしてくれんかの?」

 

 

「............いいですよ...」

 

そんなに直ぐに魔法省に戻る用事などないし、まだここを離れたくなかった私は、彼に呼び止められた事をいい事にダンブルドアの隣に腰掛けた。

 

「歳をとると、早朝に自然と目が覚めてしまうものでの。最近困っておるんじゃ」

 

「...セブルスに相談してみてはいかがですか?彼でしたら薬を作ってくれると思いますよ」

 

冗談ぽく彼の名前を出して、ダンブルドアの言葉を待っていても聞こえることはなく、隣にいる彼を見てみると、何故かどこか嬉しそうに可笑しそうに笑っていた。

 

「......何ですか...」

 

少し引き気味に声を出すと、笑みを絶やさないダンブルドアが口を開く。

 

「どうじゃった?君にとってこの1年は」

 

「.........そうですね...お世辞にも楽しかったとは言えませんが...」

 

答える私の声に彼はまた愉快そうに笑う。

 

「...懐かしかったですよ。......少なくともここで7年は過ごしたわけですし...母校ですからね。」

 

呟くように言葉にすると、隣から、それは良かったという言葉が返ってくる。

 

「どうかの?君が良ければ儂はいつでも大歓迎じゃよ」

 

......教師にということだろうか...

 

顔を見なくても、隣にいる彼がにこにこと笑みを浮かべている姿が容易に想像出来た。

 

...一体これで何度目だろう

 

もう数え切れないほど誘われている私は、何だか可笑しく思えて、自然と頬が緩まった。

 

「丁重にお断りさせていただきます。」

 

「残念じゃの」

 

残念そうな彼の声を聞いた私が、置いていたトランクを手に持って立ち上がる。

 

「ではそろそろ、失礼します。1年間お世話になりました」

 

ダンブルドアにお礼の言葉を並べ、その場を立ち去ろうとすると背中越しに私の名前を呼ぶ彼の声が聞こえてきた。

 

「レイラ」

 

私達以外誰もいない廊下にはよく響き渡り、振り返ると彼は青い瞳に私をしっかりと映しながら口を開く。

 

「君はあの子に会わずに魔法省に戻るつもりなのかな」

 

ダンブルドアのいうあの子が誰のこと分からず、少し考え込むと頭にルーナの顔が自然と浮かんだ。私が黙っていると、彼は立ち上がりながら後を続ける。

 

「お別れもせずに目が覚めて居なかったら、儂はとても悲しいと思うがの」

 

ルーナの代弁でもするように話すダンブルドアを見つめながら、私は口を開いて声を出す。

 

「...いいんです、せっかくいい夢をみているのに、起こしてしまうのは悪いですから。......では、失礼します」

 

彼に背を向け、1度も振り返らずに外に出ると、風に髪が煽られ、宙を舞う。自然と歩みを止めた私は、後ろにそびえ立っているホグワーツ城を見上げると、初めてこの城を見た時のあのわくわくした気持ちを思い出した。

何も知らずにただ待っている未来が、楽しみで仕方がなかったあの時がとても懐かしい。

 

私はペンダントを握りしめて、ホグワーツに背を向けると、しっかりとした足取りでホグズミード駅へと向かった。

 

駅に着くと、そこには勿論誰もいない。

 

.....あぁ今年が終わってしまった。

 

今後、待っているのは決して明るくない未来だというのに、この時も時計の針は残酷に進んでいく。

ペンダントを開き、変わらず刻んでいる時計の針を見てしまえば、彼が死ぬ未来が、何度も夢で見たあの忌々しい光景が確実に近づいていることを思い知らされる。

 

いくら歳を重ねても、大人になっても、ペンダントを持つ私の手が少し震えているのはきっとまだ怖いからだ。この先待ち受けている事も、彼が死ぬ未来も、あの人が蘇る事実も、全てが不安でしかない。

 

いくら味方が居なくなろうが、全ての人に非難されようが憎まれようが今更引き下がることは出来ない。今まで家族を殺し、人を殺してきた私がここでしっぽを巻いて逃げる訳にはいかない。

 

閉じたペンダントを力強く握りしめる私は、ひとり静かに深呼吸をすると、弱音を隠すように姿くらましをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度通勤時間と重なり、人波に混じりながらトランクが当たらないように歩くと、象徴的な噴水が視界に入ってくる。

行き来する人達、飛び交う紙飛行機、エレベーターに駆け込む人など、この雰囲気が久しく感じながらも、まずは大臣の元へと向かった。

 

 

地下一階に上り、魔法大臣室の前に立つ私は意を決して、数回ノックをする。中から声が聞こえてくるのをしっかりと耳で確認して、扉を開き、中に入った。

 

「失礼します」

 

何か物書きをしていた大臣は私を見ると、手を止めて持っていた羊皮紙を机の上に置く。

 

「......処分を聞きに参りました」

 

生徒と教師が怪我をし、更にはブラックを逃したとなれば何かしら処分があるだろう。最悪、辞めされる可能性も有り得る。

 

外した眼鏡を手に持ちながら、目頭を押さえる彼は疲れているのか目を瞑りながら口を開く。

 

「安心したまえ、君を追い出そうなどは思っておらんよ。とりあえずは以前と同じように資料の処理をしてくれ」

 

「分かりました。...では失礼します」

 

追い出されることがない事が分かり、少しほっとしながら部屋を後にする私は自室へと向かった。

 

 

 

1年ぶりの自室の扉を目の前にする私は、少しため息をつきながら、羊皮紙が溜まっていないことを祈りながら扉に手を掛ける。

 

扉を開け、目の前に広がっている光景を目にした私は絶句した。

 

 

きちんと片付けてホグワーツに行ったはずだというのに、机の上には羊皮紙の山が出来ており、床にも羊皮紙が散らばっていたのだ。私が予想をしていたよりも遥かに多いその量に、もう溜息しか出なくなる。

 

 

居ないと分かっているはずだというのに、何故ここに回してきているのだろうか。ここにあるのはきっと1年分の量なのだろう。

とりあえずトランクをソファーの上に置き、机に近づくと1枚羊皮紙を手に取る。

ここに回ってくる資料の中で、早急に終わらせなければならないものはないと思うが、いくらなんでもこの量はありえない。

 

大きな溜息をつきながら、持っていた羊皮紙を机の上に置き、椅子に座ろうとすると机の下に何故かアウラがいた。

 

「.........お久しぶりでございます。お嬢様」

 

少し気まづそうに言うアウラは、体を小さくしながら机の下から出てくるが、何故彼がいるのか、あまりに突然の事で処理できず、声も出なかった。

 

「...何でいるの」

 

やっと出た一言を聞いたアウラは私が怒っていると思ったのか、少し慌てたように謝ってくる。

 

「申し訳ございません。勝手なことをしてしまい「違うんです。彼は怒らないであげてください」

 

アウラの言葉を遮る声が聞こえてきたのは、寝室のからで、扉が開くと申し訳なさそうな表情を浮かべているレギュラスが出てきた。

 

「僕なんです。ここに連れてきて欲しいと頼んだのは」

 

もう訳が分からない私は、背もたれにもたれると目を抑えながら、少し強めの口調で問いかける。

 

「それで何で貴方達がここに来る必要があるの?他の誰かに見られたりしたらどうするつもりだったのかしら」

 

私の問いかけに答えるレギュラスが、最初に口にしたのは謝罪の言葉だった。

 

「部屋に勝手に入ったことは、申し訳ないと思っています。

最初はただ暇で、本を借りたいなと思って僕が頼んでアウラにここに連れてきてもらったら、羊皮紙の山があったので...それで少しでも減らせればなと思って2人でこつこつとやってたんです。」

 

「わっ私が言い出したんです!帰ってきたお嬢様がこの量と向き合えば...体調を崩されてしまうのではないかと...」

 

お互いを庇い合う2人を見ていると、何故か可笑しく思えて、頬が緩むと彼の拗ねたような声が聞こえてくる。

 

「何を笑ってるんですか」

 

「これいつからやっていたの?」

 

さっき手に取ってみた羊皮紙をよく見てみれば、私の字に似せた文字が書かれていた。

 

「...貴女が怪我をする前ぐらいですかね」

 

何処か不機嫌そうなレギュラスの声に、彼の方を見ると少し険しい表情を浮かべている。

 

.........あぁ...怪我のことをまだ引きずっているのかな

 

思い当たる節がそれしかなく、少し頬を緩めながら口を開く。

 

「まだ、怒っているの?いつまでも引きずる男はモテないわよ。」

 

冗談ぽく話すと、彼は凄い早口で話してくる。

 

「全く貴女はいつもそうやって、あの時どれだけ心配したと思ってるんですか?!大怪我をしているのに姿くらましをするなんて、自殺行為だということを知らないわけがないでしょ。アウラだって、あの後どれほど「あの時は、ごめんなさい。私の我儘に付き合わせてしまって」

 

これは終わらないと思い、謝罪の言葉でレギュラスの言葉を遮ると、彼は少しため息をつく。

 

「...おっお嬢様、お怒りには...」

 

何処か不安げに問いかけてくるアウラはまだ、私が怒っていると思っているらしい。

 

「大丈夫よ、怒ってないわ。安心して」

 

私の言葉に安堵したのか、頬を緩める彼を眺めているとレギュラスが私の名前を呼んだ。

 

「レイラ」

 

彼の方に視線を移すと、レギュラスはにこやかな笑顔を浮かべながら、一言口にする。

 

「おかえりなさい」

 

急な言葉に戸惑ったものの、その言葉を聞いた途端、何故か安心した。

 

「......ただいま」

 

帰る場所がある、それだけで幸せなはずなのに、ふとした瞬間怖くなる。幸せだと感じる度に、大切なものがひとつ増える事にそれが失ってしまう未来を考えてしまうのは、きっと私の悪い癖だ。

 

 


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